天体衝突は天体表面を耕す.

高速度衝突が引き起こす

天体表層の「流動化」

秒速数 kmで物質が衝突すると何が起きるでしょうか? 音速を超える速度で標的岩盤中を伝播する衝撃波が発生し, 物質は流動化してしまいます. 平たくいうと岩盤が粉砕され, 砂に変わるということです. 衝突点近傍の物質は上空へ向かって放出され, 結果として孔(クレータ)が残されます. 以下では衝突孔と呼びます. 高速度衝突によって物質が掘削される様子を高速ビデオカメラで撮影したのがの映像です.

高速度衝突が引き起こす

物質攪拌 「衝突誘起対流」

衝突孔形成時に放出された物質は「衝突放出物 (Impact ejecta)」と呼ばれています.  地表に孔が開いた状態は重力的には不安定になり, 地下物質が盛り上がることで安定化します(アイソスタシー). ある程度以上に大きな衝突孔になってくるとマントル物質が隆起してくるような状況も起こります.  衝突による掘削と遠方への堆積, そして重力不均衡回復のための深部からの物質の上昇は右の図で示しているようにあたかも惑星表層が対流しているかのような様相を呈します.  天体重爆撃期には太陽系天体の表層は衝突によって対流し, 耕されていたことでしょう.

衝突掘削が引き起こす物質•エネルギー輸送

天体衝突は惑星表層を粉砕•流動化させ, ある程度の深さまで掘削し, 遠方まで輸送する特異な地質過程であるといえます. 岩石が粉砕されることで化学的な活性が劇的に上昇し, 惑星大気や表層の流体と効率よく化学反応を起こすことでしょう. 深部の岩石は惑星大気と反応していないため, 惑星大気を還元することができるかもしれません. このように天体衝突は惑星表層の自由エネルギーの流れを変えていると見ることができます. 

衝突放出物の役割: 金星の事例 [Kurosawa, 2015, Earth and Planetary Science Letters]

地球と金星はほぼ同じ大きさであり, 太陽からの距離もほど近いため, 太陽系の双子とよばれることもあります. しかし, その表層環境は全く違うといってよいほどです. その中でも特筆すべき違いは金星はその表層に水をほとんど含まず, 極端に乾燥しているところです. 地球と金星は太陽からみたときにほぼ同じ位置に存在しているため, 金星の形成時には少なくとも地球海洋質量程度の水を獲得したと考えられます. 金星に投下されたVenera探査機によって, 金星大気中にわずかに含まれる水蒸気の重水素/水素比(D/H比)は地球海洋に対して, 重水素に富むことが明らかになっています. 水蒸気は紫外線によって水素と酸素に分解されます. 磁場もオゾン層も存在しない原始金星大気中では水蒸気の分解が進行し, 軽い水素は宇宙空間に散逸します. ここで分子量が2倍異なるため, 水素に比べて重水素は散逸しづらく, 金星大気中の高いD/H比が作られた, と考えられてきました. しかし, 金星から重たい酸素を散逸させることは難しく, 残った酸素がどこへ行ったのか?は比較惑星学における1980年代からの難問でした.


私たちは以前天体衝突が惑星表層を耕す効果を原始金星に適用しました. 天体衝突は地下の新鮮で未酸化な岩石を粉砕し, 大気中に放出します. 岩石粉塵に含まれる鉄と金星大気中に溜まった酸素ガスは激しく反応し, 赤錆(酸化鉄)を生じたことでしょう. 衝突物理に基づいた計算によると衝突天体質量の10–100倍の質量の岩石粉塵が大気中に放出されます. 私たちは天体重爆撃についての知見を元に, 原始金星への天体重爆撃を扱う数値モデルを構築し, 金星大気中の酸素をどの程度取り除くことができるのかを調べました. その結果, 地球海洋に含まれるのと同程度の酸素を赤錆として大気から取り除くことができることを示し, この過程を"Impact-induced planetary desiccation"と名付けました. 金星が極端に乾燥した原因については他にもいくつか有力な説がありますが, 一つの仮説として関連研究分野で引用されています.

衝突放出物の役割: 今後の研究展望

上記では金星の事例を紹介しました. 重要な点は天体重爆撃は惑星表層を攪拌し, 惑星質量の数%に相当するような岩石粉塵を発生させるという点です. つまり太陽系天体の固体の地殻は~40億年前までに粉砕され, それが再度固化したものであると推定されます. 実際に月では粉砕された表層が再度圧密され固着するに至らず, 表層はまだ空隙を多く含んでいます. 大気, 流体を表面に持っていた惑星, 衛星では金星の事例と同じようなことが起きていたかもしれません. また系外惑星の表層を検討する上でも重要だと考えています. 天体衝突による掘削が惑星表層環境に与える影響を研究してみませんか?

参考文献

Kurosawa, K. (2015), Impact-driven planetary desiccation: The origin of the dry Venus, Earth and Planetary Science Letters, 429, 181-190. https://doi.org/10.1016/j.epsl.2015.07.061