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大学公開シラバスを参照してください。
履修条件や前提知識は「特に無し」と書きました。様々な履修動機を持つ不特定多数の学生(単位さえ取れれば良い学生から,その道で究めたい学生まで千差万別です)を相手にした本シラバスでは,「一般的な表現」としてはこれで合っています。単に単位取得だけでみれば,成績評価も私は甘めのほうに入る教員です(学部レベルに限る)。それにそもそも,担当教員としてはとにかくいろいろな学生にこの分野を知ってもらえたら嬉しいのです。ですから,履修条件や前提知識の面ではゆるやかな方針でおります。
しかし,経済学部生の中には,大学院進学を検討している学生,演習でかなり高水準の研究を進めたいと思っている学生(そのように指導教員から嘱望されている学生),将来なんらかの分野でエコノミストとして職業につなげていきたい学生,あるいは,とにかく「経済学マニア」の学生など,経済学を学問として深く極めたいと思っている学生も多くはないでしょうが一定程度はいると思います(ここではそのような学生を「上級者」と呼んでおきます)。上級者の皆さんには,以下の参考情報も読んでいただけると良いでしょう。
開発経済学は,様々な応用分野がひしめく経済学の中でも,特に「進化・変化」の激しい分野の一つと言われています。
一昔前の世代の開発経済学では(語弊を恐れず言えば,私が大学生の時に大学教授だった人たちが学生時代に習っていたころの開発経済学です),当時の冷戦対立を反映して,経済学の中では異端派(heterodox economics)の勢力が強く,開発経済学そのものもまた傍流経済学と見なされ「開発経済学は死んだ」などと揶揄されていた時代もありました。
★例えば,動学的一般均衡分析などの数理経済学者として国際的に活躍した高山晟氏の論考「開発経済学の現状」(安場保吉・江崎光男編『経済発展論』創文社,1985年,pp. 277-350)に分かりやすく解説されていますので参照してください。
当時の経済学の「王様」は,まさに動学的一般均衡論に代表されるエレガントな数理展開をすらすら進める数理経済学とその傘のもとにいる諸分野でした。その「王様」にとって,一般均衡理論を始めとした経済学の成果は絶対であって,先進国だろうが途上国だろうがどのような市場にも普く適用されるはずであり,途上国だけをことさらに取り上げる「開発経済学」はまさに異端派のなんだか分からんキワモノ,という感じだったのでしょう。
ところが,現在の開発経済学は,1980年代以降から特に(講義内でも論じますが)数理経済学者たちと同じ「言語」である主流派経済学――つまり大学で学ぶ科目で言うとミクロ経済学およびミクロ的基礎付けをもったマクロ経済学――を共有するようになりました。
★「ミクロ的基礎付けをもったマクロ経済学」(Micro-founded Macroeconomics)とは,通常学部レベルで学ぶケインズ学派の有効需要を重んじた短期分析ではなく,「合理的期待革命」「実物的循環理論(Real Business Cycle: RBC)」あるいは「ルーカス批判」などと呼ばれるように,マクロ経済主体にもミクロ経済学における経済主体の最適化行動のロジックを適用し,長期の景気循環や物価変動,経済政策の意義などを検討するマクロ経済学の潮流の一つです。現在のマクロ経済学の先端はこうしたミクロ的基礎付けをもったマクロ経済学に変質しています。(私は門外漢ですが。)
しかも,開発途上国の市場に関する様々な観察・知見が開発経済学者たちの貢献によって蓄積され,むしろ主流派経済学,特に新古典派経済学を建設的に批判する材料ともなっていきました。また時を前後して同じく,経済理論分野でもちょうどゲーム理論の開花などによって,様々な不完全競争の諸理論(いわゆる「市場の失敗」の諸理論)が発展しましたので,開発経済学はこうした成果も積極的に取り入れてきています。
★この動きは開発経済学にとどまらず,国際経済学では新貿易理論(New Trade Theory)やのちに新経済地理学(New Economic Geography)と呼ばれる空間経済学(Spatial Economics),経済成長論では新しい成長論(New Growth Theory)の発展にもつながりました。これらの変革をまとめるのは至難ですが,おおざっぱに言えば新古典派の「収穫逓減」(Diminishing Returns to Scale),「完全合理性」(Complete Rationality),「収斂」(Convergence),「完全競争市場」(Perfect Competition)を批判し,新たに「収穫逓増」(Increasing Returns to Scale),「限定合理性」(Bounded Rationality),「発散」(Divergence),「市場の失敗/不完全競争」(Market Failure/Imperfect Competition)を積極的に仮定に取り入れるようになっていることです。都市化,産業集積,GVCなどの研究で特に顕著です。
また,1990年代以降のコンピューターやソフトウェアの発達にともなってミクロデータの統計分析に関する理論が発展してミクロ計量経済学(Microeconometrics)が開花し,(その後その貢献を讃えられて2015年にノーベル経済学賞を受賞したAngus S. Deaton教授らの貢献にも見られるように,)開発途上地域における世帯調査を始めとしたマイクロデータの収集のノウハウやデータバンクの整備が進みました。これ以降,開発経済学は,理論中心から脱却し,現実のデータと突き合わせた実証分析が主流となっています。したがって,統計学や計量経済学の学習も進んだ内容の理解にとっては不可欠となっています。
以上の歩みのもとに,開発経済学は,今日では,公共経済学,国際経済学,財政学,労働経済学などなど,他の主要な経済学分野と同じ「応用経済学」の一部門へと変質してきており,経済理論と統計学を基盤としています。
したがって,これからの時代に開発経済学をある程度「専門性」にまで高めて学ぶには,少なく見積もっても,ミクロ経済学・数理統計基礎で扱われる程度のミクロ経済学や統計分析の知識がすでにあるべきと見るのが妥当でしょう。
単なる単位取得を超えて,進んだ内容まで深めたい意欲ある学生(例えばこの分野でゼミに進みたい人,卒論研究をしたい人,その道のキャリアに進みたい人,etc.)は,ミクロと統計の知識に不足がある場合は,ミクロ経済学・数理統計基礎・計量経済学をがっつり学んでいただく,あるいは,積極的な自習でキャッチアップしていただければと思います。
最終更新:2024/3/19