もぎ すず(茂木 鈴) 公式
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配下の提案
本作品は、『龍神の娘の恋活事情 2』の特典SSになります。
最近の咲良は、町にでると周囲を気にするようになった。
つい、目である人物を探してしまうのだ。
それもこれも、竜仙郷に棲む龍、水冥のせいである。
それは水冥の親心……であろうか。
咲良が彼氏をつくったとき、水地源浪弥が咲良の伴侶に相応しいか、確かめるのである。
源浪弥の正体は人喰いの大蛇。
そんな源浪弥が、どうやって確かめるのか。
もちろん、自分より強いか。つまり源浪弥に喰われるようならば、咲良の伴侶として相応しくないとなる。
それを知った咲良は、町中で不用意に男性と一緒に行動できない。
源浪弥が、これ幸いと喰らいにかかるかもしれないのである。
そして咲良が目を凝らすと……ふとした拍子に、源浪弥の着流しが目に入ることがあるのだ。
そのせいで、やや神経質になっている咲良である。
それゆえ咲良は、距離をおいてついてくる二台の車に気づくことができた。
「ねえ……あれって、花梨ちゃんのトコの?」
「お気づきでございましたか、我が王。御身を護るべく、僭越ながらお側に控えさせております」
「気づいたというか、気づかざるを得なかったというか……やっぱり、花梨ちゃんが手配したのね」
「左様でございます」
清洛院家の表の暴力装置である漣家。それが絶えず、咲良の跡をつけているのである。
「四六時中いるよね」
「ご不快でしょうか」
「いやいいんだけどさ、ずっといるって大変じゃない?」
黒い車は、大型のバン。
窓ガラスにはスモークが張られており、中は伺いしれない。
何人が詰めているか分からないが、常時二台も必要なのだろうか。
「ご心配無用でございます。替えの車を用意しまして、現在六交代制で稼働しておりますゆえ」
「六交代制……」
いったい咲良の警護に、何人を割いているのであろうか。
「ご安心ください、我が王。一台は情報処理を担当しておりますし、もう一台も重火器を積んでいる関係上、それほど多くの人員を乗り込ませているわけではございません」
「へえ……って、重火器?」
花梨は黙って頷いた。
「もちろん、それだけの戦力では心もとないこともありましょう。増援はすぐに派遣できる準備は整っております」
「うん、ありがと。だけど、わたしに銃は効かないし、それが必要になることはないんじゃないかな」
拳銃やライフルとて、咲良には効果がない。
体表面で弾かれてしまい、かすり傷ひとつ、つけることはできない。
そうでなければ、源浪弥と素手で殴り合うことなど、できなかったはずである。
ちなみに源浪弥もそれくらいの攻撃ならば、蚊に刺された程度である。
もっと強力な武器ならば咲良を傷つけることも可能であるが、そもそも現実的ではない。
だれが町中で持ち出せようか。
つまり、咲良が対処できない事態がまずありえないわけで、その上、花梨が配置した護衛が役に立つことは、ほぼ皆無なのである。
加えて咲良には、瘴気の攻撃や毒も効かない。
高いところから落ちても平気と、人間をやめているレベルの強靭さである。
「それでも万一ということもございます。我が王におかれましては」
「うん、分かったから」
ここで必要ないといえば、花梨は見捨てられたと感じ、密かに自刃してしまうかもしれない。
咲良の方も、花梨に気を使わねばならないのだ。
「ご厚情、痛み入ります」
深々と頭を下げる花梨に、咲良はふと思ったことを聞いてみた。
「でも重火器を積んでいるんでしょう? 警察に見つかったりしたら、大変じゃない?」
みるからに怪しいバンが、咲良が歩く速度に合わせて、ついてきているのである。誘拐を考えていると邪推されるかもしれない。
「ご安心くださいませ。武器の類は、二重底や天井に隠してあります。また、もう一台は、精密機器を積んでおりますので、警察といえども、中を確認することはできません」
精密機器満載の車を強引に調べて壊した場合、修理費だけで億の請求がくるという。
それを聞かされて、車内を捜索する勇者はまず現れないだろうと花梨は言った。
「は、ははは……出番がこないといいね」
咲良は乾いた笑いしか出なかった。
「もしご不快でしたら、ひとつ提案があるのですが」
「なにかな?」
「こちらを身につけていただけますと、いつでも我が王の居場所が……」
「却下」
「もうしわけございません」
花梨はペンダントをしまった。
「それ、発信器だよね」
「心電図モニターにもなっております」
「うん、却下だからね。まあ、車のことは気にしないことにするから」
「我が王の寛大なお言葉に感涙にむせぶばかりです」
というわけで、その話はここまでとなった。
そして夜。
「……というわけで、黒い車が跡をつけてくることがあるけど、襲わないでね」
咲良は源浪弥にそう忠告するのであった。
「姫さん、それ以外なら喰ってもいいんだな」
「明確な敵意や殺意を持っていない限り駄目」
源浪弥には、水冥から託されたもうひとつの使命があった。
それは咲良を守ること。
咲良に害をなす者を喰っていいとお墨付きを与えているのである。
それゆえ、あらかじめ伝えておかないと、いつ源浪弥が襲いかかるか分からなかったりする。
「絶対に食べちゃ駄目だからね」
「分かったって。あの学校に通う能力者とその家族、それに今回跡をつけてきた連中は喰わないよ」
「うん……まあ、いまのところはそれでいいや」
難しいことを言ってもどうせ分からないだろうと、咲良はそれで納得した。
〈了〉