日本教育工学会2024年春季全国大会
重点領域セッション報告
根本淳子(明治学院大学)
2024.5.3 公開
根本淳子(明治学院大学)
2024.5.3 公開
2024年3月2日の日本教育工学会春季全国大会にて重点領域セッションが開かれ、『先端科学とELSI部会』も実施いたしました。部会として、初めて大会内で議論の場を設けることができました。
まず、本部会代表の稲葉より本年度の活動報告を行いました。
先端科学技術の教育利用については技術的側面と併せて倫理・法的・社会的に考えていくことの重要性に触れ、この点は日本教育工学会においても重要であること、また、その話し合いの場や様々な情報を発信する場としてこの「先端科学技術とELSI部会」が立ち上げられたことについて説明がありました。
日本教育工学会は多様な研究領域の融合であり、そこで活動する研究者もそれぞれのテーマや活動内容によってさまざまな課題に取り組んでいます。学会員それぞれが持っている問題の意見交換の場として本部会が継続的に活動していくことの意義を参加者と共有しました。
本部会では、【情報の提供(Webサイト)】【講演/座談会/WS】【企画セッション意見交換】の3つを中心に進めていくことを計画しており、これらの重要な課題については学会員の皆様とともに考えていきたいというメッセージでした。
また、JSET関係の動画に活用できるオープニング・クロージング動画の紹介もありました。
本部会メンバーの前田より生成AIの教育利用アンケートの報告がありました。
2023年全国秋季大会のシンポジウムから調査を行ってきたオンラインアンケートの調査結果の報告です。
本調査は日本教育工学会全国秋季大会参加者、教員研修参加者、一般メーリングリスト登録者を対象とし、61名からの回答を得られました。
新しいテクノロジーが出た際の行動について、新しい技術は「すぐに使ってみる」という回答者が約半数でした。実際の生成AIの使用状況については、「いつも使っている」「時々使っている」との回答が全体では67.2%(男性78.0%/女性44.4%)でした。
生成AIの教育利用に期待する効果については提示した選択肢のうち「授業・研修デザインの見直しのきっかけになる」や「学習者の批判的思考力が高まる」と回答者の半数以上が選択と、生成AIが使い手側のアウトプットを手助けるものとして認識されていることを確認できる結果でした。
対して、利用の際は「生成AIの回答に誤情報が含まれる」「効果的な利用方法がわからない」ことが課題として受け止められており、誤情報を含む生成AIをいかに教育の道具として利用され、学習者が「生成AIの回答をそのまま成果物として使用する」(82.0%)のではないかという課題があることも見えました。
先端科学技術に関する情報収集先については、学会員・非会員とに差があることも見え、今後の本部会の活動として、1. 生成AIの活用に関する情報の収集と発信、2. ELSI課題の認知度の向上、3. 非会員を含めた学術的知見の共有が重要であることを認識した結果でした。
詳細はこちらでご確認できます。
本部会メンバーの中澤が担当し、これまでの実践で得られた知見を共有する場として参加者と一緒に生成AI(Chat GPT)を用いた学習活動を模擬体験の場を設けました。
中澤氏は、アクティブラーニングの内化と外化を支援する道具として、生成AIを使った学習活動をしてきました。授業期間開始時から授業期間が終了するまでの過程における学習活動を内化(思考)と外化(対話)の比率で整理し、授業の成果と授業デザインの度合いを踏まえて「視点を得る」「考えるきっかけをつくる」「プロジェクトを作る」の3つの事例を提案・実施しています。この内容については本サイトのコラム「大学教育における生成AI の活用事例とELSI」にて詳しく紹介されているのでぜひお読みください。
今回は3事例のうち「考えるきっかけをつくる」の模擬体験をもとに生成AIの教育利用の課題等に関する意見交流を行いました。
テーマ:「10 年後の未来で誰が、どこでどのように学んでいるか」の内容とその理由・根拠を、実際の場面を説明する600 〜900 字以内の物語をつくってください。
このテーマは中澤氏の授業で行われたものと同じで、本セッションではミニワークショップ的に学生の視点になって参加者に体験していただき議論を行いました。学生が生成AIと対話しながら自身の考えをまとめ、他の学習者とペアで共有し、それぞれの成果に対して質問を重ねて課題の成果を深めていく活動として作られていました。「学びのあり方」を考えていく本授業は、この授業の前に設定した文献講読やグループ議論の活動の上で展開されることで実現できるようにデザインされていることもポイントの一つでした。
今回の体験後には、参加者がどのような教育場面を設定されたのか、その場でChatGPTを使ってどのような結果を得られたのかなど、それぞれが学生の視点で得た結果や気づきを共有してくださいました。模擬体験からChatGPTによる回答の傾向や偏りなどの特徴も参加者全体で確認することができ、活動を通して授業全体での使い方や指示の仕方の工夫が重要であることを参加者間で共有できた貴重な時間となりました。
ミニワークショップで利用したスライドはこちらになりますので、ご興味のある方はご覧ください。
最後の意見交換会では大阪大学の村上正行先生にご協力をいただきました。
村上先生は、大阪大学の社会技術共創研究センター(ELSIセンター)の兼任教員で、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」の「デジタルツインを用いた個別最適な学び方・働き方の実現」研究分担者としてELSIガイドラインの開発を担当しており、本部会代表の稲葉、副代表の今井もそのグループで活動しています。
この時間では、まず村上先生からELSIに関する論点について大阪大学社会技術共創研究センターでの活動を踏まえて整理いただき、これらの議論は研究領域を超えて重要なテーマであること、さらに、企業においても重要な課題であることについてご紹介いただきました。分野を超えて取り組んでいく価値があるテーマであることを再認識しました。
ディスカッションの時間では、参加者の方からの質問を踏まえて議論がなされました。
ユネスコが発表している勧告「AI倫理に関する勧告」と現在の国内大学における生成AIの倫理に関する研究との関係について
AIを活用した学びによって学習活動や学び方が変わる中で、総合的な評価がさらに複雑化する中で、どのように創造的な課題を評価していけばよいのか
など、教育とAIを取り巻く様々な課題の共有とそれらに対する今後のELSIの研究の方向性や実践方法などについて議論がなされました。
また、現在の研究動向や他の実践事例について本ELSI部会メンバーから話題提供も行われました。