アリと共生するアブラムシの仲間は少ない?

エゾアカヤマアリとカシワホシブチアブラムシ

エゾアカヤマアリとカシワホシブチアブラムシ

大事に育てていた観葉植物や野菜に,いつの間にかアブラムシがびっしり付いていたという経験はありませんか?そのアブラムシの周りをアリがチョロチョロと忙しく集まっていることもあります。アブラムシもアリも身近な生き物なので,昔から研究の対象になってきました。アリとアブラムシはいつも一緒にいるわけではありません。アリが来ないアブラムシもいます。実は,アリが来ないアブラムシの種類の方が多いのです。なぜでしょうか?アブラムシは,長い進化の過程で,アリと共に生きることを選んだものとアリを必要としないものの2つのタイプに分かれ,それぞれの生き方に合わせて,体のつくりや行動が進化してきたのです。アリと共生する道を選んだアブラムシは、最強のボディーガードを手に入れたように見えますが、思わぬデメリットもありました。このホームページでは,アリと共生するアブラムシの知られざる苦労話をご紹介しましょう。

ここでは,カシワの木の葉に付くアブラムシ(カシワホシブチアブラムシ, Tuberculatus macrotuberculatus)とアリ(エゾアカヤマアリ, Formica yessensis)を主な研究材料として,私が博士課程で取り組んだ内容について解説します。

アリと共生するアブラムシは少ない

アリは小さい生き物ですが、噛まれると痛いですね。ましてそれが集団になって行動し、狭いところにも入っていけたり、水面を泳いだり(歩く)する種類もいます。アリは地上最強の生き物と言っていいかもしれません。そのアリをボディーガードに雇うことができれば、怖いものは何も無くなるでしょう。

アブラムシは植物の汁(篩管液)を吸って、お尻から甘露(甘い蜜)を出します。アリは甘露を目当てにやってきて、アブラムシのお尻を触角でポンポンとたたき、甘露が出てくるのを待ちます。アリがアブラムシの側にいると,テントウムシなどの捕食者はなかなかアブラムシのコロニーに近づくことができません。エゾアカヤマアリは攻撃性が強いので,ほとんどの捕食者はすぐに撃退されます。さらにアリは甘露を食べるので、葉の上は清潔な状態が保たれます。アリがいなくなると、甘露は葉の上に落ちます。甘露は砂糖水のようなものですから、次第に葉が雑菌などで黒くなってきます。アリはアブラムシコロニーの衛生状態も良好に維持してくれます。

そんな良いことずくめのアリとの共生関係ですが、アリと共生しているアブラムシの仲間は実際には少ないということが、Bristowら(1991)によって報告されたのです。ロッキー山脈系のフィールドでは、調べたアブラムシの数の約25%のアブラムシだけがアリと共生していました。「なぜアリと共生するアブラムシはそんなに少ないのか?」これがBristowら(1991)の論文タイトルです。それまで「共生関係は良いことだ」という主旨の論文が多かっただけに、まさにエポックメーキングな論文でした。

Bristowは,他の研究者のアリ−アブラムシ共生関係の論文をまとめる形式で,アリ−アブラムシ共生関係を促進する,あるいは妨げる潜在的な要因を挙げています。系統的な制約,寄主植物の介在,アブラムシの形態,アリ以外の対捕食者防御,そしてボディーガードとして適当なアリが周囲にいるか・・・など,いずれの要因も統計的な検証を行っているわけではありませんが,その着眼点は,後に何人かの研究者がヒントにしています。面白いのは,「大型のアブラムシはアリと共生する傾向がある・・・」という説です。大型のアブラムシは口吻も長く,いったん葉に突き刺して篩管液を吸い出すと,捕食者が近づいてきても,長い口吻を抜くのに時間がかかり,速く逃げることが難しく,そのためアリと共生している・・・という訳です。「ホンマかいな・・・?」とも思える説だったのですが,何と2005年にShingletonらによってこの説が検証されました。Chaitophorus属アブラムシを研究材料にした分子系統樹を構築し,系統関係を考慮した種間比較法を用いて実証したのです(Shingleton et al., 2005)。この研究からも分かるように,Bristowの挙げた仮説は,新規研究の発想の源になっているのです。


  • Bristow, C.M. (1991) Why are so few aphids ant-tended? Ant-plant Interactions (ed. by C. R. Huxley and D. F. Culter), pp. 104-119. Oxford University Press, Oxford.

  • Shingleton, A.W., Stern, D.L., and Foster, W.A. (2005) The origin of a mutualism: a morphological trait promoting the evolution of ant-aphid mutualisms. Evolution 59.921-926.