11:35~12:00 [ 招待講演2]

日本生態学会東北地区会招待講演

「熱帯林床の高CO2環境が実生の炭素獲得におよぼす影響

冨松元(東北大学・生命)


熱帯雨林生態系は、世界で最も多様性と生産性が高い生態系のひとつとして知られている。将来の熱帯森林生態系の動態を予測するためには、次世代となる実生の生残が重要であり、その基本となる個体生長と炭素固定(光合成)に関する機能特性の把握が必要である。ここでは、熱帯樹種の実生が個葉レベルで生育環境に順化し、効率的な炭素固定をしている研究事例について紹介する。

熱帯林床環境の特徴のひとつは、植物生長にとって必須の光資源が乏しいことである。林床の光強度は、高さ40mに達する林冠によって吸収され、森林の外部(森林の上部)と比べて数百分の一となる。しかしながら、このように光資源が乏しい環境であるにもかかわらず、熱帯林内では多種多様な実生が生育している。いったいなぜなのだろうか?

これまでの熱帯林床でのモニタリング調査によって、森林内部の大気CO2濃度が林外と比べて高いこと(特に早朝)が分かってきた。この高い林内CO2濃度は、林床植物の光合成光補償点を低下させ、呼吸量低下に貢献しているかもしれない。また、高いCO2濃度は、暗い熱帯林で重要なサンフレック(木漏れ日)の光利用効率を上昇させているかもしれない。この2つの仮説を検証するために、熱帯植物の実生(フタバキ科)を用いた野外実験を行った。

その結果、熱帯林床の高いCO2濃度は、維持呼吸の低下と最大光合成速度の増加によって炭素獲得を大幅に向上させることが明らかになった。さらに、林床の高CO2環境は、光照射による光合成応答の促進と、光照射停止後の光合成中間産物の利用効率増加によって、サンフレック(木漏れ日)の利用効率を有意に増加させることが明らかになった。これらの結果は、熱帯林床の高CO2環境による効率的な炭素固定が、乏しい光資源での実生生残の一助となっていることを示唆する。