日本教育工学会2024年秋季全国大会
重点領域セッション報告
今井亜湖(岐阜大学)
2024.10.29 公開
今井亜湖(岐阜大学)
2024.10.29 公開
2024年9月7日・8日に,東北学院大学五橋キャンパスにて日本教育工学会2024年秋季全国大会が開催されました。大会2日目(8日)に,先端科学技術とELSI部会主催の企画セッション『責任ある教育実践・教育研究とは−ELSI/RRIの観点から−』(後援:国立研究開発法人科学技術振興機構)が行われました。大会2日目の最初のセッション(9時開始)にも関わらず,およそ100名の皆様が参加してくださいました。この場を借りて感謝申し上げます。
9月と言うのに朝から30度を越える外気でしたが,それに負けない熱いメッセージを登壇者の皆様からたくさん頂戴いたしました。この報告では,企画セッションの当日の模様を写真と文で簡単に振り返ってみたいと思います。
各登壇者の講演については,登壇者の許可を得て,当部会で配信動画を作成いたしました。報告の中で各登壇者の講演動画のリンク先を紹介いたします。詳細を知りたい方は講演動画もぜひご覧ください。
最初に,部会代表の稲葉から,本企画セッションの趣旨説明が行われました。
日本教育工学会が,本年5月18日付で「一般社団法人日本教育工学会における生成AI利用に関する基本的な考え方」という声明を発表したこと,2024年春季全国大会の企画セッション後に実施したアンケートにて教育実践・教育研究におけるELSIについて学びたいという声をいただいたことをふまえ,新しい技術を用いた教育実践や研究における研究者の責任についてELSIやRRIの観点から考える「場」として,本企画セッションを設定したことが説明されました。
一人目の講演者である加納寛之さんは,科学技術振興機構・研究開発戦略センター(JST-CRDS)にて,国内外の科学技術イノベーションの動向や政策動向を調査・分析し,それらを報告書や戦略プロポーザルとしてまとめる仕事に従事されています。今回の講演では,ELSI(Ethical, Legal, Social Issues:倫理的・法的・社会的課題)およびRRI(Responsible Research & Innovation:責任ある研究・イノベーション)とは何か,これらについて現在どのような取り組みがなされているか等を,事例をふまえてお話いただきました。
加納さんが講演の中で話してくださったトピックとその動画(https://drive.google.com/file/d/1nGZAFSGDm2HLKLUwQN1z1EeDWsNeu_L6/view)の開始時間は次のとおりです。
ELSI/RRIとは何か:基本的な考え方と動向【10:26〜】
研究開発の上流におけるELSI対応の重要性【14:03〜】
研究開発の現場におけるELSI/RRIの問題【17:16〜】
ELSIからRRIへ【20:18〜】
ELSI/RRIの取り組み事例(ニューロテクノロジーを例に)【23:50〜】
「個人データ」の利活用に関わるELSI/RRI実践に向けて【26:20〜】
ELSI/RRIについて初めて触れる皆様は,加納さんの動画は最初からご覧いただいた方がELSI/RRIの意義や課題について概観できるのではないかと思います。
加納さんの話を拝聴し,心に残った内容は次の3点です。
1つ目は,ELSIとRRIの基本的な考え方について。科学技術と人・社会のより良い関係を目指し,研究・イノベーションを発展させる試みの総称がELSIであり,RRIであること。これらは,私たちが研究開発を健全に進めていく上で考慮しなければならない様々な要素の総称として機能している。だから,「これはELSI」「これはELSIじゃない」ときちんと概念整理することよりもELSIやRRIの機能について理解することが重要であることに納得いたしました。
2つ目は,ELSI/RRIの意義について。和田移植を事例に,研究開発の成果を社会実装する段階になってELSI対応について検討を始めることのリスクが説明されました。研究の初期段階でELSI対応について検討することは,最終局面になって研究開発そのものが無駄にならないようにしたり,その研究分野の停滞を防いだりするというメリットにも繋がることに留意しながら取り組む必要があることを学びました。
3つ目は,ELSI/RRIの課題について。加納さんからはいくつかの課題が紹介されましたが,その中で,ELSI/RRIの実践の評価方法がまだ確立されていない点について,先端技術を教育の場に導入する研究が多く見られる当学会はどう対応すべきかを,みんなで議論してみたいと思いました。様々な立場の会員が参画している当学会だからこそ,様々な視点から建設的な議論ができるのではないか。想像するだけで知的好奇心がくすぐられました。
二人目の講演者は,大阪教育大学の寺嶋浩介さんです。寺嶋さんは,JSET総務担当理事として,趣旨説明でも紹介のあったJSET声明「一般社団法人日本教育工学会における生成AI利用に関する基本的な考え方」を中心となってまとめられました。今回の講演では,JSET総務担当理事として,教職大学院で教育実践研究を進める院生を指導する立場として,学会に参加する研究者として,教育実践研究における新しいメディアの活用をどう捉えているかをお話しくださいました。
寺嶋さんが講演の中で話してくださったトピックとその動画(https://drive.google.com/file/d/1nGZAFSGDm2HLKLUwQN1z1EeDWsNeu_L6/view)の開始時間は次のとおりです。
JSET総務担当理事として:声明「生成AI利用に関する基本的な考え方」について【35:50〜】
教職大学院で指導している立場として:倫理審査を例に【49:11〜】
学会に参加する研究者として【55:12〜】
JSETにおいて生成AIの利用は論文誌だけでなく,全国大会や研究会での研究発表など,学会のあらゆるところに影響があると想定されたことから,総務担当理事が中心となってまとめたが,生成AIの利用については今後も継続な議論が必要であり,議論を通して基本的な考え方も修正していかなければならないのではないかとの思いも語られました。
寺嶋さんが講演の最後に語られた,教育実践研究においてELSIについて考える時に「多様な利害関係者と何を共通理解するのがよいのか?」,そして「自分の立ち位置にも左右されるのではないか?」という問いについては,自分のこれまでの研究活動でも思い当たることがあり,じっくり考えていきたい問いを頂戴したと思います。
指定討論者である公立はこだて未来大学の美馬のゆり日本教育工学会副会長が,今日の2つの講演内容のふりかえり,日本教育工学会が対象としている教育現場において教育データ利活用がどのように推進されているのか,またどのような課題が出てきているのかについて,日本学術会議の動向を中心に整理を行い,今日の論点として「教育データは誰のもの?」「教育データ利活用の目的は?」の2点を示しました。
この2つの論点をもとにディスカッションが行われました。加納さんからは日本教育工学会として教育データの利活用の目的について検討する際には,研究のため,政策立案のため等,いくつかのレイヤーに分けて考える必要があるのではないかとの考えが示されました。これに対し,フロアから他の分野のELSIを調査すべきだと考えるが,教育データについてはどの分野で扱われているのかという質問が出ました。加納さんからは情報を見る視点を手がかりに他分野を調査するのはどうかとの提案がなされました。教育データに関するステイクホルダー全てが教育データの利活用の目的を理解できるようにするためにはどうすればよいかという別の質問について,加納さんからはステイクホルダー全てとディスカッションできる状態にすることが重要との見解が示されました。教育現場にいる教師として教育データの収集が難しくなっており,どう対応すべきかとの質問については,加納さんから教育データに対する見方は立場によって異なるため,どの立場で教育データの利活用を考えようとしているかを伝える必要があるのではないかとの回答が出されました。その他に,教育データは誰のものとして扱えばよいのかといった議論もなされました。
ディスカッションの最後に,寺嶋さんからは教育実践者が教育データを扱う時には実践者としての利用目的と研究者としての利用目的が生じるため,この二面性に対応することの難しさが指摘されました。加納さんからは,日本教育工学会が研究コミュニティとしてガバナンスにどうアプローチするのか,それをどうアピールしていくかを考えていく必要があるのではないかとの提案がなされました。まとめとして,美馬副会長からはこの企画セッションで扱ったテーマは今後も継続的に議論していきたい,また日本教育工学会が2020年に示した答申では,Accountable,つまり内外に情報を発信する学会を目指していることから,教育データ利活用においてもその責務を果たしていく必要があるとの考えが示され,ディスカッションは終了しました。
企画セッションの閉会の挨拶として,当部会メンバーの東京大学の中澤から登壇者へのお礼とともに,加納さんがELSI/RRIに取り組む意義の一つとしてあげた「研究開発の自律性の確保」のために,これからの教育工学研究はどうあるべきかを学会全体で考えていかなければならないという今後の課題が提起されました。