なぜ天体衝突か?

本ページでは惑星システム研究室でなぜ天体衝突現象に注目して研究を行うのか?を解説します.

惑星科学, 宇宙生物学の「問い」と惑星システムの導入

地球はなぜ水と生命が溢れる惑星になったのでしょうか? そしてなぜ我々は知的生命体に進化することができたのでしょうか? これは人類が抱く究極の問いの一つでありましょう. 文系, 理系を問わずこれまでに様々な探究が行われてきました. 


世界は途方もなく複雑で, 現代のコンピュータをもってしても全てを第一原理に従って厳密に扱うことは不可能です. それでは上記の問いに科学的に取り組むにはどうしたらよいでしょうか ? 「惑星システム」という概念を導入すると見通しがよくなります. 「惑星システム」とは惑星を特徴的な構成要素に分け, それぞれが歯車のように連結, 連動する様態を指す言葉です. 構成要素をどれだけ粗く(あるいは細かく)分けるか, によって見えてくる現象は異なります. 本質を失わない範囲で惑星を歯車の集まりとみなすことで科学的な検討が可能になります(※1). 


地層には惑星システムの営みの結果が刻まれています. 平時は歯車は微調整を繰り返して回り続けることでしょう. 近代まで人類が抱いていた世界観は「今日起きたことは明日も起きるだろう.」というものです. このような日常の中で小さな小さな変化を繰り返して惑星システムが進化してきたという立場を「斉一漸近説」と呼びます. ところが1,980年にこの考え方とは大きく異なる「激変説」が受け入れられるようになりました. きっかけは白亜紀–第三紀境界層(K/Pg境界層)に地球外物質の濃集が確認されたことです. たった1発の天体衝突により歯車が乱され,  異なる形へ組み直されてしまったことが周知されたのです(2). 激変説は一回の偶然による激変がその他の小さな必然の変化の蓄積を上回るという立場をとります.

地球-月系への天体衝突率の時間変化. それぞれのモデル曲線の引用元を凡例として示している.  "+"は"et al. (~ら)"の意味. およそ30億年より前に時間を遡ると指数関数的に天体衝突率が上昇していく. 40億年前では現在の~1,000倍の頻度で天体衝突が起きていたことがわかる. この時期を「天体重爆撃期」と呼ぶ.


これらの曲線はNesvorn+23のものを除いて, 月岩石試料の結晶化年代と試料採集地点の衝突孔数密度の対応関係から得られた. Nesvorný+23の曲線は最新の惑星形成理論をもとに地球-月系への衝突頻度を数値的に求めたもの.

天体重爆撃

それでは惑星システムの歯車を組み替えてしまうような天体衝突はどの程度の割合で起きてきたのでしょうか? 地球では>40億年より古い岩石が残っておらず, 初期の情報は未解明です. そこで注目したいのが地球の衛星である月です.


米国Apollo計画で持ち帰られた岩石はほとんどが40億年より前に形成されたものであることがわかっています. 月は誕生した頃の情報をまだ多く残しているといえます. 地球と月は天文学的には非常に近い距離に存在していますので, 地球にも同程度以上の頻度で天体衝突が起きていたはずです(※3)


左の図は現在推定されている地球と月への天体衝突率の時間変化です. いくつかのモデルがありますが, およそ40億年前までは少なくとも現在の100倍以上の頻度で天体衝突が起きていたことがわかります. あるモデルによると, 地球史を通じてK/Pg衝突と同規模以上の天体衝突が>30,000回起きたとされています.そのうちの>99%が太陽系初期の5億年間に起きます. この時期は「天体重爆撃期」と呼ばれており, 惑星システムの歯車は度々組み直されていたことでしょう. 私たちは天体衝突は惑星システムの進化の駆動力の一つである, と位置付けています. 天体重爆撃期においては惑星システム進化の主要な駆動力であった可能性もあります. 

天体衝突は過去の惑星惑星システムの「探針」

仮に1発の天体衝突で何が起こるのか?完全に理解できたならば, 過去の地球表層がどのような姿だったのか? 現在から過去に向けて遡って復元していくことができるかもしれません. ある時点で天体衝突による歯車が乱され, 組み直されたならば, 過去の地球システムの情報を引き出すことができるでしょう. なぜなら壊され方, 組み直され方自体も当時の地球の環境を反映しているはずだからです. 私たちは天体衝突現象を過去の惑星システムを調べるための「探針」と捉えています. 

天体衝突は特異な地質過程

太陽系の大気水圏を持たず, 固体の表面を持つ惑星, 衛星, 小天体の表面を支配する地形は天体衝突で作られた衝突孔(クレータ)です. このことから天体衝突は太陽系でありふれた地質過程であるということができます. 


太陽系の惑星が形成された後の天体同士の衝突速度は秒速数 kmに及びます. 衝突点を中心に衝突された天体の内部には衝撃波が作用し, 不可逆的に圧縮&加熱されます. このときの圧力, 温度はそれぞれ>10万気圧, >数100 Kに達し, 天体表層では通常は起こらないような物理•化学現象が生じます. これが惑星システムの歯車を壊す原因です. 右図に天体衝突が引き起こす特異な過程をまとめています. この極限状態で何が起こり, 最終的に惑星システムにどのような擾乱が加わるのか? 現在においても未解明な点が多く残されています. 


このような考えのもとに惑星システム研究室では高速度天体衝突が引き起こす物理•化学素過程を室内衝突実験, 数値衝突解析を組み合わせて詳細に調べます.

脚注

※1

例えば2021年にノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎先生は宇宙空間(外部境界条件), 大気(18層), 海洋(外部境界条件)と分割した鉛直1次元モデルを作成し, 地表面温度が変数(太陽光度, 二酸化炭素混合率など)にどのように変化するのか?を示しました.


2

地質学者であったWalter Alvarez博士がK/Pg境界層中の地球外物質を発見しました. しかし, 論文が受け入れられるかわからなかったことから, 父でありノーベル物理学賞受賞者であったLuis W. Alvarez博士を筆頭著者として発表しています. 当時の世相ではそこまでしないと受け入れられないような世界観の激変をもたらす発見でした. 


3

月は地球のHill圏内(地球以外の天体からの重力を無視できる領域)に存在しています. そのためHill圏の外からは地球と月は区別できません. Hill圏内に侵入した天体は地球と月の断面積の比の割合で地球か月に衝突するか, あるいは再びHill圏外に流出します. 地球と月の幾何学的な断面積比は~16ですが, 地球の重力による軌道収束効果を加味すると衝突断面積比は22–24です. つまり地球には月の~20倍の頻度で天体衝突が起こってきたことになります.