秋の夕暮れ、雲一つない空。線と線で区切られた小さなオレンジの下、私たちはいつも通り二人並んで帰っていた。教科書でいっぱいのリュック、かなり重たい。部活で顧問にたくさん怒られたせいだろうか? 気分も重たい。
「あ~、なんか面白いことでも起こらないかなぁ……」
空を見上げた。綺麗だけどそれだけで。普段通り、変わったことなど到底起こりそうにない。いっそのこと曇りだったら、雨だったらよかったのに。どうして落ち込んでいるときに限って、すがすがしいくらい晴れているのだろうか。
「ほら、あそこに鳥がいるよ。あの下で止まってみたら? きっと面白いことが起こると思うよ」
電線の上に止まる鳥を指さす彩葉。その下にはフンが落ちた跡がある。
「それ面白いのって彩葉だけでしょ‼」
相変わらずむかつくことしか言わない人だ。彼女はいつだって皮肉屋で、掴みどころがない。
「あはは、ごめんごめん」
何を言ってもこの台詞で全部逃げられる。自称クールビューティー、実際に男子からそれなりに人気のある人、頭もそこそこによい。でもこの人の性格が悪いことはあまり知られていない。多分知ってるのは、私を含めた友人だけだ。
ポケットのスマホがなった。慣れた手つきでポケットから取り出し、確認する。
「ゲッ、また埼京線止まってる……しかもしばらく復旧しないっぽい。あ~あ、とことん今日はツイてない」
JRの公式アプリからの通知だった。事故が起こったから、しばらく電車の運転を見合わせるという連絡だった。
「流石最弱線」
「ほんとそれ」
ろくでもない日は本当にろくでもない。いやなことばっか、人生そんなものだ。
「はぁ……なんかさ、もっと楽しいことないの? 非日常というかなんというか、そういう面白いこと」
「それなら。私昨日世界救ったよ?」
いつもの冗談だ、顔をみなくてもわかる。
「ゲームの話でしょ、それ。何時まで起きてた?」
「一時」
「やった勝った二時」
呆れたように首を振る彼女。そして一言。
「アホだね」
「なんとでも言いやがれ、どうせ私たちはドングリだよ」
彼女と話しているとき、私はいつもこうだ。普段はよく笑うし、多分それなりに明るい方だっていう自覚がある。皮肉屋な彼女につられているせいか、はたまたこれが私の本心なのか。
いつもと同じ場所、左に曲がる。あとは一直線だけ。学校自体はあまり好きじゃないけど、駅と近いのだけは助かってる。
「そういえばさ、この前部活で見せてもらったミュージカル覚えてる? オーストリアハプスブルク家のやつ」
会話がコロコロ変わるのも、いつもと一緒だ。所詮女子高生の会話なんて適当で、価値のない会話の羅列でしかないのだ。
「覚えてるけど。オーストリア帝国が滅びるやつでしょ?」
「言い方言い方……」
「事実じゃん」
「そうだけど……ねぇ、あんな感じでドラマティックな人生を歩んでみたいと思わない? ……ごめんね、思わないよね。忘れて」
彼女の表情は変わらない。無表情、心底興味がなさそうな顔だ。彼女にロマンを追及したとて、面白い反応が返ってくるはずがない。そんなこと、私にはわかっていたはずだ。
「皇帝とか皇后とか、それこそ非日常すぎて実感わかないし……」
皇帝や皇后が存在する世界、時代的には100年くらい前のことで……そこまで遠い世界ではない。でも、私たちが生まれ育った日本には存在しない。天皇陛下はいらっしゃるけれど、王権神授説を振りかざす絶対君主ではない。象徴だ。
「じゃあ、ギリギリ想像のつく非日常ってなんだ……?」
「うーん、紬が私に敬語を使う世界とか?」
想像してみた……想像ができなかった。
「それこそ非日常過ぎない? 本当に想像つかないかも……」
「そう? 入学式の時とかそんな感じじゃなかったっけ?」
「もう覚えてないよ……」
二年も前のことを覚えていられるほど、私の頭はよくない。昨日一昨日のことを思い出すことだけで精いっぱいだ。
「やっぱりさっきのところ戻る? 仲間だと思って歓迎してくれるかもよ」
「鳥頭だからって鳥類ではないよ。哺乳類だよ、仲間じゃないよ」
地下鉄の階段を下る。やっぱり6時台は混んでいる。これから帰る人間と、帰ってきた人間でごった返していた。
「人多いから転ばないように気を付けて」
「紬じゃないから転ばないよ」
「うるさいなぁ、転ぶときは誰でも転ぶんだよ」
無事に下りきる。慣れた手つきで改札に定期をかざす。
「いつかこの時間も非日常になるのかなぁ」
「さぁ……別にそれでもいいんじゃない?」
「相変わらず冷たいねぇ」
電車は改札を出てすぐだ。彼女の方面と私の方面は真反対……ちょうど彼女の方面の電車だけ来ていた。
「じゃあ今日はこれで、また明日ね」
「また明日」
発車ベルが鳴る、雑に手を振る彼女。反対のホームに向かおうとする私。その背中に飛んでくる彼女の声。
「そうだ言い忘れてた……埼玉県1位おめでとう」
こちらに向けられた彼女のスマホには、魅力度ランキングの文字。電車のドアが閉まった。相変わらずだ、私は思わず笑ってしまった。
本作品は、定例会活動において作られた作品であり、タイトルにもなっている「○○は思わず笑ってしまった」はこの回のテーマであった。この一文を最後の文章として指定して、それぞれがどうやって最後の一文に辿り着くか、その手法は実に様々であった。その中でも、本作は日常の瞬間をとらえており、語り手が経験した笑ってしまう出来事、笑い合う関係性。そこに筆者の文体が加わることで、私たちは二人の日常を追体験する。もう昔となった記憶か、すぐそこにある誰かの会話か、我々読者がこの作品を読む視点が意識される。この作品は二人の会話だけではなく、我々の人生とも深く共鳴している。
(2026/03 初代会長記)