博士論文(後編)

アリがいる・いないで変わるアブラムシ甘露

アブラムシから甘露を取る!!〜灼熱の石狩編〜

カシワホシブチアブラムシはアリをボディーガードにすることで、テントウムシやクモの幼虫からアブラムシコロニーを守られるようになったのですが、その代わりにアブラムシの体は小さくなり、胚子数(子供の数)も減少するようになったのです。

アリとアブラムシ動画.mp4

動画「カシワホシブチアブラムシから甘露を採餌するエゾアカヤマアリ」

約7秒後に,アブラムシが甘露を出し,アリが受け取るシーンが出てきます。その後,アリがアブラムシのお尻を叩きますが,甘露は出てきません。

なぜアリがいるとアブラムシの体が小さくなったのか?について、アブラムシが排出する甘露(honeydew)に着目しました。アリがいるとき/いないときで甘露の質や量が変わるのではないか?甘露はアリとアブラムシの接点なので、甘露の分析は避けて通れないのですが、問題は、どのようにしてアブラムシから甘露を採取するか?ということでした。アブラムシのお尻から甘露が出たときに,アリより先に,さっと採れる方法はあるのか?試行錯誤を重ねてたどり着いた方法は以下のようなものです。

コスト・ベネフィット実験と同様に,1枚のカシワ葉上で1匹のアブラムシを袋がけして,クローンのアブラムシを増殖させました。こうすることで,この葉上のクローンアブラムシのどの個体から甘露を採取しても実験結果に大きな影響を与えないと考えられます。

図1.甘露採集方法(割り箸の先にマイクロキャピラリを挟んでいる)

マイクロキャピラリは、超微量の液体を吸い取ることができる細い円筒形のガラスで、様々なサイズが販売されています。この中から0.5μLのものを選びました。長さが3cm弱で、直径が1mmあるかないかで、何とこの直径の中にさらに穴が開いていて、ストロー状の管になっているのです。これで微量の液体を吸うと、毛細管現象で液体がその管に入っていくのです。キャピラリいっぱいに、つまり3cm吸うと0.5μL採取できるというものです。当時、理化機器カタログでその製品を見つけたとき、「こんな製品があるんだ!!これならアブラムシの甘露を吸い取れるかも知れない!!」と感動し、ワクワクしながら納品を待っていました。

アリがアブラムシの甘露を採餌するとき,アブラムシのお尻を触角でトントンと叩きます。すると,小さな甘露の粒がアブラムシのお尻からプッと出てきます。この時,アリより先にマイクロキャピラリで甘露を吸い取ります。これがなかなか難しく,アリはprofessionalで,さらに生活もかかっているので負けるわけにはいかないだろう。またエゾアカヤマアリは攻撃性が強く,1匹が怒り出すとアブラムシコロニーにいる周りのアリも一斉に怒りだして,こちらに向かってくる。だけど,こちらもこちらでここで甘露を取って分析して論文を出さないと生活できない・・・。一進一退の戦いが始まった。当初は2勝8敗くらいで負けっぱなしだったが,少しずつタイミングが分かってきた。重要なのは,アリとアブラムシと実験者の3者の位置関係でした。アブラムシのお尻を頂点にして,アリと実験者が正三角形の2点に位置すると甘露を取りやすくなった。こうするとアブラムシのお尻を見ながら,アリの位置も確認できるので,アリに襲われずに済むようになった。またマイクロキャピラリを指先だけで操ることができるようになったのも,勝率が上がった要因だったように思います。

それにしても,石狩の夏は暑かった。北海道とはいえ,直射日光を遮るものがない草原は「灼熱の石狩」だった。流れる汗がアブラムシにかからないように,頭の位置をずらしながら,だけど指先の位置は動かさないようにと,端から見ると変な人だっただろう(フィールドにはほとんど人がいなかったのが良かった)。

アブラムシの甘露を取り,アリがいる場合はアリを除去してネットをかぶせます。またアリがいない場合は,プラスチックチューブを2本取り付けて,その上からチューブをつぶさないようにネットをかぶせました。そして24-48時間後に反対条件で甘露を取りました。また図1に書いたとおり,アリがアブラムシの甘露を採餌するときの行動データも取りました。

このようにして取れた甘露は,ある大学の研究室のご厚意で糖分析を行っていただきました。アブラムシの甘露には多い順にメレジトース(melezitose),フクトース(fructose)スクロース(sucrose),グルコース(glucose)が主に含まれていました。甘露中の糖は,寄主植物カシワの溢泌液(いっぴえき)中の糖とも比較しました。溢泌液にはスクロースが多く含まれており,次にグルコース,マンノース,フラクトースが続きます。興味深かったのは,溢泌液にはメレジトースが含まれていませんでした(図2)。これらのうち,マンノースを除いて,グルコース,フラクトース,スクロース,メレジトース,そしてトレハロースに対して,生体内での推測される反応式(各糖類の関係)を以下に示した(図3)。

図2. カシワ溢泌液とアブラムシ甘露のHPLC分析

図3. 各糖類の反応式(関係)