砂漠の井戸を探して
長い間「星の王子さま」に対する私の思いを綴ってきましたが、お話も大詰め、私の感想文もこれを最後にと思っています。今回取り上げるのは井戸の場面、私は特にこの部分がとても好きなのです。キツネとの別れの後、転轍夫やのどの渇きを止める丸薬売りに出会い、またしても人間って奇妙だなと感じた王子。9章で王子が星を後にして以来ずっと、飛行士に出会う以前の王子の旅の様子が語られてきましたが、この24章で再び飛行士が場面に登場し王子と会話しています。本を実際に読まれた方は気づかれたでしょうか?この物語には3つの時間軸があり、それに応じた複雑な語り方がされていることに。
その1つは王子との出会いの6年後に飛行士がこの物語を語る「今」の時間。もう1つは王子が地球にやってきて色々な体験をした「1年間」。そして最後は飛行士が砂漠で王子に会い、飛行機の修理をしながら王子の話を聴きその心を理解していく「9日間」。とても自然に書かれているので見逃されがちですが、この24章で話は「9日間」の時間軸に戻り、3つの時間の輪が重なりながら閉じようとし始めます。つまり語り手は王子の体験を概ね語り終え、一方王子は明日には星に戻ろうと考え、飛行士は水が尽きて命の危険を間近に感じているのです。
さて、王子が「友達のキツネが…」と話始めると飛行士は「キツネどころではない」と当初は王子のたわごとなどに付き合ってはいられない様子。「僕だって泉の方にゆっくりと歩いていきたい」と続ける飛行士。この部分は「出来れば行きたい」か「出来れば行きたいが現実にはそうはいかない」という二通りに訳すことができるのですが、常識的には砂漠で井戸が簡単に見つかるはずはないのですから後者の方が妥当でしょう。王子の話を一週間聴き続け、花の話を聴いた7章では思わず王子を抱きしめた飛行士でしたが、命がかかるとなればやはり「修理」優先、飛行士の職業意識を忘れない常識的な「大人」です。「僕だって喉が渇いているんだ、井戸を探しに行こう」という王子の言葉にも、砂漠で井戸なんてと投げやりな気持ちを露わにします。先ほどの後者の訳に従えば、飛行士は砂漠で水を見つけるのは無理だと考えているのです。
でも何故か彼は王子とともに歩き始めるのです。ここが私には物語の大きな転回点のように思えます。立派な「大人」が、生死の問題を越えて王子の心に歩み寄る、寄り添う!小説冒頭では大人の世界についぞ馴染めずに生きてきたと語っていた飛行士ですが、王子と会ってからの7日間もやはり基本的には職業飛行士であり、命の惜しい「大人」です。どうせ王子など飢えも渇きも感じない絵空事の存在なのだろうと心のどこかで思っている「真面目な」「大人」です。それがここで突然王子の言葉に従い、見つかりそうもない砂漠の井戸を探して命を賭した一歩を踏み出すのです。確かに長く生きてきた人間にとって大きく変わることはとても難しいことです。習慣の中で養われた生の舵取りの方法は自分を守ってくれる枠組みでもありますから、簡単には変えられない。何らかの事情で変更が必要になったとしてもそれを変える、手放すのはとても怖い。けれど、そのような変化の高い壁がここではただcepandant (英語のhoweverに似た接続詞)の一語ですっと跳び越されている。
二人は歩き出します。王子と飛行士が運命共同体のようなnous (私たち)の語で括られるのもこの章が初めてです。静寂の支配する砂漠を何時間も歩くうちに日は落ち、星が輝く。渇きのせいで熱っぽく、目に映る光景は夢のようです。「水は心にもいいのかもしれない」と王子。王子の中ではどうやら「命」より「心」の方が高い場所にあるようです。疲れた二人は並んで座り込み、月光に照らされて波打つ砂漠を眺めます。ここでの飛行士の感覚は現在形で語られています。永遠性を感じさせる現在とでも言うべき表現なのでしょう。「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠し持っているからだ」という王子の言葉に突然、飛行士は子どもの頃に暮らした家、そこに隠されているという宝の伝説のことを思い出し、「ああ、僕の家もその奥に秘密を隠していたんだ」とつぶやきます。目に見えないものこそが美しさを生むという王子の言葉に深く共感したのです!王子との間に真の絆を感じたのです!実感を持って子どもの心を取り戻したのです!眠ってしまった王子を抱き、心揺さぶられながら、飛行士は歩み続けます。どこか現実味の薄い存在だった王子が今は彼の腕の中で宝のように感じられます。抱くという行為は象徴的でもあります。母親が生まれた我が子を抱くとき、その重みは娘を母に変えます。重みの実感が愛と責任感を生むのです。飛行士にとり王子は今にもこわれてしまいそうな貴重な宝。月光に照らされたほの白い額も、閉じた目も、風にそよぐ髪も…。飛行士はこのとき、薔薇への忠誠心が王子を内側から輝かせていることにも気付きます。「命」から「心」へと飛行士の中で価値の転換が起こったその明け方、不思議なことに砂漠の真只中で井戸が見つかるのです。
砂漠には似つかわしくない「村の井戸」のような井戸で、喉の渇きを癒すだけではなく心まで潤わせる水を飲んだ二人。その後王子の秘められた星への帰還計画が少しずつ明らかになってきます。どうやら蛇の毒の力を借りるようです。
翌朝、首尾よく飛行機の修理を終えて戻ってきた飛行士は胸騒ぎを覚えます。王子は今日自分も星へ帰るのだと告げます。花に責任があるのだというのです。王子もこわがっています。飛行士は止めようとします。でも、最後に王子は微笑みながら「夜に星を眺めて。僕はそのどれかにいるのだから君にはすべての星が笑っているようにみえるよ。五億の鈴のように」と言い残し、一本の木が倒れるように静かに倒れます。明るくなっても身体は見つかりませんでした。
このように絆が生まれ、飛行士が「心」を取り戻したのと時を同じくして星へ帰って行った王子。彼は決して超自然の存在としてかき消えたわけではなく、命をもち、死を恐れながらも、花への愛情と責任感から敢えて星に帰ることを選んだのです。物語の結末は曖昧で、まるで宇宙の深淵に吸い込まれるようにして姿を消した王子が、自らの命を犠牲にしたのか他の方法で星に戻ったのかは分かりません。それはこの本の出版後に志願してフランス軍の実戦勤務に就き、一年後に偵察飛行の途中で行方不明になった(ずっと後に撃墜されていたことが判明する)作者自身の最後と不思議に似通っています。
詩的な言葉で綴られ、飛行士の心を変えたように読む者の心にも深い陰影を投げかけるこの物語は、様々な意味を含み、読むたびに新たな感銘を残してくれる作品です。その豊かさをお伝えしたくて書き始めた私の小文が、読んで下さった皆さんの王子との新たな旅への導きの糸になってくれれば望外の幸せです。
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