もぎ すず(茂木 鈴) 公式
Suzu Mogi Official Site
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帝国夜会
本作品は、『帝国貴族の小国宰相譚』の特典SSになります。
天領帝国では、一年のうちに四つの大きな夜会がひらかれる。
社交のはじまりと終わりには『絢爛会』と『美妙会』が、年末年始には『瑠璃会』と『珊瑚会』が催される。
絢爛会では、その年の若き紳士淑女たちのお披露目が行われ、美妙会では社交と同時に開かれる会議の集大成として、さまざまな決まり事が発表されたりする。
この日、城のホールで一年の締めくくりを祝う瑠璃会がひらかれた。
例年のことである。
だが、出席している貴族の顔ぶれは、いつもと大きく異なっていた。
つい先だって、二年以上にも及んだ政争に決着がついたのだ。
今回の顔ぶれの中に、ロベスピエール公爵家とその派閥に属する貴族の姿はない。
美妙会からいままでのうちに、ロベスピエール公爵家および、その派閥は大きくその力を減らした。
もはや立て直せないほどに。
趨勢が決まった。ならば容赦はいらない。
ハイエナのごとく負けた相手に食らいつくのが帝国貴族である。
これまで傍観者だった貴族たちがこぞって勝ち馬に乗ろうとしても不思議ではない。
普段、この時期は絶対に領地から出てこない貴族たちですら、この度の夜会には、わざわざ出席しに来ている。
社交シーズンでもないのに何日もかけて、帝都にやってきたのだ。
それだけ今日の夜会を重要視したといえる。
「ルース・ファイネン・ダール・イングス公爵様が参りました」
ホールに大きな拍手が轟く。
身分の高い者ほど遅れてやってくるものだが、今回イングス公爵が参加者の最後となった。
それもそのはず、ロベスピエール公爵家と数年に及ぶ政争を繰り広げ、このたび完全勝利したのだ。
だれもが、心待ちにしていた人物の登場である。
イングス公爵は、皇帝陛下の肖像画に一礼すると、参列者に微笑みかけた。まさに勝者の笑みである。
今宵の主役の登場とあって、だれが挨拶に向かうか、つばぜり合いがはじまった。
「これはこれは、フィッティ公爵様」
挨拶に向かったのは三大公爵家のひとつ、フィッティ公爵だった。
「派手にやったな……とはいえ、痛快だった」
「おそれいります」
小声で二、三、話をすると、フィッティ公爵は一歩下がった。
「今日は私が独り占めするのはよくないな」
ニヤリと笑って、フィッティ公爵は去っていった。
次はだれだ? 派閥内での順位変動はあるのか?
多くの貴族が注視する中、ヨネムール侯爵が自然な仕草で近づいていった。
フォン侯爵とサージ侯爵は、目を見交わしたあとで引いた。
どうやら派閥内での順位変動はないようだと、周囲の緊張がほぐれた。
通常、会話している相手がいる場合、その後ろで待っているのは非礼だとされる。
急かしているようにも見えるし、後ろで並ぶのは下品だと考えられているからである。
帝国貴族は優雅に、そして慌てず騒がずが基本である。
目当ての人物にどれだけ自然に近寄れるか、帝国貴族の腕の見せ所といえよう。
ヨネムール侯爵との談笑が終わった。
さあ次はどちらだ? と貴族たちの視線が先ほど引いた二人に注目しはじめたとき、意外な人物が動いた。
イングス公爵に近づいたのは、フォン侯爵でもサージ侯爵でもなく、地方領主のフォビヨン伯爵だった。
これにはさすがの帝国貴族も虚を突かれたらしく、一瞬だがホールに声があがった。
順番をいくつも飛び越えて挨拶するなど、貴族の礼儀に反する。
この失礼な振る舞いに対し、イングス公爵はどういった反応を見せるだろうか。
それと分かるように大きく眉根を寄せるか、かすかに口元をつり上げるのか。
少なくとも不快感をあらわにするのは間違いない。
好奇の瞳が集まる中、フォビヨン伯爵がイングス公爵に祝いの口上を述べた。
すると公爵は、手にしていたグラスを給仕に渡すと、大袈裟な身振りで抱きつき、肩に手を回し、て耳元で囁いた。
伯爵の口が緩むと、公爵も声をあげて笑った。
それはどうみても仲の良い友人同士の会話だった。地位も名誉もある貴族が、公の場でする仕草ではない。
これには何の意味がある? あまりに失礼な態度に公爵はわざとそうしたのか?
様々な思惑が錯綜する中、二人は笑いながら互いの腹を叩き合う。
「なんだこれは」と、貴族たちの思考は乱れる。目の前の事象が信じられなかったのだ。
これはもう、派閥の順位争いどころの話ではない。
そもそもイングス公爵の派閥に、フォビヨン伯爵が入ったのはつい最近のこと。だがこれは……
――まてよ
目ざとい貴族の何人かが、あることに思い至った。
フォビヨン伯爵の息子の一人がいま、国を出ている。
皇帝陛下の密命でも受けたのか、伯爵の息子は遠方の他国で大きな仕事を成し遂げたらしい。
そんな噂がチラッと、一度だけ流れたことがある。
そしてさらに目ざとい貴族は、公爵家の傾国美女と、もっとも親しかった人物の名を思い出したのだ。
そんなとき、公爵の口から爆弾発言が飛び出した。
「これで俺たちの孫だが、男と女が揃った。手元で育てたいんだ。片方を呼び寄せてもいいだろ?」
「バカ言え、それで敵対するのは、あの二人だけじゃないんだぞ。リスクに合わん」
「だがなあ、いくら呼び寄せようとしても来やしないんだ」
「自業自得だ」
これを聞いたほとんどの貴族が、会話の意味を悟った。
領地で謹慎させていたはずの公爵令嬢は、いつのまにか伯爵家の息子のところへ嫁に行っていたのだ。
敵対派閥が一掃された直後に、この話が行われた意味は大きい。
もちろんわざとだろう。
貴族たちは、新たな勢力図にフォビヨン伯爵の名をしっかりと刻みつけた。
「だがなあ……老い先短い俺の頼みを聞いてくれてもいいと思わないか?」
「どうだろうな。向こうはあと数十年は蔓延ると思っているんじゃないか」
貴族たちの視線を釘付けにしたまま、二人はいつまでも話し合っていた。
〈了〉