懐(なつ)かせる
王子が分かり合える話し相手は、奇妙な人間たち(飛行士は別として)ではなく動物。蛇の次に登場するのはキツネです。キツネというとずる賢い動物というイメージがありますが、孤独な中継基地の生活でキツネと暮らしたという作者には、何とも懐かしい存在であったはず。物語の中でもこの動物には大切な役割が与えられています。
自分の大事な花がありふれた存在にすぎないことに気づかされた王子は、草に突っ伏して泣きます。自分も大した王子なんかじゃない、それが王子の涙の理由です。その時キツネが現れます。悲しいから一緒に遊ぼうという王子に、キツネは、友達になるには「懐かせてくれなければ」というのです。そう、「懐かせる」がここでのキーワード。フランス語のapprivoiserは元々動物を飼いならすという意味ですが、ここでは特別な意味の言葉として使われています。これは「絆をつくること」なのだとキツネは言います。人間は忘れがちだけど、辛抱強く時間をかけて少しずつ近付き、慣れ親しんでいくことが大事。言葉はかえって誤解のもと。じっくり馴染んで絆をつくったもののことしか本当にはわからない。絆をつくったときはじめて相手は自分にとってかけがえのない存在になるのだというのです。他の人とは違う君の足音を聞き分けられるようになる!君の金色の髪を思い出させる麦畑に吹く風の音が好きになる!言葉から音や光景がさっと立ち現れる美しい場面です。
この物語のそこここに作者の人間社会に対する違和感が埋め込まれています。その一つは人の「言葉」に対する不信。この文の初回ですでに触れましたが、常識的な大人の言葉はものの本質に届かないという考え。また、王子は花の言葉など聞くべきではなかったと悔いています。何を言ったかではなく何をしたかで判断すべきだったという王子の気づき。
そして、キツネの「言葉は誤解のもと」という知恵。ここでは表面的な言葉に対する作者の不信が透けてみえます。そして、もう一つは「時間」をかけることを忘れてしまった現代に対する批判。こちらはキツネの場面の「懐かせる」というキーワード、その後に出てくる特急の王子の目から見ると無意味な速さ、丸薬売りの時間節約の話などに見て取れます。時間は命の単位。命の流れを前に前にと進めるもの。時計の針を今すぐ止めて、時という価値をそのまま金庫にしまって置きたいような気にもなりますが、そして飛行機の修理に必死になっている飛行士は王子の目からは、そんな命の保管に懸命な姿に見えたのかもしれませんが、キツネに言わせれば、時間は他者との絆を深めるために使うべきもの。節約したりため込んだりするものではないのです。相手のために手を掛けた時間。また、一緒にいたね、見たね、やったねという共同体験の時間。そんな時間の積み重ね。それが、人と人との関係を深め、命を豊かにしていく。親子、恋人同士、友人間などでそんな豊かな時間を持てるということが、ただ命にしがみついていることよりも大切なことなのだ、それがキツネの教え。別れの時にキツネは言います。そうやって「懐かせたもの」には責任があるのだと。その言葉は王子に響きます。そして、私たちにも響きます。人に限らずものに対しても私たちはだんだん手軽に便利に利用することしかしなくなってはいないか。責任を忘れてはいないか。
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