現役時代は「たわごと : Comments」として不定期に書き込んでいました。参照はこちらhttps://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/kuga-lab/たわごと。ここでは退職後のモロモロをブログ的に載せていきます。(「ブログ的」というのは当日に書くだけではなく後から書いたり書き変えたりするからです)
ひょんなことから麻布麻雀同好会でジビエ肉も食べる "獣臭 BBQ" をすることになり、なぜか私がジビエ肉の調達担当となりました。いきさつを説明し始めると長くなるので省略しますが、なんとか鹿肉、猪肉を手に入れてきました。ブロックの鹿肉と猪肉は「箱根産」ですが、刺身用の鹿肉はなぜかニュージーランド産です。いずれも冷凍物です。
前々日 (5/3) から解凍を始め、前日 (5/4) の夕方に適当にスライスして会場に持ち込みました。
麻雀同好会以外の人も参加したので総勢 20 名弱となりなかなかの盛会でした。
芝桜が咲きはじめました。ただ奇妙なことに今年の 4 月 4 日に植えたものが先に咲きはじめ去年の 9 月に植えたもの (左上の部分) は大きく成長しているにもかかわらず咲く気配がありません。この写真は 4月 21 日に撮影したものです。
去年植えた芝桜も盛んに咲きはじめました。この写真は 5 月 11 日に撮ったものです。
web 情報によると芝桜が咲くには日当たりが重要とのことです。おそらくある時点 (例えば立春) からの積算日照時間が効いているのでしょうかねえ。今年植えたものは業者が日当たりのいい場所で育てたものなので我が家に来てからすぐに咲きはじめ、昨年植えたものは日当たりが悪かったのでやっと咲きはじめたというところでしょうか。自然はいろいろなことを教えてくれて偉大ですね。
6 年ぶりに箱根ランフェスの Fuji View Run (Half) に参加しました。第 2 回大会 (2019) でなんとか完走し、第 3 回大会にもエントリーしたのですがコロナの影響で中止となってしまいました。その後の数年はいつ復活するかをチェックしていたのですが最近は怠っていました。ただ 4 月上旬に知り合いから去年から復活していると聞き、飛び入りで参加できるのならば参加することにしました。
主催者に連絡したところ当日受付もありということなので走ることができました。ただ、さすがに 2 週間では体調を整えることができず、結果はさんざんでした ( 6 年前よりも 30 分以上遅かった!)。まあ公式記録は取らず単に楽しめればいいといった大会なので、それなりに満足できました。微妙な言い方なのは、この日は季節外れの暑さ (最高気温 26 ℃) で霞がかかってしまい、富士山がよく見えなかったからです。いちおう見えてはいるのですが、さてどこにあるでしょうか ?
ヒントは 6 年前にほぼ同じ場所から見えた富士山です。この日は 10 ℃ くらいだったので空気も澄んでおり綺麗に見えました。
復路の湖尻峠では谷川真理が休憩していました。そばには「お供のもの」が荷物を持って控えています。
昨年の9月ごろ芝桜を植えたのですが (左上の少し薄茶色に見えるところ)、それに追加して今年も植えました。比べてみると昨年植えたものは確かに少し広がっています。今年花が咲くかどうかは分かりませんが、まあのんびりと楽しみましょう。
ただ最近はモグラが活発に庭を耕してくれるので、その対策として彼岸花 (の球根) も周囲に植えました。モグラは植物の根は食べないようなのですが、植物の根を "浮き上がらせて" しまうと枯れる原因となりそうです。うまく折り合いをつけてできれば共存したいですね。
今日咲いたというわけではないのですが、昨年植えた沈丁花が咲きました。懐かしい香りを放っています。ただ、やはり箱根仙石原には向かないのでしょうか。葉が黄色く変色し、先っぽも黒くなっています。どうやら黒点病になっているみたいです。この病気にかかると対策はないようなので、残念ながら枯れてしまうようです。仙石原で沈丁花を見たことがないのはやはり気候的にあっていないということなのでしょうか。まあ自然の力には逆らえないので従うことにします。
今年もすすき草原の山焼きが行われました。2 月中頃までは雨や雪が少なかったのですが、それ以降は雪や雨が多く何度も延期されてきました。今日がおそらく最後のチャンスです。
また今年は見物会場が設置されていました。コロナの影響で見送られていたのですが復活しました。
ただ昨晩の雨のせいで火が付きにくいのか、例年とは逆方向からの風 (南風) なので、なかなか火が燃え広がりません。動画で手前に見える炎は奥の方に燃え広がっていきますが、奥の炎はすぐに消えてしまいます。煙が流れる方向からもうなづける燃え広がり方です。
この動画は 12:35 頃の様子で、例年ならば午前の部はとっくに終わっている時間です。
結局、例年とは違う所 (すすき草原の南側) から火を付け、ようやく一気に燃え広がりました。この動画は 13:12 頃の様子です。
最後はすすき草原の一番南側に残った部分を焼いて午前の部は終了です。13:25 頃です。
さすがにお腹が減ったので家で昼食を済ませてから現場に戻ったら、午後の部はちょうど終わったところでした。みなさん昼食抜きで頑張ったのでしょうね。お疲れ様でした。
今シーズンは雨も雪もほとんど降らないのでつつじ通りの脇にある池が干上がりかけています。2024年4月11日 湧水? では湧水かと思っていたものは実は水中の土管 (たぶん雨水管) から出ていたものと思われます。
反対側から見ると土管の上部にはたくさん穴が空いており大雨の時はこの穴から水が溢れ出すのでしょう。
仙石原のすすき草原沿いの歩道を歩いていたら「神界」と刻まれた石の標識を見つけました。神界の意味を web 検索すると宗教的なことよりもゲームの話が出てきたり、、、よく分かりません。ただ結界の一種だとすると何ヶ所にもなければいけなそうです。
2 m くらい離れたすぐ横に同じような石柱はありますがこちらには標高らしき数字 (たぶん違う) が刻まれています。二つの石柱の間を通ると神々の世界に行けるのかも、、、ただ現実には柵があって立ち入れなくなっています。
ACF (Alps Cycle Frends) の新年会にゲスト参加することになり軽井沢に行きました。今回は普通に横川まで輪行して碓氷峠を越えます。
ただせっかくなのでアプトの道を通ることにしました。ここは信越本線の軌道を利用した遊歩道となっており、自転車には乗れないので押し歩きです。
途中でトロッコ列車とすれ違いました。
旧丸山変電所です。碓氷峠を越える区間は日本で初めて電化されたそうで、この変電所で送電されてきた交流を直流に変換していたそうです。
いくつかのトンネルを抜けると
めがね橋 (碓氷第三橋梁) に到着です。
めがね橋の先は、終点 (熊ノ平) までトンネルの割合が高くなり、蒸気機関車の煙を逃がすための横穴も増えてきました。
熊ノ平から先は国道 18 号を登って碓氷峠に到着です。
仲間の一人はこのあと釧路に行き雪原 (氷原?) を走るのでスパイクタイヤを着けていました。
軽井沢の宿に到着です。立派な薪ストーブもあります。
新年会は大いに盛り上がりましたが写真はありません。翌日、軽井沢内を少しポタリングしたあと和美 (わみ) 峠を越えて下仁田に行きます。峠の少し手前で浅間山にもお別れです。残念ながら雲がかかっていました。
山サイの好きな仲間がほぼ等高線に沿って裏妙義に抜ける道 (妙義荒船林道) を走りたいと言っていましたが、かなり前に廃道となり道はとっても荒れているようです。日が長くなったら装備を整えて挑戦しましょう。
下仁田かつ丼で有名なお店でしたが、お休みでした。残念〜! 他のお店で下仁田かつ丼を食べてから、帰宅しました。
あまり理由は定かではないのですが、卒業してから麻布には近づかないようにしていました。多分何か理由 (意地 ?) はあったのかもしれませんが、なんだったのか忘れてしまったのでほぼ 50 年ぶりに新年会に参加することにしました。
新年会は 15 時からということと旗の台での用事が 12 時には終わってしまったので、麻布まで歩いて行くことにしました。天気もいいし、、、
途中の武蔵小山にはタワーマンションが何棟か建っておりアーケードの商店街は人で溢れていました。自転車で走ってはいけないのですが、昔は無視して走る人もいました。ただこの混雑ではとても走れません。
目黒線が地下化したところは細長い公園になっていたりもしましたが、住宅も建っていました。STYLIO MUSASHI-KOYAMA というようですが、下を電車が走っているのは気にならないのかなあ? 個人的には嫌ですね。
目黒駅を通り過ぎたところにある白金迎賓館の跡地です。小・中学校の頃は知り合いからタダ券をもらうこともあったのでよくプールに入りに来ました。森の中にブールがあり鷺沼のプールとは大違いです。いやあ懐かしい、、、あ、鷺沼のプールも好きでしたよ。ここは今は東京都庭園美術館となっています。なお今「白金迎賓館」で検索するとこの近くの結婚式場が出てきます。
天現寺橋の交差点です。小学校の頃は都電の路線が通っており車も増え始めた時代なのでいつも混雑していました。今は歩道橋の上から都電の姿を妄想するしかないようです。
広尾には着いたのですが、新年会まではまだ時間があるので学校とは逆方向にある昔よく通った文房具店を探しに行きました。ありました。奥本いろは堂です。お店の人に話を聞いたらもう 110 年も続いているそうです。
中学の頃はアメリカンフットボール人気が少し盛り上がっており、Miami Dolphins などのグッズも買っていました。結構珍しいものがたくさん置いてあり見ているだけで飽きませんでした。なお麻布には AZABU BALL なるものがあります。今もやっているのかな?
じわじわと学校に近づいていき、ナショナルスーパーマーケットまでやってきました。中学、高校時代は建物の前に駐車場があったのですが、今は裏にあるようです。
また高校に上がった頃かもしれないけれど駐車場の一部にサーティワンアイスクリームができました。夏場は学校帰りによく食べました。なかなか懐かしいのですが、今は店舗ではなくキッチンカーみたいになっています。
まだ少し時間があるので缶チューハイを持って有栖川公園に入りひだまりでちょっと一杯です。
麻布学園正門。狭さは相変わらずです。
新年会開始。
今日は箱根駅伝をゴールのそばで見ることにしました。例によって海賊船で箱根町港まで行きます。なお今日は AIHARA@ は営業していたのでローストビーフバーガーを食べました。ただ写真は撮り忘れました。
天気も良く大勢の見物客が早くから場所取りしており、結局箱根の関所跡付近の最後の下り坂を下り切ったところに陣取りました。正面には駒澤大学の応援団がいてずっと休みなく掛け声や演奏をしていました。リーダーは何人かで交代していましたが、どうやら団長は女性のようです。男声のように太くはないですがよく通って清々しさも感じます。
先頭を切って青学大がやってきました。そのあと中央大、早大、駒大と続きました。
往路優勝の青学大の表彰式です。
表彰式の後は箱根フリーパスを使い倒すと奥さんが言うので、海賊船で桃源台に戻ってきてからロープウェイで大涌谷へ行き、強羅に抜けて登山バスで帰宅しました。大涌谷はいつもよりも蒸気が多く立ち昇っていました。
元日は箱根神社まで初詣に行きました。
去年の経験から公共交通機関を確認したところ、またしても桃源台-山のホテル間は正月期間中は運休とのことです。そこで今年もフリーパスを購入するのですが、バスではなく芦ノ湖の海賊船で行くことにしました。
海賊船は桃源台を出ると箱根町港に寄ってから箱根神社のある元箱根港に行きます。時間もあるので箱根町港にある AIHARA@ でローストビーフバーガーを食べようとしたのですが、なんとお休みでした。さすが相原さん。
仕方がないので船に戻り元箱根港まで行き、よく N○K の中継で流れる箱根神社の鳥居と富士山が見えないかと高台の方 (実は成川美術館) に登っていきました。N○K には負けますが、なんとか鳥居と富士山を写真に収めました。
箱根神社の入り口からお参りする直前にある茅の輪までは 1 時間くらいかかりました。まあこんなところでしょう。
ただ奥さんが言うには "茅の輪くぐり" はできないそうです。正式にはある作法にしたがって何回か茅の輪をくぐらないといけないのですが、混雑もあるので茅の輪を一回通り抜けるだけです。でも初めて箱根神社に初詣したころ (2008 年くらい?) には茅の輪なんか置いてなかったはずです。いつから何のために始めたのでしょうかねえ?