Brain-derived neurotrophic factor(BDNF)遺伝子の欠失

BDNFとは何でしょうか?

BDNFとは、Brain-derived neurotrophic factor(脳由来神経栄養因子)を略したものです。BDNFは脳や脊髄でみられるタンパクです。BDNFは神経細胞が生きたり、新しい神経細胞が成長するののを助ける働きをします。BDNFは、神経がシナプス(これは神経細胞同士のつながりのことです)を作るのも助けます。このBDNFタンパクを作る指示を出す役割をするものが、BDNF遺伝子と呼ばれるものです。

BDNFは何をするの?

BDNFの明確な働きについては全てが解明されているわけではないのですが、神経それぞれについてある特定の働きをするとされています。BDNFは以下の ことに関連していると考えられています:
・学習
・記憶の形成
・脳の報酬系
・空腹感と満腹感(食べた後にもういっぱいだと感じること)のコントロール

BDNFはWAGR症候群とどのような関係があるの?

WAGR症候群は、11番染色体短腕の13領域(通常11p13と表します)の周辺の複数の遺伝子の一部を失うことにより生じます。染色体上でどれくらいの長さを失うかは人により個人差があります。BDNF遺伝子は11p14.1という場所にあります。

National Institutes of Health(NIH,アメリカ国立衛生研究所)が行った2006年の研究では、WAGR症候群の患者さんの50%がBDNF遺伝子を失っていることがわかりました。

BDNF遺伝子の欠失は、WAGR症候群の人にどんな影響があるの?

この質問に完全に答えるにはもっと多くの研究が必要です。BDNF遺伝子が欠失することによる影響として、現時点でわかっていることは:

体重と満腹感
WAGR症候群の人で過体重/肥満がある人、特に幼いうちから体重が増えたような人の多くは、BDNF遺伝子を欠失しているようです。このことから、BDNFが欠けていることが、食習慣や代謝に対して何か影響があるかもしれないと考えられます、なぜならBDNFは胃がいっぱいになったとか、身体がもう十分なエネルギーをとった、という信号を脳に伝えるべきものだからです。しかし、BDNFのレベルが低すぎるとこれらの信号が脳に届きません。これが、BDNFを欠失しているWAGR症候群の人の中には、食べた後いっぱいになったという感じが経験したことがないようにみえる人がいる理由かもしれません。このように満腹感がないために、過剰な量の食べ物を食べすぎたり、早食いをしたり、常に食べ物を探すようなことをしたり、腐った食べものやごみであっても目についたものを何でも食べてしまったりするのかもしれません。

学習と社会的ふるまい
WAGR症候群でBDNF遺伝子を欠失している人は、欠失していない人に比べて、知能検査と適応行動の検査でスコアが低く、社会的障害のテストは高いスコアを示します。

痛みの感度の低下
動物実験とヒトでの研究の両方で、BDNFは侵害受容、つまり痛みを感じること役割をもっていると示唆されています。 WAGR症候群でBDNFを欠失している人は、痛みへの閾値が上昇している可能性があります。弱い、あるいは中等度のケガや病気であっても、想定される程度の反応(顔をしかめたり、泣いたり、苦痛を訴えたりするような)を示さないこともあります。

治療

BDNF遺伝子欠失に対して安全で効果的な治療方法を見つけるには、もっとたくさんの研究が必要です。残念なことに、BDNFタンパクレベルを上げるような初期の動物実験では、効果がないか軽度の効果があったものの、重篤な副作用がみられました。現在、BDNFレベルを効果的かつ安全に増加させることが証明されている医薬品や栄養補助食品はありません。

食事
BDNFの欠失がある人は、栄養士にコンサルトするとよいでしょう。
・主な目的は、食習慣を評価して、改善できる部分を見つけることです。
BDNFの欠失がない人と同様に、ただカロリーを制限するというのは効果的でないと認識しておくことがとても重要です。
・栄養士は、食べ物に近寄りにくくする環境をどうやって作ればよいのかの助言をして、患者さんや家族の役に立ってくれるでしょう。例えば、食事の献立、冷蔵庫や台所の食品庫にカギをつけること、食べ残しに手を付けられないようにする方法などを助言してくれるでしょう。

運動
研究によると、
定期的な運動によって、筋肉、脂肪、肝臓組織からたんぱく質やその他の分子が放出され、BDNFレベルを上げる可能性があります。現在のところ、BDNFが欠失しているヒトでの運動の効果についての研究はありません が、一般的な人が定期的に運動をすることは、不安やうつ病、学習や記憶の形成に役立つことが示されています。

安全
WAGR症候群でBDNFを欠失している人は、痛みへの閾値が高くなっていて痛みの訴えが少ないので、家族や医師は、けがや病気の痛み以外のサインに注意しておくべきです
・骨折した子どもは、痛がる様子を見せないかもしれませんが、腕を使わなかったり、歩きたがらなかったりするでしょう。
・膵炎になったときには、通常なら膵炎を疑うきっかけになる腹痛は示さないかもしれず、吐き気や嘔吐がサインになるかもしれません。

教育
WAGR症候群
BDNF遺伝子を欠失しているこどもは、早期介入や特別支援教育が良い効果を生むでしょう。コミュニケーションと社会的スキルを向上させることに重点をおくとよいでしょう。

このページは、International WAGR Syndrome Association(IWSA)の許可を得て、IWSAのweb siteの記事を翻訳・転載したものです
Translated by Madoka Hasegawa, October 2020