本堂は、宝暦の大火で焼失したため、天明八年(1788)に再建された。再建の際、臨済宗本堂の古材を買い取り、曹洞宗の形式に造り替えている。平面は八間取(やつまど)りとし、大間(だいま)を中心とした前面三室境を、三間半の柱間に大虹梁を架け渡して開放とした進歩的な空間が特徴的である。金沢における曹洞宗本堂の発展過程を示す遺構として貴重である。
※金沢市指定文化財(平成二十六年四月十一日指定)
山門は、切妻造(きりづまつくり)桟瓦葺き(さんがわらふき)、一間一戸薬医門(いっけんいっこやくいもん)である。棟札には、文政五年(1822)、再建惣門(そうもん)とあり、建立年代が判明する貴重な遺構で、加賀八家横山家菩提寺の構えに相応しい存在感を示す。装飾性は抑えるものの、冠木(かふき)先端の入八双(いりはっそう)状の木板に施された卍崩しの地紋彫りが意匠性を高め、木太く重厚な造りである。小立野寺院群の代表的な門として、地区の景観に寄与する。
※金沢市指定文化財(平成二十六年四月十一日指定)
1901年(明治34年)建立。横山隆平、隆興によって建築寄付。天井には龍が描かれた数少ない坐禅堂。
龍の天井絵
内単
外単
龍が見下ろす坐禅堂
如意輪観音菩薩
常緑針葉樹で、初夏に花が咲く。 樹皮は灰褐色で葉の先が鋭くとがっている。庭園・自然公園などに景観樹として多く植えられている。金沢市の保存樹に指定されている。
※樹高 25メートル ※幹周 3.1メートル ※枝巾 9メートル
松山寺に隣接する八坂。かつてこのあたりに樵(きこり)が使う八つの坂があり、その中で残った一つの坂。
傾斜13度
登り切ると目の前が兼六園