深い森の中、幾重もの茨のツルに囲まれた城の中で、銀髪の姫は眠り続ける。
死んだように静かに。孤独に、ひっそりと。
……その存在はもう、世の中からも忘れられてしまったのかもしれない。
姫は眠る。眠り続ける。
そしていつの日か彼女が死んだとしても、きっと誰も気づかない……
◆◆◆
事務所のビルの玄関口から勢いよく黒い煙が吹き出す。
そしてしばらくするとメイド服姿の少女2人がそこから現れる。風海ナギと鰐塚らむだった。
「ケホ…これで9件目…」
ナギがつぶやく。
「ゴメンネェ、ナギちゃん。まさかガス管に引火するなんてネ」
らむが口から埃をぺっぺと吐き出しながら申し訳無さそうな表情をする。
「いえ…大丈夫です」
ナギは煙で汚れた顔を拭いながら答えた。
「カザミ、ワニヅカ、お疲れ様」
そんな2人にナビラ・ダルランが近づいて出迎えた。
「よくババロア一家の幹部を倒してくれた。やはりコウベのエースは違うな」
「それはどうも…」
ナギは無感動に答える。
「エース? エースってなあに?」
らむが興味津々で尋ねる。
「……」
ナギが答えたものかどうしようか迷っているとそれを別の声が遮った。
「師匠~!!」
現れたのはショートカットの栗色の髪をした小柄な色白の少女だった。両手にハンドマシンガンを持ち、汗だくで、ところどころ汚れているが満足そうな表情をしている。
「これで私、コウベに来てから50人は倒しましたよ!」
エミリ・トーヴィーは嬉々としてナビラに報告する。
「いいですね、戦える場所があるって! 師匠やお姉さまから教えてもらった戦い方、色々試せます。ようやく2丁銃にも慣れてきました。ああ~、憧れのリエナお姉さまと同じスタイル!」
エミリは黄色い声を上げながら嬉しそうにハンドマシンガンをぴたっと頬にくっつける。
「うふふっ、どうですか! これでお姉様さまに顔向けできます!」
ナビラはそんなエミリを見て小さくため息をつく。
「はあ、エミリ。貴方、いつもは私の食事の暴走を止めてくれるのに、リエナのことになると歯止めが効きませんね」
「だってぇ、リエナお姉さまにはこのエミリ・トーヴィーこそが相応しいんです!」
そう言うとエミリは、ふんすっ、と息巻く。
「ぜったいこの戦いで有名人になってやります!悪い奴を一網打尽です! そしてヨコハマに帰った暁には、あの日暮とかいうドロボーメイドをコテンパンに~っ!!!」
「…日暮マリアには手を出すなとコーデリア様から言われているでしょう……まったくエミリ、あまり調子の良いことばかり言っていると、またお仕置きですよ?」
「えっ、うぇ、それはちょっと師匠ぉ…」
ナビラのその言葉にエミリのテンションが一気に削がれる。
ナギは後方に待機していたシンジケートのメイドから水分補給用のボトルを受け取ると、それを口にする。
するとそこにピンク髪のメイド姿の少女が現れる。紫陽ひまりだった。
「やっほ、ナギちゃん~」
「……? ひまりさん、どうしてここに?」
ナギがボトルから顔をあげ、ひまりの方を向く。
「ヘルガちゃんが別の場所の指揮を取ってるから、今日はこの地区は私が代わりに監督してるの~」
「そうでしたか」
ひまりは笑顔のまま、ずいっと顔を近づけると、ナギを見上げる。ナギはひまりの内面の読めない作り笑顔が苦手だった。少し身じろぐ。
「それにしてもナギちゃん、最近無理しすぎじゃない? ひどい顔してるよ?」
心配そうなひまりの表情(とはいえ表面的なものだろうが)。その言葉にナギは小さく驚く。しかし鼻で笑った。
「ふっ、そんなことありませんよ」
「そう?」
「…むしろ今まで心に引っかかっていたものが全部落ちて清々しい気分です。私は私の本来の目的を思い出したのです。戦って、戦い続けて、借金を返す……」
「…でも、その後は?」
「え」
まさかそんな質問をひまりがしてくるとは思わなかったナギは一瞬あっけにとられる。
「別に…そんなことに興味ありません」
ひまりはその言葉を聞いて、一瞬笑顔を崩し無表情になり考え込む。
「……なんなんですか?」
ひまりがそんなこと聞くなんて珍しい。ナギは訝しむ。
「ん~ん、なーんにも? せいぜいがんばってね~」
ひまりは再び笑顔に戻ると、ひらひらと手を振って去っていった。
コウベシンジケートはこの1ヵ月で、コウベの他の組織をほとんど潰しきっていた。そしてその中でも最大のライバル組織であるババロア一家にも手をかけ、その力を徐々に奪う。そうしてそれはついに、コウベ市東部、ナダ区のババロア本邸を残すのみとなった。
ナギはバスを降りると徒歩で坂を上り屋敷へと戻った。
ドアを開け靴を玄関で雑に脱ぐと、廊下を歩きながら身につけていたメイド服を雑に床に放り捨てる。近くには昨日脱いだメイド服がそのまま落ちていた。ナギは肌身に付けているものを全て外すと、そのまま浴室でシャワーを浴びた。
午後の冬の陽光が窓からさす。ナギはスポンジで身体を洗った。今日もこの身体はホコリまみれの傷だらけだった。
着替えて浴室を出た。髪をタオルで乾かしながら居間へ。そこにも脱ぎ捨てた服やコンビニの袋が散乱していた。
いつもならまおが部屋を片付けてくれていた。しかし円堂まおはもういない……
暖炉の上には、まおがシンジケートの大茶会で手に入れた表彰楯が飾られていた。
「あの人、あれを持って帰るの忘れてましたね…」
コンビニ袋から緑茶のペットボトルを取り出すと、それに口をつける。
大茶会の表彰楯を見て、ふと紅茶のことを思い出した。
昔はこの居間のテーブルで、よく幼馴染の皆とお茶会をしていたっけ。
ルミネさん、ひまりさん、マツリカさん、それに、エッダお姉様……
「そういえばどうして私が紅茶を飲まないか、あの人に言う機会はなかったですね…」
そう、私は紅茶を飲まない……だって、あの優しく懐かしい頃を思い出してしまうから……
するとドアを叩く音が聞こえる。ナギは小さくため息をつくと、玄関へ向かった。
「………また、貴方ですか」
ドアを開けた先には、落ち着いた色合いの洋服とスカートに身を包んだ私服姿の朱鋏ツバキが立っていた。
「風見ナギ。宝座ルミネを討ちなさい」
一瞬ナギの顔が曇る。
「…だから、その話には乗らないと何度も言っているではないですか」
ナギはドアを閉じようとする。ツバキはそれを止める。
「いまのシンジケートに貴様に勝る相手はいない。宝座ルミネを討てば、貴様に協力する者たちも現れるでしょう」
「……どうしてそれを正道緑茶結社の貴方に言われなければならないのですか」
ナギが鋭い視線を向ける。ツバキは不敵な笑みをこぼす。
「まあ、こちらにも相応の事情はあるのだけれど、何よりそれだけの腕を持ちながら、ただの末端戦闘員に甘んじているのは、同じ力ある者として忍びない。それに組織の頂点に返り咲いたならご母堂も喜ばれるのでは?」
「…………貴方が私の母の何を知っているというのですか。その手の挑発には乗りませんよ。シンジケートを潰したいのでしたらお一人で勝手にどうぞ」
そう言うとナギは強引にドアを閉じる。ドアの向こうから声がする。
「また来ますよ、風海ナギ。貴様には戦う相手が必要なのです」
ナギはドアに背を向ける。するとナギのスマホが鳴った。ナギはそれに耳にあてる。
「ナギさん、お疲れ様です」
桜井ヘルガの声だった。
「明日、ババロア家の本邸への襲撃が決定しました。朝6時に国鉄ナダ駅前に集合してください」
「……わかりました」
ナギはそう答えるとスマホを切る。
工場の地下格納庫。せわしなく工場のメイドたちが武器や道具の準備をしている中、端に備え付けられたモニターを見つめるT.T.01と黒い箱型の物体。
「さて、ギガント、ここですよ…ここが見どころです」
T.T.が小声でギガントと呼ばれた黒い箱型に話しかける。普段冷静なT.T.にしては珍しく興奮して声に感情が籠もっている。
ギガントはその前面に設置された4つの大きな赤色のカメラをモニターに注視させた。モニターにはタンクローリーが転倒し大きな爆発音と共に閃光を放っている映像が映し出されていた。ギガントはそれに驚いたように赤い目をヒュッと一瞬だけ点滅させた。
映像の中では、溶け出した水銀のような氷から人間が現れた。
T.T.が声をあげる。
「まさか! 液体窒素で凍ったのに、タンクローリーの炎で復活してしまうなんて!」
T.T.01はまるで姉が幼い妹に絵本を読み聞かせるかのように抑揚のついた声を出す。
「Rt、るぅるぅるぅるぅるぅー♪」
ギガントはそれを楽しんでいるかのように合成音声のような機械的で意味不明な音を奏で始めた。
「うふふ、楽しんでいただけてますか? ギガント」
「るるぅ~♪」
その黒い塊の様子を見て、T.T.の顔が和む。
「早く貴方とお話がしてみたいです」
と、そこへ格納庫の人員移動用のエレベーターの扉が開き、そこからマツリカとらむが現れる。
「準備の調子はどう~?」
するとリーダー格のメイドが応じる。
「本部の作戦要綱に従い準備中です。T.T.量産型の整備は完了。現在はスモーク弾『しゅもも』等の各ガジェットの搬送準備を進めています」
「うん、どうやら明日決行みたいだから、もうトレーラーに積み込みはじめていいよ~」
するとT.T.がマツリカに近寄る。
「あの…博士、今回の戦いはギガントも連れて行くのでしょうか?」
「ギガントはまだ調整が必要だし、ルミネ様にヒミツで作ってるからねえ。今回はお留守番~」
そう聞くとT.T.がほっと胸をなでおろす。
「どうしたの? 何か気になってた~?」
マツリカが聞く。
「いえ別に…ただ、ギガントはまだ幼いので大丈夫かなと」
「大丈夫大丈夫~、ギガントの状態はボクが一番良くわかってるつもりだから~。でも心配してくれるなんて、T.T.はお姉さんみたいだねえ」
マツリカがにやにやとはにかむ。
「い、いえ、そんなつもりは…」
T.T.は焦って否定するも、ちらりとギガントの方に目をやった。
「明日は皆にも頑張ってもらうけど、特にT.T.とらむが主力なんだから気合い入れてね~。終わったら打ち上げをしよう!」
おー! とメイドたちが声を上げる。
その後、工場の自室に戻るマツリカ。それに付きそう鰐塚らむ。ドローンに吊り下げられて移動するマツリカが扉の前でドローンを止め足を地面につける。とその時、マツリカがよろけた。それをらむが両腕で後ろから支える。
「ハカセっ、だいじょうぶ!?」
するとマツリカはにんまりと笑い、片手を上げる。しかし頬から汗が流れ落ちた。
「うん、大丈夫……ここのところ忙しかったからね~」
そんなマツリカの様子をらむは心配そうに眺める。
自室に入りマツリカは上半身を脱ぐ。マツリカの胸の中心に、金属製のカバーが覗く。らむは聴診器のようなガジェットを持ってくると、それをマツリカの胸に繋いだ。
「ほら、人工心臓はいつも通りでしょ?」
らむがモニターを見てそれを確認する。しかし心配した表情のままだ。
「そんなに気にしないでよ。まだ、大丈夫だからさ」
「デ、デモ…」
「しっかりギガントを完成させたらシュワルツさん、新しい心臓くれるって言ってたし」
それでもらむは表情を変えない。そんならむにマツリカは柔らかく微笑む。
「らむは本当に優しいなあ。でもボクが全部、しっかり考えてるから安心して~。これからも皆にはヒミツだからね。ボクはダラダラしてるだけだから~」
「ハカセ…」
らむが涙目でマツリカに抱きつく。そんならむの頭をマツリカはそっと撫でる。
一方、コウベシンジケート本部【ヴァルトブルク】の応接間。
ホワイトボードの前に立つ桜井ヘルガとナビラ・ダルラン。
「以上が作戦の詳細になります」
それをソファに腰を沈めて見守る宝座ハンス。その隣にはルミネも座っている。
「ふむ、特に問題は無さそうだな。明日はその手筈で進めてくれ、ヘルガ」
「はい、ハンスお爺さま」
ヘルガが軽く一礼する。
「ダルランさんも明日の指揮はよろしく頼みましたぞ。ババロアの者共に、誰がコウベの支配者か思い知らせてやってください」
「はい、ご期待に添えるように奮励しましょう」
そんなナビラに対しハンスはニヤリと笑う。
「ふふ、期待していますぞ。もちろん成功した暁には追加報酬を差し上げます。さらにはコウベの最高級レストランに自由に出入りする権利も差し上げますぞ」
「な、な、なんですって…最高級レストランッ……!!」
ナビラは無表情な顔を崩し目を輝かせる。口元も緩み、油断するとよだれが垂れそうだった。
「こほん、はい、コウベシンジケートのために、ぜひとも頑張らせていただきます!」
先ほどとはうってかわって元気よく答えるナビラ。
「それではお爺さま、ルミネ様、私たちは明日の準備をいたしますので、この辺りで失礼いたします」
ヘルガは会釈すると、ナビラとともに退室する。
そんな2人を目で見送るハンスとルミネ。
「いよいよ明日だな」
「はい、出来ることは全て行いましたわ」
ハンスは葉巻を取り出すと、それに火を付けようとする。ルミネは自分の豊かなロール状の髪を撫でながら言う。
「…お父様、この部屋は禁煙ですわ」
「おっと失敬」
ハンスは葉巻をケースに戻した。そして何かを思い出したように口を開く。
「そう言えばルミネ。お前、あの風海の娘の借金を無くしてやろうとしたみたいだが…」
「ええ、まああの人もそれなりに役に立ちますからね」
ルミネはどうでもよさそうな表情で視線を父親から外す。しかしハンスは疑うような視線をルミネに向けた。
「まさか、この戦いが終わったら…シンジケートに戻してやるつもりではないだろうな? またあのベリエンシェーナの小娘のように風海の娘を焚きつける輩がいたら、シンジケートは分裂するかもしれないんだぞ?」
ルミネはそんな父親の心配を一笑する。
「はっ、まさか。ナギさんはそんな器じゃありませんわ、お父様。それにもうこのシンジケートで、わたくしたち宝座家に逆らう勢力なんて存在しませんもの」
ルミネがそういうも、ハンスは思案する。
「外からの勢力の助力があるかもしれん……お前はあの娘に甘いから…。あれはなんと言ったってあの風海マキの娘なんだぞ? アイツがもし暴れようものなら、私達にはそれを防ぐ手立てはない。……いいな、絶対にシンジケートに戻すようなことはするなよ。あの娘を絶対に許すな。借金で縛り続けて逆らえないようにし続けろ、必要なら何か理由をつけて新しい借金を押し付けてやってもいい……」
そんな父親の様子にルミネは咳払いする。
「お見苦しいですわよ、お父様。何をそんなメイド1人に怯えておいでなのですか? 私達シンジケートもこの戦いを通して力をつけました。そんなこと、絶対に起こりえませんわ」
「では…お前は、あいつをどうするつもりだ?」
「それは……」
ルミネは再び父親から視線をそらす。そして風海ナギの姿を思い浮かべた。とっさに言葉は出てこなかった。
その夜は冬には珍しい豪雨だった。ナギは屋敷の窓からぼんやり外を眺めていた。激しい雨、激しい風が窓ガラスを打つ。
まるで昔の私のよう。全てを失い荒れ狂っていた。だけどいまは不思議と心が静かだ。自分のやるべきこと、やり残したことが鮮明にわかる。
もう、ナギの頭の中には誰も浮かばなかった。ただ依頼に従い、敵を倒す。それだけを心に刻んだ。
◆◆◆
燃えていた。嵐の海の上で、船が紅い炎を発しながら燃え盛っていた。
泣き叫びながら懸命に手をのばそうとする。しかし誰かに抱きかかえられて遠ざけられてしまう。
幼いエッダ・ベリエンシェーナはずっとずっと泣いていた。失った両親を想って、家族のように仲のよかった船員たちを想って。
せめて彼らの遺体だけでも、と思うも全ては海に沈んでしまった。彼らを母港の広州へ、もしくは生まれ故郷のヨーテボリに還すことももうできない。
そんなエッダを優しく抱きしめてくれる存在がいた。風海シン、というニホン人だった。
ベリエンシェーナ夫妻のコウベでの取引相手で、日本の紅茶マフィアの構成員だった。コウベシンジケートのボス、風海マキの夫。碧い瞳が印象的な男だった。見た目の優しそうな風貌とは裏腹に切れ者で文武両道、ボスの片腕として組織を引っ張っていた。しかしいつも笑顔を絶やさず、周りの人間達のムードメーカーだった。
エッダの両親と繋がりの深かった風海家は、彼女を養子として受け入れることにした。
それには風海マキも大賛成だった。さっそくエッダに将来有望な紅茶マフィアとしての教育を授けてくれた。
一家には1人の女の子がいた。風海ナギ、という。銀色の髪にツンとした面構えは母親似、碧色の瞳は父親のものだった。いつもエッダを姉として慕ってくれていた。
いまでもエッダは初めて風海家を訪れた日のことを覚えている。
シンジケートの本部の一室に部屋を借りていたエッダは、その日初めて風海家のお屋敷へと向かった。そしてその玄関で、シンとマキが出迎えてくれた。
そんなシンの足元にすがるように1人の女の子がいて隠れながらエッダの様子を伺っていた。碧色の瞳をした銀髪の美しい女の子だった。
「ほら、ナギ。今日から君のお姉さんになる人がやってきたよ?」
シンが優しくナギの背中に手をやると、進むように促す。
幼いナギはおずおずと両親の表情を伺いながらも、エッダの前に進み出た。
エッダは覚えたての拙い日本語でナギに話しかける。
「初めまして…、ナギお嬢様」
「……はい、エッダ…おねえさま」
ナギは手を差し出す。エッダはそれを両手で握りしめて微笑む。
「ふう…寝過ごしてしまいましたね……」
ベッドでいつもよりも遅い時間を指している時計を確認したエッダは、寝そべりながら呟く。
ここのところシンジケートは何かに忙しく、エッダが請け負っていた給仕指導の仕事も減っていた。しかし昨日は嵐がひどく夜中まで寝付けなかった。
エッダは身体を起こした。するとちょうどその時、スマートフォンが鳴り響く。
エッダはそれを取る。
「……」
思いがけない相手からのものだった。
「……あら、貴方から電話を頂くなんて珍しいですね。ひまりさん」
朝、コンビニで買ったサンドイッチとコロッケを腹に詰め込んだナギは、メイド服に着替えると、武器一式をラクロスケースに押し込んだ。そして玄関を出る。
冬の弱々しい日差しが差し込む。しかし昨日の嵐とは打って変わって、今日は清々しいほどの晴天だ。
「今日もまた行くのですか?」
鋭い声がする。庭の茂みから、朱鋏ツバキが現れた。
「当然です。私は両親が残した負債を返さなければならないのですから」
「分かっているのですか? 貴様はただシンジケートに利用されているだけーーー」
「今日が!」
ツバキのそんなセリフをナギが遮る。
「今日が最後ですから、今日さえ終わればきっと私は……」
ツバキはナギの言葉から何かに気づく。そしてナギの肩を掴むと語気を強めた。
「それなら尚更です。もし全ての戦いが終わるようなら貴方は不要になる。そうなってからでは何もかもが……」
ナギは首を振る。
「バカなのですか? それは素晴らしいことではないですか。お母様でさえ達成できなかったコウベの統一、そしてそれによる平和。そんな事業の一端を担えただけでも。そしてそれで私の借金も返せて、両親の汚名をそそげるのなら」
ナギは歩き出す。
「私だって、全部分かってますから。このコウベから争いが無くなったら私はどうなってしまうかくらい。でも、いいんです、もう。私はそれさえ出来るのなら、それ以上に何も望まない……」
「風海ナギ!!」
ツバキは叫ぶ。ナギは何かを思い出したように振り向く。
「そうだ、ツバキさん。このようなお願いを私からできるのか分かりませんが、ルミネさんの首を取るのだけは勘弁してあげてくれませんか? ……代わりにこの戦いが終わったら、私の首でよければ差し上げますから」
そして小さく微笑む。
◆◆◆
コウベ市ナダ区に存在するババロア一家本部の豪邸。その周りをバリケードで幾重にも覆われており、随所にババロア一家の構成員たちが武器を手に潜んでいる。
「あれはセンダイ、フクオカからも……ざっと200人はいますね」
豪邸の見える近くのビルに高層に、ルミネ、マツリカ、ヘルガ、ひまり、などシンジケートの首脳陣とナビラが集まっていた。
T.T.は窓から豪邸に見え隠れする人物の顔を一つ一つシンジケートのデータベースと照合していた。その隣ではエミリ・トーヴィが双眼鏡を覗きながらニヤニヤしていた。
「やりがいがありますね! 頑張ってお姉様にもっと褒めてもらっちゃおうっと!」
「落ち着きなさい」
そんなエミリの後頭部をナビラは軽くはたく。
ババロア一家の豪邸は、すでにコウベシンジケートの武装メイドたちや配下の者たちによって取り囲まれていた。
「それでは皆様、手筈通りに」
ルミネのその一言で、皆は各配置に移動する。
「ふうん、シンジケートの小娘たちにしちゃ、頑張って人数を集めたもんだねえ」
ババロア一家豪邸の2階の執務室から、初老の女性がオペラグラス片手に窓越しに外を覗いていた。まるで観劇にでも行くような豪華な身だしなみ、頭には大きなボンネットの帽子をかぶっている。カリア・ババロア。ババロア一家のボスである。
「ふぅん、風海んとこのマキちゃんとはずっと仲良く出来ると思ってたんだけどねえ。宝座の坊やが出てきてから色々おかしくなってしまった」
「おい、バアサン。防弾仕様とはいえ何が飛び出してくるか分かんねえぞ。頭引っ込めな」
後ろでソファに身を沈めている大男がカリアに注意を促す。ババロア一家の重鎮、龍造寺ガイテツだった。ナギと二度戦い、先日まで警察に捕まっていた。
「それにしてもよく俺を戻せたなあ。なんでもシンジケートと警察はグルだっていう噂じゃねえか」
「まあね、警察も一枚岩じゃないからさ。昔からのコネはあるのよ」
ガイテツは鼻で笑う。
「ふぅん、いつもは俺を罵るのを生きがいにしている口の悪いバアサンも、いざとなったら俺が頼りってか」
「フン、アンタこそ。ブタ箱の不味い飯を我慢して食い続けてりゃ今日みたいなことに出くわさなかっただろうに、わざわざノコノコ戻ってきて物好きだねえ」
カリアが言い返す。
「……まあ、親と子分のピンチに戻れないようじゃ、マフィア業はやってられんぜ」
ガイテツはそう呟くと立ち上がる。そして身体を伸ばす。そして部屋のドアを開いた。
「シンジケートの奴らなんて、ちゃっちゃっと倒して来るからよ。バアサンは宴会の準備でもしてて待っててくれや」
ガイテツは後ろ向きのまま片手を上げると手を振った。そんな立ち去るガイテツをカリアは見送った。
戦闘が始まる。
マツリカ工場謹製スモーク弾「しゅもも」が、複数の発射機から射出され空を舞いバリケードへと落ちていく。そして地面に落ちると白い煙を吐き出し一帯を煙で覆い尽くす。それと同時に武器を持ったシンジケートのメイドたちが一気にバリケードへの距離を詰める。
辺り一帯にゴム弾の発砲音が響き渡る。
「シンジケート部隊が正面で囮になっている間に、我々で側面から強襲を仕掛けるぞ!」
豪邸の裏路地でナビラが後ろに続く各員に声をかける。そこには風海ナギ、鰐塚らむ、T.T.01、そしてT.T.量産型8体が控えていた。
ナビラが走り出すのと同時に、一行がその後に続く。
側面のバリケードは正面よりも薄く、また正面の応援に向かっていたのか人影が少なかった。
ナビラが閃光弾を投げ入れる。その隙にナギたちが突入する。
目の前で目くらましを受けたゴロツキたちをナギはゴム散弾銃で制圧していく。らむも専用の散弾銃でゴロツキを倒したり改造火炎放射器でゴロツキたちの武器を破壊しながら場を制圧する。
「やるね、ナギちゃん!」
「…らむさんこそ!」
ナギとらむは背中合わせで攻撃を続ける。彼女たちが撃ち漏らしたゴロツキをT.T.01の管制の元、量産型たちが狙い撃つ。
「そういえばさ! この前、サメの子を捕まえたんダ!」
らむが散弾銃を発射しながら叫んだ。
「えっ、サメ…? なんですって?」
ナギは視線を敵に向けたまま聞き返す。
「マタ、水族館をおっきくしたから、見に来てよ!!」
「ええ…!」
今度は聞き取れた。ナギはうなずく。
ナビラたちはバリケードを突破し、側門へと近づく。すると門をぶち壊して大きな車が飛び出してくる。ナギとらむがとっさに射撃するも、ゴム弾は弾き返された。その車は全体を金属で覆われ、屋根には機関銃が取り付けられていた。軍用装甲車だった。その機関銃がナギを襲う。
バリバリバリバリッ、とけたたましい発砲音が鳴り響く。
とっさに現れたT.T.M05イコマがナギを押しのけ盾になる。弾丸はイコマの腹部に命中し、そのままその身体を真っ二つにしてしまった。
他の面々が遮蔽物に身を隠す。
「実弾なんて使いやがって、エミリッ!!」
ナビラが無線機に向かって叫ぶ。
すると一瞬遠くのビルの屋上が光ったかと思うと、装甲車の手前のアスファルトが砕け散る。
「プラス1メートル上だ!」
するとすぐさま第2射が飛んできて、今度はそれは正確に装甲車の前部天井装甲を貫いた。
穿った穴の中から白い煙が立ち昇る。
「煙幕で燻してやれ!」
慌てて乗員がハッチを開けて出てくる。
「煙幕内蔵の徹甲弾だ。そっちに比べれば可愛いものだろう!」
ナビラは逃げるゴロツキたちを見逃してやった。
側門一帯は制圧した。T.T.とナギが破壊されて残骸となったT.T.M05イコマに一礼する。
「残りは私とカザミで進む。T.T.とワニヅカたちは敵を引きつけてここを制圧しろ! 行くぞ、カザミ!」
「はいっ!」
ナビラに続いてナギが駆けていく。
まおは朝からコンビニでの仕事を始めていた。その日はとても晴れやかな冬の日だった。なんとなくまおは、ナギと初めて会った日のことを思い出していた。
昨日見た夢といい……もしかして私、姫成分が不足していることの禁断症状が出ちゃってる!?
まおはハッと口元に手をやる。その様子を店長が不思議そうに眺めていた。まおは慌てて笑顔を作るとなんでもないですよ、とジェスチャーで伝えた。
……もしよければ、また気が向いたら、お嬢様の様子を見に行っていただけませんか
昨日エッダに言われたことを思い出す。まおは思案する。
確かに姫には追い出されてしまったけれど、もう一度会いに行ってもいいかも。この1ヶ月、離れてたけど、もしかしたら姫も考え直してくれてるかもしれないし。
まおはひらめく。
でも、もし怒られても無理やりお屋敷のお掃除はしてあげよっと。きっと姫のことだからまたぐちゃぐちゃにしちゃってると思うし。
そう考え直したまおは今日の予定を考え始める。
そうと決まれば、夕方にバイトが終わったらスーパーに寄って買い出しをしよう。姫の大好きなハンバーグを作ってあげるんだ。姫がどれだけ嫌がっても、姫はハンバーグの誘惑には勝てないだろう。まおにはその確信があった。いくら意地を張ったって、もしかしたらそれがきっかけで考え直してくれることもあるかもしれない。
ナギとの出会いを思い出したまおはそれに勇気をもらっていた。ダメ元でも会いにこう。
まおはナギが夕飯を食べながら少しだけ嬉しそうにする姿を想像してにやける。
てろてろーん
その時、来客を告げる自動ドアのメロディーがなった。
「いらっしゃいまー…」
まおは営業スマイルに切り替え来客に応じようとするも、その光景に言葉が続かなかった。
そこにはエッダ・ベリエンシェーナが荒い息を吐きながら立っていた。いつもなら優雅に編んでいるはずの三編みもほどけ、余裕のある表情も失われていた。
「まおさんっ……いた!」
エッダは叫ぶ。
「ど、どうしたんですか!? 先生」
まおが歩み寄る。エッダはまおの両肩を掴んだ。
「今すぐ…ナギお嬢様の元へ、行ってあげてください……お願いします!」
「えっ!?」
エッダは口を開く。今朝、紫陽ひまりから連絡が来たとのことだった。
「ナギちゃんが、死んじゃうかもしれない…」
ひまりからの電話を受け取ったエッダは一瞬その耳を疑った。
「な、何を…一体どういうことですか?」
「ナギちゃん最近変なの、前みたいに険しい表情をしなくなったっていうか憑き物が落ちたっていうか……とにかく何かほっといたらそのまま死んじゃいそう…」
すぐにどうのということではないことにエッダは胸を撫で下ろす。
「今日、大きな戦いがあるの。もしナギちゃんよりも強い相手が現れたら、ナギちゃんきっと死ぬまで戦う、そんな気がする…」
ひまりは続ける。
「別に私はナギちゃんがどうなったっていいの。だけど! それでまたルミネちゃんを泣かせるようなことがあったら、私は今度こそ絶対にアンタを許さないから…!」
エッダは小さくため息をつく。
「……それで、私にどうしろと?」
エッダは呟く。スマホの向こう側で大きなため息が聞こえる。
「もうルミネちゃんやアンタ、他の子じゃダメなのよ。でもあの子なら、あの子なら、もしかしたらナギちゃんを止めることができるかもしれない。でも、私はあの子の連絡先知らないから……アンタ知ってるでしょ!」
「……円堂まおさんは、この前お屋敷を追い出されたんです。もうお嬢様は誰にも心を開いていないです」
ひまりはつんざくような大声をあげた。
「グズっ! 元はと言えばアンタが全部の元凶でしょう!? ダメ元でもいいからやってみなさいよ! アンタが2年前にあんなことをしでかしてなければ、もっとみんな仲良くやれたかもしれなかったのに! これだけ言って何もしなかったら、アンタのこと、本当の本当に、一生恨んでやるんだから!!」
「…いつからそんなに口が悪くなったのか、私はガッカリですよ、ひまり」
「先生ぶらないで! アンタだって薄々感じてたでしょ? ナギちゃんは全てを失ったの。どこかでそういう日は来るはずよ? それがもしかしたら今日かもしれない。いつもお姉さんぶってたくせに、この2年間、アンタは肝心な時に何もしない!」
「……それは、そうだったかもしれませんね」
エッダは膝をつくとまおに頭を垂れる。
「円堂まおさん、お願いです……お願いですから、お嬢様の元に行って、お嬢様のことを救ってあげてください……」
まおの決断は早かった。
「店長、すみません! 急用で早退させてください!」
「えっ、えっ、どうしたの急に?」
状況が飲み込めずに戸惑う店長を尻目にまおは駆け足で更衣室に戻ると、私服に着替えて出てくる。
「ああ、ありがとうございます。まおさん」
エッダは顔を明るくする。まおはエッダの手を引っぱった。
「行きますよ、先生」
「あ、でも私が行ったところでお嬢様は……」
エッダは心配そうな表情をする。そんなエッダをまおはキッと見つめる。
「昨日、姫のためだったら何でもするって先生は言ってましたよね? いいから一緒に行きましょう!」
「……はい」
エッダは小さく頷くとまおの後ろをついていく。
ナビラとナギが豪邸の吹き抜けのホールの2階廊下を進み扉を目指す。すると突如壁が割れ、その破片がナビラを包んだ。ド派手に瓦礫が舞い上がる。そしてその瓦礫と共に吹き飛ばされるナビラ。
「ナビラさん!」
ナギも足場を失い1階へと飛び降りる。ナビラはそのまま1階に飛ばされ床に打ち付けられると、ぐったりとその場に横たわった。ナギは急いでナビラの元に駆け寄り口元に耳を近づける。呼吸はある。脈拍も正常だった。どうやら意識を失っているだけのようだ。ナギはナビラに応急手当をすると、ナビラが身につけていた武器を拝借した。
するとその破壊された壁から人型の巨体が現れ、ナギのいる1階へと降りてくる。ナギは散弾銃を構えた。
「またテメエか、つくづく縁があるなあ」
そこには金ピカの強化装甲スーツに身を包んだガイテツが立っていた。手足を大型のメカで増強し、その全高は3メートルほどになっていた。ガイテツはメカの右手に残っていた瓦礫を払い落とす。
「また貴方ですか、面倒くさい…」
ナギはガイテツの生身の部分に向かって即座に発砲する。
「おっと」
それをガイテツはメカの腕で弾く。
「容赦ねえなあ、暴風のナギは。だが今回はいつもどおりにはいかねえぞ?」
ガイテツは腕を下げると、ニタリと笑みを浮かべた。
ピリリリリリリッ
駅のホームで発射ベルがけたたましく鳴る。
「待ってー、乗ります! 乗りますから!!」
まおがエッダを連れて電車に飛び乗る。そして閉まるドア。
「はぁ、はぁ、はぁ、間に合ったー」
動き出す電車。まおはエッダを見やる。
「はぁ、はぁ……」
息を上げているエッダ。その様子にまおが吹き出してしまう。
「へぇ?、どうかしました、かぁ?」
エッダが不思議そうにまおを見つめ返す。まおは口を手で抑える。
「いえ、先生っていつも沈着冷静な雰囲気だから、意外だなって思って」
「ふっ、貴方が、走らせたからではないですか……ふぅ、こんなに急いで走ったのはマフィア家業ぶりでしょうね」
エッダも小さく笑みを浮かべた。
「場所はナダだそうですので、すぐそこですよ」
「はい、……姫、待っててね」
まおは車窓から戦いが行われているであろう方を見る。
私の王子様。
もっと立派な人間になって会いに行こうと思っていたら、まさかバイト先にお客さんとしてやってくるなんて思ってもみなかった。
だけど王子様は、前にくらべてすごく疲れてて、とても寂しそうな雰囲気をまとっていた。髪はボサボサで着ているものもボロボロ、死んだ魚のような虚ろな目。まるで亡霊だった。
私はいてもたってもいられなかった。気づいたら王子様を観察してこっそりお手伝いしてあげたいと思うようになっていた。買い物で来る度に何かサービス品があったらこっそり忍ばせたり、野菜が足らなかったらこっそり足してあげたりした。気づかれてたかどうかは分からないけど、少しでもあの人の力になりたかった。
王子様だって人間だから。うまくいく時といかない時は、きっとあるから……
うまくいかない時、そんな時は、今度は私があの人の王子様になってあげたいって思ったんだ。
私があの人からもらったもの……その少しでもいいから恩返しができるなら。
今度は私が王子様として、あの人を救ってあげたい。
あの人の笑った顔が見たい。
そしてもし許されるなら…その側に私はいたい。
姫は私が救うんだ…!!
バァン!!
ガイテツの豪腕が床をえぐり、その破片をナギに叩きつける。ナギは両腕で身体を防ぐも、床材の破砕された材木が腕や脚をかすめる。
「どうしたどうしたっ、今回ばかりは暴風のナギもお手上げか?」
「くっ」
ナギは相手を観察する。しかし全身を装甲で固めたガイテツにほとんど隙はなさそうだ。
「そういえばブタ箱でお前の同僚から話を聞いたぜぇ、オマエ、あの風海マキの娘なんだってなあ」
「……だったらっ、何だって言うんです!?」
ナギは射撃するもガイテツの腕に防がれる。
「へっ、大したことじゃねえよ。まさかコウベの裏社会を騒がせてた凶暴メイド、暴風のナギがお嬢様だったなんてなあってことさっ。しかも組織を追い出されて借金を返すためにフリーで戦ってたなんてよぅ!」
ガイテツが距離を縮めて鉄拳を繰り出す。それをとっさにかわす。
「正直、迷惑な話だぜっ」
「迷惑ですって?」
ナギはその言葉に耳を疑う。二人は一定の距離を取って対峙する。
ガイテツがその鋼鉄の手を閉じたり開いたりしながら言う。
「だってそうだろ。敵にしろ味方にしろ、俺達はファミリーのために戦ってるんだぜ。なのにお前ときたら、親の尻拭いのために戦っているんだもんなあ!」
「それのどこが迷惑だと言うんです!」
ナギは片手で腰に下げたハンドマシンガンを手に取ると、それをガイテツに斉射する。しかしそれを全て防がれる。その隙にナギは散弾銃を装填して構え直す。
「ホント迷惑だぜ!」
ガイテツが距離を縮めようとする。その隙を狙ってナギは一発発射した。すると今度はガイテツの生身の脇腹をかすめる。
「グゥ…」
ガイテツが呻く。
「イテテ、さすが一筋縄ではいかねえな。才能の無駄遣いさ。その力は誰の役にも立たねえ」
「黙れ! 貴方が私の何をわかって……!!」
ナギが怒りに任せてガイテツを撃とうとする、しかしガイテツは即座に近づくとナギの身体を殴り上げた。とっさにナギは身体を浮かしてダメージを減らそうとする。しかしその衝撃で散弾銃は手を離れ遠くへと飛ばされてしまう。
なんとか床に着地するナギ。武器を失った。そして脇腹が痛み出す。ナギはそれを手で押さえる。
「うまくかわしたな。だが、次はどうだろうな」
ナギは辺りを見渡す。するとナビラが落としたであろう閃光弾が目に入りそれを拾う。しかし手に取るとそれは全く別のものだった。昔、マツリカ工場でらむに見せてもらった武器カタログに載っていたような気がする。手榴弾? 対人用の爆弾だ。しかもずっしりと重い。まさか本物…?
「へっ、そんなオモチャでどうにかなると思ってんのか?」
ガイテツがナギに向かって駆け出す。ナギは手榴弾のピンを抜くとガイテツに投げつけた。
ヘルメットと防弾チョッキ姿の桜井ヘルガがババロア一家の豪邸の正面のバリケードに進み出る。隣には同じくヘルメットを被ったグラーフが付いてくる。
すでにバリケードはシンジケートのメイドたちによって制圧されていた。いまは邸内で戦闘が続いている。
「あっ、ちょちょっと! ここは関係者以外来ちゃダメです!」
子分メイドの慌てる声が聞こえる。ヘルガが振り向くとそこには私服姿の円堂まおとエッダ・ベリエンシェーナがいた。
「まおさん! エッダ様!」
ヘルガは2人に歩み寄る。
「ヘルちゃんお姉様! いいところに。姫はどこ!?」
「え、ナギさんならいま中で戦ってますケド」
「そっか、ありがと!!」
まおはそのまま邸内へと進もうとする。さすがにそれをヘルガは見逃すことはできなかった。
「えっ、中はアブナイので入っちゃダメです。誰か、そこの2人を取り押さえてください!」
すると周りのメイドたちが駆け寄りまおたちに手を伸ばそうとする。しかしそれをエッダは防ぎ、まおを門の中に押し込んだ。
メイドたちに捕まるエッダ。
「先生!」
「行ってください、まおさん! 貴方に神様の加護がありますように。私の……大切な、小さな妹を救ってあげて……!!」
「…はい!」
「あっ、ダメですってばぁ!!」
まおはヘルガの制止を振り切り、そのまま邸内へと駆けて行った。
「私は1人で生きて1人で死ぬんです……私は…1人の方が強いんですよ?」
「……へっ、なんだよ、一匹狼気取りかよ」
戦闘でボロボロになった豪邸のホールにて。ナギとガイテツが対峙する。
手榴弾は本物だった。ナギは手榴弾の破片を右脚に受け、その出血がメイド服の黒いスカートを更に黒く染めていた。一方のガイテツは左腕のパーツが破壊され、その中の生身の腕も黒焦げになっていた。
「やってくれたなああああ! 暴風のナギィぃぃ!!!」
ガイテツがいままで見せたことの無い形相でナギに襲いかかる。右腕を振り上げた。
「くっ」
脚を負傷したナギはそれをよけようとするもうまくいかない。腰から拳銃を取り出して射撃しようとするも、ガイテツの右腕の方が速くナギを捉え、壁に叩きつけた。
「ぐぅぅっ」
足が届かず宙吊りなった状態で、ナギは鋼鉄の手によって壁に押し付けられる。
「そのまま潰しちまってもつまんねえからなっ! 左腕の仇だ。お前にはせいぜい苦しんでもらうぜ!」
ナギはギリギリと圧迫されてうまく息ができなっていた。
「ははっ、いいザマだな、お嬢様! 俺はなあ、バアサンや子分どもを守ってやる必要があるんだよ! お前とは背負ってるものがちげえんだっ!!」
「ぐぅっ」
ナギはもがくも鋼鉄の手は振りほどけない。
「あぐっ、ぐぅ…」
ナギの口から白い泡が漏れ出す。
「あばよ、暴風のナギ!」
ナギは朦朧とした意識の中で懐かしい景色を見る。
幼馴染たちとの楽しいお茶会。いつもボスの娘である自分は、苦手な紅茶にこっそり砂糖を入れていた。義理の姉はいつも自分に優しく、自分の求めることはどんなことでもしてくれた。シンジケートの他のメイドたちも皆優しかった。宝座のおじさまや川越のおばさまも、昔はとても優しく両親とも仲が良かった……
あの日、両親が裏切らなければ……、もし借金が無ければ……、もっと私に力があってルミネさんたちの役に立てていれば……、エッダのお姉様にもっと優しく接してあげられてたら……、そして「あの人」に、私がもっと素直でいられたら……
……はあ、「もしも」の話ばっかりです。自分の力不足が本当に嫌になる……
ナギはじんわりと身体の力が抜けていくのを感じる。
ああ、でも、ようやくここで私もおしまいですか…
この2年間、私は一人で何ができたのでしょう……
少しでも、両親の汚名が晴れればよかったのですが。
ああ、お母さま、お父さま……私は…ナギはお2人のお役に立てたのでしょうか……
お2人がいなくなってしまうなら、せめてあの日、私も一緒に連れて行ってほしかった……
「「「ダメだよっ! 姫ッ!!!」」」
金色の炎がガイテツを包み込む。その高熱でガイテツの腕が破壊され、ナギはそのまま地面へと倒れ込んだ。
ガイテツは後ろを振り向く。そこには改造火炎放射器を構える鰐塚らむ、T.T.01、そして円堂まおが立っていた。
「小娘め、邪魔するな!」
ガイテツは3人に襲いかかろうとする。らむはT.T.01から手渡されたマツリカ工場お手製の巨大ハンマーに持ち替える。
「ナギちゃんをいじめちゃダメッ!!」
そしてそのままハンマーで横に殴ると、ガイテツは果ての壁まで吹き飛ばされた。
「ぶべらっ」
らむとT.T.01はガイテツにトドメをさすべく追いかける。まおはナギの元へと駆け寄った。
「姫っ! 姫っ!?」
まおがナギの側に駆け寄る。倒れたナギは血の気を失い青白い顔をしていた。口元に耳を当てると息をしていない。
まおはナギを仰向けにすると、ナギのメイド服を胸元から大きく破いた。そして自分の両手を重ねると、それをナギの胸元に当て、ナギの胸を何度か圧迫し始めた。
特に反応は無かった。
まおはナギの顎を持ち口を開かせると、大きく息を吸い込む
……姫、ゴメンね
そうしてその口に、そっと自らの口を重ねるのだった。
まおは肺一杯の空気をナギへと送り込む。
そしてまた胸を何度も何度も強く、圧迫し続ける。
貴方が辛いなら、今度は私が貴方の王子様になるって決めてたんだ!
私は……すべてを失ってしまいました。
茨の城の中で、眠ったまま、そしてそのまま死ぬの……
ダメだよ、起きて! 起きてよ! 姫! ……私の王子様!!
まおはナギへの心臓マッサージを繰り返す。
しかしどんなに繰り返してもナギは血の気を失ったままだった。
まおは涙を浮かべながら続ける。そして叫ぶ。
「私、ぜんぜんダメダメかもしれない! でも、それでも貴方の側にいたいんだよ! だから、お願い、死なないで!」
必死にマッサージを続ける。まおは叫ぶ。
「姫っ、別にいいのっ、今は生きる理由が無くたって! ただ、私は姫に側にいて欲しいんだ! 理由なんて、そんなの一緒に探そっ、見つかるまでいつまでも一緒にっ!…生きてよ、私のために! 風海ナギ!!!」
そうしてまおは大きく息を吸い込むと、再びナギの口に自らの口を重ねる。
まおの空気がナギへと流し込まれる。
……
…… ……
…… …… ……
…… …… …… …… っ
げほっ、げふっ、ごほっ……
咳き込む音がする。まおは急いでナギの顔を見やる。すると、青白い表情ながらも、うっすらと碧い瞳が開き、まおを見つめていた。
「貴方…一体、どうしてここに?」
ナギは口を開くと弱々しく問う。まおは込み上げてきた感情を口に手を当て必死に抑え込もうとする。しかしどうしても瞳が潤んでしまう。生きていてくれた、それがどうしようもなく嬉しかった。まおは少し泣き出しそうな声で、でも、なるべくいつも通りの元気な声を出そうとした。
「ふふっ……王子様はね」
「?」
しかし結局出たのは喜びでかすれた声だった。
「…いつだってお姫様の居場所が分かるんだよ。……それでお姫様のピンチには、ぜったいに駆けつけるんだ」
まおの瞳から涙が流れ落ちる。まおはナギの手を握ると優しく微笑んだ。
そんなまおの様子にナギははっとなる。そして言葉を紡ぎ返す。
「…うふふ、それは…とっても、とぉってもこわい王子様ですね…」
ナギは小さく微笑む。安心した穏やかな顔。そしてまおの手を握り返した。
「……貴方はずっと昔から、私の側にいてくれてたのですね……」
「ナギ…」
「ありがとうございます……円堂まおさん。………私の王子様」
ナギも瞳を潤ませる。そして真っ直ぐに、まおを見つめる。
2人はしばらくそうして、互いを見つめ合い続けるのだった。
<6話に続く>
おまけ:紅茶マフィア・アンケート
①どうして貴方は紅茶マフィアに?
風海ナギ → 借金を返すため。鉄砲で戦ってみたら才能が開花して一番稼げたため。
円堂まお → ナギに憧れて。ナギのお手伝いをするため。
エッダ・ベリエンシェーナ → 孤児になって紅茶マフィアのお家の養子になったため。
宝座ルミネ → 姉が家出して家族の稼業を継ぐため。
紫陽ひまり → 親が紅茶マフィアだったため。
桜井ヘルガ → 親戚が紅茶マフィアで憧れたため。
川越マツリカ → 親が紅茶マフィアだったため。
鰐塚らむ → 孤児院を出たらマツリカ博士のガジェットを一瞬で使いこなしてスカウトされたため。
T.T.01 → 生まれたときから紅茶マフィアだった。
ナビラ・ダルラン → 成り行きで紅茶マフィアたちの教官をしてたら気づいたらなってた。
エミリ・トーヴィ → 親が紅茶マフィアだったため。
<番外・どうして貴方は正道緑茶結社(以下略)> 朱鋏ツバキ → 一族が聖剣だったため。
②仮に高校に行ってたら得意教科/苦手教科/部活動/一番の業績は?
得意 / 苦手 / 部活動 / 一番の業績
【風海ナギ】語学全般・体育 / 数学・理科全般 / 文芸部 / 児童文学コンクール市長賞
【円堂まお】美術・だいたい全部得意 / とくになし / イラスト研究会 / 県内男装コンテスト優勝
【エッダ・ベリエンシェーナ】地理・生物学 / 国語 / ヨット部 / 告白された回数最多
【宝座ルミネ】社会科全般・数学 / 理科全般 / 社会研究部(経済) / 地元企業5社を倒産から救う(コンサルタント)
【紫陽ひまり】化学・生物学・国語・英語 / 数学 / 茶道部(洋式) / 茶道コンテスト県大会4位
【桜井ヘルガ】数学・地理 / 生物・化学 / 生徒会 / 任期中に生徒会費を3倍に増やした
【川越マツリカ】理科全般・数学・英語 / 体育・国語 / ロボット研究会 / ロボコン世界大会出場
【鰐塚らむ】体育・美術 / 国語・英語・数学(テストは苦手) / ルービックキューブ部 / ルービックキューブ世界大会準優勝
【T.T.01】だいたい得意 / とくになし / 映画部 / B級自作SF映画がテレビ局に購入される
【ナビラ・ダルラン】だいたい得意 / とくになし / 料理部(食べるの専門) / 全国大食い選手権出禁
【エミリ・トーヴィ】英語・家庭科 / 理科全般 / 手芸部(テディベアを縫う) / 勢い余って旧校舎をガス管を引火させて吹き飛ばした
【朱鋏ツバキ】国語・古典・体育・数学 / 理科がちょっと苦手 / 剣道部(二刀流) / 駐車場で素振りしてたら間違って教員の自動車3台を真っ二つにしてしまった
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