「へえ、それがこの間【蘇生】したやつか?」
バーカウンターに、プラスティックケースに納まったCDが輝いている。それを肴にでもするように、男がひとり、グラスを傾けていた。
その晩酌に介入した声は、男と知り合いのようで、軽く手を挙げて挨拶をしたのち、男の隣に座った。スーツ一式と黒縁眼鏡。レンズが分厚いのか、眼鏡の向こうの瞳は見ることができなかった。
酒をあおる手を止め、眼鏡の男に振り返った方は、少しよれたベージュのジャケットに青のジーンズ。前髪は長く、右側に流れていて、片目を隠していた。
「そう。聴いてみたけど、いい曲だったよ。とっつあんも、聴く?」
とっつあんと呼ばれた眼鏡の男は、「いいや、自分はいいや」と言いつつ、カウンターの向こうのバーテンダーに短く注文を告げた。
「ところで純平。この後、自分と散歩に行かないか?見てほしいもんがあんだよ」
「いい、けど…とっつあん、その恰好のままでいいの?」
純平と呼ばれた青年が、とっつあんなる人物の全身を流し見ながら言う。しかし、その声色には心配や疑問等はなく、顔には薄く笑いが滲んでいた。
「【誰にも見えやしねぇよ】。…お前、だいぶ酔ってんな?」
「【見えない】というより【覚えてない】だろ。とっつあんはなんでも消せちゃうからな。おお、こわ」
純平が肩をすくめて震えるふりをすると、眼鏡の男はため息で応答した。
二つの黒が並んで座る。ほかにも何人か客もいるはず、カウンターの向こうには酒を注ぐ店主もいるはず。だが、その黒い二人が並ぶ空間は、ぽっかりと切り取られようだ。賑わいも遠く、純平の声が話の頁をめくろうとしても、ここにいる二人の耳にしか入らない。
「…こうして話すの久しいだろ?最近どうしてたんだよ」
「最後に会ったのそんなに前だったか…。最近、急に情報が集まりだしてな。処理してたら日にちの感覚消えちまったかもな」
がっくりと肩を落としながら、深々ため息をしつつ、とっつあんは言う。軽いねぎらいのつもりなのだろう、純平がその肩を軽く叩いて、男の前に置かれた新しいグラスを、自分の古いグラスで小突いた。酒の水面のように、男の身体は揺れる。
「…【機関】の脱走者だと思われる【音色】をいくつかと、お前みたいな自然発生した【音色】もぽつぽつ。ただ、今日お前に見てほしいもんは、自分じゃどっちか判別できなかった奴でな。お前の【目】なら、多少薄まった【残響】でも見えるだろ?」
「そういうことか。…そうだなぁ、今日はもう3杯目だけど?」
「あーわかった。2杯までならもつ。だから見てくれ。それでいいだろ?」
「話が分かるねぇ~」
純平は上機嫌にグラスを傾ける。残るアルコールが軽快に喉を流れていった。
「で、どこ?」
「402番指定区」
そこで、【ペンギンが飛んだらしい】