全米を揺るがしたテキサス州の特別選挙ふたつの民主党勝利、11月の中間選挙に影響か?
2026年2月8日
アメリカ南部のテキサス州で1月31日、ふたつの選挙の投開票が行われた。ひとつは、連邦下院議員の欠員に対するもの。もうひとつは、テキサス州議会の上院議員の離職後の議席を争う選挙である。いずれの選挙も、民主党候補が共和党候補を圧勝した。トランプ政権をはじめ、全米の保守層に衝撃を与えたのは、後者の州上院議員に民主党の新人が選出されたことだ。与野党の議席差がわずかな連邦下院の結果ではなく、なぜ州上院の結果が注目されたのか、疑問がでても不思議ではない。しかし、この州上院の選挙区では、元々、共和党の強力な基盤であったにもかかわらず、民主党に敗れたのだ。では、この結果は、連邦下院議員の全員、上院議員の3分の1など、全米で多数の公職が争われる11月の中間選挙にも引き継がれるのだろうか。
テキサス州のふたつの選挙は、連邦下院議員と州上院議員という、争われた議席が異なっていただけではない。ともに、日本の補欠選挙に相当するSpecial Election(特別選挙)だが、前者は前職の民主党議員の死去に伴うもので、後者は2025年に現職だった共和党のKelly Gene Hancockが州政府のComptroller of Public Accountsに就任したため欠員になったため実施された。したがって、連邦下院の議席は民主党が死守できるかどうか、州上院の議席は共和党が維持できるかどうかが問われたといえる。直近の2024年の連邦下院の選挙(連邦下院議員選挙テキサス州第18選挙区)の結果を見ると、民主党のSylvester Turnerは15万1834票(得票率:69.4%)を獲得。一方、共和党のLana Centonzeは、6万6810票(同:30.6%)にすぎなかった。今回の場合、1月31日に議席を争ったのは、いずれも民主党の候補者であり、完全な無風状態の選挙といえる。
これに対して、共和党の強力な基盤といわれる州上院の議席を争う選挙区(テキサス州上院第9選挙区)は、まったく様相が異なる。直近の2022年の選挙では、共和党候補が16万6864票(得票率:60.05%)を獲得、民主党候補の11万1019票(39.95%)を大きく引き離していた。得票数で5万票余り、得票率でも20ポイントを超える、共和党候補の圧勝である。なお、その前の2018年の選挙でも両党の候補者の得票率は共和党の54.03%に対して民主党は45.97%に止まっていた。また、2014年にはそれぞれ65.06%と34.94%、2012年でも58.35%対38.21%だった。テキサス州の選挙結果を示しているTexas Secretary of State のElection Results Archiveを見ると、最も古い1992年のデータに遡っても、民主党の候補者が勝利を収めた事例は見いだせない。
Texas Legislative Council (TLC)やU.S. Census Bureau (2020)などのデータによると、テキサス州上院第9選挙区の人口は、約96万人。人種別に見ると、白人が51.2%、黒人12.3%、ヒスパニック系28.8%、アジア系6.8%となっている。ただし、ヒスパニック系やアジア系の多くは、アメリカの市民権(国籍)がないため、選挙で一票を投じることはできない。例えば、上記のようにヒスパニック系は人口の29%近くを占めているが、有権者の割合では20%をやや上回るにすぎないと見られる。また、バイブル・ベルトと呼ばれる保守的なキリスト教の福音派(Evangelical:エヴァンジェリカル)が多く住んでいるといわれいる地域だ。公式なデータではないが、福音派の信者数は、Association of Religion Data Archives (ARDA)やPew Research CenterのReligious Landscape Studyなどによると、30万~36万5000人(31% to 38%)に及ぶと推計されている。
福音派といえば、トランプ大統領の最大の支持基盤である。例えば、2024年の大統領選挙におけるトランプとハリスと得票率は、それぞれ51%と49%だった。しかし、Edison/ National Election Exit Poll 2024によると、白人のエヴァンジェリカルに限定すると、その割合は81%と19%と、トランプがハリスを大きく引き離している。テキサス州上院第9選挙区でも同年の選挙でトランプは、エヴァンジェリカルの支持を享受、民主党のハリスに17ポイントもの差をつけた。トランプは、自ら支持を表明していた共和党の候補が敗北することはありえないと思っていたのかもしれない。しかし、共和党候補の敗北は、青天の霹靂ではなかった。昨年11月の選挙で、共和党のLeigh Wambsganss候補は民主党のTaylor Rehmetに10ポイント以上の差をつけられていた。
アメリカでは、テキサス州をはじめ多くの州や自治体が、最初の投票で過半数を獲得した候補がいない場合、決選投票を実施している。昨年の選挙でRehmetは、トップに立ったものの得票率は47.57%だった。このため、1月31日の決選投票に持ち込まれたのである。なお、Wambsganssの得票率は、35.94%、第3位の候補も共和党で、得票率は16.49%だった。このように、政党別の得票率を見ると、共和党が民主党を若干上回っていた。とはいえ、共和党候補による2-3位連合が成立しても、Rehmet候補に勝てる見込みは低い。1月31日の投票日が迫っても、状況は共和党にとって厳しかったのだろう。1月31日発信の地元紙のThe Texas Tribuneの” Democrat Taylor Rehmet wins solidly red Texas Senate seat in stunning special election upset”と題する記事によれば、選挙の48時間前に3回にわたり、SNSに投票に行くように呼び掛けるメッセージを送付していた。
投票日直前のSNSだけではない。Wambsganssの選挙用ウェブサイトには、自己紹介のページのトップにトランプとツーショットの写真が掲載されている。支持者・支持団体のリストには、トランプの名前もある。このようにトランプの力の入れようを感じさせるものの、テキサス州の上院議員の選出という「地方選挙」にすぎない。共和党候補が敗れても、州議会の与党、共和党の支配的な状況が変わるわけでもなく、ワシントンの政治に直接的に大きな影響を及ぼすとも考えにくい。では、なぜトランプは、Wambsganssの勝利にこだわったのか。その理由は、上記のように支持基盤のエヴァンジェリカルの離反を恐れたことだろう。とはいえ、それだけではない。Wambsganssの掲げる政策は、トランプが目指してきたものと一致しており、彼女の敗北が自らの政策への否定と受け取られることを懸念したためと推察される。
では、Leigh Wambsganssとはどのような人物なのか。選挙用ウェブサイトによれば、Wambsganssの職業人としてのキャリアは、テレビ司会者として始まった。1990年代の「共和党革命」と呼ばれる連邦議会の保守的な動きに呼応して、テキサス州に移住。同州第3の都市Dallasから西へ車で1時間ほどのFort Worthなどを含むTarrant Countyの共和党支部で頭角を現していった。ウェブサイトには、政策の優先項目として、銃の保持の権利擁護、児童への優良な教育の保障、固定資産税の削減、石油とガス産業の保護、女性のスポーツとプライベートスペースの保護、国境管理の強化、法執行官への支援など、トランプと同様な保守的なテーマが並んでいる。インターネットメディアのパイオニアのひとつ、Salonは2月6日発信の記事” Shock Democratic upset in Texas shows voters still hate book bans”の中で、Moms for Libertyという図書館からLGBTQ+や人種差別に関する図書を締め出す保守派の運動に有権者が嫌気をさした可能性を指摘している。
Salonの記事にあるような「保守派の運動に有権者が嫌気をさした可能性」を確認する手段はない。客観的なデータとして検討するのであれば、生態学的推論または生態学的回帰と呼ばれる手法を活用した2月3日発信のVoteHubの記事” Are Hispanic Voters Moving Back Toward Democrats?”の人種別の投票行動の変化を見た方がわかりやすいだろう。この記事は、テキサス州上院第9選挙区における2024年の大統領選挙と今回の選挙について、人種・民族別に推計したものだ。それによると、大統領選挙ではヒスパニック系は共和党に52.9%投票したものの、今回は78.7%が民主党に投じた。同様に、白人票は共和党31.2%だったが、民主党48.5%に変化。アジア系は50.9%共和党から62.6%民主党へ変わった。黒人の民主党への投票割合は、82.2%から87.5%に増えた。いずれの人種・民族も、民主党へのシフトが示されている。最大の変化は、ヒスパニック系で生じており、25.8ポイントもシフトした。
選挙結果を比較するうえで、重要な点がひとつある。今回のような特別選挙は、通常、投票者が極めて少ないことだ。例えば、テキサス州上院第9選挙区において、2022年には27万7883人が投票した。2018年にも24万4793人が一票を投じている。しかし、昨年の11月には11万8912人、今年1月には2022年の3分の1程度の9万4880人にとどまった。民主・共和両党とも、投票率が低下し、棄権も増加し。トランプの経済や移民に関する政策への批判や懸念が、民主党への追い風になって昨年から今年にかけての特別選挙で民主党候補の勝利につながったことは間違いないだろう。各種の世論調査で、11月の中間選挙における民主党への投票可能性が共和党を上回っている状況が示されていることも事実だ。しかし、今回を含め、特別選挙で投票を見送っている人々の存在の大きさを忘れているとすれば、民主党の勝利は幻と化す可能性が高いのではないだろうか。
なお、本稿では、テキサス州上院第9選挙区で勝利したTaylor Rehmetについてはあまり触れることができなかった。1992年生まれの33歳だが、肩書としては、International Association of Machinists and Aerospace Workers (IAM)のテキサス州委員長とあるように、労働運動の指導者だ。支持者のリストを見ると、対立候補のWambsganssに比べると、数的にも著名度的にもかなり劣ることは否めない。選挙資金の獲得においてもWambsganssに大きく引き離されていた。にもかかわらず、共和党の強固な基盤を突き崩すことができた背景には、なんらかの力をもっているのだろう。以下のRehmetの選挙用ウェブサイトに、その一端が示されているかもしれない。チェックしてみることをお勧めしたい。
https://www.taylorfortx.com/
アーカンソー州のスクールチョイス、私立学校への転校希望増で財源不足に
2025年11月29日
アメリカ南部のアーカンソー州は、共和党の知事と州議会が主導して、2023年に教育制度を大幅に改定する法律を制定した。LEARNS Actと呼ばれる法律だが、その中心はスクールチョイスを呼ばれる、子どもの入学先の学校を保護者が選択できる制度だ。私立学校に通う子どもの学費に多額の補助金を支給することで、保護者の負担は軽減される。しかし、法案の提出から知事の署名まで、2週間余りという急ピッチで進められた立法化作業に対して、民主党や市民団体から批判の声もでていた。スクールチョイスが導入された当初は、私立学校に転向できる児童生徒数などが限定されていたが、2025-26年度に制限が撤廃され、私立学校に転向を希望する保護者が増加。その結果、当初想定していた予算を大幅に超える財源が必要になり、制度の是非の議論が再び活発になってきた。
アーカンソー州が2023年に制定した教育制度改定案は、上院法案294号 (SB294)で、LEARNS Actと呼ばれている。州議会の上院に2023年2月20日に提出され、23日に賛成25、反対7、棄権など3で可決。同日、下院に送付され、3月2日に賛成78、反対21、その他1で本会議を通過、上院に送られた。3月7日、上院は、賛成26、反対8、その他1で最終案を可決、共和党のSarah Huckabee Sanders知事に法案が送付された。翌日、知事は法案に署名、145ページに及ぶLEARNS Actが成立した。提案からわずか2週間余りのスピード決着だ。なお、アーカンソー州の議会は、圧倒的に共和党優位な状況にある。2025年11月現在、上院の定員35人のうち共和党議員は28人、下院の定数100人のうち共和党議員は80人を占めている。
法律名のLEARNSは、英単語の頭文字ではない。教育に関する様々な州法を改訂し、ひとつの法律に統合したもので、以下の点を中心に構成されている。児童生徒にとって最も重要な内容は、Arkansas Children’s Educational Freedom Account Program (EFA)といえよう。いわゆるスクールチョイスを制度化してもので、幼稚園から高校まで、すなわちK-12 (Kindergarten to Grade 12)の公立学校の児童生徒に費やされている公的資金の90%相当(2025-26年度は6864ドル)まで、私立学校に通う児童生徒の学費などに充当できる。制度を利用できるのは、2023-24年度には公立学校の児童生徒の1.5%、24-25年度は3%に上限を設定。また、対象となる児童生徒は、当初は障害児などに限定されていた。しかし、2025-26年度以降は、私立学校への転校が可能な児童生徒の割合を含め、制限がなくなった。なお、ここでいう「年度」はSchool Yearのことで、当該年の7月~翌年6月までを指す。
2025年10月1日発信の地元紙Arkansas Democrat-Gazetteの”Arkansas Educational Freedom Account program cost could top $326M, report finds”というタイトルの記事によると、州のスクールチョイスの対象者に制限がなくなる2025-26年度には3億2614万8043ドルの支出が予想されるという。これは、現在の予算2億7740万ドルを大きく上回った。私立学校への移転希望者が多いことが背景と見られる。上限が設けられていた2023-24年度と24-25年度の申請者は、それぞれ5548人と1万4297人だったが、上限が撤廃された2025-26年度には5万1228人の児童生徒が応募した。なお、私立学校に加えて、マイクロスクールとホームスクールも対象になる。前者は生徒数10人前後の小規模の学習機関で、後者は自宅で保護者の指導などで子どもが勉強する仕組みをさす。2025-26年度の申請者のうち、私立学校は2万8166人 、マイクロスクールが1377人、ホームスクールが1万7039人という。
では、スクールチョイスとは、どのような制度なのか。通常、公立学校、私立学校、チャータースクール、ホームスクールなどの学習の場を保護者が自由に選択できる制度と説明されることが多い。これを促進しているNPO、Ed Choiceは、その意義を「学校の選択により、公的な教育に関する資金が生徒のニーズに最も合った学校やサービスの提供につなげることができる」と指摘している。この文言が示唆しているように、スクールチョイスは単に学ぶ場を保護者が自由に選択できる権利の保障ではない。現在、公立学校に投入されている「資金」を保護者が希望する教育機関に振り向けることを可能にさせる制度ということができる。低所得世帯の児童生徒に向けられた公教育の資金を富裕層に振り向けることになるなどの批判の声がでるのは、このためだ。
Ed Choiceによれば、2025年10月時点でスクールチョイスを導入しているのは、全米34州と首都ワシントン、アメリカの自治連邦区プエルトリコである。ただし、参加している児童生徒数は130万人余り。人口統計局によれば、K-12の児童数は2025年8月時点で5410万人にのぼる。したがって、スクールチョイスの選択者は、現時点ではかなり少数派といえる。ただし、Ed Choiceが設立された1996年にはウィスコンシン、バーモント、メインの3州に1万人の児童生徒が参加していたにすぎなかったことを考えると、広がりを見せていることは事実だ。特に、ここ数年は、参加者増が著しい。
なお、LEARNS Actに基づく、私立学校に通学を希望する児童生徒の保護者への支援策は、EFAだけではない。Philanthropic Investment in Arkansas Kids Program Act (PIAKPA)も、そのひとつである。PIAKPAは、連邦政府が規定する貧困ラインの2倍未満の所得(アーカンソー州の場合、4人家族の場合、年間の世帯所得が約5万5000ドル)の家庭の児童生徒に財政的な支援を行うものだ。所得が低い家庭の児童生徒が私立学校に通う機会を増やすことにつながるとはいえ、州にとっては、財政負担の増大を意味するように見える。ただし、この措置に対する財源は、州が拠出するのではなく、企業や個人に所得控除付きの寄付を充当するとしている。したがって、申請者が増えても自動的に州の財政を圧迫することにはならない反面、支援を受けられない保護者、そして児童生徒がでてくる可能性は否定できない。
また、LEARNS Actには、教員の処遇改善も盛り込まれていた。年収の最低額は現状の3万6000ドルを5万ドルに引き上げることを規定。さらに、2023-24年度の教員の年収の少なくとも2000ドル増やすという。こうした教員への年間所得の最低額の引上げやベースアップのために、基金を設立する計画も盛り込まれている。このような給与面で改善が示される一方、Teacher Fair Dismissal Act やPublic School Employee Fair Hearing Actsの廃止に見られるように、雇用保障に関しては、教員の労働者としての権利を制約する内容が含まれた。また、教育長や校長による教員の人事評価については、教員の勤続年数や在職期間ではなく、業績と効果に基づくことが規定された。さらに、「卒業基準」という条項が設定され2026-27年度から卒業要件として、75時間のコミュニティ・サービス、すなわちボランティア活動が義務化された。
前述のように、LEARNS Actの制定は、共和党知事を共和党議員が圧倒的多数を占める議会の下で、極めて短期間のうちに行われた。とはいえ、アーカンソーの州民は、この動きを看過していたわけではない。州議会下院が法案を可決した翌日の2023年3月3日、Sanders知事の出身校でもある州都、Little RockにあるCentral High Schoolで1000人余りの生徒が参加して、同日の午後に20分の授業放棄を行い、法案への抗議の意思を示した。なお、この抗議行動は、高校の生徒会が全米最大の黒人団体、National Association for the Advancement of Colored People (NAACP)の支部やDemocratic Socialists of America (DSA)の非公式な支部であるCentral High School Young Leftists、学内組織のGay-Straight Allianceなどと協力して実施されたものだ。
また、Central High Schoolの生徒は、知事に対して公開書簡を送付した。LEARNS Actの複数の条項に関して、具体的な問題点を指摘。スクールチョイスについても、同校に提供されてきた州の資金が私立学校に振り向けられることなどの問題点としてあげた。なお、この公開書簡は、Action Networkという署名サイトにも掲載されており、1799人の賛同署名が集まったことが示されている。公開書簡には、作成に関わった複数の高校生の氏名が記載されていることに加え、Little Rock Central High School Young Leftistsが”Sponsor”したものであることが示されている。上記のように、Young LeftistsはDSAの非公式の支部であり、DSAの活動の広がりを示唆しているといえよう。なお、DSAは、11月4日のニューヨーク市長選挙で当選した、Zohran Mamdaniが所属していることで注目を集めているNPOである。
LEARNS Actへの批判や懸念は、州議会からもでた。Sanders知事による法案への署名を報じた2023年3月8日発信の”Arkansas governor signs wide-ranging education bill into law”と題する地元紙Arkansas Advocateの記事の中で、民主党の上院院内総務のTippi McCullough議員は、対象者や人数の制限を設けないスクールチョイスに懸念を表明。一方、知事は「競争は卓越を生む」として、子どもが学ぶ先を保護者が決定することで、教育機関間の競争が促進され、より良い教育が達成されるという見通しを示した。さらに、トランプ政権の教育長官、Linda McMahonは、8月にアーカンソー州を訪問した際、EFAを称賛したうえで、スクールチョイスを全米レベルで推進していく考えを表明した。とはいえ、財源の確保しなければ政策は進まない。Sanders知事やMcMahon長官が、この問題を突破できるのか。あるいは、「競争は卓越を生む」のではなく、スクールチョイスの反対派が主張するように、教育格差を拡大させていくのか。今後の動きを見極めていく必要がある。
なお、上記のLEARNS Actを批判して知事に提出された”Little Rock Central High Students, Alumni, Teachers, and Parents Stand Against Governor Sanders' Invocation of Our School”と題する公開書簡は、以下から見ることができる。
https://actionnetwork.org/forms/little-rock-central-high-students-alumni-teachers-and-parents-stand-against-governor-sanders-invocation-of-our-school?source=direct_link&
知事選や市長選で民主党が共和党に圧勝、出口調査で明らかになった女性票の重要性
2025年11月5日
第2次トランプ政権への最初の大きな審判になるといわれた11月4日投開票の選挙で、民主党が共和党を圧倒した。選挙の争点は、物価高にともなう経済政策が中心であり、共和党が重視したトランプ政権による移民対策やLGBTQ+や人工妊娠中絶などに関する政策への関心が低かったことが要因といわれている。しかし、高い関心を集めたふたつの州の知事選挙とニューヨーク市の市長選挙、カリフォルニア州の投票50に関する出口調査を通じて有権者の属性との関係を見ると、女性票の果たした役割が極めて大きかったことが明らかになった。なお、提案50は、トランプ政権の要請を受けたテキサス州が共和党に5議席増えるように連邦下院議員の選挙区の区割りを行ったことに対抗するため、カリフォルニア州議会と知事が同州の民主党の議席を同数増やすために行った提案である。
11月4日の選挙で全米的な関心を集めたのは、バージニア州とニュージャージー州の知事選挙、ニューヨークの市長選挙、カリフォルニア州の提案だ。ただし、これら以外にも、連邦レベルでは、テキサス州で下院議員の補欠選挙が1件行われた。また、州レベルでは、バージニア州では副知事や司法長官の選出、ペンシルベニア州で州最高裁判事3名の審査が実施されたのをはじめ、複数の州で公職者の選挙が相次いだ。また、全米の100大都市のうち、14の市で市長選挙が実施され、新たな市長が決まった。さらに、各地で市会議員や教育委員などが選ばれた他、住民投票が実施された州などもあった。
大手のメディアは、これらの選挙のうち、バージニア州とニュージャージー州の知事選挙とニューヨーク市長選挙、カリフォルニア州の提案50について、出口調査を実施、その結果を公表している。本題に入る前に、出口調査のデータから女性票の役割を検討する前提として、それぞれの選挙と住民投票の結果を見ると以下のようになる。なお、数字は、得票率だが、中間集計で確定値ではない。
・バージニア州知事選挙
Abigail Spanberger(民主党)57.2% Winsome Earle(共和党)42.6%
・ニュージャージー州の知事選挙
Mikie Sherrill(民主党)56.3% Jack Ciattarelli(共和党)43.1%
・ニューヨーク市長選挙
Zohran Mamdani(民主党)50.4% Andrew Cuomo(無所属)41.6%
・カリフォルニア州の提案50
賛成 63.9% 反対 36.1%
アメリカのメディアが実施した出口調査のうち、本稿では、ケーブルニュースネットワークのCNNが実施した出口調査の結果を用いて、11月4日の選挙の争点や女性票の役割などについて検討していく。なお、この出口調査は、10月22日から11月4日までの間に、ニューヨーク市では3700人、バージニアなど3州ではそれぞれ4000人を対象に実施された。対象者の決定に当たっては、住民のデモグラフィーなどを考慮した、いわゆる代表標本となっている。また、調査自体は、SSRSという調査会社にABCやFOX、APなどの他社とともに委託された。
選挙の争点を探る質問として出口調査では、「最も重要な問題」を尋ねている。この問いについて、それぞれの州や市では、以下のような割合で回答がなされた。
・バージニア州 移民11%、犯罪5%、経済48%、医療21%、教育11%
・ニュージャージー州 移民7%、犯罪3%、経済32%、医療16%、税金35%
・カリフォルニア州 移民18%、犯罪11%、経済46%、医療16%、気候変動8%
・ニューヨーク市 移民9%、犯罪22%、経済55%、医療7%、交通1%
選択肢が同一ではないので、厳密な比較は困難だが、ニュージャージー州以外は、「経済」が最も高い割合を示している。同州も「経済」と「税金」を合わせると67%に及ぶ。「医療」も医療費や保険の掛け金に関連すると考えられ、あらかじめ選択肢が提示されていたとしても、生活費に関連する項目への関心が極めて高い。一方、トランプ政権や共和党が重視したといわれる「移民」は、最も高いカリフォルニアでも18%に止まり、最も低いニュージャージー州では7%にすぎない。また、トランプ政権や共和党は、しばしば「移民」と「犯罪」を関連させて論じている。しかし、「犯罪」を重視した回答者はニューヨーク市では20%を超えたものの、バージニアとニュージャージーでは一桁にすぎない。
トランプ政権や共和党が重視したLGBTQ+や人工妊娠中絶の問題についてはどうだったのだろうか。バージニア州とニュージャージー州では、「トランスジェンダー権利への社会の捉え方」を聞いている。前者は、「行き過ぎ」が50%に上り、「行き過ぎてはいない」の24%と「概ね妥当」の21%を合わせた割合を上回った。ただし、「行き過ぎ」と回答した人のうち、23%は民主党候補に投票している。後者は、「行き過ぎ」が45%なのに対して、「行き過ぎてはいない」の25%と「概ね妥当」の26%を合わせた割合の方が高かった。なお、人工妊娠中絶についてバージニア州で尋ねているが「合法」が61%なのに対して、「非合法」は35%に止まり、「合法」の82%は、民主党候補に一票を投じた。なお、カリフォルニア州とニューヨーク市の調査では、いずれの質問も盛り込まれていない。
Rutgers, The State University of New Jersey のCenter for American Women and Politics (CAWP)のNumber of Eligible Adult Population Who Reported Votingというデータによれば、2024年時点における登録有権者は、女性が8150万人なのに対して、男性は7280万人にすぎない。このため、選挙の投票者を男女別に見ると、通常、女性の割合が高い。今回の選挙における女性の割合は、バージニア州とニュージャージー州で52%、カリフォルニア州では50%だったが、ニューヨーク市では55%にのぼった。それぞれの州と市における女性の投票行動を党派別に見てみると、民主党候補に投票した女性は、バージニア州で65%、ニュージャージー州で62%にのぼった。カリフォルニア州でも、女性の66%が提案50に賛成票を投じた。ニューヨーク市では、民主党系の候補がふたり立候補したが、勝利を収めたZohran Mamdaniを支持した女性は50%に止まったものの、上記のように投票者の割合が男性より10ポイントも高い。以上から、女性票が投票結果に決定的な役割を演じたことがわかる。
出口調査は、投票結果の背景や女性票の多くがなぜ民主党に流れたのかなどについては、論じていない。これらの点について本稿で詳細に検討することはしない。しかし、出口調査の結果を見ると、男性に比べると女性は、地域経済や家計の状況をネガティブに感じている傾向が強い。例えば、バージニア州で出口調査では、州経済の状況が「よくない・悪い」と回答した男性は29%だが、女性は48%に上っている。また、家計が「悪化している」と感じている男性は18%だが、女性は27%と10ポイント近い差がある。こうしたネガティブな回答者に占める民主党候補への投票は、女性の方が男性より10ポイント前後高くなっている。こうした経済的に困難な状況が、女性の投票行動に影響を与えた要因の一つと考えられる。それは、経済格差が女性に大きな影響を与えているとともに、その状況を選挙によって変えていこうとする意志の表れともいえるのではないだろうか。
なお、11月4日の選挙について検討する際に利用したCNNの出口調査の結果は、以下から見ることができる。
https://edition.cnn.com/election/2025/exit-polls/virginia/general/governor/0
11月4日に全米各地で選挙、注目はカリフォルニアとニューヨーク以外にも
2025年10月27日
アメリカの選挙というと、誰もが4年に一度の大統領選挙を思い浮かべるだろう。大統領選挙の中間の年に実施される、中間選挙も、アメリカの政治動向を見定めるうえで重要だ。大統領選挙は昨年実施され、中間選挙は来年である。このため、今年は「選挙のない年」というイメージが強いようだ。しかし、連邦下院議員の選挙区の区割りの実施の可否を問うカリフォルニア州の住民投票やニューヨークで「社会主義者」の市長の誕生の可能性などは、日本の大手メディアも相次いで報道している。このふたつの選挙だけではない。全米各地で多数の選挙や住民投票が実施され、その結果は「トランプ政権への審判」ともいえるとの観点から、11月4日の選挙について検討していくことにした。
11月4日に何らかの選挙が実施される州は、全米50州のうち31州にのぼる。一口に選挙といっても、日本のように首長や議員を選ぶだけではない。例えば、11月4日に二つの州で知事などの選出が行われる。そのひとつNew Jerseyでは知事と副知事、もうひとつのVirginiaでは知事と副知事に加えて司法長官も州民が一票を投じることで決まる。なお、New Jerseyの現職はともに民主党、Virginiaは3人とも共和党だ。現状では、両州とも民主党がやや有利と見られているが、仮に民主党が二つの州を押さえれば、トランプ政権にとっては来年の中間選挙への信号が「黄色」になるといえよう。
カリフォルニア州で全米的な関心を集めているのは、Proposition 50だ。8月に共和党主導でテキサス州が実施した区割り変更に対抗し、民主党知事と同党が多数を占める州議会が制定した、連邦下院選挙における州の選挙区割りの変更を行う措置である。いわゆるゲリーマンダリングの一種ともいえるが、この提案が通過すれば、カリフォルニア州選出の連邦下院議員は5人増えると見込まれている。テキサス州の区割り変更による共和党議員の議席5増に対応する数字である。なお、連邦下院議員の区割りは、州政府が決めることができる。ただし、州によって決定方法が異なり、テキサス州では議会が法案を通過させ、知事が署名を行えばよい。一方、カリフォルニア州は、議会と知事だけでは成立せず、住民投票に付す必要がある。
Proposition 50が関心を集めているのは、膨大な資金が投入された金権選挙ならぬ、金権住民投票の様相を呈しているためだ。ただし、これ以前の住民提案も金権投票の様相がなかったわけではない。選挙資金のデータを収集、公開しているCalifornia Secretary of Stateの一機関Cal-Accessによると、10月20日現在で、提案への賛成派が集めた資金は、1億3840万8662ドルにのぼる。一方、反対派も8041万8216ドルを集めた。両者を合わせると2億2000万ドル、現在の為替レートに換算すると330億円にもなる。なお、提案への支持は労働団体の中でも強く存在しており、California Teachers Association Issues PAC とCalifornia Nurses Association、National Education Associationの3団体は、それぞれ300万ドル以上の資金提供を行った。
世論調査の結果を見ると、Proposition 50は成立する可能性が高い。10月24日に発表されたEmerson Collegeの調査では、賛成57%、反対37%と20ポイントもの差がある。なお、残りの6%は態度を決めていない。これらの数字は、1カ月前と比べると、かなりの変化が見られるという。黒人有権者は、その典型で、この1カ月で、45%に止まっていた賛成派が71%へと増えている。また、賛成票を投じる考えを示した人の中で11%は、提案自体は良くないものと考えていると回答。選挙区の区割りを政治的な意向で決めることへの違和感と、テキサス州の措置に対抗する必要性との間で、一部の有権者の気持ちが揺らいでいる可能性もある。なお、この調査は、投票の可能性が高いカリフォルニア州の有権者900人を対象に、10月20日と21日に実施したもので、誤差は3.19%という。
Proposition 50は、カリフォルニア州の住民提案だが、連邦下院議員の選挙区の区割り変更に関する措置だ。このため、提案の成否は、来年の中間選挙とその後の連邦下院議員選挙に影響を与えることになる。一方、ニューヨークの市長選挙は、あくまで一自治体の首長を選ぶにすぎない。また、11月4日の選挙は、民主党公認のZohran Kwame Mamdaniと無所属のAndrew Cuomo、共和党公認のCurtis Sliwaの3者による争いになる。にもかかわらず全米的な注目を集めているのは、民主党内の勢力争いが絡んでいるからだ。Cuomoは、民主党のニューヨーク州知事だったが、セクハラ疑惑で辞任、政界を引退したかに見えた。6月の民主党の予備選挙で左派のMamdaniへの期待が高まる中で、中間派と右派はCuomoを擁立。しかし、Mamdaniが圧勝したことで、11月の本選挙で再び相対することになった。
共和党のSliwaについては、少なくとも日本のメディアでは大きく取り上げていないだろう。知名度が低いと思われているからに違いない。しかし、それなりに名の知れた人物である。1979年にニューヨーク市で地下鉄や地域の防犯活動をボランティアで行う組織、Guardian AngelsというNPOを設立した。当時のEd Koch市長は、活動を批判していたが、やがて支持に転向。その後、市長に就任したRudy GiulianiやMichael Bloombergも公に賛同の意思を示していた。今回の市長選挙でも赤いベレー帽を被っているが、Guardian Angels時代のイメージを打ち出しているのだろう。
Sliwaは、1995年にRoss Perotが設立したReform Partyのニューヨーク支部に当たるReform Party of New York Stateの議長だ。第三政党として大統領選挙にも立候補したRoss Perotの時代と異なり、Reform Partyの影響力は極めて限定的といってよいだろう。なお、共和党と別の政党の幹部が共和党の公認候補として立候補することに違和感を持つ人もいるだろう。しかし、こうした事例はアメリカでは珍しいことではない。
知名度があるSliwaとはいえ、ニューヨーク市は、民主党の強固な地盤だ。今回の市長選挙でも、共和党候補が勝利する可能性は皆無に近い。実際、10月に入ってからの各種世論調査結果をRealClearPoliticsで見ても、Sliwaへの支持は最も高いAARPで19%、最も低いSuffolkでは11%にすぎない。では、元ニューヨーク州知事のCuomoへの支持はどの程度なのか。10月に入ってから最も高い数字がでたのはSuffolkの調査だが34%に止まり、Mamdaniに10ポイントの差をつけられている。最も大きな差がついているのは、FOX Newsによる調査で、MamdaniとCuomoの差は18ポイントに及ぶ。
Mamdaniは、ウガンダ生まれの34歳。2020年にニューヨーク州の下院議員選挙で初当選し、22年、24年に再選された。とはいえ、Cuomoに比べると、政治経験や知名度は大きく劣る。市長選への立候補を表明したのは、2024年10月。公約として、市バスの無償化や家賃に引き上げ規制、市内の5区に市営スーパーの開店、2030年までに最低賃金を時給30ドルへ引き上げるなどを打ち出した。こうした社会主義的といわれる政策とともに、宗教的にはムスリムであることなどが、トランプや共和党、そして民主党内からも批判の材料にされた。しかし、Mamdaniへの支持は依然として強く、上記のように、勝利はほぼ確実な情勢だ。
なぜ、同じ政党の民主党内からも批判がでたのか。Cuomo は民主党の主流派といえる。これに対して、MamdaniはBernie Sandersやニューヨークから選出されている連邦下院議員のAlexandria Ocasio-Cortezなど、左派の支援を受けている。換言すれば、Mamdaniへの期待の高まりは、民主党の主流派の政策への批判、さらには否定につながる可能性を秘めているのである。この状況について、ニューヨーク市特有の現象という声も聞かれる。しかし、ミネソタ州ミネアポリスでも民主党の現職Jacob Freyに、州上院議員で左派のOmar Fatehが挑む構造が生まれている。10月25日発信のThe Minnesota Star Tribuneの” What’s the state of play in the Minneapolis mayoral election?” というタイトルの記事によれば、8月の世論調査ではFreyの41%に対して、Fatehは28%と大きな差がある。
しかし、Fatehと他の民主党系候補は、3者連合を結成しており、FreyとFatehの実質的には差は、それほど大きなものではないという見方もある。なぜなら、ミネアポリスではranked-choice voting (RCV)を採用しているからだ。RCVとは、有権者が候補者を「1位、2位、3位…」と順位づけして投票する方法である。このため、下位の候補の得票が2位に加わることも出てくる。その結果、有権者が希望の候補をひとりだけしか選べない選挙と異なる結果が生じることもあるのだ。
もちろん、順位付けは投票者が行う以上、候補者間の連携が自動的に効果を発揮するわけではない。とはいえ、こうした連携も含め、既存の民主党の主流派の政策への反発が強まっており、それがどこまで選挙に反映されるのか。カリフォルニアのProposition 50がトランプと民主党の直接対決であるとすれば、ニューヨークやミネアポリスの市長選は民主党内の路線転換を促す動きにつながっている可能性がある。もちろん、こうした新たな動きは、ここで紹介した3つの選挙だけに示されているわけではない。Democratic Socialist of America (DSA)のような左派の支持を受けているMamdaniやFatehに見られる、現状を変えようとする全米各地の動きが現実化するかどうか、11月4日の結果をしっかりと見極めていきたい。
なお、Proposition 50への賛成・反対両派の資金提供状況は、以下から見ることができる。
ニュージャージー州によるPFAS訴訟、汚染の背後にある原爆製造との関係に新たな視点
2025年8月11日
アメリカ東部のニュージャージー州政府と化学メーカーの大手DuPontなどの企業は8月4日、同州内4カ所における長年のPFASなどの汚染に関する裁判で、企業側が総額20億ドルを支払うことで和解が成立した、と州政府が発表した。PFAS訴訟は、今世紀に入ってから全米各地で相次いでいる。ニュージャージー州では、今回の和解を含め、過去3年間にあわせて30億ドルに上る汚染除去などの費用を企業側に負担させる成果を引き出した。一連の訴訟は、州政府による環境汚染企業への対応の厳しさを示しただけではない。PFASは元々、原爆に必要なウラン濃縮に用いる物質として、1940年代にニュージャージー州で開発、大量生産が開始された。軍事秘密として始まった製造が、その後、民生向けに転用されていった中で、長期間、危険性が隠蔽されてきたとして、PFASの問題には新たな視点からの検討の必要性が指摘されている。
PFASは、Per- and Polyfluoroalkyl Substancesの略称で、主に炭素とフッ素からなる化学物質の総称である。統一的な定義はなく、分類の仕方によって数は異なるものの、連邦政府のNational Center for Biotechnology Informationの”Guidance on PFAS Exposure, Testing, and Clinical Follow-Up”という資料によると、1万2000種類以上も存在している。いずれも安定性の高い炭素-フッ素結合を持ち、加水分解、光分解、微生物分解及び代謝に対して耐性をもつ。撥水・撥油性、熱・化学的安定性などの物性を示すものもある。溶剤、界面活性剤、繊維・革・紙・プラスチック等の表面処理剤、イオン交換膜、潤滑剤、泡消火薬剤、半導体原料、フッ素ポリマー加工助剤など、用途は幅広い。一方、この物性により、自然界でほぼ分解されず、人体や環境中に長く残る。Forever Chemicals(永遠の化学物質)と呼ばれるのは、そのためだ。ガンを含め、さまざまな健康被害が生じうるとして、国際的に規制やリスク管理の対象になっている。
8月4日にDuPontなどと和解した訴訟を含め、過去3年間にニュージャージー州が汚染企業と浄化費用の支払などで合意した裁判は、いずれも州政府が環境対策のNew Dayと呼んだ、Natural Resource Damages (NRD) litigation programの一環として、2019年以降に州の環境保護省(DEP)によって起こされた。その名の通り、水をはじめとした天然資源への被害に対する訴訟である。浄化などを求められた化学物質の中心は、PFASだ。訴えの根拠として用いられたのは、州のWater Pollution Control ActとSpill Compensation and Control Act、汚染に関連した不法行為法である。なお、DEPは、裁判に先立ち、DuPontや3M、Solvay、その他の企業に、地域の飲料地下水資源を含む、天然資源の汚染からの回復に対応するように求めるDirective(指示)を発令していた。
訴訟の相手は、DuPontの他、Chemours、3Mなどの企業だ。ただし、被告として挙げた企業名は、公式かつフルネームとは限らない。例えば、DuPontは、工場など4ヵ所における汚染が問題にされたが、そのひとつSalem CountyにあるChambers Worksの所有者は、E.I. DuPont de Nemours and Co. (現在の社名はEIDP, Inc.) というDuPontの関連企業だ。こうした関連企業は、それぞれの企業名ではなく、一括して一般的に知られている会社名で記述した。DuPontと3Mは、大手の企業として日本でも知名度が高いので、説明は省く。Solvayは、ベルギーに本社を置く化学メーカーで、アメリカでは19世紀末から事業を展開。Chemoursは、2015年にDuPontのパフォーマンスケミカル部門を分離して、設立された企業で、テフロンなどの製造で知られている。
それぞれの訴訟については、和解に至った順に、その概要を以下に示しておく。
表)DEPによるPFAS訴訟の和解の概要
企業名 和解の年月日 和解内容
Solvay 2023年6月28日 飲料水からPFASを除去するための水道設備の改善や汚染地域の回復 などに3億9300万ドルの支払い
Arkema 2024年5月6日 PFASの天然資源汚染と回復事業資金として、3395万ドルの支払い
3M 2025年5月13日 州全域のPFASによる水質汚染などに対する4億5000万ドルの支払い
Dupont 2025年8月4日 州内の4カ所の工場などから流出したPFASの汚染除去や懲罰、 関連企業が倒産して除去作業ができなくなった場合の基金など20 億ドルの支払い
(出典)DEPの資料などから筆者作成
PFAS汚染が問題になったDuPontの工場などが立地している地域における製造業の起源は、19世紀後半から20世紀初頭に遡る。このうちMiddlesex CountyとSalem Countyの工場は、現在も立ち上げ当時から同じ場所で操業を行っている。その後にオープンした工場も含め、4ヵ所の工場から、揮発性有機化合物や鉛や水銀などの金属が周辺の河川や湖沼、地下水、土壌、堆積物、湿地などに流れ込んでいった。このように、DuPontによる天然資源への汚染は、PFASの開発以前から他の有毒物資の排出によって続けられてきた。上述したDEPによる訴訟の主眼はPFASだが、こうした歴史的経緯から、「複合汚染」が広がっていったといえよう。
1942年に始まったマンハッタン計画における原爆製造は、ニューメキシコ州のLos Alamosで行われ、そこから南に200マイルほど離れたTrinity Siteで史上初の原爆の爆発実験が行われたと考えている人が多いだろう。この認識は間違いではないが、十分とはいえない。Los Alamosでは、原爆の本体が製造されたものの、核分裂物資のウラニウムとプルトニウムの濃縮作業は別の地域で行われていた。ウラニウムの多くは、ベルギー領だったコンゴで産出された後、アメリカに輸送され、ニューヨークのStaten Islandに保管された。しかし、海外に依存することへの懸念から、コロラド州Uravanや先住民の居留地のNavajo NationやLakota Nationで採掘が行われ、採掘に当たった先住民が被曝した。
天然のウラニウムは、そのまま原爆に用いることはできない。核兵器用プルトニウムはプルトニウム239の濃度が94%以上、ウランはウラン235の濃縮度が90%以上といわれているように、濃縮作業が必要だ。このため、テネシー州のOak Ridgeで、広島に投下された原爆に用いられたウラニウムの濃縮が行われた。一方、長崎の原爆にはプルトニウムが用いられており、ワシントン州のHanfordで、ウラニウムから生産された。しかし、濃縮作業において、大きな問題が立ちはだかった。ウラン濃縮には「六フッ化ウラン」という非常に腐食性の高い化学物質が使用されるが、当時存在した物質では腐食を封じ込めることができなかった。このため、高い腐食性に耐えられる素材が必要となり、炭素とフッ素を組み合わせた物質だけが耐えられることが判明した。こうして背景のもとに製造されたのが、PFASだったのである。
1945年8月6日(アメリカ時間)、当時の大統領Harry S. Trumanは、広島への原爆投下に関する声明を発表した。その中で、原爆がTNT火薬2万トン以上の威力を持つことなどを述べた後、マンハッタン計画という言葉は用いていないものの、原爆開発の経緯を説明。さらに、開発に当たった科学者や現場の労働者について、最盛期には12万5000人が働いていたことを明らかにした。これに対して、核兵器など科学分野の歴史家Alex Wellersteinは、”How many people worked on the Manhattan Project?”と題する一文の中で、最盛期の就労者数を取り上げると、誤解を招きかねないと指摘している。なぜなら、マンハッタン計画に従事した人が全体でどれだけに上るのか不明瞭だからだという。Wellersteinによれば、マンハッタン計画で雇われた労働者は50万人と推計される。そして、ウラニウムやプルトニウムの濃縮に携わったOak RidgeとHanfordで、極めて高い離職率が見られるという。
Wellersteinは、職種別の就労者数の変化も示している。それによると、マンハッタン計画が本格化した1943年に、建設関係の就労者が急増。1944年3月に9万人弱となり、ピークを迎えた。その後、大幅に減少、45年末には1000人を割り込んだ。一方、濃縮施設の運営や研究に携わる人々は作業の進展に伴い、1943年末から急増し、45年半ばまで増加、7万人目前になった後、減少に転じていった。Wellersteinは、建設関係の就労者だけだが、離職の理由を確認している。それによると、月間の離職率は、Hanfordで20%、Oak Ridgeでも17%と極めて高い。建設事業が終了したことの影響も大きいものの、退職と解雇の割合はHanfordで3対1、Oak Ridgeでも1.3対1だった。Hanfordの退職理由は、26%が病気、13%が労働条件の悪さ、7%が生活環境の悪さをあげた。なお、Oak Ridgeについては、具体的な数字は示されていない。
前述の原爆投下直後のTrumanの声明には、「現場の労働者は、歴史上最大の破壊力を生み出すために使用される材料を製造してきたが、彼らの安全には細心の注意が払われているため、彼ら自身は他の多くの職業を超えて危険にさらされていない」という記述がある。Wellersteinが指摘したHanfordの退職理由にある病気や労働条件の悪さの具体的な内容は不明だが、労働者の「安全には細心の注意」が払われてきたというTrumanの言葉の信ぴょう性に疑問を抱かざるをえない。調査報道記者のMariah Blakeが8月8日に放映したNPOの放送局DemocracyNow!の“They Poisoned the World”: The Corporate Cover-Up & Fightback Against PFAS, “Forever Chemicals”インタビューを聞くと、この疑問は、疑念に変わるといっても過言ではない。
Blakeは、マンハッタン計画に基づくウラニウムなどの濃縮に用いるPFAS製造がニュージャージー州のDuPontの工場で行われたことを指摘。そのうえで、DemocracyNow!のインタビューで、DuPontの工場で働いていた労働者について「呼吸困難や化学熱傷による入院が絶えなかった」と指摘。また、マンハッタン計画の検査官は、DuPontの監督者に対して、PFAS製造工場における「病気や怪我が工場内に不安が広げ、その不安が他のDuPont工場の労働者に波及」することで、他の工場からPFAS製造工場に配属させられる労働者は「悪魔の島に追放される」ような印象を持つようになっている、と警告を発していたという。
PFASの危険性に伴う問題は、労働者にだけ降りかかったわけではない。Blakeによれば、1943年頃、ニュージャージー州のDuPontのPFAS工場の風下の地域の農場で、ピーチが赤く焼けたようになってしまったり、牛が立ち上がれなくなるなどの症状がでたことが報告された。また、農家の人々の中には、育てた作物を食べて体調を崩す人も現れたという。こうした状況に直面したマンハッタン計画の担当者は、PFASの影響を農家が問題視し、訴訟に訴えれば、原爆製造に影響を与えることを懸念、1943年に秘密裏にPFASによる人体や環境への影響の調査を実施した。このことは、マンハッタン計画の担当者は、PFASに安全性の問題があることを認識していたことを示しているといえよう。Blakeは、1947年にはマンハッタン計画の内部でPFASが強い毒性を持ち、人体の血液中に蓄積されていることを把握していたと指摘している。
その後、PFASを製造していたDuPontや3Mは、独自に安全性に関する調査を実施、危険性を把握していた。しかし、製造、販売を継続。その結果、環境保護団体のNRDC (Natural Resources Defense Council)によれば、PFAS汚染に関する飲料水の調査対象となった2億8000万人分のうち1億3600万人は、汚染水を飲料として利用していることが明らかになった。また、PFASによる汚染で健康に危険なレベルの影響を受けている人は7300万人にのぼるという。こうした極めて深刻な状況は、戦時下の原爆開発に伴う極秘の研究として始まり、その後も危険性が隠蔽されてきた結果といえる。
ニュージャージー州の訴訟による汚染企業への浄化責任を問う姿勢は大切だ。しかし、訴訟を起こした州政府の関係者からは、PFASと原爆の関係やその関係が現在にまで及ぼしている影響について言及しようとしていない。原爆投下による多数の死者や放射能被曝の問題を指摘し続けなければならないこと当然だ。しかし、本稿では触れることができなかった濃縮施設建設に伴う住民の立ち退き、ウラニウム採掘で被爆した労働者、そしてPFASの開発における健康被害のような「知られざる問題」についても、「歴史から学ぶ」意識が求められているのではないだろうか。
なお、調査報道記者のMariah Blakeにインタビューを行った、DemocracyNow!の番組は、以下から見ることができる。また、文中に「和解」と表記しているが、州政府と企業が合意したことを意味している。直近の事例は、州民のコメント(パブコメ)により修正される可能性がある。
https://www.democracynow.org/2025/8/8/forever_chemicals
連邦議会が歳出撤回法案を可決、公共放送の事業・運営への打撃に懸念や批判相次ぐ
2025年7月20日
連邦議会は7月17日、Rescissions Act of 2025を可決、トランプ大統領に送付した。この法案は、大統領の要請に基づき、すでに議会が承認していた連邦政府の歳出の一部を撤回するための措置で、署名は確実とみられる。撤回される歳出は、約94億ドルにのぼる。承認時に主な歳出先とされたのは、対外援助や公共放送などに関する機関だ。対外援助については、トランプ政権が発足した今年1月から議論になっていた。公共放送については、5月に発出された大統領令を受けて、連邦議会の上下両院が審議を開始。各地のテレビ局とラジオ局への補助金の原資となってきた歳出が撤回されれば、農村や先住民などのマイノリティの社会に大きな影響が出るのは必至とみられ、局の運営団体や地域住民などから懸念や反発の声が広がっている。
歳出撤回の対象となった公共放送の運営団体は、Corporation for Public Broadcasting (CPB)。ジョンソン政権下の連邦議会が1967年に制定した、Public Broadcasting Actに基づき設立された団体だ。Corporationという単語がついているものの、企業ではなく、NPO(501c3団体)である。また、Public Broadcastingの前にforがついていることが示唆しているように、CPBは、自らテレビ局や放送局などをもち、番組制作を行う団体ではない。各地のテレビ局やラジオ局に補助金を提供することが主な役割で、いわば公共放送機関への助成財団的な存在だ。CPBのウェブサイトの資料によると、補助金を受給しているテレビ局は 158 、ラジオ局は386。受給団体から他の局に補助金が提供されるため、全米で365のテレビ局と1216のラジオ局がCBPの補助金を受けていることになる。なお、テレビ局はPublic Broadcasting Service (PBS)、ラジオ局はNational Public Radio (NPR)というネットワーク組織を形成、加盟局はそれぞれ独立したNPOだが、連携して番組制作や資金調達などを行うこともある。
CPBのウェブサイトによると、2025会計年度に連邦政府から受けている資金は5億3500万ドル。その約半分に当たる2億6700万ドルはPBS傘下のテレビ局、8300万ドルはNPRのラジオ局に提供される。また、テレビ局やラジオ局の製作費への補助金などもあり、CPBの運営費は歳出全体の5%弱の2600万ドル余りに留まる。なお、連邦政府からの資金は、2年ごとに予算編成が行われる。Rescissions Act of 2025によるCPBへの歳出削減は、10億ドルと報じられている。これに対して、上記のように2025会計年度の連邦政府資金が5億3500万ドルとあるのは、報道の数字が2年分であるのに対して、CPBの会計が単年度で示されているためだ。
第2次トランプ政権の発足後、連邦政府歳出の執行停止や撤回の動きが相次いでいる。Rescissions Act of 2025にも盛り込まれ、日本でも大きな話題となった対外援助活動を支援する連邦政府機関、United States Agency for International Development (USAID)による対外援助資金の凍結は、そのひとつだ。USAIDへの資金凍結に先立ち、トランプ大統領は就任当日の1月20日、Reevaluating And Realigning United States Foreign Aidと題する大統領令を発令。さらに、2月6日には、”Memorandum For The Heads Of Executive Department And Agencies”というタイトルの指示書を発表した。このMemorandumの中で、政府が多額の資金をNGOに提供しているものの、その多くが国家の安全保障にマイナスになる活動を行っていると批判。国益に反する活動への資金提供を停止するとして、連邦政府機関に、資金提供先のNGOへの調査を命じたのである。ただし、国益に反する活動の定義や具体例は提示されていない。
同様の動きは、CPBに対しても行われた。5月1日に発令された大統領令、”Ending Taxpayer Subsidization of Biased Media”がそれである。この大統領令でトランプは、CPB
が設立された当時と異なり、今日のメディア環境は豊富で多様、革新的なニュースオプションで満たされているとして、「ニュースメディアへの政府の資金提供は、時代遅れで不必要であるだけでなく、ジャーナリズムの独立性を損なう」と指摘。さらに、公的資金が投入されているいるにも関わらず、PBSとNPRは、公正かつ正確、公平な報道を行っていないと批判、CPBの理事会に対して、PBSと NPRへの補助金を停止するように求めている。この大統領令に先立ち、トランプは、CPBの理事5人のうち3人の解雇を要求。しかし、CPBの理事会は4月28日、大統領に解雇を求める権限はないとして、裁判に訴えていた。なお、5人の理事を党派別で見ると、共和党がふたり、民主党が三人である。議長は2018年にトランプが指名した共和党員だ。
このように、政権とCPBの対立が深まる中で、トランプは6月3日、法律上の規定に基づき、連邦議会に対して、CPBへの歳出を撤回させるように要請した。その3日後の6月6日、共和党の下院議員5人が連邦議会にRescissions Act of 2025を提出。わずか6日後に、賛成214、反対212で法案を可決した。上院では、一部の共和党議員が反対に回ったうえ、修正案が盛り込まれ、採決では50対50の賛否同数になった。しかし、上院議長を兼ねるバンス副大統領の一票によって、賛成が51となり、共和党は、法案の成立にこぎつけた。その後、上下両院で法案が一本化され、7月18日に大統領の署名を受けるため、ホワイトハウスに送付された。7月20日現在、トランプ大統領は、法案に署名していないが、要請者であることを考えれば、署名は確実とみられる。
Rescissions Act of 2025が連邦議会を通過する直前の7月14日、CPBは、”Majority of Voters Trust Public Media More than Media Overall and Highly Value Core Services and Programs”と題する世論調査結果を発表した。6月29日から7月1日にかけて、世論調査会社のPeak Insightsを通じて、全米の有権者1000人を対象にして実施された調査だ。その結果、CPBの中心的な放送事業である、PBSとNPRのニュースプログラムについては60%が高く評価。また、地域に関する番組と子ども向けの教育プログラムについては66%の回答が高評価だった。さらに、災害時の緊急情報の提供に関しては、回答者の82%が高い評価を与えていた。なお、CPBに対する連邦政府の補助金の全面削減については、53%が反対と回答。賛成は、44%に留まった。
前述のように、5月1日に発令された大統領令でトランプは、CPBを通じたNPOの公共放送機関への補助金に否定的な理由として、放送環境の変化やPBSとNPRに加盟するテレビやラジオ局の政治的偏向などをあげている。しかし、広大なアメリカでは、商業ベースのテレビやラジオ、新聞を通じた情報が十分提供できていない地域も少なくない。また、インターネットへのアクセスが困難な地域や人々もいる。CPBのPBSとNPRへの補助金の半数近くは、農村地域のテレビ局やラジオ局に対するものだ。その結果、PBSとNPRによる公共放送は、アメリカの住民の99%がアクセスできる状態を生み出している。また、CPBの世論調査によれば、政治的偏向については、回答者の3分の2(64%)は、第三者の監視機関の設置を支持しており、偏った報道について制度的な対応による改善を求めていることがわかる。
PBSとNPRは、ニュース専門の公共放送機関ではない。上記のように文化や活動を紹介するローカル番組やSesami Streetなど子ども向けを中心にした教育プログラム、さらに災害情報の提供機関としての役割も担っている。これらの番組やプログラムには、概ね3分の2程度の有権者がプラスに評価。また、公共放送の特色として、コマーシャルが入らない番組を支持する割合も高い。このような世論を意識してだろう。CPBは7月18日、プレスリリースとしてPatricia Harrison会長兼CEOの声明を発表した。Rescissions Act of 2025の連邦議会通過が「深刻かつ長期にわたるネガティブな結果をすべてのアメリカ人にもたらす」と指摘、連邦政府の資金がなければ「地方の公共ラジオ局やテレビ局が閉鎖に追い込まれる」という見通しを示した。そのうえで、「より信頼される公共放送は、連邦政府の支援と建設的な改革の継続によってのみ達成される」として、法案通過を批判した。
では、連邦政府の財政支援抜きに、アメリカの公共放送は成り立たないのだろうか。CPBによれば、PBSとNPRの歳入に占めるCPBを通じた政府資金の割合は、全体の8分の1程度の12.9%。この数字だけをみると、政府資金抜きで公共放送の継続は可能と考えるかもしれない。しかし、PBSとNPRに加盟している1500余りの放送局は、それぞれ独立したNPOで、経営状況は多様だ。例えば、先住民のコミュニティ向け59のラジオ局と3つのテレビ局をネットワークしているNative Public Media(本部:Flagstaff, Arizona)の会長兼CEOのLoris Taylorは、団体のウェブサイトに掲載した”When a Station Goes Dark, We Lose”と題する声明文の中で、傘下の局は、片田舎の経済的に恵まれない地域にあり、新聞や商業テレビ局の電波が届かない150万の人々向けに放送を提供していると主張。連邦政府によるCPBへの歳出が撤回されれば、公共放送の中でも最初にネガティブな影響を被ることになると述べている。
CPBの元本部職員が運営しているSemiPublicという公共放送に関する情報サイトは、トランプの大統領令、”Ending Taxpayer Subsidization of Biased Media”が公布された直後の5月9日に掲載した”Here Are the Public Media Stations Most at Risk”というタイトルの記事において、CPBからの補助金への依存度高い公共放送団体10カ所を提示している。2023年会計年度のデータに基づいて作成されたもので、トップのKCUW(本部:Pendleton, Oregon)の依存度は98%にのぼる。次いで、KUHB(同:St. Paul, Alaska)の97%、KSHI(同:Zuni Pueblo, New Mexico)の95%、KNSA(同:Unalakleet, Arkansas)の91%、KSDP(同:Sand Point, Arkansas)の87%となっている。SemiPublicによると、これらを含むトップ10の視聴者や聴取者の大半は先住民や黒人だという。すなわち、CPBへの歳出撤回は、こうした情報弱者にとって必須な情報源を奪い取ることに他ならない。
Rescissions Act of 2025の採決において、共和党からふたりの上院議員が反対票を投じた。そのうちのひとり、アラスカ州選出のLisa Murkowski議員は、法案の採決直後に”Murkowski Speaks Out on Rescission Package”と題する声明を発表。反対票を投じた理由として、「地元のラジオ局は、アラスカをはじめとした全米で重要なニュース、災害情報や教育番組を提供している」と指摘。とりわけ採決前日の7月16日にアラスカを襲ったマグニチュード7.3の地震を例に挙げ、災害情報の提供を行うラジオ局の役割の重要性を訴えた。
地球温暖化の影響もあり、世界各地で大規模な災害が発生し、その被害はアメリカ国内にも及んでいる。7月初めにテキサス州を襲った豪雨と100名を超える死者は、その一例だ。公共放送の情報提供は、災害の被害を防止することにつながる。地域情報を発信する公共放送への財政的なダメージは、人々の財産と生命を危険にさらしていくのではないだろうか。なお、上述の”Majority of Voters Trust Public Media More than Media Overall and Highly Value Core Services and Programs”と題する、CPBが実施した世論調査の結果は、以下から見ることができる。
https://cpb.org/pressroom/New-National-Poll-Majority-Voters-Trust-Public-Media-More-Media-Overall-and-Highly-Value
保守系の法律団体がドジャースのDEI政策の調査を連邦政府に申し立て、球団の移民政策への報復との声も
2025年7月5日
トランプ政権の高官が関わっている保守系の法律団体は6月30日、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースと球団のオーナーが経営している投資会社のDEI政策が連邦法に違反しているとして、連邦政府のEqual Employment Opportunity Commission (EEOC)に調査の申し立てを行った。EEOCは、調査の結果、違法と判断した場合、裁判所に訴える可能性がある。ドジャースは、メジャーリーグの中でもDEIの推進に積極的といわれ、ブルックリン・ドジャース時代の1947年に全米最初のメジャーリーガーとなったJackie Robinsonを迎え入れたことでも知られている。現在、ドジャース・ファンの多くはアジア系やヒスパニック系、黒人などのマイノリティで、今年6月に連邦政府のImmigration and Customs Enforcement (ICE)が球場に移民の手入れに来た際に、立ち入りを拒否、トランプ政権から反発を招いていた。こうした経緯から、移民の権利擁護団体などからは、政権による「報復」だとして、批判の声が上がっている。
EEOCに訴えを起こしたのは、首都ワシントンにある非営利の法律団体American First Legal Foundation (AFLF)。日本のNPOの活動計算書に相当する財務当局に提出する書類Form 990の直近の2023年度版によると、団体の設立は2021年。訴訟などを通じて保守的運動を進めることをミッションに掲げている。2022年会計年度の歳入は4440万ドルだったが、23年会計年度には965万ドルへの大幅に減少。2023年時点の団体の代表は、Stephen Millerで、会長兼事務局長として2023会計年度に22万3423ドルの報酬を受け取っていた。なお、AFLFが20万ドルを超える報酬を支払っていた理事や役員は、Miller以外に4人おり、最も多額の報酬を受けていたのは、VP (Vice President)、General Counsel、Secretaryの3役を担う職員で、29万218ドルだった。AFLFの創設者でもあるStephen Millerは、現在White House Deputy Chief of Staffで、トランプ政権の移民政策立案の中心人物といわれている。
EEOCは通常、雇用差別を受けたと感じた労働者から訴えを受理した後、調査を行う。Title VII of the Civil Rights Act of 1964(公民権法第七編)などによる訴えは、直接裁判所ではなく、EEOCに起こさなければならない。労働者の訴えに根拠があるとみなした場合、EEOCは、和解を通じて解決を図る。しかし、調査などで一定期間経過した場合、労働者は、訴訟を起こすことができる。EEOCも自ら裁判に訴えることができるが、例外的だ。いわゆるCommissioner’s Chargeと呼ばれるもので、EEOCの資料によれば2020年度と21年度は、わずか3件ずつにすぎなかった。2022年度から急増し、23年度には33件になっている。しかし、2023会計年度に8万1005件もの訴えがあったことを考えると、ごく一部にすぎない。なお、Commissioner’s Chargeは、Field Officerと呼ばれるEEOCの調査員からの訴えを受けた場合と個人や団体からの申し立てを受けた場合に、Commissionerと呼ばれるEEOCの運営責任者の判断で実施される。今回のAFLFの例は、後者に当たる。
公民権法第七編違反として、AFLFが訴えたのは、メジャーリーグの球団としてのドジャースと球団のオーナーのMark WalterがCEOを務める投資会社、Guggenheim Partners (GP)の2社だ。GPは、グローバルな投資会社で、資産は3450億ドルにのぼる。なお、ドジャースについては、球団の職員に関するDEI政策を問題視したもので、プレーヤーについてではない。公民権法第七編は、人種、肌の色、宗教、性別、出身地を理由に雇用上の差別を禁止している。DEIは、Diversity, Equity and Inclusionの頭文字をとった略語で、人種や性別、民族、年齢、宗教、信条、出身地、性的志向、ジェンダー・アイデンティティなど幅広い観点から多様性と公平性、包括性をカバーする概念だ。ドジャースとGPは、それぞれのウェブサイトに記載しており、DEI重視の姿勢がうかがわれる。
ドジャースは、DEI関連のウェブサイトにBusiness Resource Groupsについて紹介しているが、AFLFはDEIの具体例として申立書で批判している。特定の属性を持った従業員が集まり、社内や地域で、それぞれに応じた活動を進めているグループだ。ドジャースのウェブサイトによれば、グループは8つ。人種や民族、ジェンダーなどの属性に基づくグループには、Asian Professionals(アジア系)、Black Action Network(黒人)、SOMOS LA(ヒスパニック系)、Women’s Opportunity Network(女性)がある。この他、元選手を支援するためのAthletes2Executives、共働きの家族向けのFamily Advocate Networkなども作られている。AFLFは、EEOCへの申し立ての中で、「すべての従業員に開かれているように見える」としつつも、その一部が「人種や肌の色、性別、出身地に基づき雇用上のベネフィットが提供されているようだ」として、批判している。
球団のコアとなる選手の獲得の面でも、ドジャースはDEIを先駆的に進めてきた。その典型例としてあげられるのは、Jackie Robinsonだ。毎年4月15日にまじゃーリーガーが背番号42をつけてプレーを行う、Jackie Robinson Dayは、彼の功績を記念したイベントだ。メジャーリーグ史上最初の黒人選手、Robinsonは、1945年に入団した黒人リーグのKansas City Monarchsから、1947年にドジャースのマイナーチームのMontreal Royalsをへて、ドジャースに加入した。しかし、この加入は、ひとりの黒人選手の受入れというだけではなかった。1942年に陸軍に徴兵されたRobinsonは、カンザス州で軍役につくことになった。1944年の夏、乗り込んだ軍人用のバスで、人種隔離を定めた州法に基づき、運転者から後部座席への移動を命じされたものの、これを拒否。MP (Military Police)に逮捕され、軍法会議にかけられたが、無罪になったという経歴をもつ人物だったのである。
公民権運動拡大のきっかけというと、必ず1955年のRose Parksの事件が引用される。アラバマ州モンゴメリーの公営バスの運転手が、黒人の乗客Parksに対して、白人乗客に席を譲るように命令。しかし、Parksはこれに従わず、逮捕された事件だ。Robinsonの行為は、Rose Parksと同様なものだが、時間的には10年近く前に行われていたにもかかわらず、ほとんど知られていない。なお、Rose Parksの事件は、その後、公営バスのボイコット運動に発展、さらに公民権運動が全米に拡大していくきっかけとなった。一方、Robinsonは、ドジャース入団後、公民権運動の指導者で暗殺されたMartin Luther King Jr.牧師とも親交を持ち、運動にも関わっていった。
ドジャース・ファンには、ヒスパニック系も多い。その一因としてあげられているのは、メキシコ生まれのサウスポー、Fernando Valenzuelaが1980年代に活躍したことだ。最近の大谷翔平や山本由伸をはじめとしたアジア系のプレーヤーが好成績を上げる中で、アジア諸国やアジア系のファンが増えているのと同様の現象といえる。その意味で、DEIはビジネス的にも良い結果をもたらす可能性がある。しかし、ドジャースとマイノリティの関係は常に良好であったわけではない。例えば、2024年3月、カリフォルニア州議会にエルサルバドル生まれのWendy Carrillo下院議員によりひとつの法案が提出された。Assembly Bill 1950がそれで、ドジャースがニューヨークのブルックリンからロサンゼルスに移転する際、球場と駐車場などの土地の収用が市によって強権的になされたことに対する補償を求めるものだ。土地収用は、市の主導で行われたとはいえ、球団として無関係とはいえない。なお、法案は、同年9月に知事の拒否権による未成立に終わった。
ロサンゼルスのデモグラフィーは、極めて多様だ。人種や民族に関していえば、2024年7月1日現在の人口統計局のデータによれば、市内の人口387万人のうち、白人は37.3%にすぎない。最も多いのは、ヒスパニック系(ラテン系)で47.2%を占めている。黒人は8.5%で、アジア系の12%より少ない。外国生まれの人は、35.8%と、白人とほぼ同じ割合だ。このため、マイノリティや「不法」「合法」含めた移民を無視してビジネスは成り立たない。野球も同様だ。この点を意識してかもしれない。連邦政府の移民取締機関の
Immigration and Customers Enforcement (ICE)が6月19日、ドジャース球場に手入れを行おうとした際、球団の職員がICE職員の球場への立ち入りを認めなかった。さらに、翌日、球団は、ICEによる手入れで影響を受けた移民社会の人々への支援として、100万ドルを提供する旨、表明した。
しかし、これはドジャースの自主的な判断ではなく、移民の権利擁護活動などに取り組んでいる、カリフォルニア州最大の超宗派組織の連合体、PICO Californiaなどから、6月初旬のロサンゼルスにおけるICEによる大規模な取締への抗議がなされなかったことへの批判に対応した措置という見方が強い。一方、AFLFによるEEOCへの調査申し立てについて、7月4日発信のSustainability Magazineの”Why Are the LA Dodgers Facing a Race-based DEI Complaint?”と題する記事の中で、PICO CaliforniaのChief of StaffのJared Riveraは、「ドジャースへの報復」だと述べている。しかし、その「報復」は、AFLFの創設者で、White House Deputy Chief of StaffのStephen Millerが「ドジャースとファンがモラルと権利のために立ち上がっていくことへの恐れ」に他ならないという認識を示している。
前述のように、AFLFがEEOCへの調査申し立ての根拠としている法律は、公民権法第七編だ。この法律は、黒人を中心にした公民権運動の高まりの中で、人種と肌の色は黒人、宗教やユダヤ教徒、性別は女性、そして出身地はヒスパニック系という差別を受けてきた人々を念頭におき、連邦議会が制定した。ただし、「黒人差別禁止法」のように、特定の人種への差別を禁止する措置ではなく、在米日本企業で雇用差別を受けた白人が訴訟を起こした事例があったように、白人が差別を受けた場合の救済も可能な制度として設計されていた。しかし、いま、この歴史的な経緯が無視され、白人への差別が極端なまでに強調され、多様な人々を包括した社会の形成を阻害、そして破壊しようという動きが広がっている。
その最前線に現れているのは、トランプ政権だけではない。その意向を支え、広げ、勝つプッシュしているのは、AFLFのようなNPOなのである。「人権」や「公正」といった耳当たりの良い言葉や「NPO」などの「市民性」を感じさせる組織をアプリオリに是とするのではなく、反マイノリティ、反多様性を生み出す原動力として作用している現実を見つめ、創出されようとしている公共政策の姿を監視していく必要がある。なお、”Investigation Request: Los Angeles Dodgers, LLC and Guggenheim Partners, LLC”と題するAFLFによるEEOCへの申し立ては、以下から見ることができる。
https://media.aflegal.org/wp-content/uploads/2025/07/01153234/AFL-Dodgers-Guggenheim-EEOC-Letter-1-1.pdf
有権者登録に特定の身分証明書提示義務化、トランプの大統領令と共和党の法案に賛否
2025年5月20日
2020年の大統領選挙で不正があったと主張、24年の選挙で再選を果たしたトランプは、「選挙への国民の信頼回復」を掲げた、大統領令を3月に公布した。有権者登録にパスポートなど特定の身分証明書の提示を求める内容を骨子にしたものだ。また、与党の共和党は、大統領令と同様の内容を盛り込んだ法案を連邦議会に提出。4月に下院本会議を通過させさ、現在、上院で審議されている。この動きに対して、民主党や投票権の保障を求めてきた団体は、大統領令や法案が規定する身分証明書の取得にコストや手間がかかることから、投票権の侵害につながるとして強く反発。訴訟に加え、人権団体の連名による議会指導者への反対声明の送付など、投票権を守る動きも広がるなど、賛否両論が激しく対立している。
日本では、国籍をもつ満18歳以上で、3カ月以上継続して同一の市区町村に住民登録をしている人は、選挙人名簿に氏名が登録される。そして、選挙になると市区町村から送られてくる投票案内状に記載された投票所に行けば、一票を投じることができる。しかし、アメリカでは、住民登録制度がないため、有権者登録をしなければ、投票ができない。とはいえ、選挙のたびに登録が必要なわけではない。同じ住所に居住し続けている場合は、再登録の必要はない。また、同一の州内における引っ越しであれば、オンラインや郵送で再登録が可能だ。ただし、他州に移った場合は、新たに登録が求められる。その際、提示しなければならない身分証明書の種類を含めた登録の方法、投票権が認められるための居住期間などは、州が独自に決定。なお、投票の際に提示する身分証明書の種類も、州によって異なる。
連邦レベルの選挙に関して、トランプは3月25日、”Preserving and Protecting the Integrity of American Elections”というタイトルの大統領令を公布した。選挙のIntegrity(完璧性)を維持・保護するという表現が示唆するように、大統領令は、「基本的かつ必要な選挙に関する保護ができていない」という認識に立っている。では、選挙の完璧性とはなにか。そして、それはどのようにして担保されるのか。ここで求められるのが、選挙人登録におけるアメリカ市民権、すなわち国籍保持者であることの確認である。なぜなら、トランプのいう選挙の完璧性とは、選挙制度全般が公明正大に行われることではなく、投票者に外国人が含まれていないことを意味しているからだ。このため、大統領令では、市民であることを確認するため、選挙人登録において認められる身分証明書の種類について、以下に限定するとしている。
・アメリカのパスポート
・REAL ID Act of 2005で規定された身分証明書、すなわちREAL IDのうちアメリカ市民であることが確認できるID
・軍人の身分証明書
・連邦または州政府が発行し、アメリカ市民であることを証明している写真付きのID
上記のうち、REAL ID Act of 2005のIDについては説明が必要だろう。この法律は、2001年の「同時多発テロ事件」に関連して制定された。同様の事件の再発を防ぐ意味もあり、飛行機に搭乗する際などに身分証明書の提示が求められるようになった。その際、有効と見なされるIDの種類が決められ、REAL IDと命名されたのである。しかし、REAL IDには、運転免許証やグリーンカード(永住権)なども含まれる。これらは市民権保持者であることを証明するものではない。トランプの大統領令がREAL IDのうち「アメリカ市民であることが確認できるID」という補足説明を加えているのは、そのためだ。なお、運転免許証の一種に、一部の州で発行されているEnhanced Driver’s Licenseと呼ばれるIDがある。メキシコやカナダに車で移動する際にパスポートの代わりに用いることができるもので、アメリカ国籍をもっていることの証明になる。
では、なぜ、有権者登録の際、REAL IDを含めた、上記の有権者登録に必要な証明書(以下、有権者登録用ID)を提示することに賛否が分かれるのか。IDの提示を求めることへの理念上の是非を別にすれば、有権者登録用ID をもたない人の数や属性、取得に要するコストを含めた負担に対する認識の相違が大きい。例えば、パスポートがあれば、有権者登録に支障はない。しかし、アメリカ人の半数は、学歴や所得が低い人を中心に、パスポートを所持していない。パスポートを取得するには、その種類によって130ドルから236ドル46セントが必要になる。また、パスポートの取得には、必要な書類を作成し、発行する政府機関に直接赴かなければならない。手間暇と費用がかかる、ということだ。これらは投票以前に、有権者登録を阻害する可能性があり、投票権の侵害という考えも成り立つ。
冒頭で述べたように、大統領令と同様の内容を盛り込んだ法案が連邦議会に提出され、下院本会議を通過している。4月10日に、賛成220票、反対208票で可決されたSafeguard American Voter Eligibility Act、いわゆるSAVE Actである。法案の審議で問題になったことのひとつは、有権者登録用IDをもたない既婚者の存在だ。アメリカでは、夫婦別姓が進んでいるものの、結婚後、女性の多くは男性の姓に変更する。もちろん、女性の姓を名乗ることにする男性もいる。その数、女性の場合6900万人、男性は400万人にのぼる。これらの既婚者は、夫婦が同姓でない限り、出生時に州や地方政府の機関が発行したBirth Certificate(出生証明書)に記載されている姓と異なる姓を名乗ることになる。したがって、出生時のBirth Certificateは、有権者登録用IDとして用いることができない。トランスジェンダーの人も、同様な問題が生じる可能性が高い。
では、どのようにすれば、アメリカ市民であることを示す証明書を取得できるのか。Birth Certificateの姓を変更することで、市民権が証明され、有権者登録用IDを取得できる。ただし、州によって異なるが、裁判所の許可が必要で、そのための費用として100ドルから400ドル程度必要になる。なお、出生による国籍の取得ではなく、帰化して市民権をえる人もいる。いわゆる帰化市民である。帰化市民が国籍を証明するには、Form N-600という書類を連邦政府のCitizenship and Immigration Servicesに提出しなければならない。そのための費用は、1385ドル、邦貨に換算すると約20万円と、かなりの出費になる。自力で作成が難しく、弁護士に依頼したとしよう。ウェブサイトで検索すると、ある弁護士事務所は2500ドルを請求している。1ドル150円で計算とすると、37万5000円。1票と投じるために、これだけの支出ができない人も少なくないだろう。
トランプの大統領令公布からちょうど1週間後の4月1日、1920年に設立され、女性の参政権運動などに関わってきたNPO、League of Women Voters of the United States (LWV)をはじめとした7つ団体は、首都ワシントンの連邦地裁に対して、トランプ大統領らを被告とする裁判を起こした。裁判の代理人には、選挙権などの問題に取り組んでいるNPO、Brennan Center for JusticeやAmerican Civil Liberties Union、黒人やヒスパニック系、アジア系の法律団体の弁護士が就任。合衆国憲法が定める選挙に関する大統領の権限を逸脱する行為であることや、有権者登録用IDを制限することで投票権が侵害されるなどとして、大統領令の無効を訴えた。このLeague of Women Voters et. al. v. Trump et. al.裁判に関して、連邦地裁のCollen Kollar Kotelly判事は4月24日、原告側の訴えを認め、大統領令の一時差し止めを命じた。
SAVE Actの共同提案者のひとり、Lisa McClain下院議員(共和党・ミシガン州選出)は、”What the SAVE Act Means for Women”というタイトルの4月18日発信の政治専門紙のPoliticoの記事の中で、Birth Certificateなどの取得で費用を払っているはずだとして、有権者登録用IDをえるための費用負担は問題ないという認識を提示。また、取得に時間がかかり選挙に間に合わない可能性が生じることについても、選挙の日程は事前にわかっているため、対応できるはずだと主張した。さらに、法案に反対している民主党に対しては、「(民主党が)不法入国を許可した1000万人の不法滞在者が、入国後、違法に投票できるようにするために、全力を尽くしている」と非難。大統領令を発令したトランプも同様に、2024年9月10日に行われた大統領選挙の民主・共和両党のテレビ討論会で、「多くの不法移民がやってきて、彼ら(民主党)は彼ら(不法移民」に投票させようとしている」と述べていた。
共和党議員やトランプが非難するような、「不法入国者」による違法な投票が広範囲に行われているのだろうか。彼らの主張を裏付けるかのような調査結果も存在する。例えば、2020年11月8日発信のJust Facts Dailyが発信した”Quantifying Illegal Votes Cast by Non-Citizens in the Battleground States of the 2020 Presidential Election”という記事によれば、5つの激戦州で市民権を持たない人々による投票によって、トランプが敗北したと述べている。この調査について、公共政策に関する調査研究を行っているNPO、Cato Instituteは、対象者の少なさなど調査設計の問題を指摘。市民以外の人が投票している可能性を認めつつも、選挙結果を左右するほどの人数ではないと断言している。実際、2020年の大統領選挙の激戦州で、敗北したトランプが結果に異議を唱えたジョージア州では、24年10月23日に選挙を管轄する州務長官が有権者登録の調査結果を発表した。それによると、800万人余りの登録有権者のうち市民権を持たない人は20人にすぎなかった。
市民権を持たない人による有権者登録や投票数を正確に把握することは不可能だろう。しかし、1996年に18 U.S. Code § 611 - Voting by aliensという連邦法が制定された。これにより、永住権や合法的な滞在資格をもつものの、市民権を持たない人による連邦レベルの投票には、罰金刑だけでなく、最長1年の収監刑、あるいはその両方が科せられるようになった。こうした罰則を受ける可能性を覚悟で、一票を投じる外国人がどれほどいるだろうか。トランプの大統領令やSAVE Actは、市民権を持たない人による投票の可能性を極端に誇張し、それを「不法外人」と結びつけている。その対策として、有権者登録用IDを要求することで、既婚女性をはじめとした、アメリカ市民の投票権を侵害していく。選挙が民主主義の基礎であるとすれば、その基礎が壊されようとしているのだ。
しかし、上記のBrennan Center for Justiceなどが原告代理人となって起こした裁判だけではない。5月16日には、人権問題に関わる全米組織の連合体、Leadership Conference on Civil and Human Rightsが126団体の連名で、SAVE Actに反対する文書を議会指導者に送付した。こうしたNPOなどによる、投票権を守る動きが幅広く進められていることも忘れてはならない。なお、前述のLeague of Women Voters of the United States (LWV)などが起こした裁判で、トランプの大統領令が一時差し止められた裁判の判決は、以下から見ることができる。
file:///C:/Users/mrbea/Downloads/2025-4-24-memo-op-and-order-granting-pi%20(6).pdf
トランプ政権がAmeriCorps運営機関の職員解雇、補助金の大幅削減で存亡の危機に陥るNPOも
2025年4月30日
アメリカには、連邦政府が実施している有償ボランティアプログラムが複数存在する。その多くを管轄している、AmeriCorpsと呼ばれる政府機関と、AmeriCorpsの補助金によって運営されているNPOなどの事業が存亡の危機に陥っている。トランプ政権によるAmeriCorps職員の整理と、有償ボランティアを受け入れているNPOなどへの補助金の大幅削減によるものだ。政府職員や有償ボランティアは仕事を失い、NPOは事業の縮減を余儀なくされ、事業の利用者への影響が生じることは必至だ。このため、連邦政府と連携してAmeriCorpsを進めてきた州政府の一部は、突然の補助金削減を非難、トランプ政権を提訴するなど、有償ボランティア政策をめぐり、米国内で深刻な対立が生じている。
AmeriCorpsの起源は、民主党のジョンソン政権による貧困撲滅政策の一環として、1964年に貧困地域に有償ボランティアを派遣するVolunteers In Service To America (VISTA)をスタートさせたことだ。その後、各地でパイロットプログラムなどの形で行われていた高齢者によるボランティア活動を連邦政府レベルで実施するため、共和党のニクソン政権下でDomestic Volunteer Service Act of 1973により高齢者を活用する事業が成立。Senior Corpsと総称される有償ボランティアプログラムが、それである。ただし、高齢者のボランティア活動という位置づけだが、参加資格のひとつの年齢は55歳以上とされた。当時の高齢者向け事業における年齢基準に沿ったものだが、今日では高齢者と見なされない年齢層の人も含まれていることに留意が必要だ。
Senior Corpsは、子どもへのメンタリング事業のFoster Grandparent Program、NPOなどでボランティア活動に従事するRetired and Senior Volunteer Program (RSVP)、障がい者や介護を必要とする高齢者への支援を行うSenior Companionsの3つで構成されている。なお、これらのプログラムは、「有償」と記述してきたが、Stipendと呼ばれる金銭的な「手当て」が提供されるのは低所得の参加者など、一部に限定され、無償の参加者が多い。ただし、大半の参加者には、活動にともない発生する可能性がある損害賠償に対応する保険などのベネフィットが提供されている。
連邦政府による有償ボランティアを広げるきっかけになったのは、共和党のブッシュ政権下で成立したNational and Community Service Actである。この1990年の法律は、連邦政府の独立機関として、Commission on National and Community Serviceを設立、有償を含むボランティア活動の推進母体になった。1993年には、クリントン政権が、この動きを拡充。National and Community Service Trust Actに基づき、VISTAやSenior Corps、AmeriCorpsを包括した有償ボランティアプログラムの管理運営機関として、Corporation for National and Community Service (CNCS)が作られた。なお、当時、AmeriCorpsは、主に低所得世帯の若者に有償ボランティア活動に従事する機会に加え、終了後、大学の学費に充当できる奨学金を与える事業の名称だった。2020年に、CNCSの通称として、AmeriCorpsが用いられるようになった。事業と組織が同一の名称だとわかりにくいため、以下では組織については、CNCSと記述していく。
現在、AmeriCorpsの有償ボランティア事業は、Senior Corpsの3つのプログラムを引き継いだAmeriCorps SeniorsとAmeriCorpsに大別されている。後者は、AmeriCorps VISTAに加え、National Civilian Community Corps (NCCC)、AmeriCorps State and Nationalを合わせた3つのプログラムから成る。National Civilian Community Corps (NCCC)は、1年間の宿泊型のプログラムで、AmeriCorps State and NationalはNPOなどで学習支援や環境保護などの活動に関わることになる。NCCCの参加者には、18~26歳までという年齢制限がある。VISTAとState and Nationalは、それぞれ18歳以上と17歳以上という下限が設定されているが、年齢の上限はない。なお、Senior Corpsと異なり、大学入学後の学費支援金の受給が可能となっていることもあり、参加者の多くは、終了後に大学を目指す若者だ。
以上のように、AmeriCorpsは、民主党だけではなく、共和党の政権下で成立した法律に基づき、形成されてきた。超党派の支持をえた事業をいわれるゆえんだ。このように述べると、共和党のトランプ政権もCNCS とAmeriCorpsに親和的と考えられるかもしれない。実際、AmeriCorpsをはじめとしたボランティア活動に関連する団体などの連合体、Voice of National Service (VNS)は4月30日に、民主・共和両党に所属する連邦議員などのボランティア活動への貢献に対して表彰するイベント、22nd Annual Friends of National Service Awardsを開催することになっていた。なお、VNSは、ボランティア活動をNational Serviceと呼んでいる。両者は、同じ意味合いの言葉と考えてよいだろう。
しかし、トランプ政権は、4月に入って、CNCSの解体とAmeriCorpsの縮減に向けて動き出した。National Serviceを担当する州の機関などの連合体、America's Service Commissions (ASC)が4月17日に発表した” America’s Service Commissions Statement on AmeriCorps Agency Staff Reductions and NCCC Member Demobilization”と題する声明文によると、声明前の2日間にCNCSは、職員の約85%を有給の行政休暇にするとともに、AmeriCorps NCCCメンバー全員を帰宅させた。さらに4月26日付のASCの”America’s Service Commissions Statement on the Termination of AmeriCorps Grants”と題する声明は、CNCSが4月25日、AmeriCorps State and NationalやVISTAに関連する補助金、今年度の補助金の残額の40%に相当すると見られる4億ドルの支払停止を受給予定の州政府機関などに通知したという。これにより、ふたつのプログラムなどに関わっていた有償ボランティア3万人は、仕事を失うことになる。さらに、有償ボランティアが従事していた1000件にのぼるNPOなどによる活動が縮小または廃止を余儀なくされる事態を招いている。なお、AmeriCorpsの参加者は、約20万人にのぼる。
例えば、カリフォルニア州政府によると、同州では、2023-24事業年度に6300人のAmeriCorpsの有償ボランティアが活動。累計の活動時間は440万に及び、7万4000人の児童への学習支援、1万7000人の里親児童へのサポート、4万本の植林などを実施してきた。また、今年初めにロサンゼルスを襲った大火に対して、食料品の箱詰め2万1000個をはじめ、2万6000世帯への支援を提供した。なお、AmeriCorpsは、連邦政府と州が共同で実施しており、カリフォルニア州は昨年、州内の企業や団体、個人からの支援を含め、総額1億3300万ドルを拠出したという。
AmeriCorpsの補助金削減に対して、ASCは、上記の4月26日の声明の中で「違法」と述べているように、予算の決定権をもつ連邦議会が承認した予算に基づく補助金の支給をトランプ政権が一方的に停止することを問題視する声は強い。カリフォルニア州政府は、その筆頭格で、29日までにトランプ政権を相手取って裁判を起こした。4月29日発信のLos Angeles Timesの” California, other states sue Trump administration to block cuts to AmeriCorps”というタイトルの記事によると、この訴訟は、カリフォルニア州に加え、以下の州などの知事や司法長官らが原告として名を連ねた。
Colorado、Delaware、Maryland、Arizona、Connecticut、Hawaii、Illinois、Maine、Massachusetts、Michigan、Minnesota、Nevada、New Jersey、New Mexico、New York、North Carolina、Oregon Rhode Island、Vermont,、Washington、Wisconsin、District of Columbia (Washington DC)、Kentucky、Pennsylvania
AmeriCorpsへの補助金の停止の影響は、裁判を起こした上記の州に止まらず、トランプ政権と同じ共和党の地盤「レッドステート」にも及んでいる。知事に加え、州議会の上院31議席のうち29議席、下院62議席のうち56議席と共和党が圧倒的な力をもつ、ワイオミング州は、そのひとつだ。同州のNPOのメディア、WyoFileは4月29日発信の” DOGE cuts to AmeriCorps ‘a devastating blow to the state of Wyoming’”と題する記事の中で、AmeriCorps関係の補助金を受給しているNPOへの影響を伝えている。記事によれば、昨年度、同州のAmeriCorps関連プログラムは、2700人の児童に7万5000時間の学習支援を提供。また、州内の企業や助成財団などからの190万ドルの寄付を受け、3000人のボランティアを集め、軍人の世帯200件に支援を行ったという。
しかし、今回の補助金停止の総額は、240万ドルに及ぶ。ワイオミング州にはAmeriCorpsの補助金への依存度が高いNPOが少なくない。Agricultural Extension Offices、Phorge、SAE International、Teton Science Schools、The Science Zone、Wildflower Learning Community、Wyoming Conservation Corps、Brain Injury Advocates、The Iris Club House、Rooted in Wyoming、The Nicolaysen Art Museum、Lander Free Medical Clinic、 Casper Green House Project、GrowWyo/Slow Food Sheridanなどがそれである。
そのひとつで、子ども向けの野外体験活動などを行っているTeton Science SchoolsのWayne Turner事務局長は、AmeriCorpsの業務を担当している州政府機関ServeWyomingから連絡を受け、補助金が「終了させられた」と告げられたうえ、関連事業を停止するように指導されたという。また、ServeWyomingのAndrea Harrington副議長は、VISTAのプログラムを通じてワイオミング州で活動しているボランティアに対して、即日、解雇が言い渡された、とWyoFileに説明。そのうえで、同副議長は、「地域社会への奉仕と改善に人生の1年を捧げることを決めた人々に平手打ちを食らわせることに他ならない」と述べている。
では、なぜトランプ政権は、費用対効果が高いといわれるAmeriCorpsの補助金の打ち切りを決めたのか。ホワイトハウスのAnna Kelly副報道官は、上記のLos Angeles Timesの記事の中で、近年のCNCSに対する会計監査において、不適切な使途が発見され、税金を投入することが不適切との判断に至ったという趣旨のことを述べている。しかし、政権の判断の背景に、反DEIのイデオロギーを指摘する声もある。例えば、保守的なメディアとして知られるThe Federalistは3月18日、”AmeriCorps Is Being Used to Indoctrinate Participants With DEI In Violation Of Trump’s Executive Order”と題する投稿文を掲載。AmeriCorpsのトレーニングプログラムにDEI (Diversity, Equity, and Inclusion)の内容が盛り込まれていると批判、税金を投入すべきではないと訴えた。
この投稿文が指摘するように、AmeriCorpsのトレーニングプログラムの一部や補助金の受給団体には、トランプ政権の考えに合わないものもあるだろう。しかし、AmeriCorpsの事業は多様かつ幅広い。それを一括りにして補助金廃止という形で葬り去るようなやり方は、社会に貢献しようとする若者を中心とした人々の意志をないがしろにすることにつながるのではないか。上記の訴訟に当たり、カリフォルニア州のニューサム知事は、補助金の削減がAmeriCorpsの事業資金の確保を脅かすだけでなく、「我々の価値観を破壊する」行為だと批判した。同知事の指摘のように、政権の対応には、AmeriCorpsをめぐる「価値観」の問題が背後にあるといえよう。
なお、上記のAmerica’s Service Commissionsの4月26日付の声明文は、連邦議員に補助金停止の撤回を求めるメールの送付も呼び掛けている。声明文と呼びかけの内容は、以下から見ることができる。
https://www.statecommissions.org/index.php?option=com_content&view=article&id=342:asc-statement-on-the-termination-of-americorps-grants&catid=23:news&Itemid=191
ウィスコンシン州最高裁判事選挙の「リベラル派」勝利と「金権選挙」の実態
2025年4月3日
ウィスコンシン州で4月1日、州の最高裁判所判事の選挙が行われ、「リベラル派」の候補が勝利した。アメリカ中西部の北に位置する同州は、昨年の大統領選挙の「激戦州」のひとつだ。1月に就任したトランプ氏の政策への審判的な意味合いも持つとして注目されていたが、大統領が推薦した候補が敗北。また、トランプ政権の要職についているイーロン・マスク氏が多額の資金を投入、アメリカの州最高裁判事を選ぶ選挙として史上最大の「金権選挙」になった。4月1日には、ウィスコンシン州では他の公職者を選ぶ選挙や住民投票、アメリカの南東部のフロリダ州では連邦下院議員補欠選挙が実施され、最高裁判事の選挙と異なる判断が示された。これらの選挙とその結果について、NPOの動きも含め、検討していこう。
アメリカでは、連邦政府に加え、州も独自の司法制度をもつ。最高裁判所の判事の選出方法も、州ごとに異なる。ウィスコンシン州の最高裁は、7人の判事で構成されている。判事の選出は、州全体を選挙区とする有権者の投票によって決められる。各回の選挙で選出される判事は、ひとりだけで、任期は10年。再任を希望する判事は、選挙に臨む必要がある。ただし、任期途中で判事が退任した場合、州知事は、後任を指名することができる。現在、7人の判事のうち、ひとりは、2015年に共和党の知事によって任命され、翌年の選挙で勝利した。なお、最高裁の長官の任期は2年で、7人の判事の互選によって選出される。4月1日の選挙は、任期満了が近づき、再任を望まない現職の判事の後任のポストが争われるものだ。
ウィスコンシン州の最高裁判事の選挙は、いわゆるNonpartisanのため、政党が公認した人物は立候補できない。しかし、裁判で争われる課題に関して、それぞれの判事は、独自の考えを持っていることが多く、「リベラル派」と「保守派」に分類される傾向が強い。2008年以降、「保守派」が多数を占める状態が続いてきたが、2020年の選挙でJill Karofsky、23年にはJanet Claire Protasiewiczという「リベラル派」の判事が連続して当選。それ以前の「リベラル派」2人、「保守派」5人という最高裁の判事構成に変化が生まれた。今回の選挙では、「リベラル派」の判事の退任によるため、「リベラル派」が敗北すれば、最高裁が再び「保守派」に変わる状況だった。
4月1日の選挙では、「リベラル派」のSusan Crawford氏と「保守派」のBrad Schimel氏が対決。州の選挙管理委員会に当たるWisconsin Elections Commission (WEC)は日本時間の4月3日現在、最終的な結果を公表していない。しかし、The Washington Post紙は、東部時間4月2日午後4時5分現在のデータを発表。推定で99%が開票された時点で、Crawford氏が有効投票の55%に当たる130万1128票を獲得。対立候補のSchimel氏は、106万3244票(45%)に止まった。得票率で見ると、Crawford氏は、Schimel氏に10ポイントの差をつけている。この差は、2020年、23年とほぼ同じだ。しかし、投票数で見ると、2020年の155万票、23年の184万票に比べ、今回は236万票と大きく伸びた。2024年の大統領選挙で342万人が一票を投じたの比べると少ないものの、過去の中間選挙レベルに達しており、有権者の関心の高さをうかがわせる。
選挙への関心を高めた背景のひとつに、州の最高裁判事選挙史上最大の資金が投入された「金権選挙」があることは間違いないだろう。このように述べると、世界一の富豪、イーロン・マスク氏の動きだけに注目が集まってしまうかもしれない。投票日の前々日の3月30日に、ウィスコンシン州で第3位の都市、Green Bayで2000人が参加した集会を開催。「活動家」判事、すなわちCrawford氏の選出に反対する請願書に署名した有権者に100万ドルの小切手を手渡すなど、人目を引く活動も影響しているのだろう。しかし、マスク氏だけと考えるのは、正確性に欠ける。なお、マスク氏の支援に見られるように、Nonpartisanといっても政党の影響は大きい。例えば、Crawford氏には、オバマ元大統領に加え、労働団体や女性団体が支持を表明。一方、Schimel氏には、トランプ大統領や警察官の組合、農業団体などが支援を打ち出した。
ウィスコンシン州の政府や政治資金などについて調査、報道を行っているNPO、The Badger Project (以下、TBP)は3月27日、”FINAL REPORT: Top donors using political party loophole in Wis Supreme Court race”と題する報告書の中で、複数の億万長者が選挙資金を提供していたと指摘している。州法は、個人が候補者に献金できる資金の上限を2万ドルに定めているが、政党への提供には上限がない。そして、政党は、候補者に対して無制限に資金を提供することができる。上記のTBPの報告書によれば、マスク氏は、個人として、ウィスコンシン州の共和党に300万ドルを献金。また、2024年7月に自ら設立したAmerica PACをはじめとした複数のSuper PAC (Political Action Committee)と呼ばれる政治献金団体を通じて、1500万ドルをSchimel氏に支援した。
Super PACは、「リベラル派」にも存在する。今回の選挙では、A Better Wisconsin Together (ABWT)という、ウィスコンシン州で進歩的な活動を行うための調査や団体間の交流を進めているNPOの関連組織、ABWT Political Fundが資金集めやCrawford氏の当選に向けた広報活動などを実施した。州レベルの政治資金の動向などを調査、報告しているNPO、Transparency USAによると、進歩的なSuper PACに加え、American Federation of State County and Municipal Employees (AFSCME) やAmerican Federation of Teachers (AFT)などの労働組合が資金を提供。Wisconsin Democracy Campaign (WDC)という政治の腐敗防止や公正な選挙に向けた活動をしているNPOによれば、ABWT Political Fundは、「リベラル派」判事誕生に向けて、770万ドルを投入したという。
個人献金に限定しても、マスク氏以上の提供者がいた。屋根材メーカーのABC Supply Co.の共同創設者、Diane Hendricks氏は309万5000ドルをウィスコンシン州の共和党に提供したのである。同州の民主党に対しても、多額の献金者がいた。ウォールストリートの投資家のGeorge Soros氏やイリノイ州のJ.B. Pritzker知事が、その代表格で、それぞれ200万ドルと150万ドルの支援を行った。こうした個人献金やSuper PACを通じて、両陣営は、最高裁判事の選挙に1億ドル(約150億円)近い巨費を投入したのである。選挙の勝利演説で、Crowford氏は、トランプ大統領のグリーンランド購入案に反発するグリーンランド市民の声をなぞらえ、「我々の裁判所は売り物ではない」と声高に叫んだ。しかし、この途方もない「金権選挙」の勝者の言葉として適切なのか、疑問を持つ人も少なくないのではないだろうか。
最初に述べたように、4月1日にウィスコンシン州で行われた選挙は、最高裁判事の選出だけではない。州の教育委員会の委員長に相当するState Superintendent of Public Instruction (SSPI)の椅子も争われた。この選挙も最高裁判事と同様、Nonpartisanだが、「リベラル派」と「保守派」の一騎打ちになった。選挙の結果は、「リベラル派」で2021年の選挙で初当選した現職のJill Underly候補が得票率52%を獲得。「保守派」のBrittany Kinser候補を破り、勝利を収めた。しかし、Underly候補は前回、58%を得て、対立候補のDeborah Kerr候補の42%を大きく引き離していた。今回、再選を果たしたとはいえ、「保守派」の候補に詰め寄られたことになる。なお、この選挙も、 SSPIに関しては、歴史的な「金権選挙」といわれている。Super PACによる資金が2021年には100万ドル程度だったが、今回は185万ドルとほぼ倍増。そのうち140万ドルは、ABWT Political Fundによるものだ。
アメリカでは、選挙と同時に住民投票が行われることが多い。住民投票というと、住民が発議する制度をイメージするかもしれない。しかし、ウィスコンシン州には、その制度はない。しかし、州議会の上下両院いずれかが過半数の議員が要請すれば、議会から市民に対して、住民投票を求めることができる。4月1日に行われたのは、この種の住民投票である。Question 1と呼ばれる住民投票は、選挙で投票する際、有権者に市民であることを示す写真付きの身分証明書の提示を求めることを州憲法に規定するものだ。民主党が反対、共和党が賛成を示す中で、賛成67%、反対33%で成立した。
トランプ大統領は、SNSのTruth Socialに投稿、「共和党にとって大きな勝利だ。この日、最大の勝利といえるだろう」と述べた。この住民投票は、大統領が進める移民排斥の動きを促す措置につながる。その意味では、トランプの政策の「追い風」になるといえよう。ただし、Question 1の内容は、すでに立法化はされていた。将来、廃止される可能性をより少なくするため、共和党主導の州議会は、憲法に盛り込むことで、より確実な制度にすることを狙ったのである。したがって、「大きな勝利」という表現は、最高裁判事とSSPIの選挙で推薦候補が敗北した影響を少しでも緩和させようという思惑を感じさせるといえよう。
最後に、フロリダ州の連邦下院議員補欠選挙の結果について述べておこう。この補欠選挙は、同州の第1選挙区と第6選挙区で実施された。前者は、共和党のMatt Gaetz議員がトランプ大統領から司法長官候補に指名されたため退任したことにともなうものだ。選挙の結果、共和党候補が民主党の候補に14ポイント余りの差をつけて勝利。後者は、共和党のMichael Waltzが国家安全保障担当補佐官に指名されたことによるもので、共和党のRandy Fine候補が民主党のJoshua Weil候補に14ポイント差で破った。いずれも共和党候補の圧勝といえる。しかし、これらの選挙区は、共和党の強固な地盤であり、昨年11月には、第1選挙区で32ポイント、第6選挙区では33ポイントの大差で、共和党候補が勝利していた。したがって、この数カ月の間に、両党の差が大幅に縮小したことになる。
メディアなどによる直近の世論調査をみると、民主党への支持率は、記録的な低さに陥っている。にもかかわらず、ウィスコンシンとフロリダのふたつの州における選挙結果は、トランプ政権への批判が強さを示したと考えざるをえない。その背景には、一向に改善に様子が見えないインフレなど、経済的な要因が強いのだろう。しかし、現政権の問題は、経済に止まらない。適正な法の手続を無視し、連邦政府職員の解雇や移民の国外追放を進める非民主的、非人道的な姿勢に対して、批判の声が高まっているのだ。民主党は、この状況を「追い風」として、トランプの政策を押し止めていけるのか。ふたつの州の選挙関連の動きを検討していく中で、有権者は、民主党が一丸となり、その動きを進めていくのか、期待しながらも、懐疑的に見つめているように感じるのである。
なお、上記のThe Badger Project による”FINAL REPORT: Top donors using political party loophole in Wis Supreme Court race”と題する「金権選挙」の実態を示した報告書は、以下から見ることができる。
https://thebadgerproject.org/2025/03/27/final-report-top-donors-using-political-party-loophole-in-wis-supreme-court-race/
トランプ政権の政府資金削減、協働による公共サービス提供の危機とNPOの反撃
2025年3月18日
アメリカにおける公共サービスの提供形態というと、Collaborationすなわち協働をイメージする人が多いだろう。NPOが取り組んできた課題が政府の政策となり、その政策の実施に当たり、政府がNPOに資金を提供する、官民連携の仕組みだ。1960年代から本格的に導入されてきたが、今年1月に第2次トランプ政権が成立すると、状況が一変した。「効率的な政府運営」を名目に、連邦政府機関の職員や予算の削減・凍結が相次ぎ、NPOなどへの資金提供にも大ナタが振るわれているからだ。政府資金の減少に直面したNPOなどは、議会への要請や訴訟を提起。しかし、低所得者への支援などを行うNPOを中心に、物価高によるニーズ増大の反面、経営見通しの悪化で事業の縮小が不可避として、危機感が強まっている。
トランプ政権による政府機関の職員や予算の削減・凍結の一環として、United States Agency for International Development (USAID)の閉鎖に向けた動きが報じられてきた。1961年に設立されたUSAIDは、International Developmentというふたつの単語が示すように、対外援助を中心にした事業を展開している。とはいえ、USAIDが直接支援事業を行うことはほとんどない。内外の組織に資金を提供して、事業を実施させる方式をとっている。こうした資金の提供先は、国際機関や外国の政府だけではない。アメリカ国内に本部を置き、海外で事業を行っている国際協力系のNPO(以下、NGO)にも、多額の資金を提供している。実際、連邦議会向けの調査機関、Congressional Research Serviceによると、2023会計年度のUSAIDの予算434億ドルのうち、52%はNGOに提供された。
USAIDから最も多くの資金を受けている団体は、メリーランド州に本部を置くCatholic Relief Services (CRS)で、2013-2022 会計年度の9年間に46億ドルにのぼる。また、CRSの監査報告書によると、2023会計年度の団体の歳入は11億7600万ドルだった。このうちUSAIDをはじめとした連邦政府からの補助金や事業委託は5億2100万ドルと44%を占めている。なお、CRSと同じNPOのFHI 360は、2013-2022 会計年度の間に38億ドルを受給し、USAIDの資金受給団体として第3位を占めている。世界の60余りの国々で活動を展開しているFHI 360の本拠地は、ノースカロライナ州である。
このようにUSAIDとNGOの間には資金面で強い関係があるにもかかわらず、Marco Rubio 国務長官は3月10日、「X」への投稿で、USAIDの事業の83%を廃止したと発表した。これは、事業契約数で見ると、5200件にのぼる。一方、継続される事業は、1000件ほどにすぎない。CRSやFHI 360も、この影響を受けている。Rubio 国務長官の投稿の1カ月以上前の2月3日、CRSの会長兼CEOのSean Callahanは、職員にEメールを送信した。その中で、CRSが副受領者(Subrecipient)になっている事業の一部はすでに解約され、その動きは他の事業にも及ぶとの通知をUSAIDから受け取ったと報告。さらに、職員の削減を含む、予算削減が不可避との認識を示していた。とはいえ、CSRは政府の動きを甘受しようとしなかった。上記のRubio 国務長官の投稿から間もない3月17日、CRSは、” Aid Cuts and Lack of Payment Threaten Millions of Lives”というタイトルのプレスリリースを発表。USAIDの資金による「命を救い、命を与える事業」への廃止を取り消し、確定していた事業資金の提供を速やかに行うよう求めた。
USAIDの事業資金支援策の見直しに関する報道が多かったこともあり、トランプ政権の対応が国外に向けられていると考えている人も少なくないようだ。しかし、低所得者向けの事業や環境保護活動など、米国内の事業に提供されることになっていた資金の見直しや支援継続の打ち切りが決定される事態も相次いでいる。前者の例には、United States Department of Agriculture (USDA)による学校給食やフードバンクへの食材購入費の支援の打ち切りがある。後者の一例として、Environmental Protection Agency (EPA)がCitibankを通じて事業の受託先のNPOに提供する予定だった補助金を凍結させていることをあげることができる。以下、これらの事例を通じて、官民連携が政権によって一方的に破壊されようとしている実態に対して、NPOがどう立ち向かっているのかについてを見ていこう。
日本の農林水産省に相当するUSDAは、地域の農家や牧場主、漁業関係者などから生産物を買い上げ、学校給食などの食材として活用する事業、Local Food for Schools and Child Care Cooperative Agreement Program (LFS)を実施している。また、低所得者に提供する食料支援向けの食材を買い上げ、フードバンクなどに提供する事業も行ってきた。この事業は、Local Food Purchase Assistance Cooperative Agreement Program (LFPA)と呼ばれている。Localという単語が含まれているのは、購入先の農家などがフードバンクと同じ州または400マイル圏内にあることが求められているためだ。
いずれの事業も、地域の農家などへの支援策にもなっている。連邦政府の補助金の概要を示すサイト、Grants.gov.によると、LFSによる年間の補助金は6億6010万ドル、LFPAは4億7150万ドル。両者を合わせると、11億ドルで、1ドル=150円で日本円に換算すると、1650億円にもなる。USDAは3月14日、これらの補助金が「長期にわたる財政的に責任ある取り組み」ではなく、「長期にわたる計画のない短期的な計画」だとして、受給している州政府機関に対して、打ち切りを通知した。「短期的な計画」というのは、コロナ禍における生活困窮者への食料支援とともに農家などの生産者への所得補償の意味も含め、導入された経緯を意味していると見られる。とはいえ、これだけ膨大な額の補助金が消失すれば、その社会的な影響は、極めて大きい。
全米の学校給食の栄養士5万人を会員にもつNPO、School Nutrition Association (SNA)が3月10日に発表したプレスリリースによると、LFS の一部でCommunity Eligibility Provisionと呼ばれる、貧困家庭の生徒が通う割合が高く、申請なしで給食の無償化が認められる事業だけでも、全米で2万4000校、1200万人の児童に影響が及ぶ可能性があると指摘。この事態に対して、SNAは3月9日から11日にかけて、首都ワシントンでLegislative Action Conferenceを開催した。この会議は、USDAによるLFS廃止が打ち出される以前に企画されていたものだが、800人を超える会員らが参加。3月13日にSNAのフェイスブックに掲載されたビデオによると、首都で実施された連邦議員に学校給食を守ることを求める活動などについて、多くのメディアが報じたという。
もうひとつの事例として、EPAがCitibankを通じて補助金事業を行うNPOに提供する予定だった資金を凍結させていることを取り上げていこう。EPAとは、日本の環境省に相当する環境保護を進める政府機関である。ここになぜ、資産規模で全米第3位の銀行、Citibankが出てくるのか、疑問に思う人も少なくないだろう。EPAも、NPOなどにさまざまな事業の委託や補助金の提供を行っている。この事例において問題となった資金は、バイデン政権下の2022年のInflation Reduction Actによって設立された270億ドルのプログラム、Greenhouse Gas Reduction Fund (GGRF)の一部だ。EPAは、補助金を提供するNational Clean Investment Fund用として140億ドルを受け取った。Citibankは、補助金の受取人になっているNPOなどの口座に資金を保管し、資金を管理する金融機関として選定された。
トランプ大統領は、気候変動問題を「フェイク」と非難、温暖化防止などの事業に敵対的なスタンスを示してきた。この考えが影響していると断定できているわけではないが、2月初めにEPAは、GGRFが「財務上の管理ミス、利益相反、監督の失敗」を引き起こしていると指摘。連邦政府のDepartment of Justice (DOJ)と Federal Bureau of Investigation (FBI)によるGGRFに対する「包括的な調査」が必要だとしたうえで、Citibankに対してNPOへの補助金の支出の停止を求めた。調査に当たったFBIは、Citibankに対して、補助金を受託することになっていたNPOが「米国を騙すための共謀」を含む「犯罪行為の可能性」に関与していると述べるなどしたこともあり、Citibankは2月18日以降、NPOの口座を凍結した。結果的にNPOは、支払われるはずの補助金を引き出すことができなくなった。
この措置に対して、補助金を受け取ることになっていたNPOのうちClimate United、Coalition for Green Capital、Power Forward Communitiesの3団体は、EPAなどを相手取り首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴訟を起こした。同裁判所のTanya Chutkan判事は3月18日、EPAが3つのNPOへの補助金の支払いを停止させ、Citibankが銀行に保有しているNPOへの補助金を口座に止めておくことを禁じる一時的な差し止め命令を出した。
EPAが3つのNPOに提供する予定だった補助金は、合わせて1397ドル。その執行を差し止めるために必要な法的に必要な措置を講じなかったと見られるということが、差し止めの理由で、今後、詳細な検討が行われることになる。
日本のメディア報道の大半は、トランプ政権による政府職員の削減やNPOなどへの事業委託や補助金の解消に止まっている。また、その背景や根拠についても、必ずしも十分に説明しているわけではない。換言すれば、トランプ政権の影響に対して、NPOなどが、どのように対応、あるいは反撃しているのかについてほとんど伝えていない。しかし、以上の限られた事例だけでも、政権側の姿勢の背景は異なり、NPOの反撃方法も違っている。それは、NPOが個別撃破されようとしている可能性も示唆しているとともに、政権側の攻撃に連携して取り組む必要性を示しているといえよう。協働による公共サービス提供を崩壊させようとしているかに見えるトランプ政権に対して、NPOが連携して反撃していく動きが現実化してくるのかどうか、今後も注目していきたい。
なお、上述したCRSが3月17日に発表した” Aid Cuts and Lack of Payment Threaten Millions of Lives”というタイトルのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.crs.org/media-center/news-release/crs-aid-cuts-and-lack-payment-threaten-millions-lives
NPOなどの政府拠出事業への執行一時停止措置、訴訟や批判を受けトランプ政権が2日で撤回
2025年2月1日
ホワイトハウスは1月29日、政府の補助金や融資などを拠出事業について精査するためとして、執行を一時停止するよう各省庁に指示したメモを、撤回すると発表した。メモの内容が不明瞭で、影響が極めて広範囲にわたる可能性などから、拠出金を活用して活動を進めてきたNPOやNGOから懸念や批判が噴出。NPOの中間支援組織などが差し止めを求め提訴、裁判所が拠出停止を一時的に差し止める判決を出した。また、NPOとは別に、20を超える州政府は、議会で承認された予算の執行を政府が停止させるのは違憲として、裁判に踏み切るなど、目まぐるしい動きが続いていた。メモは撤回されたものの、ホワイトハウスは、今後も事業の精査は進めるとしており、拠出金支出を巡る議論は、継続していくと見られる。
政府の資金拠出を一時停止するように指示したメモは、Office of Management and Budget (OMB)のMatthew J. Vaeth局長代理の名前で1月27日にだされたもので、”Memorandum for Heads of Executive Departments and Agencies”というタイトルだ。内容的には、2024年会計年度の政府支出10兆ドルのうち、3兆ドルが補助金や融資などの形で拠出事業に提供されているなど、拠出事業の実態を指摘している。そのうえで、政府機関の代表者は、アメリカの人々の意思と大統領の政策の優先順位にそって事業を行う責任があるとの認識を提示。さらに、「マルクス主義の公平性やトランスジェンダー主義、グリーン・ニューディールのソーシャル・エンジニアリング政策を推進するために連邦政府の資源を使用することは、税金の無駄遣い」であると、断じている。
Vaeth局長代理によるメモの内容は、1月28日午後5時から実施に移されるとしており、指示を受けた省庁はもとより、拠出金を受け取って事業を行っていたNPOなどにとっては、対応策を講じる暇もないことがわかる。なお、差し止めは「一時的」とされているだけで、具体的な期間は示されていない。ただし、メモは、各省庁に対して、2月10日までに管轄する拠出金事業の妥当性に関する報告をOMBに行うよう、求めている。また、トランプ大統領が対外援助に関して出した行政命令では、90日間の拠出停止が記載されている。
OMBのメモは、具体的にどのような事業が差し止められるのかについては、明示されていない。これは、各省庁に対して、それぞれの拠出金事業がトランプ大統領の行政命令に整合している確認することを求めている段階なので当然ともいえる。しかし、拠出金を用いて事業を進めているNPOなどにとっては、連邦政府からの資金が受給できなくなるかどうか不透明な状況に置かれている。また、差し止めの期間中、政府からの資金が受け取れなければ、事業に支障が出ることは避けられない。なお、メモは、注釈の中で、拠出が停止されない事業の大枠を記載している。その中に、個人に直接支払いが行われるものとして、医療保険のメディケアや社会保障の給付金などをあげている。
しかし、このメモに対して、1月28日に記者会見が行われた際、Karoline Levitt報道官は、医療補助のメディケイドが対象になるのか問われたものの、回答できなかった。このことは、メモの内容が政府内でも十分共有、理解されていないことを示唆している。また、オレゴン州選出のRon Wyden連邦上院議員は1月29日、「私のスタッフは、昨夜の連邦政府の資金凍結後、メディケイド・ポータルが全50州でダウンしているという報告を確認した」と報告。メモが定めた1月28日午後5時が過ぎた後、メディケイドの担当部局がホワイトハウスによるメモの撤回を理解していなかった可能性が示唆されるなど、政府の混乱ぶりがうかがわれた。
OMBのメモは、各省庁のトップに送付されたもので、事前はもとより、事後にも政府自らからその内容を開示したわけではない。メモの存在を最初に伝えたのは、Marisa Kabasという女性が運営する独立系メディア、The Handbasketである。インフォーマントからメモの提供を受け、東部時間の1月27日午後6時4分にSNSのひとつ、Blueskyに投稿した。しかし、アメリカでは、独立系のメディアの報道だけでは、信頼性に欠けるという認識が強い。The Handbasketの報道後、Washington Postなどがメモについて伝えたことで、Kabas氏は、インフォーマントからの情報を信頼していたとはいえ、安堵の気持ちが沸き上がってきたと述べている。
前述のように、メモは、マルクス主義の公平性やトランスジェンダー主義、グリーン・ニューディールのソーシャル・エンジニアリング政策を批判している。これらは、DEIやLGBTQ、気候変動対策を意味し、トランプ大統領の行政命令の中で批判の矢面にされている課題だ。一方、多くのNPOにとっては、組織運営や取組む課題として重要な位置を占めている。したがって、メモの内容への各省庁の解釈によっては、多数のNPOが拠出金の提供を差し止められる恐れもある。
このような認識に立って、全米3万以上のNPOを会員にもつ中間支援組織National Council of Nonprofits (NCN)は、公衆衛生の専門家2万5000人余りを擁する American Public Health Association、スモールビジネスのネットワーク組織Main Street Alliance、高齢のLGBTQの権利擁護団体SAGEとともに、首都ワシントンの連邦地裁にOMBのメモに盛られた政府拠出金の一時差し止めの中止を求め、訴えを起こした。原告代理人には、NPOの法律団体、Democracy Forwardがなった。提訴がなされたのは、OMBのメモの存在が明らかになった、翌日の1月28日であり、NPOサイドの危機意識の高さを対応力の強さと早さを感じさせる。提訴された同日午後、地裁のLoren AliKhan判事は、訴えを認め、2月3日まで省庁による政府拠出金事業の検討を中止することを命じた。
NPOサイドの動きは、この訴訟だけではない。NCNは、トランプのNPO関係の大統領令における問題点を整理、ウェブにアップするとともに、今後も含めた大統領令の影響についての調査を会員団体など対象に実施。この活動は、カリフォルニア州のCalifornia Association of Nonprofits (CalNonprofits)など、各地のNPOの中間支援組織を通じて、進められている。また、CalNonprofitsは1月30日、トランプ政権のNPOに関連する政策についてのウェビナーを開催するなどして、NPO関係者の問題への理解を深める努力を継続。また、高齢者に配食サービスを提供しているMeals on Wheelなど、各地のNPOは、メモによるネガティブな影響や政府拠出金が停止された場合に利用者が受ける影響などについて、メディアを通じて発信していった。
首都ワシントンの連邦地裁のAliKhan判事がNPOなどの訴えを認め、メモの効力を一時的に差し止める判決を出した直後の1月28日夕方、全米の民主党の州司法長官が一体となって、裁判を起こした。原告に名を連ねたのは、カリフォルニアやニューヨーク、ニュージャージー、イリノイ、アリゾナなど22州と首都ワシントンの司法長官。訴えは、ロードアイランド州の連邦地裁に持ち込まれた。トランプ大統領やOMBのVaeth局長代理らを相手取った裁判の訴状は44ページに及び、行政手続法と憲法上の権力分立に違反していると主張している。なお、この原稿を執筆している日本時間の2月2日現在、この裁判についての進展についての報道は見られない。
このように述べてくると、トランプ大統領のイデオロギーに基づくNPOへの財政的な締め付け策に対して、NPOが反撃、勝利したかのように見える。実際、NCNなどの裁判を担当したDemocracy ForwardのSkye Perryman会長兼CEOは、「連邦判事の判決を受けて、トランプ・バンス政権はOMBが命じた連邦資金凍結を放棄した」としたうえで、「全米のコミュニティを代表する勇気ある」原告が「政権の違法行為を止めるために裁判に訴えたことを誇りに思う」と述べた。しかし、トランプ政権は、メモを撤回したものの、拠出金の支出の妥当性についての検討を続ける意思を表明している。この大きな動きを押さえ続けていくことができるのかどうか、NPOの力量が問われているといえよう。
なお、上記のNCNが作成したNPO関係の大統領令における問題点を整理した資料” Executive Orders Affecting Charitable Nonprofits”は、以下から見ることができる。
https://www.councilofnonprofits.org/files/media/documents/2025/chart-executive-orders.pdf
トランプ就任前に政策実現、NPOなどからバイデン政権への要求相次ぐ
2025年1月12日
昨年の大統領選挙でドナルド・トランプがカマラ・ハリスに勝利、次期大統領に就任することが決まった。キリスト教福音派をはじめとした保守派からの支持を背景に当選した共和党のトランプの政策は、民主党のリベラル派の考えも一部取り入れた中道派のバイデン・ハリス政権と大きく異なる。政権移譲にともなう、予想される政策の大幅な転換は、政治だけでなく、経済や社会に大きな影響を与えることは必至だ。このため、ネガティブな影響を受けることが予想される人々や団体は、ジョー・バイデン大統領に対して、在任中に政策を進め、影響を緩和させるように要求。移民問題では、要求の一部が実現するなど成果もでている。
アメリカの大統領選挙は、投票日が11月の第1を除く同月最初の火曜日とされ、2024年は11月5日に投開票が行われた。その後、いわゆる選挙人による投票をへて、正式に次期大統領が決まり、就任式へとスケジュールが進んでいる。就任式は、投票日の翌年の1月20日だ。したがって、今回のように現職が再選されない場合でも、投開票から2カ月半の間、大統領として継続して執務を担うことができる。ただし、大統領選挙時も連邦上院議員の3分の2は非改選であるうえ、連邦上下両院の議会が1月初めから開会されるなどするため、大統領が単独で政府を取り仕切るわけではない。
政権が変われば、政策も変わる。新しい大統領の政策に懸念を持つ人々や団体は、選挙から就任式までの間に、懸念を排除ないしは緩和する措置を大統領に求めたとしても不思議はない。退任する大統領も、レガシー作りの意味合いも含め、1月20日を前に、様々な措置を取ろうとする。今回のように、現政権の政策を徹底的に批判してきた人物が大統領に就任することになれば、こうした動きが噴出しても不思議はない。実際、ハリスの敗北が決まった直後から、トランプの政策に懸念をもつ移民や女性、マイノリティなどの団体は、バイデンに様々な対応を求めてきた。
大統領選挙でトランプは、バイデン・ハリス政権の移民政策を強烈に批判。「移民が猫を食べている」という根拠のない情報を拡散させたうえで、歴史上例を見ない大規模な「不法移民」の国外追放を実施すると主張してきた。現在、アメリカに居住している「不法移民」は推定1100万人にのぼる。そのすべてを検挙し、出身国に送り返すことは非現実的だ。「不法移民」の労働力に依存する割合が高い建設や農業、ホテル・レストランなどの産業からは、大規模な国外追放が実施されれば、労働力不足による産業への甚大なダメージが発生するとして、反対の声が噴出している。
とはいえ、トランプも「選挙公約」を全く無視するわけにはいかない。やり玉に挙げた移民政策のひとつに、Temporary Protected Status (TPS)の廃止がある。1990年の移民法改正によって、戦争や環境破壊などにより危機的な状況が生じている国の出身者で、一定期間アメリカに居住している人々に対して、労働許可を含む一時的な滞在資格を提供する措置だ。「猫を食べている」とトランプとその副大統領候補のJDバンスが指摘したオハイオ州スプリングフィールドのハイチ共和国からの移民も、このTPSによって滞在している人々の一部だ。なお、TPSに基づく滞在である以上、「不法移民」ではない。
現在、TPSの対象となっているのは、ベネズエラやハイチ、アフガニスタン、ウクライナ、レバノンなど17ヵ国。この制度を利用している外国籍の住民は、100万人に及ぶ。最も多いのは、ベネズエラの出身者で60万人。次いで、中米のエルサルバドルの23万人となっている。TPSのTは、Temporaryであり、恒久的な滞在を認めているわけではなく、1回の申請において認められる期間は、18カ月に止まる。しかし、TPSの対象国として認められる根拠となった戦争などの状況が続いていれば、延長も可能だ。
TPSに基づき滞在しているエルサルバドルからの出身者の期限は、今年3月8日だった。トランプは、その延長を認めない可能性高い。本国に送還されれば、極端な治安悪化状態の下で、命の危機に直面しかねない。このため、TPSに基づく移民の滞在の拡張を訴えているNPO、National TPS Allianceを中心にして、バイデン政権にTPSの延長措置を政権移譲前に行うことを要求。昨年12月16日、全米各地から首都ワシントン入りしたTPSにより滞在している人々らによる記者会見を行うとともに、要求を認めさせるためとしてハンガーストライキに入ることを表明した。また、連邦議員と面談し、TPSの延長措置を速やかに行うよう、バイデン政権に求めるよう、訴えた。
こうした活動が実り、TPSを管轄する政府機関、Department of Homeland Security (DHS)は1月10日、3月8日の期限切れを待たず、18カ月の延長を認めることを明らかにした。これにより、TPSで滞在しているエルサルバドルからの出身者は、2026年9月9日まで、アメリカに合法的に滞在できることになった。また、今年4月に期限を迎えることになっていたベネズエラとウクライナ、スーダンからの出身者についても、18カ月の延長措置が認められた。TPSにより滞在している人々と支援団体の勝利である。しかし、延期が認められていない対象国もあり、National TPS Allianceは、さらなる働きかけをバイデン政権に行っていくとしている。
なお、National TPS Allianceは、Internal Revenue Serviceと呼ばれる国税庁に相当する政府機関から税制優遇を認められた、いわゆる501c3団体ではない。このため、カリフォルニアにあるCentral American Resource Center of Los Angeles (CARECEN-LA)という税制優遇を持つNPOの一事業として寄付や助成金を受け付けている。ただし、活動自体は、独立した組織として実施することができる。こういう仕組みをFiscal Sponsorshipという。
National TPS Allianceは、政権移譲前に政策の実現を求めている団体のひとつにすぎない。アメリカ最大の人権擁護団体といわれるNational Association for the Advancement of Colored People (NAACP)のDerrick Johnson会長兼CEOは、1月8日配信のアフリカ系アメリカ人向けのインターネットメディアTheGrioに” Together, these three actions will get us closer to a more perfect union, and ensure a freer and safer America for all”と題する一文を投稿。黒人の収監者に対する恩赦の実施と奨学金の返済免除、警察の暴力への対応の3点を退陣前に行うよう、バイデン大統領に求めた。
女性団体からは、より大きな要求が上がっている。男女同権を憲法に盛り込むEqual Rights Amendmentの制定を求める声だ。多くの女性団体や連邦議員などからも上がっていたが、昨年12月18日、全米最大の女性団体National Organization for Women (NOW)もChristian F. Nunes会長名で声明を発表。すでに38州が批准し、制定の要件を満たしているなどとして早急に制定に動くよう求めたのだ。
バイデン政権が、これらの要請に前向きに取り組む可能性は高いとは言えない。とはいえ、声をあげることが、次期政権の政策形成に一定の影響力を持つのではないか。そういう期待とともに、これらの動きを追っていきたい。なお、上記のNational TPS Allianceによる記者会見の様子は、以下のサイトからファイルをダウンロードすると、映像で見ることができる。
https://drive.google.com/drive/folders/1WoRW8bVrvpV7-Bw8pTVX2-3pEsRuAlwY
低所得者向け食料支援プログラムから"Junk Food"を除外、知事の提案に賛否
2024年12月18日
アーカンソー州のSarah Huckabee Sanders知事(共和党)は12月11日、トランプ次期大統領から長官に指名された2人の閣僚候補に対して、連邦政府の低所得者への食料支援プログラムで"Junk Food"の購入を除外するよう求める書簡を送付したことを明らかにした。"Junk Food"が健康を阻害するというのが理由で、州の農民が生産した卵や野菜、果物などの生鮮食品の購入を促すべきだと主張。この要請に対して、農業関係の団体からは賛同の声が出る一方、低所得者を支援しているNPOからは生鮮食品の購入が困難な地域もあるとして、画一的な除外は適切でないと述べるなど、賛否両論がでている。
Sanders知事が問題にした低所得者向けの食糧支援プログラムは、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)。連邦政府のDepartment of Agriculture (USDA) が管轄している事業のひとつで、一定の所得以下の家庭の家族数などに応じて、食料に限定して現金と同様に用いることができる引換券が支給される。1939年に導入された当時は、Food Stampと呼ばれ、受給者は受け取った引換券をスーパーなどで必要な食料を購入する資金に充当することができた。1990年代後半から、Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれる電子カード形式に変更され、名称も2008年からSupplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)に代わった。
2024年6月に発表されたUSDAの”The Food and Nutrition Assistance Landscape: Fiscal Year 2023 Annual Report”という報告書によると、2023年度の連邦政府の食糧支援プログラムの支出は、総額1664億ドル(約25兆円)。このうちSNAPは、1128億ドル(約17兆円)と、7割近くを占めた。受給者は、年度を通じた平均で4210万人にのぼる。この人数は、前年度に比べると2.2%増えており、低所得者が増えたことがわかる。なお、2023年7月1日現在の全米の推定人口は3億3756万人なので、ほぼ8人にひとりがSNAPを受給していることになる。なお、アーカンソー州に限定すると、12月10日現在で、11万9675世帯、
22万3552人がこの食料支援を受けているという。
Sanders知事が書簡を送付した閣僚候補は、Department of Health and Human Services (HHS) のRobert F. Kennedy Jr. とUSDAのBrooke Rollinsのふたり。このうちRollins候補は、問題として取り上げたSNAPを担当する省なので、当然だろう。一方、Kennedy Jr.候補は、直接SNAPに関わるわけではない。Sanders知事の書簡の中に、その理由は明示されていないが、SNAPで"Junk Food"を購入、食することによる健康への悪影響について理解を求めるため、健康や医療を管轄するHHSのトップに指名された人物へも送付したとみられる。なお、"Junk Food"のJunkとは「ゴミ」などを意味する。書簡には、ソーダ、健康に悪いスナック、キャンディ、デザートが、具体例として示されている。
Sanders知事は、こうした"Junk Food"がSNAPの支出の23%、250億ドル も費やされていると指摘。そのうえで、Stanford UniversityのJay Bhattacharya博士らによる研究結果として、"Junk Food"の購入が禁止されれば、14万1000人の児童が肥満になることを防げ、24万人の大人が2型糖尿病にならずにすむと述べている。また、糖尿病や肥満などによる妊娠合併症のリスクを減少させ、妊婦の健康改善にも寄与することも強調。さらに、連邦政府と州政府による医療費支出が2兆ドルに迫る中で、赤字削減にも寄与すると、"Junk Food"禁止の意義が大きいと述べ、「常識的な予防医療政策」と主張した。
The Natural Stateと呼ばれるように、アーカンソーは農業州だ。Arkansas Farm Bureauによると、農業は州最大の産業で、生産額は209億ドルにのぼる。主な農産物は、全米最大の生産量を誇るコメをはじめ、綿花の栽培も活発で、農家数はほぼ5万戸にのぼる。また、イチゴや桃などの果物や養鶏や畜産でも知られている。こうした地元産品の販売促進も兼ね、Sanders知事は、SNAP改革がアーカンソー州産の農産物などを楽しむとともに、アメリカ人がアーカンソー州の農家を支援する絶好の機会も提供することになると述べている。
なお、SNAP改革といいつつも、Sanders知事は、全米規模で制度を変えることを求めているわけではない。USDAのFood and Nutrition Serviceに対して、アーカンソー州によるSNAP事業に対して、特例として認めることを要請しているのである。その意味では、州民の健康増進や農業などの産業の促進を狙った、知事として州の利益を第一に考えた要望ということができる。しかし、SNAPの受益者である低所得者の利益をどこまで考えているのか、疑問視する声もある。
例えば、SNAPの受給には、様々な制約があるが、受給家庭の資産額はそのひとつだ。民主党の議員から州議会に、2250ドル未満という条件を1万2500ドルに引き上げることで、受給者の自立促進が提案された。しかし、Sanders知事は「福祉の拡大」は認めないとして拒否。結局、6000ドルが上限に設定された。ただし、多くの共和党知事が夏休み中に学校給食が取れないため、食費がかさむ低所得者家庭に配慮して支給額を増やすSummer EBTを導入していない中で、知事は実施に踏み切っている。これにより、州内の26万人の児童への食料支援が実施された。
では、こうしたSanders知事による次期政権の閣僚候補への要請に対して、地元の関係者は、どののように感じたのだろうか。当然のことながら、農業関係者からは積極的に評価する声が聞かれる。12月13日発信の地元紙Arkansas Advocateの”USDA should prohibit “junk food” purchases with SNAP benefits, governor say”という見出しの記事によると、農家や農業関係の事業者の組織、Agricultural Council of ArkansasのExecutive Vice President のAndrew Grobmyerは、次期政権で議論になるテーマだと指摘。そのうえで、「(SNAP)の変更により、受給者がアーカンソー州産の米など、より健康的で栄養価の高い選択肢を選ぶことにつながることを願っている」と述べ、知事の行動に謝辞を表明した。
一方、児童とその家族の福祉や医療、教育など多様な問題に関するアドボカシー活動を進めているNPO、Arkansas Advocates for Children and Familiesは、12月11日に発表した声明の中で、知事の貧困問題への対応を楽観視しているとしながらも、低所得のアーカンサン州民の多くは、州の田舎で「食の砂漠」に住んでいると指摘。そのため「家族がコミュニティ内で自分やその子どもたちが利用できる食品を柔軟に購入できない制限には注意する必要がある」と述べている。1977年の設立以降、低所得者のサイドに立ったアドボカシー団体として、利用者本位の指摘といえよう。
なお、上述のSanders知事によるトランプ次期政権の2人の閣僚候補への書簡は、以下から見ることができる。
https://governor.arkansas.gov/news_post/governor-sanders-calls-for-reforms-to-the-snap-program/
2020年の大統領選挙後に相次いだ州の選挙・投票関連の立法化、24年のトランプ勝利に寄与した可能性
2024年11月28日
アメリカの大統領選挙の投開票から3週間余りがたったものの、選挙結果を左右した要因についての分析や考察がいまも続いている。その大半は、人種やジェンダー別に見た投票者の割合や、経済問題や民主主義の危機など政策上の争点の影響の程度など、投票行動に関するものだ。しかし、選挙で勝利したとはいえ、トランプに一票を投じた人数は、棄権した有権者を下回っている。また、投票率は、前回の大統領選挙よりも、今回は低下した。この結果を前に、「有権者はトランプを支持したといえるか」という声もある。では、なぜ、多くの有権者は棄権を選択したのか、あるいはせざるをえなかったのか。その背景には何があるのか。2020年以降の選挙制度の改定を中心にして、これらの点について考えていきたい。
University of Florida Election Lab (UFEL)が11月21日時点のデータとして発表したところによると、2024年の大統領選挙における全米の投票率は、63.68%と20年の選挙時の66.77%を3.09%下回った。2020年といえば、コロナ禍で外出が制限されたり、自主的に控える人が少なくなかった時だ。一方、期日前投票の期間の延長や郵便投票の導入が進んでいた。とはいえ、新型コロナウイルス感染症への懸念が大幅に後退し、投票所に向かうことへの抵抗感は少なくなっただろう。また、トランプの再選や史上初の女性大統領の誕生の可能性など、関心を煽る要素も存在した。にもかかわらず、4年前より投票率が低下したのは、なぜなのだろうか。
なお、UFELは、投票率をVoting-Eligible Population (VEP) に占める投票者の割合と定義している。投票権をもつ18歳以上の人々(Voting-Age Population: VAP)から、投票権が認められていない外国籍の住民や公民権が停止された受刑者や保釈中の人々などを除外した数字である。Registered Voters (RV)、すなわち有権者登録を行い、実際に投票できる人に対する比率ではない。11月6日のUFELのデータによれば、今回の選挙時点におけるVAPは2億6479万8961人、VEPは2億4574万1673人。一方、実際に投じられた有効投票は1億5296万7700票としている。これらの数字から、VEPに対する投票率は62.25%だが、VAPで見ると59.88%と推計。VEPの投票率が前述の11月21日のデータの方が多いのは、11月21日のデータには、6日以降の開票数が加わったためと見られる。
VEPの2億4574万1673人から実際に有効投票を投じた1億5296万7700人を引くと、9277万3973人となる。これが、有権者でありながら投票を行わなかった人数である。AP通信が11月28日現在の数字として示している、トランプに投票した7688万3434人を1600万人近く多い。ただし、UFELのデータが11月6日時点なのに対して、AP通信の数字は11月28日と、3週間近く長いことに注意が必要だ。VEPの人数は増えないが、開票数は時間がたつにつれ、追加されていく。11月16日発信のUS News and World Reportは、VEPから有効投票を投じた人数を引くと、8900万人程度になると推計。これは、VEPの36%に相当し、トランプの獲得数を1200万票以上回っている。
なぜ、9000万人前後のVEPが投票を回避したのか。一票を投じなかった有権者に限定した調査は見当たらない。10月28日から投票日の11月5日までの間、AP通信は、全米50州で、棄権者も含め、12万人以上の有権者を対象にした調査を実施、その結果の一部をAP VoteCastと名付けたウェブサイトに掲載している。しかし、回答者を年齢や人種、性別、学歴などによって分類し、投票行動を分析しているものの、投票者と投票しなかった有権者に分けた結果や後者だけの結果は示されていない。このため、AP VoteCastなどのメディアの公開情報から、棄権した有権者の意識を探ることはできなかった。
では、なぜ、有権者は棄権を選択したのか、あるいはせざるをえなかったのか。この問い全般への回答は、不可能である。直接検討するためのデータがないからだ。そこで、棄権に影響を与えたと推察される要因から考察していきたい。なお、2020年以前の大統領選挙における投票率を見ると、2004年の60.70%から08年には62.20%へと増加。しかし、2012年には58.60%へと再び減少、そして16年には60.20%とやや持ち直した。今回の投票率は、前回を下回ったとはいえ、2016年までの結果と比べると高い。その背景には、NPOなどによる有権者登録をはじめ、GOTV (Get Out The Vote)と呼ばれる投票促進運動などが広がっていたことが影響していると推察される。
しかし、2020年から24年の間に、選挙をめぐる政治的な状況は大きく変化してきた。2020年に敗北したトランプよる「選挙に不正あった」という根拠のない主張などが影響し、投票権を制約する動きが共和党の政治家や党員を中心に全米に波及したのである。一方、民主党を中心に、投票の権利を維持、拡大させる取り組みも進められた。こうした動きについて、投票権などに関連した社会啓発や調査研究を行っているNPO、Brennan Center for Justice (以下、BCJ)が州レベルの選挙・投票関連立法の動きを調査している”State Voting Laws”というプロジェクトのデータを参考にして、考えていく。なお、州法を取り上げるのは、アメリカの投票に関する制度の多くは、州で制定されるためだ。
BCJは、長年、投票権の制約と拡大のふたつの領域に分けて、全米の各州で検討された選挙・投票関連法案の追跡調査を行ってきた。投票権制約法案の代表的な例には、郵送投票や期日前投票を制約がある。一方、拡大法案には、その逆の内容が盛り込まれていると考えればいいだろう。2022年からBCJは、選挙管理干渉法案を調査対象に含めるようになった。日常的な選挙管理や不注意による過失に対して、選挙係員に刑事罰または民事罰を科す制度などが、これに当たる。この制度に対しては、選挙管理の厳格化というプラスの側面もあるものの、政治罰や民事罰への懸念から選挙管理に当たる職員が委縮し、業務で生じた問題点などを指摘しにくくなるという批判がでていた。
これら3種類の法案について、BCJは、“Voting Laws Roundup: September 2024”の中で、バイデンが大統領に就任した2021年1月から24年9月までの州の動向を次のように整理している。
・投票権制約法案:少なくとも30州で78法案が成立、そのうち29州で63の法律が11月に選挙時に施行
・選挙管理干渉法案:少なくとも15州で33法案が成立、そのうち14州、31法案が11月の選挙時に施行
・投票権拡大法案:少なくとも41州で168法案が成立、そのうち41州で156の法律が11月の選挙時に施行
では、いわゆる激戦州では、どのタイプの法案が、どの程度成立、施行されたのだろうか。これらについては、BCJの” How Voting Laws Have Changed in Battleground States Since 2020”という記事に示されている。以下、成立し、立法化され、11月の選挙時に施行された件数だけになるが、以下に表示しておく。なお、この表に、それぞれの州の2024年と20年の大統領選挙における投票率を、導入された法律による影響について検討する一助として、提示しておくことにした。2024年には、これらの州すべてでトランプが勝利したが、20年にはフロリダ、ノースカロライナ、テキサスの3州に止まっていた。
2021年1月~24年9月の州法の改定・施行と大統領選挙における投票率の変化
制約法 干渉法 拡大法 24年投票率 20年投票率
アリゾナ州 4 4 4 63.60% 65.92%
フロリダ州 2 3 0 66.71% 71.66%
ジョージア州 2 6 1 68.26% 68.03%
ミシガン州 0 0 10 74.69% 73.90%
ネバダ州 0 0 6 65.80% 65.36%
ノースカロライナ州 2 0 0 70.33% 71.48%
ペンシルベニア州 0 0 0 71.18% 71.14%
テキサス州 4 3 3 56.57% 60.42%
ウィスコンシン州 0 0 0 76.37% 75.77%
(出典)各種の資料から筆者が作成
以上のように、施行された法律の数と種類は、州による差が大きい。例えば、ミシガン州では、拡大法だけ施行された。しかも、その数10。一方、ジョージア州では、制約法と干渉法のふたつで合計7件が施行されたが、拡大法は1件にすぎなかった。ただし、前述した全米レベルの動向と比較すると、制約法と干渉法の施行割合が高いことが見て取れる。また、投票率の変化と合わせて考えると、2020年より24年の方が投票率が高かったのはジョージアとミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの5州だが、ジョージア州以外では制約法と干渉法が施行されていない。一方、減少率がもっと高いフロリダ州では、成功されたのは制約法と干渉法だけだ。より多数かつ詳細なデータが必要とはいえ、これらの結果を見ると、州における選挙や投票に関する制度変更が投票行動や結果に一定の影響を与えたとかんがえることができるだろう。
なお、上記に示したBCJのプロジェクト”State Voting Laws”の資料などは、以下から見ることができる。
https://www.brennancenter.org/issues/ensure-every-american-can-vote/voting-reform/state-voting-laws
「中絶の権利」と「選挙権を市民に限定」、住民提案の結果からみる「民主主義」の危機
2024年11月10日
アメリカの大統領選挙は、共和党のトランプの勝利で終わった。民主党のハリスは、「民主主義の擁護」を前面に押し出したものの敗北。この結果、トランプをファシストととらえる人々を中心に、「民主主義の危機」が叫ばれている。では、大統領選挙において、投票者は、「民主主義の擁護」をどうとらえていたのか。また、大統領選挙と同時に州や自治体などで、数多くの住民提案が投票に付された。その結果は、今後のアメリカの民主主義にどのような影響を与えていくのだろうか。
大統領選挙や中間選挙の際、大手のメディアは独自に大規模な出口調査を実施している。例えば、今回の選挙にあたり、CNNは全米で2万3000人に近い投票者に対して、投票後、さまざまな質問を行い、その結果を公表した。他の大手メディアも、質問内容に一部異なる点があるものの、同様な調査を行ったうえで、結果をウェブサイトに公開。世界中の人がアクセスできるようにしている。
大手メディアによる出口調査の質問は、大別して、投票者の属性や状況に関するものと、選挙の争点など、さらに候補者への考えや印象などに大別される。例えば、CNNの投票者の属性についての質問には、年齢、人種、宗教、性別、学歴などはもとより、所得水準や支持政党、リベラルか保守かといったイデオロギーなども含まれる。選挙の争点についての質問は、人工妊娠中絶や「不法移民」への対応策、重視する政策などがある。最後の候補者については、好感度などに加え、いずれに候補が特定の政策にすぐれているかのように、かなり深い内容に立ち入って尋ねている。
なお、CNNだけでなく、他の大手メディアの出口調査の結果は、単純集計のデータに加え、一部、クロス集計の結果も示している。しかし、閲覧者が独自に集計を行う仕組みは用いられていない。このため、閲覧者それぞれの疑問や仮説などを自ら分析することはできず、あくまでメディア側が提示した集計結果から考察することになる。
「民主主義」についての回答を見ると、「非常に安泰」という回答は、全体の8%に止まった。「やや安泰」は17%で、これらを合わせても25%にすぎない。一方、「やや脅威にさらされている」と「深刻な脅威にさらされている」が、それぞれ35%と38%にのぼる。ここから、投票者の圧倒的多数は、「民主主義」の現状あるいは将来を懸念していることがわかる。
では、以上のような回答をした投票者は、ハリスとトランプのいずれに一票を投じたのだろうか。「民主主義の擁護」を訴えた、ハリスへの投票者が「やや脅威にさらされている」と「深刻な脅威にさらされている」を選んだと考えるかもしれない。しかし、「やや脅威にさらされている」については、ハリスへの投票者が51%、トランプへは48%が投票。また、「深刻な脅威にさらされている」を選んだハリス投票者は48%なのに対して、トランプへ投票した人は50%にのぼった。
このように、出口調査の結果から、ハリス支持かトランプ支持かに関わらず、「民主主義の危機」を深刻に感じているといえよう。であるならば、投票者は、「民主主義の擁護」のために一致して戦ってもよいはずだ。しかし、両候補とその投票者の間には、大きな溝がある。なぜか。「民主主義」への認識の相違、あるいは何をもって「脅威」と感じるかの相違だろう。ここでは、その点について踏み込まないが、両候補は異なる「民主主義」観を持ち、有権者は、それぞれの「民主主義」観の擁護の必要性を認識していたと考えられる。
では、住民提案の結果から、「民主主義」がどのように扱われたのか、みてみよう。住民提案については、この欄で、何度か紹介してきた。住民が直接立法に関わる制度だが、イニシアチブとレフェレンダムに大別される。前者は住民発議による立法措置で、後者は議会が制定した法律の賛否を問う。この両者をあわせてBallot Measureという。住民提案の大半は、様々な選挙と同時に実施される。今回の大統領選挙と同じ日に投票に付されたのは、州レベルで160件ほどだ。
このうち最も注目されたのは、人工妊娠中絶の権利に関する提案だろう。投票に付されたのは、アリゾナ、コロラド、メリーランド、ミズーリ、モンタナ、ニューヨーク、ネバダ、フロリダ、ネブラスカ、サウスダコタの10州。このうちアリゾナからネバダまでの7州で成立、残りの3州は不成立に終わった。多くの州では、住民提案に関して、有効投票の過半数が賛成すれば成立する。
しかし、フロリダ州では、住民提案の成立に60%以上の賛成票を求めている。同州では、反対43%と、賛成が6割に届かなかったものの、50%を大きく超えた。10州のうち、過半数に届かなかったのは、ネブラスカ、サウスダコタの2州にすぎない。人工妊娠中絶の権利は、女性の権利の象徴と見なされることが多い。住民提案が投票に付された州の8割で賛成が過半数を超えたことは、中絶の権利が全米で幅広く支持されていることを示しているといえよう。
全米の州の数は50。その1割に当たる10州で人工妊娠中絶の権利を確立するために住民提案が投票に付された背景には、2022年の連邦最高裁判所の判決がある。連邦最高裁は、1973年、いわゆるRoe vs. Wade判決で中絶の権利を認めた。しかし、2017年に始まったトランプ政権下で指名、連邦上院で承認された判事らによって、これが覆されたのである。その後、2022年の中間選挙でも、6つの州で中絶の権利を認める提案が出され、いずれも成立した。最高裁判決をいわば覆す形になった、これらの住民提案。それは、住民、すなわち市民が政治の主体であることを示したという意味においても、「民主主義」を体現したということができる。
人工妊娠中絶の権利は、リベラル派のアジェンダである。一方、保守派のアジェンダとして投票に付された住民提案もある。選挙で一票を投じる権利を市民、すなわちアメリカの国籍を保持する人々に限定することを求める提案だ。この提案は、アイダホ、アイオワ、ケンタッキー、ノースカロライナ、オクラホマ、サイスカロライナ、ウィスコンシンの8州で実施された。賛成票が最も少なかったケンタッキーでも62%、最も多いサウルカロライナでは86%の投票者が賛成した。
投票権をアメリカ市民に限定するという住民提案の効力は、いずれも州の選挙に限定される。連邦議会は1996年、国籍を持たない人が投票を行った場合、犯罪行為として処罰の対象になることを盛り込んだ法律を制定していた。しかし、これは大統領や連邦議会議員のような、連邦政府の公職者の選出に限定される。換言すれば、州は、独自に法律を制定しない限り、州の選挙で、アメリカ市民以外が投票することを否定する法的な根拠をもたない。住民投票は、この州法における「不備」を補ったといえる。その意味では、これも「民主主義」の姿というべきなのだろう。
前述のように、今回の大統領選挙に当たり、両候補や投票者は、異なる「民主主義」観を持っていたと推察される。ここでみた人工妊娠中絶と投票権を市民に限定する提案と、それぞれに提案に対する投票者の一票は、「民主主義」の形のひとつとはいえ、その背景にあるイデオロギーは大きく異なる。トランプの「圧勝」は、この相違を終焉させるのではなく、深め、激化させていくだろう。その先に、新たな「民主主義」像が誕生するのか、注視する必要がある。
なお、住民提案の内容と結果については、以下から詳細をみることができる。
https://ballotpedia.org/2024_ballot_measures
「反移民」が選挙の争点化する中、ロス近郊の保守的な市でノンシチズンの地方投票権を求める住民投票実施
2024年11月2日
最終局面に入ったアメリカの大統領選挙では、トランプ元大統領をはじめとした共和党の候補者らが移民排斥を声高に叫んでいる。また、住民提案を通じて、アメリカ国籍をもたない人々、すなわちノンシチズンの投票禁止を求める法律の制定を目指す州も複数存在する。こうした「反移民」が選挙の争点化する中で、ロサンゼルスの近郊にある保守的といわれる市において、大統領選挙と同じ日にノンシチズンの地方投票権の是非を問う住民投票が実施される。
民主党の地盤を意味する、ブルーステートの代表格ともいえるカリフォルニア州。その最大都市で、リベラルな風土で知られるのが、ロサンゼルスだ。ノンシチズンの地方投票権の是非を問う住民提案が投票に付されるのは、ロサンゼルスに隣接するオレンジ郡のサンタアナ市。オレンジ郡は、保守的な地域として知られ、”Trump Town in California”というイメージを持つ人が少なくない。
サンタアナ市は、同郡内でノンシチズンが最も多い市で、人口31万人のうちノンシチズンの割合は24%と、4人にひとりに及ぶ。ノンシチズンの80%はヒスパニック系だが、アジア系も12%を占め、その大半はベトナム系の住民だ。実際、サンタアナ以外のオレンジ郡の地域でも、ベトナム系住民の姿が目立つ。その背景には、ベトナム戦争におけるアメリカの敗北がある。
サイゴン陥落後、アメリカに「ボートピープル」としてたどり着いたベトナム人向けに難民主要施設が建設され、施設を出た人々が同郡内をはじめとした周辺地域の居住し始めたのが始まりだ。その後、リトルサイゴンと呼ばれる大規模なベトナム人街が形成され、郡内に20万人のベトナム系の人々が居住しているといわれるまでに増大。これは、全米のベトナム系住民のほぼ10%を占めている。
11月5日に投票に付されるノンシチズンへの地方投票権を求める提案は、Measure DDという。こ名称からだけでは、提案が意図する内容を把握することはできない。そこで、サブタイトルをみると、”Noncitizen Voting in Municipal Elections Amendment”とある。ここから、Measure DDは、市の公職者の選挙に関する憲章を改正し、ノンシチズンが投票できるようにすることを要求していることがわかる。
なお、サブタイトルには示されていないが、提案が成立した場合、選挙で実際に運用が始まるのは2028年の大統領選挙の時からだ。また、ノンシチズンとは、サンタナ市内に居封している人全員をさす。具体的には、永住権の保持者だけでなく、短期ビザの滞在者、難民、さらには有効なビザを所有していない外国籍の人々、すなわち「不法滞在者」も含まれ、対象となる住民は7万人に及ぶという。
住民が発議した提案を投票に付すには、それぞれの州や地方政府に対して、規定された数を上回る署名を集め、申請を行うことが必要である。申請が認められ、投票に付されることになると、賛成派と反対派がそれぞれ主張を有権者に示し、判断を求める。大半の住民提案は、有効投票の過半数で成立する。しかし、一部の州や地方政府では、6割の賛成を求めるなど、制度の内容や運営方法は、全米で統一されているわけではない。
Measure DDの成立に向け、署名を集め、住民提案としてサンタアナ市に申請したのは、Santa Ana Families for Fair Elections (SAFFE)という市民やアジア系やヒスパニック系、人権擁護などに取り組むNPOなどの連合体である。SAFFEが設立されたのは、2023年。中心になったのは、VietRISEというベトナム系のNPOだ。ヒスパニック系団体ではEl Centro Cultural de MexicoやEsperanza Union del Inquilinos、移民や人権問題に取り組むNPOとしてHarbor Institute for Immigrant and Economic JusticeやOrange County Justice Fund、American Civil Liberties Union Southern Californiaなどが加わった。また、地元の教育委員や複数の市議なども、提案への支持を表明している。
提案の賛成派のスローガンは、“No Taxation without Representation”だ。いわずと知れた独立戦争の根拠として用いられた、政治参加を納税と関連させた主張である。このスローガンに現実性を持たせるため用いられたのは、Harbor Institute for Immigrant and Economic Justiceという研究機関が2024年8月に公表した”An Economic Perspective on Noncitizen Enfranchisement”というタイトルの調査報告だ。連邦政府機関のCensus Bureau American
Community Surveyなどによる2024年のデータに基づき、サンタアナ市のノンシチズンによる州税と地方税を推計。その額は年間1億1781万4962ドルに上る。また、オレンジ郡全体では、7億5104万3807ドルに達するという。
サンタアナ市長のValerie Amezcuaをはじめとして、Measure DDには反対派も存在する。最大の反対理由は、多額の財政支出が見込まれることだ。そのひとつは、市長と市議、そして住民投票の3つの選挙を実施するためのコストである。現在、これらの選挙は、オレンジ郡の選挙管理委員会に相当するOrange County Registrar of Votersを通じて行われている。しかし、提案成立後は、市が独自で行うことになるという。これに伴う支出がどの程度になるか、算定は行われていない。
もうひとつの財政支出として指摘されている、反対派による訴訟に対応する費用として、市では50万ドルという数字をあげている。VietRISE のTracy La事務局長は、11月1日発信のNPOのメディア、Truthaoutの”Noncitizens in Santa Ana Are Organizing for the Right to Vote in Local Elections”というタイトルの記事の中で、反対派は、提案が成立した後の運営に1000万ドルが必要になると主張していると述べている。ただし、この金額の根拠は示されていない。
また、上記のTruthaoutの記事によると、反対派は100万ドルを超える活動資金を調達し、提案への批判活動を進めている。これに対して、賛成派が集めた資金は、1万ドルにすぎない。こうした不利な状況を乗り越えなければ、Measure DDの成立は見込めない。そのためSAFFEが進めているのは、キャンバッシングと呼ばれる戸別訪問による、提案への支持を訴える活動である。最初に行われたキャンバッシングには50人余りが参加、2000以上の家庭を訪問して、提案への支持を訴えたという。
キャンバッシングにおいて、訪問先で聞かれる疑問の多くは、ノンシチズンの投票権は合法なのか、ということだ。実際、Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act of 1996という連邦法は、連邦政府の公職者を選ぶ選挙にノンシチズンが投票することを明確に禁止している。しかし、州の憲法や法律、あるいは地方政府の条例などで認められている場合は、ノンシチズンが投票を行うことを認めているのである。実際、現段階で、全米19の地方政府などで、ノンシチズンの地方選挙での投票権を保障している。
ここで詳細を論じる余裕はないが、アメリカでは、建国後、1926年まで、40の州でノンシチズンの投票権を認めてきた。投票権を認めた期間は、州によって異なるが、選挙は市民権保持者のみという考えは、一般的と言えない時代があったことは事実だ。なお、ノンシチズンといっても、白人だけに投票が認めたり、黒人らへの投票権の侵害を行うなど、アメリカの選挙権をめぐる議論は、人種差別とも強い関係を示してきた。また、2024年9月現在、7つの州は、憲法でノンシチズンの投票権を認めていない。さらに、11月5日にノンシチズンの投票権を憲法上認めないとする住民提案を実施する州が8つある。
こうした「反移民」政策の具体化としてのノンシチズンの投票権を否定する動きが広がる中で、保守的な土地柄といわれてきたオレンジ郡のサンタアナ市において、市の公職者を選ぶ選挙に移民法上の地位に関わりなく住民全体が参加できる仕組みの是非が問われること自体、共生社会の建設という観点に立てば、大きな意味を持つといえよう。
なお、VietRISEのMeasure DDの成立を目指す活動については、以下から見ることができる。
https://vietrise.org/campaigns/expanding-voting-rights-in-santa-ana/
カリフォルニアの家賃規制やホームレス対策費捻出の住民投票、住宅問題の深刻化を反映
2024年10月10日
各種の世論調査を見ると、11月の大統領選挙における最大の争点は経済だ。次いで、健康保険制度や連邦最高裁判所判事の任命問題、外交、暴力犯罪、移民、銃規制、人工妊娠中絶などとなっている。これらの問題は、有権者が大統領や連邦議員を選ぶ際に考慮することになろう。一方、それぞれの州や地域に特徴的な問題については、知事や州議会の議員、自治体の首長や議員の選出、さらに住民投票などの結果に反映されていく。ここでは住民投票に焦点を当て、全米最大のホームレス人口を抱えるカリフォルニア州における家賃規制やホームレス対策費捻出に関する内容や有権者の動向を見ていきたい。
連邦政府機関のDepartment of Housing and Urban Development (HUD)が2024年1月に公開した報告書”The 2023 Annual Homelessness Assessment Report (AHAR) to Congress”によると、2023年における全米のホームレスの推定人口は、65万3104人で、前年の58万2462人を大きく上回った。このうちシェルターに入れず、路上生活を送っている人は25万6610人で、1年前の23万3832人より2万人以上増加。これら2023年の数字は、2007年以来最悪となっている。
州別に見ると、カリフォルニア州が18万1399人を数え、このうち路上生活者は12万3423人と、68%を占めた。いずれも全米で最大の人数と割合だ。路上生活者に限定すると、全米の49%に及んでおり、同州のホームレス問題への対応の遅れがうかがえる。ただし、2007年に比べるとホームレス人口が30%余り増加しているものの、22年と比較すると5.8%増に止まっている。カリフォルニア州内で最も深刻な状況にあるのは、同州最大の都市のロサンゼルス郡・市だ。ホームレス人口が7万1320人と、ニューヨーク市の8万8025人に次ぐ、全米第2の状況に陥っている。
ホームレス問題には、さまざまな社会的な背景が存在する。とはいえ、家賃の高騰やシェルターの不足などは、常に指摘されている。これらの問題に対処するため、カリフォルニア州とロサンゼルス郡は、11月の大統領選挙に合わせて住民投票を行う。州のProposition 33と郡のMeasure Aがそれだ。いずれも、有効投票の過半数が、賛成を意味する”YES”に投じられれば、提案は成立し、法的な効力をもつことになる。
カリフォルニア州には、1995年に制定されたCosta–Hawkins Rental Housing Actと呼ばれる家賃規制法が存在する。しかし、この法律の対象は、戸建て住宅とコンドミニアム、1995年以前に建設されたアパートに限定される。また、入居者が引っ越して空いた部屋を新しい人に貸す場合、規制の対象外になるため、高い家賃を科すことが可能になる。Proposition 33は、1995年の法律を廃止、郡や市がアパートなどの賃貸住宅の家賃の引き上げ幅を独自に制限することができるようにする提案だ。この提案の成立に向けた運動を主導しているのは、AIDS Healthcare FoundationというNPOである。1987年に設立され、ロサンゼルスを中心に、HIVに関する治療やアドボカシー活動をグローバルに展開している。住宅問題については、HIV陽性患者とその家族のための低家賃アパートなどを運営する事業、Healthy Housing Foundationを2017年にスタートさせ、現在、全米各地で18の施設を管理しているという。
州レベルの住民投票を成功に導くには、幅広い個人や組織の連携とともに、有権者に訴える広報活動などのための膨大な財源の確保が必要になる。Proposition 33については、Los Angeles CountyやSan Francisco County、City of West Hollywoodなどの地方政府が支持を表明。また、California Democratic Partyをはじめとした民主党系の政治団体に加え、労働団体のCalifornia Nurses AssociationやLos Angeles College Faculty Guild、UNITE HERE Local 11、United Auto Workersなど、そしてアパートの入居者や高齢者、女性、マイノリティなどのNPOも賛同団体に名を連ねている。
Proposition 33が成立すれば、アパートなどの経営者は、家賃引き上げが制約され、経営を圧迫する恐れがある。このため、California Rental Housing AssociationやCalifornia Association of Realtorsなどの業界団体が多額の資金を集め、提案の成立阻止に向け連携。カリフォルニア州のSecretary of Stateのウェブサイトに掲載されたデータによると、9月21日までに、それぞれ60万976ドル02セント、2700万ドルを調達した。
これに対して、AIDS Healthcare Foundation は、2864万679ドル70セントを活動資金として提供。また、YES ON PROPOSITIONS 3, 32 AND 33という3つの住民提案のための資金調達団体が55万ドルを集めるなどして、提案成立に向けた活動に充当している。なお、同様の提案は、2018年と20年にも住民投票に付された。しかし、過半数の投票を獲得できず、不成立に終わった経緯がある。
Center for Urban Politics and Policyなどが9月12~25日にかけてカリフォルニア州の有権者1685人を対象に行った世論調査によると、Costa–Hawkins Rental Housing Act の撤廃を求めることに賛成した人は、37.1%だった。反対は33.3%で、未定の有権者が3割にのぼっていることがわかった。年齢別にみると、40歳未満では賛成43.0%、反対23.5%だったが、60歳以上ではそれぞれ31.3% と42.4%と、逆の傾向が見られた。なお、40~60歳の有権者は、賛成35.1%に対して、反対は36.9%と、両者の中間程度だ。
では、ロサンゼルス郡のMeasure Aとは、どのような提案なのか。ホームレス対策費捻出のために、特別税として、消費税の一部として徴収することを求めるものだ。同郡の有権者は2017年、Measure Hという提案を成立させた。これにより、消費者は、ホームレス対策の費用として1ドルの購入に対して、0.25セントを消費税に加算して徴収されることになった。しかし、10年間の時限措置なので、2027年に失効することになる。
Measure Aは、追加徴収を0.5セントに倍増させ、2027年以降も有権者が廃止を決めない限り、継続的なホームレス対策に充当することを求める措置である。なお、Los Angeles County Registrar-Recorder/County Clerkが作成した有権者向けの住民提案の説明資料によると、この提案により徴収される消費税は年間10億7607万6350ドルにのぼる。日本円に換算すると1600億円近い膨大な金額だ。
Proposition 33は、成立すれば、高い割合で家賃が毎年上がっていくことを抑止できる可能性が高い。その意味では、賃貸住宅の居住者にとってはメリットがある。一方、Measure Aは、ロサンゼルス郡・市にいる7万人を超えるホームレスへの支援のために、消費税を追加して支払うか否かの選択だ。ホームレス人口が多いとはいえ、大半の有権者にとっては「他人ごと」ともいえる。にもかかわらず、「自分ごと」として一票を投じることになるのかどうか、有権者の意識に基づく、行動の結果が注目される。
なお、Proposition 33の成立を目指す活動については、以下のサイトから見ることができる。
https://yeson33.org/
大統領選挙を前に全米規模の有権者登録イベント、企業や政府と連携してNPOが開催
2024年9月21日
アメリカの民主主義は、「投票箱に始まり、投票箱に終わる」といわれている。国の将来を決定する権利を「我々、人民」の手にゆだねられた象徴として投票箱が存在することの表現といっていいだろう。しかし、アメリカでは、有権者登録を行っていなければ、一票を投じることができない。このため、有権者に登録を進めるため、様々な活動が行われている。2012年から始まったNational Voter Registration Dayという全米規模のイベントはそのひとつで、今年は、大統領選挙を7週間後に控えた9月17日に開催された。
日本の総務省統計局に相当する、US Census Bureauが2023年5月に発表したデータによれば、その前年の中間選挙に当たり有権者登録を行っていた人は、投票年齢人口のうち69.1%だった。この数字は、2018年の大統領選挙時の66.9%よりも2.2%高く、中間選挙時としては2000年以来最も高い数字を記録した。ただし、実際に投票した人の割合、すなわち投票率は、52.2%に止まった。これらの数字は、投票への呼びかけだけでなく、有権者登録の促進が必要なことを示している。
有権者登録は、オンラインや郵送に加え、各地の政府関係機関などで対面により行うこともできる。前述のUS Census Bureauのデータによれば、対面による登録で最も多いのは、自動車免許の取得や更新などを行うDMV (Department of Motor Vehicles)のオフィスだという。なお、一度、有権者登録を行えば、引っ越しなどをしない限り、選挙ごとに登録をする必要はない。ただし、氏名が変わった場合などには、新たに登録が必要になることもあるので、有権者は注意が必要だ。
投票年齢人口の3割が有権者登録を行っていないのはなぜか。オンラインや郵送を含め、登録方法がわからない、あるいは登録のための書類作成が困難などの理由が大きいといわれている。投票年齢になったばかりの若者や、登録に必要な書類を読み、作成するための語学力が不十分な人々などが有権者登録に焦点が置かれるのは、そのためといえよう。
有権者登録の期限は、州ごとに決まっている。選挙の1-2カ月前になると、それぞれの州で、若者や低所得者などに支援を提供している政府機関やNPOは、自らの事務所や出先の会場で登録書類の作成支援を行う。また、GOTV (Get Out The Vote)といい、有権者登録が少ない地域でボランティアが中心になって戸別訪問して、未登録の人たちに書類作成を支援する活動を行うNPOを目にすることも少なくない。
こうした活動は重要だ。しかし、個別の活動のため、パブリシティなどの面で限度ある。このため、2010年の中間選挙に当たり、有権者登録を進めていたNPOの関係者の中から、全米規模のイベントを開催するアイデアが出てきた。その2年後の9月25日、約2000のNPOなどが連携して、National Voter Registration Dayがスタートした。この立ち上げに関わったNPO、HeadCountによると、全米30都市のキャンパスや地下鉄の入り口付近の広場などで有権者登録の呼びかけが行われたという。
National Voter Registration Day が発行した2020 Final Reportによると、2012年の活動を通じて有権者登録を行った人は、30万3610人。2013年と15年は地方選挙だけで、14年は中間選挙だったこともあり、登録した人は毎年5万から15万人に止まった。しかし、2016年の大統領選挙の時には77万1321へと急増。2020年にBidenとTrumpが争った時には155万4920人にのぼった。2021年は地方選挙、22年は中間選挙だったため、20年に比べると、登録者数は大幅に減少した。しかし、これまでの有権者登録者が500万人以を超えるという大きな成果を残している。
こうした成果を出せた理由のひとつは、「多様」かつ多数の個人や団体を連携させて実施したことがある。先述のように、有権者登録の主なターゲットのひとつである、登録に必要な書類を読み、作成するための語学力が不十分な人々は、市民権取得後間もない移民や障がい者、教育機会が少なかった低所得者やマイノリティ、女性が比較的多いといわれている。このこともあり、「多様」な組織による連携した取り組みが必要なのだ。
とはいえ、全米規模のイベントとなると、アメリカ全体で活動している組織の参加が欠かせない。前述のように、2012年の初回に2000以上の個人や団体と連携していた。この数は2020年に倍増、4211に及んだという。その多くは、大学や学生組織、図書館などだ。全国的なNPOでもあるLeague of Women’s Voters (LWV)は536もの支部が参加している。LWV以外にもGoodwillやYWCA、National Council of Nonprofitsなどの大手のNPOに加え、MicrosoftやAflac、Uberなどの世界的な企業の参加も目立つ。
政府や議会の動きも見逃せない。選挙を管轄する州政府機関の連合体、National Association of Secretaries of State (NASS)やElection Assistance Commission (EAC)という選挙管理委員会が選挙管理改善や有権者支援のための超党派の独立政府機関などは、2022年までに相次いでNational Council of Nonprofitsへの支援を表明している。また、連邦上院が2021年にNational Voter Registration Dayを指定する決議案を採択。ホワイトハウスもObama政権とBiden政権は、この日を記念する宣言をだした。
今年のNational Council of Nonprofitsの結果については、実施直後のため、まだ主催団体から発表がなく、どの程度の有権者登録が行われたのかなどの数字は、明らかでない。しかし、イベントを実施する上でカギとなる連携団体の数などは、過去の実績を大きく上回る5500団体にのぼる。このため、過去最高の登録者を生み出すとみられる。
なお、National Council of Nonprofitsは、有権者登録をはじめとした人々の選挙に関する行動とNPOの活動を結びつけるために支援しているNPOのプロジェクトのひとつとして運営されている。今年の実績も近く発表されると思われるので、それを含めた詳細は、以下から見るとよいだろう。
https://nationalvoterregistrationday.org/
人工妊娠中絶問題など州レベルで160の住民投票実施、11月の大統領選挙と同時に
2024年9月3日
アメリカでは、大統領選挙や中間選挙、あるいは州や自治体の選挙にあわせて、住民投票が実施される。今年11月の大統領選挙においては、8月31日現在で、全米41州で160件にのぼるの住民提案が投票に付される見込みだ。今回注目されているテーマは、人工妊娠中絶や市民権を持たない住民の投票権、選挙制度、最低賃金などだ。ここでは、大統領選挙にも大きな影響を与えるとみられる人工妊娠中絶に関する提案を中心に、住民投票について考えていく。
住民投票という言葉を聞くと、住民、すなわち有権者が発議した提案に対して、住民が賛否の意思を示す行為のように感じられるだろう。しかし、住民投票には、イニシアチブとレフェレンダムに大別される。前者は住民発議による立法措置で、後者は議会が制定した法律の賛否を問う住民投票だ。この両者をあわせてBallot Measureと呼ぶが、ここでは住民投票という語彙を用いていく。なお、現在、デラウェア州以外の全米49州でなんらかの住民投票制度が州レベルで認められている。
人工妊娠中絶の権利が住民投票で争われるようになったきっかけは、2022年6月の連邦最高裁判所の判決である。それまで合衆国憲法修正第14条のプライバシーの権利に基づき、合憲とされていた連邦レベルの人工妊娠中絶が、各州で判断されるべきとされた。その後、保守的な州の議会が相次いで中絶を制約する法律を制定。人工妊娠中絶を女性の権利と考えるプロチョイスと呼ばれる中絶擁護派は、この動きに危機感を抱いた。そして、2022年の中間選挙で中絶の権利を擁護する提案を投票に付すとともに、中絶を制約する提案に反対の活動を進めた。その結果、提案が行われた6つの州のうち3州で中絶の権利擁護提案が成立、残りの3州では制約提案を葬り去った。
今年の大統領選挙時には、人工妊娠中絶の権利に関連して、8月末時点で10州において11件の住民提案が投票に付されることが決まっている。州の数より提案が多いのは、ネブラスカ州で2件の提案がだされているためだ。このネブラスカ州に出されている提案の1件を除くと、すべて中絶の権利を擁護することを求める内容である。ただし、すでに中絶の権利が基本的に認められている州の提案の一部は、現状を追認する内容で投票に付される。これは、提案の成立により、現行法を憲法に反映させ、将来、制約的な法律が制定するのを避けるための措置だ。
ネブラスカ州の提案のうちのひとつは、“Protect the Right to Abortion”と呼ばれ、胎児が母体の外で生存できるとされる妊娠24週になる前の中絶であれば、女性の基本的な権利として認めさせるものだ。もうひとつは、“Protect Women and Children”といい、妊娠12週以降の中絶を禁止する措置である。ネブラスカ州では現在、妊娠12週以降の中絶を禁止している。このため、前者は、現在の法律の改定を意味する。後者は、現在の法律の内容が憲法の中に盛り込まれると考えればいいだろう。
ネブラスカ州の住民投票は、当該の住民投票への投票の過半数、かつその投票数が選挙で投じられた票全体のうち35%以上に達した場合、成立する。なお、“Protect the Right to Abortion”と“Protect Women and Children”は、別々に投票に付される。したがって、両方の提案が成立する可能性がある。その場合は、より多くの賛成票を獲得した提案が立法化されることになる。
人工妊娠中絶のような特定の案件を住民投票に付すには、賛同署名数などの要件を満たしていなければならない。この要件は、州によって異なる。今回、この要件を満たしていないとして、投票に付すことを認めなかった州がある。南部のアーカンソー州だ。同州では、住民発議による立法措置、すなわちイニシアチブを認めている。州の憲法改正か、州法の改正、または州法の改正または承認という提案の性格によって3種類に分けられ、必要とされる賛同署名数が異なる。いずれも前回の知事選挙で投じられた総票数に対する割合だが、州の憲法改正については10%、州法改正には8%、州法の改正または承認については6%以上となっている。
今回は、州憲法の改正なので、9万704人分の署名が必要だ。署名集めを行ったArkansans for Limited Governmentという団体によると、賛同署名の提出期限前に10万1000人を超す署名を州に提出。しかし、そのうち1万4000人分余りは、有給の人によって集められた。これに伴い必要な書類が添えられていなかったとして、州はこの署名を除外した。その結果、8万7382人分と、州憲法の改正に必要とされる数を下回った。Arkansans for Limited Governmentは、裁判に訴えたものの、結局、住民投票に付すことは認められなかった
住民投票に付すために求められる賛同署名の数は、州によって異なる。基準となる数字も、アーカンソー州にように前回の知事選挙で投じられた総票数に対する割合だけではない。登録有権者の割合や州人口に対する割合によって決める州もある。Ballotpediaという選挙情報サイトの”Number of signatures required for ballot initiatives”によると、登録有権者の割合に換算した場合、アーカンソー州は4.15%だ。最も割合が高いのはネブラスカ州の9.39%で、最も低いのはマサチューセッツ州の1.52%だ。したがって、アーカンソー州が特に住民投票の制度が制約的なわけではない。
なお、11月の大統領選挙の際に行われる州レベルで投票に付される予定の住民提案については、Ballotpediaの以下のサイトから見ることができる。
https://ballotpedia.org/2024_ballot_measures
Robert F. Kennedy Jrの大統領選撤退、背景に” Ballot Access”を利用した民主党の対応
2024年8月25日
アメリカの大統領選挙は、8月22日の民主党の全国大会で、Kamala Harrisが同党の大統領候補に選出され、共和党のDonald Trumpと11月の選挙で対決することが決まった。その翌日の23日、この「一騎打ち」に影響を与える可能性がある出来事が生じた。Robert F. Kennedy Jr(以下、Kennedy Jr)が選挙戦からの撤退とTrump支持を表明したのである。Harris人気が高まる中で支持率が急落、選挙戦継続が困難になったため、という論調が多い。しかし、” Ballot Access” を利用した民主党の対応も見過ごすことができない。
“Ballot Access”について触れる前に、Kennedy Jrについて見ておこう。”Jr”という語彙が示すように、Kennedy Jrは、元司法長官で、1960年の選挙で大統領に選出されたJohn F. Kennedyの弟、Robert F. Kennedyの息子である。父親は、1968年の大統領選挙に立候補したものの、暗殺された。アメリカ政治の名門一家のひとりとして、Kennedy Jrは民主党の候補者指名を狙っていた。しかし、現職のJoe Bidenの指名獲得が確実視される中で、無所属で立候補することになった。
1980年代から環境保護活動に関わっていたKennedy Jrは、1996~2000年にかけて、三菱商事がメキシコのバハ・カリフォルニア・スル州の環境保護地区で建設を予定していた製塩工場の反対運動に取り組んだ。2005年には、マサチューセッツ州の海上風力発電所計画において、環境保護団体と対立したものの、その後も環境保護活動に関心を寄せている。このため、歴代の民主党政権下で、何度か政府の環境関係の省庁の役職に任命される可能性がでたものの、実現していない。
Kennedy Jrは、NPO法人のChildren’s Health DefenseのChairman of the Board兼 Chief Legal Counselである。法人のウェブサイトを見ると、現在は「休職中」となっているが、2023年11月に連邦政府の税務当局に提出された書類によれば、2022年度に51万ドル余りの報酬をえている。このNPOは、子どもへのワクチン接種の問題などに取り組んでいるが、ワクチンが自閉症を促すなどと主張する、「反ワクチン団体」だ。新型コロナウイルス感染症が拡大する中でも、Kennedy Jrは、反ワクチン活動を積極的に推進。こうした経緯から、多くのメディアは、彼を「陰謀論者」と呼んだ。ただし、彼自身は、「反ワクチン」ではないと主張している。
今回の大統領選挙にKennedy Jrが出馬の意向を最初に示したのは、2023年3月。翌月、民主党の候補者指名に向けて登録を行ったものの、10月に無所属として選挙に臨む方針を示した。この間、500万ドルの大口献金を受けるなど、選挙資金の獲得も進めていった。2024年5月にはLibertarian Partyの候補者指名を検討。しかし、同党内で支持をえられず、無所属で選挙戦を続ける状態が続いていた。
こうした中で、Kennedy Jrは2024年1月16日、カリフォルニア、デラウェア、ハワイ、ミシシッピー、ノースカロライナ、テキサスの6州で政党を設立し、その政党の候補者として選挙戦を進めることを明らかにした。なぜ、これらの州で、無所属ではなく、「にわか仕立て」の政党を通じて選挙を進めようとしたのか。ここでポイントとなるのが、”Ballot Access”である。
合衆国憲法第2条は、大統領選挙を含めた国政選挙の実施方法を州政府が制定できる、と規定している。このため、候補者は、50州と首都ワシントン、それぞれの選挙法に基づき、立候補届を出す必要がある。ここでポイントとなるのは、投票用紙に候補者名を記載してもらうことだ。2000年と2004年の大統領選挙にGreen Partyから出馬した、消費者活動家Ralph Naderのキャンペーン・マネージャーは、投票用紙に名前が載らなければ、投票してもらえないという意味合いのことを書いたことがある。
日本の選挙では、投票所に行くと、投票用紙を受け取り、ブースに掲げられた候補者一覧から希望する候補を選び、手書きして、投票箱に投函する。これに対して、アメリカでは、事前に候補者名が記載された投票用紙に「☑」と入れる。ただし、投票用紙にすべての候補者の氏名が掲載されているわけではない。賛同署名など、それぞれの州が設定するの要件を満たさなければ、記載されない。また、政党の候補者から無所属かによっても要件が異なる。Kennedy Jrが6州で政党を設立したのは、無所属より要件が緩いためだ。
投票用紙に候補者名が記載されることを”Ballot Access”という。このシステムは、民主・共和の2大政党以外の小規模な政党や無所属で出馬する候補にとって、極めて高いハードルとなる。なぜなら、2大政党の候補は、すべての州と首都ワシントンで、自動的に候補者名が記載される。一方、例えば、Libertarian Partyは38州、Green Partyも22州で申請が免除される、”Recognized Political Party”として認められているにすぎない。また、無所属の場合、それぞれの州が規定する条件を満たす必要がある。例えば、「激戦州」のひとつ、アリゾナ州では、有権者の3%以上の署名を添えて申請しなければ、投票用紙に氏名が記載されない。
このように、立候補はできても、投票用紙において事実上、排除される仕組みになっている。実際、これまで無所属で当選したのは、初代大統領の依頼George Washingtonだけだ。第三政党からの当選者は、奴隷解放宣言で知られるAbraham Lincoln以来でていない。選挙管理委員会に相当するFederal Election Commissionによれば、8月21日時点における大統領選挙の立候補者は1523名に及ぶ。このため、立候補者全員のリストを提示すれば、有権者が混乱する恐れはあるだろう。一方、”Ballot Access”の高いハードルは、自由な選挙を阻害する憲法違反との声もある。
小規模な政党や無所属の候補者は、”Ballot Access”の承認のため、署名集めなどに加え、書類の不備などの指摘にも対応しなければならない。今回の選挙では、「激戦州」を中心に、訴訟を通じた指摘が相次いでいる。訴えているのは、主に民主党だ。例えば、民主党は、Kennedy Jr.のニューヨーク州への申請に対して、実際に居住していない住所を書類に記載していると主張。裁判所は、これを認め、Kennedy Jr.は、同州で”Ballot Access”を受けることができなくなった。
この判決を応用する形で、民主党は「激戦州」のペンシルベニアでKennedy Jr.の「追い落とし」を図った。Kennedy Jr.は、裁判所に駆け付けたものの、ボストンからのフライトが遅れ、公判に間に合わず、証言できないままに終わった。Kennedy Jr.が選挙戦からの撤退とTrump支持を表明する、3日前のことだ。
民主党は、Green PartyのJill SteinやParty for Socialism and LiberationのClaudia De la Cruz、そして無所属のCornel Westなどに対しても「追い落とし」を推進。「激戦州」におけるTrumpとの闘いを有利に進めようとするため、と報じられている。だが、それは「民主主義の擁護」を掲げる選挙スローガンと矛盾するだけではない。Kennedy Jr.の撤退とTrump支持にみられるように、自らを傷つける結果も招いている。選挙戦略といってしまえばそれまでだ。しかし、Kennedy Jr.の撤退の背後に、こうした民主党による問題があることを理解しておく必要がある。
なお、前述した”Ballot Access”も含めた大統領選挙の候補認定に関するアリゾナ州の資料は、以下から見ることができる。アメリカの選挙における、小規模な政党や無所属の候補者の立候補の困難さを知る一助になるだろう。
https://azsos.gov/sites/default/files/docs/2024_running_for_president_handbook_20240309.pdf
ハリス副大統領への支援、リベラルな政治資金団体や女性団体が相次いで表明
2024年7月24日
ジョー・バイデン氏が11月の大統領選挙戦からの撤退を表明した直後から、民主党の連邦議員や知事、地方組織の多くが、後継に「指名」されたカマラ・ハリス副大統領への支持を表明している。これに加え、リベラルな政治資金団体や女性団体からも、ハリス氏への支援が広がっており、大統領選挙に向けた「反トランプ」の動きが本格化してきた。
The Washington Postなどアメリカ・メディアによると、バイデン氏が撤退を表明した翌日の7月22日の夜までに、民主党連邦下院議員212人のうち187人がハリス氏推薦を表明。全米に23人いる民主党所属の知事23人全員もハリス支持を打ち出した。こうした状況により、8月の党大会で、ハリス氏が民主党の大統領候補者指名を受けることは確実になったと伝えられている。
バイデン氏の撤退表明直後から、リベラルな政策を求める政治資金団体は、ハリス氏への選挙資金調達の活動を一斉に展開。7月23日発信のNew York Daily Newsによると、撤退表明から24時間の間に2億3100万ドルの寄付が寄せられた。このうち8100万ドルは、ひとり当たり200ドルまでの少額の献金だ。また、7月23日発信のCBS Newsは、この少額寄付者の総数は88万8000人にのぼり、そのうち60%は今回の大統領選挙で初めて寄付を行った人々だと伝えている。このように、ハリス氏への資金的な支援が急激かつ広範に進んでいるといえよう。
この動きを支えているのは、草の根の政治資金団体などだ。前述のCBS Newsによると、そのひとつで進歩的な黒人女性の候補者を支援しているWin With Black Womenは、バイデン撤退表明後の24時間に160万ドルの寄付をハリス氏向けに集めた。資金集めは、7月21日のZoom集会が活用され、4万人が参加。過去3年間にわたり毎週Zoom集会を開催してきたが、参加者は1000人程度という。黒人女性の間における、今回のハリス氏の民主党大統領候補者指名への期待の大きさがうかがわれる。
マイノリティの権利擁護団体からも、ハリス支援の動きが相次いだ。資金面で最も注目されたのは、ヒスパニック系のVoto Latinoの献金発表だろう。前回の大統領選挙でも民主党を支援、3600万ドルを寄付。今回は、4400万ドルに増額するという。資金支援に加え、Voto Latino は、ヒスパニック系の若者の有権者をターゲットに、ネバダ、アリゾナ、テキサス、ペンシルベニア、ノースカロライナなどの州で、有権者登録などを進めていくという。
資金面以外でも、女性やマイノリティの団体から、ハリス推薦が表明されている。フェミニストの候補者支援として知られるEmily’s Listは、7月21日に発表したプレスリリースの中で、ハリス氏を「この前例のない瞬間に対応し、国をリードするための最も適任で、最も準備の整った候補者」だと評価、組織として推薦したことを表明。全米最大の女性団体、National Organization for Women (NOW)も7月21日に、”NOW Thanks President Biden and Endorses Vice President Harris”と題するプレスリリースを発信し、バイデン氏への謝意とともに、ハリス氏推薦を明示した。
労働界からは、傘下に60組合、組合員1250万人をもつ全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)が7月22日、ハリス氏を大統領候補として推薦ことを決定したと発表。大手の労働組合Teamstersの会長が共和党の全国大会でトランプ支持を打ち出し、労働界における伝統的な民主党支持に逆流が生じる懸念がでている。こうした中で、トランプ・バンスの共和党正副大統領候補をハリス氏と連携して打ち破っていくと述べた。
一方、全米最大の黒人団体、NAACPのように、バイデン政権の政策を評価しつつも、ハリス支援を明示しない組織もある。とはいえバイデンの撤退表明から数日のうちに、ハリス氏は、民主党内の支持だけではなく、同党を伝統的に支えてきた団体の多くの推薦や幅広い層からの資金援助などを獲得することに成功。副大統領の選出をはじめとした8月後半の民主党大会に向けて、「反トランプ」の動きを全米で展開していくことになる。
なお、2020年の大統領選挙におけるトランプ氏による女性政策の後退などを懸念して首都ワシントンで開催された大規模な集会を契機に設立された、Women’s Marchは、アメリカ東部時間で7月23日午後7時半(日本時間で24日午前8時半)から” Defeat Trump, and stop the MAGA agenda”を掲げたオンライン集会を開催する。間もなく始まってしまうが、以下から参加申し込みができる。
https://act.womensmarch.com/signup/20240723MarchtotheWhiteHouse/?t=3&akid=21456%2E442221%2Eorql_T
トランプへの銃撃事件契機に銃規制強化の立法を求める声、NPOなどから相次ぐ
2024年7月16日
ペンシルベニア州で7月13日に行われた集会でトランプ前大統領が銃撃された事件は、背景や死亡した容疑者の動機は明確ではないものの、「民主主義に対する挑戦」といった批判の声が高まっている。しかし、この事件は、銃を用いた犯罪で、背景には「銃社会」と形容されるアメリカの現状がある。このため、銃規制の強化を求めてきたNPOなどからは、これを阻んできた共和党への批判とともに、規制強化の立法化の必要性を訴える声が出ている。
NPOの声を紹介する前に、「銃社会」の現状を見ておこう。
トランプ前大統領への狙撃に用いられたのは、AR-15と呼ばれるライフルである。The Washington Postの調査によると、2012年から23年までの間に10人以上が死亡した大規模な銃撃事件は17件。このうちAR-15が用いられたのは、2017年にラスベガスで60人が死亡した事件を含め、10件にのぼる。
なぜ、これほど重大な銃撃事件の多くがAR-15を用いて、引き起こされているのか。最大の理由は、ライフルの中で最も多く所有されているからだ。The Washington Postによれば、その数少なくとも2000万丁。アメリカの成人の20人にひとりに当たる1600万人が保有していると推定している。ひとりで複数のAR-15を所有している人もいるということだ。
GUN.comというオンラインの銃器販売ショップによると、AR-15のは754ドル99セント。円安の影響で、邦貨に換算すると12万円ほどになるが、一般人に手が届かない金額ではない。連邦下院の調査によると、このライフルを製造している大手5社による、過去10年余りの売り上げは、10億ドル(1600億円)にのぼるという。
アメリカの銃に関する法規制は、1934年のThe National Firearms Act (NFA)にさかのぼることができる。本格的な動きは、1990年代に入ってからで、クリントン政権下の1993年のBrady Handgun Violence Prevention ActやFederal Assault Weapons Banがそれだ。しかし、後者は、10年後の2004年、銃保持の権利を主張するNational Rifle Association (NRA)のロビー活動などにより、失効。その後も、銃規制の声が高まると、NRAなどの活動で葬られてきた。
その後、バイデン政権下の2022年6月25日、Bipartisan Safer Communities Act (BSCA)が成立。銃販売業者の登録化や購入者の犯罪歴などの確認が強化された。しかし、その直前の6月23日、連邦最高裁判所は、トランプが大統領時に指名した保守的な判事らによって、殺傷力のある銃器を屋外に持ち出すことを、憲法修正第2条を根拠に合憲と判断。BSCAなどの銃規制法の意義は、大きく後退したといわれている。
実際、7月13日の集会における銃撃も、NRAや保守的な最高裁の判決がなければ、実行されなかった可能性もある。また、トランプを2024年の大統領候補に指名することになる、共和党の全国大会はウィスコンシン州で開催されているが、厳重な警備が敷かれている。しかし、同州では、銃器の屋外への持ち出しが合法とされており、警備を行う警察なども、銃を保持しても逮捕できないものの、テニス球やペイントボール銃の所持は認めないなど、奇妙な現象が生じているのだ。
こうした中で、銃規制の強化を求めてきたNPOなどは、相次いで声明を発表。トランプへの銃攻撃を非難するとともに、トランプや共和党、NRAなどによる銃規制批判の動きが、今回の犯罪の背景にあると指摘、規制強化を求めている。
例えば、Brady: United Against Gun Violenceは、「政治的暴力行為を非難し、アメリカを銃による暴力から解放するための団結した対応を呼びかける」と題する声明を発表。その中で、Kris Brown会長の「我が国は銃による暴力の危機に瀕している。…トランプは『どこにでも銃を持てるアジェンダ』を推進するかもしれないが、これは誰もが受け入れることができるアメリカではない」という声を紹介している。
また、Everytown for Gun Safetyとそのネットワーク団体、Moms Demand Actionは、両団体の代表による次のコメントを含むプレスリリースを発表した。
「この恐ろしい行為(トランプへの銃撃)は、銃による暴力を経験することから免れる人はいないということを改めて思い起こさせるものだ。銃がどこにでも、誰にでも、問答無用で、誰も安全ではない」(John Feinblatt, president of Everytown for Gun Safety)
「(トランプへの銃撃のような政治暴力)は、わが国の弱い銃規制法と、銃で武装した憎悪が簡単に他人の命を奪うことを許す法律である「Gun Everywhere」の文化の結果である」(Angela Ferrell-Zabala, executive director of Moms Demand Action)
これらの声は、現時点で大きな広がりを持つには至っていない。しかし、トランプ前大統領への銃撃を個人への政治的攻撃としてではなく、銃規制という政策の不備が招いたという認識に立ち、規制強化の動きに変えていこうとする流れが進んでいく可能性はある。それが現実化すれば、大統領選挙の動向に変化が生じていくのではないだろうか。
なお、上記のBradyの声明は、以下から見ることができる。
https://www.bradyunited.org/about-us/press/trump-rally-shooting
投票における視覚障がい者の秘匿性の確保求め、カリフォルニア州で提訴
2024年6月6日
コロナ禍の最中に実施された2020年11月の大統領選挙では、感染防止の意味合いもあり、郵送投票が全米で取り入れられた。郵送投票は、投票所が自宅の近くにない有権者に加え、高齢者や障がい者のように移動が困難な人々にとって、一票を投じる際の負担を軽減し、投票の権利を拡張させたといえる。しかし、今年3月、現在の郵送投票では一部の有権者にとって投票内容の秘匿性が侵害されるとして、カリフォルニア州政府に是正を求める裁判が起こされた。6月末には公判が行われる予定で、結果に関心が集まっている。
この裁判は、障がい者の権利擁護活動を進めているDisability Rights AdvocatesとDisability Rights CaliforniaのふたつのNPOがBrown, Goldstein & Levyという首都ワシントンなどに事務所を置く弁護士事務所とともに、原告代理人として起こしたものだ。原告は、 California Council of the Blindと National Federation of the Blind of Californiaという視覚障がい者のNPO及びふたりの視覚障がい当事者である。
郵送投票自体は、カリフォルニア州でも認められている。しかし、投票用紙は、インターネットからダウンロードすることができるものの、印刷された投票用紙を用い、返送しなければならない。このため、視覚障がい者は、印刷された投票用紙を第三者に読んでもらい、希望する候補者の欄に印をつけてもらう必要がある。結果的に、投票内容が第三者に知られてしまうことで、一票を投じる際の秘匿性が侵害されてしまう。このため、原告らは、自らを「Print Disabilities(印刷物障がい)」と形容している。
「Print Disabilities」をもつが求めているのは、オンライン上でディクテーションさせながら、希望する候補者の欄に印をつけ、それをインターネットファックス(E-Fax)で送信することを認めることだ。こうすれば、第三者の手助けは不要で、投票の秘匿性が保たれる。なお、E-Faxは、インターネット回線を通じてファックスの送受信を可能にする仕組みで、Fax機や電話回線などは不要だ。
この裁判について6月5日に報じたCalMattersというNPOのメディアによると、カリフォルニア州の視覚障がい者は89万2000人にのぼり、そのうち93% は、投票権を持つ年齢という。また、原告代理人になっている団体のひとつ、Disability Rights Advocatesによると、全米で少なくとも12の州で、なんらかのインターネット回線を通じた投票用紙の返送が認められている。
なお、2022年にインターネット回線を通じた投票用紙の返送を認める法案がカリフォルニア州議会に提出された。しかし、選挙を管轄する州の機関Secretary of Stateがセキュリティ上の懸念を理由に反対し、未成立に終わった経緯がある。このため、今回の訴訟では、Secretary of StateのShirley Weber長官を相手取って起こされた。6月24日に、提訴されたU.S. District Court in San Franciscoで審理が予定されている。
この裁判の経緯や訴訟などの資料は、以下のDisability Rights Advocatesのサイトから見ることができる。
https://dralegal.org/case/ccb-v-weber/#files
NPOが提唱する、有権者の意識や希望を受け止め、棄権抑止につなげる選挙制度、RCV
2024年4月28日
衆議院議員の補欠選挙は、3議席とも立憲民主党の候補が勝利した。この結果について、多くのメディアは、「政治とカネ」が自民党を直撃した結果と報じているようだ。「政治とカネ」の問題が大きな争点になったことは事実である。しかし、「政治とカネ」への批判票が自民党を追いやったといえるのだろうか。
9人の候補が立候補した、東京15区を例に考えてみよう。当選した立憲民主党の酒井候補の得票数は、4万9476票。次点の須藤候補の2万9669票を2万票近く引き離している。自民党が推薦を検討したと伝えられる乙武候補は1万9655票。3万票もの差がある。一見すると、まさに「圧勝」である。
しかし、今回の選挙の投票率は、前回より18.03%少ない40.70%に止まった。当選した酒井候補の得票率は、28.97%と3割に届かない。有権者全体から見れば、12%程度の得票にすぎない。有権者全体を代表した当選者とはいいがたいのではないだろいうか。
何を問題にしているのかといえば、投票率の低さと有権者の多くを代表しているとはいいがたい候補が当選する選挙制度についてだ。日本のように、小選挙区制で、多くの政党が候補者を擁立すれば、当選者が大多数の有権者を代表しているとはいいがたい状況になることは自然ともいえる。その結果、多くの有権者の意識や希望とかけ離れた政治が行われていく可能性が強い。
ここで必要なのは、選挙制度のあり方を改めて考えることではないだろうか。にもかかわらず、メディアや政党、いわゆる識者からは、その指摘はほとんど聞かれない。
アメリカの選挙は、大半が小選挙区制度といえる。民主、共和の2大政党制なのだから、ふたりの候補者が争う。大統領選挙で想定されている、「バイデンとトランプの再戦」はその典型だ。こう思われている人が多いだろう。
しかし、これは一面の事実であっても、アメリカの選挙制度、そしてその改革の動きを十分理解した認識とはいえない。今後大きな動きになってくると考えられるのは、Ranked Choice Voting (RCV)という仕組みである。3人以上の候補が立候補した場合、それぞれの候補に優先順位をつけて投票することを可能にする制度だ。すでに一部の連邦議員選挙や州、自治体などの予備選挙や本選挙で活用されている。
RCVを提唱してきたNPO、Fair Voteによると、何らかの形でRCVを利用している選挙区の有権者は、全米で1300万人にのぼる。連邦議会には、今年3月にも法案が提出され、4月には民主党最大の議員集団、Progressive Caucusが支持を表明した。
日本にはない制度なので、理解しにくいと思われるので、RCVがどのように活用されるのか、イメージを提示しておこう。ある選挙で、A、B、Cの3人が立候補したとする。A候補が47%、B候補が45%、C候補が8%獲得した場合、通常の選挙であれば、A候補が当選者となる。
しかし、RCVでは、投票者は候補に優先順位をつけることができる。A候補が当選とされたのは、優先順位を考慮しない時点である。3人のうち、C候補は最下位なので、当選候補から除外される。ただし、C候補への投票者の一部は、優先順位をつけていた可能性がある。C候補への投票者の75%、すなわち全体の6%が優先順位をつけ、そのうち80%がB候補、20%がA候補だったとしよう。この「次善の候補」の票を加えると、A候補の得票率は48.2%になるのに対して、B候補は49.8%となり、ふたりの得票率が逆転する。
この方式によるメリットは、第1に死票が少ないことだ。RCVを用いない場合、投票総数の53%が死票となる。しかし、RCVの場合は、50.2%に止まる。これに関連して、C候補への投票をためらう必要が少なくなる。C候補が「泡沫候補」であれば、有権者は投票に行かない可能性も強い。したがって、棄権を抑止する効果がある。これが第2のメリットといえる。
また、RCVでは、A候補とB候補は、C候補の支持者も念頭に置いて選挙戦を戦う必要がある。「決選投票」になった場合、C候補の支持者の「次善の候補」になることが重要だからだ。このため、特定の支持層だけでなく、より幅広い有権者のニーズに対応するための公約などが求められる。結果として、より多くの有権者を念頭に置いた政策を訴えるようになり、極端な政策の主張が抑制される可能性が高まる。
アメリカ社会は、二極化が進んでいる。それを反映して、あるいは促す意図をもって、分断を進める主張が選挙で重視されている。日本でも同様な動きがでているのではないだろうか。小池都知事に「こんな選挙初めて」といわせたような、他の候補者への非難を繰り返すだけのような候補がでてくるのも、極端な政策を好む一部の有権者だけを対象に選挙戦を進めているからではないだろうか。
RCVはまだ実験段階にある。メリットを指摘してきたが、デメリットも存在する。ここでは、それを述べる余裕はないが、選挙結果が何を物語っているのか、その背景を選挙制度にも目を配りながら議論していくべきではないか。その際、RCVのような仕組みも俎上に載せていく必要性があると感じている。
なお、RCVを進めているNPO、Fair Voteの活動や理念とRCVの実態については、以下のサイトから見ることができる。
https://fairvote.org/