大学教育における生成AIの活用事例とELSI
中澤明子(東京大学)
2024.1. 24 公開
中澤明子(東京大学)
2024.1. 24 公開
JSETの重点活動領域の第4番目の領域として、2023年7月に先端科学技術とELSI部会が立ち上がりました。テーマに関連するコラムをお届けしていきます。
ChatGPTの登場以降、生成AIが教育に与える影響について議論がなされるとともに、さまざまな教育機関が生成AI活用の方針を表明しています。このコラムでは、大学教育での生成AIの活用事例を紹介するとともに、ELSIの観点から事例を考察します。
大学教育での生成AI利用について、文部科学省や教育機関が利用方針や注意点を公表しています。
文部科学省は、2023年7月に「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて」を公表しました。ここでは、生成AIを利活用することが有効と想定される場面として「ブレインストーミング、論点の洗い出し、情報収集、文章校正、翻訳やプログラミングの補助等の学 生による主体的な学びの補助・支援など」が挙げられています。
教育機関における利用方針として、たとえば筆者が所属する東京大学は、2023年4月に「AIツールの授業における利用について(ver. 1.0)」を公開しました。生成AIの利用を一律に禁止せず、「問題点を理解しつつも教育・研究・業務利用における可能性を積極的に探り、活用する上での実践的な知識や注意、長期的な影響に対する対話を継続し、発信していく」方針が提示されています。
このように、日本の大学教育においては、生成AIの技術的な課題を踏まえた上で、利活用の可能性を探ることが求められています。どのような利活用が適切なのかを検討するには、さまざまな事例を蓄積し、効果検証や議論を行うことが必要でしょう。本コラムでは、活用事例を紹介しつつ、ELSIの観点からそれらを考察し、懸念や課題を考えます。
筆者は、大学の授業における生成AIの活用について、アクティブラーニングの枠組みを踏まえて活用できないかと考えました。生成AIを活用できる場面を整理したのが図1です。
図1は、下から上に向かって授業(期間)開始前から授業(期間)終了時という時間の流れを表します。この時間軸は、1回の授業でもよいですし、授業期間つまり学期で捉えてもよいです。授業開始前には、教員が授業デザインの支援のために生成AIを使用します。たとえば、シラバスの作成や小テストの作成支援での使用です。また、授業終了時には、学生が学習成果物の洗練に生成AIを使用できます。たとえば、英文法の誤りの修正や、日本語の校正です。
そして、アクティブラーニングの枠組みを踏まえた活用が「内化・外化を支援」と書かれた部分です。アクティブラーニングでは、内化(Input)と外化(Output)の両方を含むことが大切だと言われています。授業(期間)中は、学生の学習活動のうち、生成AIを使って内化と外化を促進するような学習活動を行えるとよいのではと考えました。その場合も、内化を重視する利用と外化を重視する利用があり、内化は教員が生成AIの回答を考える材料として使用する学習活動、外化は学生自身が生成AIと対話することで進める学習活動を想定しています。この図に基づいて、筆者自身の授業での3つの生成AIの活用事例を紹介します[1]。
[1] こちらのニュースレターでも事例について同様に紹介されています。
図1 授業で生成AIを活用する場面[1]
[1] https://dalt.c.u-tokyo.ac.jp/download/a3899/
授業中にグループディスカッションを行う際に教員が生成AIを使用する事例です(この事例ではChatGPTを使用しました)。受講生やグループ数が少ない際、より多くの議論内容や視点に気づいて欲しい場合に役立つと考え使用しました。 教員は、ディスカッションのテーマや問いをChatGPTに入力し、回答を得ておきます。ディスカッションの内容をクラス全体で共有した後で、ChatGPTの回答もクラスに共有します。教員からのフィードバックも行い、ほかのグループのディスカッションやChatGPTの内容を聞いて何を考えたかを一人で考え、引き続きグループディスカッションを行ったり感想共有を行ったりします。
実際の授業では、次のように使用しました。まず、学生が最終課題で授業案を作成する授業で、練習として「食堂の使い方を理解する授業を考えるワーク」に取り組む場面です。このワークでは学生が学習目標などを3つのグループに分かれて考え発表しました。教員は事前に生成AIに「食堂の使い方を理解する授業について考える時、学習目標を何にすればよいでしょうか。」と尋ねておきます。グループごとの発表の際にChatGPTの回答を共有しました。この時は、学生たちが考えなかった学習目標をChatGPTが挙げており、教員がその点を指摘した上で、自分たちやほかのグループの内容についてさらに考えるよう働きかけました。
また、学びのあり方について考える別の授業では、文献を読んでグループで議論する際に使用しました。グループでは「未来の学びをデザインする時に最も重要なことは何ですか」という問いについて議論しました。ChatGPTには、この問いとあわせて「4つのグループがあるなら、どのような議論内容が出るでしょうか。」と指示を出しました。これにより、4種類の想定される議論内容を得られました。この授業のグループ数は2つでしたので、ChatGPTの4種類の議論内容を共有して議論内容のバリエーションを増やしました。
この事例では、学生が生成AIの回答について思考するため、図1だと内化を重視した学習活動に位置づけられると考えています。
学生自身が生成AIを使用する事例です。この事例では、生成AIをTA(ティーチング・アシスタント)のように使ってもらうことを意図しました。
生成AIの使用は、大学1年生が研究の問いを立てて調査や実験などを行い、そのデータに基づいて小論文を執筆し、アカデミックスキルの習得を目指した授業で行いました。学期前半の授業時間外での課題(宿題)で生成AIを使ってもよいという指示を出し、学生が課題に取り組みました。課題のワークシートでは、「①学びに関することで、この授業で研究してみたいこと(問い)は何ですか?」、「② ①の内容について研究するとすればどのような方法・計画がありそうですか?ChatGPTやBing AIに聞いてみましょう。聞いた結果(対話の流れ)を記録してください。」、「③ ②におけるChatGPTなどの回答内容についてどう思いますか。実現可能性や自分のやりたいこと、興味関心から自分の考えを書いてみましょう。また、次にあなたがすべきことは何かも考えてみましょう。」という質問を設け、学生が記入しました。
自分自身の考えを書き出し(外化)、そこで得られた回答を思考する(内化)学習活動です。図1では右側の外化を重視した学習活動に位置すると考えます。
この事例では、最終課題の作業を円滑に進めるとともに、得た回答を批判的に考え、それまでの授業での学習内容をふり返る意図で生成AIを使用しました。
この授業は、学期前半の文献講読やグループでの議論などを通じて学びのあり方を検討します。「10年後の未来で誰が、どこでどのように学んでいるか」の内容とその理由・根拠を実際の場面を説明する物語の形式でレポートを書くことが最終課題でした。学期後半の授業回では、最終課題に向け、それまでの授業の内容をふり返り、自分自身の考えを整理します。そのきっかけとなるワークにおいて、学生が生成AIを使用しました。
この事例でもワークシートを用意しました。学生はまず、最終課題の内容を生成AIに問いかけます。問いかける内容(プロンプト)を教員が提示し、自分の興味関心に応じて条件を追加しました。ワークシートで教員が提示した指示とプロンプト例は以下のとおりです。
①生成AI(ChatGPT、Bard、Bing AIなど)に次の質問を投げかけましょう。
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「10年後の未来で誰が、どこでどのように学んでいるか」の内容とその理由・根拠を、実際の場面を説明する600〜900字以内の物語をつくってください。
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※「誰が」や「どこで」「どのように」の部分には自分が考えたい未来の学びの場面のキーワードを入れて尋ねてみましょう。
次に、学生一人ひとりが、得られた回答をワークシート(Googleドキュメント)にコピーし、回答に賛成/反対なのかや、不足している内容や観点などを考え、書き込みました。その作業後に、自分が最終課題の内容について考える上で、ほかの人から意見を聞きたい点や質問を考え、その質問をグループでディスカッションし、参考となる意見を得ました(最近、私はこの活動のことを「人間ChatGPT」と呼んでいます)。一連の活動を通じて、最終課題に対する自分の考えをまとめていきました。
これは、イェール大学の実践事例を参考に考案したワークです。
3つの事例を紹介しました。これらの事例は、アクティブラーニングのポイントを踏まえて使用した事例になりますが、ELSIの観点から考えると懸念点や課題はないのでしょうか。生成AIのELSI論点(岸本・カテライ・井出 2023)などを参考にしながら検討します。
まず、事例①についてです。この事例では、学生がより多くの議論内容や視点に気づくことを目的として利用しました。しかし、バイアスの論点から考えると、議論内容や視点が多様なものになっているのかについては疑問が生じます。今回の事例では、ディスカッションの問いの性質のためか、バイアスを感じることはありませんでした。しかし、ディスカッションのテーマによっては、バイアスを含む回答となる可能性があります。その点から考えると、多様な視点を得るための活用は適切なのか、あるいは目的を果たせているのかを検討していく必要がありそうです。これに対して、教員が生成AIで回答を得た際にバイアスが含まれているかを確認することが対応策になりえます。
次に、事例②、③についてです。これらでは、得られた回答について考えることで、自分の考えを深める目的がありました。しかし、ここには2点懸念があります。一まず、偽情報(幻覚)です。生成AIを利用する際の一般的な注意点として、偽情報(幻覚)が含まれる可能性が挙げられています。事例②、③では、得られた回答について考えるという学習活動を含みますが、偽情報が含まれる状態で考えるとどうなるでしょうか。とくに、偽情報だと指摘できる場合はよいかもしれませんが、そうでない場合は思考そのものの意味が小さくなったり、学習を深めることに繋がらないかもしれません。
最後に、学習者への影響です。子どもがいる保護者への調査では、生成AIを教育現場で利用することに反対する理由として、「思考力が育たなくなると思うから」、「考えずになんでも聞いてしまう癖がついてしまうから」、「個性的な考えをだせなくなるから」が挙げられています。本当にこのような状況が生成AIによって引き起こされるのかどうかははっきりとしていませんが、生成AIの長期的な社会課題の一つになり得るのではないでしょうか。事例②、③では、ワークに得られた回答について考えるという活動を組み込みました。つまり、得られた回答を何も考えずに鵜呑みにすることを避ける設計になっています。しかし、実際にワークシートに書かれた内容を見ると、得られた回答を考えることをあまりしていない様子も見られました。学習者にどのような影響があるのか、これからきっと多数出てくるであろう研究知見を踏まえながら活用することが必要です。加えて、ワークやワークシートの中に考える活動を埋め込んだり観点を設けることが対応策としてあり得ます。すでに考える活動を埋め込んでいても学生があまり考えていない様子が見られたため、教員が考え方の手順を細分化してワークに組み込んだり、考える観点を明示するといった、さらなる工夫が必要だと感じています。また長期的には、教育機関や教員が生成AIとのつきあい方を学習者に教えることが大切でしょう。それにより学習者のリテラシーを育むことができ、事例②、③の課題は解決しうると考えます。
事例②、③では、 本コラムでは、活用事例とELSIの観点からの課題を紹介しました。生成AIの教育活用はまだ始まったばかりです。まずは事例を蓄積することが大切だと思いますし、その中で適切な活用について、一緒に検討していければと思います。
執筆者:中澤 明子(東京大学)
本原稿の著作権は、著者に帰属します。