豊橋市が日本総合研究所に委託して作成し、令和3年3月に公表した「多目的屋内施設の基本計画策定に向けた基礎調査報告書」には、多目的屋内施設(新アリーナ)の必要性について次のように書かれています。
『 多目的屋内施設の整備については、過去の検討において、以下の点から本市にとって必要と考えられています。
(1) 総合体育館は老朽化が進んでいることから大規模改修等を行う必要がある。
(2) 総合体育館の利用の過密化を解消しなければならない。
(3) スポーツ観戦の来場者による経済効果をまちづくりに活用していく必要がある。
(4) 市の中心部に多目的屋内施設を設置することで、防災活動の拠点としての活用が可能となる。』
あたかも必要/不要の議論は終わって、必要との結論が既に出ていると言わんばかりの書き方です。いつ、誰が、どのような議論を経て「必要」との結論を出したのでしょうか。
新アリーナをつくれば、(1)から(4)の問題が本当に解決されるのでしょうか。
以下、一つずつ検証してみます。
総合体育館は1989年の竣工から30年以上経過しており、施設の老朽化や設備の機能劣化が進行して対応が必要になっています。このため、市は
2026年に開催が予定されているアジア大会を見据えて国際的なスポーツイベント等を誘致できる施設にする
市民の日常的なスポーツ活動の場として30年先まで利用し続けられるようにする
の2点を実現すべく、施設の状態を把握するとともに長寿命化が図れる改修の検討を行い、その結果を「豊橋市総合体育館改修検討調査報告書」にまとめて令和4年3月に公表しています。
もし、老朽化が著しくて改修不可能ということならば、取り壊して新たな体育館またはアリーナを建てる必要があります。しかし、既に30年先まで利用し続けられる改修案の検討まで完了しているわけですから、今後この検討結果を踏まえた改修設計を経て実際に改修工事を行えばよいだけの話です。そうすれば新アリーナの整備など必要ありません。
令和3年3月の基礎調査報告書に書かれている市内の屋内スポーツ施設の利用状況実態と、豊橋市体育協会加盟団体(協会)へのアンケート調査結果より、以下の問題点が読み取れます。
総合体育館第1アリーナ(メインの競技場)の稼働率は平均50~60%で、平日は50%未満だが土日・祝日は90~100%
地区体育館の平均稼働率は65~95%で、特に前田南、草間、浜道では90%を超えている。総じて曜日や時間帯によらず常に混んでいる
大会やイベント利用時の問題点を尋ねたアンケート調査では、「利用したいときに予約がとれない」が最も多い
豊橋市総合体育館と各地区体育館の稼働率推移(平成27年度から令和元年度まで)
出典:「多目的屋内施設の基本計画策定に向けた基礎調査報告書 令和3年3月」
すなわち、総合体育館だけでなく多くの地区体育館でも混雑が常態化しており、市民(団体、個人)が利用する屋内スポーツ施設が足りていない状況は明らかです。
そうであるならば、解決策として老朽化した地区体育館の大規模改修、および市民が利用するための体育館の増設が検討されるべきです。ところが、豊橋市はこうした調査結果から飛躍して、新たにアリーナが必要と結論付けています。
本サイトのトップページ「全体概要」の「1.アリーナ(多目的屋内施設)とは」の説明にあるように、体育館とアリーナとはその利用目的が異なります。市民が行うスポーツは興行目的ではありませんから、大がかりな演出用設備や贅沢なスイート・ラウンジを備えた5,000席のアリーナは必要ありません。市民の利用に特化した市民のための体育館をつくれば事足ります。
豊橋市は、どのような調査結果が出ようとも、その結果を都合よく解釈してアリーナ建設に無理やり結びつけてしまうようです。
本サイトのトップページ「全体概要」の「3.豊橋市は何のためにアリーナ(多目的屋内施設)をつくるのか」で説明したように、豊橋市はスポーツ観戦やコンサート等のイベントの来場者による消費を当て込んだ地域経済の活性化を期待しています。そして、そのために大規模な興行集客施設であるアリーナが必要であると主張しています。
しかし、アリーナさえつくれば地域経済が活性化するなどということはあり得ず、活性化を実効的なものとするためには、下記の4要件をすべて満たすことが必須です。
要件1: 毎年一定数の魅力的なプロスポーツ試合やステージ・コンサートの誘致
要件2: 毎回5,000人規模の安定した集客
要件3: アリーナ来場者を中心市街地(まちなか)に滞留させ消費を促すためのしかけ
要件4: 市民の期待感、盛り上がり
以下、これら4要件それぞれについて検証してみます。
要件1:毎年一定数の魅力的なプロスポーツ試合やステージ・コンサートの誘致
豊橋市は「多目的屋内施設関連市場調査報告書 令和4年6月」の中で、新アリーナに誘致するイベントとその日数を予測しています。主なイベントは以下の2つです。
①プロスポーツの試合
②ステージ・コンサート
※これ以外にMICEなどの多目的利用(展示会、博覧会、企業・国際会議等)がありますが、想定日数が少ないのでここでは触れません。
①プロスポーツの試合
現在総合体育館では、男子プロバスケットボールB1リーグに所属する三遠ネオフェニックスのホームゲームが年間24日開催されています。新アリーナができれば、総合体育館に替わり新アリーナが使われますから、これまでと同様に年間24日の利用は見込めます。
しかし、Bリーグ以外で豊橋市においてこれまで毎年定期的に開催してきた屋内プロスポーツ試合はありません。
それでも市は、卓球Tリーグ:3日、女子バスケットボールWリーグ:2日、ハンドボール:1日、プロレス:1日、ボクシング:1日、大相撲:1日の合計9日(いずれも試合日数)を「今後積極的に誘致していく可能性があるものとして、想定利用日数に加算する」とし、貸館収入予測にも反映させています。
しかし、毎年これだけのプロスポーツを誘致できるとする根拠は示されておらず、すべては可能性の域にとどまっています。
②ステージ・コンサートの需要予測
これまで、愛知県内で1万人以上の規模のコンサートを行える施設は、バンテリンドーム ナゴヤ(ナゴヤドーム)と日本ガイシホールの2施設だけでした。しかし、2022年10月に15,000人収容の名古屋市国際展示場(ポートメッセなごや)の新第1展示館が開業し、2025年夏には最大17,000人収容の愛知県新体育館が完成します。いずれも公共交通機関でのアクセスが極めて良好です。
これにより、県内で1万人規模のライブコンサートを開催できる会場は4施設に増え、こうした状況下では豊橋市が計画している5,000人収容の新アリーナに人気アーティストのライブコンサートを招致できる可能性はほぼゼロでしょう。市の市場調査報告書の中でも、「民間事業者からのヒアリング結果では、1万人規模のいわゆるアリーナコンサートツアーは立地、収支面から本市での開催は厳しいとの意見でした。」と書かれています。
一方で、同報告書には、「1,500人から3,000人規模のホールコンサート実施の可能性があるものと考えられます。」あるいは、「これまでに県内で開催された1,470~5,000人規模のコンサート公演をターゲットとすることが期待できます。」と書かれています。こうした数千人規模のコンサートでは、名古屋国際会議場センチュリーホール(3,000人収容)と競合することになります。以下は、豊橋の新アリーナとセンチュリーホールとを比較した表です。
豊橋公園に計画中の豊橋新アリーナとセンチュリーホールの収容人数、利用料、アクセス性を比較した表
収容人数では豊橋新アリーナが上回っているものの、豊橋新アリーナは利用料とアクセス性において圧倒的に負けています。それでもセンチュリーホールの収容人数を超える4,000~5,000人規模のコンサートにターゲットを絞れば招致できる可能性は残されているとは思いますが、こうした限定された観客条件でのニーズがどれほどあるのか疑問です。
また、逆に1,469人以下のコンサートであればアイプラザ豊橋を利用できます。こちらの利用料(土日・祝日)は1日約25万円で新アリーナの173万円と比べて格段に安いので、当然新アリーナなど利用されないでしょう。
このように見てくると、新アリーナは、ステージ・コンサート公演に使うには非常に中途半端なものだと言わざるを得ません。それにもかかわらず、市はアイプラザ豊橋の公演実績を参考に無謀にも年間30回ものコンサートを見込んでいます。
ここまで述べてきたプロスポーツの誘致にしてもステージ・コンサートの招致にしても、「可能性がある」、「期待できる」との言い方にとどまっており、まともな根拠が示されていません。ここまでくると、もはや「予測」ではなく、単なる市の「願望」にしか見えません。
要件2: 毎回5,000人規模の安定した集客
市はB1リーグのホームゲームを含むプロスポーツの試合とステージ・コンサートをそれぞれ毎年約30回ずつ開催できると予測しています。
これらの興行に今後毎回5,000人近くを安定的に集客し続けることは、地方の中核都市にとって容易なことではありません。延べ人数だと年間30万人にもなります。当然、リピーターの存在が欠かせません。
平均集客数の実績が下がれば魅力的なイベントの誘致、招致が難しくなり、さらに集客数が減るという悪循環に陥りかねません。
しかし、一つ気がかりな点があります。それは豊橋公園内に新アリーナをつくった場合、そのアクセス性が極めて悪いという点です。近くに専用駐車場がなく、公共交通機関は輸送力が足りない市電しかないため、多くの人は豊橋駅から1.8kmを歩くことになります。この問題は本サイトでも詳しく解説しています。
アクセスが悪いとどうしても足が遠のいてしまいます。しかし、これまでの市の報告書にはこの弱点をカバーする方策について一切説明がありません。それどころか、市は豊橋公園の近くに市電の電停があることを理由に、アクセス性は極めて良好との誤った認識を持ち続けています。
要件3: アリーナ来場者を中心市街地(まちなか)に滞留させ消費を促すためのしかけ
2017年に佐原前市長が首相官邸で豊橋市の新アリーナ構想をプレゼンした当初から、市は一貫して新アリーナを核として中心市街地のにぎわいを創出し、地域経済を活性化させるとの説明を行ってきました。
こうしたコンセプトは、豊橋市が発案したものではなく、国が2016年に打ち出したスタジアム・アリーナ改革指針に盛り込まれている改革要件のひとつです。
そして、こうした目的を実現させる手段として、改革指針の中では「スタジアム・アリーナそのものだけでなく、(中略)ショッピングモール、ホテルなどの集客施設や、福祉施設、健康関連施設等との複合化(中略)を検討し、連携を図るべきである」と書かれています。こうした他施設との複合化は、中心市街地のにぎわい創出と消費拡大には必須要件とされています。
ところが、本サイトのトップページ「全体概要」の「3.豊橋市は何のためにアリーナ(多目的屋内施設)をつくるのか」で説明した豊橋市の活性化シナリオからは「複合化」の考え方が完全に抜け落ちています。市は、新アリーナ来場者の動線を中心市街地(まちなか)に通せば、新アリーナとまちなかの既存商業施設とを複合化できるものと勘違いしているようです。
また、まちなかの既存文化施設(ここにこ、PLAT、まちなか図書館)に新アリーナが加わることでどのようなシナジー(相乗効果)を期待できるのか、市から具体的な説明は一切ありません。
スタジアム・アリーナ改革指針の中で説明されている複合化とは、そんな木に竹を接いだような小手先のものではありません。指針にある複合化とは、複合化する施設の規模、施設と新アリーナとの親和性、施設と新アリーナとの物理的距離や位置関係、まちとの連続性、アクセスルートなどを十分に検討した上での戦略的、一体的なエリア総合開発です。
市が作成した「新アリーナを核としたまちづくり基本計画 2019-2023」に書かれている活性化シナリオは、国が提唱するスタジアム・アリーナ改革とは全く別物です。これまでのところ、市が計画する新アリーナは豊橋公園内の「ポツンと一軒家」に過ぎず、まちなかの消費拡大につながる実効的なしかけは計画内に見当たりません。
要件4: 市民の期待感、盛り上がり
令和4年10月9日の中日新聞記事「豊橋新アリーナ計画 課題山積」の冒頭で、記者は「愛知県豊橋市のバスケットボール人気のなさに驚いている。」と書いています。
確かに、「スポーツのまちづくり推進計画 令和3年3月」に載せられているアンケート結果を見ると、1シーズンに1回以上三遠ネオフェニックスの試合を観戦している人は5%で、関心のない人(存在を知らない、応援していない)が約8割もいます。
こうした地元チームの認知度や関心の低さを背景に、市はアリーナの防災拠点としての役割や市民利用ばかりを強調し、「プロリーグのためのアリーナ」との印象を薄めようと腐心している様子が見てとれます。例えば、市が2022年10月1日に開催した多目的屋内施設に関する住民説明会においても、新しいアリーナを三遠ネオフェニックスのホームアリーナとして活用することや2026年の新B1リーグを見据えた計画とすることなどの説明はありませんでした。本来、地元チームを前面に押し出して新アリーナ建設の機運を盛り上げるはずの市が、地元チームを旗印にできないという自己矛盾を抱えてしまっています。
また、経済効果を期待してアリーナに巨額を投じると言うのであれば、市は投資額と経済効果の予測、つまり費用対効果をその根拠とともに市民に示し、反対意見も丁寧に聴きながらアリーナをつくる意義を市民が納得できるように説明すべきです。こうしたあたりまえのこともせずに、「いくらか分からないがたくさん税金を使う」、「とにかく期待してくれ」、「盛り上がってくれ」と言っても土台無理な話です。
現在、総合体育館を含む豊橋総合スポーツ公園は広域防災活動拠点に指定されています。ところが、市は10月1日の住民説明会の中で、「総合体育館のあるエリアは液状化の危険度が高い地域であり、有事の際に防災の重要機能を十分に果たすことができるか不安がある」と説明しました。
これはアリーナ問題とは別に由々しき事態です。地震は明日発生するかもしれないのに、市はアリーナが完成するとされる2026年まで豊橋総合スポーツ公園を広域防災活動拠点に指定し続けるつもりなのでしょうか。
2022年11月、こうした市の危機管理意識の低さを露呈する事態が発覚しました。多目的屋内施設(新アリーナ)の建設予定地の半分ほどが、愛知県が2021年12月に策定した「家屋倒壊等氾濫想定区域(河岸侵食)」に含まれていたのです。アリーナ担当部署はなぜ今まで気づかなかったのか、あるいは故意に隠したのか今のところ真相はわかりません。
さらに驚いたのは、市議会12月定例会で、市側はこの事実が発覚してもなお「建築物に制限を課すものではない」として豊橋公園内に整備を進めていく姿勢を示したことです。国は、近年多発している想定外の浸水被害に備えるため水防法を改正し、家屋倒壊等氾濫想定区域(河岸侵食)を見直して基礎流出による家屋倒壊の危険性を国民に周知させようとしています。豊橋市は、そのような国が決めた重要な防災強化策を一蹴しようとしています。防災活動拠点として活用する施設を「家屋倒壊等氾濫想定区域(河岸侵食)」に建てることなどあり得ません。
以上、市が主張するアリーナを必要とする以下の4つの理由(課題)それぞれを詳しく検証してきました。
(1) 総合体育館の老朽化への対応
(2) 総合体育館の利用の過密化の解消
(3) スポーツ観戦の来場者による経済効果を活用したまちづくり
(4) 防災活動の拠点としての活用
このうち、(1)と(2)はアリーナをつくる理由にはなりませんし、(3)については願望の域を脱しておらず、このままつくっても税金無駄遣いのお荷物施設になってしまいます。そして、仮につくるとしても、(4)の防災活動拠点としての機能を持つ施設は河岸侵食のおそれがある豊橋公園にはつくれません。
ここまで「そもそも何のためにつくるのか」を検証してきましたが、計画全体があきれるほど杜撰過ぎます。もう一度振り出しに戻って、「豊橋市にとって本当にアリーナが必要なのか」を考え直すべきです。