日本教育工学会2025年春季全国大会
重点活動領域セッション報告
岩﨑千晶(関西大学)
2025.04.05 公開
岩﨑千晶(関西大学)
2025.04.05 公開
2025年3月9日に、成城大学にて日本教育工学会2025年春季全国大会が開催されました。大会2日目に、先端科学技術とELSI部会主催の企画セッション『教育データの利活用について考える』が行われました。大会2日目の重点活動領域セッションでは、およそ40名の皆様が参加してくださいました。この場を借りて感謝申し上げます。
この報告では、企画セッションの当日の模様を写真と文で簡単にふり返ってみたいと思います。
最初に、部会代表の稲葉から、本企画セッションの趣旨説明が行われました。ELSI部会が目指していること、活動内容について報告があり、その後、今回のテーマである「教育データの利活用について考える」に関する趣旨説明が行われました。
今井副代表から「教育データとは」に関する報告が行われました。教育データを活用することによる意義、ならびに教育データが何を指すのかについて、児童生徒(スタディログ・ライフログ)・教師(アシストログ)・学校/学校設置者(運営・行政データ)の側面から紹介されました。また「個人情報の適切な扱い・プライバシーの保護・セキュリティ対策」の点から教育データの利活用時に配慮すべきことについて問題提起がなされました。
遠山氏から教育データの利活用に関する調査の意義や研究方法について紹介があった後、調査結果が報告されました。教育データの利活用のロードマップの認知度は子どもを持つ回答者の方が高かったこと、また教育を改善するために教育データを利用することに賛成する回答者は子どもを持つ回答者の方が高いことをはじめとして、その他教育データの利活用に関する説明の有無などの項目に対する結果が紹介されました。
最後に中澤氏より「教育データを提供することに対する不安や懸念」に関する自由記述の分析結果について報告がされました。個人が特定されないこと、教育以外の目的で利用されないこと、子どものプライバシーが守られていることといった例があることが紹介されました。
稲葉代表より文部科学省による教育データの利活用に関わる留意事項に関する紹介がされた後、初等中等教育、大学教育を対象としているグループに分かれて、教育データの利活用に関する意見交換がなされました。初等中等教育における学習者の立場から検討したグループでは、多様な学習者や保護者が理解・納得できる形で教育データの利活用に同意できるように周辺環境を整備することの重要性が議論されました。特に法的観点と倫理的観点に分けて同意のあり方を検討し、倫理的観点で問題がないかを多面的に確認する必要性が指摘されました。これは、法的観点では説明事項が一定程度整備されている一方、倫理的観点では相手に合わせて柔軟に説明の方法を調整すべきだからです。今後、倫理的観点で配慮すべき点としては、学習者や保護者が何に同意したのかを本人が確認できるように控えを発行すること、同意を撤回するためのフォーマットを提供すること、どのデータを何の目的で取得するか具体的に説明すること、目的外利用の可能性の有無を明記することなどが挙げられました。
初等中等教育における教員の立場から検討したグループでは、教育データを収集し活用することの効果を教育現場において十分認識することの重要性が提示されました。そのため、教育データを活用することの効果を定期的に保護者や学習者にフィードバックをしていくという仕組みづくりが大切ではないかという意見が出されました。ただし、そのための同意書作成に関するノウハウは機関によって偏りがあるため、これらを共有する仕組みの構築が必要であるという意見が提示されました。
大学教育における学生の立場から検討したグループでは、まず大学のデータはIRなどの大学側が集めるデータと、教育実践研究などで集められるデータがあることを確認しました。そのうえで、教育実践研究の場合は倫理審査を行うことで、調査の意義に関する説明や、調査が任意であり、途中でやめることも考慮されるなど学習者への配慮が実施されている部分はある一定の評価ができるのではないかという意見が出されました。一方、大学が組織的に収集するIR等のデータは、閲覧権限がなく利用されているケースも見受けられるなど、プライバシー保護が不十分であること、データ使用目的に関する都度の許可取得がなされていないこと、情報を扱う教職員へのトレーニングが不足していることなどの問題が提起されました。これらの問題を解決するため、個人情報のID化や閲覧権限の強化が必要であるという提案がなされました。また、学生に説明を行っても、その重要性が十分に認識されず、説明内容が失念されているという現状も問題として指摘されました。
大学教育における教員の立場から検討したグループでは、研究倫理審査については、その実施が進みつつあるものの、どのような審査が望ましいかについての判断が難しいという意見も出されました。学会からガイドラインが提示されれば、大学に対する説明がしやすくなり、適切な審査を受けやすくなるのではないかという提案もありました。また、教育データ活用に伴う具体的な不利益の可能性について、部会からの明確な指針提示を求める声も挙がりました。
美馬氏からはまずELSIセッションの特性として「問題を提起して参加者に思考を促すオープンエンドな場である」という点について確認がなされた後、教育データは万能ではないものの適切に活用すれば有効であること、安易に「とりあえずデータを集める」という姿勢は避けるべきであること、データ量の増加を自己目的化する「データ至上主義(Data Fetishism)」は誤った考え方であることなどが提示されました。教育データの利活用を検討する際は、どのような問いに対してどのようなデータが真に必要かを事前に十分検討すること、データ収集自体を目的化せず目的と質を常に問い直すこと、データの収集時期と破棄時期を明確にすること、そしてデータ量よりも解釈の質を重視することが重要であることなどが示されました。最後に「データは資源ではなく問題解決のための道具である」という認識の確立が重要であると総括されました。