本プロジェクトについて



Top Messsage(私たちの理念について)

 後期近代社会と言われる1990年代以降,その社会変化に即応した形で,「資質・能力ベース」で教育が論じられることが急速に広がりました。各国でさまざまな「能力」や「学力」が提唱され,〈新しい能力〉に基づいた教育政策がデザインされてきています。グローバル化,情報化,流動化社会において,不確実性が増す中で,答えのない課題に向き合い,適切な問いを立て,情報を収集・活用して問題を解決できる柔軟な力の育成が求められています。


日本の学校教育法で定義された「学力の3要素」,すなわち「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」の中で,後者の2つは,〈新しい能力〉に特徴的な情意的・社会的側面を重視しています。そして,学習の基盤となる教科等横断的な資質・能力として,言語能力,情報活用能力,問題発見・解決能力が挙げられていることも注目されます。OECD-DeSeCoの「キー・コンピテンシー」は,「能力を育てる関係性」に着目したものといわれ,こうした〈新しい能力〉の育成には,「教科」の垣根を超えたカリキュラム・デザインが必要になってくることは間違いありません。


 同時に新型コロナウイルスの感染拡大はこれまでの生活様式を覆すほどの大きな影響をもたらし,教育現場への影響の長期化は避けられない状況となっています。それに呼応して教育におけるICT化は加速度的におしすすめられています。


 私たちのプロジェクトは,現代社会における「能力」の課題に対応すること,コロナ禍における教育課題に対応すること,の2つの課題から,「多教科融合型教材」の開発を試みました。「教科」としても,「教科」を超えた活動においても,有効に活用できる教材を「多角的活用型教材」と呼んで,対面の授業だけでなく,オンライン授業においても展開可能であることを念頭において開発を試みたものです。


 もともと「教科」は,はじめからあった固定的なものというより,大人が子どもになりかわって「文化」から「学びの内容」を選択し,子どもに提示しやすいよう後に設計したものです。私たちは,これまでのともすると「教科中心主義」になりがちであった教育において,「教科」の周辺にあって見えにくかったもの,「教科」と「教科」の間にあって漏れ落ちてしまっているかもしれないもの,そんなところにこそ豊かな教材性と教育効果の可能性が潜んでいるのではないかと考えました。


 特に生活に根差した「文化」を教育内容とする教科や領域は,「教科」に無理やりおしこんで学習しているようにもみえます。子どもの生活経験に根差し,「教科」と「教科」をつなぐ,「教科」と「教科」を埋める,「教科」から「はみだしたもの」に目を向ける発想から,私たちは共通のコンテンツ(素材)を用いて多方面から教育の可能性をさぐろうとしました。ひとつの共通素材をもとに,多様な教科で多角的に活用できる形を模索しました。そうすることによって,「教科先にありき」という発想からいったん離れ,子どもの「学びの経験」を主体にした学習のデザインの可能性が開かれるのではないかと考えたのです。


同時に,インクルーシブ教育の観点から,特別支援学校において使用可能な教材開発を試みています。同一のコンテンツをもとに,多角的な教材の可能性を追求することで,多様な背景をもつ子どもたちが学びあう機会と場を保障することにつながると考えました。


このサイトはこうした視点にたった「はじめの一歩」の試みです。


今回はセルゲイ・S・プロコフィエフ(Sergei Sergeevich Prokofiev;Сергей Сергеевич Прокофьев シェルギェーイ・シェルギェーイェヴィチュ・プラコーフィイェフ;1891-1953)の音楽物語《ピーターと狼》をとり上げ、この素材を用いたオンライン教材とプログラム(展開事例)を検討しました。最初にストーリーを検討し、絵を構成し、その後ネイティブによる英語文章を検討して,対訳を基に和文を付しました。6つの「展開事例」も掲載しております。サイトに掲載されたコンテンツは教育現場で有効にご使用いただくため,ダウンロードいただけるコンテンツも複数用意しております。本サイトのご使用についての留意事項をご確認のうえ,ダウンロードまたは「contact us お問合せはこちら」よりご連絡ください。


くの方に活用いただき、ご意見をいただくことで、今後もさらなる改良を重ねていきたいと思っています。ご意見やご感想などをお寄せいただければ幸いに存じます。



                                                                 2022年4月

                                                        

研究代表 笹野恵理子

Project Membership

【研究代表】 笹野恵理子(立命館大学)

【共同研究者】 

磯田三津子(埼玉大学) 上野智子(和歌山大学)  樫下達也(京都教育大学) 菅道子(和歌山大学) 

金ヒョン淑(聖徳大学) 佐藤真由子(立命館大学) 多賀秀紀(富山大学) 山﨑由可里(和歌山大学) 吉田奈穂子(筑波大学) 

吉田武男(関西外国語大学)/ 総合アドバイザー
※2022年3月迄 
奥忍(関西外国語大学) 岸本映子(元大阪府立大学)

【研究協力者】 

櫻井菜月(筑波大学大学院生2022年度時点) 中里菜穂子(聖徳大学) Peter Vincent(聖徳大学) 北川佳歩(立命館大学学生)

立命館大学交響楽団

原作との違い(私たちが教材作成で大切に考えたこと)

私たちのプロジェクトでは、セルゲイ・プロコフィエフ原作の物語を再構成し、現代のさまざまな文脈におきかえて、ストーリーを若干修正しています。


主人公のピーター(ロシア語読みは「ペーチャ」)については、原作にある「ピオネールのペーチャ」(「ピオネール」はソ連時代の共産党の少年団。「ピオネール」と《ピーターと狼》の関係性については、「《ピーターと狼》について」参照)としてやや一面的に描かれていた勇敢なピーター像を一義的なものとせず、当時のロシアの文化を多角的に捉えてみることによって、仲間と一緒に「知恵」をもって物事を解決する力をそなえる少年として捉え直し、紛争やトラブルを「力」で解決するのでなく、仲間と「協力」して「協調的」に問題解決する姿勢をもつピーター像を表現してみました。サイト冒頭画像の、猫(鳥は絵の中にみえませんが)仲間たちに囲まれて木の下で本を読んでいるピーターは、そうした物語像と人物像の象徴です。(絵を描いた吉田奈穂子氏は、「本」を読むピーターによって、「知恵」によって物事を解決しようとするピーター像を表そうとしたのです。) 


私たちは、既存の公開されているピーターと狼の絵本(和英ともに)、DVDやCD、YouTubeなどを何度も何度も参照し(ディズニーのDVDを何度みたことか!)、メンバー内の議論を重ねました。たとえば、狼は、「ピオネール」の「敵」として、「悪者」の象徴として登場し、「ピオネールのピーター」がたちむかって、だ捕されるだけの存在というだけでなく、社会を構成する一員として森にかえしてはどうか、いやいや鳥や猫を食べてしまう狼はしっかり諭してかえさなければまた悪さをするではないか、などなど、ストーリーの議論をたくさんしました(私たちのストーリーでは、森にかえすことはやめ、動物園で仲良く暮らす狼を最後に描いて「おしまい」としています)。アヒルが「生きていた!」というのは、原作やその他ディズニーなどでもみられる構成ですが、どうやって狼のお腹の中のアヒルを救出するか、、、メンバー内であれこれ(小さく何度も)揉めながら、アヒルが元気なままエンディングを迎えられるようなストーリーしました。


 英文は、たくさんの『ピーターと狼』の英語の絵本を参考に、現在の日本の小学校の授業で使用できるよう、ネイティブの表現の中で、単語、文法などを点検しながら、慎重に作成されました。その英文の対訳をもとに、和文を考えました。そして特別支援学校の先生方にもお話をうかがって、登場人物の表情描かれない絵で子どもたちは理解できるかどうか、などおたずねし、少しでも教育現場で有効につかっていただけるように、少しでも子どもたちに豊かな経験がはぐくめるものとできるように、そしてできるだけ多くの方々にご覧いただけるようにと考えて、絵を描きなおしたり(狼のお腹にいるアヒルの絵を描き加えたのです!)、日本語の文章を修正したりしました。


絵本の作画は、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)が創設したドイツの私立学校の描画技法を使用しています。(作曲家であったプロコフィエフの孫セルゲイ・O・プロコフィエフ(1954-2014)は、シュタイナーが創設した人智学に精通していました。) その描画方法の特徴は、目や口などの表情をあえて描かず、読者の想像にゆだねるものです。そこには、「ピオネールのペーチャ」としてのピーターだけでなく、現代にも生きる人間としてのピーターが子どもたちの豊かな想像力の中から生まれてくることでしょう。


読む人とのかかわりの中から、果てしない可能性をもった物語として《ピーターと狼》を楽しんでいただければうれしく思います。

【お礼の言葉】本教材作成にご協力くださった方々

このプロジェクトの推進に、たくさんの方々のご協力をいただきました。多くのみなさまとこの教材を生み出す過程(知を生み出す過程)にかかわれたことを私たちはとてもうれしく思っています。


本サイトで公開している絵本の絵は、プロジェクトメンバーである吉田奈穂子氏にくわえ、筑波大学大学院生(2022年度時点)櫻井菜月さんの協力を得て作成されました。また、中里穂子先生(聖徳大学)、Peter Vincent先生(聖徳大学)には、いろいろな絵本をもとに小学生向けにネイティブの英語表現を損なわない形で、かつ私たちの「ちょっとうるさい」要求にも度々こたえていただく形で英文を作成いただき、対訳和文にもご協力いただきました。

登場人物(動物)のモチーフとなる音源は、立命館交響楽団のみなさんに年末の多忙な中快く協力いただき、また日本語の音声は、北川佳歩さん(立命館大学学生)に協力いただきました。北川さんは、教員志望で、絵本の読み聞かせを卒業論文のテーマにされています


そして学校現場の先生方にも、たくさんのご助言をいただきました。

ここにお名前を記し、本プロジェクトの教材作成にご協力、ご尽力くださったすべてのみなさまに感謝を申し上げます。

ありがとうございました。


本プロジェクトにご協力くださった先生方

小林史先生 (和歌山大学教育学部附属特別支援学校)

松本晶代先生 (学校司書)

山本美希先生 (筑波大学芸術系)