日本教育工学会2023年秋季全国大会
キーノート&シンポジウム報告
今井亜湖(副代表/岐阜大学)
2024.2.28 公開
今井亜湖(副代表/岐阜大学)
2024.2.28 公開
2023年9月16日-17日の2日間にわたり、京都テルサにて日本教育工学会2023年秋季全国大会が開催されました。9月16日午後に行われたキーノートとシンポジウム1は、先端科学技術とELSI部会が企画いたしました。
2023年春、我が国ではChat GPT、Bing AI、Bardといった生成AIとどのように付き合えばよいのかが様々な場で活発に議論されました。我が国の高等教育機関の多くは、学生に対してメリット・デメリットを考えながら利用することを求めました。
小・中・高等学校に対しては、2023年7月に文部科学省が『初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン』を発表し、活用が有効な場面を検証しながら、限定的な利用から始めることが適切であり、全ての学校において情報活用能力を育む教育活動を一層充実させ、AI時代に必要な資質・能力の向上を図る必要があることが示されました。
生成AIは、単なる新しいテクノロジーではなく、私たちの行動様式にも確実に影響を及ぼすテクノロジーであると、私たち先端科学技術とELSI部会は考えました。
「私たちは生成AIとどのように向き合っていけばよいのか?」
この点について人文・社会科学の視点から様々な取り組みを行われている、東京大学大学院情報学環教授であり、B’AI Global Forum Projectのディレクターを務めていらっしゃる板津木綿子先生にお話していただきました。
板津先生の話の中で、特に印象に残ったのは、次の3点です。
まず1点目は、生成AIは「オンラインデータ社会の縮図」であり、オンライン上のデータのみを活用しており、私たちが生きているリアルな社会のデータ全てを網羅していない点です。生成AIの仕組みを知っている人にとっては当たり前の話ですが、そうでない人にはこのことを話していく必要があるように思いました。私たちはデジタルデータにできないもの・できていないものを常に意識し、生成AIが示すサジェスチョンを吟味しながら活用していくことの大切さに改めて気付かされました。
2点目は、AI技術が私たちの生活の中に浸透すればするほど、その代償もあることを認識しなければならないということ。有害情報を除去するクラウド労働者の存在(デジタル・スウェットショップ)などが事例として挙げられましたが、これらの代償に目を瞑り、AI技術を用いるのではなく、板津先生が言われたように「AIにできること」を追い求めるのではなく、「AIにさせたいこと」を考えるという発想の転換を、教育工学分野の研究者も考えていかなければならないと思いました。
3点目は、AIの批判的研究の重要性です。これは、AI技術が及ぼす影響を、AI開発研究と同時進行で、人文学や社会科学をはじめとする様々な分野の研究者が精査することで、問題を未然に防ぐことができるのではないかという提案です。生成AIは教育分野においても学習指導の充実や雑務の軽減に資するツールとして期待されています。私自身も案内文書の下書きやアンケートの属性カテゴリーの作成などでChat GPTにはお世話になっています。このように期待されるツールであるからこそ、私たちにどのような影響をもたらすかを検討することはとても大切だと考えました。本学会でも生成AIの教育活用に関する研究に関する発表が見られるようになってきました。こうした研究とともに生成AIの批判的研究に関連する発表や論文が出てくるとバランスの良い研究分野になるのではないかと思いました。本学会ではICTの教育活用が始まった当時もICTの教育活用に関する研究だけでなく、情報活用能力やICTリテラシーに関する研究も行われていましたので、こうした素地は十分持っているのではないでしょうか。
板津先生の講演の詳細はこちらから視聴いただけます。
教育工学分野では、次々と登場する新しいテクノロジーを教育にどのように活用するかといった研究が、多くの研究者・実践者たちによって積み重ねられてきました。2023年春、様々な教育現場において議論を巻き起こした生成AIの教育活用について、教育工学分野においても様々な研究を目にするようになってきました。
このシンポジウムは、これまで教育工学分野が得意としていた技術的な視点から生成AIの教育利用を考えるのではなく、少し視点を変えて、ELSI(倫理的・法的・社会的課題)の視点から生成AIをはじめとする先端科学技術の教育活用について考えてみたいという思いから企画されました。
話題提供1
科学方法論を踏まえた人工知能の哲学と倫理〜ELSIの視点から先端科学技術の教育活用を考える〜
最初に話題提供を行ってくださったのは、立教大学大学院人工知能科学研究科教授の村上祐子先生です。
不適切な使用をどのように社会的に制御するかという視点から、先端科学技術、特にAIを活用するために、私たちは考えなければいけないことを、事例をもとに提案していただきました。
村上先生の話の中で特に印象に残ったのは「技術だけではなく制度側も変えなければいけない」という点です。
事例として、EUのAI法案(教育にかかる情報システムは個人情報保護だけでなく、システムそのもののリスクを軽減する措置を取らなければならず、教育にかかるAIシステムは四段階の中でも高リスクに位置付けられており、この制度によって子供の権利が保護されている)や、WHO surveillance、日本の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の一部改正、Nature portfolioのeditorial policesなどでは、被験者だけでなく、それ以外の社会的影響について考察・検討する必要性が求められていることが紹介されました。
私自身も新しいテクノロジーが登場すると、そのテクノロジーは教育にどのように使うことができるのか?をすぐに考えてしまいます。その考えが悪いわけではなく、こうしたテクノロジーを教育に活用した時にどのような影響があるのか、それを社会的に制御することはできるのかという点まで考えながら、教育活用について検討していかなければならないと感じました。
村上先生は、先端科学技術研究の重要性は認めつつも、こうした研究が社会に与える影響について考えるだけでなく、不適切な使用がなされないように、私たちはどのような視点に立って考えていかなければならないのか、その手がかりとしてELSIの視点がとても重要であることをわかりやすく解説してくださいました。
村上先生の話題提供の詳細は,こちらから視聴いただけます。
話題提供2
「EdTech(エドテック) ELSI(倫理的・法的・社会的課題)論点101」の紹介
続いての話題提供は、滋賀大学教育学部教授であり、JST/RISTEX「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」のプロジェクト企画調査「学習データ利活用EdTech(エドテック)のELSI論点の検討」(2022年10月〜2023年3月)のプロジェクト代表を務められた加納圭先生です。
加納先生は、全国学力・学習状況調査の悉皆データを利活用したコンピュータ適応型テストを開発され、そのテストの実施にあたり、様々な整備(保護者同意、教育的活用法など)を行う中で、ステアリングやナビゲーションシステムに相当する「EdTechのELSI対応方策」が必要ではないかと気づき、先進国である米国のELSIケース調査を踏まえ、「EdTechのELSI論点101」を作成されました。本シンポジウムでは、このELSI論点101について紹介いただきました。
加納先生たちが作成された「EdTech ELSI論点101」では、EdTechのELSI論点を、データ(取得時、アルゴリズムやモデル、活用時)とEdTech導入(導入以前、導入後)の2種類に分けて示されており、学習データ利活用EdTechで研究や実践を行う方々にとって参考になる論点だと感じました。
加納先生の話題提供の詳細は,こちらから視聴いただけます。
ディスカッション
ディスカッションは、話題提供を行ってくださった村上祐子先生と加納圭先生、そしてキーノートに登壇いただいた板津木綿子先生にも加わっていただき、生成系AIを教育に活用する際に「検討されるべきことは何か?」と「ブレーキではなく、ステアリング的な検討事項は何か?」の2点について議論を行いました。
司会は、先端科学技術とELSI部会副代表の今井が務めました。
このディスカッションでは、バックグラウンドの異なる3名のパネラーの意見をもとに、シンポジウムに参加してくださった会員の皆さんがあれこれ考えていただくことを目指しました。
私は司会をしながら、普段とは異なる視点でディスカッションテーマについてあれこれと考えることができましたが、シンポジウムに参加された皆さんはいかがでしょうか?
最後に、キーノートとシンポジウムに登壇してくださった板津先生、シンポジウムに登壇してくださった村上先生、加納先生に心より感謝申し上げます。