職場のハラスメント・ガイダンスを撤廃、EEOCの決定に懸念や批判の声
2026年1月25日
連邦政府の独立機関、Equal Employment Opportunity Commission(EEOC)は1月22日、バイデン政権下で2024年に承認された「職場におけるハラスメントに関するガイドライン」を撤廃することを2対1の賛成多数で決定した。この決定は、ドナルド・トランプ大統領による行政命令14168号(Defending Women from Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government:「ジェンダー・イデオロギーの極端主義から女性を保護し、連邦政府に生物学的真実を回復させる」命令)に沿ったものだ。この大統領令は、性自認や性的指向に関する保護措置の排除を求めており、EEOCの決定も、LGBTQ+へのハラスメント防止策の排除を主眼にしているといわれている。しかし、ガイダンスには、LGBTQ+以外の人々へのハラスメント全般への対策が盛り込まれており、撤廃に対して職場のハラスメントを禁止する法律を制定した連邦議会や人権擁護団体から懸念や批判の声が相次いだ。
ガイドラインの撤廃を主導した、EEOCのChair Andrea Lucasは、従来のガイダンスが「生物学的現実」を無視し、EEOCの権限を逸脱した実質的なルール作りを行っていたと主張している。一方で、唯一の民主党系のCommissionerであるKalpana Kotagalは、ガイダンスの撤廃を「赤ん坊を産湯と一緒に流し捨てるようなもの」、日本語でいえば「「角を矯めて牛を殺す」と批判し、ハラスメント全般(人種、宗教、年齢、障害など)に関する95%の合意事項までもが公聴会や意見公募の手続きなしに破棄されたことに強い懸念を表明している。連邦法自体に変更はないものの、雇用主にとっての「セーフハーバー」としてのガイダンスが消失したことで、今後の法的解釈やコンプライアンスにおいて不透明感が増すことが予想される。
ここでEEOCの運営体制について、説明しておこう。EEOCは、Commissionerと呼ばれる5人の責任者によって担われており、そのうちのひとりがChairである。いずれも大統領によって指名され、連邦上院の承認で就任する。ChairとVice Chairは、大統領によって指名される。5人のCommissionerのうち、同一政党(民主党または共和党)のメンバーは最大3名までと決められている。特定の政党に権力が完全に偏ることを防ぐためだ。また、Commissionerとは別に、EEOCが起こす裁判の責任者に相当するGeneral Counselという役職がある。General Counselはひとりで、大統領の指名と上院の承認で決定される。しかし、第2次トランプ政権の成立後、民主党系のCommissionerふたりとGeneral Counselが解任された。このため、これらふたつ、3人のポストに欠員が生じている。
トランプが行政命令14168号に署名したのは、昨年1月20日の就任当日だ。それから1年たってガイダンスを撤廃したのは、上記のEEOCの運営体制が関連している。昨年10月、トランプが任命したBrittany PanuccioがCommissionerとして承認され、定足数の3人が確保された。また、Lucasと合わせて共和党系のCommissionerが過半数を占め、会議を開催し、ガイダンスの撤廃が可能になった。ただし、通常、行政機関の重要な方針の制定や変更については30日のパブリックコメント期間が設けられる。1月23日発信のJD Supraの記事” EEOC Rescinds 2024 Enforcement Guidance on Harassment in the Workplace”によれば、ガイダンスの撤廃を決定した会議の席上、Commissioner Kotagalは、パブリックコメントについて規定した29 CFR 1695.6という法律に基づき、市民の意見を聞くべきと主張。しかし、Chair Lucasは、ホワイトハウスの承認をえたとして、採決を行った。なお、1月23日発信の” Trump's EEOC strikes harassment guidance amid debate over transgender protections”と題するPBSの記事によれば、ガイダンスが2024年に制定された際には、3万8000件ものパブリックコメントが寄せられたという。
では、なぜ、このような「強行突破」ともいえる措置が可能になったのだろうか。最も重要な点は、大統領行政命令14168号の制定である。 性別を「不変の生物学的分類(男性または女性)」と定義し、連邦政府機関からジェンダー・イデオロギーを助長する全てのメッセージを削除するよう命じたのだ。第二に司法判断が影響している。テキサス州の連邦地方裁判所は2025年5月、EEOCの2024年ガイダンスのうちLGBTQ+に関連するセクションが権限逸脱であるとして無効化する判決をだした。Texas, et al. v. EEOC, 2:24-CV-173である。EEOCとあるように、被告はEEOCだ。EEOCは控訴せず、この判決が確定したが、EEOC自身がウェブサイトに掲載した”Federal Court Vacates Portions of EEOC Harassment Guidance” と題するプレスリリースにもあるように、ガイダンスの” Portions”(一部)が否定されたにすぎない。この点は、Commissioner Kotagalも指摘しており、ガイダンス全体の撤廃を正当化できる根拠とはいいがたい。
実際、ガイダンス撤廃が決定された会議で、Chair LucasとCommissioner Panuccioが主張していた主な内容は以下のように、Texas, et al. v. EEOCで取り上げられた性自認やジェンダーアイデンティティとの関係で「女性の保護」に関することだ。ただし、③に示された行政機関としての「権限の逸脱」も問題視している。
①生物学的現実の重視: 「生物学的性別は現実であり、重要である。性別はバイナリ(男女)であり、不変である」とし、代名詞の使用やトイレの利用制限をハラスメントとみなすことに反対している。
②女性の権利保護: 生物学的女性専用のスペース(トイレ、更衣室等)を維持することが女性の安全とプライバシーに不可欠であると主張している。
③権限の逸脱: EEOCは議会が定めた法律を執行するための「手続き的規則」を作る権限しか持たず、2024年ガイダンスのような「実質的な規則(Substantive Rules)」を策定することは権限外である。
これらのうち、①の「代名詞の使用」という語彙は、わかりにくいかもしれない。Microsoft 365プロファイルには、代名詞表示機能がある。ここでは、EEOCの職員が自身の表示名の横に「he/him」「she/her」などの代名詞を任意で表示できる機能をいう。例えば、トランスジェンダーの職員は、自らの性自認を「生物学的性別」と異なり「he/him」「she/her」のように記載することができる。そして、他者に対して、生物学的男性にshe/herと呼ぶことや、その人が自認する代名詞を強要すること、あるいはそれを拒否することもある。これらの「呼称の強要」がハラスメントに当たらないとして、廃止すべきという考えをChair LucasとCommissioner Panuccioが主張したといえる。しかし、Chair Lucasらの主張は、ここに止まらない。本人が使用しない名前や代名詞を意図的に繰り返し使用することもハラスメントに当たらないとしており、LGBTQ+の人々は、自らの性自認と異なる表現を執拗に投げかけられても、甘受しなければならないことになる。
③で行政機関としての「権限の逸脱」が指摘されているが、これはEEOCに限定されるものではなく、多くの省庁で実施していることだ。特に、撤廃されたガイダンスは、ハラスメントの事例70余りを含む190ページもの詳細な解説書である。そこには、性自認以外のハラスメント(人種、宗教、年齢、障害)に関する有用な情報も掲載されていた。これが撤廃されたということは、特に法務部門を持たない中小企業にとって、コンプライアンスの「セーフハーバー(安全地帯)」として機能が消失したことを意味する。その結果、企業経営者には、どのような行為がEEOCによって差別やハラスメントとみなされるのか、予測が困難になる。また、州法や市町村の条例でLGBTQ+の保護などが継続されている場合、雇用主はより複雑な法的対応を迫られ、EEOCのガイダンスに基づいたハラスメント研修の根拠が失われるなどの問題に直面する可能性がある。
では、ガイダンスの撤廃に対して、連邦議員やLGBTQ+の権利をはじめとした人権問題に取り組むNPOは、どのように反応しているのだろうか。その前にガイダンスが2024年4月に制定される背景となった判決について、触れておく必要がある。ジョージア州のアトランタに近い、Clayton County の職員だったGerald Bostockが郡政府を相手取って起こした裁判で、Bostock v. Clayton Countyと呼ばれている。Bostockの提訴理由は、ゲイのソフトボールチームに加入が郡職員として不適切として解雇されたことだ。2016年に起こされた裁判は、2020年に連邦最高裁の判決を迎えた。9人の判事のうち6人の多数判決として、最高裁は、公民権法第七編の性に基づく雇用差別の禁止規定が性自認や性的指向にも適用されると判断した。この判決に基づき、2024年にEEOCのハラスメントに関するガイダンスが改訂され、性自認や性的指向も含められることになった。
Bostock v. Clayton Countyの最高裁判決は、今日まで維持されている。したがって、EEOCが性自認や性的指向を理由にしたハラスメントを問題がないとして、ガイダンスを変更したことは、判決に違反する行為を見なされるべきだろう。しかし、Chair Lucasらは、最高裁判決は、採用と解雇にのみ適用され、雇用期間中は対象にならないと主張している。仮に、この主張が妥当だとしても、Bostock v. Clayton County判決は、性自認や性的指向に限定したものだ。前述のCommissioner Kotagalが指摘するように、これらを理由にしたハラスメントが認められると考えることへの賛否は別としても、人種、宗教、年齢、障害などのすべてのハラスメントの禁止措置まで撤廃することは法律の解釈の上からも認めがたいといえよう。
上記のように、昨年10月、PanuccioがCommissionerとして承認されたことで、EEOCはCommissioner会議を開くための定足数を満たした。Chair LucasとCommissioner Panuccioはガイダンスの撤廃に前向きと見られていた。このため連邦議会の議員74人は連名で、Chair Lucasに11月24日付で書簡を送付、Bostock v. Clayton County判決にも触れつつ、ガイダンスを維持するように要請。改廃の議論を行うとしても、30日間のパブリックコメントの期間を設けるよう訴えた。今年1月14日、EEOCは22日に開催する会議でガイダンスの撤廃を議題として取り上げることを明らかにした。これを受け、連邦議会では、議員連盟にあたるDemocratic Women’s Caucusを中心に、Congressional Asian Pacific American Caucus、Congressional Equality Caucus (前Congressional LGBTQ+ Caucus)、Congressional Hispanic Caucus、Congressional Black Caucusの6つの連盟は1月22日付で声明を発表。ガイダンスを撤廃する問題に加え、ガイダンスの変更におけるパブリックコメントの省略などの手続きを無視した手法を批判した。
抗議の声明は、人権擁護団体からも上がった。声明文を起草する中心になったのは、National Women’s Law Center (NWLC)である。1月22日付で、70余りの団体の連名によりChair Lucasに書簡を送付した。Human Rights CampaignをはじめとしたLGBTQ+の団体やNational Organization for Womenなどの女性団体が中心だが、American Civil Liberties Union やLambda LegalといったNPOの法律団体、労働団体のService Employees International UnionやNational Black Worker Centerなど幅広い組織が名を連ねていた。さらに、1月22日発信のUS News & World Report の”Workplace Rights Agency Scraps Anti-Harassment Guidance, Citing Trump's Orders”と題する記事によれば、ガイダンスの撤廃を検討する会議が開かれていたEEOCのビルの前では、“hands off the EEOC”と書かれたプラカードを持った人々による集会が行われたという。
なお、上記のNational Women’s Law Center (NWLC)が中心となって起草したガイダンス撤廃に抗議する声明文は、以下から見ることができる。
https://nwlc.org/wp-content/uploads/2026/01/Letter-Opposing-Rescission-of-Workplace-Harassment-Guidance-Jan-21-2026.pdf
サンフラシスコで黒人奴隷の子孫への補償条例可決、「補償への重要な一歩」になるか?
2025年12月23日
San Francisco Board of Supervisors (SFBS)は12月16日、サンフランシスコ市・郡内に居住し、差別を受けてきた黒人に対して、補償を行うためのSan Francisco Reparations Fund (SFRF)を創設する条例案を満場一致で可決した。全米で広がりつつある、黒人奴隷の子孫に対する補償プログラムの一環だ。ただし、条例が成立しても、補償が直ちに実現するわけではなく、市民や企業などの寄付や行政の資金がSFRFに提供されることで、黒人への補償が進められることになる。このため、条例の実現に向けて尽力してきたSFBSの議員は「補償への重要な第一歩」と指摘している。一方、財政難により行政資金の拠出は困難な状況なうえ、保守派は、人種に基づく政策は合衆国憲法に違反すると批判。今後、黒人補償のさらなる拡大につながるのか、関心がもたれている。
アメリカの地方政府は通常、County (郡)の中に住民の自主的な統治機構としてCity(市)やTown(町)が形成される。このため、郡と市・町は、別の機構として存在する。例えば、Los AngelesはCountyのなかにLos AngelesやBeverly Hillsなど88の市が設立されている。なお、Hollywoodは、独立した市ではなく、Los Angeles Cityの一部だ。このため、議会に相当する機関は、Countyには5人の公職者から成るBoard of Supervisors(参事会)があり、CityにはMayor(市長)がいて、15人の市議で構成されるCouncil(市議会)がある。しかし、サンフランシスコの場合は、1856年以降、CountyとCityが一体になって、City and County of San Francisco(以下、サンフランシスコ)という独自の地方政府が存在する。行政のトップはMayor(市長)で、議会はBoard of Supervisorsといい、議員は11人だ。
サンフランシスコの黒人奴隷の子孫への補償条例について言及する前に、アメリカの黒人と補償問題の歴史的経緯を振り返っておく。アメリカに初めて黒人が連行されたのは、1619年にオランダ国籍のイギリスの私掠船、White Lion号が当時のイギリスの植民地、バージニア州のPoint Comfortに到着した時と説明されることが多い。ただし、これは正確には、イギリス領アメリカにおける制度的奴隷制の起点と位置づけられている。実際、国立図書館に当たるLibrary of CongressのウェブサイトのImmigration and Relocation in U.S. Historyの中にも、「1500年代初頭から、アフリカ人(黒人)はスペイン領の北米・中米・南米に来ていた。自由身分の者も奴隷もいた」という記述がある。換言すれば、White Lion号は、英語圏の植民地でアフリカ人が労働力として組織的に扱われた最初であり、後のアメリカ合衆国の奴隷制につながるため、米国史の文脈では象徴的な出来事ということになる。
1600年代半ばからのイギリス領アメリカへの黒人奴隷貿易の本格化は、奴隷所有を合法とみなす法制度の制定と一体化していた。1660年代にバージニア州やメリーランド州で、黒人を生涯奴隷とする法律が成立したのは、この事実を示している。1700年代の初頭には、アメリカへの奴隷貿易をイギリスが独占。タバコやコメ、染料のインディゴなどの生産を行う、南部のプランテーション経済において、黒人奴隷は不可欠な労働力として組み込まれていた。黒人奴隷の労働力は、極めて大きなものだった。2015年にSocial Science Quarterlyに掲載されたThomas Craemerの論文”Estimating Slavery Reparations”によると、1776年から 1865年の間に黒人が支払いを受けなかった賃金(時給2セントから8セント)に基づき計算した結果、2009年のドルの価値に換算すると、最低でも5.9兆ドル、最も多く見積もると2009年ドル換算で最大14.2兆ドル(これを2025年の価値に換算すると約22兆8000億ドル)になると指摘。なお、これらの金額には、年間の利子として3%が組み込まれている。
Craemerの論文にある1776年から1865年は、アメリカの独立から黒人奴隷を廃止した南北戦争の終了までの期間だ。統計データStatistaによると、1790年には約70万人だった黒人奴隷の人数は、1860年には約400万人へとほぼ6倍に増加。奴隷制が存在する一方で、廃止を求める運動も独立戦争以前から進められていた。中心になったのは、プロテスタントの一派、クエーカーのReligious Society of Friendsと呼ばれる団体だ。独立後、団体のメンバーだったWarner Mifflinは、1778年に現金や土地の提供の形で黒人奴隷への補償を行うべきと主張、アメリカの黒人補償の父と呼ばれた。また、1783年には、Freedmen / Freedwomen(自由黒人)の女性、Belinda Suttonが補償を求めた例もある。なお、Oxford African American Studies CenterのAmongst Slavery: Free Blacks in Antebellum and Colonial Americaというタイトルの資料によると、南北戦争の直前の時点で、49万人の自由黒人が存在していた。
南北戦争終結が間近に迫った1865年1月、北軍の将軍William Tecumseh Shermanは、黒人の指導者と協議の結果、Field Order 15を発令した。北軍が南軍の支配地から没収した大西洋岸沿いに広がる土地40万エーカー(約1619平方キロメートル)を黒人に「与える」ことを定めたものだ。一家族当たり40エーカー確保できることから、“40 acres and a mule”(40エーカーとラバ1頭)と呼ばれている。ラバは、黒人が土地を耕すためのものだった。なお、Field Order 15は、Shermanと黒人の間の合意や協定ではなく、軍令である。このため、政権交代によって容易に撤回されうる性格を持っていた。また、土地やラバを「与える」と記述されている資料も少なくないが、実際には、賃貸期間が3年あり、その後、購入が認められる内容で、元奴隷だった黒人も土地所有者になれる仕組みだった。
Field Order 15は実施に移され、1000人の黒人がジョージア州中部の大西洋岸の土地に入植。その後、4万人の黒人家族が軍令で認められた地域に移住した。しかし、南北戦争が終わる前月の1865年4月、奴隷解放を主導した大統領、Abraham Lincolnが暗殺された。後任のAndrew Johnsonは、同年春から夏にかけて南部の白人に恩赦を与え始め、北軍が没収した土地を返還していった。その結果、“40 acres and a mule”は、事実上効力を失い、黒人家族に割り当てられた土地は取り上げられ、白人のプランテーション所有者に返還された。こうして黒人入植者は土地を失うことになる。これを「補償」といえるかどうかは議論の余地があるが、この出来事は、黒人補償の歴史において常に取り上げられている。
通信社のReutersは2023年7月27日、”Slavery's Descendants: Making Amends: the History of Reparations”というタイトルの記事を発信した。この中で、1890年には共和党議員が、1898年には民主党議員が元黒人奴隷への補償を求める法案が連邦議会に提出されたことが記載されている。しかし、いずれの法案も不成立に終わった。また、1915年には、元黒人奴隷が連邦財務省に対して、黒人奴隷によって生産された綿花から6800万ドルの税金をえていたとして、返還を求めて提訴。しかし、District of Columbia Court of Appealsは、この訴えを却下した。それから半世紀近くたった1960年、黒人解放運動家のMalcolm Xは、黒人の労働力の搾取に対して補償を行うべきと主張。また、1968年には黒人団体のRepublic of New Africaが奴隷制に対して 4000億ドルの補償を求めた。そして、1987年には、黒人補償を求める組織、National Coalition of Blacks for Reparations (N’COBRA)が結成された。
N’COBRAの結成から2年後の1989年、John Conyers (民主党・ミシガン州選出)とSheila Jackson Lee (同・テキサス州選出)によって、House Resolution 40 (HR40)が連邦下院に提出された。Commission to Study and Develop Reparation Proposals for African-Americans Actというタイトルが示すように、HR40は、黒人奴隷の子孫に対する補償問題を調査、開発することを目的にした法案だ。アメリカの連邦議会は、奇数年からの2年間が議会期と定められている。HR40は、1989年以降、新たな議会期が始まるとともに、提出されてきた。直近の2025年には1月3日、Ayanna Pressley下院議員(民主党・マサチューセッツ州選出)が中心となって提出された。11月17日現在、435人中、96人の下院議員が賛同を表明しているものの、本会議はもとより、法案を扱う司法委員会においても1度だけ審議が行われたものの、採決には至っていない。
こうした状況は、黒人奴隷の子孫への補償が実現の困難さを示している。とはいえ、金銭補償以外に目を向けると、社会の変化を感じさせる動きもある。奴隷制度への謝罪はそのひとつだ。公的な面からいえば、2007年にバージニアなど4州を皮切りに20年のカリフォルニア州まで、あわせて全米9州の議会や知事が謝罪を行った。また、連邦議会でも2008年に下院、9年に上院が謝罪決議を採択している。民間からの謝罪も見られる。例えば、2000年3月11日付のLos Angeles Timesは、” Aetna Apologizes for Slave Insurance”と題する記事の中で、全米最大の医療保険会社Aetnaが1850年代に黒人奴隷が死亡した場合、その所有者に対して補償を行う保険を販売していたことに対して謝罪した旨が報じられている。奴隷制に関わった歴史を持ったことなどを理由に謝罪した大学に、University of Alabama(2004年)やGeorgetown University(2016年)、Harvard University(2022年)などがある。
過去10年ほどの間に、奴隷制度との関わりや黒人差別につながった政策を検証しようとする地方政府が現れてきた。例えば、イリノイ州最大の都市シカゴは、1970~90年代の市警による黒人への暴力行為に対する補償を行う条例を2015年に制定。シカゴ近郊のEvanstonの市議会は、2021年にLocal Reparations Restorative Housing Programを開始した。このプログラムは、1919年から69年までを中心にした黒人住民への住宅差別により、住宅資産形成の機会を損失したことに対処するもので、住宅の改修資金などとして最大2万5000ドルを提供することになった。嗜好用マリファナの売上の3%を基金として、最大1000万ドルの支援を行うとした。保守的といわれる南部のノースカロライナ州のアッシュビル市議会は2020年、Community Reparations Commissionを設置し、黒人への補償プログラムをスタートさせた。
サンフランシスコで、黒人奴隷の子孫への補償について検討する動きが始まったのは2020年のことだ。イニシアチブを取ったのは、参事会の11人の議員の中で唯一の黒人、Shamann Waltonである。2018年の選挙で初当選し、19年から議員として活動を始めたばかりの人物だった。Walton が提案した補償制度の検討委員会African American Reparations Advisory Committee (AARAC)の設置は、2020年12月に参事会で可決。AARACは2021年1月に初会合を開催、翌年12月にはSan Francisco Reparations Planの草案が作成。この草案に基づく公聴会が2023年2月に開催され、その時の参加者の意見などを加えた最終的な補償計画が同年7月に公表された。この補償計画は、100項目に上る具体的な対策を盛り込んでいた。黒人の先祖の労働と犠牲を称えるといった理念的な内容だけでなく、住宅や教育状況の改善のように、多額の資金を必要とする措置も多々見られた。
とりわけ大きな議論になった項目に、補償を受けることができる黒人ひとり当たりに対して、一時金として500万ドルを提供するという提案が含まれていた。奴隷制とその後の差別によって非黒人との間に生まれた経済格差への補償としてだ。しかし、サンフランシスコの財政は、極めて厳しい状況にあった。実際、サンフランシスコのMayor’s Office of Public Policy and Financeが2023年12月に作成したレポート” Budget Outlook & Department Instructions”によると、2023-24会計年度は2億4500万ドル、2025-26会計年度は5億5400万ドルの赤字がみこまれていた。このため、当時のMayorのLondon Breedは補償のための基金設立案に拒否権を発動。代わりに、財政支出を抑えた” Dream Keeper Initiative”を2023年3月に発表した。こうしたMayorと参事会との対立もあり、黒人補償に向けた具体的な作業は、中断状況に陥った。
12月16日に参事会が可決した補償基金の創設条例には、行政側からの資金の拠出が明示されていない。端的に言えば、サンフランシスコは資金提供を行わず、市民や企業などの寄付によって資金を確保し、補償事業を進めていくというスタンスである。補償計画作成の中心になったAARACのメンバーのひとり、Amos C. Brown牧師は、2024年2月27日発信のAP通信の記事” San Francisco is ready to apologize to Black residents. Reparations advocates want more”の中で、「謝罪は耳ざわりは良いが空虚な言葉」でしかないとして、「具体的な行動」が必要と主張していた。補償基金の創設を「具体的な行動」と表現することは可能だ。とはいえ、補償事業に必要な資金を実質的に行政資金抜きに確保することは、極めて困難と推察される。
一方、保守派からは、黒人への補償そのものを批判する声がでている。1973年に設立された保守的なNPOの法律団体、Pacific Legal Foundation (PLF)のAndrew Quinio弁護士は、12月19日発信のNew York Postの”Woke San Francisco moves to create reparations fund — despite legal concerns”というタイトルの記事の中で、補償基金設立条例について「非常に明確な人種差別的な意図を持っている」との認識を提示。合衆国憲法修正第14条やカリフォルニア州で1996年に成立した、州政府によるアファーマティブアクションを禁止した提案209などの下では、「政府は人種やその他の保護された特徴に基づいて差別することはできない — たとえ民間資金が使われていても」と述べている。こうした保守的な考えは、連邦レベルでは第2次トランプ政権や最高裁判所によって支持されており、PLFが違憲訴訟に出る可能性も強い。
サンフランシスコの財政難に加え、保守派からの批判や攻撃が予想される中で、補償基金の創設を市長が支持したうえで、市民や企業からの寄付を通じて財源を確保して、事業を進めることができるのか。「補償への重要な一歩」には、厳しい状況が待ち受けている可能性がある。とはいえ、政府として進めた奴隷制度の合法化、その後の改憲により「自由」が保障されたものの、補償は見送られ、さらに様々な差別や偏見に直面してきた黒人たち。彼ら・彼女らにとって、生活だけではなく、尊厳の回復のためにも、補償の実現が必要という声は、止むことはないだろう。
なお、上述した101項目にのぼる黒人への補償内容を盛り込んだSan Francisco Reparations Plan 2023は、以下から見ることができる。
https://www.sf.gov/sites/default/files/2023-07/AARAC%20Reparations%20Final%20Report%20July%207%2C%202023.pdf
宗教的信条から同性間の婚姻証明の発行拒否、連邦最高裁が元地方政府職員の審理要請を不受理
2025年11月13日
連邦最高裁判所は11月10日、同性のカップルが要請した婚姻証明書の発行を拒否した元地方政府職員が、下級審の判決を不服として審理のやり直しを求めていた訴えに対して、不受理の判断を示した。第1次トランプ政権によって指名された保守的な判事3人を含め、最高裁の判事の構成が保守派多数の状況下で、同性婚の合憲性が示されたことを意外とする報道が圧倒的に多い。しかし、訴えの不受理により、同性婚が合憲的に継続するとはいえ、最高裁の判事の中には、違憲とみなす判事も存在する。また、原告の代理人として訴訟に関わってきた保守的な法律団体は、同性婚の否定を求める活動の継続の意思を表明した。一方、被告の支援団体などは、同性婚への受容性が高まっている世論を背景に、LGBTQ+の権利を確固なものにしていく必要性を示している。
この訴訟は、2015年6月26日にだされた最高裁のObergefell v. Hodges判決に遡る。オハイオなど4つの州で争われていた同性婚に関する裁判が統合、審議されたものだ。最高裁は2015年に、合衆国憲法修正第14条が規定している公正な手続き(Due Process)と平等な扱い(Equal Protection)の条項により、同性婚を合憲と判断したのである。その後、各州は、最高裁判決に対応した法律の解釈に基づく措置を取ることが求められる。同性婚も例外ではない。
最高裁の不受理判断が示される1月ほど前の2025年10月8日、被告のDavid ErmoldとDavid Mooreの代理人は、最高裁にBrief in Oppositionという訴訟への反論書を提出した。この文書によると、訴訟の発端となったケンタッキー州では、2015年6月の判決後数時間のうちに、知事から州内の各郡の婚姻証明書の発行担当部署に同性同士であっても証明書発行請求の受理を指示する文書が送付されていた。それから10日後の7月6日、ErmoldとMooreは、ケンタッキー州ローワンの郡庁舎に赴き婚姻証明書の発給を求めた。
この時、ErmoldとMooreは、すでに17年間も生活を共にしており、同性婚が認められたら、結婚する意志を確認していたという。しかし、ふたりに対応した郡のClerk(書記官)のKim Davisは、前述の知事から同性同士であっても証明書発行請求を受理するように指示する文書を見ていたにも拘らず、自身の宗教上の信条から同性愛者同士の結婚を認められないとして、証明書の発給を拒否。さらに、公務員として郡政府の業務を実施しなかったうえ、発給を求めたふたりを罵倒した。このため、Davisは、数日間拘留されたうえ、ErmoldとMooreから損害賠償を求める訴えを起こされ、罰金が科せらた。なお、Davisの役職はClerkだった。Clerkは、窓口職員ではなく、選挙で選ばれた公職者である。そして、同性婚への証明書発給を拒否するように、部下にも命じていた。
上記の被告代理人による反論書によると、下級審における審理やり直しを最高裁に請求するに当たり、Davisは裁判所に対して、次の2点について検討するよう求めている。第1に、憲法修正第1条の「信教の自由条項」が、彼女の公的行為をSection 1983(合衆国法典第42編第1983条)に基づく責任からの積極的抗弁として保護するかどうか。第2に、2015年のObergefell v. Hodges判決を覆すべきかどうかである。最高裁が不受理としたことで、公務員であるDavisの宗教的信条による業務拒否は、憲法修正第1条の保護を受けられないとされた。一方、同性婚を認めた2015年の判決は、維持されることになった。
それだけではない。原告のDavisは、最高裁の不受理により下級審の判断が確定したことで、ErmoldとMooreへの精神的苦痛に対する損害賠償や弁護士費用として、総額36万ドルを支払うことになる。邦貨に換算すると5000万円近い、膨大な金額だ。このうち10万ドルは、ErmoldとMooreに対して、それぞれ5万ドルずつ支払われる損害賠償である。残りの26万ドルは弁護士費用だが、Davisの弁護や最高裁への審査請求を行ったことに対するものではない。ErmoldとMooreが弁護士または法律事務所に支払う費用だ。これは、Section 1983と呼ばれる公務員による憲法違反に対して、個人が損害賠償を求めることができる連邦法に基づいている。公民権訴訟の原告が経済的に不利にならないようにするための、制度的保障と位置づけられる。なお、GoFundMeを通じてDavisを支援するクラウドファンディングが立ち上がっているが、11月13日現在、寄付金はゼロである。
最高裁への審理のやり直しを求めたDavisの代理人、保守的なNPOの法律団体のLiberty Councilは、やり直し請求の不受理が決まった11月10日、”SCOTUS Declines To Review Kim Davis’ Obergefell Challenge”と題するプレスリリースを発表した。その中で、団体の創設者で理事長を務めるMat Staverは、「Davisは投獄され、陪審に引き出され、今では『傷ついた感情』とされるものだけを根拠に、壊滅的な金銭的損害に直面している」と指摘。さらに、「最高裁が申し立てを却下したことで、政府職員である被告から免責と、宗教的表現に関する第一修正条項による個人的な防御権が奪われるという判決が維持されることになった。これは正しいはずがない」と主張。さらに、Obergefell v. Hodges判決について「最初から著しく誤っていた」としたうえで、「判決の覆撤に向けて今後も取り組み続ける。最高裁がこの判決を覆すのは『もし』ではなく「『いつか』の問題なのだ」と述べ、同性婚に反対の活動を進めていく意思を表明している。
では、同性婚の権利を主張しているLGBTQ+のサイドからは、最高裁の不受理をどのように受け止めたのだろうか。全米最大のLGBTQ+の権利擁護団体、Human Watch Campaign (HRC)は11月10日、”Love is (Still) Love: Supreme Court Declines to Hear Kim Davis’ Challenge to Constitutional Protections for Marriage Equality”と題するプレスリリースを発信した。その中で、「下級審の判決が維持されたことで、Davisは現行法に従うことを拒否した責任を問われることになり、最高裁が現時点では、LGBTQ+コミュニティにおける婚姻の平等を確立した判例を再検討したり覆したりする意思がないことが示された」と指摘。さらに、「公職者が反LGBTQ+的な信念を理由に法の下での責任を回避することはできない」ことを示したとの認識を示した。
その一方で、HRCは、「現在、権力の座にある多くの人々が、私たちの自由--婚姻の平等を含む--を奪おうとしている」と指摘している。同様の指摘や懸念は、他のLGBTQ+団体や2015年の最高裁判決で同性婚の合憲を認めさせた裁判の原告James Obergefellからも聞こえてくる。こうした考えを杞憂として一蹴することはできない。トランプ政権や共和党の反トランスジェンダーをはじめとした、LGBTQ+への批判のような中央政界の動きだけではない。毎年6月に各地で開催されてきたLGBTQ+の人々の尊厳を示すイベント、Pride Paradeも、今年は企業寄付が大幅に減ったことで、規模の縮小を迫られた地域も少なくなかった。
LGBTQ+の権利を「奪おうとしている」大きな勢力に、保守的な宗教界がある。例えば、Southern Baptist Conventionは6月11日に開催された年次大会で、同性婚を意味する結婚の平等 (Marriage Equality)や人工妊娠中絶を行っている医療系のNPOのPlanned Parenthoodへの資金提供、女性や女児が参加するスポーツイベントへのトランスジェンダーの参加反対など、反LGBTQ+的な決議案を採択した。また、Obergefell v. Hodges,判決を覆すように、最高裁に訴えている。なお、SBCは、世界最大のパプチスト系の宗教団体で、Annual Church Profile (ACP)によれば、2024年時点の信者数は1272万人にのぼる。ちなみに、Kim Davisは、保守的なキリスト教団体で、信者数が3~4万人といわれるApostolic Christian Churchの信者である。ただし、キリスト教の宗派がすべてLGBTQ+の権利を否定しているわけではない。SBCを脱会した人々を中心に1987年に設立されたAlliance of Baptistsは、2014年にノースカロライナ州で制定されていた同性婚を禁止する法律の撤廃を求める訴訟に参加した。
では、一般の人々は、同性婚についてどのように思っているのだろうか。最高裁がDavisの訴えを不受理とする5日前の11月5日、HRCは毎年実施しているLGBTQ+に関する世論調査の結果を発表した。最高裁の判断が示される直前ということもあってか、報告書には” MARRIAGE EQUALITY AND THE SUPREME COURT”というタイトルがつけられていた。Davisが最高裁に再考を求めていることを示したうえで、同性婚を合憲としたObergefell v. Hodges判決を支持するか否かという問いに対して、「強く支持」が36.2%、「ある程度支持」が29.6%だったのに対して、「強く反対」は16.1%、「ある程度反対」は18.2%だった。支持派2に対して、反対派は1に止まる。
この調査では、回答者の政治的な考えをリベラル、穏健、保守の3つに分けて尋ねたうえで、同性婚への意見を聞いている。ただし、結果については、「強く支持」と「ある程度支持」を「支持」、「強く反対」と「ある程度反対」を「反対」のふたつに分けて提示している。「強く支持」はリベラルで83.8%にのぼり、穏健が68.5%、保守も48.3%だった。逆に、それぞれの「反対」は、16.2%、31.5%、52.8%に止まった。保守的な考えの人も間でも、賛否の差は4%程度と、ほぼ拮抗しており、世論の大半は同性婚を合憲とみなしているといえる数字だ。
しかし、人工妊娠中絶についても、同様な傾向が見られたにもかかわらず、最高裁は2022年に、中絶の権利を事実上否定する判決を示した。今回、不受理によって同性婚が合憲のまま続く状態になったとはいえ、これが変更される可能性がないわけではない。この点を意識してか、HRCの調査は、LGBTQ+とそれ以外の人に分けて、最高裁への信頼度を尋ねている。その結果、前者のうち「まったく・ほとんど信頼できない」が65.4%に達した。一方、LGBTQ+以外の人では、この割合が38.8%に止まっている。なお、両者を合わせた場合は、41.1%だった。最高裁への不信感が強ければよいわけではないが、LGBTQ+の人々は、自分たちがなぜ不信感をもつのか、LGBTQ+以外の人々に理解してもらい、世論の支持を受けた現状が維持されるよう努力する必要があることを示唆してるといえよう。
最後に、ひとつ気になる点を指摘しておきたい。最高裁によるDavisの訴えへの却下は、公職者が「上からの支持」にしたがうべきという規範を示したとも考えられる。この規範が同性婚の権利の維持につながっていることから、LGBTQ+の権利擁護団体は、最高裁の不受理を歓迎しているようだ。しかし、社会の規範は、様々な領域に存在する。例えば、トランプ政権が「不法移民」の摘発を進め、政府の取り締りへの協力を拒否する「聖域都市」への批判を強めている。では、こうした政権の要請や指示に抗した場合、業務執行を行ったとして批判、そして逮捕や起訴につながることはないのだろうか。実際、ウィスコンシン州で4月25日に「不法移民」の逮捕を試みた政府職員に対し、「司法令状が必要だ」と主張して妨害したミルウォーキー郡の判事が起訴された事例もある。この件について、連邦司法省は、判事による免責の主張を認めない姿勢を示した。
具体的な内容への言及は避けるが、1990年に最高裁はEmployment Division v. Smith判決で、「宗教的信条があっても、一般的に適用される法律には従う義務がある」ことを確認した。この判例により、宗教的信条による法的義務の免除は厳しく制限されている。LGBTQ+の権利擁護のためにも、これらの法律の適応の可能性も含め、幅広い議論が必要だろう。なお、上記のHRCの世論調査の報告書は、以下から見ることができる。
https://hrc-prod-requests.s3-us-west-2.amazonaws.com/Research/ALCS25-Same-Sex-Marriage-and-SCOTUS.pdf
反LGBTQ+の動きの拡大、Pride Monthに影響も権利擁護団体に多額の寄付
2025年7月16日
今年1月に大統領に就任したトランプは、LGBTQ+の人々の人権を制約あるいは否定する大統領令を複数発してきた。また、全米の州議会には、多数の反LGBTQ+法案が提出され、すでに一部が成立。さらに、LGBTQ+へのヘイト行為も急増し、6月までに権利擁護団体に寄せられた支援を求める声は、2024年1年間の件数を上回っているという。こうした動きは、LGBTQ+の人々が自らの誇りを示す、Pride Monthのイベントへの企業寄付の減少も含め、社会全体に広がりを見せている。とはいえ、LGBTQ+関係のNPOなどは、沈黙しているわけではない。大統領令やLGBTQ+団体への補助金取消しなどに対して、訴訟を展開、勝訴に導いた例もある。このようなLGBTQ+団体には、多額の寄付が寄せられており、かつてのように反LGBTQ+の制度や動きに抵抗していく、闘う運動の必要性を指摘する声もでている。
LGBTQ+(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Queer/Questioning, Intersex, Asexual, and moreの略語)の人々の権利擁護や公平な処遇を求めて、アドボカシーや教育活動に関わっている法律関係者の全米ネットワーク、National LGBTQ+ Bar Association and Foundationは、Trump Anti-LGBTQ+ Executive Order Litigation Tracker(以下、Trucker)というプログラムを実施している。これは、トランプ大統領が公布した大統領令のうちLGBTQ+の人々に関連するものを取り出し、その概要や大統領令に反対する訴訟について整理したものだ。Truckerによると、第2次トランプ政権下で発出されたLGBTQ+の人々にネガティブな影響を与える大統領令は、以下の6つ。なお、大統領令には番号が付けられている。( )内の数字は、それぞれの大統領令の番号を意味している。なお、2)と3)は、DEI (Diversity, Equity, and Inclusion)に関する措置なので、LGBTQ+の人々だけを対象にしているわけではない。また、いずれの大統領令に対しても、裁判が起こされているため、公布された内容の施行状況は、流動的である。
1) 出生時の性別に基づきジェンダーを男性と女性だけに限定させる措置
“Defending Women from Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government” (Executive Order: #14168)
2) 連邦政府機関内のDEIを禁止する措置
“Ending Illegal Discrimination And Restoring Merit-Based Opportunity” (Executive Order: #14173)
3) 行政管理予算局(OMB)に政府のDEIプログラムを全廃させることを求める措置
“Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing” (Executive Order: #14151)
4) トランスジェンダーの男性を女性スポーツから除外させる措置
“Keeping Men Out of Women’s Sports” (Executive Order: #14201)
5) トランスジェンダーの人々を軍隊から除外するように国防総省に求める措置
“Prioritizing Military Excellence and Readiness” (Executive Order: #14183)
6)19歳未満の人々にジェンダーを考慮した医療や社会サービスの提供を禁止する措置
“Protecting Children from Chemical and Surgical Mutilation” (Executive Order: #14187)
トランプの大統領令だけではない。反LGBTQ+の動きは、州議会を通じて、全米に拡大しているのである。さまざまな人権問題を扱う、NPOの法律団体American Civil Liberties Union (ACLU)は、2018年度から全米各州の議会における反LGBTQ+法案の提出や成立状況を示すサイトを開設した。同性婚を合憲とする連邦最高裁判所の判決がだされた2015年以降、反LGBTQの動きが拡大したことに対して取られた措置だ。それによると、2025年度に(首都ワシントンやプエルトリコなどを含む)各州に提出された反LGBTQ+法案は、7月11日現在で598件にのぼる。州別に見ると、最も多くの法案が提出されたのはテキサス州の88件で、2番目のミズーリ州の38件を大きく引き離している。なお、最も少ないのは、バーモント州で0件だ。全米の州議会に提出された法案のうち、236件は否決されたものの、67件が成立。ACLUは、これらの法案の成立を防ぐ活動を行っているが、成立した場合は、裁判に訴えている。
大統領や州議会の動きは、必ずしも世論とかけ離れているわけではない。例えば、Associated Press-NORC Center for Public Affairs Researchが5月1日から5日にかけて全米の成人1175人を対象に実施した聞き取り調査によると、トランプ大統領への支持率は41%にすぎなかった。しかし、トランスジェンダーに関する政策に限定すると52%が支持すると回答。支持政党別で見ると、民主党支持者の間では19%に留まるが、支持政党なしの人々では48%に達している。共和党支持者の90%は、トランプのトランスジェンダー政策の賛同者だ。性別を出生時の男女に限定すべきという考えについても、生物学的特徴に基づくべきという考えが回答者全体の68%を占めている。この割合は、民主党支持者の間では44%と過半数を下回るが、支持政党なしでは74%、共和党支持者では89%にのぼっており、トランスジェンダーへの否定的な見方が強いことがわかる。
LGBTQ+の権利擁護を進めるLambda Legalは6月26日、”Record-Breaking Surge in Help Desk Requests Related to Anti-LGBTQ+ Discrimination Post-Trump”と題するプレスリリースを発表した。その中で、このNPOの法律団体は、LGBTQ+への差別を受けたとしてヘルプデスクに支援を求める件数が急増したと指摘。昨年1年間の支援要請件数を上回る4300件余りの声が寄せられたという。支援要請の件数は、第2次トランプ政権発足後2カ月間に際立って多く、前年同期比では4倍に達した。州別に見ると、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス、イリノイ、ワシントンからの要請が多かった。一方、通常、要請がほとんどないミネソタやロードアイランド、ネブラスカ、ユタなどの州からも支援を求める声が相次いだ。支援要請の79%は、トランスジェンダーへの差別に対するもので、前年の44%から35%も増加した。上記の6つの大統領令は1月20日から28日の間に公布されており、それがトランスジェンダーへのヘイトを増大させた可能性がある。
1970年、LGBTQ+の団体は、ニューヨークやサンフランシスコ、シカゴなどの全米主要都市に加え、ロンドンなどの海外も含め、自らの権利と文化を主張するイベントを実施した。前年の6月、「ゲイバー」への不当な取締りに反発したLGBTQ+の人々が起こした、Stonewall Uprisingの1周年記念としての開催だ。このイベントは今日、毎年6月をPride Monthに設定し、WorldPrideというイベントとして実施されている。アメリカの企業社会は、2000年前後からPride Monthへの支援を開始。2015年に同性婚の合憲化判決が連邦制高裁から出されると、「イベントの華」ともいえるパレードに相次いで、企業名を掲げたフロートを登場させた。この光景は、LGBTQ+がアメリカ社会にしっかり根付いたかのようなイメージを与えたといえよう。
しかし、今年は、様相が変わった。5月31日発信のAP通信の記事、”Pride events face budget shortfalls as US corporations pull support ahead of summer festivities”によれば、ニューヨークでは75万ドル、サンフランシスコでは20万ドル、カンザスシティでは30万ドルなど、いずれも多額の予算不足が生じたというのだ。これ以外の都市におけるPride Monthも、軒並み40~50%も企業寄付が減少した、と記事は伝えている。Pride Monthのような特定の人々に対する企業の支援への好感度が減少したことに原因を求める声もある。しかし、Pride Monthに関していえば、反LGBTQ+団体やインフルエンサーなどからの強い批判がでてきたこと、そしてトランプ政権によるトランスジェンダーをはじめとしたLGBTQ+やDEIを否定する動きが最も大きな影響を及ぼしたことは確かだろう。
LGBTQ+団体にとっては、トランプにより冷や水を浴びせられたともいえる。だが、トランプへの反発だけでなく、お祭り化したPride Monthに見切りをつけ、原点に戻ってLGBTQ+の権利擁護運動を進めるべきだという声もでてきた。権利擁護を進める運動は、多額の寄付となって、報われつつある。例えば、上記のLambda Legalは、トランプ政権などによる反LGBTQ+の動きに対抗するための募金活動、“Unstoppable Future”キャンペーンを実施。6月5日に発表したプレスリリースによると、2億8500万ドルもの資金を調達したという。自ら設定した目標を1億ドル以上上回る、うれしい大誤算だ。連邦成功裁判所から、2003年のLawrence v. Texas判決による同性間の性的行為を禁止したSodomy Lawsの廃止、2015年には同性婚を合憲と認めさせたObergefell v. Hodges / Henry v. Hodges判決を勝ち取った原告代理人としての活動などが評価されたためと見られる。この資金の一部を充当し、Lambda Legalは、2026年末までに、現在36人の弁護士を51人へと増員、対応できる件数を86%増やす計画だ。
トランプが大統領令を連発し、保守派主導の連邦最高裁がそれを追認する傾向が強まっているものの、Sodomy Lawsの廃止は維持されている。また、同性婚の合憲判決も覆されていない。しかし、政府によるLGBTQ+への攻撃は続いている。LGBTQ+の権利擁護を進めるNPOに対する連邦政府の補助金などの削減や停止は、そのひとつだ。Lambda Legalは、ここでも反撃にでている。7月15日に発表した”U.S. Government Restores $6.2 Million in Cut Funding to LGBTQ+/HIV Organizations After Lambda Legal Win”という見出しのプレスリリースが示すように、San Francisco AIDS Foundation v. Trumpで勝訴。カリフォルニアのSan Francisco AIDS FoundationやニューヨークのNYC LGBT Community Centeなど8団体へのHIVの感染者に対する医療支援の資金620万ドルを、連邦政府による支払停止を解除させることに成功したのである。
2億8500万ドルの寄付を集めた後、Lambda LegalのCEOのKevin Jenningsは、次のように述べている。「Lambdaは50年以上にわたりLGBTQ+の権利運動の最前線に立ってきた。今回、寄付者からの継続的な支援を受けたことにより、次の50年間も闘うことができる」。1973年の設立当時、Lambda Legalの財政の多くは、当事者によって支えられていた。しかし、徐々に大口寄付者への依存度が高まっている。2020年と21年に、アマゾンの創設者Jeffrey Preston Jorgensen(通称、ジェフ・ベゾス)の元妻、MacKenzie Scottから2500万ドルずつの寄付を受けたのは、その象徴ともいえる。今後も、当事者や活動を支える多くの人々とともに歩んでいけるのか。富裕層からの膨大な資金確保は、団体にミッションにとって両刃の剣でもあることを意識する必要があるだろう。
なお、上記の”U.S. Government Restores $6.2 Million in Cut Funding to LGBTQ+/HIV Organizations After Lambda Legal Win”と題するLambda Legalのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://lambdalegal.org/newsroom/us_20250715_government-restores-millions-in-funding-to-lgbtq-hiv-orgs/#:~:text=Lambda%20Legal%20announced%20today%20that%20the%20federal%20government,for%20LGBTQ%2B%20people%2C%20including%20those%20living%20with%20HIV.
国定史跡における「アメリカに批判的な展示」の通告要請、トランプ政権の措置に「歴史修正主義」との批判
2025年6月30日
国が指定した史跡などの管理を行うNational Park Service (NPS)は6月、全米各地の史跡などの訪問者に「アメリカに批判的な展示」があった場合、通告を行うように要請する掲示を行った。どのような内容が「批判的」と見なされるかについて、掲示は具体的に記述していない。しかし、アメリカの歴史の真実を回復させるとして、トランプ大統領が3月に公布した大統領令に基づく措置だ。このため、史跡などの訪問者に説明を行う活動を行っているNPOや史跡などを通じて人権問題などを訴えてきた団体は、トランプ政権とNPSが、史跡などに「自虐史観」に基づく展示が存在し、来訪者に説明されているという前提に立っていると判断。「歴史修正主義」の立場から、「アメリカに批判的な展示」抹消しようとする試みに他ならない、なといった批判の声が上がっている。
1916年にNational Park Service Organic Actに基づき設立された連邦政府機関、NPSは、Department of the Interior(内務省)の一機関である。その名称から、国立公園の管理機関のように見なされることが多い。しかし、NPSが管理下に置いている国立公園は、63カ所にすぎない。この他、記念碑などに相当するNational Monumentや特定の個人などを称える場となるNational Memorial歴史的に重要な地域や場所などを保存するNational Historic Site、さらに山岳地帯や原野のTrailまで、20余りに区分される施設などを管理している。国立公園とこれらを合わせると、433にのぼる。その3分の2以上は、特定の歴史的事象や文化に関連した史跡的な施設だ。広大な国立公園を含め、NPSが管理する地域は、2008年時点で日本の国土よりやや狭い、34万平方キロメートルを超える。また、後述のNPCAによると、管理する歴史的建造物は2万6000、史跡などに収蔵されている資料などは1億8500万点に及ぶ。
NPSが管理する史跡などに関して、トランプ政権が問題視したのは、今回が初めてではない。今年2月の本稿で紹介した、Stonewall National Monumentのウェブサイトの記述変更も同様な措置といえる。ニューヨークのマンハッタンのStonewall Innは、同性愛行為が違法とされる中で、LGBTQ+が集まる場として存在した「Gay Bar」のひとつだった。1969年6月28日の未明、New York Police Department(ニューヨーク市警)の手入れを受けた。その時の警察の行為に反発した顧客の抗議が投石などの事態に発展、数日間、Stonewall Innとその周辺で衝突が続き、後に同性愛者の人権擁護活動の一里塚を見なされるようになった。衝突で指導的な役割を果たしたのは、トランスジェンダーの人々だ。このため、ウェブサイトには、LGBTQ+と「T」を含めた表記がなされていた。しかし、トランスジェンダーの存在を否定するトランプ政権の意向に沿って、NPS は、StonewallのウェブサイトのLGBTQ+をLGBに書き換えたのである。
Stonewallのウェブサイト書き換えの際に根拠とされたのも、トランプの大統領令だった。ただし、その時は、”Defending Women From Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government”というタイトルがつけられていたことからわかるように、「極端なジェンダーイデオロギー」から女性を守るために、出生時の性別に基づき、男女を識別する措置に基づいていた。しかし、今回は、“Restoring Truth and Sanity to American History”と題する別の大統領令が根拠になっている。「アメリカの歴史の真実と健全さの回復」を目的にしたもので、歴史の真実が自国にとって否定的だとする「自虐史観」に基づき、その変更を迫る「歴史修正主義」との批判もでていた。なお、この大統領令は3月27日に公布され、これに基づきDepartment of Interiorが6月29日にメモランダムをだし、そしてNPSが6月9日に掲示をだすためのガイダンスを示し、掲示が行われたという流れになっている。
国立公園などの施設の制度上の管理者は、NPSである。しかし、実際の来訪者への説明など、事業の多くは、National Parks Conservation Association (NPCA)というNPO(501c3団体)と連携して実施されている。NPCAは、NPSの設立から3年後の1919年にNational Parks Associationという名称でスタートした団体を起源とし、市民によるNPSの監視役として位置づけられていた。その背景には、Yosemite National Parkにおけるジャズ演奏会や熊の曲芸など、国立公園の商業化を目指す動きがった。また、国立公園内の鉱山開発や宿泊施設の建設、狩猟の解禁などをめぐって、環境保全の立場から活動を進めてきた。大気や水質の保全への全米的な関心の高まりを受け、1970年にNational Parks and Conservation Associationに改称。2000年に簡略化した団体名National Parks Conservation Association (NSCA)となり、今日に至っている。直近の2022年度の活動計算書に相当するForm 990によると、同年度の歳入は3500万ドル余りと、全米規模の組織としてはそれほど大きくはない。しかし、27万人のボランティアを擁し、国立公園などの運営に不可欠な存在だ。
NSPによる「アメリカに批判的な展示」の通告要請の掲示に対してNSCAは6月12日、”New Park Signs Undermine Rangers, Aim to Erase History”と題するプレスリリースを発表した。このプレスリリースによれば、大はRocky Mountain National Park、小は Minidoka National Historic Site-Bainbridgeまで、NPSが管理するすべての史跡などに、6月13日までに掲示を行うよう、NPSが通知したという。ここで指摘された「大」のRocky Mountain National Parkは、ロッキー山脈一帯の国立公園のことだ。「小」として示されたMinidoka National Historic Site-Bainbridgeは、第二次世界大戦中に日系人が強制収容された収容所のひとつで、アイダホ州南部に位置している。戦時中、アメリカ西海岸から1万3000人の日系人が強制移住させられた。なお、日系人の強制収容所の跡地としては、Minidokaに加えて、後述するカリフォルニア州中部のManzanarもNational Historic Siteに指定され、NPSによって管理されている。
プレスリリースの中で、NSCAの会長兼CEOのTheresa Pierno氏は、NSPの掲示が「アメリカについて、いわゆる批判的な情報」を通報するように来訪者に求めているとしている点について、NPSの専門家によって適切と判断された科学的、歴史的な知見と異なると指摘。しかし、この通知は、トランプ政権による「歴史の改ざんとNPSを弱体化させようとする一連の試みのひとつ」だと述べている。さらに、来訪者に説明を行うRangerと呼ばれるスタッフは、日系人の強制収容や黒人の奴隷制について、恐れることなく話すことができなければならないとの考えを表明。そして、「我が国が歴史における暗黒の章を消し去ってしまえば、その過ちから学ぶことができなくなる」として、速やかに掲示を撤去するように求めている。政権の措置に対する、極めて強い異議申し立てのことばといえよう。
トランプ政権の政策に対するNSCAの批判は、これが初めてではない。今回の掲示の元々の根拠となった3月27日の大統領令が発令された際にも、その問題性を指摘していた。大統領令の翌日、”Parks Group Responds to Executive Order Targeting American History”というタイトルのプレスリリースを発表したのである。プレスリリースは、大統領令を「党派的イデオロギー」と呼んで批判。なぜなら、Department of the InteriorやSmithsonian Institutionなど、アメリカの歴史を守り、解釈する機関を標的にしているからだ。前述のように、NPSは、1916年のNational Park Service Organic Actにより設立された。この法律に加え、1966年には、National Historic Preservation Actが制定され、アメリカの歴史や文化の保存と伝承のための機関としての役割を担うことになった。大統領令は、これらの法律に定められたNPSの役割を否定するものに他ならないというのが、NSCAの認識なのである。
「アメリカに批判的な展示」の通告要請の掲示に対する反発は、NPSが管理する史跡などを通じて人権問題などを訴えてきた団体からもあがっている。上述した日系人の強制収容の歴史の伝承などに努めるJapanese American National Museum (JANM)は、そのひとつだ。6月18日に発表したプレスリリースの中で、National Historic Siteに指定されているManzanarとMinidokaの強制収容所跡地などに掲示が行われたことを批判。トランプ政権による、この措置を単一の事象として取り上げるだけでなく、多様性や民主主義への基本的な原則を除去し、非白人や女性、LGBTQIA+などの貢献を消し去ろうとするトランプ政権の一連の動きの一環という認識を提示している。この点は、先に紹介したNSCAと同様なスタンスにあるといえよう。
日系人の強制収容所の跡地の一部では、毎年、巡礼が行われ、その問題性を継承しようとしている。Manzanarへの巡礼は今年、56回目を数え、2500人が参加した。この巡礼を組織しているManzanar Committeeは、3月27日の大統領令を批判、4月26日の巡礼に当たって、”The Defense of Truth, Justice and Democracy”(真実と正義、民主主義の擁護)を訴えていた。NPSの掲示が伝えられると、声明を発表した。毎年続けてきた巡礼や議会へのロビー活動により、1992年にManzanarがNational Historic Siteに指定されたと指摘したうえで、議会によって制定されたManzanar Advisory Commissionの指導によって史跡となっている跡地の再建が進められてきたという経緯なども紹介。そのうえで、Manzanarに12万5000人が強制収容されたのは、誤った情報や言説によるものだったとして、白人の観点から歴史を書き換えることは侮辱的かつ危険な行為だと批判している。
なお、上記のJapanese American National Museumが6月18日に発表したプレスリリース”JANM Decries Historical Erasure at Manzanar, Minidoka, and other National Park”は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/index.php/press/release/janm-decries-historical-erasure-manzanar-minidoka-and-other-national-parks
人工妊娠中絶の最高裁判決から3年、「州越え中絶」で生じた女性団体間で対立緩和の可能性も
2025年5月12日
連邦最高裁判所は2022年6月、人工妊娠中絶を憲法上の権利として認めた1973年のRoe v. Wade(以下、Roe判決)を覆し、中絶の判断を州政府の決定事項とした。それから3年が経過しようとしているが、最近発表された調査報告書によれば、人工妊娠中絶の件数は、最高裁判決以降も、ほとんど変化していない。しかし、人工妊娠中絶が制約・禁止されるようになった州では、出産を希望しない女性は、規制が緩やかな州のクリニックなどで手術を行う必要性に迫られている。こうした「州越え中絶」には、手術費用に加え、交通費や滞在費などが必要になる。Abortion Fundが人工妊娠中絶に必要な資金を支援しているものの、経費が増加。一方、人工妊娠中絶に関する政策転換を求めるアドボカシー活動には多額の寄付が寄せられている。このため、両者の間で活動優先順位をめぐる方針で対立が発生。しかし、手術や中絶ともなう費用を州や自治体に補助させる動きなどを通じて、対立が緩和される可能性もでてきた。
人工妊娠中絶の実施状況に関する調査報告書を発表したのは、アメリカを含む世界各地のリプロダクティブ・ヘルスに関する研究を行っているNPO、Guttmacher Institute(以下、Guttmacher研究所)。1968年にCenter for Family Planning Program Developmentという名称で活動を開始した当時は、Planned Parenthood Federation of America (PPFA)の一部門だった。PPFAの会長を長年務めたAlan F. Guttmacher医師が中心になって活動が行われていたが、1974年に同会長が死去。その後、同会長の名前を冠してGuttmacher 研究所に改称され、1977年には、PPFAから分離、NPO法人として独立した。2023年度の財務報告書によれば、同年度の歳入は約2794万ドル、その7割余りはアメリカ国内の助成財団からの助成金だ。資産は5954万ドル、職員も100人を超えており、かなりの規模のNPOということができる。
Guttmacher 研究所が4月15日に発表したプレスリリースや資料などによると、2024年にアメリカ国内の医療機関で実施された人工妊娠中絶は、103万8090件。前年の103万3740件に比べると、1%程度増えたことになる。一方、同研究所が2022年12月に発表したデータによると、2020年に行われた人工妊娠中絶は93万160件だった。Roe判決を覆した2022年6月のDobbs v. Jackson Women’s Health Organization(以下、Dobbs判決)以降、ほぼ10万件も増えたことになる。これらの数字だけを見ると、Dobbs判決の影響はないように思われるかもしれない。しかし、人工妊娠中絶が制約・禁止されている州を中心に、妊娠した女性の多くは、規制が緩やかな他州の医療機関で手術を受ける、「州越え中絶」を利用するようになってきた。
「州越え中絶」を受けた女性は、2023年に16万9000人、24年にも15万5000人に及んだ。なお、人工妊娠中絶を受けた女性全体から見ると、それぞれ15%と16%で、ほとんど変化していない。しかし、「州越え中絶」ために州を超える女性により、規制が緩やかな一部の州では、膨大な件数の手術が行われるようになった。例えば、イリノイ州では、2024年に同州で実施された人工妊娠中絶手術の39%に当たる3万5000件が「州越え中絶」だった。この件数と割合は、ノースカロライナ州でも、1万6700 件(36%)に上る。さらに、カンザス州では1万6100(71%)、ニューメキシコ州では1万2800 件(69%)と、州内の女性に対する実施件数と割合を大きく上回っている。また、規制が緩やかな州では、オンラインによる人工妊娠中絶を実施しており、手術全体に占める割合は2023年の10%から24年には14%へと増加した。
人工妊娠中絶には、当然のことながら、手術費用が必要だ。Planned Parenthood Federation of America (PPFA)のウェブサイトが4月13日に掲載した“How much does an abortion cost?”というタイトルの資料によると、Abortion Pillといわれる錠剤による中絶と医療機関で手術を受けるのかによって、コストが大きく異なっている。Abortion Pillの場合、800ドル程度必要になることもあるが、一般的には、それ以下で済む。これに対して、PPFAが処方すれば、580ドル程度で収まる。手術を受ける場合には、コストも跳ね上がる。PPFAで手術を受けるのであれば、妊娠期間によってかなり異なるが、第2期の初期であれば平均で715ドル。しかし、第2期後期に入ってしまうと1500~2000ドルが必要になる。
「州越え中絶」の場合は、これらの医療費に加え、交通費や宿泊費が必要だ。また、手術のために休職すると、有給休暇がない職場で働いていれば、所得の損失が生じる。すでに子どもがいる場合は、託児所などへの費用もでてくる。移動や宿泊中の食事代もかかる。なお、Guttmacher研究所の資料によれば、低賃金の職場で有給休暇が認められているところは、33%にすぎない。このことは、低所得者が「州越え中絶」を受けようとした場合、一時的に収入が断たれるため、経済的な影響が大きくなることを意味している。また、同研究所によれば、2017年の中絶クリニックがない郡は全米の約90%に及んでいた。Dobbs判決以降に閉鎖されたクリニックが少なくないことを考慮すれば、人工妊娠中絶の規制が緩やかな州においても、手術を受けることに伴う出費は拡大していると推察される。
こうした手術費用の負担に苦しむ可能性が高い女性に対して、財政的な支援活動が行われてきた。PPFAのJustice Fundと連携したNational Abortion Federation (NAF)による交通費や宿泊費の補助事業は、そのひとつだ。しかし、利用者の増加と交通費などの上昇により、2024年7月から補助率を50%から30%へと引き下げる措置を発表した。これにより、例えば、2000ドルの交通費などがかかる場合、従来であれば補助事業の利用者の自己負担は600ドルですんだ。しかし、補助率の引き下げにより、負担額は1000ドルに増加することになる。なお、NAFは、人工妊娠中絶を行うクリニックや中絶の権利を訴える個人や団体の連合体であり、中絶を希望する女性への財政支援は、活動のひとつにすぎない。これに対して、女性への財政支援を事業の柱に据えているNPOも存在する。Abortion Fundがそれである。
Abortion Fundの全米組織、National Network of Abortion Funds (NNAF)には、100近い団体が加盟している。NNAFの直近の990書式と呼ばれる財務報告書を見ると、2022年度の歳入は4917万ドル、資産も5780万ドルに上る。このうち1823万ドルは、国内団体への助成金として支出されている。詳細は記載されていないが、大半は加盟団体への助成金と推察される。また、NNAFの2021年度の歳入は5384万ドルで、国内団体への助成金は1398万ドルだった。ここから、2022年度には前年度に比べ、歳入が500万ドル弱減少した一方、国内団体への助成金は400万ドル以上増加したことがわかる。なお、NNAFの会計年度は7月から翌年6月までなので、ここで引用したNNAFの2021年度と22年度の財務報告書の数字のうち22年度は、Dobbs判決の影響が含まれている。
NNAFに加盟しているAbortion Fundの多くは、「州越え中絶」による交通費の増加などにより、財政的に厳しい状況に陥っている。例えば、2024年9月26日発信のAP通信の記事、”Funds are cutting aid for women seeking abortions as costs rise”によれば、コロラド州にあるCobalt Abortion Fundは、Dobbs判決前の2021年の歳出は20万6000ドルで、このうち交通費はガソリン代を中心にした6000ドルにすぎなかった。しかし、2024年には220万ドルもの支出を想定しているという。このうち、交通費や宿泊費は60万ドルに及ぶと見られる。コロラド州は、2024年の住民投票で州憲法に中絶の権利を盛り込んだことに示されるように、いわゆるプロチョイス派の牙城のひとつだ。その影響もあってか、Guttmacher研究所の資料によると、2020年には州内で行われた人工妊娠中絶のうち「州越え中絶」は13%だったが、23年には31%へと大幅に増加。これがCobalt Abortion Fundの交通費などの支出の急増につながったとみられる。
プロチョイス派の州において、Abortion Fundなどによる財政支援が困難になれば、人工妊娠中絶を望む女性全体にネガティブな影響が及ぶことは避けがたい。とはいえ、この事態は、人工妊娠中絶の権利を否定的に見る意識の社会的な反映とは無関係だ。例えば、NPOの調査機関、Pew Research Centerが2024年5月13日に発表した” Public Opinion on Abortion: Views on abortion, 1995-2024”によれば、人工妊娠中絶をすべてまたは大半の場合は合法とすべきと見なす人の割合は、1995年時点では60%。一方、すべたまたは大半の場合は違法とすべきと考える人は38%だった。2009年に両者の割合は、ほぼ均衡したものの、その後、合法とすべきと見なす人が増加、24年には63%に達し、非合法とすべきと考える人の36%を大きく引き離している。
人工妊娠中絶を行う団体への支援も増えている。その代表例としてしばしば取り上げられるのは、2022年3月にAmazonの創業者、Jeff Bezos(本名、Jeffrey Preston Jorgensen)の元妻でフィランソロピストとして知られるMacKenzie ScottがPlanned Parenthood Federation of America (PPFA)とその21の傘下団体に提供した、総額2億7500万ドルの寄付だ。PPFAの財務報告書によれば、この膨大な寄付により、2021年度のPPFAの寄付収入は4億2805万ドルに達した。翌2022年度は、この超大型寄付がなかったため、21年度より減少したものの、3億6277万ドルに及んだ。この額は、Dobbs判決の前々年度に当たる2020年度の2億9763万ドルを6000万ドル余り上回っており、資金調達を順調に進めていることが示唆される。
Dobbs判決以降、人口妊娠中絶の権利擁護に向けて、州の住民投票を通じて、中絶の権利を州憲法などに盛り込む動きが広がった。判決から半年もたたない2022年11月に行われた中間選挙では、カリフォルニア、ミシガン、バーモントの3州で住民投票が実施され、いずれも有効投票の過半数を大きく上回る賛成をえて、成立した。住民投票で勝利するには、州民への働きかけが不可欠で、そのためには多額の活動資金が必要だ。人工妊娠中絶の権利擁護の住民投票も同様で、カリフォルニア州は現金だけで1280万ドル、ミシガンは4548万ドル、バーモント州も56万ドルの寄付により、住民投票の成立に向けた活動が展開された。2023年にはオハイオ州、24年にはアリゾナ、コロラド、フロリダ、メリーランド、ミズーリ、ネブラスカ、ネバダ、ニューヨーク、サウスダコタの9州で住民投票が実施され、フロリダとサウスダコタ以外の7州でプロチョイス派が勝利した。
「州越え中絶」の影響などで財政状況が悪化、低所得の人工妊娠中絶希望者への支援の削減に迫られているAbortion Fund。一方、人工妊娠中絶手術を提供したり、中絶の権利を擁護するための法的制度の設立を訴えるアドボカシー活動などには、潤沢と家何としても、多額の資金が集まっている。中絶手術を行う医療機関やアドボカシーによる政策転換がなければ、中絶を必要とする女性の生活と命は守れない。したがって、少なくとも理論的に見れば、ふたつの活動は、対立的ではないはずだ。しかし、Dobbs判決からちょうど1年後の2023年6月24日、インターネットメディアのHuffPostは、”Abortion Funds Are Hanging On By A Thread A Year After Dobbs”という衝撃的な見出しの記事を発信、両者に明確な対立が存在することを示した。
その対立とは、どのようなものなのか。記事の中で、New York Abortion Access FundのChelsea Williams-Diggs事務局長代理は、全米のAbortion Fundが危機的な状況にあると指摘。さらに、「慈善活動や政府がこの危機の重大さを理解していないように感じる」と述べ、「慈善活動」すなわち全米規模の中絶クリニックや中絶の権利を求める運動のあり方を批判した。なお、この記事は、2023年10月11日にアップデイトされている。しかし、その後もAbortion Fundを取り巻く環境は、大きく変化しなかった。この事態に業を煮やしたのだろう。Williams-Diggs事務局長代理は、他の5人のAbortion Fundの運営者とともに、2024年8月7日付の月刊誌The Nationに、”National Abortion Rights Groups Have the Wrong Priorities for Our Movement”と題する一文を投稿した。
ここでいう” Our Movement” すなわち「我々の運動」とは、人工妊娠中絶の権利を守り、中絶を求める女性に手術を含めた必要な支援を行うことだ。1年前のHuffPostの記事における発言から一歩踏み込み、「我々の運動」における優先順位のつけ方を全米規模の組織が誤っている、と断じたのである。同事務局長代理は、投稿文の中で、全米規模の組織を「我々の運動」における「エリート部門」と指摘。では、Abortion Fundはどう位置付けられるのか。この点について、人工妊娠中絶に対する理論上の権利と、中絶が必要な女性がその権利にアクセスできる状況を形成するうえで、「架け橋」的存在と定義。地域のAbortion Fundへの財政支援の重要性を訴える形で、「我々の運動」の優先順位を変更するよう求めたのである。なお、この投稿文は、Williams-Diggs事務局長代理を含む6人の共著で、34のAbortion Fundが賛同団体として名を連ねている。
The Nationへの投稿文において、Williams-Diggs事務局長代理らは、地域のAbortion Fundへの財政支援をどのように進めるべきなのかについて、具体的に述べていない。では、方策はないのか。ここで参考になるのは、上記のHuffPostの記事が紹介している、カリフォルニアやニューヨーク、イリノイ、首都ワシントンなどの州政府や自治体が提供しているAbortion Fundへの支援策である。Dobbs判決の直後の2022年秋、カリフォルニア州は、「州越え中絶」を含めた人工妊娠中絶関連の資金として2000万ドルを拠出することを決定。また、シカゴ市Lori E. Lightfoot市長と同市のDepartment of Public Healthは、2022年8月31日付のプレスリリースで、Chicago Abortion FundとPlanned Parenthood of Illinoisに対して、人工妊娠中絶を求める女性の交通費や宿泊費に充当させるため、それぞれ25万ドルを提供する旨を表明した。
2025年に入ると、さらに一歩進んだ制度が作られようとしている。メリーランド州議会の上院法案848号(S.B. 848)と下院法案930号(H.B. 930)である。州が運営する医療保険のうち、人工妊娠中絶に関する予算で未使用分をAbortion Fundや中絶クリニックへの補助金として提供するための法案だ。4月初めまで、州議会の上下両院は、それぞれ法案を可決。5月12日現在、知事の署名を待つ段階に入っている。この制度は、成立すれば、全米でも初めてのもので、Abortion Fundの全国組織、National Network of Abortion Funds (NNAF)やメリーランド州の団体であるBaltimore Abortion Fund (BAF)は、法案への支持を表明してきた。こうした州などのレベルにおいて、「我々の運動」の「エリート部門」がAbortion Fundと連携していくことで、中絶が必要な女性がその権利にアクセスできる状況を拡大していくこと求められていくのではないだろうか。
なお、上記のメリーランド州におけるS.B. 848とH.B. 930へのNNAFとBAFの支持声明は、以下から見ることができる。
https://abortionfunds.org/nnaf-baf-support-abortion-bills-in-maryland/
「異なる影響」の適用廃止に向けた大統領令、雇用などにおける女性やマイノリティの差別解消に打撃
2025年5月4日
トランプ大統領は4月23日、雇用関係における日本の「間接差別」と類似した「異なる影響」の適用廃止に向けた大統領行政命令に署名した。アメリカでは議会が定めた法律により「異なる影響」が禁止されているため、直ちに適用が廃止されるわけではない。しかし、連邦司法省は今年2月、バイデン政権下で起こされていた「異なる影響」に基づく訴えを却下。トランプ政権内で、「異なる影響」適用廃止の動きが進んでいる。日本の「間接差別」と異なり、「異なる影響」は、性別だけでなく、人種などを理由にした差別の対応にも用いられてきた法律上の概念だ。また、その対象は、雇用以外にも住居なども含まれており、女性団体だけでなく、人権擁護に取り組む幅広い団体などから、批判の声が上がっている。
人種、肌の色、宗教、性別、出身地を理由に雇用差別を禁止している連邦法、公民権法第Ⅶ編(以下、タイトルⅦ)は、1964年の成立当時、Disparate Treatmentを差別と見なしていた。直訳すると、「異なる処遇」である。例えば、警備員に男性だけを採用したり、受付を女性だけにするような雇用上の行為は、性に基づく「異なる処遇」と見なされた。この場合、雇用者は、警備員は男性だけ、受付は女性だけを採用するという意図を持って採用に臨んでいると解釈される。したがって、意図的な差別行為だ。ただし、上記のように、タイトルⅦは、性別以外にも人種などに基づく差別も禁止している。このため、「異なる処遇」が黒人と白人の間に生じた場合にも、雇用差別と見なす根拠になる。
一方、Disparate Impactの訳語である「異なる影響」は、雇用者の意図は問わない。当該の職務の遂行に必要がない、「中立的な」人事政策により、特定の人々が不利益を被る場合に適用される概念だ。例えば、小売店の販売員に応募資格を伸長170センチ以上としたとしよう。この場合、女性の多くは、応募できない。あるいは、ヒスパニック系の住民が多い地域で、配送業務の運転手を募集する際、英語能力を求めたとしよう。英語を母国語にしないヒスパニック系の人々が採用されなくなる可能性がでてくる。身長や語学力は、男性や白人のような属性に基づく条件ではなく、「中立的な」概念といえる。また、雇用者に差別的な意図があるかどうか不明だ。しかし、業務に関係ない条件により、特定の性別や人種の人々が排除される割合が極めて高くなれば、「異なる影響」が生じたとみなされる。
「異なる影響」は、裁判や連邦議会の法律によって、確立された法律上の概念になっている。裁判でいえば、Griggs v. Duke Power Coが、それに当たる。この裁判は、1950年代にサウスカロライナ州のDuke Power社のDan River Steam Stationが「労務」局の従業員を黒人に限定していたことに起因している。1955年にDuke Power社は、「労務」局以外の従業員の採用に、高校の卒業資格などを求めた。また、タイトルⅦの施行後、同社は、高卒資格を持たない「労務」局の従業員が資格試験に合格することで、より給与の高い職種に移動できる措置を講じた。しかし、当時、黒人の大半は高校を卒業しておらず、また資格試験に合格できる黒人はほとんどいなかった。このため、高卒資格を求めることの妥当性が裁判で争われ、一審、二審では会社側が勝訴したものの、連邦最高裁判所は1971年に、逆の判断を示した。その結果、「異なる影響」が判例として確立された。
このように、業務遂行に関係がない条件によって特定の性別や人種の人々が排除される割合が極めて高くなれば「異なる影響」が生じたとみなされる。しかし、「極めて高い」かどうかは、主観的判断ともいえる。それでは、法的な基準とはなりえない。では、この割合は、どのように判断されるのか。ここで用いられるようになったのは、1972年に連邦政府の雇用機会均等委員会 (EEOC) が設定した、5分の4ルールまたは80%ルールと呼ばれる判断基準である。
例えば、特定の職種に男性100人、女性100人が応募し、男性の8割が採用されたものの、女性は4割に止まったとしよう。この場合、女性は男性の50%しか採用されていない。この50%という割合は、5分の4あるいは80%に比べると、極めて低い。したがって、採用政策に「異なる影響」が生じていた可能性があるとみなされることになる。こうしてタイトルⅦに「異なる影響」の概念が取り入れられた後、Age Discrimination in Employment Act(ADEA:年齢差別禁止法)やFair Housing Act(FHA:公正住宅法)における差別行為の判断にも用いられるようになっていった。
4月23日にトランプが署名した大統領行政命令は、”Restoring Equality of Opportunity and Meritocracy”というタイトルがつけられている。機会の平等と能力主義の回復を目指す措置という意味だ。その具体的な内容について、行政命令を解説した文書といえるFact Sheetは、以下の3点が含まれると指摘。1)で連邦政府機関が具体的に取るべき措置を提示、2)で「異なる影響」の問題点を示し、最後の3)で政権の能力主義への取り組みについて述べている。
1) アメリカ人を平等に扱うこと
・過去の大統領による「異なる影響」に関連する措置の撤回
・すべての連邦政府機関が「異なる影響」に関連する法律や規則に関する施行の優先順位を下げること
・司法長官に対して、教育に関して規定している公民権法第Ⅵ編における「異なる影響」の規則を廃止または改定させること
・「異なる影響」に関して行われている調査や訴訟、出された和解などの内容を検討し、適切な対応を行うこと
2) 機会の平等を回復させること
・「異なる影響」は、公民権に関する法律を損なう結果をもたらし、憲法の理念に整合しないこと
・「異なる影響」は、能力主義に基づく事業の実施を妨げていること
・行政命令は、個人の努力によってアメリカン・ドリームが達成できることを保障するものであること
3)能力主義に基づくアメリカを促進させること
・大統領は、能力主義に基づく国家として運営していくこと
・大統領は、就任最初の週に、連邦政府職員に能力主義の回復を行政命令で表明
・大統領は、別の行政命令で、軍隊における能力主義を回復させたこと
大統領の行政命令は、連邦議会が制定した法律や最高裁判所の判決の下位に位置づく。したがって、タイトルⅦなどの法律を撤廃させることはできない。しかし、1)のアメリカ人を平等に扱うことに示されたような、政府機関に対して一定の指示を行うことは可能だ。このような観点に立った場合、最も重要なのことのひとつは「異なる影響」に関連する法律や規則に関する施行の優先順位を下げるように政府機関に命じたことといえる。EEOCや司法省などの政府機関は、差別問題に限定されるわけではないが、自ら調査を行ったり、裁判に訴える権限を持つところも少なくない。トランプの行政命令は、政府機関によるこうした動きに対して、「優先順位を下げろ」ということで、雇用や住宅などに関する差別事案への対応を抑制、そして停止させようとしているといえる。
とはいえ、トランプ政権による「異なる影響」の廃止に向けた動きは、4月23日の大統領行政命令によって突然具体化したわけではない。例えば、2月26日には、連邦司法省がプレスリリースで、Pam Bondi司法長官が警察官と消防士の雇用を含む全米のさまざまな管轄区域に対する訴訟を却下するよう司法省の公民権局に指示したことを明らかにした。このプレスリリースでは、「異なる影響」という語彙は用いず、DEI政策に基づくクウォータなどという表現で、意図的な差別ではなく、統計的な不均衡だけに依拠してDEIを進めようとした前政権による措置を停止させたと述べている。ここでいう「意図的な差別」とは「異なる処遇」、「統計的な不均衡」は「異なる影響」を言い換えたものにすぎない。
トランプの大統領行政命令の発動は、タイトルⅦによる雇用差別や公正住宅法による入居差別と闘ってきた人々や団体にとって、看過できない事態である。真っ先に批判の声をあげたのは、女性の権利擁護団体である。首都ワシントンで訴訟や公共政策を通じてジェンダー平等の実現を目指しているNational Women’s Law Center (NWLC)は4月23日、Fatima Goss Graves会長兼CEOによる声明を発表した。”NWLC Statement on Trump’s Executive Order Seeking to Repeal Core Tenet of Civil Rights Act”というタイトルの文章の中で、大統領行政命令が政府機関に対して、主要な公民権の保護を停止するよう命じたと非難。しかし、大統領にその権限はないとして、大統領の権威主義的なアジェンダに反撃していく意思を表明した。
NWLCに続いたのは、サンフランシスコにある女性の権利擁護団体、Equal Rights Advocates (ERA)である。男女同権に向けた憲法改正を意味するEqual Rights Amendmentと同じ略称を用いるNPOのNoreen Farrell事務局長は、4月24日に発表した”Trump’s Attack on Disparate Impact Standard Undermines Fundamental Civil Rights Protections”と題するプレスリリースの中で、「異なる影響」の廃止に向けた行政命令を雇用、住宅、その他の状況における差別と闘う重要なツールへの直接的な攻撃だとして批判。大統領の措置に反対する団体とともに、連邦議会に「異なる影響」を再確認するよう求めていくとした。また、Farrell事務局長は、「異なる影響」が能力主義を否定しているとする、トランプの指摘に反論。女性やマイノリティに不均衡な影響を与える人事政策に対して是正させることは、能力主義の強化につながると主張している。
さらに4月28日には、女性団体の声明に続く形で、黒人団体のNational Association for the Advancement of Colored People (NAACP)とNational Urban League、ヒスパニック系のUnidosUS、アジア系のAsian Americans Advancing Justiceなどに加え、住居差別に取り組むNational Fair Housing Allianceや人権擁護団体のNational Action Network、Lawyers’ Committee for Civil Rights Under Law、Leadership Conference on Civil and Human Rightsなどが共同声明を発表。差別が意図的でなくても、差別は差別であり、「異なる影響」は極めて重要な概念だと指摘。住宅、雇用、中小企業、融資、健康医療、選挙、教育の機会などで差別に直面しているすべての人々のために闘っていく決意を示した。このように、「異なる影響」を消し去ろうとするトランプ政権の動きに対して、強い反発の声が上がっている。
なお、上記のERAの”Trump’s Attack on Disparate Impact Standard Undermines Fundamental Civil Rights Protections”と題する声明は、以下から見ることができる。
https://www.equalrights.org/news/statement-trumps-attack-on-disparate-impact-standard-undermines-fundamental-civil-rights-protections/
トランプ政権がベネズエラ人を国外追放、「敵性外国人」への差別的措置に人権団体などから批判
2025年3月17日
アメリカのMarco Rubio国務長官は3月16日、ベネズエラのギャング組織「Tren de Aragua(トレン・デ・アラグア)」のメンバーとされる移民250人余りをエルサルバドルに追放したと発表した。この措置は、トランプ大統領が前日発動したAlien Enemies Act(敵性外国人法)に基づいている。しかし、国務長官の発表に先立ち、連邦地方裁判所は、同法に基づく送還を一時停止することを求める判断を示していた。そもそも、同法は、戦時下で「法の適正な手続き」を無視して適用され、人権侵害が生じてきたなどと批判されてきた。今回の国外追放も容疑などが明確にされていない。このため、人権団体などから批判の声が出ている。
Alien Enemies Actは、Alien and Sedition Actsと呼ばれる移民や言論を規制する4つの関連する法律のひとつで、 2世紀以上前の1798年制定された。その背景には、フランス革命の影響が及ぶことを当時のアメリカ政府が懸念したことなどがある。同法が発動されたのは、過去3回。1812年の米英戦争と第1次世界大戦、そして第2次世界大戦においてだ。発動に当たっては、外国政府の武力侵攻や軍事的な脅威に対して「宣戦布告」がなされた後、国土防衛に必要な措置の一環として、大統領が行うという解釈がなされてきた。
なお、日本のメディアの多くは、第2次世界大戦後の10万人を超える日系人の強制収容の法的根拠としてAlien Enemies Actが用いられたと伝えている。しかし、日系人収容は当時のFranklin Delano Rooseveltによる大統領行政命令9066号に基づく措置であり、Alien Enemies Actによるものではない。第2次世界大戦中のAlien Enemies Actに基づく措置として、1941年12月7日の日本軍によるパールバーバー攻撃の直後、日系人の一部が「敵性外国人」として検挙された。翌12月8日には、同法がドイツとイタリアの住民にも適用。1942年2月16日までに、日系人 2192人、ドイツ人1393人、イタリア人264人が 連邦政府のDepartment of Justiceによって検挙されたと、Webサイトによる日系人の歴史資料プロジェクト、Densho伝えている。また、3月17日発信のCNNの記事” Trump is invoking the Alien Enemies Act. Here are answers to key questions about the 1798 law”によれば、第2次世界大戦中に検挙された、日系、ドイツ系、イタリア系の住民は3万人にのぼった。
今回の国外追放の対象となった、Tren de Araguaのメンバーとされる人々は、ベネズエラ人である。しかし、現在、アメリカは、ベネズエラと戦争状態にあるわけではない。また、Tren de Araguaは、政府ではない。さらに、「宣戦布告」は連邦議会の権限で行われることが憲法に定められている。法律上、連邦議会が「宣戦布告」をしていない段階で、大統領がAlien Enemies Actを発動することはできない、と考えられる。このため、Alien Enemies Actを大統領が発動する数時間前、American Civil Liberties Union (ACLU)とDemocracy Forward、ACLU of the District of Columbiaは、発動を無効とさせるため、首都ワシントンの連邦地裁に訴えを起こした。
連邦地裁のJames Boasberg判事は、この訴えを認め、14日間の一時差し止めを命令。しかし、Tren de Araguaのメンバーとされる人々を乗せた飛行機はすでにアメリカを離陸していた、とトランプ政権は主張。同判事は、トランプ政権に対して、飛行機を直ちに引き返すように命じたものの、エルサルバドルの空港に到着していたという。アメリカでは、政府機関は連邦裁判所の決定に従うことになっているが、ホワイトハウスは離陸後の裁判所の命令に従う必要はないとして、ACLUなどがトランプ政権による連邦裁判所の判決に対する違反行為という指摘を退けようとしている。
なお、今年2月、Rubio国務長官は、エルサルバドルを訪問した。その際、エルサルバドルのNayib Bukele大統領は、アメリカが国外追放する人々の受け入れを提案しており、それが現実化したといえよう。とはいえ、移送された人々は、悪名高い巨大刑務所、テロ監禁センター(CECOT)に直ちに収監された。このため、エルサルバドルが「第2のグァンタナモ(Guantanamo Bay Naval Base)」になるのでは、という懸念の声も聞かれる。「グァンタナモ」は、George W. Bush大統領による9.11後の「対テロ戦争」で、「タリバン関係者」らを収監、虐待したなどとして国際的な非難を受けてきた、キューバ国内のアメリカ海軍の基地で、トランプ政権は、「不法移民」の一部を同基地に収容する考えを表明していた。
前述のようにACLUやDemocracy Forward などは3月15日、トランプ大統領によるAlien Enemies Actの発動を防ぐため、首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴えを起こした。同日付のDemocracy Forwardのプレスリリースによると、ACLUのImmigrants’ Rights ProjectのLee Gelernt氏は、「「トランプ政権が戦時中の権限を移民法の執行に利用するという意図は、前例がなく、法を無視する行為である。政権にとってこれまでで最も極端な措置かもしれない」と指摘。Democracy ForwardのCEO Skye Perryman氏は、「アメリカは交戦中ではなく、侵略もされていない。予想される大統領のする戦時中の権限の発動は、合法的な移民法の執行のために必要なのではなく、加速する権威主義的な戦略の最新の段階である」と批判している。
なお、ACLUなどは3月17日、連邦地裁に対して、今回のトランプ政権の対応に対する申し立てを行った。政権の担当者が宣誓の上、Alien Enemies Actの発動やベネズエラのギャング組織のメンバーとされる移民の国外追放の過程について説明を行うことを求めたものだ。申し立てによれば、テキサス州からベネズエラに向かった飛行機は3機。3番目の飛行機が離陸したのは、連邦地裁のBoasberg判事が大統領による発動を一時差し止める判決を出した後だったという。これが事実なら、政府は、ベネズエラ人を違法に国外追放したことになる可能性がある。
こうした裁判が起こされるように、Alien Enemies Actによる人権侵害への懸念は、トランプ政権下における「乱用」の可能性もあり、高まりを見せていた。連邦議会においても2023年5月、ムスリム系のIlhan Omarの他、30人が共同提案者となって、同法の廃止を求めるNeighbors Not Enemies Act (H.R.3610)が下院に提出されていた。共同提案者の数は、現在45人の増加。この法案には、Japanese American National Museum (JANM)やJapanese Peruvian Oral History Project、German-American Internee CoalitionなどのNPOも支持を表明している。そのひとつ、JANMは3月15日、トランプ大統領によるAlien Enemies Actの発動に対して、戦前のChinese Exclusion Actや日本人を対象にしたAlien Land Laws、大戦中の日系人収容などを生む恐れがあると指摘。こうした過ちを繰り返さないためにJANMが設立されたとしたうえで、「歴史の教訓を守り、歴史を生き抜いた人々の声を広げ、彼らの物語が警告と行動の呼びかけとなるように、私たちの使命を堅持する」などとする声明を発表した。
なお、JANMによる声明は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/press/release/janm-condemns-invocation-alien-enemies-act-enforce-mass-deportations
LGBTQ+からTQ+を削除、大統領行政命令に基づく措置にトランスジェンダーらが緊急集会で抗議
2025年2月17日
就任から1カ月を迎えようとしているトランプ大統領は、行政命令を矢継ぎ早に公布しているが、内外にから強い反発を呼び起こしている措置も少なくない。政府内で「ジェンダー」という語彙を否定し、「セックス」に統一し、人間には「男性」と「女性」しかいないという考えから、政府の人的構成や政策を進めていく方針は、そのひとつだ。この方針の下で、最大のターゲットにされているのが、トランスジェンダーである。2月14日、その具体化の一環として、Stonewall National Monument(以下、Stonewall)のウェブサイトのLGBTQ+という表記をLGBに変更した。このTQ+を削除したことに対して、翌15日の正午、トランスジェンダーを中心にした人々がStonewallのあるニューヨークで緊急集会を開催、1000人余りが参加し、トランプ政権に非難する声をあげた。
キリスト教保守派を強固な支持基盤とするトランプ政権は、伝統的な家族観や性に関してLGBTQ+への否定的な意識を重視している。この考えを反映した大統領行政命令のひとつに、Executive Order 14168: Defending Women From Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Governmentがある。この大統領令は、職場の女性用シャワールームに「女性を自認する男性」の入室を認めるイデオロギーが広がっていることを「誤り」と指摘している。そして、男女の認定は、出生時の身体的な特徴から判断すると主張。さらに、「ジェンダー」という言葉を政府内で用いることも禁止している。アメリカ政府が発行するパスポートやビザなどについても、従来認められてきた“nonbinary”や “other” などの性別表記もチェック項目から除外されることになった。
こうした反LGBTQ+の動きの中で、トランプ政権が最大のターゲットにしているのがトランスジェンダーだ。上記の行政命令との関連でいえば、「女性を自認する男性」がその最たるもので、この動きの延長線に出てきたと見られる行為のひとつに、StonewallのウェブサイトでLGBTQ+という表記が2月14日、LGBに変更されたことがある。ただし、LGBTQ+をLGBに変更したのは、Stonewallだけではない。前述のExecutive Order 14168に沿うためとして、State DepartmentやCenters for Disease Control、 Department of Veterans Affairsなどの政府機関が同様の変更を行っている。しかし、LGBTQ+のNational Monument という意味も含め、StonewallのウェブサイトにおけるTQ+の削除は、特別な意味を持っていることに留意する必要がある。
なお、上記のように、Stonewallの正式名称はStonewall National Monumentだ。National Monumentは、アメリカにとって極めて重要とされる歴史的な施設や自然環境の保全が必要な地域などを保護、後世への継承するために、大統領や連邦議会が指定する。Stonewallは、2016年、当時のバラク・オバマ大統領によって指定された。National Monument の管理者は、複数存在するが、Stonewallは、連邦政府のDepartment of the Interior, National Park Service(以下、NPS)が管理している。NPSは、国立公園局と訳されることが多い。しかし、Stonewallのような国立公園以外の管理も行っている。
Stonewall のウェブサイトからLGBTQ+のTQ+を削除したことに対して、NPSはNew York Times紙に送付したプレスリリースの中で、トランプ大統領の行政命令に沿った措置だった、と伝えられている。LGBへの変更に対して、TQ+、すなわちトランスジェンダーとクィアの人々は、自らの存在が葬り去られたように感じていることは間違いない。だが、削除に対する彼らの反発や怒りは、Stonewallに対するトランスジェンダーの歴史的役割や意義が無視されたという認識に基づく反発という要素も大きい。この点を理解するには、1960年代まで時代をさかのぼる必要がある。
LGBTQ+の権利擁護の聖地的な意味でのStonewallは、Stonewall Innとその周辺で発生したLGBTQ+と警察の衝突、Stonewall Rebellionを起源とする。なお、Rebellion(反乱)ではなく、Riots(暴動)を用いることが多いが、その性格から、ここではRebellionを使用する。Stonewall Rebellionが発生したのは、1969年6月28日の未明。当時、同性愛行為が違法とされる中で、LGBTQ+が集まる場として存在したのが、いわゆるGay Barである。Stonewall Innは、このGay Barのひとつで、New York Police Departmentの手入れを受けた。手入れにおける警察の行為に反発した顧客の抗議が投石などの事態に発展、数日間、Stonewall Innとその周辺で衝突が続いた。
Stonewall Rebellion以前にも、LGBTQ+の組織は存在した。歴史的には、記録上最も古い組織は、ドイツ系移民のHenry Gerber によって設立された、Society for Human Rights (SHR)である。しかし、設立の翌年の1925年には、警察によって解散させられた。いまから、ちょうど100年前のことだ。レスビアンの団体が作られたのは、それから30年後の1955年9月21日。サンフランシスコで発足したDaughters of Bilitisが最初である。このように、LGBTQ+の活動は、組織としても1世紀の歴史を持つ。しかし、Stonewallのウェブサイトのトップページに、 Rebellion以前には、LGBTQ+団体の数は「50から60にすぎなかった。しかし、1年後には1500となった」と記載されている。
しかし、RebellionがLGBTQ+による活動に与えた影響は、組織数の増加だけではない。活動の政治化や自らの存在をオープンにして闘う姿勢を明確にしていくスタンスが広がっていったのである。前者については、Gay Liberation FrontやHuman Rights Campaign、GLAAD (当初はGay and Lesbian Alliance Against Defamation)、PFLAG (同Parents, Families and Friends of Lesbians and Gays)などの設立がそれだ。後者については、Stonewall Rebellionの1周年記念日にあたる1979年6月28日、マンハッタンのStonewall InnからCentral Parkまで、LGBTQ+を中心に数千人の人々が行進したのである。“Christopher Street Liberation Day”と名付けられたこの行進は、全米最初の「ゲイパレード」として歴史に刻まれた。
このように、Stonewall Rebellionは、LGBTQ+の権利擁護運動に大きな影響を残した。それゆえ、オバマ大統領によるLGBTQ+関連では最初のNational Monumentに指定されたのである。このRebellionの中心にトランスジェンダーがいた。女性として生まれた非白人のトランスジェンダー、Marsha P. JohnsontoとSylvia Riveraのふたりは、その代表的な存在である。MarshaやSylviaがいなければ、Rebellionはなかったかもしれない。であれば、今日のLGBTQ+への権利も存在していない可能性がある。2月15日の抗議デモに参加した人々の多くは、こうした思いを抱いていたのだろう。参加者のひとりのプラカードには、“Stonewall would not be Stonewall without the T”と書かれていた。”T”とはTransgenderのことだ。TQ+を削除したことへの抗議の背景には、こうした歴史を消し去ることを許さないという強固な意識が存在している。
LGBTQ+からTQ+を削除する動きには、LGBTQ+内を分断しようとする意図も感じられる。では、LGBTQ+は、団結を保てるのか。2月15日の抗議デモに参加したGilbert Baker Foundation のCathy Marino Thomas理事は、同財団の創設者で、LGBTQ+の誇りを意味するレインボーフラッグ(虹の旗)を提唱したGilbert Bakerが語った次の言葉を紹介した。
「虹は調和の象徴であり、虹の旗から色を消すと、虹の完全性が損なわれる。人間の家族もそうだ。もし私たちが、何らかの理由で、ひとつのグループ、性別、人種、あるいは誰かを排除するなら、私たちは人間の家族の完全性を破壊することになる」
トランプ政権がLGBTQ+からTQ+を消し去ろうとしても、Gilbertの言葉をCathyが伝えたように、LGBTQ+の歴史と誇りは、当事者らによって今後も引き継がれていくだろう。
なお、上記のGilbert Bakerの言葉を掲示したGilbert Baker FoundationのFacebookは、以下から見ることができる。
https://www.facebook.com/gilbertbakerestate/photos/the-rainbow-is-a-symbol-of-harmony-and-if-we-eliminate-any-color-from-the-rainbo/1079874540848160/?_rdr
バイデン氏が退任直前にERAを憲法修正28条として宣言、実効性に疑問の声も
2025年2月3日
ジョー・バイデン氏は、大統領退任直前の1月17日、男女同権を合衆国憲法に修正第28条として加える、Equal Rights Amendment (ERA)の成立を宣言するメッセージを発表した。1世紀以上にわたり、憲法に男女同権を明記することを求め、退任前の確認を求めてきた女性団体などは、バイデン氏に謝辞を送るとともに、ERA成立の意義を強調している。しかし、この改憲案は、州による批准に時間がかかり、連邦議会の承認から50年以上が経過している。こうした経緯もあり、憲法に追加することに対して、法律上の観点から疑問視する声もあり、ERAが実行性を持つかどうかは、当面、不明瞭な状況が続くと見られる。
ERAの議論の背景には、1787年に起草され、翌88年に発効した合衆国憲法に、男女同権を示す条項が存在していないことがある。憲法ができる2年前にだされた独立宣言は、”all men are created equal”と述べているものの、平等の対象は”all men”、すなわち白人男性だけに限定されていた。換言すれば、日本国憲法第14条にある「すべて国民は、法の下に平等であって、…性別…において、差別されない」というような条項は、存在しない。この状態は、性別による差別の容認につながるとして、男女平等を憲法上明文化することを求める運動が広がっていったのである。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、男女同権に向けた改憲運動とともに、婦人参政権の要求が拡大、1920年の憲法改正19条の成立となって結実した。翌1921年9月、National Woman's Party (NWP)は、男女同権を求める憲法改正案を連邦議会に提出する考えを表明、同年10月のCharles Curtis上院議員(共和党・カンザス州)による法案提出として結実した。これに先立ち、NWPなどの男女同権を求める団体は、ウィスコンシン州で州憲法改正を求める運動を進め、1921年6月、州議会は、全米最初のERAといわれるEqual Suffrage Billを可決、翌月には知事が署名し、改憲が実現した。
連邦議会の会期は2年に設定されている。1921年にCurtis上院議員が提出して以降、新たな会期になる度に、ERAは議会にだされてきた。法案の文言も何度か書き換えられていったが、現在の改憲案の第1条(Section 1)の” Equality of rights under the law shall not be denied or abridged by the United States or by any state on account of sex”という文言は、1943年のものだ。参政権を黒人に保証した憲法修正第15条と女性に認めた19条の文言と整合性をもつように、NWPの創設者のひとりAlice Paulが修正したもので、今日では"Alice Paul Amendment"と呼ばれている。
このようにERAを求める動きは20世紀初頭から続いていたものの、1920年半ば以降は、大きな流れにはならなかった。その背景には、女性運動の中で、男女同権を求めることで、深夜労働の禁止など、労働現場における女性の既得権が侵害されることを懸念した人々がWomen's Joint Congressional Committeeを結成するなど、運動が分裂していったことが指摘されている。しかし、1960年代の民主党政権の差別禁止政策の推進や女性解放運動の広がりにより、ERAを求める動きは再度活性化した。そして、1971年10月に連邦下院、72年3月に上院で、それぞれ3分の2以上の賛成で、ERAが可決された。
合衆国憲法第5条は、改憲について2つの方法を提示している。ひとつは、上下両院で3分の2以上の賛成で成立させたうえ、全米の4分の3以上の州が批准することである。もうひとつは、改憲のための会議の開催だ。この憲法会議は、3分の2以上の州議会が連邦議会に要請することで開催され、4分の3以上の州の賛成で改憲が実現する。ただし、憲法会議の開催による改憲は、これまで1度しか例がない。ERAの改憲は、連邦議会の法案採決、そして州の批准投票の順で進んだ。改憲案が州議会に贈られた1972年だけで22の州が批准、その数は翌年末までに30州に到達した。
しかし、その後、批准する州が頭打ちとなり、期限とされた1979年3月になっても成立に必要な38州に届かなかい恐れが出てきた。このため、連邦議会は、1982年まで期限を延長したものの、77年に批准したインディアナ州を含め、35州に止まった。その後、2017年にネバダ、18年にイリノイ、20年にバージニアの3州が批准。これにより憲法が規定する全州の3分の2を超える38州がERAを批准したことになった。ただし、これまで6つの州が、批准を取り消している。
バージニア州がERAを批准したのは、2020年1月27日のことだ。それから5年もたったいま、なぜ退任直前の大統領が、その成立を宣言したのか。また、その宣言は、有効なのか。こうした疑問がでてきても不思議はない。バージニア州の批准の後、議会や裁判所で様々な動きがあった。そうした中で、バイデン氏の宣言に直接つながったのは、2024年8月にシカゴで行われたAmerican Bar Association (ABA)の年次大会で、House of Delegatesと呼ばれる政策を検討する委員会が連邦政府などに対して、ERAの施行を支持するよう求める決議案を採択したことだ。
ABAの委員会のひとつ、Commission on Women in the Professionは2024年10月、”ABA Sponsors Resolution Supporting ERA Implementation”と題する一文をウェブサイトに”News”として発表。採択された決議文に沿った形で、議論となっていた批准の期限については、憲法第5条の規定に合致していないと指摘している。また、批准の取り消しについても、第5条が取り消しを認めていないと主張。この”News”には明示されていないものの、添付された”Report”には、ABAが長年ERAを支持してきたとしたうえで、上記の2点からERAが憲法修正第28条として施行することができるとの認識を示している。
1月17日のバイデン氏の宣言は、このABAの考えに基づいている。すなわち、ERAの施行について、ABAがすべての基準を満たしており、憲法修正第28条として合衆国憲法に加えるべきだと指摘しているとしたうえで、自らもABAの主張に同意することを表明。そのうえで、「修正第28条は、性別に関係なく、すべてのアメリカ人に法の下での平等な権利と保護を保証する国の法律」である、と述べている。自らの考えを盛り込んでいるものの、ABAという法律に関わる専門家の権威に依拠して、ERAの成立の妥当性を示したといえよう。
このバイデン氏の宣言によって、ERAは合衆国憲法に加えられ、国の最高法規としての効力を持つことになったと思われるかもしれない。しかし、手続き的に見ると、もうひとつのハードルがある。National Archives and Records Administration (NARA)による認定がそれだ。この政府機関のトップであるArchivist of the United Statesは、憲法改正における州の批准手続きなどが適正に行われたかどうか、確認する責任を負っている。この役職についているColleen Joy Shogan氏は、2023年にバイデン氏により指名された。
しかし、ERAについては、2024年12月に発表した声明文の中で、「確立された法律、司法、手続き上の決定により、憲法の一部として認定することはできない」と述べている。そして、バイデン氏の宣言と同じ1月17日、ニュース専門チャンネルのCNNの取材に対して、NARAの広報官は、「根本的な法的および手続き上の問題は変わっていない」として、ERAの批准の手続きが適正に進められたとは認められないという認識を示した。仮に、この認識が変わらなければ、ERAは施行されない。CNN記事の見出しが”Biden says Equal Rights Amendment is ratified, kicking off expected legal battle … “として、訴訟に持ち込まれる可能性を示したのは、そのためといえよう。
この点は、ERAを求めてきた女性団体などでも想定されていることだ。例えば、リベラルな観点から公共政策の立案に関わるNPO、Center for American Progress (CAP)は、1月17日付の”The ERA Solidifies Women’s Rights in the Constitution as the 28th Amendment”と題する記事の中で、ERAが憲法としてすでに機能しているとしながらも、訴訟の対象になる可能性を「ほぼ間違いない」との認識を表明。しかし、バイデン氏の根拠にも用いられたABAの指摘に加え、改憲に関する議論は司法の場ではなく、議会で行われるのがこれまでの慣行だとして、保守派判事が多数を占める連邦最高裁の影響は少ないとの考えを示している。
長期にわたる可能性がある裁判闘争や政府や議会への働きかけを続けていくには、強力な運動団体の存在が不可欠になる。ERAを求めてきた女性団体などは2015年、ERA Coalitionという政治活動を主体とするNPO、501c4団体を設立。現在、女性団体や労働団体を中心に300余りの団体が加盟し、これらの団体の会員は合わせて8000万人に及ぶとしている。ERA Coalitionやその加盟団体などは、政府や議会への働きかけに加え、バイデン氏にERAの施行に向けた措置を取るように求める署名活動を行ったり、1月16日にNARAの建物に”PUBLISH THE ERA NOW”などと書かれた文字を映し出すライティングを行い、その場から女性たちがERAを求めるメッセージを発信するなどの活動を実施してきた。
女性団体などがERAの施行を既成事実と主張している背景には、女性を含めたジェンダー問題に否定的な政策を打ち出しているトランプ政権に対抗する意味も強い。例えば、男女同権が憲法上認められれば、人工妊娠中絶に関して女性の権利をより強く主張できる。また、トランスジェンダーを否定する政策についても、”any state on account of sex”による差別の禁止を規定している第1条が有効な反撃の法的な根拠として利用できると考えている。このように、ERAは、過去の女性が直面した問題だけでなく、現在のジェンダーバッシング的な状況の中でも意味がある改憲と捉えられているのである。
なお、ERA Coalitionの活動やERA関係の資料などは、以下のサイトから見ることができる。
https://eracoalition.org/
“Ladies Night”訴訟で敗訴したレストランが閉店、「男性差別」解消を求める法律の是非議論に
2025年1月2日
レストランやバー、スポーツイベントなどで女性客に割引を行ったり、男性の利用を認めない、いわゆる“Ladies Night”。この行為が男性に対する差別だとする訴訟が相次いでいる。法律の知識がない経営者が、通常の集客活動の一環で、違法性がないと考えて、実施した行為に対して起こされているものだ。連邦レベルでは規制法がないものの、多くの州で制定されている差別禁止法に違反する。この州法を根拠に、男性の権利擁護団体の弁護士などから裁判を起こされるケースが後を絶たない。カリフォルニア州では裁判の結果、賠償金の支払いなどで経営が悪化。2024年の大晦日をもって店舗を閉鎖したレストランも現れ、差別禁止法の是非についての議論に発展している。
大晦日を最後に閉店したのは、サンフランシスコの郊外Concordにあるペルー料理のレストラン、Lima。オーナー・シェフのJohn Marquezさんは、ペルーのリマで生まれ、カリフォルニアで育った。リマにあるふたつのペリー料理店で修業を行い、9年前にレストランをオープンした。長年にわたり実施してきた” Ladies Night”では、女性客にワインなどのドリンクを半額で提供。ただし、週1回、午後5時半~8時半までの3時間という限定的なプロモーション目的だった。閉店の理由については、12月19日付のフェイスブックへのMarquezさんの投稿文によると、” Ladies Night”にともなう訴訟費用だけではない。運営コストの増加を含めた複合的な要因によるという。
では、” Ladies Night”は、法的にどのような問題として位置づけられているのか。Limaが事業を行っていたカリフォルニア州には、1959年に制定されたUnruh Civil Rights Act (UCRA)という法律がある。同州の政府機関、Civil Rights Department of State of California (CRD)によると、UCRAは、官民の事業者から利用者が差別やハラスメントを受けることがないようにすることが目的だ。住宅や公共施設だけでなく、店舗、レストラン、理髪店などの事業者に、施設の利用やサービスの提供において、性別や人種、肌の色、宗教、祖先、出身地、障害、健康状態、遺伝子情報、婚姻関係、性的指向、市民権の有無、第一言語、移民法上の地位に関わらず、平等な対応を行うよう求めている。
上記のように、UCRAが制定されたのは、1959年である。しかし、その時点から” Ladies Night”のような性別に基づく施設の利用やサービスの提供の相違が違法と判断されていたわけではない。立法化から20年後の1979年、ロサンゼルス郊外のオレンジ郡で”Ladies Day”を開催していた洗車場と”Ladies Night”を行っていたバーにおいて、女性と同じ優待を受けることを求めた。しかし、いずれも拒否されたため、裁判に訴え、1985年に州の最高裁判所で、”Ladies Day”や”Ladies Night”がUCRAに違反する行為だと認定された。
この”Koire v. Metro Car Wash”裁判の判決で重要な点のひとつは、”Ladies Day”や”Ladies Night”が原告の利用を妨げるなどの実害を与えていないため違法ではないとする被告側の主張が退けられたことだ。同一のサービスに対して、男女により異なる対応を行ったこと自体が差別であり、違法とされたのである。また、バーにおいては、女性への優遇は、カバーチャージの2ドルが免除されたにすぎなかったが、こうした原告の被害の規模も違法性の認定に関連づけられなかった。なお、Movement Advancement ProjectというLGBTQの権利などに関する政策を研究しているNPOによると、 UCRAと同様の法律は、カリフォルニア州を含めた全米22の州と首都ワシントンで制定されている。
CRDのウェブサイトには、UCRAに違反する行為を例示しているが、そのなかに” Ladies Night”の語彙も見られる。したがって、レストランの経営者であれば、女性への優待が違法行為であることを知っているはずだと思われるかもしれない。しかし、University of San DiegoのRebecca Nieman教授は、「(Limaのような)小規模な家族経営の飲食店の多くは、率直に言って、この法律について知らないかもしれない」と述べている。そのうえで、収益率が低い小規模な事業体は、訴訟の負担に耐えることは難しいという。そして、訴訟になった場合、仮に悪意がないことを示せても、違法行為であることは否めず、敗訴するだろうという認識を示した。
「家族経営」と聞くと、夫婦や親子で経営している零細な店舗をイメージしがちだ。しかし、Limaのウェブサイトを見ると、かなりの規模のレストランだ。飲食店の評価サイトYelpによると、平均的な食事代は$$=11ドル-30ドルとリーゾナブルな価格で、評価点も5点満点中4.1とかなり高い。とはいえ、裁判で経営難に陥るとは思えないが、アメリカの訴訟費用は大きい。そのための備えとして、事業者は通常、損害賠償保険に加入しており、それで対応できると思われるからだ。しかし、損害賠償は、レストランでいえば、店内で転倒して怪我をしたとか、食事で体調を壊したといった過失責任に対するものが主だ。訴訟の経費や和解や敗訴による出費をカバーしていないことも多い。
Limaの損害賠償保険の有無やその対象範囲は不明だが、2023年9月に、オーナー・シェフのMarquezさんは、訴訟費用をねん出するため、大手のクラウドファンディングサイトのGo Fund Meを通じて、募金を実施。やはり裁判が経営を圧迫していたのだろう。だが、目標額の3万ドルに対して、74人から4453ドルが寄せられたに止まった。500ドルという、最も多額の寄付を行ったJean Komatsuさんは、「日和見主義者による小規模事業者への『揺さぶり』だ」と非難している。なお、UCRAは、違法行為と認定された場合、実際の損失額の3倍までの補償や1件当たりの法定損害賠償額として4000ドルの請求を原告側に認めている。
Komatsuさんは、「日和見主義者」が誰なのか、具体的に示しているわけではない。しかし、”Ladies Night”などの「男性差別」を理由に訴訟を手掛けることを専門にする弁護士がいる。最もよく知られているのは、サンディエゴでオフィスを構える、Alfred Rava弁護士だ。また、同弁護士が関わってきたNational Coalition For Men (NCFM) も、女性から差別される男性の権利擁護の必要性を訴えている。Rava弁護士は、レストランなどの飲食業だけではなく、プロ野球も提訴。そのひとつが、マイナーリーグのFresno Grizzliesによる”Ladies Night”に対する裁判だ。
この裁判のきっかけになったのは、2023年5月25日にカリフォルニア州Fresnoで開催されたGrizzliesのホームゲーム。試合を観戦したNCFMのHarry Crouch会長は18ドルの入場料を科せられた。一方、同会長の同伴者の女性、Christine Johnsonさんは、無料で観戦できたという。Grizzliesへの訴えは、このふたりが原告になって起こされた。2024年5月7日付の地元紙、Fresno Beeによると、Class Actionとして提訴され、Grizzliesに対して、500万ドルの賠償を請求。なお、Class Actionとは、裁判の原告以外に、同様の状況の人々も含めて賠償などを求める仕組みである。このため賠償金が極めて高額になることが多い。
プロ野球の”Ladies Night”が裁判の場で争われたのは、これが初めてではない。歴史的に見れば、1883年にNew York Gothams (現在のSan Francisco Giants)が実施したゲームが最初といわれている。1913年にはプロ野球で最初に女性の球団オーナーになった、Helene Hathaway Brittonさんが St. Louis Cardinalsの試合で”Ladies Day”を導入した。なお、日中の試合なので、”Night”ではなく、”Day”と呼ばれた。この試合を男性同伴で観戦した女性は、入場料が無料になった。その後も、単発のイベントとして”Ladies Night”は続けられた。しかし、New York Yankeesのゲームに際して行われた”Ladies Night”が訴訟になり、1972年にNew York State Human Rights Appeal Boardが “Ladies' Day”を差別的と判断。これ以降、実施されることはほとんどなくなった。
このように述べてくると、男女間をはじめとした差別の解消に向けたUCRAの意義は理解できるものの、「わずかな損失」を防ぐため、小規模な事業体の経営を圧迫する一方、弁護士に「不当な利益」をもたらすのではないか、と感じるかもしれない。実際、こうした観点も含め、American Tort Reform Associationなど一部のNPOから、経済やビジネス環境に悪影響を及ぼしているという声も聞こえてくる。しかし、女性への優遇ではなく、同伴者への特典のようにすれば、問題は回避されるだろう。差別の解消に向けた制度を問題視するのではなく、差別を回避する方策を進めていくことに注力すべきではないか。
なお、UCRAについては、CRDの以下の資料などを参照されたい。
https://calcivilrights.ca.gov/wp-content/uploads/sites/32/2017/12/DFEH_UnruhFactSheet.pdf
トランスジェンダーのトイレ利用禁止法案に反発、連邦議会で座り込みの抗議
2024年12月8日
トランスジェンダーの人々(以下、トランスジェンダー)の性自認に基づくトイレ利用の是非が議論になるなかで、連邦議会は、出生時に基づく利用を求めることになった。11月の選挙で、史上初めてトランスジェンダーであることを公表して連邦下院議員選挙に臨んだ候補が当選、来年1月から当庁するに当たり、下院議長が決定した措置だ。当選した議員は、この措置の受け入れを表明。しかし、トランスジェンダーのトイレ利用を全米の政府施設で禁止する法案が下院に提出された。トランスジェンダーの権利擁護団体などは、連邦議会のトイレ前で座り込みを行うなど、抗議活動を進めている。
連邦下院議員選挙にトランスジェンダーであることを公表して当選したのは、デラウェア州を単一選挙区とするSarah McBride氏(民主党)。同州のDepartment of Electionsが公開している選挙結果によると、McBride氏は28万7830票(有効投票の57.86%)を獲得、共和党のJohn J. Whalen III候補の20万9606票(同42.14%)を大きく引き離し、初当選を決めた。なお、デラウェア州はバイデン大統領が育ち、上院議員に選出されたこともあり、民主党の地盤といわれている。実際、11月の選挙でも、民主党は、大統領選挙のハリス候補をはじめ、上院議員選挙や知事選挙でも勝利。ただし、これらの候補の得票率は、いずれも56%台で、McBride氏よりも、やや少ない。
McBride氏の当選が確定した直後から、共和党内で議会における女性自認のトランスジェンダーのトイレ利用を中心に、批判の声が高まっていった。その急先鋒は、サウスカロライナ州選出のNancy Mace下院議員だ。2019年にサウスカロライナ州議会の議員だった当時、16歳の時にレイプされた経験を議会で語るなどして、性暴力の問題を訴えてきた経緯がある。そのためもあってか、2017年にトランプ氏が大統領に就任した当初は、同氏を批判。しかし、その後、スタンスを変え、2024年にはトランプ候補の賛同者に名を連ねた。
自らをレイプの被害者と称するMace氏のような人物でなくとも、出生時に男性だった人が、その後、女性自認していることで女性用トイレを使うことに違和感や懸念をもつことが少なくないといわれている。しかし、Williams Institute at UCLA School of Lawが2018年9月に発表した”Gender Identity Non-Discrimination Laws in Public Accommodations”と題する報告書は、トランスジェンダーが自らの性自認に沿った公共施設を利用することで、他の利用者に安全上のリスクが高まるという証拠はない指摘。ここでいう公共施設とは、トイレや更衣室、ロッカールームなど、性別により分離され、閉鎖された環境にある場所をさす。なお、Williams Instituteは、全米の13歳以上のトランスジェンダー人口を160万人と推定している。
また、全米の多くの州や自治体では、トランスジェンダーを含めたLGBTQの人々への雇用や住宅、公共施設における差別を禁止する法律を制定。例えば、2006年に設立されたNPOのシンクタンク、Movement Advancement Project (MAP)によると、2023年1月現在、全米22の州と首都ワシントン、少なくとも374の市でLGBTQへの差別を法律で禁止している。しかし、逆の政策をとっている州や地方政府も少なくない。小中高から大学までの教育機関や政府が所有する施設において、トランスジェンダーが性自認に基づくトイレなどの利用を禁止している州がふたつある、とMAPは指摘。また、小中高や政府が所有する施設に限定した禁止措置をとっているのは、5州に及ぶ。さらに、小中高については認めないとしている州は7つあるという。
前述のように、Nancy Mace下院議員は、トランスジェンダーによる性自認に基づくトイレの利用を禁止する措置を連邦議会に求めた。ただし、これは立法化を目指した行動ではない。禁止措置の名称、” H.Res.1579 - Prohibiting Members, officers, and employees of the House from using single-sex facilities other than those corresponding to their biological sex, and for other purposes” にあるRes (Resolution = 決議案の省略形)の 3文字が示すように、下院に提出されたのは決議案である。
決議案の対象者は、下院の議員、役員、職員。また、禁止される内容は、生物学的性別に対応する施設以外の男女別施設の使用、およびその他の目的での使用とされた。わかりにくい表現だが、生物学的に男性であれば、男性用のトイレなど、女性であれば女性用を用いなければならない、ということだ。議会の施設利用を決定する権限をもつMike Johnson下院議長(共和党)は、性自認に基づくトイレ使用を禁止する措置を発表した。Mace下院議員が提出した決議案が採決に付される前の11月20日のことだ。
Johnson議長の禁止措置により、Mace議員は決議案で認めさせようとした内容が実現されたことになる。また、来年1月から当庁するMcBride氏は、自らのトイレ問題のために議員になったのではないとして、下院議長の決定を受け入れる考えを表明。McBride氏をターゲットとしたといわれるこの問題は、沈静化していくかに見えた。しかし、11月21日Mace議員は、性自認を根拠にトランスジェンダーが出生時の性別と異なる連邦政府の所有地にある男女別の施設を利用することを禁止する法案の草稿を「X」に掲載。すべての連邦政府が所有する施設で、女性や女児を守っていくと述べた。
「連邦政府が所有する施設」の原語は、Federal Propertyである。この語彙が拡大解釈されていく恐れを指摘する識者もいる。例えば、ニュージャージー州にあるRutgers University, Center for American Women and Politics (CAWP)の准教授、Kelly Dittmar氏は、NPOのメディア、The 19th Newsとのインタビューで、スミソニアン博物館やその他の連邦政府の建物、博物館、ランドマークなどは、政府が資金提供または運営しているとして、トランスジェンダーの人々のアクセスが禁止される可能性があると指摘。また、11月21日付のWashington Post紙は、LGBTQの人々が多く居住する首都ワシントンで、公立の図書館やリクリエーション施設、教育機関などで、トランスジェンダーのアクセスが制限されていく可能性について述べている。
前述のように、Johnson下院議長が性自認に基づくトイレ使用を禁止する措置を発表したのは、11月20日である。この日は、トランスジェンダーにとって大きな意味を持つ。1998年11月28日、ボストンの自宅アパートで、アフリカ系アメリカ人のトランスジェンダー、Rita Hesterさんが20回も刺されて死亡する事件が発生。その3年前にも、アフリカ系アメリカ人のトランスジェンダーが殺害された。これらの事件を祈念して、Gwendolyn Ann Smith氏らは、“Remembering Our Dead”というイベントを開催。これが翌年11月20日から各地に広がり、現在では世界中で行われるようになったTransgender Day of Remembranceの起源である。
トイレ使用禁止の措置を表明した日が、トランスジェンダーへの追悼の日であることを、Johnson下院議長は、知っていたのだろうか。知っていたのであれば、トランスジェンダーの人権、そして人命を余りにも軽視しているといわざるをえない。知らなかったのであれば、政治家として失格といわれても仕方がない、無知だ。2023年のこの日、バイデン大統領は、同年、アメリカだけで26人のトランスジェンダーの命が奪われたと指摘、憎悪犯罪を強く非難した。また、Hesterさんらが殺害されたボストンでは、今年11月20日、追悼のメッセージを発表している。
なお、ボストンがあるマサチューセッツ州では2016年、Senate Bill 2407 (SB 2407) が成立、反差別法の対象にジェンダーアイデンティティが加えられ、公共施設における差別も禁止されることになった。しかし、成立から2週間足らず後、Keep MA Safeという団体が設立され、住民投票により、新しい法律を撤廃させようとする動きがでてきた。この動きは、” Massachusetts Question 3, Gender Identity Anti-Discrimination Veto Referendum”として結実。提案は、2018年11月に投票に付された。しかし、投票の結果は、SB 2407を維持させるべきが180万6742票 (有効投票の67.82%)にのぼり 、廃止すべきの85万7401票 (同32.18%) を大きく上回り、トランスジェンダーの権利が守られることになった。
最後に、連邦議会のトイレで座り込みを行った団体について述べておこう。連邦政府の施設におけるトランスジェンダーの性自認に基づくトイレ使用を禁止する法案に抗議する行動の中心になったのは、Gender Liberation Movement (GLM)という団体だ。この団体のメンバーらは12月4日、Mace議員の事務所に近いトイレに押しかけ、“Bathroom Sit-In”と命名した座り込みを始めた。連邦議会の警備担当者が撤去を求めたものの、拒否。GLMによると、座り込みの当日、15人が首都ワシントンの連邦議会議事堂警察本部に数時間拘束され、その後釈放されたという。なお、拘束された中には、Chelsea Manningさんも含まれていた。2009年にイラクで情報分析官として陸軍部隊に任命された際、アクセスした機密文書を2010年前半にウィキリークスに漏洩させた人物だ。軍事刑務所での35年の刑を言い渡されたが、2017年に当時のオバマ大統領により減刑され、出獄し、トランスジェンダーの権利擁護活動などに関わっている。
なお、GLMは、12月4日の“Bathroom Sit-In”について、”Leaders & Allies Arrested Protesting Nancy Mace’s Anti-Trans Bathroom Bills”と題する声明をウェブサイトに公開している。関心のある人は、以下から見ることができる。
https://genderlib.org/statements
ハリスの敗北はミソジニーの影響か、「総選挙」結果からの考察
2024年11月21日
アメリカで11月5日、「総選挙」が実施された。大統領の選出だけはなく、連邦議会の下院の全議員、上院の3分の1に加え、知事をはじめとした州政府の高官や議員、自治体の首長や高官、議員などが選ばれる。州や自治体によっては、住民提案が投票に付されることもある。こうした多くの公職者や課題への判断が示されるがゆえに、「総選挙」と呼ばれるのだろう。したがって、「総選挙」のハイライトは、大統領の選出といはいえ、投票者の意思は、大統領への1票だけで示されるわけではない。初の女性大統領をめざしたハリスの敗北にミソジニーが影響したという点についても、連邦議会や知事選挙などの結果も含めて考察する必要がある。
大統領選挙は、全米の有権者が投じた1票を集計した数が多い候補が勝利する仕組みではない。候補者は、各州に配分された選挙人の獲得人数を競う。直近の人口統計の結果に基づいて、全米50州と首都ワシントンに選挙人の数が決められる。全米の選挙人は538人なので、その過半数、すなわち270人を獲得した候補者が勝利を収める。今回の場合、トランプが312人、ハリスが226人の選挙人をえた。両者の差は、86人。この数字だけ見ると、トランプの圧勝だ。しかし、獲得した有効投票の割合を見ると、トランプは49.9%と過半数に満たない。一方、ハリスは、48.3%の投票者の支持をえている。その差は、1.6%にすぎないともいえる。
2016年、ヒラリー・クリントンが女性初の大統領を目指し、トランプと争った。有効投票を獲得した割合がトランプより高かったものの、選挙人の数で敗北に至ったとき、クリントンは、「ガラスの天井」の存在を指摘。今回、ハリスが敗北した際には、ミソジニーの影響、あるいは結果とする声も聞かれる。なお、「ガラスの天井」とは、女性やマイノリティが一定以上の地位に上がれない状態を指す。ミソジニーは、古代ギリシア語で「嫌悪」と「女性」を意味するふたつの言葉を語源にするといわれている。中世ヨーロッパの魔女狩りがその例としてあげられることがあるが、今日では女性の上司やリーダーを好まない人々を指す言葉として用いられている。
では、ハリスの敗北にミソジニーが影響していたのだろいうか。あるいは、ミソジニーの結果なのだろうか。この問いに、直接回答を示したデータは見当たらない。そこで、ニュース専門チャンネル、CNNが実施した出口調査の結果から考えていく。以下の表は、過去3回の大統領選挙の投票者における男女の割合と民主・共和両党の候補者の男女別の投票獲得の割合を筆者が整理、提示したものだ。なお、候補者の獲得割合については、他の候補者もいるため、合計で100%にならない。
男性の投票割合 女性の投票割合
2016年 投票者の割合 47% 53%
民主党:クリントン 41% 54%
共和党:トランプ 52% 41%
2020年 投票者の割合 48% 52%
民主党:バイデン 45% 57%
共和党:トランプ 53% 42%
2024年 投票者の割合 47% 53%
民主党:ハリス 44% 54%
共和党:トランプ 54% 44%
この表からわかることのひとつは、投票者に占める女性の割合は、男性よりも4~6%も高いことだ。換言すれば、選挙結果は、女性の投票行動に大きく影響される。また、民主党の候補者は女性票の多くを獲得、共和党の候補者のトランプは男性からの支持で優位に立っている。さらに、男性の投票割合を見ると、トランプは2016年の52%から20年には53%、そして24年に54%へと1%ずつ引き上げている。一方、この間、民主党は、クリントンの41%、バイデンの45%、ハリスの44%となっている。ここで注意すべき点は、バイデンの獲得した割合に比べ、ハリスは1%しか下げていないことだ。一方、女性の投票の割合を見ると、バイデンが57%の支持をえたのに対して、ハリスは54%と、3%を低下させた。
このデータだけで判断することはできないが、ハリスの敗北は、男性票よりも、女性票の減少にあったと考えるのが妥当だろう。とはいえ、男性や女性を一括りにするわけにはいかない。したがって、より細分化されてデータを見る必要がある。人種と学歴を合わせて分析すると、大卒の白人女性のうちハリスに1票を投じたのは59%で、トランプへの39%を大きく引き離している。大卒の白人男性においても、両者の得票割合は49%と48%と、わずかではあるが、ハリスの方が多い。一方、大学を卒業していない白人女性の62%がトランプに投票、ハリスは37%をえたにすぎない。白人男性では、この割合が68%と30%とさらに大きくなる。
なお、非白人の投票者は29%だが、その内65%はハリスに一票を投じた。また、ミソジニーの代表格のように黒人男性がいわれることがあるが、今回の選挙では、78%がハリスに投票、トランプを支持したのは20%に止まった。この数字は、2020年の79%と19%に比べても、ほとんど変化していない。黒人男性をハリス敗北の「犯人」に仕立て上げるのは、適切ではない。ただし、黒人女性では、男性よりはるかに多い、92%がハリスに投票している。また、マイノリティに限定すれば、ヒスパニック系の男性は54%がトランプに一票を入れ、ハリスへは44%にすぎなかった。
男女に年齢層を加えたデータを見ると、興味深いことがわかる。ハリスは、若者の支持が強い反面、中年から高齢に差し掛かる世代の支持をえることに、苦戦したのだ。例えば、18歳から29歳までの女性から、ハリスは63%の支持を獲得した。しかし、そのひとつ上の世代の30歳から44歳になると、56%に低下。そして45歳から64歳までの女性の支持は50%への下がってしまった。一方、トランプは、同じ年代層の女性から36%、41%、48%と年齢が上がるとともに、一票を獲得する割合が高まっている。なお、男性に関しては、18歳から29歳の若者の49%がハリスに投票、トランプの47%を上回った。しかし、他の年齢層では、いずれもトランプの得票の方が多かった。
前述のように、大統領選挙は、州ごとに配分された選挙人の獲得を目指す争いである。しかし、大半の州は、民主・共和いずれかの政党の影響力が強く、選挙前に結果がほぼ判明している。このため注目されるのが、Battleground States、いわゆる激戦州である。なお、最近では、Swing Statesと呼ばれることが多い。激戦州は、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの7つ。これら州すべてでハリスはトランプに敗れた結果、民主党に政権を譲り渡すことになった。
激戦州の中には、連邦上院議員選挙や知事選挙が行われた州もある。前者はアリゾナ、ミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの5つの州。後者については、唯一、ノースカロライナ州で行われた。その結果、連邦上院議員選挙では、民主党の候補が4つの州で勝利を収めた。このうち、ミシガン州で勝利したエリッサ・スロットキンは、女性の候補者だった。ハリスが敗れた州で、同じ女性が上院議員選挙で勝利したのだ。残りのペンシルベニア州は、僅差のため、11月20日現在、当選者が確定していない。では、知事選挙はどうだったのか。これも民主党の候補が共和党を退けたのである。得票率は、それぞれ54.9%と40.1%。民主党の圧勝といえる結果だ。
このように、大統領選挙の民主党の敗北はハリスの敗北であっても、必ずしも民主党全体が共和党に打ちのめされたとまでいうことはできない。また、ミソジニーの影響はあるとしても、結果とまでいうことは無理だろう。この点を確認する意味も込めて、女性の政治参加に関する研究機関、Rutgers UniversityのCenter for American Women and Politicsがウェブサイトに掲載している、大統領選挙以外の選挙における女性候補の結果について見ていこう。
現在、連邦議会上院の議員になっている女性は、25人。このうち民主党議員が16人で共和党の議員は9人である。「総選挙」の結果、2025年から上院議員として活動する女性は、25人になった。現状と同じである。ただし、民主党議員がひとり減り、無所属の議員がひとり入ることになる。では、下院はどのような状況になるのか。現在、女性の下院議員は126人だが、来年から少なくとも124人の女性が下院で議員活動を行う。「少なくとも」と書いたのは、一部の選挙区で当選者が確定していないためだ。また、知事は、現在の12人からひとり増えて、来年からアメリカ史上最多の13人になる。ただし、知事を含めた州政府の高官には98人が就任することになるが、これは現状よりひとり少ない。
大統領選挙だけに目をやると、民主党の敗北とその一因としてミソジニーが指摘されることが、まったくの的外れということはできないかもしれない。しかし、「総選挙」という視点に立てば、女性の政界への進出は大きく進まなかったものの、連邦議員や州の高官などに限定すれば、ほぼ現状を維持している。ミソジニーが顕在化してきた場合には、批判が必要だ。しかし、しっかりしたデータを踏まえた分析と考察抜きに、批判するだけでは、反発が強まるだけではないだろうか。ミソジニーの背景にもつながる貧困や格差、教育の機会の不均等さなどの問題について、ジェンダーの視点を持ちつつも、ともに乗り越えていこうすることが求められているのではないだろうか。
なお、今回の「総選挙」における女性の政界進出の状況について整理、分析を行っている上記のRutgers UniversityのCenter for American Women and Politicsのデータは、以下から見ることができる。
https://cawp.rutgers.edu/
人権としての「住」を訴えるTenant Union、集合住宅の改善要求ストライキに勝利
2024年10月30日
コロナ禍で家賃の支払いが困難になり退去を求められたテナントや、最近の家賃の高騰やホームレス問題の深刻化とともに、集合住宅などのテナントが、人権としての「住」の権利を訴える活動が広がっている。その具体的な活動として、ミズーリ州のTenant Unionが衛生環境などに大きな問題があるとして、10月1日から集合住宅のテナントが家賃の不払いによるストライキを敢行した。加盟するNPOや政治家などの支援を受け、集合住宅に融資をしている政府系の金融機関から改修などの資金として、135万ドルを支出させることに成功。住宅問題の解決に一石を投じたとして、関心を集めている。
Tenant Unionは、Tenant Associationとも呼ばれ、主に集合住宅に入居している人々が、テナントとしての権利を守るための組織。複数のテナントが、自主的に集まり、住宅の衛生や設備、家賃など、入居者個人では解決しにくい問題について、所有者と団体交渉を行い、解決をめざす。法的な認可制度に基づく組織ではないものの、テナントが集まることで交渉力が増し、問題の解決が促されやすい。なお、連邦政府は、賃貸住宅の入居者に人種や出身地に基づく差別を禁止しているものの、テナントが自らを組織し、団体交渉を行う権利を明示した法律は制定していない。
一方、州レベルでは、Tenant Unionの権利などを明示している法律もある。Tenant Unionの権利は、組織化に関するものと、組織自体に対するものに大別できる。いずれの権利についても法制化がされていない州が少なくないが、両者を認めている州もある。例えば、ニューヨーク州は、所有者や管理者(以下、オーナー)に対して、Tenant Unionの設立や参加に対する干渉を禁止するとともに、テナントが権利を行使した場合にオーナーが懲罰やハラスメント、報復行為などを行うことを禁止している。また、Tenant Unionは、テナントが居住する施設の共益スペースで会議を行うに当たり、無償で利用できる権利が保障されている。
ミズーリ州には、ニューヨーク州のような厳格な法律は存在しない。とはいえ、住居の安全や衛生を管理者が確保していない場合、テナントが家賃の支払いを拒否する権利を認めている。ただし、居住環境などの改善を求め、集団で家賃の支払いをボイコットする、レントストライキの参加者を保護する法律は制定されていない。このため、家賃の不払いを続けると、オーナーにより入居している部屋などから退去を命じれる恐れもある。
このような状況の中で、家賃の不払いを実施したのは、ミズーリ州カンザスシティ市にあるIndependence TowersとQuality Hill Towersというふたつの集合住宅のテナントが加盟するTenant Unionだ。両団体とも、今年に入ってから結成され、同市全域でテナントの権利などについて活動しているKC TenantsというNPOに加盟、その支援を受けながら10月1日からストライキに突入した。
なお、Independence TowersのTenant Unionには、入居戸数全体の63戸の65%に当たる40戸、Quality Hill Towersも234戸の65%に相当する152戸が参加している。ただし、Tenant Unionの組合員全員が家賃の不払いを行ったわけではない。地元のラジオ局が10月3日に行った放送によると、Independence Towersでは全戸の55%、Quality Hill Towersでは23%が支払いを見送っている。
KC Tenantsによると、複数のTenant Unionが連携して家賃の不払いを行ったのは、カンザスシティ市で初めてという。ストライキの背景には、住環境の劣悪さや家賃の高騰があるとみられる。住環境については、壁や天井が壊れていたり、ネズミやゴキブリが徘徊。また、多くの部屋でエアコンが壊れているため、夏に窓を開けたままにしておき、今年7月には、子どもが落下して死亡した事故も発生したという。
家賃の高騰も深刻な問題だ。5年前にIndependence Towersの1寝室の部屋に引っ越してきたテナントによると、当時565ドルだった家賃は、いま860ドルに上昇。1年余り前にQuality Hill Towersに入居した人は、今年6月の契約更改時に、家賃を747ドルから910ドルへと22%も引き上げられたと訴えている。この住人は毎月2回給与を受け取っているが、その1回分は910ドルの家賃に消えていくという。なお、ふたつの集合住宅で、テナントが支払いを控えている家賃の総額は、10月18日までに6万ドル余りに及ぶ。
KC Tenantsは10月25日、Independence Towersの修繕費などとして、Federal National Mortgage Association (FNMA)という連邦政府の住宅融資機関が135万ドルを支払うことになったと発表した。なおFNMAは、Fannie Maeと呼ばれることが多い。ここでものFannie Maeとして記述していく。これらふたつの集合住宅は、民間企業が所有している。では、Fannie Maeが支払いを行ったのか。2021年にIndependence TowersとQuality Hill Towersを民間企業が購入した際、Fannie Maeが融資を行っていたため、融資先の企業に対する政府の監督責任が問われたといえよう。
10月25日の発表は、地元選出で民主党の連邦下院議員のEmanuel Cleaverの事務所関係者と共同で行われた。Cleaver下院議員がKC Tenantsとともに、このレントストライキの問題に取り組んできたからだ。政府の責任の明確化としてFannie Mae による修繕費などの提供が実現したことについて、KC Tenantは、Cleaver下院議員に謝意を表明しつつ、Quality Hill Towersの問題に加え、背景にある構造的な問題の解決に向け、レントストライキを継続していく考えを明らかにした。なお、Fannie Maeは、Quality Hill Towersが転売される際、新しい所有企業に900万ドルを融資した。
KC Tenantが指摘している構造的な問題のひとつは、レントコントロールが不十分な点だ。前述のように、Fannie Maeの融資を受けた企業も、毎年高い割合で家賃を引き上げている。これがテナントの生活を圧迫している、という指摘である。KC Tenantは、Fannie Maeの融資を受けた企業が所有する集合住宅の家賃について、毎年の引上げ率の上限を3%にすべきと主張。この引き上げ率は、Independence TowersとQuality Hill Towersに限定されるものではなく、全米での実施を要求している。
なお、地元のNPOのメディア、The Missouri Independent は10月9日付の” Roaches, rust and rot: An inside look at the Kansas City tenant union rent strike against federally backed landlords”というタイトルの記事で、Independence TowersとQuality Hill Towersのレントストライキと、その背景の集合住宅の住環境の劣悪さを数多くの写真とともに紹介している。Independence Towersの改修費などが決まる前なので、その点については触れていないが、記事自体は以下から見ることができるので、一読されることをお勧めしたい。
https://missouriindependent.com/2024/10/09/roaches-rust-and-rot-kc-tenant-union-launches-rent-strike-against-federally-backed-landlords/
急増する南アジア系へのヘイト、大統領選挙の候補者との関係や反移民の訴えが影響との指摘も
2024年10月11日
コロナ禍で激増したアジア系へのヘイトクライムは、2023年には大きく減少した。しかし、2024年に入ると、事態が深刻化してきた。特に目立つのは、南アジア系の人々に対する行為だ。その背景のひとつに、大統領選挙の候補者との関係を指摘する声がある。これは、共和党の副大統領候補の配偶者や民主党の大統領候補の母親が、共にインド系であることを意味している。また、Donald Trump前大統領をはじめとした、共和党の候補者の多くや保守的なメディアによる移民排斥を訴えも一因と考えられる。こうした動きは、アジア系の多くに懸念を生じさせおり、NPOなどが対応を進めている。
2020年に全米に広がった新型コロナウイルス感染症に対して、当時のTrump大統領は、「チャイナウイルス」をはじめとして、発生地とされた中国との関係を主張。そのため、中国系をはじめとしたアジアからの出身者とその子孫に対して、数多くのヘイト事象が報告されるに至った。例えば、ヘイトクライムや過激思想について研究しているCalifornia State University Santa BarbaraのCenter for the Study of Hate & Extremismは、2021年に”FACT SHEET: Anti‐Asian Prejudice March 2020”というタイトルの資料を作成。全米の16大都市の警察当局が集計したデータに基づき、2019年から20年にかけて、アジア系へのヘイトクライムが149%も増加したことを明らかにした。
一方、アジア系へのヘイト事象が相次ぐことを懸念した人々は、Stop AAPI HateというNPOを設立。ヘイトと感じる行為を受けた人に報告を行うように要請した結果、2020年に4409件、2021年には5679件もの報告を受けた。なお、AAPIとは、Asian and Pacific Islandersの略で、アジア太平洋系の人々をさす。また、上記のCalifornia State University Santa Barbaraの資料は、警察当局がヘイトクライムと特定した事例だけを扱っている。これに対して、Stop AAPI Hateのデータは、ヘイトと感じた人が報告した事象に基づくため、異なる語彙を用いている。
コロナ禍が徐々に落ち着いてくると、アジア系へのヘイト事象の報告も減少。Stop AAPI Hate に寄せられた報告も、2022年には1321件、23年には735件に止まった。ただし、この現象は、コロナ禍の鎮静化だけによってもたらされたわけではない。Stop AAPI Hateは、さまざまな人権問題にかかわるNPOなどと連携、政府や議会に対策を求めた。また、調査に基づきヘイト事象の実態について、メディアなどを通じて発信し、社会啓発を進めていったことも見落としてはならない。
ヘイト事象に関する報告件数の減少は、必ずしも状況の改善を意味するものではないと、Stop AAPI Hateは考えていた。インターネットの世界で、差別や偏見を煽ったり、憎悪を掻き立て、暴力に至らしめるような発信が数多く行われていることは、そう考えた理由のひとつだ。このため、Stop AAPI Hateは、シカゴ大学の研究機関のNORCなどの協力を受け、2023年1月から24年8月にかけて、Domestic Violent Extremism、DVEと略される国内の暴力的な過激派による4chanや Gab、 Xなどのインターネット上の発言を分析。その結果、南アジア系へのヘイト発言が2023年1月の2万3000件から24年8月には4万6000件へと倍増したことが明らかになった。
2024年8月には、民主党の全国大会が開催され、Kamala Devi Harris副大統領が同党の大統領候補に指名された。その前月には、共和党が全国大会を行い、副大統領候補にJames David Vance上院議員を指名した。Harris副大統領の母親とVance上院議員の配偶者は、ともにインドからアメリカに移り住んだ。また、2024年の共和党の大統領候補者指名を争った、元国連大使のNikki Haleyと起業家のVivek Ramaswamyは、ともにインド生まれの両親もつ移民二世である。こうしたインド系への注目度の高まりが、南アジア系の人口の急増と相まって、白人至上主義者をはじめとしたDVEの憎悪を掻き立てたとしても不思議はない。
南アジア系をはじめとしたアジア系を敵視あるいは反発したと考えられる行為が相次いでいる。Trumpが未遂を含め、2回にわたり銃撃を受けた後、起業家のElon Reeve Muskは、自ら所有するXに「誰も(民主党の)バイデン(大統領)やカマラ(ハリス副大統領)を暗殺しようとさえしない」と投稿した。不適切な発言と批判されたが、Harris個人に対してではないものの、アリゾナ州の州都Phoenixに近いTempeにある民主党の事務所が9月16日と23日、そして10月6日と3回にわたり、銃撃されているのだ。
また、カリフォルニア州南部の選挙区から連邦下院議員選挙に出馬している韓国系の候補者Dave Min(民主党)にも、ヘイト事象といえる事件が発生した。10月8日、Min候補の選挙ポスターにアジア系への差別の言葉が書かれたのである。容疑者は逮捕されたが、ヘイトクライムの可能性もあると報じられている。Min候補は、共和党のScott Baugh候補と激しい選挙戦を展開。この選挙区で勝利すると、連邦議会の下院で多数を獲得する可能性が高まるといわれ、事件の数日前にはTrumpが現地入りし、演説を行っていた。その際、移民排斥などを訴えたことから、反移民の主張に同調して犯行に及んだとの見方もある。
ヘイト事象の可能性があるアジア系への行為は、こうした政治がらみだけではない。アジア太平洋系の権利擁護のために助成活動などを行っているAsian American Foundationは2024年9月、”Seattle Safety Study”と題するレポートを発表した。5月30日から6月10日までの間に、ワシントン州シアトル市に住む、アジア太平洋系1000人を対象に実施した調査結果を分析したものだ。レポートによると、回答者のほぼ3人にひとりが、ヘイト行為を受けることを懸念。不安を感じる場所として、公共輸送機関25%、地域のマーケット21%、職場17%、自宅付近が16%に及んでいる。実際、過去12カ月に身体への攻撃を受けたという回答も20%に上った。
アジア太平洋系へのヘイト事象の背景には、人口増があるといわれている。NPOの調査機関、Pew Research Instituteが2021年4月に発表したレポートによると、全米のアジア系の人口は2000年の1046万9000人から2019年には1890万6000人へと81%も増加。非ヒスパニック系の太平洋系も、同じ期間に37万人から59万6000人へと61%増えた。この間の白人人口の伸びは、わずか1%にすぎない。また、2060年にアジア系の人口は3580万人に達する見込みだという。
州別にみると、アジア系は、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサスなどに集住している。また、これらの州内においても特定の地域に住む傾向が強い。例えば、先ほどヘイト事象が多いという報告があったシアトルは、人口の15%がアジア太平洋系だ。こうした特定の地域に集住するのは、移民社会の特徴で、アジア太平洋系だけではない。言語や文化が同じ人々が集まることは、自然ともいえるからだ。また、ヘイト行為を受ける側を問題視する「被害者非難」は許されない。Stop AAPI Hateの活動のような、被害者の声を集め、社会に発信し、問題を是正していく努力を続けていくことが必要なのだろう。
なお、STOP AAPI Hateの各種のレポートは、以下から見ることができる。上記で参照したもの以外にも数多く作成されている。この問題を考えるうえで、参考にすることを勧めたい。
https://stopaapihate.org/data-research/
最高裁判決後の黒人やヒスパニック系の入学者数、大学により変化に差
2024年9月26日
連邦最高裁判所は2023年6月、大学の人種に基づくアファーマティブ・アクションを事実上禁止する判決をだした。これにより、黒人やヒスパニック系などの学生の入学が大幅に減少するのではないか、という見方が広がった。判決内容を反映させた入学基準に基づき、今年秋からの新入生の入学者における人種別のデータが一部の大学から発表されている。そのデータを見ると、黒人やヒスパニック系の入学者が大きく減少した大学がある反面、人種構成にあまり変化が見られない大学もある。最高裁判決から1年後の状況だけで、判決の影響を判断するのは早計という見方だけでなく、政治的、経済的な影響も考えるべきという指摘もある。
アファーマティブ・アクションとは、過去の差別的な政策や社会的な偏見などの結果、不利な状況に置かれている人々の状況を積極的に変えていこうとする措置である。アメリカでは、戦前にこの措置の端緒が導入されたが、本格的な制度は1965年のジョンソン大統領の大統領令に基づいている。人種や民族、性別、障害の有無などにより、雇用や大学の入学、事業契約において、差別解消を主張。しかし、白人や男性からは「逆差別」との批判があり、たびたび裁判で争われてきた。
2023年6月の最高裁判決は、Harvard UniversityとUniversity of North Carolinaを相手取り、反アファーマティブ・アクションを掲げる保守的なNPO、Students for Fair Admission (SFA)が原告代理人として起こしたものだ。それまでの反アファーマティブ・アクション裁判は、白人が原告になったケースが大半だった。この裁判は、アジア系の入学志願者を代弁するために起こしたものとして、注目された。従来の判決は、入学基準のひとつに人種を入れることは認めていた。しかし、2023年の判決は、事実上、人種を入学基準に盛り込むことを禁止した。
一部の州では、以前から、アファーマティブ・アクション廃止の動きが進んでいる。例えば、カリフォルニア州は1998年、住民投票の結果、州政府によるアファーマティブ・アクションを廃止。これにより、University of California at Berkeley (UCB)やUniversity of California at Los Angeles (UCLA)では、黒人やヒスパニック系の入学者が40~50%減少するという事態が生じた。こうした「実績」から、連邦最高裁の裁判の被告になったHarvardやUNCなどの「難関校」で黒人やヒスパニック系の入学者が激減するのではないか、と見られていた。
では、結果はどうなったのか。Harvard Universityの発表によれば、2024年秋入学の学生に占める黒人の割合は、入学者全体の14%だった。これは2023年秋入学時の18%に比べると、22%減を意味する。これに対して、ヒスパニック系の入学者の割合は16%と、前年比で2%増加した。なお、アメリカ先住民は1%、ネイティブハワイアン・太平洋諸島出身者も1%と、前年と同率。アファーマティブ・アクションによって差別されていたと裁判で取り上げられたアジア系は37%で、前年と同じ割合だった。白人についは発表されていないが、計算上は31%となる。なお、このデータは、アメリカ市民と永住者のみのうえ、複数の選択が可能だ。したがって、あくまで参考値として捉える必要がある。
Harvardと同様に、University of North Carolina-Chapel Hill (UNC)も新入生に占める黒人の割合が大きく減少した。2023年秋の入学者における黒人は10.5%だったが、今秋は7.8%に止まった。この減少幅は、25%で、前述のHarvardより若干高い。ヒスパニック系の入学者は、10.8%から10.1%へと減少したものの、黒人の減り方に比べると、緩やかだ。また、アメリカ先住民は、1.6%から1.1%へと、3割を超える減少。アジア系は24.8%から25.8%に増えたものの、白人に関しては63.7%から0.1%増となった。なお、UNCに関しては、3年からの編入生も含めた数字である。
UNCにおける黒人の新入生と編入生の割合が25%減少したという数字を提示されただけでは、実感がわかないかもしれない。同大学の3年生でBlack Student Movementという学内団体のSamantha Greene会長は、9月14日放送のCNNのインタビューに対して、Black Student Convocationという黒人新入生歓迎会への出席者がこれまでに比べ、大幅に減ったと主張。また、キャンパス内を歩いていても、黒人学生の人数の少なさが目立つという。UNCは、Harvardほど知名度が高くないが、全米初の州立大学で、「難関校」のひとつといわれている。
上記の2校を見ると、黒人の入学者の割合の減少幅の大きさが目立つ。では、他の大学ではどうなのか。この点を論じる前に、「難関校」について説明しておく必要がある。現在、アメリカの大学の多くは、定員割れの状況にある。換言すれば、事実上の「全入」といわれる大学への入学者が、全体の7割に及ぶ。選考試験をへて大学に入学者している学生は、残りの3割だ。保守的なシンクタンク、Brookings Institutionによれば、人種を選考基準のひとつにしていたとされる大学の入学者はさらに少なく、全体の22%にすぎない。
「難関校」の定義は一律ではないが、教育におけるアファーマティブ・アクションの問題を考える際、こうした大学と入学者の現状を理解しておくことも必要だ。なぜなら、HarvardやUNCのような超がつく「難関校」の卒業生は、全米の大学の0.5%にすぎない。Hope Center at Temple Universityの政策アドボカシー・ディレクターのMark Huelsmanは、その人数に比べ、政治的、経済的に巨大な影響力をアメリカ社会に及ぼしている、と指摘。実際、こうした超「難関校」の卒業生は、連邦議会の上院議員の4分の1以上、大手企業の代名詞ともいえるFortune 500のCEOの10%を占めている。また、著名な企業への就職率や入社後の出世のペースも、他の従業員よりはるかに速いという。
Huelsman氏の指摘は、最高裁の人種を考慮したアファーマティブ・アクションの違憲判決とともに注目された、レガシー優先の議論にもつながっていく。大学の卒業生や多額の寄付者の子弟を、その大学に優先的に入学させる制度だ。この制度を導入している大学がどの程度に上るのかは不明だが、白人富裕層の子弟が主な対象といわれるレガシー優先の継続は、教育の格差のみならず、貧富の格差、そして社会的格差が続くことを意味する。すでに一部の州や大学がこの制度の廃止を表明。さらに、連邦議会にもMERIT Actという名称で廃止法案が上程されるなど、ポスト・アファーマティブ・アクションの動きが広がっていることにも注目すべきだろう。
なお、HarvardとUNC以外の「難関校」でも、2024年秋の黒人やヒスパニック系の入学者数について発表している。ただし、両校を含め、入学者の「人種」は自己申告で、回答は任意が大半だ。このため、実態と異なる可能性があることを理解したうえで、数字を読むことが必要だ。以下は、公表されたデータの一部である。
・Massachusetts Institute of Technology (MIT)
黒人入学生の割合は、15%から5%に激減。ヒスパニック系は、31%増加
・Amherst College
黒人の入学生の割合は、11%から3%へと大幅に減少
・Tufts University
黒人の入学生の割合は、7.3%から4.7%に減少
・Yale University
なお、Harvardの今秋の入学者の人種別データなどは、以下から見ることができる。
https://college.harvard.edu/admissions/admissions-statistics
カリフォルニア州上院黒人議員連盟、黒人補償法案の採決見送り
2024年9月5日
カリフォルニア州の上院は会期末の8月31日、今年1月に上下両院に提出されていた黒人補償に関する法案のうち、黒人団体が成立を強く求めてきた2つの法案の採決を見送ることを決定した。法案を提出した議員らは、Gavin Newsom知事の拒否権発動が予想されたためとしているが、補償の実現に向けて活動を進めてきた黒人団体は強く反発。知事の盟友のハリス副大統領に「直接的な影響」が及ぶと述べるなど、11月の大統領選挙における黒人票への影響が出る可能性もでてきた。
黒人補償への考え方はさまざまだが、大半は、奴隷の子孫への金銭的な補償を求めているわけではない。奴隷制度の影響や法的な制度を含めた差別・偏見などにより、ネガティブな影響を受けてきた黒人に対して、現在の状況を改善していくための個人への金銭補償や社会制度の改善に加え、公的な謝罪なども含む幅広い概念だ。補償を行う主体も、政府に限定されるわけではなく、民間の企業や大学などの団体も含まれる。
南北戦争が終結する直前の1865年1月の「解放奴隷」に対する極めて限定的な補償をはじめとして、奴隷制への補償が行われてきた。しかし、奴隷制度が廃止され、「解放奴隷」として生存している人がいなくなる中で、黒人補償の声は消えていくかに見えた。しかし、今世紀に入ると、奴隷制度に関わった政府や民間企業などの責任が問われるようになってきた。奴隷制度への保険会社の責任を開示することを求めた、カリフォルニア州でSlavery Era Disclosure Lawが2000年に成立したのは、その一例だ。その後、12州で同様の法律が制定された。
カリフォルニア州は2020年、California Reparations Task Force (CRTF)を設置、黒人への差別に関する調査と補償のあり方についての検討を進めた。CRTFは2023年6月、州に対して報告書を提出、差別を受けた黒人への金銭的な補償や差別解消に向けた制度改革の必要性などを訴えた。州議会の黒人議員で構成されているCalifornia Legislative Black Caucusは今年1月、この報告書をベースに14の法案を作成、議会に提出した。法案の内容は、教育関係が2件、人権関係が5件、刑事司法制度が4件、医療関係が2件、ビジネス関係が1件となっている。なお、これらの法案には、金銭補法については含まれていない。
8月31日の会期切れまでに、14件の法案の多くは議会で可決され、9月末までに知事が署名をすれば、法律として成立する。しかし、採決が見送られた法案もある。SB 1331と SB 1403である。SBは、Senate Billの略で、上院に提出された法案を意味する。SB 1331は補償プログラムに関する基金、SB 1403は補償プログラムを管理するための機関、California American Freedman’s Affairs Agencyの設立を、それぞれ求めたものだ。なお、SB 1331は、前述の14法案には含まれていなかった。
SB 1331と SB 1403は、黒人補償の中心的な位置を占めている。会期中の審議では、いずれも議員の多数から賛同をえてきた。このため、補償活動を進めてきた黒人団体、Coalition for a Just & Equitable Californiaは、採決に踏み切れば、可決されたはずだと主張。California Legislative Black Caucusが会期末になって突然、見送りを決定したことを強く批判している。
California Legislative Black Caucusのメンバーで、両法案の作成の中心をになったSteven Bradford上院議員は、Newsom知事サイドから法案の修正を求められ、修正を認めなければ拒否権を発動することを示唆されたという。同議員は、修正案への対応を決め、その内容に対して議員の過半数から取り付けることは時間的に困難だと判断、SB 1403については次の会期に採決を行う考えを表明した。SB 1331については、明確な方針を示していない。
会期末に法案の修正を求めた理由について、知事側は明確な説明を行っていないものの、380憶ドルにのぼる財政赤字を抱えていることも影響しているとみられる。前述のように、14の法案は、金銭補償を含んでいない。しかし、SB1331は基金の設立であり、財政的な影響を懸念しても不思議はないといえよう。また、UC Berkeley Institute of Governmental Studiesが2023年に行った世論調査によると、カリフォルニアの住民の59%は黒人への金銭補償に反対で、賛成は28%に止まった。
こうした状況下で、11月の大統領選挙を控え、金銭補償の実施を示唆するような動きは避けたいと、民主党の候補者であるハリス副大統領に近いNewsom知事が考えたとしても、不思議はない。しかし、法案の成立求め、会期末に州都のサクラメントで集会やデモ、議員へのロビー活動などを行ってきたCoalition for a Just & Equitable Californiaは、憤りを隠さない。大統領選挙に影響させる動きをとることを声高に叫んでいる。それだけではない。黒人議員と黒人団体の亀裂、そして対立を生じさせたことは、民主党支持が圧倒的に多い黒人社会の選挙への一体となった取り組みを抑制する可能性もある。
なお、黒人補償法案に関するCoalition for a Just & Equitable Californiaの動きなどは、以下の同団体の”X”のサイトから見ることができる。
https://x.com/cjecofficial/status/1829532453167562805
精神疾患を持つコリアン系女性を自宅で警察官が射殺、家族やアジア太平洋系団体が真相究明要求
2024年8月10日
ニューヨークのマンハッタンの郊外のマンションで7月28日未明、コリアンアメリカ人女性が警察官に射殺されるという事件が発生した。同居していた家族が救急車を呼んだところ、女性が精神疾患を抱え、小型ナイフを手にしているという情報があったこともあり、警察官が駆け付け、マンションの一室に突入して、発砲。しかし、女性の家族は、警察官が突入した際にはナイフを持っていなかったと主張し、当局に調査を求めている。また、現地のアジア系の団体からも警察官の対応が適切かどうかを含め、真相究明を要求。警察官の不当な銃使用事件に発展する可能性がでてきた。
事件が起きたのは、ニューヨークのマンハッタンのブロンクス地区とハドソン川の対岸にある、ニュージャージー州の自治体、Fort Lee。州の人口は900万人余りで、そのうちアジア太平洋系は110万人にのぼる。2020年の人口統計調査によると、Fort Leeの人口約4万人のうち、43.8%がアジア系。その半数がコリアン系と見られている。コリアン系をはじめとしたアジア系の社会活動も活発で、2018年には、Youth Council of Fort Leeというコリアン系の高校生が主体となった団体が中心となり、戦時中の日本軍による、いわゆる従軍慰安婦のモニュメントがFort Lee’s Constitution Parkに建立された。
現地の不動産情報によると、射殺された女性とその家族が住んでいたのは、2020年に入居が開始された15階建で総戸数142、月額3250~4750ドルの賃貸マンション。日本円に換算するとかなりの高額だが、この付近では平均的な価格のようだ。ハドソン川にかかるGeorge Washington Bridgeのすぐ側で、眼下にマンハッタンを見張らすことができることもセールスポイントとされている。
射殺された女性は、Victoria G. Leeさん(26歳)。Victoriaさんの家族は7月31日、地元メディアのNorthJersey.comに、弁護士を介して事件当時の状況を説明する文書を送付した。この文書によると、Victoriaさんが精神的に不安定な状態になったのは、7月28日午前1時頃で、ベッドに転がり、短く叫んだり、壁に頭を軽く叩きつけたりした。母親は、病院に行くことを勧めたが、Victoriaさんは拒否した。
このため、息子のChrisさんに救急や警察への緊急電話、911に連絡を取るように求めた。なお、Victoriaさんは、精神障害の一種、双極性障害で、同様の事態は過去にもあり、救急車病院に搬送されたことが何回かあった。Chrisさんは午前1時15分頃、911に電話をして、The Valley Hospitalに連れていくための救急車を要請した。その際、精神状態に問題があるため、州法により、警察も訪問することを伝えられたという。
この会話と聞いていたVictoriaさんは、動揺し、小さなポケットナイフを手にした。しかし、他人を傷つけようとしていたわけではない。母親は、この状況を911に伝えるべきだとして、Chrisさんに再度電話をさせ、ナイフの件を知らせるとともに、警察官が部屋に入らないように依頼した。間もなく複数の警察官がアパートに到着し、Chrisさんは部屋の外に出て対応した。
警察官は、Chrisさんに鍵を持っているか聞いたところ、持っていないと答えると、ドアを蹴り始めた。この時点で、Victoriaさんはナイフを捨て、5ガロン入りのウォーターボトルを抱えていた。そして、突然、警察官が部屋に入り、Victoriaさんを銃撃した。警察官は応急処置を施した後、まだ生きているとして、病院へ搬送。しかし、その後、Victoriaさんの死亡が確認された。この間、救急車はこなかったという。
Victoriaさんの家族は、この一連の警察官の対応を問題視し、州の検察に相当する、Office of the Attorney General (OAG)に調査を要請した。また、アジア太平洋系の団体からも真相究明を求める声が上がっている。2021年3月にアトランタで起きた銃撃事件で複数のアジア系女性が殺害されたことを契機に設立された、AAPI New Jersey (AAPI-NJ)は、そのひとつだ。
ニュージャージー州最大のアジア太平洋系のアドボカシー団体を標ぼうするAAPI-NJは8月8日、” Statement on Victoria Lee Fatally Shot by Fort Lee Police Officer”を発表。Victoriaさんの家族や他のグループとともに、OAGをはじめとした関連当局に対して、この事件に対するFort Lee Police Departmentの行為について徹底的な調査を求めていく意思を表明した。また、Victoriaさんが双極性障害だったことを踏まえ、精神疾患の問題が出た場合には、NAMI-NJなどのアジア太平洋系向けの機関を受診するよう勧めている。
警察官による銃の使用を含む暴力の対象は、10年前のミズーリ州Fergusonで白人警察官が丸腰だった黒人マイケル・ブラウンさん(当時18歳)を射殺した事件のように、黒人がイメージされることが多い。実際、この事件から間もない2015年に設立されたCampaign Zeroのプロジェクト、Mapping Police Violenceによると、2013年以降、警察官による殺害された黒人は、100万人中2人と、白人に比べて人口比で2.9倍にのぼる。アジア系は、黒人の8.5分の1、白人の3分の1程度にすぎない。とはいえ、犠牲者は10万人にひとり存在しているのだ。
なお、上記のAAPI NJの声明文は、以下から見ることができる。
https://aapinewjersey.org/statement-on-victoria-lee-fatally-shot-by-fort-lee-police-officer/
パリオリの女性ボクシング後のトランス批判に対して、LGBTQ団体などがジェンダー平等の必要性指摘
2024年8月8日
8月2日のパリオリンピックのボクシング女子66キロ級の第2試合で、イマネ・ケリフ(アルジェリア)選手から強いパンチを受けたアンジェラ・カリニ(イタリア)選手が第1ラウンド開始からわずか46秒で棄権した。この試合の直後から、アメリカでは、LGBTQを批判してきた政治家やセレブ、NPOなどからトランスジェンダー批判が噴出。これに対して、LGBTQの権利擁護を進めるNPOなどは、ケリフ選手を女性だと指摘したうえで、パリ大会で初めて実現した完全なジェンダー平等を守る必要性を訴えている。
アメリカでは、2015年に連邦最高裁判所が同性婚を合憲とする判断を示して以降、LGBTQの権利擁護の動きがさらに広がってきた。しかし、キリスト教右派や共和党の政治家を中心に、伝統的な家族観を崩壊させるなどとして非難の声も拡大。近年では、トランスジェンダー・アスリートの女性スポーツへの参加をめぐり、法規制の動きが広がっている。例えば、NPOのシンクタンク、Movement Advancement Project (MAP)によれば、過去5年間に全米25州が、幼稚園や小中高校、大学に通うトランスジェンダーの生徒児童・生徒・学生が自らのジェンダーアイデンティティにあわせて競技に参加することを禁止する法律を制定した。
こうした動きの中で生じたパリオリンピックの女子ボクシング試合に対して、共和党の大統領候補者、ドナルド・トランプ氏は、8月3日にジョージア州アトランタで開催された選挙集会に先立ち、同氏が設立したSSN、Truth Socialを通じて、ケリフ・カリニ戦のビデオをアップしたうえで、”I WILL KEEP MEN OUT OF WOMEN’S SPORTS!(女性スポーツから男性を締め出す!)”と述べた。また、ケンタッキー大学の水泳選手、ライリー・ゲインズ氏は、Xに「Men don't belong in women's sports(男性は女性のスポーツにふさわしくない)」と投稿。これに対して、実業家でXのオーナーでもあるイーロン・マスク氏は、「Absolutely(もちろん)」と賛同の声を伝えた。
ケリフ・カリニ戦をトランスジェンダー・アスリートの女性競技への進出を阻む動きに利用しようとする、保守的なNPOの動きもでてきた。伝統的な家族観の擁護などをめざし、キリスト教右派の支えられているAlliance Defending Freedomは、そのひとつだ。ケリフ選手が勝利した直後の8月1日、”Tell the IOC to Keep Women’s Sports for Women(女性のスポーツは女性のためにすべきだと、IOCに伝えよう)”というスローガンの署名活動を開始したのだ。
国際的な女性競技で性別問題がクローズアップされたのは、今回が初めてではない。2012年と16年のオリンピックの陸上800メートルで金メダルを獲得した、南アフリカのキャスター・セメンヤ選手の事例は、そのひとつだ。男性ホルモンの一種、テストステロン値が高かったことが問題視されたのである。この選手は、Disorders of Sex Development (DSDs)だった。定義については省略するが、「性分化疾患」と呼ばれ、外見から性別が判断しにくい人もいる。
テストステロン値は、一般的に男性の方が女性より高く、価が高さは性分化疾患(DSD)による場合が多い。2021年に開催された東京オリンピックでは、ナミビアのクリスティン・エムボマとベアトリス・マシリンギの両選手はテストステロン値が高く、女子400メートルの出場が認められなかった。しかし、世界陸上連盟による規制対象外の200メートルにでて、エムボマ選手が2位、マシリンギ選手が6位に入賞した。
なお、女性アスリートへの検査に関して、国際NPOのHuman Rights Watchは2020年、“‘They’re Chasing Us Away from Sport’: Human Rights Violations in Sex Testing of Elite Women Athletes”と題する報告書を発表。とりわけグローバルサウスの女性に不利な影響を与えているなどの問題点を指摘している。
女子ボクシングのケリフ選手への批判に対して、世界最大のLGBTQのメディア・アドボカシー団体のGLAADと若者を中心にしたDSD疾患を持つ人々への支援団体InterACTは、LGBTQのアスリート支援団体Athlete Allyとともに作成したファクトシートを発表した。その中で、ケリフ選手はシスジェンダー女性で、トランスジェンダーやインターセックスではないと指摘。さらに、トランスジェンダーやDSDのアスリートは1930年代からオリンピックに参加してきたとしとしたうえで、パリオリンピックが史上初めて完全なジェンダー平等を実現した大会であり、それを守る必要性を訴えている。
なお、トランスジェンダーは、出生時に判断された性と本人が現在感じている性が異なる状態にある人をいう。これに対して、シスジェンダーとは、この両者が同じ人を指す。ケリフ選手は、女性として生まれ、育ち、本人はいまも女性として認識している。このため、シスジェンダーということになる。また、InterACTの団体名は、インターセックスに由来しているようだ。インターセックスは、DSDと同義だが、活動家の間では” Disorders”という表現が否定的に映ることから、この語彙を用いることが多い。
GLAADとInterACTが発表したファクトシートは、以下から見ることができる。ここでは記述できなかった国際ボクシング連盟(IBA)が以前ケリフ選手を「男性」と認定したことや、この問題に関するIOCのスタンスについても含まれている。この問題を議論したり、発信する際には、両団体が求めているように、一読すべきだろう。
https://glaad.org/fact-check-participation-and-eligibility-of-paris-2024-olympic-boxers-imane-khelif-and-lin-yu-ting/
同性間の結婚の権利、保守派の訴訟で覆される可能性に懸念
2024年7月30日
アメリカの連邦最高裁判所(以下、最高裁)は2015年6月、同性婚を合憲とする判断を示した。さらに、連邦議会は2022年12月、同性間の結婚を認める法案を可決、バイデン大統領の署名によって、立法化された。司法と立法府の双方が同性婚を認めたことで、同性愛者の結婚が法的にゆるぎないものになったと考えられた。しかし、宗教的信条から結婚証明の発行を拒否したケンタッキー州の書記官に対する裁判が継続、保守化した最高裁に持ち込まれた場合、同性婚の権利が制約または否定される懸念が生じてきた。
2015年に最高裁が示した決定は、Obergefell v. Hodges判決、またはObergefell判決と呼ばれている。2013年にメリーランド州で同性婚を認められた後、オハイオ州に移住して婚姻関係が認められなかったために起こした、Jim Obergefell氏の名前に基づくものだ。同氏の訴えに対して、最高裁は5対4の多数判決で、オハイオ州の法律が法の下の平等を規定した合衆国憲法修正第14条に違反していると認定。同州をはじめ、同性婚を禁止していた各州などの法律を違憲と判断、全米で同性婚を認めるように命令した。
最高裁の判決により、同性婚は法的に認知されたことになる。しかし、連邦議会は1996年、男女同士以外の結婚を連邦政府が認めることを禁止するDefense of Marriage Act (MDA)を制定していた。MDAは、最高裁の判断と矛盾し、国家として統一的な法的解釈を示す意味も含め、同法を撤廃し、同性婚を立法上も承認する法律として制定されたのが、Respect for Marriage Act (RMA)である。
こうした同性婚の合憲・合法の流れが拡大した半面、キリスト教右派や共和党などから批判声や動きは続いている。そのひとつが、Kim Davis氏が訴えられた裁判である。Davis氏は、ケンタッキー州ロワン郡の書記官だった2015年、同性同士による結婚証明の発行を求められた際、宗教上の理由を盾に、これを拒否。結婚証明書には、書記官としての同氏の署名を添える必要があったことがその理由だ。
結婚証明の発行を拒否された6組の同性愛者は、Davis氏や同氏が所属するロワン郡などを相手取って裁判を起こした。裁判の経緯は、複雑なため、ここで詳細を述べることはできないが、今年1月、連邦地方裁判所は、弁護士費用26万ドルなどの支払いをDavis氏に命令。また、結婚証明の発行を拒否された原告に対しては、10万ドルの支払いが陪審員によって命じられた。なお、結婚証明書自体は、Davis氏に代わって副書記官が署名、発行された。
9年に及ぶ、こうした経緯を経て、保守的なNPOの法律事務所のLiberty Counselは7月22日、Davis氏の原告代理人として、オハイオ州シンシナティの第6巡回区連邦控訴裁判所に連邦地裁の判決を覆すよう求める趣意書を提出した。趣意書では、Davis氏が同性愛者を差別して結婚証明書の発行を拒否したのではなく、宗教的信条に基づく行為であったという論理を展開。この行為は、信教の自由を保障した憲法修正第1条が規定する権利であると主張している。
Liberty Counselは、趣意書の提出にあたり、Obergefell判決は誤りだと指摘。その判決を覆すための訴えであることを示している。法律の専門家の間では、この訴えだけでObergefell判決が覆される可能性は小さいという。しかし、50年間にわたり維持されてきた人工妊娠中絶を女性の権利として認めた、Roe v Wade判決が2年前に最高裁で否定され、人工妊娠中絶が大きく制約されるようになった。このため、最高裁の保守化が著しい現在、この訴訟が同性婚の否定に向けた第一歩になるのではないかと懸念する声も強い。
なお、Davis氏による7月22日の訴えは、全米の多くのメディアが報じている。その中のひとつ、CNNは7月25日に”Former Kentucky county clerk Kim Davis, who opposed gay marriage, appeals ruling over attorney fees”というタイトルの記事を発信した。この記事は、以下から見ることができる。
https://edition.cnn.com/2024/07/25/us/kim-davis-attorney-fees-appeal/index.html
人種を考慮した奨学金制度が相次いで廃止、大学の多様性維持に懸念
2024年7月11日
The Washington Postは7月9日、”Many universities are abandoning race-conscious scholarships worth millions”と題する記事を掲載した。2023年6月29日に連邦最高裁判所(以下、最高裁)がハーバード大学などの入学選考において、人種を基準のひとつとする、いわゆるアファーマティブ・アクションを事実上違憲とする判決を出した。その後、全米の大学で、入試だけでなく、奨学金の選考においても人種を考慮することを否定する動きが広がっている事態を紹介したものだ。
大学の奨学金の選考におけるアファーマティブ・アクション廃止の動きについては、これまでにも複数のメディアが伝えてきた。例えば、The Washington Postの記事の導入部分で取り上げられているDuke Universityについてみると、4月20日にケーブルテレビの大手CNN、同月15日には高等教育業界の専門紙Inside Higher Edが人種を考慮した選考による奨学金制度の廃止を報じた。
とはいえ、アメリカを代表する日刊紙のひとつのThe Washington Postが取り上げたことの意味は小さくない。この問題の重要性を示す一助になるからだ。実際、The Washington Postも高等教育の専門家の発言として指摘しているように、大学の多様性の確保に向けた取り組みとして、入試における人種の考慮は「難関校」が中心で、それ以外の大学は奨学金を通じて行うことが多いのが実態なのである。したがって、人種を考慮した奨学金の廃止は、高等教育全般における多様性を失わせることにつながっていく。
では、なぜ、そしてどのようにして、このような動きが広がっているのか。「なぜ」に関しては、詳述する余裕はないが、人種を考慮することが白人に不利に働く、いわゆる「逆差別」につながるという認識が広がっているためといえよう。白人の中にも、経済的に困窮した家庭などで生活している人々も存在する。こうした白人が存在する以上、人種の考慮という名によりマイノリティが「優遇」されることは不公平だというのだ。とはいえ、経済的あるいは社会的な困難を大きく負っているのは、マイノリティである。彼らへの配慮は、社会全体にとっても有益と考えられてきた。この考えが、いま、強く否定されつつあるといえよう。
「どのように」という点については、政治の動きが目につく。例えば、最高裁判決からわずか数時間後、ミズーリ州のAndrew Bailey司法長官(共和党)は、州内の大学に対して、「人種に基づく基準を使用して、入学、奨学金、プログラム、雇用などに関する決定を下すこと」を直ちに停止しなければならないと、文書で警告を発した。ウィスコンシン州では2023年11月、州議会下院で多数を示す共和党が州立大学で人種を考慮した奨学金の廃止を求める法案を可決、その後、上院で否決される事態が生じた。
超保守的な民間団体などの動きも見逃すことができない。大学における人種を考慮した入学選考を違憲と判断した最高裁に訴えを起こしたのは、Students for Fair AdmissionsというNPO法人だった。人種を考慮した奨学金についても、2021年にWisconsin Institute for Law & LibertyというNPO法人が奨学金を担当する州の機関Wisconsin Higher Educational Aids Boardのマイノリティ向けの奨学金制度を問題視して、訴訟を起こした。訴えは却下されたものの、このNPO法人は、控訴して、争っている。
こうした政治といういわば「上から」の動きに加え、NPO法人などの「下から」の働きかけにより、1960年代から本格化したアファーマティブ・アクションは、存亡の危機に瀕している。しかもそれは、教育界だけではない。雇用や事業契約、そしてNPOに対する助成制度にも及びつつある。こうした動きは、追って紹介していきたい。
なお、この投稿では触れていないが、2023年の最高裁判決から1か月半後の8月14日、連邦司法省と教育省は、判決の解説ととともに、高等教育機関における多様性の確保の方法を示したQ&A形式の文書を公表した。以下から見ることができるので、関心のある人は参考にするといいだろう。
https://www2.ed.gov/about/offices/list/ocr/docs/ocr-questionsandanswers-tvi-20230814.pdf
全米最初の黒人差別補償プログラムは違憲、保守的なNPOが集団訴訟
2024年5月30日
黒人差別補償の問題は近年、全米で議論が高まっている。こうしたなかで、保守的なNPOは5月23日、全米で最初に補償プログラムを実施したイリノイ州エバンストン市を相手取って、連邦地方裁判所に6人の原告代理人として集団訴訟を起こした。訴えを起こしたNPOは、集団訴訟の対象となる市民は数千人にのぼるとして、今後、原告が増えることを示唆しており、全米の黒人差別補償の動きに影響を及ぼす可能性もある
集団訴訟を起こしたのは、Judicial Watchという、寄付控除の資格を持つ、いわゆる501c3団体。1995年に設立され、首都ワシントンに本部を置き、訴訟や調査研究などで、主に民主党の政策への批判活動を展開している。Judicial Watchが財務省内国歳入庁に提出した990書式と呼ばれる事業会計報告書によると、2022年度の歳入は1億278万ドルで、このうち1億207万ドルは寄付や助成金。会長の年間報酬は56万7071ドルにのぼる。
黒人差別補償は、奴隷制の問題と不可分だ。1640年代から1865年まで、アフリカ人とその子孫が合法的に奴隷化されていたが、1865年に憲法修正第13条が成立、奴隷制は廃止された。このため、今日、合法的に奴隷化された人々も生存していない。したがって、黒人差別補償という場合、奴隷化された人々の子孫や、奴隷制度の廃止後に法律により様々な差別を受けてきた黒人への補償を行うことを意味することが多い。
エバンストン市の補償プログラムは、2021年3月に市議会の賛成8、反対1で可決、成立した。当初の対象者は、1919年から69年までの間に黒人地域に居住していた人もしくはその子孫だった。この期間に、市の住宅政策が黒人に差別的だったため、住居の劣悪さなどが問題になっており、補償金は住居の改修などに充当することに限定されていた。なお、補償金の額は、最大で2万5000ドル。この資金を確保するため、市は、大麻への課税収入などを充当した。しかし、2023年に法律が改訂され、現金補償を受けることも可能になった。
エバンストン市は、シカゴの中心街から20キロほど北に位置し、ミシガン湖の面している。2020年の人口統計調査によると、市の人口は7万8000人余りで、黒人は15%強の1万2000人程度だ。市の補償委員会によれば、これまで454人の黒人市民の申請を認可し、2024年度には少なくとも80人が補償受けることになると見込んでいるという。
連邦地裁イリノイ州北部地区エバンストン支部に起こした裁判(Flinn et al. v Evanston: No. 1:24-cv-04269) で、Judicial Watchが問題にしているのは、このプログラムの対象が黒人に限定されていることだ。黒人に限定することは、憲法修正第14条の法の下の平等に違反すると主張。原告の6人は、いずれも非黒人で、1919年から69年にエバンストン市に居住していた18歳以上の人か、その子孫。人種以外は、市の補償プログラムの申請資格と同じだ。このため、黒人への補償金と同額のひとり2万5000ドルの支払いなどを求めている。
黒人差別補償については、2023年6月にカリフォルニア州の委員会が”California Task Force to Study and Develop Reparation Proposals for African Americans”と題する最終報告書を発表。その影響もあり、黒人差別補償の動きが同州以外のボストンなどで広がっている。エバンストン市へのJudicial Watchの訴えは、奴隷制や黒人差別を問題視するとともに、補償を通じた解決を抑止する可能性があり、人権の観点から注視していく必要があるだろう。
なお、エバンストン市の補償プログラムについては、以下から見ることができる。
https://www.cityofevanston.org/government/city-council/reparations
78歳の女性レセプショニストに7万8000ドル、年齢差別などで会社が和解
2024年5月4日
日本で雇用差別というと、女性に対する賃金や昇進などに関する不利益な扱い、あるいはセクシュアル・ハラスメントなどをイメージする人が多いだろう。アメリカでは、女性に対する差別以外にも、人種をはじめさまざまな差別や偏見、ハラスメントが法律上の違法行為とみなされている。特に、定年制のように日本では当然のように考えられている年齢に基づく労使慣行も、アメリカでは、違法行為とみなされることもある。
いわゆる年齢差別であり、これを禁止する連邦法として、1967年に制定されたAge Discrimination in Employment Act (ADEA)が存在する。政府の独立機関のEqual Employment Opportunities Commission (EEOC)は4月30日、ジョージア州にあるリタイアメント・コミュニティと呼ばれる高齢者の住居と医療介護、レジャーを含む各種生活施設などを備えた施設のレセプショニストに対して、ADEAとAmericans with Disability Act(ADA:障がい者差別禁止法)に基づき、施設側が原告の女性に7万8000ドル(約1200万円)を支払う和解が成立したと発表した。
問題になったのは、ジョージア州コロンブスにあるCovenant Woods Senior Living, LLC and Bright Space Senior Living, LLC (以下、Covenant Woods)。EEOCのプレスリリースによると、EEOCに訴えを起こたのは、78歳のレセプショニストの女性。短期間入院した後、職場に復帰したが、管理責任者からいつまで働くつもりなのかなどと聞かれ、引き続き働きたいと希望を述べた。にも関わらず、入院により職務遂行能力に確信が持てないなどと言われたという。そして、2022年2月解雇され、大幅に年齢が低い人が後任として採用された。
レセプショニストの女性は、少なくなくとも14年間Covenant Woodsで働き、2022年1月にはEmployees of the Yearのひとりとして、表彰されていた。
こうした経緯を踏まえ、EEOCは、女性の訴えを受理した後、Covenant Woodsの対応がADEAとADAに違反する行為と判断。Covenant Woods との協議行ったものの、解決に至らず、2024年2月14日にジョージア州にある連邦地方裁判所に裁判を起こした。
ADEAは、40歳以上の人々に対する年齢に基づく雇用差別を禁止している。また、ADAは、障害があることだけではなく、障害が仕事に影響するのではないかと経営者がみなすことで不利益が及ぶことも違法としている。プレスリリースでは明記されていないが、入院により職務遂行能力に確信が持てないという趣旨の発言を施設の管理責任者が行ったことで、訴えの根拠にADAも追加されたものと推察される。
なお、EEOCによれば、2022年度にEEOCが受理したADEAに基づく訴えは1万1500件。同年度に経営側が支払った和解金や慰謝料は、総額6940万ドル。ADAに関しては、そのほぼ2倍で、訴えが2万5004件、和解金などは1億3900万ドルにのぼる。
上記のEEOCのプレスリリースは2つあり、それぞれ以下から見ることができる。
・連邦地裁に訴えを起こしたことに関するリリース
https://www.nyrealestatelawblog.com/documents/EEOC-PRESS-RELEASE-COVENANT-WOODS%5b2%5d.pdf
・和解成立に関するリリース
https://www.eeoc.gov/newsroom/covenant-woods-pay-78000-eeoc-discrimination-lawsuit