この街には少し変わった美容院がある。一見何の変哲もないような住宅街に位置しているが、不思議な点は、その営業時間にある。なんと、この美容院、深夜11時から朝4時の5時間しか営業していないのである。なので、普通の人は、この美容院で働いている人がどんな人なのかは、知らないのである。ただ、ある者を除いては。丁度お店の内側につけられたベルがカランと鳴ったので一緒に中へ入ってみよう。
「いらっしゃいませー」
店の中に入ると、若くて細い男性が迎え入れてくれる。店内は、座りやすそうなチェアと縦長の鏡が3セット置かれ、一般の美容院となんの変哲もない。
「日本人形様、ご指名ありがとうございます。先月ぶりですね。本日はどのような髪形にいたしますか。」
「いつもので。」
「かしこまりました。」
美容師の男性は、店内にあるチェアまで案内し、日本人形をそこに座らせた。日本人形の着物が汚れないようにそっとカットクロスを掛ける。その後、日本人形の髪を霧吹きをして、髪を切っていく。
「今日は、何かあったんですか。」
そのように男性が尋ねると、日本人形は緊張の糸がほぐれたのか、
「どうしてわかったの。」
と不思議そうに尋ねた。その質問に男性は、にこりと微笑み、
「日本人形様は、僕の大切なお客様です。通常ならば、半年毎にご来店されるのにまだ1か月もたってない本日ご来店されたということは、何かあったということです。」
「何?毎月来てはダメなの?」
日本人形はだんだんといら立ちを見せる。男性は、そんな日本人形に動じることなく
「いえ、僕からしたら、うれしい限りです。今後もごひいきに。」
と答えた。
髪を濡らして切ったあと、洗面台に行き、シャンプーをしていく。
「痛いですか。」「大丈夫。」という誰にでもありそうな典型的なやり取りをした。
髪を乾かすためにまた元のチェアに戻ると、ブオーというドライヤーの熱風の音とともに、日本人形が一度ため息をついて話し始めた。
「最近、子供たちが全然怖がってくれないの。昔だったら、私の事呪いの人形って言って怖がってくれたのに。髪が伸びる私を見て、微笑むだけなの。それが、うれしいのか、悲しいのかわからなくて、もやもやしていたから気持ちの整理をしたくて、あなたの所に行ったの。」
ところどころ、ドライヤーの音にかき消されてはいるものの、男性は、日本人形の話したかった主旨を理解した。
「・・・終わりましたよ。」
短くなった日本人形の髪は、ひと昔前の一人の女の子のようであった。
「ありがとう、美容師さん。」
チェアから降りた後、日本人形はレジの前に向かった。
「お会計、3500円です。」
日本人形は3500円きっちり払った後、お店を出ていこうと、出入り口に向かおうとした。その時、「日本人形さん。」
「先ほどの話ですが、うれしい気持ちも悲しい気持ちもどちらも大切にしていいんじゃないでしょうか。だってその気持ちは、あなたがかつて普通の、人間の、少女だったときと同じだと思いますから。」
日本人形はその言葉を聞いて、はっとした。何か、彼女が忘れていたものを思い出したような気がしたのである。外は暗いはずなのに、日本人形の行く先は明るく見えた。
作者に与えられたお題は「美容院の話」でした。
必要とされているという実感は人に自信を与え、自分にある価値を再認識するきっかけとなる。しかし、時が経つにつれて、人は自分にある価値を他人の需要に委ねてしまう。本作の日本人形はその需要に答えようとしている優しい心の持ち主だとわかる。人が自分に期待しているのは、怖さかなのか、はたまた別の何かなのか。その不明瞭な選択肢によって、日本人形は翻弄されてしまう。しかし、果たしてそうなのか、我々は与えられた選択肢を選ぶだけなのか。
そうでなくてもあなたに価値はある。私にはそんな力強いメッセージとして本作を受け取った。
あなたはどう思ったのか、ぜひその思いを言葉にしてみてほしい。
(2026/03 初代会長記)