もぎ すず(茂木 鈴) 公式
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新しい服でおでかけ
本作品は、『龍神の娘の恋活事情1』の特典SSになります。
成宮咲良は悩んでいた。
「これは……試練? それも史上最大の試練ね」
そう呟くと、咲良は意を決して、ドアのノブを回した。
少しだけ開かれたドアの隙間から外の風が入り込み、咲良の髪をかきあげる。
そのままゆっくりとドアを押し開き、外へ出た。
「ふぅ~~」
ここで大きく息を吐き出す。
「第一段階、完了ね」
胸に手を当てて、やり遂げた顔をする咲良だが、まだマンションの共有部分へ出ただけである。
とくに変わったことは何もしていない。
ではなぜ、咲良はこうも緊張しているのか。
それは、彼女がいま着ている服に原因があった。
「美璃華さんからもらった服……これはきっと私の胆力を試しているのよね」
そう、以前美璃華と出かけた富共デパートの……あの派手な服である。
「私はここにいる!」と存在を主張している黄緑色のパンツスタイルだけでも恥ずかしいのに、上は黄色地にペンキをぶちまけたような前衛的な柄のTシャツである。
「世の中にこんな試練があったなんて……」
咲良は今朝のことを回想する。
いつものように朝食を摂っていると、美璃華は言った。
「そーいや、あんときの服。着てるの見てないな」
ギクッとして箸が止まったのはご愛敬だろう。声を出さなかっただけマシである。
「えっと、なんだっけ?」
そうとぼけてみたが、通用しなかった。
「この前、富共デパートで貰ってきた服、あっただろ。あれまだ、着てないよな」
「そう……だっけ?」
「着てるの、見たことないぞ。まさか、しまい込んで忘れてしまったんじゃねーだろうな」
「そんなことないってば。ちゃんととってあるよ……大事に」
「んじゃやっぱ、着てねえのか。一回くらい袖を通しておいた方がいいんじゃねーの?」
と言われてしまったのだ。
「そ、そうだね……そ、そのうち」
「そのうち?」
「こ、今度……着ようかな。あはは……」
といったやりとりがあったのである。
あれで外を歩くにはハードルが高すぎたので、その場をごまかしたともいう。
そんな咲良に追い打ちをかけるように、美璃華は言った。
「今度、シブヤにでも連れてってやるか。そんとき着ていくか?」
「えっ!? それはちょっと……な、なんか急に着たくなっちゃたなぁ」
あれを着て都心へ行くよりはマシとばかりに、咲良はワードローブの奥に押し込んであった袋を引っ張り出したのであった。
記憶そのままの服を見て、咲良の精神値はガリガリと削られたが、一度でも着ておけばうるさく言わないだろうと言うことで、駅前まで出かけて、二人分のお昼を買ってくることになった。
「が、我慢よ。これで少し町を……あ、歩けばいいだけなんだから」
いまだマンションの廊下でぐずぐずしている咲良は、どうしても勇気の一歩を踏み出せない。
結局、マンションのエントランスに到着したのは、共有部分の廊下に出てから三十分が経過していた。
マンションを出た咲良は、恐る恐る町を歩く。
「……ひっ?」
向こうから通行人がやってくるたび、咲良は手の甲で顔を隠す。
その姿は、まるで怪しいバイトをしている女子高生のようだが、本人は必死である。
そそくさと路地裏に避難しては、首だけ出して周囲を確認する。
不審者として通報されておかしくない挙動不審さである。
「……これ、カラーボールをぶつけられた人みたい」
ふと、そんなことを呟いた。
事実、Tシャツに塗りたくられたペンキの柄は、蛍光色の液体をぶっかけられたかのような模様を描いている。
色の派手さもあって、たしかにカラーボールがぶつかったようにも見える。
咲良は駅までおっかなびっくり歩いていった。
もちろん、似たような格好をしている者は皆無。
駅前のファストフードで自分と美璃華の分の昼食を買って帰る予定だったが、店に入るにはどうにも敷居が高い。
昼を少し過ぎた時間になって、人通りも増えてきたため、ますます入りづらくなってしまった。
ファストフード店も混んでおり、外から眺めても、レジのところに列ができているのが分かる。
「……帰ろう」
もう十分義務は果たした。そう考えて咲良は、その場をあとにした。
「もう十分よね」
なるべくはやく帰り着こうと咲良が早足でマンションまでの道のりを辿っていると、見知った後ろ姿が見えた。
「あっ、ロイさん!」
たまたま横顔が見えた。紛れもなくロイである。
咲良は笑顔を浮かべて駆け寄ろうとしたところで、いまの自分の姿に気づく。
ロイは声をかけられたからか、キョロキョロとしたあと振り向いた。
「……?」
だが、後ろにはだれもいない。
空耳かとロイはもう一度左右に目を走らせるが、やはりロイに注目している人はいなかった。
それもそのはず、ロイに声をかけた咲良は、自分の格好に気づき、思わず電柱のてっぺんに飛び乗ってしまったのだ。
「や~ん、どうしよう」
電柱の頂点でしゃがみ込み、ロイの姿を目で追う。
ロイは周囲に知り合いがいないことを再度確認したのち、歩いていった。
それを咲良は目で追う。
会いたいし、声もかけたい。だがこの格好では嫌だ。
電柱の頂上で散々葛藤していると、ロイはアロハの中に入っていった。どうやらそこで昼を食べるらしい。
「着替えていけばまだ間に合う!」
咲良は電柱から飛び降り、マンションめがけて駆け出した。
「おっ、おかえり。どうだった?」
「えっ?」
「駅まで行ったんだろ? メシは買ってきたか?」
「い、いや、アロハで食べようと」
「なんだ、食ってこなかったのか。んじゃ、アタシもまだだし、一緒にいくか」
「う、うん」
早く着替えて行かないと、ロイが食べ終わってしまう。
そう思う咲良だったが、美璃華が一緒に行くというのだから、置いていくわけにもいかない。
派手な服からいつもの作業着もどきの服に着替えたあと、咲良はじりじりと美璃華が出てくるのを待つ。
「よっし、行こうぜ」
美璃華と並んでマンションを出た。
「んで、最新の服はどうだった? 注目の的だっただろ」
「う、うん」
たしかに注目の的だった。頭に「ある意味」がつくが。
「だよな。いい買い物だったよな」
上機嫌の美璃華はアロハに着くまで、ずっと喋りっぱなしだった。
話を半分以上聞き流し、少しでも早く歩こうと咲良は美璃華の背中を押す。
「おいおい、そんなに急がなくても、アロハは逃げないぜ。そんなにハラ減ったんだったら、駅前で何か買っておけばよかったのに」
「そうなんだけど、服が汚れるかもしれなかったしね」
「それはそうか」
アロハに到着した。
咲良は勢いよく戸を開くと……。
「らっしゃー」
元気のよい声を受けながら、のれんをくぐった。
「……いなかった」
店内には、家族連れが二組いるだけだった。
どうやらロイはすでに食べ終え、出て行ってしまったようだ。
「ん? どうした? ハラが減り過ぎて、力が出ないか?」
がっくりと項垂れる咲良に美璃華はケケケと笑った。
〈了〉