John F Andersonシンポジウム 無虹彩⁻Pax6とその他

Kelly Trout, BSN, RN
Director, Research and Medical Advocacy
International WAGR Syndrome Association

2019年11月のはじめ、30人以上の研究者や臨床家、患者代表の人々がバージニア大学のキャンパスで集まり、 無虹彩関連の研究や構想について共有しました。

この集まりはいくつかの通常とは異なる点がありました。大きなセッションをするのではなく、参加者が少人数ごとに、グループディスカッションで深く話し合いました。1つの領域の研究にフォーカスするのではなく、議題が多岐にわたったことで、参加者に新しい文脈やそれぞれの研究に新しいアイディアをもたらしました。この会合にはたくさんの患者や患者支援団体の代表者たちが参加していましたが、彼らは研究の過程を学んだだけでなく、議論に独自の視点を与える貢献をしました。IWSAからはこの会合に、Shari Krantz(Exective Director)とKelly Trout(Board Chare and Director of Research and Medical Advocacy)が代表して参加しました。

下記の記述はこの会合で記録されたものです。多くのプレゼンテーションは、出生前や後に眼がどのように発生・発育するかなどの「基礎科学」の研究が含まれており、患者を対象とした研究ではなく動物のモデルを使った研究がしばしばあることに注意してください。基礎科学研究は新しい治療法を発見するための第一歩として欠かせないものですが、非常に専門的なものです下記の記述は、患者さんにとって特に重要であると思われたプレゼンテーションからの内容です。

イントロダクション:「過去を振り返り、未来を見据えてVeronica van Heyningen, University College, London

Dr van Heyningenは、たくさんの異なるタイプの無虹彩関連遺伝子の変異への理解が、研究者たちの研究によってどのように深められてきているかを話しました。この研究は、例えばiPSC(人工多能性幹細胞)を使って無虹彩に関連する角膜の問題についての研究をすることなど、現在の進歩につながりました。また、睡眠、肥満、脳神経の問題といった無虹彩症に関連する問題など、重要な新しい課題を導きました。将来は、この研究は遺伝子医療、手術手技の向上、そして恐らく「人工角膜」といった技術にさえもつながりえます。

1992年、Dr Veronica van HeyningenはPAX6遺伝子が無虹彩症のキー遺伝子であると発見するのに貢献しました。現在はセミリタイアしていますが、Dr Veronica van Heyningenはいくつかの無虹彩症関連のプロジェクトに携わり続けており、Aniridia Network UKの後援者として務めています。

「無虹彩症における表現型/遺伝子型の関係」
Dominique Bremond-Gignac, Universite Paris V Descartes, Hospital Universitaire Necker, Paris

無虹彩症における視覚障害は様々な機序によっておこります。例えば、
・緑内障
・無虹彩角膜症とLimbal cellの不足(角膜の治癒を助ける働きをする角膜の近くにある細胞が少なすぎるということ)
・視神経の低形成(視神経の発育不全)
・中心窩低形成(中心窩(網膜のある一部のことで、見え方が最も鮮明に見える部分)の発育不全)
-ガングリオン細胞の数が少なくなるため、中心窩低形成は視神経の低形成を引き起こしえます

Dr Bremond-Gignacは、Limbal cellの不足が無虹彩角膜症の単独の原因であるかどうかは、議論がわかれると述べました。無虹彩症の角膜症は、無虹彩症患者の涙の層の異常など、複数の問題の結果引き起こされると、多くの研究者は現在考えています。

Dr. Bremond-Gignacは、Anirida EuropeのScientific Committeeの委員長です。Aniridia Europe はERN-EYEの一員です。EREN-EYEは希少な眼疾患のためのEuropean Reference Networkです: https://www.ern-eye.eu/

「無虹彩症における後天性眼疾患がおこるメカニズムを明らかにするためにゲノム科学を用いる」
Melinda Duncan, University of Delaware

Dr Duncanは、無虹彩症患者における白内障と角膜の問題について議論しました。彼女の研究では、なぜこのような問題が生じるかを調べています。一つの手がかりは、Pax6遺伝子は生涯を通じて発現し続けるもの(そしてたんぱくを作ります)ということです。無虹彩症の人々は、このたんぱくが50%の量しか作られません。レンズにおいては、Pax6はレンズ細胞にレンズ細胞であると「覚えておかせる」働きをします。これがないと、レンズ細胞は瘢痕細胞であるかのようにふるまわせるする分子を作るようです。これらの分子はまた、ほかの眼細胞を瘢痕組織を作るよう感作するのでしょう。

・無虹彩症の目の角膜上皮(もっとも外側の層)はとてももろく、障害を受けやすいです。Limbal cellの不足がその問題の1つですが、他にもある原因の1つにすぎません。
・臨床医は、無虹彩症の眼は一般的な眼より瘢痕組織を形成しやすいことに注意して扱うべきです。手術は可能な限り避けるべきです。

「ヨーロッパのほこーと研究における、無虹彩角膜症の遺伝子型‐表現型研究」
Neil Lagali, Linköping University, Sweden
Article: https://www.aaojournal.org/article/S0161-6420(19)32101-3/pdf

400以上のPax6遺伝子の変異がこれまでに報告されています。無虹彩症のいくつかのケースでは、Pax6遺伝子以外の遺伝子がかかわっていることもあります。この研究では、92個の眼で無虹彩角膜症の評価をしました。研究者は、角膜症を0から4の重症度に分類し、臨床像と患者の遺伝子変異を対照させました。

この研究では、
・60の眼でPax6の変異/欠失が確認されました。これらの患者は、PAX6遺伝子の変異がない無虹彩患者(10個の眼)よりも、より若年齢で、視力はより悪く、角膜過敏があり、角膜上皮の変化が見られました。
・WAGR症候群の患者(Pax6の欠失)では、より進行した角膜症が認められました。

無虹彩角膜症には複数のサブタイプがあるようだと、研究者は結論付けました。ある遺伝子変異の型は、より重症で進行した角膜症を生じることと明らかに関係がありました。各遺伝子変異タイプと角膜症との関連を分類できるようにするには、さらなる研究が必要です。この研究は、様々なタイプの角膜症を医師が診断や治療することに役立ち、将来の臨床研究にも役立つでしょう。

「無虹彩症の前房隅角」
Peter Netland, University of Virginia
Article:https://www.dovepress.com/anterior-chamber-angle-in-aniridia-with-and-without-glaucoma-peer-reviewed-fulltext-article-OPTH

過去には、進行性に前房隅角が閉塞することが、無虹彩症患者の緑内障が進行する主な原因と考えられていました。この研究では、43人の患者(86個の眼)を、高解像度前房部光干渉断層計(OCT)または隅角鏡検査、あるいはその両方を用いて検査しました。

・この研究では、無虹彩症と緑内障のある眼のほとんどは開放隅角でした
・無虹彩症と緑内障があって閉塞隅角である少数の者は、全員、ある種の眼科手術を受けたことがありました。
・無虹彩症患者の50%は、8歳までに緑内障の兆候があります
・予防的な隅角切開術は、隅角閉鎖が進行している無虹彩症の眼に対し、可能性のある治療法として提案されてきました。
-「隅角切開術は無虹彩患者には通常効果的ではありませんが、無虹彩症と緑内障がある幼児のような稀な状況では考慮されることもあります」
-「トラベクトーム」などの前房から組織を除去するような手術方法は、評価が待たれます。薬物治療や手術をしても眼圧上昇の進行を抑えるのが難しい無虹彩症患者には、チューブシャント手術をすることがよくあります。
・無虹彩症は、繊維症を発症しやすい疾患です(無虹彩症の眼は、過剰な繊維性結合組織が作られやすいです)
-手術治療は控えるべきです(手術は絶対に必要な時に限られるべきです)

Ataluren臨床試験の最新情報:
・2020年初めには結果が公開されると期待します
・良好な結果が認められており、副作用はありません
・この研究は、「精密医療(患者ごとに合わせた治療)」の利点を示している点でも期待されます

「分子遺伝学的検査の結果を解釈する臨床的な難しさ」
Kevin Gregory-Evans, University of British Columbia, Eye Care Centre

Dr Gregory-Evansは遺伝子検査の結果が非常に複雑である患者に診断をする難しさについて議論しました。臨床医と患者や患者支援団体代表者の間では活発な議論が続けられました。

患者さんに役立つ大事なこと:
・何が無虹彩角膜症を引き起こすのでしょうか?私たちはLimbal Cellの不足(角膜の適切な治癒を助ける働きをする、角膜近くに存在する細胞が不十分であるということ)が原因だと考えてきました。現在では、Limbal Cellの欠乏に加えて、多くの原因があると考えられています。例えば、角膜上皮細胞が正常に機能しないということや、無虹彩症の眼の涙の化学組成が異常であること、現在も発見されつつあるその他の異常などです。
「基礎科学」研究がもっと必要です。本当に何が角膜症を引き起こすのかがもっとわかれば、その異常をターゲットとした治療方法を考えられるでしょう。

・無虹彩症の角膜はもろいです。
-可能な限り、点眼薬は防腐剤なしのものを使うべきです
-自己血清点眼薬が角膜症に有用でしょう
-羊膜は期待されたほどは有用ではないようです
-コンタクトレンズは角膜症を悪化させるかもしれません

・無虹彩の眼は過剰に瘢痕形成をしがちです
-絶対に必要ではない限り手術は避けるべきです
-手術が必要な場合は、「less is best(より小さいのが最善)」
-術者は、最も侵襲の少ない方法をとるよう努力すべきです
-この会合に参加した臨床医は、繊維症や緑内障などの合併症を引き合いにだして、人工虹彩移植については注意を強調していました。

技術的なプレゼンテーション

「ぶどう膜コロボーマの原因遺伝子を同定するための技術としての、発生遺伝子プロファイリング」
Brian Brooks, National Institutes of Health, National Eye Institute

“Building the retina one cell at a time”
Seth Blackshaw, Johns Hopkins University

「遺伝性角膜症を治療する細胞ベースの方法の開発」
Jim Lauderdale, University of Georgia

「無虹彩症のPax6Sey-+モデルにおける前房の異常をターゲットとした治療的手法」
Cheryl Gregory-Evans, University of British Columbia, Eye Care Centre

「脊椎動物の眼の発生におけるPax6とMeis transcription factorの役割」
Zbynek Kozmik, Academy of Sciences of the Czech Republic

「可視光OCT:新しい機能と新しい機会」
Hao Zhang, Northwestern University

「マウスの網膜神経線維層のin vivo イメージング」
Xiaorong Liu, University of Virginia

「健常な角膜と円錐角膜に重要な、新しい遺伝子と経路」
Shukti Chakravarti, NYU Langone Health

「目の発育と疾患における、MAB21Lタンパクの役割」
David FitzPatrick, University of Edinburgh, MRC Institute of Genetics and Molecular Medicine

「転写因子とcisエレメントの視点からの網膜色素上皮の発達」
Ruth Ashery-Padan, Tel Aviv University

「PAX6とcrystalline遺伝子発言の遺伝子制御機構」
Ales Cvekl, Albert Einstein College of Medicine

「先天性無虹彩症において、治療的にPax6の発現を強化するためにMEKインヒビターを再利用する」
Ali Djalilian, University of Illinois College of Medicine

「Impression cytologyを用いてPAX6タンパクを測定するsensitive and selective assayの開発」
Marla Weetall, PTC Therapeutics

「目の形成を制御する遺伝子ヒエラルキーにおけるSix3の役割と、レンズ形成と網膜パターニングへの寄与」
Rob Grainger, University of Virginia

「マウスとヒトにおける遺伝性網膜疾患の遺伝子医療」
Arlene Drack, University of Iowa

「角結膜と無虹彩症」
Marc Odrich, University of Virginia

このページの内容は、Kelly Troutさん(BSN, RN, IWSA Research and Medical Advocacy)が下記の研究会で得た最新の知見をまとめた記事です。International WAGR Syndrome Association(IWSA)の許可を得て翻訳転載しています。
Translated by Madoka Hasegawa, January 2020