もぎ すず(茂木 鈴) 公式
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淑女フリーダの大いなる悩み
本作品は、『漂泊の軍師 異世界救主の駒になりました 1』の特典SSになります。
ダールバーン王国の若き天才魔法使いフリーダ・ファンは悩んでいた。
「う~~」
ファン子爵家の淑女にあるまじきことだが、ベッドの上で頭から毛布を被り、唸っているのである。
「お嬢様、お食事の用意ができました」
フリーダの最側近であるリンが開け放たれた扉を指先でノックした。
「いらないわ」
「先ほどノンアから同じ話を聞いております。ですが、昨日から何も召し上がっておりません。料理人たちも心配しております」
リンの口調は優しい。
「いらないわ」
毛布の中からくぐもった声が聞こえてきた。
リンはため息ひとつついて、戸口を顧みる。
側近のノンアを含め、使用人の何人かが心配して集まってきていた。
「病気ですか?」
「違うわ」
「怪我ですか?」
「違う」
「では、ベッドから出てこない理由はなんでしょうか?」
「…………」
フリーダからの返事はない。
リンは彼女がなぜこんなことをしているのか知っている。
昨日……いや、昨晩と言うべきか。
凱旋式に魔人が出た。
幸いというべきか、フリーダ自身に怪我はなかった。
問題は、魔人出現のもろもろが終わって解放されたあとにおこった。
「ブルームハルト子爵家三男のリカルド殿でしょうか」
「……っ!」
毛布が揺れた。図星らしい。
彼女は昨晩、リカルドの放った魔法に興味を持ち、本人を見つけて詰め寄ったらしい。
すげなく袖にされた彼女は、必死に追いすがるも、側近に羽交い締めにされて馬車まで連れ戻されたのだという。
それを聞いたリンはさすがに頭を抱えた。
醜聞である。しかも、多くの馬車が停まっている場所でのことだ。さぞかし、好奇の目に晒されたことだろう。
興奮していた彼女も次第に我に返り、屋敷に戻ってきたときには意気消沈していた。
事情を聞いたリンはすぐさま情報を集めた。
といっても、できることは限られている。
翌朝、交流のある他家の使用人や側近、最側近などから話を聞いたわけだが、やはりというか、尾びれがついた噂が出回っていた。
もちろん、ファン子爵家の醜聞である。彼女の母親の耳に入らないわけがなく、フリーダは重い身体を引きずって部屋から出てきたところで、母親に捕まった。
リンは、母と娘の間にどのような話が行われたか知らない。
母親との話が終わると彼女は、そのまま部屋に舞い戻り、毛布に包まってしまった。
そして夜になってもまだ、彼女は復活しない。
リンは見守る使用人たちに向かって首を横に振った。
ダールバーン王国には、リカルドやリンが通う王立軍事学院の他に、貴族の子女が通う王立士官学校がある。
子女とはいっても、女性の割合は少ない。淑女は社交界デビューまで家庭教師に習うのみで済ますことが多いからである。
実力の軍事学院、家柄の士官学校と呼ばれるが、士官学校に通う貴族子女の中には、当然軍事学校に合格できるレベルの者も多い。
ただし、将来の選択肢として「より有益な方」を選ぶため、通常は士官学校に通うことになる。
王立軍事学院に通う貴族子女の多くは、人を動かすより自ら戦場に立つか、研究に生涯を捧げることを選ぶ場合がほとんどである。
つまり現場を希望するか、研究者になるかであり、実力では上であるものの、王立軍事学院の生徒を下に見る貴族は多い。
加えて、王立士官学校では様々な儀礼を学ぶため、士官学校の卒業生は貴族としての礼節を備えていると判断されることが多い。
「……やってくれたな」
フリーダの父親、ファン子爵がやってきて、彼女を無理矢理食事の席につかせた。
そして開口一番、それである。
「申しわけございません」
「どこまで知っている?」
「……お母様から、復縁を迫って断られたと」
リカルドとフリーダは同じ学院生、親が同じ子爵家ということで親しく交際していたが、フリーダの快活ぶりに嫌気がさしたリカルドが彼女を振った。捨てられた彼女は、帰ろうとするリカルドに復縁を迫ったという噂が流れていたと聞いたのだ。
「それは朝の段階だな。いまは、浮気をして捨てられたことになっているぞ」
「そんなっ!」
「社交界では、王立士官学校卒の貴族が多いのだ。真実などだれも知りはせんし、知りたいとも思わないだろう。我がファン家は、娘の教育もできないものと思われたわけだ」
「まことに申しわけなく……」
「噂と違って艶やかですなと、早速揶揄する者がいた」
「…………」
ただでさえ王立軍事学院卒の貴族は粗野で礼儀がなっていないと言われるのだ。
それに加えて昨日の醜聞である。どのような噂が出てもおかしくはない。
「恋愛は自由にさせるつもりだったが、そうも言っていられないかもしれない」
父親の言葉にフリーダは顔を上げた。
「……リカルド殿ですか?」
「そうだ。噂を真実にしてしまうという手だ。あちらはそのつもりはないだろうが」
「なぜです?」
「ブルームハルト子爵は食わせ物だ。一筋縄ではいかん。加えて、本人も興味がないだろう。こちらが頼み込んだとて、難しいだろうな」
「ええっ!?」
さすがにそれが意外だった。
天才魔法使いの異名をもつほどに知名度があり、このたびの出征でも活躍したフリーダである。
しかも卒業後は光都魔法騎兵隊に配属が決まっている。
魔法使いの花形である。同年代の出世頭といっていい。
しかも本人は、そこらの貴族令嬢より美人だと思っていた。
つまり、どの角度から見ても……いや、勉学はやや劣るが、非の打ち所のないと思っていたのだ。
翻って、リカルドはどうだ。
同じ子爵家ということで、これまでも何度か交流がある。
その少ない経験から判断しても、リカルドは研究馬鹿で、コミュニケーションのコの字も知らないほど他者を顧みない。
ハッキリ言って、貴族社会から爪弾きにされる人物である。
貴族ならば興味がなくてもある振りはするし、大袈裟に話を合わせることは日常茶飯事。
「詰まらんな」「興味がない」「話が終わったならもう行くぞ」などと決して言わない。
優良物件の自分と比べると、人間性で明らかに劣っていると思っていたのだ。
にもかかわらず、父親から「頼み込んでも難しい」と言われれば、落ち込みもする。
「卒業まで残り少ないだろうが、少し話しておけ」
あの醜態のあとだ。それでも近寄ったら、周囲から好奇な目に晒されるだろう。
父親はそれが分かっていてもなお、近づけと言うのだ。
つまり、フリーダの淑女としての評判は、たったあれだけのことで地に落ちたということだ。
少なくとも、フリーダに興味のないリカルドと、復縁を迫ったフリーダという図式はほぼ事実として定着してしまったに違いない。
「分かったな」
「……はい」
心ならずもフリーダは、リカルドとの距離を縮めることを約束させられた。
〈了〉