国内大学におけるELSIセンターの紹介(1)
澁川幸加(中央大学)
2024.1.15 公開
澁川幸加(中央大学)
2024.1.15 公開
JSETの重点活動領域の第4番目の領域として、2023年7月に先端科学技術とELSI部会が立ち上がりました。本部会の活動のひとつとして、テーマに関連するエッセイをお届けしていきます。
近年、倫理的・法的・社会的課題(ELSI: Ethical, Legal and Social Issues)や、RRI(Responsible Research and Innovation:責任ある研究・イノベーション)に関する取り組みを展開する拠点が国内の大学に設置され始めています。
今回は、国内大学におけるELSIセンターを4つ紹介いたします。
大阪大学社会技術共創研究センター(通称ELSIセンター)は、新規科学技術の倫理的・法的・社会的課題に関する総合的かつ学際的な研究・実践組織として、2020年4月に設置されました。
大阪大学ELSIセンターには総合研究部門、実践研究部門、協働形成研究部門の3部門が設置されています。これらの部門が連携して、学内の理工情報、医歯薬系や人文社会科学系との共同研究・マッチング、大阪大学の学生に対するELSI教育や、企業との受託・共同研究や研修の実施、様々な科学技術を対象とした市民向けワークショップを開催するなどして、研究者・産業界・行政機関・市民、国際社会などに対して広く情報発信や連携・共同研究を進めています。
ここで、大阪大学ELSIセンターの取り組みをいくつか紹介します。
ELSI NOTEでは、国内外のELSIに関する研究・実践活動の最新動向が紹介されています。2023年11月20日時点で34件のELSI NOTEがあり、「生成AI(Generative AI)の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)論点の概観:2023年3月版」や「教育データEdTechのELSI(倫理的・法的・社会的課題)を考えるための国内外ケース集」など、先端科学技術と教育に関わる記事も公開されています。
大阪大学ELSIセンターでは、新規技術に係るELSIやガバナンスのあり方などを総合的に研究するとともに、実践の支援を通じた研究活動を展開することが目指されており、学内外の研究者や組織と連携しながら、複数の「共創研究プロジェクト」が実施されています。
例えば、電通と大阪大学ELSIセンターによる「データビジネスELSI研究会」では、パーソナルデータを利活用したビジネスを実現するに当たって必ず課題となる個人情報保護やプライバシーといった問題に対して、法学、経済学、倫理学といった人文社会科学系研究の貢献の仕方を考えています。
新規科学技術に関し、その研究開発から利活用までの各段階におけるELSIを抽出し、各ステークホルダーに期待される取組や、その他新規科学技術に係るガバナンスの在り方等について総合的に研究されています。
共創プロジェクトの一つとして「教育データ利活用EdTech(エドテック)のELSI対応方策の確立とRRI実践」が展開されており、上述した国内外ケース集などが公開されています。また、その関連プロジェクトであるJST-RISTEX『科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム』プロジェクト企画調査「学習データ利活用Edtech(エドテック)のELSI論点の検討」(研究代表者:加納 圭(滋賀大学))の成果物として、「EdTech(エドテック) ELSI論点101」が公開されています。なお、英語版も公開されています。
中央大学ELSIセンターは、AI等の科学イノベーションと共存できる社会を創造するとともに、その科学技術の進化を社会実装するために必要な法制度や倫理観、さらには社会のありようについて追求し、社会の様々な課題解決を目指すために、2021年4月に設立されました。倫理的、法律的、社会的課題(ELSI)について学術的研究連携、産学官連携、人材育成に取り組んでいます。
ここで、中央大学ELSIセンターの取り組みをいくつか紹介します。
これまでに、企業や自治体、消費者など著作権などの知的財産やプライバシーなど様々な法的問題を意見交換するELSIコミュニティ活動を展開しています。これまでには例えば、デジタル庁・Web3.0研究会の報告書をもとにWeb3.0の現状と展望などが議論されています。
また、DXの展開とELSIの在り方を模索するセミナーや「AIの浸透したデジタル社会とELSIに関するワークショップ」を開催しています。そこではDXやセキュリティ、AIの課題に加え、「アバターのプライバシー問題」(石井夏生利(中央大学国際情報学部教授/中央大学ELSIセンター副所長))などの課題が議論されています。
こうした取り組みや、AIのルール作りの必要性等を解説した動画も公開されています。
2022年10月には、中央大学が日本の高等教育機関として初めてRome Call for AI Ethics (人工知能(AI)の倫理的ガイドライン)に署名しました。
Rome Call for AI Ethicsとは、2020年にバチカンで発表したAIの倫理的な利用に向けたガイドラインです。このガイドラインではAIの設計、開発、導入に対する倫理的アプローチの確立を目指し、倫理、権利、教育にまつわるコミットメントを行い、国際機関、政府、機関、民間企業が共通の責任感を持って未来を創造していくことを目指しています。AI倫理について3つの影響分野(three impact areas)(倫理、教育、権利)と6つの原則(透明性、包含、責任、公平性、信頼性、セキュリティとプライバシー)が掲げられています。中央大学の他に、これまでに、マイクロソフト、IBM、国連食糧農業機関(FAO)、ローマ教皇庁ライフアカデミー、イタリア政府などが協賛してこれに署名しました。
新潟大学研究統括機構ELSIセンターは、新潟大学における文理融合等の総合知創出に向けて、国内外の組織・研究者とも連携しつつ、新興技術に関する分野融合研究等の学際共創研究及びガバナンス研究を推進することを目的として、2023年4月に設立されました。
ここで、新潟大学ELSIセンターの取り組みをいくつか紹介します。
新潟大学ELSIセンターでは、「弱さ(vulnerability)」という概念に注目し、地域課題の解決を目指したELSI研究を進めています。日本社会は現在、少子高齢化や労働力の減少、医療ケアを必要とする人の増加、自然災害の脅威など、さまざまな「弱さ」に直面しています。新潟大学ELSIセンターでは「弱さ」にこそ新しい科学技術の研究開発のシーズがあると着目しています。
欧州ではRRI(Responsible Research and Innovation:責任ある研究・イノベーション)という、目指すべき社会像や価値に合致する研究開発を推進する考え方が提案されています。新潟大学ELSIセンターでは、ELSIを単に科学技術を規制するためのものとしてではなく、目指すべき社会像や価値を創造する視点から捉え、「弱さを強みに変える」ことを目指した活動を展開しています。
市民の方も参加できるサイエンスカフェが開催されています。これまでに「ヒトの心を扱う脳科学とその倫理 ~学際共創研究の方向性~」などのテーマで議論が行われています。
多摩大学ELSI研究センターは、先端的なAI・自動運転・メタバース等の科学イノベーションと共存できる社会を創るため、先端技術に付随する倫理的、法律的、社会的課題(ELSI)について、社会科学、人文科学及び数理科学の学際的な学問領域の専門家が連携し、研究を行っています。
ここで、多摩大学ELSI研究センターの取り組みを紹介します。
2023年夏に自動運転のAI倫理指針がISOの国際規格(39003)として発行されました。自動運転などの科学技術を発展させるには、ELSIの観点が不可欠です。多摩大学ELSI研究センターでは、自動運転の社会的受容性を高めるための公開イベントの実施や、自動運転に関する刑事模範裁判の開催などを展開し、その議論を深めています。
このコラムでは、国内大学におけるELSIセンターと、その研究や取り組みを紹介しました。国内大学のELSI施設については、引き続き調査してご紹介いたします。
これらセンターが公開している情報からELSIの諸課題やRRIの動向を把握し、先端科学技術の開発や活用をする際にお役立てください。
執筆者:澁川 幸加 (中央大学文学部特任助教 / 中央大学教育力研究開発機構 専任研究員)
本原稿の著作権は、著者に帰属します。