天体衝突は隕石に刻まれる.

天体重爆撃の素性を明らかにする.

私たちは天体重爆撃が初期惑星システムの主要な進化の駆動力であると捉えています. 研究を進めるには45億年前から35億年前の間に起こった天体重爆撃がどういうものだったのか?を明らかにしていく必要があるでしょう. こちらでみたように, 天体重爆撃期の地球–月系への天体衝突率に関する複数のモデル曲線が提案されていますが, どの曲線がもっともらしいのか?については現状では明らかにできません. これは月試料の採集地点が限られていることや, 衝突孔数密度の測り方が研究者によってばらつくことによる系統誤差を取り除けないことによります. 月以外のところから天体重爆撃についての情報が独立に得られると研究が進展すると予想できます.


初心に戻って天体同士の衝突がどのように起こるのかに目を向けてみましょう. 太陽系の天体は全て太陽の重力を受けて太陽の周りを公転しています. 完全な円軌道であれば天体同士が衝突することはありません. 下図に示すように楕円軌道を描く天体同士の公転軌道が交差したときに衝突が起こり, 衝突速度は太陽回りの公転速度と軌道の楕円度によって決まります. 天体衝突の頻度と衝突の激しさ(衝突天体の大きさと衝突速度)は太陽系内の天体の軌道がどれくらい楕円に歪んでいるか?に依存するはずです. 天体重爆撃の素性は初期太陽系の軌道力学と密接に関係しているのです.

天体重爆撃は地球と月だけに起こったわけでなく太陽系全域で起こったと推定されます. 我々が手にできる隕石のもとになった天体群(以下, 隕石母天体と呼びます※1)も天体重爆撃に晒されたことでしょう. 隕石を細かく観察すると, ほとんどの隕石が程度の差はあるものの過去に天体衝突を受けた痕跡を有していることが知られています. これは「衝撃変成」と呼ばれています. 


私たちは衝撃変成を受けた隕石群は太陽系の「Rosetta Stone」だと考えています. Rosetta stoneには同一内容の文章が複数の異なる言語で書かれていることから, 当時使用されていた言語の解読が一気に進み, 考古学に劇的な進展をもたらしました. 隕石はcmの空間尺度の中に複数種類の鉱物を含んでいます. >1 mの天体による天体衝突の場合, これらの鉱物は同時に一様に衝撃を受けたと考えて良いでしょう. すなわち「同一の天体衝突事件を複数の鉱物刻んでいる」というわけです. 隕石はたくさんあります. いろんな時代の天体衝突が刻まれています. 衝撃変成度ごとの隕石数の頻度分布は初期太陽系の軌道力学の記録になるはずです.

大英博物館に展示されているRosetta stone (撮影: 黒澤). 惑星保護•検疫問題について英国に出張した際の帰路に立ち寄った. ちょうどこのページで紹介している「隕石中の衝撃変成」に関する研究をふんわり構想し始めたときにRosetta stoneの本物をみて, 隕石に刻まれた衝撃変成はRosetta stoneそのものではないか!!?と着想を得た. その勢いで予算申請書を書いたところ採択され, 本研究が始まった.

隕石に刻まれた衝撃変成を読む.

隕石に刻まれた衝撃変成については1,970年代から研究が行われています(Stöffler, 1971). 各種鉱物の衝撃応答を調べる実験が繰り返された結果, 現在では特徴ごとに分類され, 7段階の衝撃変成度が定義されています(e.g., Stöffler et al., 2018). これは「Stöffler table」と呼ばれており, 隕石組織を読み解く辞書として活用されています. 


先行研究で行われた実験は岩石, もしくは鉱物の試料を成形して金属コンテナに封じ, 金属の蓋に向けて高速平板を衝突させています. 発生した衝撃波が一様に試料に作用します. 実験後に金属コンテナを回収し, 試料を取り出し詳細な組織観察を行うことで, ある衝撃圧力に対して, 岩石や鉱物がどのように変化したのか を調べます. この実験では1 shotで1 dataしか取れないことと, 実験ごとに金属コンテナが丸ごと破壊されてしまうため, 時間がかかる上に費用もかかります. また金属コンテナの壁面で反射した強い圧縮波が試料に複数回作用してしまうという天然衝突とはかけ離れた条件になっているという微妙な問題もありました.


私たちは効率よく, かつなるべく天然衝突に近い条件で衝撃変成を調べることができるようになれば, 隕石を読み解く辞書であるStöffler tableの検証や拡充を行うことができ, 天体重爆撃の素性を調べられるようになると考えました. そこで衝突させる飛翔体に試料(>10 mm)よりも十分に小さい直径2–5 mmの球を用いることにしました. こうすると, 試料中で圧縮波が減衰し, 一回の実験で様々な衝撃圧力を経験した鉱物を一度に回収することができます. 圧縮波が金属コンテナの壁に到達する頃には十分に減衰し, 反射波の影響はないと近似することができます. この手法の弱点は試料が経験した圧力や温度を測定できないことですが, 数値衝突解析を組み合わせることで試料が経験した圧力を推定することで解決しています. 数値衝突解析を行うことができる程度に物質を記述するモデルが確立していることが必要ですが, 多くの岩石, 鉱物について過去の研究でそのようなモデルが組み立てられています. 

衝撃回収実験の様子. 飛翔体は画面右から左へ移動し, 金属前板に衝突する. 金属コンテナ中には岩石試料が封入されており, 衝突で発生した衝撃波が作用する.

減衰衝撃波を作用させた大理石試料

大理石(炭酸塩岩)は方解石(炭酸カルシウム, CaCO3)の集合体である. 黒板で使うチョークの材料といった方が馴染みがあるかもしれない. (a)偏光顕微鏡に取り付けたカメラで撮影した減衰衝撃波を作用させた試料の薄片写真. 大理石を直径30 mm, 厚み24 mmに加工し, チタン製のコンテナに封入した. 飛翔体サイズを図中に示している. 偏光顕微鏡の視野は赤点線の長方形で示している. (b) iSALE shock physics codeを用いて推定した図a中の白実線長方形内の最大圧力分布. 我々の実験では1–10 GPaの衝撃圧力を経験した方解石を一度に回収できることがわかる.

私たちはこの手法を地球の岩石である, 大理石, 玄武岩, 花崗岩に適用してきました. 過去にも衝撃実験に使われてきた岩石ですが, 私たちの手法の効率の良さからこれらの岩石の衝撃応答について新しいことがわかってきました. 以下にまとめます.



がわかってきました. Stöffler tableの信頼性を高めつつ, 新たな結果を付け加えている最中です. 実験手法が確立し, 国内外の共同研究者と多角的な手法を用いて減衰衝撃波を作用させた試料を評価していく潮流が醸造されつつあり, 隕石研究から天体重爆撃の素性に迫っていく下準備ができた段階にあります. 隕石を読み解くための辞書を作り, 初期太陽系の姿を解読してみませんか?

参考文献

Hamann, C., K. Kurosawa, H. Ono, T. Tada, F. Langenhorst, K. Pollok, H. Genda, T. Niihara, T. Okamoto, T. Matsui,

Experimental evidence for shear-induced melting and generation of stishovite in granite at low (<18 GPa) shock

pressure, JGR-Planets, 128, e2023JE007742.  https://doi.org/10.1029/2023JE007742


Kurosawa, K., H. Ono, T. Niihara, T. Sakaiya, T. Kondo, N. Tomioka, T. Mikouchi, H. Genda, T. Matsuzaki, M. Kayama, M. Koike, Y. Sano, M. Murayama, W. Satake, T. Matsui (2022), Shock recovery with decaying compressive pulses: Shock effects in calcite (CaCO3) around the Hugoniot elastic limit, Journal of Geophysical Research Planets, e2021JE007133.  https://doi.org/10.1029/2021JE007133


Ono, H., K. Kurosawa, T. Niihara, T. Mikouchi, N. Tomioka, J. Isa, H. Kagi, T. Matsuzaki, H. Sakuma, H. Genda, T.

Sakaiya, T. Kondo, M. Kayama, M. Koike, Y. Sano, M. Murayama, W. Satake, T. Matsui (2023), Experimentally

shock-induced melt veins in basalt: Improving the shock classification of eucrites, Geophysical Research Letters,

50, e2022GL101009. https://doi.org/10.1029/2022GL101009