「大量の縄文土器発見 多摩ニュータウン遺跡 墓穴からは耳飾りも」
東京新聞 昭和58(1983)年2月4日付
所在地: 多摩市鶴牧2丁目(旧地名 多摩市落合入乃谷2599)
調査期間: 昭和57年9月15日~昭和58年2月28日
時代: 縄文時代、古墳時代、近世
発掘調査報告書:
東京都埋蔵文化財センター 1999 『多摩ニュータウン遺跡 ―№753遺跡―』 東京都埋蔵文化財センター調査報告 第75集
遺跡は、後の土地利用などにより原状をとどめていないことも多い。
ところが、本遺跡は地崩れ層に覆われたため、6千年前の墓場とそれを取り巻く大量に廃棄された土器・石器などが極めて良好な状態で残されていた。
まさに”タイムカプセル”と呼ぶにふさわしい。
遺跡の現況(鶴巻西公園の果樹園)
No.753遺跡からは、地崩れ層の下に墓壙群11基とこれを取り巻く5ヶ所の遺物集中部が見つかった。
ここからは約3万点に及ぶ土器・1300点余りの石器、土製や石製の装身具、焼成粘土塊などが出土した。
1号墓壙(左)と4号墓壙(右)
1号墓壙には浅鉢が伏せて置かれ、4号墓壙の土器は大きな石で潰れている。1号墓壙出土浅鉢
4号墓壙出土深鉢
8号土壙
口縁部のない浅鉢が伏せた状態で置かれている。8号墓壙出土浅鉢
5号墓壙
11基検出された墓壙群
No.753遺跡が調査された昭和57(1982)年以降も多くの諸磯式期の遺跡が発掘されたが、本遺跡の遺物出土数は他に類を見ない。
復元された数多くの土器は、諸磯式期の土器の編年研究に欠かせない資料である。
さらに、墓壙内から検出された耳飾りや土器は、この時期の葬送・墓制を知る上で貴重な例となっている。
玉類
玦状耳飾り(左: 石製 中・右: 土製)
石器類(左列: 石鏃 中列: 石匙(横型) 右列: 石匙(縦型)
諸磯式は、神奈川県三浦市にある諸磯遺跡から出土した土器を標識とする縄文時代前期後半の土器型式で、a・b・cの3型式に細分されている。
特徴としては、文様施文具に竹管を多用すること、深鉢以外の器形も多く見られることなどがある。
本遺跡の遺物集中部から出土した土器は複数の遺物集中部にまたがって接合する個体も多く、302個体が器形のわかるまで復元され、報告されている。
出土土器の大半は諸磯b式期に分類される。
諸磯式土器(遺物集中部から出土)
No.753遺跡は、縄文時代前期後半諸磯式期の遺跡である。
諸磯式期は今からおよそ6000年前で、温暖化による海水面の上昇(縄文海進)がピークを迎えた時期にあたる。
この時期、この地域でも遺跡数が際立って増加する。
1軒~数軒の小規模集落の他、遺構を伴わない散布地、本遺跡のような墓壙群、集石などが認められる遺跡が多く見られるようになる。
多摩ニュータウンにおける縄文時代前期後半の遺跡分布
(引用元: 岩橋陽一2012「土器片の行方」『研究論集ⅩⅩⅥ 東京を掘る―東京都埋蔵文化財センター30年の軌跡―』 東京都埋蔵文化財センター)