原爆投下へのアメリカ人の意識、長期的な変化と属性による相違の検討
2025年8月5日
広島と長崎への原子爆弾の投下から80年がたとうとしている。日本のメディアの一部が報道したように、アメリカのNPOが実施した世論調査によると、原爆投下に対する意識は、「正当化できる」と「正当化できない」「わからない」がほぼ3分の1ずつを占めた。同様の内容を尋ねた調査は、原爆投下直後から行われている。過去80年におけるアメリカ人全体の意識変化については、性別や支持政党など、調査対象者の属性別にみると、「正当化できる」が大きく減少。一方、属性別に検討すると、女性や民主党支持者の間で「正当化できない」の割合が高い傾向が見られる。以下、こうした原爆投下に対するアメリカ人の長期的な意識変化を整理、検討していこう。
原爆投下に関するアメリカ人の意識調査を行ったのは、Pew Research Center (PRC)というNPOである。PRCは2004年に法人化されるまで、ふたつの組織が関わっていた。ひとつは、Los Angeles Times紙などを所有していたTimes Mirror Companyである。同社は、1990年に調査機関、Times Mirror Center for the People & the Press (TMCPP)を設立。もうひとつは、1948年にスタートした公共政策を中心にした調査研究機関、Pew Charitable Trusts (PRT)だ。PRTは1996年からTMCPPへの最大の資金提供者になり、TMCPPをPew Research Center for the People & the Press (PRCPP)に改称した。その後、PRCPPは、ヒスパニック系の問題を扱うPew Hispanic Centerなど、複数のイニシアチブを開始。これらのイニシアチブを統合する形で、2004年にPRCが設立された。PRTとPRCの法人格は別だが、後者は前者の子会社的な位置づけになっているPRTとPRCは、法人格上は別組織だが、PRCはPRTの資金援助を受けるなど、実質的には子会社的な位置づけにある。実際、PRCの2024年度の政府への財務報告書によると、同年度の歳入は4673万ドルで、その大半はPRTから提供された資金だ。
PRCが原爆投下に関するアメリカ人の意識調査報告書”80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified”を発表したのは、7月28日。この調査は、原爆投下に関する意識だけを尋ねたものではなく、PRCがアメリカの世論を把握するためのATP American Trends Panel (ATP)という大規模な調査に盛り込まれた回答を整理、分析したものだ。6月2日から8日にかけて行われた調査の有効回答数は5044件、このうち4884件はオンラインによる回答で、残りは電話による聞き取り調査の結果だという。なお、サンプリングエラーの割合は、1.6%と記されている。
調査では、原爆投下を「正当化できるか」尋ねている。その結果、「正当化できる」が35%と最も多かったものの、「正当化できない」も31%に達した。なお、33%は、「わからない」と回答した。日本のメディア報道の大半は、この割合の紹介にとどまっていたように思われる。しかし、PRCは、デモグラフィー、すなわち属性に基づく、回答の相違についても分析している。まず、男女別にみると、男性の間では「正当化できる」の51%に対して「正当化できない」は25%にすぎない。残りの22%の回答は、「わからない」だった。これに対して、女性の回答の割合は、それぞれ20%、36%、43%と、男性では最小の「わからない」が最も多くを占めた。
年齢については、18~29歳、30~49歳、50~64歳、65歳以上の4分類して整理分析している。「正当化できる」の割合は、それぞれ27%、29%、40%、48%と年齢が上がるほど多い。逆に「正当化できない」の割合は、44%、37%、27%、20%と若い層の方が多くなっている。政党支持との関係では、共和党または共和党系では、「正当化できる」が51%に上る反面、民主党または民主党系は23%に止まった。これに対して、「正当化できない」は、前者の20%に対して、後者は42%と、2倍以上の開きがある。
この調査では、共和党または共和党系を保守系と中道・リベラル、民主党または民主党系をリベラル系と中道保守に分けて検討している。その結果、共和党または共和党系と民主党または民主党の回答と同様な傾向がみられる。ただし、保守的な共和党ないしは共和党系では「正当化できる」が61%に達している反面、民主党または民主党系のリベラルな人々の回答のうち「正当化できない」が50%に及ぶ。このことは、原爆投下に対する意識に関して、イデオロギーの影響の強さを示唆しているといえよう。
PRCの問いは、日本への原爆投下の是非だけではない。核抑止力の必要性が主張される中で、核兵器の開発が世界やアメリカの安全にとってプラスになるのか、マイナスになるのかについても尋ねている。核兵器の開発により「世界がより安全(More safe)になる」という回答は、わずか10%にすぎない。これに対して、「世界がより危険(Less safe)になる」は69%に達している。「わからない」は21%だ。この傾向は、支持政党との関係でほとんど変化していない。共和党または共和党系では、「より危険になる」が64%なのに対して、「より安全になる」は15%に止まる。一方、民主党または民主党系では、この差がさらに広がり、それぞれ73%と6%になっている。
では、アメリカに限定した場合には、どのような考えを持っているだろうか。回答者全員では、「より危険になる」が47%なのに対して、「より安全になる」は26%にすぎない。なお、「わからない」も26%だった。ただし、支持政党別でみると、共和党または共和党系では、「より危険になる」が37%なのに対して、「より安全になる」は38%と、ほぼ同じ割合だ。一方、民主党または民主党系では、それぞれ56%と17%である。このように、世界全体とアメリカに限定した場合の核兵器開発の影響について、アメリカ人の間に差があることは事実だ。とはいえ、全体として「より危険になる」と考えている人が圧倒的なことを示している。ただし、この調査は、トランプ政権によるイランの核施設への攻撃の前に行われた。攻撃の後に実施されていれば、結果に変化が生じた可能性はある。
PRCは、2015年にも同様の世論調査を行った。原爆投下70年にあわせたものだ。この時の回答は、「正当化できる」の56%に対して、「正当化できない」は34%だった。今年の調査と比較すると、「正当化できる」大幅に減少し、「正当化できない」は、やや減ったに止まっている。「正当化できる」の減少分は、「わからない」に移ったと推察される。デモグラフィーを考慮した場合、全体としての傾向はかわらない。しかし、2015年の調査では65歳以上の7割が「正当化できる」と回答していた。今回の調査でも、年齢別に見れば、「正当化できる」割合が最も高いのは、この年齢層だ。とはいえ、48%と10年前に比べ、大きく減少。また、共和党または共和党系では、「正当化できる」が74%から51%へと激減した。
わずか10年の間に、これだけの大きな変化が生じていることは、核兵器の保持や開発に関する議論が人々の意識の変化を十分汲み取る必要性を示しているといえよう。過去10年間だけではない。世論調査会社のGallupは、原爆投下直後の1945年8月10~15日の間に原爆投下の是非について対面による聞き取り調査を行っている。回答者の85%は是とし、否と答えた人は10%に止まった。この回答には、当時のトルーマン大統領がラジオ演説で、アメリカ人の若者の命を救い、戦争終結を早める行動と述べるなど、アメリカにとってのメリットを強く打ち出したことが大きく影響しているとみられる。
実際、トルーマンのラジオ演説のトランスクリプトをみると、原爆開発における科学者らの努力を称える内容が大半だ。死傷者をはじめとした被害状況は一切示されていない。日本の敗戦が決まる前での演説なので当然といえば、当然だが、実態が知らされないまま行われた世論調査の結果をどう受け止めるべきか、慎重な検討が必要だ。その後もGallupは原爆投下に関する質問を盛り込んだ世論調査を行ってきた。2005年までの結果を見ると、回答の50%余りは、投下を認める、すなわち必要ないしは適切な行為と判断している。そして、2015年のPRCの調査でも同様な傾向が見て取れた。しかし、前述のように、今年の調査ではかなりの変化が見られている。この変化が核兵器の否定、廃絶に向かうのかどうか、座して見守るのではなく、行動が求められているといえよう。
なお、上述したPRCによる原爆投下に関するアメリカ人の意識調査報告書”80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified”は、以下から見ることができる。
コメ不足で注目されるアメリカ産米、NPOの検査で多量のヒ素などの含有指摘
2025年6月8日
米価の高騰と品薄を受けて、政府は、備蓄米の放出に加えて、コメの輸入量を増やすことを検討している。直近のコメの輸入先で最も多いのは、アメリカで、次いでタイ、中国などだ。「トランプ関税」への対応策としての側面からも、アメリカ産米の輸入が増加する可能性がある。アメリカ産米といっても、多様な品種があるが、スーパーなどで目にするカルローズなどは、「日本人の口にも合う」という声も少なくない。しかし、安全性への問題はないのか。日本国内でこの問いが取り上げられることはほとんどないが、最近、アメリカのNPOが市販されているアメリカ産米と輸入米に含まれる有毒金属の含有量に関する検査結果を発表。すべてのサンプルからヒ素が検出された他、カドミウムなど長期間摂取すると健康被害が生じる可能性がある有毒金属の含有が明らかになり、コメの安全性に関する議論が広がっている。
この検査結果の報告書を発表したのは、Healthy Babies, Bright Future (HBBF)というNPO。HBBFは、税制優遇をもついわゆる501c3団体ではなく、バージニア州の501c3団体、Virginia Organizingと連携して独立性をもって活動している団体だ。その名が示すように、赤ちゃんの健康を守り、明るい未来をつくることをミッションに掲げている。ただし、赤ちゃんが抱える問題全般ではなく、脳の発達に悪影響を及ぼす有毒な化学物質に赤ちゃんがさらされることを抑制するための調査や研究、啓発活動などを実施。また、鉛による水質汚染の調査など、直接、赤ちゃんに関わる問題以外にも全米各地で取り組んできた。なお、Virginia Organizingは、1995年に設立されたNPOでバージニア州の団体と連携して、政策決定から排除されてきた人々などを組織し、それらの人々が直面する問題への解決を支援する進歩的なNPOだ。
HBBFが実施したアメリカ産米と輸入米に含まれる有毒金属の含有量に関する検査は、今年5月に” What’s in your family’s rice?” というタイトルの48ページに及ぶ報告書(以下、報告書)として発表された。検査に当たって、HBBFは、ラテン系のアドボカシー団体のGreen Latinosやサンフランシスコのチャイナタウンで女性や子どもの生活改善活動に取り組むGum Moonなどの団体の協力を受けて実施したという。なお、コメにおける有毒金属の含有量の検査については、シアトルにある重金属分析において高い専門性を持つ研究機関、Brooks Applied Labsに委託して行われた。報告書の発表後、5月下旬から6月初旬にかけて、Food Safety Magazineのような食品の安全に関するメディアだけでなく、テレビの3大ネットのひとつCBSやケーブルテレビ局の大手CNNが記事を掲載。さらに、全米最大のローカルテレビ局の所有企業のNexstar Media GroupのひとつNewsNation、保守系メディアのFOX Newsなどが取り上げるなど、幅広い関心を集めたことがわかる。
報告書の調査のサンプルとして用いられたコメは、ニューヨークや首都ワシントン、シカゴ、ヒューストン、ロサンゼルスなど、全米20都市のスーパーなどで購入された。なお、報告書のタイトルに”rice”とあるため、「コメ」と記載してきたが、検査に用いられたサンプルのうち玄米や白米などのコメは145種類。コメの有毒金属の含有量と比較するために、大麦やソバ、ユリ科の疑似穀物アマランサス、キヌアなど66種類が「代替穀物」として検査された。検査で検出された有毒金属は、ヒ素の他、カドミウム、鉛、水銀の4種類。コメと代替穀物に比較すると、コメの有毒金属の含有量は平均で118ppbであるのに対して、代替穀物は33 ppbと4分の1を少し超える程度に止まっている。なお、ppbは、Parts-Per-Billionの略で、10億分の1を意味する。耳にすることが多いppmは、Parts-Per-Millionの略で、100万分の1のことだ。
同じコメに分類されていても、種類や産地によって有毒金属の含有量がかなり異なる。最も含有量が多いのは、アメリカ南東部またはアメリカ産と記載されている玄米で、151 ppbにのぼる。アメリカ南東部またはアメリカ産であっても白米の場合は、118ppbだった。また、アメリカ産でもカリフォルニアで収穫されたSushi米やカルローズは、65ppbと含有量が少ない。輸入米も、産地や種類によってかなり異なる。例えば、短粒米でリゾットに用いられることが多いアルボリオ米(イタリア産)は、142ppbとアメリカ南東部またはアメリカ産と記載されている玄米に近い水準に達している。インド産のバスマティライスとタイ産のジャスミン米は、コメの有毒金属の含有量の平均値を下回り、それぞれ100ppbと86ppbだった。
検査が行われたコメのうち、有毒金属のうち最も多く含まれていたのは、ヒ素で、145のサンプル全てから検出された。このうち、25%以上は、食品の衛生管理を担当する連邦政府機関のFood and Drug Administration (FDA)の基準を超えていた。なお、FDAの基準は、2020年8月に定められたものだが、乳児用米シリアル中の無機ヒ素についてだけ規制しており、コメ全体に対する安全性の指針を示しているものではない。検査対象になったコメを用いて、乳児用米シリアルを自宅で作った場合、アメリカ南東部またはアメリカ産の玄米では80%、アルボリオ米(イタリア産)では44%は、FDAの基準を超える。たたし、カリフォルニア産のSushi米やカルローズは、基準内に収まるという。このため、報告書の結果に基づき、HBBFは、ヒ素やカドミウムについて、FDAがより包括的かつ厳しい基準を設定すべきだと述べている。
コメに含まれる有毒金属は、ガンや神経発達の障害、IQの低下などの健康リスクに影響を及ぼす。FDAの規制強化の必要性は指摘しつつも、それがすぐに実現するわけではない。このためHBBFは、代替穀物の利用を提案している。コメに比べて代替穀物の有毒金属の含有量は、平均69%少ないからだ。このため、大麦やキヌアなどの代替穀物の食事を増やすことで、有毒金属の摂取を減らすことが期待できる。例えば、キヌアは、ミネラル・ビタミン・食物繊維・タンパク質などを豊富に含んでいる。しかし、値段が高い。日本でも「驚異の穀物」などと銘打って販売されているが、楽天サイトで見ると、500グラムで2448円(送料込み)とかなり高価だ。このため、調理法によるヒ素の削減方法も推奨している。コメやパスタのなどを調理する際、水を多く用い、できあがった後で、余分な水を捨てる方法などだ。ただし、日本人などがコメを炊いて食べるには、向かないだろう。
なお、HBBSは、コメの接種が多い人々にとっては、特に注意が必要だと指摘している。アジア系やラテン系の家庭の多くは、日常的にコメが消費されるためだ。上述のように、ラテン系のGreen Latinosやチャイナタウンで女性やこどもの生活改善に取り組むGum Moonなどの団体の協力を受けて実施された。報告書は、2019年にAbt Associatesが発表した”Results of Lifetime IQ Decrement Analysis from Dietary Exposures to Lead and Inorganic Arsenic for Children 0 to <2 years of Age”という報告書に基づき、ラテン系やアジア系の二歳未満の赤ちゃんの食事におけるコメの摂取割合を示している。二歳未満の赤ちゃん全体の食事におけるコメの摂取割合は7.5%にすぎない。しかし、ラテン系では14.1%、アジア系は30.5%に増加。さらに、生後18カ月から24カ月のアジア系の赤ちゃんは、50.4%を占めている。ヒ素などの影響が大きいということだ。
こうした指摘に対して、生産者団体からは、反発の声があがっている。例えば、生産者団体のUS Riceの関連組織でNPOのUSA Rice FederationのMichael Klein広報官は、6月2日に発信されたFOX Newsの”Toxic heavy metals detected in popular rice brands across America, study shows”と題する記事の中で、「地上で生産される作物のほぼすべてからヒ素は検出されている」と指摘。そのうえで、「(報告書が示した)すべての例は、FDAの推奨ガイダンスを下回っている」として、報告書は「誤解を生みやすい」と批判している。また、報告書の結果への直接の言及ではないが、US Riceはウェブサイトで有識者の発言を紹介。そのひとりのSt. Catherine UniversityのJulie Jones教授は、「アジア系は他の民族よりも多くのコメを食べているものの…がんリスクが低い」と指摘、コメの摂取量とガンの関係に疑問を呈している。
とはいえ、報告書によれば、アメリカ産を含め、アメリカで市販されているコメの大半は、ヒ素やカドミウムなどの有害金属の含有量が多いことは事実である。では、アメリカ産のコメを日本に輸入した際、健康上のリスクを考える必要はないのだろうか。ちなみに、日本はコメのヒ素濃度の基準値を規定していないため、日本産のコメとの比較や安全性を判断することは困難だ。とはいえ、日本は現在、「日本が海外から最低限輸入しなければならないコメ」、いわゆるMA米を年間77万トン輸入している。年によって若干相違はあるものの、ほぼ半分はアメリカからだ。報告書によれば、カリフォルニア産のカルローズ(白米)や有害金属の含有量は少ない。しかし、南東部またはアメリカ産と記載されている玄米は、最悪に近い水準である。食べたらすぐ健康被害が生じるというほどではないにせよ、こうした現実を踏まえた輸入政策の検討が必要ではないだろうか。
なお、HBBSの報告書は、以下から見ることができる。
https://hbbf.org/sites/default/files/2025-05/Arsenic-in-Rice-Report_May2025_R5_SECURED.pdf
日本製鉄のUSスチール買収にトランプが歓迎表明、労組は依然反発、環境や健康問題の置き去りに懸念も
2025年5月31日
トランプ大統領は5月30日、ペンシルベニア州にあるUSスチールのモンバレー製鉄所アービン工場で演説、日本製鉄によるUSスチール買収計画を歓迎する意思を表明した。ただし、計画の具体的な内容については明らかにしなかった。これに対して、USスチールの労働者を組織しているUnited Steel Workers (USW)は、声明を発表。日本製鉄のこれまでの経営姿勢や労務対策を批判するとともに、買収の議論に加えられていないことに不満の意志を表明した。一方、USスチールの高炉の多くが石炭やコークスを利用していることから、気候変動や健康問題に取り組む団体からは、改善を求める声が出ている。買収後も現在の高炉が用いられるとみられるため、仮に合併が実現しても、日本製鉄の経営が順調に進むかどうか予断を許さないといえよう。
USスチールは、1901年創業され、かつては世界最大の鉄鋼メーカーだったが、海外からの安い鋼材の流入などにより競争力を失い業績は低迷。事業の売却を含めた経営の見直しを迫られ、2023年12月に日本製鉄が141億ドル(約2兆円)の買収案を提示、翌年4月には、USスチールの株主総会で、承認された。しかし、全米第2位の鉄鋼メーカーで、かつてアメリカを代表する企業と見られてきたUSスチールを日本製鉄という海外企業に売却することへの反発も強い。このため、海外からの投資と安全保障の関係を審査する政府機関、Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)による審査が実施されることになった。
CFIUSの委員は、2024年12月までに、買収の可否について一致した結論だすことができなかった。このため、判断を委ねられた当時の大統領バイデンは、退任直前の2025年1月に” Order Regarding the Proposed Acquisition of United States Steel Corporation by Nippon Steel Corporation”と題する大統領令を発令、買収計画は葬り去られたかに見えた。しかし、日本製鉄とUSスチールは、バイデン政権の決定に強く反発、大統領令の無効などを求めてバイデンとCFIUSを提訴、計画の実現をめざした。とはいえ、当時、前大統領で共和党の候補者に指名が確実視されていたトランプも、反対の意思を表明していた。例えば、2024年1月、トランプは、トラックドライバーなどを組織する大手の労働組合、International Brotherhood of Teamsters (IBT)のSean M. O’Brien委員長と会談後、「(大統領に就任すれば(合併)を)即座に阻止する」と述べていた。
バイデンとトランプ共に合併に反対の姿勢を示した背景として、USスチールの労働者を組織しているUSWの存在を指摘する声がある。USスチールが本社を置き、工場も稼働させていたペンシルベニア州は、2024年11月の大統領選挙の激戦州のひとつだ。退職者も含め、公称85万人の組合員を持つとされるUSWの組合員の票を獲得したいという意図が、両候補にあったことは間違いないだろう。ただし、Steel Workers(鉄鋼労働者)を名前に入れているものの、正式にはUnited Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Unionという組織名が示すように、さまざまな労働者を組織している。オンラインの求職サイト、Zippiaによれば、全米の鉄鋼労働者は推定4万4411人にすぎない。また、USWの本部は合併に反対しているが、5月30日のトランプの演説に地元の支部の役員らが出席したことに示されるように、賛成派も少なくない。
トランプは2期目の就任式直前の今年1月6日、SNSのTruth Socialへの投稿の中で、「なぜ、いま、USスチールを売却しなければならないのか」と疑問を提示。その後、自らが引き上げる関税措置により、「より高利益、高価値の企業になる」と主張、「合併をせずに世界で最も偉大な企業に再生できる」と自信を示していたのである。また、これに先立ち、大統領への再選をはたしたトランプは2024年12月3日、Truth Socialに「かつて偉大かつ強力だったUSスチールが外国企業に買われること強く反対する」と述べていた。この投稿に対して、USWは同日のプレスリリースの中で、David McCall委員長がトランプへの謝辞を表明した。しかし、大統領就任後の「トランプ関税」の発動に対しては、カナダへの措置を「不要」と述べるなど、政策の改善を求めた。
こうしたUSWの動きが、合併に関するトランプの当初の姿勢に、どの程度の影響を与えたのかは不明だ。しかし、トランプは4月7日、CFIUSに対して、バイデン政権時代の審査結果を再検討するよう求めた。ロイター通信は5月22日、CFIUSがトランプに審査結果を報告したと伝えた。そして、トランプは24日、USスチールの本社をペンシルベニア州ピッツバーグに置いたまま、日本製鉄から「投資」を受入れる「パートナーシップ」を成立させたと、Truth Socialで明らかにしたのである。ロイター通信の5月22日の報道の直後、USWはプレスリリースを通じて、トランプに合併の見送りを求めた。
5月30日付のUSWのプレスリリースによれば、USWは、USスチールと日本製鉄、トランプ政権による合併に関する「議論には参加しておらず、相談も受けていない」と述べており、「蚊帳の外」に置かれていたことが明らかになった。プレスリリースは、対米貿易に関して日本製鉄が連邦政府のInternational Trade Commission (ITC)から13回にわたり違法行為の指摘を受けていたと指摘するなど、買収を認める対象としての適性に疑問を提示。そのうえで、「USWの唯一の関心事は、現在のUSスチールの鉄工所の長期的な存続と持続可能性だ」として、買収後にも事業が継続され、雇用が維持されることに関心を移しているかのようなスタンスを示した。ただし、「悪魔は常に細部に宿る」として、買収の最終案の詳細部分に、これらの関心が満たされるかどうか注目していこうとしているように見られる。
以上の流れを見ると、トランプは、大統領選挙でUSWの組織票に期待して合併反対を打ち出した。しかし、「トランプ関税」に批判を受けただけでなく、その政策自体が十分機能していない中で、日本製鉄からの140億ドルの「投資」を「成果」として支持者に見せようとした、と考えることもできる。とはいえ、トランプが合併に前向きになったことを示す具体的な行動は、上記の4月7日のCFIUSへの再検討の指示である。この点に注目したのだろう。気候変動問題に特化したNPOのウェブメディア、Inside Climate Newsは5月30日、”U.S. Steel Is a Major Source of Pollution in Pennsylvania. Will Its Sale Lock in Emissions for Another Generation?”と題する記事の中で、トランプが4月8日に発令した大統領令” Reinvigorating America’s Beautiful Clean Coal Industry and Amending Executive Order 14241”との関連を指摘している。そのタイトルが示すように、石炭産業の活性化を進める考えを表明したものだ。
さらに、このInside Climate News記事は、5月23日にエネルギー省のChris Wright長官が、4月8日の大統領令などに関連させ、鉄鋼生産において石炭を重要な資源として位置づけることを明らかにした点も注目している。現在、アメリカで石炭またはコークスを用いて生産されている鉄鋼は、全体の3分の1に満たない。換言すれば、鉄鋼の大部分は、リサイクルされたスクラップ鋼と天然ガスを使用した電気アーク炉で作られている。USスチールにも、2022年に30億ドルをかけてアーカンソー州に建設した製鉄所のように、電気アーク炉がある。しかし、トランプが5月30日に演説をしたモンバレーをはじめ、ペンシルベニア州などにあるUSスチールの製鉄所の多くは、コークスを用いて生産している。演説の中で、トランプは、「今後10年間は、現在稼働しているすべての高炉をフル稼働で維持する」と述べた。
石炭やコークスで鉄鋼を生産すれば、二酸化炭素が発生する。だが、問題は二酸化炭素の排出による温暖化だけではない。二酸化硫黄、PM2.5なども排出されるため、人体に深刻な健康被害が生じている。例えば、2024年10月にIndustrious Labsが発表した“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”という報告書によれば、全米平均値に比べて石炭炉の周辺地域ではガンの発生率が12%高く、コークス炉周辺では26%も高くなっているという。また、年間のいわゆる「早死に」が460~892人、緊急治療室に入院する患者が443人、喘息患者は25万504人にのぼる。労働日の損失は4万5257日、休校日数も5万2361日に及ぶという。これらの炉からの排出ガスによる健康被害を金銭換算すると、報告書は、69億ドルから132億ドルにのぼると推計している。
USスチールは、石炭炉やコークス炉を多く抱えている。その炉の継続を前提に進められる、日本製鉄との合併。この事態に、USスチールの本社や製鉄所が多く立地するペンシルベニアなどにある環境保護団体などからは、懸念や反発の声が聞こえてくる。合併反対派のひとつに、大手の環境保護団体のSierra Clubがある。トランプがUSスチールの製鉄所で演説を行った5月30日と同じ日付によるプレスリリースは、「我々は一貫して買収に反対してきた」と述べている。その理由は、前述のようなUSスチールの石炭やコークスによる高炉が買収後も維持されるためだ。
Sierra Clubは、その根拠として、日本製鉄が2024年12月9日にUSスチールの従業員宛に送付した森高弘副社長名による書簡の中に、現在高炉を2030年までに改修し、長期的に使用する考えを示したことをあげている。なお、この書簡の宛先は従業員となっているものの、文面を見ると、USWないしその組合員向けのニュアンスが強い。また、書簡は、公開されており、ウェブサイトから見ることができる。現在の高炉を継続して使用することにSierra Clubが懸念を示すのは、「慢性的な大気汚染と水質汚染による喘息、呼吸器疾患、早期死亡の発生率の上昇」に長年にわたり周辺住民が苦しんできたためだ。そのうえで、日本製鉄が地域住民と話し合いをもっていないとして、住民の懸念に耳を傾けるように求めている。
では、USスチールの操業によってどの程度の健康被害が生じているのだろうか。この点を理解するうえで、前述のIndustrious Labsの報告書、“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”から見てみよう。報告書は、鉄鋼やコークスが生産されている工場付近別の推定被害状況を提示している。ペンシルベニア州のUSスチールに関しては、トランプが演説した工場を含むEdgar Thomsonとコークスの生産を行っているClairtonのふたつの地域を検討。それぞれの地域の「早死に」は11~22人と37~66人、緊急治療室に入院する患者は10人と41人、喘息患者は4895人と1万8664人である。労働日の損失は、1055日と2730日、休校日数も755日と5786日に及ぶという。なお、ペンシルベニア州には、Cleveland-Cliffs社のコークス工場も操業している。この工場周辺の健康被害は、「早死に」の推定3~5人という人数に示されるように、USスチールに比べると、かなり少ないことがわかる。
こうした健康被害に、環境や健康の問題などに取り組むNPOや地域の住民は看過しているわけではない。例えば、肺の健康問題との関連で大気汚染についても取り組んでいる大手の医療系NPO、American Lung Association (ALA)は毎年、“State of the Air”という大気汚染と健康被害についての報告書を発行。地域別の健康被害状況を提示することで、発生源となっている製鉄所などの環境対策を促している。また、ペンシルベニア州で大気汚染と健康被害に関する活動を行っているNPOや市民、研究者などの連合体、Breathe Collaborative (BC)は、USスチールを含めた汚染源とそれによる健康被害の調査、研究、啓発、政策提言などを実施。買収案が発表された直後の2024年1月には、USスチールのコークス工場があるClairton市で開催されたヒアリングで、BCの関係者らは、買収も絡めて大気汚染と健康被害への対策強化を求めた。
日本製鉄のUSスチール買収の反対理由に安全保障上の問題が指摘されていたこともあり、「同盟国」日本への不当な扱いという声も日本国内から聞かれる。では、両者へのトランプの「パートナーシップ」容認は、不当な扱いを取りやめたことになるのだろうか。労働組合のUSWは、本部が合併に反対を唱える一方、地元のUSW支部の幹部を含め、支持する声が強い。自らの雇用を守りたい、という労働者の意識の反映といえよう。しかし、買収が石炭やコークスを用いた鉄鋼生産の継続につながるのであれば、雇用される労働者や鉄工所周辺の人々への健康リスクも続くことになる。この動きが世界各地に広がっていけば、気候変動と人々への健康被害の悪化は避けられない。その影響は、日本に住む我々も含め、USスチールや日本製鉄と無関係な人々にも及んでいく。このトランプ主導の「パートナーシップ」は、決して他人事ではないのである。
なお、鉄鋼生産における健康被害の実態を示した、上記のIndustrious Labsの報告書、“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”は、以下から見ることができる。
https://cdn.sanity.io/files/xdjws328/production/71057afa03f9784a6599a762149bd87fe735c06a.pdf
日本メーカーへの影響必至のトランプの自動車関税、UAWが導入支持表明
2025年3月30日
トランプ大統領は3月26日、自動車とその関連部品に関する関税(以下、自動車関税)を2.5%から25%へと大幅に引き上げる措置を発表した。日本の自動車メーカーは、2020年以降、毎年130万台前後の自動車をアメリカに輸出してきた。現地生産も進められてきたが、関連部品への関税も同様に科せられることから、経営に大きな影響を与えることは必至だ。アメリカでは、自動車業界を含む経済界の多くが反対や懸念を表明しているものの、United Automobile Workers (UAW)が、自動車関税引き上げを「正しい方向」と評価。1980年代に「日米自動車摩擦」で日本メーカーの輸出規制と対米直接投資を求めてきたことでも知られているUAWは、これまで反トランプの姿勢を貫いてきた。この姿勢を一転させるような動きの意図などについて検討していきたい。
「日米自動車摩擦」は、1973年の第1次石油危機を発端にガソリン価格が高騰したことが背景といわれている。それまでGas Guzzlerと揶揄された、燃費の悪い大型車中心のアメリカ市場で、小型車の需要が高まり、日本車の対米進輸出が急速に拡大した。その結果、アメリカ国内の自動車工場の多くがレイオフや閉鎖に追い込まれ、対日感情が悪化。1982年6月には、「自動車の街デトロイト」の近郊で、中国から養子として迎えられた男性Vincent Jen Chinさんが、当時のクライスラー社に解雇された白人労働者ふたりによってバットで殴り殺される事件も発生した。いわゆるVincent Chin事件である。なお、ミシガン州の裁判所は、ふたりに3000ドルの罰金刑を科し、収監刑が回避されたため、軽すぎる刑としてアジア系コミュニティから強い反発がでた。
日本車の対米輸出の急増による、アメリカにおける対日感情の悪化に対して、日本の政府や自動車メーカーは、1981年に対米輸出を前年度実績から15%削減する「自主規制」措置を発表。また、1982年にホンダがオハイオ州で「アコード」の現地生産を始めたのを手始めに、84年にはトヨタ自動車とGeneral Motors (GM)がカリフォルニア州でNew United Motor Manufacturing, Inc. (NUMMI)を設立、GMが閉鎖した工場で、生産を開始した。こうした「日米自動車摩擦」において、日本で大きく注目されたが、1977年から83年までUAWの会長を務めた、Douglas Andrew Fraserだ。同会長は、アメリカ国内では経営危機に陥った出身企業のクライスラー社への政府融資、国際的には日本の政府とメーカーに、「自主規制」や対米直接投資を求めた。
このように、「日米自動車摩擦」において、日本の政府やメーカーと因縁深い関係にあるUAWは、トランプの自動車関税導入発表とともに、新たなプレーヤーとして登場した。トランプの発表の当日、UAWは、”In a Victory for Autoworkers, Auto Tariffs Mark the Beginning of the End of NAFTA and the ‘Free Trade’ Disaster”という関税導入措置を歓迎する声明を発表したのである。このタイトルから、UAWは、トランプの関税措置が「自動車労働者の勝利」であるとともに、「NAFTAと自由貿易による惨事の終わりの始まり」になるという認識を提示した。ただし、タイトルには盛り込まれていないものの、トランプ政権に対して、労働者の権利と生活保障の重要性を指摘している。以下、その意味するところを検討していこう。
UAWの声明にあるNAFTAとは、North American Free Trade Agreementの略称である。ふたつ国以上の国・地域が関税や輸入割当などの貿易制限措置を一定の期間内に撤廃・削減する協定、いわゆる自由貿易協定(Free Trade Agreement:以下、FTA)の一種だ。1992年12月に、当時のGeorge H. Bush大統領がカナダ、メキシコと締結した。連邦議会での承認は、同年の選挙で勝利したクリントン政権下で進められた。1993年12月までに労働者や環境の保護を盛り込んだ関連法が制定され、クリントンは協定に署名、翌年1月に発効した。なお、2020年7月にNAFTA に代わり、New NAFTAともいわれるUnited States–Mexico–Canada Agreement (USMCA)が発行され、3ヵ国の自由貿易を進める仕組みとして機能し始めた。なお、本稿では、USMCA発行後もNAFTAを用いていく。
NAFTAが実施に移される際、クリントン大統領は、"NAFTA means jobs. American jobs, and good-paying American jobs”と述べ、高収入をえられる雇用が生み出されるとした。しかし、現実には、アメリカの工場が閉鎖され、賃金の安いメキシコなどで製造が行われる、UAWの声明にある”‘Free Trade’ Disaster”が生じていった。この点について、UAWの声明は、過去10年間に毎年平均して200万台分の自動車の生産がアメリカから海外に移転されていったと述べている。また、アメリカの自動車大手3社だけで、過去20年間に65の工場が閉鎖されたと指摘。最近でも、Volkswagenが北米生産の75%を時給7ドルで労働者を雇い、Stellantisがミシガン州のWarren Truck Assembly Plantで1000人の労働者をレイオフしてメキシコで時給3ドルの生産に切り替えたという。
とはいえ、FTCを通じて、安価な労働力を求め、生産を海外に移していくことは、自動車産業だけに限定されているわけではない。グローバル化が進む今日、UAWは、どのようにしてこの動きを押し止め、アメリカに雇用を取り戻そうとしているのだろうか。3月26日の声明にあるように、自動車関税がその第一歩になると考えているようだ。しかし、関税に反対している自動車業界などが指摘するように、組み立てに必要な部品にも自動車関税が科せられる。関税による高い部品を用い、高賃金を支払らえば、販売される自動車の価格は高騰し、売り上げは低迷する。こう考えるのが、経済的に見た「常識」だろう。UAWのShawn Fain会長は、次のようにすれば、この「常識」を打ち破ることができると主張する。
・自動車関税によりメキシコやカナダで生産されている部品や組み立てられている自動車の対米輸出を抑制
・アメリカ国内で閉鎖されている工場を再開することで、生産や組み立ての再開にかかるコストを削減
・国内で再開された工場にアメリカの労働者を雇用
・部品価格への関税を国内生産される自動車に反映させんないため、自動車メーカーの内部留保を充当させる措置を導入
・この措置を導入するための政策実現において政権に協力
このようなプロセスを取ることで、組み立てられた自動車の価格上昇が抑制され、国内生産される自動車が競争力を確保できるというシナリオだ。だが、これが機能するには、アメリカ国内で自動車の再生産に踏み切るメーカーが、販売価格の引き上げを行わないことが前提といえる。そこで求められるのは、関税による部品価格の引き上げを自動車に転嫁させない法的な規制である。では、トランプ大統領は、この規制を進めることに前向きなのだろうか。
3月27日発信のThe Wall Street Journalの”Trump Warned U.S. Automakers Not to Raise Prices in Response to Tariffs”というタイトルの記事は、アメリカの自動車メーカーのトップに対して、大統領が関税を国内生産の自動車価格に転嫁させることに警鐘を鳴らしたと伝えた。この記事は、メーカー側は、価格を引き上げた場合、政権からの報復があることを懸念していると報じている。Fain会長の誘いに応えたような言葉といえよう。しかし、翌28日発信の”Trump says he ‘couldn’t care less’ if foreign automakers raise prices due to tariffs”と題するNBCニュースの記事、NBCの記者に対して、「いや、そんなことは言っていない」と否定。「彼ら(自動車メーカー)が値上げしても、私はあまり気にしない。なぜなら、人々はアメリカ車を買い始めるからだ」と述べたという。
トランプ大統領の真意はわからない。とはいえ、Fain会長が期待するように、自動車メーカーに連携して圧力をかけ、関税によって引き上げられる部品価格を自動車に転嫁させないことに注力するかどうか、疑問だ。それだけではない。労働界はかつて、UAWをはじめとして、関税支持が強かった。しかし、状況は、変わっている。自動車に欠かせない鉄鋼産業の労働者を組織しているUnited Steel Workers (USW)のDavid McCall会長は、2月4日発信のIndustry Week の”Condemnation of Trump's New Tariffs from Auto, Consumer Goods Groups”という記事の中で、アメリカとカナダの経済関係の強さを指摘したうえで、自動車関税が「国境の両側の産業の安定を脅かす」と述べている。
アメリカ国内だけではない。自動車関税への反発は、カナダの労働界からも出てきた。民間の労働者32万人を組織しているUniforのLana Payne会長は、3月26日のプレスリリースを通じて、「トランプ大統領は、この関税がカナダと米国の両方の労働者と消費者に与える混乱と損害を理解していない」と批判した。Unifor は、2013年にCanadian Auto Workers union (CAW) と Communications, Energy and Paperworkers Union of Canada (CEP)が合併してできた労働組合だ。CAWは、UAWと協力関係にある組合として知られており、いわば身内だ。その流れを汲む組織のトップが強く反発している自動車関税の導入を「自動車労働者の勝利」と主張することは、国際的な連携が必要な今日の労働界のリーダーとして適性に疑問符がつけられても仕方がない。
トランプ大統領が自動車関税を発表する前日の3月25日、UAWのウェブサイトに“’NAFTA Sucks’: In New Video, UAW President Shawn Fain Calls for an End to Broken Trade Deals”と題するビデオがアップされた。この中で、Fain会長は、自らが23歳だった1992年の大統領選挙の候補者討論会で、第3政党のReform Partyから出馬したRoss Perot候補がNAFTAの問題を指摘したことから、同候補に投票したと告白。さらに、同候補が正しかったと述べ、自由貿易が破綻しているとして、その変革を訴えている。では、自動車関税によりアメリカに雇用が生まれたとしても、雇用を失うカナダやメキシコの労働者は、どうなるのか。これらの労働者とともに闘う労働運動が、NAFTAに関わる3ヵ国だけでなく、日本も含めた世界で求められているのではないだろうか。
なお、UAWは、“’NAFTA Sucks’: In New Video, UAW President Shawn Fain Calls for an End to Broken Trade Deals”と題するニュースビデオ(文字お越しした文章付き)は、以下から見ることができる。
https://uaw.org/nafta-sucks-in-new-video-uaw-president-shawn-fain-calls-for-an-end-to-broken-trade-deals/
テネシー州のブリヂストン工場閉鎖で700人解雇、雇用確保などに懸念
2025年1月29日
世界最大のタイヤメーカー、ブリヂストンは1月23日、世界各地における工場の閉鎖や人員整理を発表した。この中には、アメリカ南部テネシー州の工場も含まれており、700人の労働者が解雇されるという。この知らせを受け、地元の地方政府や経済界は、新たな企業誘致を進めるとともに、解雇される従業員の雇用確保に尽力する考えを表明している。また、ブリヂストンは、労働者の協力をえながら地元の共同募金団体に多額の寄付を行ってきており、工場閉鎖は、地域のNPOにも影響が及ぶ可能性がある。
ブリヂストンが工場を構えているのは、テネシー州のLaVergneで、カントリーミュージックなどのアメリカ音楽の聖地といわれる、Nashvilleまで北西30キロほどの内陸に位置している。この地方都市は、Rutherford Countyの中に設立された市のひとつだ。連邦人口統計局の2023年のデータによると、同市の人口は3万9597人。人種別に見ると、白人がほぼ半数で、残りは黒人とヒスパニック系が20%強ずついるものの、アジア系は3%程度にすぎない。年齢別では、65歳以上が7.2%に止まっており、生産年齢人口が極めて多い地域といえよう。世帯当たりの中位所得は8万418ドル、貧困ライン以下の人口は11.4%と、それぞれ全米の8万610ドル、11.1%と比較すると、ほぼ同じレベルだ。なお、Rutherford County全体では、人口の4分の3を白人が占めているが、所得水準などは、LaVergneとほとんど変わらない。
Rutherford Countyには、LaVergne の他、MurfreesboroとEaglevilleの3つの市に加え、Smyrna町が設立されている。Smyrnaでは、日産の自動車工場が2005年に操業を開始した。2024年3月27日付の” Nissan Smyrna plant achieves 15 millionth vehicle production milestone”と題するプレスリリースによると、2005年から24年の累計で1500万台の自動車を生産したという。また、2024年までの投資は、総額71億ドルにのぼる。年間の生産能力は64万台で、リーフ、パスファインダー、インフィニティなどの車種を中心に製造している。従業員は、5700人に及ぶ。
なお、アメリカの日産は1992年、NPOなどへの寄付の推進母体としてNissan Foundationを設立。過去32年間で、総額1700万ドルを150余りのNPOなどに助成金として提供してきた実績を持つ。Smyrnaの日産は、独自に寄付活動を積極的に行っており、全米最大の共同募金団体のUnited Wayの地方組織的な存在である、United Way of Greater Nashvilleに100万ドル余りを寄付(2023年実績)している。一方、労使関係では、United Automobile Workers (UAW)による組織化の動きが何度か繰り返されてきたものの、労働組合は結成されていない。
アメリカにおけるブリヂストンの現地生産は、1988年にFirestoneの合併によって開始された。LaVergneの工場は、1971年からFirestoneが生産していた施設を引き継いだ形で進められ、トラックやバスのラジアルタイヤを生産している。2010年代半ばには、契約労働者なども含めると1000人以上雇用していたが、現在は700人程度となっている。とはいえ、現在でも従業員数でみるとLaVergne市で有数の従業員規模をもつメーカーだ。しかし、同市を含むナシュビル周辺地域の製造業の被雇用者は、就労人口全体の7%にすぎない。このため、今年7月末に設定された撤退による、労働者の製造業への再雇用の困難さや地域経済への悪影響が懸念されることは、想像に難くない。
実際、撤退が発表されると、La Vergneの Jason Cole市長は、ブリヂストンが去るのは「悲しい」としながらも、「(地元の経済団体)Rutherford County Chamber of Commerceや他のパートナーと協力して、新しく高品質の産業および商業ビジネスをLa Vergneにもたらす」という考えを表明した。ここで、ブリヂストンと同じ「製造業」という語彙が出てこないことに注意する必要がある。地域経済全体としてみれば、La Vergneは低迷しているわけではない。近年、冷凍飲料大手のICEE Companyが本社と配送センターをカリフォルニア州からLa Vergneに移転。また、Amazonの配送センター2カ所とBJ's Wholesale Clubの店舗もオープンした。しかし、「製造業」の雇用は減少、前述のように雇用も少ないのが現状である。
こうした状況を反映してだろう。Rutherford CountyのJoe Carr市長は、ブリヂストンの工場閉鎖の影響について、声明文を発表した。その中で、同市長は、「この施設は、アメリカで最初のブリヂストン工場であり、…何十年にもわたってLa Vergne地域の多くの人々に雇用を提供してきた」と指摘。解雇される労働者が「(工場が閉鎖される)夏までに仕事を見つけるの困難な状況の中で、…コミュニティが団結し、…雇用機会の確保を支援していく」と述べている。なお、現地では、Rutherford County Chamber of Commerceに加えて、Nashville Chamber of Commerceなどの経済団体が、7月末で雇用関係がなくなる労働者の雇用確保に向けた支援を行っていく考えを明らかにした。
とはいえ、解雇される労働者は、再雇用の可能性を楽観視しているわけではない。例えば、三大ネットのひとつABC系の地元テレビ局WKRNの1月24日のニュースは、ブリヂストン工場の労働者の声を紹介。そのひとりで長年勤めてきたというBilly Kingsleyさんは、「労働者の多くは、どうしたらいいのか全く分からな」状態だと指摘。勤続年数が長い労働者は、退職が少し早まっただけとはいえ、「あと数年働こうか」考えていただろうとして、「厄介な状況」になり、今後については「未知数だよ」と語っている。
また、工場周辺のビジネスへの影響を懸念する声も紹介されている。La Vergneの4人の市議会議員のひとり、Graeme Coates議員は、WKRNのインタビューに対して、工場閉鎖が労働者だけでなく、地域経済にも影響を与えることに言及。労働者が昼食などを取る「工場の周辺のレストラン」などを具体例としてあげている。しかし、工場がなくなれば、こうしたニーズは消滅し、地域経済は大きな打撃を受けることになるからだ。
ブリヂストンの労働者の再就職の困難さや工場周辺のビジネスへの打撃は、労働者の給与水準も影響している可能性がある。求人情報をウェブサイトに掲載する事業を行っているindeedによれば、ブリヂストンの生産労働者の平均年収は推定4万4446ドル。これに対して、La Vergneの他の工場で働く生産労働者の平均年収は2万8815ドルにすぎない。その差は、1万5631ドルで、現在の為替レートに換算すると、242万円にもなる。ブリヂストンの労働者の給与水準の高さは、周辺地域で再就職する場合、同様な賃金をえることが難しいことを示唆している。また、地域ビジネスにとっては、単価が高い顧客を失う可能性が高い。さらにいえば、地方政府の税収にも影響を与えるだろう。
これらの推定年収は、ブリヂストン一般の生産労働者の数字である。Indeedによれば、生産現場の管理職は、年間6万1680ドルと、周辺の生産労働者の2倍以上になる。さらに上位のIntegration Managerの年収は8万1813ドル、Continuous Improvement Managerは9万7271ドルと推定されている。仮に労働者全体のひとり当たりの平均年収が6万ドルだとすれば、700人の労働者が受け取っている所得は、4200万ドル、65憶1000万円という膨大な金額になる。
なお、1月25日付でAPが発信した” Bridgestone announces a tire plant closure in Tennessee with 700 layoffs and other reductions”と題する記事は、ブリヂストンのEmily Weaver広報担当からのメールの内容として、United Steelworkers (USW)との労働協約に基づき、La Vergne 工場で働いているUAWの組合員を同社の他の工場に優先的に採用する方針を示していると伝えた。USWのウェブサイトによると、2022年7月にブリヂストンと団体交渉が数回行われたことが示されており、交渉の結果締結された協約に基づく措置と推察される。ただし、何人の組合員がいて、そのうちどれだけの人が雇用される可能性があるのかなどは、明らかではない。
Weaver広報担当は、組合員の就労先として、オハイオ州のDes Moinesとアーカンソー州のRussellvilleの工場をあげたとしている。仮に、この措置に基づき、かなりの労働者が他州に移れば、その労働者がLa Vergneにおける消費は、完全に消え失せることになる。これも地域経済への大きな打撃である。前述のCoates市議会議員が、La Vergneをはじめとした Rutherford Countyで「700の仕事が失われることの影響は、本当に大きい」と述べたが、それも当然だろう。
とはいえ、La Vergneからのブリヂストンの撤退がもつ政治経済的な意味合いは、工場労働者の賃金という形で確保されてきた資源がなくなるだけではない。解雇され失業する労働者や工場周辺でビジネスをしてきた人々、そしてそこで働いている人々の一部は、政府やNPOの支援を受ける立場になる可能性もある。ブリヂストンは例年、前述の日産と同様に、La Vergne の工場を含めたBridgestone Americasとして、地域のNPOなどに助成金を提供しているUnited Way of Greater Nashville (UWGN)に多額の寄付を提供。2023年には、労働者とともに255万ドルの寄付金を集め、UWGNに寄付を行い、最大のドナーとして表彰された。
工場が閉鎖されれば、この寄付がなくなるだけではない。ブリヂストンでは、労働者を「チームメイト」と呼んでいた。「チームメイト」として、会社とともに募金活動を進め、表彰された喜びから1年もたたないうちに、会社から突き付けられた解雇通知。彼らはいま、自分たちは本当に「チームメイト」だったのか、と自問自答しているのではないだろうか。
ブリヂストンは1月23日、” Bridgestone Americas Announces Business Footprint Optimization and Closure of its LaVergne Plant”と題するプレスリリースで、La Vergne工場の閉鎖を発表した。その中で、閉鎖の背景にある業界を取り巻く経営環境の厳しさなどを指摘するとともに、今後、関係政府機関や労働組合と協議していく姿勢を表明した。この文章とは別に、前述のWeaver広報担当は1月25日付のAPの記事の中で、「北米とラテンアメリカの約4万4000人のチームメイト(労働者)のうち、自発的および非自発的な人員削減の一環として会社を辞めるのは4%弱」と述べている。
企業全体から見れば、工場閉鎖の影響を最小限化したことで、自らの社会的責任を正当化したつもりなのかもしれない。しかし、工場閉鎖の背後には、これまで述べてきたように、労働者や地域社会への大きな影響、そして「チームメイト」への対応のあり方への疑問や怒りの拡大などが予想される。この点をどれだけ真剣に考えていたのか。ブリヂストンのプレスリリースや広報担当者の発言からは、それを感じることができた人がいただろうか。
なお、上記のUnited Way of Greater Nashville (UWGN)への寄付とそれにともなう表彰については、以下のUWGNのプレスリリースから見ることができる。
https://www.unitedwaygreaternashville.org/bridgestone-hca-ingram-and-nissan-among-honorees-at-united-way-of-greater-nashvilles-annual-community-meeting/
「日米同盟」に関するアメリカ人の意識、対中関係との影響などNPOの報告書が指摘
2024年12月21日
外交関係を中心にした調査研究を行っているNPOが最近発表した調査報告書によると、アメリカ人の多くは「日米同盟」を評価していることが明らかになった。その背景には、東アジアにおける中国の影響力の高まりへの懸念があるとみられる。しかし、日本が実効支配しているものの、中国と台湾も領有権を主張している尖閣諸島に中国が侵攻、占領した場合、アメリカ軍の派遣について問われると、否定的な意見が強い。また、対日感情全般については、支持政党による温度差が拡大傾向にあるなどの点も明らかになった。
この調査を実施したNPOは、1922年に設立された超党派の調査研究機関、Chicago Council on Global Affairs (CCGA)。12月16日に発表された報告書のタイトルは、“Americans Now Favor Strengthening US-Japan Alliance to Deal with China’s Rise”とあるように、「日米同盟」への評価を「中国の台頭」との関係を中心にして、アメリカ人の意識を検討したものだ。調査は、世界的な調査会社、Ipsosの一部門の大規模なオンラインリサーチパネル、KnowledgePanelに委託して2024年6月21日から7月1日にかけて、英語とスペイン語で行われた。対象者は全米50州と首都ワシントンに住む18歳以上の人々2106人。サンプリング誤差のマージンは ±2.3 %という。
調査結果の主要な点は、以下の通り。
① 対日感情について、「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、何度になるかという問いに対しては、65度と比較的高い数字が示された。これは、日本が国際問題に責任ある対応をとっていることに信頼を置いているという回答(63%)とも関連しているとみられる。
② 日米の安全保障がアメリカの安全に寄与しているという回答は、74%にのぼった。支持政党別にみると、民主党支持者の間では78%と最も高く、次いで無党派の74%、共和党支持者の間では73%に止まった。
③ 東アジアの秩序の維持と中国の台頭に対抗するために、「日米同盟」を強化すべきという回答は60%と、2018年調査時における43%を大きく上回った。
④ 日本と中国、台湾が領有権を主張している尖閣諸島を中国が占領した場合、アメリカはどのように対応すべきかという質問に対しては、「制裁を科す」の70%が最も多かった。次いで、日本に武器や軍事物資を提供するの63%、日本に追加の軍隊を派遣するが53%と続いた。しかし、尖閣諸島を中国から奪還するために軍隊を派遣することについては、賛成が39%に止まった。
上記の③と④のアメリカの対中政策が「日米同盟」に及ぼす関係については、2008年以降に行われた具体的な質問への回答の変化も示されている。東アジアにおける中国のパワーが強まる中で、アメリカは「日米同盟」をどのようにしていくべきかという問いへの答えである。2008年には現状維持が54%と最も多く、次いで強化が34%、対中関係改善のため「日米同盟」を縮小するが9%だった。しかし、10年後の2018年には、現状維持の46%に対して、強化が43%とほぼ拮抗。なお、縮小は10%に増加した。2024年には、強化が60%へと急増した一方、現状維持は28%、縮小は7%と大幅に減少した。
このことは、アメリカ人の対中感情が急速に悪化したことを示唆している。CCGAが10月24日に発表した” American Views of China Hit All-Time Low”というタイトルの報告書を見ると、その一端がうかがえる。例えば、前述の対日感情と同様に、対中感情を「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、2014年には44度だった。その後、数年間は大きな変化はなく、2018年に45度へと微増。しかし、一転して低下傾向が続いたことで、2024年には26度にまで落ち込んだ。支持政党別でみると、民主党支持者は29度だったが、共和党支持者の間では20度と、極めて低いレベルに落ち込んだ。また、中国をライバルとみるか、パートナーとみるかという質問に対しても、ほぼ同率だった2018年を境に、ライバル視する人が急増。2024年にはライバル視する人が74%に及んでいる。
上記の④で示したように、尖閣諸島を中国から奪還するために軍隊を派遣することについて賛成は39%だった。ただし、党派別にみると、相違がみられる。共和党支持者の間では賛成が45%に上る一方、民主党支持者と無党派の間では、それぞれ39%と37%に止まっている。しかし、この結果は、共和党支持者が親日的であることを意味するものではない。上記の①の対日感情が「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、全体では65度だったが、党派別では、民主党支持者は69度と最も高く、無党派も66度と平均を超えた。一方、共和党支持者は60度にすぎない。
これらの結果から推察すると、共和党支持者の間では、対中批判の意識が強く、そのため尖閣諸島への攻撃に対して、アメリカが軍事力を用いて対抗することを支持。しかし、それが日本に対する支援ではないと考えることもできる。実際、別の質問で日本への「信頼感」を聞いているが、「あまり信頼していない」が全体の25%だったが、共和党支持者に限定すると、29%と最も多かった。ただし、共和党支持者の間でも、2020年には64度、21年に63度、22年に64度を記録している。したがって、共和党支持者の対日意識を理解するには、より詳細なデータが必要といえよう。
「日米同盟」を含む、日米関係以外の質問も、CCGAの調査では含まれている。日本のグローバルな影響力の源泉への重要度についての問いだ。テクノロジーとイノベーションを「非常に重要」と「ある程度重要」選んだ人は、それぞれ59%と33%に達し、両者を合わせると9割を超える。経済力については「非常に重要」が38%、「ある程度重要」が49%にのぼる。また、文化については、それぞれ38%と44%と、経済力とほぼ同率だ。一方、軍事力は17%と45%に止まり、世界に対する日本の軍事的貢献への期待が低いことを示している。
長年、アメリカに住んでいたひとりとしては、アメリカの人々が日本についてどの程度理解しているのか、疑問を感じないわけではない。とはいえ、こうした「日米同盟」を含めた日本に対する一般の人々の意識を考慮したうえで、我々は、日米関係を幅広く考える視点を持つことが必要なのではないだろうか。
なお、上記のChicago Council on Global Affairs (CCGA)の報告書 “Americans Now Favor Strengthening US-Japan Alliance to Deal with China’s Rise”は、以下からダウンロードできる。
https://globalaffairs.org/sites/default/files/2024-12/2024%20CCS%20Japan.pdf
元日本人留学生の寄付で始まった草の根的な日米交流事業、日系のNPOが参加者募集
2024年11月24日
日本が西洋諸国と初めて締結した条約といわれる、1854年の日米和親条約。外務省などは、この条約を「日米交流」の始まりと認識しているようだ。しかし、実際には、1941年の日本軍のパールハーバー攻撃、そして敗戦、アメリカによる占領統治のように、日米が対立した時代もあった。また、「交流」は政府間の独占物ではない。相互理解を深めるための市民同士の「草の根交流」も重要だ。この考えを具現化させる動きに、日米のNPOが別途に、あるいは両国のNPOなどが連携して実施するもの事業がある。昨年始まったアメリカのNPOが主催する「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、そのひとつで、現在、訪米プログラムを含む事業に参加するフェローを募集中だ。
日米和親条約の英語名は、”Japan–US Treaty of Peace and Amity”。この条約が結ばれたのは、1854年3月31日だ。いわゆる「黒船」の圧力の下での締結であり、”Peace”という語彙が含まれていることに違和感を抱く人も少なくないだろう。なお、この条約は、両国が和親を約束し、日本がアメリカの貿易船や捕鯨船の補給協力などを行うことを定めたものだ。4年後の1858年に結ばれた、日米修好通商条約は、貿易を行うためのルールを決めている。なお、1858年の条約は、アメリカ側に領事裁判権を認め、日本に関税自主権がなく、日本だけがアメリカに最恵国待遇を保証するという「不平等条約」だった。にもかかわらず、これらの条約を「日米交流」の発端と見なす考えもある。例えば、日米和親条約締結から150年後の2004年、外務省は条約が結ばれた神奈川村(現在の横浜市)で、「日米交流150周年記念式典」を開催した。
日米間の交流事業を進めてきた民間団体は、戦前から存在した。最もよく知られた日本の団体のひとつに、日米協会がある。中国大陸における日米間の利権対立やアメリカでの日本人移民排斥などの動きを懸念した人々が1917年に設立した団体で、現在は一般社団法人として活動している。民間団体であることは確かだが、設立当時から政府や財界の有力者が中心となってきた。現在の事業も、アメリカの政界や経済界で知られている人などを招いた講演会などが目立ち、学生や市民のための交流事業は見当たらない。その意味では、「草の根交流」とはいい難い。
日本での日米協会設立に先立つ10年前、ニューヨークに日本の軍艦2隻が来航したことを契機に、Japan Societyが創設された。中心になったのは、日本とビジネス関係にある実業家だが、現地の日本人も含まれていた。このようにJapan Societyも、「草の根交流」を目指していたとは考えにくい。しかし、現在では、将来の日米関係を担う人材の育成事業の一環として、アメリカの高校生が日本の高校や企業、団体などに訪問するJunior Fellows Leadership Programなども進めており、「草の根交流」の側面も見られる。なお、Japan Societyというと、このニューヨークのNPOだけをイメージする人が多いかもしれない。しかし、ボストン、サンフランシスコ、シカゴなど、全米各地に”Japan Society”を冠したNPOが設立され、日本の政治や社会、文化の紹介や交流などの事業を実施している。
さて、前置きが長くなったが、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」について見ていこう。「渡邉利三」という名前から予想されるように、この事業は、「渡邉利三」の1040万ドル、邦貨で16億円近い多額の寄付により生まれたものだ。神奈川県鎌倉出身で、慶応大学時代にアメリカ留学を夢みて、複数の大学に願書を送り、希望する額の奨学金を提供してくれることになった、マサチューセッツ州の大学、Brandeis Universityに入学した。その後、健康医療産業のNikkenを立ち上げるとともに、フィランソロピー活動を推進。日本からBrandeisに留学する学生への奨学金事業に1000万ドルを寄付した。さらに、アメリカにToshizo Watanabe Foundation、日本でも公益財団法人渡邉財団(旧財団法人磁気健康科学研究振興財団)を設立し、健康医療や大学生への奨学金、日米交流活動などに多額の資金を寄付してきた。
「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、Japanese American National Museum (JANM)のプログラム、National Center for the Preservation of Democracy (Democracy Center)のひとつとして実施される。つまり、JANM、Democracy Center、そしてフェローシップという三層構造の中に位置づけられている。JANMは、その名が示すように、日系アメリカ人の歴史や文化を継承させるため、ロサンゼルスの小東京に1992年にオープンした博物館だ。その建物は、1925年に建設され、86年にLos Angeles Historic-Cultural Monumentに指定された旧西本願寺を改修したもので、建設当時の面影を残している。Democracy Centerは、2000年にDaniel K. Inouye National Center for the Preservation of Democracy という名称で、JANMの事業としてスタート。2023年12月にNational Center for the Preservation of Democracy、略称Democracy Centerに改称され、今日に至っている。なお、Daniel K. Inouyeは、ハワイ州選出の政治家で、長年、連邦上院議員を務めたが、2012年に亡くなった。今年は、生誕100年に当たる。
前述のJapan Societyの高校生の訪日交流プログラムのように、アメリカのNPOが行う国際交流事業は、アメリカ人を海外に派遣することが多い。一方、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、日本の若者をフェローとしてアメリカに招待し、交流活動などに参加させることを中心に設計されている。例えば、応募資格をみると、日本国籍を有する者または日本の特別永住者で、年齢は45歳以下、5年以上の職務経験を有することなどとなっている。職種については、民間企業、政府機関、アート、メディア、NPO/NGO、教育機関など幅広いなお、TOEIC 900点以上、TOEFL 630点(CBT 267点、iBT109点)という数字が示すように、かなり高い英語力が求められる。これは、英語での交流に支障や抵抗がないことを重要視しているためだという。ただし、そのためか、昨年度のフェローの大半は、大手企業の従業員などで、職種的な多様性は確保できているとはいえない。
募集されるフェローは10人。第1回目の昨年の参加者、8人よりふたり多い。フェローに選出されると、2025年5月に東京でオリエンテーションを受け、7月21日〜8月1日まで、渡米。ロサンゼルスと首都ワシントンの2都市を訪れる。さらに、帰国後の同年秋にフェローシップ公開イベントが開催される。
Democracy Centerのプログラムという位置づけから、参加者は、民主主義や多様性、マイノリティのリプレゼンテーション、シンクタンクやNPOの役割など、アメリカの民主主義をめぐる課題と取り組みについて、学ぶことになる。訪問先も、ホワイトハウスなどのメインストリームだけでなく、草の根団体なども含まれており、これらの課題に取り組む実態の理解に役立ちように設計されているといえよう。さらに、日系アメリカ人の視点からアメリカ社会を見る試みのひとつとして、日米開戦後、日系アメリカ人が収容された強制収容のひとつ、ロサンゼルスから車で4~5時間かかる、Manzanarにある強制収容所跡の訪問予定が組まれている。
なお、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」募集に当たり、NJAMは、12 月 7 日(土)10:00am-10:30am(日本時間)/12 月 6 日(金)5:00pm-5:30pm(アメリカ西海岸時間)にオンライン説明会を実施する。参加は無料だが、予約が必要。プログラウの詳細や予約に関する説明は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/ja/democracy/events/2024-12-07/2025-watanabe-democracy-fellowship-virtual-information-session
Hurricane HeleneとMiltonの被災者に米企業が支援実施、在米日本企業はスバルなど一部
2024年10月21日
ABC Newsをはじめとしたアメリカの大手メディアは10月16日から17日にかけて、9月下旬から10月初めにアメリカ南東部を襲ったHurricane HeleneとMiltonによる経済的な損失が、それぞれ500憶ドルに上る可能性があると相次いで報じた。この莫大な被害に対して、個人や企業は、被災者への義援金や救援活動を進めるNPOなどへの支援金を提供している。在米日本企業の中にもスバルのように、こうした支援活動に積極的にかかわっている企業が見られるものの、全体としては、あまり目立った動きはないようだ。
企業の社会貢献活動に関する調査研究を行っている、Boston College Center for Corporate Citizenship (BCCCC)は10月8日、”Companies Respond to Hurricanes Milton and Helene”と題するリリースを発表した。このリリースには、被災者への義援金や救援活動を行っているNPOに多額の支援金を行った企業や団体と寄付を受けたNPOについて、寄付額などを整理した内容が掲載されている。リストアップされている企業や団体は、29。寄付を受けたNPOのリストには、35団体が掲載されている。このうち日本企業は、ホンダとトヨタの現地法人2社にとどまっている。なお、NPOについては団体名だけで、受け取って寄付額や提供先は明記されていない。
企業や団体のトップに掲載されているのは、USAA だ。日本では、ほとんど馴染みがない企業だが、アメリカの軍人、軍属およびその家族(以下、軍関係者)を対象とした金融業や保険業を専門とする会社で、1912年に設立された。当時は、United States Army Automobile Associationという名称だった。現在の企業名はUnited Services Automobile Associationで、Armyが無くなっているが、事業の対象者は、変軍関係者で、変化していない。USAAは当初、100万ドルを寄付。その後、軍関係の被災者に限定して50万ドルの追加支援を行うことになった。さらに、USAAのメンバーが提供した約140万ドルをAmerican Red CrossとTeam Rubicon、World Central Kitchenの3つのNPOに支援金として提供した。
USAAは10月12日、メディアやメンバー向けにリリースを発表。ボランティア活動や献血、寄付などの被災者支援活動への参加を呼び掛けるとともに、参加や協力を行うNPOの候補などを示した。ボランティア活動については、Team Rubiconの名前があげられている。2010年のハイチ地震の被災者支援のため、軍関係者によって設立されたNPOだ。献血については、地元の献血センターやAmerican Red Crossを推奨。寄付を行う際には、Charity NavigatorやGuidestarなどのNPOの評価機関の活用を呼び掛けている。
BCCCCのリストの2番目に出てくるのは、社会貢献活動が積極的な企業として知られる小売業の大手、Targetだ。Hurricane Heleneの被害が報告された直後、300万ドルの寄付を発表した。なお、同社は今年初頭、American Red CrossとTeam Rubicon、Feeding AmericaなどのNPOによる国内の人道支援活動に対して150万ドル支援を行うことを明らかにしていた。Hurricane Helene後の寄付は、これと別枠で提供されるという。Targetは、2022年のHurricane Ianを契機に、Team Member Resource Centerという社員による被災者支援の活動拠点を開設。Hurricane Helene後には、5か所の拠点を設け、約1000人の社員による災害ボランティア活動が進められた。
この他、BCCCCのリストに掲載されている企業のうち、日本でも知られているのは、運送業のFEDEX、ユニバーサルスタジオの運営などを行うCOMCAST NBCUNIVERSAL、ディズニーランドのWALT DISNEY COMPANY、飲料メーカーのPEPSICOとその助成財団のPEPSICO FOUNDATION、航空会社のDELTA AIR LINES、コカ・コーラのCOCA COLA UNITED、ファストフードチェーンのMCDONALD'S、ファミリーレストランのチェーンDENNY'Sなどがある。また、企業ではないが、大リーグのヤンキースが設立した助成財団、NEW YORK YANKEES FOUNDATIONも載っている。
前述のように、日本企業でリストに掲載されているのは、ホンダとトヨタの2社だけだ。ホンダは、Hurricane Helene の被災者向けの基金として、American Red Crossに50万ドルを提供。これとは別に、ホンダの関連会社で、大きな被害を受けたカロライナ州に本社を置くHonda Aircraftは、同社が製造しているHondaJetを用いて、被災地に救援物資などを輸送する支援を実施。また、10月3日付のHondaのリリースによると、従業員による寄付を促すため、ひとり当たり最大1000ドルまでの1対1のマッチングギフトを行っている。さらに、従業員がボランティア活動を行ったNPOに対して、最大200ドルの寄付を企業として提供しているという。
トヨタは、アメリカで数多くの現地法人を設立している。このうち、9月27日付のリリースでHurricane Heleneの被災者向けの支援を表明したのは、Toyota Motor North AmericaとToyota Financial Servicesの2社。両社やBCCCCのリリースには、具体的な支援内容はほとんど示されていない。代わりに、両社がAmerican Red CrossとSBPなどに毎年寄付を行っているとしたうえで、その資金を被災者支援に充当させていく旨が記載されている。ホンダと同様、従業員による義援金に対して、マッチングギフトを行うとしているが、上限額などは示されていない。なお、SBPは、Hurricane Katrinaがニューオーリンズなどを襲った後設立され、救援から復興に向けたプロセスにおける被災地域の住民の支援を行うことなどを目的にしているNPOだ。
Hurricane HeleneとMiltonによる被害に対して、積極的に対応している在米日本企業のひとつがSubaru of America, Inc(以下、スバル)だ。すでに述べたように、BCCCCのリリースには同社に関する記載はない。これは、スバルが自社による支援活動について示したリリースを発表したのが、BCCCCの10日後の10月18日だったことが一因と推察される。したがって、以下、スバルのリリースを中心に、スバルの活動を見ていくことにする。
スバルの被災者支援活動は、NPOへの支援金、従業員の寄付に対するマッチングギフト、自社の自動車購入者などへの割引の3つにわけることができる。最初のNPOへの支援金は、これまでスバルが関わってきた活動の延長に位置づけられており、Meals on Wheels America (MWA) やFeeding America、ASPCA® (The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals®),、American Red Cross、World Central Kitchenの5団体が主な対象だ。
このうち高齢者への配食サービス団体の全米ネットワークであるMeals on Wheels Americaには、過去15年間で3200万ドルの寄付を行い、全米最大の支援企業になっている。今回もMWAのEmergency Response Fundに10万ドルを寄付。被災高齢者に配食する食事の材料費などの他、配送のためのガソリン代や被災したMWAの事務所の修復費などに充当される。また、大西洋岸にあるスバルのディーラーなど68カ所と連携、ディーラーが集めたり、提供する寄付に対して、最大40万ドルまでのマッチングを行う。寄付先は、フードバンクの全米組織、Feeding Americaである。
スバルが寄付先リストには、あまり知られていないNPOが含まれている。ASPCA® (The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals®)がそれだ。Cruelty to Animalsという語彙から推察できるように、動物愛護団体である。スバルは2008年以降、このNPOを支援してきており、これまでの寄付額は3800万ドルにのぼり、13万4000頭の動物の援助に役立てられてきた。
従業員の寄付に対するマッチングギフトの多くは、1対1、すなわち従業員が1ドル寄付すると、企業が1ドル追加提供するものだ。しかし、今回のスバルの方式は従業員の1ドルに対して、企業が2ドル行う。このマッチングギフトは、スバルから直接提供されるのではなく、同社の助成財団、Subaru of America Foundationが実施。なお、財団が提供する資金は最大で3万ドル、提供先はAmerican Red Crossと炊き出しを中心にした食糧支援団体のWorld Central Kitchenに限定されている。
最後の自社の自動車購入者への割引について、説明したおこう。これは、Hurricane HeleneとMiltonで被災し、自動車が流されるなどした人に対する支援策だ。対象となるのは、連邦政府の災害支援機関、Federal Emergency Management Agency (FEMA)が被災地と指定した地域の住民に限定され、2024年ないしは25年のスバルの自動車を購入またはリースした場合、500ドルの割引を行うというものだ。
Hurricane HeleneとMilton の被害に対応している企業は、BCCCCがリストアップした企業だけではない。American Red Crossは、寄付を受ける側として、大口寄付を行った企業のリストを公開している。その中に日本企業では、Fujifilmの名がある。具体的な寄付額は明示されていないが、Costcoなどと並んで、25万ドル以上の寄付または寄付誓約を行った企業になっている。
こうした在米日本企業による大規模災害の被災者支援は、日米関係にもプラスの影響を与えていくだろう。その意味では、個々の企業だけでなく、日本企業の進出が多い地域に設立されている、日本企業の商工会議所などが会員企業に積極的に寄付を呼びかけ、NPOなどに支援金を提供していくことも必要だ。しかし、今回、調べた限りでは、そうした動きは見られなかった。
なお、上記のBCCCCのリリースは、以下から見ることができる。
https://ccc.bc.edu/content/ccc/blog-home/2024/10/companies-respond-hurricanes-milton-helene.html
日本製鉄のUS Steel買収に三つの壁、大統領選前にロビー活動などで突破可能か
2024年9月17日
日本製鉄がUnited States Steel Corporation(以下、US Steel)の買収案を発表したのは、2023年12月。株主の賛同はえられたものの、連邦政府と議会、そして労働組合という3つの大きな壁が立ちはだっている。買収先のUS Steelの本社があるペンシルベニア州は11月の大統領選挙の「激戦州」のひとつだ。「労組票」を獲得したい思惑もあり、民主・共和両党の大統領候補に加え、連邦議員の多くが「国家安全保障」を理由に反対または慎重な姿勢を示している。これに対して、日本製鉄は、多額の資金を投入してロビー会社と契約。「同盟国・日本」の企業への支持を取り付けようとしているが、可能だろうか。
鉄鋼王と呼ばれた大富豪、Andrew Carnegieが設立したCarnegie Steel Companyなど3つの製鉄会社を合併して1901年に誕生したUS Steel。アメリカだけでなく、世界最大の製鉄会社として君臨していた時代もあった。しかし、2022年の世界鉄鋼協会のデータによれば、世界の粗鋼生産は中国が群を抜き、次いでインド、日本が続き、アメリカは第4位に落ち込んでいる。US Steelは、世界では27位に止まる。なお、日本製鉄は、世界4位となっており、US Steelとの合併が成立すれば、現在3位の中国の鞍山鋼鉄集団を抜き、「世界トップ3」の一角に食いこむことになる。
日本製鉄がUS Steelとの買収案を提示した2023年12月18日、買収総額は149億ドル(約2兆円)、株の買い取り価格は1株当たり55ドルと発表された。その数日前は40ドル程度であったことを考えると、40%近いプレミアムをつけたことになる。ただし、発表後、株価は急騰、一時50ドルを超えた。とはいえ、株主には異論はない価格で、今年4月に行われた臨時株主総会では、98%び賛成がえられた。なお、アメリカの製鉄会社トップのCleveland Cliffsは2023年8月、US Steelの買収案を提示。時価を42%上回っていたものの、1株当たり35ドルと、日本製鉄の提示価格より、大幅に低い。
「企業は株主のもの」という考えに立てば、臨時株主総会の決定にしたがい、日本製鉄とUS Steelの合併は認められるはずだ。しかし、異論が噴出した。先陣を切ったのは、US Steelの労働者1万1000人を組織しているThe United Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Union(以下、USW)だ。US Steelとの間で2022年12月に締結された、4年間で20%余りの賃上げなどを盛り込んだ労働協約が順守されるかどうか懸念していることが大きい。しかし、この点については、日本製鉄、US Steelともに変更はないとしている。
では、なぜ、USWは合併に反対しているのか。日本製鉄の合併交渉代表は、労働協約の順守を表明しているものの、USWは日本本社としての誓約を求めており、両者の意識に溝がある。その背景には、日本製鉄がUS Steelの工場閉鎖や労働者の解雇を労働協約が切れる2026年まで行わないと表明したのは、2024年の3月に入ってからだったこともあるだろう。また、日本製鉄の交渉代表は、大統領選挙が終われば、USWの政治力が弱まるなどと発言したと、9月10日発信のReutersの記事は伝えている。こうした発言もUSWの不信感を強めると考えられる。
合併反対の理由のひとつに、USWのDavid McCall会長は、「国家安全保障」上の懸念をあげている。しかし、「国家安全保障上」の懸念を声高に主張しているのは、大統領選挙の候補者や連邦議会の議員たちだ。共和党のTrump元大統領は、合併反対を繰り返し主張。民主党のBiden大統領もこれに続き、Hariss副大統領は9月に入って反対を表明した。また、連邦議会の下院議員53名は今年1月3日、合併に対して規制当局としての包括的な検討を求める連名の書簡をBiden大統領に送付するなど、反対の動きが止む気配はない。
大統領や議会が反対しても、民間企業同士の合併を阻止することはできないと思われるかもしれない。しかし、そうではない。議員の連名書簡にある包括的な検討を行う規制当局とは、Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)ことだ。Defense Production Act of 1950などに基づき、海外投資に関して「国家安全保障上」問題がないかどうか、複数の省庁で検討する機関である。CFIUSは、検討し、判断を示すが、合併や投資を阻止する権限は大統領にある。TrumpやBiden、そしてHarrisの言動が注目されるゆえんだ。
連邦政府と議会、そしてUSWという3つの大きな壁に直面している、日本製鉄は、どのような対応をとっているのだろうか。USWをはじめとした利害関係者との対話や調整を行いつつ、ロビイストを雇って政府や議会に「安全保障上の問題」がないことや、日米関係悪化への懸念を伝え、状況を打破しようとしているのだ。日本製鉄は、アメリカで工場の操業も行っているが、ロビイストを雇っていなかった。しかし、合併の発表後、反対の声が広がる中で、全米第2位のロビー団体、Akin Gump Strauss Hauer & Feld LLP(以下、Akin Gump)などと契約を締結したのである。
アメリカでロビー活動を行うには、Lobbying Disclosure Act of 1995に基づき、認可を受けたロビー団体と契約し、ロビーを行う際、対象者や目的、費用などを示したLOBBYING REPORTを政府に退出しなければならない。日本製鉄は、2023年第4四半期にAkin Gumpと契約を締結、現段階で公表されている限りでは、24年の第1、第2四半期でも契約を続けている。LOBBYING REPORTによると、2023年第1四半期の契約額は3万ドル、雇ったロビイストはふたりだったが、24年の第1、第2四半期をあわせると110万ドル、ロビイストは20人に及んだ。ロビイングの対象は、連邦議会の上下両院と大統領府、目的はUS Steelとの合併や日米関係とされている。
では、こうしたロビー活動で活路が開けるのだろうか。CFIUSが「安全保障上の問題」の有無について検討、結論を出すには数カ月かかるとみられる。その後、大統領選挙の結果がでてから、新しい大統領が判断を示すことになる。政治家が前言を翻すことは往々にしてある。今回もないとはいえない。とはいえ、そのためには「口実」が必要だ。その「口実」を日本製鉄が提示することができるのか。日本製鉄は、言葉だけでなく行動も含め、その提示が求められていくことになる。
ここでは記述しなかったが、US Steelが本社を構えるペンシルベニア州Pittsburghの自治体のトップやローカルメディア、住民、US Steelの労働者の一部は、合併に賛成している。また、日本製鉄のアメリカ国内の工場で働く労働者のうち620人がUSWの組合員だ。したがって、反組合とはいえない。ロビイストによる議会や大統領府への働きかけよりも、こうした支持者や労働者の声を拾い上げ、社会に発信し、理解を求めていくことが、重要なのではないだろうか。
なお、上述のAkin Gumpが提出したLOBBYING REPORT のうち2024年第2四半期のものは、以下から見ることができる。ロビー活動を政府がどう管理しているのか知る上でも興味深い資料といえよう。
https://lda.senate.gov/filings/public/filing/d701a4e5-5da2-4fa8-a695-47b6418a34f5/print/
「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えるイベント、アメリカ各地で開催
2024年8月31日
毎年8月を迎えると、日本では、広島・長崎への原爆投下、そして敗戦に関連した活動が目につく。アメリカでは、日本の敗戦=戦勝になるわけだが、戦勝記念の声はあまり聞かれない。第2次世界大戦というと、対ナチスというイメージが強いからかもしれない。とはいえ、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」の訴えは、各地で実施されている。原爆投下から79年目の今年の活動を整理してみた。
被爆者自身による活動としては、8月4日に行われた原爆犠牲者の追悼法要をあげることができる。ロサンゼルスの小東京にある、高野山別院で開催されたものだ。主催したのは、米国広島・長崎原爆被爆者協会 (American Society of Hiroshima-Nagasaki A-Bomb Survivors)。団体名に「米国」を冠しているが、300人の会員はロサンゼルスとハワイの在住者という。なお、高野山別院には、1984年のロサンゼルス・オリンピックの開催に合わせ、世界平和を呼びかけようというイベント、Survival Festが開催され、これに合わせて広島から贈られた「平和の灯火」が安置されている。
投下された原爆が製造された、ニューメキシコ州のLos Alamosでもイベントが行われた。Manhattan Project National Parkが主催したもので、原爆の投下について理解し、平和を願い、被爆者への追悼するための行事だ。なお、Los Alamosは、原爆製造の中心となったJulius Robert Oppenheimerの伝記映画「オッペンハイマー」を記念したOppenheimer Film Festivalが「8月10日から末日まで開催されている。その一環として、原爆の実験で風下にいた人々が被ばくしたことや、原爆に用いられたウランを採掘したネイティブアメリカンへの健康被害などについて取り上げた、”First We Bombed New Mexico”も上映された。
反核や平和を訴える市民団体によるイベントも、全米各地で実施された。例えば、マサチューセッツ州Worcesterでは、Center for Nonviolent SolutionsとSaints Francis and Therese Catholic Worker、Mustard Seed Catholic Workerが反核集会、“Stand-out for Nuclear Disarmament”を8月6日の午後に市内の公園で開催。また、同日夜には、核実験による放射能汚染の危険を訴えたドキュメント映画、"Silent Fallout"の無料で上映された。さらに、8月9日の夜には、”Hiroshima and Nagasaki Remembrance and Peace Ceremony”が開催され、キャンドルライトセレモニーなどが行われた。
保守的といわれる南部のミズーリ州のColumbiaでも8月3日、市内の公園で原爆投下79周年に合わせた平和集会が開催された。この集会で主催団体は、すべての国が核兵器禁止条約に署名・批准し、普遍的な核軍縮に向けて取り組むよう求めた。また、イスラエル・ハマス戦争とウクライナ戦争の終結も訴えるなど、原爆投下を過去の出来事として考えるだけではなく、現在の問題につながっているというスタンスを示した。
最後にシアトルの「サダコ像」に関連したイベントを紹介しておこう。先月紹介したように、ワシントン州シアトルに建立されていた「サダコ像」が足元から切断され、持ち去られるという事件が7月11日の夜から12日の朝にかけて発生した。地元警察は、「ヘイト」に基づく行為ではなく、像に用いられている銅を販売する目的で窃盗に及んだとみなしている。事件後、捜査が行われているものの、今日に至るまで、容疑者は逮捕されていない。
なお、「サダコ像」は、広島に投下された原爆により、白血病になり、1955年に12歳でなくなった佐々木貞子さんの冥福を祈るとともに、平和の重要性を訴えるために建立されたものだ。
この事件を受けて、8月2日、「癒しのイベント」が「サダコ像」があったPeace Parkで開催された。集会では、「サダコ像」のモデルとなった佐々木貞子さんを追悼するスピーチやディスカッションをはじめとする式典が行われた。なお、集会の呼びかけを行ったのは、Japanese American Citizens League、Tsuru for Solidarity、Minidoka Pilgrimage Planning Committee、From Hiroshima to Hopeなどの日系団体に加え、「サダコ像」の建立に尽力したクエーカー教関係の団体、University Friends Meetingなどが含まれている。
なお、上記の”First We Bombed New Mexico”の映画とその背景にある原爆実験による放射能汚染の実態や政府の対策などについては、以下から見ることができる。
https://www.firstwebombednewmexico.com/
シアトルの「サダコ像」、復元へ地元の建立団体や日系団体が募金開始
2024年7月20日
ワシントン州シアトルに建立されていた「サダコ像」が足元から切断され、持ち去られた。この事件後、像を建立した地元の団体は、復元に向けて募金や折り鶴を作る活動を進めることを発表。この動きに対して、日系団体が支援の意思を表明、復元に向けた資金確保とともに、平和教育活動が広がりつつある。
「サダコ像」は、広島に投下された原爆により、白血病になり、1955年に12歳でなくなった佐々木貞子さんの冥福を祈るとともに、平和の重要性を訴えるために建立されたものだ。建立団体のUniversity Friends Meetingの建物に近い、ゴミ捨て場状態になっていたシアトル市内の一角をボランティアにより清掃。市は、この場所をPeace Parkとして認可し、像が建設されることになった。1990年のことだ。
像の建立に向けた活動の中心になったのは、クエーカー教徒のFloyd Schmoe氏。1895年にカンザス州で生まれ、University of Washingtonなどで学び、第1次世界大戦時には「良心的兵役拒否者」として、ヨーロッパで赤十字の活動に従事した。第2次世界大戦の際には、アメリカ政府により強制収容された日系人への支援活動を展開。戦後は、広島で被爆者向けの住宅「シュモーハウス」の建設に関わるなど、日本との関係も強い人物だった。
Peace Parkの開設と「サダコ像」の建立に関わる資金には、Schmoe氏が92歳の時、1988年に広島ピース・センターから受賞した谷本清平和賞の4000ドル余りの賞金も充当された。また、地元企業のFratelli's Ice Creamも資金を寄贈。像を制作した彫刻家のDaryl Smith氏は、製作時間の多くをボランティアとして協力した。
「サダコ像」が足元から上が切り取られ、持ち去られたことが明らかになったのは、7月12日の朝。このため、切り取りが行われたのは、11日の夜から12日の朝にかけてとみられる。「サダコ像」は、これまでにも腕が切り取られる事件が2度発生していた。しかし、地元の警察は、今回の事件について、地元の警察は、犯行の動機は不明としながらも、像に用いられている金属を転売するためではないかと述べている。各地で、同様な事件が発生し、一部で容疑者が逮捕されているためだ。
建立団体のUniversity Friends Meetingは7月16日、資金を調達、像を復元する考えを発表。これに呼応して、日系団体のThe United States-Japan Foundationとその事業のひとつ、 US-Japan Leadership Programは7月18日、募金活動を支援する閑雅を明らかにした。復元には2万ドルの資金が必要と見込まれているが、1万ドルを上限に、募金で集まった金額と同額を団体としても寄付するという。いわゆるマッチングギフトだ。
「サダコ像」の佐々木貞子さんは、自らの延命を祈って折り紙で鶴を1000羽作ろうとしたことで知られている。このため、像の復元をめざすUniversity Friends Meetingは、「ファンドレイザー」に加えて、鶴を折る「フォルドレイザー」の必要性も指摘。US-Japan Leadership Programは、「フォルドレイザー」として、7月下旬から8月初めにかけて開催される会議にあわせて鶴を折り、折り鶴をPeace Parkに持っていくという。
なお、US-Japan Leadership Program による募金活動は、以下のGo Fund Meのサイトから行うことができる。
https://www.gofundme.com/f/restore-stolen-hiroshima-victim-statue-to-seattle-peace-park
また、「サダコ像」の足から上が切り取られた状態などについては、The strangerという地元紙の以下のURLから見ることができる。
https://www.thestranger.com/news/2024/07/12/79600165/have-you-seen-sadako-sasaki
連邦政府機関のNLRB、インディアナ州のホンダを不当労働行為で告発
2024年6月24日
アメリカの連邦政府の独立機関、National Labor Relation Board (NLRB)は6月20日、インディアナ州グリーンバーグのHonda Development and Manufacturing of America(以下、ホンダ)が労働組合の組織化に当たり不当労働行為を行ったとして、告発したことを明らかにした。これに対してホンダは、争う姿勢を明らかにしており、今年10月にNLRBによるヒアリングが開催される見込みだ。
グリーンバーグのホンダ工場には、約2400人の労働者が働いている。労働者の組織化を進めていたのは、United Automobile Workers (UAW)で、昨年、GMなど大手3社に対して長期ストを慣行、大幅賃上げを勝ち取った。その後、南部を中心にした未組織の自動車工場の労働者の組織化を進め、フォルクスワーゲンで団体交渉権を獲得。メルセデスベンツの工場では、過半数の賛成がえられず、敗北したものの、不当労働行為があったとして、会社側を訴え、NPRBも調査が行われている。
こうしたUAWの未組織の組織化を目指す活動は、全米各地の13社の15万人の労働者を対象にした大規模なもので、一部で経営側と対立が激化。ホンダや韓国の現代自動車、テスラ社などに対して、2023年12月に不当労働行為の訴えをNLRBに起こしていた。今回のNLRBによるホンダへの告発は、このUAWの訴えを受けたものだ。
投資家やトレーダー向けのニュースを提供しているBenzingaによれば、「組合が不当労働行為の訴えを起こすことは、組織化における常套手段」と指摘、「告発には正当性がない」としてヒアリングで争う旨を書面で述べている。しかし、NLBBは、組合の訴えを受けた後、自動的に告発に踏み切るわけではない。内部調査の結果、訴えに根拠があると認められた時に告発、そしてヒアリングに進むことになる。したがって、ホンダの書面による説明は、妥当とはいえない。
NLRBが告発内容を示した文書は、NLRBのウェブサイトに公開される。しかし、6月25日現在、この件については、未公開のままだ。したがって、ホンダが行ったとされる不当労働行為の詳細は明らかではない、しかし、複数の報道機関がNLRBの広報官の話として伝えたところによると、以下のような行為が含まれる。
・労働者に安全ヘルメットからUAWのステッカーを剥がすよう強制したこと
・従業員を違法に監視したこと
・組合支持者を懲戒すると脅したこと
NLRBのヒアリングは、10月に開催される予定だ。このヒアリングの結果について、いずれか、または双方は、受け入れを拒否することが認められている。その場合、拒否した側は、裁判所に審理を求めることができる。したがって、NLRBや裁判による争いが長期間続く可能性もある。
なお、今回告発に関して、NLRBは、”Honda Development and Manufacturing of America, National Labor Relations Board, No. 25-CA-331556”というケースナンバーで扱っている。以下のNLRBのウェブサイトでいずれ告白内容や経過が報告されることになると思われる。関心のある人は、時々チェックしてみるとよいだろう。
https://www.nlrb.gov/
日本は「外国人嫌いだ」発言にみる、バイデンの移民への認識
2024年5月5日
5月1日にアメリカの首都ワシントンのホテルで行われた集会における、バイデン大統領の発言が日本でも波紋を呼んでいる。大統領が「外国人嫌いだ」と名指しした4ヵ国の中に、中国とロシアに加え、「同盟国」のインドと日本の名前が入っていたからだ。現地のメディアの取材に対して、ホワイトハウスの報道官は、今後も同様の発言を続ける可能性について「大統領次第だ」と説明し、謝罪にも応じていないという。
日本で移民や難民の問題に取り組んでいる人々や団体は、日本が「外国人嫌いだ」という指摘を「その通り」と感じるかもしれない。また、日本の政治家の発言やメディアの報道、居住している地域の住民の声や行動に接している外国籍の人々も、同様の印象をもつかもしれない。
しかし、「外国人嫌い」と翻訳された単語が含まれる文章は、ホワイトハウスが公表している”Remarks by President Biden at a Campaign Reception”と題する記録によれば、” …Why is Japan having trouble? … Because they’re xenophobic. They don’t want immigrants.”というものだ。
ここに示された” xenophobic”とは、外国人を単に嫌っているというレベルではない。嫌悪あるいは恐怖心を抱いているというような、極めて強いニュアンスの言葉だ。しかも、”Japan”と日本の国ないしは人々を一括りにしている。そこに、日本ないし日本人へのステレオタイプという、差別・偏見を感じないわけにはいかない。コロナ禍の当初、当時の大統領、トランプが「コロナウイルス」を「チャイニーズウイルス」などと呼び、アジア系へのヘイトクライムが増大する一因になったことと同様の不適切な発言といえるのだ。
メディアの報道や前述のホワイトハウスの記録を見ると、発言を行った集会の参加者の大半は、アジア太平洋系の人々だった。なぜなら、5月はAsian American, Native Hawaiian, and Pacific Islander Heritage Monthであり、それを記念する集会でもあったからだ。アジア太平洋系の人々には、日本、中国、インドというアジアからの出身者とその子孫も含まれる。
前述の” xenophobic”と述べた後、バイデンは、” Immigrants is what makes us strong”と述べ、移民の重要性を指摘している。集会の参加者をアメリカを強くしている人々とその子孫だ、と持ち上げているのだ。とはいえ、” xenophobic”な国から来た人々という意味も含んでいる以上、選挙、そしてそのための資金を求めるあたり、こうした発言を行うことは、政治家としてのセンスも疑われる。
日本では、バイデンの発言を集会参加者への「リップサービス」と考える人もいるようだ。しかし、TPOをわきまえない暴言で、2020年の大統領選挙で6割がバイデンに一票を投じたといわれるアジア太平洋系の人々に、イメージダウンをもたらしただけでははいのか。事実、ホワイトハウスの記録によれば、バイデンの発言中、「拍手」(Applause)が何度か起こっている。だが、” xenophobic”発言の後には、それはない。
もちろん、こうした集会における発言は、スピーチライターという、いわばゴーストライターが書いて、バイデンが読み上げるというのが普通だ。したがって、スピーチライターの意識も問われてくる。とはいえ、そのスピーチライターを採用したのはバイデン自身であり、事前に目を通したはずだ。であれば、バイデン自身の認識も同様といえよう。
バイデンは、3月にも同様な発言をスペイン語のラジオ局とのインタビューで述べたと伝えられている。スペイン語の聴視者であれば、日本などを” xenophobic”と指摘してもあまり問題は感じないかもしれない。しかし、仮に、メキシコや中米諸国の名をあげて、同様に非難する言葉を用いたら、どのような反応が返ってくるだろうか。
5月1日のバイデンの発言は、かなり長い。選挙を意識して、選挙資金の獲得状況やトランプ元大統領との違いを具体的に述べている。また、経済面などの成果を強調しつつ、コロナ禍におけるアジア系へのヘイトクライムの防止のための法律の制定や、アジア系の人々が犠牲になった銃犯罪なども取り上げ、トランプに政権を戻すことの危険性も指摘している。
そうした文脈の中で、最後の方で語られているのが、” xenophobic”発言だ。バイデンをはじめ、最近の民主党の政治家からも移民規制の声が聞こえてくる。トランプや共和党に比較すれば「まし」かもしれないが、「反移民」に向かいつつあるように感じる。” Immigrants is what makes us strong”という過去と現在をさらに強める政策を将来に向けて打ち出し、それをアジア太平洋系やスペイン語系の人々などに訴えていくことこそが必要なのではないか。
なお、前述の”Remarks by President Biden at a Campaign Reception”は、以下から見ることができる。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2024/05/01/remarks-by-president-biden-at-a-campaign-reception-7/
USスチール買収問題にみる日本企業の「反組合」姿勢
2024年4月12日
訪米中の岸田首相とバイデン大統領の会談では、日米の軍事同盟の進展が強調された。その一方で、日本製鉄によるUS Steelの買収問題については、バイデンが反対を表明。個人的には、日本がアメリカの「同盟国」であることに反対だ。とはいえ、「同盟国」であるならば、その一方の国の企業が他方の企業を買収することに異を唱えることは妥当は思えない。
このニュースを聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、いまから四半世紀前のことだ。ソニーがコロンビア・エンターテイメント、三菱地所がニューヨークのロックフェラー・センターを買収。その時、ジャパンバッシングの嵐が全米に吹き荒れたといっても過言ではない状況が生まれた。
当時、私は、アメリカで日米の市民レベルの相互理解と交流を促進するための活動をしていた。その立場からは、この動きの背後には、日本、そして日本人、さらにはアジアとアジア系の人々への差別と偏見があると感じていた。
では、今回の日本製鉄による、US Steelの買収はどうなのか。US Steelの本社は、ペンシルベニア州ピッツバーグにある。いわゆる「鉄鋼の街」で、同社の企業城下町といっていいだろう。
長年の「城主」が変わることに、「領民」の反対や懸念が強いのでは、と思われるかもしれない。だが、地元紙のPittsburgh Post-Gazetteが3月21日付の社説で” Stop pandering to Pittsburgh: Politicians should drop opposition to Nippon Steel”というタイトルの記事を掲載したことが示唆するように、日本製鉄による買収を受け入れようとする姿勢も目立つ。
一方、ピッツバーグで働く鉄鋼労働者を組織しているのは、The United Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Union、いわゆるUnited Steelworkers (USW)だ。この名が示すように、鉄鋼以外の産業の労働者も数多く組織している。
日本製鉄による買収反対の最先端に立っているのが、この労働組合だ。アメリカの労働組合は、右から左まで、多様なイデオロギーの組織が存在する。USWは、リベラルな類に入るだろう。したがって、反日やアジア系へのヘイト意識が強いとは思えない。では、なぜ、日本製鉄による買収に反対するのか。USWの声明などには表れていないが、日本企業の反労働組合の姿勢に懸念をもっているのではないだろうか。
もちろん、日本企業といっても、経営者の労働組合に対する意識は同じではない。しかし、企業別組合に慣れてきた日本企業の経営者の多くは、産業別や職能別の労働組合を「部外者」としてみなし、受け入れようとしない傾向がみられる。
例えば、United Auto Workers (UAW)が南部を中心に進出している海外メーカーへの組織化を打ち出した際、トヨタは、組合抜きの労使関係を望んでいる旨を表明している。それをUSWは、「反組合」と受け取っても不思議はない。労働組合に排外的な姿勢がみられるのであれば、批判されるべきだ。
同様に、企業が「反組合」と受け取られる言動をとることも否定されなければならない。それは、日本企業への非難にとどまらず、日本やアジアへのヘイトを助長することにもつながる。このことを企業の経営者は、理解したうえで、行動する必要があることを指摘しておきたい。
なお、前述のPittsburgh Post-Gazetteの社説は、以下から見ることができる。
https://www.post-gazette.com/opinion/editorials/2024/03/21/editorial-nippon-us-steel-sale-biden-fetterman/stories/202403210030?cid=search