「ここまでが、ボクたちの知っている【ドッペルゲンガーさん】のことの全てだよ。」
目の前で懸命に相槌をうつ、鷹崎翔と名乗った男に言う。
先日、入部したばかりの下級生が突然連れてきた男だ。
この男、不登校生徒としてブラックリストに入っている生徒。生徒会のメンバーとのやり取りで得た情報だ。間違いはない。そんな男が、学校の流行であるこの都市伝説に興味を持っていて、今校内にいて、ボクの前に座っている。特ダネになりうるイベントではないかと思って、本当ならば取り合わない依頼を引き受けた。ドッペルゲンガーさんについて、知っていることを教えてくれという、依頼にだ。
「なるほどな…。そういえばさっき、米田さん…だっけ?ドッペルゲンガーさんに会ったかもしれない女の子に取材したって言ってたけど、その子はなんて?」
「ニュースでやっている通り、彼女は記憶をなくしているようだ。それに加えて、ぼんやりとしていて感情もない顔だった。どんな質問をしても、『音が聞こえた』以外に話さなくて、まともな取材にならなかったよ。カバンにブドウ糖が入っていたことは彼女の母から聞いている。なんにせよ、異変は、ドッペルゲンガーさんに会ったからと考えてもおかしくない…これが部としての記事の方針だ。今のところはな」
鷹崎は、「やっぱ、音か…」と合点がいったように拳で掌を叩く。それがボクのセンサーに引っかかった。
鷹崎を連れてきた部員は、しきりに謝りながらも、「こいつの身体から音がした」「ペンギンが空を飛んだ」「何か情報源になるかもしんなくて」と、矢継ぎ早に気になる単語を連呼していた。落ち着かないせいで、彼がどういう状況で、何を見たのかの詳細はわからなかったが、【音】が関係するドッペルゲンガーさんの噂に通ずる、気になるワードであったことは確かだ。
普段、学校へ来ない不良生徒。
身体から【音】がする謎の生徒。
彼の実態を得るために、ひとまず。信用を得るために、とにかく。わかる範囲、言える範囲の情報を差し出した。
その彼は今、【音】と言う情報に反応している。ドッペルゲンガーさんの噂に新情報を追加できるかもしれない。
小さな、根拠のない連想だが、気になることは全て、掘り起こしていこうと思ったのだ。
「【音】といえば、君の身体から【音】がしたと部員から聞いた。…【異能者】、なのか?」
【異能者】
身体から音を発し、不可思議な現象を起こすという人々。
目にしたことはない。画面の向こう、ニュースで時折見る、おとぎ話のひとつだ。ここに通う生徒、全員もそうだ。普通に生活するだけなら、見かけることはない。
もし、そのおとぎ話が目の前にあるなら。
記事の一面が、生徒たちの目をくぎ付けにするさまを想像すると、とにかく、とにかくこの男から情報を引き出したい。そういう気持ちがおさえられず、少し前のめりになる。部室の、古びたパイプ椅子が軋んだ。
「イノーシャ…ってのはよくわかんねぇけど、【音】のことなら、そうだぜ。」
「…!そ、それはどういうものなのか!?どんなことができる!?【音】は今鳴らせるのか?!ドッペルゲンガーさんの【音】とは何か関係が!!????」
「わわわわ、お、落ち着けって。オレ、いっぱい聞かれても追っつかねぇし…」
これまでノー天気な顔で話をしていた鷹崎の顔が、急に曇りだす。
出し渋っているのか?いやいやそれは許さない。なぜなら…
「ボクたちは、部の秘密…まだ記事にしていない情報も君に渡した。タダで聞いて帰ろうなんて思ってないだろうね?それに…」
「そ、それに…?」
「君をこのまま、生徒会に差し出せるんだぞ。君、彼らにどういう扱いをされているのか、知らないわけじゃないだろうね?」
鷹崎は、苦い薬を飲んだような、しわしわの顔を見せた。心当たりはあるようだ。
ゆっくりと口を開くのに合わせ、ボクはペンを強く握る。
「オレも、【音】のことが知りたいから、ドッペルゲンガーさんを探してんだよな。だから、このこと上手く説明できなくて…【音】出すのにも条件がいるし…」
腕を組み、うーんと唸る。漫画に描いたようなリアクションに少しの笑い、「話せない」と言う彼に少しの怒りがため息に混ぜられて、ボクの口を抜けていく。
ここまで来て、ここまでやって、なんの収穫もないのは解せない。
そういう気持ちを込めて睨めば、彼は肩をかすかに動かした。数秒もごもごした後に、あっとひらめきの声を小さく出して、こちらに向き直ってきた。
「全部は説明できねぇけど、一旦これで信用してくんねぇかな?」
彼はボクに合掌をしつつ、そう言った。
何をするつもりなのか。彼を凝視する。
椅子から跳ねるようにして立ち上がり、右足、そのつま先で、地面を2度つついた。そこまでなら、まだ現実だった。
「…ってことで、来れるか?ぺんぺん?」
彼の形を映している影が、急に蠢いた。
立ったまま、身動きしていない彼。それなのに、影だけは動いている。
そのうち、ぐにゃりと歪んで、人の形が失われ。
何が起きているのか、疑問で頭が埋め尽くされる頃に、影はみるみる人型を失っていく。
次の瞬きを終えた頃、黒い影の塊が、地面から飛び出し、小さな翼を広げだしていた。
「か、影が!ぺ、ペンギン、に?」
「これこれ。さっきの部員くんが言ってたろ?オレが【音】を鳴らす時には、コイツがいるんだよな。…みんなは持ってないだろ?」
「あ、当たり前だろ!!影ってのは光を受けてできるもので、独立した物質じゃないし!」
「そうなんだよなぁ…」と、この怪異を起こしている張本人は怪訝な表情を浮かべている。どういう理屈なのか、こっちが知りたいというのに、「どう見える?」と自分に問いかけながら、その小さな鳥と戯れていた。
目の前で起きているというのに、信じられないと脳が拒絶している。
影だけでは、【音】との関係はわからない。別の超能力とか、手品とか、それでも特ダネには変わりないが、今探しているものとは、知りたいものとは、別かもしれない。
「【音】は?」
「ん~…やっぱダメみたいだな」
そういう彼の横で、ペンギンが首を横に振る。人語を理解しているらしいことも奇妙で、胸が落ち着かない。自分は今本当に、現実に意識を置いているのか?夢では?こっそり、手の甲を抓って、飛び飛びの思考をまとめていく。
こちらは、どうしても新しい情報を得て、注目されやすい、奇抜な記事を書きたい。だが、こんな、字にするにも突飛すぎること、これまでの都市伝説とは結び付けが難しいことを文章にまとめ上げる自信はなかった。
何か、もっと足りる情報はないのか。もっと、この怪異を怪異ではなく書くための材料は。
ばらばらと散らかった、これまでの会話を、頑張ってつなぎ合わせる中で、一つのアイディアがぽつりと形を成していった。
「…すまんが、それだけじゃどうにもならない。記事にするにはいろいろ足りないからな。そうしたら、交換条件だ。仮入部しろ。取材を手伝う中で情報収集して、重要な情報を持ち帰ってくれば、それと交換でボクたちが知り得たことを共有する。もちろん、従ってる間なら、生徒会や先生にはもろもろ黙っといてやるよ。…これでどうだ?」
これまでの会話や知り得る情報から察するに、記事が書けるような性格ではなさそうだ。そう思い、情報収集役を提案した。新聞部の活動は、現状、順調とは言えない。新しい話題が尽きているうえ、関心が向けられているドッペルゲンガーさんのことについては、新しい内容の記事が書けず終いだ。読者となる生徒たちからの評判はいいとは言えず、生徒会からも予算を落とすかもしれないと勧告を受けたばかり。ここでひとつ、面白い記事を上げなければ、廃部は免れない。
この鷹崎という男は、学校にはまともに登校しない代わり、さまざまな指定廃墟地区での目撃情報が寄せられている。何か知っていることもあるだろうし、情報集めに適した【歩き方】を知っているだろう。それに、登校しなくても不審に思われない人物。とくれば、授業に時間を割かれる我々の代わりに、集めきれなかった情報をもってこさせるには、都合がいい人材であることには違いない。
「こーかんじょーけん…なんかかっこいい響きだな!よし!いいぜ!いつも通り、いろいろ見聞きして、お前らに伝えればいいんだろ?」
「本当にわかっているのか?…まぁいい。そうしたら、手始めに行ってほしい場所がある」
「お、やっぱ402?」
「いいや、あそこはもう、部員みんなが見て、歩いた。だが、収穫はない。…おまえ、ニュースは見てないだろうからな。3030指定地区、わかるか?」
「え、あ、ああ。場所は知ってるけど…」
「お前は【音】に関することが知りたいからドッペルゲンガーさんを追っているようだが、他の情報にも目を向けるべきだ。ここからドッペルゲンガーさんにつながるかもしれない。いいか?3日前、3030指定地区の廃墟に“出た”んだ」
幾百、幾千の銃を鳴らしたという、【異能者】が