WAGR症候群の遺伝学

概要

WAGR症候群は、11番染色体上に存在すべき複数の遺伝子を欠失してしまった結果として生じます。これらの失った遺伝子が、この症候群に関係する特徴や状態に関連していると考えられます。

全てのWAGR症候群患者さんは、WT1(ウィルムス腫瘍)遺伝子とPAX6(無虹彩症)遺伝子を含む共通した領域を欠失しています。またこの2つの遺伝子の間に存在する遺伝子もまた共通して失っています。この共通領域が、なぜ多くのWAGR症候群患者さんに共通してWAGRという基本的な特徴を持つことになるのかということを説明しています。

しかし、多くのWAGR症候群患者さんは、この近くにある遺伝子を含んで大きく欠失してます。さらに、ある患者さんの欠失の開始点や終止点は、染色体の中央(セントロメア)から、他の患者さんよりも近かったり遠かったりします。このような遺伝子の欠失領域のサイズや位置が様々であることによって、WAGR症候群の関連疾患の状態が様々であることや、それぞれの患者さんに固有の体の状態があるということを説明できます。

WAGR症候群の遺伝学の役割を学ぶことによって、親やその他の人たちがこの疾患の診断や状態をより理解できるようになるでしょう。

DNAとは何ですか?

ヒトの体の全ての細胞はどのように働きどのように増えるべきかを知る必要がある。このような指令のことをDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれます。アルファベットの文字のように、DNAは細胞が何をすべきかを知るために使う言語です。

ヒトの体の全ての細胞は、正常に機能するために正確な指令を必要としています。もしある細胞がDNAを多く、あるいは少なく持ちすぎたとしたら、その細胞は死ぬか間違って成長し、体のある部分が奇形になったり、正常に働かなくなったりします。

Gene(遺伝子)とは何ですか?

本の中の言葉のように、遺伝子はDNA構造の中の基本単位です。それぞれの遺伝子は特定の役割を持っています。

ある遺伝子は、タンパクと呼ばれる細胞の構造をつくる指令を、DNAをoffあるいはonにする指令を、他のタンパクやある細胞内にあるDNAをどのように修正するかの指令を持っています。

Chromosome(染色体)とは何ですか?

染色体とは、DNAがどのように貯蔵されているか、ある細胞から他の細胞にどのように移送されるかということです。一つの染色体は数百から数千の遺伝子を持っています。

ヒトのDNAは23対46本の染色体の中に貯蔵されています。それぞれのペアにおいて、一つの染色体は父から、他方の染色体は母から由来してきています。22対は非性染色体です。1対は性染色体で、XXは女性、XYは男性です。

体の全ての細胞は、正常に生きて機能するために46本すべての染色体が必要です。もし細胞が染色体を失ったら正しく機能し成長するために必要な指令がないことになります。

ゲノムとは何ですか?

ゲノムとは、ある特定の生物に必要とされる全DNAの集合のことです。46本すべての染色体を合わせて、完全なヒトゲノムができます。

遺伝学を単純に考えると;DNAは文字、遺伝子は言葉、染色体は本です。ゲノムは図書館です。

遺伝子はどうやって遺伝するの?

ほとんどの大人の細胞は2セットの染色体をもっています。しかし卵子と精子の細胞は違います。これらは1セットの染色体しか持っていません。卵子や精子の細胞がどちらのセットを持っているかはランダムです。母由来の卵子細胞と父由来の精子が組み合わさって、一つの細胞が作られます。この新しい細胞は、2セットの染色体をもっています-1つは母からでもう1つは父からです。この新しい細胞が何度も分裂して、体に成長していきます。

あなたにきょうだいがいるならば、同じことが彼らにも起きたのです。しかしながら、卵子と精子が作られる過程はランダムなので、きょうだいは親からあなたと同じセットの染色体はもらいません(あなたが一卵性双生児でない限り)。

遺伝子変異とは何ですか?

遺伝子突然変異は、DNAの「文字」を変えてしまうことです。遺伝子変異はすべての生命体において頻回におきていることです。ある変異は有益で、あるものは影響がなく、またあるものは有害です。

欠失、挿入、重複や転座などの大きな規模の変異は染色体構造の変化を生じます。WAGR症候群は遺伝子欠失の一例です。大きな規模の変異はたくさんの遺伝子に影響を与えます。

小規模の変異では、1つの遺伝子の1つかいくつかのヌクレオチドに影響を及ぼします。家族性、または孤立性の無虹彩症は単一遺伝子変異の一例です。

WAGR症候群における遺伝子欠失とは何ですか?

いくつの遺伝子を失っているかは、WAGR症候群の患者さんひとりひとりが異なっています。欠失の大きさの範囲は100万から2650万塩基対までが知られており、平均の欠失サイズは約1100万塩基対です。

WAGR症候群で欠失した遺伝子の中には、良くない影響を及ぼすものがあります。例えば、
WT1遺伝子の1コピーを欠失すると、ウィルムス腫瘍を発症するリスクがあがり、泌尿生殖器の奇形とも関係すると考えられています。
PAX6遺伝子の1コピーを欠失すると、ほぼ必ず無虹彩症を発症し、この遺伝子の変異に関連する疾患のリスクが上昇します。
BDNF遺伝子の1コピーを欠失は、肥満、痛みへの反応の低下や記憶や学習の問題と関連しています。
EXT2遺伝子の1コピーの欠失は、骨軟骨腫(良性の骨腫瘍)と関連があります。
ALX4遺伝子の1コピーの欠失は、頭頂孔(頭蓋骨の異常な開口部)に関連しています。

WAGR症候群に特徴的な遺伝子欠失領域の中、あるいは近くにあるその他の遺伝子の多くの機能はわかっていません。これらのいくつかを欠失することは、WAGR症候群に関連するその他の状態に関与しているのでしょう。

これらの遺伝子やWAGR症候群の患者さんにどのような影響をおよぼすのかを学ぶには、さらなる研究が必要です。

ある特定の遺伝子の欠失を知ることは有用ですか?

どのように対処すべきかを手立てになるので、特定の遺伝子欠失があるかを知ることは重要です。例えば、あるWAGR症候群の患者さんがEXT2遺伝子を欠失していると医師がわかったとしたら、レントゲン検査など骨腫瘍のモニタリングが始められるでしょう。

BDNF遺伝子が欠失していると医師が知ったらば、肥満になる前の乳幼児期に体重管理のための栄養士のカウンセリングを受けさせ、体重が増えすぎないように成長を注意深くみることができるでしょう。また、BDNF遺伝子が欠失していると医師が知っていたら、痛みの閾値が高いと、例えば膵炎のような非常に深刻な病気が軽度の症状で現れる可能性があるため、子どもが痛みを訴えたときにより慎重にみるよう医師に忠告することができます。

しかしながら、ある特定の遺伝子欠失があるかを知ることの良くない面もあります。多くの遺伝子の働きはまだわかっていないので、ある遺伝子が欠失しているとわかってもそれが悪さをするのかどうかわからないため、未知の可能性について心配することになります。また、ある遺伝子の機能がわかっているとしても、その遺伝子を欠失しているかを調べたとしても、治療法がわかっていないため病気を防ぐ役には立たないでしょう。

遺伝子欠失があっても症状が何もない場合もあり、生涯症状が現れない場合もあります。リスクを知ったがゆえに、心配と余分な検査を生む可能性があります。

家族は、遺伝子検査を受ける前にも後にも、医師や遺伝カウンセラーとこの問題について話し合うべきです。

WAGR症候群の人の子どもは、同じ病気を発症しますか?

はい、WAGR症候群の患者さんは、この病気を子どもに遺伝させる可能性はあります。しかしながら、WAGR症候群の患者さんが子をもったケースは過去に知られていません。WAGR症候群の人には高い確率で知的障害と/または生殖器異常があること、あるいはその他の未知の理由がその理由でしょう。

どのような遺伝子検査をすれば遺伝子欠失がわかりますか?

遺伝子検査は、遺伝性疾患の診断に使用されるDNAベースの検査です。ほとんどの遺伝子検査で必要なのは、採血、通常はテーブルスプーン1杯以下ほどの血液です。WAGR症候群に関連する遺伝子欠失を調べるには、主に3つのタイプの遺伝子検査が行われます。
核型は、染色体のサイズ、形状、および数の概要がわかり、かなり大きな欠失を識別できますが、小さいサイズの欠失は見逃す可能性があります。
蛍光in situ ハイブリダイゼーション(FISH)は、蛍光プローブを使用して、特定の遺伝子の有無を特異的に検出します。
比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)は核型よりもはるかに高い精度で遺伝子欠失領域を検出でき、FISHとやや似た情報がわかります。CGHは、一度にたくさんの遺伝子を検査することができます

このページは、International WAGR Syndrome Association(IWSA)の許可を得て、IWSAのweb siteの記事を翻訳・転載したものです
Translated by Madoka Hasegawa, October 2020