本当はもっともっと行きたかったのに
なにかしら不思議さを漂わせながらすうっと飛行士の心に入り込むように自然に存在し始めた王子。どこから来たのか、誰なのか、語り手の飛行士にはまるで分からない。王子の方からはいろいろ子どもらしい素朴な質問をしてくるのだけれど、飛行士が投げかける問いには、まるでそれが耳に入らぬかのように何も答えない。そして奇妙に大人びた物思いに沈み込む。
私は王子の物語を読むのに、加藤恭子さんの本(*)から沢山のヒントをいただきました。この"答えない人"のイメージもその一つ。ここに子どもの無邪気さと、恋や生活に悩み疲れた大人の心をあわせ持つ王子の存在の不思議な奥行きが表されているように思います。王子は、作者、あるいは語り手である飛行士の、子ども時代の"自分"であるとする読み手もいるけれど、物語の描かれようはあくまでも、どんな読み方をも許容する深みを湛えています。
質問には直接答えない王子の存在の謎に光がさすのは、「じゃあ、君も空からやってきたんだね。どの星からなの?」などという王子の言葉から。ではどこかの星からやってきたのだなと語り手は少しずつ王子のこれまでの生活の様子を思い描いていくのです。
羊の箱が夜には家にも使えると喜んでいる王子に、じゃあ、羊をつなぐ綱と杭もあげようと申し出ると、王子はひどくショックをうけた様子。"つなぐ"という当たり前のことが、どうやら王子の目には奇妙な行為に映るらしい。つながなけりゃ、羊は逃げて迷子になるという飛行士に、王子は「僕んとこは、とっても小さいんだ。まっすぐ前に進もうったって、そう遠くまでは行けないんだよ。」と何とはなしに哀しそうに答えます。
加藤さんによれば、進むという動詞の主語には、羊を具体的に指す"il"ではなく、漠然としてはいるけれども、もっと一般的な意味を持ちうる"on"が使われている。その結果、この言葉は、羊のことだけでなく、人間一般の真実をあらわす響きを帯びているのだというのです。加藤さんの深い読みに、私も心を揺さぶられました。加藤さんは書きます。
(本当はもっともっと行きたかったのに、まっすぐ前にずーっと歩きたかったのに。
そして、行けると思っていたのに...)"on...soi"のコンビネーションは、私たちのおそらくは誰もが抱いている悲しみに、じかに触れてくるのです。
こうして、王子の星が家ほどの小ささであること、羊が必要なのは、放っておくと星をすぐに覆い尽くしてしまうバオバブの木(なんという迫力のある絵が添えられていることでしょう!)も、小さいうちならば、羊が食べてくれるからなのだということなどがわかってきます。王子は毎日星の手入れに追われる堅実な生活者でもあったらしいのです。
そんな王子の唯一の楽しみは、夕陽を眺めること。ちょっと椅子をずらせば、何度でも夕陽を見ることが出来るという小さな星で、なんと44回も日の入りを眺めたことがあるといいます。「だって、とっても哀しいときには、夕陽をみたくなるものでしょ。」と王子。一方では、ころころと鈴を鳴らすように無邪気に笑う王子には、そんな存在の哀しみがついてまわります。その哀しみの理由は一体何だったのでしょうか。
*「星の王子さま」をフランス語で読む 加藤恭子
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