「コウベ市中央区全域に避難警報が発令されています」
朝からテレビはその話題で持ち切りだった。ヘリコプターからの映像。街なかのビルが立ち並ぶ四車線道路の真ん中に、黒い巨大な箱型のロボットがパトカーを持ち上げていた。
何やら私の住んでいる街で、紅茶マフィアの大型ロボットが街に出て暴れているらしい。私、円堂ことは 21歳(大学生)は、しかしそれどころではない。何故なら私の家のリビングのソファで、ぜっさん手術が行われているためだ。
メイド服を着たピンク髪の少女が、汗をかきながら苦痛に耐えていた。
「事前の止血も完璧でした。だから大事なかった。よく頑張ったね。内蔵も痛めていない」
「先生、ありがとうございます」
少女の横に座る白い肌の金髪美女が、年配の医者風のおばさんに頭を下げている。
そしてさらに私の隣では、その様子を固唾を飲んで見守る3人の少女。銀髪と深緑髪と栗色髪がいた。ちなみに栗色髪は私の妹の円堂まおだ。
「えっと、まおちゃん。これは説明してくれるんだよねえ…?」
昨夜突如大量のメイド服の人間たちを連れて押しかけた妹の方をじとっと見つめる。
「あー、えっと、この人たちはわたしのお友達なんだけど、わたしが囚われちゃって。姫がわたしを助けるためにドンパチしてくれて」
まおが銀髪の少女に手を向ける。銀髪の少女(めちゃくちゃ美人だな)は私を見ると軽く会釈する。
「ドンパチって、そんなドラマみたいな…」
私は呆れた声を出す。
「まあ、わたしの働き先の総メイド長が裏取引を持ちかけてきたんだけど、わたしがゴネて断っちゃったから捻じれに捻れて…」
たははと笑う我が妹。働き先かあ、メイド服で? それに総メイド長って…
「あんた、まさか紅茶マフィアの喫茶店で働いてんの!? 犯罪者じゃんっ!」
「ちがうよっ、紅茶は健康にいいんだから!」
まおちゃんは必死に抗議する。しかし私も大人なので言うことは言わせてもらう。
「そういう問題じゃないでしょっ。あんたが紅茶マフィアだなんて、お父さんとお母さんになんて言えばいいのよ~っ」
そしてはっと気づき周りを見渡す。ここにいる子たち全員それ関係か!
…警察に踏み込まれたらどうしよう。こちとら就活だって近いしナーバスな時期だというのに……
私は妹を睨みつつ頭を抱える。
闇医者は帰っていった。紫陽ひまりの弾丸は脇腹をかすめて抜けていたため、大きな傷にはなっていなかった。ソファですやすやと寝息を立てる ひまり。その隣でエッダ・ベリエンシェーナはほっとため息をつく。
「とりあえず、お昼ごはんかな」
まおの姉、ことははそう呟くと、まお、ナギ、ツバキを外に追いやった。
「商店街の中華ランチ買ってきて。今後のことはその後に話しましょ」
マンションを降りると、とぼとぼとと商店街へ向かうナギたち。
「まお、あのロボットはもしかして…」
ナギは口を開く。それに頷くまお。
「うん、ルミネ様が言ってた、博士のロボットだよね…」
「ということは、ルミネさんたちはあのロボットを止めるために向かわれたのでしょうか」
ナギの真剣な表情。
「さあ、どうかなあ?」
まおはナギの顔を見ると、不明瞭な返事をする。ナギはその反応に若干戸惑っていたが、それでもまおは無表情だった。
「別に放っておいていいんじゃない? ナギが頑張ることないよ。ルミネさんが自分の力でどうにかするよ」
「そ、そうでしょうかね…」
ナギはそれでも心配そうな表情だった。
「なんでそんな顔するわけ? だってナギはルミネ様に散々いじめられてきたじゃない。別にいまさらあの人を助ける義理、ないでしょ?」
「そ、それはそうですけど…」
するとそんな2人の間に割って入るツバキ。
「だあ、何をグダグダ話しているのですか! 私は昨日から何も食べてなくて気が立っているのです。風海ナギ、貴様のために手伝ってやったのだから、たくさんご馳走しなさい。私とマシュマロ先生をたくさん労りなさい!」
そう言うやツバキはナギとまおを引きずって商店街へと向かう。
◆◆◆
コウベのビル街。その大通りに立ちふさがる黒い金属の巨塊。周りの道路は割れ、破壊された自動車が散らばっていた。黒い金属の巨塊、ギガントは不思議な音色を上げながら、コウベの街を徘徊する。
Rttttttt!! Rtttttttt!!
「そこのロボットの搭乗者、お前は包囲されている。投降しろー!」
ギガントの周囲を取り囲んでいる装甲パトカーの拡声器から、関西第二装甲機動隊隊長の冬木カンナは呼びかける。しかしそれに反応したギガントは、足元の自動車を掴み上げると、装甲パトカーに投げつける。ガソリンに引火する音。そして燃えだすパトカー。
「あちちっ、相手に止まる意思はなさそうですっ」
部下が喚く。
「ぐぐぐ」
冬木カンナは端正な顔を歪めて歯ぎしりする。これまでに3台の装甲パトカーがあの巨大ロボットに破壊されていた。指揮所で無線機を担当している隊員がカンナに呼びかけた。
「警部補、ヒョウゴ県の第3鎮台司令部から連絡が来ています。砲兵部隊を派遣できるとの申し入れが!」
するとカンナは即座に声を荒げる。
「バカかっ、国内治安維持は内務省の管轄よ! 防衛省のでしゃばりどもめ!」
ギガントの行く手を阻んでいた装甲パトカーがまた1台突き飛ばされ宙を舞う。
「とはいえ、我々では…」
「ッ、なんて面倒な物を作ってくれたんだ…!」
そんなギガントの騒動を近くのビルの屋上から眺める人物。
「よいっ! とてもよいですよぉぉぉ、ギガント!! 警察をものともしないその力強さぁぁ! ギガントが量産された暁には、ニホンを恐怖のドン底に落としいれてやれることでしょうぅぅぅ!」
漆黒のタキシードに銀の仮面。世界再醒支援機構のシュヴァルツは、興奮気味に叫ぶ。
「くふふふっ、感情のあるロボットを暴走させるのには少々手間取りましたが、結果オーライです。さあ、どんどん破壊しておしまいなさいぃぃぃぃ!!!」
ギガントは装甲パトカーのバリケードに突進する。そしてそれを持ち上げる。しかし徐々にきが遅くなっていく。
「おや、どうも動きが鈍くなっているようですね…」
するとギガントはその場で停止してしまった。
ルミネは側近のメイドたちを集めると、すぐに工場へ向かっていた。まずはヘルガたちの安否を確かめるためだった。工場は大きく破壊されていた。所々で黒い煙が立ち上がっている。
ルミネが壊れた工場に近づくと、クレーンで瓦礫を取り除く工場のメイドたちがいた。その指揮はらむがとっていた。
「らむさん!」
「る、るみねさん!?」
突然のルミネの登場に驚くらむ。
「皆さんはご無事!?」
「えっと、ハカセとヘルガちゃんがまだ見つかんなくっテ…」
らむの側でヘルガの鞄持ちだったデコラと愛犬グラーフもおろおろとしている。
そうしてクレーンが瓦礫を吊し上げる。
すると部屋だった瓦礫の山からマツリカとヘルガが発見される。マツリカはヘルガを抱きしめていた。
「ハカセ! ヘルガちゃん!」
らむは急いで2人の元に駆け寄る。それに続くルミネ。
ヘルガは外の景色を見て安堵し、さらにルミネを見つけると飛びついた。
「おばさまっ」
ヘルガは帽子が落ちるのも構わずルミネの胸に抱きついた。
「ヘルガさん、よかった、ご無事で…」
ルミネは涙ぐむと、ぎゅっとヘルガを抱きしめる。
「他の方たちも無事なのですね」
ルミネは辺りを見渡す。
立ち上がる、マツリカ。それに手を貸す らむ。
ルミネはキッとマツリカを睨みつける。マツリカは睨まれて曖昧な表情を浮かべるしかなかった。
ルミネはマツリカの側にツカツカと歩み寄る。そして
ばちんっ
マツリカの頬をひっぱたく。
「どうして勝手なことをするのっ!!」
叫ぶルミネ、その様子に らむが血相を変えてルミネに掴みかかろうとする。
「待ってっ!」
そんならむをマツリカは制止する。
「らむ…仕方ないよ、ボクたちは取り返しがつかないことをしたんだ」
「マツリカさん!」
「うん、ゴメンね。ルミネ様。迷惑をかけちゃったね…」
「そういうことじゃないでしょう!」
ルミネはマツリカの両肩に手をやる。マツリカはあっけに取られる。
「どうして私たちに隠し事なんてしたのです!」
「そ、それは…」
まさかそのようなことを聞かれると思っていなかったマツリカは、うまく言葉を返せない。
「マツリカさんがいつも何考えてるのか分からないことももちろん沢山あります。だけど、貴方は意味もなく隠し事をするような方ではないのは、わたくし、小さい頃から知っていましてよ!」
「……」
マツリカは言葉を振り絞る。
「ごめん…、ごめんね、ルミネちゃん…」
「ね、わたくしたちはファミリーなのですから……」
そう言うや、ルミネはぎゅっとマツリカを抱きしめる。
その様子に周囲のメイドたちもあっけに取られる。それはルミネの決意でもあった。
「マツリカさん、お父様が行方不明で、わたくしがシンジケートを守らなくてはいけないの。一緒に手伝ってくれるかしら」
「……もちろん」
マツリカはルミネの顔を見ると真剣な表情を向ける。
「ヘルガさん、状況を把握できて?」
すでに仕事へのスイッチを切り替えたヘルガは、ノートPCとインカムを身につけ情報収集を始めていた。状況を確認するとそれを報告する。
「はい、サギリ隊は動ける人でチームを再編しています。工場のデコラ隊もサギリ隊に協力してくれるようです」
「それでは早速、ロボットさんを止めに行きましょう!」
◆◆◆
T.T.01はコウベの街でギガントと共にいる自分を発見した。その前は工場の地下で暴走したギガントを止めようとしたのが最後の記憶だった。
周りを見渡すとギガントの周囲を守るようにT.Tシリーズが取り囲んでいる。量産型たちの目は虚ろで赤色に発光していた。おそらくギガントの制御電波でコントロールされているようだ。T.T.01も一時的にコントロールをギガントに奪われていたようだが、現在ギガントはどうやら停止していて電波が弱まって解除できた。
T.T.はギガントに声をあげる。
「ギガント! 目を覚ましなさい! 工場に戻りますよ!!」
その声はギガントに届いたようだ。動きを止めた省電力モード状態でも、4つの赤いカメラがT.T.01を見つめた。しかしその視線にT.T.は生まれて味わったことのない感情を覚える。これは戦慄、恐怖…? 知識から感情を逆算を試みる。ギガントの視線はいつものような無垢で無邪気な視線ではなかったのだ。いつもと違うギガントにT.T.は戦慄を覚える。その視線。それは何者かに汚染された、邪悪な目。
T.T.は声を振り絞る。
「ギガント…… 貴方、一体……」
エッダ・ベリエンシェーナはソファの前でピンク髪の少女の寝顔を見守っていた。自分の弟子だったのに、自分で撃って傷つけてしまった。そんな後悔と罪の想いがエッダの心を締め付ける。
「先生のバーカ、アーホ、おたんこなーす」
「……ひまり」
可愛らしい鈴のような声。薄っすらと目を開けるひまり。青色の双眸がエッダを見据えていた。
「目を覚まして最初に見る顔がアンタなんて、ホント最悪~」
そして自嘲するように笑う。エッダはそんなひまりをじっと見つめていた。
ひまりは起き上がろうとする。
「ど、どうしたのです」
「これくらいかすり傷ですよ~」
ひまりはいつものように笑顔を作る。
「ルミネ様が待ってるんです。…行かなきゃ」
ひまりは立ち上がる。いまナギたちはいない。まおの姉もどこかへ外していた。
ひまりはメイド服を整えると、玄関へ向かおうとする。
「ひまりっ、待ってください。……行くなら私も一緒に!」
そんなひまりをエッダは引き止めた。
「別にわたしたちはわたしたちのためにやってるだけだから、せんせーが気にする必要なんてないですよ」
「そ、それでも、もともと私にも責任がありますっ」
おろおろするエッダ。
「先生~、昔はあんなに格好よかったのに、流石にダサイですよ~」
ひまりは見下すような視線をエッダに向ける。エッダは言葉に詰まる。しかし胸に手を当て、声を張り上げる。
「ダサくても、自分がしでかしたことの責任は取らなくてはならないのです」
「ならナギちゃんの元にいてあげてくださいよ、そこで先生の罪滅ぼしをすればいいじゃないですか」
しかしエッダは首を振る。
「お嬢様のためだけではないんです。シンジケートが大変な時に、私が置いてきてしまった、全ての部下たちのために、私は、出来ることをしなくてはいけないんです…!」
エッダは真剣な眼差しでひまりを見つめる。
ひまりは一瞬驚く。しかし、くすりと笑うと、少しだけ嬉しそうな表情になる。
「こんなダサい大人には、なりたくないですね~」
ピンク色の髪をなびかせると、エッダに向かって言う。
「だっさ~い、一緒に来るなら早くしてくださいね!」
「は、はいっ」
メイド服姿のひまりとエッダは玄関を開ける。
◆◆◆
コウベシンジケート本部【ヴァルトブルク】。ひまりとエッダがタクシーから降りると、
玄関ホールには大勢のメイドたちが疲れきったように座り込んでいた。
「ひまり様っ! ご無事で!」
その中のメイドがひまりの姿を見つけると駆け寄る。
「みんな、大丈夫~? ルミネ様は?」
ひまりはいつもの調子で笑みを浮かべながら質問する。
「そ、それが、マツリカ博士のロボットが街で暴走したのを止めるって、飛び出していってしまって…」
「ふ~ん、そっか~」
ひまりは辺りを見渡した。
「それで皆はどうしたの? ルミネ様について行かなかったの?」
「ううっ、私たちにあんなロボットを止める力なんてありませんよぉ」
メイドは泣きつく。周りのメイドたちも一様にうなだれる。
「……」
ひまりは小さくため息をつく。そして微笑んだ。
「ダメだよ~、ルミネ様が諦めてないなら、皆も頑張らなきゃ。さあ、準備しよう。本部のありったけの物資をかき集めて、ルミネ様のところに行こう!」
その言葉に勇気をもらうメイドたち。しかしそれだけでは身体が動かない。
「そうですよ、皆さん、ひまりメイド長の指示に従ってください」
エッダがひまりの後ろから現れた。
「給仕部門は備蓄食料を集めて。管理部門は使えそうな装備をまとめなさい」
毅然とした表情でメイドたちに細かい指示を与えるエッダ。具体的な指示を与えられてようやく動きだすメイドたち。その様子を見て、ひまりはエッダの顔を見るとにんまりと笑った。
「先生も、少しは格好いいところもあるんですね~」
「私だって、元総メイド長ですからね」
エッダはひまりの言葉に、自信気にそう返すのだった。
停止しているギガント。その箱型の頭頂部、その一部が開くと、そこからにゅっと1m程度の鉄の棒が飛び出す。コウベの空は青く晴れているにも関わらず、一瞬光ると、そこに雷が落ちた。そのエネルギーで充電されたギガントは、低いモーターの駆動音を鳴らすと、再び動き出す。
Rtttttttッ!!
ギガントは目の前の警察のバリケードを突破すると、港湾人工島エリアの方向へと歩き出した。それに続くT.T.量産型。T.T.01もそれについていく。
「ギガント、一緒に工場に帰りましょう!」
ギガントに向かって叫ぶT.T.01。ギガントはジロリとT.T.を睨みつけると制御電波を送る。T.T.はそれをはねのける。そして叫ぶ。
「お願い、目を覚まして!」
T.T.の声はギガントに届かない。
港に近いウラ喫茶店【ブリュンヒルデ】の店の前に移動したルミネたち。港の方では大型の店だ。ルミネとヘルガ、工場の面々を集め、店内で今後の対ギガント対策を話し合おうとする。
するとそこへいくつかの車がやってきた。
「ルミネ様、本部から応援が来たようです!」
車へ事情を確認していた側近のメイドが報告する。
「応援ですって? どなたかしら」
ルミネが顔をあげると、そこに1人のメイドの姿。
「ごめんね、ルミネ様~、遅れちゃった~」
包帯姿のひまりが現れる。ルミネは駆け出すと、ひまりに抱きつく。
「う~~~っ」
「ちょっと~、ルミネ様、周りの子たちが見てる~」
ルミネは顔を見られないようにひまりの身体に顔を押し付ける。
「わたくじっ、ひまりさんが大怪我をされたって聞いてっ、とても心配で心配でっ」
ひまりはそんなルミネを撫でる。ひまりもそんなルミネを見て泣き出しそうになる。
「それに、わたくしがしでかしたことで、見捨てられたらどうしようって…」
「私たち、大親友だもん。ずっといるに決まってるでしょ。ルミネちゃん」
ひまりはルミネを抱きしめ返す。
「とは言っても、私がロボット相手に出来ることがあるかは、分からないけどね~」
ひまりは、あははと笑う。ルミネは涙を拭うと顔をあげる。
「いいえ、ひまりさん。貴方がいてくださるだけで、わたくし、とても心強いですわ」
するとひまりの後ろのメイドにルミネが気づく。エッダだった。
「…ルミネ様、ごきげんよう」
「先生も、罪滅ぼしがしたいからって、ついてきたの」
ルミネは小さく笑う。
「エッダ様、ごきげんよう。ぜひ貴方もわたくしたちにお知恵をお貸しください」
◆◆◆
「ギガントは再起動して港湾人工島エリアに向かってる。おそらく港を破壊するためだろう」
プロジェクターの画面を見ながらマツリカが説明する。そこにヘルガが口を挟む。
「これがシュヴァルツって人のやりたいことなんですか?」
マツリカは少し考える素振りを見せる。
「…ボクも彼の目的は知らない。ただ、色々な条件と交換でギガントを作る約束をさせられた」
「シュヴァルツ…、それにこのロボットは…」
エッダは確信の目を向ける。
「これは2年前、マツリカ様の母上、コウコ博士が作ったロボットと同じに見えます。シュヴァルツ、彼は宝座ハンスと共に、シンジケートへの陰謀を企てて…」
そしてちらりとエッダは遠慮気にルミネの方を見る。
「いいですわ。私もこの家業をしていて薄々思うところはありましたもの。お父様が絶対的に正しくて、風海マキ様が裏切り者だなんて、私も信じていません。この際、膿を出し切っておしまいなさい」
その言葉を受けてエッダは続ける。
「私もハンスから断片的にしか聞いたことはありませんが、彼らは大昔から世界各地で暗躍していた結社だそうです。8年前の紅茶大戦も彼らの仕業だとか……」
そこでエッダはぎゅっと拳を握る。
「コウコ博士とハンスはシュヴァルツの指示であのロボットを作っていたようです。そのロボットと風海様を戦わせて、シンジケートの支配を奪おうとしていたようです…」
そこにマツリカが口を挟む。
「…ごめん、ママがあの人に従ったのはね…それは、ボクのためなんだ」
マツリカがそっと自分の胸に手を当てる。
「ボクは小さい頃から身体が弱くてね。でもママの技術でもそれはどうすることは出来なかった。だからママはシュヴァルツと取引をして、ボクに人工心臓を植え込むのと交換で、初代ギガントを作ったんだ。……そして行方不明になった……」
マツリカは寂しそうな表情をする。
「……お父様……。全てが終わったら色々聞き出す必要がありそうね」
ルミネは腕組みをする。
「しかし、いまは過去よりも対策ですわ」
「…ギガントは強力なロボだけど、たった1台ですぐ港を破壊できるほど、コウベの港も小さくない。でもできれば港に入る前にどうにかしたいところだけど…」
皆が考え悩む。しばしの沈黙。何人かがテーブルの前に置かれたカップからお茶を飲む。
ひまりが手を打った。
「そういえば、さっきテレビでロボットちゃんが止まってたけど、あれは一体」
「ギガントは電池で動いてるけど、定期的に電力の補給が必要なんだ」
マツリカが答える。
「電力の~補給…?」
ひまりは首をかしげる。マツリカは天井を指差す。
「関西電力のマイクロウェーブ衛星をハッキングして、地上に送電して電力供給してるんだよ」
「ぶはっ、な、な、なっ、それは犯罪でしてよ、マツリカさんっ!」
ルミネは飲んでいた紅茶を吹きこぼした。
「紅茶マフィアの総メイド長が何を今更…」
マツリカが苦笑いする。
「紅茶マフィアにだって矜持があるのですよ! 電気泥棒なんて、はしたない!」
「とまあ、それは置いといて~。じゃあ、そのタイミングで何か手を打てば、いけそうじゃない~?」
ひまりは話題を進める。
「警察の装甲パトカーでも歯が立たなかったのに、私たちの武器でどうにかなるんでしょうか」
疑問をあげるヘルガ。もう一度考え込む各員。しばらくして、ルミネはしびれを切らしてマツリカを見る。
「マツリカさん、時間切れですわ。奥の手をさっさと出しちゃいなさい」
「う~ん、ルミネ様にはかなわないなあ~」
マツリカはゴトリと金属の小箱をテーブルに置いた。
「これは最終手段だったんだけど。ギガントの自爆ガジェットだよ」
一斉に皆が色めき立つ。
「これでポチッとやればそれで解決だったんですか? 早く出してくださいよ!」
ヘルガが不平を言う。
「ただいくつか条件があってね、このガジェットは悪用防止のために、ギガントに直接くっつけなきゃいけない。それと、自爆するとギガントは木っ端微塵だ」
「木っ端微塵の何が問題なんですか? はっ、もしや、街への被害が!?」
ヘルガは驚きの表情をする。
「いやぁ、そんなに大きく爆発したりはしないよ~、ただねぇ」
マツリカが苦笑する。そしてマツリカは、らむの顔を見る。
「ギガント、完全に壊しちゃっていいよねえ?」
らむは少し寂しそうに、しかし決意の目を向ける。
「ウン、仕方ないね……T.T.は悲しむかもしれないけど」
二人は意を決する。
「完全装備のらむが、このガジェットをギガントにくっつける。その間、他のメイドたちでT.T.量産型の注意を引く」
「それしか方法は無さそうね」
「T.T.量産型には、このガジェットは認識できないように基部プログラムに組み込んである。だからギガントに設置されても、奪うことは出来ないから。くっつければ、それで起爆するはずさ」
ルミネたちは早速準備のために立ち上がる。
◆◆◆
港へ向かうギガントと量産型たち。それを待ち受けるシンジケートの面々。
「さあ、皆さん、お仕事の時間ですわ!」
ギガントたちの進行を塞ぐように立つ子分メイドたち。煙幕弾しゅももがギガントに向け投げ込まれ、辺り一面に煙が広がる。そして武器を持った子分メイドたちが一斉に駆け出す。
「無理に戦う必要はありませんわ、量産型さんたちの注意を引きなさいっ」
煙の中へと突っ込んでいくメイドたち、その中央をガジェットで身を固めた らむが突き進む。
推進ガジェットに身を包んだ らむは地面すれすれを飛びながら一直線にギガントへと向かった。
ギガントの熱源レーダーがそれを感知する。高い脅威を感じ、量産型2体をらむを阻止すべく動かす。武器を構えてらむを攻撃しようとする量産型たち。
「ハルナ、ズイカク、ごめんネッ!」
らむは火炎放射器の炎をブレード状に収束させてそれを叩き斬る。真っ二つになる量産型2体。そしてそのままギガント目がけて突き進んだ。
ギガントが腕を振り上げる、それを避けて上に飛ぶらむ。ギガントの拳を炎のブレードで受け止める。しかしギガントには傷1つつかない。
ギガントがもう片方の腕で攻撃を試みる。しかしらむの方が機動力は高い。らむは手に持った自爆ガジェットをギガントの頭頂部に設置した。自爆ガジェットのランプが青から赤へ変化し点滅する。自爆に巻き込まれないため、5秒後に爆発する仕組みだ。らむは成功の信号弾を空に向かって打ち上げると、急いでギガントの側を離れた。
「ギガント…バイバイ…」
遠ざかっていくギガントを見ながら、らむがつぶやく。それで終わるはずだった。しかしその時、ギガントの頭頂部に登る1体のT.T.量産型の姿があった。それはなんと、らむが取り付けたガジェットを取り外すと放り投げる。
「なんデっ!?」
その光景を見た らむは慌ててガジェットを拾おうと近づく。すると量産型はガジェット目掛けて腕から内蔵ミサイルを発射した。それを避けるためにガジェットから離れるらむ。ガジェットはミサイルの爆風で破壊され破片となって吹き飛んだ。らむは混乱しつつもとりあえずその量産型を攻撃するべく、火炎放射器を向ける。
「待ってくださいっ、らむっ!!」
「T.T.!?」
その量産型は声を発した。よく見ると、オリジナルのT.T.01だった。
「T.T.、無事だったんだネ!」
らむは武器を下げる。
「でもっ、どうしテ!?」
「お願いですっ、ギガントを破壊しないで!!」
T.T.は悲しそうな表情でギガントを守るように立ちはだかった。
「ギガントは、私の大事な妹なんです! お願いします!」
「そ、それは…でモ…!」
Rtttttttttッ!!!!!
ギガントは大声で鳴き出す。そして腕を大きく振ると走り出した。
「ギガントガ!」
「ギガント!待って!!」
ギガントは煙幕の煙の中をまっすぐに突き進んでいく。
ナギとまお、そしてツバキは昼食の中華ランチを人数分買って戻ってきたが、玄関でまおの姉から話を聞いて呆然となる。ひまりとエッダが出ていったというのだ。
「うん、私も気づいたときにはもういなくて。あの子、ケガ、大丈夫かなあ」
姉のことは が心配そうにつぶやく。まおは難しい表情をするとすぐ外に飛び出した。
「マシュマロ先生っ、お1人で外は危険です!」
ツバキもまおの後を追う。1人残るナギ。
「あらら、うちの妹はせっかちだなあ。…君はあのピンクの子は気にならないの?」
ことはは柔らかい声でナギに尋ねる。
「えっと、その。まお、さっき気にするなって言ってたのに、ズルいです…」
ナギは小さく悪態をつく。ことはは小さく笑う。
「そういえば君が、ナギちゃんだよね。会うのは2回目」
「…はい、お姉さん」
ことははナギに近づく。ことははまおに似ていて、身長はナギの方が少し高い。ナギはなぜことはが見つめてくるのかわからず、どのような態度をとったらいいのか困った。
「まあ、そんなに追いかける気がないなら、とりあえず中に入って、まおちゃんたちが帰って来るのを待とうか」
ことははナギを室内へ招き入れテーブルへ座らせる。抹茶の入ったマグカップを2つテーブルに持ってくるとナギの前に置いた。
「やっと話す機会ができた。…私ね、ずっと貴方にお礼が言いたかったんだ」
「えっと」
ナギはマグカップとことはの顔を交互に見つつ、姉の言葉を待つ。
「まおちゃんさぁ、世界で一番可愛い妹なんだけど、中学まではネクラでオタクだったんだよね。いつも1人で漫画ばかり描いててさあ。しかも、普通の雑誌には載らなそうなやつ」
ことははくすりと笑う。
「学校でもいじめられてたみたいなんだけど、ある日、突然変わってね。真面目に学校行くようになって、でも漫画も描き続けた。王子様に会ったんだっていつも嬉しそうに言ってたの」
ことはは優しそうにナギを見つめる。ナギは抹茶をすする。
「君が、まおちゃんの王子様なんでしょ?」
「えっと、…はい」
ナギはマグカップを置くと、ことはを見る。
「まおちゃんを救ってくれて、ありがとうね」
ことははそう言うと笑った。ナギはきょとんとする。
「……どうでしょう。いまとなっては私と関わったせいで、余計な苦労もたくさん背負わせてしまった気もします」
ことはは首を振る。
「ううん、そんなことないよ。まおちゃん、いまが一番楽しそうだもの」
そうして姉は改めて礼を言うのだった。
「そんな、お礼を言われるほどのことは…。あの時の私はただ、当然のことをしたまでです。そう、それは私にとって、当然のことだったんです」
戸惑うナギ。マグカップの水面を覗いた。抹茶の緑に映し出される自分の顔。
しかしその瞳には戸惑いから、徐々に小さな決意が宿る。
「戻ろう」
「えっ、良いのですか?」
まおとツバキは駅まで探しに来ていた。
「うん、ケガがヒドかったら心配だったけど、もうこの辺りにいないのなら、大丈夫かな。エッダ先生もいるしね」
「それに、私、ひまりさんには嫌われてたし、あまり構いすぎるのもね…」
あはは、とまおが苦笑いする。
「それよりナギを1人にしちゃった。早く戻ってあげないと」
「ふむ、私にとっては風海ナギが、一番どうでもいいですけどね」
ツバキは減らず口をたたく。来た道を戻ろうと振り返る2人。すると目の前には武器を持ったメイド服姿のナギが立っていた。
「ナギ! いま戻ろうと思ってたところだよ、お昼ごはん食べよう」
まおが笑顔になる。
「まお、ズルいですよ。私にはシンジケートに構うなと言っておきながら…」
「そんなんじゃないし。ただ、ひまりさんは怪我人だったから、特別にちょっとだけ、ねえ…」
まおが口ごもる。ナギは黙る。
「ナギ?」
「……私、やっぱりロボットのところに行こうと思います」
「なんでっ」
ナギの言葉にまおは感情を顕にする。
「それは……、昔の私だったら、そうするからです…」
まおはその言葉にはっとなる。しかし真剣な表情になると、ナギの両肩を掴む。
「昔は昔、いまはいまだよ。あれだけ意地悪されたんだよ? これ以上、姫が傷つく必要なんてないよ!」
「でも、まおだって、さっきひまりさんのこと気にかけてました」
「それはっ、さすがにあのケガだったしっ…!」
まおは返す言葉に詰まる。ナギは優しくまおの手を握る。
「それに私、まおとのデートが楽しみなんです。コウベの街が壊れちゃったら、花火大会、行けなくなってしまいますから」
ナギは小さく笑う。まおは迷う。
「…そんな、それでもやっぱり姫が頑張るのはおかしいよ。それに別にコウベにいる必要なんてないし、いっそのこと、コウベから逃げちゃおう!」
「!?」
突然のまおのアイデアに驚くナギ。まおは続ける。
「何もこの世界はコウベだけじゃないよ!コウベなんて捨てちゃって好きなところに行こう!わたしたち、どこまでもずっと一緒だから。そうだ、2人でニホン中を旅しようよ!」
まおはすがるような笑顔を作る。
「とても素敵なお話……」
ナギは微笑する。
「私もずっと貴方と一緒にいたいです。貴方さえいればそれでいい、私もそう思っています。だけど、その…」
ナギは少し言い淀む。
「……私はまだ、この街でやり残したことがあるみたいなんです」
ナギはしっかり言葉に出すと、凛とした表情でまっすぐ まおを見つめる。
「………………わかったよ」
まおはそう言うと、やれやれと微笑む。ナギは儚げに笑う。
「でも、本当のことを言うと、少し怖いんですよ。戦うことが。そして仮に勝てたとしても、私はいままで好き勝手やりましたからね、シンジケートの本部も燃やしちゃいましたし……皆さんにどう思われるか……」
すると、まおがナギをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫! どう思われたって大丈夫! ずっと、わたしが一緒にいるし、ナギをいじめるようなやつは、わたしがコテンパンにしてやるんだから!」
「まお…」
見つめ合う2人。2人の瞳に決意が宿る。
そんな2人に割り込むツバキ。
「仕方ないですね、私も付き合ってやりますよ。風海ナギ、帰れる場所があるのなら、帰るべきです」
ツバキがずいっとナギの肩に腕を乗せる。
「……帰ったところで、またルミネさんに、こき使われる日々が戻って来るだけかもしれませんが」
ナギは苦笑する。
「風海ナギは、そんな損得勘定で動くやつではないでしょう」
ツバキはつまらなさそうに言い捨てた。
「…私の何を知ってるんですか?」
ナギは小さく微笑むのだった。
◆◆◆
先ほどから海からの強い風が、ルミネの金色の縦ロール髪を乱していた。
舞い上がった煙幕の中から、巨大なロボットが、凄まじい足音を立てながらこちらに向かってくる。
「らむっ、無事なの!?」
マツリカが無線機に向かって叫ぶ。しかし返事はない。
護衛のメイドたちが武器を構えて応戦するも、T.T.量産型たちに蹴散らされてしまう。
逃げることはそう難しくはないだろう。ただし、逃げたところで…。コウベが破壊され、それとともに消え去るシンジケートの末路を考えるとルミネはぞっとする。
わたくしも、皆さんも全力を尽くしましたのに。
「だけど、全てを尽くしても、どうしようもないこともあるのですのね……」
「ルミネちゃん…?」
隣にいたひまりが聞き返す。
そんな時、ルミネの脳裏に銀髪の少女の姿が浮かぶ。彼女も2年前、親を失い、私たちに裏切られ、同じように絶望したのだろうか。
多くの仲間とメイドたちがルミネと共に戦ってくれた。しかし周りを見渡しても、銀髪の少女の姿はない。昔からずっと一緒にいてくれたのに。こんな時にそんな気持ちを持つなんて都合がよすぎる。それに……
あの方はもう自由になったのです。シンジケートのしがらみから解き放たれ、あの子と一緒に自由に、そして昔のように気高く生きていくのです…。ええい、往生際が悪いですわ、宝座ルミネ! この結末はわたくしが招いて防げなかったこと、この運命を受け入れなさい……
でも…!!
「早くお逃げなさい!」
ルミネはヘルガやマツリカ、周りのメイドたちに向かって叫ぶ。
海からの強い風が吹き荒れる。金の髪とエプロンがはためく。
ギガントより前に突出してきたT.T.量産型が、メイドたちの銃撃を越えて、ルミネとひまりに襲いかかろうとする。
「あぶないっ」
2人を押しのけ、身を挺して守ろうとするエッダ・ベリエンシェーナ。
赤い眼光に支配された量産型は、眼の前のエッダに狙いを定めると、容赦なく近接武器で斬りかかろうとする。
そして、その瞬間。
横からの散弾がT.T.量産型の頭部を破壊した。そして一拍おいて響く銃声。
頭部を破壊され機能停止に陥る量産型。その光景にギガントと他のT.T.量産型の動きが一瞬止まる。それはルミネたち、シンジケートのメイドたちも同じだった。
ルミネが見上げると、ルミネを護るように1人の人物が立っていた。それはぼさぼさの、しかし眩いほど美しい銀髪のメイドだった。
さきほどまでのしつこい強い風は消えていた。
風が止んだ。
「ナギ…さん……?」
ルミネは信じられないものを見つめる表情をする。
「……遅くなりました、ルミネさん、皆さん」
ナギは凛とした表情で後ろを見渡す。
他のメイドたちもあっけにとられる。晴天の太陽の光を反射して、ナギの銀髪は美しくキラキラと輝いていた。
ルミネは身体の奥から溢れ出しそうになる感情を抑え込もうとする。しかし涙ぐんでしまう。それを腕で慌てて拭う。そしてとっさに口を開く。
「そ、そうですわっ、遅すぎではありませんこと!? フリーランスのメイドたるもの、いつでもすぐに仕事に来れるようにしといていただかないとっ!」
ルミネは自分でも驚くほどの大声を出してしまう。いつもの減らず口だった。しかし涙ぐんでかすれたその声は、微かに柔らかく優しい。
そんなルミネの言葉にナギは目を丸くする。
…ルミネさんも同じ気持ちだったんだ。
それを確認したナギの表情は少しだけ綻ぶ。そしてそのことを胸に大事にしまい込んで目を閉じるナギ。
再び開いた時、少女の目には力強い光が宿っていた。
一歩遅れてナギの隣にお団子頭のメイドがやってくる。まおはナギの腕を掴んだ。
「まお、戦いが終わったら、私のために紅茶を淹れてください」
「うん! 任せて。とびきり甘くて美味しいの、淹れてあげる!」
ナギとまおは互いに頷くと、改めて後ろを振り向く。
「皆さんで一緒に、あのロボットを止めましょう!!」
ナギの呼びかけに応じるシンジケートのメイドたちの歓声。
コウベの街に、その声が響き渡る。
<後編に続く>
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