この舞台は明治5年に建てられ、明治中期以前の二重仕掛けの構造をよくとどめています。二重仕掛けとは梁の一部が切れていて舞台の一部が役者を乗せて上下する仕掛けのことです。舞台梁の大きさは他に比類がないほどで、間口16.8mに一本の巨木の通し桁(90cm×60cm角)を用いています。これらの用材は六所山から搬出されました。この舞台は昭和48年に豊田市民俗有形文化財に指定されました。