【第1部】小さな始まり
─ フェーズ1:AI介護ソフト「KaigoGrid」の始まり
この物語は、介護の未来についてのフィクションです。
その背景には、私自身が体験してきた現場の現実と、変えたいと願ってきた思いがあります。
「支える力を、手渡してゆく」──その小さな一歩が、きっと誰かの希望になると信じて、この物語をお届けします。
東京の暮らしに疲れた——とまでは言わないが、何かがズレていた。
起きて、仕事をして、SNSでつながり、たまにどこかへ出かける。何も不満はない、はずだった。
母の一言で、2週間ほど地元に帰ることになった。「おばあちゃんの体調が少し気になるの」と。
それは、きっかけにすぎなかった。
田舎のコンビニは、なぜかやけに静かだった。冷蔵ケースのガラス越しに、ふと目に入った地域新聞の見出し 。
——「○○介護サービス 閉所のお知らせ」
「人手不足により、2025年3月末をもって事業を終了いたします」
どこかで聞いたような話だった。でも、それがこの町の、しかも母の友人が働いていた施設だったと知ったとき、少しだけ胸がざわついた。
「ここも閉まるんだ…」
「どこも、もう人がいないのよ」
レジの女性がぽつりとこぼした。
帰り道、スマホで“介護” "事業所" "閉鎖”といったワードを検索してみる。
驚くほど、似たようなニュースが並んでいた。小規模施設の閉鎖、訪問介護の撤退、地域包括の崩壊。
いつの間にか、それは“当たり前の出来事”になっていた。
自分には関係ないと思っていた。
でもその夜、祖母が転んで動けなくなった。
「救急車を呼ぼうか」と母に言ったら、「明日はデイサービスだから、行けないと困るのよ」と返ってきた。
その言葉が、妙に心に残った。
翌朝、祖母はデイサービスに行けなかった。
軽い打撲だったが、歩行が不安定で、送迎担当にも連絡がつかず、母は一人であたふたしていた。
「あの事業所も、この前閉まったばかりなのよ」
母はそう言いながら、冷蔵庫のメモに残った数年前の“ケアマネさんの番号”を指さした。
そこに連絡を取ろうとしても、すでに“この番号は現在使われておりません”という機械音。
“介護が崩れている”という感覚は、ニュースではなく生活の中に突然現れる。
祖母の食事、排泄の介助、そしてトイレに連れて行くたびに、母の背中が少しずつ小さく見えた。
午後、なんとなく立ち寄った地域包括支援センターは、職員2名で電話が鳴り止まず、待合に座る人の目はどこかあきらめていた。
そこにあったのは、システムでも、技術でも、制度でもない。
人が足りない、ただそれだけの理由で「支えられない現実」が、静かにそこに横たわっていた。
帰り道、光也は、ふと高校の同級生の名前を思い出す。
「そういえば、アイツ、介護の仕事に進んだって聞いたな…」
なんとなくSNSを開いて、同窓会グループを遡ってみた。
その名前を見つけてタップすると、投稿は更新されておらず、タイムラインの下に関連記事が表示された。
《ヘルパー死亡 夜勤明けに過労か》
顔写真はなかった。でも、勤務先や地域の情報が一致していた。
違うとは思えなかった。
画面を閉じてもしばらく手が動かなかった。
「これは…俺の問題じゃなかったか?」
数日後、光也は久しぶりにパソコンを開いた。
地元に帰ってから、コードを一行も書いていなかった。何かが変わっていた。
ブラウザのタブに「介護 記録アプリ 比較」「訪問介護 経営 課題」といった検索履歴がずらりと並ぶ。
「これはもう、他人事じゃないんだな」とつぶやいた自分に、少し驚いた。
翌日、意を決して地域の小さな介護事業所に電話をかけた。
「すみません、僕、クラウドや業務アプリの開発をしていた者 で…ちょっとお話、聞かせていただけませんか?」
最初は警戒された。が、「ボランティアでもいいので、現場を見てみたいんです」と伝えると、昼過ぎの時間に訪問の約束が取れた。
築40年は経っていそうな平屋の施設に入ると、驚くほどの忙しさが待っていた。
「このタブレット、すぐフリーズするんです」
「記録は紙で二重管理なんですよ。監査があるから」
「データはクラウドに入れたいけど、怖くて…」
現場の声は、思っていた以上に切実で、どこか諦めていた。
その中で、一人の中年職員がふとつぶやいた。
「若い人は、こういうの作れるんですよね。私たち、使えるかどうかは別ですけどね」
苦笑いと共に言われたその一言が、光也の胸に刺さった。
——「作るだけじゃ意味がない」
——「使われる、続く、変わる。それがなければ、ただの自己満足」
その夜、光也は久しぶりにコードエディタを立ち上げた。
最初に書いたのは、たった一つの画面。
“訪問介護の記録入力画面”。
使いやすく、画面はシンプルで、入力補助はAIで。
誰のためか? 何のためか?
その問いの答えが、ようやく自分の中で形になり始めていた。
最初の試作品ができたのは、わずか2週間後だった。
画面はシンプル。ボタンは大きく、音声入力にも対応。
入力内容はクラウド上で同期され、職員同士がスムーズに情報共有できる。
光也にとっては、介護職に寄り添った“理想の設計”だった。
最初に持ち込んだのは、以前訪れた小さな事業所だった。
「試してもらえませんか?」
USBを渡し、笑顔で説明した。
しかし所長の表情は、思ったよりも険しかった。
「すごくありがたいとは思います。でも…それ、誰が教えるんですか?」
「若い職員は1人しかいないんですよ。あとのスタッフは60代。パスワードも紙に書いて保管してるぐらいで…」
「それにね、現場ってそんな余裕ないんです。良くても、“あとで”になります。」
“あとで”——
その言葉は、光也の中で重たく響いた。
家に戻り、パソコンの画面を見つめる。
何かが違う。自分の作ったものは「正しい」はずなのに、「届いて」いなかった。
それでも彼は諦めなかった。
SNSで開発中のソフト画面を投稿し、「介護現場の声、聞かせてください」と発信した。
返信は少なかったが、数人から真剣なメッセージが届いた。
「紙に書いて、パソコンに打ち直す毎日です」
「ミスが怖くて、夜中に確認に戻ったこともあります」
「でも、新しいものを覚える余裕なんて、もうどこにもありません」
その中に、一通だけ違う視点のコメントがあった。
> 「使えるかどうかより、“使う意味があるか”が大事なんですよね」
そのメッセージの送り主は、現場を辞めた元ヘルパーだった。
理由は“報われなさ”と“孤独”。
「でも、もう一度現場に関わりたいと思った。あなたの投稿を見て」と最後に添えられていた。
光也は、その言葉を何度も読み返した。
ソフトでは救えないものが、確かにある。
でも、ソフトがきっかけで“誰かの心が動く”なら、それは無意味じゃない。
ある日、光也の投稿に共感した3人が、実際に連絡をくれた。
一人は、介護職として働いた経験を持ち、現在は福祉系NPOで地域支援に関わっている女性。
一人は、東京のIT企業を辞めて地元に戻っていた、元同僚のフロントエンドエンジニア。
そしてもう一人は、地方で中小事業者のIT導入をサポートしているフリーランスの男性だった。
彼らとオンラインで初めて顔を合わせた夜、光也は少し涙が出そうになった。
「ひとりじゃなかったんだ」と思えたからだ。
ミーティングは熱を帯びた。現場の声、制度の矛盾、若手が参入しない理由、離職の心理…。
それぞれの視点が、ひとつの目的を照らす。
「使える、続く、広がるしくみを、小さくても動かしたい」
プロトタイプ第2弾の開発が始まった。
今度は技術よりも、“使う人”に重点を置いた設計にした。
マニュアルの代わりに、画面に「今やるべきこと」を表示するナビゲーション。
記録内容をAIがやさしく校正し、「ありがとう」のコメントを返す仕掛け。
しかし問題は、ソフトではなかった。
資金と継続だった。
法人化するにも、クラウドを安定運用するにも、最低限の資金がいる。
手弁当で進めていたチームは、少しずつ疲れが見え始めた。
「このままじゃ、誰かが倒れたら終わるな」
ふと光也がつぶやいたその言葉に、元介護職の女性が答えた。
「でも、倒れる前に“形”が残れば、それが次に繋がる。私は、そう思ってるよ」
その日の帰り道。
光也は、人気のない道端に立つ自販機の明かりをぼんやり眺めながら、つぶやいた。
「この国の仕組みって、あったかいものの上に、乗ってる気がするんだよな…」
その“あたたかさ”を、形にできる方法はあるのか。
利益では測れない価値を、どうやってこの社会で“続ける力”に変えるか。
それが、この挑戦の本当の核心かもしれない——と、光也は思った。
クラウドファンディングのページが公開された。
タイトルは、議論の末に決まった。
「介護の未来を、“支える”仕組みに変える」
プロジェクト紹介の動画には、現場の写真、スタッフの声、そして光也たちのインタビュー。
演出は控えめだった。けれど、言葉は真っ直ぐだった。
ページ公開の翌朝。光也のスマホが鳴った。
「初日の支援者数、30人超えてます」
運営を手伝ってくれているフリーランスの声は、少し震えていた。
数日で、新聞の地方版が取り上げた。
元介護職の女性が学校で紹介したことをきっかけに、若い学生たちがコメントを寄せてくる。
> 「私の親もヘルパーでした。応援しています」
> 「将来この仕事に就きたいけど、不安でした。こういう人たちがいるなら希望が持てます」
SNSには「支援しました」「こんな活動があるなんて知らなかった」という投稿が増え、拡散されていった。
ある夜、メールボックスに一通の長文が届いた。
> 「私は難病の夫を在宅で介護しています。
> 自分が“受ける側”だと思ってきましたが、あなたたちの挑戦を見て“動ける側”かもしれないと思えました。
> 支援だけでなく、私にもできることがあれば教えてください。」
光也は、画面の前で長く動けなかった。
支援を受けているように思っていた自分たちが、誰かを“支えていた”という感覚は、
どこか不思議で、あたたかく、そして強い背中を押してくれた。
「俺たちはもう、支援される側じゃないんだな」
そう口にすると、仲間の一人が笑った。
「じゃあ、支援する側になろう。支え合える仕組みを、つくる側に。」
プロジェクトが動き出して3ヶ月。
最初の導入先が決まった。光也たちが何度も訪れた、あの平屋の小さな事業所だった。
「使ってみるわ。上手くできなくても、私たちが“最初の一歩”になれたら嬉しいから」
所長のその言葉に、光也は深く頭を下げた。
数週間後——
記録は少しずつ、紙からタブレットへ。
「今日、○○さん、笑ってたよ」
そんな“何気ない言葉”が、AIのサジェストに残り、他のスタッフに共有される。
利用者の変化を“気づき”としてつなげていく仕組みが、現場の空気を少しずつ変えていた。
「この前の夜勤、初めて不安がなかった」
「記録を“書く”ってより、“伝える”感じになったよね」
そんな声が、思っていたより早く聞こえてきた。
光也たちは、まだ利益を得ていない。
認可もない、補助金もない。
それでも、何かが「確かに動き出した」と、全員が感じていた。
ある朝、光也がメールを開くと、ひとつの件名が目に飛び込んできた。
> 「都内の法人でも、テスト導入を検討しています」
その下には、連絡先、法人名、そしてこう書かれていた。
> 「あなたたちがやっていることは、小さいけど大きい。私たちも、始めます。」
光也は、画面を閉じて天井を見上げた。
思わず、静かに笑った。
これがゴールじゃない。
でも、“始まりはここにあった”と、いつか誰かが言ってくれるかもしれない。
* * *
あの決意の春から、いくつかの季節と挑戦が続き、
そして──5年の歳月が過ぎた。
光也たちの開発したソフトは、全国各地の小規模事業所に少しずつ広がっていた。
AIによる入力支援と業務ナビゲーションは、介護職にとって“もう一人の相棒”のような存在になっていた。
ある地方都市のケアステーションでは、今日も穏やかに一日が始まっていた。
玄関で迎えるのは、白衣を着たヒューマノイド「ベータツー」。
背丈はやや小さめ、表情はやさしく、言葉もゆっくり。利用者の名前を覚え、趣味も記憶し、会話もできる。
「おはようございます、田中さん。昨日のドラマ、最終回でしたね」
「よく覚えてたねえ、ほんとにもう、人間みたいだよ」
笑いながら田中さんが手を差し出すと、ベータツーは自然な所作で受け取る。
職員の一人が、タブレットに向かって話しかける。
「次の予定は?」
画面には、ベータツーが今日のスケジュールを読み上げながら表示してくれる。
人と機械が共に働くその風景は、驚きではなく、“馴染んだ日常”になっていた。
光也は、今日は見学者対応の日だった。
遠方から来た大学生が、食堂の隅でメモを取りながらつぶやいた。
「……こんな介護現場が、現実にあるなんて、ちょっと信じられないです」
「この仕組み、いつからなんですか?」
光也は、窓の外でベータツーと手をつなぐ利用者の姿を見ながら答えた。
「最初は、手探りだったよ。紙と鉛筆と、たった一人のコードから始まった」
「未来を信じて動けば、形になる。たったそれだけのことだよ」
学生はうなずきながら、こう言った。
「私、介護の仕事って重たいイメージしかなかったけど……この未来なら、やってみたいかもしれません」
光也はふっと微笑んだ。
その言葉は、誰かが5年前に願っていたものと、まるで同じだったからだ。
完
この物語は、小さな挑戦の記録であり、未来への提案でもあります。
読んでくださったあなたの中に、
「私にもできることがあるかもしれない」──そんな気持ちが少しでも芽生えたなら、それが何よりの喜びです。
書名:支える力を、手渡してゆく
第1部:小さな始まり
発行日:2025年6月15日
更新日:2025年7月1日