韓国の現代自動車への移民管理当局の摘発、日本で報じられていない問題の検討
2025年9月18日
ジョージア州で韓国の現代自動車グループとLGエナジーソリューションの合弁企業(英語名:Hyundai Motor Group Metaplant America。以下、「現代自動車」と表記)が建設中の電気自動車(EV)用電池工場に9月4日、移民管理当局による摘発が行われた。単一の摘発としては、アメリカ史上最大の475人が拘束された件は、日本のメディアも一斉に報じた。しかし、数日後、労働者が収容施設から解放され、12日にチャーター機で韓国に戻ると、続報も聞かれなくなった。一方、現地では、さまざまな問題が議論されている。摘発の根拠や収容所の拘禁状態、地域のコリアンをはじめとしたアジア系の人々への影響、さらに現代自動車の職場の安全や労働基本権に関する問題などである。以下、日本では、ほとんど報道されていない、摘発の根拠などについて検討する。
最初に、摘発の根拠について見てみよう。移民管理当局による摘発は、なんらかの違法行為に対して行われる。9月4日の摘発の中心になった連邦政府のImmigration and Customs Enforcement (ICE)は、9月5日に発表した声明” ICE leads multi-agency operation targeting illegal employment and federal crimes in Georgia”のタイトルが示すように、その理由をジョージア州における違法な雇用と連邦法に違反する犯罪行為に対処するためと主張。具体的には、連邦政府が発行した捜査令状の執行と日常的な犯罪捜査の一環として、ジョージア州の人々の雇用を守るための行動だと述べている。さらに、摘発後、拘束、収容された労働者については、ビザが認めた滞在期間や就労可能な種類に関する違反が発見されたという。
9月10日発信のNBC Newsの記事” South Koreans detained in immigration raid are on their way home after delay”によると、拘束された475人のうち韓国人は317人。この他、中国人と日本人、インドネシア人が、それぞれ10人、3人、ひとりいたという。韓国人のうち47人はLGエナジーソリューションに採用されていた。残りの韓国人は現代自動車の下請け企業の従業員で、同社が直接雇用した職員はいないという。これら4ヵ国以外の労働者の出身地は、グアテマラ、コロンビア、チリ、メキシコ、エクアドル、ベネズエラと報じられている。9月11日発信のReuters通信の”Lawyer says many immigrants detained at Hyundai US facility appeared to be working legally”という記事によれば、メキシコ人ふたり、コロンビア人ひとりが合法的な就労資格を所持していた。
韓国と中国、日本、インドネシアの労働者の就労資格別に見た人数を明示した報道は見当たらない。しかし、9月10日にAP通信が発信した” Plans in the works for Korean workers detained in raid to go home while fear lingers for residents”と題する記事の中で、拘束された韓国人労働者数名の代理人、Charles Kuck弁護士は、韓国出身者の大半はB-1と呼ばれる商用ビザで就労していたと述べている。また、別の弁護士によると、米韓間の査証免除協定に基づく、Electronic System for Travel Authorization (ESTA)を利用して働いていた労働者も多数存在していたという。B-1やESTAには、一定の就労条件が課されているため、これらのビザを通じて入国したとしても、合法的に就労できる状態にあるとは限らないが、全員が不法就労状態だったとは考えにくい。
収容所の拘禁状態を検討する前に、摘発の手法について見てみよう。移民の権利擁護団体、Migrant Equity Southeast (MESA)のInstagramによると、摘発には、移民管理当局のImmigration and Customs Enforcement (ICE)やBorder Patrolをはじめとした8つの連邦政府機関に加えて、Georgia State Patrolの職員500人ほどが参加。上空にはドローンやヘリコプターが飛びかい、地上では装甲車が走り回り、労働者に銃口が向けられるなど「戦場」さながらの光景が広がっていたと報じられている。国境警備などであれば、当局の職員も、武装した麻薬類の密輸入業者に備える必要があるだろう。しかし、移民の権利擁護団体が「移民労働者を脅すため」と批判したように、建設中の工場の労働者の就労資格を確認するために必要とは考えにくい。なお、収容所に向かう護送車に乗る前に労働者は、手錠に加え、両足首を鎖でつながれていた。
現代自動車の労働者の大半が連行されたのは、3000人収容可能な全米最大の移民収容施設、Folkston ICE Processing Centerだ。刑務所などを管理している民間企業GEO Groupが運営しているが、昨年4月には収容されていたインド人男性が十分な医療を受けられず死亡したとして、人権擁護団体などから非人道的な運営形態が批判されている。9月17日配信のBBC Newsの”US officers tied us up and pointed guns at us, South Korean engineers tell BBC”という記事などによると、収容所に連行された労働者は、カーテンで仕切られただけのトイレがある部屋に、6~70人が押し込まれ、明け方には20度を下回る気温にもかかわらず、最初の二日間は毛布もなく夜を過ごさせられた。また、水道水が下水のようなにおいがしたため、労働者は、できるだけ水を飲まないようにしていたという。
建設中の工場が立地しているEllabellは、大西洋に接するジョージア州の南東部にあるBryan郡の一部で、アジア系の人口は1%をやや上回る程度だ。しかし、同郡最大の都市、Savannahでは、過去数年で倍増し、全人口の4%を占めるまでに至っている。EllabellとSavannahの中間あたりに位置するPoolerも直近のデータによれば、アジア系は2.5%だ。韓国人やコリアンアメリカンに限定した割合は明らかではないが、アジア系人口の増加は韓国人の流入による影響が大きいと考えられている。
では、韓国人をはじめとした多数の労働者が逮捕され、劣悪な状況の収容所に拘留されたことに対して、現代自動車の工場建設地周辺のアジア系コミュニティは、どのように感じているのだろうか。Pooler でGod-Pleasing Churchという韓国人教会を夫婦で運営しているRobin Kim牧師は、AP通信が9月10日に発信した” Plans in the works for Korean workers detained in raid to go home while fear lingers for residents”と題する記事の中で、現代自動車への摘発後の週末、「買い物に出かける韓国人が減っている」としたうえで、韓国系住民は「監視されているように感じ、恐怖心をいだいている」と述べている。
Savannahから400キロほど離れたAtlantaでは、どうか。人口51万8000人のうち5%弱をアジア系が占める、ジョージア州最大の都市におけるアジア系の人々の間にも、同様な意識が生じているようだ。NBC系列のジョージア州のテレビ局、11 Aliveが9月11日に発信した” Recent ICE raid at Georgia Hyundai plant sparks concern in Korean community”と題する記事の中で、移民の権利擁護をミッションに掲げるNPO、Asian-Americans Advancing Justice Atlanta (AAAJ-A)のCommunications Director、James Wooは、移民管理当局による摘発がさらに進むのではないかとの恐れから、アジア系社会で「恐怖心や懸念が高まっている」と語っている。
とはいえ、Migrant Equity Southeast (MESA)やAAAJ-Aなどの移民の権利擁護団体は、この状態を看過しているわけではない。現代自動車への摘発の翌9月5日、両団体を中心に20余りのNPOが連名で” Georgia Communities Condemn Government Raid Tearing People from their Jobs and Threatening Civil Liberties”というタイトルの抗議声明を発表した。3日後の9月8日には、SavannahにあるEpiscopal Diocese of Georgia で記者会見を行い、摘発を「移民労働者に対する軍事的な攻撃であり、家族を引き離し、地域社会にトラウマを与えた」と非難。その一方、摘発によって拘留されている労働者の家族に重要な支援を提供しているとしたうえで、拘留者の家族間の「相互支援活動を調整し、危機を乗り越えるためのリソースと結びつけたり、…法律サービスの提供に取り組んでいる」と報告した。
記者会見に参加したCentro de Los Derechos del MigranteのLegal and Policy Director、Julia Solorzanoは、摘発が「移民労働者を恐怖に陥れる一方で、現代自動車のような企業は度重なる労働法違反の責任から逃れさせている」と指摘。「労働者を逮捕する代わりに、政府は虐待的な雇用主に責任を負わせるべきだ」と述べた。なぜ、ここで現代自動車の「労働法違反」がでてくるのか、違和感を持つ人もいるだろう。しかし、移民の権利擁護団体などは、移民管理当局による摘発で労働者が委縮し、企業側の「労働法違反」の顕在化が困難になることを懸念しているのである。その背景には、現代自動車が米国内の操業において、児童労働や労働災害、団結権の侵害など、労働法に関連した問題が数多く指摘されている現実が存在する。
児童労働に関していえば、連邦労働省Wage and Hour Divisionの2024年5月30日付の”US Department of Labor files complaint to stop Hyundai manufacturer, partners from using, profiting from oppressive child labor”と題するプレスリリースによれば、アラバマ州Luverne で13歳の少女を週50~60時間働かせていたと指摘。Fair Labor Standards Actの児童労働に関する規定に違反するとして、現代自動車のサプライヤー企業のHyundai Motor Manufacturing Alabama LLCなど3つの企業を相手取って、U.S. District Court for the Middle District of Alabama in Montgomeryに裁判を起こしたことを明らかにした。訴状によれば、この少女は、3社共同で採用されていたという。なお、労働省の統計によれば、2023年度に児童労働を理由にした係争は955件、労働に従事させられていた児童は5792人に上っている。
移民管理当局による摘発の直後の9月7日、United Automobile Workers (UAW)が” UAW Issues Statement Condemning Dangerous Working Conditions and Immigration Raid at Hyundai”と題する声明を発表。「業界の標準的な安全対策を怠り、労働者の組合結成権の尊重を拒否、工場やサプライチェーンの構築を移民労働力の搾取に頼った」などと批判した。労働災害については、世界的な建設業界のニュースサイト、Engineering News-Record | ENRによる5月27日付の記事” Third Fatality Recorded at Hyundai’s $7.6B Metaplant in Georgia”を引用。記事は、5月20日に27歳の労働者がフォークリフトの下敷きになって、死亡したと伝えている。この事故の2カ月前には、45歳の労働者が、フォークリフトによる事故で亡くなった。さらに、2023年4月には、34歳の労働者が建設中の工場の屋根から落下し、死亡した。これら3人の労働者は、いずれも下請企業に雇われ、働いていたという。
前述のように、9月4日の摘発で、韓国人労働者の大半がB1ビザやESTAなどを利用して働いていた。これが資格外就労に該当するかどうか一概にはいえないが、移民管理当局に拘束された現代自動車の労働者は、同社に直接雇用された従業員はおらず、全て下請け企業の職員だった。B1ビザやESTAではなく、役員や管理職向けのEまたはLなどのビザを保持していれば拘束されなかった、という指摘もある。EやLビザの取得には時間や資金がかかることもあり、現代自動車が下請けとその従業員に、摘発に伴うリスクを負わせようとしているという批判の声も強い。例えば、Korean American CoalitionのSarah Park会長は、9月11日に更新されたNBC Newsの記事の中で、” South Koreans detained in immigration raid are on their way home after delay”企業側に対して、適切なビザを労働者に提供すべきだと述べている。
このように見てくると、移民管理当局による現代自動車への摘発とその後の米韓両政府の動きなどは、資格外の可能性のある労働に従事していた韓国人労働者が逮捕、拘留されたものの、両国の政治的な折衝で労働者の帰国が実現し、解決に至ったという単純なシナリオで語ることができないことがわかってくる。移民労働者が下請け企業などで雇われ、企業活動の底辺を支えているにもかかわらず、移民管理当局による摘発により、搾取や沈黙がより一層強化されている。現代自動車の場合、摘発の結果、工場の操業が遅れ、「アメリカ人労働者の雇用確保」にマイナスが生じたことも事実だ。また、摘発に伴うアジア系コミュニティの人々の不安や懸念が深刻化することは、社会の分断を招いている。恐怖を植え付けることによる「安定」ではなく、信頼や公平に基づく社会の建設が求められている。
なお、上記の現代自動車への摘発に対して、20余りのNPOが連名で発表した” Georgia Communities Condemn Government Raid Tearing People from their Jobs and Threatening Civil Liberties”というタイトルの抗議声明は、以下から見ることができる。
https://www.advancingjustice-atlanta.org/news/ga-condemn-government-raid
知事会見場の小東京で「不法移民」摘発の「巡回警備」、日系団体などが抗議したものの最高裁は当面の継続を容認
2025年9月9日
全米最大の日系人タウン、ロサンゼルスの小東京における連邦政府の移民管理当局による「不法移民摘発」が、全米のメディアで大きく報じられた。8月14日に、カリフォルニア州知事が記者会見を予定していた日系団体の施設前の広場に突然、武装した当局の係官が現れ、「巡回警備」を実施、知事や市長も強く抗議したためだ。「巡回警備」は、対象者に令状も示さずに行っているため、憲法違反として、裁判になっていた。連邦地方裁判所と巡回控訴裁判所は、原告側の主張を認め、当局に対して「巡回警備」の差し止めを命じた。トランプ政権は判決を不服として、連邦最高裁判所に上告。9月8日、連邦最高裁は、政権側の主張を認める判断を示し、「巡回警備」を批判してきた州や地方政府、移民の権利擁護団体などは、厳しい状況に追い込まれている。
「不法移民摘発」を進めている政府機関は、Customs and Border Protection (CBP)とImmigration and Customs Enforcement (ICE)。いずれも連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)の一機関だ。CBPは、Border Protectionという名称が示すように、国境警備を担当する機関というイメージが強い。これに加え、関税の徴収や輸入品の検査、不法な物品の取り締りなどを空港や国境検問所で行っている。一方、ICEは、「不法移民摘発」に象徴されるように、アメリカに入国した外国籍の人々に対する管理が中心だ。しかし、ロサンゼルスなどにおける「不法移民摘発」の現場には、CBPの職員の姿も目立つ。これは、国境から100マイル(約160キロメートル)はCBPの管理地域とみなされていることなどによる。なお、本稿では、原則として両者を区別せず、移民管理当局を記載していく。
第2次トランプ政権下における南カリフォルニア各地の「不法移民摘発」は、6月6日から本格化した。特に注目を集めたのは、ダウンタウンとロサンゼルスの南端のロングビーチの中間近くに立地するパラマウントと、ダウンタウンの西に位置するウエストレイク、そしてダウンタウンの南にあるファッションディストリクトと呼ばれる繊維製品の小売業や縫製工場が集中する地域だ。移民の権利擁護団体、Coalition for Humane Immigrant Rights (CHIRLA)が7月23日に発表したデータによると、ロサンゼルス郡において6月6日から7月20日までに確認された「不法移民摘発」件数は471件にのぼる。この数字は、CHIRLAなどが運営する緊急対応組織LARRNに寄せられた通報をもとに集計されたものである
この集計データに基づき、CHIRLA は、「不法移民摘発」が多い地域を、日本の郵便番号に相当するZip Code別に整理、以下のようにリスト化している。
91402 – 22 回 (San Fernando Valley)
90660 – 18回(Pico Rivera)
90026 – 15回 (Silver Lake - Echo Park)
90201 – 14回 (Bell Gardens)
90028 – 9 回(Hollywood)
90011 – 8 回 (Vernon - South LA)
90015 – 8 回(Pico/Union – Downtown LA)
90012 – 7 回(Little Tokyo – Downtown LA)
90065 – 7 回 (Glassell Park)
90280 – 7 回 (South Gate)
(出典)https://www.chirla.org/blog-category/beyondthenumbers/
このリストのトップのSan Fernando Valleyは、ロサンゼルスのダウンタウンの西にあるハリウッドの北の山間地を超えた地域である。Valleyと形容されているが、谷間ではなく、盆地といった方がよいだろう。Zip Codeの「91402」は、この盆地の一部で、Panorama Cityと呼ばれている。Cityとなっているが、独自の自治体ではなく、ロサンゼルス市の一地区の通称だ。Zip Code毎のデモグラフィーなどを紹介しているWebsite、Zip Data and Mapsによると、「91402」の人口は、6万7937人。このうち、ヒスパニック系が63.87%と圧倒的に多く、アジア系も13.47%を占めている。「不法移民摘発」が2番目に多いPico Rivera地域も、ヒスパニック系が住民の67.23%にのぼり、公立学校の生徒の97.36%もヒスパニック系だ。このように、移民管理当局による「不法移民摘発」は、ヒスパニック系が集住している地域に焦点を置いていることがわかる。
CHIRLAのリストを見ると、8番目にZip Code「90012」のLittle Tokyo – Downtown LAがでてくる。しかし、Little Tokyoは、「90012」の南端の地域で、その北にはチャイナタウンやドジャーススタジアムがある。したがって、7回という「不法移民摘発」の回数は、必ずしもLittle Tokyoという地区に対するものとは限らないことに留意が必要だ。なお、Zip Data and Mapsによると、「90012」では、人種・民族別に見るとアジア系が32.99%と最も多い。人口比ではヒスパニック系が28.1%に留まるが、公立学校の生徒の割合で見ると、ヒスパニック系が過半数を超える56.32%を占めている。なお、9回の「不法移民摘発」があったハリウッドは、映画の街のイメージが強いが、人口の半数を少し超える50.65%は白人だ。しかし、公立学校の生徒の73.26%はヒスパニック系となっている。
「90012」において、7回がカウントされた期間後の8月15日発信のLos Angeles Timesは、”Border Patrol agents stage show of force at Newsom's big beautiful press conference”というタイトルの記事の中で、日系3世でJapanese American National Museum (JANM)の議長、William T. Fujiokaの発言として、小東京のレストランで2週間前に20人ほどがICEにより逮捕されたと紹介。また、6月6日のロサンゼルス各地の「不法移民摘発」の後の抗議行動に対する市民による抗議行動が激化する中で、ロサンゼルスのKaren Bass市長は、小東京を含むダウンタウン一帯に夜間外出禁止令を発令したため、地元の事業者は、大きな影響を被ったとLos Angeles Timesなどは伝えている。また、小東京のビジネスの一部が略奪の被害を受けたり、JANMの建物や壁に移民管理当局を非難する落書きがされた事例があった、と地元の日系紙Rafu Shimpo(羅府新報)などが報じた。
6月6日の「不法移民摘発」は、トランプ大統領が掲げていた「罪を犯した不法移民」への取り締りではなく、「巡回警備」のように捜査令状もないまま職場や街頭、移民が訪れそうな場所で、銃器などで武装した当局の係官が尋問、逮捕、拘留へと突き進む方法だ。拘留先では、食事や水も満足に与えられず、ベッドもない部屋に多数押し込まれ、弁護士や家族による接見も認められない事例があったという。この手法に、移民の権利擁護団体や市民が強く反発、法廷闘争に突き進んだ。
6月12日と18日に逮捕された、Pedro Vasquez Perdomoら5人とCHIRLA 、Los Angeles Worker Center Network、United Farm Worker、Immigrant Defenders Law Centerの4団体が原告となり、7月2日に連邦地方裁判所に集団訴訟を起こしたのである。集団訴訟とは、訴えた原告だけでなく、同様の状態にある人々全員に対する救済を求める手法だ。原告代理人には、NPOのACLU Foundation of Southern Californiaが就任した。被告は、ICEやCBPを管轄するDepartment of Homelandの長官、Kristi Noemや「巡回警備」の実施にあたった移民管理当局の責任者である。裁判は、一審の連邦地裁が7月11日、二審の連邦巡回控訴裁判所が同月28日、原告側の主張を認め、「巡回警備」を憲法修正第4条に違反するとして、一時停止を命じた。なお、憲法修正第4条は、捜査や逮捕には令状が必要で、令状は正当な理由によって裏付けられなければならず、逮捕される人物、捜索される場所、求められる証拠が令状に明記されていることが求められている。
このVasquez Perdomo v. Noem裁判の地裁、控訴裁判決を受け、移民の権利擁護団体は、「巡回警備」の停止をトランプ政権に求めた。この動きに、ロサンゼルスのKaren Bass市長らも同調。8月14日の午前中、市会議員やキリスト教の宗派やNPOなどの連合体、One LAの関係者などとともに記者会見を開催、「巡回警備」の廃止を求めた。なお、同市長は、Vasquez Perdomo v. Noem裁判とは別に、ロサンゼルス市の司法長官や市周辺地域の市長が起こしていた「巡回警備」を違憲とする訴訟に7月8日に原告として加わった。また、移民管理当局による「巡回警備」で経済的な被害を受けた市内のBoyle HeightsやWestlake、Pico-Unionに加え、小東京などの地域も訪問、事業者から状況を聞くなどの取組みも行ってきた。
Karen Bass市長らが記者会見を行った日の午後、小東京では、Japanese American National Museum (JANM)の博物館前の広場で、カリフォルニア州のGavin Newsom知事による記者会見が予定されていた。この会見は、移民問題に関してではなく、テキサス州で共和党が主導して実施した連邦下院議員の選挙区の区割り変更に対抗し、カリフォルニア州が民主党に有利になるように策定した区割り案をテーマにしたものだった。しかし、記者会見が開始直後、まだ知事がJANMの控室で登壇を待っていた時、移民管理当局が突如、広場とその付近に現れ、「巡回警備」を実施、イチゴを配達するために小東京にきていた男性ひとりを検挙、連行した。JANMによれば、この時、移民管理当局の係員は、75人に及び、その一部は顔を含めんで隠し、銃器で武装していた。
この「巡回警備」は、多くのメディアによって報じられた。その結果、知事が予定していた区割り変更についての報道が減少したことは間違いない。こうした効果をトランプ政権が期待していたのかどうかは不明だが、会見に水をかけられた状態になったNewsom知事は強く反発。8月18日に情報公開法に基づき、Department of Homeland Security (DHS)に対して、8月14日の「巡回警備」に関する情報の開示を求めた。また、同知事は、”X”への投稿で、「トランプが軍と移民管理当局を利用して政敵を威嚇しようとしていることは、権威主義に向かうもうひとつの危険な一歩だ」と述べたうえ、「これは彼が尊敬するロシアと北朝鮮の独裁者たちのやり方を推し進めようとする試みだ」と断じた。これに対して、DHSの報道官は、「法の執行に焦点を当てた行為であり、(Newsom)は関係ない」と述べている。
Newsom の要請で会場を提供したJANMをはじめとした日系社会からも、強い反発の声がでた。理由のひとつは、博物館前の広場という場所にあった。1942年、当時の大統領Franklin Delano Rooseveltの大統領令により、ロサンゼルスとその周辺に居住していた日系人が集められ、強制収容所へのバスが発車して地点だったのである。この「悲劇」を繰り返さないためという意味も含め、日系人がたどった歴史を伝えるための施設の目の前における移民管理当局の行為は、多くの日系人にとって「暴挙」と映ったのだろう。JANMの会長兼CEOのAnn Burroughsは、「武装した連邦職員が私たちの広場に侵入し、1942年に日系アメリカ人の家族が強制収容所行きのバスに乗ることを余儀なくされたまさにその場所で逮捕の行為に及んだことに憤慨し、深く悲しんでいる」と指摘したうえで、「それは意図的な挑発と脅迫の行為だ」と非難した。
8月23日の午前、移民管理当局を批判する集会が「巡回警備」が行われたJANMの博物館前広場で開催された。“Never Again”(二度と繰り返すな)をスローガンに掲げた集会は、JANMやJapanese American Citizens League (JACL)、Little Tokyo Historical Society、Little Tokyo Service Centerなどの日系団体に加え、National Park Conservation Association (NPCA)やManzanar Committeeが共催。また、ヒスパニック系をはじめとした移民の権利擁護活動を行っているNPOなどの関係者も含め、参加者は500人に上った。“Never Again”というスローガンが示唆するように、この集会は、8月14日に小東京で行われた「巡回警備」だけを問題視しているわけではない。トランプ政権の移民政策が日米開戦後の日系人への強制収容と同様な行為であるという認識に立ち、抗議の声があげたのである。
日系人強制収容所のひとつで、現在は連邦政府機関のNational Park Service (NPS)が管理する史跡になっているManzanarへの巡礼をはじめ、収容所体験の歴史的保存活動を進めているManzanar Committeeが共催団体に名を連ねたのは、ふたつの意味があるようだ。ひとつは、日系人をバスでManzanarなどの強制収容所に送り出した地から抗議の声をあげること。もうひとつは、トランプ政権下で、全米各地のNational Historic Siteと呼ばれる政府公認の史跡において、マイノリティやLGBTQ+に関する政権による「歴史修正主義」に反対する声をあげるためだ。NPSの運営や事業を支援するためのNPO、NPCAがウェブサイトに掲載した8月21日現在のデータによれば、首都ワシントンを含め全米18州、25カ所のNational Historic Siteなどで、8月23日に公開の集会が計画されていた。このうち3カ所は、日系人が強制収容された施設の跡地だ。なお、この動きについては、別の機会に詳細に報告したい。
「巡回警備」の問題に限定すると、Vasquez Perdomo v. Noem裁判で地裁、控訴裁と敗訴を重ねた後、トランプ政権は、最高裁に上訴するだけではなく、「巡回警備」を継続していった。そして、9月8日、最高裁は、「不法滞在者」が多いとされる人種や民族、言語、あるいは職場などをターゲットにした取締りが違憲ではないという判断を示した。いわゆるレイシャル・プロファイリングを認めたことになる。ただし、この判断は、「巡回警備」を当面続けることを認めたに留まり、今後、詳細な検討が行われるため、結果が変わる可能性もある。とはいえ、政権側にとっては大きな勝利である反面、移民の権利擁護団体などは、厳しい状況に追い込まれた。この問題も、今後、別の稿で検討を深める予定である。
なお、上記の小東京における「巡回警備」に関するJANMによる移民取締り当局への抗議声明などは、以下のPress Releaseリストから見ることができる。
https://www.janm.org/press
テキサス州の選挙区の区割り変更は民主主義の危機、労働団体やNPOが全米各地で集会
2025年8月17日
来年11月の中間選挙を前に、トランプ政権の要請に基づき、連邦下院議員のテキサス州の選挙区の区割り変更が、同州の共和党主導で進められている。変更案に基づき選挙が行われれば、共和党の獲得議席は5つ増えると試算されており、同州議会の民主党下院議員は、議会審議を阻止するためとして、州外に脱出、定足数が満たせず、議会が開催できない状況を作り出した。一方、共和党の州知事らは脱出した議員を逮捕して州に連れ戻し、議会を強行開催する意思を表明するなど、状況は泥沼化している。この事態に対して、州の労働組合の連合体Texas AFL-CIOは、民主主義の危機だとして、カリフォルニアなど7つの州の連合組織とともに、テキサス州共和党による区割り案に反対する意思を表明。さらに8月16日に区割り案に反対する集会を全米各地でNPOなどと共同で実施。第2次トランプ政権下における労働運動による初の本格的な反政権の動きとして、注目されている。
アメリカの連邦議会は、上院と下院による2院制だ。上院議員は、定員が100人で、各州からふたりずつ選出される。それぞれの州が選挙区となるため、区割りの概念はない。一方、下院は、定員が435人。10年毎の人口統計調査の結果に基づき、各州に議席数が配分される。例えば、人口が最も多いカリフォルニア州は2020年までは53議席だったが、2020年の人口統計調査の結果、52議席に減少。これに対して、人口が増加したテキサス州は、36から38へと議席を増やした。連邦下院議員選挙は、小選挙区制のため、州の議席数が増減すれば、区割り変更が必要になる。なお、議席数が同じであっても、同一州内の選挙区の人口の変化によっては、区割り変更が行われることもある。いずれの場合も、区割りを行うのは、州政府であって、連邦政府ではない。
区割り変更は、議員の当落に直結する。したがって、党派的あるいは、議員個人の利害が影響を及ぼす可能性は否定できない。アメリカでは、人種が区割りに影響を与えてきた歴史がある。例えば、州の有権者が100万人で、配分された議席が10としよう。州全体の投票に占めるA党とB党の得票率が52%と48%だとすれば、獲得議席は5議席ずつか、それに近い数字になると想定される。しかし、100万人のうち10万人が黒人で、この10万人がひとつの選挙区に組み入れられれば、黒人候補者の当選はほぼ確実といえる。過去の選挙で、黒人票の9割は、A党に投じられてきたとすれば、黒人票がない残りの9つの選挙区では、A党への投票は大幅に減少し、B党が圧勝する可能性がでてくる。
このように、特定の政党に有利な選挙区を策定することをGerrymandering(ゲリーマンダリング)という。現在、テキサス州で問題になっている選挙区の区割り変更は、Gerrymanderingだという批判を受けている。区割り変更により、共和党の議席が5つ増え、中間選挙後も連邦議会における共和党の多数派維持につながる可能性が大きいからだ。Gerrymanderingは、1812年にマサチューセッツ州のElbridge Gerry知事が成立させた区割り案に基づく選挙区のひとつがSalamanderに似ていたことから、Gerryとmanderを合わせた言葉として、用いられるようになった。なお、Salamanderは、サンショウウオやイモリを指すこと多い。また、ヨーロッパに伝わる火を司るトカゲの形をした精霊を指すこともある。
本稿は、区割り変更に反対する労働団体やNPOの動きを紹介することが目的だ。このため、アメリカ政治におけるGerrymanderingの実態やテキサス州の選挙区の区割り変更の全米的な影響などは、別の機会に論じたい。ここでは、区割り変更の経緯を示したうえで、労働組合やNPOの対応を検討していく。トランプ政権がテキサス州に対して、区割り変更を求めたのは、今年6月。これを受け、テキサス州のGreg Abbott知事は7月9日、区割り変更について審議するための臨時議会の開催を表明、7月21日から議会が始まった。8月に入り、州議会の多数派の共和党は、区割り変更案の作成を強行。これに反発した民主党の州下院議員の大半は8月3日、シカゴなどの州外に脱出した。翌4日、共和党主導の州下院は、脱出した民主党議員への逮捕令状の発行を決議。ただし、州外にいる議員に対する令状は、法的な効力がない。
こうした共和党の動きに対して、テキサス州の労働組合の連合体、Texas AFL-CIOのRick Levy会長は、他の7つの州の連合組織とともに、共同声明を発表した。「我が国は極めて重要な瞬間に直面している。我々の労働組合、民主主義、そして自由の将来が危機に瀕している」と書かれた声明文には、California Federation of Labor Unions、Florida AFL-CIO、Illinois AFL-CIO、Missouri AFL-CIO、New York State AFL-CIO、Ohio AFL-CIO、Washington State Labor Council (WSLC) AFL-CIOの7団体の代表が名を連ね、連帯の意思を表明した。声明は、「テキサス州で人々が投票権を奪われ、…トランプが議会の支配権を維持しれば、労働者がその代償を支払うことになるだろう。我々は、良心のあるすべての人が声を上げ、億万長者よりも労働者を優先し、一緒に反撃するよう強く求める」という言葉で結ばれている。
声明に賛同した団体のうちカリフォルニアとワシントンのふたつの州以外の団体名には、AFL-CIOという語彙が含まれている。American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizationsの略称で、1955年に職能別組合を中心にしたAmerican Federation of Labor (AFL)と産業別組合が主体になったCongress of Industrial Organizations (CIO)が合併して設立された、全米最大のナショナルセンターのことだ。AFL-CIOのウェブサイトによれば、63単産が加盟、傘下の組合員は1500万人にのぼる。ただし、AFL-CIO自体は、テキサス州の区割りに対する声明などは出していない。Texas AFL-CIOは、加盟単産と単産の支部は450、傘下の組合員は25万人という。なお、非加盟の単産も多く、連邦労働省の統計によると、これらの単産の組合員は46万人に上る。
この共同声明には記載されていないが、テキサス州は、2020年の人口統計の結果に基づき、共和党の知事と議会の下、21年に選挙区の区割り変更を行っている。10年毎の人口統計を踏まえて区割り変更を行うという慣例と異なり、第2次トランプ政権の要請で急遽区割りを再変更する異例の措置に対して、中間選挙に向けた党利党略との批判の声も強い。また、トランプ政権は、テキサス州の区割り変更が実現した場合、他の共和党が地盤の州に対しても、同様の要請を行うと見られていた。そのひとつ、フロリダ州の知事は、同州に割り当てられる議席を増やすように求めるなど、問題は、テキサス州を超えていく様相を示した。一方、政権側は、現状の区割りが人種差別に当たるとして、改定を求めたと主張している。
こうした状況を懸念したのは、労働団体だけではない。アドボカシー活動を中心にしたNPOなども懸念を共有。また、区割り変更の直接的な影響を受ける民主党の議員らにも危機感が広がっていった。これらの団体が集まり、8月16日の全国行動”Fight The Trump Takeover - National Day of Action”の計画がメディア発表されたのは、開催まで数日しかない8月12日だった。なお、”Fight The Trump Takeover”は「トランプによる連邦議会の乗っ取りと闘おう」という意味あいと考えられる。主催団体のウェブサイトに掲載された”Our Partners”のリストを見ると、さまざまな活動内容をもつ約70の団体が名を連ねており、トランプの区割り変更に幅広い人々が危機感を共有していることがわかる。”Our Partners”に掲載されている団体には、以下が含まれる。
・労働団体のTexas AFL-CIO
・人工妊娠中絶など女性の権利擁護団体のPlanned Parenthood
・LGBTQ+の権利擁護を進めているHuman Rights Campaign
・6月14日の”No King Rally”を主催した50501 Movementの中心団体のひとつIndivisible
・民主党系の政治団体Working Family Party
・消費者活動家Ralph Nader系のNPOのPublic Citizen
・難民問題に取り組むPartnership for the Advancement of New Americans (PANA)
・黒人団体のCalifornia Black Power Network
8月12日の記者発表の際、主催者側は、全米20州、50ヵ所で集会をはじめとした様々な活動が展開されると述べた。その後、開催地は刻一刻と増加、開催前日の8月15日発信のNewsweekの”Nationwide 'Fight the Trump Takeover' Protests on Saturday: What We Know”というタイトルの記事では、全米43州、300余りで行われる予定と伝えた。「トランプの乗っ取り」への危機感が急速に広がり、反対の意思を表明する行動へとつながっていることを示したといえよう。では、8月16日の行動は、どのような状態だったのだろうか。
Reutersが8月17日に発信した“Over 300 protests held Saturday against Trump redistricting push”というタイトルの記事によると、主催団体のひとつTexas For AllのDrucilla Tignerは、労働団体とNPOによって実施された集会などは全米44州、300カ所以上に上ったと語った。ただし、参加者は、”tens of thousands(数万人)”と、具体的な数字は示さなかった。ただし、今回の区割り変更問題の発信地、テキサス州の州都Austinで開催された集会には5000人が参加した、と8月16日発信の地元のKUT Newsの記事” Thousands rally at Texas Capitol against Republican-backed congressional redistricting plan”は伝えている。その他、一部のメディアが個別の開催地における参加者数を示している場合もあるが、主催団体のウェブサイトには、全米の参加者数は示されていない。
参加者の数は、問題に対する人々の関心の高さを反映していると考えられる。この認識に立ったのだろう、8月14日のMSNBCの報道番組“All In”の司会者は、ゲストとして登場した主催者側の中心人物のひとり、Indivisible の共同設立者Ezra Levinに対して、” No King Rally”のような規模になるのかと尋ねた” No King Rally”を主催した50501 Movementの中心団体のひとつIndivisibleに創設以来関わってきたLevin共同代表は、抗議活動は常に大規模である必要はなく、継続して取り組める体制を作っていくことが重要だという趣旨を述べた。500万人を超えるアメリカ史上最大の政府への抗議行動と比較して考えるメディアに対して、” No King Rally”ほどの参加者を集めることはできないという認識に立った発言ともとれるが、息の長い闘いが求められる運動の視点からの回答といえよう。
また、前述のTexas AFL-CIOのRick Levy会長は8月15日、サブスクリプションテレビネットワークのNewsNationのニュース番組に出席。区割り変更問題が民主・共和両党の政争として扱われることに警戒感を示したうえで、全ての労働者に関わる民主主義や自由の問題として捉えたために、労働組合として関わったと説明していた。8月16日の全米行動に対して、一部のメディアは民主党全国委員会(DNC)の主導で進められていると報じた。たしかに民主党は議席減を恐れ、トランプと共和党の動きを押さえようとしている。しかし、Gerrymanderingが進めば、数少ない「激戦区」が減少し、一票を投じる意味も大きく失われていく。労働団体と民主党の関係は、共和党に比べるとはるかに強い。とはいえ、労働団体は民主党一辺倒ではない。多様な考えを持つ組合員の利益のための組織が労働団体なのである。
労働団体の「総本山」AFL-CIOは、トランプの反労働、そして反民主主義的な動きに具体的な対応を取れないでいる。こうした中で、テキサスで始まった火中の栗を拾うような労働団体とNPOによる民主主義を守る活動が、今度どのようにアメリカの社会運動を変えていくか、注視したい。なお、”Fight The Trump Takeover”については、情報は限定的だが、以下のサイトから具体的な開催場所などの情報を見ることができる。
https://www.fightthetrumptakeover.com/
トランプ政権の大規模な移民摘発への反発、労働界に拡大の気配
2025年6月14日
ロサンゼルスのダウンタウンなどで6月6日に始まったUS Immigration and Customers Enforcement (ICE)による大規模な移民摘発は、ヒスパニック系住民を中心に、市民の強い反発を引き起こした。トランプ政権は、この抗議活動を、「暴動」と非難、カリフォルニアの州兵(National Guard)に加え、連邦軍の一部、海兵隊(United States Marine Corps)も出動させたものの、火に油を注ぐ状況に陥っている。6日の摘発の状況を監視していた、大手の労働組合の幹部が逮捕、3日間拘留されたこともあり、アメリカ最大の労働組合の連合会も、摘発に強く反発。これまでの移民の権利擁護を進めるNPOや草の根の労働団体に加え、大手の労働組合の間にもトランプの移民摘発に反対する動きが広がりつつある。
ICEによる6月6日からの移民摘発は、南カリフォルニア各地で行われた。特に注目を集めたのは、ダウンタウンとロサンゼルスの南端のロングビーチの中間近くに立地するパラマウントと、ダウンタウンの西に位置するウエストレイク、そしてダウンタウンの南にあるファッションディストリクトと呼ばれる繊維製品の小売業や縫製工場が集中する地域だ。実施されたのは、いずれも6月6日の午前中。パラマウンドとウエストレイクには、ホームセンターのチェーン店のHome Depotの店舗がある。ファッションディストリクトでターゲットにされたのは、婦人服の製造や販売などを手掛けるAmbiance Apparelの工場だった。摘発されたのは、労働者で、トランプ政権が掲げる「犯罪を犯した不法移民」というスローガンとは一致しない。
摘発された地域は、ヒスパニック系の住民や労働者が多いことで知られている。例えば、パラマウントは1781年、メキシコからの入植者によってNew Spainと命名された土地だ。その名の通り、スペイン帝国の一部だった。その後、メキシコはスペインから独立、カリフォルニアを領土としていたが、1846年にアメリカ軍がメキシコに侵略を開始。このMexican–American War(米墨戦争)の結果、現在のカリフォルニア州はアメリカに併合された。なお、パラマウントが独自の市になったのは1957年だ。
こうした経緯もあり、2024年の人口統計局のデータによると、パラマウント市の人口5万1000人余りのうち82%余りがヒスパニック系で、その大半はメキシコ系と見られる。また、25歳以上の住民のうち、高校を卒業している人の割合は65.9%に留まり、2023年の貧困率も13.3%と全米平均の11.1%よりやや高い。一方、ウエストレイクは、ロサンゼルス市の一部で、ダウンタウンの中心部と高速道路で隔てられた西側に位置している。ロサンゼルス市の2022年のデータによると、人口約11万5000人のうちヒスパニック系は69%を占め、貧困率は23.6%に達する。
ファッションディストリクトは、行政上の区画ではない。繊維街と呼ばれた時代もあったように、繊維関係の店舗や縫製工場などが密集している。現在では、概ね北は7th Street、南は18th Street、西はBroadway、東はSan Pedro Streetに囲まれた、20ほどのブロックの地域を指すことが多い。なお、ファッションディストリクトは、ロサンゼルス市の認可を受け、地域のビジネス振興を目的にした店舗や不動産所有者によるBusiness Improvement District (BID)が設定されており、これには107ブロックが含まれる。その名からイメージされるように、この地域は、衣料品の小売や卸売りを中心に、2000以上の店舗などが立ち並び、観光客であふれた華やかな街並みとして知られている。このため、縫製工場が立地していると感じる人は少ないだろう。
繊維産業のハブといえば、かつてはニューヨークだった。しかし、現在は、このロサンゼルスのファッションディストリクトに代わっている。実際、ファッションディストリクトの縫製工場と労働者に関する2022年のLos Angeles Department of City Planningの調査報告書” Analysis for the Fashion Industry in Downtown”によると、全米の縫製事業の83%は、この地で行われている。ただし、家賃の高騰などにより、ロサンゼルス市の東部などに生産が移転しつつある。なお、この調査報告書によると、ファッションディストリクトで働く労働者の多くは、上述したICEが摘発を行った地域のひとつ、ウエストレイクから通っている。その理由については、バスを乗り継がずに通えるためだという。
前述のように、パラマウントとウエストレイクの移民摘発は、Home Depotの店舗付近で行われた。では、なぜ、Home Depotなのか。世界最大のホームセンターで、アメリカ国内に2300余りのチェーン店を構えているHome Depotの顧客の多くは、建設関係の事業者で、資材などの購入に訪れる。建設事業者の業界団体、National Home Builders Associationが2024年に発表した調査結果によると、建設事業の従事者は全米で1190万人。その4分の1に当たる300万人は移民と推定されている。カリフォルニア州では、この割合がさらに高く、41%にのぼる。なお、データはやや古いが、2017年4月22日発信のLos Angeles Timesの” Immigrants flooded California construction. Worker pay sank. Here’s why”という記事によると、ロサンゼルス郡の建設労働者に占めるヒスパニック系の割合は、69.6%に上っている。
建設関係に多くの移民が就労していれば、ホームセンターに来る移民も多いだろう。そこに焦点を当てた摘発は、摘発者の数を引き上げるために合理性がないわけではない。しかし、移民労働者が逮捕、あるいは摘発を恐れ仕事を避ければ、建設業界は深刻な人手不足に陥ることは必至だ。Home Depotsがターゲットにされたという報道も少なくないが、移民の労働力に依存するアメリカ経済の実態を無視した、政治的な判断に基づく摘発と見られ、経済的な理由から揺り戻しが不可避だろう。実際、6月6日以降の摘発後、トランプ大統領は、ホテルなどのホスピタリティ産業や農場における移民の取締りを緩和する方針を打ち出さざるをえなくなった。
トランプ政権は、移民=不法滞在=犯罪者という虚構に基づき、摘発を進めている。例えば、トランプ大統領は6月12日付のSNSのTruth Socialへの投稿のなかで、バイデン政権の移民政策で犯罪者が海外から流入したとして、前政権を批判。そのうえで、「我々は、アメリカの農民を守る。しかし、犯罪者をアメリカから追い出す」と述べている。しかし、6月6日以降の大規模摘発で逮捕された移民の大半は、労働者だった。ファッションディストリクトのAmbiance Apparelで働いていた人々は、その象徴といえる。40人余りが摘発された現場では、労働者以外の逮捕者もでた。摘発の状況を監視していた人物である。
この人物の名は、David Huerta(58歳)。メキシコから渡米した農業労働者を祖父にもち、ビルの清掃労働者の組織化運動、いわゆるJustice for Janitorsで指導的な役割を担った。現在は、Justice for Janitorsを進めてきたService Employees International Union (SEIU)のカリフォルニア州支部の委員長や4万5000人の清掃労働者を組織しているSEIU United Service Workers Westの委員長、州の労働組合の連合体のCalifornia Federation of Labor Unionsの副委員長などに就任。また、University of California at Los Angeles (UCLA)のLabor Centerの顧問につくなど、労働界で幅広く活動している。Huerta氏は、逮捕される際、ICEの取締官に押し倒され、負傷、病院で治療を受けた後、拘留された。なお、Huerta氏は6月9日、裁判所から保釈が認められた。ただし、保釈金は、5万ドルにのぼった。
摘発状況を監視していたと主張する同氏の逮捕に、所属労組のSEIUは強く反発。プレスリリースによる抗議の意思の表明に加え、連邦議員に同氏の釈放を要請する嘆願書を送付する活動も進めた。この動きは、労働界に拡大。6月9日に首都ワシントンで抗議集会が開催され、全米最大の労働組合のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)のLiz Shuler委員長は、「デイビッドを解放せよ」と書かれたプラカードを手にした人々の前で、「政府は、労働界が誰一人として置き去りにしない」と述べ、トランプ政権による摘発で逮捕された移民全体への支援を行う姿勢を示した。
とはいえ、労働界が一気に反トランプ、反移民摘発に向かっているわけではない。単産レベルで見ると、農業労働者の労働組合、United Farm Workersは摘発を批判する声明を発表するなどしている。また、AFL-CIOに加盟していない左派系の独立組合のUnited Electrical, Radio and Machine Workers of America(UE)も6月11日の声明の中で、ロサンゼルスにおける移民摘発や、それに対する抗議行動への州兵や海兵隊の派遣を批判。しかし、同じ左派系であっても、活動者のネットワーク組織的なLabor Notesや縫製労働者も組織しているHERE UNITEのように、明確なスタンスを示していない労働団体が大半だ。
どのようにして、Huerta氏がAmbiance Apparelの摘発について知り、現場に駆け付けたのかは不明だ。SEIUの声明文やメディアの報道にも、この点を示した記述は見当たらない。可能性のひとつとして、Los Angeles Rapid Response Network (LARRN)を通じて、情報を入手したことが考えられる。第二次トランプ政権の発足直後の1月24日、従来のRaids Rapid Response Network of Los Angelesを発展的に解消して設立された団体だ。ICEによる摘発があった場合に備え、情報の収集や交換、摘発時の状況を記録するなどの行動を緊急に実施するための連絡網としての役割を担っている。全米各地に同様な組織が作られているが、LARRNの設立の中心になったのは、Coalition for Humane Immigrant Rights (CHIRLA)という移民問題に取り組む団体の連合組織である。ここにHuerta氏が州の委員長をつとめるSEIUの721支部(SEIU Local 721)も主要メンバーとして加盟している。
LARRNに参加しているNPOのひとつに、Garment Worker Center (GWC)がある。ファッションディストリクトの労働者の権利擁護などに取り組んでいる組織だ。ロサンゼルスには同様の労働系NPOが10以上設立され、その多くはLos Angeles Worker Center Network (LAWCN)に加盟。連携して、黒人やアジア系などのマイノリティの労働者や洗車場の労働者など、特定の人種や産業で働く未組織の労働者への支援を提供している。GWC のディレクター、Marissa Nuncioさんは、In These TimesというNPOのメディアによる6月11日発信の”“Our Biggest Fear”: A Garment Worker Organizer on the ICE Raid That Set Off Mass Protest”という記事の中で、ICEによる6日の摘発について事前に知らなかったとしたうえで、LARRNを通じて事態を把握したと述べた。職場への摘発という「最悪の事態」において、逮捕された労働者の家族に支援を提供しているという。
ロサンゼルス市は、Day Labor Program & Resource Centersという日雇い労働者への支援機関を設立している。雇用者が日雇い労働者を適切に雇用するように、両者の関係を調整したり、日雇い労働者に各種の行政サービスを紹介することなどが主な業務だ。市内に7カ所のセンターが設けられているが、そのうちのふたつは摘発があったウエストレイクとファッションディストリクトである。日雇い労働者の支援組織、National Day Laborer Organizing Network (NDLON)のPablo Alvarado共同事務局長は、6月13日に発表したプレスリリースの中で、今回の摘発が日雇い労働者を含めた移民労働者だけでなく、移民が経営している零細ビジネスが大きな打撃を受けていると指摘。労働者に加え、移民の事業者への支援を呼び掛けている。
このように、6月6日以降のロサンゼルス各地におけるICEによる摘発は、日本のメディアの多くが伝えている「暴動」とそれを抑え込む州兵や海兵隊という図式だけで語られるべきではない。労働者としての移民への摘発に対して、大手の労働組合の幹部が逮捕、拘留されたことの影響も大きいと推察されるものの、労働界に、反摘発の動きが広がってきたことも事実である。また、これまで移民労働者を支援してきたNPOや活動者団体は、摘発された労働者の家族などに様々な支援を提供している。こうした労働界と移民支援の団体が連携して、政権に対峙し、状況を改善していくことができるのか。今後も注目していく必要がある。
なお、SEIUは、6月13日付で、David Huertaの逮捕に対して、世界15ヵ国の労働組合から釈放を求める連帯声明を受け取ったと伝えている。この中に日本は含まれていないが、その内容は以下から見ることができる。
https://www.seiu.org/blog/2025/6/massive-outpouring-of-global-solidarity
留学生のビザの取消しに続く留学予定者へのビザ発給面接の中止、トランプ政権の政策に内外から懸念や批判が噴出
2025年5月30日
トランプ大統領は、就任直後、テロ対策や反ユダヤ主義の取締りなどを名目にしたふたつの大統領令を公布した。イスラエルのガザ侵攻に反対する活動を行ってきた外国籍学生らを逮捕、国外送還にしようと試みてきたが、この動きは急速に拡大。全米各地で多数の留学生が逮捕、拘束され、一部の外国籍学生のビザが取消される事例が相次いだ。さらに、5月27日、国務省は、在外公館に対して、留学用のビザ発給に必要な面接の新規受付を一時停止するよう指示。これらの措置は、すでに入国している外国籍学生やアメリカで学ぼうと準備していた人々に不安や懸念を与えているだけではない。100万人を超える留学生を受入れている大学などの教育機関や生活に必要な食料や住居を提供している地域のビジネスにも、大きな影響が及ぶのは必至だ。こうしたトランプ政権の留学生に対する政策は、内外から懸念や批判を生んでいる。
海外に渡航するには、通常、査証(以下、ビザ)の発給を受ける。ビザとは、国家が自国民以外の人に対して、その人の所持する旅券(パスポート)が有効で、入国しても差し支えないと示す証書ということができる。入国の目的によって、異なるビザが発給される。アメリカに留学するには、F、MまたはJのいずれかのビザを取得しなければならない。Fは、最も一般的な留学生向けのビザで、Academic Student Visaと呼ばれるように、大学などで学ぶことを認めている。Mは、Vocational Student Visaのことで、日本でいえば専門学校などで学ぶ外国籍の人向けのビザである。最後のJは、Exchange Visitor用のビザで、大学の教員や研究者、学生などが交換(交流)プログラムなどで渡米する際に用いられる。ここでは、F、M、Jを総称して学生ビザと記載する。
学生ビザを取得するには、アメリカの在外公館で面接を受ける必要がある。ただし、すでにアメリカに入国して、国内でビザの種類を変更する場合などは、この限りではない。面接を受ける際には、留学を予定している大学などから、I-20という入学許可書を発給してもらい、他の必要書類とともに、これを持参して、大使館や領事館で面接を受けることになる。5月27日に国務省が在外公館に指示した、新規面接の一時中止とは、このことを指している。面接を受けることができなければ、学生ビザは発給されない。したがって、渡米し、入学が認めれた大学の門を潜ることはできなくなる。アメリカの大学の大半は、8月後半から9月初旬にかけて新学期を迎える。まだ3カ月弱あるものの、一時中止が長引けば、入学はできない人もでてくるだろう。留学予定者にとっては、一大事である。
前述のように、トランプ大統領は、留学生のビザ取消しや受入れ規制につながる大統領令をふたつ公布している。1月20日の” Protecting the United States from Foreign Terrorists and Other National Security and Public Safety Threats”と1月29日の” Public Safety Threats and Additional Measures to Combat Anti-Semitism”である。それぞれのタイトルが示しているように、前者は外国からのテロへの対策、後者は反ユダヤ主義を取り締まるための措置だ。大統領就任直後に、イスラエルのガザ侵攻に抗議活動を行っていた留学生らを逮捕したことは、その是非は別として、これらの大統領令に準じた措置と考えることもできる。しかし、なぜ、一般の留学生あるいは留学予定者にまでその影響が及ぶのか、疑問を感じても不思議はない。とはいえ、権力者は、自らの都合に適合させるように、法律を拡大解釈しがちであることは、歴史が示している。
トランプ大統領の場合、この拡大解釈が広範囲にわたるだけでなく、裁判所による違憲あるいは違法とする判決も無視する姿勢を継続。今回の留学生問題への対応もその一環であり、そうした大統領の法を無視したスタンスを問題視しなければならない。例えば、国務省は3月27日付で同省のウェブサイトに掲示された” Secretary of State Marco Rubio and Guyanese President Irfaan Ali at a Joint Press Availability”という見出しのインタビュー記事の中で、Marco Rubio長官が「国務省が300人のビザを取消したという新しい情報があるが?」というインタビュアーの問いに対して、「多分、もっと…、毎日(ビザの取消しを)行っているので、今日時点では300以上人だろう」と述べたことが報告されている。
このRubio長官発言を受けた形でTIMEは、4月1日に” These Are the Students Targeted by Trump’s Immigration Enforcement Over Campus Activism”というタイトルの記事を発信した。逮捕された留学生ら数人のパレスチナ問題に関する活動歴やビザの種類や状況について、個別に詳しく紹介している。この記事を見ると、学生ビザで滞在している留学生だけでなく、永住権を持っていても逮捕、拘留されている人がいた。TIMEが取り上げたひとりで、Georgetown UniversityのフェローとしてJ-Visaで働いていたBadar Khan Suri 氏は、3月17日に連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)によって逮捕された。3月20日に、Suri 氏の国外送還は認められないという判断を連邦地裁が示したものの、DHSは拘留を続けた、とTIMEの記事は伝えている。なお、Suri氏は、5月14日に出された連邦地裁の判決により、拘留の無効が認められ、釈放された。
「毎日、(ビザの取消しを)行っている」というRubio長官の言葉は、嘘ではなかった。高等教育に関する情報を伝えているニュースウェブサイトInside Higher EDの”International Student Visas Revoked”と題する調査記事によれば、4月24日時点で、全米280余りの大学などで、1800以上のFビザとJビザが取消されたという。ただし、取消し数が「Unknown(不明)」とされた大学も少なくない。したがって、ビザを取り消された留学生の実数は、これ以上に上ることは確実だ。なお、取消された学生が最も多い大学は、テキサス州の14の州立大学で構成されるUniversity Texas Systemで170人、次いでArizona State Universityの100人となっている。また、ビザを取消された留学生によって、少なくとも16件の取消し無効を訴える裁判が起こされ、一部では原告の訴えが認められ、ビザが回復されたという。
パレスチナ問題に関わった留学生の拘束と拘留、そして大統領令に基づくとされる学生ビザの取消し。これらは、あくまでトランプ政権による個別の留学生に対する措置だ。しかし、いずれも裁判に訴えられるケースもあり、少なくともその一部は、政権側の主張が否定された。その結果、トランプ大統領の思惑通りに事が進まない状況が生まれてきた。こうした状況に加え、大学の自治や学問の自由を盾に、大統領の命令に従わないことと明言する大学も登場。その代表格が、アメリカ最初のNPOといわれるHarvard Universityである。トランプ政権は4月11日、Harvardに対して、入学や採用に関する政策の変更やDiversity, Equity and Inclusion (DEI)の廃止、大学の運営や教育に対する政府の大幅な権限の承認などを求める書簡を送付。これに対して、Harvardは4月14日、連邦政府による大学への前例のない支配だとして強く反発。大学自治も憲法上の権利も放棄する意思はないとして、政権の要求を拒否したのである。
その2日後の4月16日、DHSは、Harvardの留学生の受入れに関する調査を開始。また、留学生を受け入れる資格を取消す可能性を示した。前述のように、留学を希望する人は、大学からI-20という入学許可書を受け取り、在外公館で学生ビザを取得するための面接に向かう。このI-20を発行する権限は、DHSの一部門Immigration and Customs Enforcement (ICE)が握っている。すなわち、Student and Exchange Visitor Program (SEVP)認可教育機関としてICEが認めた場合、大学などはI-20を発行し、留学生の受入れを行うことができる。Harvardに対して、この資格を取消すという恫喝に他ならない。連邦政府の補助金や事業契約の打ち切りについては、莫大な基金をもつHarvardはある程度耐えることができるかもしれない。しかし、現在、学生全体の27%を占める留学生の受入れができなくなると、大学経営に加え、優秀な学生の確保の困難さによる教育研究への影響は極めて大きいと見られる。
DHSのKristi Lynn Arnold Noem長官は5月22日、Harvardに対してSEVP認可教育機関としての認定を即時取消す旨を通知した。また、留学生に対しては、プレスリリースを通じて、転校しない限り、合法的な滞在資格を失うことになると警告。4月16日に示した「可能性」が現実化したのである。これに対して、Harvardは翌23日、マサチューセッツ州にある連邦地方裁判所にDHSによるSEVPの認定取り消しの撤回を求めて提訴。地裁のAllison Dale Burroughs判事は同日、DHSの認定取り消しを一時差し止める命令をだした。さらに5月29日に開かれた口頭弁論で、同判事は、「現状維持を望む」と述べ、差し止め命令が継続されることになった。これにより、少なくとも次回の口頭弁論まで、Harvardは留学生の受入れを継続できることになる。ただし、次回の口頭弁論の日程は未定のため、Burroughs判事による一時差し止めの効力がいつまで続くのか、不明だ。
このように、トランプ政権とHarvardの留学生をめぐる議論は、水入り状態にある。しかし、政権就任後、トランプ大統領が続けてきた「反テロ」や「反イスラエル」を名目にした留学生への身辺調査や逮捕、拘留、ビザの取消しなどは、今後も続くだろう。また、5月27日の留学希望者への在外公館における面接の一時中止措置も解除されたわけではない。在米の留学生やアメリカの大学に留学を目指す人々は、不安な日々と送らざるをえないだろう。とはいえ、この問題の影響を受けるのは、留学生と留学希望者だけではない。留学生を受け入れている大学や語学学校、それらの教育機関の周辺で留学生を対象にした「食や住」に関連したビジネスに関わる事業者への影響も大きい。
フルブライトなどの政府による留学生プログラム受託事業をはじめ、留学や国際的な文化交流活動のNPO、Institute of International Education (IIE)は、留学生の状況など示した報告書を毎年発行している。直近の2024年11月18日に発行された、Order the 2024 Reportによると、2023-24学年度に全米の大学で学んでいる留学生は、前学年度に比べ7%増え、112万6690人と、過去最高を記録した。このうち、大学院生では、全体のほぼ45%に相当する50万2291人で、留学生の教育レベルの向上が伺われる。なお、大学院に通う留学生の数は、前学年度から8%増加した。留学生の出身国・地域を見ると、トップは33万人のインド、次いで28万人の中国で、このふたつの国で全体の半数を超えている。また、留学生の専攻に関連した仕事を経験することを認めるPractical Trainingが複数存在する。そのひとつ、Optional Practical Training (OPT)には、2023-24学年度に24万2782人(前年度比22%増)が参加した。
高等教育に関わる人材を世界レベルでネットワークしているNPO、NAFSA: Association of International EducatorsのNAFSA International Student Economic Value Toolによると、2023学年度において、留学生は、438億ドルの経済効果をもたらすとともに、37万8175人分の雇用を創出している。創出される雇用を産業別に見ると、もっと大きい割合を占めているのは高等教育で、全体の51%。次いで、アコモデーション(居住関係)の19%、ダイニングの12%、小売りの10%などとなっている。このことは、留学生の入学により教員の需要が高まることに加え、大学の周辺地域のホテルやアパートなどの住宅やレストランなどの飲食業でニーズが生まれることを示しているといえよう。なお、NAFSAは、大学に付属した留学生向けの英語教育プログラムで学ぶ留学生による経済効果も試算。それによると、3億7100万ドル、2691人分の雇用が創出されたとしている。
留学生の受入れによる経済的な効果が示されているにもかかわらず、トランプ政権による留学生への攻撃は続いている。5月27日の留学希望者への在外公館における面接の一時中止措置の発表の翌日に出されたRubio長官による”X”への投稿は、そのひとつだ。投稿には”Chinese Students”と書かれているが、多くのメディアは、中国と香港からの留学生に対して、ビザの取消しを「積極的に」進めることを表明したと報じている。中国共産党に関係する学生や重要な分野での研究に携わっている留学生をはじめとした中国人学生という投稿からは、対象者が限定的なようにも読める。しかし、「はじめとした」という語彙が示すように、無制限に膨らむ可能性も否定できない。中国政府は29日、外交部が声明文を発表、「まったく不当な措置」だとしたうえで「断固として反対する」と述べた。
内外からの懸念や反発、批判などを受けている、トランプ政権の留学生の拘束やビザの取消し。今後、この動きは、どのように進んでいくのだろうか。ここで忘れてはならないのは、政権の不当な措置に対して反対する動きである。例えば、上記のように、4月24日時点で、全米280余りの大学などで、1800以上のFビザとJビザが取消された。その一方、翌25日、ICEは、1500人余りのビザを回復させたことを明らかにした。この中には、拘留されている留学生などは含まれていないと見られるが、訴訟などで闘うことで、状況は変わっていくことを示している。
最近、TACOという言葉が流行りだした。Trump Always Chickens Outの頭文字を取った、関税問題で示された、圧力を受けると直ぐに方針を変える大統領の姿勢を皮肉った言葉だ。「独裁者は小心者が多い」といわれる。トランプ大統領が独裁者かどうか、仮に独裁者だとしても、その例外でないかどうかは不明だ。とはいえ、これまでの大統領の言動を見ていると、不当な要求と感じた人々や団体、あるいは国が"No!"と主張していくことの重要性を示している。日本の政府や大学も、Harvardの学生の受入れに動く前に、まずトランプ政権の不当な行為を批判すべきではないだろうか。
なお、上記のInside Higher EDの留学生のビザ取消しに関する調査記事は、以下から見ることができる。
https://www.insidehighered.com/news/global/international-students-us/2025/04/07/where-students-have-had-their-visas-revoked
難民締め出しの中で南ア白人の受入れ、トランプ政権の措置に南ア政府や支援団体が反発
2025年5月18日
今年1月20日の就任当日、トランプ大統領は、難民の受入れを中止する大統領令を発令した。しかし、2月に、南アフリカ(以下、南ア)のアフリカーナと呼ばれる白人が迫害されているなどとして、別の大統領令により受入れを表明。5月12日に、その第1陣として59人が首都ワシントン近郊の空港に降り立った。このトランプ政権の措置に対して、南ア政府は、白人への迫害について事実無根と反発。また、これまでアメリカ政府と協力して移民や難民の受入れ支援を行ってた団体などからは、「ダブルスタンダード」と批判が相次ぎ、南ア難民への支援を拒否する動きも出ている。さらに、現地の白人団体も、トランプの措置に謝意を示しつつも、南アを離れる意思はないと表明。大統領の措置そのものの意義が疑問視されるなど、受入れをめぐり混乱状態が生じている。
難民受入れ中止を宣言した大統領令のタイトルは、”Realigning the United States Refugee Admission Program”というものだ。” Realigning” (再調整)という語彙を用いているものの、大統領令の第1節の目的において、「難民のさらなる受入れがアメリカの利益と一致するまで、USRAPを一時停止する」と述べているように、事実上、難民の受入れを全面的に中止することを意味する。というのは、アメリカにおける難民の受入れは、Immigration and Nationality Act of 1965により、USRAP (United States. Refugee Admissions Program)を通じて行われることが法的に定められているからだ。USRAPは、難民の受入れを支援するNPOと連邦政府の関係機関によって構成されている組織で、支援活動を担うNPOに対して、連邦政府は資金を提供してきた。しかし、大統領令は、1月27日午前0時1分(東部時間)をもって難民の受入れを中止すると一方的に表明した。
トランプ大統領は2月7日、難民の受入れを中止したはずにもかかわらず、”Addressing Egregious Actions of The Republic of South Africa”と題する別の大統領令を発令。このタイトルが示すように、南ア政府に関する措置だ。大統領令は、南ア政府による”Egregious Actions”(悪質な行為)の具体例として、2024年12月に議会を通過、25年1月23日に大統領が署名、成立した、土地収用について定めたExpropriation Act 13 of 2024をあげている。公共的な目的ないしは利益のために土地の収用を行う際のプロセスや補償について定めた法律だ。トランプ大統領は、この法律を”Egregious”と述べる根拠として、その目的が民族的少数派の白人の農地を収用するための人種差別的な行為だとしたうえで、収用の際、補償が行われないと批判している。
なお、この大統領令は、パレスチナのガザ地区へのイスラエルの攻撃に対して、南ア政府が国際司法裁判所 (International Court of Justice) に訴えたことを、反イスラエル主義として批判している。これらふたつの”Egregious Actions”により、南アに対するアメリカの援助を打ち切るとともに、白人であるという人種差別的な理由によって農地を収用される人々を難民認定し、アメリカへの受入れを表明したのである。大統領令が指摘している、南アフリカ政府によるイスラエルのガザ攻撃をジェノサイドとして国際司法裁判所に提訴したことは事実だ。では、Expropriation Act 13 of 2024が無償で白人農民なら土地を取り上げたり、南ア政府が白人を迫害してきたという指摘は妥当なのだろうか。
AP通信が3月24日に発信した” Persecution of South Africa’s whites a ‘false narrative,’ president says as Musk repeats genocide claim”というタイトルの記事は、南アのCyril Ramaphosa大統領が同日、南アの白人への迫害という指摘を「虚偽の物語」と指摘。そのうえで、「我が国が特定の人種や文化の人々が迫害の標的にされている場所であるという完全に誤った物語に異議を唱えるべきだ」と述べている。実際、Expropriation Act 13 of 2024 (EA13)の条文を見てみると、「無償」の「収用」という語彙は存在する。しかし、「収用」に当たって必要とされる手続きや「補償額」の算定基準なども記載されている。また、1996年に制定された南アの憲法は、25条において土地収用について規定しており、EA13に基づく「収用」は、この憲法の範囲内で行われることになる。したがって、
EA13の成立により、白人の農地を無償で政府が取り上げるようになったとするトランプ大統領の指摘は、説得力に欠ける。
南アの白人への迫害についても、実態を正しく把握したうえでの発言とはいえない。例えば、フランスの通信社、AFPは3月10日、” False data distort complex picture of South African farm murders”という見出しのファクトチェック記事を掲載した。この記事は、トランプ大統領の「農地没収」という主張を根拠がないと断言。また、France for Trumpを名乗る団体が2月3日にSNSの”X”に投稿した「毎日60人の白人農民が黒人の南アフリカ人に殺されている」という文章の真偽を検証している。なお、同様の内容の投稿は、FacebookやInstagramにも掲載されたという。AFPは、南アの警視庁に相当するSouth African Police Service (SAPS)のデータに基づき、AfriForumという白人の政治団体が作成した報告書”Farm Attacks and Murders in South Africa (2023)”などのデータに基づき、2023年に50人、24年に49人が農場で殺害されたと報じている。
これらの数字は、南アの農場における治安の悪さを示しているものの、非白人の被害者も含まれており、前述の”X”の投稿は、極めて誇張されているといえる。そもそも、南アは、世界でも最も治安が悪いことで知られており、AFPのファクトチェックによれば、2024年1月から9月までの間に殺人による死者は1万9279人と、1日平均70.6人に及んでいる。農場の白人だけがターゲットにされ、殺害されているわけではないのだ。なお、南アでは、イギリス統治下の1913年にNatives Land Actが制定され、黒人の土地所有や購入が禁止された。その影響もあり、現在の南アの人口6000万人余りのうち8割が黒人で、白人は8%程度にすぎない。しかし、2017年時点で農地の72%は白人によって所有されていた。
では、アメリカに難民として受入れるというトランプ大統領の方針を、南アの白人はどのように受け取ったのだろうか。前述のように、第1陣が5月12日にアメリカに到着した。したがって、希望者がいたことは事実である。また、大統領令の発令後、南アの白人がプラカードなどで謝意を伝えるシーンも報道された。とはいえ、実際に南アを離れようとする白人は少数と見られる。例えば、大統領令公布の翌日、南アの白人団体は、記者会見を開き、大統領令に対する考えなどを示した。上記のAfriForumのCEO Kallie Kriel氏は、「我々は断固として言わなければならない。他の場土地に移りたくないと」と述べた。また、組合員200万人をもつ労働組合Solidarityは、「我々の組合員は、南アで働き、ここに住む」としたうえで、「どこにもいかない」と語った。
以上のような事実を踏まえれば、南アで白人が迫害され、アメリカに難民として受入れるべきだという主張の妥当性に疑問や否定的な考えがでても不思議はない。その具体化として、南ア難民への支援活動を拒否する団体も現れた。イングランド国教会(Church of England)の系統に属するキリスト教の教派、Episcopal Churchの一部として移民や難民の支援に当たってきた、Episcopal Migration Ministriesである。Episcopal Churchは、声明を発表。長年、南アのAnglican Church of Southern Africaと協力関係にあり、人種差別に反対する活動などにも関わってきた経緯などから支援活動に関わることを拒否したという。。移民や難民支援などに関連して、Episcopal Churchがトランプ政権に批判的なスタンスを示したのは、今回が初めてではない。大統領就任の翌日、ワシントン大聖堂で挙行される超教派の礼拝で、トランプ大統領らにLGBTQや移民・難民への慈悲(Mercy)を求めたMariann Buddeが主教を務める教会でもある。
こうした経緯も含め、Episcopal Churchは、南ア難民への支援活動に関わることができないとの判断に至ったという。なお、Episcopal Migration Ministries は、本稿の最初の方で紹介したアメリカにおける難民の定住支援を進める官民連携組織、USRAP (United States. Refugee Admissions Program)のひとつとして、長年、難民支援に従事してきた。しかし、今回の南ア難民支援を拒否したことで、連邦政府の資金による難民支援活動は、今年9月末で打ち切られることになる。その後は、政府資金と無関係に、難民への支援を継続するという。なお、同じUSRAPに関わるNPO、Church World Serviceは、南ア難民への支援を行うことを表明した。ただし、CEOのRick Santosの名前で発表した声明では、他国や地域からの難民の受入れを拒否している一方、南アからの難民を特別扱いしていることに懸念を示した。
Santos CEOの懸念は、南アから難民を受入れるという事実だけを指しているのではない。通常、難民は、アメリカに入国するための渡航費を自ら負担する。しかし、今回の南ア難民に対しては、連邦政府、すなわち税金で賄われた。また、難民として認められるには、申請から数年かかるのが一般的だ。だが、南ア難民に対しては、2月の大統領令から3カ月余りという、いわゆる「ファストトラック」で進められた。南アと他国・地域との受入れにおけるダブルスタンダードが問題視されたのである。なお、南ア難民への特例扱いについて、トランプ政権の高官のひとりは、「(アメリカ社会への)同化が容易」なことをあげた。しかし、入国後、難民のひとりは「今後、英語は話したくない」と述べるなど、「同化」を拒否する姿勢をうかがわせた。
以上のような実態を知ると、なぜトランプ大統領は、南アから白人を難民として受入れることを急いだのか疑問が生じてくる。その背景には、Great Replacement Theoryが影響していると見られる。Great Replacementとは、大規模な置き換えという意味だ。大量の移民や難民の流入によって、アメリカやヨーロッパの白人の人口が非白人に置き換えられるとする、白人至上主義的な陰謀論の一種である。2011年にフランスの作家・思想家、ルノー・カミュが提唱した考え方だ。トランプ大統領と彼を支えるキリスト教右派は、この考えに沿って、非白人の移民の排斥や難民の受入れ拒否を進めているといわれている。
なお、上述したEpiscopal Churchの南ア難民支援拒否に関する声明は、以下から見ることができる。
広がりを見せる反トランプ政策への連携した闘いの輪、注目される労働界の対応
2025年4月16日
労働組合員を含む連邦政府職員の大量解雇や労働協約の解消など、アメリカ史上最悪の組合潰しといわれるトランプ政権。この動きに対して、解雇された組合員を抱える労働組合による訴訟や抗議行動が個別に行われてきたものの、労働界全体の動きは、積極的とはいえなかった。しかし、4月に入り、連邦政府から大学に提供されてきた研究資金の廃止や削減、移民や外国人への差別的な取締りに対して、大手の単産の中からも、解雇の撤回や労働基本権の擁護に加え、民主主義や言論の自由、移民の権利、パレスチナ支援などに取り組むNPOなどの団体との連携が目立ってきた。こうした動きが、トランプ政権の反労働、反移民、反人権の政策を押しとどめることにつながるか、関心がもたれる。
全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)は、大統領就任当日に公布された連邦政府職員の解雇を容易にする道を開くことにつながる大統領行政命令に、1月21日のプレスリリースで警戒感を表明。また、1月27日に明らかになった連邦政府の予算凍結に関するメモには、「違法」として批判した。いずれも、Liz Shuler会長名でなされたものだ。さらに、トランプ大統領の「盟友」Elon Muskが主導するDepartment of Government Efficiency (DOGE)がDepartment of Labor (DOL)所有の労働者の個人情報を取得しようとしたことに対して、2月5日に訴訟を起こした。首都ワシントンの連邦地方裁判所に提訴されたもので、DOGEによる個人情報の取得を一時的に差し止めることを求めていた。
この訴訟は、連邦政府機関の職員を組織している、American Federation of Government Employees (AFGE) やAmerican Federation of State, County, and Municipal Employees (AFSCME)、Service Employees International Union (SEIU)、Communications Workers of America (CWA)、労働系のシンクタンクのEconomic Policy Institute (EPI)と共同で行われたものだ。EPIは、法人格としては独立したNPO(501c3団体)だが、AFL-CIOのShuler会長が理事長を務め、理事の多くも大手労働組合のトップであることが示唆するように、AFL-CIOとその傘下組合の外郭団体的な性格が強い。したがって、労働界とNPOの連携による行動とはいいがたい。
首都ワシントンの連邦地裁に訴えを起こした2月5日、AFL-CIOは、Department of People Who Work for a Living (DPWL)をスタートさせた。Departmentと命名されているものの、組織内に新たな部署を設けたわけではなく、トランプ政権の労働政策に反対するキャンペーンを始めたといった方がよいだろう。大統領とDOGEの動きへの対応策という位置づけだ。AFL-CIOは、ウェブサイトに専用のコーナーを開設。過去2カ月余りの間に、メディア向けのリリースを掲載したり、組合員の声をビデオで紹介するなどしている。また、連邦議員に向けて労働者の声を伝えるように呼び掛けたり、全米各地で行われるAFL-CIO傘下の組合の集会を紹介。しかし、AFL-CIO自らが主導して大規模な抗議行動を進めるような動きは出ていない。
ちなみに、1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任し、反労働政策を進めた。その最たるものは、同年8月3日にストライキに突入したProfessional Air Traffic Controllers Organization (PATCO)の組合員の航空管制官1万3000人に対して、48時間以内の職場復帰を命令、これに従わなかった1万1345の管制官を一斉解雇したことだ。その結果、PATCOは、解散を余儀なくされた。航空管制官の組合は歴史を100年逆戻りさせたといわれたこの措置に対して、1981年9月、祝日のLabor DayをSolidarity Dayに言い換えて、首都ワシントンに25万とも50万ともいわれる人々を集め、集会とデモを実施した。しかし、このレーガンの行動により、企業の中に組合潰しの機運が高まり、労働界は、長い冬の時代に突入していくことになった。
日本のメディアでも数多く報じられたように、4月5日に全米1000カ所余りで、数十万人が参加して、”Hands Off”(手を引け)をスローガンにした、反トランプの集会やデモが行われた。1月の大統領就任以降、最大の反トランプの行動といわれた、このイベントに対して、AFL-CIOは、200近い協力団体のひとつに加わったものの、傘下の組合や労働者に参加を呼び掛ける声明などを出した形跡は見られない。ただし、単産レベルでは、省庁の改廃や労働者の解雇などの攻撃に直面している、AFGEや教職員組合のNational Education Association (NEA)、United Automobile Workers (UAW)などが協力団体に名を連ねた。また、首都ワシントンの集会で、演説を行った組合もある。とはいえ、運営の中心は、女性をはじめとした人権や環境などのイシューベースのNPOで、労働団体の存在感は乏しかった。
しかし、”Hands Off”からわずか3日後に全米の大学のキャンパスで実施された”Kill the Cuts”のスローガンを掲げた集会とデモでは、異なる様相を示していた。このスローガンの”Cuts”とは、連邦政府から大学などの教育研究機関に提供されてきた研究資金の廃止・削減を指す。つまり、このトランプ政権の動きを「Kill(止めろ)」という意味だ。4月9日発信のLos Angeles Timesによると、”Kill the Cuts”のデモや集会が行われた大学などは、全米で37。“Hands Off”の1000余りと比べると、はるかに少ない。その記事によると、参加者も、University of California at Los Angeles (UCLA)では、250人程度だったという。また、University of California at Berkeley (UCB)の様子を伝えたABC Newsの記事によれば、参加者は1000人ほどに止まっている。
”Kill the Cuts”には、補助金の受給者として自らの職場を守るという自衛的なスタンスがないわけではない。しかし、副題的に提示された” Save Lifesaving Research, Healthcare, And Education”という言葉が示すように、大学などにおける研究は人々の生活や健康を守るためのものだと主張。また、教育そのものも守っていくというスタンスの提示など、幅広い意味合いを含んでいた。この全米行動の中心になったのは、UAW、 SEIU、 AFSCME、 UE (United Electrical, Radio and Machine Workers of America)、NEA、 AFT 、CWA、 AAUP (American Association of University Professors)などの労働組合だ。このうちNEA,とAFT、AAUPは、教職員組合だが、他の組合も大学の教員や院生を組織。また、大学や研究機関の労働者を組織している労働組合の連携組織、HELU (Higher Education Labor United)やL4HE (Labor for Higher Education)、さらに2011年のOccupy Wall Street運動を起源にもつ学生奨学金の返済減免を求める運動体Debt Collectiveも行動に参加、運動の幅を広げていた。
NPOの情報紙、Nonprofit Quarterlyの4月4日付の記事”Higher Education Unions Mobilize to ‘Kill the Cuts’”によれば、”Kill the Cuts”の中心を担ったのは、HELUである。上記のように、大学の教職員や院生を組織している労働組合は少なくない。しかし、AAUPを除けば、それぞれの組合において少数派だ。このため、異なる全国組織に属している大学院生などの連携を促進、同じ目的のために活動する基盤として、結成された運動体である。昨年5月17日から3日間、ニュージャージー州のRutgers Universityで結成大会を開いた。その初日、ハイブリッドのプログラムとして最初に設定されたのは、”Gaza, Campus Protest, and the Higher Ed Labor Movement”というテーマだった。大学におけるガザ支援の活動と高等教育の労働運動について話し合うセッションである。キャンパスの反戦運動を労働組合の現場に組み込んでいく必要性を強く意識した企画といえよう。
上記の労働組合のうちUAWは、日本では自動車労組と呼ばれている。なぜ、そのUAWが大学に関する問題に関わるのかと疑問を持つ人も少なくないだろう。しかし、自動車産業の海外移転の影響もあり、1980年代から自動車メーカーで働く組合員が大幅に減少。一方、進歩的なスタンスが功を奏したこともあり、大学や研究機関で働く教員や助手、院生、研究者などを組合員として獲得することに成功していった。今では、組織内に、Higher Education Departmentという大学などにおける組織化を担当する部局も設置。University of Californiaの4万8000人を筆頭に、大学関係者だけで組合員全体の4分の1を超える10万人を組織するに至っている。
昨年春、全米の大学で実施されたパレスチナ支援活動には、UAWの組合員の多くが関わっていた。コロンビア大学の大学院生で永住権を持ちながら、ニューヨーク市内の自宅付近で逮捕され、国外退去処分に直面、裁判で闘っているMahmoud Khalilさんも、そのひとりだ。また、マサチューセッツ州のTufts University で留学中の博士課程の学生で、SEIU Local 509 のメンバー、Rumeysa Ozturkさんは、2024年3月にThe Tufts Dailyというキャンパス紙に"Palestinian genocide"について投稿。これを理由に、今年3月25日にImmigration and Customs Enforcement (ICE)に逮捕された。
トランプ政権の「不法移民」対策は、労働界との軋轢を生んでいる。3月25日、ワシントン州でFamilias Unidas por la Justicia(FUJ)という農業労働者の組合のメンバー、Alfredo Juarez Zeferinoさんが乗車中Immigration and Customs Enforcement (ICE)の取締官に停止させられた。令状を見せるように求めたところ、車の窓ガラスを壊され、外に引き出されて、逮捕されたという。Zeferinoさんは、農業労働者の組織化に尽力したCesar Chavezの理念に基づく活動を進めているアドボカシー団体、Community to Community (C2C)にボランティアとして関わっている。C2Cは、FUJなどの労働団体と協力関係を築きながら、活動してきた。地元のTacoma市の拘置所に収監されているZeferinoさんの釈放を求め、拘置所前でデモを行うなどの支援活動も進めている。
こうしたトランプ政権による言論の自由や団結権の侵害行為に、労働組合の他、反戦平和や人権擁護を掲げるNPOなどが強く反発。組合員を逮捕されたUAWやSEIU、FUJとともに、”Kill the Cuts”でも連携したAAUP、UEなど11単産と大学院生などを組織している組合の地方組織が共同声明を発表。4月初めに出された”Labor Demands an End to the Assault on the Right to Organize and Protest”と題する声明には、Agricultural Justice ProjectやBaltimore Nonviolence Center、Labor-Community Alliance of South Florida、Labor for Palestine National Network、North Coast Progressive Alliance、Whatcom Peace & Justice CenterなどのNPOも賛同者として加わっている。声明では、逮捕された労働者の即時釈放とともに、州や地方政府、大学などに対して、政権による取締りへの協力を拒否することなどが要求されている。トランプ政権の「弾圧」が、結果的に、労働組合と人権団体などの連携を生み出したともいえよう。
「労働者と市民の連帯した活動が生まれているとはいえ、37大学の”Kill the Cuts”でトランプ政権の動きを止めることができるのか」という疑問を持つ人も少なくないだろう。これまで述べてこなかったが、4月8日以前にも大学などの教育研究機関に対する連邦政府の補助金の廃止・削減への抗議行動は、各地で展開されてきた。3月7日に首都ワシントンをはじめ全米30余り、さらにフランスなどのヨーロッパでも行われた”Stand Up for Science 2005”と命名された集会は、そのひとつだ。”2025”とあるのは、2017年にトランプが大統領に就任した時にも、同様な抗議行動が行われたためだ。
この集会には、首都ワシントンに2000人ほどの科学者らが集まり、補助金の廃止・削減やそれに伴う解雇などの撤回を要求。集会では、ノーベル賞を受賞した研究者や補助金を提供するNational Institutes for Health (NIH)などの政府機関の元トップも演説した。また、NIH Fellows Unitedの副委員長で、博士号取得後にNIHで働いているフェローのHaley Chatelaineさんも発言した。とはいえ、、研究者と労働組合の連携がイメージされたとはいいがたい。あくまで、研究者による抗議活動とえよう。
では、これからどのような活動を展開していくつもりなのだろうか。Stand Up for Scienceの中心人物のひとり、ニューヨークにあるCold Spring Harbor Laboratory の生物学者、Emma Courtneyさんは、集会後の活動として、研究者が行っている研究について地域で説明する機会を設けたり、研究者がアドボカシー活動を進めるスキルを身に着けるためのトレーニングを実施していくことを考えていると、2月7日付のScience Newsの”Stand Up for Science Rallies Draw Crowds Protesting Trump Cuts”という記事の中で語っている。研究をしているだけでは、人々の理解をえられない。地域に入り、人々に訴え、行動を共にしてもらうように働きかける人材の育成が必要という認識からだ。
「労働者と市民の連帯した活動」については、すでに「次」が準備されている。4月17日に行われる、#DayofActionforHigherEdは、そのひとつである。Coalition for Action in Higher Education (CAHE)が中心となって実施される集会やデモで、”Kill the Cuts”に取り組んだAAUPやAFTなどの労働組合に加え、HELUやDebts CollectiveなどのNPOも参加。ただし、4月8日と異なり、Faculty for Justice in Palestine NetworkやInstitute for the Critical Study of Zionism、Jewish Voice for Peaceのような新パレスチナ団体が目立つことが特徴といえる。
#DayofActionforHigherEdのウェブサイトによると、4月17日に連邦政府の補助金廃止・削減などに抗議する集会は、全米120近い大学で開催される。オンラインのプログラムも設けられており、1日かけて10のセミナーなどが開催されるという。さらに、5月1日のメーデーには、「次の次」が用意されている。メーデーの発祥地ながら、AFL-CIOの前身のAFLを筆頭に、アメリカの労働界の大半は、メーデーを「労働者の日」とする考えを否定的に捉えてきた。だが、今年は違う。#DayofActionforHigherEdの関係団体などが、全米各地で反トランプの声をあげるべく準備を進めている。
最後に、トランプ政権の大学などに対する補助金の廃止・削減の問題点について触れておこう。補助金の廃止・削減は、提供される資金を前提にして組まれる研究ができなくなるあるいは縮小せざるをえなくなることを意味する。特に、医療分野においては、ガン治療や感染症対策など人命にかかわる研究も少なくない。社会全体にネガティブな影響が及ぶということだ。前述のように、NIHの補助金を受けてきた、科学者が真っ先に声をあげたのは、そのためともいえる。
トランプ政権は、補助金を維持した場合でも、間接費を従来の60%前後から15%に引き下げることを表明している。家賃や光熱費、研究に伴う会計処理などに充当される間接費がこれだけ大幅に削減されれば、大学などの研究機関の経営に支障が出ることは不可避だ。さらに、研究費の廃止・削減においても、DEIとの関係が考慮される。HIVの研究廃止が予想されるのは、その一例だ。このように、補助金の廃止や削減は、大学や研究者にとってマイナスになるだけではない。研究の成果による人々への健康や福祉の向上が阻害される。しかも、大統領の考えにそぐわない研究内容がターゲットにされているのだ。このような政策をどう防いでいくのか。労働界の役割と責任も問われているといえよう。
なお、上記の#DayofActionforHigherEdのオンライン・プログラムについては、以下から申し込みができる。
https://www.dayofactionforhighered.org/events
連邦政府職員の団体交渉権をはく奪する行政命令、トランプの発令に労働界が反発し、訴訟へ
2025年4月1日
連邦政府機関の改廃や職員の解雇を進めるトランプ政権に対して、職員を組織している労働組合は、裁判に訴え、その一部で勝利し、政権側の動きを抑制している。こうした中でトランプ大統領は3月27日、大統領行政命令を発令、「国家安全保障」の概念を拡大解釈し、すでに締結されている労働協約を解消するとともに、労働組合が認められてきた省庁の職員の団体交渉権をはく奪する措置を発表した。この行政命令に対して、労働協約を結んでいた労働組合をはじめとした労働界などは、政府機関の改廃反対運動への報復だとして、強く反発。組合の一部は、訴訟を起こすなどしており、政府機関の改廃や職員の解雇に絡む政権と労働側の対立は、新たな局面に入ってきた。
トランプ大統領が発令した行政命令には、”Exempts Agencies with National Security Missions from Federal Collective Bargaining Requirements”というタイトルがつけられている。「国家安全保障」を使命とする連邦政府機関を団体交渉の対象から除外することを狙った措置であることがわかる。行政命令は、その法的な根拠として、民主党カーター政権下の1978年に超党派の支持で制定された、Civil Service Reform Act (CSRA)をあげている。CSRAには、労働組合の団体交渉権の認定方法などに加え、組合に加盟できない職員についての規定も盛り込まれている。その規定のひとつに、「国家安全保障」に関連する業務に従事していることがある。なお、CSRAは、連邦政府職員の団体交渉権の認定などを行う機関として、Federal Labor Relations Authority (FLRA)を設置した。
現在、連邦政府機関と労働協約を締結している労働組合は、FLRAが管轄した職場選挙によって認定されている。したがって、既存の労働協約は、「国家安全保障」に関わる政府機関と労働組合が結んだものではないことになる。しかし、トランプ大統領の行政命令は、既存の労働協定において、「国家安全保障」を使命とする機関が締結者となっているとして、CSRAに基づき、違法と判断。労働協約の締結団体としての認定を否定することで、協約そのものを葬り去ろうとしたといえる。
この論理を通すため、行政命令に付随して公開されている”Fact Sheet”は、「国家安全保障」の具体的な内容として「国防」や「国境管理」など8つの項目を提示している。例えば、「国防」については、Department of Veterans Affairsは戦争によって負傷した兵士に医療を提供していること、National Science Foundation (NSF)は軍事関連の調査研究などを実施していることをあげ、「国家安全保障」に関わる政府機関と見なすことの正当性を主張。ただし、「法執行機関」である、警察と消防は、対象外で、団体交渉を継続することができるとされている。
“Fact Sheet”には、その理由が明示されていない。「法執行機関」の労働組合の多くは、保守的で、2024年の大統領選挙でもトランプ候補を支援した経緯などが影響している可能性が考えられる。なぜなら、“Fact Sheet”の末尾に、「トランプ大統領は、彼と一緒に働く労働組合との建設的なパートナーシップを支持している」としつつも、「重要な国家安全保障任務を持つ機関を管理する彼の能力を危険にさらす大規模な妨害を容認しない」と記載されているからだ。「大規模な妨害」とは、トランプ大統領が進める連邦政府省庁の改廃や職員の解雇に対する、訴訟を含めた反対運動を指しているのだろう。例えば、大統領は、試用期間中の職員2万5000人を解雇した。しかし、複数の労働組合が訴訟を起こし、復職が命じされるなど、組合による「妨害」が大統領の思惑を制約している実態がある。
トランプ大統領が労働協約の解消と団体交渉権のはく奪に関する行政命令を発令したのと同じ3月27日、連邦政府職員の労働組合としては最大の82万人を組織しているAmerican Federation of Government Employees (AFGE)は、Everett Kelley全米会長の名前で声明をだした。“AFGE Condemns Trump's Retaliatory Attempt to Outlaw Federal Unions“というタイトルの声明の中で、同会長は、退役軍人が3分の1を占める連邦政府職員の権利に対する「恥ずべき、報復攻撃」と非難。「AFGEは逃げることはない…。速やかに法的措置を取る準備を進めており、…我々の権利、組合員そしてすべてのアメリカの勤労者を守るために闘い続ける」と述べている。
AFGEは、孤軍奮闘を強いられているわけではない。行政命令が発令後、労働団体などから、行政命令への批判に加え、連邦政府機関の職員とその労働組合への支援を表す声が相次いでいるのだ。例えば、全米最大の労働組合のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)は3月28日、Liz Shuler会長による声明を発表。30余りの連邦政府機関の職員から労働基本権である団結権と団体交渉権を奪う「組合潰し」に他ならないと指摘。そのうえで、「我々を沈黙させようとする野蛮な試み」によって、「何世代にもわたって築き上げてきた労働者の権利の破壊を許さない」ため、闘い抜く決意を示した。
単産レベルからの行政命令への反発や労働組合への支援の声も相次いでいる。トランプ大統領の自動車関税に賛辞を送ったUnited Automobile Workers (UAW)のShawn Fain会長は、声をあげたひとりだ。3月28日付の声明の中で、Fain会長は、1982年にレーガン大統領がProfessional Air Traffic Controllers’ Union (PATCO)の組合員1万1000人を解雇したことを想起するよう訴えている。この時、労働組合が連帯して闘わなかったことによる敗北が今日の労働界に影響を与えているという認識を示したうえで、PATCOの時よりもはるかに悪質な攻撃に対して、無関係として引き下がっていてはならないと指摘。民主党も共和党もなく、同じ労働者として肩を組み、闘う準備ができているとして、トランプ政権の労働者への攻撃に反対していく意思を明らかにしている。
この他、労働組合などが行政命令への抗議と連邦政府職員の組合への支持を表す声明を発表している。声明のタイトルと表明した組織は、以下の通り。なお、発表は、いずれも3月28日。ただし、Legal Defense Fundについては記載なしため不明。
・CWA Statement on Executive Order Silencing Union Workers (Communications Workers of America)
・Trump’s attempt to eliminate collective bargaining for federal workers is blatant retribution (American Federation of State, County & Municipal Employees)
・AFT’s Weingarten on Trump’s Illegal Executive Order Trying to Ban Collective Bargaining for Federal Employees (American Federation of Teachers)
・The Trump Administration is once again gutting workers' rights (National Education Association)
・Trump executive order to dismantle federal worker unions is an autocratic power grab (Economic Policy Institute)
・Five Rights All Federal Workers Have (Legal Defense Fund)
このように労働界を中心に、連邦政府職員への支援が広がる中で、労働組合による訴訟が起こされた。National Treasury Employees Union (NTEU)が3月31日に首都ワシントンの連邦地方裁判所にトランプ大統領らを訴えたのが、それだ。NTEUは、連邦政府の省庁など37の機関に所属する職員、約15万人を組織している。1938年に、国税庁に相当する、Bureau of Internal Revenue(当時)で税金の徴収業務に関わる低賃金の職員によって、National Association of Employees of Collectors of the Internal Revenue (NAECIR)という名称で、結成された。1966年にAFGEとの合併が検討されたものの、不成立に終わった。1973年にDepartment of Treasuryの職員の組織化に成功、現在のNTEUに改称し、今日に至っている。
トランプ政権による連邦政府省庁の改廃や職員の解雇に関連してNTEUが起こした裁判は、3月31日が最初ではない。1月20日の就任以降、トランプ大統領が発令した省庁改廃や職員解雇に関する複数の行政命令により、試用期間中の職員の解雇などが行われた。これに対して、復職などを求めて、首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴えたのである。この裁判は、NTEU が主導して、International Association of Machinists and Aerospace Workers (IAM)やInternational Federation of Professional and Technical Engineers (IFPTE)、United Automobile Workers(UAW)などの労働組合も原告として参加。前述のように、試用期間中の職員の解雇を差し止める判決を勝ち取った。
この訴訟の前日、NTEU は、消費者保護を進める連邦政府の独立機関、Consumer Financial Protection Bureau (CFPB)に関連して2件の裁判を首都ワシントンの連邦地方裁判所に起こしていた。そのうちの1件は、CFPBの職員に対して、職務の停止が命じられたものの、公式な休職扱いとなっていなかったことに関するものだ。もうひとつは、Elon Muskが主導する”Department of Government Efficiency”がCFPBの職員の個人情報にアクセスすることを止めさせることを求めた裁判だ。
3月31日の提訴は、上記の2件と同様に、首都ワシントンの連邦地方裁判所に起こされた。訴状によれば、前述のCivil Service Reform Act of 1978に基づく行政命令により、大統領と団体交渉の相手であるOffice of Personnel Management (OPM)が、NTEUを団体交渉の正当な代理人であると認定することを拒否していた。過去にもCSRAに基づき「国家安全保障」を理由にした団結権や団体交渉権の適用除外が実施されたことはあったものの、トランプ大統領の措置のように省や庁の全体に及ぶような大規模なものはなかった。そのため、行政命令の第2項を違法と認定し、NTEUの団体交渉権の確認など6項目の救済措置を求めている。これらの裁判は、連邦最高裁まで行く可能性がある。長期にわたる闘いだ。しかし、AFGEのように、NTEUも逃げずに闘い続けることだろう。
なお、上記の3月31日にNTEUが起こした裁判の訴状は、以下から見ることができる。
https://www.nteu.org/-/media/Files/nteu/docs/public/2025/7103%20Mass%20Exclusion%20Complaint%20-%20filed.pdf
大統領行政命令で英語公用語化、米史上初の措置に移民の権利擁護団体などが懸念
2025年3月5日
トランプ大統領は3月1日、英語をアメリカの公用語とする大統領令に署名した。特定の言語を公用語として指定することは、米国史上初めてのこどだ。政府機関などが英語以外の言語を用いることを禁止する措置ではない。しかし、トランプ政権は既に、ホワイトハウスのウェブサイトからスペイン語による掲示が削除されている。こうした経緯もあり、英語以外の言語を用いる人々への連邦政府のサービス利用の悪影響につながるなどとして、ヒスパニック系やアジア系の議員などに加え、移民の権利擁護活動を進めている団体からは批判の声が噴出。一方、長年、英語の公用語化を求めてきた保守系の団体は、大統領行政命令を歓迎しており、「国の統一」を目的にした措置としながらも、対立を招く状況になっており、今後の動向が注目される。
英語を公用語化を求める動きは、English-only movementまたは Official English movementなどと呼ばれ、保守系の政治家や団体によって長年にわたり続けられてきた。運動としてみた場合、1907年に当時のTheodore Roosevelt政権下で始まったといわれている。ただし、これ以前にも、「移民国家」という性格上、英語以外の言語を話す人々が特定の地域に流入し、英語圏の人々と対立を引き起こすケースもあった。1750年代に、ペンシルベニア州にドイツ系移民が急増、道路標識が英語とドイツ語の両方になったことをきっかけに、英語の使用が市民と移民の対立と関連して深刻化したことは、その一例だ。
近年のEnglish-only movementは、1983年にU.S. Englishが結成され、州や地方政府において、英語の公用語化を進める運動が開始されたことが影響している。U.S. Englishは、日系アメリカ人の言語学者で、連邦上院議員も務めたS.I. Hayakawaによって設立された団体だ。1994年には、John TantonとU.S. Englishに関わっていた活動家によって組織されたProEnglishが誕生。現在、全米で32の州で英語が公用語化されている。一方、ハワイ州では、英語とハワイの先住民の言語をともに公用語に指定。アラスカ州では20余りの言語が公用語として用いられている。なお、U.S. EnglishはEnglish Onlyという語彙を用いてきたが、ProEnglishはOfficial Englishに変更している。English Onlyの”Only”が他の言語を認めない、排他的なイメージを与える可能性などから、より温和なイメージをもつ言葉に変更したと見られる。
連邦レベルでは、トランプの大統領行政命令まで、法的効力を持つ制度は成立していない。しかし、連邦上院で2006年、移民法の改正の議論のなかで、英語を "common and unifying language”と規定しようとする動きがでたことがある。また、連邦下院では、English Language Unity Act of 2019が提案された。さらに、2023年には、現在、副大統領を務めるJD Vanceが英語をOfficial Languageにすることを求める法案を提出。このように、連邦議会でも、英語の公用語化に関して、議論が行われていた。
こうした英語の公用語化を進める動きに対して、言語の多様性を保障していこうという考えや政策も存在した。例えば、人権団体のAmerican Civil Liberties Union (ACLU)は、憲法修正第1条の表現の自由の観点から英語公用語を批判。また、2000年8月には、当時のBill Clinton大統領がExecutive Order 13166に署名。"Improving Access to Services for Persons with Limited English Proficiency"というタイトルがつけられたことが示すように、この大統領行政命令は、英語の能力が十分でない人々が政府の政策に基づくサービスを適切に受けることができるように、ニーズ把握を行い、政府機関が対応するように求めたものだ。その中心には、英語を母国語としない人々への言語面での対応である。
トランプ大統領による英語公用語化は、このExecutive Order 13166を撤回させる措置だ。しかし、前述のように、英語以外の言語によるサービスの提供などを禁止しているわけではない。その意味では、DEIやトランスジェンダーに対する大統領行政命令とは、レベルが異なっている。とはいえ、英語を公用語化したことは、英語以外の言語を「二級」あるいは「不適切」を見なすことにもつながりかねない。さらにいえば、英語以外を話す人々へのヘイトクライムが生じる恐れもある。実際、ヘイトクライムの監視活動などを行っているSouthern Poverty Law Center (SPLC)は、前述のProEnglishをヘイト団体のひとつとしてリストアップしている。なお、SPLCが指定しているヘイト団体のうち、移民問題に関連する組織には、ProEnglish の他、Federation for American Immigration Reform (FAIR)やCenter for Immigration Studies (CIS)などがある。
英語公用語化が反移民、そして多様性の否定、そしてヘイトクライムにつながるのではないか。このような懸念から、トランプの大統領行政命令を批判する声も強い。例えば、連邦議会のヒスパニック系議員連盟(Congressional Hispanic Caucus)は2月28日、「X」への投稿の中で、「アメリカは、公用語を制定してこなかった。それは、必要がなかったからだ。トランプの英語公用語化は、アメリカの多様性と歴史への直接的な攻撃である。数千万人の人々が英語以外の言語を話しているが、そのことがアメリカ的でないということにはならない」と述べている。なお、ヒスパニック系議員連盟の投稿は2月28日に行われているが、これは大統領令が公布されるとの第一報が同日付の経済紙、Wall Street Journalによって行われた直後になされたためと推察される。
連邦議会には、ヒスパニック系議員連盟に加え、アジア太平洋系と黒人議員連盟の3つの人種・民族系の議員連盟がある。この3者は3月2日、「X」に共同声明を発表した。社会保障の給付や医療保険の提供を受けるため、英語を母国語としない高齢者が政府機関を訪れた場合、どうなののか。共同声明は、トランプの大統領行政命令を「移民や英語力が限られている個人への差別を許すという、薄っぺらな試み」と非難。英語が事実上のアメリカの国の言語であるとしながらも、英語以外の言葉を話す人も同じアメリカ人だとしたうえで、その事実は建国以来変わらない事実として、「この事実をトランプ大統領が変更させせることは許さない。いかなる言葉を話すとしても、連邦政府のサービスの受ける権利を守っていく」と述べた。
移民の権利擁護団体などからも、批判の声が相次いでいる。United We DreamのCommunication Director、Anabel Mendozは、Associated Pressの取材に対して、「トランプは、白人で金持ち、英語を話さないなら、アメリカに属していないというメッセージを送ろうとしている」と非難。そのうえで、「トランプがどんなに頑張っても、彼は我々(英語を母国語としない人々)を消すことはできない」と述べている。また、George Carrillo Hispanic Construction CouncilのCEO、George Carrilloは、「(トランプの)大統領行政命令は、(アメリカ人の)団結を促進するとされているが、ESLプログラムや移民の適応と貢献を支援する多言語リソースなどの重要な支援を解体するリスクがある」と指摘。それが実施された場合、英語を母国語としない人々へのネガティブな影響の大きさを訴えている。
なお、人口統計局が2019年に発表した報告書によれば、全米で英語以外言に用いられている言語は約350にのぼる。使っている人は6780万人と、総人口の5人にひとりに及ぶ。英語以外の言語を母国語とする人は、1980年に比べると3倍になっている。英語以外の言語で最も多く用いられているのはスペイン語で、約4200万人と、人口の13%を占める。この他、中国語、タガログ語、ベトナム語、アラビア語などを母国語とする人が多い。保守派は、こうした英語以外の言語を用いる人の増加と多様化は、アメリカの一体化を妨げる要因とみなし、この現実を抑止するために英語の公用語化が必要との考えているとみられている。
なお、上記のヒスパニック系議員連盟に加え、アジア太平洋系と黒人議員連盟の共同声明は、以下から見ることができる。
https://x.com/CAPAC/status/1895882006539751856
大手労組のSEIUがAFL-CIOに再加盟、トランプ政権の労働政策を見据えた動きか
2025年1月27日
全米最大のナショナルセンターAmerican Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)と200万人近い組合員をもつ大手の労働組合Service Employees International Union (SEIU)は1月8日、SEIUがAFL-CIOに加盟することを発表した。SEIUは20年前の2005年、路線対立からAFL-CIOを脱退。他の複数の単産とChange to Win Coalition (CtW)を設立、独自の活動を進めてきた。SEIUの再加盟について、両団体は、トランプ政権の発足が理由ではないとしているものの、反労働的な政策を打ち出す可能性がある同政権下で、組織化を進め、賃上げなどを勝ち取るうえで、労働界の団結が必要と判断したためとの見方もでている。
アメリカの労働組合運動は、1886年に設立された職能別組合を中心にしたAmerican Federation of Labor (AFL)が中心になって進められてきた。しかし、産業労働者の増加と大恐慌の中で、団結権を保障する法律National Labor Relations Act (NLRB)の制定もあり、炭鉱や鉄鋼業、繊維産業などの労働者の組織化をめざす産業別組合が発展、1935年にCommittee for Industrial Organizations (CIO)が結成された。戦後になると、反労働的な色彩が強いTaft–Hartley Actが成立。同じ略称のCongress of Industrial Organizationsに名称を変えていたCIOは、、1955年にAFLと合併、AFL-CIOの結成に至った。
戦後のピークの1954年には33.5%と、3人にひとりが労働組合の組合員だった時代があったものの、その後、組織率は、ほぼ一貫して低下。1960年代には30%を切り、80年代初めには20%を割り込んだ。その後も長期低落傾向が続き、2022年には10.1%と二桁を維持することも難しい状況に陥った。こうした中で、AFL-CIOは1995年にSEIUのJohn J. Sweeneyを会長に選出、組織化と政治力の強化を掲げ、「強大な労働運動の再来」を印象付けた。在宅介護労働者の組織化など、一部に成果が見られたものの、労働運動全体としては低迷が続き、2005年にSEIUやInternational Brotherhood of Teamsters (IBT)がAFL-CIOを脱退し、Change to Win Coalition (CtW)を結成した。
このふたつの組合を中心にして、7単産で構成されたCtWは、傘下の組合員がAFL-CIOの40%に当たる500万人を数えるなど、大きな勢力だった。しかし、その後、単産の加盟や脱退が繰り返され、現在はSEIUと United Farm Workers (UFW)、 Communications Workers of America (CWA)の3単産にすぎなくない。ただし、これらの単産は、SEIUのAFL-CIO再加盟後も、CtWに残っている。なお、組織の名称は、Change to Win Federation、さらにStrategic Organizing Center (SOC)へと変わった。SOCの活動は、ナショナルセンターというより、AmazonやStarbucksなどの未組織の組織化を支援が中心になっている。
前述のように、SEIUがAFL-CIOへの再加盟することを発表したのは、1月8日。同日付で両団体のウェブサイトに掲載された”SEIU Joins AFL-CIO to Build Unprecedented Worker Power, Win Unions for All Workers”と題する声明文によると、両団体は同日、それぞれ中央執行委員会を開催、共に満場一致でSEIUのAFL-CIOへの復帰を承認したという。ただし、公式な発表は、翌1月9日にテキサス州オースティンで開催された” 2025 Dr. Martin Luther King Jr. Civil and Human Rights Conference” の中で行われると記述されていた。
労働組合の大会や記者会見ではなく、暗殺された公民権運動の指導者Martin Luther King Jr.牧師の名前を冠した公民権と人権に関する会議で表明することに、違和感を覚える人も少なくないかもしれない。
しかし、1月9日から12日まで4日間行われた会議のウェブサイトにある趣旨説明的な文章を見ると、以下のような記述がある。
私たちは一丸となって、キング牧師の共同行動のビジョンを進め、労働運動と公民権運動との間の長 年の絆を強化し、私たちの力とエネルギーを労働者の力を構築するための具体的な行動として作り上 げていく。
この文章から、SEIUのAFL-CIOへの再加盟が単なる労働界の再編ではなく、SEIUが進めてきた公民権運動に関わる人々との連携などを通じて、労働者の権利を擁護していこうとする活動をAFL-CIOが支持し、共同で推進していく意思を示しているようにも感じる。前記のように、再加盟の表明自体は、オースティンで開催された会議で行われた。会議は4日間にわたったが、表明が行われたのは、1月9日の午後の”Bending the Arc: The Labor Movement’s Fight for Justice”と題するパネルデスカッションの中である。
このパネルデスカッションには、AFL-CIOからSecretary-TreasurerのFred Redmond氏、SEIUからSecretary-TreasurerのRocio Saenz氏がパネリストとして参加。Redmon氏は黒人男性で、Saenz氏はヒスパニック系の移民や「不法滞在者」が多いといわれるビルの清掃労働者の組織化運動Justice for Janitorsなどに関わってきた活動経験豊富な女性だ。他の3人のパネリストのうち、ひとりは黒人で、ふたりが女性である。こうした登壇者の顔ぶれをみても、SEIUとAFL-CIOがマイノリティや女性などの公民権や人権に絡めた労働運動の促進を念頭に置いていることが示唆される。
では、上記のSEIUとAFL-CIOが発表した声明文にあるように、SEIUのAFL-CIOへの再加盟によって、労働者の力を前例のないほど結集し、すべての労働者のために組合を勝ち取ることができるのだろうか。ここで注意しなければならないのは、アメリの労働者の多くが労働組合への加盟を希望しながらも、組合員になれない状況が存在しており、このギャップを解消すれば、組織率は大きく向上すると、労働組合関係者は考えていることだ。
例えば、2024年8月のGallupの世論調査によると、70%の回答者は労働組合に賛意を示している。また、労働系NPOの調査機関、Economic Policy Instituteは、2024年1月に発表した” Workers want unions, but the latest data point to obstacles in their path”と題する報告書によれば、2023年の時点で、労働組合に加盟したいものの、できなかった労働者が全米で6000万人を超えている。この状況が生まれる最大の理由は、団体交渉権の認定が困難なことだ。前述のTaft–Hartley Actなどの、「反労働組合法」が障害になっているのである。
だが、労働組合の結成に障害となっている法律を撤廃し、組合づくりを促す法律を制定することは容易ではない。民主党が大統領だけでなく、議会の多数を占めていた第一次オバマ政権でもできなかった。制度改革に向けた労働組合の結集、それを公民権運動のように差別や貧困に苦しみ人々とともに進めていくこと。それによって、現状を打破したい、という考えなのだろう。
1月20日に就任したトランプ大統領は、反労働組合的な色彩が強い政策を打ち出すのではないかと見られている。しかし、労働組合を取り込むことをも狙っているようだ。昨年の大統領選挙で、トランプを指名した共和党全国大会に、大手労働組合のInternational Brotherhood of Teamsters (IBT)のSean M. O’Brien会長を招き、演説をさせたのはその一例だ。また、トランプは、労働長官候補に、労働組合の結成を容易にする法案に賛意を示しているオレゴン州選出の連邦会員議員Lori Chavez-DeRemer氏を指名している。
こうした状況があるとはいえ、反労働組合の急先鋒的なイーロン・マスクと共同戦線を張って当選したトランプという、もうひとつの顔があることを忘れてはならない。さらに、多様性を否定する政策を矢継ぎ早に打ち出しているトランプが、公民権運動のような運動スタイルを打ち出す労働組合に好意的に対応するとは考えにくい。以上のような不確定要素があることは事実だが、座して死を待つような労働運動では意味がない。SEIUのAFL-CIOへの再加盟がどこまで現実の政治を動かすことができるのか、強い関心をもって見つめていきたい。
なお、” 2025 Dr. Martin Luther King Jr. Civil and Human Rights Conference”については、以下のウェブサイトから見ることができる。
https://themlkconference.org/
全米各地でアマゾン労働者の組織化継続、来月ノースカロライナで職場選挙実施
2025年1月9日
ネット通販事業を中心に従業員数で全米第2位の企業、Amazon.com(以下、Amazon)では、物流施設などにおいてコロナ禍で職場の安全衛生に不安をもった労働者による組合結成の動きが広がった。政府機関の管理下で選挙が行われ、団体交渉権が認められた職場では、Amazonが異議を主張。労働側が選挙で敗れた職場では、Amazonの不当労働行為が問われた。職場から法的な争いに移行する中で、Amazonの組織化への関心は低下しつつあった。しかし、昨年のクリスマス前に、労働側は各地でストライキを展開。また、ノースカロライナ州では来月、団体交渉権の承認を問う職場選挙が実施されるなど、新たな動きが広がっている。
コロナ禍におけるAmazonの労働者による組織化は、南部アラバマ州とニューヨーク市の物流施設2カ所の動きを中心にして、全米的に関心が高まった。アラバマ州で組織化を進めたのは、組合員10万人をもつリベラルな労働組合で、大手のUnited Food and Commercial Workers International Union (UFCW)の傘下にある、Retail, Wholesale and Department Store Union (RWDSU)。労働組合の団体交渉権の承認や不当労働行為の認定などに関わる連邦政府機関、National Labor Relations Board (NLRB)に対して、RWDSUは2020年11月、職場選挙の実施を申請。しかし、2021年2月に郵送で行われた選挙においてRWDSUに団体交渉権を委任することへの賛成は738票と、反対の1798票の半数にも届かず、Amazonの勝利となった。
RWDSUは2021年4月、Amazonによる不当労働行為があったとして、NLRBに異議申立を実施。NLRBは、訴えを認め、2022年2月から3月にかけて郵送投票が行われた。労使双方への賛否の差は大きく縮小したものの、RWDSUへの賛成887票に対して、反対は993票と、Amazonが再び勝利。しかし、この選挙では、疑問票が416にのぼり、その判断をめぐり、労使によるNLRBでの議論が続いた。2024年11月、NLRBは、過去の選挙でAmazonによる違法行為があったとして、3度目の選挙の実施を決定した。これに対して、RWDSUは、自由かつ公平な選挙の保障がないとして選挙の拒否を表明。Amazonも裁判所に提訴する姿勢を示しており、先行きは不透明な状況だ。
アラバマ州における組織化とほぼ時を同じくして、ニューヨークでもAmazonの労働者による組合作りの動きが進んでいた。この動きを主導したのは、独立系の労働組合、Amazon Labor Union (ALU)である。なお、「独立系」とは、大手の全国組織に属さない組合を意味する。組織化が行われたのは、JFK8と呼ばれるニューヨーク市の南西部のStaten Islandにある物流施設で、6000人ほどの労働者が働いていた。NLRBの管理下で実施された職場選挙で、ALUに団体交渉権を委任することに対して、賛成が2654票と、反対の2131票と疑問票の67を合わせた数を上回った。しかし、Amazonは、NLRBに異議申し立てを行うとともに、団体交渉を拒否している。
Staten Islandで労働者の組織化の中心的な存在として活動していたのは、JFK8のマネジメント補佐だったChristian Smallsさんだ。Smallsさんらは、職場の安全衛生が保たれていないことなどを理由に、ストライキを敢行。これに対して、Amazonは、職場でソーシャルディスタンスを順守しなかったとして、Smallsさんを解雇した。独立系の組合としてスタートしたものの、巨大企業Amazonを相手にした闘いに、ALUは苦戦。また、組合活動に注力せず、講演などに時間を割くSmallsさんへの反発が強まり、ALUは2024年6月、組合員の98.3%が賛成により、大手のInternational Brotherhood of Teamsters(以下、Teamsters)の傘下に入り、Amazon Labor Union-IBT Local 1(以下、IBT Local 1)として活動していくことを決定。Smallsさんは代表職を外れ、新たな執行部が選出された。
Teamstersは、1903年にふたつの労働組合が合併して設立された労働組合である。現在、アメリカとカナダ、プエルトリコで130万人の労働者を組織、組合費だけで年間2億ドルに及ぶ。ただし、1970年代には、組合員が200万人を超えていた。トラック運転手の労働組合と説明されることが多いが、トラック輸送に関連する倉庫労働者に加え、American Red CrossのようなNPOや政府の職員、大学院生として教員の教育研究の助手的な役割を担う、いわゆるアカデミックワーカーなど、幅広い職種の労働者を組織。政治的にも、保守派とリベラル派が混在し、2024年の大統領選挙では、Sean O’Brien会長がトランプを公認候補として選出した共和党全国大会で演説を行い、民主党中心の労働界に波紋を広げた。
2021年6月、Teamstersは全国大会に相当する国際総会において、Amazonの労働者の組織化に向けた取り組み”The Amazon Project”を開始することを発表した。「プライムデー」と呼ばれる、会員向けのビーグセールにあわせて公表されたことに示されるように、Amazonへの挑戦状ともいえるものだ。” The Amazon Project” において、Teamstersは、RWDSUやALUをはじめとしたアメリカの大半の組合による、NLRBを通じた職場選挙による団体交渉権の認定という組織化の手法を拒否。組合の伝統的な戦術である、ストライキや署名活動、その他の集団的行動を通じてAmazonに圧力をかけることで、組合を認めさせる方針を打ち出した。
この方針が全米レベルで具体的に展開されたのが、昨年のクリスマス前の取り組みだ。1月6日発信のLabor Notesの記事によると、物流業界が最も多忙な時期に当たる、12月19日からクリスマスにかけて、ニューヨークのクイーンズやサンフランシスコを含め、全米8カ所の物流施設でTeamstersの組合員推定600人がストライキを敢行したのである。Amazonは、物流施設などで74万人、Delivery Service Partners (DSP)と呼ばれる4400の契約配送業者の労働者39万人を雇用している。これら膨大なAmazonの労働者の人数に比べると、ストライキに参加したのは、ごく一部にすぎない。とはいえ、CNNなどの大手メディアも大きく報道、Amazonに与えた心理的な影響は小さくなかっただろう。
Staten Islandの物流施設のIBT Local 1ようにAmazonが直接雇用している労働者だけでなく、Teamstersは、DSPのように間接雇用の労働者も組織していると主張。組合員の数は、全米に7000人から1万人程度にのぼるという。ここで重要なのは、DSPの労働者をAmazonの労働者として組織化できるのか、という点だ。Teamsters Local 396は2023年4月、ロサンゼルスの郊外PalmdaleにあるAmazonの配送作業を請け負っていたBattle-Tested Strategies社の労働者84人を組織化した。Amazonは、同社との契約を解除、労働者は事実上、解雇された。これに対して、Local 396はNLRBに訴えを起こしていたが、2024年8月、NLRBはAmazonを”Joint Employer”(共同雇用主)と認定した。
Amazonに対して、NLRBの職場選挙を通じて、組織化を目指している独立系の組合もある。ノースカロライナ州のCarolina Amazonians United for Solidarity & Empowerment (CAUSE)がそれだ。RDU1と呼ばれる物流施設で働く4300人の労働者の組織化を目指して、2022年1月に設立された団体である。昨年12月、職場選挙に必要な3分の1を超える労働者の署名を集め、NLRBに選挙を申請。今年2月10日から15日にかけて、NLRBの管理下で、職場で直接投票が行われることになった。なお、Amazonは12月3日、CAUSEの会長、Ryan Brownさんを解雇するなど、反組合的な姿勢を示している。
RWDSUによるアラバマ州の物流施設における職場選挙から4年、ニューヨークで組合を求めALUがNLRBを通じて実現しようとした組合づくりから3年近い歳月が流れた。Amazonは、依然として労働組合を承認し、団体交渉を行い、労働協約を締結しようとはしていない。しかし、様々な形で労働者の闘いは続き、徐々にではあれ、勝利への展望も感じられるようになってきた。そこには、企業による労働者への不当な扱いを認めないという強い意志が感じられる。今後も、労働者とその組合の動きを注視していきたい。
なお、上記のTeamsters Local 396の訴えに対して、AmazonとBattle-Tested Strategies社が”Joint Employer”(共同雇用主)とNLRBが認定したことについて、Teamstersが発表したプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.prnewswire.com/news-releases/teamsters-win-groundbreaking-joint-employer-decision-against-amazon-302228845.html
「不法移民」の取締りにおける「聖域」撤廃、トランプ次期大統領の計画に権利擁護団体などが反発
2024年12月16日
アメリカの4大テレビ局のひとつ、National Broadcasting Company (NBC)は12月12日発信の記事の中で、トランプ次期大統領が”Unauthorized Immigrants”(以下、「不法移民」)の取締りの対象場所に関して、これまでの「聖域」を撤廃する計画だと伝えた。「聖域」には、学校や病院、教会などが含まれており、撤廃が実施され、Immigration and Customs Enforcement (ICE)などの取締当局が捜索や逮捕などの活動を行うことになれば、大きな混乱が生じる可能性もある。また、人道的な観点からも適切といえないなどとして、移民の権利擁護団体や宗教団体などから懸念や反発の声がでている。
「不法移民」の取締りを行う場所に関する「聖域」は、2011年10月24日に連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)の一部門、ICEが発表した”Enforcement Actions at or Focused on Sensitive Locations”とタイトルがつけられたメモランダムによって 導入された。このメモランダムで”Sensitive Locations”とされているのが「聖域」だ。具体的には、幼稚園から大学までの教育機関、病院、教会、葬儀や結婚などの会場、集会やデモ・パレードなどの場所などとされた。また、取締りの具体的な内容には、逮捕だけでなく、尋問や捜索、監視が含まれる。ただし、「聖域」への取締りが一切できないのではなく、上層部の承認があれば実施できることや、テロの恐れがある場合などを例外とした。
2017年に始まった第1次トランプ政権においても、このメモランダムは順守されてきた。2020年の選挙でトランプを破り、成立したバイデン政権は2021年10月27日、DHS のAlejandro N. Mayorkas長官により、” Guidelines for Enforcement Actions in or Near Protected Areas”と題するガイドラインを発表。2011年のメモランダムに代えて、このガイダンスで「聖域」の定義やICEなどの取締りについての規定を示した。なお、従来の”Sensitive Locations”が”Protected Areas”に変更されているが、ここでは日本語訳を「聖域」に統一して記述していく。両者は、同様の内容が多いが、主な相違点として、以下をあげることができる。
・メモランダムの発信先はICEだけだが、ガイダンスにはCustoms and Border Protectionなどの機関にも追加された。
・「聖域」の対象が広がったこと。具体的には、学校以外に児童が集まる公園やグループホームなどの施設が加えられた。また、災害時の避難場所や食料や水などの提供場所も「聖域」に含まれることになった。
では、なぜ政府は、こうした「聖域」を設けたのか。この点について、ガイダンスは、「取締りを行うに当たり…、取締りの場所や周囲の人々への影響、そして幅広い社会的な利益を考慮する必要がある」と指摘。例えば、学校で児童を逮捕すれば、他の児童への精神的な影響が懸念される。また、病院への手入れは、入院中の患者が対象であれば、人道上問題になる。これは、「(取締りに)バランスが必要」という考えに立つものといえ、移民の権利擁護団体American Civil Liberties Unionの弁護士、Lee Gelernt弁護士のような関係者だけでなく、テキサス州ダラスの元ICEの首席法律顧問Paul Hunkerのような取締当局からも支持されている。
次期大統領のトランプは、選挙中から「不法移民」への取締りの強化を主張してきた。今回のNBCの報道が事実であれば、その一環ということができる。ただし、その背景に、保守的なシンクタンク、Heritage Foundationの“Mandate for Leadership 2025: The Conservative Promise”、いわゆるProject 2025の影響を指摘する声も強い。移民規制に関しては、第1次トランプ政権でDHSの幹部を務めたKen Cuccinelliが作成に加わっており、「聖域」の撤廃を主張していた。
前述のように、メモランダムやガイダンスは、「聖域」への取締りを全面的に禁止しているわけではない。例えば、次期政権の「聖域」への取締りの第一報を伝えたNBCの” Trump plans to scrap policy restricting ICE arrests at churches, schools and hospitals”と題する記事は、次のようなデータを提示している。ICEが2017年10月1日から2020年10月31日までの間の取締に関するデータによると、少なくとも63件が計画され、「聖域」またはまたはその付近で5人がICEによって逮捕された。ただし、ICEの別のデータによれば、2020年会計年度(2019年10月~20年9月)の1年間にICEが逮捕した不法滞在者は10万3603人に及んでいる。これに比べると、「聖域」での取締りは極めて限定的といえる。
トランプ次期政権が手を付けようとしている「聖域」に、どの程度の人数の「不法移民」が存在しているのかについて、明確なデータは存在しない。第2次世界大戦で被災した国や地域の難民などを支援するために17のキリスト教宗派によって戦後始まった活動を起源とするNPO、Church World Service (CWS)によると、2019年時点で全米15の州の教会に少なくとも46人の不法滞在者が生活していた、と上記のNBCの記事は伝えている。なおNPOの調査機関、Pew Research Instituteが2024年9月27日に発表した” What the data says about immigrants in the U.S.”と題するレポートによると、2022年当時の「不法移民」の人数は推定で1100万人にのぼる。CWSが把握している教会居住の「不法移民」はごく一部と見られる。
とはいえ、教会が「聖域」から外されれば、ICEは、礼拝に訪れている「不法移民」を逮捕する可能性がある。実際に逮捕に踏み切らなかったとしても、「聖域」なき取締りという報道が広がれば、「不法移民」に恐怖感を与え、生活基盤が不安定な出身地への自主的な帰還を強いる結果につながる可能性も強い。NBCの記事が出た翌日、この可能性などを懸念したCWSは、声明を発表。「このような保護を廃止すると、脆弱な隣人が宗教コミュニティ、医療提供者、その他の主要な社会的支援システムからの援助に安全にアクセスできなくなる」と指摘した。そのうえで、次期トランプ政権に対して、前回政権が政権を握ったときと同様に「聖域」を維持し、尊重するよう求めた。
移民の権利擁護団体の中には、NBCの記事が出た当日に「聖域」撤廃に抗議の声をあげたところもある。全米各地のNPOなど100以上の団体とその構成員120万人余りをネットワークしているUnited We Dream (UWD)は、そのひとつだ。Deputy Director of Federal AdvocacyのJuliana Macedo do Nascimentoの名前でだされた声明は、「子どもたちを教室から引き裂き、病院のベッドにいる患者を標的…」にしようとする考えは、「言葉では言い表せないほど残酷」だとして、「聖域」の撤廃の非人道性を指摘。そのうえで、「州や地方の指導者たち(学校の管理者、雇用主、選出議員など)に対して、…移民の保護を強化するために、今すぐ行動を起こすよう呼びかける」と述べている。
なお、全米最大の若者による移民権利擁護団体、UWDのJuliana Macedo do Nascimentoの声明の全文は、以下から見ることができる。
https://unitedwedream.org/press/ice-has-no-place-in-schools-churches-and-hospitals-elected-officials-at-all-levels-must-act-now-to-protect-immigrants/
トランプによる「親労働派」の長官指名、労働界は賛意と懐疑が混在、保守派から「有害」との批判も
2024年11月29日
次期大統領に就任するドナルド・トランプは11月22日、労働長官に親労働派でヒスパニック系の女性を指名した。これまでビジネス寄りと見られる人物が次期閣僚候補として相次いで発表されてきただけに、驚きをもって迎えられている。指名の背景には、大手労働組合の強い要請があった。こうした経緯もあってか、保守派からは懸念の声が強く、「有害」という指摘もある。一方、労働界からは称賛の声が出る反面、長官に就任した場合、懸案になっている労働組合の組織化や賃金・労働時間、職場の労働安全衛生などの政策が促進されるのか、懐疑的な見方もでている。
労働長官に指名されたのは、Lori Chavez-DeRemer氏。2022年にオレゴン州の第5選挙区から共和党候補として連邦下院議員選挙に立候補、初当選を果たした。しかし、再選をめざしたものの、11月5日の選挙で民主党の前職の黒人女性、Janelle Bynum氏に敗れ、2025年1月には失職することになっていた。なお、New York Timesによると、11月27日時点でBynum氏が18万6952票(得票率47.6%)を獲得、DeRemer氏は17万7483票(同45.2%)だった。
連邦下院議員に当選する以前、DeRemer氏は、2002年にHappy Valley市のPark Committeeの委員に選出されてから政治家の道を歩み始めた。その後、同市の市議に当選、2010年にはヒスパニック系とした初めての市長に当選、18年まで市長を務めた。なお、Happy Valley市は、オレゴン州最大の都市ポートランドの中心部から南東10マイルほどに位置している。2020年の人口統計によると、住民は約2万3000人余り、このうち4分の3は白人で、ヒスパニック系は4%程度にすぎない。
トランプ次期大統領によるDeRemer氏の労働長官指名について、アメリカのメディアの多くは、大手労働組合のInternational Brotherhood of Teamsters (以下、Teamsters)のSean O’Brien委員長が強く推薦したためと報じている。同委員長は、トランプを候補者に選出した、今年7月の共和党全国大会で、労働組合の委員長として演説を行った人物で、民主党系が圧倒的な労働界では異例のケースとして注目を集めた。ただし、Teamstersとしては、トランプ、ハリスいずれの候補の支持も見送っている。DeRemer氏の指名が発表された翌日の11月23日、O’Brien委員長は、トランプ次期大統領とDeRemerとともに3人が並んだ写真とともに、次期大統領に謝辞を添えたメッセージを”X”に投稿した。
DeRemer氏のウェブサイトには、Teamstersをはじめとした労働組合との関係を明示する記述は見当たらない。しかし、スペインに本社を置くスペイン語の日刊紙EL PAÍS (英語版)の11月26日付の”Who is Lori Chavez-DeRemer, the pro-union Latina picked by Trump to be his Labor secretary?” と題する記事によると、同氏の父親は、Teamstersの組合員だった。また、労働団体からの信頼も厚く、オレゴン、アイダホ、ワシントンの3州を管轄するTeamsters Joint Council No. 37は、11月の選挙に当たり、DeRemer氏を組織として推薦した。Teamsters Joint Council No. 37が共和党候補を推薦したのは、過去20年で初めてのことだ。また、鉄鋼労働者や消防士、建設関係の労働者の組合などからも支援を受けてきた、とEL PAÍSは報じている。
労働団体からの支援には、資金面での協力も含まれる。政治献金の調査や啓発を行っているNPO、OpenSecretsによると、DeRemer氏がPolitical Action Committee (PAC) から2023~24年に提供された資金は193万6727ドル。なお、政治献金は、提供先によりPACと個人、議員や候補者本人などに大別される。PACからの献金のうち17万5000ドルは、労働団体から提供された。Teamstersからの献金は7500ドルで、他の労働団体を圧倒しているわけではない。Carpenters & Joiners UnionやOperating Engineers Union、Air Line Pilots Assn、Allied Pilots Assn、National Air Traffic Controllers Assn、National Assn of Letter Carriers、National Rural Letter Carriers Assnなどの労働団体の献金額は、いずれも1万ドルだ。運輸関係が目立つのは、下院で所属している3つの委員会のひとつが、Transportation & Infrastructure Committeeのためだろう。
DeRemer氏がPACを通じて労働団体から17万5000ドルの献金を受け取ったというと、かなりの額に聞こえるかもしれない。とはいえ、連邦下院議員に初当選したばかりの人物が労働長官に指名されることを予想して、支援を行ったとは考えにくい。連邦議会で労働団体が進めようとする政策への支持を期待した、と推察される。具体的には、Protecting the Right to Organize (PRO) ActやPublic Service Freedom to Negotiate Act (PSFNA)がそれだ。実際に、全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)のLiz Shuler会長は、11月22日付のプレスリリースにおいてDeRemer氏がPRO Actについては下院共和党で3人、PSFNAについては8人にすぎない法案の共同提案者になっているとして、その実績を評価した。
とはいえ、Shuler会長は、DeRemer氏の指名に対して、TeamstersのO’Brien委員長ほど楽観的に見ているわけではない。プレスリリースでは、次期大統領はトランプであって、DeRemer氏ではないと指摘。そのうえで、「反労働者的な政策を進めようとする政権で、DeRemer氏が労働長官として何をすることが許されるのか、まだわからない」と警戒心を隠さない。その背景として、保守的なシンクタンクが作成した反労働的な内容を含む「プロジェクト2025」と強いつながりを持つ人物が閣僚候補を何人か指名されていることをあげた。
前述のPRO Actは、2019年の第116議会以降、2年ごとに連邦議会の上下両院に提出されている。労働組合による団体交渉権の認定を容易にしたり、不当労働行為に対する経営者への罰則の強化などが盛り込んでいるだけではない。ユニオンショップの導入を可能にすることで、全米27州で制定されている「労働権法」を事実上、葬り去る内容も含む。PRO Actは、現在のNational Labor Relations Act (NLRA)において、労働側が組織化を進めるに当たり不利な条項を変えることを主眼とした法律で、対象は、民間労働者だ。連邦政府や州・地方政府で働く労働者の団結権に関して、連邦法は整備されていない。このため、”Public Service”という公共労働に従事する労働者の組織化に関する立法措置を求め、 PSFNAが提唱されたといえよう。
保守派は、PRO ActやPSFNAに強く反対してきた。これらの立法化に手を貸すともいえる、共同提案者になった人物を労働長官に指名には、批判の声が相次いだ。例えば、11月23日発信のNew York Postは、” Trump’s labor pick is ‘toxic’ anti-conservative RINO who is too close to unions, critics allege: ‘Not serious’”という見出しの記事を掲載。ここにあるRINOは、”Republican in name only”(名目だけの共和党員)を意味し、そのようなDeRemer氏の指名を「有害」と断じている。また、この記事には、1985年に当時のレーガン大統領の要請を受けて設立された保守系のNPO、Americans for Tax ReformのGrover Norquist創設者兼会長による「この指名だけでも、トランプ政権は規制緩和や経済成長に真剣ではないというシグナル効果がある」という指摘が掲載されている。
では、こうした保守派の批判を受けたトランプは、労働長官の指名を誤ったのだろうか。TeamstersのO’Brien委員長の推薦という報道だけを聞けば、そのように感じられないこともない。しかし、DeRemer氏を推薦したO’Brien委員長が所属するTeamstersには、トランプ支持派が多いという調査結果もある。労働組合や組合員に食い込みたい共和党としては、民主党の「牙城」を崩す第一歩としてふさわしいともいえる。また、DeRemer氏は、ヒスパニック系の女性だ。今回の大統領選挙でヒスパニック系への支持を広げたトランプや共和党にとって、「論功行賞」のひとつと位置付けることもできる。さらに、具体的なデータを記載する余裕はないが、環境保護や人工妊娠中絶、銃規制、対イスラエス政策などの投票行動を見ると、DeRemer氏はRINOとはいえない。
NPOの労働関係の調査機関、Economic Policy Institute (EPI)は11月25日、ウェブサイトに、DeRemer氏の指名について論じたEPIの”The policies that will determine whether Trump’s labor secretary pick supports workers”という一文を掲載した。その中で、執筆者のCeline McNicholas Director of Policy and Government Affairsは、トランプは「ポピュリストの労働者寄りのレトリック」と「反労働者のアジェンダ」を結びつけた実績があると述べている。この指摘が妥当なのかどうか、来年1月以降の上院公聴会やその後の動きを見守っていく必要がある。
なお、Celine McNicholas氏は、DeRemer氏の指名が親労働といえるかどうか見極めるポイントも示しており、その一文は、以下から見ることができる。
https://www.epi.org/blog/the-policies-that-will-determine-whether-trumps-labor-secretary-pick-supports-workers/
世論を無視したトランプ新政権の反移民政策、強行すれば社会経済に大きな混乱が必至
2024年11月16日
「ペットを殺して食べた」などと根拠のない発言も含め、選挙戦で移民批判を繰り広げた共和党のトランプ。大統領選挙に勝利した直後から、合法的な居住権をもたずに滞在している外国籍の人々、いわゆる「不法外国人」を収監そして国外送還する考えを明らかにしている。トランプだけではない。大統領選挙と同じ11月5日、選挙権を市民に限定することを求めた住民提案が相次いで可決された。しかし、移民の権利擁護団体は、この状況を黙認するつもりはない。また、選挙の出口調査を見ると、世論の大半は、「不法外国人」の国外追放を望んでいない。こうした中で、新政権は、反移民の動きを一層強めていくのか。そしてその場合、どのような状況が生まれるのだろうか。
アメリカのニュース専門チャンネル、CNNの出口調査によると、今回の大統領選挙で有権者が最も重視した政策は、民主主義がトップで全体の35%を占めた。そして、経済の31%、人工妊娠中絶の14%が続き、移民問題をあげた投票者は11%に止まった。この数字は、トランプがクリントンを破って当選した2016年の13%よりやや低い。ただし、今回の11%のうち、トランプに一票を投じた投票は89%に上ったのに対して、8年前の選挙では13% 中64%にすぎなかった。換言すれば、移民問題を最重視した投票者は、若干減少したものの、トランプの反移民政策への支持はより強固になったと考えられる。
しかし、出口調査の別の質問項目の結果を見ると、投票者が考える移民問題への対応策は、「不法移民」の収監と国外送還というトランプの主張とかなり異なっている。今回の選挙後、「アメリカにいる大半の不法移民をどうすべきか」という問いに対して、「国外送還」という回答は、39%に止まった。一方、「合法的な居住権を獲得する機会を与えるべき」は56%と半数を超えている。ただし、8年前には、「アメリカ国内で就労している不法外国人への対応」を聞かれ、「合法的居住権を与える」という回答が、投票者の70%を占め、「出身国への送還」を望むとした回答の25%を大きく上回っていた。
これらの数字を読む際、2016年と24年の出口調査の質問の文言が同一でないことに注意する必要がある。投票者は、2016年には「就労している不法外国人」への対応を尋ねられているが、24年には「就労」の文字がない。この語彙がないことで、「不法外国人」=市民の税金で運営している社会福祉や医療のサービスを不当に受給している人々というイメージに基づき、国外送還を求める割合が高くなった可能性がある。こうした点も考慮したうえで、出口調査のデータを読み解く必要があるだろう。
「不法外国人」に居住権を与えるとする投票者は、クリントンやハリスに、国外送還を求めると回答した人はトランプに、それぞれ投票したと思われるかもしれない。しかし、2016年にトランプに投票した人のうち33%は、「不法外人」に合法的居住権を与えることに賛成していた。一方、クリントンに一票を投じた投票者であっても、国外送還に処するべきと考えていた人は14%いた。両者の支持者の移民政策への考え方の傾向に明確な違いが見られるものの、いずれも全員が同じ意識を持っているわけではないこともわかる。なお、2024年には、ハリス支持者の12%は国外送還を求め、トランプの再選を願った投票者の21%は居住権保障に賛同している。
以上の出口調査の結果を総合的に判断すると、「不法外国人」への投票者の考えが、より排他的になってきたことは否めない。とはいえ、トランプは就任後、選挙中、そして選挙直後に主張してきたような、「不法外国人」を収監そして国外送還することができるのだろうか。その困難さ、そして非現実性について、以下の3つの観点から考えてみたい。ひとつは、収監と送還に対する負担の大きさ。もうひとつは、実施した場合にアメリカの経済社会い与えるネガティブな影響。そして、最後に、「不法外国人」の国外送還への反発や抗議の動きである。
第一の収監と送還に対する負担について触れる前に、「不法外国人」の存在の大きさを見ておく必要がある。2024年7月22日にNPOの調査機関、Pew Research Instituteが発表した”What we know about unauthorized immigrants living in the U.S.”と題する報告書によると、2022年時点における全米の「不法外国人」は1100万人にのぼる。これは、2019年の1020万人よりも、80万人も多い。2016年の選挙で勝利したトランプは、国境に壁を建設し、「不法外国人」の流入を防ごうとした。壁の建設は進んだものの、「不法外国人」は増加、トランプの政策は失敗したといえる。
このため、トランプは新しい方針を打ち出した。米国内の「不法外国人」の国外送還だ。しかし、1100万人の人々を収監、そして国外に送還できるのだろうか。収監するには、身柄を確保し、居住施設を確保しなければならない。Pew Researchの報告書によれば、「不法外国人」の人数がピークだった2007年、その人数は1220万人に及んだ。このうち690万人は、メキシコから来た。しかし、2022年には、400万人に減少。「不法外国人」出身国は、カリブ海諸国やアジア、アフリカ、そしてヨーロッパなど多様化している。メキシコの出身者は、身柄を確保できれば、国境まで連れていき、帰国させることは可能かもしれない。しかし、国境を接していない国の出身者には、船舶や航空機などが必要になる。
次に、アメリカの経済社会への影響を考えてみよう。Pew Researchの報告書によれば、2022年に米国内で働いている「不法外国人」は830万人にのぼる。トランプが所属する共和党の地盤であるフロリダ州では、建設業や農業を中心に州の労働力の7.5%を「不法外国人」が占めている。もうひとつの共和党の地盤、テキサス州でも、「不法外国人」は、建設業やサービス業をはじめとして州の就労者の8.1%に及ぶ。さらに、「不法外国人」がいる世帯は全米の4.8%に当たる630万、そこで暮らす人々は2200万人にのぼる。「不法外国人」が家族とともに出国を余儀なくされれば、アメリカの経済社会は、より大きな混乱に陥ることは必至だ。
最後に、「不法外国人」の収監や国外追放への反対の動きが出てくることがある。アメリカには、数多くの移民や難民の権利を擁護するための活動を行っているNPOが存在する。トランプは、「不法外国人」だけでなく、難民の定住や「不法外国人」の親から生まれた子どもを出生地主義に基づきアメリカ市民とする制度を改廃しようとしている。こうした政策に、移民や難民の権利擁護団体は、強く抵抗するだろう。
例えば、大手の人権擁護団体のAmerican Civil Liberties Union (ACLU)の移民担当のLee Gelernt弁護士は、11月10日発信のNew York Timesの”Immigration Lawyers Prepare to Battle Trump in Court Again”という記事の中で、「過去9カ月間、(トランプの選挙勝利の可能性を考慮して、トランプの)最初の政権の時と同じように、必要なだけ頻繁に裁判所に出廷する準備をしてきた」と述べている。もちろん、連邦最高裁判所をはじめ、司法の保守化が進んでいる中で、裁判闘争も困難を極めるに違いない。しかし、前述のような社旗的経済的な混乱が生じる可能性を踏まえれば、世論が変化し、2年後の中間選挙で共和党主導の議会が敗北し、トランプの政策推進が困難になることも考えられる。
なお、前述のPew Research Instituteの報告書は、以下から見ることができる。
https://www.pewresearch.org/short-reads/2024/07/22/what-we-know-about-unauthorized-immigrants-living-in-the-us/
職場で労働問題に取り組む活動にビザ発給、沈黙しがちな移民労働者が声をあげる一歩に
2024年10月15日
賃金や労働条件、労働環境などに問題があっても、職場で声をあげたり、労働組合を作って状況を改善しようとする労働者は少ない。経営者から不利な対応を取られることへの不安が、最大の理由といえよう。特に、合法的な就労資格をもたない移民、いわゆるUndocumented Workerの場合は、移民管理を行う政府機関などに「密告」され、逮捕、送還される恐れもある。こうしたUndocumented Workerの懸念を払しょくし、職場の状況改善を促すためのビザ発給制度が導入され、効果を上げ始めている。
外国籍の人々が特定の国家に入国、滞在、居住または通過するために必要な許可書をビザ、または査証という。アメリカの場合、3種類のビザがある。移民ビザと非移民ビザ、
婚約者・配偶者ビザだ。移民ビザは、永住者向けのもので、取得すれば、アメリカで通学や就労などを含め、期限を設けず生活することができる。非移民ビザは、観光、就労、留学などの目的別に、設定されている。婚約者・配偶者ビザは、アメリカ市民、すなわち米国籍の人と婚約または結婚した場合に発給される。いずれも、入国後も婚約または配偶関係のある人と生活し、移民ビザに切り替えることが前提だ。
上記の3分類からいえば、非移民ビザに含めることになるが、アメリカでもほとんど知られていないビザもある。Uビザは、そのひとつだ。このビザが導入されたのは、2000年10月。Victims of Trafficking and Violence Protection Act と Battered Immigrant Women’s Protection Actの成立によってである。TraffickingやBattered Immigrant Womenという語彙が示すように、当初は人身売買や奴隷状態に置かれた移民、あるいは家庭内暴力などの被害を受けている外国人女性への救済策として位置づけられていた。
この時、Uビザとともに、Tビザも導入された。ここでその違いを説明する余裕はないが、両方のビザは、人身売買や家庭内暴力など、特定の犯罪の被害者への救済措置として機能している。ビザの申請者は、滞在資格がないなどの問題から、警察などの行政機関に救済を求めることが困難な状況に置かれていることが大半だ。したがって、ビザが発給されることで、加害者から逃れることができるという意味で、救済されるといえよう。ただし、ビザの発給を受けることで、加害となった犯罪に関して、取り締まり機関の捜査に協力が求められる。
人身売買や家庭内暴力などの被害者である外国人への問題に対処するためのビザのひとつUビザが、職場の問題への対応とどう関連するのか、疑問を持つ人が多いだろう。ここでカギになるのは、Deferred Action for Labor Enforcement (DALE)という制度である。Deferred Actionとは、何らかの措置を遅らせるという意味で、延期措置と訳すことができる。移民問題に関連していえば、幼少期に保護者とともに合法的な手続きを経ずに入国した若者に、一時滞在許可を与え、送還を先延ばしにさせる、Deferred Action for Childhood Arrivals (DACA)でも用いられている語彙だ。
特定の犯罪の被害者への救済という意味では、その対象がLabor Enforcementという語彙から推察されるように、労働関係の取締行為を対象にしている。例えば、連邦政府は、職場における次のような問題に対して、それぞれ対応するための機関を設置している。
・最低賃金や時間外手当など:Department of Labor, Wage and Hour Division=WHD
・職場の安全衛生:Department of Labor, Occupational Safety and Health Administration=OSHA
・ハラスメントや雇用差別:Equal Employment Opportunity Commission=EEOC
・労働組合の認定や不当労働行為:National Labor Relations Board=NLRB
なお、州や地方政府も、同様な機関を設置しているところが多い。
しかし、これらの政府機関は、予算や人員が不足し、迅速な対応が困難だ。そこで考えられたのが、問題に直面した労働者から情報提供を受けることで、問題への対処を進めていくことである。そのためには、情報提供者にインセンティブが必要になる。合法的な就労資格のないUndocumented Workerは、上記の問題に直面しやすい。したがって、問題に関する情報提供と引き換えに、合法的な滞在や就労の資格を期限付きで提供することになった。これが、DALEであり、就労を認めるために提供されるのがUビザである。
このように、DALEとUビザは、政府の観点からすれば、Undocumented Workerへの支援や救済を第一義にしているわけではない。あくまで、法の執行を迅速かつ合理的に進めるための手段である。DALEを管轄しているのは、Department of Homeland Security (DHS)だ。DALE導入の計画自体は、2021年10月にDHSが明らかにしていた。しかし、具体的な手順などを発表した2023年1月13日で、同日付の声明の中で、DHSは、省として長年の慣行を踏まえた、独自の裁量権に基づく措置、と説明している。
とはいえ、職場で問題に直面したUndocumented Workerと彼らを支援する労働組合やNPOにとっては、政府機関と連携して、職場の問題解決を促す機会として活用することも可能だ。ネバダ州など4つの州で事業を行っているUnforgettable Coatingsの593人のUndocumented Workerをはじめとした労働者の取組は、それを示している。労働組合とNPOの協力を受け、2019年に労働者が起こしたWHDへの訴えに基づく裁判で、368万ドルもの未払い賃金や罰金、利子などを支払いさせる和解を勝ち取ったのである。労働者を支援した労働組合はInternational Union of Painters and Allied Trades、NPOはArriba Las Vegas Worker Centerなどだ。
この和解は、2003年1月に成立したもので、DALEの導入以前の事例である。しかし、Undocumented Workerらの行動と、それを支援する労働組合、NPOと政府機関が連携する意義と効果を如実に示した。前述したように、DALE導入計画は2021年10月に示されたが、直ちに具体化されることはなかった。しかし、Unforgettable Coatingsとの和解により連携の意義が明確に示されたことで、実施に拍車がかかったといわれている。それは、具体的策の公表と和解の成立が、同じ2023年1月に生じたことからも示唆される。
では、DALEを通じてUビザを申請するには、どのようなプロセスが必要なのか。この点について、説明しておこう。まず、職場で労働関係の問題を把握したUndocumented Workerは、その問題に応じた政府機関に訴えを起こすことが必要だ。次に、訴えを受理した政府機関に対して、Statement of Interest (SOI)という調査を行う旨の文書の発行を要請する。そして、SOIを添えてDALEの申請をDHSの一部でビザ関係の業務を担当するU.S. Citizenship and Immigration Services (USCIS)に送付する。当初、DALEが認める滞在期間は、2年で、更新可能とされた。その後、期間が延長され、4年間となった。政府による調査が行われ、問題の決着がつくまで、滞在が認められる。いわゆる永住権、すなわち移民ビザへの切り替えも可能だ。本人に加え、家族も一緒に申請できる。
DALEにも、問題がある。ひとつは、書類の申請が複雑なことだ。これについては、Unforgettable Coatingsの事例で紹介したArriba Las Vegas Worker Centerのような、Undocumented Workerを支援するWorker Centerと呼ばれるNPOなどから支援を受けることができる。
また、年間の申請受付件数が1万件に制限されている。この上限は、申請件数であり、前述のように家族での申請も可能で、その場合は1件として扱われる。Worker Center のひとつ、National Day Laborer Organizing Networkによれば、現在、全米で1000~2000件がUビザの発給を受けたにすぎない。したがって、当面は、上限を超えることはないだろう。
最も懸念されるのは、政治状況の変化だろう。11月の大統領選挙では、移民排斥を訴える共和党のTrumpが勝利する可能性がある。これが現実化した場合、Trumpの政策に大きな影響を与えるといわれる保守的なシンクタンクのHeritage Foundationが作成したProject 2025がDALEの廃止を主張しており、先行きが不透明になる可能性が大きい。
なお、各地のWorker Centerや移民の権利擁護を進める法律団体などは、DALEの解説書を発行している。Worker Centerのひとつ、Arise Chicagoが発行する資料は、以下から見ることができる。
file:///C:/Users/mrbea/Documents/FY2024%20091524/News%20Collection/202410/New%20Immigrant%20Worker%20Protection%20Resource%20Guide.pdf
「ペットを食べている」とされたハイチ移民の滞在資格、「合法的」だが課題があり政策改革の必要性指摘の声も
2024年10月3日
アメリカ大統領選挙の争点のひとつ、移民問題に関連して、9月10日に開催されたテレビ討論会で、共和党の候補者ドナルド・トランプ元大統領は、「ハイチ移民がペットを食べている」という趣旨の発言を行った。その真偽について、討論会の司会者は、すぐざま否定したものの、この虚偽情報はSNSなどを通じて、瞬く間に全米に拡散され、移民バッシングが拡大されている。これに対して、地元政府やメディアなどは、移民は「合法的」に居住、就労しているとしたうえで、地域経済にも大きく貢献していると主張。しかし、「合法的」とされる制度には課題もあり、人権擁護団体などから、移民政策の改革を求める声がでている。
トランプ元大統領の発言は、「スプリングフィールドで彼らは犬を食べている、猫を食べている。彼らは住民たちのペットを食べている」というものだ。ここでいうスプリングフィールドとは、オハイオ州の地方都市である。日本の人には、馴染みがないだろうが、「自動車の街」デトロイトの南約300キロ、ホンダが自動車工場を構えるメアリーズビルの南西50キロほどに位置している。かつては製造業が発達し、1983にNewsweek誌がアメリカの"dream cities”のひとつに選んだこともあった。
しかし、その後、工場閉鎖などが相次ぎ、1960年には8万人を超えていた人口も2010年には6万人余りに減少。2012年にカナダの新聞The Globe and Mailに’the “unhappiest city” in the US’と紹介されたように、ラストベルトと呼ばれる工場が撤退した後の、「錆びついた街」の象徴ように見られてきた。こうした状況の中で、スプリングフィールドが打ち出したのが、"Welcome Springfield"という移民導入政策である。2014年に開始され、24年までに推計1万5000人から2万人のハイチ移民が移住してきた。
移民の多くは、経済的な機会を求めており、そのチャンスがある場所に移住する傾向がある。ひとりまたは少数の移民が特定の地域で仕事を確保し、定住する。そのことを友人や家族に伝えていくと、友人や知人を呼び寄せたり、それらの人々が自主的に、その地に移住して移民のコミュニティの形成が促される。スプリングフィールドの場合、地元政府の政策に加え、家賃が安く、仕事もあった。多くの移民が流入する条件がそろっていたといえよう。
では、地元政府関係者が「合法的」と呼ぶ移民は、どのような政策に基づき、スプリングフィールドにやってきたのだろうか。トランプ元大統領が「ペットを食べる不法移民」と非難した人々は、ハイチからの移住者だ。東日本大震災の前年の2010年1月、大規模な地震で30万人を超える死者をだしたカリブ海の島国がハイチである。その後、ハイチは治安が悪化、2021年7月にはジョブネル・モイーズ大統領が暗殺され、翌月には大規模な地震で2000人以上が死亡。それ以前から武装ギャングが街を支配するなどして、安全に生活できる環境ではなくなっている。このため、多くのハイチ難民が海を越えて、南米、そしてアメリカにもやってきた。
一方、1986年のImmigration Reform and Control Act (IRCA)で、合法的な居住権を持たない外国人270万人が永住権を取得した後、「移民の国アメリカ」は、永住を前提とした移民や難民の受け入れに消極的になっていく。こうした中で導入された政策のひとつが、Temporary Protected Status (TPS)である。法律上は、1990年の改正移民法に盛り込まれた。武力紛争や大規模な自然災害のため、すでにアメリカに滞在していて、帰国が困難になった外国人のうち、一定の条件を満たした人々に期限付きの居住権や就労許可を与える措置だ。
1990年の法律によって導入されたものの、90年代にTPSの対象となったのは、イラクの侵攻を受けたクウェート、ボスニア紛争によるボスニア・ヘルツェゴヴィナ、民族対立で大虐殺が発生したルワンダ、エボラ出血熱が広がったギアナなど少数の国だった。しかし、21世紀に入ると、地震や内戦、戦争などにより対象国が増加。アメリカ政府の発表によると、2024年3月31日現在、対象国は16、この制度で認定を受け、米国内に居住している人は86万3880人にのぼる。居住者が最も多いのは、ベネズエラ人で34万4335人、次いでハイチ人の20万5人となっている。
このように、TPSは、帰国すると生命に危険が及ぶ外国人に居住権や就労許可を与え、保護する人道的な性格を持っている。しかし、対象は、在米中の外国人であり、対象国から直接あるいは渡米して申請することはできない。また、滞在期間も1年半ほどに限定されており、対象国認定が延長されなければ、帰国するか、不法滞在になる可能性が高い。とはいえ、政府として認可した措置である以上、その対象者に対して、トランプ元大統領のように虚偽情報を流し、対象者を非難の矢面に立たすようなことは許されない。
しかし、「移民はアメリカ人の仕事を奪う」という声がしばしば聴かれることも事実だ。では、スプリングフィールドではどうなのか。9月15日に3大ネットのひとつ、ABC Newsの”This Week”という番組に出演した共和党のMike DeWineオハイオ州知事は、次のように語った。「彼ら(ハイチ移民)は働くためにスプリングフィールドにきたのだ。オハイオ州は動き続けており、スプリングフィールドは多くの企業が参入し、本当に大きな復活を遂げた。ハイチ移民は、これらの企業で働くためにやってきた。…これらの企業は、彼らが非常に優れた労働者であるという。企業はハイチ移民が働いてくれることを非常に喜んでおり、率直に言って、それは(地域)経済を助けている」
University of California at Los Angeles (UCLA)Latino Policy & Politics Initiativeが2020年8月に発表した”Temporary Protected Status for Central American Immigrants”というテーマの調査でも、TPSの認定を受けた移民がアメリカ社会に貢献している状況が明らかになっている。例えば、TPS認定者の平均在米期間は20.3年に及ぶ。そして、88.5%が労働市場に参入しており、市民権取得者の65.1%より20%以上高い。所得税の申告を毎年行っているTPS認定者は9割に及び、社会保障税の納入も平均で15.4年という。さらに、地域の団体や子どもが通う学校、教会などにも積極的にかかわっている人が多いというデータが示されている。
こうしたポジティブな状況の反面、TPS認定者の置かれた状況の厳しさを感じさせる数字も見られる。例えば、就労者の割合が高いものの、給与の支払が遅れたり、給与の一部が支払われないなど、経営者から搾取されることも少なくない。また、健康保険の未加入者の割合が市民権取得者のほぼ2倍に当たる22.3%に達っしている。一方、持ち家の割合は、市民権取得者の半分の31.9%にすぎない。
UCLAの調査は、こうした状況を踏まえ、TPS認定者の98%を占めるエルサルバドル、ハイチ、ホンジュラス、ネパール、ニカラグア、スーダンからの出身者に対して、2021年1月の期限後も期間を延長するように提案。また、TPS認定者に永住権取得の道を開くべきだとしている。同様の主張は、TPS問題に取り組み移民の権利擁護団体などでも見られる。なお、前述の政府の統計では、TPS認定者においてベネズエラ出身者が最も多い。これは、2024年3月末のデータであるためだ。UCLAの調査は、その数年前のデータに基づいている。さらに、報告書の発行が2020年8月であるため、TPSの期限が2021年1月とかなり以前になっていることに留意されたい。
なお、UCLAの調査”Temporary Protected Status for Central American Immigrants”は、以下からダウンロードできる。
file:///C:/Users/mrbea/Documents/FY2024%20091524/News%20Collection/202409/Temporary%20Protected%20Status%20for%20Central%20American%20Immigrants%20by%20UCLA.pdf
Trump・共和党の「親労働者」政策への労働組合の対応
2024年9月9日
労働組合は、民主党の強力な支持基盤といわれてきた。しかし、Donald Trumpの「親労働者」政策をはじめとした共和党による「労働組合票」の切り崩しにより、状況が変化しつつある。今年7月の共和党の全国大会で、International Brotherhood of Teamsters (以下、Teamsters)のSean O’Brien会長が演説を行ったことは、その象徴的な出来事として注目された。一方、"Trump Is A Scab"(トランプはスト破りだ)と書かれたTシャツを着てUnited Auto Workers (UAW)のShawn Fain会長は、8月の民主党の全国大会に登場。こうした大統領選挙をめぐる労働組合内部の動きとその背景について、検討していこう。
Teamstersは、1903年にふたつの労働組合が合併して設立された労働組合である。アメリカとカナダ、プエルトリコの労働者130万人を抱える、大手の労働組合だ。ただし、1970年代には200万人を超えていた。トラック運転手の労働組合と説明されることが多いが、トラック輸送に関連する倉庫労働者に加え、American Red CrossのようなNPOや政府職員など、幅広い職種の労働者を組織している。今年6月には、ニューヨークのStaten Island にあるAmazonの倉庫労働者5500人を組織していた独立組合、Amazon Labor Unionを傘下の支部として承認し、注目を集めた。
大統領選挙においてTeamstersは、近年は民主党候補を支持しているが、Richard Nixonや、いわゆるパパ・ブッシュのGeorge H.W. Bushなど、共和党候補を支援したこともある。とはいえ、Teamstersが共和党の全国大会で演説を行ったのは、121年の歴史を通じて、今回が初めてだ。では、なぜ今年なのか。選挙戦撤退を表明したJoe Bidenでは勝ち目がないと判断し、「勝ち馬」に乗ろうとしたこともあるだろう。しかし、それ以上に、運送業の変化を指摘する声も強い。
ここでいう運送業の変化とは、自動運転技術の進展と、それを利用した道路輸送の新しい形の広がりである。具体的には、IT企業のGoogle(現在のAlphabet)の子会社、Waymoによる自動運転タクシーサービスの開始である。今年1月にアリゾナ州フェニックス、6月にカリフォルニア州サンフランシスコで始まったばかりだが、今後、さらに拡大してていくとみられる。自動運転は、運転手が不要なことを意味する以上、これが物流のトラックに拡大されれば、Teamstersにとって死活問題といえる。フェニックスとサンフランシスコの市長がともに民主党であることが示唆するように、自動運転技術は民主党が主導的に進めてきた。
技術革新が労働者の知識や技術を陳腐化し、従来の仕事が失われていくことは、自動運転タクシーサービスだけではない。自動車産業において急速に進められているガソリン車から電気自動車、いわゆるEV車への移行も、そのひとつだ。アメリカでは、General Motors (GM)などが推進していることに、自動車労働者を組織しているUnited Aoto Workers (UAW)は、警戒心を崩さない。しかし、運動方針としては、自動車用電池を製造する工場の労働者を組織化することを掲げている。その目的の第一歩が最近実現した。UAWは9月3日、テネシー州Spring HillのLG Energy SolutionとGMのジョイントベンチャー、Ultium Cellsの労働者1000人の組織化が成功したと発表したのである。
このように述べてくると、技術革新に抵抗する守旧派のTeamstersと進歩派のUAWという労働界におけるふたつの流れがあるように感じられるかもしれない。しかし、現実は、そう単純ではない。Amazonの労働者の組織化に見られるように、Teamstersも未組織の組織化に注力している。また、Teamsters内部の活動者組織、National Black Caucusは、民主党のKamala Harris支持を表明した。
UAWなど、多くの労働組合は、民主党支持の労働者で構成されている。しかし、Teamstersは、民主党支持者と共和党支持者が拮抗している。そのため、組合の幹部や一般組合員と大統領候補の「円卓会議」を設定し、組合員全員の意見が反映されるような仕組みで、支持候補が決定される。この「円卓会議」は、すでにTrumpとの間では実施され、Harrisとは来週開催される。
O’Brien会長が共和党全国大会で演説を行った後の8月12日、会長の顔に泥を塗るような出来事が発生した。Trumpが実業家のElon Muskとのインタビューで、ストライキを行った労働者は解雇すべきという趣旨の発言を行ったのである。この発言に対して、UAWは、労働者への威圧だとして、TrampとMuskを連邦政府のNational Labor Relations Boardに訴えた。また、こうした発言を行うTrumpの大統領候補者指名を行った共和党全国大会で演説したO’Brianに対しても、非難の声が相次いだ。
ここで詳しく説明するスペースはないが、「親労働者」を謳いながらも、Trumpが進めた労働政策は、組織化を困難にするなど、労働組合にとってネガティブなものが大半だった。O’Brianがこの点を把握していないとは思えない。共和党全国大会での演説が大統領選挙にトランプ支持を意味しているものではないと繰り返し主張しているのは、そのためでもあるだろう。とはいえ、Muskとのインタビューで明確になったTrumpの反労働者的性格を知りつつ登壇したのであれば、労働界の指導者のひとりとして軽率といわれても仕方がない。
では、UAWとShawn Fain会長は、安泰なのだろうか。Fainは2023年5月に、UAW史上初めての組合員による直接投票で選出された。その結果は、Fainの6万9487票に対して、対立候補のRay Curryが6万9010票と、500票に満たない僅差の勝利だった。したがって、組織内の基盤も盤石とはいえないだろう。また、自動車労組といわれているものの、大学のアカデミックワーカーをはじめ、自動車産業以外の労働者も数多く組織している。アカデミックワーカーの多くは、今年春に全米の大学で広がったイスラエルのガザ侵攻に抗議、即時停戦を求めている。イスラエル支援を打ち出したHarrisを支持するFainとの間で対立が生じる可能性は否定できない。
UAWなどに反旗を掲げる労働者の組織も登場している。2017年に自動車産業の労働者30人ほどで設立されたAuto Workers for Trumpは、そのひとつだ。この名の通り、Trump支持者の団体だが、現在は、”Auto Workers for Trump 2024”という名称で、UAWやTeamstersの組合員をはじめとした3000人がメンバーとして活動。8月14日に放映されたCBS Detroitによると、Trumpを支持する理由として、ガソリン代の引き下げやEV車への転換を抑えてくれることを期待しているという。
9月9日に配信されたThe Nationの“The Union Movement Is Very Excited About Harris and Walz”というタイトルの記事によると、Harris支持を打ち出した主な労働組合(団体)は、以下の通り。
American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations, American Federation of State, County and Municipal Employees, Service Employees International Union, American Federation of Teachers, National Education Association, Communications Workers of America, United Steelworkers, Laborers International Union of North America, International Brotherhood of Electrical Workers, International Union of Painters and Allied Trades, International Union of Operating Engineers, National Nurses United, United Auto Workers
一方、Fraternal Order of Police (FOP)は9月9日、Trump支持を表明した。FOPは、1915年に設立された友愛会で、37万7000人余りの組合員を擁する全米最大の法執行に関わる労働者を組織している。2016年と20年の大統領選挙でも、Trumpを支持してきた。
なお、UAWは7月31日にHarris支持を表明したが、その際のプレスリリースは以下から見ることができる。
https://uaw.org/uaw-endorses-kamala-harris-for-president-ahead-of-mass-rally-in-detroit/
2028年に「オリンピック賃金」を! ロサンゼルスのホテル労働者らが要求
2024年8月14日
パリオリンピックが終わるのを待ちかねたかのように、2028年の開催地ロサンゼルスでは、大会に向けたさまざまな動きが始まっている。そのひとつが、「オリンピック賃金」の実現を求める、ホテルをはじめとしたホスピタリティ産業の労働者によるものだ。時給30ドルを最低賃金に設定する運動は、労働組合やNPO、市会議員ら幅広い支持をえながら進められており、大規模イベントによる地域経済効果を労働者にも還元させることができるかどうか、注目されている。
アメリカの最低賃金は、National Industrial Recovery Act of 1933に基づき制定される。全国全産業一律で、制定当初は時給25セントだった。その後、徐々に引きあげられ、2009年には7ドル25セントになった。現在の為替レートに換算すれば、ほぼ1000円と、日本と同レベルだ。しかし、その後、インフレが進む中で、据え置かれたままになってきた。このため、州や自治体、さらには地域の産業レベルで最低賃金を引き上げようという動きが広がった。
ロサンゼルスのホスピタリティ産業に関しては2015年7月、300室以上のホテルの労働者に15ドル37セントの最低賃金が設定された。Citywide Hotel Worker Minimum Wage Ordinance (CHWMWO)という条例に基づく措置で、地域レベルの産業別最低賃金の一種といえる。今年7月からは、60室以上のホテルの労働者に時給20ドル32セントを支払うことが求められるようになった。なお、条例はHotel Workerとなっているが、ホスピタリティ産業全般で働く労働者が対象で、ロサンゼルス国際空港(LAX)も含まれる。対象となる労働者は、3万6000人に及ぶという。
「オリンピック賃金」は、CHWMWOの延長にあるため、今回突然でてきたアイデアではない。2023年4月に、Curren PriceとKaty Yaroslavskyというふたりの市会議員によって提案された。なお、ロサンゼルスでは、2026年にサッカーのワールドカップが開催される。「オリンピック賃金」は、現在の時給20ドル32セントをワールドカップ前の早い時期に25ドルに引き上げ、その2年後に30ドルをめざすという2段階のステップでの実現を求めている。
Curren PriceとKaty Yaroslavskyのふたりによる提案に、Heather HuttとTim McOsker、Marqueece Harris-Dawson、Hugo Soto-Martinezの4人の市議が賛同。15人で構成される市議会の過半数には満たないものの、Neighborhood Councilと呼ばれる地内の地域に設定された諮問委員会に提案による地域経済などへの影響調査を行うことが決まった。
この影響調査は、2023年内に提出、集約され、市としての意見がだされる予定だった。しかし、提出が遅れていることもあり、パリオリンピック開催中の7月30日に市議や労働組合、NPOなどの関係者が記者会見を開き、改めて「オリンピック賃金」を訴えた。なお、99のNeighborhood Councilのうち、すでに調査結果を提出したのは13で、そのうち12は30ドルへの引上げを支持しているという。
「オリンピック賃金」のハブ役となっているのは、#TourismWorkersRisingLAという連合体である。ホテル労働者を組織化しているUNITE-HERE Local 11や空港の清掃労働者の組合United Workers Westなどの労働組合に加え、Alliance of Californians for Community Empowerment (ACCE) Action、Clergy and Laity United for Economic (CLUE)Justice、Garment Worker Center、Venice Community Housing、Housing Now Californiaなどの多様な活動に取り組みNPOが構成団体だ。
ホスピタリティ産業のホテルなどの多くは、「オリンピック賃金」に反対の姿勢を貫いている。Alliance for Economic Fairness (AEF)という組織を作り、#TourismWorkersRisingLAを「強力かつ連携の取れた利益団体」と呼び、条例化の阻止に向けて活動を展開。AEFは、ロサンゼルスのホスピタリティ産業がコロナ禍の回復途上にあり、最低賃金の大幅な引き上げが産業や労働者に悪影響を与えると主張。一方、#TourismWorkersRisingLA は、2023年のロサンゼルスの観光業の売上が345億ドルに上ったとして、労働者や地域住民への還元の必要性を訴えている。
なお、7月30日の記者会見の様子は、以下の#TourismWorkersRisingLAのInstagramから見ることができる。
https://www.instagram.com/p/C-DlExVpTKT/?img_index=1
スターバックスの労働組合、協約締結に向けてコミュニティに支援要請
2024年7月27日
コーヒー・カフェ・チェーンの大手、スターバックスのバリスタは、2021年にニューヨーク州バッファロー店で労働組合を結成して以来、全米各地で組織化の動き拡大している。しかし、経営側との労働協約締結交渉が長期化する中で、コミュニティの支援を求め、”Red for Bread Weekend”と呼ばれる取り組みを実施することになった。
スターバックスのバリスタを組織しているのは、Starbucks Workers United (SWU)という労働組合だ。しかし、SWUは独立組合ではなく、進歩的な労働組合として知られるWorkers United (WU)という組合の一部として活動している。1900年に繊維労働者の組合として設立されたWUは、その後、幾多の変遷を経て、現在は自治体労働者などを組織するService Employees International Union (SEIU)の傘下組合だ。連邦労働省の資料によると、2013年時点におけるWUの組合員は、アメリカとカナダで約8万6000人。
SWUのウェブサイトによれば、組織化されているスターバックスの店舗は470余り。組合員は1万500人を超えている。かなりの数だが、1店舗当たりの組合員は20人程度で、単独で経営側と交渉するには規模が小さい。このため、SWUは、組合員全員の代表による交渉を経営側に要求。これに対して、経営側は、組合員の解雇をはじめとした数々の不当労働行為を行ってきたため、SWUは激しく反発していた。
しかし、2024年2月、経営側は、各店舗における個別交渉のベースとなる内容を議論するため、組合員全員の代表と協議することに合意した。4月に行われた最初の協議で、両者は「大きな前進があった」と評価したうえで、「課題は残っているものの、交渉を続けていくことを確認した」という。その後、5月と6月にも、労使協議が行われているが、協約の締結には至っていない。
以上のような進展がみられるものの、バリスタは離職者が多い職種で、長期にわたり組合員の職場改善への意識を維持することは容易ではない。このためSWUは、”Red for Bread Weekendと呼ばれる取り組みを実施することを決定した。” Red for Bread Weekend” は、経営側の不当労働行為などを批判するそれまでの活動とは異なる。組合のある店舗の周辺の住民などにカフェに訪れてもらい、支援の声掛けを要請するものだ。具体的には、赤い服を着て、店舗に行き、” Union Strong” と言いながら飲み物などを注文してもらうことで、組合員の士気を高めようとする試みである。
この取り組みは、7月26日から29日にかけて各地の組合があるスターバックスの店舗に対して行われる。組織化を支持し、労働協約の締結を望む地域の団体や個人は、ウェブサイトで訪問表明を行うなどしている。
例えば、フロリダ州オーランドの店舗には、労働者と地域住民が連携して労働条件の改善などを求めているNPO、Central Florida Jobs with Justice や社会主義を掲げるDemocratic Socialists of Americaなどが訪れることを明らかにしている。また、オレゴン州では、労働組合の連合体、AFL-CIOの州委員会がウェブサイトを通じて” I pledge to be Red for Bread!” というタイトルの訪問表明ページを作成、日本時間で7月27日午前6時現在、185名が訪問の意思を明らかにしている。
なお、上記の” I pledge to be Red for Bread!” という訪問表明ページは、以下から見ることができる。
https://starbucksworkersunited.controlshift.app/petitions/i-pledge-to-be-red-for-bread
米市民の配偶者で合法的な居住権がない外国人に市民権、推定50万人対象の事業の申請が8月開始
2024年7月19日
連邦政府機関のDepartment of Homeland Security (DHS)は7月17日、アメリカ市民と結婚したものの合法的な居住権をもたない外国人に、市民権取得への道を開く” Unity and Stability of Families (USF)”と呼ばれるプログラムの受付を8月19日から開始すると発表した。50万人が対象になると推定されている大規模なプログラムに対して、長年にわたり導入を求めて活動を続けてきた移民の権利擁護団体からは、歓迎の声が上がっている。
USFプログラムは、6月18日にバイデン大統領の声明として公表された。この声明内容は、”FACT SHEET: President Biden Announces New Actions to Keep Families Together”というタイトルで、ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されている。文書は、プログラムの目的を「移民法上異なる立場にある夫婦及びドリーマーを含むアメリカで教育を受けた若者に対して、安心と安定をもたらすため」としている。
ここでいう「移民法上異なる立場にある夫婦」とは、アメリカ市民と合法的な居住権を持たない外国籍の配偶者の夫婦を意味する。また、ドリーマーとは、DACAとして認定された若者をさす。DACAとは、” Deferred Action for Childhood Arrivals” のことで、オバマ政権時の2012年に導入された措置だ。子どもの頃、親とともにアメリカに入国し、合法的な居住権を持っていない若者で、一定の条件を満たす、一時居住を認めた。
換言すると、プログラムは、合法的な居住権をもたないアメリカ市民の配偶者に加え、ドリーマーを含む、その子どもも対象になる。ただし、市民権取得への道を開くプログラムだが、直接、永住権や市民権を申請できるわけではない。大統領がもつ“Parole”と呼ばれる権限をもちいた措置だ。移民法との関係では、「臨時入国許可」を意味する。
したがって、プログラムへの応募は、臨時入国許可申請となる。そのうえで、申請者は、プログラムが発表された2024年6月17日以前に、アメリカ国内に継続して10年以上滞在していたことやアメリカ市民と合法的に結婚していたことなどが要件として求められる。また、移民の除外対象となる犯罪歴がないことも必要だ。
DACAやUSFプログラムは、移民の権利擁護団体などが長年にわたり政府に求めてきた活動が結実したものといえる。このため、USFプログラムの発表後、移民の権利擁護団体などが、自らの活動の成果として示すとともに、バイデン政権を評価する声が相次いだ。例えば、米国最大の移民の若者が主導する組織で、120万人のメンバー、100以上の支部をもつUnited We Dreamの事務局長、Greisa Martinez Rosasは、以下のように述べている。
「12年前にDACAを勝ち取ったこと、今年初めにさらに多くの不法滞在者のために医療を勝ち取り、そして今では何十万人もの人々にさらに広範で人生を変えるような救済を提供したことまで、これらの勝利は、我々の生活と権利のために戦うために毎日現れる我々の運動なしには不可能だっただろう。…我々は、この瞬間を我々の運動の勝利であるとともに、バイデン大統領にとって正しい方向への一歩と認識してる」
なお、United We Dreamは、USFプログラムが発表時のプレスリリースで、同プログラムの実現に関わった他の移民の権利擁護団体の声明も紹介している。このプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://unitedwedream.org/press/following-decades-of-tireless-organizing-and-advocacy-immigrant-and-civil-rights-groups-win-historic-relief-for-immigrant-families/
アマゾン労組、大手のTeamstersの傘下へ
2024年6月13日
2021年にニューヨーク市南部のStaten Islandでアマゾンの倉庫労働者の組織化に成功し、一躍脚光を浴びたAmazon Labor Union (以下、ALU)。その後、いくつかのアマゾンの倉庫の組織化を試みたものの失敗。さらに指導部内の対立が激化し、訴訟に至っている。こうしたなかで、ALUは6月4日、大手の労働組合International Brotherhood of Teamsters(以下、Teamsters)の傘下に入ることになった旨を発表した。Teamstersも2021年、アマゾンの組織化を進める計画を打ち出していた。ただし、これにより、アマゾンの組織化が進むかどうかは不透明だ。
Staten Islandのアマゾンの倉庫労働者の組織化は、コロナ禍で職場の安全衛生などの問題を取り上げ、ALUの現在の委員長、Chris Smallsのリーダーシップで進められた。独立組合のALUは2021年、労働組合への賛否を問う職場選挙に勝利したものの、アマゾンが選挙を管轄した連邦政府機関のNational Labor Relations Board (NLRB)に異議申し立てを行い、今も係争中だ。一方、ALUの指導部内では、Smalls委員長が講演活動などに注力し、他の倉庫の組織化を疎かにしていると批判。この内部対立は、裁判所に持ち込まれている。
なお、ALUはTeamstersの傘下に入るものの、独自の支部として運営されるため、活動の自律性は担保されるとみられる。また、現段階で傘下入りは双方のトップによる合意に止まり、今後、ALUの組合員による投票で最終的に決定されれる。投票の時期は未定だ。
アマゾンの組織化については、アラバマ州の倉庫でRetail, Wholesale and Department Store Union (以下、RWDSU)が2021年に職場選挙にこぎつけたものの、大差で敗北。しかし、翌2022年、NLRBが経営側の不当労働行為を認定し、2回目の選挙が行われたが、労使双方が異議を申し立て、結果が確定していない。その後、NPRBの調査が進み、現在、公聴会が開かれており、3度目の選挙になる可能性もある。
ALUやRWDSUとは別に、Teamstersは、独自の動きを見せている。昨年、ロサンゼルスの郊外にあるアマゾンのBusiness Partner(協力企業)のひとつ、Battle-Tested Strategies (以下、BTS)の労働者84人がTeamstersに加盟。しかし、BTSで職場選挙が行われる直前に、アマゾンは同社への委託業務契約を解消、組織化を葬り去ろうとした。これに対して、TeamstersはNLRBに不当労働行為の訴えを出すなどして、闘いを続けている。
Teamstersは、トラックドライバーの組合と形容されることが多い。しかし、倉庫や宅配便のような事業に関わる労働者の組織化も行っている。例えば、貨物輸送の大手、United Parcel Service (以下、UPS)も組織しており、昨年、ストライキを通じて、大幅賃上げを勝ち取った。これにより、Teamstersは、組合員の増加が続いているといわれる。
とはいえ、UPSの労働者は、同社に直接雇用されている。一方、アマゾンの労働者は、BTSのような事実上の下請け企業に配送を委託しているため、間接的な雇用関係しかない。Teamstersは、BTSの労働者の雇用者は事実上、アマゾンンだという主張で、NLRBに訴えたものの、係争中だ。
世論調査では、労働組合への支持率が記録的な高さになっている。バイデン政権も「親労働組合」を標ぼう。これらを「追い風」にして、独立系のALUと主流派のTeamstersが手を握ることで、全米第2の企業、アマゾンの組織化を勝ち取ることができるかどうか。アメリカの労働運動の真価が問われているといえよう。
なお、ALUのTeamstersの傘下入りに関する両者の合意書は、ALUの”X”に掲載されており、以下から見ることができる。
https://x.com/Lfelizleon/status/1798074666336362693
メルセデスベンツの職場選挙で敗北も、組合は再選挙を要求
2024年5月27日
アメリカ南部のアラバマ州ヴァンスにあるMercedes-Benz U.S. International=MBUSI(以下、メルセデスベンツ)の自動車工場で5月13日から17日の間に実施された、United Automobile Workers (UAW)を団体交渉の代表とするか否かをめぐる職場選挙で、組合は敗北。しかし、UAWは、経営側による不当労働行為があったとして、連邦政府に訴えた。訴えが認められれば、再選挙が行われることになる。
今回のメルセデスベンツの職場選挙で一票を投じた労働者は、5075人。このうちUAWに団体交渉権を委任することに賛成票と投じたのは2045人で、反対した労働者は2642人にのぼった。残りの56票は、無効票などとなっている。アメリカの労働組合法に当たるNational Labor Relations Act (NLRA)では、投票の過半数がえられなければ、団体交渉権が認められない。このため、2000人余りの労働者が希望したものの、職場選挙は組合側の敗北に終わったことになる。
メルセデスベンツでは、これまでにも組織化の動きがあった。しかし、今回は、2023年にUAWがビッグスリーと呼ばれるGMなど大手3社への長期にわたるストライキにより大幅賃上げなどを勝ち取ったうえ、24年4月にはテネシー州のフォルクスワーゲンの工場で組合の団体交渉権が認められるなど、組合に有利な状況が生じていた。そして、2月下旬には、過半数の労働者が団体交渉代表権をUAWに委任するカードに署名、選挙になれば勝算が見込めるとみられていた。
しかし、経営側は、長年、賃上げが抑えられてきた状況に対して、社会で最も高い水準を時給で2ドル引き上げるとともに、4年後には時給34ドルにすることなどを表明した。ここで4年後という時期は、前述のビッグスリーとの交渉による労使協定が2028年までで、その時点で、3社のUAWの組合員の時給が43ドルになることを意識したためと推察される。
こうした「アメ」だけではなく、経営側は、「ムチ」も用いてきたと、UAWは主張する。具体的には、組合支持者の解雇、組合資料の配布禁止、労働者の監視、労働者に参加を強要する集会の実施、組合結成について話し合った従業員を懲戒処分、組合活動が無益であるとほのめかしたことなどだ。UAWは、これらが不当労働行為だとして、5月24日にNLRBに訴えた。メルセデスベンツの親会社は、ドイツにある。5月17日付のUAWのプレスリリースによると、ドイツ政府も不当労働行為の訴えに関して調査を行っている。
メルセデスベンツの工場があるアラバマ州をはじめとした南部は、労働組合を否定的にみなす傾向が強い。より端的に言えば、反組合的な土壌がある。南部諸州の知事の多くは共和党だ。前述のフォルクスワーゲンの選挙結果が示される直前の4月16日、アラバマ州のケイ・アイビーをはじめとした南部の6人の共和党知事は、連名で「労働組合の結成は、確実に州の雇用を危険にさらすだろう。実際、今年に入ってから、UAWの自動車メーカーは全てレイオフを発表している」などと記した声明文を発表。労働者を組合から離反させ、組織化を防ごうと試みた。
結果的に、この声明は、フォルクスワーゲンの組織化には、あまり影響を与えなかったとみられる。しかし、UAWの組織化に「中立」を保ったフォルクスワーゲンと異なり、先に述べたような「アメ」と「ムチ」を駆使したメルセデスベンツにおける影響は小さくないだろう。なお、メルセデスベンツは、職場選挙に先立って、労働者から反発を受けていたCEOを解雇、新しいCEOを採用して、新CEOの対応を見守るようにと訴えていた。こうした点も、組合支持派の切り崩しにつながったとみられている。
職場選挙の結果が明らかになった直後の5月17日、UAWのショーン・フェイン会長は声明を発表。「アラバマ州のメルセデスベンツだは、2000人以上の労働者が組合への加入を望んでいる。彼らは消え去りはしない。太陽が昇り、太陽が沈み、労働者階級のための正義のための私たちの闘いは続く」と述べている。NLRBへの訴えを含め、メルセデスベンツの労働者の闘いは続いていくだろう。
このフェイン会長の声明文は、以下から見ることができる。
https://uaw.org/statement-from-uaw-president-shawn-fain-on-mercedes-alabama-vote/
UAW,南部テネシー州で歴史的勝利
2024年4月20日
アメリカの南部諸州と聞くと、保守的なイメージが強い。大統領選挙の際の赤と青の色分けでも、真っ青に塗り固められている地域だ。その中心地ともいえるテネシー州で、フォルクスワーゲン工場で現地時間の4月19日、労働組合が職場選挙で勝利したというニュースが飛び込んできた。
この欄で何度か紹介したことがあるが、アメリカの労働法は、特定の職域の労働者の過半数が支持した労働組合に団体交渉権を委任する制度をとっている。日本のように、「ひとり組合」、つまり少数組合は存在しない。職場の過半数の賛成を得ることは容易ではない。その影響もあり、アメリカの労働組合の組織率は現在、10%程度に落ち込んでいる。
この状況を変えようという動きが、ここ数年で急速に広がってきた。保守の牙城南部も例外ではない。昨年、デトロイトに本拠を置くGMなど3社、いわゆるビッグスリーへのストライキを敢行、大幅な賃上げなどを獲得したInternational Union, United Automobile, Aerospace and Agricultural Implement Workers of America (UAW)は、外資を中心にした南部の自動車や自動車エンジンの工場の組織化を進める考えを表明していた。
それからわずか半年足らずの間に、フォルクスワーゲンの職場選挙とその勝利にこぎつけたのである。選挙を管轄した政府機関、National Labor Relations Board (NLRB)によれば、投票結果は2628対985。有効投票の73%がUAWに団体交渉権を委任することに賛成するという、「地滑り的」かつ「歴史的」な大勝となった。5月には、アラバマ州のメルセデス工場で選挙が実施される。
南部には、トヨタや日産、ホンダなど、日本の自動車メーカーも進出している。フォルクスワーゲンにおける勝利は、これら日本企業を含めた南部全体に及ぶのだろうか。労働運動の研究者の間からは、慎重な見方も強い。
そのひとつの理由は、南部諸州で制定されている、労働権法の存在である。組合への加入や組合費の支払いを労働者に強制することは禁止している法律で、全米の過半数の州で制定されている。
労働権法は、クローズとショップはもとより、ユニオンショップやエージェンシーショップ(非組合員に組合費の支払いを求める制度)も違法とする。その結果、事実上、オープンショップを強いている。この法律は、理論上、労働組合の制定には影響しないが、成立した組合の持続性には影響が大きい。ただし、労働組合を嫌悪あるいは排除する意識の形成につながることで、組織化を困難にさせている可能性が考えられる。
そもそも、前述のように、職場の過半数の賛成をえることは容易ではない。実際、フォルクスワーゲンに関しては、2014年と19年に職場選挙が実施された。特に2019年の選挙では、賛成48%、反対52%という僅差での敗北だった。他のメーカーなどでもUAWの組織化にとどまらず、職場選挙が行われたところもある。これを跳ね返すのは容易ではない。
昨年のビッグスリーとUAWの労働協約の締結以降、これらの企業は、一斉に賃上げを行った。組合による賃上げ要求への防波堤を築くという意図だろう。しかし、それでもフォルクスワーゲンの労働者は、UAWを選択した。
なぜか。賃金以外にも、職場の安全などの問題があるからだ。労働組合は、賃上げのためだけの組織ではない。労働災害などを含め、日常的に発生する各種の問題に、苦情処理制度を活用して、経営側と交渉することなども重要な役割なのだ。
また、組合の「本気度」も見落としてはならない。UAWは今年2月、組織化に向け2026年までに4000万ドルを投入すると表明した。現在の為替レートでいえば、60億円をこえる巨額の「投資」である。それだけの資金力があることに驚くが、膨大な資金を費やしても組織化を成し遂げるという意思の強さを感じることができる。