長府藩(長門府中藩・豊浦藩)には、田宮掃部助長家の弟子・渡辺三右衛門の田宮流が伝わり、明治維新に至るまで伝承されました。
田宮対馬守
└ 田宮対馬守
└ 田宮掃部助
└ 渡邉三右衛門
└ 熊谷儀兵衛
└ 細川市正
└ 細川彦左衛門
└ 入江官兵衛
└ 国司七郎右衛門
└ 田坂右衛門
└ 益田信右衛門兼芝
├ 中川荒助
└ 小川勝明(豊浦中学校撃剣部師範)
└ 村田長一(大正十年九月剣道教士)
当流には渡辺三右衛門は田宮平兵衛(掃部助)の従弟であるとの伝承があったようです。
一渡辺三右衛門ハ紀州丹宮平兵衛弟子、実ハ従弟也
― 下関市市史編修委員会 編『下関市史 資料編2』, 平成2
『斎藤新太郎の廻国修行と大村藩』によれば、神道無念流・斎藤新太郎は嘉永二年の廻国修行の折、当流師範であった益田信右衛門兼芝の下へ訪れています。
『傳記 第四巻 第七号』に掲載されている山口県出身の評論家・横山健堂による「擬刀談」によれば、当流の形稽古では「真剣と同様の拵えの木刀」が使用されていたようです。
私が書斎にもつてゐる木刀は、舊長府藩、田宮流の形を演ずるに用ひたもので、鍔も鞘も揃つて外見は眞刀である。
― 『伝記』, 1937
乃木希典陸軍大将が学んだという田宮流も当系統のものであると考えられます。大正~昭和記に活躍した当流の剣客に、村田長一剣道教士がいます。
『剣道家写真名鑑』より村田長一教士
伊予宇和島藩には、興味深い伝系を持つ田宮流が伝承されました。当初宇和島藩には、天野権平正勝という人物を伝系の筆頭とする居合(田宮流か)が伝えられたようです。天野から数えて五代目にあたる宇和島藩士・杉山覚右衛門忠弘は、宝暦元年七月より紀州藩へ剣術修行に赴き、当時の田宮流指南役であった田宮千左衛門侶久に師事したのち帰郷します。以降明治維新に至るまで、当流の師範が藩の剣術指南役を担いました。
伝系1
天野権平正勝
└ 五条三太夫一乗
└ 西村七郎兵衛正勝
└ 長野水音郷命
└ 杉山覚右衛門忠弘
伝系2
田宮対馬守長勝
└ 田宮掃部助長家
└ 田宮三之助朝成
└ 田宮次郎右衛門成常 ※1
└ 田宮千左衛門偏久 ※2
└ 杉山覚右衛門忠弘(以降伝系1と合流)
└ 鈴木弥治右衛門直喬
└ 鈴木和太夫直賢
├ 鈴木和太夫直吉
| ├ 物部醒満(鈴木震吉)
| └ 得能亜斯登
|
├ 葛西一平
└ 田都味嘉門(のち窪田派田宮流を習得し教授)
※1当流伝書には「田宮次郎右衛門成常」とあるが、田宮次郎右衛門の諱は「成道」が正しい
※2当流伝書には「田宮千左衛門偏久」とあるが、田宮千左衛門の諱は「侶久」が正しい
天保の頃、当系統を指南役・鈴木和大夫(直賢か)に学んだ田都味(多都味)嘉門が江戸の窪田助太郎清音の門に入り、免許皆伝を得た後に帰郷し「窪田派田宮流」として藩内に教授しました。田都味の弟子には明治期に大審院長を務めた児島惟謙、大阪財界指導者の土居通夫や、剣術師範の葛西辰三などがいます。また従来の指南家である鈴木家の人物には、新政府下で藩政の要職を歴任した物部醒満(鈴木震吉)がいます。
宇和島藩の支藩・伊予吉田藩では七代藩主・伊達宗翰公が武道を奨励し、紀州藩の田宮流を自藩へ呼び込むことを熱望したとされます。藩士佐竹良幹が選ばれて紀州藩に赴き、同地で五年間学び帰郷の後に藩内に教授しました。佐竹良幹の子の良長は父に就いて田宮流を修行し、さらに十八歳の時江戸へ赴き田宮流師範・福王小平次に師事して皆伝を受けます。父の後を継いで剣術指南役となり、明治維新後も邸内に道場を設けて子弟を教育しました。
紀州藩田宮流(田宮熊五郎か)
└ 佐竹藤弥良幹
├ 今村磯右衛門元晟
├ 高辻喜十郎
└ 佐竹藤摩良長(父に加え、紀州藩士・福王小平次にも師事)
長府藩関係資料
下関市市史編修委員会 編『下関市史 資料編2』, 下関市, 平成2, 755p.
田端 真弓・山田理恵著『斎藤新太郎の廻国修行と大村藩:『諸州脩行英名?』(弘化4―嘉永2年)ならびに『脩行中諸藩芳名録』(嘉永2年)の史料批判を通して』https://nifs-k.repo.nii.ac.jp/records/603#
『伝記』4(7),伝記学会,1937-07. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1486505 (参照 2024-06-24), コマ2-3
画像
剣道家写真名鑑刊行会 編『剣道家写真名鑑』,剣道家写真名鑑刊行会,大正13, 29p. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/967304 (参照 2024-06-24), コマ29
長府藩関係資料
『豊中四十年』,山口県立豊浦中学校校友会,昭和15, 323-354p. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1034017 (参照 2024-06-24)
豊浦高等学校沿革史編纂委員会 編『豊浦高等学校沿革史』,豊浦高等学校,1964, 270-272p. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9581219 (参照 2024-06-24), コマ152-153
伊予宇和島藩関係資料
近代史文庫宇和島研究会 編『宇和島藩庁伊達家史料4 家中由緒書 上』近代史文庫宇和島研究会, 1978.
近代史文庫宇和島研究会 編『宇和島藩庁伊達家史料5 家中由緒書 中』近代史文庫宇和島研究会, 1979.
近代史文庫宇和島研究会 編『宇和島藩庁伊達家史料6 家中由緒書 下』近代史文庫宇和島研究会, 1980.
伊予吉田藩関係資料
城戸八洲 編『先哲人名辞典伊予偉人録』,愛媛県文化協会,昭11, 225-226p. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1221272 (参照 2024-06-24), コマ134-135
甲斐順宜 著『落葉のはきよせ』,甲斐順宜,大正10, 31-34p. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/965274 (参照 2024-06-24), コマ59-61