甘露排出行動・糖の変化

アリと共生しているアブラムシは消化不良と糖尿病になっている?

図4. アリがいるとき・いないときで変化するアブラムシの甘露排出行動

メレジトースは,化学構造的には二糖類のスクロースに単糖類グルコースを1個つなげた三糖類です。メレジトースはアリ−アブラムシ共生関係の鍵となる糖と考えられてきました。Völkl(1999)は,キク科のタンジーに寄生する4種のアブラムシの甘露を分析し,トビイロケアリと共生関係の強いアブラムシ2種の甘露にはメレジトースが含まれており,共生関係の弱い2種には含まれていなかったのです。アリによる各糖単独・混合選好性実験でもメレジトースが一番よく選ばれました。

この実験結果からも,メレジトースはアブラムシがアリを引き寄せるために体内で能動的に合成していると示唆されました。当然,当時の私は,アリがいるときの甘露にメレジトースが多く含まれていると予想したのですが,結果としては有意な差がありませんでした。

アブラムシが甘露を排出するときの行動はどのように変化したのでしょうか。アリがいるとアブラムシは,小さな甘露粒を頻繁に排出したのですが,アリがいなくなると大きな甘露粒をゆっくりと排出するようになったのです。この行動の変化は可逆的で,アリがいる・いないのどちらの状態からも変化したのです(図4&5)。

図5. アリ随伴・除去での甘露排出行動変化

図6. アリ随伴・除去下のアブラムシ甘露中の糖濃度・構成割合

図7a. アリ随伴下のアブラムシ体内における栄養代謝(予想図)

甘露中の糖含有量(%)で有意差があったのは,トレハロース,グルコース,そしてスクロースでした。アリがいるときの甘露はトレハロースとグルコースの含有量が高く,スクロースの含有量は低くなったのです(図6)。このうち,グルコースとスクロースは寄主植物カシワの溢泌液にも入っており,これを基に考察すると,以下のように考えられます。アブラムシが吸汁する篩管液にはスクロースが多量に入っていることが,溢泌液のデータからも推測できます。スクロースは,アブラムシ体内でグルコースとフラクトースに分解され,生じたグルコースはアブラムシの栄養代謝に使われます。しかし,アリがいると,アブラムシは頻繁な甘露要求に応えるために,吸汁した篩管液中のスクロースを十分に吸収・消化できないまま,篩管液の一部をそのまま甘露中に流入させていることが示唆されたのです(図a)。つまり,アリ随伴下のアブラムシ甘露にはスクロースが多く,そして本来スクロースの分解の結果として生じるはずのグルコースが減少したのです。

b. アリ除去のアブラムシ体内における栄養代謝(予想図)

対照的に,アリがいなくなると,スクロースはアブラムシ体内で十分に分解され,生じたグルコースが栄養代謝に供給されたと考えられます。植物篩管液中にもグルコースは含まれているので,結果的にグルコースは余剰となり,甘露中に排出されたと推測されます。よってアリ除去下のアブラムシ甘露には,スクロースが減少し,グルコースが増加したと示唆されます(図7b)。

また,トレハロースもアリ随伴下のアブラムシ甘露に多く含まれていました。トレハロースは,グルコースが2個結合した二糖類で,昆虫の血液中に多く含まれており,血糖としてエネルギー源になっていることが知られています。この血糖がアリ随伴下のアブラムシ甘露に多くなったということは,エネルギー源が失われたことを示唆しています。

総合すると,アリ随伴下のアブラムシは,栄養不良と糖尿病の両方に陥っていると考えられます。

ここで疑問になったのは,フラクトースの挙動です。スクロースが分解されると,グルコースとフラクトースが等モル量生じて,グルコースが余ればフラクトースも余るのではないかと考えられるのですが,結果的に差はありませんでした。フラクトースの栄養代謝については,今後の課題です。

私たちの研究では,メレジトースについて,アリ随伴下とアリ除去下の甘露で有意差は無かったのですが,Fischer et al. (2001)は,ポプラに寄生する3種のアブラムシを実験に使い,そのうち2種のアブラムシについて,アリ随伴下の甘露中のメレジトース含有量が高くなったことを明らかにしました。3種アブラムシのデータをまとめた3way-ANOVA(分散分析)からは,「アリ随伴下のアブラムシ甘露中にはメレジトース含有量が有意に高くなった」という結果でした。Fischerらは,グルコースとフラクトースについても比較しており,それらの結果は私たちの研究と同じでした。メレジトースについて,私たちの研究と,寄主植物・アブラムシ・アリのいずれも違うので,何が異なる結果をもたらしたのか分かりませんが,系が変わると結果も変わるということでしょうか。

ここまでの内容は,ドイツの進化生態学の学術雑誌Oecologiaで出版されました。

参考文献

Völkl W, Woodring J, Fischer M, Lorenz MW, Hoffmann KH. (1999) Ant-aphid mutualisms: the impact of honeydew production and honeydew sugar composition on ant preferences. Oecologia 118, 483-491.

Fischer MK, Shingleton AW. (2001) Host plant and ants influence the honeydew sugar composition of aphids. Functional Ecology 15, 544-550.

Yao I, Akimoto SI. (2001) Ant attendance changes the sugar composition of the honeydew of the drepanosiphid aphid Tuberculatus quercicola. Oecologia 128, 36-43.