アリ随伴のコストの実験(完成編)

アリ随伴のコストの実験(ペアの袋がけ実験)

実験デザインは完成したものの,ベネフィット実験のデータ取りに加えて,コスト実験のペア処理区を維持するのは大変でした。とくにアリも捕食者も除去した処理区は,アブラムシが排出した甘露が葉の上にたまり,ベタベタとして,そのまま放置しておくと「すす病(黒いカビのようなもので覆われる)」が発生しアブラムシコロニーの衛生状態が悪くなったり,アブラムシが甘露に脚を取られ動けなくなったりと悪影響がでます。そこで,毎回袋を開けて,水を吸わせた綿棒で葉の表面をこするという掃除をしていました。

コスト実験では,アブラムシが4齢幼虫に達したときwing pad(翅の出てくるところ)が発達しているのを確認して,そのアブラムシをエタノールに入れて採集し,実験室に持ち帰って,実体顕微鏡下で測定・解剖を行いました。

問題はそこで出てくるデータの取り扱いでした。一つの処理区(1枚の葉の上)にいるアブラムシはクローンなので,10匹のアブラムシのデータが取れても,データは10個ではなく,平均値を取って1個のデータにしないといけなかったのです。10個のデータをそのまま統計に持ち込むことは「擬似反復 (Pseudo replication)」に陥っており,不当に自由度を水増ししている,ことになるのです。これは,投稿していた国際誌のレフェリーに指摘されたことでした。

平均値を取ってデータを1個にするということは,ペア処理区の数そのものがデータ数になるので,ペア処理区を20以上つくらないといけなかったのです。ベネフィットとコストの実験を同時にこなすのは大変な作業だったので,コスト実験のペア処理区を増やすことはできず,フィールドワーク3年目も終わってしまいました。

翌年4月に今の研究室に博士課程として進学しました。フィールドワークは4年目に入り,さすがに慣れてきたので,ベネフィット・コスト実験のどちらも20ペア処理区を設定・維持し,袋の数は40を越え,毎日袋を取って採集・清掃と淡々と作業をこなすことができました。

研究室に戻っては,統計の勉強で,分析方法としてペア1組をブロックとして扱う乱塊法(Randomized block ANOVA)の適用が妥当ということになりました。当時は統計学やそれを扱うソフト(SASやJMP)との格闘でした。

ベネフィット結果.pptx.pdf

図1. コロニーの生残率

捕食者がいたコロニーの割合.pdf

図2. 捕食者が観察されたコロニー数

捕食者リスト.pdf

図3. 捕食者リスト

アリ随伴のベネフィットの実験(結果)

図1は,ベネフィット実験の結果です。X軸は日数,Y軸はコロニーの生残率です。アリ随伴(ant-attended)コロニー・アリ除去(ant-excluded)コロニー共に,実験開始10日頃までは差は見られなかったのですが,14日頃からはアリ除去コロニーの方が絶滅に向かっているのが分かります。結局26日目には,設定した22コロニー全てが絶滅しました。アリ随伴コロニーは30日過ぎても50%が生き残りました。生存時間分析から両者には有意な差が認められ,アリ随伴はアブラムシコロニーの生残率を高めることが明らかになりました。

実際にアリ除去コロニーには,フクログモの幼虫の他,多種の捕食者が観察されました(図2と図3)。ホソヒラタアブの幼虫は両処理区のコロニーで同じくらいの数が観察されましたが,アリはヒラタアブ幼虫を攻撃する様子は見られず,ヒラタアブ幼虫は自らのにおいをアリと同じにおいに偽装しているのではないかと考えられます。

アブラムシの天敵としてテントウムシがよく挙げられますが,この結果ではその数がとても少なかったことが分かりました。この実験デザインでは,捕食者を除去するために枝に忌避剤を塗っていたので,枝から枝へと歩いて移動する特性があるテントウムシも除去してしまったと考えています。クモは糸をつかって葉から葉へと移動できるのでしょう。しかしながら,フィールドでは,アリに攻撃されながらも重戦車のようにアブラムシコロニーに突っ込んでいくテントウムシが頻繁に観察されており,潜在的には非常に有力なプレデターであることは言えるでしょう。

cost measurement.pdf

アリ随伴のコストの実験(結果)

4齢幼虫の体サイズとして体幅を,そしてアブラムシでは安定な形態形質とされる後脚腿節を計測しました。また解剖して,成熟胚子(赤い眼点ができている)数とそれ以外の胚子を合わせた総胚子数を数えました。採集した幼虫の時期を,寄主植物カシワの栄養状態を考慮して,期間1(7/23〜8/11)と期間2(8/12〜8/31)の2つに分けました。

コスト実験結果.pdf

その結果,期間1と期間2を合わせると,アリ除去アブラムシは体幅・後脚腿節が大きく,総胚子数も多くなりました。期間1は期間2に比べ大きな差がありましたが,期間2はほとんど差がありませんでした。植物の栄養状態が良いときは,アリの有無がアブラムシの生理状態に大きな影響を与えていますが,植物の栄養状態が悪くなると,いくらアリが甘露を催促しても「出せない物は出せない!!」という状況になっているのではないかと考えています。

「アリ随伴にはベネフィットとコストがある」、つまり「アリと共生するアブラムシはコロニー全滅は免れるが、同時に体サイズ・子供の数は減少するという、身を削ってアリと共生するように進化してきたということが、4年かかってようやく明らかにすることができました。

この研究の内容は、共著者の方々のサポートを受けて、進化生態学の分野で著名な国際誌に受理され、掲載号ではトップページで扱われました。この研究は現在125本のアリーアブラムシ共生関係の論文に引用されています。

ここまでが博士論文の前半部です。後半は,「なぜアリと共生するとアブラムシの体サイズや胚子数が減少するのか?」について,「アブラムシの甘露」に着目し,アリの有無によって甘露の質と量が変化することを調べた内容です。

参考文献

Yao I, Shibao H, and Akimoto S (2000) Costs and benefits of ant attendance to the drepanosiphid aphid Tuberculatus quercicola. Oikos 89. 3-10.