福祉貧困
フードセキュリティの農務省報告書の発行終了、懸念や批判に加えNPOが独自調査も
2025年9月23日
連邦農務省(United States Department of Agriculture: USDA)は、9月20日付のプレスリリースにおいて、毎年秋に発行してきたフードセキュリティに関する報告書の発行を終了すると発表した。この報告書は、食料の確保が困難な人々の人数や属性などを分析し、その内容は政府の政策形成に影響を与えてきた。トランプ政権は、7月に成立した歳出法案において、低所得者向けの食料支援プログラムの予算を大幅に削減する方針を盛り込んでいた。また、物価上昇の進行や雇用状況の悪化により、今後さらにフードセキュリティの問題が深刻化する可能性が高い。このような状況下で、フードセキュリティの現状把握や対策の基礎データとなる報告書の発行が終了することに対し、貧困問題に取り組む研究者やNPOから懸念や批判の声が相次いでいる。一方で、実態把握を目的とした調査の動きも広がりつつある。
終了が発表されたのは、”Household Food Security Report in the United States”という題名の報告書(以下、HFS報告書)で、連邦農務省のEconomic Research Service (ERS)が1995年から発行してきた。ただし、毎年年末に実施した調査結果を翌年秋に公表するようになったのは2001年実績を02年に発表してからだ。それ以前は複数年の結果をまとめて報告したり、報告が翌々年に遅れたこともあった。なお、発行に当たり、National Nutrition Monitoring and Related Research Act of 1990 (NNMRR)の成立を受けて、政府の関係省庁や研究者、企業、NPOなどで構成されたU.S. Food Security Measurement Projectを通じて、1992年から準備が進められていた。
HFS報告書の発行終了を告げた連邦農務省のプレスリリースは、”USDA Terminates Redundant Food Insecurity Survey”というタイトルで、本文は107ワードにすぎない短い文章だ。終了の理由については、「冗長で、費用がかかり、政治化され、無関係な研究は、不安を過度に喚起するものにすぎない」と指摘している。また、30年前の民主党のクリントン政権下で低所得者向けの食料支援策Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)の拡充にともない導入された措置だとして、「主観的でリベラル派の主張の提示以外の何ものでもない」と批判。また、「フードセキュリティの状況はほとんど変わりがない一方、2019~23年の間にSNAP予算が87%増加」したと、非難している。
プレスリリースの発表前、The Wall Street Journalは” Trump Administration Cancels Annual Hunger Survey”というタイトルの「独占」記事を掲載。HFS報告書の発行終了が伝えられた連邦農務省の会議に参加した同省の職員の発言に基づいたスクープといえよう。記事の中で、同省のAlec Varsamisスポークスマンは、HFS報告書について「過度に政治化されており、検討の結果、発行を継続する必要性がないと判断した」と語っている。また、同スポークスマンは、同報告書が法律で発行が義務付けられているものではないと指摘。ただし、2023年のフードセキュリティについての調査結果の報告書は、10月22日に発行されるという。なお、連邦農務省はプレスリリースの中で、法令で定められた報告書などに優先順位を置き、必要に応じて、利用可能かつタイムリーで正確なデータを提供していくと述べているが、今後の報告内容の具体性については明示されていない。
上記のThe Wall Street Journalの記事は、HFS報告書の発行終了について、報告書の作成に関わってきた連邦農務省の職員や外部の専門家から懸念や批判の声がでていると伝えている。例えば、連邦農務省で30年間近く報告書の作成に関わり、現在はテキサス州のBaylor UniversityのCraig Gundersen教授は、フードセキュリティが生活基盤の弱い人々の状況を示す主要な指標になっていると説明。このため、報告書のデータがフードセキュリティに関する原因や結果を考察するためのカギになっていると述べている。また、University of North Carolina Gillings School of Global Public HealthのLindsey Smith Taillie教授は、「なぜ、フードセキュリティの現状を把握しようとしないのか」と連邦農務省の姿勢に疑問を提示。そして、「唯一考えられる理由は、食料支援の削減を目的としていることだ」と辛辣な言葉で発行終了を批判している。
The Wall Street Journalの続報として、AP通信は9月21日、” After cuts to food stamps, Trump administration ends government's annual report on hunger in America”と題する記事を発信した。その中で、連邦農務省は、HFS報告書に用いるデータを収集するためのアンケート内容が「全く主観的で、実際のフードセキュリティの正確な全体像を提示していない」と主張。その証拠ということだろう、「トランプ政権下で貧困率は低下する一方、賃金や雇用は増加している」と述べている。たしかに、連邦政府のCensus Bureauが9月9日にウェブサイトに公開した” Poverty in the United States: 2024”という資料によると、2024年の全米貧困率は前年より0.4%減少し、コロナ禍前の2019年と同程度の10.6%になった。
とはいえ、この数字は、第2次トランプ政権発足前の実績値であり、現在の政権下で貧困世帯が減少していることを示しているわけではない。実際、連邦労働省のデータによると、今年1~8月の消費者物価は2.9%上昇。これは昨年と同じ水準で、コロナ禍前の2019年の1.8%と比べると1ポイント以上高い。また、全米の失業率についても、トランプが政権についた1月には4.0%だったが、8月には4.3%へと上昇している。なお、コロナ禍前の2019年12月の失業率は3.6%だった。こうした状況下におけるHFS報告書の発行終了について、Syracuse UniversityのColleen Heflin教授は、「現在のインフレ率の上昇と労働市場の悪化というフードセキュリティを増大させることが知られている、ふたつの条件を考慮すると、特に問題だ」と述べている。
Heflin教授が指摘した「ふたつの条件」だけではない。フードセキュリティが広がっている背景には、連邦農務省をはじめとしたトランプ政権の低所得者向けの食料支援策が縮減ないしは停止されていることがある。例えば、3月26日に発信されたReuters通信の” USDA cuts hit food banks, risking hunger for low-income Americans”と題する記事によれば、第2次トランプ政権によって全米のフードバンクに提供される予定だった資金10億ドル以上が解消または停止に追いやられているという。この中には、The Emergency Food Assistance Program (TEFAP)と呼ばれる、連邦農務省が農家から購入した農産物などをフードバンクに提供する事業も含まれる。その額は、5億ドルにのぼる。
フードバンク側も、この状況に対して黙っているわけではない。上記のReuters通信の記事によれば、全米各地のフードバンクの連合体、Feeding Americaは、トランプ政権に対して、フードバンクへの資金の停止の解除について早急に結論を出すように要請した。また、民主党と無所属の26人の連邦上院議員は3月25日、資金の停止が何百万人もの人々に深刻な影響を与えるという認識に立ち、連邦農務省のBrooke Rollins長官に書簡を送り、資金の停止について問いただしたという。実際、支援の現場では大きな懸念が生じていた。例えば、ウエストバージニア州のMountaineer Food Bankは、4月に予定されていたチーズや卵、ミルクなどTEFAPを通じた支援の40%がキャンセルされると見込まれる状況に至っていたのである。
Feeding Americaは8月1日、” Feeding America statement on USDA’s announcement of local food purchases to support communities facing hunger”というタイトルのプレスリリースを発表した。連邦農務省の発表を歓迎するという書き出しで始まっていることから示唆されるように、同省がTEFAPなどの資金停止を解除したことに対する声明だ。ただし、解除されたのは2億3000万ドルと、TEFAPで停止されていた5億ドルの半分に満たない。とはいえ、この決定により、シーフードやフルーツ、野菜、豆類などがフードバンクに提供され、フードセキュリティの状態にある人々の手に届けられることになる。プレスリリースは、農家などに対して特別な感謝の意思を表明している。TEFAPなどの資金停止解除に向けて、農家などが農務省に働きかけたことへの謝辞とみられる。
連邦農務省によるHFS報告書の発行終了発表の3日後、Feeding AmericaはClaire Babineaux-Fontenot CEO名で、プレスリリースを発表した。HFS報告書が完全な資料とはいえないとはしながらも、食料支援事業について長期間の動向を追跡し、どのような影響を与えているかについて理解するうえで貴重なデータだったと評価。また、児童税額控除を一時的に拡大したことで、子どもの貧困率がほぼ半減したことを示すなど、事業の成果測定にも活用されてきたと述べている。一方、発行終了に対する直接的な批判の言葉は見られないものの、報告書が提供してきたデータにアクセスできなくなると、「ギャップが生じる」と指摘しつつ、「このギャップを埋めていく」意思を表明。また、アーカンソーやカリフォルニア州のサンフランシスコ周辺地域のフードバンクと連携し、地域レベルでフードセキュリティのニーズ把握を進めている現状を紹介している。
Feeding Americaは、フードセキュリティの当事者の実態把握に向けた調査も実施してきた。2022年から毎年発行している、”Elevating Voices: Insights Report”というタイトルの報告書がそれだ。2025年版は、Hunger Action Dayの9月9日に発表された。なお、Hunger Action Dayとは別に、2007年から毎年9月に月間としてのHunger Action Monthも設定されている。いずれも、Feeding Americaが各地のフードバンクや食糧支援に取り組むNPOや企業・行政などと連携して、フードセキュリティの啓発に加え、活動資金の募集、フードドライブ、フードバンクにおけるボランティア体験などのイベントが実施されている。一方、”Elevating Voices: Insights Report”は、2022年9月28日に開催されたWhite House Conference on Hunger, Nutrition, and Healthを契機に作成されたのが始まりだ。
2005年版の報告書は、6月17日から7月7日にかけて実施された、フードバンクなどで過去2年間に食料支援を受けた、または食料の確保に困難をきたした経験をもつ1537人の“Neighbors”(隣人)が回答したアンケート結果に基づいて作成されたものだ。回答者の属性は、人種民族別では白人48%、黒人18%、ラテン系25%など、居住形態では賃貸38%、持ち家45%、同居11%などとなっている。また、年齢的には18歳から65歳以上まで幅広いが、居住地域で見ると、都市部が86%(2021年の全米の都市人口は推計82%)と大半を占めている。
回答結果を分析すると、フードセキュリティとの関係で以下の4点の重要性が明らかになった。
1) 健康への悪影響
現在の健康状況がよくない、あるいは健康に良い食品を購入する資金がないなど
2) 食料確保の機会の拡大の必要性
食品価格の高騰やインフレ、収入増による食糧支援の打ち切りなどへの対応が必要
3) 支援策へのアクセスの拡大
政府の食料支援策の利用や児童の学校給食利用への所得制限の緩和など支援策へのアクセスの拡大の必要性
4) 利用者の尊厳の確保
食料支援を受ける人が自らの尊厳を傷つけられないような配慮を行うことの必要性
以上のような結果は、HFS報告書の前提となる調査では、HFS報告書で使われる調査項目には含まれていないだろう。換言すれば、Feeding Americaというフードセキュリティの問題を抱える人々への支援をミッションにしたNPOゆえに設定できた設問の結果、明らかになった点ということができる。一方、HFS報告書(2024年版)の3万863世帯と比較した場合、Feeding America の1500余りというサンプル数に問題を感じる人も多いだろう。特に、人種民族別で見ると、アジア太平洋系の人々など、母数が限られ、有効な分析結果を導くことは困難な可能性もある。その意味では、「ギャップを埋める」ことへの課題が依然として残っていることを示唆している。
なお、2025 Elevating Voices: Insights Reportは、以下から見ることができる
https://www.feedingamerica.org/sites/default/files/2025-09/ElevatingVoice2025English.pdf
移民労働
韓国の現代自動車への移民管理当局の摘発、日本で報じられていない問題の検討
2025年9月18日
ジョージア州で韓国の現代自動車グループとLGエナジーソリューションの合弁企業(英語名:Hyundai Motor Group Metaplant America。以下、「現代自動車」と表記)が建設中の電気自動車(EV)用電池工場に9月4日、移民管理当局による摘発が行われた。単一の摘発としては、アメリカ史上最大の475人が拘束された件は、日本のメディアも一斉に報じた。しかし、数日後、労働者が収容施設から解放され、12日にチャーター機で韓国に戻ると、続報も聞かれなくなった。一方、現地では、さまざまな問題が議論されている。摘発の根拠や収容所の拘禁状態、地域のコリアンをはじめとしたアジア系の人々への影響、さらに現代自動車の職場の安全や労働基本権に関する問題などである。以下、日本では、ほとんど報道されていない、摘発の根拠などについて検討する。
最初に、摘発の根拠について見てみよう。移民管理当局による摘発は、なんらかの違法行為に対して行われる。9月4日の摘発の中心になった連邦政府のImmigration and Customs Enforcement (ICE)は、9月5日に発表した声明” ICE leads multi-agency operation targeting illegal employment and federal crimes in Georgia”のタイトルが示すように、その理由をジョージア州における違法な雇用と連邦法に違反する犯罪行為に対処するためと主張。具体的には、連邦政府が発行した捜査令状の執行と日常的な犯罪捜査の一環として、ジョージア州の人々の雇用を守るための行動だと述べている。さらに、摘発後、拘束、収容された労働者については、ビザが認めた滞在期間や就労可能な種類に関する違反が発見されたという。
9月10日発信のNBC Newsの記事” South Koreans detained in immigration raid are on their way home after delay”によると、拘束された475人のうち韓国人は317人。この他、中国人と日本人、インドネシア人が、それぞれ10人、3人、ひとりいたという。韓国人のうち47人はLGエナジーソリューションに採用されていた。残りの韓国人は現代自動車の下請け企業の従業員で、同社が直接雇用した職員はいないという。これら4ヵ国以外の労働者の出身地は、グアテマラ、コロンビア、チリ、メキシコ、エクアドル、ベネズエラと報じられている。9月11日発信のReuters通信の”Lawyer says many immigrants detained at Hyundai US facility appeared to be working legally”という記事によれば、メキシコ人ふたり、コロンビア人ひとりが合法的な就労資格を所持していた。
韓国と中国、日本、インドネシアの労働者の就労資格別に見た人数を明示した報道は見当たらない。しかし、9月10日にAP通信が発信した” Plans in the works for Korean workers detained in raid to go home while fear lingers for residents”と題する記事の中で、拘束された韓国人労働者数名の代理人、Charles Kuck弁護士は、韓国出身者の大半はB-1と呼ばれる商用ビザで就労していたと述べている。また、別の弁護士によると、米韓間の査証免除協定に基づく、Electronic System for Travel Authorization (ESTA)を利用して働いていた労働者も多数存在していたという。B-1やESTAには、一定の就労条件が課されているため、これらのビザを通じて入国したとしても、合法的に就労できる状態にあるとは限らないが、全員が不法就労状態だったとは考えにくい。
収容所の拘禁状態を検討する前に、摘発の手法について見てみよう。移民の権利擁護団体、Migrant Equity Southeast (MESA)のInstagramによると、摘発には、移民管理当局のImmigration and Customs Enforcement (ICE)やBorder Patrolをはじめとした8つの連邦政府機関に加えて、Georgia State Patrolの職員500人ほどが参加。上空にはドローンやヘリコプターが飛びかい、地上では装甲車が走り回り、労働者に銃口が向けられるなど「戦場」さながらの光景が広がっていたと報じられている。国境警備などであれば、当局の職員も、武装した麻薬類の密輸入業者に備える必要があるだろう。しかし、移民の権利擁護団体が「移民労働者を脅すため」と批判したように、建設中の工場の労働者の就労資格を確認するために必要とは考えにくい。なお、収容所に向かう護送車に乗る前に労働者は、手錠に加え、両足首を鎖でつながれていた。
現代自動車の労働者の大半が連行されたのは、3000人収容可能な全米最大の移民収容施設、Folkston ICE Processing Centerだ。刑務所などを管理している民間企業GEO Groupが運営しているが、昨年4月には収容されていたインド人男性が十分な医療を受けられず死亡したとして、人権擁護団体などから非人道的な運営形態が批判されている。9月17日配信のBBC Newsの”US officers tied us up and pointed guns at us, South Korean engineers tell BBC”という記事などによると、収容所に連行された労働者は、カーテンで仕切られただけのトイレがある部屋に、6~70人が押し込まれ、明け方には20度を下回る気温にもかかわらず、最初の二日間は毛布もなく夜を過ごさせられた。また、水道水が下水のようなにおいがしたため、労働者は、できるだけ水を飲まないようにしていたという。
建設中の工場が立地しているEllabellは、大西洋に接するジョージア州の南東部にあるBryan郡の一部で、アジア系の人口は1%をやや上回る程度だ。しかし、同郡最大の都市、Savannahでは、過去数年で倍増し、全人口の4%を占めるまでに至っている。EllabellとSavannahの中間あたりに位置するPoolerも直近のデータによれば、アジア系は2.5%だ。韓国人やコリアンアメリカンに限定した割合は明らかではないが、アジア系人口の増加は韓国人の流入による影響が大きいと考えられている。
では、韓国人をはじめとした多数の労働者が逮捕され、劣悪な状況の収容所に拘留されたことに対して、現代自動車の工場建設地周辺のアジア系コミュニティは、どのように感じているのだろうか。Pooler でGod-Pleasing Churchという韓国人教会を夫婦で運営しているRobin Kim牧師は、AP通信が9月10日に発信した” Plans in the works for Korean workers detained in raid to go home while fear lingers for residents”と題する記事の中で、現代自動車への摘発後の週末、「買い物に出かける韓国人が減っている」としたうえで、韓国系住民は「監視されているように感じ、恐怖心をいだいている」と述べている。
Savannahから400キロほど離れたAtlantaでは、どうか。人口51万8000人のうち5%弱をアジア系が占める、ジョージア州最大の都市におけるアジア系の人々の間にも、同様な意識が生じているようだ。NBC系列のジョージア州のテレビ局、11 Aliveが9月11日に発信した” Recent ICE raid at Georgia Hyundai plant sparks concern in Korean community”と題する記事の中で、移民の権利擁護をミッションに掲げるNPO、Asian-Americans Advancing Justice Atlanta (AAAJ-A)のCommunications Director、James Wooは、移民管理当局による摘発がさらに進むのではないかとの恐れから、アジア系社会で「恐怖心や懸念が高まっている」と語っている。
とはいえ、Migrant Equity Southeast (MESA)やAAAJ-Aなどの移民の権利擁護団体は、この状態を看過しているわけではない。現代自動車への摘発の翌9月5日、両団体を中心に20余りのNPOが連名で” Georgia Communities Condemn Government Raid Tearing People from their Jobs and Threatening Civil Liberties”というタイトルの抗議声明を発表した。3日後の9月8日には、SavannahにあるEpiscopal Diocese of Georgia で記者会見を行い、摘発を「移民労働者に対する軍事的な攻撃であり、家族を引き離し、地域社会にトラウマを与えた」と非難。その一方、摘発によって拘留されている労働者の家族に重要な支援を提供しているとしたうえで、拘留者の家族間の「相互支援活動を調整し、危機を乗り越えるためのリソースと結びつけたり、…法律サービスの提供に取り組んでいる」と報告した。
記者会見に参加したCentro de Los Derechos del MigranteのLegal and Policy Director、Julia Solorzanoは、摘発が「移民労働者を恐怖に陥れる一方で、現代自動車のような企業は度重なる労働法違反の責任から逃れさせている」と指摘。「労働者を逮捕する代わりに、政府は虐待的な雇用主に責任を負わせるべきだ」と述べた。なぜ、ここで現代自動車の「労働法違反」がでてくるのか、違和感を持つ人もいるだろう。しかし、移民の権利擁護団体などは、移民管理当局による摘発で労働者が委縮し、企業側の「労働法違反」の顕在化が困難になることを懸念しているのである。その背景には、現代自動車が米国内の操業において、児童労働や労働災害、団結権の侵害など、労働法に関連した問題が数多く指摘されている現実が存在する。
児童労働に関していえば、連邦労働省Wage and Hour Divisionの2024年5月30日付の”US Department of Labor files complaint to stop Hyundai manufacturer, partners from using, profiting from oppressive child labor”と題するプレスリリースによれば、アラバマ州Luverne で13歳の少女を週50~60時間働かせていたと指摘。Fair Labor Standards Actの児童労働に関する規定に違反するとして、現代自動車のサプライヤー企業のHyundai Motor Manufacturing Alabama LLCなど3つの企業を相手取って、U.S. District Court for the Middle District of Alabama in Montgomeryに裁判を起こしたことを明らかにした。訴状によれば、この少女は、3社共同で採用されていたという。なお、労働省の統計によれば、2023年度に児童労働を理由にした係争は955件、労働に従事させられていた児童は5792人に上っている。
移民管理当局による摘発の直後の9月7日、United Automobile Workers (UAW)が” UAW Issues Statement Condemning Dangerous Working Conditions and Immigration Raid at Hyundai”と題する声明を発表。「業界の標準的な安全対策を怠り、労働者の組合結成権の尊重を拒否、工場やサプライチェーンの構築を移民労働力の搾取に頼った」などと批判した。労働災害については、世界的な建設業界のニュースサイト、Engineering News-Record | ENRによる5月27日付の記事” Third Fatality Recorded at Hyundai’s $7.6B Metaplant in Georgia”を引用。記事は、5月20日に27歳の労働者がフォークリフトの下敷きになって、死亡したと伝えている。この事故の2カ月前には、45歳の労働者が、フォークリフトによる事故で亡くなった。さらに、2023年4月には、34歳の労働者が建設中の工場の屋根から落下し、死亡した。これら3人の労働者は、いずれも下請企業に雇われ、働いていたという。
前述のように、9月4日の摘発で、韓国人労働者の大半がB1ビザやESTAなどを利用して働いていた。これが資格外就労に該当するかどうか一概にはいえないが、移民管理当局に拘束された現代自動車の労働者は、同社に直接雇用された従業員はおらず、全て下請け企業の職員だった。B1ビザやESTAではなく、役員や管理職向けのEまたはLなどのビザを保持していれば拘束されなかった、という指摘もある。EやLビザの取得には時間や資金がかかることもあり、現代自動車が下請けとその従業員に、摘発に伴うリスクを負わせようとしているという批判の声も強い。例えば、Korean American CoalitionのSarah Park会長は、9月11日に更新されたNBC Newsの記事の中で、” South Koreans detained in immigration raid are on their way home after delay”企業側に対して、適切なビザを労働者に提供すべきだと述べている。
このように見てくると、移民管理当局による現代自動車への摘発とその後の米韓両政府の動きなどは、資格外の可能性のある労働に従事していた韓国人労働者が逮捕、拘留されたものの、両国の政治的な折衝で労働者の帰国が実現し、解決に至ったという単純なシナリオで語ることができないことがわかってくる。移民労働者が下請け企業などで雇われ、企業活動の底辺を支えているにもかかわらず、移民管理当局による摘発により、搾取や沈黙がより一層強化されている。現代自動車の場合、摘発の結果、工場の操業が遅れ、「アメリカ人労働者の雇用確保」にマイナスが生じたことも事実だ。また、摘発に伴うアジア系コミュニティの人々の不安や懸念が深刻化することは、社会の分断を招いている。恐怖を植え付けることによる「安定」ではなく、信頼や公平に基づく社会の建設が求められている。
なお、上記の現代自動車への摘発に対して、20余りのNPOが連名で発表した” Georgia Communities Condemn Government Raid Tearing People from their Jobs and Threatening Civil Liberties”というタイトルの抗議声明は、以下から見ることができる。
https://www.advancingjustice-atlanta.org/news/ga-condemn-government-raid
NPO経営
連邦政府職員の共同募金廃止の動き、NPOの反発で政府は実施表明も26年の改定示唆
2025年9月14日
8月末、連邦政府職員によるNPOへのCombined Federal Campaign (CFC)と呼ばれる共同募金活動が、政府側の担当部署であるOffice of Personnel Management (OPM)によって廃止されると報じられた。この報道を受け、The Nonprofit Alliance (TNPA)などのNPOの中間支援組織は、廃止撤回を求め、政府や議会へ働きかけを行った。OPMは9月11日、プレスリリースを通じて、今年のCFCを10月1日から開始する旨を発表した。運動を主導したTNPAなどは、募金の意義が確認されたとして、例年通りの実施に歓迎の意思を表明。しかし、OPMは、参加NPOの数の減少や管理運営費の負担など、CFCに問題があるとして、2026年に事業の改定の可能性を示唆しており、余談を許さない状況だ。
CFCは、寄付を求めるNPOの職員らが、連邦政府職員のボランティアとともに、毎年秋に退職者を含む連邦政府職員や米軍の関係者など(以下、連邦職員)に寄付を要請、賛同した連邦職員がNPOに寄付を行う仕組みだ。大半の連邦職員は、事前に承認した金額を給与から毎月天引し、就業先の省庁を通じて寄付してもらう方式を選択。ただし、クレジットカードや銀行の口座振替などの形で、個人で寄付をしたり、単発の寄付も可能だ。CFCのデータを調査しているCharityChoice.comによると、2024年に毎月、給与からの天引きした人は、寄付者全体の9割近くで、単発の寄付者は12%にすぎない。なお、連邦職員のボランティア活動を金銭に換算すると、300万ドル余りに達するという。
アメリカで職場における共同募金活動というと、United Wayをイメージする人が多いだろう。United Wayは民間企業における活動が主体で、CFCは連邦政府の職員に対して職場で寄付を勧誘するもので、対象者が異なる。また、CFCは、制度的な裏付けに基づき実施されており、United Wayのように企業の自主的な判断による取り組みとは異なる。連邦政府職員に対する寄付集めの体制は、1948年から徐々に始まり、50年代半ばからDwight Eisenhower大統領令10728号”Establishing the President's Committee on Fund-Raising Within the Federal Service”により方向性が定められた。そして、1961年に当時のJohn F. Kennedyの大統領令10927号” Abolishing the President's Committee on Fundraising Within the Federal Service and Providing for the Conduct of Fundraising Activities”によって制度化された。
Kennedyの大統領令から数年は、参加団体がAmerican Red Crossなど全米的な医療や福祉関係の団体に限定されていた。しかし、1970年代に、医療や福祉以外のNPOにも門戸を開くことを求めて訴訟Natural Resources Defense Council v. Campbellが起こされるなどして、参加団体は増加。CFCのウェブサイトに掲載されている資料”The History of the CFC”によると、1964年には1290万ドルだった寄付総額は、79年には8280万ドルへと急増。1984年には、501c3団体であれば、CFCに参加できるようになったこともあり、参加団体数も2000年代初頭には2万団体に上り、2004年の寄付総額は2億5600万ドルに達した。その後、参加料を求めるなどしたこともあり、参加団体は大きく減少。直近の2024年には、参加団体4400、寄付総額6600万ドルに止まっている。
CharityChoice.comの報告書” Combined Federal Campaign giving stays strong in 2024, with the average pledge rising to nearly $1,000”によると、2024年の寄付総額は前年の6870万ドルと比べ、4%のマイナスとなった。ただし、ひとり当たりの平均寄付誓約額は992ドルで、前年より75ドルも増加した。また、退職者の寄付額は平均1331ドルと、現役の職員に比べ、かなり多い。CFC全体への寄付額が減少したものの、American Red Crossをはじめとした公共の安全や被災者支援に取り組む団体への寄付は、前年比23.4%もの伸びを示した。これは、HeleneやKirkなど、超大型のハリケーンが大きな被害を及ぼしたためと見られる。また、住宅やシェルター、公民権や社会正義の活動などの団体も寄付を増やした。一方、教育や医療は、10%を超えるマイナスだった。
CFC継続への暗雲が立ち込めたのは、8月29日。The Washington Post紙の” Trump administration pauses work on annual federal worker charity drive”というタイトルの記事によってである。9月2日にCFCのウェブサイトに今年の募金活動の実施の案内が掲載される直前のことだ。同紙は、OPMが8月26日にCFCの募金活動に関する準備作業を停止するように求めるメモを発表していたと報じた。その一方、OPMの報道官McLaurine Pinoverの話として、今年のCFCを実施するかどうか、決めていないと伝えた。これに対して、100余りのNPOにCFCを通じて募金活動を支援しているAmerica’s Charitieの会長兼CEO、Jim Starrは、CFCには税金が投入されていないため、廃止の理由がわからないと指摘。そのうえで、連邦政府の補助金が大幅削減されることで「(NPOが負った)傷に塩を塗るような行為だ」と述べている。
この報道を受けた形で、NPOの中間支援組織がCFCの継続を求め、OPMや議会への働きかけを開始した。9月初頭、The Nonprofit Alliance (TNPA)は、38のNPOの代表の署名を加え、連邦議会の上下両院の民主・共和両党の指導者に書簡を送付、CFCの継続を訴えた。また、National Council of Nonprofits (NCON)とUnited Way Worldwide (UWW)は、TNPAと別に、OPMのDirector、Scott Kuporに対して、CFCを廃止するのではなく、CFCのステークフォルダーと連携し、連邦職員によるNPOへの寄付の機会を継続していこうと呼びかけた。
OPMのDirector に対するNCONとUWWの書簡は、TNPAの書簡が送られた上下両院の民主・共和両党の指導者に転送された。TNPAも含め、NPO側には、議会を通じてOPMにCFCの継続を働きかけようとした意図が感じられる。ただし、9月4日発信の” Charities Push Feds To Keep Combined Federal Campaign”と題するThe NonProfit Timesの記事によると、NPO側はOPMに対して、緊急会談の開催を求めた。この記事には、緊急会議の開催を求めた主体は明示されていない。しかし、TNPAが議会指導者に送付した書簡の末尾には、緊急会談を要請したという記載があり、OPMとの話し合いを通じて問題の解決を図ろうとしたスタンスが感じられる。
連邦議会やOPMに対するTNPAやNCON、UWWなどの働きかけが功を奏したのだろう。OPMは9月11日発信の” OPM Announces 2025 Combined Federal Campaign, Evaluates Path Forward”と題するプレスリリースで、10月1日から12月31日まで、CFCを実施することを表明。しかし、OPMは連邦職員のNPOへの寄付という「寛大な行為を支持する」としながらも、「プログラムの管理コストと参加者の減少」という問題があるとして、2026年にCFCの改定の可能性を指摘している。この言葉から、CFCの存続の議論は、来年に持ち越されたにすぎず、永続的な事業として保障されたわけではないことを理解する必要がある。
前述のように、CFCに参加するNPOの数や寄付を行う連邦職員の人数が減少していることはデータによって裏付けられている。では、プレスリリースが指摘する「プログラムの管理コスト」とは何を意味するのか。上記のAmerica’s CharitieのStarrの会長兼CEOには税金が投入されていないという言葉を矛盾するように聞こえる。The Washington PostやThe NonProfit Timesの記事、OPMのプレスリリースなどには、この疑問への回答は明示されていない。しかし、TNPAが議会指導者に送付した書簡には、7月に成立したトランプの歳出法案の審議の中で、連邦政府職員によるNPOなどへの寄付に対して、寄付額の10%を管理コストとして徴収する案が削除されたことが示されている。
政府としては、職員が寄付を行うに当たり、職員の給与から天引きして、寄付先に送付する作業が求められるのであれば、その経費を請求するという意味だ。America’s Charitiesの会長兼CEOが述べたように、CFCには税金が投入されているわけではない。しかし、給料からの天引きとそれを数千ものNPOに送付するには、一定の事務作業が生じる。その作業は、有給の連邦職員が担っている以上、そのコスト負担を求めるのは当然、ということなのだろう。また、OPMのプレスリリースでは触れられていないが、CFCを通じた寄付はトランプ政権に批判的なNPOにも提供されている。Planned Parenthood Federation of AmericaやNational Parks Conservation Association、ACLUなどは、その一部だ。CFCの改定、そして廃止への動きの背後には、こうした政治的な意図が存在しているのではないだろうか。
なお、上記のTNPAによる連邦議会の指導者への書簡は、以下から見ることができる。
https://federalnewsnetwork.com/wp-content/uploads/2025/09/CFC-Letter-to-OPM-September-4-2025-FINAL.pdf
移民労働
知事会見場の小東京で「不法移民」摘発の「巡回警備」、日系団体などが抗議したものの最高裁は当面の継続を容認
2025年9月9日
全米最大の日系人タウン、ロサンゼルスの小東京における連邦政府の移民管理当局による「不法移民摘発」が、全米のメディアで大きく報じられた。8月14日に、カリフォルニア州知事が記者会見を予定していた日系団体の施設前の広場に突然、武装した当局の係官が現れ、「巡回警備」を実施、知事や市長も強く抗議したためだ。「巡回警備」は、対象者に令状も示さずに行っているため、憲法違反として、裁判になっていた。連邦地方裁判所と巡回控訴裁判所は、原告側の主張を認め、当局に対して「巡回警備」の差し止めを命じた。トランプ政権は判決を不服として、連邦最高裁判所に上告。9月8日、連邦最高裁は、政権側の主張を認める判断を示し、「巡回警備」を批判してきた州や地方政府、移民の権利擁護団体などは、厳しい状況に追い込まれている。
「不法移民摘発」を進めている政府機関は、Customs and Border Protection (CBP)とImmigration and Customs Enforcement (ICE)。いずれも連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)の一機関だ。CBPは、Border Protectionという名称が示すように、国境警備を担当する機関というイメージが強い。これに加え、関税の徴収や輸入品の検査、不法な物品の取り締りなどを空港や国境検問所で行っている。一方、ICEは、「不法移民摘発」に象徴されるように、アメリカに入国した外国籍の人々に対する管理が中心だ。しかし、ロサンゼルスなどにおける「不法移民摘発」の現場には、CBPの職員の姿も目立つ。これは、国境から100マイル(約160キロメートル)はCBPの管理地域とみなされていることなどによる。なお、本稿では、原則として両者を区別せず、移民管理当局を記載していく。
第2次トランプ政権下における南カリフォルニア各地の「不法移民摘発」は、6月6日から本格化した。特に注目を集めたのは、ダウンタウンとロサンゼルスの南端のロングビーチの中間近くに立地するパラマウントと、ダウンタウンの西に位置するウエストレイク、そしてダウンタウンの南にあるファッションディストリクトと呼ばれる繊維製品の小売業や縫製工場が集中する地域だ。移民の権利擁護団体、Coalition for Humane Immigrant Rights (CHIRLA)が7月23日に発表したデータによると、ロサンゼルス郡において6月6日から7月20日までに確認された「不法移民摘発」件数は471件にのぼる。この数字は、CHIRLAなどが運営する緊急対応組織LARRNに寄せられた通報をもとに集計されたものである
この集計データに基づき、CHIRLA は、「不法移民摘発」が多い地域を、日本の郵便番号に相当するZip Code別に整理、以下のようにリスト化している。
91402 – 22 回 (San Fernando Valley)
90660 – 18回(Pico Rivera)
90026 – 15回 (Silver Lake - Echo Park)
90201 – 14回 (Bell Gardens)
90028 – 9 回(Hollywood)
90011 – 8 回 (Vernon - South LA)
90015 – 8 回(Pico/Union – Downtown LA)
90012 – 7 回(Little Tokyo – Downtown LA)
90065 – 7 回 (Glassell Park)
90280 – 7 回 (South Gate)
(出典)https://www.chirla.org/blog-category/beyondthenumbers/
このリストのトップのSan Fernando Valleyは、ロサンゼルスのダウンタウンの西にあるハリウッドの北の山間地を超えた地域である。Valleyと形容されているが、谷間ではなく、盆地といった方がよいだろう。Zip Codeの「91402」は、この盆地の一部で、Panorama Cityと呼ばれている。Cityとなっているが、独自の自治体ではなく、ロサンゼルス市の一地区の通称だ。Zip Code毎のデモグラフィーなどを紹介しているWebsite、Zip Data and Mapsによると、「91402」の人口は、6万7937人。このうち、ヒスパニック系が63.87%と圧倒的に多く、アジア系も13.47%を占めている。「不法移民摘発」が2番目に多いPico Rivera地域も、ヒスパニック系が住民の67.23%にのぼり、公立学校の生徒の97.36%もヒスパニック系だ。このように、移民管理当局による「不法移民摘発」は、ヒスパニック系が集住している地域に焦点を置いていることがわかる。
CHIRLAのリストを見ると、8番目にZip Code「90012」のLittle Tokyo – Downtown LAがでてくる。しかし、Little Tokyoは、「90012」の南端の地域で、その北にはチャイナタウンやドジャーススタジアムがある。したがって、7回という「不法移民摘発」の回数は、必ずしもLittle Tokyoという地区に対するものとは限らないことに留意が必要だ。なお、Zip Data and Mapsによると、「90012」では、人種・民族別に見るとアジア系が32.99%と最も多い。人口比ではヒスパニック系が28.1%に留まるが、公立学校の生徒の割合で見ると、ヒスパニック系が過半数を超える56.32%を占めている。なお、9回の「不法移民摘発」があったハリウッドは、映画の街のイメージが強いが、人口の半数を少し超える50.65%は白人だ。しかし、公立学校の生徒の73.26%はヒスパニック系となっている。
「90012」において、7回がカウントされた期間後の8月15日発信のLos Angeles Timesは、”Border Patrol agents stage show of force at Newsom's big beautiful press conference”というタイトルの記事の中で、日系3世でJapanese American National Museum (JANM)の議長、William T. Fujiokaの発言として、小東京のレストランで2週間前に20人ほどがICEにより逮捕されたと紹介。また、6月6日のロサンゼルス各地の「不法移民摘発」の後の抗議行動に対する市民による抗議行動が激化する中で、ロサンゼルスのKaren Bass市長は、小東京を含むダウンタウン一帯に夜間外出禁止令を発令したため、地元の事業者は、大きな影響を被ったとLos Angeles Timesなどは伝えている。また、小東京のビジネスの一部が略奪の被害を受けたり、JANMの建物や壁に移民管理当局を非難する落書きがされた事例があった、と地元の日系紙Rafu Shimpo(羅府新報)などが報じた。
6月6日の「不法移民摘発」は、トランプ大統領が掲げていた「罪を犯した不法移民」への取り締りではなく、「巡回警備」のように捜査令状もないまま職場や街頭、移民が訪れそうな場所で、銃器などで武装した当局の係官が尋問、逮捕、拘留へと突き進む方法だ。拘留先では、食事や水も満足に与えられず、ベッドもない部屋に多数押し込まれ、弁護士や家族による接見も認められない事例があったという。この手法に、移民の権利擁護団体や市民が強く反発、法廷闘争に突き進んだ。
6月12日と18日に逮捕された、Pedro Vasquez Perdomoら5人とCHIRLA 、Los Angeles Worker Center Network、United Farm Worker、Immigrant Defenders Law Centerの4団体が原告となり、7月2日に連邦地方裁判所に集団訴訟を起こしたのである。集団訴訟とは、訴えた原告だけでなく、同様の状態にある人々全員に対する救済を求める手法だ。原告代理人には、NPOのACLU Foundation of Southern Californiaが就任した。被告は、ICEやCBPを管轄するDepartment of Homelandの長官、Kristi Noemや「巡回警備」の実施にあたった移民管理当局の責任者である。裁判は、一審の連邦地裁が7月11日、二審の連邦巡回控訴裁判所が同月28日、原告側の主張を認め、「巡回警備」を憲法修正第4条に違反するとして、一時停止を命じた。なお、憲法修正第4条は、捜査や逮捕には令状が必要で、令状は正当な理由によって裏付けられなければならず、逮捕される人物、捜索される場所、求められる証拠が令状に明記されていることが求められている。
このVasquez Perdomo v. Noem裁判の地裁、控訴裁判決を受け、移民の権利擁護団体は、「巡回警備」の停止をトランプ政権に求めた。この動きに、ロサンゼルスのKaren Bass市長らも同調。8月14日の午前中、市会議員やキリスト教の宗派やNPOなどの連合体、One LAの関係者などとともに記者会見を開催、「巡回警備」の廃止を求めた。なお、同市長は、Vasquez Perdomo v. Noem裁判とは別に、ロサンゼルス市の司法長官や市周辺地域の市長が起こしていた「巡回警備」を違憲とする訴訟に7月8日に原告として加わった。また、移民管理当局による「巡回警備」で経済的な被害を受けた市内のBoyle HeightsやWestlake、Pico-Unionに加え、小東京などの地域も訪問、事業者から状況を聞くなどの取組みも行ってきた。
Karen Bass市長らが記者会見を行った日の午後、小東京では、Japanese American National Museum (JANM)の博物館前の広場で、カリフォルニア州のGavin Newsom知事による記者会見が予定されていた。この会見は、移民問題に関してではなく、テキサス州で共和党が主導して実施した連邦下院議員の選挙区の区割り変更に対抗し、カリフォルニア州が民主党に有利になるように策定した区割り案をテーマにしたものだった。しかし、記者会見が開始直後、まだ知事がJANMの控室で登壇を待っていた時、移民管理当局が突如、広場とその付近に現れ、「巡回警備」を実施、イチゴを配達するために小東京にきていた男性ひとりを検挙、連行した。JANMによれば、この時、移民管理当局の係員は、75人に及び、その一部は顔を含めんで隠し、銃器で武装していた。
この「巡回警備」は、多くのメディアによって報じられた。その結果、知事が予定していた区割り変更についての報道が減少したことは間違いない。こうした効果をトランプ政権が期待していたのかどうかは不明だが、会見に水をかけられた状態になったNewsom知事は強く反発。8月18日に情報公開法に基づき、Department of Homeland Security (DHS)に対して、8月14日の「巡回警備」に関する情報の開示を求めた。また、同知事は、”X”への投稿で、「トランプが軍と移民管理当局を利用して政敵を威嚇しようとしていることは、権威主義に向かうもうひとつの危険な一歩だ」と述べたうえ、「これは彼が尊敬するロシアと北朝鮮の独裁者たちのやり方を推し進めようとする試みだ」と断じた。これに対して、DHSの報道官は、「法の執行に焦点を当てた行為であり、(Newsom)は関係ない」と述べている。
Newsom の要請で会場を提供したJANMをはじめとした日系社会からも、強い反発の声がでた。理由のひとつは、博物館前の広場という場所にあった。1942年、当時の大統領Franklin Delano Rooseveltの大統領令により、ロサンゼルスとその周辺に居住していた日系人が集められ、強制収容所へのバスが発車して地点だったのである。この「悲劇」を繰り返さないためという意味も含め、日系人がたどった歴史を伝えるための施設の目の前における移民管理当局の行為は、多くの日系人にとって「暴挙」と映ったのだろう。JANMの会長兼CEOのAnn Burroughsは、「武装した連邦職員が私たちの広場に侵入し、1942年に日系アメリカ人の家族が強制収容所行きのバスに乗ることを余儀なくされたまさにその場所で逮捕の行為に及んだことに憤慨し、深く悲しんでいる」と指摘したうえで、「それは意図的な挑発と脅迫の行為だ」と非難した。
8月23日の午前、移民管理当局を批判する集会が「巡回警備」が行われたJANMの博物館前広場で開催された。“Never Again”(二度と繰り返すな)をスローガンに掲げた集会は、JANMやJapanese American Citizens League (JACL)、Little Tokyo Historical Society、Little Tokyo Service Centerなどの日系団体に加え、National Park Conservation Association (NPCA)やManzanar Committeeが共催。また、ヒスパニック系をはじめとした移民の権利擁護活動を行っているNPOなどの関係者も含め、参加者は500人に上った。“Never Again”というスローガンが示唆するように、この集会は、8月14日に小東京で行われた「巡回警備」だけを問題視しているわけではない。トランプ政権の移民政策が日米開戦後の日系人への強制収容と同様な行為であるという認識に立ち、抗議の声があげたのである。
日系人強制収容所のひとつで、現在は連邦政府機関のNational Park Service (NPS)が管理する史跡になっているManzanarへの巡礼をはじめ、収容所体験の歴史的保存活動を進めているManzanar Committeeが共催団体に名を連ねたのは、ふたつの意味があるようだ。ひとつは、日系人をバスでManzanarなどの強制収容所に送り出した地から抗議の声をあげること。もうひとつは、トランプ政権下で、全米各地のNational Historic Siteと呼ばれる政府公認の史跡において、マイノリティやLGBTQ+に関する政権による「歴史修正主義」に反対する声をあげるためだ。NPSの運営や事業を支援するためのNPO、NPCAがウェブサイトに掲載した8月21日現在のデータによれば、首都ワシントンを含め全米18州、25カ所のNational Historic Siteなどで、8月23日に公開の集会が計画されていた。このうち3カ所は、日系人が強制収容された施設の跡地だ。なお、この動きについては、別の機会に詳細に報告したい。
「巡回警備」の問題に限定すると、Vasquez Perdomo v. Noem裁判で地裁、控訴裁と敗訴を重ねた後、トランプ政権は、最高裁に上訴するだけではなく、「巡回警備」を継続していった。そして、9月8日、最高裁は、「不法滞在者」が多いとされる人種や民族、言語、あるいは職場などをターゲットにした取締りが違憲ではないという判断を示した。いわゆるレイシャル・プロファイリングを認めたことになる。ただし、この判断は、「巡回警備」を当面続けることを認めたに留まり、今後、詳細な検討が行われるため、結果が変わる可能性もある。とはいえ、政権側にとっては大きな勝利である反面、移民の権利擁護団体などは、厳しい状況に追い込まれた。この問題も、今後、別の稿で検討を深める予定である。
なお、上記の小東京における「巡回警備」に関するJANMによる移民取締り当局への抗議声明などは、以下のPress Releaseリストから見ることができる。
https://www.janm.org/press
福祉貧困
最高裁判決そして大統領令、支援策の提供から罰則に転じるホームレス対策
2025年8月30日
全米で路上やシェルターで生活する人々が前年比で10万人以上増加するなど、大都市を中心に、ホームレス問題が深刻化している。この事態に対して、昨年の連邦最高裁判所(最高裁)の判決に続き、トランプ大統領は今年7月24日、大統領令でホームレスに対して罰則を導入する方針を打ち出した。1980年代以降進められてきた、ホームレス状態にある人々に対して住居の提供や支援策の充実を主軸に据えた政策から、路上生活を送る人々への取り締りや罰則を科す制度に政策が大きく転換されつつある。こうした動きに対して、ホームレス支援団体などは、問題の背景に高騰する家賃をはじめとした住宅政策の不十分性などがあると主張、大統領令を批判している。
最高裁判決や大統領令の内容を検討する前に、ホームレス状態にある人々の内訳などを概観しておこう。アメリカの中央銀行、連邦準備銀行(FRB)のひとつ、ミネアポリス連邦準備銀行は3月14日、”Who is homeless in the United States? A 2025 update”と題する報告書を発表した。報告書によると、2024年における全米のホームレス人口は、77万1400人と、前年比で11万8300人増加した。また、人口1000人当たりで見ると、2022年には1.75人だったが、23年には1.96人、24年には2.3人と増加の一途を辿っている。これにより、わずか2年間にホームレス人口の割合が30%も増えたことになる。
2024年時点の人種・民族別の割合では、ネイティブアメリカンが9.75人と最も多く、次いで黒人の5.76人、ヒスパニック系の3.62人、白人の1.28人と続き、最も少なかったのはアジア系の0.53人だった。なお、2022年のデータと比較すると、ヒスパニック系以外はすべて減少。換言すると、2022年に2.21人だったヒスパニック系の急増が、全体の割合を引き上げたといえる。男女別に2024年における1000人当たりの状況を見ると、男性の2.77人に対して、女性は1.79人。また、年齢別では18歳未満が2.04人、55歳以上も2.08人だが、いずれも増加率が高い。
ホームレスと聞くと、路上生活を送っている人々をイメージする人が多いだろう。しかし、ミネアポリス連邦準備銀行の報告書によると、全体の65.9%はシェルターなどの施設で生活しており、路上生活者は34.1%に止まる。ただし、この調査は、特定の一日の調査であり、路上生活とシェルターでの生活を日によって変えている人も少なくない。また、この割合は、都市により大きく異なる。例えば、ホームレス問題が深刻といわれるロサンゼルスとニューヨークを比べると、路上生活者の割合は前者では69.5%に上るが、後者は3.1%にすぎない。なお、これ以降、ホームレスのうち、シェルターなどに入っていない人々に関しては、「路上生活者」と記述していく。
ホームレス支援団体の多くは、Permanent Supportive Housing (PSH)や(HF)などと呼ばれる住む場所がない人々に対して、住居や支援策を提供する活動を展開してきた。PSHは、1987年にレーガン政権下で成立したMcKinney–Vento Homeless Assistance Actに基づいて進められた、アメリカで最初の本格的なホームレス支援策といわれている。支援の対象は、メンタルヘルスや薬物中毒、身体障がいなどをもつホームレス状態の人々だ。一方、HFは、UCLA Department of Psychiatry and Biobehavioral SciencesのSam Tsemberis博士が中心となって1992年に設立したPathways to Housingというホームレス支援団体が起源で、その後、全米だけでなく、世界各地に拡大。PSHと異なり、対象者をホームレスの人々全般においてい
PSHとHFには、上記の歴史や対象者以外にも、相違がある。前者は政府の制度に基づくプログラムであるのに対して、後者は住居を中心にした支援の重要性を主張する理念に基づいた支援を重視している。また、支援団体が提供する住居に滞在する期間は、PSHでは対象者の特性や支援ニーズから長期にわたることが想定されている。一方、HFの場合は、短期間で出ていくことも少なくない。とはいえ、両者とも、住居の重要性を主張していることに相違はなく、PSHもHFと呼ばれることも多い。また、本稿は、両者の相違の説明を目的にしているわけではない。したがって、「ハウジング・ファースト」と総称した形で記述していく。
最高裁は昨年6月28日、6対3の多数判決で、自治体の管理する公園などで路上生活者が寝具を用いて寝泊まりした場合、罰金や罰則を科することを認める判断を示した。この訴訟は、City of Grants Pass v. Johnsonと呼ばれ、オレゴン州のGrants Passという市が2013年に制定した条例を違憲として、路上生活者のJohn LoganとGloria Johnsonが2018年に起こした。条例は、市内で、毛布やまくらを用い、段ボールで作った箱の中などで寝泊まりした場合、罰金や罰則を科すもの。罰金は295ドルとされ、支払えない場合は537ドル60セントまで増額される。違反が2度目になると、市警が市内における屋外の寝泊まりを禁止。従わないと、不法侵入の罪で30日間の収監刑と罰金1250ドルが科される。
連邦地方裁判所と控訴裁判所は、路上生活者が宿泊できるシェルターなどの施設がない状況で、屋外で寝泊まりした場合に罰則を科することは、合衆国憲法修正第8条が禁止する「残酷で異常な刑罰」に当たるとして、原告の訴えを認めていた。一方、最高裁の多数派判決を起草したNeil M. Gorsuchは、路上生活を「自ら選択した」としたうえで、「残酷で異常な刑罰」は手法に関するものだと主張。路上生活は「休暇中のバックパッカーや市庁舎の芝生で抗議することを選択している学生など」が屋外で寝泊まりしていることと変わらないとして、政府・自治体は特定の行為に罰則を科することができるとの判断を示した。
トランプの” Ending Crime and Disorder on America’s Streets”と題する大統領令は、、路上の犯罪や混乱に終止符を打つことを名目にした、治安対策だ。路上生活者が27万人を超え、その約3分の2が薬物中毒や精神障害を抱えていると指摘。しかし、Kaiser Family Foundationは、8月15日発信の記事” A Look at the New Executive Order and the Intersection of Homelessness and Mental Illness”の中で、両者を26%と記載している。定義の相違も考えられるが、大統領令は、路上生活者を社会の安全を脅かす存在とみなす意識が強い。実際、大統領令は、公共の安全確保に向け、強制入院を含む措置を講じると主張。また、テント生活や徘徊に対して、Enforceという表現を用い、違反者に罰金、逮捕、起訴などの法的措置を講じることを強く示唆している。
一方、ハウジング・ファーストの考えの背景にある、家賃の高騰などの住宅問題については、一切触れていない。連邦財務省が2024年7月24日に発表した” Rent, House Prices, and Demographics”と題する資料によれば、2000年を100とした場合、2023年の中位世帯所得の指数に比べ、インフレ調整後の家賃は、20ポイント以上高い。また、人口統計局が2024年9月12日に発表した” Nearly Half of Renter Households Are Cost-Burdened, Proportions Differ by Race”と題する資料によると、世帯収入の30%以上を住宅費に費やしている賃貸世帯の割合は、賃貸世帯全体の49.7%に及んでいる。なお、黒人(56.2%)やヒスパニック系(53.2%)が半数を超えているのに対して、白人(46.7%)とアジア系(43.4%)のように、人種・民族別の差が大きいこともわかる。
こうした状況下で、トランプの大統領令が施行されていけば、黒人やヒスパニック系をはじめとした路上生活者が強制入院や犯罪者として起訴、拘禁される可能性がでてくる。しかし、路上生活者を犯罪者として取り締まっていく姿勢は、すでに南部を中心にした州や地方政府で広がっている。こう指摘するのは、貧困問題などに取り組むSouthern Poverty Law Center (SPLC)である。8月22日付の”Trump’s Executive Order Worsening Homelessness Crisis, Explained”と題するプレスリリースの中で、SPLCは、2020年にアラバマ州で公道付近で物乞いや徘徊をした場合に刑事罰を科す法律が制定されたことやルイジアナ州Baton Rougeが路上生活者がテントで過ごすことを禁止する市条例を制定したことなどを紹介している。
SPLCによれば、路上生活を犯罪として取り締まりは、南北戦争後に黒人に対する行為を起源にしたものだという。前述のCity of Grants Pass v. Johnson訴訟で、原告の主張を支援するための意見書を裁判所に提出するなどホームレス問題にも取り組んできたSPLCは、公共の路上でテント生活を禁止したフロリダ州の法律(Florida Statute 125.0231)に関して、Southern Legal CounselとNational Homelessness Law Center、Florida Justice Instituteとともに4月7日、同州の21の市と郡の公職者に書簡を送付。犯罪としての取り締まりは地域の安全の確保につながらないだけでなく、社会復帰に向けた支援策をともなう住宅提供に比べ、財政負担が大きいとして、低所得者向け住宅の建設などの対策を取るように求めた。
ホームレス問題の取り組む団体は、全米各地で活動を行っている。これらのうち1000余りの団体は、National Coalition for the Homeless (NCH)を中心に、Coalition’s Bring America Home NOW (BAHN)Campaignという運動を展開してきた。しかし、City of Grants Pass v. Johnson判決以降、路上生活を犯罪として取り締まることを求めた条例案が全米320以上の地方政府で審議され、そのうち220余りが成立した。さらにトランプの大統領令の発令など、ハウジング・ファーストから路上生活の厳罰化が進むことを憂慮。NCHのDonald H. Whitehead事務局長は、NPOのメディアTruthoutの8月27日発信の記事”Trump’s Answer to Homelessness? Lock Up Unhoused and Disabled People”の中で、2026年の中間選挙前に”Housing Now”をスローガンにした全米規模のデモや集会を計画していると述べている。
ロサンゼルスをはじめとした大都市では、路上生活者が歩道にテントを張り、通行が困難になる状況も見られる。ホームレス支援に理解があるとされてきたカリフォルニアのGavin Newsom知事もCity of Grants Pass v. Johnson判決後、路上生活者のテントなどを撤去後、ホウキを手に後片付けを行うパフォーマンスを示した。トランプに立ち向かう姿勢で2028年の大統領選挙で民主党候補として最も有力といわれる同知事も、路上生活者への視線は冷たい。超党派による反路上生活者政策が進む状況の中で、ホームレス支援団体がどこまで住むところを追われた人々の生活を守ることができるのか。その結果は、支援団体以外の人々の意識と行動にもかかっているといえるだろう。
なお、上述したNCHのBring America Home NOW (BAHN)Campaignの詳細は、以下から見ることができる。
NPO経営
大統領令による補助金制度の改定、政権の意向の反映につながるなどの懸念も
2025年8月23日
トランプ大統領は今月初め、補助金制度を改定する大統領令に署名した。1月の就任後、大学やNPO・NGOに対する補助金の支払い停止などが行われ、受給団体の運営や団体の事業の利用者に大きな影響を与えてきた。今回の大統領令は、新たに申請を受け付ける補助金に対するものだ。改定後は、補助金制度の運用が政権の指名した高級官僚が行うことで政権の意向に沿った事業しか採択されなくなることへの懸念が指摘されている。また、間接費への規制が強まり、受給団体の経営が困難になるなどの見方もある。NPOの連合体などからの声明などは、いまのところ出されていない。一方、研究者や研究機関をメンバーとする団体やNPO関連の情報を提供するメディアからは、懸念がだされており、それらの指摘から、大統領令の問題を探ってみることにした。
連邦政府の補助金制度改定に関する大統領令のタイトルは、”Improving Oversight of Federal Grantmaking”で、トランプ大統領が署名、公布したのは8月7日。このタイトルが示すように、連邦政府による「Grantmaking(補助金供与)に関する「Improving Oversight(管理体制の改善)」を目指した措置だ。なお、大統領令の第2条の「定義」によればGrantは、2 CFR 200.1という法律に規定された “cooperative agreement”(協力契約)によって公共目的の事業に対して政府が提供する資金をさす。また、大統領令の冒頭には、税金の無駄使いを終わらせることで、補助金の管理体制を改善するという趣旨が述べられ、第1条の「目的」に大統領令発令の背景も含め、具体的に記述されている。
「目的」と書かれているものの、第1条の大半は、現在の補助金供与制度が不適切であることを、事例を通じて指摘する内容が大半だ。具体的には、DEIの推進や「反米イデオロギー」の拡散、「不法移民」への支援活動などが上げられている。こうした補助金事業のテーマに加え、成果の不明瞭さや、補助金が事業に直接関係ない管理費などに充当されていること、申請書類の作成が複雑なことや審査の公正性への疑問も提示。これらの問題を解決するため、第2条で主要な語彙の定義を行った後、第3条から6条に示された、改善策の提示という構成にしたとみられる。以下、これらの条項を簡潔に紹介していこう。
第3条のタイトルは、「政府機関の補助金供与に対する説明責任の強化」である。その中心は、各省庁の補助金供与の実施を監督する高級官僚を指名し、省庁の優先内容と国益にそって決定していくことだ。第4条は「裁量的な補助金に関する考慮事項」とあるように、供与の対象となる補助金が省庁の裁量によって決めることができるものに限定されている。大統領令の第2条の「定義」にある、供与の仕組みが法律などに基づく、いわゆる義務的経費に関する補助金は、対象外になる。そのうえで、裁量的補助金は、大統領の政策の優先事項を前進させなければないとしている。
第5条の「統一ガイダンスの改訂」は、いわゆるUniform Guidanceと呼ばれる連邦政府の補助金供与に関する指針の変更についてだ。特に、供与が決まった後、協力契約を解除するための変更を盛り込むことを規定。また、裁量的補助金の使用を適切に制限するための規定を盛り込むことを求めている。第6条の「実施および終了条項」には、各省庁の長がそれぞれ省庁の補助金制度を精査し、30日以内に報告書としてまとめることを要請している。なお、最後の第7条の「一般規定」は、他の法律との整合性を求める内容の記述がなされていることだけ記しておく。
以上のような条項によって構成されている大統領令は、政権の意向を示したものである。したがって、問題点などは示されていない。このため、Independent SectorやNational Council of Nonprofits (NCN)などの全米規模のNPOの中間支援組織や複数の州レベルの連合体のウェブサイトに大統領令に関する声明などが掲載されていないか、確認してみた。しかし、大統領令に関連した声明やプレスリリースを発見することはできなかった。ただし、 NCNは” Executive Orders Affecting Charitable Nonprofits”と題する8月8日最終更新されたコーナーで、大統領名が発令されたことと、その概要を掲載している。
このため、Grant Professionals Association (GPA)が8月11日に公表した大統領令に関する声明文”GPA Statement on ‘Improving Oversight of Federal Grantmaking’ Executive Order”から考えていくことにした。GPAは、1998年に設立され、カンサス州Overland Parkに本部を置く非営利団体。内国歳入法(IRA)の分類では、寄付控除が認められる501c3団体ではなく、501c6団体として内国歳入庁(IRS)から認可されている。補助金に関心をもつ個人の会員団体で、商工会議所などと同じ位置づけになる。なお、同一団体から複数の会員が参加する場合は、「団体会員」としても割引が適用される。IRSに提出された2023会計年度の報告書によると、総収入の176万ドルのうち会費収入が80万ドル余りと、ほぼ半分を占めている。
声明の中でGPAは、大統領令の問題点について、以下の4点をあげている。なお、声明文の直訳では、わかりにくい点も少なくない。このため、内容の一部は、筆者が補足した。
1)幹部職員の政治的選出による専門家排除
大統領令の第3条は、補助金の審査や資金供与決定のプロセスの責任者として、各省庁が高級官僚を指名することを定めている。こうした政治的な任命者を審査の検討に加えることは、資金提供を遅らせることで、国民の生活向上を目的としたサービスの中断を招きかねない。なぜなら、省庁は議会に予算を要請し、承認された予算に基いて決定した補助金事業に対する申請を受け取り、各省庁の専門家が詳細を検討し、供与先を決定する。この過程に政治的に選出され、補助金事業の詳細を理解していない高級官僚が入り込み、政権の意図を反映させようとすれば、意思決定に時間がかかるだけでなく、適切な供与先の確保も難しくなる恐れがでてくる。
2)間接費率の引き下げに伴う補助金受託団体の運営への影響
政府や民間財団によるNPOに対する補助金や助成金には、直接必要となる経費以外に、事務所の家賃などの施設費や管理費が間接費(以下、間接費)として提供されることが一般的だ。アメリカの連邦政府の補助金においては、通常、15%を上限としつつも、自然科学系の大学などの研究機関や大規模な団体の事業においては、これを大きく上回る割合の間接費が支払われてきた。この現状に対して、大統領令は、間接費の規制を強め、同様の事業計画が提出された場合、間接費が少ない団体の計画を採用するように求めている。GPAは、間接費が継続的なサービス提供に不可欠だと指摘。間接費率に競争要素として低く設定することは、補助金を受託した団体の持続性に悪影響を可能性があるとGPAは懸念している。実証的な財務データに基づく真のコストを反映せず、競争のために恣意的に決定された費用のみを提示すれば、申請団体に対する財政的負担の増加、サービス提供能力やサービスの質の低下が生じる可能性がある。
3)進行中の補助金の「便宜的な理由による終了」について
大統領令は、すべての裁量的補助金に「便宜的な理由による終了」を認めるとしている。特に懸念されるのは、すでに授与された補助金が事業の途中で「終了」すなわち取り消される可能性がある点だ。事業途上における取り消しは、団体内に悪影響を及ぼすだけでなく、支援を必要とする人々がサービスを受けられなくなり、地域社会の雇用喪失、失業率の上昇、事業を実施していた団体の施設の空洞化、さらには経済全体への悪影響が生じる可能性があるいえよう。
4)特定事業への補助金の直接引き出し要件の変更に伴う問題
受託が決まった補助金の引き出し際に書面による説明と申請が必要となるなど、要件が追加された。これにより、受託団体は、資金アクセスに対する事務的な負担が増加することになる。また、事業が途中で打ち切られた場合、すでに実施のために支出された資金を政府が返還を求めることになった。こうした実施済みの事業に充当した経費を団体に求めることは、納税者であるアメリカの人々を支援するという大統領令の目的に反するとともに、人々の生活向上や国益の推進に逆行するといえる。
CPAの以上の指摘は、NPOの経営にとっても重要な点である。とはいえ、NPOは組織を維持・発展させることが主眼ではなく、ミッションの達成を目指すことが最大の存在理由といえる。NPOのミッションは、団体によって異なるが、トランプの大統領令の「目的」に示唆されているように、DEIの推進や「反米イデオロギー」の拡散、「不法移民」への支援活動などの事業を連邦政府の補助金供与から排除していることを意図しているといってよいだろう。これらのミッションについて賛否はあるとしても、NPOは、それぞれのミッションを掲げ、それを政府も受入れることで、政府とNPOのパートナーシップ、さらには市民社会が成立してきた。
こうしたNPOのミッションの重要性とそれを侵害していく可能性について、CPAの声明は取り上げていない。また、NPOの中間支援組織は、夏休みで意見集約が困難なのかもしれないが、意見表明すら行っていない。では、NPOの運営や活動にフォーカスした情報発信をしている、メディアはどのように対応しているのか。比較的認知度が高いと考えられる、Chronicle of Philanthropy (CP)とNonProfit Times (NPT)に加え、NonProfit Quarterly (NPQ)について調べてみた。順番は逆になるが、NPQには関連記事がない。NPTは8月11日に”Commentary: Grave Concerns Arise From Federal Grants Executive Order”と題する記事を掲載している。しかし、この記事は、CPAのCEOであるMike Chamberlainの署名入りで書かれたもので、内容もCPAの声明とほぼ同じだ。
では、Chronicle of Philanthropy (CP)はどうなのか。8月13日に”New Trump Order Injects Politics Into Federal Grant Decisions”というタイトルの記事を掲載している。したがって、この記事が主要なNPOメディアが大統領令について取り上げた独自の記事としては、唯一のものといえよう。記事の執筆者は、CPのシニアレポーターAlex Danielsである。PCに掲載されたプロフィールを見ると、入職前はアーカンソー州の州都Little Lockに本社を置く日刊紙、Arkansas Democrat-Gazetteで連邦議会を含めた全米の政治問題の記事を執筆していた。しかし、NPOにおける就労経験は書かれていない。
CPの記事は、Daniels記者がテーマに沿った専門家3人にインタビューを行い、それを中心に構成されている。3人のうち、最も多く引用されているのは、MyFedTrainerという連邦政府から補助金の獲得を目指す企業やNPOにコンサルティングを提供している団体のRachel Wernerで、実名が6回、代名詞が1回登場する。他のふたりは、それぞれ1回と2回にすぎないことからも、Wernerの役割の大きさが感じられる。そして、記事は、トランプが今後も補助金制度の新たな改定を進めることを想定されるとしながらも、補助金を獲得するために理念を曲げるのではなく、「ミッションに忠実であるべきだ」というWernerの言葉で結ばれている。
このWernerの言葉に、Daniels記者、そしておそらくCPのNPOへの思いが託されているように感じる。なぜなら、3人のいずれの言葉も直接引用していないものの、係争中のVera Institute of Justice (VIJ)の事例について記事が触れているからだ。ニューヨークのブルックリンに本部を置くVIJは、司法制度における人種差別の解消などを求めているNPOで、Black Lives Matterの運動でも重要な役割をはたしてきた。第2次トランプ政権の成立後、VIJなどに連邦司法省から供与されていた8億2000万ドルの補助金が、イーロン・マスクが主導していた政府効率化省(DOGE) に取り消されたことを不服として、訴訟を起こした。一審で敗訴したもののNational Council of Nonprofits (NCN)など多くのNPOなどの支援を受けながら、控訴して闘いを継続中だ。
「ミッションに忠実であるべき」という言葉を語ることは容易だ。しかし、現在のトランプ政権下では、経営体としてのNPOの財政基盤を壊しかねない。こうした困難状況にアメリカのNPOは直面していることに、日本のNPO関係者も、その実態を理解し、声をあげるべきではないだろうか。なお、上記のChronicle of Philanthropy (CP)が8月13日に発信した”New Trump Order Injects Politics Into Federal Grant Decisions”というタイトルの記事は、以下から見ることができる。
https://www.philanthropy.com/article/new-trump-order-injects-politics-into-federal-grant-decisions
移民労働
テキサス州の選挙区の区割り変更は民主主義の危機、労働団体やNPOが全米各地で集会
2025年8月17日
来年11月の中間選挙を前に、トランプ政権の要請に基づき、連邦下院議員のテキサス州の選挙区の区割り変更が、同州の共和党主導で進められている。変更案に基づき選挙が行われれば、共和党の獲得議席は5つ増えると試算されており、同州議会の民主党下院議員は、議会審議を阻止するためとして、州外に脱出、定足数が満たせず、議会が開催できない状況を作り出した。一方、共和党の州知事らは脱出した議員を逮捕して州に連れ戻し、議会を強行開催する意思を表明するなど、状況は泥沼化している。この事態に対して、州の労働組合の連合体Texas AFL-CIOは、民主主義の危機だとして、カリフォルニアなど7つの州の連合組織とともに、テキサス州共和党による区割り案に反対する意思を表明。さらに8月16日に区割り案に反対する集会を全米各地でNPOなどと共同で実施。第2次トランプ政権下における労働運動による初の本格的な反政権の動きとして、注目されている。
アメリカの連邦議会は、上院と下院による2院制だ。上院議員は、定員が100人で、各州からふたりずつ選出される。それぞれの州が選挙区となるため、区割りの概念はない。一方、下院は、定員が435人。10年毎の人口統計調査の結果に基づき、各州に議席数が配分される。例えば、人口が最も多いカリフォルニア州は2020年までは53議席だったが、2020年の人口統計調査の結果、52議席に減少。これに対して、人口が増加したテキサス州は、36から38へと議席を増やした。連邦下院議員選挙は、小選挙区制のため、州の議席数が増減すれば、区割り変更が必要になる。なお、議席数が同じであっても、同一州内の選挙区の人口の変化によっては、区割り変更が行われることもある。いずれの場合も、区割りを行うのは、州政府であって、連邦政府ではない。
区割り変更は、議員の当落に直結する。したがって、党派的あるいは、議員個人の利害が影響を及ぼす可能性は否定できない。アメリカでは、人種が区割りに影響を与えてきた歴史がある。例えば、州の有権者が100万人で、配分された議席が10としよう。州全体の投票に占めるA党とB党の得票率が52%と48%だとすれば、獲得議席は5議席ずつか、それに近い数字になると想定される。しかし、100万人のうち10万人が黒人で、この10万人がひとつの選挙区に組み入れられれば、黒人候補者の当選はほぼ確実といえる。過去の選挙で、黒人票の9割は、A党に投じられてきたとすれば、黒人票がない残りの9つの選挙区では、A党への投票は大幅に減少し、B党が圧勝する可能性がでてくる。
このように、特定の政党に有利な選挙区を策定することをGerrymandering(ゲリーマンダリング)という。現在、テキサス州で問題になっている選挙区の区割り変更は、Gerrymanderingだという批判を受けている。区割り変更により、共和党の議席が5つ増え、中間選挙後も連邦議会における共和党の多数派維持につながる可能性が大きいからだ。Gerrymanderingは、1812年にマサチューセッツ州のElbridge Gerry知事が成立させた区割り案に基づく選挙区のひとつがSalamanderに似ていたことから、Gerryとmanderを合わせた言葉として、用いられるようになった。なお、Salamanderは、サンショウウオやイモリを指すこと多い。また、ヨーロッパに伝わる火を司るトカゲの形をした精霊を指すこともある。
本稿は、区割り変更に反対する労働団体やNPOの動きを紹介することが目的だ。このため、アメリカ政治におけるGerrymanderingの実態やテキサス州の選挙区の区割り変更の全米的な影響などは、別の機会に論じたい。ここでは、区割り変更の経緯を示したうえで、労働組合やNPOの対応を検討していく。トランプ政権がテキサス州に対して、区割り変更を求めたのは、今年6月。これを受け、テキサス州のGreg Abbott知事は7月9日、区割り変更について審議するための臨時議会の開催を表明、7月21日から議会が始まった。8月に入り、州議会の多数派の共和党は、区割り変更案の作成を強行。これに反発した民主党の州下院議員の大半は8月3日、シカゴなどの州外に脱出した。翌4日、共和党主導の州下院は、脱出した民主党議員への逮捕令状の発行を決議。ただし、州外にいる議員に対する令状は、法的な効力がない。
こうした共和党の動きに対して、テキサス州の労働組合の連合体、Texas AFL-CIOのRick Levy会長は、他の7つの州の連合組織とともに、共同声明を発表した。「我が国は極めて重要な瞬間に直面している。我々の労働組合、民主主義、そして自由の将来が危機に瀕している」と書かれた声明文には、California Federation of Labor Unions、Florida AFL-CIO、Illinois AFL-CIO、Missouri AFL-CIO、New York State AFL-CIO、Ohio AFL-CIO、Washington State Labor Council (WSLC) AFL-CIOの7団体の代表が名を連ね、連帯の意思を表明した。声明は、「テキサス州で人々が投票権を奪われ、…トランプが議会の支配権を維持しれば、労働者がその代償を支払うことになるだろう。我々は、良心のあるすべての人が声を上げ、億万長者よりも労働者を優先し、一緒に反撃するよう強く求める」という言葉で結ばれている。
声明に賛同した団体のうちカリフォルニアとワシントンのふたつの州以外の団体名には、AFL-CIOという語彙が含まれている。American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizationsの略称で、1955年に職能別組合を中心にしたAmerican Federation of Labor (AFL)と産業別組合が主体になったCongress of Industrial Organizations (CIO)が合併して設立された、全米最大のナショナルセンターのことだ。AFL-CIOのウェブサイトによれば、63単産が加盟、傘下の組合員は1500万人にのぼる。ただし、AFL-CIO自体は、テキサス州の区割りに対する声明などは出していない。Texas AFL-CIOは、加盟単産と単産の支部は450、傘下の組合員は25万人という。なお、非加盟の単産も多く、連邦労働省の統計によると、これらの単産の組合員は46万人に上る。
この共同声明には記載されていないが、テキサス州は、2020年の人口統計の結果に基づき、共和党の知事と議会の下、21年に選挙区の区割り変更を行っている。10年毎の人口統計を踏まえて区割り変更を行うという慣例と異なり、第2次トランプ政権の要請で急遽区割りを再変更する異例の措置に対して、中間選挙に向けた党利党略との批判の声も強い。また、トランプ政権は、テキサス州の区割り変更が実現した場合、他の共和党が地盤の州に対しても、同様の要請を行うと見られていた。そのひとつ、フロリダ州の知事は、同州に割り当てられる議席を増やすように求めるなど、問題は、テキサス州を超えていく様相を示した。一方、政権側は、現状の区割りが人種差別に当たるとして、改定を求めたと主張している。
こうした状況を懸念したのは、労働団体だけではない。アドボカシー活動を中心にしたNPOなども懸念を共有。また、区割り変更の直接的な影響を受ける民主党の議員らにも危機感が広がっていった。これらの団体が集まり、8月16日の全国行動”Fight The Trump Takeover - National Day of Action”の計画がメディア発表されたのは、開催まで数日しかない8月12日だった。なお、”Fight The Trump Takeover”は「トランプによる連邦議会の乗っ取りと闘おう」という意味あいと考えられる。主催団体のウェブサイトに掲載された”Our Partners”のリストを見ると、さまざまな活動内容をもつ約70の団体が名を連ねており、トランプの区割り変更に幅広い人々が危機感を共有していることがわかる。”Our Partners”に掲載されている団体には、以下が含まれる。
・労働団体のTexas AFL-CIO
・人工妊娠中絶など女性の権利擁護団体のPlanned Parenthood
・LGBTQ+の権利擁護を進めているHuman Rights Campaign
・6月14日の”No King Rally”を主催した50501 Movementの中心団体のひとつIndivisible
・民主党系の政治団体Working Family Party
・消費者活動家Ralph Nader系のNPOのPublic Citizen
・難民問題に取り組むPartnership for the Advancement of New Americans (PANA)
・黒人団体のCalifornia Black Power Network
8月12日の記者発表の際、主催者側は、全米20州、50ヵ所で集会をはじめとした様々な活動が展開されると述べた。その後、開催地は刻一刻と増加、開催前日の8月15日発信のNewsweekの”Nationwide 'Fight the Trump Takeover' Protests on Saturday: What We Know”というタイトルの記事では、全米43州、300余りで行われる予定と伝えた。「トランプの乗っ取り」への危機感が急速に広がり、反対の意思を表明する行動へとつながっていることを示したといえよう。では、8月16日の行動は、どのような状態だったのだろうか。
Reutersが8月17日に発信した“Over 300 protests held Saturday against Trump redistricting push”というタイトルの記事によると、主催団体のひとつTexas For AllのDrucilla Tignerは、労働団体とNPOによって実施された集会などは全米44州、300カ所以上に上ったと語った。ただし、参加者は、”tens of thousands(数万人)”と、具体的な数字は示さなかった。ただし、今回の区割り変更問題の発信地、テキサス州の州都Austinで開催された集会には5000人が参加した、と8月16日発信の地元のKUT Newsの記事” Thousands rally at Texas Capitol against Republican-backed congressional redistricting plan”は伝えている。その他、一部のメディアが個別の開催地における参加者数を示している場合もあるが、主催団体のウェブサイトには、全米の参加者数は示されていない。
参加者の数は、問題に対する人々の関心の高さを反映していると考えられる。この認識に立ったのだろう、8月14日のMSNBCの報道番組“All In”の司会者は、ゲストとして登場した主催者側の中心人物のひとり、Indivisible の共同設立者Ezra Levinに対して、” No King Rally”のような規模になるのかと尋ねた” No King Rally”を主催した50501 Movementの中心団体のひとつIndivisibleに創設以来関わってきたLevin共同代表は、抗議活動は常に大規模である必要はなく、継続して取り組める体制を作っていくことが重要だという趣旨を述べた。500万人を超えるアメリカ史上最大の政府への抗議行動と比較して考えるメディアに対して、” No King Rally”ほどの参加者を集めることはできないという認識に立った発言ともとれるが、息の長い闘いが求められる運動の視点からの回答といえよう。
また、前述のTexas AFL-CIOのRick Levy会長は8月15日、サブスクリプションテレビネットワークのNewsNationのニュース番組に出席。区割り変更問題が民主・共和両党の政争として扱われることに警戒感を示したうえで、全ての労働者に関わる民主主義や自由の問題として捉えたために、労働組合として関わったと説明していた。8月16日の全米行動に対して、一部のメディアは民主党全国委員会(DNC)の主導で進められていると報じた。たしかに民主党は議席減を恐れ、トランプと共和党の動きを押さえようとしている。しかし、Gerrymanderingが進めば、数少ない「激戦区」が減少し、一票を投じる意味も大きく失われていく。労働団体と民主党の関係は、共和党に比べるとはるかに強い。とはいえ、労働団体は民主党一辺倒ではない。多様な考えを持つ組合員の利益のための組織が労働団体なのである。
労働団体の「総本山」AFL-CIOは、トランプの反労働、そして反民主主義的な動きに具体的な対応を取れないでいる。こうした中で、テキサスで始まった火中の栗を拾うような労働団体とNPOによる民主主義を守る活動が、今度どのようにアメリカの社会運動を変えていくか、注視したい。なお、”Fight The Trump Takeover”については、情報は限定的だが、以下のサイトから具体的な開催場所などの情報を見ることができる。
https://www.fightthetrumptakeover.com/
公共政策
ニュージャージー州によるPFAS訴訟、汚染の背後にある原爆製造との関係に新たな視点
2025年8月11日
アメリカ東部のニュージャージー州政府と化学メーカーの大手DuPontなどの企業は8月4日、同州内4カ所における長年のPFASなどの汚染に関する裁判で、企業側が総額20億ドルを支払うことで和解が成立した、と州政府が発表した。PFAS訴訟は、今世紀に入ってから全米各地で相次いでいる。ニュージャージー州では、今回の和解を含め、過去3年間にあわせて30億ドルに上る汚染除去などの費用を企業側に負担させる成果を引き出した。一連の訴訟は、州政府による環境汚染企業への対応の厳しさを示しただけではない。PFASは元々、原爆に必要なウラン濃縮に用いる物質として、1940年代にニュージャージー州で開発、大量生産が開始された。軍事秘密として始まった製造が、その後、民生向けに転用されていった中で、長期間、危険性が隠蔽されてきたとして、PFASの問題には新たな視点からの検討の必要性が指摘されている。
PFASは、Per- and Polyfluoroalkyl Substancesの略称で、主に炭素とフッ素からなる化学物質の総称である。統一的な定義はなく、分類の仕方によって数は異なるものの、連邦政府のNational Center for Biotechnology Informationの”Guidance on PFAS Exposure, Testing, and Clinical Follow-Up”という資料によると、1万2000種類以上も存在している。いずれも安定性の高い炭素-フッ素結合を持ち、加水分解、光分解、微生物分解及び代謝に対して耐性をもつ。撥水・撥油性、熱・化学的安定性などの物性を示すものもある。溶剤、界面活性剤、繊維・革・紙・プラスチック等の表面処理剤、イオン交換膜、潤滑剤、泡消火薬剤、半導体原料、フッ素ポリマー加工助剤など、用途は幅広い。一方、この物性により、自然界でほぼ分解されず、人体や環境中に長く残る。Forever Chemicals(永遠の化学物質)と呼ばれるのは、そのためだ。ガンを含め、さまざまな健康被害が生じうるとして、国際的に規制やリスク管理の対象になっている。
8月4日にDuPontなどと和解した訴訟を含め、過去3年間にニュージャージー州が汚染企業と浄化費用の支払などで合意した裁判は、いずれも州政府が環境対策のNew Dayと呼んだ、Natural Resource Damages (NRD) litigation programの一環として、2019年以降に州の環境保護省(DEP)によって起こされた。その名の通り、水をはじめとした天然資源への被害に対する訴訟である。浄化などを求められた化学物質の中心は、PFASだ。訴えの根拠として用いられたのは、州のWater Pollution Control ActとSpill Compensation and Control Act、汚染に関連した不法行為法である。なお、DEPは、裁判に先立ち、DuPontや3M、Solvay、その他の企業に、地域の飲料地下水資源を含む、天然資源の汚染からの回復に対応するように求めるDirective(指示)を発令していた。
訴訟の相手は、DuPontの他、Chemours、3Mなどの企業だ。ただし、被告として挙げた企業名は、公式かつフルネームとは限らない。例えば、DuPontは、工場など4ヵ所における汚染が問題にされたが、そのひとつSalem CountyにあるChambers Worksの所有者は、E.I. DuPont de Nemours and Co. (現在の社名はEIDP, Inc.) というDuPontの関連企業だ。こうした関連企業は、それぞれの企業名ではなく、一括して一般的に知られている会社名で記述した。DuPontと3Mは、大手の企業として日本でも知名度が高いので、説明は省く。Solvayは、ベルギーに本社を置く化学メーカーで、アメリカでは19世紀末から事業を展開。Chemoursは、2015年にDuPontのパフォーマンスケミカル部門を分離して、設立された企業で、テフロンなどの製造で知られている。
それぞれの訴訟については、和解に至った順に、その概要を以下に示しておく。
表)DEPによるPFAS訴訟の和解の概要
企業名 和解の年月日 和解内容
Solvay 2023年6月28日 飲料水からPFASを除去するための水道設備の改善や汚染地域の回復 などに3億9300万ドルの支払い
Arkema 2024年5月6日 PFASの天然資源汚染と回復事業資金として、3395万ドルの支払い
3M 2025年5月13日 州全域のPFASによる水質汚染などに対する4億5000万ドルの支払い
Dupont 2025年8月4日 州内の4カ所の工場などから流出したPFASの汚染除去や懲罰、 関連企業が倒産して除去作業ができなくなった場合の基金など20 億ドルの支払い
(出典)DEPの資料などから筆者作成
PFAS汚染が問題になったDuPontの工場などが立地している地域における製造業の起源は、19世紀後半から20世紀初頭に遡る。このうちMiddlesex CountyとSalem Countyの工場は、現在も立ち上げ当時から同じ場所で操業を行っている。その後にオープンした工場も含め、4ヵ所の工場から、揮発性有機化合物や鉛や水銀などの金属が周辺の河川や湖沼、地下水、土壌、堆積物、湿地などに流れ込んでいった。このように、DuPontによる天然資源への汚染は、PFASの開発以前から他の有毒物資の排出によって続けられてきた。上述したDEPによる訴訟の主眼はPFASだが、こうした歴史的経緯から、「複合汚染」が広がっていったといえよう。
1942年に始まったマンハッタン計画における原爆製造は、ニューメキシコ州のLos Alamosで行われ、そこから南に200マイルほど離れたTrinity Siteで史上初の原爆の爆発実験が行われたと考えている人が多いだろう。この認識は間違いではないが、十分とはいえない。Los Alamosでは、原爆の本体が製造されたものの、核分裂物資のウラニウムとプルトニウムの濃縮作業は別の地域で行われていた。ウラニウムの多くは、ベルギー領だったコンゴで産出された後、アメリカに輸送され、ニューヨークのStaten Islandに保管された。しかし、海外に依存することへの懸念から、コロラド州Uravanや先住民の居留地のNavajo NationやLakota Nationで採掘が行われ、採掘に当たった先住民が被曝した。
天然のウラニウムは、そのまま原爆に用いることはできない。核兵器用プルトニウムはプルトニウム239の濃度が94%以上、ウランはウラン235の濃縮度が90%以上といわれているように、濃縮作業が必要だ。このため、テネシー州のOak Ridgeで、広島に投下された原爆に用いられたウラニウムの濃縮が行われた。一方、長崎の原爆にはプルトニウムが用いられており、ワシントン州のHanfordで、ウラニウムから生産された。しかし、濃縮作業において、大きな問題が立ちはだかった。ウラン濃縮には「六フッ化ウラン」という非常に腐食性の高い化学物質が使用されるが、当時存在した物質では腐食を封じ込めることができなかった。このため、高い腐食性に耐えられる素材が必要となり、炭素とフッ素を組み合わせた物質だけが耐えられることが判明した。こうして背景のもとに製造されたのが、PFASだったのである。
1945年8月6日(アメリカ時間)、当時の大統領Harry S. Trumanは、広島への原爆投下に関する声明を発表した。その中で、原爆がTNT火薬2万トン以上の威力を持つことなどを述べた後、マンハッタン計画という言葉は用いていないものの、原爆開発の経緯を説明。さらに、開発に当たった科学者や現場の労働者について、最盛期には12万5000人が働いていたことを明らかにした。これに対して、核兵器など科学分野の歴史家Alex Wellersteinは、”How many people worked on the Manhattan Project?”と題する一文の中で、最盛期の就労者数を取り上げると、誤解を招きかねないと指摘している。なぜなら、マンハッタン計画に従事した人が全体でどれだけに上るのか不明瞭だからだという。Wellersteinによれば、マンハッタン計画で雇われた労働者は50万人と推計される。そして、ウラニウムやプルトニウムの濃縮に携わったOak RidgeとHanfordで、極めて高い離職率が見られるという。
Wellersteinは、職種別の就労者数の変化も示している。それによると、マンハッタン計画が本格化した1943年に、建設関係の就労者が急増。1944年3月に9万人弱となり、ピークを迎えた。その後、大幅に減少、45年末には1000人を割り込んだ。一方、濃縮施設の運営や研究に携わる人々は作業の進展に伴い、1943年末から急増し、45年半ばまで増加、7万人目前になった後、減少に転じていった。Wellersteinは、建設関係の就労者だけだが、離職の理由を確認している。それによると、月間の離職率は、Hanfordで20%、Oak Ridgeでも17%と極めて高い。建設事業が終了したことの影響も大きいものの、退職と解雇の割合はHanfordで3対1、Oak Ridgeでも1.3対1だった。Hanfordの退職理由は、26%が病気、13%が労働条件の悪さ、7%が生活環境の悪さをあげた。なお、Oak Ridgeについては、具体的な数字は示されていない。
前述の原爆投下直後のTrumanの声明には、「現場の労働者は、歴史上最大の破壊力を生み出すために使用される材料を製造してきたが、彼らの安全には細心の注意が払われているため、彼ら自身は他の多くの職業を超えて危険にさらされていない」という記述がある。Wellersteinが指摘したHanfordの退職理由にある病気や労働条件の悪さの具体的な内容は不明だが、労働者の「安全には細心の注意」が払われてきたというTrumanの言葉の信ぴょう性に疑問を抱かざるをえない。調査報道記者のMariah Blakeが8月8日に放映したNPOの放送局DemocracyNow!の“They Poisoned the World”: The Corporate Cover-Up & Fightback Against PFAS, “Forever Chemicals”インタビューを聞くと、この疑問は、疑念に変わるといっても過言ではない。
Blakeは、マンハッタン計画に基づくウラニウムなどの濃縮に用いるPFAS製造がニュージャージー州のDuPontの工場で行われたことを指摘。そのうえで、DemocracyNow!のインタビューで、DuPontの工場で働いていた労働者について「呼吸困難や化学熱傷による入院が絶えなかった」と指摘。また、マンハッタン計画の検査官は、DuPontの監督者に対して、PFAS製造工場における「病気や怪我が工場内に不安が広げ、その不安が他のDuPont工場の労働者に波及」することで、他の工場からPFAS製造工場に配属させられる労働者は「悪魔の島に追放される」ような印象を持つようになっている、と警告を発していたという。
PFASの危険性に伴う問題は、労働者にだけ降りかかったわけではない。Blakeによれば、1943年頃、ニュージャージー州のDuPontのPFAS工場の風下の地域の農場で、ピーチが赤く焼けたようになってしまったり、牛が立ち上がれなくなるなどの症状がでたことが報告された。また、農家の人々の中には、育てた作物を食べて体調を崩す人も現れたという。こうした状況に直面したマンハッタン計画の担当者は、PFASの影響を農家が問題視し、訴訟に訴えれば、原爆製造に影響を与えることを懸念、1943年に秘密裏にPFASによる人体や環境への影響の調査を実施した。このことは、マンハッタン計画の担当者は、PFASに安全性の問題があることを認識していたことを示しているといえよう。Blakeは、1947年にはマンハッタン計画の内部でPFASが強い毒性を持ち、人体の血液中に蓄積されていることを把握していたと指摘している。
その後、PFASを製造していたDuPontや3Mは、独自に安全性に関する調査を実施、危険性を把握していた。しかし、製造、販売を継続。その結果、環境保護団体のNRDC (Natural Resources Defense Council)によれば、PFAS汚染に関する飲料水の調査対象となった2億8000万人分のうち1億3600万人は、汚染水を飲料として利用していることが明らかになった。また、PFASによる汚染で健康に危険なレベルの影響を受けている人は7300万人にのぼるという。こうした極めて深刻な状況は、戦時下の原爆開発に伴う極秘の研究として始まり、その後も危険性が隠蔽されてきた結果といえる。
ニュージャージー州の訴訟による汚染企業への浄化責任を問う姿勢は大切だ。しかし、訴訟を起こした州政府の関係者からは、PFASと原爆の関係やその関係が現在にまで及ぼしている影響について言及しようとしていない。原爆投下による多数の死者や放射能被曝の問題を指摘し続けなければならないこと当然だ。しかし、本稿では触れることができなかった濃縮施設建設に伴う住民の立ち退き、ウラニウム採掘で被爆した労働者、そしてPFASの開発における健康被害のような「知られざる問題」についても、「歴史から学ぶ」意識が求められているのではないだろうか。
なお、調査報道記者のMariah Blakeにインタビューを行った、DemocracyNow!の番組は、以下から見ることができる。また、文中に「和解」と表記しているが、州政府と企業が合意したことを意味している。直近の事例は、州民のコメント(パブコメ)により修正される可能性がある。
https://www.democracynow.org/2025/8/8/forever_chemicals
日米関係
原爆投下へのアメリカ人の意識、長期的な変化と属性による相違の検討
2025年8月5日
広島と長崎への原子爆弾の投下から80年がたとうとしている。日本のメディアの一部が報道したように、アメリカのNPOが実施した世論調査によると、原爆投下に対する意識は、「正当化できる」と「正当化できない」「わからない」がほぼ3分の1ずつを占めた。同様の内容を尋ねた調査は、原爆投下直後から行われている。過去80年におけるアメリカ人全体の意識変化については、性別や支持政党など、調査対象者の属性別にみると、「正当化できる」が大きく減少。一方、属性別に検討すると、女性や民主党支持者の間で「正当化できない」の割合が高い傾向が見られる。以下、こうした原爆投下に対するアメリカ人の長期的な意識変化を整理、検討していこう。
原爆投下に関するアメリカ人の意識調査を行ったのは、Pew Research Center (PRC)というNPOである。PRCは2004年に法人化されるまで、ふたつの組織が関わっていた。ひとつは、Los Angeles Times紙などを所有していたTimes Mirror Companyである。同社は、1990年に調査機関、Times Mirror Center for the People & the Press (TMCPP)を設立。もうひとつは、1948年にスタートした公共政策を中心にした調査研究機関、Pew Charitable Trusts (PRT)だ。PRTは1996年からTMCPPへの最大の資金提供者になり、TMCPPをPew Research Center for the People & the Press (PRCPP)に改称した。その後、PRCPPは、ヒスパニック系の問題を扱うPew Hispanic Centerなど、複数のイニシアチブを開始。これらのイニシアチブを統合する形で、2004年にPRCが設立された。PRTとPRCの法人格は別だが、後者は前者の子会社的な位置づけになっているPRTとPRCは、法人格上は別組織だが、PRCはPRTの資金援助を受けるなど、実質的には子会社的な位置づけにある。実際、PRCの2024年度の政府への財務報告書によると、同年度の歳入は4673万ドルで、その大半はPRTから提供された資金だ。
PRCが原爆投下に関するアメリカ人の意識調査報告書”80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified”を発表したのは、7月28日。この調査は、原爆投下に関する意識だけを尋ねたものではなく、PRCがアメリカの世論を把握するためのATP American Trends Panel (ATP)という大規模な調査に盛り込まれた回答を整理、分析したものだ。6月2日から8日にかけて行われた調査の有効回答数は5044件、このうち4884件はオンラインによる回答で、残りは電話による聞き取り調査の結果だという。なお、サンプリングエラーの割合は、1.6%と記されている。
調査では、原爆投下を「正当化できるか」尋ねている。その結果、「正当化できる」が35%と最も多かったものの、「正当化できない」も31%に達した。なお、33%は、「わからない」と回答した。日本のメディア報道の大半は、この割合の紹介にとどまっていたように思われる。しかし、PRCは、デモグラフィー、すなわち属性に基づく、回答の相違についても分析している。まず、男女別にみると、男性の間では「正当化できる」の51%に対して「正当化できない」は25%にすぎない。残りの22%の回答は、「わからない」だった。これに対して、女性の回答の割合は、それぞれ20%、36%、43%と、男性では最小の「わからない」が最も多くを占めた。
年齢については、18~29歳、30~49歳、50~64歳、65歳以上の4分類して整理分析している。「正当化できる」の割合は、それぞれ27%、29%、40%、48%と年齢が上がるほど多い。逆に「正当化できない」の割合は、44%、37%、27%、20%と若い層の方が多くなっている。政党支持との関係では、共和党または共和党系では、「正当化できる」が51%に上る反面、民主党または民主党系は23%に止まった。これに対して、「正当化できない」は、前者の20%に対して、後者は42%と、2倍以上の開きがある。
この調査では、共和党または共和党系を保守系と中道・リベラル、民主党または民主党系をリベラル系と中道保守に分けて検討している。その結果、共和党または共和党系と民主党または民主党の回答と同様な傾向がみられる。ただし、保守的な共和党ないしは共和党系では「正当化できる」が61%に達している反面、民主党または民主党系のリベラルな人々の回答のうち「正当化できない」が50%に及ぶ。このことは、原爆投下に対する意識に関して、イデオロギーの影響の強さを示唆しているといえよう。
PRCの問いは、日本への原爆投下の是非だけではない。核抑止力の必要性が主張される中で、核兵器の開発が世界やアメリカの安全にとってプラスになるのか、マイナスになるのかについても尋ねている。核兵器の開発により「世界がより安全(More safe)になる」という回答は、わずか10%にすぎない。これに対して、「世界がより危険(Less safe)になる」は69%に達している。「わからない」は21%だ。この傾向は、支持政党との関係でほとんど変化していない。共和党または共和党系では、「より危険になる」が64%なのに対して、「より安全になる」は15%に止まる。一方、民主党または民主党系では、この差がさらに広がり、それぞれ73%と6%になっている。
では、アメリカに限定した場合には、どのような考えを持っているだろうか。回答者全員では、「より危険になる」が47%なのに対して、「より安全になる」は26%にすぎない。なお、「わからない」も26%だった。ただし、支持政党別でみると、共和党または共和党系では、「より危険になる」が37%なのに対して、「より安全になる」は38%と、ほぼ同じ割合だ。一方、民主党または民主党系では、それぞれ56%と17%である。このように、世界全体とアメリカに限定した場合の核兵器開発の影響について、アメリカ人の間に差があることは事実だ。とはいえ、全体として「より危険になる」と考えている人が圧倒的なことを示している。ただし、この調査は、トランプ政権によるイランの核施設への攻撃の前に行われた。攻撃の後に実施されていれば、結果に変化が生じた可能性はある。
PRCは、2015年にも同様の世論調査を行った。原爆投下70年にあわせたものだ。この時の回答は、「正当化できる」の56%に対して、「正当化できない」は34%だった。今年の調査と比較すると、「正当化できる」大幅に減少し、「正当化できない」は、やや減ったに止まっている。「正当化できる」の減少分は、「わからない」に移ったと推察される。デモグラフィーを考慮した場合、全体としての傾向はかわらない。しかし、2015年の調査では65歳以上の7割が「正当化できる」と回答していた。今回の調査でも、年齢別に見れば、「正当化できる」割合が最も高いのは、この年齢層だ。とはいえ、48%と10年前に比べ、大きく減少。また、共和党または共和党系では、「正当化できる」が74%から51%へと激減した。
わずか10年の間に、これだけの大きな変化が生じていることは、核兵器の保持や開発に関する議論が人々の意識の変化を十分汲み取る必要性を示しているといえよう。過去10年間だけではない。世論調査会社のGallupは、原爆投下直後の1945年8月10~15日の間に原爆投下の是非について対面による聞き取り調査を行っている。回答者の85%は是とし、否と答えた人は10%に止まった。この回答には、当時のトルーマン大統領がラジオ演説で、アメリカ人の若者の命を救い、戦争終結を早める行動と述べるなど、アメリカにとってのメリットを強く打ち出したことが大きく影響しているとみられる。
実際、トルーマンのラジオ演説のトランスクリプトをみると、原爆開発における科学者らの努力を称える内容が大半だ。死傷者をはじめとした被害状況は一切示されていない。日本の敗戦が決まる前での演説なので当然といえば、当然だが、実態が知らされないまま行われた世論調査の結果をどう受け止めるべきか、慎重な検討が必要だ。その後もGallupは原爆投下に関する質問を盛り込んだ世論調査を行ってきた。2005年までの結果を見ると、回答の50%余りは、投下を認める、すなわち必要ないしは適切な行為と判断している。そして、2015年のPRCの調査でも同様な傾向が見て取れた。しかし、前述のように、今年の調査ではかなりの変化が見られている。この変化が核兵器の否定、廃絶に向かうのかどうか、座して見守るのではなく、行動が求められているといえよう。
なお、上述したPRCによる原爆投下に関するアメリカ人の意識調査報告書”80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified”は、以下から見ることができる。
https://www.pewresearch.org/short-reads/2025/07/28/80-years-later-americans-have-mixed-views-on-whether-use-of-atomic-bombs-on-hiroshima-nagasaki-was-justified/
NPO経営
トランプ大統領就任から半年、NPOの運営や活動に大きな影響を与えている政策の検討
2025年7月28日
第2次トランプ政権がスタートしてから、7月20日で半年が経過した。対外的には関税の引き上げや国際紛争への対応、対内的にはDEIの撤廃や「不法移民」への取締強化など、その大半は、バイデン政権の政策を一変させる内容だ。NPOの経営や活動に関しても、就任直後からトランプは、海外援助活動への財政支援の縮減、DEIの不当性や反ユダヤ主義への対応の必要性を掲げた大学運営への介入、省庁からのNPOへの補助金の停止など、幅広い分野で、これまでの政府とNPOの関係を大きく変える政策を打ち出してきた。一方、NPOもトランプの政策を黙って受入れてきたわけではない。訴訟や議会への働きかけ、デモや集会、市民への啓発など、さまざまな形で対応している。就任から半年を区切りとして、NPO全体の運営や活動に関わり、どのような政策が打ち出され、それにNPOがどう対応してきたのか、その枠組みや概要を整理、検討していく。
トランプの政策へのNPOの対応という表現を用いると、NPOは政府の政策に受動的に対処してきた、という印象をもたれるかもしれない。NPOとしての主体的な理念や原則はないのか、という疑問である。極めて多様なテーマを大小さまざまな形で活動として実践するNPOの性格を踏まえれば、トランプ政権に対して、NPOがセクター全体として統一した考えや行動が存在することはありえない。とはいえ、アメリカにも「NPOセクターを代表する組織」が複数存在しており、随時、「セクターとしての考え」を表明してきた。大統領選挙でトランプの勝利が確実になった直後の昨年11月7日、全米のNPOやフィランソロピー関係の団体で構成されているIndependent Sectorは、” A Statement on the 2024 U.S. Presidential Election”と題する声明を発表。NPOセクターの発展に向けた政策の実現を目指すとしたうえで、政策の優先項目として、以下の5つをあげた。以下、それぞれについて、筆者の認識も含め簡潔な説明を加えておく。
・政府内の代表権の確保
政府内にNPOの声を聴き、対応する部門を設定すること
・税制改革
健全かつ信頼されるNPOセクターの建設に必要な大規模な税制改革の実施
・寄付税制の推進
NPOの寄付に対する控除措置の納税者全体への拡大
・職員への税額控除
民間企業の従業員に認められている年金や育児に関する税制控除の導入
・賃金などの雇用関係のデータの収集
NPO職員に限定した賃金など雇用関係のデータを政府が収集、開示すること
以上から明らかなように、これらはNPOの運営や職員の処遇に関する内容だ。教育や福祉、環境など、個別の事業分野については、含まれていない。事業分野の多様性に加え、団体により理念などが異なる以上、「NPOセクターを代表する組織」とはいえ、個別の事業分野に関する政策に踏み込むことは難しい。また、5項目のうち、3項目は、税制に関連している。寄付控除のような税制面の支援が寄付の増加という形で、NPOの経営の拡充や安定に寄与するためだ。一方、税制改革や職員への税額控除の必要性については、NPOが社会を支える重要なセクターとして、税制上、適切に位置づけられていないことへの問題提起といえよう。
寄付税制の推進の具体策のひとつに、Universal Charitable Deduction (UTD)という、寄付を促進するための政策がある。納税者は、所得税の申告において、Itemizeと呼ばれる項目別に支出を提示して控除を求める方式と、Non ItemizeまたはStandard Deductionといわれる支出の明細や領収書なしに一定額の控除が認められる方式のいずれかを選択できる。Standard Deductionによって認められる控除額には、寄付による控除も含まれているとみなされている。現在、納税者の9割は、Standard Deductionを選択しており、寄付による税制上もメリットは、事実上、存在しない。そこで提唱されているのが、UTDである。過去に一時的な措置として導入され、寄付の増加が見られたという報告もある。このためNPOセクターからの要望は強かった。
7月3日に連邦議会を通過し、翌日大統領が署名した、いわゆる"Big Beautiful Bill" (H.R. 1=下院法案1号)には、このUTDが盛り込まれていた。単独の納税者の申請の場合は1000ドル、夫婦による申請では2000ドルまで控除できる仕組みだ。しかも、一時的な措置ではなく、恒久的な措置として導入されることになっ。連邦議会のJoint Committee on Taxationの推計によると、UTDの導入により、今後10年間に740億ドルもの寄付の増加が見込まれる。1ドル150円で換算した場合、11兆7000億円に及ぶ膨大な金額だ。長年にわたるNPOの要求の成果といえるが、NPOも一枚岩ではない。政府の補助金への依存度が高いNPOも数多く存在する。こうした補助金依存型のNPOは、以前から寄付控除の拡大が補助金の減少につながるとして反対してきた。
"Big Beautiful Bill"との関係でいえば、問題はさらに複雑である。全米最大のNPOのネットワーク組織といわれるNational Council of Nonprofits (NCN)は、"Big Beautiful Bill"が連邦議会を通過した7月3日、”New Tax Law Threatens Nonprofits’ Ability to Serve Communities, Warns National Council of Nonprofits”と題する声明文を発表した。このタイトルが示すように、このトランプ肝入りの法律がNPOの地域活動を行う能力にとり脅威になるという認識に立っている。UTDの導入による寄付増の反面、UTD以外に寄付を消極化させる措置が導入され、その結果、10年間に810億ドルの寄付額の減少が生じると見込まれるためである。なお、この減少額も、Joint Committee on Taxationの推計によるものだ。これらふたつの推計に基づけば、NPOへの寄付は10年間に70億ドル、毎年平均7億ドル減少することになる。なお、寄付データを集計、公表しているGiving USAによると、2024年におけるNPOへの寄付総額は5925億ドルにのぼる。
"Big Beautiful Bill"には、NPOへの課税強化を目的にした条項もあった。501c3団体として認可された大学の基金への税率引き上げは、そのひとつだ。大学の基金に対する課税措置は、第1次トランプ政権下の2017年、Tax Cuts and Jobs Act (TCJA)によって導入された。学生数500人以上、学生ひとり当たりに換算して50万ドル以上の基金をもつ大学が対象だ。課税率は、基金の規模に関わらず、基金収益の1.4%とされた。しかし、"Big Beautiful Bill"の成立により、基金の規模により税率がアップされ、最大税率は8%に及ぶ。法案提出時の21%から削減されたものの、大規模な基金を持つ大学の歳出に大きな影響を及ぼすことは必至だ。例えば、530億ドルと全米の大学で最大の基金をもつ、Harvard Universityの学内新聞、The Harvard Crimsonは、7月5日発信の”Trump Signs Spending Package Into Law, Imposing 8% Tax on Harvard’s Endowment Income”という記事の中で、Harvardの場合、年間2億ドル以上の税支出が予想されると伝えている。
Crimsonによれば、2024会計年度のHarvardの歳入に占める基金収入の割合は37%で、その8割は、資金提供者の要望に沿って支出に拘束性のある資金だ。このため、新たな課税による負担は、残りの2割余りの基金から支出せざるをえないという。今年第1四半期にHarvardは、23万ドルの資金を連邦政府へのロビー活動に投入。このうち9万ドルは、トランプ政権に近いロビー団体、Ballard Partnersに対するもので、政権への働きかけを強めていた。法案が成立の影響は、大学の一般的な運営に限定されるだけではない。大学の基金の一部は、Environmental, Social, and Governance (ESG)投資にも向けられている。パレスチナ問題に関わる学生運動などは、大学にイスラエルからの投資回収を求めてきた。Harvardなど、多額の基金を持つ大学は、この運動のターゲットになっており、大学基金への課税強化の背後には、「反イスラエル」のESGを抑え込もうとする、トランプ政権の「反ユダヤ主義」の影響が見え隠れする。
課税強化の対象とされたNPOは、大学だけではない。民間助成財団とコミュニティ財団に対しても、課税率を引き上げる条項が盛り込まれていた。これは、財団の基金の運用益に対して、それぞれの基金額に応じて増加させる、累進課税制度の導入が意図されていた。当初案では、現行の1.39%を10%まで引き上げることが想定されていたが、6月16日までの連邦上院の審議で削除された。とはいえ、助成財団への「攻撃」は、"Big Beautiful Bill"以外でも行われる可能性が高い。そのひとつは、Diversity, Equity, and Inclusion (DEI)に関連する措置だ。トランプは就任翌日の1月21日に” Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity”という大統領令を発令。DEIを公民権法に違反するとしたうえで、民間セクターにおける廃止を促すと表明。助成財団の多くは、特定の人種やジェンダーの人々への支援などを行うNPOに財政支援を提供している。これが違法とみなされれば、マイノリティなどへの助成は事実上、不可能になる。
税制関連以外にも、"Big Beautiful Bill"には、NPOにとって極めて重要な内容が含まれていた。“Terrorist Supporting Organizations”から税制優遇措置を剥奪する規定だ。この規定の問題は、財務長官の恣意的な判断により、裁判などの法的なプロセス抜きに、501c3団体としての資格を取消すことができる。しかも、財務長官は、取消しの根拠を示す必要がない。なお、NPOの税制優遇措置の認可を行うInternal Revenue Service (IRS)は、連邦政府の財務省の一機関である。その長の財務長官の判断で、“Terrorist Supporting Organizations”とみなされれば、税制優遇措置が剥奪されることになる。この条項は、トランプの就任以前に、連邦下院に提出されていた法案(H.R. 9495=下院法案9495号とその前身のH.R.6408=下院法案6408号)のコピーといえる。
これらの法案に対しては、2024年に提出された時点からNPOの多くが反対の意思を表明してきた。同年11月15日には”We Oppose H.R. 9495”と題する共同声明を発表。この声明には、前述のIndependent SectorとNCNに加え、助成財団の全米組織Council on Foundationsとフィランソロピー関係の地域組織などの連合体United Philanthropy Forumが名を連ねており、幅広いNPO関係者の間に懸念が共有されていたことがわかる。その後、H.R. 9495は11月21日に下院本会議を通過したものの、上院での審議が進まず、不成立に終わった。にもかかわらず、"Big Beautiful Bill"に盛り込まれたことに、NPOは強く反発、法案からの削除を求めた。その結果、5月19日までに連邦議会は、“Terrorist Supporting Organizations”から税制優遇措置を剥奪する規定を法案から除外することになった。
NPOの運営や事業への影響は、上記の税制に関連した直接的なものだけではない。"Big Beautiful Bill”の成立にともなう連邦政府事業の予算削減や実施方法の変更によって生じる変化が及ぼす可能性が指摘されている。その最たるものは、低所得者向けの医療補助Medicaidや食糧支援事業のSupplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)だ。現在、Medicaidの受給者は7100万人、SNAPも4200万人にのぼる。このふたつの政策には、予算削減に加え、受給資格の変更を盛り込まれた。Medicaidについては、19歳から64歳までの年齢層の場合、月に80時間の就労が求められることになった。SNAPについても、18歳から54歳に限定されている一定の就労要件を、55歳から64歳までの年齢層にも拡大される。これらの条件を満たせない人は、受給が認められず、セーフティネットから抜け落ちてしまう。その結果、NPOは増大するニーズに、限られた政府の資金援助で対応することに迫られる。
トランプ政権下でNPO全体にネガティブな影響を与える可能性があるのは、"Big Beautiful Bill"に基づく措置だけではない。Public Service Loan Forgiveness (PSLF)のNPOへの適用除外は、そのひとつだ。PSLFは、連邦政府の奨学金の受給が卒業後10年間、政府機関やNPOで働いた場合、奨学金の返済を免除する制度だ。トランプは3月7日、”Restoring Public Service Loan Forgiveness”という大統領令を公布、「不法移民」や「テロリズム」の支援などに関わる団体をPSLFの就労先から除外する考えを表明した。しかし、PSLFは、連邦議会が制定したCollege Cost Reduction and Access Act of 2007に基づくため、大統領令で変更することはできず、議会による立法措置が必要となる。なお、現在、連邦政府の奨学金の返済義務を持つ元学生は3400万人、このうちPSLFを利用者は100万人とみられる。PSLFからの除外は、NPOにとって将来のリーダー候補を確保する機会の減少も意味している。
このように、トランプ政権の政策は、NPOの運営や事業に大きな影響を与えており、今後、その影響はさらに拡大していくとみられる。例えば、カリフォルニア州のシリコンバレーの南にあるCommunity Foundation for Monterey Countyは、地元のNPOの財政状況の見通しに関する調査を実施。5月に発表した”Impacts on the Local NonProfit Community”と題する報告書によると「現在の財源が信頼できるかどうか」という質問に対して、「強く信頼できる」と「信頼できる」は、5月25日現在では全体の20%と止まった。半年前の11月24日には、この割合が45%に達していた。また、「政府資金を受けている場合の事業継続への影響」を問われたことに対して、「現状と同じレベルで実施」という回答は15.5%に止まった。限られた地域のNPOに対する調査とはいえ、政府資金の削減や廃止への懸念の大きさを示しており、トランプの政策のを継続して見守る必要性を感じさせる。
なお、NCNは、NPOに影響を及ぼすトランプの大統領令に関するサイト”The Impacts of the Recent Executive Orders on Nonprofits”を開設している。DEIや移民など、大統領令の分野別に整理しているだけでなく、連邦政府資金に対するNPOのチェックリストなど実務的な内容なども含めて公開しており、以下から見ることができる。
https://www.councilofnonprofits.org/impacts-recent-executive-orders-nonprofits
反戦平和
イスラエルのガザ攻撃停止求める学生らの運動、トランプ政権下でも多様な形で継続
2025年7月25日
対外的には国際協調からアメリカ第一主義、国内的にはDEIや移民などの政策の転換に見られるように、トランプが大統領に就任した今年1月以降、アメリカの政策は一変した感を禁じえない人も少なくないだろう。とはいえ、バイデン政権から継続されている政策もある。パレスチナのガザ地区におけるイスラエルの攻撃に対する、両大統領の強い支持の姿勢は、その最たるものといえる。イスラエルの攻撃を「ジェノサイド」と糾弾、アメリカの親イスラエル政策に反対する学生の活動が全米に広がったのは昨年春から夏にかけて。しかし、トランプによる大統領令の発布や大学へ補助金停止などの圧力により、大学も強硬姿勢に転じ、キャンパスにおける運動は、消滅したかのように見える。しかし、裁判闘争やハンガーストライキ、投資回収運動、そして労働組合との連携など、多様な形態の運動が、確実に続いている。
イスラム武装組織ハマスがイスラエルを急襲、1000人を超える人々を殺害してから20日後の2023年10月27日、イスラエルは、ガザ地区への空爆を開始。その後、戦闘は、一時的な停止はあったものの、今日まで続いている。このガザ戦争に対して、全米各地で、即時停戦を求める運動が拡大。その形態のひとつに、学生による大学の建物の占拠やキャンパス内にテントを張り、泊まり込みで抗議活動を行うEncampmentがあった。2023年10月20日にカリフォルニア州のStanford Universityから始まったといわれ、11月に入るとロードアイランド州にあるBrown Universityで学生が大学の建物を占拠し、逮捕者がでるなど、事態は激化。同年5月7日のBBCの” Columbia University cancels main graduation amid protests”と題する記事によると、運動が広がった4月中旬以降、全米45州と首都ワシントンにある140近い大学で抗議行動が展開された。なお、BBCは、この記事の中で、AP通信の集計として、2500人余りの学生が逮捕されたと伝えている。
4月中旬以降の運動の拡大を牽引したのは、ニューヨークのマンハッタンにあるColumbia Universityだ。同大学では2024年4月17日、学生がGaza Solidarity Encampmentと呼ぶ約50のテントを設営。大学側は翌18日、テント撤去のため、ニューヨーク市警の機動隊を導入した。学生は、これに反発し、新たに加わった学生とともに、改めてテントを設置するなどして、抵抗の姿勢を示した。その後、大学側は、学生の要求に対して、協議の場を設定し、話し合いが行われた。その一方、学生は、Hamilton Hallという建物を占拠、ガザでイスラエル軍に殺害された6歳の少女Hind Rajabを追悼する意味からHind's Hallと呼び、占拠を続けた。これに対して、大学側は、再度、市警の機動隊を導入、100名を超える学生らが逮捕される事態に至った。
2017年の第1次政権の成立時から、トランプは、親イスラエルの政策を打ち出していた。2018年と19年に連邦議会に提出された、Anti-Semitism Awareness Actは、その一例だ。これらの法案では、” Anti-Semitism”(反ユダヤ主義)の定義をイスラエル(政府)やシオニズムへの批判も含めるとしており、人権団体などから批判が出されていた。法案は未成立に終わったものの、トランプは2019年12月11日、” Combating Anti-Semitism”と題する大統領令(Executive Order 13899)に署名、公布した。第2次政権を発足させてから間もない2025年1月28日、トランプは、“Additional Measures to Combat Anti-Semitism”というタイトルの大統領令(Executive Order 14188)に署名。” Additional Measures” とあるように、2019年の大統領令に新たな内容を追加したものだ。具体的には、ガザ戦争開始後に大学などで反ユダヤ主義の行動をとった学生や大学への強い措置を明言。さらに、外国籍の学生については、関係する法律に基づき対応する方針を示した。
第2次トランプ政権において、トランプは、HarvardやColumbiaをはじめとした大学に対しては補助金の凍結、学生に対しては永住権やビザを保持していても逮捕、拘留、国外追放などに処する動きを進めてきた。大学に対する措置は、DEI (Diversity, Equity, and Inclusion)を違法と見なしものも含まれるが、大統領令の定義による反ユダヤ主義を根拠にして、大学における親パレスチナ活動の禁止やイスラエルのガザ攻撃に批判的な教員や学生をキャンパスから追放するように求める主張につながっている。学生については、「不法移民」の取締を行うU.S. Immigration and Customs Enforcement (ICE)を動員、令状がないまま尋問、逮捕、拘束し、長期間留置する事態が相次いだ。こうした動きに対して、移民の権利擁護や人権問題に関わるNPOなどは、一斉に非難。訴訟や抗議活動の形で、トランプ政権と対峙している。
トランプ政権が標的にしたのは、HarvardやColombiaなどの「有名校」だ。反ユダヤ主義やDEIを名目に非難を強めるトランプに対して、Harvardは裁判に訴え、抵抗。一方、Columbiaは、学生を処分したうえ、政権側と協議を進めていた。その結果、7月23日、Columbiaは、3年間に2億ドルの罰金を政府に支払うことで合意したと発表。また、雇用差別を扱う政府機関による宗教に基づくハラスメントに関する訴訟についても、2100万ドルを支払うことになった。このふたつを合わせると、2億2100万ドル、日本円に換算すると330億円を超える膨大な額だ。しかし、この結果は、Columbiaの全面的な敗北を意味するものではない。大学による反ユダヤ主義に基づく入学上の差別への嫌疑は不問にされ、大学における学問の自由も保障された。また、政権との合意書には明示されていないものの、大学側は、凍結されていた4億ドルの研究助成金と年間13億ドルの交付金が支出されることになると見込んでいるようだ。
大学で親パレスチナ運動に関わった外国人学生に対して、トランプ政権は、大統領令を根拠に、国外追放による対処を目指してきた。その象徴といえるのが、Mahmoud Khalilの逮捕、拘留である。2024年春のColumbia大学におけるイスラエルのガザ攻撃に反対する運動の中心人物のひとりだ。シリア生まれのアルジェリア系パレスチナ人で、留学生として渡米。結婚を通じてすでに永住権を取得していたKhalilに対してICEは、今年3月8日、マンハッタンの自宅のアパート付近で逮捕した。その後、ニュージャージー州の拘置所をへて、ルイジアナ州の拘置所、LaSalle Detention Centerに移送。この措置に対して、Khalilは、ニュージャージーに戻すよう求めたものの、聞き入れられなかった。
Khalilは、なんらかの犯罪を問われたわけではない。1952年の移民法が規定する「対外政策において、国家の利益に反する深刻な結果を招く可能性」があるという理由で、保守的地域の裁判所の判断で国外退去されるとの見方が強かった。実際、ルイジアナ州の移民裁判所では、国外退去を認める判断が示されていた。しかし、裁判の管轄権がニュージャージー州にあるとした連邦地方裁判所のMichael Farbiarz判事は6月20日、ルイジアナ州の拘置所に対して、Khalilの釈放を命じた。逮捕から釈放までの期間、Khalil を支援する動きが各地に拡大。また、American Civil Liberties Union (ACLU)やCreating Law Enforcement Accountability & Responsibility (CLEAR), and the Center for Constitutional Rights (CCR)などのNPOの法律事務所の支援を提供していた。Khalilは7月10日、3加越余りの不当な拘留によって苦痛を被ったとして、ICEなどに2000万ドルにのぼる補償を求める訴えを起こした。
即時停戦を求める親パレスチナ運動の象徴的な存在、Khalilが釈放されたことは、運動側にとっては大きな勝利といえる。しかし、ひとりの活動家の自由が確保されたことで、運動に関わる、あるいはパレスチナ系とみなされる人々に安堵の時が訪れたとはいえない。7月7日発信のThe Guardianは、”Palestine Legal's 50% Increase in Requests for Legal Support Last Year”と題する記事を掲載。ここで示されたPalestine Legalは、Khalilの支援団体のひとつである。“A New Generation for Liberation: Historic Student Protests Defy University Crackdowns”というPalestine Legalが発行したレポートに基づいた記事は、Palestine Legalに寄せられた支援要請が急増している実態を報告。2024年の支援要請が2000件余りと、23年の55%増、22年に比べると600%も増加したと伝えている。なお、支援要請のうち、親パレスチナの運動に関連したものが3分の2を占め、要請者も大学だけでなく、小学校から高校まで及び、その大半は、パレスチナ系に加え、アラブ系やムスリム、その他マイノリティからだという。
警察力を背景にして、キャンパスからEncampmentが一掃されたものの、学生らによるイスラエルのガザ攻撃の即時停止を求める活動は続いている。そのひとつは、ハンガーストライキ(以下、ハンスト)だ。ガザ地区における危機的な飢餓状況を訴える手段でもある。パレスチナ問題に特化したニュースサイト、Mondoweissは5月20日発信の”Students across the U.S. are going on hunger strike as Israeli-engineered famine takes hold in Gaza”と題する記事で、全米各地で学生によるハンストが広がっていると報じた。そのひとつで、Encampmentを開始したとされるStanfordでは、Stanford Hunger Strikers for Justice in Palestineという団体が4項目の要求を掲げて実施したハンストについて紹介している。この4項目とは、Stanford Universityの資産の使途の公開や大学内の表現の自由を求めた内容などだ。
なぜ、大学の資産の使途について公開を求めたのか。イスラエルへの投資に用いられているのではないか、という疑念からだ。この疑念は、投資回収運動に関連している。1980年代に、アパルトヘイトと呼ばれる人種隔離政策で黒人差別を行ってきた南アフリカに投資を行っていた企業に、撤退を求めた運動は、その代表例といえる。南アフリカに対するほどの影響力には至っていないものの、世界各地でパレスチナにおけるイスラエルの軍事行動や人権侵害に反対する運動の一環として、投資回収の重要性が訴えられている。アメリカでは、20年前にPalestinian BDS National Committee (BNC)が設立され、学生組織とも連携して、活動を進めている。なお、BDSはBoycott, Divestment, Sanctionsの3つの単語の頭文字を取った略語で、イスラエル製品の不買、イスラエルからの投資回収、イスラエルへの制裁の要求を一括したことばである。なお、ColumbiaにもBDSに取り組む学内組織が存在し、前述のKhalilも参加していたと報じられている。
学生による親パレスチナ運動との関係で、重要な位置を占めているのが、労働運動からの支持である。イスラエルのガザ攻撃直後から、親パレスチナの労働組合を中心にした活動が行われていた。この動きは、攻撃開始から4か月後の2024年2月には、大手の単産も参加した全国組織の結成につながった。American Postal Workers Union (APWU)やAssociation of Flight Attendants (AFA-CWA)、 International Union of Painters and Allied Trades (IUPAT)、National Education Association (NEA)、National Nurses United (NNU)、United Auto Workers (UAW)、United Electrical Workers (UE)などの労働組合による、National Labor Network for Ceasefire (NLNC)を結成がそれだ。NLNCは、ガザ地区における戦闘の即時停止を大統領や議会に停戦を求めるだけではなく、Khalilの逮捕への抗議や即時釈放の要求、Columbiaの労働組合の指導者への処分など、大学の学生や組合員と連携し、大学に抗議する声もあげている。
こうしたNLNCの動きの背景には、教員の授業や研究のアシスタントとして大学に採用されている大学院生の多くが労働組合員になっていることに関係している。Encampmentなどの活動に関わる中で、逮捕される組合員が増加。労働組合として支援の必要性が認識されていったといえよう。National Center for the Study of Collective Bargaining in Higher Education and the Professions (National Center)が2024年9月に発表した”Directory of Bargaining Agents and Contracts in Institutions of Higher Education”という報告書によると、過去数年間に大学院生の組織化が急速に拡大。2024年1月現在で、アカデミックワーカーと呼ばれる、教員のアシスタントなどの仕事に従事しながら大学院で学んでいる学生の38%は労働組合に加入しており、その数は15万人に及ぶという。アカデミックワーカーの多くは、BDSをはじめとした親パレスチナの活動に関わり、学生と労働組合の橋渡し役として、労働運動に国際的、社会的な視点を取り込むうえで、大きな役割をはたしているといえよう。
メディア報道では、大統領も議会も、親イスラエル一色のように見えるものの、世論は、大きく変わりつつある。世論調査会社のGallupが3月6日に発表した調査結果によると、イスラエルとパレスチナのどちらに親しみを感じるかという問いに対して、前者の51%に対して、後者は33%だった。その差は16ポイントにのぼるが、2021年当時の13%以来最も小さな差になっている。短期的に見ても、ガザ戦争前の2022には、親イスラエルの55%に対して、親パレスチナは26%に留まっていた。イスラム武装組織ハマスによるイスラエル攻撃に伴う、大統領や議会が反パレスチナの動きを進める中で、親イスラエルの意識が低下し、パレスチナに親近感を持つ人が増えたことは、驚きに値する。その理由をすべて学生や労働者の親パレスチナの活動に帰することはできないものの、一定の役割を果たしたことは確かだろう。
なお、上述のStanford Hunger Strikers for Justice in PalestineのハンストやイスラエルへのBDSを訴える要求を掲載したMondoweissの記事は、以下から見ることができる。
https://mondoweiss.net/2025/05/hunger-is-our-weapon-against-injustice/
公共政策
連邦議会が歳出撤回法案を可決、公共放送の事業・運営への打撃に懸念や批判相次ぐ
2025年7月20日
連邦議会は7月17日、Rescissions Act of 2025を可決、トランプ大統領に送付した。この法案は、大統領の要請に基づき、すでに議会が承認していた連邦政府の歳出の一部を撤回するための措置で、署名は確実とみられる。撤回される歳出は、約94億ドルにのぼる。承認時に主な歳出先とされたのは、対外援助や公共放送などに関する機関だ。対外援助については、トランプ政権が発足した今年1月から議論になっていた。公共放送については、5月に発出された大統領令を受けて、連邦議会の上下両院が審議を開始。各地のテレビ局とラジオ局への補助金の原資となってきた歳出が撤回されれば、農村や先住民などのマイノリティの社会に大きな影響が出るのは必至とみられ、局の運営団体や地域住民などから懸念や反発の声が広がっている。
歳出撤回の対象となった公共放送の運営団体は、Corporation for Public Broadcasting (CPB)。ジョンソン政権下の連邦議会が1967年に制定した、Public Broadcasting Actに基づき設立された団体だ。Corporationという単語がついているものの、企業ではなく、NPO(501c3団体)である。また、Public Broadcastingの前にforがついていることが示唆しているように、CPBは、自らテレビ局や放送局などをもち、番組制作を行う団体ではない。各地のテレビ局やラジオ局に補助金を提供することが主な役割で、いわば公共放送機関への助成財団的な存在だ。CPBのウェブサイトの資料によると、補助金を受給しているテレビ局は 158 、ラジオ局は386。受給団体から他の局に補助金が提供されるため、全米で365のテレビ局と1216のラジオ局がCBPの補助金を受けていることになる。なお、テレビ局はPublic Broadcasting Service (PBS)、ラジオ局はNational Public Radio (NPR)というネットワーク組織を形成、加盟局はそれぞれ独立したNPOだが、連携して番組制作や資金調達などを行うこともある。
CPBのウェブサイトによると、2025会計年度に連邦政府から受けている資金は5億3500万ドル。その約半分に当たる2億6700万ドルはPBS傘下のテレビ局、8300万ドルはNPRのラジオ局に提供される。また、テレビ局やラジオ局の製作費への補助金などもあり、CPBの運営費は歳出全体の5%弱の2600万ドル余りに留まる。なお、連邦政府からの資金は、2年ごとに予算編成が行われる。Rescissions Act of 2025によるCPBへの歳出削減は、10億ドルと報じられている。これに対して、上記のように2025会計年度の連邦政府資金が5億3500万ドルとあるのは、報道の数字が2年分であるのに対して、CPBの会計が単年度で示されているためだ。
第2次トランプ政権の発足後、連邦政府歳出の執行停止や撤回の動きが相次いでいる。Rescissions Act of 2025にも盛り込まれ、日本でも大きな話題となった対外援助活動を支援する連邦政府機関、United States Agency for International Development (USAID)による対外援助資金の凍結は、そのひとつだ。USAIDへの資金凍結に先立ち、トランプ大統領は就任当日の1月20日、Reevaluating And Realigning United States Foreign Aidと題する大統領令を発令。さらに、2月6日には、”Memorandum For The Heads Of Executive Department And Agencies”というタイトルの指示書を発表した。このMemorandumの中で、政府が多額の資金をNGOに提供しているものの、その多くが国家の安全保障にマイナスになる活動を行っていると批判。国益に反する活動への資金提供を停止するとして、連邦政府機関に、資金提供先のNGOへの調査を命じたのである。ただし、国益に反する活動の定義や具体例は提示されていない。
同様の動きは、CPBに対しても行われた。5月1日に発令された大統領令、”Ending Taxpayer Subsidization of Biased Media”がそれである。この大統領令でトランプは、CPB
が設立された当時と異なり、今日のメディア環境は豊富で多様、革新的なニュースオプションで満たされているとして、「ニュースメディアへの政府の資金提供は、時代遅れで不必要であるだけでなく、ジャーナリズムの独立性を損なう」と指摘。さらに、公的資金が投入されているいるにも関わらず、PBSとNPRは、公正かつ正確、公平な報道を行っていないと批判、CPBの理事会に対して、PBSと NPRへの補助金を停止するように求めている。この大統領令に先立ち、トランプは、CPBの理事5人のうち3人の解雇を要求。しかし、CPBの理事会は4月28日、大統領に解雇を求める権限はないとして、裁判に訴えていた。なお、5人の理事を党派別で見ると、共和党がふたり、民主党が三人である。議長は2018年にトランプが指名した共和党員だ。
このように、政権とCPBの対立が深まる中で、トランプは6月3日、法律上の規定に基づき、連邦議会に対して、CPBへの歳出を撤回させるように要請した。その3日後の6月6日、共和党の下院議員5人が連邦議会にRescissions Act of 2025を提出。わずか6日後に、賛成214、反対212で法案を可決した。上院では、一部の共和党議員が反対に回ったうえ、修正案が盛り込まれ、採決では50対50の賛否同数になった。しかし、上院議長を兼ねるバンス副大統領の一票によって、賛成が51となり、共和党は、法案の成立にこぎつけた。その後、上下両院で法案が一本化され、7月18日に大統領の署名を受けるため、ホワイトハウスに送付された。7月20日現在、トランプ大統領は、法案に署名していないが、要請者であることを考えれば、署名は確実とみられる。
Rescissions Act of 2025が連邦議会を通過する直前の7月14日、CPBは、”Majority of Voters Trust Public Media More than Media Overall and Highly Value Core Services and Programs”と題する世論調査結果を発表した。6月29日から7月1日にかけて、世論調査会社のPeak Insightsを通じて、全米の有権者1000人を対象にして実施された調査だ。その結果、CPBの中心的な放送事業である、PBSとNPRのニュースプログラムについては60%が高く評価。また、地域に関する番組と子ども向けの教育プログラムについては66%の回答が高評価だった。さらに、災害時の緊急情報の提供に関しては、回答者の82%が高い評価を与えていた。なお、CPBに対する連邦政府の補助金の全面削減については、53%が反対と回答。賛成は、44%に留まった。
前述のように、5月1日に発令された大統領令でトランプは、CPBを通じたNPOの公共放送機関への補助金に否定的な理由として、放送環境の変化やPBSとNPRに加盟するテレビやラジオ局の政治的偏向などをあげている。しかし、広大なアメリカでは、商業ベースのテレビやラジオ、新聞を通じた情報が十分提供できていない地域も少なくない。また、インターネットへのアクセスが困難な地域や人々もいる。CPBのPBSとNPRへの補助金の半数近くは、農村地域のテレビ局やラジオ局に対するものだ。その結果、PBSとNPRによる公共放送は、アメリカの住民の99%がアクセスできる状態を生み出している。また、CPBの世論調査によれば、政治的偏向については、回答者の3分の2(64%)は、第三者の監視機関の設置を支持しており、偏った報道について制度的な対応による改善を求めていることがわかる。
PBSとNPRは、ニュース専門の公共放送機関ではない。上記のように文化や活動を紹介するローカル番組やSesami Streetなど子ども向けを中心にした教育プログラム、さらに災害情報の提供機関としての役割も担っている。これらの番組やプログラムには、概ね3分の2程度の有権者がプラスに評価。また、公共放送の特色として、コマーシャルが入らない番組を支持する割合も高い。このような世論を意識してだろう。CPBは7月18日、プレスリリースとしてPatricia Harrison会長兼CEOの声明を発表した。Rescissions Act of 2025の連邦議会通過が「深刻かつ長期にわたるネガティブな結果をすべてのアメリカ人にもたらす」と指摘、連邦政府の資金がなければ「地方の公共ラジオ局やテレビ局が閉鎖に追い込まれる」という見通しを示した。そのうえで、「より信頼される公共放送は、連邦政府の支援と建設的な改革の継続によってのみ達成される」として、法案通過を批判した。
では、連邦政府の財政支援抜きに、アメリカの公共放送は成り立たないのだろうか。CPBによれば、PBSとNPRの歳入に占めるCPBを通じた政府資金の割合は、全体の8分の1程度の12.9%。この数字だけをみると、政府資金抜きで公共放送の継続は可能と考えるかもしれない。しかし、PBSとNPRに加盟している1500余りの放送局は、それぞれ独立したNPOで、経営状況は多様だ。例えば、先住民のコミュニティ向け59のラジオ局と3つのテレビ局をネットワークしているNative Public Media(本部:Flagstaff, Arizona)の会長兼CEOのLoris Taylorは、団体のウェブサイトに掲載した”When a Station Goes Dark, We Lose”と題する声明文の中で、傘下の局は、片田舎の経済的に恵まれない地域にあり、新聞や商業テレビ局の電波が届かない150万の人々向けに放送を提供していると主張。連邦政府によるCPBへの歳出が撤回されれば、公共放送の中でも最初にネガティブな影響を被ることになると述べている。
CPBの元本部職員が運営しているSemiPublicという公共放送に関する情報サイトは、トランプの大統領令、”Ending Taxpayer Subsidization of Biased Media”が公布された直後の5月9日に掲載した”Here Are the Public Media Stations Most at Risk”というタイトルの記事において、CPBからの補助金への依存度高い公共放送団体10カ所を提示している。2023年会計年度のデータに基づいて作成されたもので、トップのKCUW(本部:Pendleton, Oregon)の依存度は98%にのぼる。次いで、KUHB(同:St. Paul, Alaska)の97%、KSHI(同:Zuni Pueblo, New Mexico)の95%、KNSA(同:Unalakleet, Arkansas)の91%、KSDP(同:Sand Point, Arkansas)の87%となっている。SemiPublicによると、これらを含むトップ10の視聴者や聴取者の大半は先住民や黒人だという。すなわち、CPBへの歳出撤回は、こうした情報弱者にとって必須な情報源を奪い取ることに他ならない。
Rescissions Act of 2025の採決において、共和党からふたりの上院議員が反対票を投じた。そのうちのひとり、アラスカ州選出のLisa Murkowski議員は、法案の採決直後に”Murkowski Speaks Out on Rescission Package”と題する声明を発表。反対票を投じた理由として、「地元のラジオ局は、アラスカをはじめとした全米で重要なニュース、災害情報や教育番組を提供している」と指摘。とりわけ採決前日の7月16日にアラスカを襲ったマグニチュード7.3の地震を例に挙げ、災害情報の提供を行うラジオ局の役割の重要性を訴えた。
地球温暖化の影響もあり、世界各地で大規模な災害が発生し、その被害はアメリカ国内にも及んでいる。7月初めにテキサス州を襲った豪雨と100名を超える死者は、その一例だ。公共放送の情報提供は、災害の被害を防止することにつながる。地域情報を発信する公共放送への財政的なダメージは、人々の財産と生命を危険にさらしていくのではないだろうか。なお、上述の”Majority of Voters Trust Public Media More than Media Overall and Highly Value Core Services and Programs”と題する、CPBが実施した世論調査の結果は、以下から見ることができる。
https://cpb.org/pressroom/New-National-Poll-Majority-Voters-Trust-Public-Media-More-Media-Overall-and-Highly-Value
人権問題
反LGBTQ+の動きの拡大、Pride Monthに影響も権利擁護団体に多額の寄付
2025年7月16日
今年1月に大統領に就任したトランプは、LGBTQ+の人々の人権を制約あるいは否定する大統領令を複数発してきた。また、全米の州議会には、多数の反LGBTQ+法案が提出され、すでに一部が成立。さらに、LGBTQ+へのヘイト行為も急増し、6月までに権利擁護団体に寄せられた支援を求める声は、2024年1年間の件数を上回っているという。こうした動きは、LGBTQ+の人々が自らの誇りを示す、Pride Monthのイベントへの企業寄付の減少も含め、社会全体に広がりを見せている。とはいえ、LGBTQ+関係のNPOなどは、沈黙しているわけではない。大統領令やLGBTQ+団体への補助金取消しなどに対して、訴訟を展開、勝訴に導いた例もある。このようなLGBTQ+団体には、多額の寄付が寄せられており、かつてのように反LGBTQ+の制度や動きに抵抗していく、闘う運動の必要性を指摘する声もでている。
LGBTQ+(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Queer/Questioning, Intersex, Asexual, and moreの略語)の人々の権利擁護や公平な処遇を求めて、アドボカシーや教育活動に関わっている法律関係者の全米ネットワーク、National LGBTQ+ Bar Association and Foundationは、Trump Anti-LGBTQ+ Executive Order Litigation Tracker(以下、Trucker)というプログラムを実施している。これは、トランプ大統領が公布した大統領令のうちLGBTQ+の人々に関連するものを取り出し、その概要や大統領令に反対する訴訟について整理したものだ。Truckerによると、第2次トランプ政権下で発出されたLGBTQ+の人々にネガティブな影響を与える大統領令は、以下の6つ。なお、大統領令には番号が付けられている。( )内の数字は、それぞれの大統領令の番号を意味している。なお、2)と3)は、DEI (Diversity, Equity, and Inclusion)に関する措置なので、LGBTQ+の人々だけを対象にしているわけではない。また、いずれの大統領令に対しても、裁判が起こされているため、公布された内容の施行状況は、流動的である。
1) 出生時の性別に基づきジェンダーを男性と女性だけに限定させる措置
“Defending Women from Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government” (Executive Order: #14168)
2) 連邦政府機関内のDEIを禁止する措置
“Ending Illegal Discrimination And Restoring Merit-Based Opportunity” (Executive Order: #14173)
3) 行政管理予算局(OMB)に政府のDEIプログラムを全廃させることを求める措置
“Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing” (Executive Order: #14151)
4) トランスジェンダーの男性を女性スポーツから除外させる措置
“Keeping Men Out of Women’s Sports” (Executive Order: #14201)
5) トランスジェンダーの人々を軍隊から除外するように国防総省に求める措置
“Prioritizing Military Excellence and Readiness” (Executive Order: #14183)
6)19歳未満の人々にジェンダーを考慮した医療や社会サービスの提供を禁止する措置
“Protecting Children from Chemical and Surgical Mutilation” (Executive Order: #14187)
トランプの大統領令だけではない。反LGBTQ+の動きは、州議会を通じて、全米に拡大しているのである。さまざまな人権問題を扱う、NPOの法律団体American Civil Liberties Union (ACLU)は、2018年度から全米各州の議会における反LGBTQ+法案の提出や成立状況を示すサイトを開設した。同性婚を合憲とする連邦最高裁判所の判決がだされた2015年以降、反LGBTQの動きが拡大したことに対して取られた措置だ。それによると、2025年度に(首都ワシントンやプエルトリコなどを含む)各州に提出された反LGBTQ+法案は、7月11日現在で598件にのぼる。州別に見ると、最も多くの法案が提出されたのはテキサス州の88件で、2番目のミズーリ州の38件を大きく引き離している。なお、最も少ないのは、バーモント州で0件だ。全米の州議会に提出された法案のうち、236件は否決されたものの、67件が成立。ACLUは、これらの法案の成立を防ぐ活動を行っているが、成立した場合は、裁判に訴えている。
大統領や州議会の動きは、必ずしも世論とかけ離れているわけではない。例えば、Associated Press-NORC Center for Public Affairs Researchが5月1日から5日にかけて全米の成人1175人を対象に実施した聞き取り調査によると、トランプ大統領への支持率は41%にすぎなかった。しかし、トランスジェンダーに関する政策に限定すると52%が支持すると回答。支持政党別で見ると、民主党支持者の間では19%に留まるが、支持政党なしの人々では48%に達している。共和党支持者の90%は、トランプのトランスジェンダー政策の賛同者だ。性別を出生時の男女に限定すべきという考えについても、生物学的特徴に基づくべきという考えが回答者全体の68%を占めている。この割合は、民主党支持者の間では44%と過半数を下回るが、支持政党なしでは74%、共和党支持者では89%にのぼっており、トランスジェンダーへの否定的な見方が強いことがわかる。
LGBTQ+の権利擁護を進めるLambda Legalは6月26日、”Record-Breaking Surge in Help Desk Requests Related to Anti-LGBTQ+ Discrimination Post-Trump”と題するプレスリリースを発表した。その中で、このNPOの法律団体は、LGBTQ+への差別を受けたとしてヘルプデスクに支援を求める件数が急増したと指摘。昨年1年間の支援要請件数を上回る4300件余りの声が寄せられたという。支援要請の件数は、第2次トランプ政権発足後2カ月間に際立って多く、前年同期比では4倍に達した。州別に見ると、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス、イリノイ、ワシントンからの要請が多かった。一方、通常、要請がほとんどないミネソタやロードアイランド、ネブラスカ、ユタなどの州からも支援を求める声が相次いだ。支援要請の79%は、トランスジェンダーへの差別に対するもので、前年の44%から35%も増加した。上記の6つの大統領令は1月20日から28日の間に公布されており、それがトランスジェンダーへのヘイトを増大させた可能性がある。
1970年、LGBTQ+の団体は、ニューヨークやサンフランシスコ、シカゴなどの全米主要都市に加え、ロンドンなどの海外も含め、自らの権利と文化を主張するイベントを実施した。前年の6月、「ゲイバー」への不当な取締りに反発したLGBTQ+の人々が起こした、Stonewall Uprisingの1周年記念としての開催だ。このイベントは今日、毎年6月をPride Monthに設定し、WorldPrideというイベントとして実施されている。アメリカの企業社会は、2000年前後からPride Monthへの支援を開始。2015年に同性婚の合憲化判決が連邦制高裁から出されると、「イベントの華」ともいえるパレードに相次いで、企業名を掲げたフロートを登場させた。この光景は、LGBTQ+がアメリカ社会にしっかり根付いたかのようなイメージを与えたといえよう。
しかし、今年は、様相が変わった。5月31日発信のAP通信の記事、”Pride events face budget shortfalls as US corporations pull support ahead of summer festivities”によれば、ニューヨークでは75万ドル、サンフランシスコでは20万ドル、カンザスシティでは30万ドルなど、いずれも多額の予算不足が生じたというのだ。これ以外の都市におけるPride Monthも、軒並み40~50%も企業寄付が減少した、と記事は伝えている。Pride Monthのような特定の人々に対する企業の支援への好感度が減少したことに原因を求める声もある。しかし、Pride Monthに関していえば、反LGBTQ+団体やインフルエンサーなどからの強い批判がでてきたこと、そしてトランプ政権によるトランスジェンダーをはじめとしたLGBTQ+やDEIを否定する動きが最も大きな影響を及ぼしたことは確かだろう。
LGBTQ+団体にとっては、トランプにより冷や水を浴びせられたともいえる。だが、トランプへの反発だけでなく、お祭り化したPride Monthに見切りをつけ、原点に戻ってLGBTQ+の権利擁護運動を進めるべきだという声もでてきた。権利擁護を進める運動は、多額の寄付となって、報われつつある。例えば、上記のLambda Legalは、トランプ政権などによる反LGBTQ+の動きに対抗するための募金活動、“Unstoppable Future”キャンペーンを実施。6月5日に発表したプレスリリースによると、2億8500万ドルもの資金を調達したという。自ら設定した目標を1億ドル以上上回る、うれしい大誤算だ。連邦成功裁判所から、2003年のLawrence v. Texas判決による同性間の性的行為を禁止したSodomy Lawsの廃止、2015年には同性婚を合憲と認めさせたObergefell v. Hodges / Henry v. Hodges判決を勝ち取った原告代理人としての活動などが評価されたためと見られる。この資金の一部を充当し、Lambda Legalは、2026年末までに、現在36人の弁護士を51人へと増員、対応できる件数を86%増やす計画だ。
トランプが大統領令を連発し、保守派主導の連邦最高裁がそれを追認する傾向が強まっているものの、Sodomy Lawsの廃止は維持されている。また、同性婚の合憲判決も覆されていない。しかし、政府によるLGBTQ+への攻撃は続いている。LGBTQ+の権利擁護を進めるNPOに対する連邦政府の補助金などの削減や停止は、そのひとつだ。Lambda Legalは、ここでも反撃にでている。7月15日に発表した”U.S. Government Restores $6.2 Million in Cut Funding to LGBTQ+/HIV Organizations After Lambda Legal Win”という見出しのプレスリリースが示すように、San Francisco AIDS Foundation v. Trumpで勝訴。カリフォルニアのSan Francisco AIDS FoundationやニューヨークのNYC LGBT Community Centeなど8団体へのHIVの感染者に対する医療支援の資金620万ドルを、連邦政府による支払停止を解除させることに成功したのである。
2億8500万ドルの寄付を集めた後、Lambda LegalのCEOのKevin Jenningsは、次のように述べている。「Lambdaは50年以上にわたりLGBTQ+の権利運動の最前線に立ってきた。今回、寄付者からの継続的な支援を受けたことにより、次の50年間も闘うことができる」。1973年の設立当時、Lambda Legalの財政の多くは、当事者によって支えられていた。しかし、徐々に大口寄付者への依存度が高まっている。2020年と21年に、アマゾンの創設者Jeffrey Preston Jorgensen(通称、ジェフ・ベゾス)の元妻、MacKenzie Scottから2500万ドルずつの寄付を受けたのは、その象徴ともいえる。今後も、当事者や活動を支える多くの人々とともに歩んでいけるのか。富裕層からの膨大な資金確保は、団体にミッションにとって両刃の剣でもあることを意識する必要があるだろう。
なお、上記の”U.S. Government Restores $6.2 Million in Cut Funding to LGBTQ+/HIV Organizations After Lambda Legal Win”と題するLambda Legalのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://lambdalegal.org/newsroom/us_20250715_government-restores-millions-in-funding-to-lgbtq-hiv-orgs/#:~:text=Lambda%20Legal%20announced%20today%20that%20the%20federal%20government,for%20LGBTQ%2B%20people%2C%20including%20those%20living%20with%20HIV.
NPO運営
免税資格もつ宗教団体の選挙活動容認へ、IRSの方針転換にNPOの原則崩すと批判の声
2025年7月11日
連邦政府のInternal Revenue Service (IRS)は7月7日、宗教団体などから訴えられていた裁判で、訴えていた宗教団体とともに宗教団体が選挙に直接関わることを可能とする合意文書を作成、裁判所に提出した。この合意文書は、言論や宗教の自由などを理由に、免税資格をもつ宗教団体が選挙で候補者の推薦などの活動を行うことを禁止した措置、いわゆるJohnson Amendmentの適用から宗教団体を除外することを確認するものだ。トランプ大統領は、2017年に第1期目に就任した時から、この措置の撤廃を強く求めており、大統領の意向に沿ってIRSが対応したものと見られる。しかし、宗教団体をはじめとしたNPOや世論は、免税団体が選挙活動に関わることには否定的で、NPOの連合会や政教分離を訴えるNPOなどからは、批判の声があがっている。
日本の国税庁に相当するIRSは、連邦政府のDepartment of Treasury(財務省)の一部門で、税金の徴収や年末調整の実施が主な業務だ。2023年度には、4兆7000億ドルの税金を徴収、年末調整で2億7150万ドルを還付した。アメリカのNPOに関する制度は、法人格と免税措置のふたつに大別される。法人格と州の税金の免除などについて、NPOは、法人化する州に申請する。連邦政府に対する個人や法人が支払う税金の控除などの特典に関しては、IRSに行うことになる。なお、本稿で「免税」という言葉を用いているが、これはIRSが使用している”Tax-Exempt”の直訳である。固定資産税のように税金が免除される場合もあるが、所得税や法人税は、寄付者の所得から、その一部が控除されるに留まる。アメリカのNPOは、20余りに分類されている。本稿が取り上げる「免税団体」は、所得税や法人税から寄付者が控除する可能な、いわゆる501c3団体をさす。
IRSを訴えていたのは、Evangelical(福音派)のメディア、National Religious Broadcasters and Intercessors for America (NRB)と、Christian Nationalismと呼ばれる超保守的なキリスト教の一派Sand Springs ChurchとFirst Baptist Church Waskomなど4団体。Christian Nationalismは、アメリカがキリスト教の国家として建国されたと主張、政府と社会はキリスト教の価値観を反映すべきとみなすイデオロギーに基づいて活動。Christian Fundamentalism(キリスト教原理主義)やWhite Supremacy(白人至上主義)と重なる部分も多く、同義語のようにみなされることも少なくない。アメリカでは、2007年から数年間、中央政界に影響を与えたTea Party Movementを起源とする考えもあるが、1940年代に注目を集めたEvangelicalのBilly Grahamの活動に遡るとみなす研究者もいる。2023年にAmericans by the Public Religion Research Institute (APPRI)とBrookings Institutionが6212人を対象に行った調査によると、アメリカ人の10%がChristian Nationalistsと回答。そのシンパと答えた人も19%に上った。なお、Christian Nationalismは、ロシアを含めたヨーロッパやガーナなどのアフリカなどにも存在する。
NRBなど4団体がIRSを訴えたのは、2024年8月28日。United States District Court for the Eastern District of Texas Tyler Divisionへの訴状によると、被告はIRSとIRSのCommissionerのDanny Werfelだった。しかし、2025年1月にWerfelは退官、今年6月にトランプ大統領の指名を受けたBilly Longが連邦上院本会議でCommissionerに承認され、IRSの第51代のCommissionerに就任した。このため、裁判の被告もWerfelからLongに代わり、現在のケース名はNational Religious Broadcasters v. Longになっている。2024年8月の訴状のなかで、原告側は、宗教団体がIRSの審査なしで501c3団体として認定されるため、Internal Revenue Act (IRA)のJohnson Amendmentに基づき、選挙活動への関与が否定されていると指摘している。この措置を憲法修正第1条の表現の自由に関する宗教団体の権利の侵害であり、違憲行為だと批判。違憲の根拠のひとつとして、NPOのメディアが選挙の際に候補者の推薦などを行っているとして、宗教団体との相違を指摘、憲法修正第5条のDue Process Clause (Equal Protection)に反する意見行為だと主張。この他、1993年に制定されたReligious Freedom Restoration Actにも違反していると指摘している。
Johnson Amendmentは1954年に、当時の上院議員で後に大統領に就任したLyndon Johnsonの提唱で、IRAに盛り込まれた条項だ。いわゆる「慈善団体」や助成財団、大学、教会など、寄付控除が認められた501c3団体が選挙において、候補者の推薦や反対のための活動を行うことを禁止している。トランプ大統領は2017年に第1期に就任して間もない5月4日” Promoting Free Speech and Religious Liberty”というタイトルの大統領令に署名、連邦政府内において言論の自由と信教の自由を保障することを求めた。これにより、Johnson Amendmentは撤廃されたと主張しているものの、IRAには今日まで盛り込まれている。また、共和党もJohnson Amendmentの撤廃を求めており、今年3月31日には連邦下院に15人の共和党議員が共同提案者となり、”Free Speech Fairness Act”を提出し。しかし、6月5日までに提案者が10人増えたものの、採決に至っていない。
トランプの大統領令” Promoting Free Speech and Religious Liberty”と連邦下院共和党による”Free Speech Fairness Act”は、ともにJohnson Amendmentに反対する立法措置である。しかし、ふたつ大きな相違がある。前者は宗教団体だけ、後者は宗教団体を含めたNPO全般の選挙活動を対象にしている点がひとつ。もうひとつは、適用範囲が連邦政府内か、アメリカ社会全体かという点だ。なお、上記のNational Religious Broadcasters v. Longにおいて、NRBなど4団体は、Johnson Amendment の完全な撤廃、すなわちNPO全体に対する選挙活動の自由化を求めていた。しかし、7月7日にテキサス州の連邦地方裁判所に提出されたNRBなど4団体とIRSの文書は、宗教団体の選挙活動の規制撤廃に関する合意のみで、「慈善団体」や助成財団、大学など、宗教団体以外の501c3団体の政治活動については触れていない。これは、NPO全体の選挙活動規制の撤廃に反対する世論が強いことを考慮した可能性がある。
NPOや助成財団、企業フィランソロピーの関係者などによって構成されているNPO、Independent Sector (IS)は今年の2月18日、”New Poll: Voters Want Policymakers to Support Nonprofits in an Uncertain Time”と題する調査報告書を発表した。世論調査会社のTargetPoint Consultingに委託して、1月28日から2月3日にかけて登録有権者1395人を対象に実施した調査結果をまとめたものだ。調査の質問項目のひとつに、Johnson AmendmentとNPOについての問いがある。この問いに対して、75%の回答者は、Johnson Amendmentを維持すること、すなわち選挙に当たりNPOは候補者の推薦や反対を行うべきではないと回答している。2023年8月の調査では73%だったので、ほとんど変化はないものの、「維持派」が若干増加したことになる。
Johnson Amendmentの廃止を求め、裁判に訴えたのは、宗教系のNPOや宗教団体である。この点を考慮してだろう。ISの調査では、教会によく通う人とあまり通わない人、まったく通わない人の3つのタイプに分け、調査結果を分析している。その結果、Johnson Amendmentを維持すべきという回答は、それぞれ69%、76%、78%。また、支持政党別で見ると、共和党支持者の73%、民主と支持者の76%、支持政党なし76%と、ほぼ同様の割合で、NPOの候補者への支援や反対活動に対する関与に否定的な回答を行っている。なお、この調査は、登録有権者を対象にしたと記載されているが、Non-registered Voters(非登録有権者)の61%は維持すべきと回答したという。
一般世論だけではない。前述のように、2017年に第1次トランプ政権が発足後の同年5月4日、” Promoting Free Speech and Religious Liberty”というタイトルの大統領令が公布された。ここでJohnson Amendmentの適用除外にすべきとされたのは、宗教団体だけだ。また、大統領令の制約上、連邦政府内の措置とされた。しかし、NPOや宗教団体の多くは、この動きを懸念し、2017年9月5日付の書簡、”Community Letter in Support of Nonpartisanship”を上下両院の指導層に送付したのである。この書簡には、全米50州のNPO、5800団体余りに加え、宗教指導者4300余人、100以上の宗派が賛同者として、名を連ねていた。このことは、宗教界をはじめとしたNPOの関係者の間で、Johnson Amendmentを維持すべきという考えが強いことを示唆しているといえよう。
今回のNRBなど4団体とIRSによる合意文書は、Johnson Amendmentの対象から除外対象をNPO全般としているわけではない。また、この合意文書により、裁判所がJohnson Amendmentの対象から宗教団体を除外することを認めるかどうか、現段階では不明だ。とはいえ、Johnson Amendmentが存亡の危機に陥ったという認識がNPOの関係者の間から相次いでいる。例えば、全米最大のNPOのネットワーク組織、National Council of Nonprofits (NCN)は、裁判所に合意文書が提出されたのと同じ7月7日、”Statement from the National Council of Nonprofits on IRS Request to Allow Churches to Endorse Political Candidates”というタイトルによる団体の会長兼CEOのDiane Yentelによる声明を発表、合意文書に「強い憂慮の念」を表明した。なお、NCNは、全米各地のNPOセンター的な組織によって構成されており、これらの地域にあるNPOセンターに加盟しているNPOは、3万団体を超える。
また、政教分離を訴えているNPO、Americans United for Separation of Church and State(AU)は7月8日、” AU denounces IRS plan to exempt houses of worship from the Johnson Amendment”と題するRachel Laser会長兼CEOによる声明を発表した。同会長は、「トランプ政権によるJohnson Amendmentの抜本的な再解釈は、教会と国家の分離に対する恥知らずな攻撃であり、一般の非営利団体よりも宗教団体を優遇し、彼らを党派政治に引き込むことで、民主主義を脅かす」と指摘。また、「宗教団体をJohnson Amendmentの適用を免除する一方で、一般のNPOに対して強制するというIRSの提案は、宗教に特別な恩恵を与えることになり、政教分離の違憲違反」になると主張している。そのうえで、Johnson Amendmentの弱体化は、「宗教団体やNPOを政治活動委員会に変質させ、選挙にさらに闇の資金が流入することになる」と批判している。こうした認識に基づき、AUは7月11日、和解に進む可能性があるNRBなど4団体とIRSの訴訟に法的に介入する意思を表明した。
日本のNPO法人は、アメリカの501c3団体と同様に、候補者への支援や反対などの選挙活動は禁止されているとみなされてきた。これに対して、選挙は民主主義の基本であるとして、NPO法人への選挙活動への規制を問題視する声もある。しかし、501c3団体は、寄付控除を受けられる資格をもつ非営利組織だ。したがって、501c3団体の選挙活動を認めることは、AUが指摘するように候補者や政党への資金に流用される可能性が否定できない。寄付控除は、「免税」と表現されることもあるように、本来は税金として納められる資金を、501c3団体に寄付した場合、公益性の高さから納税額からの控除が認められることを意味する。Johnson Amendmentが否定されれば、NPOへの寄付を名目にして、税金を特定の候補者などに提供することが可能になる。それは、NPOが党派性をもち、政党に従属するような存在になってしまう恐れも含んでいる。NCNやAUなどがJohnson Amendmentの擁護を訴える背景には、こうした理由があることを指摘しておきたい。
なお、上記のNCNの”Statement from the National Council of Nonprofits on IRS Request to Allow Churches to Endorse Political Candidates”というタイトルによる団体の会長兼CEOのDiane Yentelによる声明は、以下から見ることができる。
https://www.councilofnonprofits.org/pressreleases/statement-national-council-nonprofits-irs-request-allow-churches-endorse-political
公共政策
保守系の法律団体がドジャースのDEI政策の調査を連邦政府に申し立て、球団の移民政策への報復との声も
2025年7月5日
トランプ政権の高官が関わっている保守系の法律団体は6月30日、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースと球団のオーナーが経営している投資会社のDEI政策が連邦法に違反しているとして、連邦政府のEqual Employment Opportunity Commission (EEOC)に調査の申し立てを行った。EEOCは、調査の結果、違法と判断した場合、裁判所に訴える可能性がある。ドジャースは、メジャーリーグの中でもDEIの推進に積極的といわれ、ブルックリン・ドジャース時代の1947年に全米最初のメジャーリーガーとなったJackie Robinsonを迎え入れたことでも知られている。現在、ドジャース・ファンの多くはアジア系やヒスパニック系、黒人などのマイノリティで、今年6月に連邦政府のImmigration and Customs Enforcement (ICE)が球場に移民の手入れに来た際に、立ち入りを拒否、トランプ政権から反発を招いていた。こうした経緯から、移民の権利擁護団体などからは、政権による「報復」だとして、批判の声が上がっている。
EEOCに訴えを起こしたのは、首都ワシントンにある非営利の法律団体American First Legal Foundation (AFLF)。日本のNPOの活動計算書に相当する財務当局に提出する書類Form 990の直近の2023年度版によると、団体の設立は2021年。訴訟などを通じて保守的運動を進めることをミッションに掲げている。2022年会計年度の歳入は4440万ドルだったが、23年会計年度には965万ドルへの大幅に減少。2023年時点の団体の代表は、Stephen Millerで、会長兼事務局長として2023会計年度に22万3423ドルの報酬を受け取っていた。なお、AFLFが20万ドルを超える報酬を支払っていた理事や役員は、Miller以外に4人おり、最も多額の報酬を受けていたのは、VP (Vice President)、General Counsel、Secretaryの3役を担う職員で、29万218ドルだった。AFLFの創設者でもあるStephen Millerは、現在White House Deputy Chief of Staffで、トランプ政権の移民政策立案の中心人物といわれている。
EEOCは通常、雇用差別を受けたと感じた労働者から訴えを受理した後、調査を行う。Title VII of the Civil Rights Act of 1964(公民権法第七編)などによる訴えは、直接裁判所ではなく、EEOCに起こさなければならない。労働者の訴えに根拠があるとみなした場合、EEOCは、和解を通じて解決を図る。しかし、調査などで一定期間経過した場合、労働者は、訴訟を起こすことができる。EEOCも自ら裁判に訴えることができるが、例外的だ。いわゆるCommissioner’s Chargeと呼ばれるもので、EEOCの資料によれば2020年度と21年度は、わずか3件ずつにすぎなかった。2022年度から急増し、23年度には33件になっている。しかし、2023会計年度に8万1005件もの訴えがあったことを考えると、ごく一部にすぎない。なお、Commissioner’s Chargeは、Field Officerと呼ばれるEEOCの調査員からの訴えを受けた場合と個人や団体からの申し立てを受けた場合に、Commissionerと呼ばれるEEOCの運営責任者の判断で実施される。今回のAFLFの例は、後者に当たる。
公民権法第七編違反として、AFLFが訴えたのは、メジャーリーグの球団としてのドジャースと球団のオーナーのMark WalterがCEOを務める投資会社、Guggenheim Partners (GP)の2社だ。GPは、グローバルな投資会社で、資産は3450億ドルにのぼる。なお、ドジャースについては、球団の職員に関するDEI政策を問題視したもので、プレーヤーについてではない。公民権法第七編は、人種、肌の色、宗教、性別、出身地を理由に雇用上の差別を禁止している。DEIは、Diversity, Equity and Inclusionの頭文字をとった略語で、人種や性別、民族、年齢、宗教、信条、出身地、性的志向、ジェンダー・アイデンティティなど幅広い観点から多様性と公平性、包括性をカバーする概念だ。ドジャースとGPは、それぞれのウェブサイトに記載しており、DEI重視の姿勢がうかがわれる。
ドジャースは、DEI関連のウェブサイトにBusiness Resource Groupsについて紹介しているが、AFLFはDEIの具体例として申立書で批判している。特定の属性を持った従業員が集まり、社内や地域で、それぞれに応じた活動を進めているグループだ。ドジャースのウェブサイトによれば、グループは8つ。人種や民族、ジェンダーなどの属性に基づくグループには、Asian Professionals(アジア系)、Black Action Network(黒人)、SOMOS LA(ヒスパニック系)、Women’s Opportunity Network(女性)がある。この他、元選手を支援するためのAthletes2Executives、共働きの家族向けのFamily Advocate Networkなども作られている。AFLFは、EEOCへの申し立ての中で、「すべての従業員に開かれているように見える」としつつも、その一部が「人種や肌の色、性別、出身地に基づき雇用上のベネフィットが提供されているようだ」として、批判している。
球団のコアとなる選手の獲得の面でも、ドジャースはDEIを先駆的に進めてきた。その典型例としてあげられるのは、Jackie Robinsonだ。毎年4月15日にまじゃーリーガーが背番号42をつけてプレーを行う、Jackie Robinson Dayは、彼の功績を記念したイベントだ。メジャーリーグ史上最初の黒人選手、Robinsonは、1945年に入団した黒人リーグのKansas City Monarchsから、1947年にドジャースのマイナーチームのMontreal Royalsをへて、ドジャースに加入した。しかし、この加入は、ひとりの黒人選手の受入れというだけではなかった。1942年に陸軍に徴兵されたRobinsonは、カンザス州で軍役につくことになった。1944年の夏、乗り込んだ軍人用のバスで、人種隔離を定めた州法に基づき、運転者から後部座席への移動を命じされたものの、これを拒否。MP (Military Police)に逮捕され、軍法会議にかけられたが、無罪になったという経歴をもつ人物だったのである。
公民権運動拡大のきっかけというと、必ず1955年のRose Parksの事件が引用される。アラバマ州モンゴメリーの公営バスの運転手が、黒人の乗客Parksに対して、白人乗客に席を譲るように命令。しかし、Parksはこれに従わず、逮捕された事件だ。Robinsonの行為は、Rose Parksと同様なものだが、時間的には10年近く前に行われていたにもかかわらず、ほとんど知られていない。なお、Rose Parksの事件は、その後、公営バスのボイコット運動に発展、さらに公民権運動が全米に拡大していくきっかけとなった。一方、Robinsonは、ドジャース入団後、公民権運動の指導者で暗殺されたMartin Luther King Jr.牧師とも親交を持ち、運動にも関わっていった。
ドジャース・ファンには、ヒスパニック系も多い。その一因としてあげられているのは、メキシコ生まれのサウスポー、Fernando Valenzuelaが1980年代に活躍したことだ。最近の大谷翔平や山本由伸をはじめとしたアジア系のプレーヤーが好成績を上げる中で、アジア諸国やアジア系のファンが増えているのと同様の現象といえる。その意味で、DEIはビジネス的にも良い結果をもたらす可能性がある。しかし、ドジャースとマイノリティの関係は常に良好であったわけではない。例えば、2024年3月、カリフォルニア州議会にエルサルバドル生まれのWendy Carrillo下院議員によりひとつの法案が提出された。Assembly Bill 1950がそれで、ドジャースがニューヨークのブルックリンからロサンゼルスに移転する際、球場と駐車場などの土地の収用が市によって強権的になされたことに対する補償を求めるものだ。土地収用は、市の主導で行われたとはいえ、球団として無関係とはいえない。なお、法案は、同年9月に知事の拒否権による未成立に終わった。
ロサンゼルスのデモグラフィーは、極めて多様だ。人種や民族に関していえば、2024年7月1日現在の人口統計局のデータによれば、市内の人口387万人のうち、白人は37.3%にすぎない。最も多いのは、ヒスパニック系(ラテン系)で47.2%を占めている。黒人は8.5%で、アジア系の12%より少ない。外国生まれの人は、35.8%と、白人とほぼ同じ割合だ。このため、マイノリティや「不法」「合法」含めた移民を無視してビジネスは成り立たない。野球も同様だ。この点を意識してかもしれない。連邦政府の移民取締機関の
Immigration and Customers Enforcement (ICE)が6月19日、ドジャース球場に手入れを行おうとした際、球団の職員がICE職員の球場への立ち入りを認めなかった。さらに、翌日、球団は、ICEによる手入れで影響を受けた移民社会の人々への支援として、100万ドルを提供する旨、表明した。
しかし、これはドジャースの自主的な判断ではなく、移民の権利擁護活動などに取り組んでいる、カリフォルニア州最大の超宗派組織の連合体、PICO Californiaなどから、6月初旬のロサンゼルスにおけるICEによる大規模な取締への抗議がなされなかったことへの批判に対応した措置という見方が強い。一方、AFLFによるEEOCへの調査申し立てについて、7月4日発信のSustainability Magazineの”Why Are the LA Dodgers Facing a Race-based DEI Complaint?”と題する記事の中で、PICO CaliforniaのChief of StaffのJared Riveraは、「ドジャースへの報復」だと述べている。しかし、その「報復」は、AFLFの創設者で、White House Deputy Chief of StaffのStephen Millerが「ドジャースとファンがモラルと権利のために立ち上がっていくことへの恐れ」に他ならないという認識を示している。
前述のように、AFLFがEEOCへの調査申し立ての根拠としている法律は、公民権法第七編だ。この法律は、黒人を中心にした公民権運動の高まりの中で、人種と肌の色は黒人、宗教やユダヤ教徒、性別は女性、そして出身地はヒスパニック系という差別を受けてきた人々を念頭におき、連邦議会が制定した。ただし、「黒人差別禁止法」のように、特定の人種への差別を禁止する措置ではなく、在米日本企業で雇用差別を受けた白人が訴訟を起こした事例があったように、白人が差別を受けた場合の救済も可能な制度として設計されていた。しかし、いま、この歴史的な経緯が無視され、白人への差別が極端なまでに強調され、多様な人々を包括した社会の形成を阻害、そして破壊しようという動きが広がっている。
その最前線に現れているのは、トランプ政権だけではない。その意向を支え、広げ、勝つプッシュしているのは、AFLFのようなNPOなのである。「人権」や「公正」といった耳当たりの良い言葉や「NPO」などの「市民性」を感じさせる組織をアプリオリに是とするのではなく、反マイノリティ、反多様性を生み出す原動力として作用している現実を見つめ、創出されようとしている公共政策の姿を監視していく必要がある。なお、”Investigation Request: Los Angeles Dodgers, LLC and Guggenheim Partners, LLC”と題するAFLFによるEEOCへの申し立ては、以下から見ることができる。
https://media.aflegal.org/wp-content/uploads/2025/07/01153234/AFL-Dodgers-Guggenheim-EEOC-Letter-1-1.pdf
人権問題
国定史跡における「アメリカに批判的な展示」の通告要請、トランプ政権の措置に「歴史修正主義」との批判
2025年6月30日
国が指定した史跡などの管理を行うNational Park Service (NPS)は6月、全米各地の史跡などの訪問者に「アメリカに批判的な展示」があった場合、通告を行うように要請する掲示を行った。どのような内容が「批判的」と見なされるかについて、掲示は具体的に記述していない。しかし、アメリカの歴史の真実を回復させるとして、トランプ大統領が3月に公布した大統領令に基づく措置だ。このため、史跡などの訪問者に説明を行う活動を行っているNPOや史跡などを通じて人権問題などを訴えてきた団体は、トランプ政権とNPSが、史跡などに「自虐史観」に基づく展示が存在し、来訪者に説明されているという前提に立っていると判断。「歴史修正主義」の立場から、「アメリカに批判的な展示」抹消しようとする試みに他ならない、なといった批判の声が上がっている。
1916年にNational Park Service Organic Actに基づき設立された連邦政府機関、NPSは、Department of the Interior(内務省)の一機関である。その名称から、国立公園の管理機関のように見なされることが多い。しかし、NPSが管理下に置いている国立公園は、63カ所にすぎない。この他、記念碑などに相当するNational Monumentや特定の個人などを称える場となるNational Memorial歴史的に重要な地域や場所などを保存するNational Historic Site、さらに山岳地帯や原野のTrailまで、20余りに区分される施設などを管理している。国立公園とこれらを合わせると、433にのぼる。その3分の2以上は、特定の歴史的事象や文化に関連した史跡的な施設だ。広大な国立公園を含め、NPSが管理する地域は、2008年時点で日本の国土よりやや狭い、34万平方キロメートルを超える。また、後述のNPCAによると、管理する歴史的建造物は2万6000、史跡などに収蔵されている資料などは1億8500万点に及ぶ。
NPSが管理する史跡などに関して、トランプ政権が問題視したのは、今回が初めてではない。今年2月の本稿で紹介した、Stonewall National Monumentのウェブサイトの記述変更も同様な措置といえる。ニューヨークのマンハッタンのStonewall Innは、同性愛行為が違法とされる中で、LGBTQ+が集まる場として存在した「Gay Bar」のひとつだった。1969年6月28日の未明、New York Police Department(ニューヨーク市警)の手入れを受けた。その時の警察の行為に反発した顧客の抗議が投石などの事態に発展、数日間、Stonewall Innとその周辺で衝突が続き、後に同性愛者の人権擁護活動の一里塚を見なされるようになった。衝突で指導的な役割を果たしたのは、トランスジェンダーの人々だ。このため、ウェブサイトには、LGBTQ+と「T」を含めた表記がなされていた。しかし、トランスジェンダーの存在を否定するトランプ政権の意向に沿って、NPS は、StonewallのウェブサイトのLGBTQ+をLGBに書き換えたのである。
Stonewallのウェブサイト書き換えの際に根拠とされたのも、トランプの大統領令だった。ただし、その時は、”Defending Women From Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government”というタイトルがつけられていたことからわかるように、「極端なジェンダーイデオロギー」から女性を守るために、出生時の性別に基づき、男女を識別する措置に基づいていた。しかし、今回は、“Restoring Truth and Sanity to American History”と題する別の大統領令が根拠になっている。「アメリカの歴史の真実と健全さの回復」を目的にしたもので、歴史の真実が自国にとって否定的だとする「自虐史観」に基づき、その変更を迫る「歴史修正主義」との批判もでていた。なお、この大統領令は3月27日に公布され、これに基づきDepartment of Interiorが6月29日にメモランダムをだし、そしてNPSが6月9日に掲示をだすためのガイダンスを示し、掲示が行われたという流れになっている。
国立公園などの施設の制度上の管理者は、NPSである。しかし、実際の来訪者への説明など、事業の多くは、National Parks Conservation Association (NPCA)というNPO(501c3団体)と連携して実施されている。NPCAは、NPSの設立から3年後の1919年にNational Parks Associationという名称でスタートした団体を起源とし、市民によるNPSの監視役として位置づけられていた。その背景には、Yosemite National Parkにおけるジャズ演奏会や熊の曲芸など、国立公園の商業化を目指す動きがった。また、国立公園内の鉱山開発や宿泊施設の建設、狩猟の解禁などをめぐって、環境保全の立場から活動を進めてきた。大気や水質の保全への全米的な関心の高まりを受け、1970年にNational Parks and Conservation Associationに改称。2000年に簡略化した団体名National Parks Conservation Association (NSCA)となり、今日に至っている。直近の2022年度の活動計算書に相当するForm 990によると、同年度の歳入は3500万ドル余りと、全米規模の組織としてはそれほど大きくはない。しかし、27万人のボランティアを擁し、国立公園などの運営に不可欠な存在だ。
NSPによる「アメリカに批判的な展示」の通告要請の掲示に対してNSCAは6月12日、”New Park Signs Undermine Rangers, Aim to Erase History”と題するプレスリリースを発表した。このプレスリリースによれば、大はRocky Mountain National Park、小は Minidoka National Historic Site-Bainbridgeまで、NPSが管理するすべての史跡などに、6月13日までに掲示を行うよう、NPSが通知したという。ここで指摘された「大」のRocky Mountain National Parkは、ロッキー山脈一帯の国立公園のことだ。「小」として示されたMinidoka National Historic Site-Bainbridgeは、第二次世界大戦中に日系人が強制収容された収容所のひとつで、アイダホ州南部に位置している。戦時中、アメリカ西海岸から1万3000人の日系人が強制移住させられた。なお、日系人の強制収容所の跡地としては、Minidokaに加えて、後述するカリフォルニア州中部のManzanarもNational Historic Siteに指定され、NPSによって管理されている。
プレスリリースの中で、NSCAの会長兼CEOのTheresa Pierno氏は、NSPの掲示が「アメリカについて、いわゆる批判的な情報」を通報するように来訪者に求めているとしている点について、NPSの専門家によって適切と判断された科学的、歴史的な知見と異なると指摘。しかし、この通知は、トランプ政権による「歴史の改ざんとNPSを弱体化させようとする一連の試みのひとつ」だと述べている。さらに、来訪者に説明を行うRangerと呼ばれるスタッフは、日系人の強制収容や黒人の奴隷制について、恐れることなく話すことができなければならないとの考えを表明。そして、「我が国が歴史における暗黒の章を消し去ってしまえば、その過ちから学ぶことができなくなる」として、速やかに掲示を撤去するように求めている。政権の措置に対する、極めて強い異議申し立てのことばといえよう。
トランプ政権の政策に対するNSCAの批判は、これが初めてではない。今回の掲示の元々の根拠となった3月27日の大統領令が発令された際にも、その問題性を指摘していた。大統領令の翌日、”Parks Group Responds to Executive Order Targeting American History”というタイトルのプレスリリースを発表したのである。プレスリリースは、大統領令を「党派的イデオロギー」と呼んで批判。なぜなら、Department of the InteriorやSmithsonian Institutionなど、アメリカの歴史を守り、解釈する機関を標的にしているからだ。前述のように、NPSは、1916年のNational Park Service Organic Actにより設立された。この法律に加え、1966年には、National Historic Preservation Actが制定され、アメリカの歴史や文化の保存と伝承のための機関としての役割を担うことになった。大統領令は、これらの法律に定められたNPSの役割を否定するものに他ならないというのが、NSCAの認識なのである。
「アメリカに批判的な展示」の通告要請の掲示に対する反発は、NPSが管理する史跡などを通じて人権問題などを訴えてきた団体からもあがっている。上述した日系人の強制収容の歴史の伝承などに努めるJapanese American National Museum (JANM)は、そのひとつだ。6月18日に発表したプレスリリースの中で、National Historic Siteに指定されているManzanarとMinidokaの強制収容所跡地などに掲示が行われたことを批判。トランプ政権による、この措置を単一の事象として取り上げるだけでなく、多様性や民主主義への基本的な原則を除去し、非白人や女性、LGBTQIA+などの貢献を消し去ろうとするトランプ政権の一連の動きの一環という認識を提示している。この点は、先に紹介したNSCAと同様なスタンスにあるといえよう。
日系人の強制収容所の跡地の一部では、毎年、巡礼が行われ、その問題性を継承しようとしている。Manzanarへの巡礼は今年、56回目を数え、2500人が参加した。この巡礼を組織しているManzanar Committeeは、3月27日の大統領令を批判、4月26日の巡礼に当たって、”The Defense of Truth, Justice and Democracy”(真実と正義、民主主義の擁護)を訴えていた。NPSの掲示が伝えられると、声明を発表した。毎年続けてきた巡礼や議会へのロビー活動により、1992年にManzanarがNational Historic Siteに指定されたと指摘したうえで、議会によって制定されたManzanar Advisory Commissionの指導によって史跡となっている跡地の再建が進められてきたという経緯なども紹介。そのうえで、Manzanarに12万5000人が強制収容されたのは、誤った情報や言説によるものだったとして、白人の観点から歴史を書き換えることは侮辱的かつ危険な行為だと批判している。
なお、上記のJapanese American National Museumが6月18日に発表したプレスリリース”JANM Decries Historical Erasure at Manzanar, Minidoka, and other National Park”は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/index.php/press/release/janm-decries-historical-erasure-manzanar-minidoka-and-other-national-parks
反戦平和
トランプのイラン攻撃は「2003年の過ち」の繰り返し、抗議活動急拡大の最中の「停戦合意」で全米集会は延期に
2025年6月26日
イスラエルによるイランへの攻撃が続く中、トランプ大統領は6月21日、イランの3つの核施設に空爆を行った。その後、イランに対して、「無条件降伏」を要求したものの、イランの最高指導者、ハメネイ師はこれを拒否。戦争は泥沼化し、「2003年の過ち」が繰り返される懸念が指摘されていた。アメリカの反戦平和団体は、6月12日のイスラエルによるイランへの攻撃前から、「軍事力ではなく外交による解決」を主張。核施設への攻撃という形でイスラエルに加担したトランプ政権を強く非難、参戦を望まない国内世論を追い風に、全米各地で抗議活動を展開していた。また、トランプ大統領によるイスラエルとイランの「停戦合意」発表前に、首都ワシントンで全米抗議行動の実施を表明するなど、戦火拡大阻止に向けた動きを広げていたが、「停戦合意」で延期を表明した。
「2003年の過ち」の繰り返しの「2003年」とは、イラク戦争のことだ。当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は、2002年の一般教書演説でイラク・イラン・北朝鮮を「大量破壊兵器」を保有するテロ支援国家、と非難。国際機関による「大量破壊兵器」の査察にイラクが協力的でないとして、2003年3月、イギリスなどと編成した「多国籍軍」によるOperation Iraqi Freedom (OIF:イラクの自由作戦)に踏み切った。しかし、戦闘が一段落した後、「大量破壊兵器」を発見できなかった。イラクのフセイン大統領が逮捕、処刑され、戦争は終結するかに見えたが、内戦状態に陥ったうえ、海外から流入した過激派が「イスラム国」を「建国」するなど、混乱を極めた。ブッシュ後に就任したオバマ大統領は、2010年8月に戦闘終結を宣言、翌11年12月に米軍はイラクから完全撤退した。
トランプ大統領は、今回のイラン攻撃に当たり、核兵器の保有を許さないためとしている。しかし、イラクが核兵器を製造しようとしているのかどうかについて、連邦政府の17の情報機関を統括する機関、United States Intelligence Community (IC)のDirector、Tulsi Gabbard氏は、3月25日に行われた連邦上院情報委員会の公聴会で、「ICは、イランが核兵器を製造しておらず、最高指導者のハメネイ師は2003年に中断した核兵器製造計画を承認していない」と語った。このことばを引用して、アメリカの多くのメディアは、イラクの核兵器製造に疑問を提示。また、6月23日放映のNHK BSの「国際報道2025」の「米 イラン攻撃 緊迫する中東情勢」の中でも、同様の疑問がアメリカの親トランプ派のシンクタンクのゲストに投げかけられた。
しかし、ペンシルベニア州にあるAnnenberg Public Policy Centerのプロジェクト、FactCheck.orgが6月18日に掲載した” Trump, Gabbard Comments on Iran Nuclear Capability”という一文によると、Gabbard氏は、上記のことばに続けて、「昨年、イランで何十年にもわたった公の場における核兵器について議論することに対するタブーが侵され、イランの意思決定機関内で核兵器擁護者を勇気づけた可能性がある」と語った。このことは、アメリカのメディアやNHKの「国際報道2025」では触れられていない。さらに、核兵器を所持しない国として異例なほど濃縮度の高いウランを保有していると述べていた。イランの核兵器開発への意志と能力に関するアメリカ情報機関の認識を示している。公聴会におけるこれらの発言を把握していなかったのであれば、メディアとしては、怠慢といわれても仕方がない。
Gabbard氏の指摘は、核兵器開発に対するイラクの意志に変化が生じていることに加え、濃縮ウランの製造能力が高いと、情報機関が認識していることを意味する。とはいえ、この指摘は、あくまでイラクが核兵器を製造することへの意志と能力に関する認識であり、実際に製造しているとの判断を示したものではない。ここで思い出されるのは、2003年のイラク戦争の開戦の直前、当時のパウェル国務長官が国連でイラクの「大量破壊兵器」の存在の可能性を強く主張したにもかかわらず、フセイン政権が妥当された後も、発見されなかったことだ。パウェル氏の主張が「2003年の過ち」の一部でもある、誤情報あるいは情報操作といわれるゆえんである。
核兵器の製造に濃縮ウランが不可欠とはいえ、兵器として利用するには、他のさまざまな製造過程をクリアしなければならない。その意思と能力をイランが持っているのかどうか検討することは、本稿の問題意識とは異なる。とはいえ、不確実、あるいは偽造された情報によってしばしば戦争が引き起こされてきたことと、それがアメリカの歴史において、珍しいことではないことを指摘しておく。こうした歴史を経験してきたことも影響しているのだろう。アメリカの反戦平和団体の多くは、政府の主張に懐疑的だ。その一方、イラクが核兵器を製造していないとするGabbard氏の指摘に基づき、イスラエルやトランプのイラン攻撃を批判している。
いずれにせよ、反戦平和団体の多くは、アメリカによるイランへの軍事行動に反対するだけでなく、経済制裁の解除やイスラエルへの軍事援助の停止を求めてきた。長年にわたる、こうした活動の経験や活動を通じて形成されたネットワークを生かし、イスラエルとイランの間で緊張が高まる中で、6月12日のイスラエルによるイラクの核施設などへの奇襲攻撃以前から、攻撃が行われた場合に、抗議活動を直ちに行うことができるように準備を進めてきた。以下、その準備に基づく、緊急行動の一端を見ていこう。
全米規模のフェミニストの反戦平和団体、CodePinkのサンフランシスコ湾岸支部は、6月16日にオークランド、20日にサンフランシスコで集会やデモを行うと、13日に表明した。”STOP BOMBING IRAN! ARMS EMBARGO NOW! OPEN RAFAH! LET GAZA LIVE!”というスローガンに示されるように、イスラエルによる空爆とアメリカのイスラエルへの軍事援助、そしてイスラエルの攻撃にさらされているパレスチナのガザ地区の住民への支援という3つの内容を盛り込んでいる。これらは、6月15日から20日にかけてガザ地区とエジプトとの境界にあるラファ検問所に世界各地から活動家が集まり、地区の住民への食料や医療品などの搬入を求める活動に連帯する活動として準備されてきたものをベースに実施されたものだ。CodePinkは、ラファの活動に、30人を派遣していた。各地における同様の活動に加え、連邦議員に戦争拡大に反対するように求める書簡の送付活動も実施。5000人を目標にしていて、6月23日時点で、3398人が送付した。
地域で反戦平和活動に取り組んでいる団体からも、イスラエルのイラン攻撃とアメリカの支援に反対する声が上がった。アラブ系住民が多いデトロイトの北西、車で3時間近く離れたGrand Rapidsで6月18日に行われた集会は、そのひとつだ。Palestine Solidarity Grand RapidsとAntiwar Action Networkがパレスチナ支援活動として毎週実施している集会を急遽“「イラン戦争反対」に切り替えたもので、30人余りが参加したと6月20日発信のArab American Newsは伝えている。また、6月18日発信のNewsweekの” Iran War Protests Break Out in US Cities”という記事によると、6月16日のMilwaukee Anti-War Coalitionによる集会に数百人が参加、ニューヨークでもBronx Anti-Warによるイランとの連帯集会が開催された。同様の集会などは、全米各地で行われたものの、参加者数で見ると規模は比較的小さなものだった。
しかし、6月21日にアメリカがイラクの核施設3カ所を空爆したという報道が入ると、反戦平和団体の活動は、一気に拡大の様相を示した。この日、ペンシルベニア州最大の都市フィラデルフィアで18団体の共催によるイランとの戦争に反対する集会とデモが開催されたのである。協賛団体のひとつPeace Justice Sustainability NowのDavid E Gibson氏のフェイスブック(https://www.facebook.com/PeaceJusticeSustainabilityNOW/)によると、500人余りが参加したという。ただし、この抗議行動は、アメリカの攻撃以前に計画されていたもので、トランプ大統領によるイラン空爆が開催日と重なったために、急遽、アメリカの参戦を批判する内容も盛り込んだと推察される。同様の集会やデモは、翌22日に首都ワシントンやニューヨーク、ボストン、シカゴなどにおいても実施された。
核施設への空爆への反発は、さらに拡大していく。CodePinkは6月22日、ANSWER ((Act Now to Stop War and End Racism)) Coalition(以下、ANSWER)、National Iranian-American Council (NIAC)、Palestinian Youth Movement (PYM)、Democratic Socialists of America (DSA)などとともに、28日に首都ワシントンで”Stop War on Iran”をスローガンにしたNational Rally(全米抗議行動)を行うことを明らかにしたのである。
ANSWER Coalitionは、同時多発テロ事件の3日後に設立された団体で、パレスチナ支援に加え、ベネズエラやイランへのアメリカの干渉を批判している。なお、ANSWERは、Act Now to Stop War and End Racismの頭文字を取った略称である。Palestinian Youth Movement (PYM)は、パレスチナ系の若者による団体で、2023年10月のイスラエルのガザ攻撃への抗議活動において中心的な役割を果たしてきた団体のひとつだ。Democratic Socialists of America (DSA)は、1970年代に設立されたふたつの社会主義団体を起源にもつ、いわゆる501c4団体に分類されるNPO法人で、政党ではない。民主党の議員の中には、DSAのメンバーも複数存在している。公称で9万2000人の会員をもち、社会主義を標榜する団体としては、アメリカで最も大きい。
National Iranian-American Council (NIAC)は、イラン系アメリカ人(以下、イラン系)の団体である。2002年に設立、全米各地に16の支部をもち、外交によるイランの平和実現やイラン系の人権問題などに取り組んでいる。アメリカのイラン政策との関係においては、「当事者」的な立場から積極的に活動を進めている。今回のイスラエルとアメリカによるイランを攻撃に関するプレス声明を見ると、6月12日の攻撃直前には、トランプ大統領が国際紛争の平和的解決を訴えたことで支持をえたとして、外交による解決を要請。同日、イスラエルの空爆が始まった直後には、違法かつ不当な攻撃であり、平和と外交への挑戦だと非難した。6月21日にトランプ大統領がイランの核施設に空爆を行った際には、「最大限の言葉で非難」するとしたうえで、「我々は一丸となって、平和への道を再建しなければならない」との決意を表明した。
こうして6月28日に向けた動きが進んでいく最中の23日、トランプ大統領は突如、イランとイスラエルの「停戦合意」を発表した。パレスチナのガザ地区に侵攻したイスラエルと地区を実効支配しているハマスの間で今年1月に成立した「停戦」は、3月に崩壊した。その二の舞になる可能性がないとは言えないものの、NIACは、これを歓迎する旨を表明。一方、6月24日にCodePinkやANSWERのウェブサイトを閲覧した際には、28日のNational Rallyのポスターが掲示されていた。また、ANSWERは首都ワシントンへのバスによる参加を訴え、CodePinkのウェブサイトでは上記の連邦議員に対する戦争拡大に反対を求める書簡の送付活動も継続中だった。しかし、ANSWERは6月26、”X”への投稿で28日の集会を延期することを表明。CodePinkがRepostした投稿文は、トランプのイラク空爆から24時間以内に、全米30余りの都市で抗議活動を行うための連合体が発足したとして、反戦活動の広がりを指摘している。
なお、本稿は当初、イスラエルのイラン空爆に対するアメリカの反戦平和団体の動きを紹介することを目的に調査を始めた。しかし、その後、アメリカによるイラン核施設への攻撃、そしてイスラエルとイランの「停戦合意」がトランプから発表されるなど、状況が目まぐるしく、かつ大きく変化していった。このため本稿は、アメリカの空爆とそれに対する反戦平和団体の動きまでを整理することにした。換言すると、「停戦合意」の発表以降については、掘り下げて記述していない。この点については、状況がより明確になった時点で、改めて調査を行い、報告したいと考えている。なお、本稿中の日付は、アメリカ東部時間で表記した。日本時間と異なるので、留意されたい。また、上記のANSWERなどによる6月28日の集会とデモの延期声明が掲載された”X”の投稿は、以下から見ることができる。
https://x.com/answercoalition/status/1937956060632961431
福祉貧困
ロサンゼルスで時給30ドルの「オリンピック最賃」制定、事業者は条例廃止求め住民投票へ
2025年6月20日
全米第二の都市、ロサンゼルスでは、観光関係の事業者が2028年のオリンピック・パラリンピックをビジネスチャンスと捉え、対応が進められてきた。しかし、「企業や経営者は儲かっても、一般の人々にはメリットがない」という声もある。このため、低所得者支援に取り組むNPOや労働組合は、段階的に賃金を引き上げ、2028年に時給30ドルにする「オリンピック最賃」の実現を求める活動を開始。ロサンゼルス市議会は今年5月、条例を可決、同月末に市長が署名し、7月から観光業などの最低賃金(以下、最賃)が引き上げられることになった。これに対して、ホテルの経営者団体や航空業界が強く反発、条例廃止の住民投票に向け、署名集めを開始。NPOや労働組合は、署名に応じないよう市民に訴えるなど、「オリンピック最賃」をめぐる対立が激化している。
「オリンピック最賃」は、「最賃」と表記したように、低所得者の生活保障につながる最低賃金制度の一種だ。アメリカ最初の最賃は、1912年にマサチューセッツ州で制定された。その背景には、左派系の労働組合、Industrial Workers of the World (IWW)に組織された2万人を超える移民労働者によるLawrence Textile Strike(ローレンス繊維ストライキ)、別名Bread and Roses Strike(パンとバラのストライキ)があった。同州の労働時間の削減にともない、賃金カットが行われたことに労働者が反発。ストライキは2カ月に及び、労働者と警察・州兵の間で衝突が起き、ふたりが亡くなる事態も生じた。こうした闘いの結果、ストライキに参加した労働者だけでなく、州内の幅広い労働者の賃金が引き上げられたのである。
連邦レベルの最賃が制定されたのは、1933年。大恐慌の最中に大統領に就任したFranklin D. Roosevelt大統領が、National Industrial Recovery Act (NIRA)の一部として導入したのが最初だ。しかし、連邦最高裁判所は、これを違憲と判断、連邦最賃の成立は、1938年のFair Labor Standards Actに大統領が署名するまで待たなければならなかった。なお、この時の最賃は、時給25セント。その後、連邦最賃は、徐々に引き上げられ、1997年に時給5ドル15セントに到達したものの、10年間据え置かれた。2007年に5ドル85セントに引き上げられるとともに、毎年段階的に引き上げられ、2009年7月に7ドル25セントにする法案が成立したが、現在までこの額は、据え置かれたままだ。
最賃の据え置きは、インフレにより実質購買力を低下させている。物価上昇に関するニュースやデータを報告しているウェブサイト、US Inflation Calculatorの資料” Consumer Price Index for All Urban Consumers (CPI-U) from 1913 to 2025”によると、1982-1984年の平均値を100とした場合、ボルチモア市でLiving Wageが制定された1994年の指数は148.2と、ほぼ50%上昇。また、連邦最賃が最後に引き上げられた2009年の指数は214.537と2倍余りになっていた。直近の2024年の指数は、313.689である。すなわち2009年に比べると、現在の消費者物価は50%ほど上昇していることになる。US Inflation Calculatorのデータは、連邦労働省が集計しているConsumer Price Index(消費者物価指数:CPI)に基づいている。CPIは、全米の都市部75カ所の2万3000件の小売店やサービス事業者などの価格を調査した結果だ。信頼性はあるのだろうが、生活実感としては、インフレはより激しいと思われる。
いずれにせよ、連邦最賃の引上げでは、インフレを補うことができていないことは事実だ。そこで注目されているのは、州や地方政府、特定の産業などにおける最賃の制定を求める動きだ。前述のように、アメリカ最初の最賃は、マサチューセッツ州で成立した。2025年現在、全米の大半の州では、連邦最賃の7ドル25セントを上回る額を設定している。最も高いのは、首都ワシントンの17ドル50セント。以下、ワシントン州(16ドル66セント)、カリフォルニア州(16ドル50セント)、オレゴン州(15ドル95セント)などが続いている。一方、連邦最賃と同じ7ドル25セントに設定しているのは、南部や中西部を中心に、全米50州(首都を入れると51)のうち13州に留まる。
多くの州で独自に最賃が制定されるようになった背景には、住民投票の存在がある。州最賃が最初に住民投票に付されたのは、1996年のことだ。この時、西部太平洋岸地域のオレゴン州では有効投票の56.85%が「Yes(賛成)」、またカリフォルニア州でも61.45%の賛成で提案が成立した。しかし、同じ年、西部山間地域のモンタナ州と南部のミズーリ州でも投票が行われたが、不成立に終わった。その後、2022年までに25の州で住民投票が行われ、いずれも賛成が多数を占め、最賃の引上げが認められた。この中には、1996年に反対多数で提案を葬ったモンタナとミズーリ両州も含まれている。ただし、2024年に投票が行われた6州のうち、カリフォルニアやマサチューセッツなど3州で不成立に終わり、州レベルの住民投票による最賃引き上げに、歯止めがかけられた可能性がある。なお、住民投票制度は、すべての州で実施されているわけではない。
州レベルの動きに先立ち、地方政府レベルで最賃の制定を求める動きが起きていた。きっかけになったのは、1994年12月に首都ワシントンの北にあるメリーランド州最大の都市、ボルチモア市の事業契約者の労働者の賃金を1999年までに段階的に時給7ドル70セントに引き上げる、City Ordinance 442の成立だ。翌年1月、賃金は6ドル10セントになった。これは、前年までの最賃4ドル25セントより44%も増加したことを意味する。なお、この条例は、全米最初のLiving Wage(生活給)といわれることが多い。しかし、大都市では初めてだが、それ以前にも、1988年1月にアイオワ州Des Moines、91年1月にインディアナ州GaryでLiving Wageが制定されていた。
Living Wageの対象者は、ボルチモア市の条例のように、市が事業契約を行った業者のもとで働く人々と受け取っている人が少なくない。このパターンが一般的であるものの、市の職員を含む場合や、特定の市で働く人全てをカバーする条例、生活保護を受け取っている人を対象にした制度なども存在する。さらに、賃金だけでなく、健康保険の掛け金への補助や有給休暇を盛り込む地方政府も少なくない。なお、健康保険の掛け金への補助は、最賃に組み込んで提示される場合と、別枠で支給額を決める地方政府がある。このように、地方政府によって、多様な形態がとられている。
なお、Living Wageの対象者に生活保護の受給者が含まれるのは、いわゆるワークフェアの導入の影響があるためだ。1996年にBill Clinton大統領は、Personal Responsibility and Work Opportunity Reconciliation Act (PRWORA) に署名。それまでのAid to Families with Dependent Children (AFDC)が廃止され、Temporary Assistance for Needy Families (TANF)が導入された。これにより、被扶養児童がいる低所得者家庭も、政府の支援を受け取るために、就労や就学が求められるようになった。「生活保護が欲しいなら、少しは働け」という意味だが、それなら「働いて食べていける賃金を保障すべきだ」というスローガンが誕生。「食べていける賃金」として、Living Wageが要求されるようになった。
Georgetown Universityの教員Harry J. Holzerが2008年に出版したLiving Wage Laws: How Much Do (Can) They Matters?”と題する論文によると、郡や市などの地方政府が制定したLiving Wage条例は、2006年5月時点で140余りにのぼる。このうち、1988年のアイオワ州Des Moines以降、PRWORAが成立した1996年8月以前に制定された条例は、わずか6つにすぎない。一方、ワークフェア導入の翌年の1997年には8つの地方政府がLiving Wage条例を制定。そのうちミネソタ州のセントポールとミネアポリス、ダルース、カリフォルニア州のロサンゼルスとウエストハリウッドの5つの市の条例は、生活保護の受給者を対象に含めていた。低所得者にとってダメージとなるとみられるワークフェアの導入に対して、彼らを支援するLiving Wageの運動が拡大したといえよう。
1997年に条例を制定した市のひとつ、コネチカット州ニューヘブンでは、対象者をTANFの受給者に限定していない。しかし、連邦政府の規定に基づく貧困ラインの120%に相当する額をLiving Wageの金額に設定しており、生活困窮者が「食べていける」ことが期待された措置といえよう。また、Living Wageの条例の多くは、特定の産業などに限定していない。しかし、後述するロサンゼルス市の「オリンピック最賃」条例は、市内のホテルやロサンゼルス国際空港(以下、LAX)の労働者に限定した最賃制度である。市内のホテルは、市との事業契約に基づき、Living Wageの支払義務が生じるわけではない。一方、LAXは、市の一機関で、Living Wageの対象は、空港で働く労働者で、その雇用者が市の事業契約者であることに基づくものではない。ニューヨーク周辺の3つの空港を管理運営している、Port Authority of New York and New Jerseyでも同様な方式が採用されている。
このように、一口にLiving Wageといっても、その対象者や支払が義務化される賃金の基準方法などは、多様である。その結果、条例制定に関わる団体もさまざまだ。例えば、直近の成立事例のひとつ、2024年のミズーリ州の運動の資金管理団体はMissourians for Healthy Families & Fair Wagesだが、労働組合や貧困問題に取り組む団体に加え、League of Women VotersやNational Partnership for Women and Familiesなどのワークフェアの主な対象者である女性向けの団体が関わっていた。また、前述のボルチモアの条例制定の中心を担ったのは、Baltimoreans United in Leadership Development (BUILD)である。1977年に地元のキリスト教の複数の宗派の支援で設立されたNPOで、83年にLiving Wageの制定に向けた活動を開始、地域で貧困問題などに取り組む多くのNPOとも連携していたことで知られている。
「オリンピック最賃」の制定に向けた活動を主導したのは、労働組合ではUNITE-HERE Local 11(以下、Local 11)とSEIU United Service Workers West (以下、USWW)、NPOではLAANEである。それぞれ略称だが、Local 11はホテルやレストラン、USWWはロサンゼルス国際空港の労働者を組織している。LAANE (Los Angeles Alliance for New Economy)は、1993年にLoca l1の支援で設立されたNPOで、当時はTIDE (Tourism Industry Development Council)という名称だった。現在では、観光産業以外にも、労働組合とNPO・市民の橋渡し的な存在として、Amazonの組織化支援などにも関わっている。この3者を中心に、Tourism Workers Rising (TWR)という連合体が作られ、「オリンピック最賃」の実現に向けた活動が展開されてきた。USWWが2024年12月11日に発信した”After 609 days of advocacy and mobilizations, Council set to make critical vote”と題するプレスリリースによると、この連合体には150余りの市民団体と360の小規模事業体が参加しているという。
ロサンゼルス市議会によって条例を制定することによって、「オリンピック最賃」は、実現される。このため、TWRに結集した労働組合や市民団体などは、条例案の提出を求め、市議に働きかけを行った。ロサンゼルス市議会の議員は、全部で15人。このうちCurren PriceとKaty Yaroslavskyというふたりの議員が条例案を提出。これに4人が賛成の意志を表明した。2023年4月のことだ。上記のUSWWのプレスリリースにある” After 609 days”というのは、この提案日から起算した数字とみられる。ロサンゼルスは、市内のホテル労働者とLAXの労働者の最低賃金を定めた条例が存在していた。「オリンピック最賃」の条例化には、これらの条例を改訂し、新たな条例を制定しなければならない。公聴会で労働者らは、新たな条例の必要性を訴えた。609日目に行われたのは、この公聴会である。
公聴会が開催されたとはいえ、条例化に向けたハードルがなくなったわけではない。「オリンピック最賃」に限らず、最賃引き上げには、事業者などからの反発が伴うことが多く、それを考慮した政治家が消極的なスタンスに転じる傾向もみられる。反発の背景には、最賃の引上げが、事業者の経営を圧迫し、労働者の解雇や倒産につながるという懸念が存在する。このため、ロサンゼルス市は、第三者調査を実施、その結果を2024年9月に発表した。Berkeley Economic Advising and Researchという調査機関が実施した報告書は、「オリンピック最賃」によって地域経済と労働者に次のような経済効果が生じると試算した。地域経済に関しては、GDPが12億ドル増加するとともに、市内で6300人分の雇用が創出される。また、賃上げのメリットを受けられる空港の労働者の40%、ホテルでは60%にのぼり、あわせて2万3000人に及ぶ。
「オリンピック最賃」と銘打ってスタートしたものの、2026年にはサッカーのワールドカップの一部、27年にはアメリカンフットボールのスーパーボールもロサンゼルスで開催されることが決まった。こうした大規模なスポーツイベントの開催も後押しになったのだろう。公聴会から半年ほどたった2025年5月23日に市議会が条例を可決。1週間後の5月30日にはKaren Bass市長が署名して条例は成立した。条例よれば、最初の賃上げは7月1日に実施され、その後、毎年同じ日に2ドル50セントずつ、2028年まで引き上げられ、時給30ドルに到達する。その後は、物価上昇率にあわせて賃上げが実施されることになる。また、条例には、健康保険の手当ても加算も含まれている。しかし、ロサンゼルスのホテル労働者のすべてが対象になるわけではない。ホテルは、従業員60人以上に限定。また、空港の労働者も、保安や清掃などの職種に限られる。
とはいえ、条例の適応対象となるホテルや空港の事業者は、反対の姿勢を崩していない。ロサンゼルス市議会が条例を採択する直前の5月20日、条例反対派の事業者は、LA Alliance for Tourism, Jobs and Progress (LAATJP)を設立、市議会が条例案を可決した直後に、来年6月の選挙の際、条例を無効化するための住民投票を実施する考えを表明したのである。LAATJPの資料によれば、この署名集めの主要な資金提供者は、航空会社のデルタとユナイテッド、宿泊事業者の業界団体American Hotel & Lodging Associationである。ただし、住民投票には、登録有権者9万3000分の署名を6月中に集めなければならず、現段階で実施が決まっているわけではない。
これに対して、Local 11は6月11日、カリフォルニア州とロサンゼルスの司法長官に対して、LAATJPの署名集めの用紙に書かれた説明文に誤りや誤解を生みやすい表現があるなどとして、対応を求める訴えを起こした。さらに、6月16日には、LAATJPの住民投票の実施に備え、対抗措置として、ふたつの住民投票を進めることを表明。ひとつは、「オリンピック最賃」を市全域の労働者に拡大することで、もうひとつは、大規模なホテルの新設などに当たり、住民投票で賛否を問うことを求めることだ。これらの提案も、投票に付されるには、必要な数の署名を集めなければならない。このように、「オリンピック最賃」は、実施まで10日となった現在も、賛否を巡り、激しい闘いが続いている。
なお、「オリンピック最賃」を推進してきたNPO、LAANEは、誤ってLAATJPの住民提案実施署名を行った有権者に、署名を取消すように要請。Action Networkというリベラルな活動への募金や署名を集めるためのウェブプラットフォームに、取消しの署名を行うサイトをアップして、「オリンピック最賃」を守ろうとしている。このサイトは、以下から見ることができる。
https://laane.org/olympicwage/
移民労働
トランプ政権の大規模な移民摘発への反発、労働界に拡大の気配
2025年6月14日
ロサンゼルスのダウンタウンなどで6月6日に始まったUS Immigration and Customers Enforcement (ICE)による大規模な移民摘発は、ヒスパニック系住民を中心に、市民の強い反発を引き起こした。トランプ政権は、この抗議活動を、「暴動」と非難、カリフォルニアの州兵(National Guard)に加え、連邦軍の一部、海兵隊(United States Marine Corps)も出動させたものの、火に油を注ぐ状況に陥っている。6日の摘発の状況を監視していた、大手の労働組合の幹部が逮捕、3日間拘留されたこともあり、アメリカ最大の労働組合の連合会も、摘発に強く反発。これまでの移民の権利擁護を進めるNPOや草の根の労働団体に加え、大手の労働組合の間にもトランプの移民摘発に反対する動きが広がりつつある。
ICEによる6月6日からの移民摘発は、南カリフォルニア各地で行われた。特に注目を集めたのは、ダウンタウンとロサンゼルスの南端のロングビーチの中間近くに立地するパラマウントと、ダウンタウンの西に位置するウエストレイク、そしてダウンタウンの南にあるファッションディストリクトと呼ばれる繊維製品の小売業や縫製工場が集中する地域だ。実施されたのは、いずれも6月6日の午前中。パラマウンドとウエストレイクには、ホームセンターのチェーン店のHome Depotの店舗がある。ファッションディストリクトでターゲットにされたのは、婦人服の製造や販売などを手掛けるAmbiance Apparelの工場だった。摘発されたのは、労働者で、トランプ政権が掲げる「犯罪を犯した不法移民」というスローガンとは一致しない。
摘発された地域は、ヒスパニック系の住民や労働者が多いことで知られている。例えば、パラマウントは1781年、メキシコからの入植者によってNew Spainと命名された土地だ。その名の通り、スペイン帝国の一部だった。その後、メキシコはスペインから独立、カリフォルニアを領土としていたが、1846年にアメリカ軍がメキシコに侵略を開始。このMexican–American War(米墨戦争)の結果、現在のカリフォルニア州はアメリカに併合された。なお、パラマウントが独自の市になったのは1957年だ。
こうした経緯もあり、2024年の人口統計局のデータによると、パラマウント市の人口5万1000人余りのうち82%余りがヒスパニック系で、その大半はメキシコ系と見られる。また、25歳以上の住民のうち、高校を卒業している人の割合は65.9%に留まり、2023年の貧困率も13.3%と全米平均の11.1%よりやや高い。一方、ウエストレイクは、ロサンゼルス市の一部で、ダウンタウンの中心部と高速道路で隔てられた西側に位置している。ロサンゼルス市の2022年のデータによると、人口約11万5000人のうちヒスパニック系は69%を占め、貧困率は23.6%に達する。
ファッションディストリクトは、行政上の区画ではない。繊維街と呼ばれた時代もあったように、繊維関係の店舗や縫製工場などが密集している。現在では、概ね北は7th Street、南は18th Street、西はBroadway、東はSan Pedro Streetに囲まれた、20ほどのブロックの地域を指すことが多い。なお、ファッションディストリクトは、ロサンゼルス市の認可を受け、地域のビジネス振興を目的にした店舗や不動産所有者によるBusiness Improvement District (BID)が設定されており、これには107ブロックが含まれる。その名からイメージされるように、この地域は、衣料品の小売や卸売りを中心に、2000以上の店舗などが立ち並び、観光客であふれた華やかな街並みとして知られている。このため、縫製工場が立地していると感じる人は少ないだろう。
繊維産業のハブといえば、かつてはニューヨークだった。しかし、現在は、このロサンゼルスのファッションディストリクトに代わっている。実際、ファッションディストリクトの縫製工場と労働者に関する2022年のLos Angeles Department of City Planningの調査報告書” Analysis for the Fashion Industry in Downtown”によると、全米の縫製事業の83%は、この地で行われている。ただし、家賃の高騰などにより、ロサンゼルス市の東部などに生産が移転しつつある。なお、この調査報告書によると、ファッションディストリクトで働く労働者の多くは、上述したICEが摘発を行った地域のひとつ、ウエストレイクから通っている。その理由については、バスを乗り継がずに通えるためだという。
前述のように、パラマウントとウエストレイクの移民摘発は、Home Depotの店舗付近で行われた。では、なぜ、Home Depotなのか。世界最大のホームセンターで、アメリカ国内に2300余りのチェーン店を構えているHome Depotの顧客の多くは、建設関係の事業者で、資材などの購入に訪れる。建設事業者の業界団体、National Home Builders Associationが2024年に発表した調査結果によると、建設事業の従事者は全米で1190万人。その4分の1に当たる300万人は移民と推定されている。カリフォルニア州では、この割合がさらに高く、41%にのぼる。なお、データはやや古いが、2017年4月22日発信のLos Angeles Timesの” Immigrants flooded California construction. Worker pay sank. Here’s why”という記事によると、ロサンゼルス郡の建設労働者に占めるヒスパニック系の割合は、69.6%に上っている。
建設関係に多くの移民が就労していれば、ホームセンターに来る移民も多いだろう。そこに焦点を当てた摘発は、摘発者の数を引き上げるために合理性がないわけではない。しかし、移民労働者が逮捕、あるいは摘発を恐れ仕事を避ければ、建設業界は深刻な人手不足に陥ることは必至だ。Home Depotsがターゲットにされたという報道も少なくないが、移民の労働力に依存するアメリカ経済の実態を無視した、政治的な判断に基づく摘発と見られ、経済的な理由から揺り戻しが不可避だろう。実際、6月6日以降の摘発後、トランプ大統領は、ホテルなどのホスピタリティ産業や農場における移民の取締りを緩和する方針を打ち出さざるをえなくなった。
トランプ政権は、移民=不法滞在=犯罪者という虚構に基づき、摘発を進めている。例えば、トランプ大統領は6月12日付のSNSのTruth Socialへの投稿のなかで、バイデン政権の移民政策で犯罪者が海外から流入したとして、前政権を批判。そのうえで、「我々は、アメリカの農民を守る。しかし、犯罪者をアメリカから追い出す」と述べている。しかし、6月6日以降の大規模摘発で逮捕された移民の大半は、労働者だった。ファッションディストリクトのAmbiance Apparelで働いていた人々は、その象徴といえる。40人余りが摘発された現場では、労働者以外の逮捕者もでた。摘発の状況を監視していた人物である。
この人物の名は、David Huerta(58歳)。メキシコから渡米した農業労働者を祖父にもち、ビルの清掃労働者の組織化運動、いわゆるJustice for Janitorsで指導的な役割を担った。現在は、Justice for Janitorsを進めてきたService Employees International Union (SEIU)のカリフォルニア州支部の委員長や4万5000人の清掃労働者を組織しているSEIU United Service Workers Westの委員長、州の労働組合の連合体のCalifornia Federation of Labor Unionsの副委員長などに就任。また、University of California at Los Angeles (UCLA)のLabor Centerの顧問につくなど、労働界で幅広く活動している。Huerta氏は、逮捕される際、ICEの取締官に押し倒され、負傷、病院で治療を受けた後、拘留された。なお、Huerta氏は6月9日、裁判所から保釈が認められた。ただし、保釈金は、5万ドルにのぼった。
摘発状況を監視していたと主張する同氏の逮捕に、所属労組のSEIUは強く反発。プレスリリースによる抗議の意思の表明に加え、連邦議員に同氏の釈放を要請する嘆願書を送付する活動も進めた。この動きは、労働界に拡大。6月9日に首都ワシントンで抗議集会が開催され、全米最大の労働組合のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)のLiz Shuler委員長は、「デイビッドを解放せよ」と書かれたプラカードを手にした人々の前で、「政府は、労働界が誰一人として置き去りにしない」と述べ、トランプ政権による摘発で逮捕された移民全体への支援を行う姿勢を示した。
とはいえ、労働界が一気に反トランプ、反移民摘発に向かっているわけではない。単産レベルで見ると、農業労働者の労働組合、United Farm Workersは摘発を批判する声明を発表するなどしている。また、AFL-CIOに加盟していない左派系の独立組合のUnited Electrical, Radio and Machine Workers of America(UE)も6月11日の声明の中で、ロサンゼルスにおける移民摘発や、それに対する抗議行動への州兵や海兵隊の派遣を批判。しかし、同じ左派系であっても、活動者のネットワーク組織的なLabor Notesや縫製労働者も組織しているHERE UNITEのように、明確なスタンスを示していない労働団体が大半だ。
どのようにして、Huerta氏がAmbiance Apparelの摘発について知り、現場に駆け付けたのかは不明だ。SEIUの声明文やメディアの報道にも、この点を示した記述は見当たらない。可能性のひとつとして、Los Angeles Rapid Response Network (LARRN)を通じて、情報を入手したことが考えられる。第二次トランプ政権の発足直後の1月24日、従来のRaids Rapid Response Network of Los Angelesを発展的に解消して設立された団体だ。ICEによる摘発があった場合に備え、情報の収集や交換、摘発時の状況を記録するなどの行動を緊急に実施するための連絡網としての役割を担っている。全米各地に同様な組織が作られているが、LARRNの設立の中心になったのは、Coalition for Humane Immigrant Rights (CHIRLA)という移民問題に取り組む団体の連合組織である。ここにHuerta氏が州の委員長をつとめるSEIUの721支部(SEIU Local 721)も主要メンバーとして加盟している。
LARRNに参加しているNPOのひとつに、Garment Worker Center (GWC)がある。ファッションディストリクトの労働者の権利擁護などに取り組んでいる組織だ。ロサンゼルスには同様の労働系NPOが10以上設立され、その多くはLos Angeles Worker Center Network (LAWCN)に加盟。連携して、黒人やアジア系などのマイノリティの労働者や洗車場の労働者など、特定の人種や産業で働く未組織の労働者への支援を提供している。GWC のディレクター、Marissa Nuncioさんは、In These TimesというNPOのメディアによる6月11日発信の”“Our Biggest Fear”: A Garment Worker Organizer on the ICE Raid That Set Off Mass Protest”という記事の中で、ICEによる6日の摘発について事前に知らなかったとしたうえで、LARRNを通じて事態を把握したと述べた。職場への摘発という「最悪の事態」において、逮捕された労働者の家族に支援を提供しているという。
ロサンゼルス市は、Day Labor Program & Resource Centersという日雇い労働者への支援機関を設立している。雇用者が日雇い労働者を適切に雇用するように、両者の関係を調整したり、日雇い労働者に各種の行政サービスを紹介することなどが主な業務だ。市内に7カ所のセンターが設けられているが、そのうちのふたつは摘発があったウエストレイクとファッションディストリクトである。日雇い労働者の支援組織、National Day Laborer Organizing Network (NDLON)のPablo Alvarado共同事務局長は、6月13日に発表したプレスリリースの中で、今回の摘発が日雇い労働者を含めた移民労働者だけでなく、移民が経営している零細ビジネスが大きな打撃を受けていると指摘。労働者に加え、移民の事業者への支援を呼び掛けている。
このように、6月6日以降のロサンゼルス各地におけるICEによる摘発は、日本のメディアの多くが伝えている「暴動」とそれを抑え込む州兵や海兵隊という図式だけで語られるべきではない。労働者としての移民への摘発に対して、大手の労働組合の幹部が逮捕、拘留されたことの影響も大きいと推察されるものの、労働界に、反摘発の動きが広がってきたことも事実である。また、これまで移民労働者を支援してきたNPOや活動者団体は、摘発された労働者の家族などに様々な支援を提供している。こうした労働界と移民支援の団体が連携して、政権に対峙し、状況を改善していくことができるのか。今後も注目していく必要がある。
なお、SEIUは、6月13日付で、David Huertaの逮捕に対して、世界15ヵ国の労働組合から釈放を求める連帯声明を受け取ったと伝えている。この中に日本は含まれていないが、その内容は以下から見ることができる。
https://www.seiu.org/blog/2025/6/massive-outpouring-of-global-solidarity
日米関係
コメ不足で注目されるアメリカ産米、NPOの検査で多量のヒ素などの含有指摘
2025年6月8日
米価の高騰と品薄を受けて、政府は、備蓄米の放出に加えて、コメの輸入量を増やすことを検討している。直近のコメの輸入先で最も多いのは、アメリカで、次いでタイ、中国などだ。「トランプ関税」への対応策としての側面からも、アメリカ産米の輸入が増加する可能性がある。アメリカ産米といっても、多様な品種があるが、スーパーなどで目にするカルローズなどは、「日本人の口にも合う」という声も少なくない。しかし、安全性への問題はないのか。日本国内でこの問いが取り上げられることはほとんどないが、最近、アメリカのNPOが市販されているアメリカ産米と輸入米に含まれる有毒金属の含有量に関する検査結果を発表。すべてのサンプルからヒ素が検出された他、カドミウムなど長期間摂取すると健康被害が生じる可能性がある有毒金属の含有が明らかになり、コメの安全性に関する議論が広がっている。
この検査結果の報告書を発表したのは、Healthy Babies, Bright Future (HBBF)というNPO。HBBFは、税制優遇をもついわゆる501c3団体ではなく、バージニア州の501c3団体、Virginia Organizingと連携して独立性をもって活動している団体だ。その名が示すように、赤ちゃんの健康を守り、明るい未来をつくることをミッションに掲げている。ただし、赤ちゃんが抱える問題全般ではなく、脳の発達に悪影響を及ぼす有毒な化学物質に赤ちゃんがさらされることを抑制するための調査や研究、啓発活動などを実施。また、鉛による水質汚染の調査など、直接、赤ちゃんに関わる問題以外にも全米各地で取り組んできた。なお、Virginia Organizingは、1995年に設立されたNPOでバージニア州の団体と連携して、政策決定から排除されてきた人々などを組織し、それらの人々が直面する問題への解決を支援する進歩的なNPOだ。
HBBFが実施したアメリカ産米と輸入米に含まれる有毒金属の含有量に関する検査は、今年5月に” What’s in your family’s rice?” というタイトルの48ページに及ぶ報告書(以下、報告書)として発表された。検査に当たって、HBBFは、ラテン系のアドボカシー団体のGreen Latinosやサンフランシスコのチャイナタウンで女性や子どもの生活改善活動に取り組むGum Moonなどの団体の協力を受けて実施したという。なお、コメにおける有毒金属の含有量の検査については、シアトルにある重金属分析において高い専門性を持つ研究機関、Brooks Applied Labsに委託して行われた。報告書の発表後、5月下旬から6月初旬にかけて、Food Safety Magazineのような食品の安全に関するメディアだけでなく、テレビの3大ネットのひとつCBSやケーブルテレビ局の大手CNNが記事を掲載。さらに、全米最大のローカルテレビ局の所有企業のNexstar Media GroupのひとつNewsNation、保守系メディアのFOX Newsなどが取り上げるなど、幅広い関心を集めたことがわかる。
報告書の調査のサンプルとして用いられたコメは、ニューヨークや首都ワシントン、シカゴ、ヒューストン、ロサンゼルスなど、全米20都市のスーパーなどで購入された。なお、報告書のタイトルに”rice”とあるため、「コメ」と記載してきたが、検査に用いられたサンプルのうち玄米や白米などのコメは145種類。コメの有毒金属の含有量と比較するために、大麦やソバ、ユリ科の疑似穀物アマランサス、キヌアなど66種類が「代替穀物」として検査された。検査で検出された有毒金属は、ヒ素の他、カドミウム、鉛、水銀の4種類。コメと代替穀物に比較すると、コメの有毒金属の含有量は平均で118ppbであるのに対して、代替穀物は33 ppbと4分の1を少し超える程度に止まっている。なお、ppbは、Parts-Per-Billionの略で、10億分の1を意味する。耳にすることが多いppmは、Parts-Per-Millionの略で、100万分の1のことだ。
同じコメに分類されていても、種類や産地によって有毒金属の含有量がかなり異なる。最も含有量が多いのは、アメリカ南東部またはアメリカ産と記載されている玄米で、151 ppbにのぼる。アメリカ南東部またはアメリカ産であっても白米の場合は、118ppbだった。また、アメリカ産でもカリフォルニアで収穫されたSushi米やカルローズは、65ppbと含有量が少ない。輸入米も、産地や種類によってかなり異なる。例えば、短粒米でリゾットに用いられることが多いアルボリオ米(イタリア産)は、142ppbとアメリカ南東部またはアメリカ産と記載されている玄米に近い水準に達している。インド産のバスマティライスとタイ産のジャスミン米は、コメの有毒金属の含有量の平均値を下回り、それぞれ100ppbと86ppbだった。
検査が行われたコメのうち、有毒金属のうち最も多く含まれていたのは、ヒ素で、145のサンプル全てから検出された。このうち、25%以上は、食品の衛生管理を担当する連邦政府機関のFood and Drug Administration (FDA)の基準を超えていた。なお、FDAの基準は、2020年8月に定められたものだが、乳児用米シリアル中の無機ヒ素についてだけ規制しており、コメ全体に対する安全性の指針を示しているものではない。検査対象になったコメを用いて、乳児用米シリアルを自宅で作った場合、アメリカ南東部またはアメリカ産の玄米では80%、アルボリオ米(イタリア産)では44%は、FDAの基準を超える。たたし、カリフォルニア産のSushi米やカルローズは、基準内に収まるという。このため、報告書の結果に基づき、HBBFは、ヒ素やカドミウムについて、FDAがより包括的かつ厳しい基準を設定すべきだと述べている。
コメに含まれる有毒金属は、ガンや神経発達の障害、IQの低下などの健康リスクに影響を及ぼす。FDAの規制強化の必要性は指摘しつつも、それがすぐに実現するわけではない。このためHBBFは、代替穀物の利用を提案している。コメに比べて代替穀物の有毒金属の含有量は、平均69%少ないからだ。このため、大麦やキヌアなどの代替穀物の食事を増やすことで、有毒金属の摂取を減らすことが期待できる。例えば、キヌアは、ミネラル・ビタミン・食物繊維・タンパク質などを豊富に含んでいる。しかし、値段が高い。日本でも「驚異の穀物」などと銘打って販売されているが、楽天サイトで見ると、500グラムで2448円(送料込み)とかなり高価だ。このため、調理法によるヒ素の削減方法も推奨している。コメやパスタのなどを調理する際、水を多く用い、できあがった後で、余分な水を捨てる方法などだ。ただし、日本人などがコメを炊いて食べるには、向かないだろう。
なお、HBBSは、コメの接種が多い人々にとっては、特に注意が必要だと指摘している。アジア系やラテン系の家庭の多くは、日常的にコメが消費されるためだ。上述のように、ラテン系のGreen Latinosやチャイナタウンで女性やこどもの生活改善に取り組むGum Moonなどの団体の協力を受けて実施された。報告書は、2019年にAbt Associatesが発表した”Results of Lifetime IQ Decrement Analysis from Dietary Exposures to Lead and Inorganic Arsenic for Children 0 to <2 years of Age”という報告書に基づき、ラテン系やアジア系の二歳未満の赤ちゃんの食事におけるコメの摂取割合を示している。二歳未満の赤ちゃん全体の食事におけるコメの摂取割合は7.5%にすぎない。しかし、ラテン系では14.1%、アジア系は30.5%に増加。さらに、生後18カ月から24カ月のアジア系の赤ちゃんは、50.4%を占めている。ヒ素などの影響が大きいということだ。
こうした指摘に対して、生産者団体からは、反発の声があがっている。例えば、生産者団体のUS Riceの関連組織でNPOのUSA Rice FederationのMichael Klein広報官は、6月2日に発信されたFOX Newsの”Toxic heavy metals detected in popular rice brands across America, study shows”と題する記事の中で、「地上で生産される作物のほぼすべてからヒ素は検出されている」と指摘。そのうえで、「(報告書が示した)すべての例は、FDAの推奨ガイダンスを下回っている」として、報告書は「誤解を生みやすい」と批判している。また、報告書の結果への直接の言及ではないが、US Riceはウェブサイトで有識者の発言を紹介。そのひとりのSt. Catherine UniversityのJulie Jones教授は、「アジア系は他の民族よりも多くのコメを食べているものの…がんリスクが低い」と指摘、コメの摂取量とガンの関係に疑問を呈している。
とはいえ、報告書によれば、アメリカ産を含め、アメリカで市販されているコメの大半は、ヒ素やカドミウムなどの有害金属の含有量が多いことは事実である。では、アメリカ産のコメを日本に輸入した際、健康上のリスクを考える必要はないのだろうか。ちなみに、日本はコメのヒ素濃度の基準値を規定していないため、日本産のコメとの比較や安全性を判断することは困難だ。とはいえ、日本は現在、「日本が海外から最低限輸入しなければならないコメ」、いわゆるMA米を年間77万トン輸入している。年によって若干相違はあるものの、ほぼ半分はアメリカからだ。報告書によれば、カリフォルニア産のカルローズ(白米)や有害金属の含有量は少ない。しかし、南東部またはアメリカ産と記載されている玄米は、最悪に近い水準である。食べたらすぐ健康被害が生じるというほどではないにせよ、こうした現実を踏まえた輸入政策の検討が必要ではないだろうか。
なお、HBBSの報告書は、以下から見ることができる。
https://hbbf.org/sites/default/files/2025-05/Arsenic-in-Rice-Report_May2025_R5_SECURED.pdf
反戦平和
ガザ停戦に関する安保理におけるトランプ政権の拒否権発動の中、国連前で40日間のハンスト”Fast for Gaza”実施
2025年6月5日
国連安全保障理事会は6月4日、パレスチナのガザ地区における即時停戦と人道支援の制限解除を求める決議案を審議、採決の結果、全15理事国のうち14ヵ国が賛成したが、アメリカが拒否権を行使、否決された。採決に先立つ5月22日から、ニューヨークの国連本部前で、”Fast for Gaza”というガザの住民に連帯の意志を示すとともに、人道援助の再開とトランプ政権によるイスラエルへの軍事支援の停止を求め、ハンガーストライキ(以下、ハンスト)が実施されている。平和活動に取り組む退役軍人の団体などが行っているもので、国連付近での活動への参加者は十数人にすぎないものの、6月5日現在、アメリカを中心に現役の空軍少尉も含め、世界各地で700人余りが加わっており、6月30日まで続ける予定だという。ハンストの参加者の中には、国連総会で「平和のための結集」決議が採用され、停戦と国連主導の人道援助の実施を期待する人もいる。
”Fast for Gaza”の中心になっているのは、Veterans for Peace(VFP)という退役軍人のNPOだ。日本のNPO法人が作成する活動計算書に相当し、連邦政府の財務当局Internal Revenue Serviceに提出される、2023会計年度のForm 990によれば、活動の目的は国際紛争の解決手段としての戦争をなくすことである。2023年度の歳入は52万ドル、歳出は40万ドルと、予算的にはそれほど大きな団体ではない。ただし、歳入のうち会費は10万ドル余りを占めている。団体のウェブサイトによれば、会費は50ドル(学生などは25ドル)なので、2000人ほどの会員がいることになる。また、日本やベトナムを含め、120余りの支部があるという。なお、設立されたのは1985年で、核軍拡が進んでいたことやレーガン政権の中米への軍事介入に危機感をもった退役軍人10人によって設立され、同時多発テロ事件後の2003年には会員が8000人に達していた。
退役軍人による反戦平和団体というと、日本ではイメージしにくいかもしれない。しかし、1967年にベトナム戦争の退役軍人6人が設立、ベトナム反戦を訴えた、Vietnam Veterans against the War (VVAW)のような組織もある。VVAW は、2004年に民主党の候補者指名を獲得し、George W. Bushと大統領の座を争った、John Kellyや女優のJane Fondらが支援していたNPOとして知られている。なお、John Kellyは、ベトナム戦争に従軍した経験を持ち、大統領選挙の敗北後、2013~17年にObama政権下で国務長官を務めた。また、VVAW は、ベトナム戦争時に散布された枯葉剤、いわゆるAgent Orangeの被害を受けた米兵の健康問題への対策を政府に求める活動にも取り組んできた。
退役軍人の政治的活動として知られているもののひとつに、第一次世界大戦の退役軍人とその家族らによる"Bonus Marchers"がある。1924年に成立した”World War Adjusted Compensation Act”という法律、通称”Bonus Act”が定めた1945年からの「ボーナス」支給予定について、大恐慌で生活難に陥った退役軍人とその家族らが前倒して行うよう要求。1932年の半ばに首都ワシントンに数万人が結集し、7月28日に警官隊と衝突して、ふたりが亡くなった惨事のことだ。なお、「ボーナス」とは、恩給または年金に近い意味合いといえる。この時は、ほとんど成果をえられなかったものの、第二次世界大戦後のGI Billは、"Bonus Marchers"の要求を具現化したものといわれている。
この"Bonus Marchers"になぞらえた、退役軍人による集会が6月6日、首都ワシントンで開催される。”Unite for Veterans, Unite for America Rally”というタイトルを掲げた集会だ。その背景には、トランプ政権による連邦職員の大量解雇がある。Department of Veterans Affairsをはじめとした連邦政府機関には、多くの退役軍人とその家族が働いている。解雇にともない収入の道が絶たれるだけでなく、医療保険などのベネフィットも失うことになる。集会は、Unite for Veteransという実行員会的な組織によって開催されるが、寄付控除の資格がない。このため、民主主義の擁護のため退役軍人を動員、エンパワーしていくことをミッションに掲げるNPO (510c3団体)のChamberlain NetworkがFiscal Sponsorshipを提供している。Fiscal Sponsorshipとは、寄付控除の資格をもたない団体が寄付や助成金を受ける際、代わりに受け取る立場をさす。
”Fast for Gaza”が行うハンストは、断食と呼ばれることが多い。完全に飲食を絶つ行為のように思われることが少なくないが、水だけ、あるいは塩と水だけを摂ったりする場合や流動食を限定的にとることもある。”Fast for Gaza”は、40日間に及ぶため、完全に飲食を断てば、死は避けられない。ただし、”Fast for Gaza”では、1日250カロリーを摂取する。なぜ、250カロリーなのか。これは、イギリスのNGO、Oxfam Internationalが2024年4月3日に発表したプレスリリースの中で、ガザ北部の住民が1日当たり245カロリーの食事しか摂取できないでいると報告したデータに基づいて決められたという。なお、日本の農林水産省によると、一日に必要なエネルギー量は、活動量の少ない成人女性の場合、1400~2000kcal、男性は2200±200kcal程度が目安だ。1日245カロリーという摂取量は、1年前の数字であり、現在は、より厳しい「飢餓状態」にあるといわれている。
250カロリーは、ラーメン1杯分程度にすぎない。これで1日、それも40日間続けるのは容易ではない。どのような思いから”Fast for Gaza”に参加するのだろうか。インターネットでニュース配信を行っているDemocracy Now!というNPOが6月5日に放映した”As U.S. Vetoes U.N. Gaza Ceasefire Resolution, Kathy Kelly & Veterans Enter 3rd Week of Hunger Strike”という番組は、国連前からの放送で、この点を参加者に尋ねている。そのひとりで、現役の空君少尉のJoy Metzlerさんは、正義と国、国民を守りたいという思いから軍人になったと述べた。しかし、「ガザのジェノサイド」を見ると、アメリカの軍や政府が、こうしたことに関心がないことを知り、「自分が教わってきたこと、すなわち正義のために立ち上がる」ことを実践しようと決意したという。なお、METZLERさんは、良心的兵役拒否の申請を行い、今年4月に認可された。
また、日本にも支部がある国際的な反戦平和団体、World Beyond Warの理事長のKathy Kellyさんは、Democracy Now!のスタジオでインタビューに応じた。ノーベル平和賞に何度もノミネートされる一方、60回以上の逮捕歴をもつベテランの平和運動家のKellyさんは、6月4日の安保理におけるアメリカの拒否権発動を批判。しかし、国連は、総会で「平和のための結集」決議を採用し、ガザ地区の停戦と国連主導の人道援助の実施が可能との考えを示した。「平和のための結集」決議とは、国連の常任理事国が拒否権を行使して安保理が国連憲章で定められた機能を遂行するのを妨害している場合、国連が別の行動手段を実施することを可能にさせる措置だ。Kellyさんは、1956年のスエズ危機における国連の対応を例にして、決議の活用に期待を示した。ただし、「平和のための結集」決議は、法的拘束力がなく、実際にイスラエルの行動を止めることにつながるかどうか、不明だ。
Kellyさんは、国連主導の人道援助の実施の必要性も指摘している。これまで、ガザ地区への支援はNGOと連携した国連が中心になって実施してきた。しかし、3月にイスラエルが停戦を破棄、ガザ地区への軍事侵攻を再開。その後、食料や医療などの支援物資の地区への搬入がイスラエルによって停止されている。これが、現在のガザ地区の飢餓状態の背景にある。国際社会の批判を受け、トランプ政権は今年初め、Gaza Humanitarian Foundation (GHF)を設立、国連などに代わり、イスラエルとともにガザ地区への支援を行うとした。しかし、5月末に始まった「支援」は、不十分なうえ、イスラエルによるとされる銃撃により多数の死者が発生。GHFは6月4日、メンテナンス・補修作業のためとして、活動を停止した。人道援助の原則を踏み外しているなどとして、国際社会が反発していることを踏まえ、GHF主導を改め、国連中心の支援を再開させるべき、というのがKellyさんをはじめとした”Fast for Gaza”に関わる人達の考えだ。
なお、上記のDemocracy Now!の番組のビデオとトラスクリプトは、以下から見ることができる。
https://www.democracynow.org/2025/6/5/fast_for_gaza_un
日米関係
日本製鉄のUSスチール買収にトランプが歓迎表明、労組は依然反発、環境や健康問題の置き去りに懸念も
2025年5月31日
トランプ大統領は5月30日、ペンシルベニア州にあるUSスチールのモンバレー製鉄所アービン工場で演説、日本製鉄によるUSスチール買収計画を歓迎する意思を表明した。ただし、計画の具体的な内容については明らかにしなかった。これに対して、USスチールの労働者を組織しているUnited Steel Workers (USW)は、声明を発表。日本製鉄のこれまでの経営姿勢や労務対策を批判するとともに、買収の議論に加えられていないことに不満の意志を表明した。一方、USスチールの高炉の多くが石炭やコークスを利用していることから、気候変動や健康問題に取り組む団体からは、改善を求める声が出ている。買収後も現在の高炉が用いられるとみられるため、仮に合併が実現しても、日本製鉄の経営が順調に進むかどうか予断を許さないといえよう。
USスチールは、1901年創業され、かつては世界最大の鉄鋼メーカーだったが、海外からの安い鋼材の流入などにより競争力を失い業績は低迷。事業の売却を含めた経営の見直しを迫られ、2023年12月に日本製鉄が141億ドル(約2兆円)の買収案を提示、翌年4月には、USスチールの株主総会で、承認された。しかし、全米第2位の鉄鋼メーカーで、かつてアメリカを代表する企業と見られてきたUSスチールを日本製鉄という海外企業に売却することへの反発も強い。このため、海外からの投資と安全保障の関係を審査する政府機関、Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)による審査が実施されることになった。
CFIUSの委員は、2024年12月までに、買収の可否について一致した結論だすことができなかった。このため、判断を委ねられた当時の大統領バイデンは、退任直前の2025年1月に” Order Regarding the Proposed Acquisition of United States Steel Corporation by Nippon Steel Corporation”と題する大統領令を発令、買収計画は葬り去られたかに見えた。しかし、日本製鉄とUSスチールは、バイデン政権の決定に強く反発、大統領令の無効などを求めてバイデンとCFIUSを提訴、計画の実現をめざした。とはいえ、当時、前大統領で共和党の候補者に指名が確実視されていたトランプも、反対の意思を表明していた。例えば、2024年1月、トランプは、トラックドライバーなどを組織する大手の労働組合、International Brotherhood of Teamsters (IBT)のSean M. O’Brien委員長と会談後、「(大統領に就任すれば(合併)を)即座に阻止する」と述べていた。
バイデンとトランプ共に合併に反対の姿勢を示した背景として、USスチールの労働者を組織しているUSWの存在を指摘する声がある。USスチールが本社を置き、工場も稼働させていたペンシルベニア州は、2024年11月の大統領選挙の激戦州のひとつだ。退職者も含め、公称85万人の組合員を持つとされるUSWの組合員の票を獲得したいという意図が、両候補にあったことは間違いないだろう。ただし、Steel Workers(鉄鋼労働者)を名前に入れているものの、正式にはUnited Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Unionという組織名が示すように、さまざまな労働者を組織している。オンラインの求職サイト、Zippiaによれば、全米の鉄鋼労働者は推定4万4411人にすぎない。また、USWの本部は合併に反対しているが、5月30日のトランプの演説に地元の支部の役員らが出席したことに示されるように、賛成派も少なくない。
トランプは2期目の就任式直前の今年1月6日、SNSのTruth Socialへの投稿の中で、「なぜ、いま、USスチールを売却しなければならないのか」と疑問を提示。その後、自らが引き上げる関税措置により、「より高利益、高価値の企業になる」と主張、「合併をせずに世界で最も偉大な企業に再生できる」と自信を示していたのである。また、これに先立ち、大統領への再選をはたしたトランプは2024年12月3日、Truth Socialに「かつて偉大かつ強力だったUSスチールが外国企業に買われること強く反対する」と述べていた。この投稿に対して、USWは同日のプレスリリースの中で、David McCall委員長がトランプへの謝辞を表明した。しかし、大統領就任後の「トランプ関税」の発動に対しては、カナダへの措置を「不要」と述べるなど、政策の改善を求めた。
こうしたUSWの動きが、合併に関するトランプの当初の姿勢に、どの程度の影響を与えたのかは不明だ。しかし、トランプは4月7日、CFIUSに対して、バイデン政権時代の審査結果を再検討するよう求めた。ロイター通信は5月22日、CFIUSがトランプに審査結果を報告したと伝えた。そして、トランプは24日、USスチールの本社をペンシルベニア州ピッツバーグに置いたまま、日本製鉄から「投資」を受入れる「パートナーシップ」を成立させたと、Truth Socialで明らかにしたのである。ロイター通信の5月22日の報道の直後、USWはプレスリリースを通じて、トランプに合併の見送りを求めた。
5月30日付のUSWのプレスリリースによれば、USWは、USスチールと日本製鉄、トランプ政権による合併に関する「議論には参加しておらず、相談も受けていない」と述べており、「蚊帳の外」に置かれていたことが明らかになった。プレスリリースは、対米貿易に関して日本製鉄が連邦政府のInternational Trade Commission (ITC)から13回にわたり違法行為の指摘を受けていたと指摘するなど、買収を認める対象としての適性に疑問を提示。そのうえで、「USWの唯一の関心事は、現在のUSスチールの鉄工所の長期的な存続と持続可能性だ」として、買収後にも事業が継続され、雇用が維持されることに関心を移しているかのようなスタンスを示した。ただし、「悪魔は常に細部に宿る」として、買収の最終案の詳細部分に、これらの関心が満たされるかどうか注目していこうとしているように見られる。
以上の流れを見ると、トランプは、大統領選挙でUSWの組織票に期待して合併反対を打ち出した。しかし、「トランプ関税」に批判を受けただけでなく、その政策自体が十分機能していない中で、日本製鉄からの140億ドルの「投資」を「成果」として支持者に見せようとした、と考えることもできる。とはいえ、トランプが合併に前向きになったことを示す具体的な行動は、上記の4月7日のCFIUSへの再検討の指示である。この点に注目したのだろう。気候変動問題に特化したNPOのウェブメディア、Inside Climate Newsは5月30日、”U.S. Steel Is a Major Source of Pollution in Pennsylvania. Will Its Sale Lock in Emissions for Another Generation?”と題する記事の中で、トランプが4月8日に発令した大統領令” Reinvigorating America’s Beautiful Clean Coal Industry and Amending Executive Order 14241”との関連を指摘している。そのタイトルが示すように、石炭産業の活性化を進める考えを表明したものだ。
さらに、このInside Climate News記事は、5月23日にエネルギー省のChris Wright長官が、4月8日の大統領令などに関連させ、鉄鋼生産において石炭を重要な資源として位置づけることを明らかにした点も注目している。現在、アメリカで石炭またはコークスを用いて生産されている鉄鋼は、全体の3分の1に満たない。換言すれば、鉄鋼の大部分は、リサイクルされたスクラップ鋼と天然ガスを使用した電気アーク炉で作られている。USスチールにも、2022年に30億ドルをかけてアーカンソー州に建設した製鉄所のように、電気アーク炉がある。しかし、トランプが5月30日に演説をしたモンバレーをはじめ、ペンシルベニア州などにあるUSスチールの製鉄所の多くは、コークスを用いて生産している。演説の中で、トランプは、「今後10年間は、現在稼働しているすべての高炉をフル稼働で維持する」と述べた。
石炭やコークスで鉄鋼を生産すれば、二酸化炭素が発生する。だが、問題は二酸化炭素の排出による温暖化だけではない。二酸化硫黄、PM2.5なども排出されるため、人体に深刻な健康被害が生じている。例えば、2024年10月にIndustrious Labsが発表した“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”という報告書によれば、全米平均値に比べて石炭炉の周辺地域ではガンの発生率が12%高く、コークス炉周辺では26%も高くなっているという。また、年間のいわゆる「早死に」が460~892人、緊急治療室に入院する患者が443人、喘息患者は25万504人にのぼる。労働日の損失は4万5257日、休校日数も5万2361日に及ぶという。これらの炉からの排出ガスによる健康被害を金銭換算すると、報告書は、69億ドルから132億ドルにのぼると推計している。
USスチールは、石炭炉やコークス炉を多く抱えている。その炉の継続を前提に進められる、日本製鉄との合併。この事態に、USスチールの本社や製鉄所が多く立地するペンシルベニアなどにある環境保護団体などからは、懸念や反発の声が聞こえてくる。合併反対派のひとつに、大手の環境保護団体のSierra Clubがある。トランプがUSスチールの製鉄所で演説を行った5月30日と同じ日付によるプレスリリースは、「我々は一貫して買収に反対してきた」と述べている。その理由は、前述のようなUSスチールの石炭やコークスによる高炉が買収後も維持されるためだ。
Sierra Clubは、その根拠として、日本製鉄が2024年12月9日にUSスチールの従業員宛に送付した森高弘副社長名による書簡の中に、現在高炉を2030年までに改修し、長期的に使用する考えを示したことをあげている。なお、この書簡の宛先は従業員となっているものの、文面を見ると、USWないしその組合員向けのニュアンスが強い。また、書簡は、公開されており、ウェブサイトから見ることができる。現在の高炉を継続して使用することにSierra Clubが懸念を示すのは、「慢性的な大気汚染と水質汚染による喘息、呼吸器疾患、早期死亡の発生率の上昇」に長年にわたり周辺住民が苦しんできたためだ。そのうえで、日本製鉄が地域住民と話し合いをもっていないとして、住民の懸念に耳を傾けるように求めている。
では、USスチールの操業によってどの程度の健康被害が生じているのだろうか。この点を理解するうえで、前述のIndustrious Labsの報告書、“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”から見てみよう。報告書は、鉄鋼やコークスが生産されている工場付近別の推定被害状況を提示している。ペンシルベニア州のUSスチールに関しては、トランプが演説した工場を含むEdgar Thomsonとコークスの生産を行っているClairtonのふたつの地域を検討。それぞれの地域の「早死に」は11~22人と37~66人、緊急治療室に入院する患者は10人と41人、喘息患者は4895人と1万8664人である。労働日の損失は、1055日と2730日、休校日数も755日と5786日に及ぶという。なお、ペンシルベニア州には、Cleveland-Cliffs社のコークス工場も操業している。この工場周辺の健康被害は、「早死に」の推定3~5人という人数に示されるように、USスチールに比べると、かなり少ないことがわかる。
こうした健康被害に、環境や健康の問題などに取り組むNPOや地域の住民は看過しているわけではない。例えば、肺の健康問題との関連で大気汚染についても取り組んでいる大手の医療系NPO、American Lung Association (ALA)は毎年、“State of the Air”という大気汚染と健康被害についての報告書を発行。地域別の健康被害状況を提示することで、発生源となっている製鉄所などの環境対策を促している。また、ペンシルベニア州で大気汚染と健康被害に関する活動を行っているNPOや市民、研究者などの連合体、Breathe Collaborative (BC)は、USスチールを含めた汚染源とそれによる健康被害の調査、研究、啓発、政策提言などを実施。買収案が発表された直後の2024年1月には、USスチールのコークス工場があるClairton市で開催されたヒアリングで、BCの関係者らは、買収も絡めて大気汚染と健康被害への対策強化を求めた。
日本製鉄のUSスチール買収の反対理由に安全保障上の問題が指摘されていたこともあり、「同盟国」日本への不当な扱いという声も日本国内から聞かれる。では、両者へのトランプの「パートナーシップ」容認は、不当な扱いを取りやめたことになるのだろうか。労働組合のUSWは、本部が合併に反対を唱える一方、地元のUSW支部の幹部を含め、支持する声が強い。自らの雇用を守りたい、という労働者の意識の反映といえよう。しかし、買収が石炭やコークスを用いた鉄鋼生産の継続につながるのであれば、雇用される労働者や鉄工所周辺の人々への健康リスクも続くことになる。この動きが世界各地に広がっていけば、気候変動と人々への健康被害の悪化は避けられない。その影響は、日本に住む我々も含め、USスチールや日本製鉄と無関係な人々にも及んでいく。このトランプ主導の「パートナーシップ」は、決して他人事ではないのである。
なお、鉄鋼生産における健康被害の実態を示した、上記のIndustrious Labsの報告書、“DIRTY STEEL, DANGEROUS AIR: The Health Harms of Coal-Based Steelmaking”は、以下から見ることができる。
https://cdn.sanity.io/files/xdjws328/production/71057afa03f9784a6599a762149bd87fe735c06a.pdf
移民労働
留学生のビザの取消しに続く留学予定者へのビザ発給面接の中止、トランプ政権の政策に内外から懸念や批判が噴出
2025年5月30日
トランプ大統領は、就任直後、テロ対策や反ユダヤ主義の取締りなどを名目にしたふたつの大統領令を公布した。イスラエルのガザ侵攻に反対する活動を行ってきた外国籍学生らを逮捕、国外送還にしようと試みてきたが、この動きは急速に拡大。全米各地で多数の留学生が逮捕、拘束され、一部の外国籍学生のビザが取消される事例が相次いだ。さらに、5月27日、国務省は、在外公館に対して、留学用のビザ発給に必要な面接の新規受付を一時停止するよう指示。これらの措置は、すでに入国している外国籍学生やアメリカで学ぼうと準備していた人々に不安や懸念を与えているだけではない。100万人を超える留学生を受入れている大学などの教育機関や生活に必要な食料や住居を提供している地域のビジネスにも、大きな影響が及ぶのは必至だ。こうしたトランプ政権の留学生に対する政策は、内外から懸念や批判を生んでいる。
海外に渡航するには、通常、査証(以下、ビザ)の発給を受ける。ビザとは、国家が自国民以外の人に対して、その人の所持する旅券(パスポート)が有効で、入国しても差し支えないと示す証書ということができる。入国の目的によって、異なるビザが発給される。アメリカに留学するには、F、MまたはJのいずれかのビザを取得しなければならない。Fは、最も一般的な留学生向けのビザで、Academic Student Visaと呼ばれるように、大学などで学ぶことを認めている。Mは、Vocational Student Visaのことで、日本でいえば専門学校などで学ぶ外国籍の人向けのビザである。最後のJは、Exchange Visitor用のビザで、大学の教員や研究者、学生などが交換(交流)プログラムなどで渡米する際に用いられる。ここでは、F、M、Jを総称して学生ビザと記載する。
学生ビザを取得するには、アメリカの在外公館で面接を受ける必要がある。ただし、すでにアメリカに入国して、国内でビザの種類を変更する場合などは、この限りではない。面接を受ける際には、留学を予定している大学などから、I-20という入学許可書を発給してもらい、他の必要書類とともに、これを持参して、大使館や領事館で面接を受けることになる。5月27日に国務省が在外公館に指示した、新規面接の一時中止とは、このことを指している。面接を受けることができなければ、学生ビザは発給されない。したがって、渡米し、入学が認めれた大学の門を潜ることはできなくなる。アメリカの大学の大半は、8月後半から9月初旬にかけて新学期を迎える。まだ3カ月弱あるものの、一時中止が長引けば、入学はできない人もでてくるだろう。留学予定者にとっては、一大事である。
前述のように、トランプ大統領は、留学生のビザ取消しや受入れ規制につながる大統領令をふたつ公布している。1月20日の” Protecting the United States from Foreign Terrorists and Other National Security and Public Safety Threats”と1月29日の” Public Safety Threats and Additional Measures to Combat Anti-Semitism”である。それぞれのタイトルが示しているように、前者は外国からのテロへの対策、後者は反ユダヤ主義を取り締まるための措置だ。大統領就任直後に、イスラエルのガザ侵攻に抗議活動を行っていた留学生らを逮捕したことは、その是非は別として、これらの大統領令に準じた措置と考えることもできる。しかし、なぜ、一般の留学生あるいは留学予定者にまでその影響が及ぶのか、疑問を感じても不思議はない。とはいえ、権力者は、自らの都合に適合させるように、法律を拡大解釈しがちであることは、歴史が示している。
トランプ大統領の場合、この拡大解釈が広範囲にわたるだけでなく、裁判所による違憲あるいは違法とする判決も無視する姿勢を継続。今回の留学生問題への対応もその一環であり、そうした大統領の法を無視したスタンスを問題視しなければならない。例えば、国務省は3月27日付で同省のウェブサイトに掲示された” Secretary of State Marco Rubio and Guyanese President Irfaan Ali at a Joint Press Availability”という見出しのインタビュー記事の中で、Marco Rubio長官が「国務省が300人のビザを取消したという新しい情報があるが?」というインタビュアーの問いに対して、「多分、もっと…、毎日(ビザの取消しを)行っているので、今日時点では300以上人だろう」と述べたことが報告されている。
このRubio長官発言を受けた形でTIMEは、4月1日に” These Are the Students Targeted by Trump’s Immigration Enforcement Over Campus Activism”というタイトルの記事を発信した。逮捕された留学生ら数人のパレスチナ問題に関する活動歴やビザの種類や状況について、個別に詳しく紹介している。この記事を見ると、学生ビザで滞在している留学生だけでなく、永住権を持っていても逮捕、拘留されている人がいた。TIMEが取り上げたひとりで、Georgetown UniversityのフェローとしてJ-Visaで働いていたBadar Khan Suri 氏は、3月17日に連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)によって逮捕された。3月20日に、Suri 氏の国外送還は認められないという判断を連邦地裁が示したものの、DHSは拘留を続けた、とTIMEの記事は伝えている。なお、Suri氏は、5月14日に出された連邦地裁の判決により、拘留の無効が認められ、釈放された。
「毎日、(ビザの取消しを)行っている」というRubio長官の言葉は、嘘ではなかった。高等教育に関する情報を伝えているニュースウェブサイトInside Higher EDの”International Student Visas Revoked”と題する調査記事によれば、4月24日時点で、全米280余りの大学などで、1800以上のFビザとJビザが取消されたという。ただし、取消し数が「Unknown(不明)」とされた大学も少なくない。したがって、ビザを取り消された留学生の実数は、これ以上に上ることは確実だ。なお、取消された学生が最も多い大学は、テキサス州の14の州立大学で構成されるUniversity Texas Systemで170人、次いでArizona State Universityの100人となっている。また、ビザを取消された留学生によって、少なくとも16件の取消し無効を訴える裁判が起こされ、一部では原告の訴えが認められ、ビザが回復されたという。
パレスチナ問題に関わった留学生の拘束と拘留、そして大統領令に基づくとされる学生ビザの取消し。これらは、あくまでトランプ政権による個別の留学生に対する措置だ。しかし、いずれも裁判に訴えられるケースもあり、少なくともその一部は、政権側の主張が否定された。その結果、トランプ大統領の思惑通りに事が進まない状況が生まれてきた。こうした状況に加え、大学の自治や学問の自由を盾に、大統領の命令に従わないことと明言する大学も登場。その代表格が、アメリカ最初のNPOといわれるHarvard Universityである。トランプ政権は4月11日、Harvardに対して、入学や採用に関する政策の変更やDiversity, Equity and Inclusion (DEI)の廃止、大学の運営や教育に対する政府の大幅な権限の承認などを求める書簡を送付。これに対して、Harvardは4月14日、連邦政府による大学への前例のない支配だとして強く反発。大学自治も憲法上の権利も放棄する意思はないとして、政権の要求を拒否したのである。
その2日後の4月16日、DHSは、Harvardの留学生の受入れに関する調査を開始。また、留学生を受け入れる資格を取消す可能性を示した。前述のように、留学を希望する人は、大学からI-20という入学許可書を受け取り、在外公館で学生ビザを取得するための面接に向かう。このI-20を発行する権限は、DHSの一部門Immigration and Customs Enforcement (ICE)が握っている。すなわち、Student and Exchange Visitor Program (SEVP)認可教育機関としてICEが認めた場合、大学などはI-20を発行し、留学生の受入れを行うことができる。Harvardに対して、この資格を取消すという恫喝に他ならない。連邦政府の補助金や事業契約の打ち切りについては、莫大な基金をもつHarvardはある程度耐えることができるかもしれない。しかし、現在、学生全体の27%を占める留学生の受入れができなくなると、大学経営に加え、優秀な学生の確保の困難さによる教育研究への影響は極めて大きいと見られる。
DHSのKristi Lynn Arnold Noem長官は5月22日、Harvardに対してSEVP認可教育機関としての認定を即時取消す旨を通知した。また、留学生に対しては、プレスリリースを通じて、転校しない限り、合法的な滞在資格を失うことになると警告。4月16日に示した「可能性」が現実化したのである。これに対して、Harvardは翌23日、マサチューセッツ州にある連邦地方裁判所にDHSによるSEVPの認定取り消しの撤回を求めて提訴。地裁のAllison Dale Burroughs判事は同日、DHSの認定取り消しを一時差し止める命令をだした。さらに5月29日に開かれた口頭弁論で、同判事は、「現状維持を望む」と述べ、差し止め命令が継続されることになった。これにより、少なくとも次回の口頭弁論まで、Harvardは留学生の受入れを継続できることになる。ただし、次回の口頭弁論の日程は未定のため、Burroughs判事による一時差し止めの効力がいつまで続くのか、不明だ。
このように、トランプ政権とHarvardの留学生をめぐる議論は、水入り状態にある。しかし、政権就任後、トランプ大統領が続けてきた「反テロ」や「反イスラエル」を名目にした留学生への身辺調査や逮捕、拘留、ビザの取消しなどは、今後も続くだろう。また、5月27日の留学希望者への在外公館における面接の一時中止措置も解除されたわけではない。在米の留学生やアメリカの大学に留学を目指す人々は、不安な日々と送らざるをえないだろう。とはいえ、この問題の影響を受けるのは、留学生と留学希望者だけではない。留学生を受け入れている大学や語学学校、それらの教育機関の周辺で留学生を対象にした「食や住」に関連したビジネスに関わる事業者への影響も大きい。
フルブライトなどの政府による留学生プログラム受託事業をはじめ、留学や国際的な文化交流活動のNPO、Institute of International Education (IIE)は、留学生の状況など示した報告書を毎年発行している。直近の2024年11月18日に発行された、Order the 2024 Reportによると、2023-24学年度に全米の大学で学んでいる留学生は、前学年度に比べ7%増え、112万6690人と、過去最高を記録した。このうち、大学院生では、全体のほぼ45%に相当する50万2291人で、留学生の教育レベルの向上が伺われる。なお、大学院に通う留学生の数は、前学年度から8%増加した。留学生の出身国・地域を見ると、トップは33万人のインド、次いで28万人の中国で、このふたつの国で全体の半数を超えている。また、留学生の専攻に関連した仕事を経験することを認めるPractical Trainingが複数存在する。そのひとつ、Optional Practical Training (OPT)には、2023-24学年度に24万2782人(前年度比22%増)が参加した。
高等教育に関わる人材を世界レベルでネットワークしているNPO、NAFSA: Association of International EducatorsのNAFSA International Student Economic Value Toolによると、2023学年度において、留学生は、438億ドルの経済効果をもたらすとともに、37万8175人分の雇用を創出している。創出される雇用を産業別に見ると、もっと大きい割合を占めているのは高等教育で、全体の51%。次いで、アコモデーション(居住関係)の19%、ダイニングの12%、小売りの10%などとなっている。このことは、留学生の入学により教員の需要が高まることに加え、大学の周辺地域のホテルやアパートなどの住宅やレストランなどの飲食業でニーズが生まれることを示しているといえよう。なお、NAFSAは、大学に付属した留学生向けの英語教育プログラムで学ぶ留学生による経済効果も試算。それによると、3億7100万ドル、2691人分の雇用が創出されたとしている。
留学生の受入れによる経済的な効果が示されているにもかかわらず、トランプ政権による留学生への攻撃は続いている。5月27日の留学希望者への在外公館における面接の一時中止措置の発表の翌日に出されたRubio長官による”X”への投稿は、そのひとつだ。投稿には”Chinese Students”と書かれているが、多くのメディアは、中国と香港からの留学生に対して、ビザの取消しを「積極的に」進めることを表明したと報じている。中国共産党に関係する学生や重要な分野での研究に携わっている留学生をはじめとした中国人学生という投稿からは、対象者が限定的なようにも読める。しかし、「はじめとした」という語彙が示すように、無制限に膨らむ可能性も否定できない。中国政府は29日、外交部が声明文を発表、「まったく不当な措置」だとしたうえで「断固として反対する」と述べた。
内外からの懸念や反発、批判などを受けている、トランプ政権の留学生の拘束やビザの取消し。今後、この動きは、どのように進んでいくのだろうか。ここで忘れてはならないのは、政権の不当な措置に対して反対する動きである。例えば、上記のように、4月24日時点で、全米280余りの大学などで、1800以上のFビザとJビザが取消された。その一方、翌25日、ICEは、1500人余りのビザを回復させたことを明らかにした。この中には、拘留されている留学生などは含まれていないと見られるが、訴訟などで闘うことで、状況は変わっていくことを示している。
最近、TACOという言葉が流行りだした。Trump Always Chickens Outの頭文字を取った、関税問題で示された、圧力を受けると直ぐに方針を変える大統領の姿勢を皮肉った言葉だ。「独裁者は小心者が多い」といわれる。トランプ大統領が独裁者かどうか、仮に独裁者だとしても、その例外でないかどうかは不明だ。とはいえ、これまでの大統領の言動を見ていると、不当な要求と感じた人々や団体、あるいは国が"No!"と主張していくことの重要性を示している。日本の政府や大学も、Harvardの学生の受入れに動く前に、まずトランプ政権の不当な行為を批判すべきではないだろうか。
なお、上記のInside Higher EDの留学生のビザ取消しに関する調査記事は、以下から見ることができる。
https://www.insidehighered.com/news/global/international-students-us/2025/04/07/where-students-have-had-their-visas-revoked
コロナ禍
死者数の高止まりや新たな変異株の発見…、沈静化しないコロナ禍における政府のワクチン接種対策後退に批判の声
2025年5月27日
アメリカ政府は2年前、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ感染)に関する国家緊急事態と公衆衛生緊急事態を解除した。世界保健機関(WHO)がコロナ感染の「国際的な公衆衛生上の緊急事態」の終了を、2023年5月6日に発表した直後のことだ。コロナ感染対策の緩和や撤廃が進むとともに、「コロナ禍は収束した」という認識が広がっている。しかし、その後も、相次いで新たな変異株が登場し、感染だけでなく、入院や重症者、そして死者も出続けている。アメリカでは先週、新型コロナウイルス感染症に関連する報道が相次いだ。ピーク時に比べればはるかに少ないとはいえ、依然として死者が高い水準で継続し、新たな変異株が発見されたにもかかわらず、ワクチン接種の対象者を大幅に削減させる措置が打ち出されたためだ。この事態に、コロナ対策の充実を求めているNPOなどから批判の声がでている。
新型コロナウイルス感染症の患者がアメリカで最初に確認されたのは2020年1月21日で、中国からワシントン州に帰国した人だった。同年3月に入るとニューヨーク州などで感染者が急増、ピークとなった2021年1月3日から9日までに1週間には2万5974人に死亡が確認されるなど、極めて深刻な状況に陥った。その後、ワクチンの開発や接種が進み、感染者だけでなく、入院や重症に至る人、そして死者も大幅に減少した。とはいえ、2024年春には1週間の死者数が300人台になったものの、8月から9月には1000人を超える状態が継続。11月に減少したが、12月に入るとまたしても増加に転じ、今年1月には1週間の死者が1000人を超えた。その後、感染状況が落ち着きを見せているが、4月から5月にかけて毎週300人ほどの死者がでるなど、「コロナを抑え込んだ」といえない状態だ。
コロナ感染による死者が毎週300人という高い水準で推移している背景として、いくつかの要素が指摘されている。ひとつは、新たな変異株の出現である。例えば、連邦政府のCenters for Disease Control and Prevention (CDC)によると、いずれも推計値だが、今年の2月1日までの2週間に最も多く確認された株はXECの38%。次いでLP8.1が22%、そしてKP3.1.1の12%と続いた。かつて最大の割合を占めていたJN.1は、わずか1%にすぎなくなっていた。ところが、5月1日までの2週間になると、LP8.1が70%と圧倒的な広がりをみせた。一方、年初には最も多かったXECは6%に低下。また、XFCという年初には統計上0%となっていた、比較的新しい株が9%を占めた。KP3.1.1も、直近では1%にすぎない。なお、これらは、いずれもオミクロン株の亜種である。
このように、新型コロナウイルスは、次々と新しい変異株、そしてその亜種が生まれ、入れ替わっていく。それそれの変異株や亜種は、特徴がある。上記のように最近流行しているのは、オミクロン株の亜種なので、同じワクチンでも一定の効果は期待されるものの、常に新たな新型コロナウイルス感染症用のワクチン(以下、コロナワクチン)の製造と接種が求められる。したがって、対策も容易ではない。感染がピークを迎えると、重傷者や死者が減少するのが一般的な他の感染症の事例と異なり、高止まり状態が続き、増減が繰り返されていくからだ。現在、世界的には、中国を中心にNB.1.8.1という変異株が流行。一方、前述のLP8.1は、アメリカをはじめとした北米に加え、南米の一部やヨーロッパ、南アフリカなどで広がりを見せている。
しかし、これまでほとんど見られなかったNB.1.8.1が、アメリカ各地で発見されるようになった。これが、最近、新型コロナウイルス関係の報道が相次いでいる第2の理由だ。空港で海外からの渡航者に対する新型コロナウイルスの任意の検査をCDCと連携して実施しているGinkgo Bioworksによると、カリフォルニア、ワシントン、バージニア、ニューヨークの各州などの空港で、日本などからの入国者からNB.1.8.1株が発見された。これらは、いわゆる水際対策の成果といえる。しかし、オハイオ州とロードアイランド州、そしてハワイ州では、空港以外にNB.1.8.1が検出されたのである。検出された件数そのものは、ごく少数なので前述の変異株の種類と割合を示したCDCの統計には名称とともに示されるには至っていない。とはいえ、空港外、そして中西部のオハイオ州、大西洋岸北部のロードアイランド州、そして太平洋上のハワイ州と、全く異なる地域で発見されたことは、NB.1.8.1がかなりの地域で広がっているといえよう。
では、NB.1.8.1は、新型コロナウイルス感染症対策(以下、コロナ対策)にどのような影響があるのだろうか。比較的新しい株ということもあり、NB.1.8.1の特性などは十分に把握されていない。しかし、これまでの調査研究によると、NB.1.8.1は、以前のいくつかの変異株と比較して高い感染率を示している。この変異体がヒト細胞に結合する能力が増強されているためと見られる。ただし、感染した場合に症状の悪化が他の株よりも深刻であるという兆候は確認されていない。とはいえ、感染率が高いということは、いずれ現在主流のLP8.1などに代わり、アメリカでも主流になっていくことが予想される。前述のように、NB.1.8.1はオミクロン株の一種であり、現在利用されているワクチンの効果が期待できる。ただし、ModernaやPfizerなどのメーカーは、LP.8.1に対応可能なワクチンの開発を進めており、NB.1.8.1にも効果があるとの報告がなされている。
WHOは5月23日、NB.1.8.1が複数の国で存在し、公衆衛生に影響を与える可能性があることから、正式にVariant Under Monitoring (VUM:監視中の変異株)に分類した。NB.1.8.1が確認されたアメリカでは、ウイルスへの監視に加え、予防措置の拡充などのコロナ対策を進めるべきという考えがでてきても不思議はない。しかし、連邦政府のFood and Drug Administration (FDA)のCommissioner Martin Makary氏とワクチン管理部門のVaccines and Related Biological Products Advisory Committee (VRBPAC)の責任者Vinay Prasad氏は5月20日に公開された医療系雑誌New England Journal of Medicine (NEJM)への投稿文の中で、コロナワクチンの定期接種を65歳以上の高齢者と重症化のリスクのある疾患をもつ65歳未満の人々に限定する考えを表明した。投稿文では、ヨーロッパ諸国などが65歳以上、もしくはそれ以上の年齢層に限定して行っていることや、65歳未満の感染者に重症化のリスクが低いことなどを指摘。「高リスクの人に対するワクチンを承認すると同時に、低リスクの人に関する確固たるゴールドスタンダードのデータを要求する」と述べ、バランスの取れた措置だと自画自賛している。
しかし、FDAのトップふたりによる投稿文への批判がでてきた。ひとつは、意思決定の方法についてである。FDAのVRBPACは通常、CDCのAdvisory Committee on Immunization Practices (ACIP)と呼ばれる委員会と連携して、ワクチンの承認と推奨事項を公にレビュー、評価、および議論する方法を採ってきた。今回は、5月22日にVRBPACの会議で了承されたものの、それ以前にFDAの単独で、しかも外部の研究誌にプランを表明、既成事実化する形になっている。また、65歳以上の高齢者と重症化のリスクのある疾患をもつ65歳未満の人々に限定する措置への批判もでた。例えば、コロナ感染やワクチン接種に関連した政策提言などを行っている市民団体、People’s CDCは5月23日、メールマガジンで” Trump's FDA is taking away our vaccine Access. By end of today, tell them we need universal COVID vaccine access”と題する一文を発信。妊婦や若年層で重症化するリスクを持つ人々への接種が妨げられるとして、FDAの方針を批判した。
さらに、People’s CDCは、このタイトルにあるように、コロナワクチンの接種が続けられるように、FDAに要請文を送るように呼び掛けている。受付期限が5月23日の午後11時59分までと、People’s CDCがメールマガジンを発行した日と同じだ。このため、要請文を送った人は、それほど多くないと推察される。とはいえ、期限が迫っていてもギリギリまで努力するという姿勢は、市民団体として重要だ。なお、これに先立ち、5月22日に開催されたFDAのVRBPACに向けて、8000通の要請文を送付されたが、そのうち2000通はPeople’s CDCの購読者からだったという。一般的にパブリックコメントと呼ばれる政府への要請文は、ひな形に沿って書かれたものが送付されることが少なくない。しかし、People’s CDCは、要請者自身またはその家族や地域の人々がなぜワクチン接種を求めるのか、個人としての思いを盛り込んだ文章にして送ることを求め、そのためステップバイステップの書き方を示している。
1971年に消費者運動家として知られるRalph Naderらによって設立されたNPO、Public CitizenもFDAのVRBPACにおける議論に関係して、ふたつの問題を提起している。Public CitizenのSenior Health ResearcherのMichael T. Abrams氏の名前で5月23日に出された声明文に示された問題のひとつは、People’s CDCの批判と同様に、ワクチン接種を65歳以上の高齢者などに限定した点だ。Abrams氏は、65歳未満で健康な人であっても家族などにハイリスクの人がいる可能性を指摘。また、コロナ後遺症の回避や緩和のために接種を望むこともあると述べている。もうひとつは、トランプ政権下の連邦政府職員の大幅削減がコロナ感染対策に影響が出るのではないかという懸念である。Abrams氏は具体的な人数を示していないが、4月1日発信のUSA Todayの” Trump administration starts mass layoffs at health agencies”という記事は、CDCとFDAで合わせて1万人の人員削減が行われると伝えている。政権による人員削減が人々の命にかかわる問題に影響する可能性を示唆しているといえよう。
なお、コロナ対策を市民サイドから捉え、教育啓発を行っているPeople’s CDCのメールマガジンは、以下のサイトでメールアドレスを打ち込むだけで、購読することができる。
https://peoplescdc.substack.com/
福祉貧困
連邦下院が可決したトランプの予算案、インフレ下で生活困窮が深刻化するなかで低所得者向けの食糧支援などに大ナタ
2025年5月23日
共和党主導の連邦下院本会議は5月22日未明、トランプ大統領が"One Big Beautiful Bill Act"と呼ぶ2026会計年度の予算案を可決した。連邦上院の審議では修正が予想されるため、現時点で最終的な内容は不明である。しかし、軍事費や移民対策の支出が膨らむ一方、富裕層への大型減税が導入され、財源不足が生じることは必至だ。このため、予算案では、Medicaidと呼ばれる医療補助を大幅に削減。また、食品や食材の購入費を支援するためのSNAPの受給資格に、初めて就労が義務付けられた。SNAPや学校給食への補助制度など、いわゆるフードセキュリティの弱体化は、インフレが進む中で、低所得者世帯の人々の生活を一層困難にしていく可能性が強い。さらに、SNAPの受給者がスーパーなどで購入することは、地域経済を支える役割もはたしており、低所得者支援策の縮減が個人の所得格差の拡大に止まらず、地域間格差に広がる恐れもでてきた。
"One Big Beautiful Bill Act"は、1116ページにも及ぶ長大なもので、予算削減が盛り込まれた政策も、多岐にわたる。低所得者向けの政策のうち最大のターゲットにされた政策は、MedicaidとSNAPである。NPOの調査機関、Center for Budget and Policy Priorities (CBPP)が5月16日に発表した”House Republicans’ Shockingly Harmful Agenda Is Now Crystal Clear – the Country Deserves Better”というタイトルのプレスリリースによると、トランプが目指す減税のうち、今後10年間に人口の2%にすぎない年収50万ドル以上の富裕層への総額は、約1兆1000憶ドル。Medicaidなどの医療費補助とSNAPの縮減額、それぞれ8000憶ドルと3000億ドルの合計とほぼ同額だ。したがって、これらふたつの低所得者向けのプログラムからねん出した財源を、減税という形で富裕層に還元することに他ならない、とCBPP批判している。
連邦政府と州政府が共同で実施している低所得者向けの医療補助、Medicaidの受給者は7100万人にのぼる。Supplemental Nutrition Assistance Programの頭文字をとったSNAPも4200万人。現在のアメリカの総人口は、3億4000万人余りであり、Medicaidは約21%、SNAPも12%余りの人々が利用していることになる。これら低所得者向けの政策の予算縮減に当たり、トランプと共和党は、受給資格に関する制度変更を盛り込んだ。Medicaidについては、19歳から64歳までの年齢層の場合、月に80時間の就労が求められることになった。妊娠中の女性などの例外や社会奉仕活動や就学などによる免除規定が設けられているものの、受給にあたり就労義務化が導入されたのは、1965年の制度開始から初めてのことだ。SNAPについても、18歳から54歳に限定されている一定の就労要件を、55歳から64歳までの年齢層にも拡大される見込みだ。
Medicaidの問題は別の機会に検討することにして、ここではフードセキュリティの弱体化との関係でSNAPを中心に論じていく。日本のセカンドハーベストに相当する、Feeding Americaというフードバンクなどの連合体は5月14日、毎年実施しているMap the Meal Gapというフードセキュリティに関する調査結果を公表。そこで提示した農村地域などの食糧事情の悪化状況を示しつつ、連邦下院の"One Big Beautiful Bill Act"の採決の前日、SNAPだけでなく、Medicaidの縮減を盛り込んだ法案に反対するよう下院議員に呼びかける声明を出すなど、草の根レベルからの動きが表面化している。また、5月には、労働組合と政府などが連携して、例年行われている全米規模のフードドライブが実施された。
このような、Feeding Americaなどによる、食料や医療の保障への懸念とそれを生み出しているトランプ政権と共和党の政策への対応を見る前に、アメリカにおけるフードセキュリティを求める活動や制度に関する歴史を概観しておこう。経済的な困難さなどを理由に必要な食料を確保できない人々を支援する活動というと、フードバンクをイメージすることが多いだろう。アメリカでは、1967年にアリゾナ州のPhoenixでJohn van Hengelが設立したSt. Mary’s Food Bankが最初といわれている。しかし、19世紀にも教会などによる食事プログラムが散発的に実施されていたが、やがて組織的な食料支援活動が展開されていくようになる。
こうした活動の背景には、1873年から19世紀末まで続いたヨーロッパにおける長期にわたる不況、いわゆるLong Depressionと、アメリカの南北戦争終結後の景気後退などで、生活困窮者の急増がある。1869年にイギリスのLondonで誕生したCharity Organization Society (COS)をモデルにして、生活困窮者を支援するために、77年にニューヨーク州BuffaloでBuffalo COSが設立された。このいわゆるCOS運動の一環として、Soup Kitchenの設立が全米各地で相次いだ。その名の通り、当初は、スープだけ、あるいはパンとともに提供する簡素な食事プログラムだった。やがて、各種のホットミールを提供、Community KitchenあるいはMeal Centerなどと呼ばれるところもでてきた。
連邦政府による食料支援として特筆すべきプログラムは、ニューディール政策の一環としてFranklin Roosevelt が導入した1939年のFood Stampだろう。1929年に始まった大恐慌下で、食料の購入に困難をきたす人々への支援と余剰食糧などの販売促進を兼ねたプログラムだった。1943年に廃止されたものの、61年にJohn F. Kennedy政権下で復活。さらに、1964年にLyndon B. JohnsonがFood Stamp Act of 1964に署名。この法律により、生活困窮者は、スーパーなどでアルコールやたばこなど、特定の商品を除き、食料の購入に充当できるFood Stampと呼ばれる引換券を、所得レベルに応じて受給できるようになった。後述のように現在のSNAPはカード方式になっているが、受給資格や利用できる金額の設定方法は、基本的に同じだ。
2008年にFood, Conservation, and Energy Actが成立したことにともない、Food Stampの名称は、Supplemental Food Nutrition Program (SNAP)に変更された。なお、購入の際、Food Stamp時代には、紙幣のように金額が示された紙製の引換券を切り取ってレジ係に渡していた。このため、レジ係だけでなく、周囲の顧客にも、低所得者であることがわかってしまった。しかし、1984年以降、Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれるカード方式に徐々に変更されていく。電子決済のため、引換券をレジ係に渡す必要がなくなり、SNAPの受給者であることをレジの周辺で知られることへの懸念がなくなり、利用に対する心理的な抵抗感が減少したといわれている。
Food Stamp以前にも、州や地方の政府、さらに連邦政府も、食料支援を行っていた。連邦レベルで一例をあげると、1933年に設立されたFederal Surplus Relief Corporation (FSRC)による、余剰作物などの買い上げと、生活困窮者に廉価で販売するプログラムがそれである。しかし、FSRCは1942年に廃止され、プログラムを管轄していた連邦農務省のAgricultural Marketing Administrationに統合された。1964年にFood Programが導入される頃まで、政府が購入した余剰作物などは地方政府の郡などを通じて、生活困窮者に提供されていた。しかし、Food Stampの導入後、プログラムの受給者が地域のスーパーなどから直接購入することができるようになった。
また、1946年には、National School Lunch Actが制定され、National School Lunch Program (NSLP)が導入され、低所得者家庭の児童が学校で食べる昼食を割引または無料で提供されるようになった。連邦農務省の資料によると、2023年度には46億3260万食が提供され、その費用は46億3300万ドルにのぼっている。ただし、コロナ禍が始まる前の2010年代半ばから後半にかけては、50憶ドル以上の予算が投入されていた。なお、Child Nutrition Act of 1966 (CNA)により、1966年からパイロットプログラムとして、学校で朝食を提供するSchool Breakfast Program (SBP)がスタート。さらに、1968年にSummer Food Service Program (SFSP)が導入された。これにより、学校がある期間の朝食と昼食に加え、夏休み期間中も低所得者児童が食事の提供を受けることができるようになったことは、フードセキュリティの拡大として大きな意義をもっているといえよう。
前述のように、連邦下院が可決した予算が成立した場合、今後10年間のSNAPの縮減額は、3000億ドルにのぼる。これは、SNAPの予算の30%程度に相当する。フードセキュリティに関する調査研究、啓発活動などを行っているNPO、Food Research & Action Center (FRAC)が5月22日に発表した”House GOP Passes Bill That Rolls Back Decades of Progress in Ending Hunger in America“という声明文によれば、問題はここに止まらない。受給者への直接的な影響としては、上記のように、55歳から64歳までの年齢層にも受給資格に就労要件が加わったことがある。この年齢層の人々が仕事を探すことは困難であり、結果的にSNAPを受給できなくなる人がでてくることは必至という。
また、"One Big Beautiful Bill Act"は、SNAPの運営方法の変更も盛り込んでいる。現在、SNAPの食料の購入に関する費用は、連邦政府の全額負担だ。プログラムの運営にともなう経費費は、州政府との間で折半している。しかし、予算が成立すれば、SNAPの利用者が購入した食料費の一部は、州が負担することになる。また、運営費も州の負担率が最大75%に増えなど、州の財政を圧迫する可能性が出てくる。一部の州は、この増大したコストを負担できない。その結果、州は、増税や他のプログラムの縮減、あるいはSNAPを縮小させるなどの措置を取ることになるだろう、とFRACは懸念を示す。
では、アメリカにおけるフードセキュリティの状態は、どの程度深刻なのだろうか。全米各地にある200以上のフードバンクをはじめとして、フードパントリーや食事プログラムの実施団体などの全米レベルの連合体、Feeding Americaは、2011年以降、Map the Meal Gapと題する報告書を毎年発表している。5月14日に発表された2023年の実態を示した報告書によれば、フードセキュリティが十分でない人は、全米で推計4738万9000人に上っている。これは人口比で見ると、14.3%に及ぶ。この報告書の特徴は、全米あるいは州ごとのデータだけでなく、郡や連邦下院議員の選挙区ごとの結果も示していることだ。また、都市と農村地域による相違や食料が十分でない人を年齢や人種別に見たデータも提示している。
これまで見てきたように、アメリカにおけるSNAPなどの食料支援策は、低所得者フードセキュリティを確保するだけではなく、余剰農産物の購入による農業経営の支援とSNAPを用いた食料の購入でスーパーなどの売上を増やすための政策でもある。換言すれば、"One Big Beautiful Bill Act"による低所得者への食料支援策が縮減されれば、農家などの生産者やスーパーなど小売業にもネガティブな影響が及ぶことになる。農家などへの影響については、3月18日付の本稿「トランプ政権の政府資金削減、協働による公共サービス提供の危機とNPOの反撃」で記述した。したがって、ここではスーパーなどへの影響について見ておくことにしよう。
全米の独立系スーパーなどの連合体、National Grocers Association (NGA)は5月13日、Greg Ferrara会長名で声明を発表した。声明は、NGA に加盟している小売り・卸売りのビジネスの売上高が年間2500億ドルと、アメリカ全体の経済の1.2%を占めていると指摘。また、110万人の雇用を生み出していると述べている。そして、SNAPに関連した事業においては、38万9000人の雇用の創出に加え、45億ドル相当の税金が連邦政府や州政府に提供されていることつながっているという。さらに、SNAPの売上が加盟店の事業の拡大を通じて、貧困地域をはじめとしたローカルレベルで経済の発展に寄与しているとして、SNAPの財政負担を州政府に移すことに懸念を示している。そのうえで、人々の健康と経済的福祉を維持しながら、食料生産と食料品業界における米国の雇用を維持するバランスの取れた改革進めるように、強く求めている。
なお、Feeding AmericaのMap the Meal GapのURLは、以下の通りである。調べたい州や郡、選挙区、デモグラフィーなどを選択すると、そのデータを見ることができる。
https://map.feedingamerica.org/
公共政策
有権者登録に特定の身分証明書提示義務化、トランプの大統領令と共和党の法案に賛否
2025年5月20日
2020年の大統領選挙で不正があったと主張、24年の選挙で再選を果たしたトランプは、「選挙への国民の信頼回復」を掲げた、大統領令を3月に公布した。有権者登録にパスポートなど特定の身分証明書の提示を求める内容を骨子にしたものだ。また、与党の共和党は、大統領令と同様の内容を盛り込んだ法案を連邦議会に提出。4月に下院本会議を通過させさ、現在、上院で審議されている。この動きに対して、民主党や投票権の保障を求めてきた団体は、大統領令や法案が規定する身分証明書の取得にコストや手間がかかることから、投票権の侵害につながるとして強く反発。訴訟に加え、人権団体の連名による議会指導者への反対声明の送付など、投票権を守る動きも広がるなど、賛否両論が激しく対立している。
日本では、国籍をもつ満18歳以上で、3カ月以上継続して同一の市区町村に住民登録をしている人は、選挙人名簿に氏名が登録される。そして、選挙になると市区町村から送られてくる投票案内状に記載された投票所に行けば、一票を投じることができる。しかし、アメリカでは、住民登録制度がないため、有権者登録をしなければ、投票ができない。とはいえ、選挙のたびに登録が必要なわけではない。同じ住所に居住し続けている場合は、再登録の必要はない。また、同一の州内における引っ越しであれば、オンラインや郵送で再登録が可能だ。ただし、他州に移った場合は、新たに登録が求められる。その際、提示しなければならない身分証明書の種類を含めた登録の方法、投票権が認められるための居住期間などは、州が独自に決定。なお、投票の際に提示する身分証明書の種類も、州によって異なる。
連邦レベルの選挙に関して、トランプは3月25日、”Preserving and Protecting the Integrity of American Elections”というタイトルの大統領令を公布した。選挙のIntegrity(完璧性)を維持・保護するという表現が示唆するように、大統領令は、「基本的かつ必要な選挙に関する保護ができていない」という認識に立っている。では、選挙の完璧性とはなにか。そして、それはどのようにして担保されるのか。ここで求められるのが、選挙人登録におけるアメリカ市民権、すなわち国籍保持者であることの確認である。なぜなら、トランプのいう選挙の完璧性とは、選挙制度全般が公明正大に行われることではなく、投票者に外国人が含まれていないことを意味しているからだ。このため、大統領令では、市民であることを確認するため、選挙人登録において認められる身分証明書の種類について、以下に限定するとしている。
・アメリカのパスポート
・REAL ID Act of 2005で規定された身分証明書、すなわちREAL IDのうちアメリカ市民であることが確認できるID
・軍人の身分証明書
・連邦または州政府が発行し、アメリカ市民であることを証明している写真付きのID
上記のうち、REAL ID Act of 2005のIDについては説明が必要だろう。この法律は、2001年の「同時多発テロ事件」に関連して制定された。同様の事件の再発を防ぐ意味もあり、飛行機に搭乗する際などに身分証明書の提示が求められるようになった。その際、有効と見なされるIDの種類が決められ、REAL IDと命名されたのである。しかし、REAL IDには、運転免許証やグリーンカード(永住権)なども含まれる。これらは市民権保持者であることを証明するものではない。トランプの大統領令がREAL IDのうち「アメリカ市民であることが確認できるID」という補足説明を加えているのは、そのためだ。なお、運転免許証の一種に、一部の州で発行されているEnhanced Driver’s Licenseと呼ばれるIDがある。メキシコやカナダに車で移動する際にパスポートの代わりに用いることができるもので、アメリカ国籍をもっていることの証明になる。
では、なぜ、有権者登録の際、REAL IDを含めた、上記の有権者登録に必要な証明書(以下、有権者登録用ID)を提示することに賛否が分かれるのか。IDの提示を求めることへの理念上の是非を別にすれば、有権者登録用ID をもたない人の数や属性、取得に要するコストを含めた負担に対する認識の相違が大きい。例えば、パスポートがあれば、有権者登録に支障はない。しかし、アメリカ人の半数は、学歴や所得が低い人を中心に、パスポートを所持していない。パスポートを取得するには、その種類によって130ドルから236ドル46セントが必要になる。また、パスポートの取得には、必要な書類を作成し、発行する政府機関に直接赴かなければならない。手間暇と費用がかかる、ということだ。これらは投票以前に、有権者登録を阻害する可能性があり、投票権の侵害という考えも成り立つ。
冒頭で述べたように、大統領令と同様の内容を盛り込んだ法案が連邦議会に提出され、下院本会議を通過している。4月10日に、賛成220票、反対208票で可決されたSafeguard American Voter Eligibility Act、いわゆるSAVE Actである。法案の審議で問題になったことのひとつは、有権者登録用IDをもたない既婚者の存在だ。アメリカでは、夫婦別姓が進んでいるものの、結婚後、女性の多くは男性の姓に変更する。もちろん、女性の姓を名乗ることにする男性もいる。その数、女性の場合6900万人、男性は400万人にのぼる。これらの既婚者は、夫婦が同姓でない限り、出生時に州や地方政府の機関が発行したBirth Certificate(出生証明書)に記載されている姓と異なる姓を名乗ることになる。したがって、出生時のBirth Certificateは、有権者登録用IDとして用いることができない。トランスジェンダーの人も、同様な問題が生じる可能性が高い。
では、どのようにすれば、アメリカ市民であることを示す証明書を取得できるのか。Birth Certificateの姓を変更することで、市民権が証明され、有権者登録用IDを取得できる。ただし、州によって異なるが、裁判所の許可が必要で、そのための費用として100ドルから400ドル程度必要になる。なお、出生による国籍の取得ではなく、帰化して市民権をえる人もいる。いわゆる帰化市民である。帰化市民が国籍を証明するには、Form N-600という書類を連邦政府のCitizenship and Immigration Servicesに提出しなければならない。そのための費用は、1385ドル、邦貨に換算すると約20万円と、かなりの出費になる。自力で作成が難しく、弁護士に依頼したとしよう。ウェブサイトで検索すると、ある弁護士事務所は2500ドルを請求している。1ドル150円で計算とすると、37万5000円。1票と投じるために、これだけの支出ができない人も少なくないだろう。
トランプの大統領令公布からちょうど1週間後の4月1日、1920年に設立され、女性の参政権運動などに関わってきたNPO、League of Women Voters of the United States (LWV)をはじめとした7つ団体は、首都ワシントンの連邦地裁に対して、トランプ大統領らを被告とする裁判を起こした。裁判の代理人には、選挙権などの問題に取り組んでいるNPO、Brennan Center for JusticeやAmerican Civil Liberties Union、黒人やヒスパニック系、アジア系の法律団体の弁護士が就任。合衆国憲法が定める選挙に関する大統領の権限を逸脱する行為であることや、有権者登録用IDを制限することで投票権が侵害されるなどとして、大統領令の無効を訴えた。このLeague of Women Voters et. al. v. Trump et. al.裁判に関して、連邦地裁のCollen Kollar Kotelly判事は4月24日、原告側の訴えを認め、大統領令の一時差し止めを命じた。
SAVE Actの共同提案者のひとり、Lisa McClain下院議員(共和党・ミシガン州選出)は、”What the SAVE Act Means for Women”というタイトルの4月18日発信の政治専門紙のPoliticoの記事の中で、Birth Certificateなどの取得で費用を払っているはずだとして、有権者登録用IDをえるための費用負担は問題ないという認識を提示。また、取得に時間がかかり選挙に間に合わない可能性が生じることについても、選挙の日程は事前にわかっているため、対応できるはずだと主張した。さらに、法案に反対している民主党に対しては、「(民主党が)不法入国を許可した1000万人の不法滞在者が、入国後、違法に投票できるようにするために、全力を尽くしている」と非難。大統領令を発令したトランプも同様に、2024年9月10日に行われた大統領選挙の民主・共和両党のテレビ討論会で、「多くの不法移民がやってきて、彼ら(民主党)は彼ら(不法移民」に投票させようとしている」と述べていた。
共和党議員やトランプが非難するような、「不法入国者」による違法な投票が広範囲に行われているのだろうか。彼らの主張を裏付けるかのような調査結果も存在する。例えば、2020年11月8日発信のJust Facts Dailyが発信した”Quantifying Illegal Votes Cast by Non-Citizens in the Battleground States of the 2020 Presidential Election”という記事によれば、5つの激戦州で市民権を持たない人々による投票によって、トランプが敗北したと述べている。この調査について、公共政策に関する調査研究を行っているNPO、Cato Instituteは、対象者の少なさなど調査設計の問題を指摘。市民以外の人が投票している可能性を認めつつも、選挙結果を左右するほどの人数ではないと断言している。実際、2020年の大統領選挙の激戦州で、敗北したトランプが結果に異議を唱えたジョージア州では、24年10月23日に選挙を管轄する州務長官が有権者登録の調査結果を発表した。それによると、800万人余りの登録有権者のうち市民権を持たない人は20人にすぎなかった。
市民権を持たない人による有権者登録や投票数を正確に把握することは不可能だろう。しかし、1996年に18 U.S. Code § 611 - Voting by aliensという連邦法が制定された。これにより、永住権や合法的な滞在資格をもつものの、市民権を持たない人による連邦レベルの投票には、罰金刑だけでなく、最長1年の収監刑、あるいはその両方が科せられるようになった。こうした罰則を受ける可能性を覚悟で、一票を投じる外国人がどれほどいるだろうか。トランプの大統領令やSAVE Actは、市民権を持たない人による投票の可能性を極端に誇張し、それを「不法外人」と結びつけている。その対策として、有権者登録用IDを要求することで、既婚女性をはじめとした、アメリカ市民の投票権を侵害していく。選挙が民主主義の基礎であるとすれば、その基礎が壊されようとしているのだ。
しかし、上記のBrennan Center for Justiceなどが原告代理人となって起こした裁判だけではない。5月16日には、人権問題に関わる全米組織の連合体、Leadership Conference on Civil and Human Rightsが126団体の連名で、SAVE Actに反対する文書を議会指導者に送付した。こうしたNPOなどによる、投票権を守る動きが幅広く進められていることも忘れてはならない。なお、前述のLeague of Women Voters of the United States (LWV)などが起こした裁判で、トランプの大統領令が一時差し止められた裁判の判決は、以下から見ることができる。
file:///C:/Users/mrbea/Downloads/2025-4-24-memo-op-and-order-granting-pi%20(6).pdf
移民労働
難民締め出しの中で南ア白人の受入れ、トランプ政権の措置に南ア政府や支援団体が反発
2025年5月18日
今年1月20日の就任当日、トランプ大統領は、難民の受入れを中止する大統領令を発令した。しかし、2月に、南アフリカ(以下、南ア)のアフリカーナと呼ばれる白人が迫害されているなどとして、別の大統領令により受入れを表明。5月12日に、その第1陣として59人が首都ワシントン近郊の空港に降り立った。このトランプ政権の措置に対して、南ア政府は、白人への迫害について事実無根と反発。また、これまでアメリカ政府と協力して移民や難民の受入れ支援を行ってた団体などからは、「ダブルスタンダード」と批判が相次ぎ、南ア難民への支援を拒否する動きも出ている。さらに、現地の白人団体も、トランプの措置に謝意を示しつつも、南アを離れる意思はないと表明。大統領の措置そのものの意義が疑問視されるなど、受入れをめぐり混乱状態が生じている。
難民受入れ中止を宣言した大統領令のタイトルは、”Realigning the United States Refugee Admission Program”というものだ。” Realigning” (再調整)という語彙を用いているものの、大統領令の第1節の目的において、「難民のさらなる受入れがアメリカの利益と一致するまで、USRAPを一時停止する」と述べているように、事実上、難民の受入れを全面的に中止することを意味する。というのは、アメリカにおける難民の受入れは、Immigration and Nationality Act of 1965により、USRAP (United States. Refugee Admissions Program)を通じて行われることが法的に定められているからだ。USRAPは、難民の受入れを支援するNPOと連邦政府の関係機関によって構成されている組織で、支援活動を担うNPOに対して、連邦政府は資金を提供してきた。しかし、大統領令は、1月27日午前0時1分(東部時間)をもって難民の受入れを中止すると一方的に表明した。
トランプ大統領は2月7日、難民の受入れを中止したはずにもかかわらず、”Addressing Egregious Actions of The Republic of South Africa”と題する別の大統領令を発令。このタイトルが示すように、南ア政府に関する措置だ。大統領令は、南ア政府による”Egregious Actions”(悪質な行為)の具体例として、2024年12月に議会を通過、25年1月23日に大統領が署名、成立した、土地収用について定めたExpropriation Act 13 of 2024をあげている。公共的な目的ないしは利益のために土地の収用を行う際のプロセスや補償について定めた法律だ。トランプ大統領は、この法律を”Egregious”と述べる根拠として、その目的が民族的少数派の白人の農地を収用するための人種差別的な行為だとしたうえで、収用の際、補償が行われないと批判している。
なお、この大統領令は、パレスチナのガザ地区へのイスラエルの攻撃に対して、南ア政府が国際司法裁判所 (International Court of Justice) に訴えたことを、反イスラエル主義として批判している。これらふたつの”Egregious Actions”により、南アに対するアメリカの援助を打ち切るとともに、白人であるという人種差別的な理由によって農地を収用される人々を難民認定し、アメリカへの受入れを表明したのである。大統領令が指摘している、南アフリカ政府によるイスラエルのガザ攻撃をジェノサイドとして国際司法裁判所に提訴したことは事実だ。では、Expropriation Act 13 of 2024が無償で白人農民なら土地を取り上げたり、南ア政府が白人を迫害してきたという指摘は妥当なのだろうか。
AP通信が3月24日に発信した” Persecution of South Africa’s whites a ‘false narrative,’ president says as Musk repeats genocide claim”というタイトルの記事は、南アのCyril Ramaphosa大統領が同日、南アの白人への迫害という指摘を「虚偽の物語」と指摘。そのうえで、「我が国が特定の人種や文化の人々が迫害の標的にされている場所であるという完全に誤った物語に異議を唱えるべきだ」と述べている。実際、Expropriation Act 13 of 2024 (EA13)の条文を見てみると、「無償」の「収用」という語彙は存在する。しかし、「収用」に当たって必要とされる手続きや「補償額」の算定基準なども記載されている。また、1996年に制定された南アの憲法は、25条において土地収用について規定しており、EA13に基づく「収用」は、この憲法の範囲内で行われることになる。したがって、
EA13の成立により、白人の農地を無償で政府が取り上げるようになったとするトランプ大統領の指摘は、説得力に欠ける。
南アの白人への迫害についても、実態を正しく把握したうえでの発言とはいえない。例えば、フランスの通信社、AFPは3月10日、” False data distort complex picture of South African farm murders”という見出しのファクトチェック記事を掲載した。この記事は、トランプ大統領の「農地没収」という主張を根拠がないと断言。また、France for Trumpを名乗る団体が2月3日にSNSの”X”に投稿した「毎日60人の白人農民が黒人の南アフリカ人に殺されている」という文章の真偽を検証している。なお、同様の内容の投稿は、FacebookやInstagramにも掲載されたという。AFPは、南アの警視庁に相当するSouth African Police Service (SAPS)のデータに基づき、AfriForumという白人の政治団体が作成した報告書”Farm Attacks and Murders in South Africa (2023)”などのデータに基づき、2023年に50人、24年に49人が農場で殺害されたと報じている。
これらの数字は、南アの農場における治安の悪さを示しているものの、非白人の被害者も含まれており、前述の”X”の投稿は、極めて誇張されているといえる。そもそも、南アは、世界でも最も治安が悪いことで知られており、AFPのファクトチェックによれば、2024年1月から9月までの間に殺人による死者は1万9279人と、1日平均70.6人に及んでいる。農場の白人だけがターゲットにされ、殺害されているわけではないのだ。なお、南アでは、イギリス統治下の1913年にNatives Land Actが制定され、黒人の土地所有や購入が禁止された。その影響もあり、現在の南アの人口6000万人余りのうち8割が黒人で、白人は8%程度にすぎない。しかし、2017年時点で農地の72%は白人によって所有されていた。
では、アメリカに難民として受入れるというトランプ大統領の方針を、南アの白人はどのように受け取ったのだろうか。前述のように、第1陣が5月12日にアメリカに到着した。したがって、希望者がいたことは事実である。また、大統領令の発令後、南アの白人がプラカードなどで謝意を伝えるシーンも報道された。とはいえ、実際に南アを離れようとする白人は少数と見られる。例えば、大統領令公布の翌日、南アの白人団体は、記者会見を開き、大統領令に対する考えなどを示した。上記のAfriForumのCEO Kallie Kriel氏は、「我々は断固として言わなければならない。他の場土地に移りたくないと」と述べた。また、組合員200万人をもつ労働組合Solidarityは、「我々の組合員は、南アで働き、ここに住む」としたうえで、「どこにもいかない」と語った。
以上のような事実を踏まえれば、南アで白人が迫害され、アメリカに難民として受入れるべきだという主張の妥当性に疑問や否定的な考えがでても不思議はない。その具体化として、南ア難民への支援活動を拒否する団体も現れた。イングランド国教会(Church of England)の系統に属するキリスト教の教派、Episcopal Churchの一部として移民や難民の支援に当たってきた、Episcopal Migration Ministriesである。Episcopal Churchは、声明を発表。長年、南アのAnglican Church of Southern Africaと協力関係にあり、人種差別に反対する活動などにも関わってきた経緯などから支援活動に関わることを拒否したという。。移民や難民支援などに関連して、Episcopal Churchがトランプ政権に批判的なスタンスを示したのは、今回が初めてではない。大統領就任の翌日、ワシントン大聖堂で挙行される超教派の礼拝で、トランプ大統領らにLGBTQや移民・難民への慈悲(Mercy)を求めたMariann Buddeが主教を務める教会でもある。
こうした経緯も含め、Episcopal Churchは、南ア難民への支援活動に関わることができないとの判断に至ったという。なお、Episcopal Migration Ministries は、本稿の最初の方で紹介したアメリカにおける難民の定住支援を進める官民連携組織、USRAP (United States. Refugee Admissions Program)のひとつとして、長年、難民支援に従事してきた。しかし、今回の南ア難民支援を拒否したことで、連邦政府の資金による難民支援活動は、今年9月末で打ち切られることになる。その後は、政府資金と無関係に、難民への支援を継続するという。なお、同じUSRAPに関わるNPO、Church World Serviceは、南ア難民への支援を行うことを表明した。ただし、CEOのRick Santosの名前で発表した声明では、他国や地域からの難民の受入れを拒否している一方、南アからの難民を特別扱いしていることに懸念を示した。
Santos CEOの懸念は、南アから難民を受入れるという事実だけを指しているのではない。通常、難民は、アメリカに入国するための渡航費を自ら負担する。しかし、今回の南ア難民に対しては、連邦政府、すなわち税金で賄われた。また、難民として認められるには、申請から数年かかるのが一般的だ。だが、南ア難民に対しては、2月の大統領令から3カ月余りという、いわゆる「ファストトラック」で進められた。南アと他国・地域との受入れにおけるダブルスタンダードが問題視されたのである。なお、南ア難民への特例扱いについて、トランプ政権の高官のひとりは、「(アメリカ社会への)同化が容易」なことをあげた。しかし、入国後、難民のひとりは「今後、英語は話したくない」と述べるなど、「同化」を拒否する姿勢をうかがわせた。
以上のような実態を知ると、なぜトランプ大統領は、南アから白人を難民として受入れることを急いだのか疑問が生じてくる。その背景には、Great Replacement Theoryが影響していると見られる。Great Replacementとは、大規模な置き換えという意味だ。大量の移民や難民の流入によって、アメリカやヨーロッパの白人の人口が非白人に置き換えられるとする、白人至上主義的な陰謀論の一種である。2011年にフランスの作家・思想家、ルノー・カミュが提唱した考え方だ。トランプ大統領と彼を支えるキリスト教右派は、この考えに沿って、非白人の移民の排斥や難民の受入れ拒否を進めているといわれている。
なお、上述したEpiscopal Churchの南ア難民支援拒否に関する声明は、以下から見ることができる。
人権問題
人工妊娠中絶の最高裁判決から3年、「州越え中絶」で生じた女性団体間で対立緩和の可能性も
2025年5月12日
連邦最高裁判所は2022年6月、人工妊娠中絶を憲法上の権利として認めた1973年のRoe v. Wade(以下、Roe判決)を覆し、中絶の判断を州政府の決定事項とした。それから3年が経過しようとしているが、最近発表された調査報告書によれば、人工妊娠中絶の件数は、最高裁判決以降も、ほとんど変化していない。しかし、人工妊娠中絶が制約・禁止されるようになった州では、出産を希望しない女性は、規制が緩やかな州のクリニックなどで手術を行う必要性に迫られている。こうした「州越え中絶」には、手術費用に加え、交通費や滞在費などが必要になる。Abortion Fundが人工妊娠中絶に必要な資金を支援しているものの、経費が増加。一方、人工妊娠中絶に関する政策転換を求めるアドボカシー活動には多額の寄付が寄せられている。このため、両者の間で活動優先順位をめぐる方針で対立が発生。しかし、手術や中絶ともなう費用を州や自治体に補助させる動きなどを通じて、対立が緩和される可能性もでてきた。
人工妊娠中絶の実施状況に関する調査報告書を発表したのは、アメリカを含む世界各地のリプロダクティブ・ヘルスに関する研究を行っているNPO、Guttmacher Institute(以下、Guttmacher研究所)。1968年にCenter for Family Planning Program Developmentという名称で活動を開始した当時は、Planned Parenthood Federation of America (PPFA)の一部門だった。PPFAの会長を長年務めたAlan F. Guttmacher医師が中心になって活動が行われていたが、1974年に同会長が死去。その後、同会長の名前を冠してGuttmacher 研究所に改称され、1977年には、PPFAから分離、NPO法人として独立した。2023年度の財務報告書によれば、同年度の歳入は約2794万ドル、その7割余りはアメリカ国内の助成財団からの助成金だ。資産は5954万ドル、職員も100人を超えており、かなりの規模のNPOということができる。
Guttmacher 研究所が4月15日に発表したプレスリリースや資料などによると、2024年にアメリカ国内の医療機関で実施された人工妊娠中絶は、103万8090件。前年の103万3740件に比べると、1%程度増えたことになる。一方、同研究所が2022年12月に発表したデータによると、2020年に行われた人工妊娠中絶は93万160件だった。Roe判決を覆した2022年6月のDobbs v. Jackson Women’s Health Organization(以下、Dobbs判決)以降、ほぼ10万件も増えたことになる。これらの数字だけを見ると、Dobbs判決の影響はないように思われるかもしれない。しかし、人工妊娠中絶が制約・禁止されている州を中心に、妊娠した女性の多くは、規制が緩やかな他州の医療機関で手術を受ける、「州越え中絶」を利用するようになってきた。
「州越え中絶」を受けた女性は、2023年に16万9000人、24年にも15万5000人に及んだ。なお、人工妊娠中絶を受けた女性全体から見ると、それぞれ15%と16%で、ほとんど変化していない。しかし、「州越え中絶」ために州を超える女性により、規制が緩やかな一部の州では、膨大な件数の手術が行われるようになった。例えば、イリノイ州では、2024年に同州で実施された人工妊娠中絶手術の39%に当たる3万5000件が「州越え中絶」だった。この件数と割合は、ノースカロライナ州でも、1万6700 件(36%)に上る。さらに、カンザス州では1万6100(71%)、ニューメキシコ州では1万2800 件(69%)と、州内の女性に対する実施件数と割合を大きく上回っている。また、規制が緩やかな州では、オンラインによる人工妊娠中絶を実施しており、手術全体に占める割合は2023年の10%から24年には14%へと増加した。
人工妊娠中絶には、当然のことながら、手術費用が必要だ。Planned Parenthood Federation of America (PPFA)のウェブサイトが4月13日に掲載した“How much does an abortion cost?”というタイトルの資料によると、Abortion Pillといわれる錠剤による中絶と医療機関で手術を受けるのかによって、コストが大きく異なっている。Abortion Pillの場合、800ドル程度必要になることもあるが、一般的には、それ以下で済む。これに対して、PPFAが処方すれば、580ドル程度で収まる。手術を受ける場合には、コストも跳ね上がる。PPFAで手術を受けるのであれば、妊娠期間によってかなり異なるが、第2期の初期であれば平均で715ドル。しかし、第2期後期に入ってしまうと1500~2000ドルが必要になる。
「州越え中絶」の場合は、これらの医療費に加え、交通費や宿泊費が必要だ。また、手術のために休職すると、有給休暇がない職場で働いていれば、所得の損失が生じる。すでに子どもがいる場合は、託児所などへの費用もでてくる。移動や宿泊中の食事代もかかる。なお、Guttmacher研究所の資料によれば、低賃金の職場で有給休暇が認められているところは、33%にすぎない。このことは、低所得者が「州越え中絶」を受けようとした場合、一時的に収入が断たれるため、経済的な影響が大きくなることを意味している。また、同研究所によれば、2017年の中絶クリニックがない郡は全米の約90%に及んでいた。Dobbs判決以降に閉鎖されたクリニックが少なくないことを考慮すれば、人工妊娠中絶の規制が緩やかな州においても、手術を受けることに伴う出費は拡大していると推察される。
こうした手術費用の負担に苦しむ可能性が高い女性に対して、財政的な支援活動が行われてきた。PPFAのJustice Fundと連携したNational Abortion Federation (NAF)による交通費や宿泊費の補助事業は、そのひとつだ。しかし、利用者の増加と交通費などの上昇により、2024年7月から補助率を50%から30%へと引き下げる措置を発表した。これにより、例えば、2000ドルの交通費などがかかる場合、従来であれば補助事業の利用者の自己負担は600ドルですんだ。しかし、補助率の引き下げにより、負担額は1000ドルに増加することになる。なお、NAFは、人工妊娠中絶を行うクリニックや中絶の権利を訴える個人や団体の連合体であり、中絶を希望する女性への財政支援は、活動のひとつにすぎない。これに対して、女性への財政支援を事業の柱に据えているNPOも存在する。Abortion Fundがそれである。
Abortion Fundの全米組織、National Network of Abortion Funds (NNAF)には、100近い団体が加盟している。NNAFの直近の990書式と呼ばれる財務報告書を見ると、2022年度の歳入は4917万ドル、資産も5780万ドルに上る。このうち1823万ドルは、国内団体への助成金として支出されている。詳細は記載されていないが、大半は加盟団体への助成金と推察される。また、NNAFの2021年度の歳入は5384万ドルで、国内団体への助成金は1398万ドルだった。ここから、2022年度には前年度に比べ、歳入が500万ドル弱減少した一方、国内団体への助成金は400万ドル以上増加したことがわかる。なお、NNAFの会計年度は7月から翌年6月までなので、ここで引用したNNAFの2021年度と22年度の財務報告書の数字のうち22年度は、Dobbs判決の影響が含まれている。
NNAFに加盟しているAbortion Fundの多くは、「州越え中絶」による交通費の増加などにより、財政的に厳しい状況に陥っている。例えば、2024年9月26日発信のAP通信の記事、”Funds are cutting aid for women seeking abortions as costs rise”によれば、コロラド州にあるCobalt Abortion Fundは、Dobbs判決前の2021年の歳出は20万6000ドルで、このうち交通費はガソリン代を中心にした6000ドルにすぎなかった。しかし、2024年には220万ドルもの支出を想定しているという。このうち、交通費や宿泊費は60万ドルに及ぶと見られる。コロラド州は、2024年の住民投票で州憲法に中絶の権利を盛り込んだことに示されるように、いわゆるプロチョイス派の牙城のひとつだ。その影響もあってか、Guttmacher研究所の資料によると、2020年には州内で行われた人工妊娠中絶のうち「州越え中絶」は13%だったが、23年には31%へと大幅に増加。これがCobalt Abortion Fundの交通費などの支出の急増につながったとみられる。
プロチョイス派の州において、Abortion Fundなどによる財政支援が困難になれば、人工妊娠中絶を望む女性全体にネガティブな影響が及ぶことは避けがたい。とはいえ、この事態は、人工妊娠中絶の権利を否定的に見る意識の社会的な反映とは無関係だ。例えば、NPOの調査機関、Pew Research Centerが2024年5月13日に発表した” Public Opinion on Abortion: Views on abortion, 1995-2024”によれば、人工妊娠中絶をすべてまたは大半の場合は合法とすべきと見なす人の割合は、1995年時点では60%。一方、すべたまたは大半の場合は違法とすべきと考える人は38%だった。2009年に両者の割合は、ほぼ均衡したものの、その後、合法とすべきと見なす人が増加、24年には63%に達し、非合法とすべきと考える人の36%を大きく引き離している。
人工妊娠中絶を行う団体への支援も増えている。その代表例としてしばしば取り上げられるのは、2022年3月にAmazonの創業者、Jeff Bezos(本名、Jeffrey Preston Jorgensen)の元妻でフィランソロピストとして知られるMacKenzie ScottがPlanned Parenthood Federation of America (PPFA)とその21の傘下団体に提供した、総額2億7500万ドルの寄付だ。PPFAの財務報告書によれば、この膨大な寄付により、2021年度のPPFAの寄付収入は4億2805万ドルに達した。翌2022年度は、この超大型寄付がなかったため、21年度より減少したものの、3億6277万ドルに及んだ。この額は、Dobbs判決の前々年度に当たる2020年度の2億9763万ドルを6000万ドル余り上回っており、資金調達を順調に進めていることが示唆される。
Dobbs判決以降、人口妊娠中絶の権利擁護に向けて、州の住民投票を通じて、中絶の権利を州憲法などに盛り込む動きが広がった。判決から半年もたたない2022年11月に行われた中間選挙では、カリフォルニア、ミシガン、バーモントの3州で住民投票が実施され、いずれも有効投票の過半数を大きく上回る賛成をえて、成立した。住民投票で勝利するには、州民への働きかけが不可欠で、そのためには多額の活動資金が必要だ。人工妊娠中絶の権利擁護の住民投票も同様で、カリフォルニア州は現金だけで1280万ドル、ミシガンは4548万ドル、バーモント州も56万ドルの寄付により、住民投票の成立に向けた活動が展開された。2023年にはオハイオ州、24年にはアリゾナ、コロラド、フロリダ、メリーランド、ミズーリ、ネブラスカ、ネバダ、ニューヨーク、サウスダコタの9州で住民投票が実施され、フロリダとサウスダコタ以外の7州でプロチョイス派が勝利した。
「州越え中絶」の影響などで財政状況が悪化、低所得の人工妊娠中絶希望者への支援の削減に迫られているAbortion Fund。一方、人工妊娠中絶手術を提供したり、中絶の権利を擁護するための法的制度の設立を訴えるアドボカシー活動などには、潤沢と家何としても、多額の資金が集まっている。中絶手術を行う医療機関やアドボカシーによる政策転換がなければ、中絶を必要とする女性の生活と命は守れない。したがって、少なくとも理論的に見れば、ふたつの活動は、対立的ではないはずだ。しかし、Dobbs判決からちょうど1年後の2023年6月24日、インターネットメディアのHuffPostは、”Abortion Funds Are Hanging On By A Thread A Year After Dobbs”という衝撃的な見出しの記事を発信、両者に明確な対立が存在することを示した。
その対立とは、どのようなものなのか。記事の中で、New York Abortion Access FundのChelsea Williams-Diggs事務局長代理は、全米のAbortion Fundが危機的な状況にあると指摘。さらに、「慈善活動や政府がこの危機の重大さを理解していないように感じる」と述べ、「慈善活動」すなわち全米規模の中絶クリニックや中絶の権利を求める運動のあり方を批判した。なお、この記事は、2023年10月11日にアップデイトされている。しかし、その後もAbortion Fundを取り巻く環境は、大きく変化しなかった。この事態に業を煮やしたのだろう。Williams-Diggs事務局長代理は、他の5人のAbortion Fundの運営者とともに、2024年8月7日付の月刊誌The Nationに、”National Abortion Rights Groups Have the Wrong Priorities for Our Movement”と題する一文を投稿した。
ここでいう” Our Movement” すなわち「我々の運動」とは、人工妊娠中絶の権利を守り、中絶を求める女性に手術を含めた必要な支援を行うことだ。1年前のHuffPostの記事における発言から一歩踏み込み、「我々の運動」における優先順位のつけ方を全米規模の組織が誤っている、と断じたのである。同事務局長代理は、投稿文の中で、全米規模の組織を「我々の運動」における「エリート部門」と指摘。では、Abortion Fundはどう位置付けられるのか。この点について、人工妊娠中絶に対する理論上の権利と、中絶が必要な女性がその権利にアクセスできる状況を形成するうえで、「架け橋」的存在と定義。地域のAbortion Fundへの財政支援の重要性を訴える形で、「我々の運動」の優先順位を変更するよう求めたのである。なお、この投稿文は、Williams-Diggs事務局長代理を含む6人の共著で、34のAbortion Fundが賛同団体として名を連ねている。
The Nationへの投稿文において、Williams-Diggs事務局長代理らは、地域のAbortion Fundへの財政支援をどのように進めるべきなのかについて、具体的に述べていない。では、方策はないのか。ここで参考になるのは、上記のHuffPostの記事が紹介している、カリフォルニアやニューヨーク、イリノイ、首都ワシントンなどの州政府や自治体が提供しているAbortion Fundへの支援策である。Dobbs判決の直後の2022年秋、カリフォルニア州は、「州越え中絶」を含めた人工妊娠中絶関連の資金として2000万ドルを拠出することを決定。また、シカゴ市Lori E. Lightfoot市長と同市のDepartment of Public Healthは、2022年8月31日付のプレスリリースで、Chicago Abortion FundとPlanned Parenthood of Illinoisに対して、人工妊娠中絶を求める女性の交通費や宿泊費に充当させるため、それぞれ25万ドルを提供する旨を表明した。
2025年に入ると、さらに一歩進んだ制度が作られようとしている。メリーランド州議会の上院法案848号(S.B. 848)と下院法案930号(H.B. 930)である。州が運営する医療保険のうち、人工妊娠中絶に関する予算で未使用分をAbortion Fundや中絶クリニックへの補助金として提供するための法案だ。4月初めまで、州議会の上下両院は、それぞれ法案を可決。5月12日現在、知事の署名を待つ段階に入っている。この制度は、成立すれば、全米でも初めてのもので、Abortion Fundの全国組織、National Network of Abortion Funds (NNAF)やメリーランド州の団体であるBaltimore Abortion Fund (BAF)は、法案への支持を表明してきた。こうした州などのレベルにおいて、「我々の運動」の「エリート部門」がAbortion Fundと連携していくことで、中絶が必要な女性がその権利にアクセスできる状況を拡大していくこと求められていくのではないだろうか。
なお、上記のメリーランド州におけるS.B. 848とH.B. 930へのNNAFとBAFの支持声明は、以下から見ることができる。
https://abortionfunds.org/nnaf-baf-support-abortion-bills-in-maryland/
反戦平和
ベトナム戦争終結50年、連邦議会にエージェント・オレンジの被害者救済法案提出
2025年5月10日
ベトナム戦争の終結から50周目に当たる4月30日に先立って、連邦議会にふたつの法案が提出された。いずれも、戦時中、米軍が散布した猛毒のエージェント・オレンジなどの有害物資による被害を受けた人々を救済するためだ。法案のひとつは、ベトナムなど、現地の被害者向け。もうひとつは、男性の従軍兵士の子どもへの影響など、米国内の人々の被害に対するものである。被害者救済を長年にわたり求めてきたNPOのアドバイスを受けて作成、議会に提出された。このことは、NPOの政策提言活動としても大きな意義を持つ。しかし、法案が提出されたのは下院だけで、提案者は6人にすぎず、成立の見通しは立っていない。また、ベトナムなど、現地に残る有害物資の除染や不発弾の処理など、未解決な問題もあり、戦争の影響が極めて長期にわたることを示しているといえよう。
エージェント・オレンジは、除草剤の一種の枯葉剤である。1961年から米軍の委託によりモンサント(現在のバイエル)やダウ・ケミカルなどの化学メーカーによって生産され、1971年まで”Operation Ranch Hand”という作戦で使用されたことで知られている。日本のメディアでは、「枯れ葉作戦」などの名称で報じられていた。この作戦に用いられた枯葉剤は、それぞれの容器に付けられる縞の色からオレンジ剤(エージェント・オレンジ)などと呼ばれた。4月28日に連邦下院に提出された法案によれば、米軍により1961年から71年までにベトナムなどで散布された枯葉剤は、15種類、1900万ガロン(1ガロン≒3.785リットル)。なお、枯葉剤による汚染は、空中散布だけでなく、後述するダナンのような、米軍基地における流出によるものもある。
これらの枯葉剤のうち最も多く使用されたのがオレンジ剤で、1300万ガロンにのぼる。このため、米軍がベトナム戦争で使用した枯葉剤=エージェント・オレンジと見なされるようになった。しかし、ホワイト剤450万ガロン、ブルー剤100万ガロン、パープル剤42万ガロンなども使用。ベトナム南部の他、ラオス、カンボジアの一部地域へ、2万回の出撃により、170万ヘクタールの地域に散布された。このように、エージェント・オレンジは、米軍のベトナムなどで用いた枯葉剤のひとつにすぎないが、本稿では、これ以降、「枯れ葉作戦」で使用された枯葉剤を総称して語る場合には、エージェント・オレンジと記述していく。
除草剤や枯葉剤と聞くと、人体には無害のように思われれるかもしれない。しかし、エージェント・オレンジなどの多くの枯葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれていた。また、エージェント・ブルーには高濃度のヒ素が用いられていたことで知られている。これらの有毒物資に被曝した人は、ベトナムとラオス、カンボジアで推計210万人から480万人にのぼる。また、現地の人々の多くが、枯葉剤に汚染された土壌や食物からダイオキシンなどを摂取したとみられる。これらの人々の子どもや孫にも、肉体や知的な面で悪影響が出ており、その影響は極めて大きくかつ深刻だ。
現地の人々だけではない。ベトナム戦争に従軍した米兵数万人も散布、あるいは保管中に流出したエージェント・オレンジの被害を受けた。後述するように、連邦政府の退役軍人省は、エージェント・オレンジが散布または流失した地域に従軍していた兵士に対する救済制度が作られてきた。例えば、従軍兵士に対しては、パーキンソン病や前立腺ガンなど、19種類の病気が関連して発生している可能性があるとして、救済を行っている。また、これらの兵士のうち女性が産んだ子どもに身体や知的の面などで影響が出た場合、救済の対象になっている。
では、ベトナムをはじめとした戦争の被災地と被害者に対して、アメリカ政府は、どのような対応を取ってきたのかだろうか。4月30日発信のNPOのメディア、Truthoutの”Vietnamese Agent Orange Victims Remain Uncompensated. Tlaib Aims to Change That”と題する記事は、1973年1月に南北ベトナムとアメリカ、南ベトナム共和国臨時革命政府(ベトコン)によって締結されたパリ和平協定において、ニクソン政権がベトナムへの補償と復興支援として30億ドル余りを拠出するとしたものの、実施されなかったと記述している。しかし、アメリカ政府は2018年、1億8000万ドルを投入して、ダナン空軍基地においてエージェント・オレンジの除染を実施。また、ビエンホア空軍基地でも除染が実施されてきた。しかし、トランプ政権が3月、除染活動を行っていた連邦国際開発庁(USAID)の4億3000万ドルの予算を凍結したため、先行きが不透明になっている。なお、ベトナムなどの散布した国の住民や、住民のうちアメリカに移住した人々への支援は実施していない。
連邦議会は、完全に沈黙していたわけではない。民主党のBarbara Lee下院議員が中心となり、2015年にVictims of Agent Orange Relief Actが議会に提出された。この法案には、同議員の他、26人の議員が共同提案者として名を連ねた。採決に至らず、廃案となったものの、1961年から75年までの間にエージェント・オレンジが散布された地域にいた兵士や住民への救済、汚染地域の浄化、在米ベトナム人への支援活動など、多様な内容を含んでいた。なお、Lee下院議員は、2021年にも同様の法案を提出している。また、これらの法案が提出される前の2003年には、ベトナム戦争に従軍していた女性兵士が出産した子どもに二分脊椎症などが見られた場合に、医療面での支援を行う法律が成立。ただし、男性兵士の子どもは対象外とされていたため、2015年や21年の法案に、対象として盛り込まれた。
冒頭で述べたように、今年4月28日に連邦議会に提出された法案は、ふたつ。Victims of Agent Orange Act (VAOA)とAgent Orange Relief Act (AORA)である。前者は、ベトナムの被害者とベトナムから移住してアメリカに居住している人々とそのコミュニティへの支援を目的にした法案だ。後者は、エージェント・オレンジに被曝した父親から生まれた子どもに障がいがある場合に支援を行うための措置を規定。また、エージェント・オレンジによる健康被害への研究の拡充も求めている。このように、ふたつの法案は、2015年と21年にBarbara Leeが提案した法案の内容をふたつに分けたような形になっている。法案の主提案者は、いずれもTlaib Rashida下院議員で、André Carson、Sarah McBride、Jerry Nadler、Lateefah Simon、Shri Thanedarの5人が共同提案者に名を連ねた。なお、これらの議員は、いずれも民主党だ。
ふたつの法案が提出された当日の4月28日、Rashida下院議員はプレスリリースを発表。エージェント・オレンジが「アメリカの退役軍人、ベトナム人、ベトナム系アメリカ人、そして彼らの子どもたちの生活に悪影響を及ぼし続けている」と述べ、過去の問題ではなく、現在進行形の事態であるという認識を示した。同議員は、パレスチナからの移民を両親にもち、パレスチナ系女性としては、全米最初の連邦議員に選出されたことでも知られている。パレスチナ問題では、反イスラエルの姿勢を明確に打ち出し、イスラエル企業のボイコットやイスラエルからの投資回収、経済制裁を訴える、Boycott, Divestment and Sanctions運動の支持者だ。所属政党は民主党だが、左派系の市民運動団体、Democratic Socialist of America (DSA)のメンバーでもある。
Rashida下院議員の法案作成には、エージェント・オレンジの問題に取り組むNPOが協力した。そのひとつ、退役軍人の問題に取り組むVeterans For Peaceの会長で、エージェント・オレンジに対するアメリカ政府の責任を追及しているVietnam Agent Orange Relief and Responsibility Campaignの共同コーディネーターでもある Susan Schnallさんは、法案提出におけるRashida下院議員の尽力に謝意を表明。そのうえで、「ベトナム戦争終結50周年を機に、アメリカ国民と被害を受けたベトナム国民の癒しと、ベトナムの汚染された土地の浄化を促進する」ふたつの法案が提出されたことに喜びを感じていると述べた。これらのNPOに加え、平和外交の研究啓発機関Quincy Institute と進歩的な退役軍人の団体CommonDefense.us、ミネソタ州の平和団体のMinnesota Peace Project、Action Corpsという環境問題に取り組むNPOが法案に賛同している。
なお、上述したRashida下院議員のプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://tlaib.house.gov/posts/tlaib-marks-50th-anniversary-of-end-of-vietnam-war-with-legislative-package-to-bring-justice-for-victims-of-agent-orange
NPO経営
運営資金枯渇1万4000団体と失職者280万人、連邦政府補助金の廃止削減がNPOに甚大な影響
2025年5月7日
トランプ政権による連邦政府機関の改廃や職員削減、補助金や事業委託の廃止・削減がNPOに大きな影響を与えていることは、メディアなどで数多く報じられている。では、その影響がNPOの財政や雇用をどの程度悪化させていくのか。4月29日、この問いについて調査した結果が発表された。実態調査ではなく、連邦政府のGrantsがなくなった事態を想定した推計を示したものだが、3カ月以内に運営資金が枯渇するNPOは、1万4015に上る。また、財政難で失職するNPOの職員は280万人に達することが見込まれるという。連邦政府資金への依存度の高いNPOは、職員数が多く、事業規模も大きい傾向が強い。このため、事業の利用者にも甚大な影響が及ぶことが必至だ。
この調査を実施したのは、後で詳述するCandidというNPOである。CandidのAssociate Vice President of ResearchのCathleen Clerkin博士によると、連邦政府のGrantsを受給しているNPOの約3分の1に相当する3万5000団体は、財源の50%以上を政府資金に依存している。調査の結果、こうした政府資金への依存度が高いNPOは、短期間の間に、団体の財政状況が急速に悪化し、事業の継続に支障が及ぶところもあることが明らかになったという。なお、Candidは、政府資金の廃止削減がもたらすNPOへの影響について、アメリカ全体についてだけでなく、NPOの業種別の状況、さらに州や連邦会員議員の選挙区ごとに見た影響も検討したとしている。
その結果、業種別に最も大きな影響を受けるのは、社会福祉や教育、住宅やシェルターなど、人々の生活に直接かかわる分野であることが明らかになった。また、州別に見た場合、ニューヨーク州だけで、補助金の廃止削減から3カ月以内に1366のNPOが財政破綻状態に陥ると見られる。これに伴い、36万1000人のNPOの職員が仕事を失う可能性があるという。こうした調査結果を踏まえ、CandidのCEO、Ann Mei Changさんは、NPOが提供する事業が大幅に縮小すれば、退役軍人への支援から地域の活動施設の運営、若者の芸術活動まで、さまざまな利用者を含む地域全体が大きな損失を被ると述べ、影響の大きさと広がりへの懸念を示している。
Candidのような大手のNPOが調査を実施した場合、その概要などをプレスリリースで示す他、報告書をウェブサイトに提示するのが一般的だ。しかし、今回のCandidの調査については、ウェブサイトなどを精査したものの、報告書は見当たらない。このため、Candidの調査に関する本稿の執筆では、プレスリリース的な文書とそれをもとに作成したと見られるNPO関係の情報誌の記事などを参考にした。なお、これまで連邦政府からNPOへの補助金などをGrantsと表記してきた。これも、語彙の定義がなされていないためだ。補助金の他、事業委託や融資なども含まれている可能性があるものの、不明確なため、Grantsと記載することにした。
全米レベルの調査ではないが、州のNPOセンターに相当する団体が、トランプ政権によるGrantsの廃止・削減のNPOへの影響について実施した調査がある。首都ワシントンの東、大西洋岸に位置するデラウエア州の中間支援組織、Delaware Alliance for Nonprofit Advancement (DANA)が2月20日に発表した”Delaware Nonprofits and the Impact of Executive Orders and Federal Policy Changes”と題する調査報告書は、そのひとつだ。この調査は、連邦政府のOffice of Management and Budget (OMB)が今年1月27日に、連邦政府の資金供与を一時的に全面停止することが明らかになった直後に行われた。2月7日までに400余りのNPOから回答があったものの、記載の不備などから、集計に用いたのは300強に止まったとしている。
集計に用いたNPOの44%は、連邦政府の資金供与が差し止められた場合に影響を受けると回答。その額は、全体で2億2900万ドルに及んだ。DANAの調査は、停止される政府資金の種類についても尋ねている。最も多いのは、州政府を経由して提供されるGrants(補助金・助成金)で、38%の団体が該当したという。次いで、連邦政府から直接提供を受けるGrantsの停止が36%、州政府を経由して行われるContracts(事業契約)が13%、連邦政府からのLoans(融資)が3%、連邦政府と直接締結したContractsが2%などとなっている。なお、その他も9%に上った。また、資金供与が差し止められた場合、その影響がいつ生じるかという問いに対しては、現在の会計年度中が最も多く62%に上る。次いで、今後の会計年度とする回答が21%に及び、影響なしは17%に止まった。
DANAの調査では、連邦政府資金供与の一時停止に関する1月のOMBの声明に加え、NPOに対する大統領令の影響についても尋ねている。複数選択可という条件で回答を求めたところ、最も多かったのはGrantsやLoansの停止で、回答した309団体のうち88%が影響を受けるとした。次いで、Diversity, Equity, and Inclusion (DEI)と移民問題が34%ずつ、LGBTQの権利の25%、セーフティネット事業の21%、妊娠中絶問題の20%、環境保護・温暖化問題の17%と続き、その他も6%あった。これらの問題は、大統領令を含め、トランプ政権が激しく非難してきた。DANAの調査は、その問題に取り組んでいるNPOが危機感を持っていることを如実に示したといえよう。
DANAも述べているように、NPOに提供される政府資金は、最終的に住民に恩恵をもたらす。換言すれば、政府資金の差し止めは、住民の生活にネガティブな影響を与える。DANAでは、OMBの声明による連邦政府資金のNPOへの差し止めは、州内の50万人の住民に影響を及ぼすと推定している。なお、連邦政府のCensus Bureauによると、2024年7月現在のデラウエア州の人口は105万人にすぎない。したがって、連邦政府のNPOへの資金供与の廃止・削減は、その半数に影響が及ぶことを意味している。また、政府資金による事業が廃止・縮小されても、ニーズがなくなるわけではなく、NPOは、新たな資金を探し、事業の継続を迫られることになる。
こうした状況の中で、NPOは中間支援組織に何を期待しているのだろうか。DANAの調査は、この問いを盛り込んだ。その結果、アドボカシーと情報提供(交換)が重要という回答が多かったという。政府資金の提供を受け、事業を実施しているNPOとしては、個別に政府に異議を申し立てるなどの行為は取りにくい可能性がある。中間支援に望まれるアドボカシーとは、個々のNPOの利害を整理、分析し、政府に提言や改善を求めることだと推察される。こうしたニーズを踏まえ、DANAは、コミュニティ財団のDelaware Community Foundationや共同募金団体のUnited Way of Delaware、州内の助成財団などの連合体Philanthropy Delawareと連携して、連邦政府の資金供与の廃止・削減の影響を受けたNPOや住民への支援活動を進めているという。
また、全米レベルの中間支援組織であるCouncil on Foundations、Independent Sector、National Council of Nonprofits、United Philanthropy Forum on Threats to Civil Societyの4団体は4月17日、ハーバード大学の税制優遇措置の取り消しを示唆するトランプ政権に対して、NPOの独立性を損なうとして批判する声明を発表。また、この4団体のひとつ、National Council of Nonprofitsは、1月27日にOBMによる連邦政府資金の供与を一時的に停止する方針が明らかになった翌日、American Public Health Association、Main Street Alliance、SAGEとともに、首都ワシントンの連邦地裁に供与停止の差し止めを求め、裁判を起こした。その結果、2月3日には、OBMに対して、一時差し止め命令が判事によってだされた。こうしたトランプ政権とNPOの間の連邦政府資金の供与をめぐる対立については、後日、本稿で整理して報告する予定だ。
なお、最後にCandidについて説明しておこう。この団体は、NPOの評価活動を行っていたGuideStarと助成金に関する情報を提供していたFoundation Centerが、2019年に合併してできた、いわゆる501(c)(3)団体だ。合併後、Candidは、GuideStarは、従来と同じ名称で事業を継続。一方、Foundation Centerは、合併前は、全米に数カ所図書館機能を備えて施設を持っていたが、現在はFoundation Directoryという助成財団などの検索サイトを通じて情報を提供。また、このふたつの事業の他、NPOの運営に関するトレーニングを提供するNonProfit trainingとAPIsのふたつの事業が設けられている。補助金や助成金申請書の作成などをテーマにした無料を含め、多くのウェビナーが提供されているので、関心のある人は、Trainingのサイトを見てみるとよいだろう。
直近のトレーニングプログラムには、5月12日に開催される” Funding beyond federal: How to diversify funding to ensure stability in uncertain times”というタイトルのウェビナーがある。連邦政府の補助金などが不確実になっている今、NPOの関係者が知っておくべき情報を提供することを目的にしたもので、Candidのスタッフふたりが3時間かけて講義を行う。参加は無料だが、事前登録が必要。ただし、当日参加できない人のために、終了後、録画が閲覧できるように配慮されている。5月12日のウェビナーは、以下から申し込や録画の閲覧希望を送付することができる。
https://learning.candid.org/training/2025-05-12-funding-beyond-federal-how-to-diversify-funding-to-ensure-stability-in-uncertain-times/
人権問題
「異なる影響」の適用廃止に向けた大統領令、雇用などにおける女性やマイノリティの差別解消に打撃
2025年5月4日
トランプ大統領は4月23日、雇用関係における日本の「間接差別」と類似した「異なる影響」の適用廃止に向けた大統領行政命令に署名した。アメリカでは議会が定めた法律により「異なる影響」が禁止されているため、直ちに適用が廃止されるわけではない。しかし、連邦司法省は今年2月、バイデン政権下で起こされていた「異なる影響」に基づく訴えを却下。トランプ政権内で、「異なる影響」適用廃止の動きが進んでいる。日本の「間接差別」と異なり、「異なる影響」は、性別だけでなく、人種などを理由にした差別の対応にも用いられてきた法律上の概念だ。また、その対象は、雇用以外にも住居なども含まれており、女性団体だけでなく、人権擁護に取り組む幅広い団体などから、批判の声が上がっている。
人種、肌の色、宗教、性別、出身地を理由に雇用差別を禁止している連邦法、公民権法第Ⅶ編(以下、タイトルⅦ)は、1964年の成立当時、Disparate Treatmentを差別と見なしていた。直訳すると、「異なる処遇」である。例えば、警備員に男性だけを採用したり、受付を女性だけにするような雇用上の行為は、性に基づく「異なる処遇」と見なされた。この場合、雇用者は、警備員は男性だけ、受付は女性だけを採用するという意図を持って採用に臨んでいると解釈される。したがって、意図的な差別行為だ。ただし、上記のように、タイトルⅦは、性別以外にも人種などに基づく差別も禁止している。このため、「異なる処遇」が黒人と白人の間に生じた場合にも、雇用差別と見なす根拠になる。
一方、Disparate Impactの訳語である「異なる影響」は、雇用者の意図は問わない。当該の職務の遂行に必要がない、「中立的な」人事政策により、特定の人々が不利益を被る場合に適用される概念だ。例えば、小売店の販売員に応募資格を伸長170センチ以上としたとしよう。この場合、女性の多くは、応募できない。あるいは、ヒスパニック系の住民が多い地域で、配送業務の運転手を募集する際、英語能力を求めたとしよう。英語を母国語にしないヒスパニック系の人々が採用されなくなる可能性がでてくる。身長や語学力は、男性や白人のような属性に基づく条件ではなく、「中立的な」概念といえる。また、雇用者に差別的な意図があるかどうか不明だ。しかし、業務に関係ない条件により、特定の性別や人種の人々が排除される割合が極めて高くなれば、「異なる影響」が生じたとみなされる。
「異なる影響」は、裁判や連邦議会の法律によって、確立された法律上の概念になっている。裁判でいえば、Griggs v. Duke Power Coが、それに当たる。この裁判は、1950年代にサウスカロライナ州のDuke Power社のDan River Steam Stationが「労務」局の従業員を黒人に限定していたことに起因している。1955年にDuke Power社は、「労務」局以外の従業員の採用に、高校の卒業資格などを求めた。また、タイトルⅦの施行後、同社は、高卒資格を持たない「労務」局の従業員が資格試験に合格することで、より給与の高い職種に移動できる措置を講じた。しかし、当時、黒人の大半は高校を卒業しておらず、また資格試験に合格できる黒人はほとんどいなかった。このため、高卒資格を求めることの妥当性が裁判で争われ、一審、二審では会社側が勝訴したものの、連邦最高裁判所は1971年に、逆の判断を示した。その結果、「異なる影響」が判例として確立された。
このように、業務遂行に関係がない条件によって特定の性別や人種の人々が排除される割合が極めて高くなれば「異なる影響」が生じたとみなされる。しかし、「極めて高い」かどうかは、主観的判断ともいえる。それでは、法的な基準とはなりえない。では、この割合は、どのように判断されるのか。ここで用いられるようになったのは、1972年に連邦政府の雇用機会均等委員会 (EEOC) が設定した、5分の4ルールまたは80%ルールと呼ばれる判断基準である。
例えば、特定の職種に男性100人、女性100人が応募し、男性の8割が採用されたものの、女性は4割に止まったとしよう。この場合、女性は男性の50%しか採用されていない。この50%という割合は、5分の4あるいは80%に比べると、極めて低い。したがって、採用政策に「異なる影響」が生じていた可能性があるとみなされることになる。こうしてタイトルⅦに「異なる影響」の概念が取り入れられた後、Age Discrimination in Employment Act(ADEA:年齢差別禁止法)やFair Housing Act(FHA:公正住宅法)における差別行為の判断にも用いられるようになっていった。
4月23日にトランプが署名した大統領行政命令は、”Restoring Equality of Opportunity and Meritocracy”というタイトルがつけられている。機会の平等と能力主義の回復を目指す措置という意味だ。その具体的な内容について、行政命令を解説した文書といえるFact Sheetは、以下の3点が含まれると指摘。1)で連邦政府機関が具体的に取るべき措置を提示、2)で「異なる影響」の問題点を示し、最後の3)で政権の能力主義への取り組みについて述べている。
1) アメリカ人を平等に扱うこと
・過去の大統領による「異なる影響」に関連する措置の撤回
・すべての連邦政府機関が「異なる影響」に関連する法律や規則に関する施行の優先順位を下げること
・司法長官に対して、教育に関して規定している公民権法第Ⅵ編における「異なる影響」の規則を廃止または改定させること
・「異なる影響」に関して行われている調査や訴訟、出された和解などの内容を検討し、適切な対応を行うこと
2) 機会の平等を回復させること
・「異なる影響」は、公民権に関する法律を損なう結果をもたらし、憲法の理念に整合しないこと
・「異なる影響」は、能力主義に基づく事業の実施を妨げていること
・行政命令は、個人の努力によってアメリカン・ドリームが達成できることを保障するものであること
3)能力主義に基づくアメリカを促進させること
・大統領は、能力主義に基づく国家として運営していくこと
・大統領は、就任最初の週に、連邦政府職員に能力主義の回復を行政命令で表明
・大統領は、別の行政命令で、軍隊における能力主義を回復させたこと
大統領の行政命令は、連邦議会が制定した法律や最高裁判所の判決の下位に位置づく。したがって、タイトルⅦなどの法律を撤廃させることはできない。しかし、1)のアメリカ人を平等に扱うことに示されたような、政府機関に対して一定の指示を行うことは可能だ。このような観点に立った場合、最も重要なのことのひとつは「異なる影響」に関連する法律や規則に関する施行の優先順位を下げるように政府機関に命じたことといえる。EEOCや司法省などの政府機関は、差別問題に限定されるわけではないが、自ら調査を行ったり、裁判に訴える権限を持つところも少なくない。トランプの行政命令は、政府機関によるこうした動きに対して、「優先順位を下げろ」ということで、雇用や住宅などに関する差別事案への対応を抑制、そして停止させようとしているといえる。
とはいえ、トランプ政権による「異なる影響」の廃止に向けた動きは、4月23日の大統領行政命令によって突然具体化したわけではない。例えば、2月26日には、連邦司法省がプレスリリースで、Pam Bondi司法長官が警察官と消防士の雇用を含む全米のさまざまな管轄区域に対する訴訟を却下するよう司法省の公民権局に指示したことを明らかにした。このプレスリリースでは、「異なる影響」という語彙は用いず、DEI政策に基づくクウォータなどという表現で、意図的な差別ではなく、統計的な不均衡だけに依拠してDEIを進めようとした前政権による措置を停止させたと述べている。ここでいう「意図的な差別」とは「異なる処遇」、「統計的な不均衡」は「異なる影響」を言い換えたものにすぎない。
トランプの大統領行政命令の発動は、タイトルⅦによる雇用差別や公正住宅法による入居差別と闘ってきた人々や団体にとって、看過できない事態である。真っ先に批判の声をあげたのは、女性の権利擁護団体である。首都ワシントンで訴訟や公共政策を通じてジェンダー平等の実現を目指しているNational Women’s Law Center (NWLC)は4月23日、Fatima Goss Graves会長兼CEOによる声明を発表した。”NWLC Statement on Trump’s Executive Order Seeking to Repeal Core Tenet of Civil Rights Act”というタイトルの文章の中で、大統領行政命令が政府機関に対して、主要な公民権の保護を停止するよう命じたと非難。しかし、大統領にその権限はないとして、大統領の権威主義的なアジェンダに反撃していく意思を表明した。
NWLCに続いたのは、サンフランシスコにある女性の権利擁護団体、Equal Rights Advocates (ERA)である。男女同権に向けた憲法改正を意味するEqual Rights Amendmentと同じ略称を用いるNPOのNoreen Farrell事務局長は、4月24日に発表した”Trump’s Attack on Disparate Impact Standard Undermines Fundamental Civil Rights Protections”と題するプレスリリースの中で、「異なる影響」の廃止に向けた行政命令を雇用、住宅、その他の状況における差別と闘う重要なツールへの直接的な攻撃だとして批判。大統領の措置に反対する団体とともに、連邦議会に「異なる影響」を再確認するよう求めていくとした。また、Farrell事務局長は、「異なる影響」が能力主義を否定しているとする、トランプの指摘に反論。女性やマイノリティに不均衡な影響を与える人事政策に対して是正させることは、能力主義の強化につながると主張している。
さらに4月28日には、女性団体の声明に続く形で、黒人団体のNational Association for the Advancement of Colored People (NAACP)とNational Urban League、ヒスパニック系のUnidosUS、アジア系のAsian Americans Advancing Justiceなどに加え、住居差別に取り組むNational Fair Housing Allianceや人権擁護団体のNational Action Network、Lawyers’ Committee for Civil Rights Under Law、Leadership Conference on Civil and Human Rightsなどが共同声明を発表。差別が意図的でなくても、差別は差別であり、「異なる影響」は極めて重要な概念だと指摘。住宅、雇用、中小企業、融資、健康医療、選挙、教育の機会などで差別に直面しているすべての人々のために闘っていく決意を示した。このように、「異なる影響」を消し去ろうとするトランプ政権の動きに対して、強い反発の声が上がっている。
なお、上記のERAの”Trump’s Attack on Disparate Impact Standard Undermines Fundamental Civil Rights Protections”と題する声明は、以下から見ることができる。
https://www.equalrights.org/news/statement-trumps-attack-on-disparate-impact-standard-undermines-fundamental-civil-rights-protections/
公共政策
トランプ政権がAmeriCorps運営機関の職員解雇、補助金の大幅削減で存亡の危機に陥るNPOも
2025年4月30日
アメリカには、連邦政府が実施している有償ボランティアプログラムが複数存在する。その多くを管轄している、AmeriCorpsと呼ばれる政府機関と、AmeriCorpsの補助金によって運営されているNPOなどの事業が存亡の危機に陥っている。トランプ政権によるAmeriCorps職員の整理と、有償ボランティアを受け入れているNPOなどへの補助金の大幅削減によるものだ。政府職員や有償ボランティアは仕事を失い、NPOは事業の縮減を余儀なくされ、事業の利用者への影響が生じることは必至だ。このため、連邦政府と連携してAmeriCorpsを進めてきた州政府の一部は、突然の補助金削減を非難、トランプ政権を提訴するなど、有償ボランティア政策をめぐり、米国内で深刻な対立が生じている。
AmeriCorpsの起源は、民主党のジョンソン政権による貧困撲滅政策の一環として、1964年に貧困地域に有償ボランティアを派遣するVolunteers In Service To America (VISTA)をスタートさせたことだ。その後、各地でパイロットプログラムなどの形で行われていた高齢者によるボランティア活動を連邦政府レベルで実施するため、共和党のニクソン政権下でDomestic Volunteer Service Act of 1973により高齢者を活用する事業が成立。Senior Corpsと総称される有償ボランティアプログラムが、それである。ただし、高齢者のボランティア活動という位置づけだが、参加資格のひとつの年齢は55歳以上とされた。当時の高齢者向け事業における年齢基準に沿ったものだが、今日では高齢者と見なされない年齢層の人も含まれていることに留意が必要だ。
Senior Corpsは、子どもへのメンタリング事業のFoster Grandparent Program、NPOなどでボランティア活動に従事するRetired and Senior Volunteer Program (RSVP)、障がい者や介護を必要とする高齢者への支援を行うSenior Companionsの3つで構成されている。なお、これらのプログラムは、「有償」と記述してきたが、Stipendと呼ばれる金銭的な「手当て」が提供されるのは低所得の参加者など、一部に限定され、無償の参加者が多い。ただし、大半の参加者には、活動にともない発生する可能性がある損害賠償に対応する保険などのベネフィットが提供されている。
連邦政府による有償ボランティアを広げるきっかけになったのは、共和党のブッシュ政権下で成立したNational and Community Service Actである。この1990年の法律は、連邦政府の独立機関として、Commission on National and Community Serviceを設立、有償を含むボランティア活動の推進母体になった。1993年には、クリントン政権が、この動きを拡充。National and Community Service Trust Actに基づき、VISTAやSenior Corps、AmeriCorpsを包括した有償ボランティアプログラムの管理運営機関として、Corporation for National and Community Service (CNCS)が作られた。なお、当時、AmeriCorpsは、主に低所得世帯の若者に有償ボランティア活動に従事する機会に加え、終了後、大学の学費に充当できる奨学金を与える事業の名称だった。2020年に、CNCSの通称として、AmeriCorpsが用いられるようになった。事業と組織が同一の名称だとわかりにくいため、以下では組織については、CNCSと記述していく。
現在、AmeriCorpsの有償ボランティア事業は、Senior Corpsの3つのプログラムを引き継いだAmeriCorps SeniorsとAmeriCorpsに大別されている。後者は、AmeriCorps VISTAに加え、National Civilian Community Corps (NCCC)、AmeriCorps State and Nationalを合わせた3つのプログラムから成る。National Civilian Community Corps (NCCC)は、1年間の宿泊型のプログラムで、AmeriCorps State and NationalはNPOなどで学習支援や環境保護などの活動に関わることになる。NCCCの参加者には、18~26歳までという年齢制限がある。VISTAとState and Nationalは、それぞれ18歳以上と17歳以上という下限が設定されているが、年齢の上限はない。なお、Senior Corpsと異なり、大学入学後の学費支援金の受給が可能となっていることもあり、参加者の多くは、終了後に大学を目指す若者だ。
以上のように、AmeriCorpsは、民主党だけではなく、共和党の政権下で成立した法律に基づき、形成されてきた。超党派の支持をえた事業をいわれるゆえんだ。このように述べると、共和党のトランプ政権もCNCS とAmeriCorpsに親和的と考えられるかもしれない。実際、AmeriCorpsをはじめとしたボランティア活動に関連する団体などの連合体、Voice of National Service (VNS)は4月30日に、民主・共和両党に所属する連邦議員などのボランティア活動への貢献に対して表彰するイベント、22nd Annual Friends of National Service Awardsを開催することになっていた。なお、VNSは、ボランティア活動をNational Serviceと呼んでいる。両者は、同じ意味合いの言葉と考えてよいだろう。
しかし、トランプ政権は、4月に入って、CNCSの解体とAmeriCorpsの縮減に向けて動き出した。National Serviceを担当する州の機関などの連合体、America's Service Commissions (ASC)が4月17日に発表した” America’s Service Commissions Statement on AmeriCorps Agency Staff Reductions and NCCC Member Demobilization”と題する声明文によると、声明前の2日間にCNCSは、職員の約85%を有給の行政休暇にするとともに、AmeriCorps NCCCメンバー全員を帰宅させた。さらに4月26日付のASCの”America’s Service Commissions Statement on the Termination of AmeriCorps Grants”と題する声明は、CNCSが4月25日、AmeriCorps State and NationalやVISTAに関連する補助金、今年度の補助金の残額の40%に相当すると見られる4億ドルの支払停止を受給予定の州政府機関などに通知したという。これにより、ふたつのプログラムなどに関わっていた有償ボランティア3万人は、仕事を失うことになる。さらに、有償ボランティアが従事していた1000件にのぼるNPOなどによる活動が縮小または廃止を余儀なくされる事態を招いている。なお、AmeriCorpsの参加者は、約20万人にのぼる。
例えば、カリフォルニア州政府によると、同州では、2023-24事業年度に6300人のAmeriCorpsの有償ボランティアが活動。累計の活動時間は440万に及び、7万4000人の児童への学習支援、1万7000人の里親児童へのサポート、4万本の植林などを実施してきた。また、今年初めにロサンゼルスを襲った大火に対して、食料品の箱詰め2万1000個をはじめ、2万6000世帯への支援を提供した。なお、AmeriCorpsは、連邦政府と州が共同で実施しており、カリフォルニア州は昨年、州内の企業や団体、個人からの支援を含め、総額1億3300万ドルを拠出したという。
AmeriCorpsの補助金削減に対して、ASCは、上記の4月26日の声明の中で「違法」と述べているように、予算の決定権をもつ連邦議会が承認した予算に基づく補助金の支給をトランプ政権が一方的に停止することを問題視する声は強い。カリフォルニア州政府は、その筆頭格で、29日までにトランプ政権を相手取って裁判を起こした。4月29日発信のLos Angeles Timesの” California, other states sue Trump administration to block cuts to AmeriCorps”というタイトルの記事によると、この訴訟は、カリフォルニア州に加え、以下の州などの知事や司法長官らが原告として名を連ねた。
Colorado、Delaware、Maryland、Arizona、Connecticut、Hawaii、Illinois、Maine、Massachusetts、Michigan、Minnesota、Nevada、New Jersey、New Mexico、New York、North Carolina、Oregon Rhode Island、Vermont,、Washington、Wisconsin、District of Columbia (Washington DC)、Kentucky、Pennsylvania
AmeriCorpsへの補助金の停止の影響は、裁判を起こした上記の州に止まらず、トランプ政権と同じ共和党の地盤「レッドステート」にも及んでいる。知事に加え、州議会の上院31議席のうち29議席、下院62議席のうち56議席と共和党が圧倒的な力をもつ、ワイオミング州は、そのひとつだ。同州のNPOのメディア、WyoFileは4月29日発信の” DOGE cuts to AmeriCorps ‘a devastating blow to the state of Wyoming’”と題する記事の中で、AmeriCorps関係の補助金を受給しているNPOへの影響を伝えている。記事によれば、昨年度、同州のAmeriCorps関連プログラムは、2700人の児童に7万5000時間の学習支援を提供。また、州内の企業や助成財団などからの190万ドルの寄付を受け、3000人のボランティアを集め、軍人の世帯200件に支援を行ったという。
しかし、今回の補助金停止の総額は、240万ドルに及ぶ。ワイオミング州にはAmeriCorpsの補助金への依存度が高いNPOが少なくない。Agricultural Extension Offices、Phorge、SAE International、Teton Science Schools、The Science Zone、Wildflower Learning Community、Wyoming Conservation Corps、Brain Injury Advocates、The Iris Club House、Rooted in Wyoming、The Nicolaysen Art Museum、Lander Free Medical Clinic、 Casper Green House Project、GrowWyo/Slow Food Sheridanなどがそれである。
そのひとつで、子ども向けの野外体験活動などを行っているTeton Science SchoolsのWayne Turner事務局長は、AmeriCorpsの業務を担当している州政府機関ServeWyomingから連絡を受け、補助金が「終了させられた」と告げられたうえ、関連事業を停止するように指導されたという。また、ServeWyomingのAndrea Harrington副議長は、VISTAのプログラムを通じてワイオミング州で活動しているボランティアに対して、即日、解雇が言い渡された、とWyoFileに説明。そのうえで、同副議長は、「地域社会への奉仕と改善に人生の1年を捧げることを決めた人々に平手打ちを食らわせることに他ならない」と述べている。
では、なぜトランプ政権は、費用対効果が高いといわれるAmeriCorpsの補助金の打ち切りを決めたのか。ホワイトハウスのAnna Kelly副報道官は、上記のLos Angeles Timesの記事の中で、近年のCNCSに対する会計監査において、不適切な使途が発見され、税金を投入することが不適切との判断に至ったという趣旨のことを述べている。しかし、政権の判断の背景に、反DEIのイデオロギーを指摘する声もある。例えば、保守的なメディアとして知られるThe Federalistは3月18日、”AmeriCorps Is Being Used to Indoctrinate Participants With DEI In Violation Of Trump’s Executive Order”と題する投稿文を掲載。AmeriCorpsのトレーニングプログラムにDEI (Diversity, Equity, and Inclusion)の内容が盛り込まれていると批判、税金を投入すべきではないと訴えた。
この投稿文が指摘するように、AmeriCorpsのトレーニングプログラムの一部や補助金の受給団体には、トランプ政権の考えに合わないものもあるだろう。しかし、AmeriCorpsの事業は多様かつ幅広い。それを一括りにして補助金廃止という形で葬り去るようなやり方は、社会に貢献しようとする若者を中心とした人々の意志をないがしろにすることにつながるのではないか。上記の訴訟に当たり、カリフォルニア州のニューサム知事は、補助金の削減がAmeriCorpsの事業資金の確保を脅かすだけでなく、「我々の価値観を破壊する」行為だと批判した。同知事の指摘のように、政権の対応には、AmeriCorpsをめぐる「価値観」の問題が背後にあるといえよう。
なお、上記のAmerica’s Service Commissionsの4月26日付の声明文は、連邦議員に補助金停止の撤回を求めるメールの送付も呼び掛けている。声明文と呼びかけの内容は、以下から見ることができる。
https://www.statecommissions.org/index.php?option=com_content&view=article&id=342:asc-statement-on-the-termination-of-americorps-grants&catid=23:news&Itemid=191
反戦平和
イスラエルのガザ攻撃で負傷した子どもをアメリカで治療、医療機関と連携したNPOの活動拡大
2025年4月27日
イスラエルによるパレスチナのガザ地区への軍事攻撃が始まって1年半になろうとしているが、死傷者の多くは、子どもと伝えられている。現地の医療提供体制は壊滅的な状態に陥っており、子どもに限定されるわけではないが、負傷者への手術を含めた治療がままならない状況だ。こうした中で、現地では治療が困難な重篤な負傷者を海外に移送し、入院や治療を行う必要性を指摘する声が広がっている。アメリカのNPOは、病院と連携、負傷した子どもとその家族らの渡航費を含めた必要な経費を負担して、治療やリハビリなどを提供する活動を実施。今年4月にもエジプトからシカゴとデトロイトに入国、各地の病院で治療が提供されるなどしている。
ガザ地区の保健当局が今年1月7日時点の集計とした発表によれば、2023年10月の戦闘開始以降、イスラエルの攻撃による同地区の死者は4万5885人、負傷者は10万9196人に上った。同当局は、主に死亡した人の遺体を数えることで集計を行っているという。イスラエルとハマスは今年1月15日、停戦に合意、19日から実施された。しかし、イスラエルは3月18日に攻撃を再開。また、子どもに限定すると、保健当局3月27日の発表によれば、戦闘開始以降にガザ地区で死亡した子どもは、1万5613人に上った。さらに、4月21日の国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の発表によれば、3月の攻撃再開以降、ガザ地区でのイスラエルの攻撃により、約600人の子どもが死亡。また、1600人以上の子どもが負傷した。
こうした状況を受けて、ガザ地区におけるイスラエルの攻撃で負傷した子どもアメリカに招き、治療を提供するためのNPOが設立された。イスラエルの攻撃が始まって2カ月もたたない2024年1月のことだ。オハイオ州ケントに設立されたNPOは、HEAL Palestine。いわゆる501c3団体で、税制優遇が認められているため、寄付者は、所得税や法人税から寄付額が控除することが可能だ。HEAL Palestineは、寄付集めを行いながら、活動を進めている。団体名の”HEAL”は、名詞の「癒し」や動詞の「癒す」を意味する。その意味を含めつつも、Health、Education、Aid、Leadershipという団体の理念の4つの柱を示す単語の頭文字を合わせて命名したという。
HEAL Palestineは、これら4つの柱ごとに各種の事業を展開している。ガザ地区から負傷した子どもをアメリカに招き、治療を提供するのは、Health事業の一環で、Global Healing Programという。この他のHealth事業には、Building Hospital Services and Infrastructure、HEAL Palestine - Kuwaiti Field Hospital、Implementing Mental Health Program、Sponsoring Medical Missionsという4つのプログラムがある。例えば、Building Hospital Services and Infrastructureでは、今年3月、ガザ地区北部にMedical Pointというクリニックを開設、医師を含むスタッフが第一次医療や子ども向けの医療を提供している。HEAL Palestine - Kuwaiti Field Hospitalは、隣国のクウェートのKuwait Specialist Hospitalと連携して、ガザ地区で負傷したり、病気にかかった人々をガザ地区南部で治療を提供する医療施設だ。
501c3団体は、連邦政府の税務当局のInternal Revenue Service (IRS)に毎年、Form 990という事業と財務状況を示す書類を提出することが義務付けられている。しかし、HEAL Palestineは、設立から1年余りのためか、団体のウェブサイトや、NPOの事業や財務状況の概要を紹介しているGuideStarというサイトには、団体の概要は紹介されているものの、Form 990は掲載されていない。しかし、ウェブサイトに、2024年の年報が掲載されている。この資料によると、Health事業においては、ガザ地区で49万人を診察、アメリカに招待して治療を提供した子どもは30人に及ぶ。Education事業では、現地で3500人の児童に教育の機会を提供。AID事業でも、ガザ地区の住民86万人に生鮮食料、95万人に暖かい食事を提供したと記載されている。
こうした膨大な活動を行うには、多額の資金やボランティアを含めた人員が必要になることは間違いない。HEAL Palestineの2024年の年報によると、HEALing Communitiesと呼ばれるボランティア・グループを全米各地に設立。その数は120に上り、2024年の募金活動で400万ドルを集めたという。なお、同じく年報によると、歳出についてはHealth事業が51%と最も多く、次いでAID事業の31%、Education事業は4%に止まる。運営費に当たる管理費は8%、ファンドレイジングなどのための支出と見られる開発費は6%だ。事業費の割合が極めて高いことは、寄付集めに有利に働く。運営費の割合が低く抑えられているのは、HEALing Communitiesのようなボランティアの人的資源を大量に活用しているためと推察される。
Global Healing Programを通じて、今年4月に訪米したガザで負傷した子どもは、8人。アメリカでの到着地は、シカゴとデトロイトで、それぞれ4人が降り立った。ただし、これに家族が同伴しており、実際にアメリカに招かれた人は、さらに多くなる。シカゴに到着した子どもは、イスラエルの攻撃により、ガザ地区でいずれも手や足を失った。そのうちのひとりは女の子。デトロイト入りした女の子ひとりを含む、4人の子どもも、手足を失っている。4月6日発信のFOX Newの”Injured Gaza children arrive in Chicago for life-saving treatment”という記事によれば、ガザ地区で手足を失った子どもは、3000人から4000人に上ると推定されている。このため、Global Healing Programで訪米する子どもの多くは、失った手足への治療が目的だ。
しかし、重度の火傷や失明に対する治療のために渡米する子どももいる。2023年12月7日にイスラエルの空爆によって家を焼かれ、ふたりの兄弟を失い、自らは火傷を負ったSara Bsaisoさんは、そのひとりだ。全身の60%が火傷したというSaraさんは当時、助かる見込みは20%といわれていたという。しかし、重度の火傷のため一般の航空機で移動することはできないと判断された。このため、Global Healing Program がアレンジした医療体制が整った航空機で、2024年2月6日、ニュージャージー州にあるTeterboro Airportに到着。ニューヨークのStaten Island University Hospitalの火傷専門の集中治療室(ICU)で3カ月にわたり、数回の手術を受け、一命を取り留めることができた。そして、同年10月に退院、年末には、Staten Island Universityで、自らの体験を語るまで回復した。
Saraさんの自宅は、ガザ地区の北部のガザ市にあった。しかし、ガザ地区からアメリカに直接向かうことはできない。このため、HEAL Palestineの現地スタッフがSaraさんの家族と連絡を取り、エジプト経由で訪米するプランをアレンジ。姉のSehamさんが同行して、Saraさんはガザ地区の南部からエジプトにでて、チャーター機に乗り、アメリカに向かうことになった。HEAL Palestineの事務局長、Steve Sosebeeさんによると、Saraさんのエジプトにおける医療費やSehamさんを含む渡航費などとして18万ドルを集めることができたという。なお、World Health Organization (WHO)のデータによればガザ地区を出て治療を受けている人は5000人を超えると、Sosebeeさんは、2024年9月13日発信の, ABC Newsの記事”A Palestinian girl suffered burns to over 60% of her body: This is her monthslong journey out of a war zone”の中で述べている。
設立から間もないNPOのHEAL Palestineがこうした支援を戦闘地域で行えることは、驚愕に値する。しかし、Sosebeeさんは、これ以前にもパレスチナへの支援活動に関わってきた経験がある。1991年に自らが設立したNPO、Palestine Children's Relief Fund (PCFF) を通じた活動がそれだ。Sosebeeさんは、2023年12月まで30年余りの間PCFFで活動。2024年1月1月からHEAL Palestineで働き始めた。ロサンゼルスに本部を置くPCFFは、ガザ地区で負傷した子どもの医療支援をアメリカで行う活動も実施しており、2000人を超える子どもを支援してきた実績をもつ。PCFFにおけるSosebeeさんの活動の経験が、HEAL Palestineでも生かされているものと思われる。
なお、HEAL Palestineの活動の詳細は、以下から2024年の年報をダウンロードすれば、見ることができる。
https://www.healpalestine.org/heal-palestine-our-first-year-of-healing-2024-annual-report/
NPO経営
トランプのハーバード大学の税制優遇措置剥奪発言、NPO界全体への拡大に懸念や批判
2025年4月21日
トランプ大統領は4月15日、SNSのTruth Socialを通じて、ハーバード大学の税制優遇措置を剝奪すべきとの考えを表明した。同大学の多様化政策や親パレスチナの学生運動への対応を問題視したためだ。この発言に対して、他大学からハーバードに同調する声が出ている。一方、税制優遇措置を失った場合、寄付集めが困難になることは必至だ。このため、大統領から同様の対応を求められている大学の一部は、政権の意向に応じる考えを表明。さらに、態度未定大学もあるなど、対応が分かれている。現時点で、税制優遇措置の剝奪について名指しされたのは、ハーバード大学だけと見られるが、その影響は、他の大学、そしてNPO全体に及ぶ可能性もある。こうした状況を踏まえ、NPOの全米組織が共同で反対声明をだすなど、NPO界全体の問題に発展しつつある。
大統領就任後、トランプは、個々の企業や大学、NPOなどへの批判を行っている。真っ先にターゲットにされたのは、大手法律事務所だ。事務所側のDEI (Diversity, Equality, and Inclusion)と呼ばれる多様化政策への批判や政府機関を通じた対応策を開始。Kirkland & Ellis LLP、Allen Overy Shearman Sterling US LLP、Simpson Thacher & Bartlett LLP、Latham & Watkins LLPの4事務所との間で、退役軍人や反ユダヤ主義に関連した問題への法的な対応として、総額1億2500万ドル相当の業務を無償で行わせることで合意した。また、Cadwalader, Wickersham & Taft事務所とは、「違法な」DEIプログラムを廃止することと、1億ドルの業務をプロボノで提供させることになった。
弁護士事務所の次にターゲットになっているのは、大学だ。学生の選抜や教職員の採用などに関するDEI政策の廃止に加え、大学内の学生らによる親パレスチナ活動の取締強化などを求めている。大学への圧力として、当初は補助金の縮減が手段として活用されてきた。昨年春の新パレスチナ活動の発火点ともいえるコロンビア大学は、真っ先に矢面に立たされた。同大学は、アメリカ東部の有名大学を意味するアイビーリーグのひとつで、連邦政府から多額の補助金や事業委託を受けている。今年3月初め、トランプ政権は、4億ドルを超える補助金や事業委託を解約すると発表。これに対して、コロンビア大学は、政権側が求めてきた学内におけるイスラエルへの抗議活動への対応策の強化やMiddle Eastern Studies(中東研究科)を新たな機関の下に置くことなどの考えを明らかにし、補助金や事業委託の確保に努めた。
こうした中で、トランプ政権の要求に対して、明確にNOを突き付けた大学が現れた。コロンビア大学と同じ、アイビーリーグのひとつで、全米最古のNPOといわれるハーバード大学である。大学の声明文は「どの政党が政権を握っているかにかかわらず、いかなる政府も、私立大学が何を教えることができるか、誰を受け入れて雇うことができるか、どの研究分野や調査を追求できるかについて指図すべきではない」と主張。大学の自治を守る意思を明確にした。ハーバード大学の4月14日声明に対して、同大学の卒業生のバラク・オバマ元大統領は、翌15日のSNSのXへの投稿の中で、トランプ政権の要求を「学問の自由を抑圧する違法で不法な試み」として批判。「ハーバードのすべての学生が知的探究、厳格な討論、相互尊重の環境から利益を得ることができるようにするための具体的な措置を講じている」と述べた。
では、ハーバード大学の声明の後、他大学は、どのような姿勢を示しているのだろうか。シリコンバレーにあるスタンフォード大学は、連邦教育省から反ユダヤ主義の疑いで調査を受けている大学のひとつだ。スタンフォード大学の学生新聞” The Stanford Daily”に掲載された声明の中で、学長は、大学が「政府の投資に基づいて構築されている」として補助金などの重要性を指摘しつつも、「政府の支配によって成り立っているわけではない」として、ハーバード大学の考えを支持する意思を示した。また、東部のニュージャージー州にあるプリンストン大学の学長は、LinkedInへの投稿の中で、「プリンストンは、ハーバードとともにある」と述べたうえで、ハーバードの声明を熟読するよう訴えた。
ハーバード大学は、連邦政府からの補助金22憶ドル、事業契約6000万ドルを受けている。この膨大な資金を失っても、大学の運営が続けられるのか、と疑問を持つ人もいるだろう。アメリカの大学の多くは、多額の基金を保有している。ハーバードの場合、532億ドルにのぼる。一見すると、補助金や事業契約がなくても運営は可能だ。しかし、基金のうち8割は、奨学金のように使途が決まっている。大学の裁量で自由に使えるのは、20%に止まる。したがって、「豊富な資金があるから政権に反対できた」という見方は必ずしも妥当ではない。逆に、この点を見越してか、トランプ政権は、さらなる追い打ちをかけようとしている。税制優遇措置の剥奪である。
事実、数は少ないものの、大学を含め、過去に税制優遇措置を失ったNPOも存在する。なお、ここでいう税制優遇措置とは、寄付控除の対象として認定されることを意味する。いわゆる501c3団体に認められることで、各種の統計データを紹介しているStatista.comによれば、2023会計年度時点で、151万団体に及んでいる。税制優遇措置があることにより、とりわけ高額の寄付を受けやすくなる。換言すれば、この特権を失えば、寄付集めが厳しくなる。2024会計年度のハーバード大学の財務報告書によると、同年度の歳入は65億ドル、このうち45%は寄付収入で、授業料などが21%を占め、連邦政府の補助金やその他の機関からの研究助成は16%に止まる。仮に寄付控除の資格を失えば、最大の収入源の寄付への影響は甚大になり、大学の経営にも大きな影響がでるだろう。
とはいえ、トランプ政権がハーバード大学の税制優遇措置を剥奪することは容易ではない。そもそも大統領には、剥奪する権限はない。先例にしたがえば、剥奪するには、税制優遇措置を付与する権限をもつ財務省のInternal Revenue Service (IRS)が対象となる団体と協議を行うなどして、剥奪の根拠を明確にする必要がある。また、団体側が剥奪に異議を唱えれば、訴訟に持ち込むこともできる。例えば、第一次トランプ政権下の2017年、親イスラエル団体のLawfare Projectの訴えを受け、パレスチナ人の権利擁護団体であるAmerican Muslims for Palestine(AMP)の501c3団体としての税制優遇措置が問題にされた。剥奪には至らなかったものの、訴訟に伴う出費などでAMPの財政は悪化、その後の活動に影響がでた。企業によるアドボカシー型のNPOへの攻撃、Strategic Lawsuit Against Public Participation (SLAPP)の政府版だ。
こうした先例から、NPOの中には、税制優遇措置との関係で、活動内容が問題化しないように対策を行う動きが広がったといわれている。トランプ政権によるハーバード大学の税制優遇措置の剥奪を示唆する発言は、同様の効果を狙っている可能性がある。ただし、これは可能性に止まらない。連邦議会は、「反イスラエル」活動などに関わったNPOから税制優遇措置を剥奪する下院法案9495号(HR 9495)を可決しているからだ。上院での審議が進んでいないため、成立するかどうか不明だが、この法案では「反イスラエル」活動と政府がみなせば、証拠の提示なく、税制優遇措置を剥奪できるという、法の適正な手続きを無視する手法として、NPO界から批判の声が上がっており、それが上院での審議を止めている理由のひとつと見られる。
トランプ大統領によるハーバード大学の税制優遇措置の剥奪の示唆についても、NPO界から反発がでている。4月17日の“Joint Statement on Threats to Civil Society and the Independence of the Charitable Sector”は、そのひとつだ。Council on FoundationsとIndependent Sector、National Council of Nonprofits、United Philanthropy Forum on Threats to Civil Society and the Independence of the Charitable Sectorという5つの全米規模のNPOの連合体が共同で発表した声明だ。NPO界を代表してトランプのハーバードに対する発言に反対すると述べたうえで、「IRSが政府の独立機関として、政治的な圧力や影響から独立して、その責務を果たさなければならない」と指摘。そして「我々の民主主義は、強く、活気に満ちた、独立した市民社会に依存している。それを弱体化させることは、どのような理由、いかなる指導者によるものであれ、看過できない、かつ看過しない脅威である」と述べ、トランプの発言を批判した。
NPOのひとつであるハーバード大学から税制優遇措置を剥奪する件については、親イスラエル団体からも懸念の声がでている。ユダヤ系の人権団体、Anti-Defamation League (ADL)はそのひとつだ。4月18日発信のSan Diego Jewish Worldに掲載された”Government’s Crackdown on Harvard University Wrongly Conflates Antisemitism and Other Issues”と題する投稿文の中で、ADLのCEO Jonathan Greenblattは、ハーバード大学のユダヤ系学生への対応が不十分だったとしながらも、改善が見られていると指摘。政府の補助金の削減などの厳しい措置は、改善の意志がない組織に限定されるべきと主張している。さらに、大学に対するトランプ政権の要求は、概ねADLが求めてきた内容と一致するものの、税制優遇措置は反ユダヤ主義の抑制と関係がないととして、仮に懲罰的な姿勢を示すためであれば、長期的な問題改善につながらないという認識を示している。
ここで、税制優遇措置にについて整理しておこう。税制優遇には、様々な種類があるが、主要なものは寄付控除と関連事業の収益に対する非課税措置である。寄付控除の資格がないNPOであっても、すなわち501c3団体以外のNPOの大半は、関連事業の収益には課税されない。また、税制優遇措置は、州政府と連邦政府のIRSが認定するもので、法人格は、州政府が認可する。したがって、仮に寄付控除の資格を失っても、法人としての活動が否定されるわけではなく、また関連事業の収益は非課税扱いのままだ。とはいえ、寄付控除がないNPOは、政府の補助金や助成財団からの助成金を直接受けることができない。また、企業は法人税、大口の寄付者は所得税からの控除を前提に寄付先を検討することが大変なため、寄付集めに支障をきたす可能性が強い。このため、501c3団体の認定が取り消されることは、とりわけ寄付への依存度が高いNPOにとっては死活問題だ。
税制優遇措置の剥奪を武器に、自らの意志を押し付けようとするトランプ大統領の姿勢は、ハーバードなどの大学にだけ向けられているのではない。4月17日発信のAPの記事” Trump rethinking tax-exempt status of other groups, including ethics watchdog”によれば、環境保護団体や政府の不正行為などを監視する「番犬」を意味するWatchdogも対象にする考えを示した。Watchdogについては、具体名としてCitizens for Responsibility and Ethics in Washington (CREW)があがっている。その理由として、CREWの唯一の活動が
「ドナルド・トランプを追求することだ」として、「慈善団体」としての資格がないという認識を示している。なお、ここでいう「慈善団体」とは、Charitable Organizationの訳で、公益型のNPOを意味する。
CREWは、2003年に保守的なWatchdog団体に対抗して設立されたリベラルなNPOで、政治家の不正行為などを追及している。対象となった政治家は、共和党の方が多いものの、民主党の議員らも含まれている。トランプ政権に対しては、批判的な姿勢が強く、2017年に就任した3日後には、訴訟を起こした。今回も、連邦政府職員の大量解雇につながる大統領行政命令の交付直後の1月28日、メリーランド州の連邦地裁に大統領を訴えた。なお、CREW の2023会計年度の財務報告書によれば、同会計年度の歳入は669万ドル、そのうち614万ドルは寄付または助成金だ。仮に寄付控除を失えば、1000万ドルを超える資産があるとはいえ、活動の大半は中止に追い込まれてしまう恐れがある。
税制優遇措置を剥奪する対象として、トランプ大統領は、個別具体的な団体名をあげているわけではない。しかし、地球温暖化を否定的に捉えるなど、環境保護よりも企業活動や経済開発を優先する姿勢を明確に示してきた。さらに、環境問題に直接関連しているわけではないが、これまでの大統領令で、Public Service Loan Forgivenessと呼ばれる学生時代に受けた奨学金返済の免除となる就労先のNPOを制約する方針が出されている。また、保守系のNPOの法律団体American Alliance for Equal Rightsは4月1日、Gate FoundationなどのDEI政策を問題視し、税制優遇措置の剥奪を求めて提訴した。こうした状況もあり、4月17日発信のThe NonProfit Timesは、”Under Fire: How The IRS Can And Can’t Revoke Exempt Status”という記事の中で4月22日のアースデーに、NPOの環境保護活動を規制する大統領令が出されるのではないかという懸念が環境保護団体の間に広がっている、と伝えた。
なお、上述した5つの全米規模のNPOの連合体による“Threats to Civil Society and the Independence of the Charitable Sector”と題する共同声明は、以下から見ることができる。
https://cof.org/news/threats-civil-society-and-independence-charitable-sector
移民労働
広がりを見せる反トランプ政策への連携した闘いの輪、注目される労働界の対応
2025年4月16日
労働組合員を含む連邦政府職員の大量解雇や労働協約の解消など、アメリカ史上最悪の組合潰しといわれるトランプ政権。この動きに対して、解雇された組合員を抱える労働組合による訴訟や抗議行動が個別に行われてきたものの、労働界全体の動きは、積極的とはいえなかった。しかし、4月に入り、連邦政府から大学に提供されてきた研究資金の廃止や削減、移民や外国人への差別的な取締りに対して、大手の単産の中からも、解雇の撤回や労働基本権の擁護に加え、民主主義や言論の自由、移民の権利、パレスチナ支援などに取り組むNPOなどの団体との連携が目立ってきた。こうした動きが、トランプ政権の反労働、反移民、反人権の政策を押しとどめることにつながるか、関心がもたれる。
全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)は、大統領就任当日に公布された連邦政府職員の解雇を容易にする道を開くことにつながる大統領行政命令に、1月21日のプレスリリースで警戒感を表明。また、1月27日に明らかになった連邦政府の予算凍結に関するメモには、「違法」として批判した。いずれも、Liz Shuler会長名でなされたものだ。さらに、トランプ大統領の「盟友」Elon Muskが主導するDepartment of Government Efficiency (DOGE)がDepartment of Labor (DOL)所有の労働者の個人情報を取得しようとしたことに対して、2月5日に訴訟を起こした。首都ワシントンの連邦地方裁判所に提訴されたもので、DOGEによる個人情報の取得を一時的に差し止めることを求めていた。
この訴訟は、連邦政府機関の職員を組織している、American Federation of Government Employees (AFGE) やAmerican Federation of State, County, and Municipal Employees (AFSCME)、Service Employees International Union (SEIU)、Communications Workers of America (CWA)、労働系のシンクタンクのEconomic Policy Institute (EPI)と共同で行われたものだ。EPIは、法人格としては独立したNPO(501c3団体)だが、AFL-CIOのShuler会長が理事長を務め、理事の多くも大手労働組合のトップであることが示唆するように、AFL-CIOとその傘下組合の外郭団体的な性格が強い。したがって、労働界とNPOの連携による行動とはいいがたい。
首都ワシントンの連邦地裁に訴えを起こした2月5日、AFL-CIOは、Department of People Who Work for a Living (DPWL)をスタートさせた。Departmentと命名されているものの、組織内に新たな部署を設けたわけではなく、トランプ政権の労働政策に反対するキャンペーンを始めたといった方がよいだろう。大統領とDOGEの動きへの対応策という位置づけだ。AFL-CIOは、ウェブサイトに専用のコーナーを開設。過去2カ月余りの間に、メディア向けのリリースを掲載したり、組合員の声をビデオで紹介するなどしている。また、連邦議員に向けて労働者の声を伝えるように呼び掛けたり、全米各地で行われるAFL-CIO傘下の組合の集会を紹介。しかし、AFL-CIO自らが主導して大規模な抗議行動を進めるような動きは出ていない。
ちなみに、1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任し、反労働政策を進めた。その最たるものは、同年8月3日にストライキに突入したProfessional Air Traffic Controllers Organization (PATCO)の組合員の航空管制官1万3000人に対して、48時間以内の職場復帰を命令、これに従わなかった1万1345の管制官を一斉解雇したことだ。その結果、PATCOは、解散を余儀なくされた。航空管制官の組合は歴史を100年逆戻りさせたといわれたこの措置に対して、1981年9月、祝日のLabor DayをSolidarity Dayに言い換えて、首都ワシントンに25万とも50万ともいわれる人々を集め、集会とデモを実施した。しかし、このレーガンの行動により、企業の中に組合潰しの機運が高まり、労働界は、長い冬の時代に突入していくことになった。
日本のメディアでも数多く報じられたように、4月5日に全米1000カ所余りで、数十万人が参加して、”Hands Off”(手を引け)をスローガンにした、反トランプの集会やデモが行われた。1月の大統領就任以降、最大の反トランプの行動といわれた、このイベントに対して、AFL-CIOは、200近い協力団体のひとつに加わったものの、傘下の組合や労働者に参加を呼び掛ける声明などを出した形跡は見られない。ただし、単産レベルでは、省庁の改廃や労働者の解雇などの攻撃に直面している、AFGEや教職員組合のNational Education Association (NEA)、United Automobile Workers (UAW)などが協力団体に名を連ねた。また、首都ワシントンの集会で、演説を行った組合もある。とはいえ、運営の中心は、女性をはじめとした人権や環境などのイシューベースのNPOで、労働団体の存在感は乏しかった。
しかし、”Hands Off”からわずか3日後に全米の大学のキャンパスで実施された”Kill the Cuts”のスローガンを掲げた集会とデモでは、異なる様相を示していた。このスローガンの”Cuts”とは、連邦政府から大学などの教育研究機関に提供されてきた研究資金の廃止・削減を指す。つまり、このトランプ政権の動きを「Kill(止めろ)」という意味だ。4月9日発信のLos Angeles Timesによると、”Kill the Cuts”のデモや集会が行われた大学などは、全米で37。“Hands Off”の1000余りと比べると、はるかに少ない。その記事によると、参加者も、University of California at Los Angeles (UCLA)では、250人程度だったという。また、University of California at Berkeley (UCB)の様子を伝えたABC Newsの記事によれば、参加者は1000人ほどに止まっている。
”Kill the Cuts”には、補助金の受給者として自らの職場を守るという自衛的なスタンスがないわけではない。しかし、副題的に提示された” Save Lifesaving Research, Healthcare, And Education”という言葉が示すように、大学などにおける研究は人々の生活や健康を守るためのものだと主張。また、教育そのものも守っていくというスタンスの提示など、幅広い意味合いを含んでいた。この全米行動の中心になったのは、UAW、 SEIU、 AFSCME、 UE (United Electrical, Radio and Machine Workers of America)、NEA、 AFT 、CWA、 AAUP (American Association of University Professors)などの労働組合だ。このうちNEA,とAFT、AAUPは、教職員組合だが、他の組合も大学の教員や院生を組織。また、大学や研究機関の労働者を組織している労働組合の連携組織、HELU (Higher Education Labor United)やL4HE (Labor for Higher Education)、さらに2011年のOccupy Wall Street運動を起源にもつ学生奨学金の返済減免を求める運動体Debt Collectiveも行動に参加、運動の幅を広げていた。
NPOの情報紙、Nonprofit Quarterlyの4月4日付の記事”Higher Education Unions Mobilize to ‘Kill the Cuts’”によれば、”Kill the Cuts”の中心を担ったのは、HELUである。上記のように、大学の教職員や院生を組織している労働組合は少なくない。しかし、AAUPを除けば、それぞれの組合において少数派だ。このため、異なる全国組織に属している大学院生などの連携を促進、同じ目的のために活動する基盤として、結成された運動体である。昨年5月17日から3日間、ニュージャージー州のRutgers Universityで結成大会を開いた。その初日、ハイブリッドのプログラムとして最初に設定されたのは、”Gaza, Campus Protest, and the Higher Ed Labor Movement”というテーマだった。大学におけるガザ支援の活動と高等教育の労働運動について話し合うセッションである。キャンパスの反戦運動を労働組合の現場に組み込んでいく必要性を強く意識した企画といえよう。
上記の労働組合のうちUAWは、日本では自動車労組と呼ばれている。なぜ、そのUAWが大学に関する問題に関わるのかと疑問を持つ人も少なくないだろう。しかし、自動車産業の海外移転の影響もあり、1980年代から自動車メーカーで働く組合員が大幅に減少。一方、進歩的なスタンスが功を奏したこともあり、大学や研究機関で働く教員や助手、院生、研究者などを組合員として獲得することに成功していった。今では、組織内に、Higher Education Departmentという大学などにおける組織化を担当する部局も設置。University of Californiaの4万8000人を筆頭に、大学関係者だけで組合員全体の4分の1を超える10万人を組織するに至っている。
昨年春、全米の大学で実施されたパレスチナ支援活動には、UAWの組合員の多くが関わっていた。コロンビア大学の大学院生で永住権を持ちながら、ニューヨーク市内の自宅付近で逮捕され、国外退去処分に直面、裁判で闘っているMahmoud Khalilさんも、そのひとりだ。また、マサチューセッツ州のTufts University で留学中の博士課程の学生で、SEIU Local 509 のメンバー、Rumeysa Ozturkさんは、2024年3月にThe Tufts Dailyというキャンパス紙に"Palestinian genocide"について投稿。これを理由に、今年3月25日にImmigration and Customs Enforcement (ICE)に逮捕された。
トランプ政権の「不法移民」対策は、労働界との軋轢を生んでいる。3月25日、ワシントン州でFamilias Unidas por la Justicia(FUJ)という農業労働者の組合のメンバー、Alfredo Juarez Zeferinoさんが乗車中Immigration and Customs Enforcement (ICE)の取締官に停止させられた。令状を見せるように求めたところ、車の窓ガラスを壊され、外に引き出されて、逮捕されたという。Zeferinoさんは、農業労働者の組織化に尽力したCesar Chavezの理念に基づく活動を進めているアドボカシー団体、Community to Community (C2C)にボランティアとして関わっている。C2Cは、FUJなどの労働団体と協力関係を築きながら、活動してきた。地元のTacoma市の拘置所に収監されているZeferinoさんの釈放を求め、拘置所前でデモを行うなどの支援活動も進めている。
こうしたトランプ政権による言論の自由や団結権の侵害行為に、労働組合の他、反戦平和や人権擁護を掲げるNPOなどが強く反発。組合員を逮捕されたUAWやSEIU、FUJとともに、”Kill the Cuts”でも連携したAAUP、UEなど11単産と大学院生などを組織している組合の地方組織が共同声明を発表。4月初めに出された”Labor Demands an End to the Assault on the Right to Organize and Protest”と題する声明には、Agricultural Justice ProjectやBaltimore Nonviolence Center、Labor-Community Alliance of South Florida、Labor for Palestine National Network、North Coast Progressive Alliance、Whatcom Peace & Justice CenterなどのNPOも賛同者として加わっている。声明では、逮捕された労働者の即時釈放とともに、州や地方政府、大学などに対して、政権による取締りへの協力を拒否することなどが要求されている。トランプ政権の「弾圧」が、結果的に、労働組合と人権団体などの連携を生み出したともいえよう。
「労働者と市民の連帯した活動が生まれているとはいえ、37大学の”Kill the Cuts”でトランプ政権の動きを止めることができるのか」という疑問を持つ人も少なくないだろう。これまで述べてこなかったが、4月8日以前にも大学などの教育研究機関に対する連邦政府の補助金の廃止・削減への抗議行動は、各地で展開されてきた。3月7日に首都ワシントンをはじめ全米30余り、さらにフランスなどのヨーロッパでも行われた”Stand Up for Science 2005”と命名された集会は、そのひとつだ。”2025”とあるのは、2017年にトランプが大統領に就任した時にも、同様な抗議行動が行われたためだ。
この集会には、首都ワシントンに2000人ほどの科学者らが集まり、補助金の廃止・削減やそれに伴う解雇などの撤回を要求。集会では、ノーベル賞を受賞した研究者や補助金を提供するNational Institutes for Health (NIH)などの政府機関の元トップも演説した。また、NIH Fellows Unitedの副委員長で、博士号取得後にNIHで働いているフェローのHaley Chatelaineさんも発言した。とはいえ、、研究者と労働組合の連携がイメージされたとはいいがたい。あくまで、研究者による抗議活動とえよう。
では、これからどのような活動を展開していくつもりなのだろうか。Stand Up for Scienceの中心人物のひとり、ニューヨークにあるCold Spring Harbor Laboratory の生物学者、Emma Courtneyさんは、集会後の活動として、研究者が行っている研究について地域で説明する機会を設けたり、研究者がアドボカシー活動を進めるスキルを身に着けるためのトレーニングを実施していくことを考えていると、2月7日付のScience Newsの”Stand Up for Science Rallies Draw Crowds Protesting Trump Cuts”という記事の中で語っている。研究をしているだけでは、人々の理解をえられない。地域に入り、人々に訴え、行動を共にしてもらうように働きかける人材の育成が必要という認識からだ。
「労働者と市民の連帯した活動」については、すでに「次」が準備されている。4月17日に行われる、#DayofActionforHigherEdは、そのひとつである。Coalition for Action in Higher Education (CAHE)が中心となって実施される集会やデモで、”Kill the Cuts”に取り組んだAAUPやAFTなどの労働組合に加え、HELUやDebts CollectiveなどのNPOも参加。ただし、4月8日と異なり、Faculty for Justice in Palestine NetworkやInstitute for the Critical Study of Zionism、Jewish Voice for Peaceのような新パレスチナ団体が目立つことが特徴といえる。
#DayofActionforHigherEdのウェブサイトによると、4月17日に連邦政府の補助金廃止・削減などに抗議する集会は、全米120近い大学で開催される。オンラインのプログラムも設けられており、1日かけて10のセミナーなどが開催されるという。さらに、5月1日のメーデーには、「次の次」が用意されている。メーデーの発祥地ながら、AFL-CIOの前身のAFLを筆頭に、アメリカの労働界の大半は、メーデーを「労働者の日」とする考えを否定的に捉えてきた。だが、今年は違う。#DayofActionforHigherEdの関係団体などが、全米各地で反トランプの声をあげるべく準備を進めている。
最後に、トランプ政権の大学などに対する補助金の廃止・削減の問題点について触れておこう。補助金の廃止・削減は、提供される資金を前提にして組まれる研究ができなくなるあるいは縮小せざるをえなくなることを意味する。特に、医療分野においては、ガン治療や感染症対策など人命にかかわる研究も少なくない。社会全体にネガティブな影響が及ぶということだ。前述のように、NIHの補助金を受けてきた、科学者が真っ先に声をあげたのは、そのためともいえる。
トランプ政権は、補助金を維持した場合でも、間接費を従来の60%前後から15%に引き下げることを表明している。家賃や光熱費、研究に伴う会計処理などに充当される間接費がこれだけ大幅に削減されれば、大学などの研究機関の経営に支障が出ることは不可避だ。さらに、研究費の廃止・削減においても、DEIとの関係が考慮される。HIVの研究廃止が予想されるのは、その一例だ。このように、補助金の廃止や削減は、大学や研究者にとってマイナスになるだけではない。研究の成果による人々への健康や福祉の向上が阻害される。しかも、大統領の考えにそぐわない研究内容がターゲットにされているのだ。このような政策をどう防いでいくのか。労働界の役割と責任も問われているといえよう。
なお、上記の#DayofActionforHigherEdのオンライン・プログラムについては、以下から申し込みができる。
https://www.dayofactionforhighered.org/events
貧困福祉
ADAのガイダンスの一部削除、障がい者差別の時代への回帰として批判
2025年4月11日
連邦司法省(US Department of Justice)は3月19日、Americans with Disabilities Act (ADA)のガイダンスの一部を「不必要」かつ「時代遅れ」として、削除した旨を表明した。この措置に対して、障がい者団体を中心に、トランプ政権への反発が広がっている。トランプ大統領は、1月の就任以来、「不法移民」やトランスジェンダー、多様性促進策を通じて「不当に採用された」マイノリティなどを排除してきた。しかし、1970年代以降の障がい者の権利擁護に向けた政策の多くは、共和党が主導。この経緯もあり、同じ共和党に所属する大統領が、障がい者の権利のはく奪や制約を控えてきたようにも見えた。だが、連邦政府の省庁の改廃や職員の解雇・削減、社会保障や医療福祉の見直しが進展。これまでのトランプの言動による不信感も加わり、ガイダンス削除を放置すれば、障がい者の権利や福祉が大きく後退していくことを、障がい者団体が懸念したためと見られる。
ADAは、35年前の1990年7月26日に、当時のジョージH・Wブッシュ大統領が署名し、2年間の「周知期間」を経て92年7月から施行された連邦法である。ADAの解説を掲載している司法省のウェブサイトによると、法律の対象は、1) 15人以上の従業員をもつ民間企業・州や地方政府・労働組合・職業紹介所における雇用に加え、2) 州や地方政府が提供する公共サービス、3) 交通、4) 民間企業やNPOが提供するサービス、5) テレコミュニケーション、6) その他に分けられている。また、「障がい」については、身体的または精神的な障害が対象だが、永続的である必要はなく、一時的な状態も含まれ、それらが当事者の生活や活動を大きく制約する場合と説明。ただし、これらの「障がい」は、過去に抱えていたものや、現在影響していないとしても、第三者が「当事者の生活や活動を大幅に制約」しているとみなしている場合も含む。
司法省が削除したガイダンスは、ADAそのものではない。したがって、その内容は、法的な強制力をもつものではないが、裁判において参考にされる場合が少なくない。このため、法律の対象となる州政府や地方政府、企業、NPOなどは、ガイダンスに沿って障がい者への対応を進めようとする傾向がある。3月19日に司法省のOffice of Public Affairsがプレスリリースとして発表した、ガイダンスの削除項目は11。このうち5項目は、新型コロナウイルス感染症に関するもので、介助犬や介護者の同行やマスク着用の例外規定などに関するものだ。その他はコロナ禍と無関係な項目で、店舗やホテル、ガソリンスタンドなどにおいて障がい者が利用する際のアクセスの問題などである。
司法省は、11項目を削除するに当たり、トランプが大統領就任の当日にだした “Delivering Emergency Price Relief for American Families and Defeating the Cost-of-Living Crisis.”と題するMemorandumに基づく措置を述べている。インフレに伴うアメリカ国民の生活難に対処することを意図したものだ。とはいえ、なぜ、それがADAにつながるのか。Memorandumの中で、大統領は、バイデン政権が政府規制により多額の負担を国民に押し付けたと批判。これを受けて、司法省は、「不必要」かつ「時代遅れ」なガイダンスの削除という規制撤廃を行ったというのだ。そのうえで、ガイダンスの順守による労力を企業が削減でき、それによって生まれた収益が消費者に還元され、インフレ抑制につながるという考えのようだ。なお、11項目の削除に当たり、司法省は、ADA順守を促す税制優遇措置を提示したとしている。しかし、プレスリリースは、一般論を述べているが、税制優遇の具体的な内容については示していない。
では、ガイダンスの一部削除の何が問題なのか。発達障害に特化したメディアとして全米最大といわれるDisability Scoopが3月20日に発信した”Trump Administration Withdraws ADA Guidance”と題する記事の中で、アドボカシーを中心にした障がい者団体の連合体のAmerican Association of People with Disabilities (AAPD)のCEO、Maria Town氏は、「ガイダンスからの削除はADAが求める内容を変えるものではない」としつつも、順守方法を知ることが困難になると指摘。そのうえで、「ADAの成立から35年がたとうとしているものの、障がい者は店舗や宿泊施設、病院などでしばしば障壁に直面している」として、削除されたガイダンスを通じて事業者が障がい者への対応策を知る必要性を訴えている。
トランプ政権はガイダンスを「規制」と捉え、その撤廃が企業の事業を促進させると考えているように見える。これに対して、障がい者団体は、ADAの順守こそがビジネスにプラスと主張している。例えば、4月9日発信の”The Trump administration withdrew 11 pieces of ADA guidance. How will it affect compliance?”と題するAPの記事中で、National Council on Independent LivingのTheo Braddy事務局長は、「十分なアクセスが達成されている企業には、あらゆるタイプの障がい者が利用し、お金を使っていく」と指摘。一方、ガイダンスの削除については、「事業者に対して、『こんなことを全部やる必要はない』と言っているようなものだ」と指摘、障がい者の権利擁護運動が長年かけて勝ち取ってきた成果に対して、「時計の針を戻すことなる」と懸念を表明した。
障がい者団体のトランプ大統領への懸念は、ADAのガイダンスの削除だけに基づくものではない。例えば、今年1月29日、Ronald Reagan Washington National Airport付近の上空で、民間旅客機とアメリカ軍のヘリコプターが衝突、双方の乗客乗員、軍関係者67人全員が死亡するという事故が発生した。多くのメディアが管制官の人員不足を指摘していたものの、就任したばかりの大統領は、事故原因は調査中としながらも、「多様性に基づく採用が引き起こしたかもしれない」と指摘。バイデン政権のDiversity, Equity, Inclusion (DEI)政策による障がい者の採用が原因であるかのような見方を示した。この根拠のない発言は、事故の翌日にホワイトハウスが発表した” Immediate Assessment of Aviation Safety”という文書において「重度の知的」障害を持つ個人が募集されていたと記載、DEI批判を繰り返した。
大統領による、これらの発言や文書に対して、American Association of People with Disabilities、American Council of the Blind、Autistic Self Advocacy Network、Disability Rights Education and Defense Fund、United Spinal Association、National Federation of the Blindなど12団体は1月30日、共同声明を発表。大統領の発言などを「根拠のない、無責任なもの」と強く批判した。というのは、障がい者がDEI政策の対象となることは事実だが、航空管制業務を担当する政府機関、Federal Aviation Administration (FAA)は、採用に当たり、職務の中心的な内容を遂行できる能力がある人以外は採用していない。知的障がいを持つ人々を雇用しているものの、航空管制官としての採用はないという。このため、知的障がい者らの権利擁護活動に取り組むArc of the United StatesのCEO、Katie Neas氏は、2月1日発信のNational Public Radio (NPR)の“People with intellectual disabilities do lots of jobs — but they don't direct air traffic”の中で、「この悲劇に対して、障害者をスケープゴートにする(トランプ大統領の)行為は、事実に反している」と批判した。
障がい者団体のトランプ政権に対する懸念は、1月29日の事故に伴う大統領の発言だけではない。連邦教育省(US Department of Education)などの政府機関の改廃は、障がい者に大きな悪影響を与える可能性が高い。一般の企業における障がい者雇用は7%程度だが、政府機関は障がい者が10%を占めている。重度の障がいをもつ退役軍人らを優先的に雇用される、Schedule Aと呼ばれる制度で採用される障がい者も少なくない。しかし、Schedule Aによる採用は、試用期間が2年と、一般的な採用枠の1年の2倍ある。そして、トランプ政権は、連邦政府職員の解雇において試用期間中の人々に限定した措置も導入。その結果、試用期間が長い障がい者が解雇されることが多くなっているという。
また、トランプ政権は、社会保障制度やMedicaidと呼ばれる医療補助制度の改定も進めようとしている。社会保障制度は、所得を十分確保することが困難な障がい者にとって、所得確保の重要な手段になっている。Medicaidは、日常的に医療が必要な障がい者にとって、まさに生死の分かれ目となる制度だ。トランプ政権は、これらの障がい者にとって必要不可欠な制度が大きく変更されようとしている。いわゆる民営化だ。
しかし、多くの障がい者は、福祉や医療の民営化により、メリットではなく、生活の不安が増加していく可能性が高い。もちろん、障がい者とその団体は、座して死を待っているわけではない。AAPDやNational Federation of the Blind など、1月29日の衝突事故にともなう大統領の知的障がい者への差別発言を批判する共同声明に加わった団体を中心に、社会保障局(Social Security Administration: SSA)や 政府効率化省(Department of Government Efficiency: DOGE)などを相手取り、SSAの改定からの救済を求める訴訟を始めるなど、政権への「ノー」の声を打ちだしつつある。こうした動きは、さらに広がっていくと見られる。
なお、SSAの改変からの救済を求めた上記の訴訟の概要は、以下に示したAAPDのウェブサイトから見ることができる。
https://www.aapd.com/aapd-sues-ssa-and-doge/
NPO運営
内外に不安と混乱を招くトランプ関税、国内では懸念の声やNPOによる訴訟
2025年4月7日
世界の株式市場を大きな混乱に陥らせている、4月2日のトランプ関税。しかし、1月に就任した大統領の行政命令を通じた関税は、これに止まらない。一連の関税の影響は、海外の政府や企業、人々だけでなく、アメリカ国内にも及んでいる。3月に中国に対して引き上げられた関税により事務用品などを輸入している企業は、NPOの法律事務所を通じて、大統領が20%の関税を中国に科したことを違法として提訴。同様の訴訟は、今後相次ぐとの見方もある。関税率の大幅な引き上げは、物価高騰の影響への不安を消費者に与えている。さらに、報復関税により輸出の減少も想定される中で、個人経営の農家などは、短期的な売り上げの減少だけでなく、海外の競合相手に市場を奪われ、廃業につながる恐れもあるという。こうした消費者や農民の懸念や反発は、NPOやメディアを通じて、発信され、人々の不安感や反発を強めており、トランプの「耐えろ」という声を打ち消そうとしている。
アメリカでは、大統領にDirectivesと呼ばれる指令を出す権限を与えている。一般的に、大統領令といわれるものだ。しかし、「公式」の定義ではないが、対象者などにより、Executive OrderとExecutive Memoranda、Proclamationの3種類にわけて説明されることが多い。Executive Orderは、憲法や特定の法律に依拠して、政府機関や職員に対して命じる措置だ。Executive Memorandaは、Executive Orderと同様に政府機関や職員に対する命令だが、憲法や法律に基づく措置である必要はない。Proclamationは、個人に対する命令だが、法的な強制力はない。トランプは、就任以来、これらの指令を連発しているといわれている。実際、4月2日までに、貿易や関税に関するものだけでも、Executive Orderが16件、Executive MemorandaとProclamationが3件ずつ、合計22件もの指令が発せられた。
これらの指令のうち、関税に関して重要なものを時系列的に整理すると、以下のようになる。
・1月20日:アメリカ第一貿易政策宣言 (Memoranda)
・2月1日:カナダ(25%)・中国(10%)・メキシコ(25%)への関税導入 (国別に3つのExecutive Order)
・2月3日:カナダ(10-25%)・メキシコ(25%)の追加関税(国別にふたつのExecutive Order)
・3月3日:中国への10%関税を廃止し、20%に引き上げ(Executive Order)
・4月2日:「世界共通関税」10%(4月5日実施)と57の国・地域への「相互関税」最大50%(4月9日実施)の導入を発表 (Executive Order)
以上から明らかないように、国境を接するカナダとメキシコ、そして中国を対象に開始された高関税政策の導入は、4月2日に全世界に拡大。日本に対しても24%が課せられることになった。「世界共通関税」は4月5日、対米貿易黒字が大きい国・地域を対象とした「相互関税」は9日から実施される。なお、カナダとメキシコに対しては、「不法移民」や合成麻薬フェンタニルの流入を理由にしたInternational Emergency Economic Powers Act (IEEPA)に基づく関税が適用されていたため、4月2日の「相互関税」リストからは除外された。ただし、中国への関税は、合成麻薬オピオイドの流入を理由にしていたが、20%から34%に引き上げられることになった。CNNによれば、「相互関税」の税率は、対象国との赤字額をそのくにの対米輸出総額で割り、それに2分の1をかけて算出された。
こうしたトランプの手法に対しては、身内の共和党からの反発もでてきた。その象徴的な出来事として、「世界共通関税と「相互関税」が発表された直後、連邦上院本会議がカナダへの関税の差し止めを求める決議案を採択したことがある。この決議案は、下院で承認される見込みは少ないといわれているが、与党内の反発の声が具体化した事例として注目を浴びた。なお、この決議案は、上記のIEEPAと関連している。憲法は、連邦議会に関税を決定する権限を付与している。しかし、1977年に制定された同法は、大統領が緊急事態宣言を発動することで、議会の承認なく外国または地域に関税を課することを認めた。ただし、議会の上下両院が決議案を採択した場合は、その限りではない。
上記のように、大統領はカナダとメキシコからフェンタニルが流入しているとして、関税を課した。しかし、3月4日発信のBBCの”How does fentanyl get into the US?”と題する記事によれば、連邦政府機関のCustoms and Border Patrol (CBP)のデータとして、CBPが押収したフェンタニルの98%はメキシコ国境であり、カナダからは1%にすぎないという。カナダが反発し、報復関税を実施したのは、当然といえよう。その結果、株価は大きく下落。トランプ大統領は、カナダとメキシコと締結している自由貿易協定、Agreement between the United States of America, the United Mexican States, and Canada (USMCA)の対象品目を追加関税の対象から外すことを余儀なくされた。
IEEPAは、中国に対する関税との絡みで、訴訟につながっている。訴えたのは、フロリダ州の西部に本社を置くEmily Ley Paper社で、その子会社のSimplifiedはノートなどの文房具を販売している企業である。原告の代理人になったのは、New Civil Liberties Alliance (NCLA)という首都ワシントンのNPOの法律事務所だ。名称にある” Civil Liberties”という語彙から、リベラルな団体のように見えるが、保守的な支援者の寄付を中心に運営されている。NCLAが訴えを持ち込んだのは、US District Court, Northern District of Floridaである。4月3日に提出された訴状は、合衆国憲法が関税を課す権利を連邦議会に付与しているとして、トランプ大統領がIEEPAに基づき関税を課したことを違憲と主張。中国からの輸入品を扱っているSimplifiedは、輸入に伴い関税額が増加し、事業に悪影響が出ていると述べている。
トランプは、関税の負担は輸出国の事業者が行うかのように説明している。しかし、実際は、直接的には輸入業者が支払うことになる。例えば、10万ドルの商品を輸入した場合、関税が25%であれば、2万5000ドルを負担するのは、アメリカの輸入元であり、当該の裁判でいえば、Emily Ley Paper社 またはSimplifiedだ。前述のように、保守的なNCLAが原告の企業の代理人になっているが、リベラルなNPOの法律団体、Brennan Center for JusticeのDirector Liza Goitein氏は、4月4日発信のPoliticoの” Trump’s tariffs could face more than one legal challenge”という記事の中で、過去の連邦最高裁判所の判決から見て、勝訴の可能性があると述べている。
なお、NCLAは、IEEPAに基づく関税の徴収を直ちに停止するための仮差止命令を求めていない。判事が仮差止を命令した場合、トランプ政権によって控訴され、訴訟が長引くことを懸念したためと見られる。裁判が順調に進めば、年末までにトランプのExecutive Orderが違法かつ違憲であるという判決が出される可能性がある。では、その前にトランプ関税に反対する訴訟は、出てくるのだろうか。NCLAの訴えは、2月と3月の中国に対する関税の影響に基づいている。4月2日の「世界共通関税」と「相互関税」は、それ以外の多くの国に向けられた措置だ。したがって、影響を受ける事業者も、はるかに多くなるため、被害の発生が立証できる時点になれば、政権に対する訴訟が相次ぐのは必至といえよう。
関税の影響を懸念する声は、さまざまなNPOから発せられている。物価は上がり、家計への負担増につながることは、そのひとつだ。消費者団体のNational Consumers LeagueのJohn Breyault氏は、4月4日発信の” How Trump’s latest tariffs could affect your wallet”というAPの記事の中で、Yale Universityで経済政策についての分析などを行っている調査機関、The Budget Labが発表した” Where We Stand: The Fiscal, Economic, and Distributional Effects of All U.S. Tariffs Enacted in 2025 Through April 2”と題する報告書を参考にして、「所得分布の底辺にいる世帯の年間損失は、4月2日の政策だけで980ドルと見積もられている」と指摘。産業面で見ると、関税の影響はアパレル関係で大きく、17%の値上がりが予想されると述べた。また、National Association of Home Buildersの分析によれば、新築住宅の価格は9200ドルも上昇する見込みという。
トランプが「世界共通関税」と「相互関税」を発表した翌日、世界で4番目の販売台数をもつ自動車メーカー、Stellantisは、カナダとメキシコの工場の一部の操業を停止させることにともない、ミシガンとインディアナ両州の5つの工場で、あわせて900人の労働者を一時解雇することを発表した。関税が国内産業と労働者を守ることにつながるというトランプ大統領の考えを、真っ向から否定したことになる。大統領だけではない。自動車産業の労働者を組織しているUnited Automobile Workers (UAW)のSean Fain会長は、関税を「正しい方向」として賛同の意志を表明していた。しかし、Stellantisが一時解雇の対象とした工場のひとつは、同会長がかつて働いていたインディアナ州のKokomo工場であり、トランプ関税への見通しの甘さを指摘されても仕方がない。
Stellantisは、カナダとメキシコの工場の操業停止とアメリカ工場の一時解雇を短期的な措置としている。しかし、UAWのKokomo支部に当たるLocal 685のDenny Butler副会長は、4月7日発信のCNNの“A lot of US autoworkers like the idea of auto tariffs. But some are being laid off as a result”と題する記事の中で、数ヵ月、数年先の雇用について組合員の間に不安が広がっていると述べている。上記のように、Stellantisは、カナダとメキシコの工場で操業を停止した。カナダの工場では4500人、メキシコでも2400人が求職に追い込まれている。カナダの自動車労働者の組合、UniforのLana Payne会長は、「アメリカの関税は、(導入)直後に労働者を傷つけることになる」と警鐘を鳴らしていた。いま、この言葉が現実のものになっている。
トランプ関税の影響は、製造業だけではない。農業団体や農家からは、報復関税により、とりわけ中国への輸出が減少することへの懸念が聞かれる。連邦政府のU.S. Department of Agriculture (USDA)によれば、2022会計年度におけるアメリカの農産物の中国への輸出は364億ドルにのぼった。このうちほぼ半分に当たる164億ドルは、大豆の輸出によってもたらされた。なお、アメリカの大豆の輸出先のほぼ半分は、中国向けだ。2017年の第一次トランプ政権下でも、中国への関税引き上げが行われ、大豆の輸出も大きく落ち込んだ。それだけではない。中国は、大豆の輸入先をブラジルへ切り替えを進め、近年ではアメリカの2倍前後の大豆をブラジルから輸入するようになっている。
今回の関税引き上げ率は、前回を大きく上回る。大豆農家の懸念は、中国の報復関税による輸出価格の上昇により想定される輸出の減少だけではない。ミネソタ州北西部の大豆農家のTim Dufault氏は、4月5日発信のAPの”Farmers fear tariffs could cost them one of their biggest markets in China”と題する記事の中で、今回のトランプ関税が「今年(の収穫)に向けて土地を借りた若い農家を含む、多くの農家を廃業に追い込むのではないかと心配している」と述べている。関税による経営が悪化した場合、政府の救済策が必要になる。しかし、Brooke Rollins農務長官は、FOX Newsとのインタビューで、現段階ではその必要がないとの考えを示したものの、必要性が明確になれば、政権として支援を行うとした。
前回の対中関税への影響に対して、第一次トランプ政権は、2019年に220億ドル、20年には460億ドルの支援を農家に行った。ただし、これには、新型コロナウイルス感染症への対策費も含まれている。では、農家は、こうした支援を望んでいるのだろうか。Kansas Grain Sorghum Producers AssociationのAndy Hineman副会長は、「政府の支援で生き延びたいわけではない。育てた作物を売ることで、生計を立てたいのだ」と主張。 また、ケンタッキー州で大豆を育てているAmerican Soybean Associationの会長、Caleb Ragland氏は、関税の引き上げを「お互いの顔を殴り合うようなもので、それから何もものははなく、私たちを傷つけるだけだ」と述べている。こうした生産者の声を政権の座にある人物は、どこまで聞く耳を持ち、政策に反映していくのだろうか。
一方、トランプ関税に対して、日本政府は「対米貢献の大きさを示し緩和を求める」という姿勢を打ち出している。しかし、政府間の話し合いに任せるだけでよいのだろうか。本稿で示したように、労働者や農家同士、あるいは消費者同士というような、同じ立場で問題を話し合い、解決策を模索する必要があるのではないか。自動車をめぐるアメリカとカナダ、メキシコの労働者と組合の間の考えや行動の相違を認識する中で、こう感じざるをえない。
なお、上述したThe Budget Labが発表した” Where We Stand: The Fiscal, Economic, and Distributional Effects of All U.S. Tariffs Enacted in 2025 Through April 2”と題する報告書は、以下から見ることができる。
公共政策
ウィスコンシン州最高裁判事選挙の「リベラル派」勝利と「金権選挙」の実態
2025年4月3日
ウィスコンシン州で4月1日、州の最高裁判所判事の選挙が行われ、「リベラル派」の候補が勝利した。アメリカ中西部の北に位置する同州は、昨年の大統領選挙の「激戦州」のひとつだ。1月に就任したトランプ氏の政策への審判的な意味合いも持つとして注目されていたが、大統領が推薦した候補が敗北。また、トランプ政権の要職についているイーロン・マスク氏が多額の資金を投入、アメリカの州最高裁判事を選ぶ選挙として史上最大の「金権選挙」になった。4月1日には、ウィスコンシン州では他の公職者を選ぶ選挙や住民投票、アメリカの南東部のフロリダ州では連邦下院議員補欠選挙が実施され、最高裁判事の選挙と異なる判断が示された。これらの選挙とその結果について、NPOの動きも含め、検討していこう。
アメリカでは、連邦政府に加え、州も独自の司法制度をもつ。最高裁判所の判事の選出方法も、州ごとに異なる。ウィスコンシン州の最高裁は、7人の判事で構成されている。判事の選出は、州全体を選挙区とする有権者の投票によって決められる。各回の選挙で選出される判事は、ひとりだけで、任期は10年。再任を希望する判事は、選挙に臨む必要がある。ただし、任期途中で判事が退任した場合、州知事は、後任を指名することができる。現在、7人の判事のうち、ひとりは、2015年に共和党の知事によって任命され、翌年の選挙で勝利した。なお、最高裁の長官の任期は2年で、7人の判事の互選によって選出される。4月1日の選挙は、任期満了が近づき、再任を望まない現職の判事の後任のポストが争われるものだ。
ウィスコンシン州の最高裁判事の選挙は、いわゆるNonpartisanのため、政党が公認した人物は立候補できない。しかし、裁判で争われる課題に関して、それぞれの判事は、独自の考えを持っていることが多く、「リベラル派」と「保守派」に分類される傾向が強い。2008年以降、「保守派」が多数を占める状態が続いてきたが、2020年の選挙でJill Karofsky、23年にはJanet Claire Protasiewiczという「リベラル派」の判事が連続して当選。それ以前の「リベラル派」2人、「保守派」5人という最高裁の判事構成に変化が生まれた。今回の選挙では、「リベラル派」の判事の退任によるため、「リベラル派」が敗北すれば、最高裁が再び「保守派」に変わる状況だった。
4月1日の選挙では、「リベラル派」のSusan Crawford氏と「保守派」のBrad Schimel氏が対決。州の選挙管理委員会に当たるWisconsin Elections Commission (WEC)は日本時間の4月3日現在、最終的な結果を公表していない。しかし、The Washington Post紙は、東部時間4月2日午後4時5分現在のデータを発表。推定で99%が開票された時点で、Crawford氏が有効投票の55%に当たる130万1128票を獲得。対立候補のSchimel氏は、106万3244票(45%)に止まった。得票率で見ると、Crawford氏は、Schimel氏に10ポイントの差をつけている。この差は、2020年、23年とほぼ同じだ。しかし、投票数で見ると、2020年の155万票、23年の184万票に比べ、今回は236万票と大きく伸びた。2024年の大統領選挙で342万人が一票を投じたの比べると少ないものの、過去の中間選挙レベルに達しており、有権者の関心の高さをうかがわせる。
選挙への関心を高めた背景のひとつに、州の最高裁判事選挙史上最大の資金が投入された「金権選挙」があることは間違いないだろう。このように述べると、世界一の富豪、イーロン・マスク氏の動きだけに注目が集まってしまうかもしれない。投票日の前々日の3月30日に、ウィスコンシン州で第3位の都市、Green Bayで2000人が参加した集会を開催。「活動家」判事、すなわちCrawford氏の選出に反対する請願書に署名した有権者に100万ドルの小切手を手渡すなど、人目を引く活動も影響しているのだろう。しかし、マスク氏だけと考えるのは、正確性に欠ける。なお、マスク氏の支援に見られるように、Nonpartisanといっても政党の影響は大きい。例えば、Crawford氏には、オバマ元大統領に加え、労働団体や女性団体が支持を表明。一方、Schimel氏には、トランプ大統領や警察官の組合、農業団体などが支援を打ち出した。
ウィスコンシン州の政府や政治資金などについて調査、報道を行っているNPO、The Badger Project (以下、TBP)は3月27日、”FINAL REPORT: Top donors using political party loophole in Wis Supreme Court race”と題する報告書の中で、複数の億万長者が選挙資金を提供していたと指摘している。州法は、個人が候補者に献金できる資金の上限を2万ドルに定めているが、政党への提供には上限がない。そして、政党は、候補者に対して無制限に資金を提供することができる。上記のTBPの報告書によれば、マスク氏は、個人として、ウィスコンシン州の共和党に300万ドルを献金。また、2024年7月に自ら設立したAmerica PACをはじめとした複数のSuper PAC (Political Action Committee)と呼ばれる政治献金団体を通じて、1500万ドルをSchimel氏に支援した。
Super PACは、「リベラル派」にも存在する。今回の選挙では、A Better Wisconsin Together (ABWT)という、ウィスコンシン州で進歩的な活動を行うための調査や団体間の交流を進めているNPOの関連組織、ABWT Political Fundが資金集めやCrawford氏の当選に向けた広報活動などを実施した。州レベルの政治資金の動向などを調査、報告しているNPO、Transparency USAによると、進歩的なSuper PACに加え、American Federation of State County and Municipal Employees (AFSCME) やAmerican Federation of Teachers (AFT)などの労働組合が資金を提供。Wisconsin Democracy Campaign (WDC)という政治の腐敗防止や公正な選挙に向けた活動をしているNPOによれば、ABWT Political Fundは、「リベラル派」判事誕生に向けて、770万ドルを投入したという。
個人献金に限定しても、マスク氏以上の提供者がいた。屋根材メーカーのABC Supply Co.の共同創設者、Diane Hendricks氏は309万5000ドルをウィスコンシン州の共和党に提供したのである。同州の民主党に対しても、多額の献金者がいた。ウォールストリートの投資家のGeorge Soros氏やイリノイ州のJ.B. Pritzker知事が、その代表格で、それぞれ200万ドルと150万ドルの支援を行った。こうした個人献金やSuper PACを通じて、両陣営は、最高裁判事の選挙に1億ドル(約150億円)近い巨費を投入したのである。選挙の勝利演説で、Crowford氏は、トランプ大統領のグリーンランド購入案に反発するグリーンランド市民の声をなぞらえ、「我々の裁判所は売り物ではない」と声高に叫んだ。しかし、この途方もない「金権選挙」の勝者の言葉として適切なのか、疑問を持つ人も少なくないのではないだろうか。
最初に述べたように、4月1日にウィスコンシン州で行われた選挙は、最高裁判事の選出だけではない。州の教育委員会の委員長に相当するState Superintendent of Public Instruction (SSPI)の椅子も争われた。この選挙も最高裁判事と同様、Nonpartisanだが、「リベラル派」と「保守派」の一騎打ちになった。選挙の結果は、「リベラル派」で2021年の選挙で初当選した現職のJill Underly候補が得票率52%を獲得。「保守派」のBrittany Kinser候補を破り、勝利を収めた。しかし、Underly候補は前回、58%を得て、対立候補のDeborah Kerr候補の42%を大きく引き離していた。今回、再選を果たしたとはいえ、「保守派」の候補に詰め寄られたことになる。なお、この選挙も、 SSPIに関しては、歴史的な「金権選挙」といわれている。Super PACによる資金が2021年には100万ドル程度だったが、今回は185万ドルとほぼ倍増。そのうち140万ドルは、ABWT Political Fundによるものだ。
アメリカでは、選挙と同時に住民投票が行われることが多い。住民投票というと、住民が発議する制度をイメージするかもしれない。しかし、ウィスコンシン州には、その制度はない。しかし、州議会の上下両院いずれかが過半数の議員が要請すれば、議会から市民に対して、住民投票を求めることができる。4月1日に行われたのは、この種の住民投票である。Question 1と呼ばれる住民投票は、選挙で投票する際、有権者に市民であることを示す写真付きの身分証明書の提示を求めることを州憲法に規定するものだ。民主党が反対、共和党が賛成を示す中で、賛成67%、反対33%で成立した。
トランプ大統領は、SNSのTruth Socialに投稿、「共和党にとって大きな勝利だ。この日、最大の勝利といえるだろう」と述べた。この住民投票は、大統領が進める移民排斥の動きを促す措置につながる。その意味では、トランプの政策の「追い風」になるといえよう。ただし、Question 1の内容は、すでに立法化はされていた。将来、廃止される可能性をより少なくするため、共和党主導の州議会は、憲法に盛り込むことで、より確実な制度にすることを狙ったのである。したがって、「大きな勝利」という表現は、最高裁判事とSSPIの選挙で推薦候補が敗北した影響を少しでも緩和させようという思惑を感じさせるといえよう。
最後に、フロリダ州の連邦下院議員補欠選挙の結果について述べておこう。この補欠選挙は、同州の第1選挙区と第6選挙区で実施された。前者は、共和党のMatt Gaetz議員がトランプ大統領から司法長官候補に指名されたため退任したことにともなうものだ。選挙の結果、共和党候補が民主党の候補に14ポイント余りの差をつけて勝利。後者は、共和党のMichael Waltzが国家安全保障担当補佐官に指名されたことによるもので、共和党のRandy Fine候補が民主党のJoshua Weil候補に14ポイント差で破った。いずれも共和党候補の圧勝といえる。しかし、これらの選挙区は、共和党の強固な地盤であり、昨年11月には、第1選挙区で32ポイント、第6選挙区では33ポイントの大差で、共和党候補が勝利していた。したがって、この数カ月の間に、両党の差が大幅に縮小したことになる。
メディアなどによる直近の世論調査をみると、民主党への支持率は、記録的な低さに陥っている。にもかかわらず、ウィスコンシンとフロリダのふたつの州における選挙結果は、トランプ政権への批判が強さを示したと考えざるをえない。その背景には、一向に改善に様子が見えないインフレなど、経済的な要因が強いのだろう。しかし、現政権の問題は、経済に止まらない。適正な法の手続を無視し、連邦政府職員の解雇や移民の国外追放を進める非民主的、非人道的な姿勢に対して、批判の声が高まっているのだ。民主党は、この状況を「追い風」として、トランプの政策を押し止めていけるのか。ふたつの州の選挙関連の動きを検討していく中で、有権者は、民主党が一丸となり、その動きを進めていくのか、期待しながらも、懐疑的に見つめているように感じるのである。
なお、上記のThe Badger Project による”FINAL REPORT: Top donors using political party loophole in Wis Supreme Court race”と題する「金権選挙」の実態を示した報告書は、以下から見ることができる。
https://thebadgerproject.org/2025/03/27/final-report-top-donors-using-political-party-loophole-in-wis-supreme-court-race/
移民・労働
連邦政府職員の団体交渉権をはく奪する行政命令、トランプの発令に労働界が反発し、訴訟へ
2025年4月1日
連邦政府機関の改廃や職員の解雇を進めるトランプ政権に対して、職員を組織している労働組合は、裁判に訴え、その一部で勝利し、政権側の動きを抑制している。こうした中でトランプ大統領は3月27日、大統領行政命令を発令、「国家安全保障」の概念を拡大解釈し、すでに締結されている労働協約を解消するとともに、労働組合が認められてきた省庁の職員の団体交渉権をはく奪する措置を発表した。この行政命令に対して、労働協約を結んでいた労働組合をはじめとした労働界などは、政府機関の改廃反対運動への報復だとして、強く反発。組合の一部は、訴訟を起こすなどしており、政府機関の改廃や職員の解雇に絡む政権と労働側の対立は、新たな局面に入ってきた。
トランプ大統領が発令した行政命令には、”Exempts Agencies with National Security Missions from Federal Collective Bargaining Requirements”というタイトルがつけられている。「国家安全保障」を使命とする連邦政府機関を団体交渉の対象から除外することを狙った措置であることがわかる。行政命令は、その法的な根拠として、民主党カーター政権下の1978年に超党派の支持で制定された、Civil Service Reform Act (CSRA)をあげている。CSRAには、労働組合の団体交渉権の認定方法などに加え、組合に加盟できない職員についての規定も盛り込まれている。その規定のひとつに、「国家安全保障」に関連する業務に従事していることがある。なお、CSRAは、連邦政府職員の団体交渉権の認定などを行う機関として、Federal Labor Relations Authority (FLRA)を設置した。
現在、連邦政府機関と労働協約を締結している労働組合は、FLRAが管轄した職場選挙によって認定されている。したがって、既存の労働協約は、「国家安全保障」に関わる政府機関と労働組合が結んだものではないことになる。しかし、トランプ大統領の行政命令は、既存の労働協定において、「国家安全保障」を使命とする機関が締結者となっているとして、CSRAに基づき、違法と判断。労働協約の締結団体としての認定を否定することで、協約そのものを葬り去ろうとしたといえる。
この論理を通すため、行政命令に付随して公開されている”Fact Sheet”は、「国家安全保障」の具体的な内容として「国防」や「国境管理」など8つの項目を提示している。例えば、「国防」については、Department of Veterans Affairsは戦争によって負傷した兵士に医療を提供していること、National Science Foundation (NSF)は軍事関連の調査研究などを実施していることをあげ、「国家安全保障」に関わる政府機関と見なすことの正当性を主張。ただし、「法執行機関」である、警察と消防は、対象外で、団体交渉を継続することができるとされている。
“Fact Sheet”には、その理由が明示されていない。「法執行機関」の労働組合の多くは、保守的で、2024年の大統領選挙でもトランプ候補を支援した経緯などが影響している可能性が考えられる。なぜなら、“Fact Sheet”の末尾に、「トランプ大統領は、彼と一緒に働く労働組合との建設的なパートナーシップを支持している」としつつも、「重要な国家安全保障任務を持つ機関を管理する彼の能力を危険にさらす大規模な妨害を容認しない」と記載されているからだ。「大規模な妨害」とは、トランプ大統領が進める連邦政府省庁の改廃や職員の解雇に対する、訴訟を含めた反対運動を指しているのだろう。例えば、大統領は、試用期間中の職員2万5000人を解雇した。しかし、複数の労働組合が訴訟を起こし、復職が命じされるなど、組合による「妨害」が大統領の思惑を制約している実態がある。
トランプ大統領が労働協約の解消と団体交渉権のはく奪に関する行政命令を発令したのと同じ3月27日、連邦政府職員の労働組合としては最大の82万人を組織しているAmerican Federation of Government Employees (AFGE)は、Everett Kelley全米会長の名前で声明をだした。“AFGE Condemns Trump's Retaliatory Attempt to Outlaw Federal Unions“というタイトルの声明の中で、同会長は、退役軍人が3分の1を占める連邦政府職員の権利に対する「恥ずべき、報復攻撃」と非難。「AFGEは逃げることはない…。速やかに法的措置を取る準備を進めており、…我々の権利、組合員そしてすべてのアメリカの勤労者を守るために闘い続ける」と述べている。
AFGEは、孤軍奮闘を強いられているわけではない。行政命令が発令後、労働団体などから、行政命令への批判に加え、連邦政府機関の職員とその労働組合への支援を表す声が相次いでいるのだ。例えば、全米最大の労働組合のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)は3月28日、Liz Shuler会長による声明を発表。30余りの連邦政府機関の職員から労働基本権である団結権と団体交渉権を奪う「組合潰し」に他ならないと指摘。そのうえで、「我々を沈黙させようとする野蛮な試み」によって、「何世代にもわたって築き上げてきた労働者の権利の破壊を許さない」ため、闘い抜く決意を示した。
単産レベルからの行政命令への反発や労働組合への支援の声も相次いでいる。トランプ大統領の自動車関税に賛辞を送ったUnited Automobile Workers (UAW)のShawn Fain会長は、声をあげたひとりだ。3月28日付の声明の中で、Fain会長は、1982年にレーガン大統領がProfessional Air Traffic Controllers’ Union (PATCO)の組合員1万1000人を解雇したことを想起するよう訴えている。この時、労働組合が連帯して闘わなかったことによる敗北が今日の労働界に影響を与えているという認識を示したうえで、PATCOの時よりもはるかに悪質な攻撃に対して、無関係として引き下がっていてはならないと指摘。民主党も共和党もなく、同じ労働者として肩を組み、闘う準備ができているとして、トランプ政権の労働者への攻撃に反対していく意思を明らかにしている。
この他、労働組合などが行政命令への抗議と連邦政府職員の組合への支持を表す声明を発表している。声明のタイトルと表明した組織は、以下の通り。なお、発表は、いずれも3月28日。ただし、Legal Defense Fundについては記載なしため不明。
・CWA Statement on Executive Order Silencing Union Workers (Communications Workers of America)
・Trump’s attempt to eliminate collective bargaining for federal workers is blatant retribution (American Federation of State, County & Municipal Employees)
・AFT’s Weingarten on Trump’s Illegal Executive Order Trying to Ban Collective Bargaining for Federal Employees (American Federation of Teachers)
・The Trump Administration is once again gutting workers' rights (National Education Association)
・Trump executive order to dismantle federal worker unions is an autocratic power grab (Economic Policy Institute)
・Five Rights All Federal Workers Have (Legal Defense Fund)
このように労働界を中心に、連邦政府職員への支援が広がる中で、労働組合による訴訟が起こされた。National Treasury Employees Union (NTEU)が3月31日に首都ワシントンの連邦地方裁判所にトランプ大統領らを訴えたのが、それだ。NTEUは、連邦政府の省庁など37の機関に所属する職員、約15万人を組織している。1938年に、国税庁に相当する、Bureau of Internal Revenue(当時)で税金の徴収業務に関わる低賃金の職員によって、National Association of Employees of Collectors of the Internal Revenue (NAECIR)という名称で、結成された。1966年にAFGEとの合併が検討されたものの、不成立に終わった。1973年にDepartment of Treasuryの職員の組織化に成功、現在のNTEUに改称し、今日に至っている。
トランプ政権による連邦政府省庁の改廃や職員の解雇に関連してNTEUが起こした裁判は、3月31日が最初ではない。1月20日の就任以降、トランプ大統領が発令した省庁改廃や職員解雇に関する複数の行政命令により、試用期間中の職員の解雇などが行われた。これに対して、復職などを求めて、首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴えたのである。この裁判は、NTEU が主導して、International Association of Machinists and Aerospace Workers (IAM)やInternational Federation of Professional and Technical Engineers (IFPTE)、United Automobile Workers(UAW)などの労働組合も原告として参加。前述のように、試用期間中の職員の解雇を差し止める判決を勝ち取った。
この訴訟の前日、NTEU は、消費者保護を進める連邦政府の独立機関、Consumer Financial Protection Bureau (CFPB)に関連して2件の裁判を首都ワシントンの連邦地方裁判所に起こしていた。そのうちの1件は、CFPBの職員に対して、職務の停止が命じられたものの、公式な休職扱いとなっていなかったことに関するものだ。もうひとつは、Elon Muskが主導する”Department of Government Efficiency”がCFPBの職員の個人情報にアクセスすることを止めさせることを求めた裁判だ。
3月31日の提訴は、上記の2件と同様に、首都ワシントンの連邦地方裁判所に起こされた。訴状によれば、前述のCivil Service Reform Act of 1978に基づく行政命令により、大統領と団体交渉の相手であるOffice of Personnel Management (OPM)が、NTEUを団体交渉の正当な代理人であると認定することを拒否していた。過去にもCSRAに基づき「国家安全保障」を理由にした団結権や団体交渉権の適用除外が実施されたことはあったものの、トランプ大統領の措置のように省や庁の全体に及ぶような大規模なものはなかった。そのため、行政命令の第2項を違法と認定し、NTEUの団体交渉権の確認など6項目の救済措置を求めている。これらの裁判は、連邦最高裁まで行く可能性がある。長期にわたる闘いだ。しかし、AFGEのように、NTEUも逃げずに闘い続けることだろう。
なお、上記の3月31日にNTEUが起こした裁判の訴状は、以下から見ることができる。
https://www.nteu.org/-/media/Files/nteu/docs/public/2025/7103%20Mass%20Exclusion%20Complaint%20-%20filed.pdf
日米関係
日本メーカーへの影響必至のトランプの自動車関税、UAWが導入支持表明
2025年3月30日
トランプ大統領は3月26日、自動車とその関連部品に関する関税(以下、自動車関税)を2.5%から25%へと大幅に引き上げる措置を発表した。日本の自動車メーカーは、2020年以降、毎年130万台前後の自動車をアメリカに輸出してきた。現地生産も進められてきたが、関連部品への関税も同様に科せられることから、経営に大きな影響を与えることは必至だ。アメリカでは、自動車業界を含む経済界の多くが反対や懸念を表明しているものの、United Automobile Workers (UAW)が、自動車関税引き上げを「正しい方向」と評価。1980年代に「日米自動車摩擦」で日本メーカーの輸出規制と対米直接投資を求めてきたことでも知られているUAWは、これまで反トランプの姿勢を貫いてきた。この姿勢を一転させるような動きの意図などについて検討していきたい。
「日米自動車摩擦」は、1973年の第1次石油危機を発端にガソリン価格が高騰したことが背景といわれている。それまでGas Guzzlerと揶揄された、燃費の悪い大型車中心のアメリカ市場で、小型車の需要が高まり、日本車の対米進輸出が急速に拡大した。その結果、アメリカ国内の自動車工場の多くがレイオフや閉鎖に追い込まれ、対日感情が悪化。1982年6月には、「自動車の街デトロイト」の近郊で、中国から養子として迎えられた男性Vincent Jen Chinさんが、当時のクライスラー社に解雇された白人労働者ふたりによってバットで殴り殺される事件も発生した。いわゆるVincent Chin事件である。なお、ミシガン州の裁判所は、ふたりに3000ドルの罰金刑を科し、収監刑が回避されたため、軽すぎる刑としてアジア系コミュニティから強い反発がでた。
日本車の対米輸出の急増による、アメリカにおける対日感情の悪化に対して、日本の政府や自動車メーカーは、1981年に対米輸出を前年度実績から15%削減する「自主規制」措置を発表。また、1982年にホンダがオハイオ州で「アコード」の現地生産を始めたのを手始めに、84年にはトヨタ自動車とGeneral Motors (GM)がカリフォルニア州でNew United Motor Manufacturing, Inc. (NUMMI)を設立、GMが閉鎖した工場で、生産を開始した。こうした「日米自動車摩擦」において、日本で大きく注目されたが、1977年から83年までUAWの会長を務めた、Douglas Andrew Fraserだ。同会長は、アメリカ国内では経営危機に陥った出身企業のクライスラー社への政府融資、国際的には日本の政府とメーカーに、「自主規制」や対米直接投資を求めた。
このように、「日米自動車摩擦」において、日本の政府やメーカーと因縁深い関係にあるUAWは、トランプの自動車関税導入発表とともに、新たなプレーヤーとして登場した。トランプの発表の当日、UAWは、”In a Victory for Autoworkers, Auto Tariffs Mark the Beginning of the End of NAFTA and the ‘Free Trade’ Disaster”という関税導入措置を歓迎する声明を発表したのである。このタイトルから、UAWは、トランプの関税措置が「自動車労働者の勝利」であるとともに、「NAFTAと自由貿易による惨事の終わりの始まり」になるという認識を提示した。ただし、タイトルには盛り込まれていないものの、トランプ政権に対して、労働者の権利と生活保障の重要性を指摘している。以下、その意味するところを検討していこう。
UAWの声明にあるNAFTAとは、North American Free Trade Agreementの略称である。ふたつ国以上の国・地域が関税や輸入割当などの貿易制限措置を一定の期間内に撤廃・削減する協定、いわゆる自由貿易協定(Free Trade Agreement:以下、FTA)の一種だ。1992年12月に、当時のGeorge H. Bush大統領がカナダ、メキシコと締結した。連邦議会での承認は、同年の選挙で勝利したクリントン政権下で進められた。1993年12月までに労働者や環境の保護を盛り込んだ関連法が制定され、クリントンは協定に署名、翌年1月に発効した。なお、2020年7月にNAFTA に代わり、New NAFTAともいわれるUnited States–Mexico–Canada Agreement (USMCA)が発行され、3ヵ国の自由貿易を進める仕組みとして機能し始めた。なお、本稿では、USMCA発行後もNAFTAを用いていく。
NAFTAが実施に移される際、クリントン大統領は、"NAFTA means jobs. American jobs, and good-paying American jobs”と述べ、高収入をえられる雇用が生み出されるとした。しかし、現実には、アメリカの工場が閉鎖され、賃金の安いメキシコなどで製造が行われる、UAWの声明にある”‘Free Trade’ Disaster”が生じていった。この点について、UAWの声明は、過去10年間に毎年平均して200万台分の自動車の生産がアメリカから海外に移転されていったと述べている。また、アメリカの自動車大手3社だけで、過去20年間に65の工場が閉鎖されたと指摘。最近でも、Volkswagenが北米生産の75%を時給7ドルで労働者を雇い、Stellantisがミシガン州のWarren Truck Assembly Plantで1000人の労働者をレイオフしてメキシコで時給3ドルの生産に切り替えたという。
とはいえ、FTCを通じて、安価な労働力を求め、生産を海外に移していくことは、自動車産業だけに限定されているわけではない。グローバル化が進む今日、UAWは、どのようにしてこの動きを押し止め、アメリカに雇用を取り戻そうとしているのだろうか。3月26日の声明にあるように、自動車関税がその第一歩になると考えているようだ。しかし、関税に反対している自動車業界などが指摘するように、組み立てに必要な部品にも自動車関税が科せられる。関税による高い部品を用い、高賃金を支払らえば、販売される自動車の価格は高騰し、売り上げは低迷する。こう考えるのが、経済的に見た「常識」だろう。UAWのShawn Fain会長は、次のようにすれば、この「常識」を打ち破ることができると主張する。
・自動車関税によりメキシコやカナダで生産されている部品や組み立てられている自動車の対米輸出を抑制
・アメリカ国内で閉鎖されている工場を再開することで、生産や組み立ての再開にかかるコストを削減
・国内で再開された工場にアメリカの労働者を雇用
・部品価格への関税を国内生産される自動車に反映させんないため、自動車メーカーの内部留保を充当させる措置を導入
・この措置を導入するための政策実現において政権に協力
このようなプロセスを取ることで、組み立てられた自動車の価格上昇が抑制され、国内生産される自動車が競争力を確保できるというシナリオだ。だが、これが機能するには、アメリカ国内で自動車の再生産に踏み切るメーカーが、販売価格の引き上げを行わないことが前提といえる。そこで求められるのは、関税による部品価格の引き上げを自動車に転嫁させない法的な規制である。では、トランプ大統領は、この規制を進めることに前向きなのだろうか。
3月27日発信のThe Wall Street Journalの”Trump Warned U.S. Automakers Not to Raise Prices in Response to Tariffs”というタイトルの記事は、アメリカの自動車メーカーのトップに対して、大統領が関税を国内生産の自動車価格に転嫁させることに警鐘を鳴らしたと伝えた。この記事は、メーカー側は、価格を引き上げた場合、政権からの報復があることを懸念していると報じている。Fain会長の誘いに応えたような言葉といえよう。しかし、翌28日発信の”Trump says he ‘couldn’t care less’ if foreign automakers raise prices due to tariffs”と題するNBCニュースの記事、NBCの記者に対して、「いや、そんなことは言っていない」と否定。「彼ら(自動車メーカー)が値上げしても、私はあまり気にしない。なぜなら、人々はアメリカ車を買い始めるからだ」と述べたという。
トランプ大統領の真意はわからない。とはいえ、Fain会長が期待するように、自動車メーカーに連携して圧力をかけ、関税によって引き上げられる部品価格を自動車に転嫁させないことに注力するかどうか、疑問だ。それだけではない。労働界はかつて、UAWをはじめとして、関税支持が強かった。しかし、状況は、変わっている。自動車に欠かせない鉄鋼産業の労働者を組織しているUnited Steel Workers (USW)のDavid McCall会長は、2月4日発信のIndustry Week の”Condemnation of Trump's New Tariffs from Auto, Consumer Goods Groups”という記事の中で、アメリカとカナダの経済関係の強さを指摘したうえで、自動車関税が「国境の両側の産業の安定を脅かす」と述べている。
アメリカ国内だけではない。自動車関税への反発は、カナダの労働界からも出てきた。民間の労働者32万人を組織しているUniforのLana Payne会長は、3月26日のプレスリリースを通じて、「トランプ大統領は、この関税がカナダと米国の両方の労働者と消費者に与える混乱と損害を理解していない」と批判した。Unifor は、2013年にCanadian Auto Workers union (CAW) と Communications, Energy and Paperworkers Union of Canada (CEP)が合併してできた労働組合だ。CAWは、UAWと協力関係にある組合として知られており、いわば身内だ。その流れを汲む組織のトップが強く反発している自動車関税の導入を「自動車労働者の勝利」と主張することは、国際的な連携が必要な今日の労働界のリーダーとして適性に疑問符がつけられても仕方がない。
トランプ大統領が自動車関税を発表する前日の3月25日、UAWのウェブサイトに“’NAFTA Sucks’: In New Video, UAW President Shawn Fain Calls for an End to Broken Trade Deals”と題するビデオがアップされた。この中で、Fain会長は、自らが23歳だった1992年の大統領選挙の候補者討論会で、第3政党のReform Partyから出馬したRoss Perot候補がNAFTAの問題を指摘したことから、同候補に投票したと告白。さらに、同候補が正しかったと述べ、自由貿易が破綻しているとして、その変革を訴えている。では、自動車関税によりアメリカに雇用が生まれたとしても、雇用を失うカナダやメキシコの労働者は、どうなるのか。これらの労働者とともに闘う労働運動が、NAFTAに関わる3ヵ国だけでなく、日本も含めた世界で求められているのではないだろうか。
なお、UAWは、“’NAFTA Sucks’: In New Video, UAW President Shawn Fain Calls for an End to Broken Trade Deals”と題するニュースビデオ(文字お越しした文章付き)は、以下から見ることができる。
https://uaw.org/nafta-sucks-in-new-video-uaw-president-shawn-fain-calls-for-an-end-to-broken-trade-deals/
反戦平和
トランプ政権による親パレスチナ活動家の逮捕、表現の自由や法の適切な手続きを無視と非難噴出
2025年3月28日
トランプ政権は、コロンビア大学の元大学院生で、2024年4月に同大学で行われたイスラエルのガザ地区侵攻に関連した大学への抗議活動の中心人物のひとりを3月8日に逮捕、それ以降、拘束を続けている。しかし、罪状が明らかにされていないうえ、表現の自由や法の適切な手続きを無視した行為だとの非難が噴出。大学が立地しているニューヨーク市のマンハッタンでは、拘束について審議した裁判所前で抗議集会が開催されたり、トランプタワーのロビーへの座り込みなどの活動が展開された。さらに、拘束された元大学院生の釈放を求める署名集めや募金活動が起こされるなど、イスラエル支持を強く打ち出している政権に対して、反戦平和運動の象徴的存在になりつつある。
この元大学院生は、Mahmoud Khalilさん(30歳)。Khalilさんは、拘束されているルイジアナ州の施設から声明を発表した。なお、この3月18日付の声明(以下、声明)は、Khalilさんの弁護団に電話で伝えられたものだ。電話の内容は、弁護団の一員を構成しているCenter for Constitutional Rights (CCR)という合衆国憲法などに盛り込まれた法律上の権利擁護を行うNPOが文字に起こしたと見られ、”Letter from a Palestinian Political Prisoner in Louisiana”というタイトルを付け、CCRのウェブサイトに掲載されている。その後、声明の全文は、“My name is Mahmoud Khalil and I am a political prisoner”などの見出しで、多くのメディアが転載した。
なお、イギリスのThe Guardian紙は、3月11日発信の”US judge blocks deportation of Palestinian activist detained by Ice”と題する記事の中で、シオニスト団体のBETAR USがトランプ政権にKhalilさんの情報を提供し、逮捕に至ったと伝えている。BETAR USも、この記事を団体のウェブサイトに掲載するなど、自らの「成果」と見なしているようだ。世界的な組織のアメリカとカナダの支部的な位置づけをもつBETAR USは、過激な親イスラエル組織といわれている。ユダヤ系アメリカ人の人権団体で、イスラエルのガザ侵攻については反パレスチナの立場をとっているAnti-Defamation League (ADL)は、BETAR USをヘイト・グループに認定している。トランプ政権と「極右」のつながりの強さを感じさせるといえよう。
声明によると、3月8日、妻のNoor Abdallaさんとともに夕食を終えて、コロンビア大学の宿舎(アパート)に戻ったところ、Department of Homeland Security (DHA)の一部門、
Immigration and Customs Enforcement (ICE)の職員によって逮捕された。その際、逮捕状の提示を求めたものの、拒否され、手錠をはめられ、ICEのバンに押し込まれたという。マンハッタンの移民裁判所がある建物に連行され、翌日、ハドソン川の対岸にあるニュージャージー州Elizabethの別の施設に移送された。毛布をくれるように頼んだものの、拒否されたため、床に直接横たわり、眠らざるをえなかった。
AP通信が3月18日に発信した記事” Columbia University student and the US government spar over his detention in Louisiana”によると、Khalilさんは、3月9日にニュージャージー州Elizabethの施設を出され、ニューヨーク市のケネディ国際空港からルイジアナ州に移送された。その後、今日までCentral Louisiana ICE Processing Center (CLIPC) に拘束されている。では、なぜ、この施設なのか。トランプ政権は、その理由を明らかにしていない。しかし、ニュージャージー州から1300マイルも離れた施設であれば、妻のAbdallaさんや長年支援を受けてきた弁護士が面会の訪れることも容易ではない。このように述べると、Khalilさんを孤立させるためのように感じるかもしれない。しかし、理由は、他にあるように思われる。
アメリカの連邦裁判所は、地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所の3段階に分けられている。地裁の数は94、控訴裁は12だ。裁判は、被告が拘束されている施設などの管轄地域の裁判所が担当することになる。CLIPCに拘束されている場合、第一審はWestern District of Louisiana、控訴審は5th U.S. Circuit Court of Appealsだ。Khalilさんが逮捕されたニューヨークと異なり、いずれも保守的な判事が大半で、移民問題についても、十分な審理を行わず、強制送還にすることが多い。さらに、ICE Processing Centerと命名されているものの、運営は、GEO Groupという民間企業で、American Civil Liberties Union (ACLU)などの人権団体からは、拘束されている人々への深刻な人権侵害が多発していると批判されている。
移民管理を扱うICEの施設に拘束されていることからわかるように、Khalilさんの国籍はアメリカではない。シリアのダマスカス生まれのパレスチナ難民で、国籍はアルジェリアだ。いわゆるシリア内戦の勃発後の2012年、家族とともにレバノンに脱出、Lebanese American Universityで学位を取得した。アメリカには2022年12月に学生ビザで入国、コロンビア大学のSchool of International and Public Affairsを修了。2024年11月には、永住権を取得していた。なお、妻のAbdallaさんは、アメリカ国籍で、夫が拘束された時点に妊娠8カ月で、今年4月に出産予定という。上記の声明の結びの言葉として、「私は最初の我が子の誕生に立ち会う自由があることを願っている」と述べているのは、Khalilさん夫妻のこの状況を反映しているものだ。
Khalilさんが永住権を取得したことは、アメリカに期限を定めず、居住することが認められたことを意味する。しかし、永住権を持っていても、強制送還の対象にならないとは限らない。民主党のクリントン政権下の1996年、移民法が改訂され、永住権を持つ人々の送還について、法の適切な手続きが十分保障されない状況が生まれたのである。とはいえ、永住権のはく奪は、国家の安全保障にかかわる問題を引き起こした場合などに限定されるとするのが、法律家の一般的な解釈だ。
前述のように、Khalilさんは、逮捕状なしに逮捕、拘束されている。トランプ政権は当初、根拠を示さず、テロ組織を支援したなどと主張していた。しかし、拘束への批判が高まる中で、永住権の申請に当たり、Khalilさんが国連の一機関、United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees (UNRWA)との関わりを隠蔽していた、と主張し始めた。Khalilさんは2023年、UNRWAの無給インターンとして活動した経験がある。保守的な政治家やメディアは、この事実をもって、強制送還は適切との主張を開始。とはいえ、UNRWAに対しては、イスラエルやアメリカが批判しているものの、アメリカ政府もテロ組織として認定しているわけではない。
では、出身校であるコロンビア大学において、強制送還の対象になるような活動に関わっていたのだろうか。Khalilさんは、Columbia University Apartheid Divest (CUAD)のメンバーであったとが知られている。CUADは、学生団体の連合会で、イスラエルによるガザを含めたパレスチナへの攻撃を批判するとともに、コロンビア大学にイスラエルからの投資回収を求めるための活動を行っている。しかし、これらの活動も、テロ組織の支援とはいえない。昨年4月、コロンビア大学では、イスラエルのガザ攻撃に対する激しい抗議活動が投資回収運動と連携しながら展開された。この活動にKhalilさんは、リーダーのひとりと見なされている。しかし、Khalilさんは、その役割を大学と学生の協議の仲介や団体の広報官的なものだったと述べている。これらの行為は、言論の自由の範疇に入る。
トランプ大統領は3月4日、Truth Socialに投稿。「違法な抗議活動」を認めた大学に対して「連邦政府の財政支援をすべて停止する」としたうえで、「アジテーターを収監または出身国に永久に追い返す」などと述べていた。そして、Khalilさん逮捕から3日後の3月11日、「初めての逮捕者が出た」としたうえで、今後も外国人で親ハマスの過激な学生を「探し出し、逮捕、我が国から追放する」とTruth Social に投稿した。大統領の投稿が現実化したことで、”After Columbia arrests, international college students fall silent”(3月15日配信のAP)や”Undocumented Students Are Living in Fear on College Campuses. The Effects of Campus Raids”(3月19日配信のEd Trust)などの記事に見られるように、Khalilさんの逮捕とその前後のトランプの投稿は、外国人学生に恐怖心を抱かせたことは間違いない。
その一方で、Khalilさんの逮捕、拘束を不当と考えた人々や団体は、直ちに行動を開始した。週明けの3月10日、District Court of Southern District of New YorkでKhalilさんの逮捕とルイジアナ州の施設への移送や強制送還の手続きの適法性について審議が行われたのである。City University of New YorkのSchool of Law Creating Law Enforcement Accountability & Responsibility (CLEAR)プロジェクトやCenter for Constitutional Rights (CCR)の弁護士で構成されるKhalilさんの弁護団の尽力の結果だ。審議の結果、District CourtのJesse Furman判事は、Khalilさんの強制送還手続きの差し止めを命じた。また、弁護団に対して、Khalilさんと電話で2回話すことを認める判断を示した。裁判所の外には、Palestinian Youth Movementなどの支援団体の関係者や女優で活動家のSusan Sarandonさんら数百人が詰めかけ、審議後に弁護団から結果報告を受けた。
法廷闘争だけではない。リベラルなユダヤ系団体、Jewish Voice for Peace (JVP)は3月10日、「我々は手をこまねいていない」と題する声明を発表。Khalil逮捕へのトランプ政権の手法をファシズムと非難、Khalilさんの即時釈放を求め、闘っていく姿勢を表明した。この言葉は、すぐに実行に移された。3月13日にマンハッタンの中心街にあるTrump Towerに突入、ロビーを占拠し、抗議の声をあげたのである。JVPの広報官、Sonya Meyerson-Knoxさんによると、ユダヤ系と非ユダヤ系の活動家ら300人ほどが抗議行動に参加。3月14日発信の”Jewish protesters flood Trump Tower’s lobby to demand Mahmoud Khalil’s release”と題するAP通信の記事によると、98人が逮捕されたという。
インターネットを通じたKhalilさんへの支援活動についても見ておこう。進歩的な取り組みを組織しようとする個人や団体のためのオープンなプラットフォーム、Action NetworkでDeportation Defenseという団体が呼びかけて、”Demand the Immediate Release of Palestinian Student Activist Mahmoud Khalil from DHS detention”というスローガンの下、ICEの施設からの即時釈放を求める署名活動が進められている。日本時間の3月29日午前4時時点で、361万7037人が賛同署名を行った。
また、インターネットによるものではないが、全米最大のアラブ系人権団体Council on American-Islamic Relationsのカリフォルニア州支部や同州のアジア系を含めた移民の権利擁護団体、労働組合など120余りの団体が連名で、カリフォルニア州議会の上下両院の議員に対してKhalilさんの釈放に向けた取り組みなどを行うように求めた書簡を3月18日付で送付した。なお、この書簡は、Khalilさんの釈放を求めることが中心だが、3月5日にガザ攻撃に反対した学生への処分に抗議する活動に参加、逮捕されたYunseo Chungさん(21歳)への対応も求めている。Yunseo Chungさんは、韓国出身のコロンビア大学の3年生で、永住権をもっている。ICEは、彼女の永住権をはく奪するとしており、Khalilさん弁護団の弁護士らが、支援を行っている。
資金調達の動きも注目に値する。パレスチナ支援活動に特化したファンドレジンサイト、Chuffed Crowdfunding Academyに” Justice for Mahmoud Khalil—Urgent Support Needed”という見出しで、Khalilさんの裁判費用や家族の生活費などのための寄付集めがスタート。当初予定していた25万ドルは開始間もなく突破、50万ドルに引き上げられたものの、日本時間の3月29日午前4時時点で総額53万9114ドルが1万25人の支援者から寄せられている。現在の目標額は、75万ドルだ。
最後に、Khalilさんが拘束先の施設から発した声明にある次の言葉を紹介しておこう。そこには、自らが闘う意義が端的に示されている。
「私は常に、自分の義務は抑圧者から自分自身を解放することだけでなく、抑圧者を彼らの憎しみと恐怖から解放することであると信じてきた」
なお、上記のChuffed Crowdfunding Academyのサイトで行われているKhalilさん支援の募金活動の詳細や方法、集まった金額については、以下から見ることができる。
https://chuffed.org/project/justice-for-mahmoud-khalil
NPO運営
パイプライン建設訴訟で6億6000万ドルの支払命令、敗訴のGreenpeaceは’SLAPP’によるNPO全体への攻撃と反発し裁判闘争継続表明
2025年3月26日
ノースダコタ州のMorton County District Courtの陪審員は3月19日、Dakota Access Pipeline (DAPL)の建設工事に当たり、Greenpeaceが妨害活動を行ったなどとして訴えられていた裁判で、原告の企業側の主張を認め、被告側に総額6億6000万ドルの支払いを命じた。この支払額は、Greenpeaceの財政能力を大きく超えており、確定すれば、倒産に追い込まれるのは必至だ。とはいえ、Greenpeaceは反対運動を主導してきたわけではない。企業側の訴えは、運動による被害補償を求めるためではなく、NPOや市民によるアドボカシー活動を抑え込む手段、いわゆる’SLAPP’に他ならないとして、Greenpeace側は強く反発。本部を置くオランダを含めたヨーロッパやアメリカ国内の環境保護団体などの支援を受け、訴訟を継続していく意向を示している。
DAPLは、ノースダコタ州の北西部のBakken地方で生産される原油を、同州のStanleyからサウスダコタとアイオワの2州をへて、イリノイ州Patkaまでの1172マイル(1886km)を輸送するためのパイプラインだ。2014年に計画が発表され、16年6月に工事が開始、17年4月に完成し、翌月から操業が開始された。総工費37億8000万ドル(5670億円)、人件費だけで20億ドル(3000億円)にのぼる巨大プロジェクトだった。DAPLの建設と運営を行っているEnergy Transfer Partners (ETP)のDakota Access Pipelineというウェブサイトによれば、1日の生産量は75万バーレル。2017年から22年までの5年間にパイプラインが通過しているの4つの州に2億2200万ドルの税収をもたらしたとして、地元経済への貢献度が大きいという。
環境保護団体のNatural Resources Defense Council (NRDC)が2024年6月12日にウェブサイトに掲載した”The Dakota Access Pipeline: What You Need to Know”と題する資料によると、ETPは当初、ノースダコタ州の州都Bismarckから北に約10マイルのミズーリ川を横断させる案を提示していた。しかし、住民の反対により、2015年に水質管理を担当する政府機関のU.S. Army Corps of Engineers (Corps)がこの案を拒否。パイプラインは、Standing Rock Sioux Tribeに隣接するLake Oaheをまたぐルートに変更された。同じ飲み水の問題が問われたにも関わらず、Bismarckの住民の大半は白人だが、Standing Rock Sioux Tribeは先住民の保留地だ。環境問題をマイノリティや低所得者に押し付ける、環境レイシズムの典型だとして、環境保護や人権問題に取り組む多くのNPOなどがDAPL建設反対に関わっていった。
ここで留意すべきことがある。Standing Rock Sioux Tribeがアメリカ政府から迫害や差別的な対応をされてきたのは、DAPL建設が初めてではないということだ。ヨーロッパからの「植民者」は、アメリカ大陸に先住していた「インディア」を居留地に押し込んでいった。Standing Rock Sioux Tribeに対しても同様で、アメリカ政府は1851年、複数の部族とTreaty of Fort Laramieを締結、Sioux族の歴史的な領土のほんの一部に境界を指定した。1868年までに、当時のGreat Sioux Reservationが正式に設立された。その後、U.S. Cavalry (騎兵隊)がBlack Hillsで金鉱を発見すると、連邦議会はSioux族の領土を接収、5つの居留地に分割した。そのひとつが、今日のStanding Rockである。さらに、1944年にはミズーリ川沿いの土地に5つのダムを建設するために、先住民の土地を取り上げていった。
DAPLの計画から建設着工までの間にも、様々な問題が生じていた。その複雑な経緯をここで詳しく述べることはできないが、環境規制の観点からEnvironmental Protection Agency (EPA)などの政府内からも懸念の声がだされていた。しかし、CorpsとETPが中心となり、建設計画が進められていった。こうした動きに、先住民が反発。2016年初頭、Standing Rockに加え、Cheyenne River LakotaとRosebud Siouxの居留地の先住民は、Lake Oahe付近に反対運動の拠点となるキャンプを設営した。この活動は、”#NoDAPL”というハッシュタグを通じてSNSで拡散され、政治家や環境保護や人権問題に取り組むNPO、セレブなど数千人が参加する抗議活動が実施されるまでに拡大。警察やETPの警備員と抗議運動の参加者が衝突、多くのけが人が出る事態も生じた。
ノースダコタ州の地方裁判所で裁判に提訴されたのは、DAPLの反対運動におけるGreenpeaceの役割や活動に関してだ。なお、ETPによる訴訟の被告は、Greenpeace USAとGreenpeace Fund、Greenpeace Internationalの3団体である。Greenpeace USAはアドボカシー活動を中心にする501c4団体、Greenpeace Fundは寄付控除を受けられる501c3団体だ。一方、Greenpeace Internationalは、オランダに本部を置くNGOである。したがって、組織の性格や反対運動における役割も異なる。しかし、裁判では、”Collective Liability Theory of Protest”といわれる、抗議活動に対して集団として責任を負わせる理論が適用されており、判決も3団体が共同して支払うことを命じている。
ETPが主張するGreenpeaceの「違法行為」は、以下のような内容だ。まず、抗議行動中に行われた違法行為の「扇動」。次に、DAPLに関連して資金を提供していた金融機関に対する投資回収運動における役割とその結果としての経営的損失。そして、ETPが虚偽と見なすGreenpeaceの発言による名誉毀損とその損害である。しかし、Greenpeace USAは、先住民団体の要請を受け、6人の専従を現地に派遣したり、活動のためのトレーニングを実施したものの、違法行為を「扇動」していないと主張。また、”Global call on banks to halt loan to Dakota Access Pipeline”と題された投資回収を求める書簡は、東京三菱UFJ銀行など世界各地の金融機関に送付されたが、Greenpeaceが起草したものではなく、50余りに国々で活動する500以上の団体が署名している。Greenpeace FundとGreenpeace Internationalの活動は、極めて限定的だ。
6億6000万ドルという巨額の支払をGreenpeaceに命じたのは、陪審員である。「陪審員裁判は市民感覚が反映される」と評価されることが少なくない。しかし、裁判が行われる場所により、選出される陪審員のタイプは大きく異なる。裁判が行われたMorton Countyは、DAPL保守的な地域で、公正な裁判が期待できないため、他の地域に移すことをGreenpeaceは要望していた。陪審員裁判ではしばしばとられる措置だが、州の最高裁判所は、この訴えを却下。Greenpeaceは、裁判開始前から不利な状況にあったといえる。原告による8億ドル余りを請求していたが、そのうち抗議活動による直接的な被害は7570万ドル、警備費が6010万ドルにすぎず、大半はGreenpeaceの活動に対する懲罰的制裁金だった。結果的に、その大半を陪審員は認めたことになる。
Greenpeaceは、ETPによる訴えを’SLAPP’と批判していた。Strategic Lawsuit Against Public Participationの略である。NPOや市民による直接的な損害に対する賠償を求めるためではなく、活動を抹殺するため、関わったNPOなどを破産させることを目的にした訴訟をいう。実際、資金調達部門といえるGreenpeace Fundの2023年の歳入は4000万ドル、同年のGreenpeace USAの流動性金融資産は650万ドルにすぎない。ETPが求めた8億ドルもの賠償金などは、そもそも払う能力がないのだ。’SLAPP’は、裁判が長期化することで、訴えられたNPOの財源が枯渇することを意図しているともいわれている。Greenpeaceは、判決を不服として控訴する意向を示している。しかし、裁判の長期化にともない、財政的に可能なのか、懸念する声も聞かれる。
不当あるいは不正と考える行為に対して、抗議を行うのは市民そしてNPOの権利である。このアドボカシーを否定する動きのひとつとして’SLAPP’があり、その動きは、決して例外的ではない。例えば、’SLAPP’の問題に取り組んでいる、Coalition Against SLAPPs in Europe (CASE)によると、2010年から23年までの間に、ヨーロッパだけで1049件もの’SLAPP’訴訟が起こされた。なお、アメリカには今年1月現在で、35州と首都ワシントンで何らかの形で’SLAPP’を規制する法律が存在する。しかし、Greenpeaceの裁判が行われたノースダコタ州には、この法律が制定されていない。
NPOのアドボカシーを否定するような’SLAPP’を放置することは、市民社会にとって脅威である。とりわけ小規模な団体は、訴えに対応する法的な知識や裁判に取り組む財政的な余裕は少ない。ETPによる裁判は、Greenpeaceという’Big Name’をターゲットにして、組織を崩壊させることで、中小のNPOや活動団体に恐怖感を与え、反対運動に距離を置かせようとした措置という見方もある。
このような観点から、国際的にはCoalition Against SLAPPs in Europe (CASE)、アメリカ国内ではDAPLの反対運動に関わった団体をはじめとした環境保護や人権問題に取り組みNPOなどが、Greenpeaceへの支援と’SLAPP’規制への動きを進めようとしている。トランプ政権下で、環境保護の動きが大きく後退し、人権擁護が否定されようとしている中で、Greenpeaceへの攻撃を個別の問題として顧みないのではなく、NPO、そして市民社会を守る活動へと展開させていく必要があるだろう。
なお、上記の投資回収を求める書簡、”Global call on banks to halt loan to Dakota Access Pipeline”は、以下から見ることができる。
https://www.banktrack.org/news/global_call_on_banks_to_halt_loan_to_dakota_access_pipeline
福祉貧困
連邦政府の奨学金制度の改廃とED解体に対抗、NPOと労働組合が連携
3月23日
政府機関の大幅縮小を目指すトランプ政権は、3月に入り、その矛先をU.S. Department of Education(以下、ED)に向けている。すでに半数を超える職員を退職または解雇に追い込む一方、同省が管理運営してきた学生に対する奨学金制度を改廃する姿勢を打ち出している。これらの措置に対して、労働組合は解雇撤回に加えて、奨学金の返済免除などを求めるNPOと連携。解雇の実態を明らかにしつつ、集会やデモなどを通じて、問題を世論に訴えるとともに、世帯所得水準に基づく奨学金制度の継続を訴えている。今後、こうした連携した反トランプの動きが広がっていくかどうか、注目される。
アメリカで教育行政を担う連邦政府組織は、19世紀から存在した。また、1867年にアンドリュー・ジョンソン大統領が設立、翌年、Office of Educationに降格されたこともあった。だが、これを除くと、独立した省レベルの機関として設立されたのは、民主党のカーター政権下の1979年のDepartment of Education Organization Actに基づくUnited States Department of Educationが最初だ。なお、略称がDEやDOEではなく、EDであることに疑問を持つ人もいるかもれない。これは、1977年に設立されたUnited States Department of EnergyがDOEと略されていたためである。トランプ政権による職員の削減が行われる前の時点におけるEDの職員数は4000人余りと、省レベルの政府機関としては、最も少ないスタッフで運営されていた。
1980年の大統領選挙で、共和党は、選挙公約に当たるPlatformでEDの廃止を掲げていた。カーターを破り、共和党のレーガンが大統領に当選したものの、連邦議会の下院は民主党が多数を握っていた。このため、レーガンは、ED廃止の公約を果たせず、1984年の大統領選挙時には撤回に追い込まれた。その後、共和党のEDに対する方針は二転三転したものの、2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが当選。2002年にNo Child Left Behind Actを成立させ、EDの予算も増加。ポスト・ブッシュの2008年の選挙で当選したオバマは2015年にEvery Student Succeeds Actに署名するなどし、連邦政府の教育行政における役割とEDの予算は拡大していった。
とはいえ、共和党やトランプ政権がEDに反対しているのは、単に役割や予算規模の大きさにあるわけではない。トランプ政権のバックボーンになっているといわれるHeritage FoundationのProject 2025は、EDに関して、その廃止に加え、以下のような提案を行っている。
・貧困家庭の幼児や児童向けの教育プログラムHead Startの廃止
・貧困地域の学業成績が不十分な児童を抱える学校への財政支援を行うTitle Iプログラムの廃止
・LGBTQの児童・生徒・学生への人権擁護政策の撤廃
・教育に関する公民権擁護活動の縮減
・障害を持つ児童・生徒・学生への支援策の縮減
・Universal Private School Choice (UPSC)の促進。なお、UPSCとは、公立学校に通う児童・生徒に提供されている支援と同額のものを、私立学校を選択した場合でも受け取ることができる仕組み
・学生が受けている連邦政府の奨学金(学資ローン)の民営化
ED廃止を打ち出した、トランプの大統領行政命令には、” Improving Education Outcomes by Empowering Parents, States, and Communities”というタイトルがつけられている。この文言からは、「両親、州政府、地域社会をエンパワー」することで、「教育成果の改善」を狙った措置といえる。その背景には、EDの官僚が教育政策を決定し、児童生徒の学力の低下を招いているという認識があるようだ。しかし、行政命令は、後半の部分で、EDが提供している低所得者家庭出身の学生向けの奨学金制度を民間の金融機関に移行させることや、EDによるDiversity, Equity, and Inclusion (DEI)やジェンダー・イデオロギーに関する政策が差別的だとして、撤廃させるとの考えを示している。
トランプが上記の大統領行政命令に署名したのは、3月20日である。しかし、大統領選挙中から、EDの廃止を主張。また、上記のProject 2025が提示していた学生向けの連邦政府の奨学金(学資ローン)の改廃も予想されていた。さらに、セントルイスにある連邦巡回控訴裁判所は2月18日、EDに対して、バイデン政権時に導入されたSaving on a Valuable Education (SAVE) Planの差し止めを命令。ホワイトハウスは3月7日、”Restores Public Service Loan Forgiveness”と題する大統領行政命令を公布、Public Service Loan Forgiveness (PSLF)の対象となる”Public Service” を制約する姿勢を鮮明にした。
連邦政府は、奨学金の返済に当たり、所得水準に基づき返済額に弾力性を設ける措置を採用してきた。いわゆるIncome-Driven Repayment (IDR) Plansである。バイデン政権は2023年8月、返済の負担を軽減する目的で、IDR Planの一環としてSAVE Planの導入を表明。だが、共和党の勢力が強い複数の州が起こしたこの裁判の結果、上記の連邦巡回控訴裁判所は、SAVE Planを違法として、施行を差し止めたのである。一方、PSLFは、連邦政府の奨学金を受けた学生が、政府機関やNPOの就職し、120カ月(10年間)働いた場合、奨学金の返済を免除する措置だ。これに対して、移民法に抵触する事業やテロ活動の支援、違法な差別行為への関与などを行ったNPOをPLSFの対象から除外することを、トランプは大統領行政命令で決定したのである。
現在、アメリカで連邦政府の奨学金の返済義務を負っている人は4300万人、これらの人々の負債額は合わせて16兆ドルを超えている。SAVE Planが廃止されれば、毎月の返済額が増大することは必至だ。とはいえ、前述のようにSAVE PlanはIDR Plansの一種だが、判決後EDは、訴訟の対象外のIDR Plansに基づく返済の申請書もウェブサイトから削除、事実上、申請ができないようにした。また、PLSFから前述のようなNPOが除外されれば、政府奨学金の免除を前提にして、移民の権利擁護や紛争地域の住民への支援、マイノリティやLGBTQを含めたDEIを促進するNPOで働いてきた人々は、生活プランを大きく変更せざるをえなくなる。
こうしたトランプ政権の動きに対して、教員180万人組合員にもつ労働組合のAmerican Federation of Teachers (AFT)は3月18日、EDに対する訴訟を首都ワシントンの連邦地裁に起こした。AFTのプレスリースは、”Demands Justice for Student Loan Borrowers”というタイトルがつけられていた。この言葉が示すように、奨学金の借り手に対する正当な扱いを求めるための行動だ。アメリカの労働組合は、「パンとバターの労働運動」といわれるように、賃金や労働条件の改善に注力している。「社会的労働運動」という言葉が広がってきたものの、本来的に組合員のための組織であり、非組合員の権利や福祉のために活動するという意識は少ないのが実情だ。
しかし、この裁判で問われているのは、AFTの組合員の多くが学生時代に受給し、返済義務を負っている奨学金に関してである。IDRに基づく返済が否定されることは、多くの組合員の利益にネガティブな影響を与えていく。PLSFについては、DEIを促進するNPOが”Public Service”機関ではないと、政権が判断したことを意味する。AFTの組合員は、小学校から大学まで、それぞれの職場において職員の構成の多様化を進めてきただけでなく、教員としてDEIの必要性について生徒や児童に対して説明してきた。こうした行為が否定される事態ともいえよう。それは、以下のようなEDで退職や解雇を強いられた職員の構成からも推察される。
EDの職員約2800人を組織しているAmerican Federation of Government Employees Local 252(以下、Local 252)によると、3月11日に1315人の職員がEDから解雇通知を受け取ったという。なお、これらの解雇者に加え、600人ほどの職員が、トランプ政権の成立後、退職している。前述のように、トランプの就任以前、EDの職員は4000人余りであり、わずか2カ月の間に、ほぼ半数が退職または解雇に至ったことになる。Local 252は、解雇者についての分析をEducation Reform Now (ERN)に依頼した。ERNは、マイノリティや低所得者との関係を中心に、幼稚園から大学までの公教育に関する調査研究、社会啓発などの活動を行っているNPOだ。
分析の結果、解雇された職員が多い部署を見ると、トップはFederal Student Aidで326人、次いでOffice for Civil Rightsの243人、そして3番目はInstitute of Education Sciencesの105人だった。その名から推察されるように、Federal Student Aidは、奨学金を扱う部署だ。トランプ政権が批判しているIDRに基づく奨学金返済制度も扱っている。Office for Civil Rightsは、学生や学生が所属する大学などの教育機関における人種やジェンダー構成などの調査などを行う、EDのDEI部門である。大統領就任後、敵対的ともいえる姿勢で廃止の動きを進めている政策の最たるものだ。Institute of Education Sciencesは、一般にはほとんど知られていない部署だが、主要な事業としてNational Center for Education Statistics (NCES)という教育機関全体の状況を調査、分析し、その結果を公表している。一見、中立的な内容だが、教育機関における人種別の在籍者数などのデータも収集しており、DEIの政策のベースを生み出す部門ともいえる。
前述のように、トランプの” Improving Education Outcomes by Empowering Parents, States, and Communities”という大統領行政命令のタイトルは、教育の権利をEDから「両親、州政府、地域社会」に取り戻すことが目的のように感じさせる。だが、アメリカのEDは、日本の文部科学省とは異なる。例えば、教科書検定はなく、教科書の選定をはじめ、初頭中東レベルの学校運営は、基本的に州や学校区が担っている。トランジェンダーの児童生徒への対応をはじめとしたジェンダーアイデンティティなどに関する議論のように、保護者と学校が対立する状況は存在する。とはいえ、「両親、州政府、地域社会」が中心になった運営であることは間違いない。
では、トランプのED廃止の目的はなにか。すでに述べてきた、低所得者への教育の機会保障の放棄やDEI政策の廃止、奨学金事業の民営化への移転による金融機関の事業拡大といった、大企業のビジネス機会の拡充や小さな政府志向だけではない。大統領行政命令には、EDの設立に当たり、NEAが関わったと批判しているように、反労働組合の姿勢を表明。この姿勢は、Universal Private School Choice (UPSC)の促進により初等中等教育の民営化を通じて、公立学校の教職員を組織化しているAFTやNEAの弱体化を狙ったものと考えられる。
とはいえ、教育問題は、政府と労働組合だけで対応できるものではなく、すべきものでもない。このことは、労働組合のリーダーも理解している。300万人の組合員をもつアメリカ最大の労働組合で、National Association of Educators (NAE)は、EDの廃止をはじめとしたトランプ政権の教育政策に反発。2月12日に首都ワシントンの連邦議会前で“Rally to Protect Students and Public Schools”と銘打った集会を開催した。連邦議員やATF、教育関係のNPOの関係者などとともに、連邦上院によるLinda McMahonの労働長官指名承認に反対の声をあげた。
詳細を紹介する余裕はないが、前述のEDに対するATFの訴訟も、奨学金返済問題に取り組んでいるStudent Borrower Protection CenterというNPOと連携している。今後、こうした動きが広がっていくのかどうか、そしてそれがトランプ政権の動きを抑止していくことになるのか、注視していきたい。なお、上記のNEA主催の”Rally to Protect Students and Public Schools”と題する集会の様子は、ビデオを含め、以下から見ることができる。
https://www.nea.org/nea-today/all-news-articles/rally-protect-students-and-public-schools#:~:text=Educators%20and%20advocates%20are%20raising%20alarms%20about%20the,proposed%20elimination%20of%20the%20U.S.%20Department%20of%20Education.
公共政策
トランプ政権の政府資金削減、協働による公共サービス提供の危機とNPOの反撃
2025年3月18日
アメリカにおける公共サービスの提供形態というと、Collaborationすなわち協働をイメージする人が多いだろう。NPOが取り組んできた課題が政府の政策となり、その政策の実施に当たり、政府がNPOに資金を提供する、官民連携の仕組みだ。1960年代から本格的に導入されてきたが、今年1月に第2次トランプ政権が成立すると、状況が一変した。「効率的な政府運営」を名目に、連邦政府機関の職員や予算の削減・凍結が相次ぎ、NPOなどへの資金提供にも大ナタが振るわれているからだ。政府資金の減少に直面したNPOなどは、議会への要請や訴訟を提起。しかし、低所得者への支援などを行うNPOを中心に、物価高によるニーズ増大の反面、経営見通しの悪化で事業の縮小が不可避として、危機感が強まっている。
トランプ政権による政府機関の職員や予算の削減・凍結の一環として、United States Agency for International Development (USAID)の閉鎖に向けた動きが報じられてきた。1961年に設立されたUSAIDは、International Developmentというふたつの単語が示すように、対外援助を中心にした事業を展開している。とはいえ、USAIDが直接支援事業を行うことはほとんどない。内外の組織に資金を提供して、事業を実施させる方式をとっている。こうした資金の提供先は、国際機関や外国の政府だけではない。アメリカ国内に本部を置き、海外で事業を行っている国際協力系のNPO(以下、NGO)にも、多額の資金を提供している。実際、連邦議会向けの調査機関、Congressional Research Serviceによると、2023会計年度のUSAIDの予算434億ドルのうち、52%はNGOに提供された。
USAIDから最も多くの資金を受けている団体は、メリーランド州に本部を置くCatholic Relief Services (CRS)で、2013-2022 会計年度の9年間に46億ドルにのぼる。また、CRSの監査報告書によると、2023会計年度の団体の歳入は11億7600万ドルだった。このうちUSAIDをはじめとした連邦政府からの補助金や事業委託は5億2100万ドルと44%を占めている。なお、CRSと同じNPOのFHI 360は、2013-2022 会計年度の間に38億ドルを受給し、USAIDの資金受給団体として第3位を占めている。世界の60余りの国々で活動を展開しているFHI 360の本拠地は、ノースカロライナ州である。
このようにUSAIDとNGOの間には資金面で強い関係があるにもかかわらず、Marco Rubio 国務長官は3月10日、「X」への投稿で、USAIDの事業の83%を廃止したと発表した。これは、事業契約数で見ると、5200件にのぼる。一方、継続される事業は、1000件ほどにすぎない。CRSやFHI 360も、この影響を受けている。Rubio 国務長官の投稿の1カ月以上前の2月3日、CRSの会長兼CEOのSean Callahanは、職員にEメールを送信した。その中で、CRSが副受領者(Subrecipient)になっている事業の一部はすでに解約され、その動きは他の事業にも及ぶとの通知をUSAIDから受け取ったと報告。さらに、職員の削減を含む、予算削減が不可避との認識を示していた。とはいえ、CSRは政府の動きを甘受しようとしなかった。上記のRubio 国務長官の投稿から間もない3月17日、CRSは、” Aid Cuts and Lack of Payment Threaten Millions of Lives”というタイトルのプレスリリースを発表。USAIDの資金による「命を救い、命を与える事業」への廃止を取り消し、確定していた事業資金の提供を速やかに行うよう求めた。
USAIDの事業資金支援策の見直しに関する報道が多かったこともあり、トランプ政権の対応が国外に向けられていると考えている人も少なくないようだ。しかし、低所得者向けの事業や環境保護活動など、米国内の事業に提供されることになっていた資金の見直しや支援継続の打ち切りが決定される事態も相次いでいる。前者の例には、United States Department of Agriculture (USDA)による学校給食やフードバンクへの食材購入費の支援の打ち切りがある。後者の一例として、Environmental Protection Agency (EPA)がCitibankを通じて事業の受託先のNPOに提供する予定だった補助金を凍結させていることをあげることができる。以下、これらの事例を通じて、官民連携が政権によって一方的に破壊されようとしている実態に対して、NPOがどう立ち向かっているのかについてを見ていこう。
日本の農林水産省に相当するUSDAは、地域の農家や牧場主、漁業関係者などから生産物を買い上げ、学校給食などの食材として活用する事業、Local Food for Schools and Child Care Cooperative Agreement Program (LFS)を実施している。また、低所得者に提供する食料支援向けの食材を買い上げ、フードバンクなどに提供する事業も行ってきた。この事業は、Local Food Purchase Assistance Cooperative Agreement Program (LFPA)と呼ばれている。Localという単語が含まれているのは、購入先の農家などがフードバンクと同じ州または400マイル圏内にあることが求められているためだ。
いずれの事業も、地域の農家などへの支援策にもなっている。連邦政府の補助金の概要を示すサイト、Grants.gov.によると、LFSによる年間の補助金は6億6010万ドル、LFPAは4億7150万ドル。両者を合わせると、11億ドルで、1ドル=150円で日本円に換算すると、1650億円にもなる。USDAは3月14日、これらの補助金が「長期にわたる財政的に責任ある取り組み」ではなく、「長期にわたる計画のない短期的な計画」だとして、受給している州政府機関に対して、打ち切りを通知した。「短期的な計画」というのは、コロナ禍における生活困窮者への食料支援とともに農家などの生産者への所得補償の意味も含め、導入された経緯を意味していると見られる。とはいえ、これだけ膨大な額の補助金が消失すれば、その社会的な影響は、極めて大きい。
全米の学校給食の栄養士5万人を会員にもつNPO、School Nutrition Association (SNA)が3月10日に発表したプレスリリースによると、LFS の一部でCommunity Eligibility Provisionと呼ばれる、貧困家庭の生徒が通う割合が高く、申請なしで給食の無償化が認められる事業だけでも、全米で2万4000校、1200万人の児童に影響が及ぶ可能性があると指摘。この事態に対して、SNAは3月9日から11日にかけて、首都ワシントンでLegislative Action Conferenceを開催した。この会議は、USDAによるLFS廃止が打ち出される以前に企画されていたものだが、800人を超える会員らが参加。3月13日にSNAのフェイスブックに掲載されたビデオによると、首都で実施された連邦議員に学校給食を守ることを求める活動などについて、多くのメディアが報じたという。
もうひとつの事例として、EPAがCitibankを通じて補助金事業を行うNPOに提供する予定だった資金を凍結させていることを取り上げていこう。EPAとは、日本の環境省に相当する環境保護を進める政府機関である。ここになぜ、資産規模で全米第3位の銀行、Citibankが出てくるのか、疑問に思う人も少なくないだろう。EPAも、NPOなどにさまざまな事業の委託や補助金の提供を行っている。この事例において問題となった資金は、バイデン政権下の2022年のInflation Reduction Actによって設立された270億ドルのプログラム、Greenhouse Gas Reduction Fund (GGRF)の一部だ。EPAは、補助金を提供するNational Clean Investment Fund用として140億ドルを受け取った。Citibankは、補助金の受取人になっているNPOなどの口座に資金を保管し、資金を管理する金融機関として選定された。
トランプ大統領は、気候変動問題を「フェイク」と非難、温暖化防止などの事業に敵対的なスタンスを示してきた。この考えが影響していると断定できているわけではないが、2月初めにEPAは、GGRFが「財務上の管理ミス、利益相反、監督の失敗」を引き起こしていると指摘。連邦政府のDepartment of Justice (DOJ)と Federal Bureau of Investigation (FBI)によるGGRFに対する「包括的な調査」が必要だとしたうえで、Citibankに対してNPOへの補助金の支出の停止を求めた。調査に当たったFBIは、Citibankに対して、補助金を受託することになっていたNPOが「米国を騙すための共謀」を含む「犯罪行為の可能性」に関与していると述べるなどしたこともあり、Citibankは2月18日以降、NPOの口座を凍結した。結果的にNPOは、支払われるはずの補助金を引き出すことができなくなった。
この措置に対して、補助金を受け取ることになっていたNPOのうちClimate United、Coalition for Green Capital、Power Forward Communitiesの3団体は、EPAなどを相手取り首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴訟を起こした。同裁判所のTanya Chutkan判事は3月18日、EPAが3つのNPOへの補助金の支払いを停止させ、Citibankが銀行に保有しているNPOへの補助金を口座に止めておくことを禁じる一時的な差し止め命令を出した。
EPAが3つのNPOに提供する予定だった補助金は、合わせて1397ドル。その執行を差し止めるために必要な法的に必要な措置を講じなかったと見られるということが、差し止めの理由で、今後、詳細な検討が行われることになる。
日本のメディア報道の大半は、トランプ政権による政府職員の削減やNPOなどへの事業委託や補助金の解消に止まっている。また、その背景や根拠についても、必ずしも十分に説明しているわけではない。換言すれば、トランプ政権の影響に対して、NPOなどが、どのように対応、あるいは反撃しているのかについてほとんど伝えていない。しかし、以上の限られた事例だけでも、政権側の姿勢の背景は異なり、NPOの反撃方法も違っている。それは、NPOが個別撃破されようとしている可能性も示唆しているとともに、政権側の攻撃に連携して取り組む必要性を示しているといえよう。協働による公共サービス提供を崩壊させようとしているかに見えるトランプ政権に対して、NPOが連携して反撃していく動きが現実化してくるのかどうか、今後も注目していきたい。
なお、上述したCRSが3月17日に発表した” Aid Cuts and Lack of Payment Threaten Millions of Lives”というタイトルのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.crs.org/media-center/news-release/crs-aid-cuts-and-lack-payment-threaten-millions-lives
人権問題
トランプ政権がベネズエラ人を国外追放、「敵性外国人」への差別的措置に人権団体などから批判
2025年3月17日
アメリカのMarco Rubio国務長官は3月16日、ベネズエラのギャング組織「Tren de Aragua(トレン・デ・アラグア)」のメンバーとされる移民250人余りをエルサルバドルに追放したと発表した。この措置は、トランプ大統領が前日発動したAlien Enemies Act(敵性外国人法)に基づいている。しかし、国務長官の発表に先立ち、連邦地方裁判所は、同法に基づく送還を一時停止することを求める判断を示していた。そもそも、同法は、戦時下で「法の適正な手続き」を無視して適用され、人権侵害が生じてきたなどと批判されてきた。今回の国外追放も容疑などが明確にされていない。このため、人権団体などから批判の声が出ている。
Alien Enemies Actは、Alien and Sedition Actsと呼ばれる移民や言論を規制する4つの関連する法律のひとつで、 2世紀以上前の1798年制定された。その背景には、フランス革命の影響が及ぶことを当時のアメリカ政府が懸念したことなどがある。同法が発動されたのは、過去3回。1812年の米英戦争と第1次世界大戦、そして第2次世界大戦においてだ。発動に当たっては、外国政府の武力侵攻や軍事的な脅威に対して「宣戦布告」がなされた後、国土防衛に必要な措置の一環として、大統領が行うという解釈がなされてきた。
なお、日本のメディアの多くは、第2次世界大戦後の10万人を超える日系人の強制収容の法的根拠としてAlien Enemies Actが用いられたと伝えている。しかし、日系人収容は当時のFranklin Delano Rooseveltによる大統領行政命令9066号に基づく措置であり、Alien Enemies Actによるものではない。第2次世界大戦中のAlien Enemies Actに基づく措置として、1941年12月7日の日本軍によるパールバーバー攻撃の直後、日系人の一部が「敵性外国人」として検挙された。翌12月8日には、同法がドイツとイタリアの住民にも適用。1942年2月16日までに、日系人 2192人、ドイツ人1393人、イタリア人264人が 連邦政府のDepartment of Justiceによって検挙されたと、Webサイトによる日系人の歴史資料プロジェクト、Densho伝えている。また、3月17日発信のCNNの記事” Trump is invoking the Alien Enemies Act. Here are answers to key questions about the 1798 law”によれば、第2次世界大戦中に検挙された、日系、ドイツ系、イタリア系の住民は3万人にのぼった。
今回の国外追放の対象となった、Tren de Araguaのメンバーとされる人々は、ベネズエラ人である。しかし、現在、アメリカは、ベネズエラと戦争状態にあるわけではない。また、Tren de Araguaは、政府ではない。さらに、「宣戦布告」は連邦議会の権限で行われることが憲法に定められている。法律上、連邦議会が「宣戦布告」をしていない段階で、大統領がAlien Enemies Actを発動することはできない、と考えられる。このため、Alien Enemies Actを大統領が発動する数時間前、American Civil Liberties Union (ACLU)とDemocracy Forward、ACLU of the District of Columbiaは、発動を無効とさせるため、首都ワシントンの連邦地裁に訴えを起こした。
連邦地裁のJames Boasberg判事は、この訴えを認め、14日間の一時差し止めを命令。しかし、Tren de Araguaのメンバーとされる人々を乗せた飛行機はすでにアメリカを離陸していた、とトランプ政権は主張。同判事は、トランプ政権に対して、飛行機を直ちに引き返すように命じたものの、エルサルバドルの空港に到着していたという。アメリカでは、政府機関は連邦裁判所の決定に従うことになっているが、ホワイトハウスは離陸後の裁判所の命令に従う必要はないとして、ACLUなどがトランプ政権による連邦裁判所の判決に対する違反行為という指摘を退けようとしている。
なお、今年2月、Rubio国務長官は、エルサルバドルを訪問した。その際、エルサルバドルのNayib Bukele大統領は、アメリカが国外追放する人々の受け入れを提案しており、それが現実化したといえよう。とはいえ、移送された人々は、悪名高い巨大刑務所、テロ監禁センター(CECOT)に直ちに収監された。このため、エルサルバドルが「第2のグァンタナモ(Guantanamo Bay Naval Base)」になるのでは、という懸念の声も聞かれる。「グァンタナモ」は、George W. Bush大統領による9.11後の「対テロ戦争」で、「タリバン関係者」らを収監、虐待したなどとして国際的な非難を受けてきた、キューバ国内のアメリカ海軍の基地で、トランプ政権は、「不法移民」の一部を同基地に収容する考えを表明していた。
前述のようにACLUやDemocracy Forward などは3月15日、トランプ大統領によるAlien Enemies Actの発動を防ぐため、首都ワシントンの連邦地方裁判所に訴えを起こした。同日付のDemocracy Forwardのプレスリリースによると、ACLUのImmigrants’ Rights ProjectのLee Gelernt氏は、「「トランプ政権が戦時中の権限を移民法の執行に利用するという意図は、前例がなく、法を無視する行為である。政権にとってこれまでで最も極端な措置かもしれない」と指摘。Democracy ForwardのCEO Skye Perryman氏は、「アメリカは交戦中ではなく、侵略もされていない。予想される大統領のする戦時中の権限の発動は、合法的な移民法の執行のために必要なのではなく、加速する権威主義的な戦略の最新の段階である」と批判している。
なお、ACLUなどは3月17日、連邦地裁に対して、今回のトランプ政権の対応に対する申し立てを行った。政権の担当者が宣誓の上、Alien Enemies Actの発動やベネズエラのギャング組織のメンバーとされる移民の国外追放の過程について説明を行うことを求めたものだ。申し立てによれば、テキサス州からベネズエラに向かった飛行機は3機。3番目の飛行機が離陸したのは、連邦地裁のBoasberg判事が大統領による発動を一時差し止める判決を出した後だったという。これが事実なら、政府は、ベネズエラ人を違法に国外追放したことになる可能性がある。
こうした裁判が起こされるように、Alien Enemies Actによる人権侵害への懸念は、トランプ政権下における「乱用」の可能性もあり、高まりを見せていた。連邦議会においても2023年5月、ムスリム系のIlhan Omarの他、30人が共同提案者となって、同法の廃止を求めるNeighbors Not Enemies Act (H.R.3610)が下院に提出されていた。共同提案者の数は、現在45人の増加。この法案には、Japanese American National Museum (JANM)やJapanese Peruvian Oral History Project、German-American Internee CoalitionなどのNPOも支持を表明している。そのひとつ、JANMは3月15日、トランプ大統領によるAlien Enemies Actの発動に対して、戦前のChinese Exclusion Actや日本人を対象にしたAlien Land Laws、大戦中の日系人収容などを生む恐れがあると指摘。こうした過ちを繰り返さないためにJANMが設立されたとしたうえで、「歴史の教訓を守り、歴史を生き抜いた人々の声を広げ、彼らの物語が警告と行動の呼びかけとなるように、私たちの使命を堅持する」などとする声明を発表した。
なお、JANMによる声明は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/press/release/janm-condemns-invocation-alien-enemies-act-enforce-mass-deportations
コロナ禍
「コロナ後遺症」月間・週間、患者団体などが社会啓発や支援策を求め実施
2025年3月11日
新型コロナウイルス感染症も5年が経過し、人々の意識から薄れつつある。しかし、いまもなお、多くの人々が病に伏せ、亡くなっている。それだけではない。感染症による「後遺症」に苦しんでいる、膨大な数の人々も存在する。この状況に対して、後遺症の患者やその家族などによる活動がアメリカ国内だけでなく、海外にも拡大。毎年3月を「コロナ後遺症月間」、中旬には「週間」が設定され、社会啓発や後遺症患者への支援政策を求める活動が展開されている。
「コロナ後遺症」月間・週間とその具体的な動きを見る前に、後遺症の実態について紹介しておこう。そもそも「コロナ後遺症」とはなんなんのか。英語では、Long COVID (LC)などと呼ばれることが多い。統一的な定義があるわけではないが、新型コロナウイルス感染症にかかった後、3カ月以上にわたりなんらかの健康障害が継続する状況を指すことが一般的だ。
後遺症の症状は多様かつ、患者による相違も大きい。典型的な症状には、味覚や嗅覚の障害があげられる。また、疲労感の継続や集中力の低下、記憶障害、頭痛、睡眠障害なども多い。特定の症状だけの人もいれば、複数の症状が現れ、苦しんでいる人も少なくない。後遺症の原因になった症状は、必ずしも重症ではなく、軽症の患者にも発生者がみられる。さらに、人種や性別、年齢などにより発生率に差が見られるものの、新型コロナウイルスの感染者であれば、誰にでも発症しうる。
では、どのくらいの人が「コロナ後遺症」に悩まされているのだろうか。2024年3月~4月にかけて、連邦政府のCensus BureauとNational Center for Health Statistics Household Pulse Surveyが実施した調査によると、全米の成人のうち17.6%の人々が「コロナ後遺症」にかかった経験があるという。これ以外の調査でも、新型コロナウイルスに感染した人のうち20%程度が後遺症を引き起こすとされている。
このため、患者団体のひとつ、COVID-19 Longhauler Advocacy Projectは、全米の3億3145万人の20%が「コロナ後遺症」になった経験があると推定。人口比から推測すると、その数は6629万人にのぼる。また、連邦政府のDepartment of Veteran Affairsによれば、複数の症状が現れた人の方が単一の症状の患者より入院の確率などが高い。感染後に比べれば少ないとはいえ、後遺症による死者も5000人を超えているという。
「コロナ後遺症」の患者団体は、政策的な支援を求めている。そのためには、単に味覚や臭覚に異常をきたす人が少なくない、というだけでは不十分だ。労働市場への影響など、経済的なネガティブなインパクトを提示、患者救済が経済社会にとっても必要という認識を広げようとしている。
例えば、2022年に、David Cutlerという経済学者が全米で350万人が「コロナ後遺症」による就労困難な状況にあると推計。過去5年間に後遺症患者の状況が同様と仮定した場合、質調整生存年(Quality Adjusted Life Year)や後遺症がなかった場合の所得及び医療費負担などによる経済的損失が37兆ドルに上る。また、Economist Impactが2024年に実施した調査では、同年だけで15億時間の労働が「コロナ後遺症」によって奪われた結果、1526憶ドルの所得がなくなったとしている。
こうしたデータの提示に加えて、患者団体などは、「コロナ後遺症」月間・週間を設定。後遺症への理解を求めるとともに、患者への支援を求める政策活動を進めてきた。今年も、3月を#LongCOVIDAwareness2025月間に設定。同月10日から16日までを週間として、以下のような活動を提起している。なお、これらの活動の中には、3月12日のウェビナーのように#LongCOVIDAwareness2025の実施団体が主催するものもあるが、大半は各地の患者とその家族、支援者が行うように求めたものだ。
・3月10日
「地域からの支援と理解をえるための一日」と銘打って、支援団体のウェブサイトに掲載されている後遺症患者の写真やプロフィールを更新する他、Center for Independent Livingなど地域や州の障害者団体に「コロナ後遺症」向けの活動に取り組むように要請
(注)アメリカでは、日常生活に支障をきたす症状が出た患者も「障害者」と位置付けられ、法的な救済の対象になる。「コロナ後遺症」向けの活動に障害者団体が取り組むように求めるのは、このような社会的な背景がある。
・3月11日
「政府の政策の成否を確認する一日」というスローガンの下、正副大統領、連邦議会議員、州知事・州議会議員に対して、「コロナ後遺症」への理解と緊急対策を求める行動を実施。また、政府が最近導入した「コロナ後遺症」対策が患者らにどのような影響を与えているか、SNSなどに投稿
・3月12日
「『コロナ後遺症』の子どもや介護者への理解を求める一日」というテーマで、東部時間午後2時からMichael Osterholm医師によるウェビナーを開催。また、教育委員会に相当する学校区に連絡を取り、「コロナ後遺症」に関する情報を提供、理解を求め、後遺症の子どもや介護者についての教育を学校で促進
・3月13日
「公共政策の成否を確認する一日」と題して、新たに厚生労働長官に就任したRobert Kennedy Jr.のオフィスに連絡をして、「コロナ後遺症」の緊急性を訴えるとともに、これまでの政策を変更するよう要請
・3月14日
「公の場で支援要請や亡くなった人々への追悼のための一日」という言葉で、「コロナ後遺症」への理解を深め、支援を獲得するために、街頭でチラシやマスクを配布する活動に加え、ビジルや写真展を開催。また、後遺症の問題に取り組む医療関係者に感謝の気持ちを伝えるためのイベントを実施
・3月15日
「コロナ後遺症の日:5年後の今」というタイトルで、東部時間午後3時10分から20分の間に、「黙とう」を実施。また、午前8時から午後11時まで、毎時間ごとに、「コロナ後遺症」に関するデータや情報を提供するセッションに加え、オンラインによるイベントや集会を開催
・3月16日
「お疲れ様、休息をとりつつも生涯にわたるアドボカシーに向けて」という呼びかけで、主催者側から参加者に感謝の言葉を送るとともに、ひと時の休息を提案。そのうえで、今後も活動を継続していく必要性について、「月間」である3月だけでなく、これからの毎日続けていくことが求められていると指摘
このように、「コロナ後遺症」週間には、地域の人々や教育現場で後遺症への理解を求める他、政府への働きかけ、そして後遺症についてよりよく理解するためのセッションまで、幅広い活動が展開されている。また、前述のように、活動は、「週間」だけではない。3月1日から31にまで「月間」でも行われているのである。さらに、イギリスのLong Covid Supportと共同の活動も企画されるなど、今年は、この問題に対する国際的な連帯の動きが進んだ。Long Covid Supportは、「コロナ後遺症」の患者らから寄せられた生地を集め、患者のひとりでもあるアーティストにより患者とその介護者のためのタペストリーとして位置づけられていくという。
なお、新型コロナウイルス感染症の後遺症の実態や「コロナ後遺症」月間・週間については、以下のサイトのデータや記事などを参照されたい。
https://www.longhauler-advocacy.org/
移民労働
大統領行政命令で英語公用語化、米史上初の措置に移民の権利擁護団体などが懸念
2025年3月5日
トランプ大統領は3月1日、英語をアメリカの公用語とする大統領令に署名した。特定の言語を公用語として指定することは、米国史上初めてのこどだ。政府機関などが英語以外の言語を用いることを禁止する措置ではない。しかし、トランプ政権は既に、ホワイトハウスのウェブサイトからスペイン語による掲示が削除されている。こうした経緯もあり、英語以外の言語を用いる人々への連邦政府のサービス利用の悪影響につながるなどとして、ヒスパニック系やアジア系の議員などに加え、移民の権利擁護活動を進めている団体からは批判の声が噴出。一方、長年、英語の公用語化を求めてきた保守系の団体は、大統領行政命令を歓迎しており、「国の統一」を目的にした措置としながらも、対立を招く状況になっており、今後の動向が注目される。
英語を公用語化を求める動きは、English-only movementまたは Official English movementなどと呼ばれ、保守系の政治家や団体によって長年にわたり続けられてきた。運動としてみた場合、1907年に当時のTheodore Roosevelt政権下で始まったといわれている。ただし、これ以前にも、「移民国家」という性格上、英語以外の言語を話す人々が特定の地域に流入し、英語圏の人々と対立を引き起こすケースもあった。1750年代に、ペンシルベニア州にドイツ系移民が急増、道路標識が英語とドイツ語の両方になったことをきっかけに、英語の使用が市民と移民の対立と関連して深刻化したことは、その一例だ。
近年のEnglish-only movementは、1983年にU.S. Englishが結成され、州や地方政府において、英語の公用語化を進める運動が開始されたことが影響している。U.S. Englishは、日系アメリカ人の言語学者で、連邦上院議員も務めたS.I. Hayakawaによって設立された団体だ。1994年には、John TantonとU.S. Englishに関わっていた活動家によって組織されたProEnglishが誕生。現在、全米で32の州で英語が公用語化されている。一方、ハワイ州では、英語とハワイの先住民の言語をともに公用語に指定。アラスカ州では20余りの言語が公用語として用いられている。なお、U.S. EnglishはEnglish Onlyという語彙を用いてきたが、ProEnglishはOfficial Englishに変更している。English Onlyの”Only”が他の言語を認めない、排他的なイメージを与える可能性などから、より温和なイメージをもつ言葉に変更したと見られる。
連邦レベルでは、トランプの大統領行政命令まで、法的効力を持つ制度は成立していない。しかし、連邦上院で2006年、移民法の改正の議論のなかで、英語を "common and unifying language”と規定しようとする動きがでたことがある。また、連邦下院では、English Language Unity Act of 2019が提案された。さらに、2023年には、現在、副大統領を務めるJD Vanceが英語をOfficial Languageにすることを求める法案を提出。このように、連邦議会でも、英語の公用語化に関して、議論が行われていた。
こうした英語の公用語化を進める動きに対して、言語の多様性を保障していこうという考えや政策も存在した。例えば、人権団体のAmerican Civil Liberties Union (ACLU)は、憲法修正第1条の表現の自由の観点から英語公用語を批判。また、2000年8月には、当時のBill Clinton大統領がExecutive Order 13166に署名。"Improving Access to Services for Persons with Limited English Proficiency"というタイトルがつけられたことが示すように、この大統領行政命令は、英語の能力が十分でない人々が政府の政策に基づくサービスを適切に受けることができるように、ニーズ把握を行い、政府機関が対応するように求めたものだ。その中心には、英語を母国語としない人々への言語面での対応である。
トランプ大統領による英語公用語化は、このExecutive Order 13166を撤回させる措置だ。しかし、前述のように、英語以外の言語によるサービスの提供などを禁止しているわけではない。その意味では、DEIやトランスジェンダーに対する大統領行政命令とは、レベルが異なっている。とはいえ、英語を公用語化したことは、英語以外の言語を「二級」あるいは「不適切」を見なすことにもつながりかねない。さらにいえば、英語以外を話す人々へのヘイトクライムが生じる恐れもある。実際、ヘイトクライムの監視活動などを行っているSouthern Poverty Law Center (SPLC)は、前述のProEnglishをヘイト団体のひとつとしてリストアップしている。なお、SPLCが指定しているヘイト団体のうち、移民問題に関連する組織には、ProEnglish の他、Federation for American Immigration Reform (FAIR)やCenter for Immigration Studies (CIS)などがある。
英語公用語化が反移民、そして多様性の否定、そしてヘイトクライムにつながるのではないか。このような懸念から、トランプの大統領行政命令を批判する声も強い。例えば、連邦議会のヒスパニック系議員連盟(Congressional Hispanic Caucus)は2月28日、「X」への投稿の中で、「アメリカは、公用語を制定してこなかった。それは、必要がなかったからだ。トランプの英語公用語化は、アメリカの多様性と歴史への直接的な攻撃である。数千万人の人々が英語以外の言語を話しているが、そのことがアメリカ的でないということにはならない」と述べている。なお、ヒスパニック系議員連盟の投稿は2月28日に行われているが、これは大統領令が公布されるとの第一報が同日付の経済紙、Wall Street Journalによって行われた直後になされたためと推察される。
連邦議会には、ヒスパニック系議員連盟に加え、アジア太平洋系と黒人議員連盟の3つの人種・民族系の議員連盟がある。この3者は3月2日、「X」に共同声明を発表した。社会保障の給付や医療保険の提供を受けるため、英語を母国語としない高齢者が政府機関を訪れた場合、どうなののか。共同声明は、トランプの大統領行政命令を「移民や英語力が限られている個人への差別を許すという、薄っぺらな試み」と非難。英語が事実上のアメリカの国の言語であるとしながらも、英語以外の言葉を話す人も同じアメリカ人だとしたうえで、その事実は建国以来変わらない事実として、「この事実をトランプ大統領が変更させせることは許さない。いかなる言葉を話すとしても、連邦政府のサービスの受ける権利を守っていく」と述べた。
移民の権利擁護団体などからも、批判の声が相次いでいる。United We DreamのCommunication Director、Anabel Mendozは、Associated Pressの取材に対して、「トランプは、白人で金持ち、英語を話さないなら、アメリカに属していないというメッセージを送ろうとしている」と非難。そのうえで、「トランプがどんなに頑張っても、彼は我々(英語を母国語としない人々)を消すことはできない」と述べている。また、George Carrillo Hispanic Construction CouncilのCEO、George Carrilloは、「(トランプの)大統領行政命令は、(アメリカ人の)団結を促進するとされているが、ESLプログラムや移民の適応と貢献を支援する多言語リソースなどの重要な支援を解体するリスクがある」と指摘。それが実施された場合、英語を母国語としない人々へのネガティブな影響の大きさを訴えている。
なお、人口統計局が2019年に発表した報告書によれば、全米で英語以外言に用いられている言語は約350にのぼる。使っている人は6780万人と、総人口の5人にひとりに及ぶ。英語以外の言語を母国語とする人は、1980年に比べると3倍になっている。英語以外の言語で最も多く用いられているのはスペイン語で、約4200万人と、人口の13%を占める。この他、中国語、タガログ語、ベトナム語、アラビア語などを母国語とする人が多い。保守派は、こうした英語以外の言語を用いる人の増加と多様化は、アメリカの一体化を妨げる要因とみなし、この現実を抑止するために英語の公用語化が必要との考えているとみられている。
なお、上記のヒスパニック系議員連盟に加え、アジア太平洋系と黒人議員連盟の共同声明は、以下から見ることができる。
https://x.com/CAPAC/status/1895882006539751856
反戦平和
トランプ政権が環境正義団体への補助金支出撤回、「パレスチナ支援」を理由に
2025年2月27日
トランプ政権は2月13日、すでに確定していた環境正義団体への補助金の支出を撤回する旨を表明した。この団体が「パレスチナ支援」に関わっていたという主張に基づくものだが、団体側は補助金と無関係の内容を理由にした撤回だとして強く反発している。「パレスチナ支援」については、昨年から連邦議会で支援団体への税制優遇措置をはく奪する法案が審議されてきた。この法案は成立に至っていないが、今回の政権の補助金支出撤廃のように、「パレスチナ支援」という反戦平和の訴えが、NPOの財政に大きな影響を与え、活動を委縮させる可能性もあるとして、懸念の声がでている。
補助金の支出を撤回されたのは、Climate Justice Alliance (CJA)という環境正義団体の連合体。環境正義(Environmental Justice)とは、環境負荷がマイノリティや低所得者とそのコミュニティに集中している、不平等な状況を問題視する考え方だ。1980年代から関心を集め、1991年に首都ワシントンで行われたFirst National People of Color Environmental Leadership SummitでPrinciples of Environmental Justiceが起草、採択された。また、1996には、ニューメキシコ州で開催されたWorking Group Meeting on Globalization and TradeでJemez Principles of Democratic Organizingが承認されるなどして、運動の概念や理念が整理されてきた。CJAが結成されたのは2013年。その数年前から環境正義などに関する議論が続けられ、Climate Justiceを冠する団体とした活動していくことは、2012年にミシガン州デトロイトで開かれた会議で決定されていた。
CJA結成の目的は、気候変動問題のマイノリティや低所得者コミュニティへの影響を中心にした、環境正義運動の最前線で活動する地域や組織の力に結束させることだ。これにより、気候運動の新たな重心を作り出すことを狙っていた。個々の団体が活動している地域を超えた組織化戦略と能力の動員によって、生産、消費、政治的抑圧の搾取システムから離れ、回復力があり、再生可能で公平な経済への移行を促進。この移行のプロセスを真に公正な移行にするために、人種、性別、階級(階層)を解決策の中心に据えていく必要性を主張している。このような理念や経緯が示すように、CJAは、パレスチナ問題に特化したNPOではない。
トランプ政権が撤回した補助金の提供に根拠を与えている法律は、2022年にバイデン政権下で成立したInflation Reduction Act (IRA)である。インフレ抑制と環境正義、そしてパレスチナ問題がどのように関連するのか、疑問を持つ人も多いだろう。アメリカの法律では、ひとつの法律に多様な目的が組み込まれることが少なくない。IRAの目的は、連邦政府の財政赤字の削減や処方薬の価格を引き下げ、クリーンエネルギーを促進しながら国内エネルギー生産に投資することなどだ。気候正義関連の事業への支援は、最後のクリーンエネルギーの促進に関連して盛り込まれた。
CJAへの補助金は、IRAの気候正義関連の事業への支援として提供される予定だった。この補助金を管轄するEnvironmental Protection Agency (EPA)は2023年12月、11団体に対して総額6億ドルの補助金を提供することを表明した。そのひとつに、UNITE-EJ (United Network for Impact, Transformation, and Equity in Environmental Justice Communities)への補助金5000万ドルが含まれていた。なお、UNITE-EJは、CJAが主導するCJA傘下団体のコンソーシアムで、補助金を傘下団体などに配分する機能を担うことになっていた。このため、EPAの補助金は事実上CJAに対するもので、後述するこの補助金を批判した政治家やEPA、メディアもCPAを受給団体としている。
上記のように、CJAは、パレスチナ問題に取り組むためのNPOではない。しかし、パレスチナのガザ地区のイスラム武装組織ハマスによるイスラエルへの攻撃から2週間足らず後の2023年10月20日、”Climate Justice Alliance Calls on Biden, Congress to Demand a Ceasefire by Israel and Hamas; not Genocide with US Taxpayer Dollars”と題するプレスリリーによる声明を発表した。この声明に反発した議員がいた。ウエストバージニア州選出の連邦上院議員Shelley Moore Capito(共和党)である。地元のテレビ局WBOYは2025年5月23日、Capito議員のスタッフのひとりが、EPAによるが2023年12月にIRAを通じて、CJAに5000万ドルの補助金を提供したことを発見したと伝えた。そのうえで、同議員がCJAに対して、「親ハマス、反イスラエル、反ユダヤ主義の活動に従事している」と述べていると報じた。
前述のように、IRAがCJAに5000万ドルの補助金を提供する決定を行ったことは事実である。しかし、WBOYが報道した事件で、この補助金は支出されていない。この点、報道機関側の「誤報」といえよう。だが、問題は、そこに止まらない。CJAは、「親ハマス、反イスラエル、反ユダヤ主義の活動に従事」してきたわけではない。2023年10月20日の声明において、CJAは常に帝国主義、植民地化、抑圧に反対してきた。これには、あらゆる形態の暴力、戦争、ジェノサイドに反対することが含まれる」と指摘。そのうえで、バイデン大統領と連邦議会に対して、世論が求めているガザ地区における即時停戦を要請している。ハマスへの支持や反イスラエル、反ユダヤ主義の主張などは見当たらない。とはいえ、CJAへの補助金差し止めの背景には、こうした「親イスラエル」議員やその発言を引用したメディアの姿勢があったことは間違いない。しかし、当時のバイデン政権の「親イスラエル」的な政策も影響しているという指摘もある。
EPAは、2023年12月にCJAへの補助金を決定したものの、速やかな支出を行ってこなかった。CJAの支出を求める声明などが出されていたにもかかわらず、である。この支出の遅れについて、最初に報じたのは政治専門紙、Politicoの一部門、E&E Newsによる2023年11月21日発信の” EPA may withhold grant due to climate group’s pro-Palestinian views”という記事だ。その後、他のメディアも追随。リベラルなNPOのメディアThe Interceptは11月29日発信の” Biden Makes His Own Attack on Nonprofit Over Palestine”というタイトルの記事の中で、CJAが「11の助成対象者の中で、パレスチナに関連する問題に公に関わった唯一の団体であり、資金を受け取っていない唯一の団体」だとして。バイデン政権の中東政策が影響しているとの見方を伝えた。
こうした経緯を経て、CJAへの補助金問題は、トランプ政権へと引き継がれ、支出決定から1年以上たった今年2月、支出の取り消しに至った。アメリカの政府によるNPOへの補助金や事業委託は、個々のNPOの理念などとは切り離し、事業の実施能力の有無に基づいて判断しているといわれてきた。しかし、The Intercept指摘しているように、現在のアメリカには、「パレスチナ人に対するいかなる形の支援に対しても、ますます敵対的になっている政治情勢」が存在していることも事実だ。CJAのKD Chavez事務局長は、The Interceptの記事の中で、次のように述べている
「もし我々に補助金が提供されなければ、進歩的な組織という曖昧な言葉により連邦政府の資金提供が影響を受け、市民社会への脅威の先例となる可能性がある」
Chavez事務局長の「もし」という言葉は、トランプ政権により、現実化された。では、「市民社会への脅威の先例」になるのか。CJAだけの問題ではない。Chavez事務局長の言葉は、アメリカのNPO、そして社会全体への問いかけでることを肝に銘じる必要がある。
なお、上記のCJAのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://climatejusticealliance.org/cja-calls-on-biden-to-support-ceasefire/
人権問題
LGBTQ+からTQ+を削除、大統領行政命令に基づく措置にトランスジェンダーらが緊急集会で抗議
2025年2月17日
就任から1カ月を迎えようとしているトランプ大統領は、行政命令を矢継ぎ早に公布しているが、内外にから強い反発を呼び起こしている措置も少なくない。政府内で「ジェンダー」という語彙を否定し、「セックス」に統一し、人間には「男性」と「女性」しかいないという考えから、政府の人的構成や政策を進めていく方針は、そのひとつだ。この方針の下で、最大のターゲットにされているのが、トランスジェンダーである。2月14日、その具体化の一環として、Stonewall National Monument(以下、Stonewall)のウェブサイトのLGBTQ+という表記をLGBに変更した。このTQ+を削除したことに対して、翌15日の正午、トランスジェンダーを中心にした人々がStonewallのあるニューヨークで緊急集会を開催、1000人余りが参加し、トランプ政権に非難する声をあげた。
キリスト教保守派を強固な支持基盤とするトランプ政権は、伝統的な家族観や性に関してLGBTQ+への否定的な意識を重視している。この考えを反映した大統領行政命令のひとつに、Executive Order 14168: Defending Women From Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Governmentがある。この大統領令は、職場の女性用シャワールームに「女性を自認する男性」の入室を認めるイデオロギーが広がっていることを「誤り」と指摘している。そして、男女の認定は、出生時の身体的な特徴から判断すると主張。さらに、「ジェンダー」という言葉を政府内で用いることも禁止している。アメリカ政府が発行するパスポートやビザなどについても、従来認められてきた“nonbinary”や “other” などの性別表記もチェック項目から除外されることになった。
こうした反LGBTQ+の動きの中で、トランプ政権が最大のターゲットにしているのがトランスジェンダーだ。上記の行政命令との関連でいえば、「女性を自認する男性」がその最たるもので、この動きの延長線に出てきたと見られる行為のひとつに、StonewallのウェブサイトでLGBTQ+という表記が2月14日、LGBに変更されたことがある。ただし、LGBTQ+をLGBに変更したのは、Stonewallだけではない。前述のExecutive Order 14168に沿うためとして、State DepartmentやCenters for Disease Control、 Department of Veterans Affairsなどの政府機関が同様の変更を行っている。しかし、LGBTQ+のNational Monument という意味も含め、StonewallのウェブサイトにおけるTQ+の削除は、特別な意味を持っていることに留意する必要がある。
なお、上記のように、Stonewallの正式名称はStonewall National Monumentだ。National Monumentは、アメリカにとって極めて重要とされる歴史的な施設や自然環境の保全が必要な地域などを保護、後世への継承するために、大統領や連邦議会が指定する。Stonewallは、2016年、当時のバラク・オバマ大統領によって指定された。National Monument の管理者は、複数存在するが、Stonewallは、連邦政府のDepartment of the Interior, National Park Service(以下、NPS)が管理している。NPSは、国立公園局と訳されることが多い。しかし、Stonewallのような国立公園以外の管理も行っている。
Stonewall のウェブサイトからLGBTQ+のTQ+を削除したことに対して、NPSはNew York Times紙に送付したプレスリリースの中で、トランプ大統領の行政命令に沿った措置だった、と伝えられている。LGBへの変更に対して、TQ+、すなわちトランスジェンダーとクィアの人々は、自らの存在が葬り去られたように感じていることは間違いない。だが、削除に対する彼らの反発や怒りは、Stonewallに対するトランスジェンダーの歴史的役割や意義が無視されたという認識に基づく反発という要素も大きい。この点を理解するには、1960年代まで時代をさかのぼる必要がある。
LGBTQ+の権利擁護の聖地的な意味でのStonewallは、Stonewall Innとその周辺で発生したLGBTQ+と警察の衝突、Stonewall Rebellionを起源とする。なお、Rebellion(反乱)ではなく、Riots(暴動)を用いることが多いが、その性格から、ここではRebellionを使用する。Stonewall Rebellionが発生したのは、1969年6月28日の未明。当時、同性愛行為が違法とされる中で、LGBTQ+が集まる場として存在したのが、いわゆるGay Barである。Stonewall Innは、このGay Barのひとつで、New York Police Departmentの手入れを受けた。手入れにおける警察の行為に反発した顧客の抗議が投石などの事態に発展、数日間、Stonewall Innとその周辺で衝突が続いた。
Stonewall Rebellion以前にも、LGBTQ+の組織は存在した。歴史的には、記録上最も古い組織は、ドイツ系移民のHenry Gerber によって設立された、Society for Human Rights (SHR)である。しかし、設立の翌年の1925年には、警察によって解散させられた。いまから、ちょうど100年前のことだ。レスビアンの団体が作られたのは、それから30年後の1955年9月21日。サンフランシスコで発足したDaughters of Bilitisが最初である。このように、LGBTQ+の活動は、組織としても1世紀の歴史を持つ。しかし、Stonewallのウェブサイトのトップページに、 Rebellion以前には、LGBTQ+団体の数は「50から60にすぎなかった。しかし、1年後には1500となった」と記載されている。
しかし、RebellionがLGBTQ+による活動に与えた影響は、組織数の増加だけではない。活動の政治化や自らの存在をオープンにして闘う姿勢を明確にしていくスタンスが広がっていったのである。前者については、Gay Liberation FrontやHuman Rights Campaign、GLAAD (当初はGay and Lesbian Alliance Against Defamation)、PFLAG (同Parents, Families and Friends of Lesbians and Gays)などの設立がそれだ。後者については、Stonewall Rebellionの1周年記念日にあたる1979年6月28日、マンハッタンのStonewall InnからCentral Parkまで、LGBTQ+を中心に数千人の人々が行進したのである。“Christopher Street Liberation Day”と名付けられたこの行進は、全米最初の「ゲイパレード」として歴史に刻まれた。
このように、Stonewall Rebellionは、LGBTQ+の権利擁護運動に大きな影響を残した。それゆえ、オバマ大統領によるLGBTQ+関連では最初のNational Monumentに指定されたのである。このRebellionの中心にトランスジェンダーがいた。女性として生まれた非白人のトランスジェンダー、Marsha P. JohnsontoとSylvia Riveraのふたりは、その代表的な存在である。MarshaやSylviaがいなければ、Rebellionはなかったかもしれない。であれば、今日のLGBTQ+への権利も存在していない可能性がある。2月15日の抗議デモに参加した人々の多くは、こうした思いを抱いていたのだろう。参加者のひとりのプラカードには、“Stonewall would not be Stonewall without the T”と書かれていた。”T”とはTransgenderのことだ。TQ+を削除したことへの抗議の背景には、こうした歴史を消し去ることを許さないという強固な意識が存在している。
LGBTQ+からTQ+を削除する動きには、LGBTQ+内を分断しようとする意図も感じられる。では、LGBTQ+は、団結を保てるのか。2月15日の抗議デモに参加したGilbert Baker Foundation のCathy Marino Thomas理事は、同財団の創設者で、LGBTQ+の誇りを意味するレインボーフラッグ(虹の旗)を提唱したGilbert Bakerが語った次の言葉を紹介した。
「虹は調和の象徴であり、虹の旗から色を消すと、虹の完全性が損なわれる。人間の家族もそうだ。もし私たちが、何らかの理由で、ひとつのグループ、性別、人種、あるいは誰かを排除するなら、私たちは人間の家族の完全性を破壊することになる」
トランプ政権がLGBTQ+からTQ+を消し去ろうとしても、Gilbertの言葉をCathyが伝えたように、LGBTQ+の歴史と誇りは、当事者らによって今後も引き継がれていくだろう。
なお、上記のGilbert Bakerの言葉を掲示したGilbert Baker FoundationのFacebookは、以下から見ることができる。
https://www.facebook.com/gilbertbakerestate/photos/the-rainbow-is-a-symbol-of-harmony-and-if-we-eliminate-any-color-from-the-rainbo/1079874540848160/?_rdr
福祉貧困
トランプ減税で格差拡大、年金や医療などのセイフティネットへの影響も懸念
2025年2月12日
トランプ大統領は、就任から3週間、矢継ぎ早の大統領令の発出やSNSへの投稿などで、内外に大きな衝撃を与えている。” Make America Great Again” (MAGA:アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)に向けた政策と説明されることが多いが、その背景にトランプ減税がある。国民の所得増加につながると見られがちな減税だが、トランプの政策は、ごく一部の富裕層に大きなメリットをもたらす一方、格差を拡大させるだけとの批判も噴出。さらに、減税による歳入減を補うため、対外援助や国内の補助金の廃止や縮小に止まらず、年金や医療などのセーフティネットへの影響も懸念されている。大統領選挙では年金や医療を守ると発言してきたものの、巨額の財政赤字の中で減税とセーフティネットの両立は困難だ。一方、来年11月の中間選挙を控え、政治基盤が弱い共和党議員からはセーフティネットの維持を求める声もあり、今後の動向が注目される。
MAGAはトランプの代名詞のように思われている人も少なくないが、元々は、1980年の大統領選挙で、共和党のドナルド・レーガンが用いたスローガンである。レーガンがジミー・カーターに勝利した大統領選挙に先立つ1970年代前半は、71年のドルの金兌換停止の「ドルショック」という経済面に加え、73年の米軍のベトナム撤退と75年の「サイゴン陥落」による軍事面においても、アメリカの国際的な地位低下が顕著に示された時代だった。ニクソン・フォードと続いた共和党政権に代わった民主党のカーターは、1979年のイラン革命にともなう「アメリカ大使館人質事件」で人質救出に失敗。国内ではカーターが就任した1977年に6.5%、1978年に7.5%、1979年に11.3%、1980年には13.5%と、インフレ率は上昇し続け、大統領選挙でレーガンへの大敗北につながった。
こうした1970年代の状況を変えるという意味で、レーガンがMAGAをスローガン化したことはうなずける。しかし、トランプが大統領選挙に臨んだ2016年には、実質個人消費支出、実質可処分所得、貯蓄率のいずれも高い伸びを示しており、スローガンがフィットする状況ではなかった。
いわゆるトランプ減税は、2024年の大統領選挙で突如出てきた考えではない。第一次トランプ政権で成立、2018年1月1日から施行されたTax Cuts and Jobs Act (TCJA)のことだ。Internal Revenue Code of 1986を改訂したもので、法人税率と所得税率の引き下げや贈与税の免除枠が倍増などを骨子としている。具体的には、法人税率を35%から21%へと大幅に減少。個人の場合は、全体として税率が切り下げられたが、夫婦で年末調整を行う場合、従来最も所得が多い枠に分類されていた48万ドル余りの世帯では39.6%だった税率が、対象の枠が60万ドル以上になったものの、税率は37%に低下するなど、富裕層へのメリットが大きいと税問題に取り組むNPO、Urban-Brookings Tax Policy Center(通称、Tax Policy Center)は指摘している。
この点は、贈与税についても該当する。TCJAの施行前には、単身者で550万ドル、夫婦で1110万ドルまでを非課税で相続することができた。この額が2019年には、それぞれ1140万ドルと2280万ドルへの上昇。2024年現在の非課税額の上限は単身者で1361万ドル、夫婦では2722万ドルに増加した。日本円に換算すると、夫婦の場合、40億円もの遺贈を非課税で受けることができることを意味する。その結果、多くの富裕層は、課税を逃れ、夫や妻、あるいは子どもに多額の資産を残すことができ、貧困層・中間層と富裕層の富の格差が拡大するだけでなく、維持されていく。格差社会の固定化である。しかし、TCJAは2025年12月31日に失効する。贈与税の非課税の上限は、インフレ調整後のTCJA以前の水準である1人あたり約500万ドルに戻ることになる。
トランプは、このTCJAを延長しようとしている。しかし、延長すれば、すでに膨大な額に上っている財政赤字がさらに膨らむことは必至だ。この赤字を埋め合わすための財源をどこかで確保しなければならない。もちろん、法人税や所得税の減額、贈与税の上限引き上げなどを盛り込んだTCJAの延長による減税策により、消費が促され、経済成長が進み、税収も増えるという議論もある。しかし、Tax Policy Centerが2月6日に発表した” Extending TCJA Provisions Would Modestly Boost The Economy, But Not Enough To Offset The Cost”と題するレポートによると、TCJAの延長は2026年にはGDPの成長に0.5%あまり貢献するものの、28年以降は04%未満に落ち込むと予想。一方、政府の財政赤字は、2027年度以降、4000憶ドルを超えると推計している。
こうした膨大な財政赤字を食い止めるには、関税の引き上げに加え、対外援助の廃止や縮小だけでは、不可能だ。そもそもトランプの政策には、「不法移民」の大規模な送還のように、膨大なコストを必要とするものが少なくない。したがって、さらなる財政の削減策が求められる。そこで議論になっているのが、年金に相当するSocial Securityへの課税強化や医療補助のMedicaidの制度の一部廃止である。
2022年末現在、アメリカの国債は現在31兆4000億ドル余りで、その一部の政府間債務(intergovernmental debt)は6兆1800億ドル。政府間債務で最も大きいのは、Social Security関係で2兆7000憶ドルにのぼる。Social SecurityにはCOLAと略称されるインフレスライド制が導入されており、近年のように物価上昇率が高いと、政府の支出も自動的に増加する。Old-Age, Survivors, and Disability Insurance (OASDI) Trust FundというSocial Securityなどを管理する基金は、歳出が歳入を上回っている。このため、Social Securityへの課税強化やCOLAの改廃、支払額の減少などが不可避と見られる。
なお、Social Securityへの課税はすでに行われているが、受け取る金額などにより、非課税の人も少なくない。このため、連邦議会には、課税強化を求める法案も提出されているが、トランプは昨年7月、"Seniors should not pay taxes on Social Security"とSNSに投稿した経緯もあるうえ、投票率が高い高齢者に不人気な政策であるため、近い将来に課税強化が行われることはないとの見方が強い。
では、Medicaidはどうか。アメリカのメディアの多くは、Medicaidを医療保険と呼んでいるが、政府の医療保険のMedicareと違い、低所得者や障がい者が利用した医療費に対して補助を行う制度である。オバマ政権下の2010年、Affordable Care Act (ACA)が制定され、国民皆保険化が進んだ。その一環として、補助対象者が連邦政府の貧困ラインより138%高い人も含まれることになった。2024年時点で、その年間所得の上限は、単身者が2万783ドルである。いわゆるMedicaid Expansionだ。ACAの制定後、このMedicaidの拡大版に関する裁判が起こされ、2012年に連邦最高裁は、州が導入の可否を判断すべきとの判断を示した。2024年初頭の時点で、全米41州と首都ワシントンでMedicaid Expansionが導入されており、加入者は2130万人。これは2020年の1510万人に比べ、大幅な増加だ。
連邦政府と州政府の共同事業をいわれるMedicaidは、費用に関して折半してきた。しかし、Medicaid Expansionについては、連邦政府が90%を支払うことになっている。これに要する連邦政府の支出は3兆6000億ドルに上る。トランプ政権が、この支出を削減ないしは廃止し、減税による歳出減の補いの一部に充当しようとしても不思議ではない。とはいえ、大統領令などと異なり、上下両院とも与野党の勢力差が数名という、連邦議会において、承認をえることは容易ではない。Medicaid Expansionの廃止が落選につながることを恐れる共和党の議員もいるからだ。このため、共和党は、州議会で廃止させるなどの動きを進めている。
以上のように、トランプ政権の動きは、「予想不可能」なトランプの言動だけに注目するのではなく、アメリカの財政状況や州政府や議会、民間の動きも含め、多角的に検討していく必要性がある。なお、上記のトランプ現在の課題を指摘したTax Policy Centerが2月6日に発表した” Extending TCJA Provisions Would Modestly Boost The Economy, But Not Enough To Offset The Cost”と題するレポートは、以下から見ることができる。
https://taxpolicycenter.org/taxvox/extending-tcja-provisions-would-modestly-boost-economy-not-enough-offset-cost
NPO経営
全米50州の州都や主要都市でデモや集会、トランプ政権の政権に対峙する「非集権型運動」の可能性
2025年2月8日
先月発足した第2次トランプ政権は、マイノリティや移民、ジェンダーなどに関する従来の政策を大きく変更する措置を相次いで発表したが、大規模な集会やデモなどによる反発の動きはあまり見られなかった。しかし、月が替わった2月3日には、反移民政策に抗議する” A Day Without Immigrants”が全米各地で実施。さらに5日には、全米の州都や主要として、50501 Movementと呼ばれる集会やデモが行われ、移民規制の強化やDEIの廃止をはじめトランプ政権の幅広い政策が非難された。SNSを通じて各地域で「非集権型運動」として進められた50501は当初、1日限定の行動のように見られていた。その後、組織的な体制整備を進めていく姿勢も示しており、トランプ政権の超保守的な政策に対抗する動きに広がっていくのか、注目されている。
日本の官報に相当するアメリカのFederal Registerによると、トランプ大統領が就任後にだしたExecutive Orders (大統領行政命令、以下EO)は2月1日までに49にのぼっている。歴代の大統領によるEOには番号が付けられており、マイノリティや移民、ジェンダーなどを中心にした政策には、以下のようなものがある。
・EO 14151: Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencing
・EO 14159: Protecting the American People Against Invasion
・EO 14160: Protecting the Meaning and Value of American Citizenship
・EO 14163: Realigning the United States Refugee Admissions Program
・EO 14164: Restoring the Death Penalty and Protecting Public Safety
・EO 14165: Securing Our Borders
・EO 14168: Defending Women From Gender Ideology Extremism and Restoring Biological Truth to the Federal Government
・EO 14170: Reforming the Federal Hiring Process and Restoring Merit to Government Service
・EO 14173: Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity
・EO 14182: Enforcing the Hyde Amendment
・EO 14183: Prioritizing Military Excellence and Readiness
・EO 14185: Restoring America's Fighting Force
・EO 14188:: Additional Measures To Combat Anti-Semitism
・EO 14190: Ending Radical Indoctrination in K-12 Schooling
・EO 14194: Imposing Duties To Address the Situation at Our Southern Border
それぞれのEOの内容を正確に示すには、かなりの説明が必要になるため、ここではEOのタイトルを示すだけに止める。とはいえ、49のEOのうち13がマイノリティや移民難民、LGBTQなどの人権に関する政策に該当すると考えられる。このことからだけでも、トランプ政権が、この領域の課題をいかに重視、攻撃を加えているのかが、うかがえる。なお、環境保護につながるパリ協定からの離脱はEO 14162: Putting America First in International Environmental Agreements、世界保健機関からの離脱はEO 14155: Withdrawing the United States From the World Health Organizationに基づく措置である。
EOは、法律の一種だ。しかし、憲法や議会が制定した法律は、EOより上位に位置づけられる。また、EOは、原則として連邦政府が対応できる領域に限定される。例えば、EO 14151: Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencingは、Governmentという語彙が示唆するように、連邦職員の人事に関するDEI (Diversity, Equity, and Inclusion)政策を中心にした措置だ。ただし、民間企業やNPOであっても、政府の事業契約や補助金を受給する場合には、対象となる。また、このEOの本文には、DEIに加えてDEIAやEnvironmental Justiceという語彙も見られる。DEIAのAはAccessibilityの略で、障がい者のアクセス保障のことだ。Environmental Justiceは、環境正義と訳されることが多いが、環境問題と人種や貧困などを関連させて、問題を取り上げることを指す。
トランプが署名したEOの多くは、法廷の場で争われる事態を招いており、執行が差し止められているものも、少なくない。日本の国籍に当たる市民権の保障について、憲法に基づく出生地主義を一部改訂しようとする、EO 14159: Protecting the American People Against Invasionは、裁判所が一時的に差し止めを命令。こうした裁判闘争は、トランプの「ファシズム」的な政策への抵抗力として、一定の役割を果たしている。
一方、2017年の第1期の就任式では、女性差別などへの批判を中心にしたWomen’s Marchの参加者が首都ワシントンを埋め尽くした。その後、Women’s Marchは独自の組織になり、女性の権利擁護のイベントを毎年開催し続けてきた。しかし、今年は、People’s Marchに改称して、テーマを広げたものの、首都ワシントンの参加者は推定5万人と、2017年の同47万人から大きく減少。大量動員によって政府に圧力をかけ、政策の変更を迫る運動は、限界を迎えたかに見えた。
しかし、2月に入ると、状況が変わってきた。2月3日に移民が多いカリフォルニアやテキサス、オレゴン、コロラドなどの州で行われたA Day Without Immigrantsは、その端緒といえる。「不法移民」を含めた移民がいなければ、アメリカの社会は成り立たない。このことを示そうとした活動である。第1次トランプ政権がメキシコとの国境に壁と建設すると発表したことから、2017年2月に行われた。コロナ禍、そしてバイデン政権の成立もあり、その後は中断されていた。しかし、第2次トランプ政権が誕生し、「史上最大の強制送還」が打ち出され、これに関連するEOも発出されたことから、8年ぶりの実施となった。「不法移民」らが仕事を休み、集会やデモに参加することで、社会的経済的な存在意義を示そうとする活動だ。実際、どのくらいの「不法移民」らが職場を放棄したのかは不明だが、一部のビジネスや自主的あるいはやむをえず休業に到ったと報じられた。
Women’s MarchやA Day Without Immigrantsは、トランプ政権の政策への懸念や問題性を批判した。しかし、Women’s Marchは女性、A Day Without Immigrantsは移民という特定の人々を主対象にした活動だ。いわば、シングルイシューを取り上げた運動だ。一方、第2期に就任したトランプのEOは、多岐にわたっており、影響を受ける人々も幅広い。したがって、多様な問題や人々、すなわちそれぞれのシングルイシューに取り組む活動がつながり、連携して運動を進める必要があるのではないか。こうした考えを背景にして生まれたのが、50501 Movement(以下、50501)といってよいだろう。
なお、50501は、上記のEOで示された人権問題だけでなく、政府職員の解雇や政府機関の閉鎖などを含め、トランプ政権の姿勢を「ファシスト」と非難している。このため、ネット上には、反ファッショ主義者や団体の総称、Antifaであるかのような指摘も見られる。しかし、Antifaの定義にもよるが、後述するように、2月5日後の動きを見ると、民主党の左派系の団体と連携して、組織体制の整備を進めていく考えも示している。したがって、現在の体制を根本から覆えす「過激な集団」という認識は正確ではない。
Women’s Marchは、ひとりの女性によるFacebookへの投稿から始まった。同様に、50501も、SNSにアップされた呼びかけに端を発している。しかし、Women’s Marchは、首都ワシントンにおける大規模な集会とデモの実施や全米各地の活動の調整に向けて、リプロダクティブ・ライツに関する医療サービス活動を世界規模で行っているPlanned Parenthood Federation of America (PPFA)のような、核となる団体が存在した。一方、50501は、SNSによる呼びかけや関心を持つ人々が地域レベルで連携しながら実施された。なお、2017年と25年のA Day Without Immigrantsは、SNSを通じて進められたという意味では、50501と同様の運動形態といえる。
このような運動形態は、Decentralized Self Organizing Community Action(以下、非集権型運動)などと呼ばれている。従来の”Centralize”つまり中央集権的な組織形態で指導部の指示に基づく活動と異なり、”Decentralized”(非集権的)かつ”Self Organizing” (参加者自らが組織化を担う)、”Community Action”(地域レベルの活動)を意味する。50501についても、後述するように、最初に呼びかけた人も”#50501 is a Decentralized Self Organizing Community Action Event”と規定している。
非集権型運動は、近年になった始まったわけではない。しかし、この運動形態においてSNSが大きな役割を果たしていることは間違いなく、その意味ではインターネット時代の運動方式といえる。例えば、Women’s Marchは、Facebookへの投稿がきっかけっだ。50501は、RedditというSNSを通じて拡大していった。Redditは、インターネット上に記事を書き込んだり、閲覧したり、コメント(レス)を付けられるようにしたソーシャルメディアの一種。特定のテーマについて意見交換などを行う”Community”が設けられており、Redditによると2024年9月現在、活動中のものだけで、その数は10万を超える。
50501を最初に呼び掛けたのは、Reddit のユーザーのひとりEvolved_Fungiという人物だ。なお、この名前はユーザーネームで、本名ではない。また、50501は、50 protests, 50 states, one dayの略で、全米50州で50の抗議活動を1日(同じ日)に行おうという呼びかけにつながる。Evolved_Fungiは、当初、実施日を5月5日に設定することを考えていたという。日本語のゾロ目のように、同じ数字が続きゴロがよいからだろう。しかし、時間的に先過ぎ、もっと早く実施すべきという意見がでて、2月5日に決まったという。この話が示唆するように、Evolved_Fungiは、活動の発起人であっても、リーダーではないと自ら述べている。
Evolved_Fungiが50501の実施を呼びかけたRedditへの投稿は既に削除されている。ただし、ファクトチェック団体Snopesの2月4日の”What we know about nationwide anti-Trump protests on Feb. 5”という記事では、FacebookとRedditの過去の記録から、1月25日と判断している。したがって、実施まで、わずか12日しかなかったことになる。とはいえ、投稿への反応は極めて大きく、Evolved_Fungi自身の2月1日のRedditへの投稿によれば、1時間当たり300~500人が50501のコミュニティに参加。同日時点における全米各州の参加者は、平均200人を超えたと述べていた。そして、50501が行われた2月5日にhoneydoulemonと名乗るRedditのユーザーの投稿によると、50501は全米40州の67カ所で実施され、参加者は7万2000人に上ったという。
2917年のWomen’s Marchや今回の50501の実績は、インターネットのSNSを駆使した非集権型運動の意義と可能性を示しているといえよう。では、50501は、今後も非集権型運動として進めていくのだろうか。この点についてhoneydoulemonは、前述のRedditへの投稿の中で、「Progressive Democrats for Americaなどの組織によって推進されてきた」としたうえで、「活動家団体のPolitical Revolutionと提携している」ことを明らかにした。これまでも、完全な非集権型運動だったわけではないのだ。
Progressive Democrats for Americaは2004年、Political Revolutionは2016年から活動を始めた組織ということからも明らかなように、異なる団体だ。しかし、いずれも2016年の大統領選挙でBernie Sandersを支援してきた、民主党の左派組織である。運動の継続には組織体制の整備が不可欠といわれる。誕生間もないとはいえ、非集権型運動を標榜し、短期間に多くの人々を動員した活動が、組織に飲み込まれるのか。あるいは既存の集権型の組織とともに発展していくのか。反トランプの動きの広がりを考えるうえで、重要なポイントといえよう。この点にも留意しながら、50501の動きを追っていきたい。
なお、50501は独自のウェブサイトを構築しているわけではなく、BuildTheResistance.orgという民主主義の擁護と反トランプを掲げる運動体のサイトの中に紹介サイトを設置している。このサイトは、以下から見ることができる。
https://www.buildtheresistance.org/50501
人権問題
バイデン氏が退任直前にERAを憲法修正28条として宣言、実効性に疑問の声も
2025年2月3日
ジョー・バイデン氏は、大統領退任直前の1月17日、男女同権を合衆国憲法に修正第28条として加える、Equal Rights Amendment (ERA)の成立を宣言するメッセージを発表した。1世紀以上にわたり、憲法に男女同権を明記することを求め、退任前の確認を求めてきた女性団体などは、バイデン氏に謝辞を送るとともに、ERA成立の意義を強調している。しかし、この改憲案は、州による批准に時間がかかり、連邦議会の承認から50年以上が経過している。こうした経緯もあり、憲法に追加することに対して、法律上の観点から疑問視する声もあり、ERAが実行性を持つかどうかは、当面、不明瞭な状況が続くと見られる。
ERAの議論の背景には、1787年に起草され、翌88年に発効した合衆国憲法に、男女同権を示す条項が存在していないことがある。憲法ができる2年前にだされた独立宣言は、”all men are created equal”と述べているものの、平等の対象は”all men”、すなわち白人男性だけに限定されていた。換言すれば、日本国憲法第14条にある「すべて国民は、法の下に平等であって、…性別…において、差別されない」というような条項は、存在しない。この状態は、性別による差別の容認につながるとして、男女平等を憲法上明文化することを求める運動が広がっていったのである。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、男女同権に向けた改憲運動とともに、婦人参政権の要求が拡大、1920年の憲法改正19条の成立となって結実した。翌1921年9月、National Woman's Party (NWP)は、男女同権を求める憲法改正案を連邦議会に提出する考えを表明、同年10月のCharles Curtis上院議員(共和党・カンザス州)による法案提出として結実した。これに先立ち、NWPなどの男女同権を求める団体は、ウィスコンシン州で州憲法改正を求める運動を進め、1921年6月、州議会は、全米最初のERAといわれるEqual Suffrage Billを可決、翌月には知事が署名し、改憲が実現した。
連邦議会の会期は2年に設定されている。1921年にCurtis上院議員が提出して以降、新たな会期になる度に、ERAは議会にだされてきた。法案の文言も何度か書き換えられていったが、現在の改憲案の第1条(Section 1)の” Equality of rights under the law shall not be denied or abridged by the United States or by any state on account of sex”という文言は、1943年のものだ。参政権を黒人に保証した憲法修正第15条と女性に認めた19条の文言と整合性をもつように、NWPの創設者のひとりAlice Paulが修正したもので、今日では"Alice Paul Amendment"と呼ばれている。
このようにERAを求める動きは20世紀初頭から続いていたものの、1920年半ば以降は、大きな流れにはならなかった。その背景には、女性運動の中で、男女同権を求めることで、深夜労働の禁止など、労働現場における女性の既得権が侵害されることを懸念した人々がWomen's Joint Congressional Committeeを結成するなど、運動が分裂していったことが指摘されている。しかし、1960年代の民主党政権の差別禁止政策の推進や女性解放運動の広がりにより、ERAを求める動きは再度活性化した。そして、1971年10月に連邦下院、72年3月に上院で、それぞれ3分の2以上の賛成で、ERAが可決された。
合衆国憲法第5条は、改憲について2つの方法を提示している。ひとつは、上下両院で3分の2以上の賛成で成立させたうえ、全米の4分の3以上の州が批准することである。もうひとつは、改憲のための会議の開催だ。この憲法会議は、3分の2以上の州議会が連邦議会に要請することで開催され、4分の3以上の州の賛成で改憲が実現する。ただし、憲法会議の開催による改憲は、これまで1度しか例がない。ERAの改憲は、連邦議会の法案採決、そして州の批准投票の順で進んだ。改憲案が州議会に贈られた1972年だけで22の州が批准、その数は翌年末までに30州に到達した。
しかし、その後、批准する州が頭打ちとなり、期限とされた1979年3月になっても成立に必要な38州に届かなかい恐れが出てきた。このため、連邦議会は、1982年まで期限を延長したものの、77年に批准したインディアナ州を含め、35州に止まった。その後、2017年にネバダ、18年にイリノイ、20年にバージニアの3州が批准。これにより憲法が規定する全州の3分の2を超える38州がERAを批准したことになった。ただし、これまで6つの州が、批准を取り消している。
バージニア州がERAを批准したのは、2020年1月27日のことだ。それから5年もたったいま、なぜ退任直前の大統領が、その成立を宣言したのか。また、その宣言は、有効なのか。こうした疑問がでてきても不思議はない。バージニア州の批准の後、議会や裁判所で様々な動きがあった。そうした中で、バイデン氏の宣言に直接つながったのは、2024年8月にシカゴで行われたAmerican Bar Association (ABA)の年次大会で、House of Delegatesと呼ばれる政策を検討する委員会が連邦政府などに対して、ERAの施行を支持するよう求める決議案を採択したことだ。
ABAの委員会のひとつ、Commission on Women in the Professionは2024年10月、”ABA Sponsors Resolution Supporting ERA Implementation”と題する一文をウェブサイトに”News”として発表。採択された決議文に沿った形で、議論となっていた批准の期限については、憲法第5条の規定に合致していないと指摘している。また、批准の取り消しについても、第5条が取り消しを認めていないと主張。この”News”には明示されていないものの、添付された”Report”には、ABAが長年ERAを支持してきたとしたうえで、上記の2点からERAが憲法修正第28条として施行することができるとの認識を示している。
1月17日のバイデン氏の宣言は、このABAの考えに基づいている。すなわち、ERAの施行について、ABAがすべての基準を満たしており、憲法修正第28条として合衆国憲法に加えるべきだと指摘しているとしたうえで、自らもABAの主張に同意することを表明。そのうえで、「修正第28条は、性別に関係なく、すべてのアメリカ人に法の下での平等な権利と保護を保証する国の法律」である、と述べている。自らの考えを盛り込んでいるものの、ABAという法律に関わる専門家の権威に依拠して、ERAの成立の妥当性を示したといえよう。
このバイデン氏の宣言によって、ERAは合衆国憲法に加えられ、国の最高法規としての効力を持つことになったと思われるかもしれない。しかし、手続き的に見ると、もうひとつのハードルがある。National Archives and Records Administration (NARA)による認定がそれだ。この政府機関のトップであるArchivist of the United Statesは、憲法改正における州の批准手続きなどが適正に行われたかどうか、確認する責任を負っている。この役職についているColleen Joy Shogan氏は、2023年にバイデン氏により指名された。
しかし、ERAについては、2024年12月に発表した声明文の中で、「確立された法律、司法、手続き上の決定により、憲法の一部として認定することはできない」と述べている。そして、バイデン氏の宣言と同じ1月17日、ニュース専門チャンネルのCNNの取材に対して、NARAの広報官は、「根本的な法的および手続き上の問題は変わっていない」として、ERAの批准の手続きが適正に進められたとは認められないという認識を示した。仮に、この認識が変わらなければ、ERAは施行されない。CNN記事の見出しが”Biden says Equal Rights Amendment is ratified, kicking off expected legal battle … “として、訴訟に持ち込まれる可能性を示したのは、そのためといえよう。
この点は、ERAを求めてきた女性団体などでも想定されていることだ。例えば、リベラルな観点から公共政策の立案に関わるNPO、Center for American Progress (CAP)は、1月17日付の”The ERA Solidifies Women’s Rights in the Constitution as the 28th Amendment”と題する記事の中で、ERAが憲法としてすでに機能しているとしながらも、訴訟の対象になる可能性を「ほぼ間違いない」との認識を表明。しかし、バイデン氏の根拠にも用いられたABAの指摘に加え、改憲に関する議論は司法の場ではなく、議会で行われるのがこれまでの慣行だとして、保守派判事が多数を占める連邦最高裁の影響は少ないとの考えを示している。
長期にわたる可能性がある裁判闘争や政府や議会への働きかけを続けていくには、強力な運動団体の存在が不可欠になる。ERAを求めてきた女性団体などは2015年、ERA Coalitionという政治活動を主体とするNPO、501c4団体を設立。現在、女性団体や労働団体を中心に300余りの団体が加盟し、これらの団体の会員は合わせて8000万人に及ぶとしている。ERA Coalitionやその加盟団体などは、政府や議会への働きかけに加え、バイデン氏にERAの施行に向けた措置を取るように求める署名活動を行ったり、1月16日にNARAの建物に”PUBLISH THE ERA NOW”などと書かれた文字を映し出すライティングを行い、その場から女性たちがERAを求めるメッセージを発信するなどの活動を実施してきた。
女性団体などがERAの施行を既成事実と主張している背景には、女性を含めたジェンダー問題に否定的な政策を打ち出しているトランプ政権に対抗する意味も強い。例えば、男女同権が憲法上認められれば、人工妊娠中絶に関して女性の権利をより強く主張できる。また、トランスジェンダーを否定する政策についても、”any state on account of sex”による差別の禁止を規定している第1条が有効な反撃の法的な根拠として利用できると考えている。このように、ERAは、過去の女性が直面した問題だけでなく、現在のジェンダーバッシング的な状況の中でも意味がある改憲と捉えられているのである。
なお、ERA Coalitionの活動やERA関係の資料などは、以下のサイトから見ることができる。
https://eracoalition.org/
公共政策
NPOなどの政府拠出事業への執行一時停止措置、訴訟や批判を受けトランプ政権が2日で撤回
2025年2月1日
ホワイトハウスは1月29日、政府の補助金や融資などを拠出事業について精査するためとして、執行を一時停止するよう各省庁に指示したメモを、撤回すると発表した。メモの内容が不明瞭で、影響が極めて広範囲にわたる可能性などから、拠出金を活用して活動を進めてきたNPOやNGOから懸念や批判が噴出。NPOの中間支援組織などが差し止めを求め提訴、裁判所が拠出停止を一時的に差し止める判決を出した。また、NPOとは別に、20を超える州政府は、議会で承認された予算の執行を政府が停止させるのは違憲として、裁判に踏み切るなど、目まぐるしい動きが続いていた。メモは撤回されたものの、ホワイトハウスは、今後も事業の精査は進めるとしており、拠出金支出を巡る議論は、継続していくと見られる。
政府の資金拠出を一時停止するように指示したメモは、Office of Management and Budget (OMB)のMatthew J. Vaeth局長代理の名前で1月27日にだされたもので、”Memorandum for Heads of Executive Departments and Agencies”というタイトルだ。内容的には、2024年会計年度の政府支出10兆ドルのうち、3兆ドルが補助金や融資などの形で拠出事業に提供されているなど、拠出事業の実態を指摘している。そのうえで、政府機関の代表者は、アメリカの人々の意思と大統領の政策の優先順位にそって事業を行う責任があるとの認識を提示。さらに、「マルクス主義の公平性やトランスジェンダー主義、グリーン・ニューディールのソーシャル・エンジニアリング政策を推進するために連邦政府の資源を使用することは、税金の無駄遣い」であると、断じている。
Vaeth局長代理によるメモの内容は、1月28日午後5時から実施に移されるとしており、指示を受けた省庁はもとより、拠出金を受け取って事業を行っていたNPOなどにとっては、対応策を講じる暇もないことがわかる。なお、差し止めは「一時的」とされているだけで、具体的な期間は示されていない。ただし、メモは、各省庁に対して、2月10日までに管轄する拠出金事業の妥当性に関する報告をOMBに行うよう、求めている。また、トランプ大統領が対外援助に関して出した行政命令では、90日間の拠出停止が記載されている。
OMBのメモは、具体的にどのような事業が差し止められるのかについては、明示されていない。これは、各省庁に対して、それぞれの拠出金事業がトランプ大統領の行政命令に整合している確認することを求めている段階なので当然ともいえる。しかし、拠出金を用いて事業を進めているNPOなどにとっては、連邦政府からの資金が受給できなくなるかどうか不透明な状況に置かれている。また、差し止めの期間中、政府からの資金が受け取れなければ、事業に支障が出ることは避けられない。なお、メモは、注釈の中で、拠出が停止されない事業の大枠を記載している。その中に、個人に直接支払いが行われるものとして、医療保険のメディケアや社会保障の給付金などをあげている。
しかし、このメモに対して、1月28日に記者会見が行われた際、Karoline Levitt報道官は、医療補助のメディケイドが対象になるのか問われたものの、回答できなかった。このことは、メモの内容が政府内でも十分共有、理解されていないことを示唆している。また、オレゴン州選出のRon Wyden連邦上院議員は1月29日、「私のスタッフは、昨夜の連邦政府の資金凍結後、メディケイド・ポータルが全50州でダウンしているという報告を確認した」と報告。メモが定めた1月28日午後5時が過ぎた後、メディケイドの担当部局がホワイトハウスによるメモの撤回を理解していなかった可能性が示唆されるなど、政府の混乱ぶりがうかがわれた。
OMBのメモは、各省庁のトップに送付されたもので、事前はもとより、事後にも政府自らからその内容を開示したわけではない。メモの存在を最初に伝えたのは、Marisa Kabasという女性が運営する独立系メディア、The Handbasketである。インフォーマントからメモの提供を受け、東部時間の1月27日午後6時4分にSNSのひとつ、Blueskyに投稿した。しかし、アメリカでは、独立系のメディアの報道だけでは、信頼性に欠けるという認識が強い。The Handbasketの報道後、Washington Postなどがメモについて伝えたことで、Kabas氏は、インフォーマントからの情報を信頼していたとはいえ、安堵の気持ちが沸き上がってきたと述べている。
前述のように、メモは、マルクス主義の公平性やトランスジェンダー主義、グリーン・ニューディールのソーシャル・エンジニアリング政策を批判している。これらは、DEIやLGBTQ、気候変動対策を意味し、トランプ大統領の行政命令の中で批判の矢面にされている課題だ。一方、多くのNPOにとっては、組織運営や取組む課題として重要な位置を占めている。したがって、メモの内容への各省庁の解釈によっては、多数のNPOが拠出金の提供を差し止められる恐れもある。
このような認識に立って、全米3万以上のNPOを会員にもつ中間支援組織National Council of Nonprofits (NCN)は、公衆衛生の専門家2万5000人余りを擁する American Public Health Association、スモールビジネスのネットワーク組織Main Street Alliance、高齢のLGBTQの権利擁護団体SAGEとともに、首都ワシントンの連邦地裁にOMBのメモに盛られた政府拠出金の一時差し止めの中止を求め、訴えを起こした。原告代理人には、NPOの法律団体、Democracy Forwardがなった。提訴がなされたのは、OMBのメモの存在が明らかになった、翌日の1月28日であり、NPOサイドの危機意識の高さを対応力の強さと早さを感じさせる。提訴された同日午後、地裁のLoren AliKhan判事は、訴えを認め、2月3日まで省庁による政府拠出金事業の検討を中止することを命じた。
NPOサイドの動きは、この訴訟だけではない。NCNは、トランプのNPO関係の大統領令における問題点を整理、ウェブにアップするとともに、今後も含めた大統領令の影響についての調査を会員団体など対象に実施。この活動は、カリフォルニア州のCalifornia Association of Nonprofits (CalNonprofits)など、各地のNPOの中間支援組織を通じて、進められている。また、CalNonprofitsは1月30日、トランプ政権のNPOに関連する政策についてのウェビナーを開催するなどして、NPO関係者の問題への理解を深める努力を継続。また、高齢者に配食サービスを提供しているMeals on Wheelなど、各地のNPOは、メモによるネガティブな影響や政府拠出金が停止された場合に利用者が受ける影響などについて、メディアを通じて発信していった。
首都ワシントンの連邦地裁のAliKhan判事がNPOなどの訴えを認め、メモの効力を一時的に差し止める判決を出した直後の1月28日夕方、全米の民主党の州司法長官が一体となって、裁判を起こした。原告に名を連ねたのは、カリフォルニアやニューヨーク、ニュージャージー、イリノイ、アリゾナなど22州と首都ワシントンの司法長官。訴えは、ロードアイランド州の連邦地裁に持ち込まれた。トランプ大統領やOMBのVaeth局長代理らを相手取った裁判の訴状は44ページに及び、行政手続法と憲法上の権力分立に違反していると主張している。なお、この原稿を執筆している日本時間の2月2日現在、この裁判についての進展についての報道は見られない。
このように述べてくると、トランプ大統領のイデオロギーに基づくNPOへの財政的な締め付け策に対して、NPOが反撃、勝利したかのように見える。実際、NCNなどの裁判を担当したDemocracy ForwardのSkye Perryman会長兼CEOは、「連邦判事の判決を受けて、トランプ・バンス政権はOMBが命じた連邦資金凍結を放棄した」としたうえで、「全米のコミュニティを代表する勇気ある」原告が「政権の違法行為を止めるために裁判に訴えたことを誇りに思う」と述べた。しかし、トランプ政権は、メモを撤回したものの、拠出金の支出の妥当性についての検討を続ける意思を表明している。この大きな動きを押さえ続けていくことができるのかどうか、NPOの力量が問われているといえよう。
なお、上記のNCNが作成したNPO関係の大統領令における問題点を整理した資料” Executive Orders Affecting Charitable Nonprofits”は、以下から見ることができる。
https://www.councilofnonprofits.org/files/media/documents/2025/chart-executive-orders.pdf
日米関係
テネシー州のブリヂストン工場閉鎖で700人解雇、雇用確保などに懸念
2025年1月29日
世界最大のタイヤメーカー、ブリヂストンは1月23日、世界各地における工場の閉鎖や人員整理を発表した。この中には、アメリカ南部テネシー州の工場も含まれており、700人の労働者が解雇されるという。この知らせを受け、地元の地方政府や経済界は、新たな企業誘致を進めるとともに、解雇される従業員の雇用確保に尽力する考えを表明している。また、ブリヂストンは、労働者の協力をえながら地元の共同募金団体に多額の寄付を行ってきており、工場閉鎖は、地域のNPOにも影響が及ぶ可能性がある。
ブリヂストンが工場を構えているのは、テネシー州のLaVergneで、カントリーミュージックなどのアメリカ音楽の聖地といわれる、Nashvilleまで北西30キロほどの内陸に位置している。この地方都市は、Rutherford Countyの中に設立された市のひとつだ。連邦人口統計局の2023年のデータによると、同市の人口は3万9597人。人種別に見ると、白人がほぼ半数で、残りは黒人とヒスパニック系が20%強ずついるものの、アジア系は3%程度にすぎない。年齢別では、65歳以上が7.2%に止まっており、生産年齢人口が極めて多い地域といえよう。世帯当たりの中位所得は8万418ドル、貧困ライン以下の人口は11.4%と、それぞれ全米の8万610ドル、11.1%と比較すると、ほぼ同じレベルだ。なお、Rutherford County全体では、人口の4分の3を白人が占めているが、所得水準などは、LaVergneとほとんど変わらない。
Rutherford Countyには、LaVergne の他、MurfreesboroとEaglevilleの3つの市に加え、Smyrna町が設立されている。Smyrnaでは、日産の自動車工場が2005年に操業を開始した。2024年3月27日付の” Nissan Smyrna plant achieves 15 millionth vehicle production milestone”と題するプレスリリースによると、2005年から24年の累計で1500万台の自動車を生産したという。また、2024年までの投資は、総額71億ドルにのぼる。年間の生産能力は64万台で、リーフ、パスファインダー、インフィニティなどの車種を中心に製造している。従業員は、5700人に及ぶ。
なお、アメリカの日産は1992年、NPOなどへの寄付の推進母体としてNissan Foundationを設立。過去32年間で、総額1700万ドルを150余りのNPOなどに助成金として提供してきた実績を持つ。Smyrnaの日産は、独自に寄付活動を積極的に行っており、全米最大の共同募金団体のUnited Wayの地方組織的な存在である、United Way of Greater Nashvilleに100万ドル余りを寄付(2023年実績)している。一方、労使関係では、United Automobile Workers (UAW)による組織化の動きが何度か繰り返されてきたものの、労働組合は結成されていない。
アメリカにおけるブリヂストンの現地生産は、1988年にFirestoneの合併によって開始された。LaVergneの工場は、1971年からFirestoneが生産していた施設を引き継いだ形で進められ、トラックやバスのラジアルタイヤを生産している。2010年代半ばには、契約労働者なども含めると1000人以上雇用していたが、現在は700人程度となっている。とはいえ、現在でも従業員数でみるとLaVergne市で有数の従業員規模をもつメーカーだ。しかし、同市を含むナシュビル周辺地域の製造業の被雇用者は、就労人口全体の7%にすぎない。このため、今年7月末に設定された撤退による、労働者の製造業への再雇用の困難さや地域経済への悪影響が懸念されることは、想像に難くない。
実際、撤退が発表されると、La Vergneの Jason Cole市長は、ブリヂストンが去るのは「悲しい」としながらも、「(地元の経済団体)Rutherford County Chamber of Commerceや他のパートナーと協力して、新しく高品質の産業および商業ビジネスをLa Vergneにもたらす」という考えを表明した。ここで、ブリヂストンと同じ「製造業」という語彙が出てこないことに注意する必要がある。地域経済全体としてみれば、La Vergneは低迷しているわけではない。近年、冷凍飲料大手のICEE Companyが本社と配送センターをカリフォルニア州からLa Vergneに移転。また、Amazonの配送センター2カ所とBJ's Wholesale Clubの店舗もオープンした。しかし、「製造業」の雇用は減少、前述のように雇用も少ないのが現状である。
こうした状況を反映してだろう。Rutherford CountyのJoe Carr市長は、ブリヂストンの工場閉鎖の影響について、声明文を発表した。その中で、同市長は、「この施設は、アメリカで最初のブリヂストン工場であり、…何十年にもわたってLa Vergne地域の多くの人々に雇用を提供してきた」と指摘。解雇される労働者が「(工場が閉鎖される)夏までに仕事を見つけるの困難な状況の中で、…コミュニティが団結し、…雇用機会の確保を支援していく」と述べている。なお、現地では、Rutherford County Chamber of Commerceに加えて、Nashville Chamber of Commerceなどの経済団体が、7月末で雇用関係がなくなる労働者の雇用確保に向けた支援を行っていく考えを明らかにした。
とはいえ、解雇される労働者は、再雇用の可能性を楽観視しているわけではない。例えば、三大ネットのひとつABC系の地元テレビ局WKRNの1月24日のニュースは、ブリヂストン工場の労働者の声を紹介。そのひとりで長年勤めてきたというBilly Kingsleyさんは、「労働者の多くは、どうしたらいいのか全く分からな」状態だと指摘。勤続年数が長い労働者は、退職が少し早まっただけとはいえ、「あと数年働こうか」考えていただろうとして、「厄介な状況」になり、今後については「未知数だよ」と語っている。
また、工場周辺のビジネスへの影響を懸念する声も紹介されている。La Vergneの4人の市議会議員のひとり、Graeme Coates議員は、WKRNのインタビューに対して、工場閉鎖が労働者だけでなく、地域経済にも影響を与えることに言及。労働者が昼食などを取る「工場の周辺のレストラン」などを具体例としてあげている。しかし、工場がなくなれば、こうしたニーズは消滅し、地域経済は大きな打撃を受けることになるからだ。
ブリヂストンの労働者の再就職の困難さや工場周辺のビジネスへの打撃は、労働者の給与水準も影響している可能性がある。求人情報をウェブサイトに掲載する事業を行っているindeedによれば、ブリヂストンの生産労働者の平均年収は推定4万4446ドル。これに対して、La Vergneの他の工場で働く生産労働者の平均年収は2万8815ドルにすぎない。その差は、1万5631ドルで、現在の為替レートに換算すると、242万円にもなる。ブリヂストンの労働者の給与水準の高さは、周辺地域で再就職する場合、同様な賃金をえることが難しいことを示唆している。また、地域ビジネスにとっては、単価が高い顧客を失う可能性が高い。さらにいえば、地方政府の税収にも影響を与えるだろう。
これらの推定年収は、ブリヂストン一般の生産労働者の数字である。Indeedによれば、生産現場の管理職は、年間6万1680ドルと、周辺の生産労働者の2倍以上になる。さらに上位のIntegration Managerの年収は8万1813ドル、Continuous Improvement Managerは9万7271ドルと推定されている。仮に労働者全体のひとり当たりの平均年収が6万ドルだとすれば、700人の労働者が受け取っている所得は、4200万ドル、65憶1000万円という膨大な金額になる。
なお、1月25日付でAPが発信した” Bridgestone announces a tire plant closure in Tennessee with 700 layoffs and other reductions”と題する記事は、ブリヂストンのEmily Weaver広報担当からのメールの内容として、United Steelworkers (USW)との労働協約に基づき、La Vergne 工場で働いているUAWの組合員を同社の他の工場に優先的に採用する方針を示していると伝えた。USWのウェブサイトによると、2022年7月にブリヂストンと団体交渉が数回行われたことが示されており、交渉の結果締結された協約に基づく措置と推察される。ただし、何人の組合員がいて、そのうちどれだけの人が雇用される可能性があるのかなどは、明らかではない。
Weaver広報担当は、組合員の就労先として、オハイオ州のDes Moinesとアーカンソー州のRussellvilleの工場をあげたとしている。仮に、この措置に基づき、かなりの労働者が他州に移れば、その労働者がLa Vergneにおける消費は、完全に消え失せることになる。これも地域経済への大きな打撃である。前述のCoates市議会議員が、La Vergneをはじめとした Rutherford Countyで「700の仕事が失われることの影響は、本当に大きい」と述べたが、それも当然だろう。
とはいえ、La Vergneからのブリヂストンの撤退がもつ政治経済的な意味合いは、工場労働者の賃金という形で確保されてきた資源がなくなるだけではない。解雇され失業する労働者や工場周辺でビジネスをしてきた人々、そしてそこで働いている人々の一部は、政府やNPOの支援を受ける立場になる可能性もある。ブリヂストンは例年、前述の日産と同様に、La Vergne の工場を含めたBridgestone Americasとして、地域のNPOなどに助成金を提供しているUnited Way of Greater Nashville (UWGN)に多額の寄付を提供。2023年には、労働者とともに255万ドルの寄付金を集め、UWGNに寄付を行い、最大のドナーとして表彰された。
工場が閉鎖されれば、この寄付がなくなるだけではない。ブリヂストンでは、労働者を「チームメイト」と呼んでいた。「チームメイト」として、会社とともに募金活動を進め、表彰された喜びから1年もたたないうちに、会社から突き付けられた解雇通知。彼らはいま、自分たちは本当に「チームメイト」だったのか、と自問自答しているのではないだろうか。
ブリヂストンは1月23日、” Bridgestone Americas Announces Business Footprint Optimization and Closure of its LaVergne Plant”と題するプレスリリースで、La Vergne工場の閉鎖を発表した。その中で、閉鎖の背景にある業界を取り巻く経営環境の厳しさなどを指摘するとともに、今後、関係政府機関や労働組合と協議していく姿勢を表明した。この文章とは別に、前述のWeaver広報担当は1月25日付のAPの記事の中で、「北米とラテンアメリカの約4万4000人のチームメイト(労働者)のうち、自発的および非自発的な人員削減の一環として会社を辞めるのは4%弱」と述べている。
企業全体から見れば、工場閉鎖の影響を最小限化したことで、自らの社会的責任を正当化したつもりなのかもしれない。しかし、工場閉鎖の背後には、これまで述べてきたように、労働者や地域社会への大きな影響、そして「チームメイト」への対応のあり方への疑問や怒りの拡大などが予想される。この点をどれだけ真剣に考えていたのか。ブリヂストンのプレスリリースや広報担当者の発言からは、それを感じることができた人がいただろうか。
なお、上記のUnited Way of Greater Nashville (UWGN)への寄付とそれにともなう表彰については、以下のUWGNのプレスリリースから見ることができる。
https://www.unitedwaygreaternashville.org/bridgestone-hca-ingram-and-nissan-among-honorees-at-united-way-of-greater-nashvilles-annual-community-meeting/
移民労働
大手労組のSEIUがAFL-CIOに再加盟、トランプ政権の労働政策を見据えた動きか
2025年1月27日
全米最大のナショナルセンターAmerican Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)と200万人近い組合員をもつ大手の労働組合Service Employees International Union (SEIU)は1月8日、SEIUがAFL-CIOに加盟することを発表した。SEIUは20年前の2005年、路線対立からAFL-CIOを脱退。他の複数の単産とChange to Win Coalition (CtW)を設立、独自の活動を進めてきた。SEIUの再加盟について、両団体は、トランプ政権の発足が理由ではないとしているものの、反労働的な政策を打ち出す可能性がある同政権下で、組織化を進め、賃上げなどを勝ち取るうえで、労働界の団結が必要と判断したためとの見方もでている。
アメリカの労働組合運動は、1886年に設立された職能別組合を中心にしたAmerican Federation of Labor (AFL)が中心になって進められてきた。しかし、産業労働者の増加と大恐慌の中で、団結権を保障する法律National Labor Relations Act (NLRB)の制定もあり、炭鉱や鉄鋼業、繊維産業などの労働者の組織化をめざす産業別組合が発展、1935年にCommittee for Industrial Organizations (CIO)が結成された。戦後になると、反労働的な色彩が強いTaft–Hartley Actが成立。同じ略称のCongress of Industrial Organizationsに名称を変えていたCIOは、、1955年にAFLと合併、AFL-CIOの結成に至った。
戦後のピークの1954年には33.5%と、3人にひとりが労働組合の組合員だった時代があったものの、その後、組織率は、ほぼ一貫して低下。1960年代には30%を切り、80年代初めには20%を割り込んだ。その後も長期低落傾向が続き、2022年には10.1%と二桁を維持することも難しい状況に陥った。こうした中で、AFL-CIOは1995年にSEIUのJohn J. Sweeneyを会長に選出、組織化と政治力の強化を掲げ、「強大な労働運動の再来」を印象付けた。在宅介護労働者の組織化など、一部に成果が見られたものの、労働運動全体としては低迷が続き、2005年にSEIUやInternational Brotherhood of Teamsters (IBT)がAFL-CIOを脱退し、Change to Win Coalition (CtW)を結成した。
このふたつの組合を中心にして、7単産で構成されたCtWは、傘下の組合員がAFL-CIOの40%に当たる500万人を数えるなど、大きな勢力だった。しかし、その後、単産の加盟や脱退が繰り返され、現在はSEIUと United Farm Workers (UFW)、 Communications Workers of America (CWA)の3単産にすぎなくない。ただし、これらの単産は、SEIUのAFL-CIO再加盟後も、CtWに残っている。なお、組織の名称は、Change to Win Federation、さらにStrategic Organizing Center (SOC)へと変わった。SOCの活動は、ナショナルセンターというより、AmazonやStarbucksなどの未組織の組織化を支援が中心になっている。
前述のように、SEIUがAFL-CIOへの再加盟することを発表したのは、1月8日。同日付で両団体のウェブサイトに掲載された”SEIU Joins AFL-CIO to Build Unprecedented Worker Power, Win Unions for All Workers”と題する声明文によると、両団体は同日、それぞれ中央執行委員会を開催、共に満場一致でSEIUのAFL-CIOへの復帰を承認したという。ただし、公式な発表は、翌1月9日にテキサス州オースティンで開催された” 2025 Dr. Martin Luther King Jr. Civil and Human Rights Conference” の中で行われると記述されていた。
労働組合の大会や記者会見ではなく、暗殺された公民権運動の指導者Martin Luther King Jr.牧師の名前を冠した公民権と人権に関する会議で表明することに、違和感を覚える人も少なくないかもしれない。
しかし、1月9日から12日まで4日間行われた会議のウェブサイトにある趣旨説明的な文章を見ると、以下のような記述がある。
私たちは一丸となって、キング牧師の共同行動のビジョンを進め、労働運動と公民権運動との間の長 年の絆を強化し、私たちの力とエネルギーを労働者の力を構築するための具体的な行動として作り上 げていく。
この文章から、SEIUのAFL-CIOへの再加盟が単なる労働界の再編ではなく、SEIUが進めてきた公民権運動に関わる人々との連携などを通じて、労働者の権利を擁護していこうとする活動をAFL-CIOが支持し、共同で推進していく意思を示しているようにも感じる。前記のように、再加盟の表明自体は、オースティンで開催された会議で行われた。会議は4日間にわたったが、表明が行われたのは、1月9日の午後の”Bending the Arc: The Labor Movement’s Fight for Justice”と題するパネルデスカッションの中である。
このパネルデスカッションには、AFL-CIOからSecretary-TreasurerのFred Redmond氏、SEIUからSecretary-TreasurerのRocio Saenz氏がパネリストとして参加。Redmon氏は黒人男性で、Saenz氏はヒスパニック系の移民や「不法滞在者」が多いといわれるビルの清掃労働者の組織化運動Justice for Janitorsなどに関わってきた活動経験豊富な女性だ。他の3人のパネリストのうち、ひとりは黒人で、ふたりが女性である。こうした登壇者の顔ぶれをみても、SEIUとAFL-CIOがマイノリティや女性などの公民権や人権に絡めた労働運動の促進を念頭に置いていることが示唆される。
では、上記のSEIUとAFL-CIOが発表した声明文にあるように、SEIUのAFL-CIOへの再加盟によって、労働者の力を前例のないほど結集し、すべての労働者のために組合を勝ち取ることができるのだろうか。ここで注意しなければならないのは、アメリの労働者の多くが労働組合への加盟を希望しながらも、組合員になれない状況が存在しており、このギャップを解消すれば、組織率は大きく向上すると、労働組合関係者は考えていることだ。
例えば、2024年8月のGallupの世論調査によると、70%の回答者は労働組合に賛意を示している。また、労働系NPOの調査機関、Economic Policy Instituteは、2024年1月に発表した” Workers want unions, but the latest data point to obstacles in their path”と題する報告書によれば、2023年の時点で、労働組合に加盟したいものの、できなかった労働者が全米で6000万人を超えている。この状況が生まれる最大の理由は、団体交渉権の認定が困難なことだ。前述のTaft–Hartley Actなどの、「反労働組合法」が障害になっているのである。
だが、労働組合の結成に障害となっている法律を撤廃し、組合づくりを促す法律を制定することは容易ではない。民主党が大統領だけでなく、議会の多数を占めていた第一次オバマ政権でもできなかった。制度改革に向けた労働組合の結集、それを公民権運動のように差別や貧困に苦しみ人々とともに進めていくこと。それによって、現状を打破したい、という考えなのだろう。
1月20日に就任したトランプ大統領は、反労働組合的な色彩が強い政策を打ち出すのではないかと見られている。しかし、労働組合を取り込むことをも狙っているようだ。昨年の大統領選挙で、トランプを指名した共和党全国大会に、大手労働組合のInternational Brotherhood of Teamsters (IBT)のSean M. O’Brien会長を招き、演説をさせたのはその一例だ。また、トランプは、労働長官候補に、労働組合の結成を容易にする法案に賛意を示しているオレゴン州選出の連邦会員議員Lori Chavez-DeRemer氏を指名している。
こうした状況があるとはいえ、反労働組合の急先鋒的なイーロン・マスクと共同戦線を張って当選したトランプという、もうひとつの顔があることを忘れてはならない。さらに、多様性を否定する政策を矢継ぎ早に打ち出しているトランプが、公民権運動のような運動スタイルを打ち出す労働組合に好意的に対応するとは考えにくい。以上のような不確定要素があることは事実だが、座して死を待つような労働運動では意味がない。SEIUのAFL-CIOへの再加盟がどこまで現実の政治を動かすことができるのか、強い関心をもって見つめていきたい。
なお、” 2025 Dr. Martin Luther King Jr. Civil and Human Rights Conference”については、以下のウェブサイトから見ることができる。
https://themlkconference.org/
コロナ禍
治療薬開発など政府の「コロナ後遺症」対策の遅れ、罹患者や患者団体が批判
2025年1月25日
日本では1月15日、アメリカでは1月20日。それぞれの国内で、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)で、感染者が初めて確認されてから5年目に当たる日だ。この「記念日」に、両国のメディアは、当時の状況を振り返ったり、感染の現状や今後の課題などについてて伝えている。また、依然として感染が続いていることへの警戒感やワクチン接種を含めた予防対策の必要性の指摘など、共通の報道内容も少なくない。一方、「コロナ後遺症」については、日本ではほとんどみられない反面、アメリカではかなり報じられている。その背景には、1700万人ともいわれる後遺症に苦しむ人々の存在と、依然として有効な治療薬などが開発されていないことに対して、患者と彼らを中心にしたNPOが政府や議会に対策を求めていることなどがあるといえよう。
「コロナ後遺症」には、画一的な定義があるわけではない。日本の厚生労働省は、新型コロナに罹患した後に、「感染性は消失したにもかかわらず、他に原因が明らかでなく、罹患してすぐの時期から持続する症状、回復した後に新たに出現する症状、症状が消失した後に再び生じる症状の全般」と定義。世界保健機関(WHO)は、新型コロナに罹患した人にみられ、「少なくとも2ヵ月以上持続し、また、他の疾患による症状として説明がつかないもの」と説明している。
一方、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)の定義は、新型コロナ感染後も継続、または感染後に発症する徴候、症状、および状態全般という幅広いものだ。なお、後遺症の症状は、発熱や倦怠感などの一般的なものに加え、呼吸器や心臓の疾患に見られがちな咳や呼吸困難、胸の痛み、頭痛や睡眠障害、味覚障害、うつ症状などの神経性の病など、多岐にわたる。なお、コロナ後遺症の英語の呼び名は、Long COVID、Post-COVID Conditions, Long-haul COVIDなどさまざまだが、Long COVIDが最も多く用いられているように感じられる。
では、コロナ感染症に苦しむ人は、どのくらいるのか。日本の場合、厚生労働省の調査によると、2022年9月までに新型コロナに感染し、咳やけん怠感などが2か月以上続く症状があると答えた人の成人の割合は、札幌市で23.4%、大阪府八尾市で15.0%、東京・品川区で11.7%に及んだ。5歳から17歳の子どもを調査した札幌市と八尾市では、いずれ6.3%と、成人より大幅に少なかった。
アメリカでは、さまざま調査が行われてきた。2023年9月には、CDCなどが”Long COVID in Adults: United States, 2022”と題する報告書を発表した。この報告書によると、回答者の6.9%がコロナ後遺症にかかったことがあると回答。また、調査時点で症状があるという人は、3.4%にのぼった。性別では女性の方が男性よりも症状者が多く、年齢別では35-49歳の人々の割合が最も高く、発症経験者が8.9%、調査時点で症状が出ている人も4.7%に達した。人種別では、黒人の割合が最も高く、アジア系が最も低かった。
政府による本格的なコロナ後遺症対策は、Researching COVID to Enhance Recovery (RECOVER)から始まったといえる。連邦議会は2020年12月、日本の旧厚生省に相当するDepartment of Health and Human Servicesの一機関、National Institutes of Health (NIH)に11億5000万ドルの予算を承認した。その目的は、コロナ後遺症の疾患をより精密に把握し、潜在的な治療法の臨床試験を実施する基盤を作ることだった。しかし、予算の多くは、観察研究や病態生物学研究に投入され、罹患者が期待する治療薬の開発は進んでいない。
この点について、New York UniversityでRECOVER-関係の研究に携わってきたLeora Horwitz博士は、KFF Health Newsの” Long COVID Patients Frustrated That Federal Research Hasn't Found New Treatments— Over $1 billion of funding has so far failed to bring any new therapies to market”と題する記事の中で、症状が多岐にわたっていることなどを指摘。コロナ後遺症以外の病気では、数十年の歳月をかけ、資金もより多く投入されているケースもあるなどと述べ、研究に時間がかかることへの理解を求めている。しかし、治療薬が開発され、Food and Drug Administration (FDA)の認可がでなければ、医療保険の対象にならない。このため、罹患者は、高額な治療費の負担に悩まされる、と上記のKFF Health Newsの記事は伝えている。
前述のように、アメリカにおけるコロナ感染者確認から5年後の1月20日前後、メディアはコロナ禍について報道、そのなかには後遺症に関するものも少なくなかった。例えば、1月23日付のTechnology Networkは” Females Have a Higher Associated Risk of Developing Long COVID”という記事の中で、University of Texas Health Science Center at San Antonioの調査結果を紹介。女性の後遺症の発生率が男性に比べ31%も高い、と指摘した。また、同じ日に発信されたMedical Xpressの” Long COVID symptoms linger: Study shows no major changes in second year”と題する記事は、ドイツの大学の研究に基づき、後遺症を患った人の3分の2は、身体運動能力や認知テストのパフォーマンスが低下しているだけでなく、1年以上にわたって持続的な客観的な症状を示しており、病気の2年目は症状に大きな変化がないと報じた。
こうした状況の中で、コロナ後遺症の罹患者や患者団体からは、政府の対策の遅れなどを批判するとともに、治療薬開発の促進を求める声が相次いでいる。例えば、昨年9月23日から25日にかけて行われた、NIH主催の“RECOVER: Treating Long Covid (RECOVER-TLC)–Navigating the Pathway Forward.”というワークショップで、Long COVID CampaignのMeighan Stone事務局長は、「(コロナ感染)が始まってから4年以上経った今でも、FDAが承認した薬がひとつもないのは極めて遺憾だ」とと述べ、治療薬の早急な開発の必要性を訴えた。なお、このワークショップには、対面で180人、オンラインで1200人が参加。大半の参加者は、政府や大学の医療関係者だったが、COVID-19 Longhauler Advocacy ProjectやLong COVID Justice などの罹患者が中心になった団体の関係者の姿も見られた。
コロナ感染の拡大とともに、医療提供に当たらな方式が導入された。Telehealth Serviceは、そのひとつだ。日本で遠隔医療と呼ばれているもので、元々コロナ後遺症の罹患者向けに開発されたわけではないが、農村地域の居住者や後遺症によって移動が困難な人々にとって、医療へのアクセスが広がることになる。コロナ禍で、外出が困難になると、政府は、Telehealthの利用拡大のため政府の医療保険や医療補助への適用を進めた。しかし、今年4月1日以降、保険適用が打ち切られる。コロナ感染に関するアドボカシーに取り組んでいるPeople’ CDCは、Telehealthの無期限延長を求め、Serviceを管轄するCenters for Medicare and Medicaid (CMS)に要請文を送る活動を進めている。
なお、この活動の概要と要請文のサンプルなどは、以下から見ることができる。
https://actionnetwork.org/letters/medicaremustextendtelehealth?utm_source=substack&utm_medium=email
反戦平和
ガザ停戦とアメリカのNPO、歓迎と懸念、闘いの継続の必要性指摘
2025年1月23日
2023年10月から15カ月にわたって続いてきたパレスチナ・ガザ地区におけるイスラエルとイスラム組織ハマスの武力衝突は1月15日、停戦と段階的な人質解放の合意が成立、19日から概ね停戦が順守されている。即時停戦を求めてきたアメリカのアラブ系やムスリム、反戦団体やガザ地区で人道支援に当たってきたNPOなどは、この動きをどう受け止めているのか。メディアに引用された関係者のコメントやNPOの声明をみると、停戦を歓迎しつつも、イスラエルによる合意破棄への懸念や、継続的な停戦とガザ地区の再建に向けた闘いの継続の必要性を求める声があることが明らかになった。
NPO関係者などによる具体的なコメントや声明を紹介する前に、合意内容を概観しておく必要がある。懸念や継続的な闘いの必要性のような停戦内容への評価と、今後の対応に強く関連しているからだ。なお、15日に明らかにされたのは、合意の概要にすぎない。したがって、以下で紹介するコメントや声明は、発表された時期にもよるが、合意における不明な点などを推察しながら述べられた部分もあることに留意する必要がある。
イスラエルとハマスの武力衝突の直接的な契機は、2023年10月7日のハマスを中心にしたパレスチナの武装組織によるイスラエルへの武力攻撃だ。この攻撃で、イスラエル人を中心に1200人ほどが殺害されたうえ、250人余りが人質としてガザ地区に連行された。その直後、イスラエルはガザ地区への空爆、そして地上部隊を派遣。戦闘開始から1カ月半後の11月23日、戦闘が一時中断され、イスラエルから連行された人質の一部が解放される一方、イスラエルに捕らえられていたパレスチナ人の釈放が実現した。
しかし、1週間余りで戦闘は再開され、今年1月19日まで13カ月以上にわたり、イスラエルによる激しい攻撃が継続。地元の保健当局のGaza Health Ministry,によると、戦闘開始後のガザ地区における死者は、子ども1万8000人を含め、4万6000人を超えた。この数字には、瓦礫に埋まったままの人などは含まれていない。病気や飢餓などの間接死亡を含めると、2025年1月9日付の医療雑誌のThe Lancetは、” Traumatic injury mortality in the Gaza Strip from Oct 7, 2023, to June 30, 2024: a capture–recapture analysis”の中で、18万6000人に及ぶ可能性を指摘している。
戦闘の激化による民間人の死者が増える中で、周辺国のエジプトとカタールは、停戦に向けた協議を仲介、停戦案を策定。2024年5月には、アメリカのバイデン大統領が発表するに至った。ハマスは受入れを表明、国連の安全保障理事会も賛成したものの、「ハマスの壊滅」を掲げるイスラエルのネタニヤフ首相は、拒否、戦闘が継続された。その後、イスラエルは、ガザ北部に帰還するすべてのパレスチナ人を軍隊がスクリーニングする権利やエジプトとガザ地区の境界にあたるフィラデルフィ回廊からの撤退を拒否することなど、新たな要求も提示、停戦の実現はより困難になるかに見えた。
ここで、その後の動きを記述する余裕はないが、1月15日、カタールのムハンマド首相兼外相は首都ドーハで、バイデン大統領は首都ワシントンで、それぞれ会見を行い、以下の3段階からなる停戦合意内容を発表した。第1段階は、1月19日から始まり6週間にわたって停戦するもので、ハマスは33人の人質を解放、イスラエルは刑務所に収容しているパレスチナ人を最大1900人釈放することになる。また、イスラエル軍はガザ地区の人口が密集する地域から撤退し、住民がそれぞれの地域に帰還できるようにする。また、ガザ地区の住民への人道支援物資の搬入と配布が拡大されるとともに、医療施設の改修なども行うわれるとしている。第2段階と第3段階についは、停戦を続けながら協議を行い、恒久的な停戦を目指すというものだ。
この合意に沿って、ハマスは1月19日、イスラエルの人質3人を解放。一方、1月20日のNPOメディアDemocracy Nowの番組に出演したパレスチナ収監者への支援を行っている弁護士、Tala Nasirさんよると、予定より遅れ同日午前3時、92人のパレスチナ人が釈放された。このうち69人は女性で、子どももふたり、起訴・裁判なしで拘禁されるAdministrative Detaineeが20人含まれていた。なお、2023年11月に人質と収監者の交換により釈放され、その後、再度逮捕され、収監された人が6人いたという。
DemocracyNowの番組司会者Amy Goodmanさんは、停戦合意の第一段階に関する見通しについてNasir弁護士に尋ねた。これに対して、同弁護士は、釈放された人々が収監されていたのはイスラエル軍と憲兵によって管理されているヨルダン川西岸地区のOfer Prisonと呼ばれる施設だと指摘。収監者の家族は長時間、釈放を待たされた間に、イスラエル軍から音響爆弾やゴム弾、実弾による攻撃を受けたという。こうした実情を踏まえ、「今後、数週間、(停戦合意が)どのようになるか不安だ」と述べた。
停戦合意の見通しの厳しさを指摘する声は、アメリカ国内で停戦を求めて活動してきたNPOからも聞かれる。例えば、女性の平和団体、CodePinkは1月15日に発表した”CODEPINK Celebrates the Announced Ceasefire in Gaza”と題する声明の中で、「今のところ、停戦合意の第一段階だけがイスラエルとハマスの双方によって受け入れられているにすぎない」と指摘。そのうえで、「すべての段階ができるだけ早く受け入れられることを願う」と述べている。また、今回の合意内容は、昨年5月の停戦案と基本的に同じだとしたうえで、より早期に成立していれば、多くの血が流されなかったはずだとして、停戦案を拒否してきたイスラエルを批判した。
同様の指摘は、パレスチナを支援するユダヤ系の組織、Jewish Voice for Peaceからも聞こえてくる。1月15日にだされた”First ceasefire, then Palestinian liberation”と題する.声明は、停戦内容が「脆弱」主張。今後数週間が「ジェノサイドの全面的な停止に変えるためのパレスチナ連帯運動にとって極めて重要な時間になる」と述べ、停戦要求の継続の必要性を指摘している。クエーカーの平和団体として知られるAmerican Friends Service Committeeも、1月15日の” Cease-fire is the beginning, not the end”という声明の中で、「アメリカや他の関係者が一時的な休止ではなく、恒久的な停戦にしていくことを誓約する必要がある」としたうえで、ガザ地区への人道援助やイスラエル軍の即時撤退など、5項目の要求を提示した。
停戦合意が「脆弱」という主張は、新パレスチナ団体の思い込みだけとはいえない。例えば、イギリスのBBCは1月19日発信の” Israel 'reserves right to return to war' - Netanyahu”と題する記事の中で、ネタニヤフ首相は、停戦合意が発行する前述の18日、合意を「一時的」と主張。そのうえで、20日に大統領に就任するトランプがイスラエルが「戦争を再開する権利」を持っていることを認めているとともに、イスラエルが必要とする武器と弾薬の確保を保障していると述べたのである。
人道支援に関わってきたNPOは、停戦合意による活動の再開を期待する声が上がっている。201年のハイチ地震の被災者支援を目的に設立された、首都ワシントンに本部を置くNGO、World Central Kitchen (WCK) は1月16日、「希望につながる1日になった」という書き出しの一文をウェブサイトに掲載、停戦を歓迎する意思を表明。その1週間後の1月23日には、ガザ地区で、中東で食されることが多いピタと呼ばれる丸い平らのパンの製造に着手したと報告した。このピタは、WCKが初めて使用するオートメ化した製造機で生産するのもので、1時間に3000枚のピタを作ることができるという。なお、2024年4月1日、ガザ地区で食料を運搬していたWCKのトラックがイスラエル軍の空爆を受け、7人が死亡する事件があり、翌日から支援活動の中止を余儀なくされた。
この他、アラブ系やムスリムの団体などからは、イスラエルへの軍事支援を続けてきたバイデン・ハリス政権を批判したり、停戦合意に寄与したとされるトランプ大統領に感謝する声もあがっている。これらについては、別の機会に報告したい。なお、上述のDemocracyNowの番組は、”Gaza Ceasefire: Palestinian Lawyer Says Women, Children Released by Israel Faced Torture, Starvation”タイトルだが、その録画とトランスクリプトは、以下から見ることができる。
https://www.democracynow.org/2025/1/20/palestinian_prisoners
NPO経営
「ロサンゼルス火災」とヒスパニック系住民、特有な課題と状況を踏まえた支援に取り組むNPO
2025年1月18日
カリフォルニア州最大の都市、ロサンゼルスの中心街の西30キロほどに位置するPalisadesで1月7日に発生した山火事は、18日現在もPalisadesだけでなく、ロサンゼルス東のEaton地域でも炎上し続けている。経済的損失は、300憶ドル(約47兆円)に上るという推計も出されるなど、経済的に極めて大きな被害が発生。この事態に対して、連邦政府や州政府は、財政面を含めた被災者への支援策を打ち出している。また、NPOも義援金や支援金を集め、被災者への支援や被災地の復興に向けた活動を進めつつある。しかし、被災者と一括りにする傾向があるが、抱える課題や状況は一律ではない。ここでは、ヒスパニック系の住民に特有な状況を踏まえ、大規模火災によって受けた打撃と、それに対するNPOの活動について見ていきたい。
日本のメディアが「ロサンゼルス火災」と呼んでいるように、火災自体は南カリフォルニアの広範な地域に及んでいるものの、被害が集中しているのはロサンゼルス郡である。なお、「郡」は、州内に政府が設けた行政区画で、この中に、市や町が自治体として設立され、自治体がない地域は郡の直轄となる。ロサンゼルス郡には、ロサンゼルス市の他、サンタモニカや東部のEaton火災の被災地のひとつパサデナなど、88もの市がある。一方、最初に火の手が上がったPalisades (Pacific Palisades)は、ロサンゼルス市の一部だが、Eaton火災で最大の被害を被ったAltadenaは、ロサンゼルス郡の一地域になる。
連邦政府の人口統計局のデータによると、2023年時点におけるロサンゼルス郡の人口は966万人。このうちヒスパニック系の人々は48.6%と、ほぼ半数を占める。歴史的に見れば、カリフォルニアは、1846~48年の米墨戦争の結果、メキシコに勝利したアメリカが併合した地域なので、ヒスパニック系の人口が多いのは当然ともいえる。ただし、今回の火災との関係でいえば、ヒスパニック系の人口はPacific Palisadesでは4%にすぎないものの、Altadenaでは27%に及んでいる。なお、3番目に大きな被害を出したHurst火災の中心地、Sylmarでは、人口の79%がヒスパニック系だ。
このように述べてくると、「ロサンゼルス火災」で最も被害が大きかったPacific PalisadesとAltadenaでは、ヒスパニック系の住民が比較的少ないため、影響も小さいのではないかと思われるかもしれない。しかし、火災発生から8日後の1月15日にUniversity of California at Los Angeles (UCLA)のLatino Policy and Politics Instituteなどが発表した” Wildfires and Latino Communities: Analysis of Residents, Workers and Jobs in LA County Fire Evacuation Zones”(以下、UCLA報告書)というタイトルのレポートによると、大きく異なる実態が示されている。
UCLA報告書は、まず火災地域のヒスパニック系の人口と就労者の割合に大きなの相違があることを指摘。Eaton火災地域では、人口に占めるヒスパニック系の割合は27%だが、就労者では35%に達する。Palisades火災地域では、それぞれ7%と34%。また、Hurst火災地域でも、23% と36 %となっている。いずれも就労者の割合が高くなっているが、Palisades火災地域では、人口と就労者の割合の差が5倍近くもあり、極めて大きい。この地域は、富裕層が多く、家事労働や庭の手入れなどにヒスパニック系の労働力への依存度が高いためだ。
家事労働者に占めるニスパニック系の割合の高さは、Palisades火災地域だけの現象ではない。UCLA報告書によると、ロサンゼルス郡全体で見ても、家事労働の85%はヒスパニック系によって担われているという。しかも、ヒスパニック系の家事労働者の多くは、フリーランスだ。報告書は、ヒスパニック系と白人の家事労働者のフリーランス率を比較しているが、前者の47%に対して、後者は27%にすぎない。このことは、富裕層の住居が火災で炎上し、家事労働者が不要になっても、白人の家事労働者であれば、雇先の企業から他の家庭の紹介を受けたり、失業保険を受給できる可能性が高いことを意味する。
一方、フリーランスが大半を占めるヒスパニックの場合は、新たに家事労働者を必要とする家庭を探すことは困難なうえ、失業保険に加入している人も少ないと推定される。元々、「日銭暮らし」を強いられてきた、ヒスパニック系の家事労働者は、火災による「職場の消失」により、明日の生活にも事欠く状況に陥ってしまった可能性が大だ。連邦政府や州政府の支援策も、合法的な居住権を持たない「不法移民」が多いヒスパニック系の労働者にとって、「救いの手」とはならない。
家事労働の担い手の大半は女性だ。一方、ヒスパニック系の男性の多くは、建設業などに従事している。ロサンゼルス郡においては、建設業に携わる労働者のうち実に85%がヒスパニック系だ。白人は11%にすぎない。火災が沈静化し、住宅建設が始まれば、ヒスパニック系の建設労働者も、雇用の機会が増えるだろう。しかし、火災現場には、アスベストなど、有害な物質が残っている可能性も少なくない。労働現場の安全性の確保がなされるかどうか、見守る必要がある。
なお、ロサンゼルス郡におけるヒスパニック労働者は、家事労働や建設業以外にも、特定の産業や職種に集中している。2018年のCalifornia Employment Development Departmentのデータによれば、チャイルドケアに関わる労働者の65%はヒスパニック系である。レストランなどのフード産業でも、その割合は63%に及ぶ。この他、幼稚園から高校までの教員の45%、警察官や消防士の44% などの職業では、ヒスパニック系労働者の割合が極めて高い。一方、UCLAの報告書は、2018年から22年の間に、在宅勤務をしていたヒスパニック系労働者の割合は7%と白人の22%に比べると、3分の1に満たない。家事労働や建設業、レストランなど、「現場」で働くことが求められる職種の高さを示唆している。
「ロサンゼルス火災」の甚大な被害が伝えられる中で、各地のコミュニティ財団や大手のNPOは相次いで、緊急支援基金を設立し、募金活動を開始した。また、最初に火の手が上がったPalisades地域に居を構える人が少なくないといわれるハリウッドのセレブや大リーグのドジャースをなどのプロスポーツ団体、そして大手の企業などが先を争うかのように、寄付表明をおこなっている。しかし、寄付先の多くは、教育委員会が設置した基金や消防署、あるいは低所得者住宅の建設などで知られるHabitat for HumanityやFood Bankのような「著名」なNPOだ。
こうした状況に対して、ヒスパニック系のNPOは、独自の募金活動などを開始している。Coalition for Humane Immigrant Rights (CHIRLA)が設立したiRelief Fundは、そのひとつだ。ヒスパニック系の「不法移民」などに対する支援を行っているCHIRLAが独自の緊急支援基金としてiRelief Fundを設立したのは、連邦政府の被災者支援が「不法移民」が届かないためだ。2020年のコロナ禍において、カリフォルニア州政府と連携して、「不法移民」への現金支援策として行った事業を「ロサンゼルス火災」版として、再開したものだ。ちなみに、コロナ禍では15万人の「不法移民」に支援を行った。
カリフォルニアのニュースに特化したNPOのメディア、CalMattersが1月17日に‘It all ended in a second’: Thousands of low-income and immigrant workers lost jobs in LA fires”というタイトルで発信した記事によると、CHIRLAのDirector of Climate Justice Programsの
Vladimir Carrascoさんは、少なくとも数千人がiRelief Fundの支援を求めてくるだろうと述べている。Carrascoさんは、ヒスパニック系の労働者を支援しているNPO、Instituto de Educación Popular del Sur de California (IDEPSCA)と連携し、「ロサンゼルス火災」の結果、収入の道が途絶えた家事労働者や日雇いの建設労働者など80人から相談を受けているという。
「ロサンゼルス火災」で被災したヒスパニック系労働者への支援は、Palisades火災地域でも始まっている。その中心になっているのは、Malibu Community Labor Exchange (MCLE)というNPOだ。団体名のトップにあるMalibuは、Palisades地域にある市で、連邦政府の人口統計局のデータによると、人口は1万人をやや上回る程度だが、2023年のひとり当たりの中位所得は12万7000ドルに上り、住宅の中位価格も200万ドルを超える、富裕層中心の土地というイメージが強い。しかし、連邦政府が規定する貧困ライン以下の生活を送っている人も12.5%に上っており、その多くは富裕層の家庭での家事労働などに従事しているとみられる。
MCLE は、Malibuの海岸沿いにあるZuma Beachで1990年に設立されたCoalition for Homeless and Dayworkers (CHAD)を起源とする団体だ。その名の通り、ホームレス支援とともに、家事や庭の手入れを行う日雇いの労働者への仕事を斡旋してきた。Malibuでは、今回のPalisades火災の1カ月前の12月中旬にもFranklin火災と呼ばれる山火事に襲われ、日雇い労働者の多くが仕事を失っていた。その傷がいえないうちに新たな火災に見舞われたことで、求人の問い合わせが全くない状態に陥っているという。このため、失業中の労働者のために独自の基金を開設、募金活動を開始した。
「ロサンゼルス火災」は、メディアの報道も多いうえ、ハリウッドのセレブなどの支援もあり、被災者と被災者を支援する活動に対して、多額の資金が寄せられている。しかし、政府の支援を受け取れない立場にある人々などには、その支援が届くという保障はない。独自の基金を作り、募金を進め、「不法移民」をはじめとしたヒスパニック系の労働者を支援しようとする活動。それは、彼らの労働力の大きさを考えれば、「慈善活動」ではなく、地域の社会と経済を維持するうえでも、必須のことといえよう。
なお、前述のCHIRLAのiRelief Fundについては、以下から寄付を行うこともできる。
https://www.chirla.org/donatenow/
福祉貧困
「ロサンゼルス火災」とジェントリフィケーション、マイノリティ・コミュニティの再建に向けた課題
2025年1月14日
1月7日にロサンゼルス近郊の9つの地域で発生した山火事は、その日のうちに6カ所が鎮火されたものの、強風にあおられ、各地に飛び火。14日現在も5カ所で消火活動が続けられている。この山火事に関して、メディアの大半は当初、ロサンゼルス郡の太平洋沿岸西部で、ハリウッドのセレブらが豪邸を構えることで知られるPacific Palisadesを中心に報道。しかし、山火事は、マイノリティや中・低所得者が多く居住する地域へも拡大している。これらの地域では、住居を失い、再建の資金確保が困難は被災者が多く、再建が遅れれば、ジェントリフィケーションが進み、地元に住み続けることができなくなるのではないか。こうした懸念から、自らの生活再建だけでなく、コミュニティを守る活動も始まりつつある。
日本のメディアは、「ロサンゼルス火災」と呼ぶことが多いが、1月7日に発生した火災は、ロサンゼルス市や郡を超えて、南カリフォルニアの9つの郡で確認されている。1月14日現在、炎上している地域は、ロサンゼルス郡で4カ所、サンディエゴ郡で1カ所の合計5カ所。これらのうち、当初Sylmar火災と呼ばれていたロサンゼルス郡北部のHurst火災とCreek火災は、鎮火に近づいているようだ。また、サンディエゴ郡のPoma火災は、炎上面積が1.4ヘクタールと小規模に止まっている。しかし、ロサンゼルス郡のPalisades火災と同郡東部のEaton火災は、被害が甚大なうえ、ごく一部しか鎮火されていない。
California Department of Forestry and Fire Protectionの1月14日のレポートによると、「ロサンゼルス火災」で最も大きな被害がでているのは、Palisades火災とEaton火災の2カ所だ。前者は、延焼面積9596haで建造物への被害(脅威1万2250件、全焼1280件、半焼204件)が発生。Eaton火災では、延焼面積5713haで建造物を焼失(脅威3万9428件、全焼2722件、半焼329件)が生じたと報告されている。また、Palisades火災では8人、Eaton火災では15人の死者がでた。なお、直近の1月13日のレポートによれば、Hurst火災では、323haが延焼したものの、家屋への被害は確認されていない。
このように、Eaton火災は、延焼面積こそ少ないものの、Palisadesよりも被害を受けた建造物や死者の人数は多い。にもかかわらず、Palisadesにメディアの関心が集中したのは、ハリウッド・セレブをはじめとした富裕層の住む地域というネームバリューがあったからだろう。このことは、PalisadesとEaton、そしてHurstの「土地柄」の違いが大きいことを示唆している。実際、この3カ所の居住者の人種構成や所得水準、住宅価格などは、大きく異なる。以下、Nicheという教育環境との関係で、地域住民のデモグラフィーなどを紹介しているサイトに掲載されたデータから、その違いを見てみよう。なお、Nicheは、政府統計などに基づき、最新の数字を提示している。
Palisadesの中心地域、Pacific Palisadesの人口は、1万7826人。そのうち白人は82%と圧倒的多数を占める。ふたつ以上の人種的背景を持つ住民も7%なので、マイノリティは10%をわずかに超えるにすぎない。ちなみに白人以外で最も多いのは、アジア系で6%、次いでヒスパニック系の4%で、アフリカ系アメリカ人(以下、アフリカ系)は1%に止まる。住民の世帯当たりの中位所得は19万5077ドルと、邦貨に換算すると3000万円を超える。なお、全米の中位世帯所得は7万8538ドルなので、3倍近い収入があることになる。住宅の中位価格は199万994ドル。日本円にすれば、3億円を超える大邸宅だ。
では、EatonやHurstはどうなのか。Eatonの中心、Altadenaの人口は4万1921人。人種別では、白人が42%と最も多いものの、ヒスパニック系が27%、アフリカ系が18%、アジア系が5%など、マイノリティが多数派になっている。なお、ふたつまたはそれ以上の人種的な背景を持つ人が7%にのぼる。住宅の中位価格は107万3500ドル。世帯当たりの中位所得は12万9123ドル。いずれも日本の水準から見れば、かなりの額だが、Pacific Palisadesの半分強に止まる。Hurstの中心地域、Sylmarの人口は6万8704人で、ヒスパニック系が79%を占めている。次いで、白人が10%、アジア系が7%、アフリカ系3%と続き、ふたつまたはそれ以上の人種的な背景を持つ人は1%にすぎない。住宅の中位価格は62万1716ドル、中位世帯所得は9万5122ドル。Pacific Palisadesはもとより、Altadenaに比べても、かなり経済状況が厳しいことがわかる。
前述のように、Sylmarを含むHurst地域は、今回の火災の被害は限定的だ。したがって、火災の影響によるジェントリフィケーションは生じないといえよう。しかし、AltadenaをはじめとしたEaton地域では、その大半は住宅と推察される建造物が多数、被害を受けた。被災した住宅の所有者の人種や所得水準についてのデータはない。しかし、Displaced Black Families Aldante and Pasadena Mutual Aid Directoryには、530件余りの募金希望世帯のリストが掲載されている。このリストは、Hurst地域で被災した黒人世帯が住居の再建などの資金をGoFund Meというクラウドファンドに掲載した一覧だ。
なお、ジェントリフィケーション(Gentrification)とは、1964年にイギリスの社会学者、Ruth Glassが最初に使用した言葉といわれている。しかし、歴史学者の一部は、古代ローマ時代から存在した現象だと主張。なお、「ジェントリ」とはイギリスの地主層を指す言葉で、低所得の労働者が住んでいた地域に、高所得層が住み始め、低所得層が立ち退きを迫られる状態をさしている。その意味では、低所得層の社会的排除につながるが、貧困地域の生活環境が改善されるとして、ポジティブにとらえる考え方もある。
AltadenaのAltaはスペイン語で「上」を意味する。DenaはPasadenaのdena、すなわち南で接するPasadenaの上(北)の土地ということだ。なお、Pasadenaは、1886年に市制を引いた自治体。同市では、アフリカ系が人口の7%を占めている。前述のように、Altadenaのアフリカ系の人口、全体の18%だが、1960年には4%にすぎなかった。その後、アフリカ系の人口が急増、1980年には43%を占めるに至った。
彼らとその子孫の多くは、最近、この地に住み始めたのではない。1930年のアフリカ系の大移住と呼ばれる南部から移住した人々に加え、1960年代から70年代にかけて公民権運動にかかわった人々が、当時としては珍しく銀行による融資差別を受けることなく、家を建て、生活を築いてきたのである。Altadenaにおけるこうしたアフリカ系の人々とコミュニティづくりの歴史は、”Altadena: Between Wilderness and City”( Michele Zack著、2004年、Altadena Historical Society出版)に詳しく紹介されている。
Eaton火災で家を失い、再建の資金が確保できず、他の地域に移住することになれば、白人を中心にした富裕層によるジェントリフィケーションによって、長年にわたり築いてきたアフリカ系のコミュニティが消滅してしまう。この懸念が現実化することを良しとしないアフリカ系の人々や団体の呼びかけで、GoFund Meの一斉募金が始まったのである。人々の善意に期待するだけではない。州や連邦政府に対して、火災で失った家の再建のために、無利子の融資を求めるための活動を始めた人もいる。
個人の生活再建のための団結だけではない。アフリカ系女性のShawn Brownは、自宅に加え、アフリカ系の児童らのために設立、事務局長を務めているPasadena Rosebud Academyも火災で失った。しかし、当面、教会を借りて授業を続ける一方、このチャータースクールは「単なる学校ではなく、子どもたちが一緒に成長し、学び、成長してきた安全な避難所」だとして、GoFund Meで再建に向けた資金集めをスタートさせた。クラウドファンディングには、開始から6日間で、10万ドルの目標に対して、223件、総額2万5621ドルが寄せられた。こうした災害によるジェントリフィケーションという貧困問題に対してコミュニティを守る活動は、今後、さらに進められていくだろう。
なお、上述のGoFund Meによる黒人被災者の募金者のリストは、以下から見ることができる。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1pK5omSsD4KGhjEHCVgcVw-rd4FZP9haoijEx1mSAm5c/htmlview
公共政策
トランプ就任前に政策実現、NPOなどからバイデン政権への要求相次ぐ
2025年1月12日
昨年の大統領選挙でドナルド・トランプがカマラ・ハリスに勝利、次期大統領に就任することが決まった。キリスト教福音派をはじめとした保守派からの支持を背景に当選した共和党のトランプの政策は、民主党のリベラル派の考えも一部取り入れた中道派のバイデン・ハリス政権と大きく異なる。政権移譲にともなう、予想される政策の大幅な転換は、政治だけでなく、経済や社会に大きな影響を与えることは必至だ。このため、ネガティブな影響を受けることが予想される人々や団体は、ジョー・バイデン大統領に対して、在任中に政策を進め、影響を緩和させるように要求。移民問題では、要求の一部が実現するなど成果もでている。
アメリカの大統領選挙は、投票日が11月の第1を除く同月最初の火曜日とされ、2024年は11月5日に投開票が行われた。その後、いわゆる選挙人による投票をへて、正式に次期大統領が決まり、就任式へとスケジュールが進んでいる。就任式は、投票日の翌年の1月20日だ。したがって、今回のように現職が再選されない場合でも、投開票から2カ月半の間、大統領として継続して執務を担うことができる。ただし、大統領選挙時も連邦上院議員の3分の2は非改選であるうえ、連邦上下両院の議会が1月初めから開会されるなどするため、大統領が単独で政府を取り仕切るわけではない。
政権が変われば、政策も変わる。新しい大統領の政策に懸念を持つ人々や団体は、選挙から就任式までの間に、懸念を排除ないしは緩和する措置を大統領に求めたとしても不思議はない。退任する大統領も、レガシー作りの意味合いも含め、1月20日を前に、様々な措置を取ろうとする。今回のように、現政権の政策を徹底的に批判してきた人物が大統領に就任することになれば、こうした動きが噴出しても不思議はない。実際、ハリスの敗北が決まった直後から、トランプの政策に懸念をもつ移民や女性、マイノリティなどの団体は、バイデンに様々な対応を求めてきた。
大統領選挙でトランプは、バイデン・ハリス政権の移民政策を強烈に批判。「移民が猫を食べている」という根拠のない情報を拡散させたうえで、歴史上例を見ない大規模な「不法移民」の国外追放を実施すると主張してきた。現在、アメリカに居住している「不法移民」は推定1100万人にのぼる。そのすべてを検挙し、出身国に送り返すことは非現実的だ。「不法移民」の労働力に依存する割合が高い建設や農業、ホテル・レストランなどの産業からは、大規模な国外追放が実施されれば、労働力不足による産業への甚大なダメージが発生するとして、反対の声が噴出している。
とはいえ、トランプも「選挙公約」を全く無視するわけにはいかない。やり玉に挙げた移民政策のひとつに、Temporary Protected Status (TPS)の廃止がある。1990年の移民法改正によって、戦争や環境破壊などにより危機的な状況が生じている国の出身者で、一定期間アメリカに居住している人々に対して、労働許可を含む一時的な滞在資格を提供する措置だ。「猫を食べている」とトランプとその副大統領候補のJDバンスが指摘したオハイオ州スプリングフィールドのハイチ共和国からの移民も、このTPSによって滞在している人々の一部だ。なお、TPSに基づく滞在である以上、「不法移民」ではない。
現在、TPSの対象となっているのは、ベネズエラやハイチ、アフガニスタン、ウクライナ、レバノンなど17ヵ国。この制度を利用している外国籍の住民は、100万人に及ぶ。最も多いのは、ベネズエラの出身者で60万人。次いで、中米のエルサルバドルの23万人となっている。TPSのTは、Temporaryであり、恒久的な滞在を認めているわけではなく、1回の申請において認められる期間は、18カ月に止まる。しかし、TPSの対象国として認められる根拠となった戦争などの状況が続いていれば、延長も可能だ。
TPSに基づき滞在しているエルサルバドルからの出身者の期限は、今年3月8日だった。トランプは、その延長を認めない可能性高い。本国に送還されれば、極端な治安悪化状態の下で、命の危機に直面しかねない。このため、TPSに基づく移民の滞在の拡張を訴えているNPO、National TPS Allianceを中心にして、バイデン政権にTPSの延長措置を政権移譲前に行うことを要求。昨年12月16日、全米各地から首都ワシントン入りしたTPSにより滞在している人々らによる記者会見を行うとともに、要求を認めさせるためとしてハンガーストライキに入ることを表明した。また、連邦議員と面談し、TPSの延長措置を速やかに行うよう、バイデン政権に求めるよう、訴えた。
こうした活動が実り、TPSを管轄する政府機関、Department of Homeland Security (DHS)は1月10日、3月8日の期限切れを待たず、18カ月の延長を認めることを明らかにした。これにより、TPSで滞在しているエルサルバドルからの出身者は、2026年9月9日まで、アメリカに合法的に滞在できることになった。また、今年4月に期限を迎えることになっていたベネズエラとウクライナ、スーダンからの出身者についても、18カ月の延長措置が認められた。TPSにより滞在している人々と支援団体の勝利である。しかし、延期が認められていない対象国もあり、National TPS Allianceは、さらなる働きかけをバイデン政権に行っていくとしている。
なお、National TPS Allianceは、Internal Revenue Serviceと呼ばれる国税庁に相当する政府機関から税制優遇を認められた、いわゆる501c3団体ではない。このため、カリフォルニアにあるCentral American Resource Center of Los Angeles (CARECEN-LA)という税制優遇を持つNPOの一事業として寄付や助成金を受け付けている。ただし、活動自体は、独立した組織として実施することができる。こういう仕組みをFiscal Sponsorshipという。
National TPS Allianceは、政権移譲前に政策の実現を求めている団体のひとつにすぎない。アメリカ最大の人権擁護団体といわれるNational Association for the Advancement of Colored People (NAACP)のDerrick Johnson会長兼CEOは、1月8日配信のアフリカ系アメリカ人向けのインターネットメディアTheGrioに” Together, these three actions will get us closer to a more perfect union, and ensure a freer and safer America for all”と題する一文を投稿。黒人の収監者に対する恩赦の実施と奨学金の返済免除、警察の暴力への対応の3点を退陣前に行うよう、バイデン大統領に求めた。
女性団体からは、より大きな要求が上がっている。男女同権を憲法に盛り込むEqual Rights Amendmentの制定を求める声だ。多くの女性団体や連邦議員などからも上がっていたが、昨年12月18日、全米最大の女性団体National Organization for Women (NOW)もChristian F. Nunes会長名で声明を発表。すでに38州が批准し、制定の要件を満たしているなどとして早急に制定に動くよう求めたのだ。
バイデン政権が、これらの要請に前向きに取り組む可能性は高いとは言えない。とはいえ、声をあげることが、次期政権の政策形成に一定の影響力を持つのではないか。そういう期待とともに、これらの動きを追っていきたい。なお、上記のNational TPS Allianceによる記者会見の様子は、以下のサイトからファイルをダウンロードすると、映像で見ることができる。
https://drive.google.com/drive/folders/1WoRW8bVrvpV7-Bw8pTVX2-3pEsRuAlwY
移民労働
全米各地でアマゾン労働者の組織化継続、来月ノースカロライナで職場選挙実施
2025年1月9日
ネット通販事業を中心に従業員数で全米第2位の企業、Amazon.com(以下、Amazon)では、物流施設などにおいてコロナ禍で職場の安全衛生に不安をもった労働者による組合結成の動きが広がった。政府機関の管理下で選挙が行われ、団体交渉権が認められた職場では、Amazonが異議を主張。労働側が選挙で敗れた職場では、Amazonの不当労働行為が問われた。職場から法的な争いに移行する中で、Amazonの組織化への関心は低下しつつあった。しかし、昨年のクリスマス前に、労働側は各地でストライキを展開。また、ノースカロライナ州では来月、団体交渉権の承認を問う職場選挙が実施されるなど、新たな動きが広がっている。
コロナ禍におけるAmazonの労働者による組織化は、南部アラバマ州とニューヨーク市の物流施設2カ所の動きを中心にして、全米的に関心が高まった。アラバマ州で組織化を進めたのは、組合員10万人をもつリベラルな労働組合で、大手のUnited Food and Commercial Workers International Union (UFCW)の傘下にある、Retail, Wholesale and Department Store Union (RWDSU)。労働組合の団体交渉権の承認や不当労働行為の認定などに関わる連邦政府機関、National Labor Relations Board (NLRB)に対して、RWDSUは2020年11月、職場選挙の実施を申請。しかし、2021年2月に郵送で行われた選挙においてRWDSUに団体交渉権を委任することへの賛成は738票と、反対の1798票の半数にも届かず、Amazonの勝利となった。
RWDSUは2021年4月、Amazonによる不当労働行為があったとして、NLRBに異議申立を実施。NLRBは、訴えを認め、2022年2月から3月にかけて郵送投票が行われた。労使双方への賛否の差は大きく縮小したものの、RWDSUへの賛成887票に対して、反対は993票と、Amazonが再び勝利。しかし、この選挙では、疑問票が416にのぼり、その判断をめぐり、労使によるNLRBでの議論が続いた。2024年11月、NLRBは、過去の選挙でAmazonによる違法行為があったとして、3度目の選挙の実施を決定した。これに対して、RWDSUは、自由かつ公平な選挙の保障がないとして選挙の拒否を表明。Amazonも裁判所に提訴する姿勢を示しており、先行きは不透明な状況だ。
アラバマ州における組織化とほぼ時を同じくして、ニューヨークでもAmazonの労働者による組合作りの動きが進んでいた。この動きを主導したのは、独立系の労働組合、Amazon Labor Union (ALU)である。なお、「独立系」とは、大手の全国組織に属さない組合を意味する。組織化が行われたのは、JFK8と呼ばれるニューヨーク市の南西部のStaten Islandにある物流施設で、6000人ほどの労働者が働いていた。NLRBの管理下で実施された職場選挙で、ALUに団体交渉権を委任することに対して、賛成が2654票と、反対の2131票と疑問票の67を合わせた数を上回った。しかし、Amazonは、NLRBに異議申し立てを行うとともに、団体交渉を拒否している。
Staten Islandで労働者の組織化の中心的な存在として活動していたのは、JFK8のマネジメント補佐だったChristian Smallsさんだ。Smallsさんらは、職場の安全衛生が保たれていないことなどを理由に、ストライキを敢行。これに対して、Amazonは、職場でソーシャルディスタンスを順守しなかったとして、Smallsさんを解雇した。独立系の組合としてスタートしたものの、巨大企業Amazonを相手にした闘いに、ALUは苦戦。また、組合活動に注力せず、講演などに時間を割くSmallsさんへの反発が強まり、ALUは2024年6月、組合員の98.3%が賛成により、大手のInternational Brotherhood of Teamsters(以下、Teamsters)の傘下に入り、Amazon Labor Union-IBT Local 1(以下、IBT Local 1)として活動していくことを決定。Smallsさんは代表職を外れ、新たな執行部が選出された。
Teamstersは、1903年にふたつの労働組合が合併して設立された労働組合である。現在、アメリカとカナダ、プエルトリコで130万人の労働者を組織、組合費だけで年間2億ドルに及ぶ。ただし、1970年代には、組合員が200万人を超えていた。トラック運転手の労働組合と説明されることが多いが、トラック輸送に関連する倉庫労働者に加え、American Red CrossのようなNPOや政府の職員、大学院生として教員の教育研究の助手的な役割を担う、いわゆるアカデミックワーカーなど、幅広い職種の労働者を組織。政治的にも、保守派とリベラル派が混在し、2024年の大統領選挙では、Sean O’Brien会長がトランプを公認候補として選出した共和党全国大会で演説を行い、民主党中心の労働界に波紋を広げた。
2021年6月、Teamstersは全国大会に相当する国際総会において、Amazonの労働者の組織化に向けた取り組み”The Amazon Project”を開始することを発表した。「プライムデー」と呼ばれる、会員向けのビーグセールにあわせて公表されたことに示されるように、Amazonへの挑戦状ともいえるものだ。” The Amazon Project” において、Teamstersは、RWDSUやALUをはじめとしたアメリカの大半の組合による、NLRBを通じた職場選挙による団体交渉権の認定という組織化の手法を拒否。組合の伝統的な戦術である、ストライキや署名活動、その他の集団的行動を通じてAmazonに圧力をかけることで、組合を認めさせる方針を打ち出した。
この方針が全米レベルで具体的に展開されたのが、昨年のクリスマス前の取り組みだ。1月6日発信のLabor Notesの記事によると、物流業界が最も多忙な時期に当たる、12月19日からクリスマスにかけて、ニューヨークのクイーンズやサンフランシスコを含め、全米8カ所の物流施設でTeamstersの組合員推定600人がストライキを敢行したのである。Amazonは、物流施設などで74万人、Delivery Service Partners (DSP)と呼ばれる4400の契約配送業者の労働者39万人を雇用している。これら膨大なAmazonの労働者の人数に比べると、ストライキに参加したのは、ごく一部にすぎない。とはいえ、CNNなどの大手メディアも大きく報道、Amazonに与えた心理的な影響は小さくなかっただろう。
Staten Islandの物流施設のIBT Local 1ようにAmazonが直接雇用している労働者だけでなく、Teamstersは、DSPのように間接雇用の労働者も組織していると主張。組合員の数は、全米に7000人から1万人程度にのぼるという。ここで重要なのは、DSPの労働者をAmazonの労働者として組織化できるのか、という点だ。Teamsters Local 396は2023年4月、ロサンゼルスの郊外PalmdaleにあるAmazonの配送作業を請け負っていたBattle-Tested Strategies社の労働者84人を組織化した。Amazonは、同社との契約を解除、労働者は事実上、解雇された。これに対して、Local 396はNLRBに訴えを起こしていたが、2024年8月、NLRBはAmazonを”Joint Employer”(共同雇用主)と認定した。
Amazonに対して、NLRBの職場選挙を通じて、組織化を目指している独立系の組合もある。ノースカロライナ州のCarolina Amazonians United for Solidarity & Empowerment (CAUSE)がそれだ。RDU1と呼ばれる物流施設で働く4300人の労働者の組織化を目指して、2022年1月に設立された団体である。昨年12月、職場選挙に必要な3分の1を超える労働者の署名を集め、NLRBに選挙を申請。今年2月10日から15日にかけて、NLRBの管理下で、職場で直接投票が行われることになった。なお、Amazonは12月3日、CAUSEの会長、Ryan Brownさんを解雇するなど、反組合的な姿勢を示している。
RWDSUによるアラバマ州の物流施設における職場選挙から4年、ニューヨークで組合を求めALUがNLRBを通じて実現しようとした組合づくりから3年近い歳月が流れた。Amazonは、依然として労働組合を承認し、団体交渉を行い、労働協約を締結しようとはしていない。しかし、様々な形で労働者の闘いは続き、徐々にではあれ、勝利への展望も感じられるようになってきた。そこには、企業による労働者への不当な扱いを認めないという強い意志が感じられる。今後も、労働者とその組合の動きを注視していきたい。
なお、上記のTeamsters Local 396の訴えに対して、AmazonとBattle-Tested Strategies社が”Joint Employer”(共同雇用主)とNLRBが認定したことについて、Teamstersが発表したプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.prnewswire.com/news-releases/teamsters-win-groundbreaking-joint-employer-decision-against-amazon-302228845.html
反戦平和
笹森恵子さんの死去と在米被爆者の反核・平和活動
2025年1月6日
日本原水爆被害者団体協議会(以下、被団協)がノーベル平和賞を受賞してから5日後の2024年12月15日、ロサンゼルス近郊のMarina del Reyで、ひとりの在米被爆者が息を引き取った。原爆投下によって全身に負ったやけどの跡、「ケロイド」の治療のため渡米。手術後、一時帰国したものの、再度訪米し、その後、アメリカでナースエイドとして働きながら、反核平和を訴える活動を続けてきた、笹森恵子(ささもり しげこ)さんである。唯一の原爆投下国、アメリカにおける原爆の被害者としての立場からの核兵器廃絶と平和を求める活動について、笹森さんを中心に紹介していきたい。
笹森さんが被爆したのは、13歳の時。爆心地から1.5キロの広島市中区平塚町で、全身の4分の1にやけどを負った。被爆時とその直後の彼女の状態などについては、2022年4月18日付の中国新聞の朝刊に掲載された「『記憶を受け継ぐ』 笹森恵子さん―大やけどの顔 渡米治療」とタイトルがつけられた記事(https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=118593)が詳しく記述している。また、この記事は、ごく簡単にではあるが、渡米治療の経緯や再渡米後の活動についても紹介。なお、中国新聞によると、笹森さんは、渡米前にも2回手術を受けていた。そして、New York Times (June 22, 1980)によると、渡米後、39回もの手術を受けたという。にもかかわらず、私が1980年代にロサンゼルス住んでいた時、お会いした際には手や顔にケロイドの跡がはっきり残っていた。
手術のために渡米したのは、笹森さんだけではない。1955年、被爆した未婚の女性25人が海を渡り、ニューヨークのMount Sinai Hospitalで、18か月間に、あわせて138回もの手術を受けたのである。日本では「ヒロシマ・ガールズ」と呼ばれていたと伝えられているが、英語では“Hiroshima Maidens”(ヒロシマ乙女)だ。なお、彼女たちの訪米手術に尽力した人が日米両国にいた。日本では広島の流川教会の谷本清牧師、アメリカ側ではNorman Cousinsが、その代表といえよう。
Norman Cousinsは、週刊誌、Saturday Reviewの編集長を1942年から72年まで務めていたことで知られる人物だ。この雑誌は、1920年にNew York Evening Post(現在のNew York Post)の別冊として刊行され、1924年に独立した刊行物となり、最盛期には66万部を発行した記録が残っている。笹森さんは、Norman Cousinsの自宅で過ごし、後に養子となる。生まれた子どもは、Norman Cousins Sasamoriと命名された。
笹森さんとは何度かお会いしたが、きっかけは1982年6月7日から7月10日にかけてニューヨークで開催された第2回軍縮特別総会、いわゆるSSDIIを契機に、ロサンゼルスをはじめとしたアメリカ各地のアジア系住民により反核団体が設立されたことと関係している。広島と長崎への原爆投下による犠牲者への祈念と核兵器の廃絶を目指すうえで、核兵器の悲惨さを伝える「生き証人」としての被爆者の声を紹介する動きが広がったのだ。この活動に関わったことで、「生き証人」のひとり、笹森さんと知り合うことができた。
また、1984年のロサンゼルス・オリンピックに合わせて、反核平和団体は、世界に平和を訴えるイベントとして、Survival Festを開催。このイベントには、広島から平和の灯が被爆者によって届けられ、イベントの会場において、オリンピックの開会式に「聖火」を点火させるような形で、「点火式」が行われた。笹森さんは、スピーチを終えた後で、歓声が上がった「点火式」について、平和の灯の経緯や意味合いを述べたうえで、「亡くなった被爆者への追悼の意識が見られない」という意味合いの言葉を、怒りを込めた様子で発したことを覚えている。
笹森さんの「生き証人」としての活動は、反核や平和を訴える集会だけに限られたわけではない。1400ワードを超える長大な追悼文ともいえる記事を12月28日に掲載したThe New York Timesも紹介しているように、「学生、国連のインターンやガイド、連邦上院議員などの聴衆を前に、核戦争に反対する言葉を優しく、しかし確固とした口調で語った」のである。ここでいう連邦上院議員に対する語りとは、核戦争が人々の健康に与える影響を調査するための小委員会における証言のことで、1980年に実施された。
ひとりの被爆者として核兵器の恐ろしさ、廃止の必要性を訴えた笹森さんと異なり、組織を通じて、反核と平和の重要性を指摘してきた在米被爆者も少なくない。個人的に何度もお目にかかり、話を伺う機会があった人のうち、最も印象に残っているのは、据石和江さん(英語名:Mary Kazuye Suyeishi)だ。笹森さんと同様に、1980年代初頭に設立されたアジア系の反核平和団体の集会で被爆体験を語る活動を取材する中で、知り合った人である。据石さんは当時、米国被爆者協会(Committee of Atomic Bomb Survivors:CABS)の副会長だった。
CABSは、1971年にロサンゼルスの被爆者を中心に設立された在米被爆者協会と74年に発足したサンフランシスコ周辺地域の被爆者の組織である北加被爆者協会が、76年に合併してできた組織である。なお、北加被爆者協会の「北加」は、北カリフォルニアのことだ。初代の会長には、北加被爆者協会の代表だった倉本寛司さんが就任した。在米被爆者の多くは、ハワイ、カリフォルニア、ワシントンの3州を中心に約1000人が会員として参加。複数の州にまたがっていたこともあり、CABSは7つの支部で構成されていた。
反核平和を訴える被爆者がアメリカに1000人もいたのか、と思われるかもしれない。しかし、CABSの主要な関心は、被爆者にとってより現実的な健康に関する問題だった。すなわち、被爆による健康被害への不安から、日本で被爆者への医療を提供している医師による検診や相談の実現を望んだのである。これは、1977年に、広島からの健康診断のための医療スタッフの北米派遣として実現した。ただし、アメリカの医師法でアメリカの医療資格をもたない日本人医師の医療行為は認められていないため,広島県医師会とロサンゼルス郡医師会が姉妹協定を結び,アメリカ人医師の監督指導の下で健康診断のみ実施する形式を採用した。
この検診団の派遣は、その後も2年ごとに行われ、現在も続いている。直近では、2024年10月に広島県医師会の松村誠会長を団長にロサンゼルスを訪問。また、カナダのバンクーバーとブラジルのサンパウロも訪れ、被爆者の健康問題に対応した。さらに、ロサンゼルスでは、ロサンゼルスで現地の医師を対象に被爆者医療の研修会が開催された。このように述べてくると、在米被爆者の活動が順調に拡大してきたようにみえる。しかし、1992年にロサンゼルス・ハワイ支部がCABSに脱退届提出、据石さんを代表として、米国広島・長崎原爆被爆者協会(ASA)が設立されるなど、被爆者団体の団結が崩れてきたことも事実である。
在米の被爆者の活動の中心になってきた、倉本寛司さんは2004年、据石和さんも17年に亡くなり、「生き証人」は徐々に姿を消しつつある。そして、組織との関わりをあまり持たない笹森さんも亡くなった。笹森さんとの関係が深かったニューヨークのYouth Art New YorkのHibakusha Storiesの常連的な存在のSetsuko Thurlowは、今も声をあげている。とはいえ、原爆投下から80年目に当たるいま、「生き証人」にいつまでも期待するわけにはいかない。核兵器の悲劇と廃絶の必要性をどう語り継いでいくのか。据石さん、そして笹森さんの命の灯が消えた今、Youth Art New Yorkなどの活動に期待しつつも、このことを考えざるをえない。
なお、笹森さんを含めた上記のYouth Art New Yorkによる反核・平和に向けた活動は、以下から見ることができる。
https://youthartsnewyork.org/hibakusha-stories/
人権問題
“Ladies Night”訴訟で敗訴したレストランが閉店、「男性差別」解消を求める法律の是非議論に
2025年1月2日
レストランやバー、スポーツイベントなどで女性客に割引を行ったり、男性の利用を認めない、いわゆる“Ladies Night”。この行為が男性に対する差別だとする訴訟が相次いでいる。法律の知識がない経営者が、通常の集客活動の一環で、違法性がないと考えて、実施した行為に対して起こされているものだ。連邦レベルでは規制法がないものの、多くの州で制定されている差別禁止法に違反する。この州法を根拠に、男性の権利擁護団体の弁護士などから裁判を起こされるケースが後を絶たない。カリフォルニア州では裁判の結果、賠償金の支払いなどで経営が悪化。2024年の大晦日をもって店舗を閉鎖したレストランも現れ、差別禁止法の是非についての議論に発展している。
大晦日を最後に閉店したのは、サンフランシスコの郊外Concordにあるペルー料理のレストラン、Lima。オーナー・シェフのJohn Marquezさんは、ペルーのリマで生まれ、カリフォルニアで育った。リマにあるふたつのペリー料理店で修業を行い、9年前にレストランをオープンした。長年にわたり実施してきた” Ladies Night”では、女性客にワインなどのドリンクを半額で提供。ただし、週1回、午後5時半~8時半までの3時間という限定的なプロモーション目的だった。閉店の理由については、12月19日付のフェイスブックへのMarquezさんの投稿文によると、” Ladies Night”にともなう訴訟費用だけではない。運営コストの増加を含めた複合的な要因によるという。
では、” Ladies Night”は、法的にどのような問題として位置づけられているのか。Limaが事業を行っていたカリフォルニア州には、1959年に制定されたUnruh Civil Rights Act (UCRA)という法律がある。同州の政府機関、Civil Rights Department of State of California (CRD)によると、UCRAは、官民の事業者から利用者が差別やハラスメントを受けることがないようにすることが目的だ。住宅や公共施設だけでなく、店舗、レストラン、理髪店などの事業者に、施設の利用やサービスの提供において、性別や人種、肌の色、宗教、祖先、出身地、障害、健康状態、遺伝子情報、婚姻関係、性的指向、市民権の有無、第一言語、移民法上の地位に関わらず、平等な対応を行うよう求めている。
上記のように、UCRAが制定されたのは、1959年である。しかし、その時点から” Ladies Night”のような性別に基づく施設の利用やサービスの提供の相違が違法と判断されていたわけではない。立法化から20年後の1979年、ロサンゼルス郊外のオレンジ郡で”Ladies Day”を開催していた洗車場と”Ladies Night”を行っていたバーにおいて、女性と同じ優待を受けることを求めた。しかし、いずれも拒否されたため、裁判に訴え、1985年に州の最高裁判所で、”Ladies Day”や”Ladies Night”がUCRAに違反する行為だと認定された。
この”Koire v. Metro Car Wash”裁判の判決で重要な点のひとつは、”Ladies Day”や”Ladies Night”が原告の利用を妨げるなどの実害を与えていないため違法ではないとする被告側の主張が退けられたことだ。同一のサービスに対して、男女により異なる対応を行ったこと自体が差別であり、違法とされたのである。また、バーにおいては、女性への優遇は、カバーチャージの2ドルが免除されたにすぎなかったが、こうした原告の被害の規模も違法性の認定に関連づけられなかった。なお、Movement Advancement ProjectというLGBTQの権利などに関する政策を研究しているNPOによると、 UCRAと同様の法律は、カリフォルニア州を含めた全米22の州と首都ワシントンで制定されている。
CRDのウェブサイトには、UCRAに違反する行為を例示しているが、そのなかに” Ladies Night”の語彙も見られる。したがって、レストランの経営者であれば、女性への優待が違法行為であることを知っているはずだと思われるかもしれない。しかし、University of San DiegoのRebecca Nieman教授は、「(Limaのような)小規模な家族経営の飲食店の多くは、率直に言って、この法律について知らないかもしれない」と述べている。そのうえで、収益率が低い小規模な事業体は、訴訟の負担に耐えることは難しいという。そして、訴訟になった場合、仮に悪意がないことを示せても、違法行為であることは否めず、敗訴するだろうという認識を示した。
「家族経営」と聞くと、夫婦や親子で経営している零細な店舗をイメージしがちだ。しかし、Limaのウェブサイトを見ると、かなりの規模のレストランだ。飲食店の評価サイトYelpによると、平均的な食事代は$$=11ドル-30ドルとリーゾナブルな価格で、評価点も5点満点中4.1とかなり高い。とはいえ、裁判で経営難に陥るとは思えないが、アメリカの訴訟費用は大きい。そのための備えとして、事業者は通常、損害賠償保険に加入しており、それで対応できると思われるからだ。しかし、損害賠償は、レストランでいえば、店内で転倒して怪我をしたとか、食事で体調を壊したといった過失責任に対するものが主だ。訴訟の経費や和解や敗訴による出費をカバーしていないことも多い。
Limaの損害賠償保険の有無やその対象範囲は不明だが、2023年9月に、オーナー・シェフのMarquezさんは、訴訟費用をねん出するため、大手のクラウドファンディングサイトのGo Fund Meを通じて、募金を実施。やはり裁判が経営を圧迫していたのだろう。だが、目標額の3万ドルに対して、74人から4453ドルが寄せられたに止まった。500ドルという、最も多額の寄付を行ったJean Komatsuさんは、「日和見主義者による小規模事業者への『揺さぶり』だ」と非難している。なお、UCRAは、違法行為と認定された場合、実際の損失額の3倍までの補償や1件当たりの法定損害賠償額として4000ドルの請求を原告側に認めている。
Komatsuさんは、「日和見主義者」が誰なのか、具体的に示しているわけではない。しかし、”Ladies Night”などの「男性差別」を理由に訴訟を手掛けることを専門にする弁護士がいる。最もよく知られているのは、サンディエゴでオフィスを構える、Alfred Rava弁護士だ。また、同弁護士が関わってきたNational Coalition For Men (NCFM) も、女性から差別される男性の権利擁護の必要性を訴えている。Rava弁護士は、レストランなどの飲食業だけではなく、プロ野球も提訴。そのひとつが、マイナーリーグのFresno Grizzliesによる”Ladies Night”に対する裁判だ。
この裁判のきっかけになったのは、2023年5月25日にカリフォルニア州Fresnoで開催されたGrizzliesのホームゲーム。試合を観戦したNCFMのHarry Crouch会長は18ドルの入場料を科せられた。一方、同会長の同伴者の女性、Christine Johnsonさんは、無料で観戦できたという。Grizzliesへの訴えは、このふたりが原告になって起こされた。2024年5月7日付の地元紙、Fresno Beeによると、Class Actionとして提訴され、Grizzliesに対して、500万ドルの賠償を請求。なお、Class Actionとは、裁判の原告以外に、同様の状況の人々も含めて賠償などを求める仕組みである。このため賠償金が極めて高額になることが多い。
プロ野球の”Ladies Night”が裁判の場で争われたのは、これが初めてではない。歴史的に見れば、1883年にNew York Gothams (現在のSan Francisco Giants)が実施したゲームが最初といわれている。1913年にはプロ野球で最初に女性の球団オーナーになった、Helene Hathaway Brittonさんが St. Louis Cardinalsの試合で”Ladies Day”を導入した。なお、日中の試合なので、”Night”ではなく、”Day”と呼ばれた。この試合を男性同伴で観戦した女性は、入場料が無料になった。その後も、単発のイベントとして”Ladies Night”は続けられた。しかし、New York Yankeesのゲームに際して行われた”Ladies Night”が訴訟になり、1972年にNew York State Human Rights Appeal Boardが “Ladies' Day”を差別的と判断。これ以降、実施されることはほとんどなくなった。
このように述べてくると、男女間をはじめとした差別の解消に向けたUCRAの意義は理解できるものの、「わずかな損失」を防ぐため、小規模な事業体の経営を圧迫する一方、弁護士に「不当な利益」をもたらすのではないか、と感じるかもしれない。実際、こうした観点も含め、American Tort Reform Associationなど一部のNPOから、経済やビジネス環境に悪影響を及ぼしているという声も聞こえてくる。しかし、女性への優遇ではなく、同伴者への特典のようにすれば、問題は回避されるだろう。差別の解消に向けた制度を問題視するのではなく、差別を回避する方策を進めていくことに注力すべきではないか。
なお、UCRAについては、CRDの以下の資料などを参照されたい。
https://calcivilrights.ca.gov/wp-content/uploads/sites/32/2017/12/DFEH_UnruhFactSheet.pdf
コロナ禍
コロナ禍で独身女性の寄付者の割合が減少、ひとり当たりの寄付額は大幅に増加
2024年12月30日
新型コロナウイルス感染症が確認されてから5年が経過した。当初、未知のウイルスへの恐怖と警戒から、人々の行動は大きく制限され、経済や社会に深刻な打撃を与え、その影響は、NPOにも及んだ。医療面における危機的な状況はもとより、学校の閉鎖や失業者の急増などにより、NPOへのニーズが拡大。その一方、多くの人々が経済的に苦境に陥ったことで寄付者が減少、またソーシャルディスタンスの確保の必要性もあり対面によるボランティア活動が制約される状況などが報じられた。では、現実は、どのようなものだったのか。今後、同様の危機的な状況が生じた場合のNPOの対応に示唆を与える意味も含め、検討作業が進められている。最近発表された、“Women Giving 2024”と題するコロナ禍発生直後の寄付活動に関するジェンダー視点からの調査結果は、そのひとつだ。
この調査を行ったのは、Indiana University Lilly Family School of PhilanthropyのWomen’s Philanthropy Institute(以下、WPI)。Indiana Universityは、1820年にアメリカ中西部のインディアナ州に設立された州立大学で、現在は州内に8つのキャンパスが設置されている。Lilly Family School of Philanthropyは、そのひとつIndianapolisキャンパスで、1986年にフィランソロピー研究機関としてスタート。2012年にSchool of Philanthropyとなり、現在は、学士号(BA)に加え、修士号(MA)、博士号(PhD)も授与できる教育機関に発展している。
WPIは、1991年にNational Network of Women as Philanthropists という名称で設立された。現在は、Lilly Family School of Philanthropyに設けられている4つのInstituteのひとつで、女性とフィランソロピーに関する教育研究を実施。なお、WPIは2021年11月、”COVID-19, Generosity, and Gender: How Giving Changed During the First Year of a Global Pandemic”という、コロナ禍とジェンダー、フィランソロピー活動の交差点に焦点を当てた研究報告書を発表した。
“Women Giving 2024”には、“20 Years of Gender & Giving Trends”というサブタイトルがつけられている。このサブタイトルが示すように、2024年における女性の寄付活動について検討しただけではなく、過去20年間という長期にわたる寄付活動をジェンダーの視点から考察した点が特徴といえる。ただし、本稿では、コロナ禍との関係を中心に記述していく。ここでいうジェンダーの視点からの考察を行うために、“Women Giving 2024”の執筆者は、寄付者を独身女性、独人男性、夫婦という3つのタイプの世帯に分類。また、寄付先を宗教関係と非宗教関係に分けている。なお、この調査では、全米5000世帯、1万8000人を対象にした、アメリカのフィランソロピー研究で長年用いられている、Panel Study of Income Dynamics (PSID)というモジュールが利用された。
報告書は、以下の4点を主要なファインディングとして示している。
① 寄付におけるレジリエンス:2000年から2020年にかけては「寄付者の減少」現象が夫婦、独身男性と独身女性のいずれにも該当したが、独身女性の減少は遅く始まり、独身男性に比べて独身女性の方が減少幅が少なかった。具体的な数値でみると、この20年間に、独身男性と夫婦のうち寄付をした人は20%減少。一方、独身女性の減少幅は15%に止まった。ただし、コロナ禍前の2018年とコロナ入りした2020年を比べると、宗教的寄付に関して独身女性だけが増加したものの、非宗教的な寄付は夫婦や独身男性と同様、減少した。なお、「寄付者の減少」とは、寄付をする人の人数が減少する半面、ひとり当たりの寄付額と、寄付額全体が増加する現象をいう。
② 危機時の適応性:2000年から2018年にかけて、寄付をした世帯の平均金額は、夫婦、独身男性と独身女性とも、比較的安定していた。しかし、コロナ禍前後の2018年と20年を比べると、独身女性の寄付は、独身男性と比較して、寄付全般および非宗教的な寄付において増加した。例えば、2018年には独身女性の寄付額は独身男性を若干上回る程度だったが、2020年にはそれぞれ2225ドルと1662ドルと、かなりの差が生じている。
③ コロナ禍のシフト:一方、コロナ禍以前は、独身女性の寄付者の割合の減少率が夫婦や独身男性よりも緩やかだった。このことは、2008年前後のグレート・リセッションなどの社会的経済的な危機からの回復傾向が強いことを示唆していた。しかし、2010年以降の独身女性の寄付者の減少傾向は、独身男性と比較してあまり変わらない状況になってきた。2020年の寄付者の割合は、独身女性の41.7%に対して、独身男性は32.9%となっている。
④ 経済的な課題:2018年と20年を比較すると、独身女性における寄付者の割合は、独身男性とほぼ同様の割合で減少している。しかし、独身女性の場合、宗教的寄付を行った人の割合が増えているのに対して、非宗教的な寄付者の割合は大きく減少。一方、独身男性では、宗教的な寄付を行った人の割合はほとんど変化していないうえ、非宗教的な寄付も下げ幅が女性ほどではない。したがって、コロナ禍における失業などによる経済的な損失が、独身女性の寄付者の割合を減少させた可能性がある。
“Women Giving 2024”は、全部で22ページ。この中に2000年から2020年までの寄付活動におけるジェンダーの視点からの分析結果を提示している。しかし、提示されたデータは、2年ごとに折れ線グラフの形で表示され、経年変化の概観を掴むことはできるものの、初年と最終年以外の数値が示されていないため、詳細な変化を数字として把握することができない。また、コロナ禍の経済的な影響として失業などが提示されているものの、独身女性と独身男性、そして夫婦に対して、どの程度影響したのかについても、示されないままだ。
以上から、“Women Giving 2024”は独身女性と独身男性、夫婦の寄付に関する長期的な傾向と、コロナ禍における変化の大枠を理解するうえで参考になるものの、寄付を求めるNPOのサイドにとってどこまで有益なのか、判断することは難しい。なお、”Women Giving 2024”の執筆者自身、人種や社会的経済的な状況が寄付に与える可能性を示したうえで、それらを含めた検討が行われていないことを認めている。
特に、社会的経済的な状況についていえば、コロナ禍は、格差社会を助長した。この事実は、独身女性の間でも生じており、それが寄付者の減少と寄付額の増加という、一見相反する現象をもたらしたのではないだろうか。また、労働省のデータなどを見ると、失業率の高低は、男女間よりも、人種や学歴の相違によるものが大きい。
こうした点も考慮したうえで、報告書を読み、そこに示されたコロナ禍を含めた社会的経済的な危機が及ぼす寄付行為への影響をジェンダーの視点から参考にしていくことをお勧めしたい。なお、”Women Giving 2024”の報告書は、以下からダウンロードすることができる。
https://scholarworks.indianapolis.iu.edu/items/b1a60723-37d9-41da-9556-4505270d9c8f
NPO運営
アメリカ版「歳末たすけあい運動」、現物寄付への関心の高まりと課題
2024年12月28日
日本の「歳末たすけあい運動」のような統一した呼び名があるわけではないが、アメリカでも、11月の感謝祭からクリスマスにかけての季節になると、寄付活動が盛んになる。寄付というと、NPOなどの支援団体に現金を提供し、団体の活動を利用する人々のために役立ててもらうことがイメージされがちだ。こうした現金寄付に加え、アメリカでは、現物の寄付も幅広く行われている。かつては教会や学校に古着や使わなくなったおもちゃなどをもちより、必要な人に提供する方式が一般的だった。近年では、インターネットを利用して未使用の商品を寄付者と受益者の間で取り持つ仕組みが拡大。利便性が高まる反面、利用者が期待した商品が届かないなどの問題も指摘されている。
キリスト教の影響が強いアメリカでは、感謝祭からクリスマスにかけて、Season of SharingやGiving Season、あるいはHoliday Seasonなどと呼んで、「恵まれない人々を助ける」活動が各地で行われている。典型的な活動のひとつは、ホームレスや低所得の高齢者などに、ターキーを含めた食事をランチやディナーに提供したり、配食するものがある。しかし、宗教を含め、多文化社会の広がりとともに、この時期に特別な支援活動を行わない人々も増えている。とはいえ、大手メディアやSNSには、ターキーをふるまう教会やNPO、食する人々の姿が数多く映し出されていることも事実だ。
Season of Sharingでは、Shareする人々が存在する。寄付者と受益者である。とはいえ、寄付者は直接、受益者に金銭や物資を提供することはあまりなかった。両者の間に教会やNPOが介在し、寄付された資金をディナーの食材に変えたり、衣類などの生活に必要な物資を受益者が受け取る形が一般的だったといえよう。しかし、スマートホンの利用が低所得者の間にも拡大するとともに、インターネットを通じた寄付者と受益者のマッチングが広がってきた。アメリカとカナダで実施されている、Salvation ArmyのAngel Tree Programは、そのひとつである。
日本では「社会鍋」、アメリカでは” Red Kettle”と呼ばれる街頭募金活動で知られているSalvation Army。1865年にChristian Missionという名称で、イギリスのロンドンでスタートは、2021年には133ヵ国で活動を行うなど、世界的な知名度をもつ組織に発展している。キリスト教の団体ということもあり、アメリカでは、宗教活動はもとより、災害の被災者救援、ソーシャルサービス、ユースサービス、シニアセンターの運営、人身売買、退職軍人さらには刑務所の受刑者への支援など、幅広い活動を展開。年間の利用者は、2700万人にのぼるという。
Angel Tree Programは、11月から12月にかけてクリスマスに低所得者世帯の児童や高齢者に贈り物をするプログラムである。寄付者と受益者のマッチングだが、ここでいう受益者は、Angelと呼ばれる低所得者世帯の児童や高齢者だ。Angelは、衣類や玩具など、自分が希望する商品をWish Listと呼ばれる一覧表に提示。寄付者は、その中から自分が住んでいる付近の贈り先を選定、商品を購入し、近くのSalvation Armyに届けるか、オンラインで購入、配送してもらうかを選ぶことになる。このプロセスで明らかなように、Angelに贈られる商品は、古着などのように使用済みのものではなく、新しく購入される。
オンラインでの購入と配送については、パートナー企業も介在する。WalmartとSam’s Clubがそれだ。Walmart は、2002年から21年まで西友を傘下に収めていたことからも日本でも知名度が高い。一方、Sam’s Clubは、日本に未進出なのであまり知られていないが、メンバーシップ・ホールセール・クラブ(会員制量販店)で、アメリカでは同じ業態のCostcoに次ぐ2番目の規模を誇っている。なお、Sam’s Clubは、Walmart創業者のファーストネームをつけていることに示されるように、Walmartの子会社である。
この両社は、過去40年にわたり、Salvation Armyと連携してAngel Tree Program進めてきた。また、過去5年間にWalmartとWalmart FoundationがSalvation Armyに行った寄付は700万ドル。Walmartの顧客とSam’s Clubによる会員がSalvation Armyへの寄付は、2023年だけで3400万ドルにのぼるという。
Salvation Armyは、マッチングを行う前に、寄付者と受益者の情報を収集、その一部を寄付者に開示している。寄付者には、写真付きの身分証明書や居住を証明する書類の提出が求められる。受益者のAngelには、出生証明書などの身分証明のための書類、衣料や靴のサイズ、希望するおもちゃの内容などとなっている。なお、寄付者には、Angelのファーストネームが示される他は、個人情報の提示はなく、Wish Listに掲載される商品がわかるだけになっている。
長年行われている活動なので、概ねスムーズに進んでいると推察されるが、問題を指摘する声が寄付者と受益者双方から出ていることも事実だ。例えば、2024年12月24日発信の雑誌Peopleの” Angel Tree Causes Chaos on TikTok: Parents Upset After Receiving Gifts Not on Their Kid's Wish List”という記事は、Angel側の不満を伝えている。あるAngelの保護者によると、受け取った服は子どものために要請したサイズではなかったうえに、Wish Listに入っていなかったアイテムが数多く送付されてきたという。また、別のAngelの保護者は、彼女の16歳の娘にランチボックス、スカーフ、ビーニーなどの「中古」プレゼントが贈られたと指摘。「贈り物を買う余裕がないなら、Angel Treeを選ばないでほしい」と語った。
寄付者のサイドからも、困惑の声が聞こえてくる。12月27日発信のPeopleの” Woman Shares Gifts She Bought for Her Angel Tree Kid — and Her Purchases Cause Uproar on TikTok (Exclusive)”という記事は、Shay Jacksonという寄付者の声を実名で紹介。彼女のAngelはIvannaという10歳の少女で、Wish Listには、衣類の他、Stanley社製のカップに加え、150ドルもするSprayground社製のバックパックなどが記載されていた。結局、Shayさんは、一部の商品は10歳の子どもには不適切と判断。残りをAmazonやTargetというスーパーなどから同様なものを購入して送った。購入に要した費用は200ドルほど。送付前に商品を紹介したTik Tokには940万件のアクセスと7000件のコメントが寄せられたという。
これらの問題は、対面ではなく、インターネットを通じて制限された情報のやり取りの中で実施されることに原因の一端があるのかもしれない。とはいえ、せっかくの善意や期待を傷つけないような細やかな対応も求められているといえよう。問題が生じれば、上記の二つの事例のように、Tik Tokのようなネット媒体を通じて、広く拡散してしまう可能性もあるのだ。
なお、Salvation ArmyのAngel Tree Programの詳細は、以下から見ることができる。
https://saangeltree.org/
日米関係
「日米同盟」に関するアメリカ人の意識、対中関係との影響などNPOの報告書が指摘
2024年12月21日
外交関係を中心にした調査研究を行っているNPOが最近発表した調査報告書によると、アメリカ人の多くは「日米同盟」を評価していることが明らかになった。その背景には、東アジアにおける中国の影響力の高まりへの懸念があるとみられる。しかし、日本が実効支配しているものの、中国と台湾も領有権を主張している尖閣諸島に中国が侵攻、占領した場合、アメリカ軍の派遣について問われると、否定的な意見が強い。また、対日感情全般については、支持政党による温度差が拡大傾向にあるなどの点も明らかになった。
この調査を実施したNPOは、1922年に設立された超党派の調査研究機関、Chicago Council on Global Affairs (CCGA)。12月16日に発表された報告書のタイトルは、“Americans Now Favor Strengthening US-Japan Alliance to Deal with China’s Rise”とあるように、「日米同盟」への評価を「中国の台頭」との関係を中心にして、アメリカ人の意識を検討したものだ。調査は、世界的な調査会社、Ipsosの一部門の大規模なオンラインリサーチパネル、KnowledgePanelに委託して2024年6月21日から7月1日にかけて、英語とスペイン語で行われた。対象者は全米50州と首都ワシントンに住む18歳以上の人々2106人。サンプリング誤差のマージンは ±2.3 %という。
調査結果の主要な点は、以下の通り。
① 対日感情について、「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、何度になるかという問いに対しては、65度と比較的高い数字が示された。これは、日本が国際問題に責任ある対応をとっていることに信頼を置いているという回答(63%)とも関連しているとみられる。
② 日米の安全保障がアメリカの安全に寄与しているという回答は、74%にのぼった。支持政党別にみると、民主党支持者の間では78%と最も高く、次いで無党派の74%、共和党支持者の間では73%に止まった。
③ 東アジアの秩序の維持と中国の台頭に対抗するために、「日米同盟」を強化すべきという回答は60%と、2018年調査時における43%を大きく上回った。
④ 日本と中国、台湾が領有権を主張している尖閣諸島を中国が占領した場合、アメリカはどのように対応すべきかという質問に対しては、「制裁を科す」の70%が最も多かった。次いで、日本に武器や軍事物資を提供するの63%、日本に追加の軍隊を派遣するが53%と続いた。しかし、尖閣諸島を中国から奪還するために軍隊を派遣することについては、賛成が39%に止まった。
上記の③と④のアメリカの対中政策が「日米同盟」に及ぼす関係については、2008年以降に行われた具体的な質問への回答の変化も示されている。東アジアにおける中国のパワーが強まる中で、アメリカは「日米同盟」をどのようにしていくべきかという問いへの答えである。2008年には現状維持が54%と最も多く、次いで強化が34%、対中関係改善のため「日米同盟」を縮小するが9%だった。しかし、10年後の2018年には、現状維持の46%に対して、強化が43%とほぼ拮抗。なお、縮小は10%に増加した。2024年には、強化が60%へと急増した一方、現状維持は28%、縮小は7%と大幅に減少した。
このことは、アメリカ人の対中感情が急速に悪化したことを示唆している。CCGAが10月24日に発表した” American Views of China Hit All-Time Low”というタイトルの報告書を見ると、その一端がうかがえる。例えば、前述の対日感情と同様に、対中感情を「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、2014年には44度だった。その後、数年間は大きな変化はなく、2018年に45度へと微増。しかし、一転して低下傾向が続いたことで、2024年には26度にまで落ち込んだ。支持政党別でみると、民主党支持者は29度だったが、共和党支持者の間では20度と、極めて低いレベルに落ち込んだ。また、中国をライバルとみるか、パートナーとみるかという質問に対しても、ほぼ同率だった2018年を境に、ライバル視する人が急増。2024年にはライバル視する人が74%に及んでいる。
上記の④で示したように、尖閣諸島を中国から奪還するために軍隊を派遣することについて賛成は39%だった。ただし、党派別にみると、相違がみられる。共和党支持者の間では賛成が45%に上る一方、民主党支持者と無党派の間では、それぞれ39%と37%に止まっている。しかし、この結果は、共和党支持者が親日的であることを意味するものではない。上記の①の対日感情が「非常に良い」を100度、「最悪の状態」をゼロ度とした場合、全体では65度だったが、党派別では、民主党支持者は69度と最も高く、無党派も66度と平均を超えた。一方、共和党支持者は60度にすぎない。
これらの結果から推察すると、共和党支持者の間では、対中批判の意識が強く、そのため尖閣諸島への攻撃に対して、アメリカが軍事力を用いて対抗することを支持。しかし、それが日本に対する支援ではないと考えることもできる。実際、別の質問で日本への「信頼感」を聞いているが、「あまり信頼していない」が全体の25%だったが、共和党支持者に限定すると、29%と最も多かった。ただし、共和党支持者の間でも、2020年には64度、21年に63度、22年に64度を記録している。したがって、共和党支持者の対日意識を理解するには、より詳細なデータが必要といえよう。
「日米同盟」を含む、日米関係以外の質問も、CCGAの調査では含まれている。日本のグローバルな影響力の源泉への重要度についての問いだ。テクノロジーとイノベーションを「非常に重要」と「ある程度重要」選んだ人は、それぞれ59%と33%に達し、両者を合わせると9割を超える。経済力については「非常に重要」が38%、「ある程度重要」が49%にのぼる。また、文化については、それぞれ38%と44%と、経済力とほぼ同率だ。一方、軍事力は17%と45%に止まり、世界に対する日本の軍事的貢献への期待が低いことを示している。
長年、アメリカに住んでいたひとりとしては、アメリカの人々が日本についてどの程度理解しているのか、疑問を感じないわけではない。とはいえ、こうした「日米同盟」を含めた日本に対する一般の人々の意識を考慮したうえで、我々は、日米関係を幅広く考える視点を持つことが必要なのではないだろうか。
なお、上記のChicago Council on Global Affairs (CCGA)の報告書 “Americans Now Favor Strengthening US-Japan Alliance to Deal with China’s Rise”は、以下からダウンロードできる。
https://globalaffairs.org/sites/default/files/2024-12/2024%20CCS%20Japan.pdf
福祉貧困
中高年齢層の学生ローン支払い免除、首都ワシントンで退任前のバイデンに要請
2024年12月20日
アメリカでも、貸与型の奨学金や金融機関などからの教育ローンの返済が困難になっている人々の問題がクローズアップされている。絶対数からいえば、卒業後、比較的時間がたっていない20代や30代の若者が多いが、過去20年、返済に苦慮する50代以降の人々が急増。ローン返済で苦境に陥っている人々の「ユニオン」を名乗る団体の中高年のメンバーが12月11日に全米各地から首都ワシントンに集まり、バイデン大統領が任期を終える前に、2020年の選挙で公約したローンの返済免除を行うよう求める集会を実施した。
連邦政府の教育省の1部門、National Center for Education Statistics (NCES)は、全米の教育に関するデータを収集、分析し、その結果を報告書などの形で公表している。こうしたデータを2次利用して、教育に関する特定の課題について検討を行っている団体Education Data Initiative (EDI)によると、連邦政府の教育ローンで負債を抱えている人は、全米で4280万人。民間機関からの資金返済が必要な人も、推定で300万人にのぼるという。これらの人々の負債総額は、1兆7500憶ドル(約271兆2500億円)に達している。日本政府が閣議で決定した2024年度予算案のうち一般会計の総額は、112兆717億円。アメリカの学生ローンの借り手が支払わなければならない金額は、その2.5倍近い。
教育ローンの返済が必要な人というと、卒業後間もない20代から30代の世代がイメージされがちだ。しかし、2022年のデータによると、60歳以上で教育ローンの返済が求められている人は350万人。これらの高齢者の負債総額は、1250憶ドル(1兆9375億円)という。NPOのシンクタンク、New Americaによると、2004年から21年までの間に、学生ローンの受給者は全体で90%増加した。
これに対して、60歳以上の借り手は511%増と、6倍に急拡大した。ローンを受けた高齢者の多くは、子どもの学資を融通したと思われるかもしれない。しかし、政府系の融資の76%は、高齢者自身が受けたものに対する返済だ。中高年になってから学び直しをする人が多いことも影響しているだろうが、長期にわたり返済を行っている人が少なくないことを示唆する数字だ。なお、子どもの学資用に保護者が連邦政府から借りるローンは、Parent PLUSと呼ばれている。この割合は、政府系学資ローンの21%に止まる。これらに加えて、子どもなどが借りたローンの保証人となり、返済を求められるケースもある。
消費者問題に取り組むNPOの法律機関、National Consumer Law Centerによると、Parent PLUSの保証人に保護者がなるのは、必ずしも自発的な行為ではない。低所得世帯の子どもが大学に通うために政府系の教育ローンを申請した場合、借りられる金額に上限があるため、必要な資金を手にすることができないケースもでてくる。保護者が不足分を補う余裕がなければ、高い利息がつくParent PLUSの利用が求められることが多い。子どもが大学を卒業できたとしても、保護者はその利息の支払いが求められ、家計が圧迫され、ホームレス状態に陥る人もいるという。
12月11日に首都ワシントンで、中高齢者の教育ローン問題を訴えた団体は、Debt Collectiveである。文頭で述べたように、「ユニオン」と名乗っているが、労働組合や協同組合ではない。組織的には、環境問題や消費者保護に取り組むNPO、Sustainable Markets FoundationがFiscally Sponsorとなって、活動を進めている団体だ。なお、Fiscally Sponsorとは、連邦政府から税制優遇措置を取得していない団体が、取得しているNPO、いわゆる501c3団体の傘下で活動する形で、税制上の優遇を提供する仕組みだ。助成財団や寄付者が税制優遇措置をもたない団体に資金を提供する場合、Fiscal Sponsorに払うと、支援したい団体の運営や活動に還流される。
Debt Collectiveは、2011年9月の”Occupy Wall Street”(ウォールストリートを占拠せよ!)を起源とする運動体だ。2015年に全米最初のStudent Debt Strikeを実施、学生ローンの返済免除を訴えた。連邦議会には、2019年以降、”College for All Act”という大学の学費の無償化などを求める法案が提出されるようになったが、この動きを促した団体のひとつでもある。なお、この法案は、現在の議会にも”H.R.4117 - College for All Act of 2023”として提出されており、下院の賛同者は67人に及んでいる。
学生ローンは、政府や民間企業から借りた資金だ。それを返済しないでよいのか、という疑問がでるかもしれない。しかし、高齢者に関していえば、Section 902.2 of the Federal Claims Collection Standard Actによって、連邦教育省は、借り手の年齢や想定される余命期間に基づき、返済の免除を行う権限がある。また、バイデン大統領は、2020年の選挙の際、年収12万5000ドル未満の人々に対して、1万ドルの教育ローン返済免除を実施すると公約していた。バイデン大統領は、この公約に基づき、返済を免除しようとしたものの、連邦最高裁判所が2023年6月の判決で、免除の大半は認められなかった。
こうした経緯も踏まえ、Debt Collectiveは今年9月、ホワイトハウス前で50歳以上の人々の教育ローン免除を行うよう、バイデン大統領に求める集会を開催、負債を抱える中高年齢者20人余りが参加した。そして、12月11日、その第2弾的な意味合いも含め、教育ローンを管轄する連邦教育省前で免除実施を求める集会を行ったのである。集会には、全米各地から教育ローンの支払いに苦慮している人々が参加、NPOのメディア、TruthoutとIn These Newsは12月16日、共同で”Student Debt Doesn’t Vanish With Age. Older Debtors Protest With a ‘Knit-In’”という見出しの記事を掲載。その中で、返済に伴う切実な声を以下のように伝えた。
例えば、バージニア州から参加したMary Donahueさんは、一番下の子どもが大学に入学するのを機会にソーシャルワーカーを目指し、大学院に入学。2008年に無事修了し、仕事を始めたものの、現在、14万5000ドルの教育ローン返済が残っている。このうち12万5000ドルは、利息だという。また、ミシガン州のBecki Wellsさんは、夫とともに子どもの大学入学後の資金のため債券を購入していた。しかし、2008年のリーマンショックで再建は暴落、ふたりの子どもを大学に通わせるため、教育ローンを受ける必要に迫られた。子どもは卒業できたものの、23万ドルの返済に苦しんでいるという。
負債にともなう苦痛は、財政的なものだけではない。返済ができないことによる羞恥心やスティグマがあり、特に高齢者には、そうした意識が強い、とTruthoutとIn These Newsの記事は伝えている。そのうえで、返済に苦しむ人々を組織することは、そうした人々のコミュニティ作りと救済につながると指摘。そして、Debt Collectiveのオルグ、Jason Wozniakさんが述べた、「ひとりだけなら、負債は苦痛でしかない、しかし、活動をともにすることで、協働の力に代わる」という言葉を紹介している。
なお、アメリカの高齢者の教育ローン問題の実態は、上記のNational Consumer Law Centerが作成した、”THE GROWING IMPACT OF STUDENT DEBT ON OLDER ADULTS”という資料に簡潔に示されている。以下からダウンロードすることができるので、興味のある人は、見てみてほしい。
https://www.nclc.org/wp-content/uploads/2024/09/Impact-of-Student-Debt-on-Older-Adults.pdf
公共政策
低所得者向け食料支援プログラムから"Junk Food"を除外、知事の提案に賛否
2024年12月18日
アーカンソー州のSarah Huckabee Sanders知事(共和党)は12月11日、トランプ次期大統領から長官に指名された2人の閣僚候補に対して、連邦政府の低所得者への食料支援プログラムで"Junk Food"の購入を除外するよう求める書簡を送付したことを明らかにした。"Junk Food"が健康を阻害するというのが理由で、州の農民が生産した卵や野菜、果物などの生鮮食品の購入を促すべきだと主張。この要請に対して、農業関係の団体からは賛同の声が出る一方、低所得者を支援しているNPOからは生鮮食品の購入が困難な地域もあるとして、画一的な除外は適切でないと述べるなど、賛否両論がでている。
Sanders知事が問題にした低所得者向けの食糧支援プログラムは、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)。連邦政府のDepartment of Agriculture (USDA) が管轄している事業のひとつで、一定の所得以下の家庭の家族数などに応じて、食料に限定して現金と同様に用いることができる引換券が支給される。1939年に導入された当時は、Food Stampと呼ばれ、受給者は受け取った引換券をスーパーなどで必要な食料を購入する資金に充当することができた。1990年代後半から、Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれる電子カード形式に変更され、名称も2008年からSupplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)に代わった。
2024年6月に発表されたUSDAの”The Food and Nutrition Assistance Landscape: Fiscal Year 2023 Annual Report”という報告書によると、2023年度の連邦政府の食糧支援プログラムの支出は、総額1664億ドル(約25兆円)。このうちSNAPは、1128億ドル(約17兆円)と、7割近くを占めた。受給者は、年度を通じた平均で4210万人にのぼる。この人数は、前年度に比べると2.2%増えており、低所得者が増えたことがわかる。なお、2023年7月1日現在の全米の推定人口は3億3756万人なので、ほぼ8人にひとりがSNAPを受給していることになる。なお、アーカンソー州に限定すると、12月10日現在で、11万9675世帯、
22万3552人がこの食料支援を受けているという。
Sanders知事が書簡を送付した閣僚候補は、Department of Health and Human Services (HHS) のRobert F. Kennedy Jr. とUSDAのBrooke Rollinsのふたり。このうちRollins候補は、問題として取り上げたSNAPを担当する省なので、当然だろう。一方、Kennedy Jr.候補は、直接SNAPに関わるわけではない。Sanders知事の書簡の中に、その理由は明示されていないが、SNAPで"Junk Food"を購入、食することによる健康への悪影響について理解を求めるため、健康や医療を管轄するHHSのトップに指名された人物へも送付したとみられる。なお、"Junk Food"のJunkとは「ゴミ」などを意味する。書簡には、ソーダ、健康に悪いスナック、キャンディ、デザートが、具体例として示されている。
Sanders知事は、こうした"Junk Food"がSNAPの支出の23%、250億ドル も費やされていると指摘。そのうえで、Stanford UniversityのJay Bhattacharya博士らによる研究結果として、"Junk Food"の購入が禁止されれば、14万1000人の児童が肥満になることを防げ、24万人の大人が2型糖尿病にならずにすむと述べている。また、糖尿病や肥満などによる妊娠合併症のリスクを減少させ、妊婦の健康改善にも寄与することも強調。さらに、連邦政府と州政府による医療費支出が2兆ドルに迫る中で、赤字削減にも寄与すると、"Junk Food"禁止の意義が大きいと述べ、「常識的な予防医療政策」と主張した。
The Natural Stateと呼ばれるように、アーカンソーは農業州だ。Arkansas Farm Bureauによると、農業は州最大の産業で、生産額は209億ドルにのぼる。主な農産物は、全米最大の生産量を誇るコメをはじめ、綿花の栽培も活発で、農家数はほぼ5万戸にのぼる。また、イチゴや桃などの果物や養鶏や畜産でも知られている。こうした地元産品の販売促進も兼ね、Sanders知事は、SNAP改革がアーカンソー州産の農産物などを楽しむとともに、アメリカ人がアーカンソー州の農家を支援する絶好の機会も提供することになると述べている。
なお、SNAP改革といいつつも、Sanders知事は、全米規模で制度を変えることを求めているわけではない。USDAのFood and Nutrition Serviceに対して、アーカンソー州によるSNAP事業に対して、特例として認めることを要請しているのである。その意味では、州民の健康増進や農業などの産業の促進を狙った、知事として州の利益を第一に考えた要望ということができる。しかし、SNAPの受益者である低所得者の利益をどこまで考えているのか、疑問視する声もある。
例えば、SNAPの受給には、様々な制約があるが、受給家庭の資産額はそのひとつだ。民主党の議員から州議会に、2250ドル未満という条件を1万2500ドルに引き上げることで、受給者の自立促進が提案された。しかし、Sanders知事は「福祉の拡大」は認めないとして拒否。結局、6000ドルが上限に設定された。ただし、多くの共和党知事が夏休み中に学校給食が取れないため、食費がかさむ低所得者家庭に配慮して支給額を増やすSummer EBTを導入していない中で、知事は実施に踏み切っている。これにより、州内の26万人の児童への食料支援が実施された。
では、こうしたSanders知事による次期政権の閣僚候補への要請に対して、地元の関係者は、どののように感じたのだろうか。当然のことながら、農業関係者からは積極的に評価する声が聞かれる。12月13日発信の地元紙Arkansas Advocateの”USDA should prohibit “junk food” purchases with SNAP benefits, governor say”という見出しの記事によると、農家や農業関係の事業者の組織、Agricultural Council of ArkansasのExecutive Vice President のAndrew Grobmyerは、次期政権で議論になるテーマだと指摘。そのうえで、「(SNAP)の変更により、受給者がアーカンソー州産の米など、より健康的で栄養価の高い選択肢を選ぶことにつながることを願っている」と述べ、知事の行動に謝辞を表明した。
一方、児童とその家族の福祉や医療、教育など多様な問題に関するアドボカシー活動を進めているNPO、Arkansas Advocates for Children and Familiesは、12月11日に発表した声明の中で、知事の貧困問題への対応を楽観視しているとしながらも、低所得のアーカンサン州民の多くは、州の田舎で「食の砂漠」に住んでいると指摘。そのため「家族がコミュニティ内で自分やその子どもたちが利用できる食品を柔軟に購入できない制限には注意する必要がある」と述べている。1977年の設立以降、低所得者のサイドに立ったアドボカシー団体として、利用者本位の指摘といえよう。
なお、上述のSanders知事によるトランプ次期政権の2人の閣僚候補への書簡は、以下から見ることができる。
https://governor.arkansas.gov/news_post/governor-sanders-calls-for-reforms-to-the-snap-program/
移民労働
「不法移民」の取締りにおける「聖域」撤廃、トランプ次期大統領の計画に権利擁護団体などが反発
2024年12月16日
アメリカの4大テレビ局のひとつ、National Broadcasting Company (NBC)は12月12日発信の記事の中で、トランプ次期大統領が”Unauthorized Immigrants”(以下、「不法移民」)の取締りの対象場所に関して、これまでの「聖域」を撤廃する計画だと伝えた。「聖域」には、学校や病院、教会などが含まれており、撤廃が実施され、Immigration and Customs Enforcement (ICE)などの取締当局が捜索や逮捕などの活動を行うことになれば、大きな混乱が生じる可能性もある。また、人道的な観点からも適切といえないなどとして、移民の権利擁護団体や宗教団体などから懸念や反発の声がでている。
「不法移民」の取締りを行う場所に関する「聖域」は、2011年10月24日に連邦政府のDepartment of Homeland Security (DHS)の一部門、ICEが発表した”Enforcement Actions at or Focused on Sensitive Locations”とタイトルがつけられたメモランダムによって 導入された。このメモランダムで”Sensitive Locations”とされているのが「聖域」だ。具体的には、幼稚園から大学までの教育機関、病院、教会、葬儀や結婚などの会場、集会やデモ・パレードなどの場所などとされた。また、取締りの具体的な内容には、逮捕だけでなく、尋問や捜索、監視が含まれる。ただし、「聖域」への取締りが一切できないのではなく、上層部の承認があれば実施できることや、テロの恐れがある場合などを例外とした。
2017年に始まった第1次トランプ政権においても、このメモランダムは順守されてきた。2020年の選挙でトランプを破り、成立したバイデン政権は2021年10月27日、DHS のAlejandro N. Mayorkas長官により、” Guidelines for Enforcement Actions in or Near Protected Areas”と題するガイドラインを発表。2011年のメモランダムに代えて、このガイダンスで「聖域」の定義やICEなどの取締りについての規定を示した。なお、従来の”Sensitive Locations”が”Protected Areas”に変更されているが、ここでは日本語訳を「聖域」に統一して記述していく。両者は、同様の内容が多いが、主な相違点として、以下をあげることができる。
・メモランダムの発信先はICEだけだが、ガイダンスにはCustoms and Border Protectionなどの機関にも追加された。
・「聖域」の対象が広がったこと。具体的には、学校以外に児童が集まる公園やグループホームなどの施設が加えられた。また、災害時の避難場所や食料や水などの提供場所も「聖域」に含まれることになった。
では、なぜ政府は、こうした「聖域」を設けたのか。この点について、ガイダンスは、「取締りを行うに当たり…、取締りの場所や周囲の人々への影響、そして幅広い社会的な利益を考慮する必要がある」と指摘。例えば、学校で児童を逮捕すれば、他の児童への精神的な影響が懸念される。また、病院への手入れは、入院中の患者が対象であれば、人道上問題になる。これは、「(取締りに)バランスが必要」という考えに立つものといえ、移民の権利擁護団体American Civil Liberties Unionの弁護士、Lee Gelernt弁護士のような関係者だけでなく、テキサス州ダラスの元ICEの首席法律顧問Paul Hunkerのような取締当局からも支持されている。
次期大統領のトランプは、選挙中から「不法移民」への取締りの強化を主張してきた。今回のNBCの報道が事実であれば、その一環ということができる。ただし、その背景に、保守的なシンクタンク、Heritage Foundationの“Mandate for Leadership 2025: The Conservative Promise”、いわゆるProject 2025の影響を指摘する声も強い。移民規制に関しては、第1次トランプ政権でDHSの幹部を務めたKen Cuccinelliが作成に加わっており、「聖域」の撤廃を主張していた。
前述のように、メモランダムやガイダンスは、「聖域」への取締りを全面的に禁止しているわけではない。例えば、次期政権の「聖域」への取締りの第一報を伝えたNBCの” Trump plans to scrap policy restricting ICE arrests at churches, schools and hospitals”と題する記事は、次のようなデータを提示している。ICEが2017年10月1日から2020年10月31日までの間の取締に関するデータによると、少なくとも63件が計画され、「聖域」またはまたはその付近で5人がICEによって逮捕された。ただし、ICEの別のデータによれば、2020年会計年度(2019年10月~20年9月)の1年間にICEが逮捕した不法滞在者は10万3603人に及んでいる。これに比べると、「聖域」での取締りは極めて限定的といえる。
トランプ次期政権が手を付けようとしている「聖域」に、どの程度の人数の「不法移民」が存在しているのかについて、明確なデータは存在しない。第2次世界大戦で被災した国や地域の難民などを支援するために17のキリスト教宗派によって戦後始まった活動を起源とするNPO、Church World Service (CWS)によると、2019年時点で全米15の州の教会に少なくとも46人の不法滞在者が生活していた、と上記のNBCの記事は伝えている。なおNPOの調査機関、Pew Research Instituteが2024年9月27日に発表した” What the data says about immigrants in the U.S.”と題するレポートによると、2022年当時の「不法移民」の人数は推定で1100万人にのぼる。CWSが把握している教会居住の「不法移民」はごく一部と見られる。
とはいえ、教会が「聖域」から外されれば、ICEは、礼拝に訪れている「不法移民」を逮捕する可能性がある。実際に逮捕に踏み切らなかったとしても、「聖域」なき取締りという報道が広がれば、「不法移民」に恐怖感を与え、生活基盤が不安定な出身地への自主的な帰還を強いる結果につながる可能性も強い。NBCの記事が出た翌日、この可能性などを懸念したCWSは、声明を発表。「このような保護を廃止すると、脆弱な隣人が宗教コミュニティ、医療提供者、その他の主要な社会的支援システムからの援助に安全にアクセスできなくなる」と指摘した。そのうえで、次期トランプ政権に対して、前回政権が政権を握ったときと同様に「聖域」を維持し、尊重するよう求めた。
移民の権利擁護団体の中には、NBCの記事が出た当日に「聖域」撤廃に抗議の声をあげたところもある。全米各地のNPOなど100以上の団体とその構成員120万人余りをネットワークしているUnited We Dream (UWD)は、そのひとつだ。Deputy Director of Federal AdvocacyのJuliana Macedo do Nascimentoの名前でだされた声明は、「子どもたちを教室から引き裂き、病院のベッドにいる患者を標的…」にしようとする考えは、「言葉では言い表せないほど残酷」だとして、「聖域」の撤廃の非人道性を指摘。そのうえで、「州や地方の指導者たち(学校の管理者、雇用主、選出議員など)に対して、…移民の保護を強化するために、今すぐ行動を起こすよう呼びかける」と述べている。
なお、全米最大の若者による移民権利擁護団体、UWDのJuliana Macedo do Nascimentoの声明の全文は、以下から見ることができる。
https://unitedwedream.org/press/ice-has-no-place-in-schools-churches-and-hospitals-elected-officials-at-all-levels-must-act-now-to-protect-immigrants/
コロナ禍
コロナ禍で広がったオンライン診療、医療界や患者団体が来年以降の継続を議会に要請
2024年12月10日
アメリカでは、2023年4月から5月にかけて、新型コロナウイルスに関する全米緊急事態宣言が終了するとともに、感染の検査やワクチン接種などに関する公衆衛生に関する緊急措置も廃止された。一方、コロナ禍の深刻化により、ソーシャルディスタンスの確保が求められたことなどにともない、オンライン診療が飛躍的に拡大、そのニーズは依然として大きなものがあるとみられる。しかし、連邦政府が運営する医療保険制度のMedicareなどを用いたオンライン診療は、コロナ禍の特例として扱われてきており、この年末で期限切れとなる。このため、医療界や外出が困難な患者団体などから、期限延長法案の成立を求める声が高まっている。
国民皆保険制度がない唯一の先進国、といわれるアメリカ。しかし、国民すべてが加入する保険はないものの、政府による医療面でのセーフティネットとして、高齢者と障害者者向けの医療保険Medicareと低所得者に対する医療補助Medicaidが存在する。前者の運営は連邦政府、後者は連邦政府と州政府が共同で運営している。2022年9月に、連邦議会のGovernment Accountability Office (GAO)がウェブサイトにアップした”Telehealth in the Pandemic‐How Has It Changed Health Care Delivery in Medicaid and Medicare?” と題する記事によると、Medicareには6400万人、Medicaidには7600万人が加入。両者を合わせると、全米の人口のほぼ半数がカバーされる。
英語で”Telehealth”や” Telemedicine”と呼ばれるオンライン診療は、コロナ禍以前から実用化されていた。ただし、Medicare、Medicaidとの関連でみると、相違がある。Medicaidについては、規則が緩やかで、大半の州では、積極的に活用されてきた。これに対して、Medicareは、規制が強い。例えば、医療機関が住居から離れた遠隔地にあるなどの理由がなければ、利用できなかった。しかし、コロナ禍に当たり、Medicare を管轄する連邦政府機関のDepartment of Health and Human Services (HHS)は、規制を緩和、オンライン診療を幅広く用いることが可能になった。
コロナ禍において対面での診療を避ける状況が拡大したこともあり、MedicareやMedicaidを用いたオンライン診療は、爆発的に増加した。2022年3月にGAOが発表した” CMS Should Assess Effect of Increased Telehealth Use on Beneficiaries’ Quality of Care”というタイトルの報告書によると、Medicareをもちいたオンライン診療は、2019年4月~12月までの間に500万件だった。しかし、2020年4月~12月には、5300万件と、10倍以上に拡大。これによる、Medicareの支出も、3億600万ドルから37憶ドルへと急増した。Medicaidについて、GAOは、5つの州について調査。その結果、2019年3月から20年2月の間の利用は210万件だったが、20年3月から21年2月には3250万件へと増加したという。
オンライン診療についての最近の利用実態について調査は見当たらないが、いまもニーズは高いといわれている。前述のように、Medicareのオンライン診療の多くは、コロナ禍の特例措置によるものだが、今年12月末で期限を迎える。このため、連邦議会に、期限の延長を求める法案が提出されている。5月7日に民主党のMike Thompson(カリフォルニア州)がひとりで連邦下院に提出した、”H.R.8261 - Preserving Telehealth, Hospital, and Ambulance Access Act”は、そのひとつだ。この法案には、アメリカの医療界全体をカバーするNPOといえるAmerican Medical Association (AMA)が賛同。しかし、5月10日に委員会に送付されたものの、連邦議会に提出された法案の動向を報告しているサイト、Congress.govには、その後の動きは示されおらず、下院での決議などに至っていないと推察される。
これに先立つ3月19日、15人の上院議員が共同提案者として、”S.3967 Telehealth Modernization Act”を上院に提出。同日、委員会に送付されたものの、この法案も、Congress.govを見る限り、12月10日現在まで、委員会に止まった状態にある。上院に法案が提出される前の3月12日、Thompson議員のH.R.8261とは別の法案が下院に提出されていた。” H.R.7623 - Telehealth Modernization Act of 2024” である。この法案は、7人の議員が共同提案者になって提出されたが、12月4日までに30人に増えている。また、9月18日にCommittee on Energy and Commerce Markupで審議されており、他の法案に比べれば、成立の可能性が一番あるといえる。とはいえ、下院の過半数は218人なので、状況は厳しい。
こうした中で、コロナ後遺症に悩む人々の組織、COVID-19 Long hauler Advocacy Project (C-19LAP)は、Telehealth Modernization Act of 2024の年内制定を実現させるため、議会に嘆願文を送付する活動を開始した。活動への協力を呼び掛けるに当たり、C-19LAPは、進歩的な活動を行う個人や団体が自由に活用できる情報発信サイト、Action Networkに要請文を掲載。その最後を次のように締めくくっている。
「(オンライン診療の継続を求めること)は単に利便性の問題ではなく、最も必要とする人々に公平な医療アクセスを確保するためのものです。議会は、遠隔医療を私たちの医療制度の恒久的なものにし、すべてのアメリカ人の医療へのアクセスを拡大するための進歩を維持するために、今すぐ行動しなければなりません」
なお、上記のAction Networkに掲載されたC-19LAPの要請文と議会に嘆願文を送付するフォーマットは、以下から見ることができる。
https://actionnetwork.org/letters/0ddc653a44dde77210803ff110f12d156e888461/?hash=c7f791cc9f4cf0214498cadb5be2c3af
人権問題
トランスジェンダーのトイレ利用禁止法案に反発、連邦議会で座り込みの抗議
2024年12月8日
トランスジェンダーの人々(以下、トランスジェンダー)の性自認に基づくトイレ利用の是非が議論になるなかで、連邦議会は、出生時に基づく利用を求めることになった。11月の選挙で、史上初めてトランスジェンダーであることを公表して連邦下院議員選挙に臨んだ候補が当選、来年1月から当庁するに当たり、下院議長が決定した措置だ。当選した議員は、この措置の受け入れを表明。しかし、トランスジェンダーのトイレ利用を全米の政府施設で禁止する法案が下院に提出された。トランスジェンダーの権利擁護団体などは、連邦議会のトイレ前で座り込みを行うなど、抗議活動を進めている。
連邦下院議員選挙にトランスジェンダーであることを公表して当選したのは、デラウェア州を単一選挙区とするSarah McBride氏(民主党)。同州のDepartment of Electionsが公開している選挙結果によると、McBride氏は28万7830票(有効投票の57.86%)を獲得、共和党のJohn J. Whalen III候補の20万9606票(同42.14%)を大きく引き離し、初当選を決めた。なお、デラウェア州はバイデン大統領が育ち、上院議員に選出されたこともあり、民主党の地盤といわれている。実際、11月の選挙でも、民主党は、大統領選挙のハリス候補をはじめ、上院議員選挙や知事選挙でも勝利。ただし、これらの候補の得票率は、いずれも56%台で、McBride氏よりも、やや少ない。
McBride氏の当選が確定した直後から、共和党内で議会における女性自認のトランスジェンダーのトイレ利用を中心に、批判の声が高まっていった。その急先鋒は、サウスカロライナ州選出のNancy Mace下院議員だ。2019年にサウスカロライナ州議会の議員だった当時、16歳の時にレイプされた経験を議会で語るなどして、性暴力の問題を訴えてきた経緯がある。そのためもあってか、2017年にトランプ氏が大統領に就任した当初は、同氏を批判。しかし、その後、スタンスを変え、2024年にはトランプ候補の賛同者に名を連ねた。
自らをレイプの被害者と称するMace氏のような人物でなくとも、出生時に男性だった人が、その後、女性自認していることで女性用トイレを使うことに違和感や懸念をもつことが少なくないといわれている。しかし、Williams Institute at UCLA School of Lawが2018年9月に発表した”Gender Identity Non-Discrimination Laws in Public Accommodations”と題する報告書は、トランスジェンダーが自らの性自認に沿った公共施設を利用することで、他の利用者に安全上のリスクが高まるという証拠はない指摘。ここでいう公共施設とは、トイレや更衣室、ロッカールームなど、性別により分離され、閉鎖された環境にある場所をさす。なお、Williams Instituteは、全米の13歳以上のトランスジェンダー人口を160万人と推定している。
また、全米の多くの州や自治体では、トランスジェンダーを含めたLGBTQの人々への雇用や住宅、公共施設における差別を禁止する法律を制定。例えば、2006年に設立されたNPOのシンクタンク、Movement Advancement Project (MAP)によると、2023年1月現在、全米22の州と首都ワシントン、少なくとも374の市でLGBTQへの差別を法律で禁止している。しかし、逆の政策をとっている州や地方政府も少なくない。小中高から大学までの教育機関や政府が所有する施設において、トランスジェンダーが性自認に基づくトイレなどの利用を禁止している州がふたつある、とMAPは指摘。また、小中高や政府が所有する施設に限定した禁止措置をとっているのは、5州に及ぶ。さらに、小中高については認めないとしている州は7つあるという。
前述のように、Nancy Mace下院議員は、トランスジェンダーによる性自認に基づくトイレの利用を禁止する措置を連邦議会に求めた。ただし、これは立法化を目指した行動ではない。禁止措置の名称、” H.Res.1579 - Prohibiting Members, officers, and employees of the House from using single-sex facilities other than those corresponding to their biological sex, and for other purposes” にあるRes (Resolution = 決議案の省略形)の 3文字が示すように、下院に提出されたのは決議案である。
決議案の対象者は、下院の議員、役員、職員。また、禁止される内容は、生物学的性別に対応する施設以外の男女別施設の使用、およびその他の目的での使用とされた。わかりにくい表現だが、生物学的に男性であれば、男性用のトイレなど、女性であれば女性用を用いなければならない、ということだ。議会の施設利用を決定する権限をもつMike Johnson下院議長(共和党)は、性自認に基づくトイレ使用を禁止する措置を発表した。Mace下院議員が提出した決議案が採決に付される前の11月20日のことだ。
Johnson議長の禁止措置により、Mace議員は決議案で認めさせようとした内容が実現されたことになる。また、来年1月から当庁するMcBride氏は、自らのトイレ問題のために議員になったのではないとして、下院議長の決定を受け入れる考えを表明。McBride氏をターゲットとしたといわれるこの問題は、沈静化していくかに見えた。しかし、11月21日Mace議員は、性自認を根拠にトランスジェンダーが出生時の性別と異なる連邦政府の所有地にある男女別の施設を利用することを禁止する法案の草稿を「X」に掲載。すべての連邦政府が所有する施設で、女性や女児を守っていくと述べた。
「連邦政府が所有する施設」の原語は、Federal Propertyである。この語彙が拡大解釈されていく恐れを指摘する識者もいる。例えば、ニュージャージー州にあるRutgers University, Center for American Women and Politics (CAWP)の准教授、Kelly Dittmar氏は、NPOのメディア、The 19th Newsとのインタビューで、スミソニアン博物館やその他の連邦政府の建物、博物館、ランドマークなどは、政府が資金提供または運営しているとして、トランスジェンダーの人々のアクセスが禁止される可能性があると指摘。また、11月21日付のWashington Post紙は、LGBTQの人々が多く居住する首都ワシントンで、公立の図書館やリクリエーション施設、教育機関などで、トランスジェンダーのアクセスが制限されていく可能性について述べている。
前述のように、Johnson下院議長が性自認に基づくトイレ使用を禁止する措置を発表したのは、11月20日である。この日は、トランスジェンダーにとって大きな意味を持つ。1998年11月28日、ボストンの自宅アパートで、アフリカ系アメリカ人のトランスジェンダー、Rita Hesterさんが20回も刺されて死亡する事件が発生。その3年前にも、アフリカ系アメリカ人のトランスジェンダーが殺害された。これらの事件を祈念して、Gwendolyn Ann Smith氏らは、“Remembering Our Dead”というイベントを開催。これが翌年11月20日から各地に広がり、現在では世界中で行われるようになったTransgender Day of Remembranceの起源である。
トイレ使用禁止の措置を表明した日が、トランスジェンダーへの追悼の日であることを、Johnson下院議長は、知っていたのだろうか。知っていたのであれば、トランスジェンダーの人権、そして人命を余りにも軽視しているといわざるをえない。知らなかったのであれば、政治家として失格といわれても仕方がない、無知だ。2023年のこの日、バイデン大統領は、同年、アメリカだけで26人のトランスジェンダーの命が奪われたと指摘、憎悪犯罪を強く非難した。また、Hesterさんらが殺害されたボストンでは、今年11月20日、追悼のメッセージを発表している。
なお、ボストンがあるマサチューセッツ州では2016年、Senate Bill 2407 (SB 2407) が成立、反差別法の対象にジェンダーアイデンティティが加えられ、公共施設における差別も禁止されることになった。しかし、成立から2週間足らず後、Keep MA Safeという団体が設立され、住民投票により、新しい法律を撤廃させようとする動きがでてきた。この動きは、” Massachusetts Question 3, Gender Identity Anti-Discrimination Veto Referendum”として結実。提案は、2018年11月に投票に付された。しかし、投票の結果は、SB 2407を維持させるべきが180万6742票 (有効投票の67.82%)にのぼり 、廃止すべきの85万7401票 (同32.18%) を大きく上回り、トランスジェンダーの権利が守られることになった。
最後に、連邦議会のトイレで座り込みを行った団体について述べておこう。連邦政府の施設におけるトランスジェンダーの性自認に基づくトイレ使用を禁止する法案に抗議する行動の中心になったのは、Gender Liberation Movement (GLM)という団体だ。この団体のメンバーらは12月4日、Mace議員の事務所に近いトイレに押しかけ、“Bathroom Sit-In”と命名した座り込みを始めた。連邦議会の警備担当者が撤去を求めたものの、拒否。GLMによると、座り込みの当日、15人が首都ワシントンの連邦議会議事堂警察本部に数時間拘束され、その後釈放されたという。なお、拘束された中には、Chelsea Manningさんも含まれていた。2009年にイラクで情報分析官として陸軍部隊に任命された際、アクセスした機密文書を2010年前半にウィキリークスに漏洩させた人物だ。軍事刑務所での35年の刑を言い渡されたが、2017年に当時のオバマ大統領により減刑され、出獄し、トランスジェンダーの権利擁護活動などに関わっている。
なお、GLMは、12月4日の“Bathroom Sit-In”について、”Leaders & Allies Arrested Protesting Nancy Mace’s Anti-Trans Bathroom Bills”と題する声明をウェブサイトに公開している。関心のある人は、以下から見ることができる。
https://genderlib.org/statements
NPO経営
12月3日に実施されたGivingTuesday、参加者3610万人・寄付総額36万人を達成
2024年12月6日
ニューヨークで2012年に始まり、その後、全米そして日本を含めた世界105ヵ国で行われるようになったGivingTuesday。今年も11月第4木曜日の感謝祭が明けて最初の火曜日に当たる、12月3日に実施された。アメリカでは、3610万人が参加、集まった寄付金は36億ドルと、ともに過去最高を記録した。この一大イベントの沿革などを振り返ったうえで、今年の活動全体の成果や個別の具体的な事例について見てみよう。
GivingTuesdayを生み出したのは、ニューヨークにあるThe 92nd Street Y (92Y)に集っていた人々だ。マンハッタンのイーストサイド、East 92nd StreetとLexington Avenueのコーナーに位置する92Yは、1874年に法人化されたYoung Men's Hebrew Association (YMHA)の活動が起源だ。この名が示すように、当初は、ユダヤ系男性の社交クラブ的な存在で、活動場所もいまとは異なっていた。現在の場所に移ったのは1900年で、30年に新しいビルを建設。その後、芸術文化活動の拠点として知られるようになっていく。なお、YMHAは1945年、ユダヤ系女性団体と合併し、Young Men's and Young Women’s Hebrew Association (YM-YWHA)に改称された。
アメリカでは、Thanksgiving Day(感謝祭)が連邦政府が制定した祝日で、その翌日のいわゆるBlack Fridayからクリスマスに向けて、商戦が活発になる。21世紀に入ると、感謝祭の週末明けの月曜日にネットで買い物をする人が急増。やがて、この日は、Cyber Mondayと呼ばれるようになっていく。92Yに集っていた人々の中に、ショッピングにお金を費やすだけでなく、社会的に良いとされることを行うべきという考えがでてきた。こうして、Cyber Mondayの翌日をGivingTuesdayとしてフィランソロピー活動が進められていくようになった。
2012年に始まったとされるGivingTuesdayだが、その年の実績などは、あまりはっきりしない。しかし、翌年の活動については、12月10日付のUSA Today紙が”Growth in online 'Giving Tuesday numbers 'inspiring'”という記事で紹介している。この記事によると、2013年にオンラインで寄せられた寄付は1920万ドルと、前年より90%も増加。1件当たりの寄付額も、142ドル5、セントと、2012年より40ドル以上増えた。また、首都ワシントンに隣接したメリーランド州ボルチモアでは、500万ドルの目標を超えて、540万ドルが集まったという。
興味深いのは、2013年のBlack Fridayの売上が3%近い減少だったというNational Retail Federationのデータを提示していることだ。Giving Tuesdayの知名度が高まったことの影響が大きいだろうが、USA Today紙の記事からは、商業ベースの売上が減少した反面、NPOへの寄付が増えたという印象を受ける。こうした成果を収めることができた背景として、USA Today紙は、SNSの活用をあげている。GivingTuesday の1日だけで、32万回ものツイートが行われたのは、その一例である。また、Facebookの共同創設者のひとり、Dustin Moskovitzとその妻Cari Tunaがスタートさせた助成財団、Good Venturesが500万ドルの寄付を申し出るなど、大口の寄付も少なくなかったようだ。その後、GivingTuesdayは順調に発展していく。
13年目を迎えた今年は、前述のようにアメリカだけで参加者が3610万人(前年比7%増)、寄付総額が36億ドル(同16%増)と、いずれも開始以来最高の数字を記録した。ただし、これらの数字には、少し説明が必要になる。例えば、参加者のすべてが金銭の寄付を行ったのではない。金銭の寄付者は1850万人(同4%増)で、現物寄付者が1290万人(同32%増)、ボランティアとしての参加者が910万人(同4%増)などとなっている。以上から、現物寄付者の増加率が、特に高いことがわかる。
12月5日発信のThe NonProfit Timesによると、2024 年のBlack Fridayの売上は前年比10.2%、Cyber Mondayは10.7%だった。GivingTuesdayの16%増という数字は、これらを上回っている。2013年の実績を伝えたUSA Today紙と同様な報道姿勢だが、非営利が営利を上回ったという成果も共通しており、興味深い結果といえる。なお、Cyber Mondayの翌日に実施するイベントとはいえ、GivingTuesdayを掲げた募金活動は、その日だけで完結するわけではない。
例えば、全米の9万を超える公立学校に教科書や教材を提供しているNPO、DonorsChooseは、学校の教員が必要とする教材などのリストを作成しておく。例えば、ノースカロライナ州の高校の教員が拡声器を希望しており、具体的な用途を説明したうえで、消費税を含めた購入費やDonorsChooseへの支援金などで286ドル28セントが必要というデータがウェブ上に提示される。これまで寄付実績のある人々に寄付依頼をGivingTuesdayに行う、というような流れにしているようだ。この要請に対して、70ドルの寄付が2件寄せられているが、不足額があり、12月5日現在も募金を続けている。
こうした準備を進めたうえで、募金活動を実施しているわけだが、前記のThe NonProfit Timesによると、DonorsChooseの今年の目標額は500万ドルで、すでに550万ドルを達成したという。全米の1万7000人余りの教員の要請に対して、2万7000人超える寄付者が現れたことによる成果だ。ただし、昨年実績の600万ドルには届いていない。なお、DonorsChooseのウェブサイトによると、2022-23会計年度に公立学校の教員に提供した教材などの寄付は1億4000万ドル余りだという。
これに比べると、今年のGivingTuesdayで集まった 550万ドルは、驚くほどの額ではないと思われるかもしれない。しかし、「パートナー」と呼ばれる企業などからの大口寄付があるとはいえ、歳入の大半をカバーできているわけではない。例えば、500万ドル以上を支援している企業・団体は4、100万~500万ドルは16の企業・団体に止まる。2000年の設立以降、総額17億3000万ドル相当の教材などを提供できた背景には、これらの大口寄付だけではなく、633万人もの寄付者の支援を獲得することができたからだろう。その要因のひとつに、GivingTuesdayを通じた新たな寄付者の開拓があったに違いない。
なお、今年のGivingTuesdayの成果については、以下から見ることができる。
https://www.givingtuesday.org/blog/givingtuesday-2024-record-breaking-results/
福祉貧困
障害者特例最低賃金廃止案を連邦労働省発表、廃止を求めてきた障害者団体は歓迎
2024年12月4日
連邦労働省のJulie Su労働長官代行は12月3日、障害者雇用における特例最低賃金制度の廃止に向けた運用規則案を発表した。パブリックコメントを来年1月まで受け付け、その後、3年間の経過措置をへて、正式な規則として採用される見込みだ。この制度は、障害者を雇用する事業者に対して、連邦政府が制定した最低賃金を下回る賃金の支払いを可能とさせてきた。障害者の自立を阻害するとして廃止を求めてきた障害者の権利擁護団体などからは、歓迎の声があがっている。
アメリカの最低賃金は、連邦政府や州政府、自治体などにより、それぞれ制定されている。連邦レベルでは、1938年に成立したFair Labor Standard Actの下で制定が求められ、現在の時給は、7ドル25セント。この連邦最低賃金未満で雇用することは原則として認められていないが、いくつかの例外が存在する。11月5日に投開票が行われた、大統領選挙で議論になった、チップを受け取る労働者に対する、チップ額により最低賃金を下回る賃金の支払いを認める措置は、そのひとつだ。
障害者特例最低賃金制度は、こうしたFair Labor Standard Actの一部で、 Section 14(c)によって規定されている。このため、以下、Section 14(c)規定と記載していく。ただし、チップ労働者の場合は、月に30ドル以上のチップを受け取っている労働者に対象を限定。また、雇用者には、少なくとも時給2ドル13セントの支払いが義務づけられているため、一般の最低賃金の7ドル25セントから2ドル13セントを差し引いた、5ドル12セント以上をチップ収入とみなして、労働者の給料から減額することは認められない。
一方、Section 14(c)規定の下では、障害者に対して賃金の最低額が定められていないため、極めて低い賃金が支払われることもある。” U.S. looks to end subminimum wage for workers with disabilities” という見出しの12月5日発信のCBS Newsの記事は、時給が25セントという事例もあると伝えている。また、この記事は、11月1日現在、全米37州で3万7000人以上の障害者が、Section 14(c)規定の下で働いていると紹介。なお、最低賃金未満で雇用するために、雇用者は政府に認可申請を行う必要がある。認可期間が切れると、更新が求められており、現在、35の雇用者が申請中という。こうした雇用者または職場は、Sheltered Workshopsと呼ばれている。
歴史的に見ると、Section 14(c)規定は当初、アメリカにおける障害者政策の多くと同様に、負傷した退役軍人を対象としていた。しかし、12月4日発信のDR Diveの”DOL proposes rule to phase out subminimum wage for workers with disabilities”という記事によると、連邦政府のGovernment Accountability Officeは、2021年現在のデータとして、Sheltered Workshopで雇用されている障害者の90%は、知的障害か発達障害をもつ人々だとしている。また、労働省のデータによると、これらの障害者のほぼ半数は時給3ドル50セント未満で就労。さらに、1ドル未満の時給しか受け取れていない人々も14%にのぼるという。
今日までSection 14(c)規定が維持されてきたのは、なぜか。通常の最低賃金を適用すると、雇用者は、障害者を雇うことをためらうという考えが、その背景にあると指摘されている。実際、Section 14(c)規定に基づく、障害者の雇用のための認可申請おいては、障害者の雇用機会の縮小を防ぐために必要な措置であることが条件とされてきた。生産性の低いとされる障害者を雇う上で、最低賃金を支払うことは困難という理由から、雇用を回避することを避けさせるという考えといえよう。
しかし、雇用環境が大きく変わり、最低賃金またはそれ以上の賃金が支払われる職種や職場で働くことができる障害者が増加。また、雇用者も、障害を持つ労働者を募集、雇用し、最低賃金以上で就労させるためのリソースやトレーニング体制を確保できるようになってきている。こうした労使双方の状況の変化が、Section 14(c)規定を廃止しても、障害者雇用にネガティブな影響を与えないと判断を醸成したといえよう。なお、廃止まで3年間の経過措置が求められたのは、経営者と障害者の双方が新たな制度に対応するための準備期間とされている。
Section 14(c)規定の廃止を求める声は、かなり以前から障害者の権利擁護団体などにより進められてきた。その中心的な存在のひとつが、1983年に設立されたNational Disability Rights Network (NDRN)である。2011年に”Segregated and Exploited”と題する報告書を発表。障害者が労働現場で隔離され、搾取されている実態を示すとともに、特例最低賃金制度の背景や改善策を訴えた。このテーマをアップデイトした報告書を2012年と16年にも発行、16年版では隔離労働の廃止は近い、という認識を示していた。しかし、その後、2019年3月に連邦下院の指導者に書簡を送り、廃止を求めたりしたものの、大きな進展は見られなかった。
状況が変わったのは、2023年のことだ。Julie Su労働長官代理が9月26日、Section 14(c)規定の包括的な検討を行うと発表したのである。1989年の大幅な見直しから四半世紀もたっていた。それから1月余りたった11月8日、NDRNは、20余りの障害者団体と連名で、Julie Suをはじめとした労働省の高官に書簡を送付、以下のことを指摘した。
・Section 14(c)規定の維持は、アメリカの障害者への人権政策と整合しないこと
・Section 14(c)は障害者を侮辱するものであり、労働者の選択肢を増やすものではないこと
・Section 14(c)は、障害者の雇用の機会を減らしており、プログラムに使用されるリソースは他の方法に集中すべきであること
そのうえで、個々の障害者に対応した雇用支援策などに資源を振り向けることで、雇用者と障害者の間でより良いマッチングが成立し、障害を持つ労働者の生産性の向上と夢の実現が可能になる、と訴えた。この訴えの実現を受け、NDRN は12月4日の“X”に、以下のようなメッセージを掲載した。
「私たち障害者権利擁護団体は、障害者に最低賃金を下回る賃金を支払うことを法的に認めたSection 14(c)の段階的廃止を労働省とJulie Su労働長官代行が本日発表したことに賛辞を表します。Section 14(c)は、…障害者を貧困に陥れ、障害者の労働価値を下げるものでした。私たちは長年、その廃止を求めてきましたが、本日の発表により、その目標に一歩近づきました」
なお、この連邦レベルのSection 14(c)の廃止に先立ち、多くの州では、障害者への最低賃金の特例措置を葬る制度を制定している。それを実現させた州における運動は、連邦政府の取り組みを促していったことは間違いない。州レベルの動きを具体的に言及する余裕はないが、カリフォルニア州では2021年にSenate Bill 639が議会を通過、知事の署名を経て、成立した。法案の提唱者は、HERE UNITEというレストランや繊維関係の労働者の組合の指導者だったMaría Elena Durazo上院議員で、Disability Rights Californiaなどの障害者団体と労働組合を連携させながら立法化を勝ち取ったことを記しておく。
上述のNational Disability Rights Network (NDRN)が2011年に、Section 14(c)規定の問題性などを包括的に示した”Segregated and Exploited”と題する報告書は、以下から見ることができる。
https://www.ndrn.org/wp-content/uploads/2019/03/Segregated-and-Exploited.pdf
反戦平和
イスラエルへの軍事援助停止法案を上院が大差で否決、NPOや労働組合の声届かず
2024年12月3日
連邦上院本会議は11月20日、Bernie Sanders(無所属・バーモント州選出)らが提出していた、イスラエルへの多額の軍事援助を停止させる法案を大差で否決した。反戦平和や国際人道援助に関わるNPOや労働組合などが強く求めていたもので、来年1月に発足するトランプ新政権がよりイスラエル寄りになると見られる中で、議会による軍事援助停止への「最後の機会のひとつ」ともみられていた。法案の成立に向けて活動していた団体は落胆の色を見せつつも、上院本会議で軍事援助停止法案が採決に持ち込まれたのは初めてで、軍事援助反対への声の強さを示すことができたとしている。
なぜ、Sandersたちは、パレスチナのガザ地区をはじめとした中東各地で軍事行動を進めているイスラエルに対する軍事援助を停止させる法案を上院に提出したのか。その背景には、いくつかの理由がある。ひとつは、アメリカの人々の税金による軍事援助がイスラエルによる攻撃に用いられ、ガザ地区で深刻な人道危機を生み出しているからだ。ここでいう人道危機には、戦闘で4万人以上が死亡、その多くが女性と子どもであること、さらに人道援助に対するイスラエルの妨害で食料や医療が不足し、飢餓や病気が広がっていることなどが含まれる。また、今回、停止が求められた軍事援助が200憶ドルに上ることに示されるように、イスラエルへの援助額が膨大な額に上り、他国を圧倒していることも大きい。
1921年に設立され、外交問題の専門誌”Foreign Affairs”の発行でも知られる超党派の会員組織、Council on Foreign Relations (CFA)が2024年11月13日に発信した” U.S. Aid to Israel in Four Charts”というタイトルの記事は、その実態をデータとして如実に示している。1946会計年度から2024会計年度までの対イスラエル援助の総額は、2022年のドル価値に換算して、3100億ドル(約46兆5000億円)にのぼる。このうち軍事援助は2280億ドル(同34兆2000億円)を占めている。これは、20年間にわたり軍事介入を続けたアフガニスタンへの援助1610億ドル(うち軍事援助1050億ドル)のほぼ2倍だ。イラクに対する援助990憶ドル(同430憶ドル)に比べると、3倍以上に達している。なお、長年にわたった、ベトナム戦争における南ベトナム政府への軍事援助は950億ドルだった。
Sanders上院議員らが9月25日に提出した法案は、Joint Resolutions of Disapproval (JRDs)と呼ばれ、Senate Joint Resolution 111 (S.J. Res. 111) とSenate Joint Resolution 113 (S.J. Res. 113) 、Senate Joint Resolution 115 (S.J. Res. 115) の3つから成る。Resolutionと聞くと、拘束性のない決議案をイメージするかもしれない。しかし、これらは、拘束性のある法案だ。ただし、通常の法案と異なり、議会の上下両院で同じ内容のものが審議される。可決されると、大統領に送付、署名または拒否権の発動を受けることになる。拒否権が発動をした場合は、議会に法案が差し戻され、3分の2以上の議員が賛成しなければ、法案は不成立に終わる。
11月20日の上院本会議の採決の結果、S.J. Res. 111は賛成18 と反対79、S.J. 113は賛成19 に対して反対が78、S.J. Res. 115は賛成17と反対80だった。それぞれの法案の詳細を記載する余裕はないが、軍事援助内容などが異なるものの、いずれも援助の差し止めを求めたものだ。このように、いずれの法案も賛成が上院議員100人のうち20票に届かず、大差で否決された。
この結果だけ見ると、軍事援助反対派の完敗だ。しかし、イスラエル支援への姿勢を変えようとしないバイデン政権にとって、警戒感が広がったことも事実だ。例えば、11月20日付のHuffPostは、” Exclusive: White House Says Democrats Who Oppose Weapons To Israel Are Aiding Hamas”と題する記事の中で、バイデン大統領やChuck Schumer民主党上院院内総務が主に民主党議員に対して、法案への反対を強く求める活動を行っていたと伝えている。
バイデン政権や民主党指導部に対する対イスラエル軍事援助の停止圧力は、議会の中からでただけではない。反戦平和や人道援助、人権擁護などを掲げたNPO、さらには宗教団体や労働組合なども軍事援助停止の声をあげたのである。10月22日にパレスチナをはじめとした中東系の人々の会員団体Arab American Instituteや国際的な人権団体として知られるAmnesty International USA、Human Rights Watchなど110余りのNPOが署名した書簡が連邦上院議員に送付されたことは、その一例だ。
この書簡は、ガザ地区における死者数や人道状況の悪化を示したうえで、イスラエルへの軍事援助がForeign Assistance Actや Leahy Lawといわれる国内法や国際法に違反していると指摘。各上院議員に対して、援助停止に向けた行動をとることを求めている。書簡には、CODEPINKなどの反戦平和団体に加え、民主党左派系のIndivisible、さらにはキリスト教団体の連合組織のNational Council of Churchesなど、幅広い団体が名を連ねた。
宗教団体を含めたNPOに加えて、労働組合の動きも広がっていった。ガザ地区の武装組織、ハマスによる「イスラエル襲撃」から3か月後の今年2月8日、全米最大の労働組合の連合組織、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)は、ハマスの攻撃を批判したうえで、話し合いによる停戦の実現を求める声明を発表。その翌週には、National Labor Network for Ceasefire (NLNC)が結成された。即時停戦を求める7つの単産と200余りの地方組織や労働団体が参加した全米規模のネットワークだ。単産として加わったのは、American Postal Workers Union (APWU)、Association of Flight Attendants (AFA-CWA)、International Union of Painters and Allied Trades (IUPAT)、National Education Association (NEA)、National Nurses United (NNU)、United Auto Workers (UAW)、 United Electrical Workers (UE)で、これらの組合の組織人員は900万人にのぼる。
NLNCは、Sanders上院議員らが対イスラエル軍事支援停止法案を提出する2カ月前の7月23日、バイデン大統領に書簡を送付。「ガザ地区における戦争を即時かつ恒久的に終結させるための作業のひとつとして、イスラエルへの軍事援助を直ちに停止するよう」求めたのである。
こうした労働界の声は、労働組合や組合員からの資金や票、選挙活動支援などへの依存度が高い民主党の上院議員の心理に影響を与えただろう。だからこそ、前述のように、バイデン政権や民主党指導部は法案への反対を求め、議員に圧力を加え、軍事援助に反対する声を抑え込もうとたしたと考えられる。なお、この書簡には、National Nurses United (NNA)に代わりService Employees International Union (SEIU)が署名団体に加わっている。SEIUは11月18日、単独でSanders議員らの法案に賛成する声明を発表した。
しかしながら、事支援停止法案は不成立に終わった。法案の成立に向けた活動の中心団体のひとつ、クエーカー教系の団体としてロビー活動を行っているFriends Committee on National Legislation (FCNL)は、上院本会議の採決の2日後の11月22日、”This Week in the World: Our Advocacy is Making History”と題する一文をウェブサイトに掲載。採決について「19人の上院議員が力強いメッセージを送った。イスラエル政府のガザにおける壊滅的な戦争へのアメリカの共謀は受け入れられず、終わらせなければならない!」と述べた。さらに、バイデン政権やイスラエル政府などによる巨大な圧力があったものの、「決議は前例のない支持を集めた」と指摘。「停戦を確保し、イスラエル当局者の責任を問うための国際的な圧力が高まる中、議会でこの勢いを引き続き高めていく」と決意を語っている。
「戦争をしなかったトランプ」に対して、ウクライナやガザ地区で多くの住民を死に追いやる戦争に加担しているバイデン。こういう比較がしばしばなされる。しかし、トランプは2019年、サウジアラビアのイエメンへの軍事攻撃に武器を提供、数万に上る人命を失わせる原因を作った。そのトランプが2カ月余りで再登場する。ガザ地区から中東全体に広がりつつある戦火に注ぐ油をアメリカのNPOや労働組合が押しとどめることができるのかどうか。それは、ひとりアメリカだけでなく、私たちにも問われていることを忘れてはならない。
なお、上記のArab American InstituteやAmnesty International USA、Human Rights Watchなど110余りのNPOが署名した対イスラエル軍事支援停止を求める上院議員への書簡は、以下から見ることができる。
https://www.aaiusa.org/library/aai-joins-111-human-rights-orgs-in-support-of-joint-resolutions-of-disapproval-against-major-arms-sales-to-israel?rq=Joint%20Resolution
移民労働
トランプによる「親労働派」の長官指名、労働界は賛意と懐疑が混在、保守派から「有害」との批判も
2024年11月29日
次期大統領に就任するドナルド・トランプは11月22日、労働長官に親労働派でヒスパニック系の女性を指名した。これまでビジネス寄りと見られる人物が次期閣僚候補として相次いで発表されてきただけに、驚きをもって迎えられている。指名の背景には、大手労働組合の強い要請があった。こうした経緯もあってか、保守派からは懸念の声が強く、「有害」という指摘もある。一方、労働界からは称賛の声が出る反面、長官に就任した場合、懸案になっている労働組合の組織化や賃金・労働時間、職場の労働安全衛生などの政策が促進されるのか、懐疑的な見方もでている。
労働長官に指名されたのは、Lori Chavez-DeRemer氏。2022年にオレゴン州の第5選挙区から共和党候補として連邦下院議員選挙に立候補、初当選を果たした。しかし、再選をめざしたものの、11月5日の選挙で民主党の前職の黒人女性、Janelle Bynum氏に敗れ、2025年1月には失職することになっていた。なお、New York Timesによると、11月27日時点でBynum氏が18万6952票(得票率47.6%)を獲得、DeRemer氏は17万7483票(同45.2%)だった。
連邦下院議員に当選する以前、DeRemer氏は、2002年にHappy Valley市のPark Committeeの委員に選出されてから政治家の道を歩み始めた。その後、同市の市議に当選、2010年にはヒスパニック系とした初めての市長に当選、18年まで市長を務めた。なお、Happy Valley市は、オレゴン州最大の都市ポートランドの中心部から南東10マイルほどに位置している。2020年の人口統計によると、住民は約2万3000人余り、このうち4分の3は白人で、ヒスパニック系は4%程度にすぎない。
トランプ次期大統領によるDeRemer氏の労働長官指名について、アメリカのメディアの多くは、大手労働組合のInternational Brotherhood of Teamsters (以下、Teamsters)のSean O’Brien委員長が強く推薦したためと報じている。同委員長は、トランプを候補者に選出した、今年7月の共和党全国大会で、労働組合の委員長として演説を行った人物で、民主党系が圧倒的な労働界では異例のケースとして注目を集めた。ただし、Teamstersとしては、トランプ、ハリスいずれの候補の支持も見送っている。DeRemer氏の指名が発表された翌日の11月23日、O’Brien委員長は、トランプ次期大統領とDeRemerとともに3人が並んだ写真とともに、次期大統領に謝辞を添えたメッセージを”X”に投稿した。
DeRemer氏のウェブサイトには、Teamstersをはじめとした労働組合との関係を明示する記述は見当たらない。しかし、スペインに本社を置くスペイン語の日刊紙EL PAÍS (英語版)の11月26日付の”Who is Lori Chavez-DeRemer, the pro-union Latina picked by Trump to be his Labor secretary?” と題する記事によると、同氏の父親は、Teamstersの組合員だった。また、労働団体からの信頼も厚く、オレゴン、アイダホ、ワシントンの3州を管轄するTeamsters Joint Council No. 37は、11月の選挙に当たり、DeRemer氏を組織として推薦した。Teamsters Joint Council No. 37が共和党候補を推薦したのは、過去20年で初めてのことだ。また、鉄鋼労働者や消防士、建設関係の労働者の組合などからも支援を受けてきた、とEL PAÍSは報じている。
労働団体からの支援には、資金面での協力も含まれる。政治献金の調査や啓発を行っているNPO、OpenSecretsによると、DeRemer氏がPolitical Action Committee (PAC) から2023~24年に提供された資金は193万6727ドル。なお、政治献金は、提供先によりPACと個人、議員や候補者本人などに大別される。PACからの献金のうち17万5000ドルは、労働団体から提供された。Teamstersからの献金は7500ドルで、他の労働団体を圧倒しているわけではない。Carpenters & Joiners UnionやOperating Engineers Union、Air Line Pilots Assn、Allied Pilots Assn、National Air Traffic Controllers Assn、National Assn of Letter Carriers、National Rural Letter Carriers Assnなどの労働団体の献金額は、いずれも1万ドルだ。運輸関係が目立つのは、下院で所属している3つの委員会のひとつが、Transportation & Infrastructure Committeeのためだろう。
DeRemer氏がPACを通じて労働団体から17万5000ドルの献金を受け取ったというと、かなりの額に聞こえるかもしれない。とはいえ、連邦下院議員に初当選したばかりの人物が労働長官に指名されることを予想して、支援を行ったとは考えにくい。連邦議会で労働団体が進めようとする政策への支持を期待した、と推察される。具体的には、Protecting the Right to Organize (PRO) ActやPublic Service Freedom to Negotiate Act (PSFNA)がそれだ。実際に、全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)のLiz Shuler会長は、11月22日付のプレスリリースにおいてDeRemer氏がPRO Actについては下院共和党で3人、PSFNAについては8人にすぎない法案の共同提案者になっているとして、その実績を評価した。
とはいえ、Shuler会長は、DeRemer氏の指名に対して、TeamstersのO’Brien委員長ほど楽観的に見ているわけではない。プレスリリースでは、次期大統領はトランプであって、DeRemer氏ではないと指摘。そのうえで、「反労働者的な政策を進めようとする政権で、DeRemer氏が労働長官として何をすることが許されるのか、まだわからない」と警戒心を隠さない。その背景として、保守的なシンクタンクが作成した反労働的な内容を含む「プロジェクト2025」と強いつながりを持つ人物が閣僚候補を何人か指名されていることをあげた。
前述のPRO Actは、2019年の第116議会以降、2年ごとに連邦議会の上下両院に提出されている。労働組合による団体交渉権の認定を容易にしたり、不当労働行為に対する経営者への罰則の強化などが盛り込んでいるだけではない。ユニオンショップの導入を可能にすることで、全米27州で制定されている「労働権法」を事実上、葬り去る内容も含む。PRO Actは、現在のNational Labor Relations Act (NLRA)において、労働側が組織化を進めるに当たり不利な条項を変えることを主眼とした法律で、対象は、民間労働者だ。連邦政府や州・地方政府で働く労働者の団結権に関して、連邦法は整備されていない。このため、”Public Service”という公共労働に従事する労働者の組織化に関する立法措置を求め、 PSFNAが提唱されたといえよう。
保守派は、PRO ActやPSFNAに強く反対してきた。これらの立法化に手を貸すともいえる、共同提案者になった人物を労働長官に指名には、批判の声が相次いだ。例えば、11月23日発信のNew York Postは、” Trump’s labor pick is ‘toxic’ anti-conservative RINO who is too close to unions, critics allege: ‘Not serious’”という見出しの記事を掲載。ここにあるRINOは、”Republican in name only”(名目だけの共和党員)を意味し、そのようなDeRemer氏の指名を「有害」と断じている。また、この記事には、1985年に当時のレーガン大統領の要請を受けて設立された保守系のNPO、Americans for Tax ReformのGrover Norquist創設者兼会長による「この指名だけでも、トランプ政権は規制緩和や経済成長に真剣ではないというシグナル効果がある」という指摘が掲載されている。
では、こうした保守派の批判を受けたトランプは、労働長官の指名を誤ったのだろうか。TeamstersのO’Brien委員長の推薦という報道だけを聞けば、そのように感じられないこともない。しかし、DeRemer氏を推薦したO’Brien委員長が所属するTeamstersには、トランプ支持派が多いという調査結果もある。労働組合や組合員に食い込みたい共和党としては、民主党の「牙城」を崩す第一歩としてふさわしいともいえる。また、DeRemer氏は、ヒスパニック系の女性だ。今回の大統領選挙でヒスパニック系への支持を広げたトランプや共和党にとって、「論功行賞」のひとつと位置付けることもできる。さらに、具体的なデータを記載する余裕はないが、環境保護や人工妊娠中絶、銃規制、対イスラエス政策などの投票行動を見ると、DeRemer氏はRINOとはいえない。
NPOの労働関係の調査機関、Economic Policy Institute (EPI)は11月25日、ウェブサイトに、DeRemer氏の指名について論じたEPIの”The policies that will determine whether Trump’s labor secretary pick supports workers”という一文を掲載した。その中で、執筆者のCeline McNicholas Director of Policy and Government Affairsは、トランプは「ポピュリストの労働者寄りのレトリック」と「反労働者のアジェンダ」を結びつけた実績があると述べている。この指摘が妥当なのかどうか、来年1月以降の上院公聴会やその後の動きを見守っていく必要がある。
なお、Celine McNicholas氏は、DeRemer氏の指名が親労働といえるかどうか見極めるポイントも示しており、その一文は、以下から見ることができる。
https://www.epi.org/blog/the-policies-that-will-determine-whether-trumps-labor-secretary-pick-supports-workers/
公共政策
2020年の大統領選挙後に相次いだ州の選挙・投票関連の立法化、24年のトランプ勝利に寄与した可能性
2024年11月28日
アメリカの大統領選挙の投開票から3週間余りがたったものの、選挙結果を左右した要因についての分析や考察がいまも続いている。その大半は、人種やジェンダー別に見た投票者の割合や、経済問題や民主主義の危機など政策上の争点の影響の程度など、投票行動に関するものだ。しかし、選挙で勝利したとはいえ、トランプに一票を投じた人数は、棄権した有権者を下回っている。また、投票率は、前回の大統領選挙よりも、今回は低下した。この結果を前に、「有権者はトランプを支持したといえるか」という声もある。では、なぜ、多くの有権者は棄権を選択したのか、あるいはせざるをえなかったのか。その背景には何があるのか。2020年以降の選挙制度の改定を中心にして、これらの点について考えていきたい。
University of Florida Election Lab (UFEL)が11月21日時点のデータとして発表したところによると、2024年の大統領選挙における全米の投票率は、63.68%と20年の選挙時の66.77%を3.09%下回った。2020年といえば、コロナ禍で外出が制限されたり、自主的に控える人が少なくなかった時だ。一方、期日前投票の期間の延長や郵便投票の導入が進んでいた。とはいえ、新型コロナウイルス感染症への懸念が大幅に後退し、投票所に向かうことへの抵抗感は少なくなっただろう。また、トランプの再選や史上初の女性大統領の誕生の可能性など、関心を煽る要素も存在した。にもかかわらず、4年前より投票率が低下したのは、なぜなのだろうか。
なお、UFELは、投票率をVoting-Eligible Population (VEP) に占める投票者の割合と定義している。投票権をもつ18歳以上の人々(Voting-Age Population: VAP)から、投票権が認められていない外国籍の住民や公民権が停止された受刑者や保釈中の人々などを除外した数字である。Registered Voters (RV)、すなわち有権者登録を行い、実際に投票できる人に対する比率ではない。11月6日のUFELのデータによれば、今回の選挙時点におけるVAPは2億6479万8961人、VEPは2億4574万1673人。一方、実際に投じられた有効投票は1億5296万7700票としている。これらの数字から、VEPに対する投票率は62.25%だが、VAPで見ると59.88%と推計。VEPの投票率が前述の11月21日のデータの方が多いのは、11月21日のデータには、6日以降の開票数が加わったためと見られる。
VEPの2億4574万1673人から実際に有効投票を投じた1億5296万7700人を引くと、9277万3973人となる。これが、有権者でありながら投票を行わなかった人数である。AP通信が11月28日現在の数字として示している、トランプに投票した7688万3434人を1600万人近く多い。ただし、UFELのデータが11月6日時点なのに対して、AP通信の数字は11月28日と、3週間近く長いことに注意が必要だ。VEPの人数は増えないが、開票数は時間がたつにつれ、追加されていく。11月16日発信のUS News and World Reportは、VEPから有効投票を投じた人数を引くと、8900万人程度になると推計。これは、VEPの36%に相当し、トランプの獲得数を1200万票以上回っている。
なぜ、9000万人前後のVEPが投票を回避したのか。一票を投じなかった有権者に限定した調査は見当たらない。10月28日から投票日の11月5日までの間、AP通信は、全米50州で、棄権者も含め、12万人以上の有権者を対象にした調査を実施、その結果の一部をAP VoteCastと名付けたウェブサイトに掲載している。しかし、回答者を年齢や人種、性別、学歴などによって分類し、投票行動を分析しているものの、投票者と投票しなかった有権者に分けた結果や後者だけの結果は示されていない。このため、AP VoteCastなどのメディアの公開情報から、棄権した有権者の意識を探ることはできなかった。
では、なぜ、有権者は棄権を選択したのか、あるいはせざるをえなかったのか。この問い全般への回答は、不可能である。直接検討するためのデータがないからだ。そこで、棄権に影響を与えたと推察される要因から考察していきたい。なお、2020年以前の大統領選挙における投票率を見ると、2004年の60.70%から08年には62.20%へと増加。しかし、2012年には58.60%へと再び減少、そして16年には60.20%とやや持ち直した。今回の投票率は、前回を下回ったとはいえ、2016年までの結果と比べると高い。その背景には、NPOなどによる有権者登録をはじめ、GOTV (Get Out The Vote)と呼ばれる投票促進運動などが広がっていたことが影響していると推察される。
しかし、2020年から24年の間に、選挙をめぐる政治的な状況は大きく変化してきた。2020年に敗北したトランプよる「選挙に不正あった」という根拠のない主張などが影響し、投票権を制約する動きが共和党の政治家や党員を中心に全米に波及したのである。一方、民主党を中心に、投票の権利を維持、拡大させる取り組みも進められた。こうした動きについて、投票権などに関連した社会啓発や調査研究を行っているNPO、Brennan Center for Justice (以下、BCJ)が州レベルの選挙・投票関連立法の動きを調査している”State Voting Laws”というプロジェクトのデータを参考にして、考えていく。なお、州法を取り上げるのは、アメリカの投票に関する制度の多くは、州で制定されるためだ。
BCJは、長年、投票権の制約と拡大のふたつの領域に分けて、全米の各州で検討された選挙・投票関連法案の追跡調査を行ってきた。投票権制約法案の代表的な例には、郵送投票や期日前投票を制約がある。一方、拡大法案には、その逆の内容が盛り込まれていると考えればいいだろう。2022年からBCJは、選挙管理干渉法案を調査対象に含めるようになった。日常的な選挙管理や不注意による過失に対して、選挙係員に刑事罰または民事罰を科す制度などが、これに当たる。この制度に対しては、選挙管理の厳格化というプラスの側面もあるものの、政治罰や民事罰への懸念から選挙管理に当たる職員が委縮し、業務で生じた問題点などを指摘しにくくなるという批判がでていた。
これら3種類の法案について、BCJは、“Voting Laws Roundup: September 2024”の中で、バイデンが大統領に就任した2021年1月から24年9月までの州の動向を次のように整理している。
・投票権制約法案:少なくとも30州で78法案が成立、そのうち29州で63の法律が11月に選挙時に施行
・選挙管理干渉法案:少なくとも15州で33法案が成立、そのうち14州、31法案が11月の選挙時に施行
・投票権拡大法案:少なくとも41州で168法案が成立、そのうち41州で156の法律が11月の選挙時に施行
では、いわゆる激戦州では、どのタイプの法案が、どの程度成立、施行されたのだろうか。これらについては、BCJの” How Voting Laws Have Changed in Battleground States Since 2020”という記事に示されている。以下、成立し、立法化され、11月の選挙時に施行された件数だけになるが、以下に表示しておく。なお、この表に、それぞれの州の2024年と20年の大統領選挙における投票率を、導入された法律による影響について検討する一助として、提示しておくことにした。2024年には、これらの州すべてでトランプが勝利したが、20年にはフロリダ、ノースカロライナ、テキサスの3州に止まっていた。
2021年1月~24年9月の州法の改定・施行と大統領選挙における投票率の変化
制約法 干渉法 拡大法 24年投票率 20年投票率
アリゾナ州 4 4 4 63.60% 65.92%
フロリダ州 2 3 0 66.71% 71.66%
ジョージア州 2 6 1 68.26% 68.03%
ミシガン州 0 0 10 74.69% 73.90%
ネバダ州 0 0 6 65.80% 65.36%
ノースカロライナ州 2 0 0 70.33% 71.48%
ペンシルベニア州 0 0 0 71.18% 71.14%
テキサス州 4 3 3 56.57% 60.42%
ウィスコンシン州 0 0 0 76.37% 75.77%
(出典)各種の資料から筆者が作成
以上のように、施行された法律の数と種類は、州による差が大きい。例えば、ミシガン州では、拡大法だけ施行された。しかも、その数10。一方、ジョージア州では、制約法と干渉法のふたつで合計7件が施行されたが、拡大法は1件にすぎなかった。ただし、前述した全米レベルの動向と比較すると、制約法と干渉法の施行割合が高いことが見て取れる。また、投票率の変化と合わせて考えると、2020年より24年の方が投票率が高かったのはジョージアとミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの5州だが、ジョージア州以外では制約法と干渉法が施行されていない。一方、減少率がもっと高いフロリダ州では、成功されたのは制約法と干渉法だけだ。より多数かつ詳細なデータが必要とはいえ、これらの結果を見ると、州における選挙や投票に関する制度変更が投票行動や結果に一定の影響を与えたとかんがえることができるだろう。
なお、上記に示したBCJのプロジェクト”State Voting Laws”の資料などは、以下から見ることができる。
https://www.brennancenter.org/issues/ensure-every-american-can-vote/voting-reform/state-voting-laws
日米関係
元日本人留学生の寄付で始まった草の根的な日米交流事業、日系のNPOが参加者募集
2024年11月24日
日本が西洋諸国と初めて締結した条約といわれる、1854年の日米和親条約。外務省などは、この条約を「日米交流」の始まりと認識しているようだ。しかし、実際には、1941年の日本軍のパールハーバー攻撃、そして敗戦、アメリカによる占領統治のように、日米が対立した時代もあった。また、「交流」は政府間の独占物ではない。相互理解を深めるための市民同士の「草の根交流」も重要だ。この考えを具現化させる動きに、日米のNPOが別途に、あるいは両国のNPOなどが連携して実施するもの事業がある。昨年始まったアメリカのNPOが主催する「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、そのひとつで、現在、訪米プログラムを含む事業に参加するフェローを募集中だ。
日米和親条約の英語名は、”Japan–US Treaty of Peace and Amity”。この条約が結ばれたのは、1854年3月31日だ。いわゆる「黒船」の圧力の下での締結であり、”Peace”という語彙が含まれていることに違和感を抱く人も少なくないだろう。なお、この条約は、両国が和親を約束し、日本がアメリカの貿易船や捕鯨船の補給協力などを行うことを定めたものだ。4年後の1858年に結ばれた、日米修好通商条約は、貿易を行うためのルールを決めている。なお、1858年の条約は、アメリカ側に領事裁判権を認め、日本に関税自主権がなく、日本だけがアメリカに最恵国待遇を保証するという「不平等条約」だった。にもかかわらず、これらの条約を「日米交流」の発端と見なす考えもある。例えば、日米和親条約締結から150年後の2004年、外務省は条約が結ばれた神奈川村(現在の横浜市)で、「日米交流150周年記念式典」を開催した。
日米間の交流事業を進めてきた民間団体は、戦前から存在した。最もよく知られた日本の団体のひとつに、日米協会がある。中国大陸における日米間の利権対立やアメリカでの日本人移民排斥などの動きを懸念した人々が1917年に設立した団体で、現在は一般社団法人として活動している。民間団体であることは確かだが、設立当時から政府や財界の有力者が中心となってきた。現在の事業も、アメリカの政界や経済界で知られている人などを招いた講演会などが目立ち、学生や市民のための交流事業は見当たらない。その意味では、「草の根交流」とはいい難い。
日本での日米協会設立に先立つ10年前、ニューヨークに日本の軍艦2隻が来航したことを契機に、Japan Societyが創設された。中心になったのは、日本とビジネス関係にある実業家だが、現地の日本人も含まれていた。このようにJapan Societyも、「草の根交流」を目指していたとは考えにくい。しかし、現在では、将来の日米関係を担う人材の育成事業の一環として、アメリカの高校生が日本の高校や企業、団体などに訪問するJunior Fellows Leadership Programなども進めており、「草の根交流」の側面も見られる。なお、Japan Societyというと、このニューヨークのNPOだけをイメージする人が多いかもしれない。しかし、ボストン、サンフランシスコ、シカゴなど、全米各地に”Japan Society”を冠したNPOが設立され、日本の政治や社会、文化の紹介や交流などの事業を実施している。
さて、前置きが長くなったが、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」について見ていこう。「渡邉利三」という名前から予想されるように、この事業は、「渡邉利三」の1040万ドル、邦貨で16億円近い多額の寄付により生まれたものだ。神奈川県鎌倉出身で、慶応大学時代にアメリカ留学を夢みて、複数の大学に願書を送り、希望する額の奨学金を提供してくれることになった、マサチューセッツ州の大学、Brandeis Universityに入学した。その後、健康医療産業のNikkenを立ち上げるとともに、フィランソロピー活動を推進。日本からBrandeisに留学する学生への奨学金事業に1000万ドルを寄付した。さらに、アメリカにToshizo Watanabe Foundation、日本でも公益財団法人渡邉財団(旧財団法人磁気健康科学研究振興財団)を設立し、健康医療や大学生への奨学金、日米交流活動などに多額の資金を寄付してきた。
「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、Japanese American National Museum (JANM)のプログラム、National Center for the Preservation of Democracy (Democracy Center)のひとつとして実施される。つまり、JANM、Democracy Center、そしてフェローシップという三層構造の中に位置づけられている。JANMは、その名が示すように、日系アメリカ人の歴史や文化を継承させるため、ロサンゼルスの小東京に1992年にオープンした博物館だ。その建物は、1925年に建設され、86年にLos Angeles Historic-Cultural Monumentに指定された旧西本願寺を改修したもので、建設当時の面影を残している。Democracy Centerは、2000年にDaniel K. Inouye National Center for the Preservation of Democracy という名称で、JANMの事業としてスタート。2023年12月にNational Center for the Preservation of Democracy、略称Democracy Centerに改称され、今日に至っている。なお、Daniel K. Inouyeは、ハワイ州選出の政治家で、長年、連邦上院議員を務めたが、2012年に亡くなった。今年は、生誕100年に当たる。
前述のJapan Societyの高校生の訪日交流プログラムのように、アメリカのNPOが行う国際交流事業は、アメリカ人を海外に派遣することが多い。一方、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」は、日本の若者をフェローとしてアメリカに招待し、交流活動などに参加させることを中心に設計されている。例えば、応募資格をみると、日本国籍を有する者または日本の特別永住者で、年齢は45歳以下、5年以上の職務経験を有することなどとなっている。職種については、民間企業、政府機関、アート、メディア、NPO/NGO、教育機関など幅広いなお、TOEIC 900点以上、TOEFL 630点(CBT 267点、iBT109点)という数字が示すように、かなり高い英語力が求められる。これは、英語での交流に支障や抵抗がないことを重要視しているためだという。ただし、そのためか、昨年度のフェローの大半は、大手企業の従業員などで、職種的な多様性は確保できているとはいえない。
募集されるフェローは10人。第1回目の昨年の参加者、8人よりふたり多い。フェローに選出されると、2025年5月に東京でオリエンテーションを受け、7月21日〜8月1日まで、渡米。ロサンゼルスと首都ワシントンの2都市を訪れる。さらに、帰国後の同年秋にフェローシップ公開イベントが開催される。
Democracy Centerのプログラムという位置づけから、参加者は、民主主義や多様性、マイノリティのリプレゼンテーション、シンクタンクやNPOの役割など、アメリカの民主主義をめぐる課題と取り組みについて、学ぶことになる。訪問先も、ホワイトハウスなどのメインストリームだけでなく、草の根団体なども含まれており、これらの課題に取り組む実態の理解に役立ちように設計されているといえよう。さらに、日系アメリカ人の視点からアメリカ社会を見る試みのひとつとして、日米開戦後、日系アメリカ人が収容された強制収容のひとつ、ロサンゼルスから車で4~5時間かかる、Manzanarにある強制収容所跡の訪問予定が組まれている。
なお、「渡邉利三デモクラシー・フェローシップ」募集に当たり、NJAMは、12 月 7 日(土)10:00am-10:30am(日本時間)/12 月 6 日(金)5:00pm-5:30pm(アメリカ西海岸時間)にオンライン説明会を実施する。参加は無料だが、予約が必要。プログラウの詳細や予約に関する説明は、以下から見ることができる。
https://www.janm.org/ja/democracy/events/2024-12-07/2025-watanabe-democracy-fellowship-virtual-information-session
コロナ禍
トランプによるKennedy Jrの厚生長官指名、「陰謀論者」「反ワク」候補として懸念や反発が噴出
2024年11月23日
共和党のドナルド・トランプ元大統領は、11月5日の大統領選挙で当選が確定した直後から2025年1月からの政権移行に向けて、閣僚候補を次々と発表している。しかし、指名された候補者に対して、不適切との批判が相次いでいる。そのひとり、司法長官に指名されていたMatt Gaetz前下院議員は11月22日、辞退を表明。未成年者にわいせつ行為をした疑惑をめぐり、承認手続きの難航が予想されたことが影響したようだ。今後、最大の焦点になるのは、厚生長官に指名されたRobert F. Kennedy Jr(以下、Kennedy Jr)と見られる。新型コロナウイルス感染症向けをはじめとしたワクチンの誤情報を流布させてきたなどの批判があり、指名の可否を判断する連邦上院議員だけでなく、医療系のNPOからも撤回を求める声がでている。
アメリカ政府の閣僚などの人事の多くは、大統領が候補者を指名、連邦上院司法委員会の審査をへて、本会議の採決を行い、過半数が賛成した場合、承認される。合衆国憲法の「上院のアドバイスと同意」に基づく、という規定に沿った措置だ。このため、大統領の指名を上院が否決する可能性もある。なお、大統領が指名できる政府の役職は約4000、このうち1200ほどに「上院のアドバイスと同意」が求められる。しかし、実際に上院が否決することは例外的で、最も直近では、1989年にGeorge H. W. Bushが国防長官に指名したJohn Towerが反対53・賛成47で否決された例に遡る。ただし、指名を否決される前に、辞退するケースは少なくない。上述したMatt Gaetz前下院議員は、そのひとりだ。John Towerへの否決以降、同議員を含めると、その数は17人に及ぶ。
指名難航が予想される背景などについて触れる前に、Kennedy Jrについて整理しておこう。Robert F. Kennedy Jrという名前が示すように、Kennedy JrはRobert F. Kennedyの息子のひとりで、正確には3男だ。Robert F. Kennedyは、1961年に第35代大統領に就任したJohn F. Kennedyの弟で、連邦上院議員や司法長官を務めたが、1968年に大統領選挙に立候補、選挙演説の会場で暗殺された。このように「アメリカ政界の名門ケネディ家」の一員で、1987年にEnvironmental Litigation Clinic at Pace University School of Lawの活動を開始、環境問題の弁護士として活躍した。しかし、その後、2007年にChildren’s Health DefenseというNPOを設立し、理事長に就任。ワクチンの危険性などを主張、他のリベラルな親族と異なる姿勢を見せるようになった。コロナ禍においても「陰謀論者」「反ワク」として見られる言動が少なくない。2024年の大統領選挙に無所属で出馬したものの、支持が低迷する中で、撤退し、トランプ支持を打ち出していた。
コロナ禍が全米に拡大していった2020年5月、当時のトランプ大統領は、Operation Warp Speedをスタートさせた。2021年1月までに、新型コロナウイルス感染症に有効なワクチン3億回分を官民共同で開発することを目指した一大プロジェクトだ。当初、100億ドルの予算が想定されていたが、その後、増大。2020年10月までに180億ドルの巨費が投入されたと、同年10月29日のBloomberg Businessweekは伝えた。Operation Warp Speedの資金を受けてワクチンの開発を進めた企業は、Johnson & Johnson、AstraZeneca、Modernaなど8社。2020年12月には、ModernaなどがFood and Drug Administration (FDA)から緊急使用を許可され、全米だけでなく、世界各地の接種に活用されていくことになった。
このように、コロナワクチンの開発は、いわばトランプの功績である。当初、トランプは、これを自画自賛。しかし、徐々にワクチンへの言及が減少していった。この変貌の最大の理由は、トランプ支持者の多くがワクチンに否定的だったことだ。例えば、NPOの調査機関、Pew Research Institute (PRI) が2020年9月17日に発表した” U.S. Public Now Divided Over Whether To Get COVID-19 Vaccine”というタイトルの報告書によると、同年9月時点にコロナワクチンが完成した場合、接種を「絶対にしない」と「おそらくしない」と答えた人の割合が49%に上っていた。共和党支持層に限定すると、56%と過半数を超えた。なお、民主党支持者の間でも42%が接種に消極的だった。PRIは2020年5月にも同様の調査を行っていたが、この時点で接種をためらう人は、9月の調査時点の半数程度に止まっていた。この数カ月の間に、ワクチンに否定的な意識が急速に広がったといえよう。
では、なぜ人々は、ワクチン接種をためらうようになったのか。PRIの報告書によると、接種に消極的な理由として、「副反応への懸念」が最も多く、調査対象者の90%にのぼる。このうち「主要な理由」とした人だけでも76%に及んだ。2番目に多い理由は、「効果が不明」なことだ。これをあげた人は85%で、そのうち72%は、「主要な理由」としていた。また、「必要性を感じない」が55%(「主要な理由」は31%)、「費用が掛かりすぎる」が32%(同13%)にのぼった。さらに、ワクチン認可への不安を持つ人の割合も高かった。ワクチンの安全性や効果が十分確認されないうちに、接種が始めるのではないかと考えていた人が、77%に及んでいたのだ。このうち36%は、強い懸念を表明していた。
こうした不安や懸念が存在したものの、前述のように、FDAは2020年12にコロナワクチンの緊急接種を承認。その数日後から、大規模な接種が開始された。US Coronavirus Vaccine Trackerによれば、2021年3月11日までに対象者の19%が1回、10%が2回の接種を終えた。1年後の2022年3月11日には、接種率がそれぞれ77%と65%にまで増加、また3回目のブースター接種を受けた人も29%にのぼった。これらの数字を見る限り、接種は順調に進んでいったように感じられるかもしれない。しかし、コロナ禍以前から見られていた反ワクチンの動きが、コロナワクチンの接種率の上昇とともに、全米に拡大していったのである。
近年の反ワクチン運動で大きな契機になったのは、2015年にカリフォルニア州で小中学校の児童などへのワクチン接種の免除理由から信条を削除する上院法案277号に対する反対運動である。この運動を通じて、全米の反ワクチン団体は、連携を強めていった。ただし、当時の活動は、法案277号への反対運動のように、学校での接種において児童の保護者の懸念に乗じていくものが中心だった。一方、コロナ禍においては、ソーシャルディスタンスや学校閉鎖、ワクチン接種やマスク着用の義務化など、政府のコロナ対策に対する人々の不満が拡大。こうした政策への不満を運動に巻き込んでいったのが特徴だ。
運動にかかわる人々も、右翼団体や一部の公職者、キリスト教民族主義の牧師、そして政治家など、幅が広がった。運動の進め方としては、「健康の自由」を訴えて公衆衛生の介入に異議を唱え、新型コロナウイルス感染症の深刻さを軽視。その結果、コロナ禍の拡大を助長したといえる。また、デモや集会を積極的に実施した他、2021年以降には、司法の場に問題を持ち込むケースも増えていった。医療や介護や学校、政府機関など特定の職場におけるワクチン接種の義務化への反対や、接種による副反応への補償要求など、多様な内容の訴えが起こされた。さらに、保守的な州や自治体では、ワクチンメーカーに訴訟を起こす動きが広がっていった。
ワクチン接種をはじめとしたコロナ対策全般への反対運動において、SNSが重要な役割を果たした。それを裏付ける調査や研究も行われており、アメリカ政府機関のNational Library of Medicineが運営するPubMedという医療関係の論文などを集めたサイトに2023年2月24日に掲載された論文、” One Year of COVID-19 Vaccine Misinformation on Twitter: Longitudinal Study”は、そのひとつだ。タイトルにあるように、ツイッターに掲載されたコロナワクチンに関連する誤情報を収集、分析されたもので、対象となったのは2021年のツイート3億回にのぼる。分析の結果、約800人の「スーパースプレッダー」の小グループによるツイートが平均的な日に誤情報の再共有全体の約35%を占めていることが判明。そして、最大のスーパースプレッダーとされた(@RobertKennedyJr)がリツイートの13%以上を占めていた。@RobertKennedyJr、すなわちKennedy Jrのツイッター、現在の「X」のことだ。
この論文だけではない。Annenberg Public Policy Center of the University of Pennsylvaniaのプロジェクト、 FactCheck.Orgは2023年8月11日、”RFK Jr.’s COVID-19 Deceptions”と題する記事を掲載した。なお、この記事は、2024年8月23日にアップデイトされている。ファクトチェックの専門団体が調べた内容にふさわしく、RFK Jr.、つまりKennedy Jrの言動を詳細にわたって調べている。そのうえで、Kennedy Jrによるコロナワクチンの効果やコロナ感染についての指摘に対して、医学研究の結果などを提示しながら批判。さらに、コロナワクチンに関連した裁判や政策についての誤情報についても、データを示しながら反論している。Kennedy Jrは、自らを反ワクチンであることを否定し、ワクチンの安全性や承認を慎重に進めることを求めているにすぎない、と主張。しかし、こうしたツイッターの分析結果を見ると、Kennedy Jrは、反ワクチンのスーパースプレッダーであると指摘されるのは当然といえよう。
Kennedy Jr.が長官に就任する可能性がある、厚生省(Department of Health & Human Services)には、アメリカのコロナ対策でしばしば名前がでてくるNational Institutes of Health (NIH)やCenters for Disease Control and Prevention (CDC)、ワクチンの認可を行うFood and Drug Administration (FDA)など、人々の健康や医療に関係する多くの機関が含まれている。コロナ対策に関しても、新型コロナウイルス感染症の検査、ワクチン接種、治療などに加え、これらの措置を健康保険に未加入の人々に提供する役割も担っている。そのトップに反ワクチンのスーパースプレッダーと形容された人物が就任するとなれば、懸念や批判の声が出ない方が不思議だろう。では、どのような人々や団体から、どのような声が出ているのか。以下、整理して、紹介しよう。
・Mandy Cohen, CDC長官
「(Kennedy Jrの厚生長官への就任によって)ワクチンの効果を思い出させるために、子どもや大人が苦しんだり命を落としたりする状況に、(歴史を)後戻りさせたくない」
・Kyle McGowan, 第一次トランプ政権のCDC首席補佐官
「(ワクチンの効果を疑問視するKennedy Jrに対して)ワクチンは、歴史上最も強力な公衆衛生のイノベーションであり、他のどのツールよりも多くの命を救ってきた。私と同年代の人で、隣人がポリオにかかったことや、はしかで聴力を失った子どもを覚えている人はほとんどいない」
・Georges Benjamin, American Public Health Association事務局長
「(Kennedy Jrの厚生長官指名に)失望している。彼は訓練、経験、気質において適切な人物ではない…。彼の反ワクチン的な見解は、彼を公衆衛生の実践や科学、そもそも医学さえも尊重しない人物としてみなされる結果になっている」
・Robert Weissman, Public Citizen共同会長
「Kennedy Jrは、国民の健康に対する明白かつ現実的なの脅威である。彼は厚生省に立ち入ることを許されるべきではなく、ましてや国の公衆衛生機関の責任者に任命されるべきではない」
・Dr. Peter Lurie, Center for Science in the Public Interest会長兼事務局長
「良い科学と悪い科学の違いを見分けられない人物(Kennedy Jr)を(厚生省の)責任者にすることは、アメリカ人にとって本当に危険だ」
・Mark Gallagher, Protect Our Care Maineのリーダー
「(Kennedy Jrの」メッセージは、『我々は根絶された病気(感染症)を復活させるつもりだ』という意味に他ならない」
・「RFK Jr.と(トランプがCenters for Medicare & Medicaid Services のAdministratorに指名した)Dr. Mehmet Oの両者には共通点がひとつある。彼らがアメリカの医療機関を運営するのに全く不適格な、ジャンクサイエンスの悪党だということだ。このふたりがアメリカの医療の舵取りをしていくとすれば、私たちは暗い道を進むことになるだろう。これらの無謀な指名の結果は、全米のほぼすべての家庭に影響を及ぼす。有権者の健康を気にするすべての上院議員は、彼らの指名に反対すべきだ」
こうした主張だけではない。Kennedy Jrの指名阻止に向けた運動が始まっている。“Stop RFK War Room”は、そのひとつだ。運動をスタートさせたのは、Protect Our CareというObamacareと呼ばれる皆保険に近い制度の維持などを掲げ、ロビー活動を中心にしている501c4団体だ。501c3団体と異なり、寄付控除の資格はないが、関連事業の収入への課税が免除されるNPOである。“Stop RFK War Room”の詳細は明らかになっていないが、政治専門紙のPoliticoなどによると、11月18日に数十の団体から200人ほどが参加して会議を開催。指名阻止に向けた活動の戦略などを話し合った。連邦上院で共和党議員も対象にしたロビー活動を展開する他、指名のカギを握るとみられる上院議員の出身州で啓発活動などを行うとみられる。
なお、前述の” One Year of COVID-19 Vaccine Misinformation on Twitter: Longitudinal Study”というタイトルの論文は、以下から見ることができる。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36735835/
人権問題
ハリスの敗北はミソジニーの影響か、「総選挙」結果からの考察
2024年11月21日
アメリカで11月5日、「総選挙」が実施された。大統領の選出だけはなく、連邦議会の下院の全議員、上院の3分の1に加え、知事をはじめとした州政府の高官や議員、自治体の首長や高官、議員などが選ばれる。州や自治体によっては、住民提案が投票に付されることもある。こうした多くの公職者や課題への判断が示されるがゆえに、「総選挙」と呼ばれるのだろう。したがって、「総選挙」のハイライトは、大統領の選出といはいえ、投票者の意思は、大統領への1票だけで示されるわけではない。初の女性大統領をめざしたハリスの敗北にミソジニーが影響したという点についても、連邦議会や知事選挙などの結果も含めて考察する必要がある。
大統領選挙は、全米の有権者が投じた1票を集計した数が多い候補が勝利する仕組みではない。候補者は、各州に配分された選挙人の獲得人数を競う。直近の人口統計の結果に基づいて、全米50州と首都ワシントンに選挙人の数が決められる。全米の選挙人は538人なので、その過半数、すなわち270人を獲得した候補者が勝利を収める。今回の場合、トランプが312人、ハリスが226人の選挙人をえた。両者の差は、86人。この数字だけ見ると、トランプの圧勝だ。しかし、獲得した有効投票の割合を見ると、トランプは49.9%と過半数に満たない。一方、ハリスは、48.3%の投票者の支持をえている。その差は、1.6%にすぎないともいえる。
2016年、ヒラリー・クリントンが女性初の大統領を目指し、トランプと争った。有効投票を獲得した割合がトランプより高かったものの、選挙人の数で敗北に至ったとき、クリントンは、「ガラスの天井」の存在を指摘。今回、ハリスが敗北した際には、ミソジニーの影響、あるいは結果とする声も聞かれる。なお、「ガラスの天井」とは、女性やマイノリティが一定以上の地位に上がれない状態を指す。ミソジニーは、古代ギリシア語で「嫌悪」と「女性」を意味するふたつの言葉を語源にするといわれている。中世ヨーロッパの魔女狩りがその例としてあげられることがあるが、今日では女性の上司やリーダーを好まない人々を指す言葉として用いられている。
では、ハリスの敗北にミソジニーが影響していたのだろいうか。あるいは、ミソジニーの結果なのだろうか。この問いに、直接回答を示したデータは見当たらない。そこで、ニュース専門チャンネル、CNNが実施した出口調査の結果から考えていく。以下の表は、過去3回の大統領選挙の投票者における男女の割合と民主・共和両党の候補者の男女別の投票獲得の割合を筆者が整理、提示したものだ。なお、候補者の獲得割合については、他の候補者もいるため、合計で100%にならない。
男性の投票割合 女性の投票割合
2016年 投票者の割合 47% 53%
民主党:クリントン 41% 54%
共和党:トランプ 52% 41%
2020年 投票者の割合 48% 52%
民主党:バイデン 45% 57%
共和党:トランプ 53% 42%
2024年 投票者の割合 47% 53%
民主党:ハリス 44% 54%
共和党:トランプ 54% 44%
この表からわかることのひとつは、投票者に占める女性の割合は、男性よりも4~6%も高いことだ。換言すれば、選挙結果は、女性の投票行動に大きく影響される。また、民主党の候補者は女性票の多くを獲得、共和党の候補者のトランプは男性からの支持で優位に立っている。さらに、男性の投票割合を見ると、トランプは2016年の52%から20年には53%、そして24年に54%へと1%ずつ引き上げている。一方、この間、民主党は、クリントンの41%、バイデンの45%、ハリスの44%となっている。ここで注意すべき点は、バイデンの獲得した割合に比べ、ハリスは1%しか下げていないことだ。一方、女性の投票の割合を見ると、バイデンが57%の支持をえたのに対して、ハリスは54%と、3%を低下させた。
このデータだけで判断することはできないが、ハリスの敗北は、男性票よりも、女性票の減少にあったと考えるのが妥当だろう。とはいえ、男性や女性を一括りにするわけにはいかない。したがって、より細分化されてデータを見る必要がある。人種と学歴を合わせて分析すると、大卒の白人女性のうちハリスに1票を投じたのは59%で、トランプへの39%を大きく引き離している。大卒の白人男性においても、両者の得票割合は49%と48%と、わずかではあるが、ハリスの方が多い。一方、大学を卒業していない白人女性の62%がトランプに投票、ハリスは37%をえたにすぎない。白人男性では、この割合が68%と30%とさらに大きくなる。
なお、非白人の投票者は29%だが、その内65%はハリスに一票を投じた。また、ミソジニーの代表格のように黒人男性がいわれることがあるが、今回の選挙では、78%がハリスに投票、トランプを支持したのは20%に止まった。この数字は、2020年の79%と19%に比べても、ほとんど変化していない。黒人男性をハリス敗北の「犯人」に仕立て上げるのは、適切ではない。ただし、黒人女性では、男性よりはるかに多い、92%がハリスに投票している。また、マイノリティに限定すれば、ヒスパニック系の男性は54%がトランプに一票を入れ、ハリスへは44%にすぎなかった。
男女に年齢層を加えたデータを見ると、興味深いことがわかる。ハリスは、若者の支持が強い反面、中年から高齢に差し掛かる世代の支持をえることに、苦戦したのだ。例えば、18歳から29歳までの女性から、ハリスは63%の支持を獲得した。しかし、そのひとつ上の世代の30歳から44歳になると、56%に低下。そして45歳から64歳までの女性の支持は50%への下がってしまった。一方、トランプは、同じ年代層の女性から36%、41%、48%と年齢が上がるとともに、一票を獲得する割合が高まっている。なお、男性に関しては、18歳から29歳の若者の49%がハリスに投票、トランプの47%を上回った。しかし、他の年齢層では、いずれもトランプの得票の方が多かった。
前述のように、大統領選挙は、州ごとに配分された選挙人の獲得を目指す争いである。しかし、大半の州は、民主・共和いずれかの政党の影響力が強く、選挙前に結果がほぼ判明している。このため注目されるのが、Battleground States、いわゆる激戦州である。なお、最近では、Swing Statesと呼ばれることが多い。激戦州は、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの7つ。これら州すべてでハリスはトランプに敗れた結果、民主党に政権を譲り渡すことになった。
激戦州の中には、連邦上院議員選挙や知事選挙が行われた州もある。前者はアリゾナ、ミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの5つの州。後者については、唯一、ノースカロライナ州で行われた。その結果、連邦上院議員選挙では、民主党の候補が4つの州で勝利を収めた。このうち、ミシガン州で勝利したエリッサ・スロットキンは、女性の候補者だった。ハリスが敗れた州で、同じ女性が上院議員選挙で勝利したのだ。残りのペンシルベニア州は、僅差のため、11月20日現在、当選者が確定していない。では、知事選挙はどうだったのか。これも民主党の候補が共和党を退けたのである。得票率は、それぞれ54.9%と40.1%。民主党の圧勝といえる結果だ。
このように、大統領選挙の民主党の敗北はハリスの敗北であっても、必ずしも民主党全体が共和党に打ちのめされたとまでいうことはできない。また、ミソジニーの影響はあるとしても、結果とまでいうことは無理だろう。この点を確認する意味も込めて、女性の政治参加に関する研究機関、Rutgers UniversityのCenter for American Women and Politicsがウェブサイトに掲載している、大統領選挙以外の選挙における女性候補の結果について見ていこう。
現在、連邦議会上院の議員になっている女性は、25人。このうち民主党議員が16人で共和党の議員は9人である。「総選挙」の結果、2025年から上院議員として活動する女性は、25人になった。現状と同じである。ただし、民主党議員がひとり減り、無所属の議員がひとり入ることになる。では、下院はどのような状況になるのか。現在、女性の下院議員は126人だが、来年から少なくとも124人の女性が下院で議員活動を行う。「少なくとも」と書いたのは、一部の選挙区で当選者が確定していないためだ。また、知事は、現在の12人からひとり増えて、来年からアメリカ史上最多の13人になる。ただし、知事を含めた州政府の高官には98人が就任することになるが、これは現状よりひとり少ない。
大統領選挙だけに目をやると、民主党の敗北とその一因としてミソジニーが指摘されることが、まったくの的外れということはできないかもしれない。しかし、「総選挙」という視点に立てば、女性の政界への進出は大きく進まなかったものの、連邦議員や州の高官などに限定すれば、ほぼ現状を維持している。ミソジニーが顕在化してきた場合には、批判が必要だ。しかし、しっかりしたデータを踏まえた分析と考察抜きに、批判するだけでは、反発が強まるだけではないだろうか。ミソジニーの背景にもつながる貧困や格差、教育の機会の不均等さなどの問題について、ジェンダーの視点を持ちつつも、ともに乗り越えていこうすることが求められているのではないだろうか。
なお、今回の「総選挙」における女性の政界進出の状況について整理、分析を行っている上記のRutgers UniversityのCenter for American Women and Politicsのデータは、以下から見ることができる。
https://cawp.rutgers.edu/
福祉貧困
大統領選挙の争点となった生活苦、州・自治体の住民提案の結果にも反映
2024年11月20日
11月5日に投開票が行われた、アメリカの大統領選挙における最大の争点のひとつといわれたのが、インフレとそれにともなう生活苦だ。この問題は、与党民主党への逆風となり、ハリスの敗北とトランプの勝利に寄与したといわれている。とはいえ、大半の人々は、単一のイシューに基づいて投票するわけではない。これに対して、大統領選挙と同じ日に、州や自治体の多くで投票に付された、住民提案は、シングルイシューへの賛否を問うものだ。生活苦に関連した各地の提案の成否を考察することを通じて、投票者の意識などを探っていこう。
生活苦に関する住民提案について触れる前に、大統領選挙におけるインフレや生活の困窮化に関連した状況について、投票者がどのように考え、一票を投じたの見ておく。アメリカのニュース専門チャンネル、CNNが実施した出口調査によると、有権者が最も重視した政策は、民主主義がトップで全体の35%、次いで経済が31%という結果が示されている。ただし、経済は、インフレや生活苦だけを意味するとは限らない。持ち家の人であれば、不動産の値上がりを歓迎するだろう。また、投資に資金を投入している人は、株価の変動の観点から経済を考える可能性が高い。
CNNの出口調査には、生活苦を直接聞く質問は見当たらない。その代わりに、家計の状況が4年前と比較した状況を尋ねた項目を見出すことができる。この項目において、「よくなった」という回答は24%にすぎず、「ほぼ同じ」の30%を合わせても、半数をやや上回るに過ぎない。最も回答が多かったのは、「悪くなった」で、45%に上る。この回答を選択した投票者の85%は、トランプに一票を入れた。ハリスを選んだのは、17%にすぎない。「国の経済状況」についての問いに対しても、「あまりよくない」という回答が35%、「悪い」が32%と、このふたつで全体の3分の2を占めた。そして、「あまりよくない」の52%、「悪い」86%が、トランプを支持したのである。
大統領選挙直前の数カ月、インフレは落ち着きを示していた。また、ウォールストリートは活況を呈し、ダウ平均株価は、今年5月には史上初めて4万ドル台を突破。その後も高値を維持してきた。その一方で、生活困窮者の人数は、増加してきたといわれている。例えば、連邦政府の主要な食料支援プログラムのひとつに、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)がある。通常、Food Stampと呼ばれるもので、生活の困窮度などに応じて、食品や食材を購入する引換券を受け取り、スーパーや商店で現金に代えて、購入することができる。なお、引換券と書いたように、かつては紙だったが、現在はカード形式になり、Electronic Benefit Transfer (EBT)と呼ばれている。
SNAPの受給者は、2008年のリーマンショック後に急増したものの、その後、減少に転じた。しかし、2019会計年度に反転し、2023会計年度にはアメリカに居住する人の8人にひとりに相当する、12.6%が受給するに至った。受給者数でいえば、4210万人にのぼる。なお、州により受給者の割合の相違が大きく、最も多いニューメキシコ州は23.1%とほぼ4人にひとりが受給。最も少ないのはユタ州で4.6%だった。
なお、これらは、SNAPを管轄する連邦農務省のデータである。合法的な居住権を持たない外国人や留学生のように在留資格があってもSNAPの受給資格が認められていない人も少なくない。したがって、実際には、より多くの人々がSNAPの支援を受けるような状態にあると考えられる。例えば、全米のフードバンクの連合体、Feeding Americaは、2023年にフードバンクやフードパントリーなどを通じて食料支援を受けた人は、SNAPの受給者を大きく上回り、5000万人を超えたと推定している。
十分な食料を確保できない状態を連邦商務省は、Food Insecurityと規定している。この状態が生じる背景はさまざまだが、収入が少ないことと、支出が大きいことが、最も大きな理由といえよう。前者でいえば、低賃金や失業などが考えられる。後者は、家賃や光熱費、ガソリン代などの交通費の上昇、保険や育児など、さまざまな用途に対する支出があるためだろう。
Food Insecurityを生み出す原因ともいえる低賃金に対しては、最低賃金の引上げ、家賃の上昇を抑えるためのレントコントロール、また両者を含めた対策としてベーシックインカムなどが、住民提案として投票に付されることが少なくない。では、11月の大統領選挙と同じ日に全米各地の州や自治体などで、これらの問題に対する住民提案は、どの程度実施されたのか。そして、それらの結果はどうだったのか、みてみよう。
州レベルの住民提案でいえば、人工妊娠中絶と有権者をアメリカ市民に限定する、ふたつのテーマが最も関心を集めた。しかし、最低賃金の引上げなど、賃金関係の提案も6つの州で実施された。このテーマは、過去20年ほど、大統領選挙や中間選挙が行われるたびに投票に付され、その多くが成立してきた。しかし、今回は、3州で成立、2州で不成立、残りのカリフォルニアは僅差のため、まだ確定していない。それぞれの州の提案の内容と結果は、以下の通りである。
・アーカンソー州:Ballot Measure 1
時給15ドルに引き上げと有給の病欠休暇の導入
賛成58%、反対42%で成立
・アリゾナ州:Proposition 138
チップ労働者への賃金を最低賃金より25%少なくすることを認めること。ただし、報酬総額は、最低賃金に2ドルを加えた額以上とすること
賛成26%、反対74%で不成立
・カリフォルニア州:Proposition 32
時給18ドルに引き上げ
賛成49%、反対51%(僅差のため11月19日現在未確定)
・マサチューセッツ州:Question 5
チップ労働者への最低賃金を州の最低賃金と同額にすること
賛成36%、反対64%で不成立
・ミズーリ州:Proposition A
時給の15ドルへの引き上げと有給の病欠休暇の保障
賛成58%、反対42%で成立
・ネブラスカ州:Initiative 436
有給の病欠休暇の保障
賛成74%、反対26%で成立
以上のように、最低賃金だけの引上げや最低賃金と有給の病欠休暇の保障については、未確定のカリフォルニア以外、成立している。また、アリゾナ州の提案は、チップ労働者の収入が増えるのか、減るのかわかりにくい。Arizona Restaurant Associationが賛成派に入っていることに示されるように、経営側が主導した提案といえる。このため、労働サイドとしては、「勝利」といえるだろう。一方、マサチューセッツ州の提案は、チップ労働者の最低賃金が一般の労働者より低く設定されている状態を変えるための提案だ。否決されたことは、労働側にとって「敗北」といえる。
ベーシックインカムについては、オレゴン州のMeasure 118で州民の賛否が問われた。この提案は、”Corporate Tax Revenue Rebate for Residents Initiative”と命名されている。この文言から、ベーシックインカムの導入を求めるものとは考えにくいかもしれない。しかし、”Corporate Tax Revenue”は、ベーシックインカムの財源を意味し、 その財源を”Residents”への”Rebate”に充当する意図が示されている。ここで重要なのは、”Residents”という語彙だ。Citizensではない。つまり、国籍や居住権の有無に関係なく、資金を提供することを求めているのである。なお、日本語で”Rebate”は悪いイメージがあるが、英語では税金などの払い戻しを意味している。
結論を先に言うと、Measure 118は賛成22%、反対78%で否決された。なぜ、これほどの「大敗」を喫したのか。理由を考える前に、提案の内容を見ておく必要がある。上記の”Corporate Tax Revenue”の部分によって、企業の2500万ドル以上の収入に対して、3%の課税を行うことになる。そのうえで、州に200日以上居住している人に、”Rebate”を配布するという提案だ。
では、”Rebate”は、いくらになるのか。実際には、企業の収入が変動するため、断定的な数字は提示されていない。しかし、11月5日付の地元紙、Salem Statesman Journalは、州のLegislative Revenue Officeが9月に発表した試算として、成立すれば、開始時にひとり当たり月額1035~1286ドルの支払が行われると伝えている。年間1万5000ドル、邦貨に換算すると220~230万円にもなる。当然のように、インテルやナイキをはじめとした、課税される対象の企業は反対の声をあげた。州知事をはじめとして、民主・共和両党の連邦や州の議員の多くも反発。ここに、Oregon AFL-CIOなどの労働団体やLeague of Women Voters of Oregonをはじめとした知名度の高いNPOも合流した。
これに対して、賛成派は、Oregon People's Rebateという資金集め団体、すなわちPolitical Action Committee (PAC)を結成。提案が成立すれば、貧困家庭の子どもが26%減少するなどと訴え、活動資金を81万1124ドル50セント集めるまでに、提案への支持を広げることに成功した。しかし、政治家に加え、大手企業や業界団体、さらに労働団体、NPOへとウィングを伸ばした反対派は、1594万7420ドル50セントと、賛成派の20倍近い資金を集め、提案成立阻止に向けて運動を進めていった。
その結果は、先に述べたようなOregon People's Rebateの「大敗」となった。しかし、投票者の22%が賛成票を投じたことの意味は、決して小さくない。集めた資金よりもはるかに多い割合での支持を獲得できたからだ。それだけではない。州レベルでベーシックインカムといえる制度を導入しているのは、石油収入を財源にしたアラスカだけである。コロナ禍において自治体レベルで、試験的な導入が相次いだ。しかし、その多くは連邦政府のコロナ対策費を充当するなど、企業の収益を住民に還元させるという、格差解消のような社会課題の解決を正面から据えたものではない。
レントコントロールも生活苦との関連で重要なテーマである。カリフォルニア州では、
“Proposition 33: the Prohibit State Limitations on Local Rent Control Initiative”として、11月5日に投票に付された。Costa-Hawkins Rental Housing Actと呼ばれる、レントコントロールを戸建て住宅に限定したり、1995年以降に建設された住居に適用することを禁止する法律を撤廃することを目指す提案だ。しかし、結果は、賛成が40%に止まり、不成立に終わった。ここでも、不動産関係の業界などの強い抵抗があった。
このように、生活苦が焦点になったといわれる大統領選挙とそれにともなって実施された住民投票の結果を見ると、生活苦を積極的に解決しようとする動きが勝利を収めたとはかぎらないことがわかる。とはいえ、一部で敗北したとはいえ、提案の成立を目指す運動の中に、生活苦の問題を解決するための具体策が示されていることも事実である。今後、これらの具体策がどのように発展していくのか、あるいは消滅していくのか。名もない人々による、草の根からの動きを今後も注視していきたい。
なお、上記のOregon People's Rebateの活動は、以下から見ることができる。
https://www.opr2022.org/
NPO経営
連邦下院本会議「NPO殺戮法案」否決、人権団体などのロビー活動が奏功
2024年11月18日
連邦下院本会議は11月12日、” Stop Terror-Financing and Tax Penalties on American Hostages Act”の採決を行ったものの、成立に必要な賛成票をえられず、否決された。この法案は、アメリカ人を人質にしたテロリストを支援するNPOの税制優遇措置をはく奪する手続きなどを定めたものだ。しかし、担当する財務長官の恣意的な裁量権が強く、次期大統領に決まったドナルド・トランプの意に沿わないNPOの財源を断つ手段として用いられる恐れがあるとして、人権団体などから強い反対の声が上がっていた。法案に反対していた人権団体などは、下院本会議の採決結果を歓迎しつつ、共和党が再度、提案してくる可能性が高いとして警戒している。
アメリカの議会では、法案に番号をつけている。“Stop Terror-Financing and Tax Penalties on American Hostages Act”の番号は、H.R. 9495。ここにあるH.R.とは、House of Representatives、すなわち下院を意味する。したがって、H.R. 9495は、下院法案9495号となる。なお、連邦上院の法案は、上院、すなわちSenateの頭文字をとってS.と記載される。また、法案の多くは、同様の課題を扱ったものが、上下両院に提出、審議され、両院を通過後、一本化のための競技が行われる。H.R. 9495と類似の法案は、上院にも提出されている。法案は、A bill to amend the Internal Revenue Code of 1986 to terminate the tax-exempt status of terrorist supporting organizationsという名称で、番号はS.4136だ。
H.R. 9495の採決では、共和党からひとりの反対がでたものの、民主党から52人の議員が賛成票を投じた。この結果、賛成256票に対して、反対は145票となり、過半数を超えた。通常、議会の法案は、有効投票の過半数の賛成で成立する。しかし、H.R. 9495は、Fast-track billとして扱われたため、成立には3分の2が必要だった。法案の審議は、議会に提出された後、委員会で議論、修正などが加わるなどしてから、採決に持ち込まれる。そのため、かなりの時間がかかるのが普通だ。Fast-track billsは、迅速な採決を可能にする一方、成立には3分の2の賛成が求められる方式である。
“Stop Terror-Financing and Tax Penalties on American Hostages Act”という法案の名称からは、その意図を判断しにくいが、ふたつの目的が掲げられている。ひとつは、海外で違法または不当に拘留されたり、人質にされたりしたアメリカ人とその配偶者の特定の納税申告期限を延期するとともに、拘留ないしは人質にされたアメリカ人が支払った税金の罰金や罰金の払い戻しと軽減などを可能にすることだ。この文言から推察されるように、2023年10月に行われた、パレスチナのガザ地区の武装組織、ハマスのイスラエル攻撃により人質になったアメリカ人への納税に関する優遇措置の提供が、その具体的な内容といえる。
では、もうひとつの目的はなにか。 “Stop Terror-Financing”の部分が、これにあたる。テロリストを支援するNPOから税制優遇措置をはく奪することを指し、法案の第4条で定められている。では、テロリストを支援するNPOとは、どのような組織を意味しているのか。この点について、第4条は、まず財務長官によって指定された組織であると規定。そのうえで、指定に先立つ3年間に、デ・ミニミス(些細)な額とはいえない物質的支援またはリソースの提供を行った組織としている。法律の条文に沿った記述のため、理解しにくいかもしれないが、素直に読めば、テロリストに相当の物質的ないしは財政的な支援を実施したNPOを財務長官がテロ支援団体として指定するということになる。指定されたNPOは、税制優遇措置を失う。
この文言だけであれば、「NPO殺戮法案 (Nonprofit Killer Bill)」と形容する内容とは考えにくい。しかし、法案に反対している人権団体などは、政府に批判的なNPO全体に影響が及ぶ可能性につながると指摘。例えば、National Iranian American Council Action (CAIR)のRyan Costello氏は、NPOのインターネットメディア、The Interceptの取材に対して、パレスチナ問題や反戦活動に取り組む団体だけでなく、「プロチョイス団体、そして環境保護団体にも適用されることが考えられる」と述べている。CAIRは、11月12日のH.R. 9495の採決直前に発表した”Urge Your Member of Congress to Vote NO on Nonprofit Killer Bill Aimed at Silencing Palestine Activism”というタイトルの緊急声明の中で、次のような法案の4つの問題点を提示した。
・ “terrorist-supporting organizations”の定義が不明瞭で、指定の権限を持つ財務長官による乱用の可能性があること
・政治的に大きな議論になっている課題を扱っているNPO全体への脅威になること
・ “terrorist-supporting organizations”と指定した根拠を財務長官が提示することが求められていないため、指定されたNPOが事実上、反論できないこと
・Antiterrorism and Effective Death Penalty Act of 1996やInternational Emergency Economic Powers Act (IEEPA)など、テロ支援団体が税制優遇資格を取得することを禁止する法案が存在していること
これらの指摘を見れば、H.R. 9495の問題が理解できる。例えば、中東で難民支援に関わっている団体は、支援の提供先から完全にテロリストを排除することは困難といえる。テロリストの家族や親族も、テロリストと見なされる可能性があるからだ。そして、こうした支援団体と連携して米国内で活動しているNPOも、財務長官によってテロリスト支援と見なされる恐れがある。しかも、財務長官は、指定の根拠を示す必要はない。指定後90日の間に、異議申し立ての機会が指定された団体に保障されているとはいえ、根拠が明示されない以上、明確な反論を行うことは至難といえる。
こうした問題が「NPO殺戮法案」という理解に進むには、アメリカのNPOの運営における税制優遇の重要性を知る必要がある。アドボカシー活動を主体としたNPOの多くは、寄付や助成金への依存度が高い。上記の4点を指摘したCAIRが税務当局に提出した書類によると、2022年度の歳入は113万5971ドルだったが、このうち寄付と助成金は112万2442ドルに及んでいる。小口の寄付者は税制優遇のひとつ、寄付控除を意識することは少ないだろう。しかし、大口の寄付者や助成金は、寄付控除のない団体に提供されることはないといってよい。換言すれば、NPOに対する強力な兵糧攻めなのだ。
H.R. 9495が議会に提出されたのは、9月9日。これに先立ち、NPOの税制優遇のはく奪に限定した法案が2023年11月14日に連邦下院に提出されていた。” H.R. 6408 - To amend the Internal Revenue Code of 1986 to terminate the tax-exempt status of terrorist supporting organizations” がそれである。今年4月15日に法案は下院本会議を通過したものの、上院の同様の法案が不成立に終わり、事実上、立ち消えになった。このため、H.R. 6408には盛り込まれていなかった、テロリストの人質になったアメリカ人への納税への配慮を盛り込んだ、H.R. 9495が提出されたといえよう。人質の納税への配慮に反対する議員はいない、との判断からと推察される。法案の反対派は、これを「策略」と見て、批判している。
この「策略」に対して、大手の人権団体、American Civil Liberties Union (ACLU)を中心にした反対派は、法案提出から2週間ほど経った9月20日、下院の民主・共和両党の指導者に書簡を送付した。書簡は、H.R. 9495がH.R. 6408の内容を引き継いだものだとの認識を提示。H.R. 9495に盛り込まれた人質への納税に関する配慮に反対するものではないことを明示す一方、既存の法律でテロ支援団体への税制優遇措置が認められていないことを指摘した。さらに、テロ支援団体への根拠を明示しない点などの問題点を取り上げ、法案に反対するように求めた。書簡に署名した団体は、150余りで、主な活動分野別に見ると、以下のようになる。
・人権団体:Amnesty International USAやHuman Rights Watch
・プロチョイス団体:National Women's Law CenterやWomen’s March
・環境保護団体:EarthRights InternationalやGreenpeace USA
・反戦平和団体:Bend the Arc: Jewish ActionやPeace Action
・ムスリムやパレスチナの権利擁護団体:Council on American-Islamic RelationsやMuslim Justice League
なお、この書簡とは別に、CAIRは10月3日付で連邦下院のMike Johnson議長と下院歳入委員会のJason Smith委員長に、100余りの賛同団体を添えて、書簡を送った。Smith委員長に関しては、税制優遇措置の認可を行うInternal Revenue Service (IRS)がパレスチナ人の人権を擁護する15のNPOの資格をはく奪するという根拠のない主張を行ったことを批判。また、Johnson議長が税制優遇措置を速やかに取り消すべきなどと述べたことを問題視していた。
とはいえ、こうした抗議文的な書簡の送付だけで、H.R. 9495が不成立に終わったわけではない。NPOによる活発なロビー活動が功を奏したといえる。例えば、ACLUの書簡の賛同団体として名を連ねた、Bend the Arc: Jewish Actionは、法案採決の翌日の11月13日にアップされた同団体のウェブサイトにおいて、以下の3つの活動を行ったことを明らかにした。
・民主党の全下院議員に対して、法案に反対するよう要請
・法案に賛否が明確になっていない議員に対して、個別に話し合いを実施
・他のユダヤ系の団体や進歩的なグループと連携して、議会の主要メンバーがNPOによる法案反対のロビー活動による圧力を確実に受けられるようにしたこと
NPOによるこうしたロビー活動がどの程度の効力を持ったのかについては、明確に判断することはできない。とはいえ、人質の納税への配慮という「策略」にもかかわらず、H.R. 9495への賛成256票に対して、反対は145票と、H.R. 6408の採決における賛成382票、反対11票に比べると、大幅に反対が増えたことは事実だ。また、法案の共同提案者として、民主党からふたりの議員が名を連ねていたが、そのひとりネブラスカ州選出のDina Titus議員は、採決直前に反対に回り、周囲を驚かせた。2025年には、トランプが再登場し、上下両院とも、共和党が多数を占める議会になる。その時点で、H.R. 9495と同様な法案が提出された場合、その成立を阻止できるか。NPOの力量が試されていくことになる。
なお、NPOの連合組織、Council on FoundationsとIndependent Sector,、National Council of Nonprofits、United Philanthropy Forumの4団体は、H.R. 9495とH.R.6408への反対の意思を表明した。Council on FoundationsとIndependent Sectorのウェブサイトで明らかにしたものだが、掲載日は11月15日とH.R. 9495の採決から3日後のことである。したがって、採決に影響を与えたことは考えにくい。しかし、ふたつの法案に示された財務長官の恣意的な判断でテロ支援団体と指定され、反論もままならない制度の立法化に批判的な考えがNPOの世界に強く存在していることを示したといえよう。
なお、前述のACLUをはじめとしたNPOによるH.R. 9495に反対する9月20日付の下院議長らへの書簡は、以下から見ることができる。
https://www.aclu.org/documents/civil-society-letter-to-congress-opposing-hr-9495
移民労働
世論を無視したトランプ新政権の反移民政策、強行すれば社会経済に大きな混乱が必至
2024年11月16日
「ペットを殺して食べた」などと根拠のない発言も含め、選挙戦で移民批判を繰り広げた共和党のトランプ。大統領選挙に勝利した直後から、合法的な居住権をもたずに滞在している外国籍の人々、いわゆる「不法外国人」を収監そして国外送還する考えを明らかにしている。トランプだけではない。大統領選挙と同じ11月5日、選挙権を市民に限定することを求めた住民提案が相次いで可決された。しかし、移民の権利擁護団体は、この状況を黙認するつもりはない。また、選挙の出口調査を見ると、世論の大半は、「不法外国人」の国外追放を望んでいない。こうした中で、新政権は、反移民の動きを一層強めていくのか。そしてその場合、どのような状況が生まれるのだろうか。
アメリカのニュース専門チャンネル、CNNの出口調査によると、今回の大統領選挙で有権者が最も重視した政策は、民主主義がトップで全体の35%を占めた。そして、経済の31%、人工妊娠中絶の14%が続き、移民問題をあげた投票者は11%に止まった。この数字は、トランプがクリントンを破って当選した2016年の13%よりやや低い。ただし、今回の11%のうち、トランプに一票を投じた投票は89%に上ったのに対して、8年前の選挙では13% 中64%にすぎなかった。換言すれば、移民問題を最重視した投票者は、若干減少したものの、トランプの反移民政策への支持はより強固になったと考えられる。
しかし、出口調査の別の質問項目の結果を見ると、投票者が考える移民問題への対応策は、「不法移民」の収監と国外送還というトランプの主張とかなり異なっている。今回の選挙後、「アメリカにいる大半の不法移民をどうすべきか」という問いに対して、「国外送還」という回答は、39%に止まった。一方、「合法的な居住権を獲得する機会を与えるべき」は56%と半数を超えている。ただし、8年前には、「アメリカ国内で就労している不法外国人への対応」を聞かれ、「合法的居住権を与える」という回答が、投票者の70%を占め、「出身国への送還」を望むとした回答の25%を大きく上回っていた。
これらの数字を読む際、2016年と24年の出口調査の質問の文言が同一でないことに注意する必要がある。投票者は、2016年には「就労している不法外国人」への対応を尋ねられているが、24年には「就労」の文字がない。この語彙がないことで、「不法外国人」=市民の税金で運営している社会福祉や医療のサービスを不当に受給している人々というイメージに基づき、国外送還を求める割合が高くなった可能性がある。こうした点も考慮したうえで、出口調査のデータを読み解く必要があるだろう。
「不法外国人」に居住権を与えるとする投票者は、クリントンやハリスに、国外送還を求めると回答した人はトランプに、それぞれ投票したと思われるかもしれない。しかし、2016年にトランプに投票した人のうち33%は、「不法外人」に合法的居住権を与えることに賛成していた。一方、クリントンに一票を投じた投票者であっても、国外送還に処するべきと考えていた人は14%いた。両者の支持者の移民政策への考え方の傾向に明確な違いが見られるものの、いずれも全員が同じ意識を持っているわけではないこともわかる。なお、2024年には、ハリス支持者の12%は国外送還を求め、トランプの再選を願った投票者の21%は居住権保障に賛同している。
以上の出口調査の結果を総合的に判断すると、「不法外国人」への投票者の考えが、より排他的になってきたことは否めない。とはいえ、トランプは就任後、選挙中、そして選挙直後に主張してきたような、「不法外国人」を収監そして国外送還することができるのだろうか。その困難さ、そして非現実性について、以下の3つの観点から考えてみたい。ひとつは、収監と送還に対する負担の大きさ。もうひとつは、実施した場合にアメリカの経済社会い与えるネガティブな影響。そして、最後に、「不法外国人」の国外送還への反発や抗議の動きである。
第一の収監と送還に対する負担について触れる前に、「不法外国人」の存在の大きさを見ておく必要がある。2024年7月22日にNPOの調査機関、Pew Research Instituteが発表した”What we know about unauthorized immigrants living in the U.S.”と題する報告書によると、2022年時点における全米の「不法外国人」は1100万人にのぼる。これは、2019年の1020万人よりも、80万人も多い。2016年の選挙で勝利したトランプは、国境に壁を建設し、「不法外国人」の流入を防ごうとした。壁の建設は進んだものの、「不法外国人」は増加、トランプの政策は失敗したといえる。
このため、トランプは新しい方針を打ち出した。米国内の「不法外国人」の国外送還だ。しかし、1100万人の人々を収監、そして国外に送還できるのだろうか。収監するには、身柄を確保し、居住施設を確保しなければならない。Pew Researchの報告書によれば、「不法外国人」の人数がピークだった2007年、その人数は1220万人に及んだ。このうち690万人は、メキシコから来た。しかし、2022年には、400万人に減少。「不法外国人」出身国は、カリブ海諸国やアジア、アフリカ、そしてヨーロッパなど多様化している。メキシコの出身者は、身柄を確保できれば、国境まで連れていき、帰国させることは可能かもしれない。しかし、国境を接していない国の出身者には、船舶や航空機などが必要になる。
次に、アメリカの経済社会への影響を考えてみよう。Pew Researchの報告書によれば、2022年に米国内で働いている「不法外国人」は830万人にのぼる。トランプが所属する共和党の地盤であるフロリダ州では、建設業や農業を中心に州の労働力の7.5%を「不法外国人」が占めている。もうひとつの共和党の地盤、テキサス州でも、「不法外国人」は、建設業やサービス業をはじめとして州の就労者の8.1%に及ぶ。さらに、「不法外国人」がいる世帯は全米の4.8%に当たる630万、そこで暮らす人々は2200万人にのぼる。「不法外国人」が家族とともに出国を余儀なくされれば、アメリカの経済社会は、より大きな混乱に陥ることは必至だ。
最後に、「不法外国人」の収監や国外追放への反対の動きが出てくることがある。アメリカには、数多くの移民や難民の権利を擁護するための活動を行っているNPOが存在する。トランプは、「不法外国人」だけでなく、難民の定住や「不法外国人」の親から生まれた子どもを出生地主義に基づきアメリカ市民とする制度を改廃しようとしている。こうした政策に、移民や難民の権利擁護団体は、強く抵抗するだろう。
例えば、大手の人権擁護団体のAmerican Civil Liberties Union (ACLU)の移民担当のLee Gelernt弁護士は、11月10日発信のNew York Timesの”Immigration Lawyers Prepare to Battle Trump in Court Again”という記事の中で、「過去9カ月間、(トランプの選挙勝利の可能性を考慮して、トランプの)最初の政権の時と同じように、必要なだけ頻繁に裁判所に出廷する準備をしてきた」と述べている。もちろん、連邦最高裁判所をはじめ、司法の保守化が進んでいる中で、裁判闘争も困難を極めるに違いない。しかし、前述のような社旗的経済的な混乱が生じる可能性を踏まえれば、世論が変化し、2年後の中間選挙で共和党主導の議会が敗北し、トランプの政策推進が困難になることも考えられる。
なお、前述のPew Research Instituteの報告書は、以下から見ることができる。
https://www.pewresearch.org/short-reads/2024/07/22/what-we-know-about-unauthorized-immigrants-living-in-the-us/
反戦平和
「ジェノサイド候補」ハリス敗北に寄与したアラブ系、ガザ停戦に向けた新政権への影響力は?
2024年11月15日
パレスチナのガザ地区に対するイスラエルの軍事攻撃とそれを支持する民主党のバイデン・ハリス政権に対して、アラブ系や若者を中心にした「即時停戦」を求める声が広がった。しかし、民主党政権は、こうした声に対して警察力で対応、2024年の大統領候補を指名するために8月に開催された民主党全国大会でも、発言の機会を与えなかった。民主党政権の姿勢に失望したアラブ系の有権者の多くは、ハリスを「ジェノサイド候補」と見なし、共和党のトランプに一票を投じた。彼らの投票行動は、ハリスの敗北にどの程度寄与したのか。そして、トランプ新政権下で、アラブ系の声は反映されるのか。以下、これらの点を考えていきたい。
その前に、選挙結果全体を整理しておこう。「史上稀に見る激戦」という前評判と異なり、大統領選挙は、復権を目指したトランプが312人の選挙人を獲得。ハリスの226人を大きく上回った。メディアの多くは、この結果をトランプの「大差」の勝利と報じた。しかし、得票率でいえば、トランプの50.1%に対して、ハリスは48.2%と、その差は1.9%にすぎない。これは、100人のうちひとりが投票行動を変えれば、勝者と敗者は入れ替わっていた可能性を示唆しており、「大差」ではなく、「僅差」ではないとしても、「小差」というべきだろう。
2020年にバイデンとトランプ、2016年にクリントンとトランプが争った大統領選挙結果と比較して考えてみよう。2020年には、バイデンが選挙人306人、投票率で51.3%を獲得、トランプはそれぞれ232人と46.9%に止まった。2016年の選挙では、クリントンの選挙人232人に対して、トランプは306人を獲得。しかし、得票率では、クリントンが48.5%と、トランプの46.4%を上回っていた。なお、両候補者の得票率が合わせて100%に満たないのは、無所属を含めたいわゆる第3政党の候補者が一定の割合を獲得したためだ。
アメリカの大統領選挙は、全米の得票数ではなく、各州などに配分された選挙人の獲得数で決まる。このため、真の勝者を判断することは難しい。しかし、2020年の選挙結果と比較すると、トランプは選挙人数でバイデンを6人上回ったものの、得票率では1.2%少ない。また、前述のように、今回の選挙の得票率の差は1.9%だが、2020年の選挙では、4.4%に達していた。2016年の選挙でもクリントンのトランプへのリードは、2.1%あった。いずれも今回の選挙より、得票率の差が大きい。換言すれば、得票率が最も接近、すなわち接戦となったのは、今回なのだ。この点は、後述する新政権のガザへの政策に影響していく可能性がある。
最初に述べたように、本稿では、今回の大統領選挙におけるアラブ系有権者の投票行動とその結果、そして新政権の「即時停戦」への対応を考えていく。そもそもアラブ系は、どのくらい存在するのか。政府が実施した2020年の人口統計調査によると、Middle Eastern and North African (MENA)の人々をアラブ系と定義し、純粋のMENAが254万人、他の人種との混血の人も含めると、352万人としている。このうち26%は18歳未満なので、投票権を持つ可能性があるMENAは、260万人程度になる。これは、投票可能な人口の2億4062万人の1%強に止まる。ただし、アメリカ国籍を持たない人も少なくないと仮定すれば、実際に投票可能なMENAは、200万人をやや上回るにすぎないとみられる。
投票可能な人口の1%強では、選挙に及ぼす影響はほとんどないのではないか、と思われるかもしれない。しかし、いわゆる激戦州をはじめとして、1%の投票者の一票が選挙結果を左右する現実がある。実際、前述のように、全米的にみても、トランプとハリスの得票率の差は2%に満たないのだ。さらに、アメリカでは、多くに人種や民族が集住する傾向が強い。アラブ系も例外ではない。人口1000万人強の激戦州のミシガンは、そのひとつだ。人口比で3%を数えるアラブ系の票の重みを、候補者は意識せざるをえないだろう。
ミシガン州でアラブ系が最も集住している地域は、Wayne郡にあるDearborn、Dearborn Heights、Hamtramck、Melvindaleの4つの市である。このうち、最も人口が多いのは、自動車の街Detroitに隣接したDearborn市で、10万人を超える。人口の55%がアラブ系といわれる、全米最大のアラブ系の集住地域で、市長もアラブ系だ。地元紙のDetroit Free Pressは、同市の投票結果を分析した記事を複数回にわたり掲載。2020年と比較して24年の大統領選挙の投票結果が大きく変化した、と伝えている。
Dearborn市全体でみると、2020年の得票率は、バイデンの69%に対して、トランプは30%にすぎず、バイデンの圧勝だった。しかし、今回は、トランプが43%を獲得、ハリスの37%、「即時停戦」を訴えたGreen Partyのジル・ステインの17%を上回り、トップに躍り出た。ハリスにとっては、4年前にバイデンが手にした得票率を30%以上も激減させた、大敗といえよう。このハリスの敗北は、トランプの勝利というよりも、両者、とりわけハリスへの一票を見送った影響が考えられる。” Abandon Harris” というハリスに反対する運動に加え、Council on American Islamic Relations (CAIR)やArab American Newsによるトランプ・ハリスいずれの候補も支持しないの呼びかけなどが行われていたからだ。実際、投票率は、2020年の64%に対して、今回は55%へと9%も減少した。
市内一部の地域では、ハリスへの評価が極めて厳しかった。例えば、人口の4分の3がアラブ系といわれる市の東部では、2020年にバイデンが投票数全体の82%を獲得、トランプは18%だった。しかし、今回は、首位はトランプで45%、第2位もステインで30%を獲得、ハリスは23%と第3位に甘んじた。ハリスの凋落がより顕著に表れたのは、市南部である。2020年にバイデンが75%をえたのに対して、わずか13%へと落ち込んだ。一方、トランプは55%、ステインも31%の支持をえた。なお、Dearborn市の西部では、ハリスが46%を獲得、トランプの42%、ステインの11%を抑えた。しかし、2020年にバイデンは62%をえており、ハリスは16%減らしたことになる。
こうしたハリスへの逆風は、予想されていなかったわけではない。例えば、8月25日から27日にかけて激戦州を中心にCAIRがムスリム系のうち投票の可能性の高い人々に対して世論調査を実施した。なお、ここでいうムスリム系は、アラブ系とほぼ同義と考えてよい。その結果、ミシガン州においては、ステインへの支持が最も高く40%に達していた。一方、トランプは18%、ハリスは12%に止まった。その後、ハリスに批判的なアラブ系は、ハリスへの反対の継続、ハリス・トランプのいずれへの投票も拒否、トランプへの懸念からハリス支持に移行、トランプへの投票という、複数の動きに分岐していった。
結果を見れば、アラブ系の票の争奪戦において、ステインは失速、トランプがハリスを大きく上回る支持をえた。ステインの失速の背景には、ハリス陣営による激しいステイン批判があった。「ステイン支持はトランプの当選を助ける」として、ステインにトランプのシンボル的なMAGA (Make America Great Again)を付けた防止をかぶせたポスターを作成したのは、その一例だ。選挙が近づくにつれ、勝つ見込みのないステインへの投票に疑問を持ったアラブ系の有権者も少なくなかっただろう。
では、なぜトランプは、当初の劣勢を跳ね返すことができたのか。トランプがアラブ・コミュニティの指導者に支持を訴え続け、現地を訪れたことが、その要因のひとつといえよう。面談を求めたDearbornのAbdullah H. Hammoud市長には拒否されたものの、HamtramckのAmer Ghalib市長とDearborn HeightsのAmer Ghalib市長から支持をえることに成功したのだ。そして、投票日直前の11月1日には、敵地ともいえるDeaborn市に入り、集会を開催。アラブ系指導者に対して、2017年に自ら実施したムスリム入国拒否に遺憾の意思を示すとともに、アラブ系指導者からの「即時停戦」要求の声に耳を傾けた。
こうしたトランプの姿勢が選挙後も続く保証はない。とはいえ、この地域では、2016年にトランプ、20年にはバイデン、そして、2024年にトランプが返り咲いた。アラブ系は、「ジェノサイド候補」ハリス敗北に寄与しただけではなく、3選を目指す意思をほのめかしているトランプにアラブ系の声の重要性を少なからず感じさせたのではないだろうか。なぜ、そういえるのか。大統領選挙と同時に行われた、ミシガン州の連邦上院議員選挙と州知事選挙で、民主党の候補が勝利しているだ。
ミシガンだけではない。連邦上院議員選挙を見ると、激戦州7つのうち、今回選挙が行われたのは、ノースカロライナとジョージアを除く5州。このうち再集計に持ち込まれるペンシルベニアを除く4州で、民主党の候補が勝利を収めている。したがって、トランプの勝利は、ハリスの敗北であっても、民主党の敗北とは言い切れない。もし、そうであれば、「即時停戦」の声に耳を貸そうとしなかったバイデン・ハリスの末路と異なる道をトランプが模索する可能性はゼロではない。その可能性を現実に転化させる、秘めた力をアラブ系が持っていることを、今回のDearbornの選挙結果は示したような気がする。
なお、Dearborn市における大統領選挙をはじめとした11月5日の選挙結果は、以下からみることができる。
https://dearborn.gov/sites/default/files/2024-11/UNOFFICIAL%20Results_Nov%205%202024%20Presidential%20Election%20-%20ALL%20-%20ELECTION%20DAY_City%20of%20Dearborn.pdf
公共政策
「中絶の権利」と「選挙権を市民に限定」、住民提案の結果からみる「民主主義」の危機
2024年11月10日
アメリカの大統領選挙は、共和党のトランプの勝利で終わった。民主党のハリスは、「民主主義の擁護」を前面に押し出したものの敗北。この結果、トランプをファシストととらえる人々を中心に、「民主主義の危機」が叫ばれている。では、大統領選挙において、投票者は、「民主主義の擁護」をどうとらえていたのか。また、大統領選挙と同時に州や自治体などで、数多くの住民提案が投票に付された。その結果は、今後のアメリカの民主主義にどのような影響を与えていくのだろうか。
大統領選挙や中間選挙の際、大手のメディアは独自に大規模な出口調査を実施している。例えば、今回の選挙にあたり、CNNは全米で2万3000人に近い投票者に対して、投票後、さまざまな質問を行い、その結果を公表した。他の大手メディアも、質問内容に一部異なる点があるものの、同様な調査を行ったうえで、結果をウェブサイトに公開。世界中の人がアクセスできるようにしている。
大手メディアによる出口調査の質問は、大別して、投票者の属性や状況に関するものと、選挙の争点など、さらに候補者への考えや印象などに大別される。例えば、CNNの投票者の属性についての質問には、年齢、人種、宗教、性別、学歴などはもとより、所得水準や支持政党、リベラルか保守かといったイデオロギーなども含まれる。選挙の争点についての質問は、人工妊娠中絶や「不法移民」への対応策、重視する政策などがある。最後の候補者については、好感度などに加え、いずれに候補が特定の政策にすぐれているかのように、かなり深い内容に立ち入って尋ねている。
なお、CNNだけでなく、他の大手メディアの出口調査の結果は、単純集計のデータに加え、一部、クロス集計の結果も示している。しかし、閲覧者が独自に集計を行う仕組みは用いられていない。このため、閲覧者それぞれの疑問や仮説などを自ら分析することはできず、あくまでメディア側が提示した集計結果から考察することになる。
「民主主義」についての回答を見ると、「非常に安泰」という回答は、全体の8%に止まった。「やや安泰」は17%で、これらを合わせても25%にすぎない。一方、「やや脅威にさらされている」と「深刻な脅威にさらされている」が、それぞれ35%と38%にのぼる。ここから、投票者の圧倒的多数は、「民主主義」の現状あるいは将来を懸念していることがわかる。
では、以上のような回答をした投票者は、ハリスとトランプのいずれに一票を投じたのだろうか。「民主主義の擁護」を訴えた、ハリスへの投票者が「やや脅威にさらされている」と「深刻な脅威にさらされている」を選んだと考えるかもしれない。しかし、「やや脅威にさらされている」については、ハリスへの投票者が51%、トランプへは48%が投票。また、「深刻な脅威にさらされている」を選んだハリス投票者は48%なのに対して、トランプへ投票した人は50%にのぼった。
このように、出口調査の結果から、ハリス支持かトランプ支持かに関わらず、「民主主義の危機」を深刻に感じているといえよう。であるならば、投票者は、「民主主義の擁護」のために一致して戦ってもよいはずだ。しかし、両候補とその投票者の間には、大きな溝がある。なぜか。「民主主義」への認識の相違、あるいは何をもって「脅威」と感じるかの相違だろう。ここでは、その点について踏み込まないが、両候補は異なる「民主主義」観を持ち、有権者は、それぞれの「民主主義」観の擁護の必要性を認識していたと考えられる。
では、住民提案の結果から、「民主主義」がどのように扱われたのか、みてみよう。住民提案については、この欄で、何度か紹介してきた。住民が直接立法に関わる制度だが、イニシアチブとレフェレンダムに大別される。前者は住民発議による立法措置で、後者は議会が制定した法律の賛否を問う。この両者をあわせてBallot Measureという。住民提案の大半は、様々な選挙と同時に実施される。今回の大統領選挙と同じ日に投票に付されたのは、州レベルで160件ほどだ。
このうち最も注目されたのは、人工妊娠中絶の権利に関する提案だろう。投票に付されたのは、アリゾナ、コロラド、メリーランド、ミズーリ、モンタナ、ニューヨーク、ネバダ、フロリダ、ネブラスカ、サウスダコタの10州。このうちアリゾナからネバダまでの7州で成立、残りの3州は不成立に終わった。多くの州では、住民提案に関して、有効投票の過半数が賛成すれば成立する。
しかし、フロリダ州では、住民提案の成立に60%以上の賛成票を求めている。同州では、反対43%と、賛成が6割に届かなかったものの、50%を大きく超えた。10州のうち、過半数に届かなかったのは、ネブラスカ、サウスダコタの2州にすぎない。人工妊娠中絶の権利は、女性の権利の象徴と見なされることが多い。住民提案が投票に付された州の8割で賛成が過半数を超えたことは、中絶の権利が全米で幅広く支持されていることを示しているといえよう。
全米の州の数は50。その1割に当たる10州で人工妊娠中絶の権利を確立するために住民提案が投票に付された背景には、2022年の連邦最高裁判所の判決がある。連邦最高裁は、1973年、いわゆるRoe vs. Wade判決で中絶の権利を認めた。しかし、2017年に始まったトランプ政権下で指名、連邦上院で承認された判事らによって、これが覆されたのである。その後、2022年の中間選挙でも、6つの州で中絶の権利を認める提案が出され、いずれも成立した。最高裁判決をいわば覆す形になった、これらの住民提案。それは、住民、すなわち市民が政治の主体であることを示したという意味においても、「民主主義」を体現したということができる。
人工妊娠中絶の権利は、リベラル派のアジェンダである。一方、保守派のアジェンダとして投票に付された住民提案もある。選挙で一票を投じる権利を市民、すなわちアメリカの国籍を保持する人々に限定することを求める提案だ。この提案は、アイダホ、アイオワ、ケンタッキー、ノースカロライナ、オクラホマ、サイスカロライナ、ウィスコンシンの8州で実施された。賛成票が最も少なかったケンタッキーでも62%、最も多いサウルカロライナでは86%の投票者が賛成した。
投票権をアメリカ市民に限定するという住民提案の効力は、いずれも州の選挙に限定される。連邦議会は1996年、国籍を持たない人が投票を行った場合、犯罪行為として処罰の対象になることを盛り込んだ法律を制定していた。しかし、これは大統領や連邦議会議員のような、連邦政府の公職者の選出に限定される。換言すれば、州は、独自に法律を制定しない限り、州の選挙で、アメリカ市民以外が投票することを否定する法的な根拠をもたない。住民投票は、この州法における「不備」を補ったといえる。その意味では、これも「民主主義」の姿というべきなのだろう。
前述のように、今回の大統領選挙に当たり、両候補や投票者は、異なる「民主主義」観を持っていたと推察される。ここでみた人工妊娠中絶と投票権を市民に限定する提案と、それぞれに提案に対する投票者の一票は、「民主主義」の形のひとつとはいえ、その背景にあるイデオロギーは大きく異なる。トランプの「圧勝」は、この相違を終焉させるのではなく、深め、激化させていくだろう。その先に、新たな「民主主義」像が誕生するのか、注視する必要がある。
なお、住民提案の内容と結果については、以下から詳細をみることができる。
https://ballotpedia.org/2024_ballot_measures
公共政策
「反移民」が選挙の争点化する中、ロス近郊の保守的な市でノンシチズンの地方投票権を求める住民投票実施
2024年11月2日
最終局面に入ったアメリカの大統領選挙では、トランプ元大統領をはじめとした共和党の候補者らが移民排斥を声高に叫んでいる。また、住民提案を通じて、アメリカ国籍をもたない人々、すなわちノンシチズンの投票禁止を求める法律の制定を目指す州も複数存在する。こうした「反移民」が選挙の争点化する中で、ロサンゼルスの近郊にある保守的といわれる市において、大統領選挙と同じ日にノンシチズンの地方投票権の是非を問う住民投票が実施される。
民主党の地盤を意味する、ブルーステートの代表格ともいえるカリフォルニア州。その最大都市で、リベラルな風土で知られるのが、ロサンゼルスだ。ノンシチズンの地方投票権の是非を問う住民提案が投票に付されるのは、ロサンゼルスに隣接するオレンジ郡のサンタアナ市。オレンジ郡は、保守的な地域として知られ、”Trump Town in California”というイメージを持つ人が少なくない。
サンタアナ市は、同郡内でノンシチズンが最も多い市で、人口31万人のうちノンシチズンの割合は24%と、4人にひとりに及ぶ。ノンシチズンの80%はヒスパニック系だが、アジア系も12%を占め、その大半はベトナム系の住民だ。実際、サンタアナ以外のオレンジ郡の地域でも、ベトナム系住民の姿が目立つ。その背景には、ベトナム戦争におけるアメリカの敗北がある。
サイゴン陥落後、アメリカに「ボートピープル」としてたどり着いたベトナム人向けに難民主要施設が建設され、施設を出た人々が同郡内をはじめとした周辺地域の居住し始めたのが始まりだ。その後、リトルサイゴンと呼ばれる大規模なベトナム人街が形成され、郡内に20万人のベトナム系の人々が居住しているといわれるまでに増大。これは、全米のベトナム系住民のほぼ10%を占めている。
11月5日に投票に付されるノンシチズンへの地方投票権を求める提案は、Measure DDという。こ名称からだけでは、提案が意図する内容を把握することはできない。そこで、サブタイトルをみると、”Noncitizen Voting in Municipal Elections Amendment”とある。ここから、Measure DDは、市の公職者の選挙に関する憲章を改正し、ノンシチズンが投票できるようにすることを要求していることがわかる。
なお、サブタイトルには示されていないが、提案が成立した場合、選挙で実際に運用が始まるのは2028年の大統領選挙の時からだ。また、ノンシチズンとは、サンタナ市内に居封している人全員をさす。具体的には、永住権の保持者だけでなく、短期ビザの滞在者、難民、さらには有効なビザを所有していない外国籍の人々、すなわち「不法滞在者」も含まれ、対象となる住民は7万人に及ぶという。
住民が発議した提案を投票に付すには、それぞれの州や地方政府に対して、規定された数を上回る署名を集め、申請を行うことが必要である。申請が認められ、投票に付されることになると、賛成派と反対派がそれぞれ主張を有権者に示し、判断を求める。大半の住民提案は、有効投票の過半数で成立する。しかし、一部の州や地方政府では、6割の賛成を求めるなど、制度の内容や運営方法は、全米で統一されているわけではない。
Measure DDの成立に向け、署名を集め、住民提案としてサンタアナ市に申請したのは、Santa Ana Families for Fair Elections (SAFFE)という市民やアジア系やヒスパニック系、人権擁護などに取り組むNPOなどの連合体である。SAFFEが設立されたのは、2023年。中心になったのは、VietRISEというベトナム系のNPOだ。ヒスパニック系団体ではEl Centro Cultural de MexicoやEsperanza Union del Inquilinos、移民や人権問題に取り組むNPOとしてHarbor Institute for Immigrant and Economic JusticeやOrange County Justice Fund、American Civil Liberties Union Southern Californiaなどが加わった。また、地元の教育委員や複数の市議なども、提案への支持を表明している。
提案の賛成派のスローガンは、“No Taxation without Representation”だ。いわずと知れた独立戦争の根拠として用いられた、政治参加を納税と関連させた主張である。このスローガンに現実性を持たせるため用いられたのは、Harbor Institute for Immigrant and Economic Justiceという研究機関が2024年8月に公表した”An Economic Perspective on Noncitizen Enfranchisement”というタイトルの調査報告だ。連邦政府機関のCensus Bureau American
Community Surveyなどによる2024年のデータに基づき、サンタアナ市のノンシチズンによる州税と地方税を推計。その額は年間1億1781万4962ドルに上る。また、オレンジ郡全体では、7億5104万3807ドルに達するという。
サンタアナ市長のValerie Amezcuaをはじめとして、Measure DDには反対派も存在する。最大の反対理由は、多額の財政支出が見込まれることだ。そのひとつは、市長と市議、そして住民投票の3つの選挙を実施するためのコストである。現在、これらの選挙は、オレンジ郡の選挙管理委員会に相当するOrange County Registrar of Votersを通じて行われている。しかし、提案成立後は、市が独自で行うことになるという。これに伴う支出がどの程度になるか、算定は行われていない。
もうひとつの財政支出として指摘されている、反対派による訴訟に対応する費用として、市では50万ドルという数字をあげている。VietRISE のTracy La事務局長は、11月1日発信のNPOのメディア、Truthaoutの”Noncitizens in Santa Ana Are Organizing for the Right to Vote in Local Elections”というタイトルの記事の中で、反対派は、提案が成立した後の運営に1000万ドルが必要になると主張していると述べている。ただし、この金額の根拠は示されていない。
また、上記のTruthaoutの記事によると、反対派は100万ドルを超える活動資金を調達し、提案への批判活動を進めている。これに対して、賛成派が集めた資金は、1万ドルにすぎない。こうした不利な状況を乗り越えなければ、Measure DDの成立は見込めない。そのためSAFFEが進めているのは、キャンバッシングと呼ばれる戸別訪問による、提案への支持を訴える活動である。最初に行われたキャンバッシングには50人余りが参加、2000以上の家庭を訪問して、提案への支持を訴えたという。
キャンバッシングにおいて、訪問先で聞かれる疑問の多くは、ノンシチズンの投票権は合法なのか、ということだ。実際、Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act of 1996という連邦法は、連邦政府の公職者を選ぶ選挙にノンシチズンが投票することを明確に禁止している。しかし、州の憲法や法律、あるいは地方政府の条例などで認められている場合は、ノンシチズンが投票を行うことを認めているのである。実際、現段階で、全米19の地方政府などで、ノンシチズンの地方選挙での投票権を保障している。
ここで詳細を論じる余裕はないが、アメリカでは、建国後、1926年まで、40の州でノンシチズンの投票権を認めてきた。投票権を認めた期間は、州によって異なるが、選挙は市民権保持者のみという考えは、一般的と言えない時代があったことは事実だ。なお、ノンシチズンといっても、白人だけに投票が認めたり、黒人らへの投票権の侵害を行うなど、アメリカの選挙権をめぐる議論は、人種差別とも強い関係を示してきた。また、2024年9月現在、7つの州は、憲法でノンシチズンの投票権を認めていない。さらに、11月5日にノンシチズンの投票権を憲法上認めないとする住民提案を実施する州が8つある。
こうした「反移民」政策の具体化としてのノンシチズンの投票権を否定する動きが広がる中で、保守的な土地柄といわれてきたオレンジ郡のサンタアナ市において、市の公職者を選ぶ選挙に移民法上の地位に関わりなく住民全体が参加できる仕組みの是非が問われること自体、共生社会の建設という観点に立てば、大きな意味を持つといえよう。
なお、VietRISEのMeasure DDの成立を目指す活動については、以下から見ることができる。
https://vietrise.org/campaigns/expanding-voting-rights-in-santa-ana/
人権問題
人権としての「住」を訴えるTenant Union、集合住宅の改善要求ストライキに勝利
2024年10月30日
コロナ禍で家賃の支払いが困難になり退去を求められたテナントや、最近の家賃の高騰やホームレス問題の深刻化とともに、集合住宅などのテナントが、人権としての「住」の権利を訴える活動が広がっている。その具体的な活動として、ミズーリ州のTenant Unionが衛生環境などに大きな問題があるとして、10月1日から集合住宅のテナントが家賃の不払いによるストライキを敢行した。加盟するNPOや政治家などの支援を受け、集合住宅に融資をしている政府系の金融機関から改修などの資金として、135万ドルを支出させることに成功。住宅問題の解決に一石を投じたとして、関心を集めている。
Tenant Unionは、Tenant Associationとも呼ばれ、主に集合住宅に入居している人々が、テナントとしての権利を守るための組織。複数のテナントが、自主的に集まり、住宅の衛生や設備、家賃など、入居者個人では解決しにくい問題について、所有者と団体交渉を行い、解決をめざす。法的な認可制度に基づく組織ではないものの、テナントが集まることで交渉力が増し、問題の解決が促されやすい。なお、連邦政府は、賃貸住宅の入居者に人種や出身地に基づく差別を禁止しているものの、テナントが自らを組織し、団体交渉を行う権利を明示した法律は制定していない。
一方、州レベルでは、Tenant Unionの権利などを明示している法律もある。Tenant Unionの権利は、組織化に関するものと、組織自体に対するものに大別できる。いずれの権利についても法制化がされていない州が少なくないが、両者を認めている州もある。例えば、ニューヨーク州は、所有者や管理者(以下、オーナー)に対して、Tenant Unionの設立や参加に対する干渉を禁止するとともに、テナントが権利を行使した場合にオーナーが懲罰やハラスメント、報復行為などを行うことを禁止している。また、Tenant Unionは、テナントが居住する施設の共益スペースで会議を行うに当たり、無償で利用できる権利が保障されている。
ミズーリ州には、ニューヨーク州のような厳格な法律は存在しない。とはいえ、住居の安全や衛生を管理者が確保していない場合、テナントが家賃の支払いを拒否する権利を認めている。ただし、居住環境などの改善を求め、集団で家賃の支払いをボイコットする、レントストライキの参加者を保護する法律は制定されていない。このため、家賃の不払いを続けると、オーナーにより入居している部屋などから退去を命じれる恐れもある。
このような状況の中で、家賃の不払いを実施したのは、ミズーリ州カンザスシティ市にあるIndependence TowersとQuality Hill Towersというふたつの集合住宅のテナントが加盟するTenant Unionだ。両団体とも、今年に入ってから結成され、同市全域でテナントの権利などについて活動しているKC TenantsというNPOに加盟、その支援を受けながら10月1日からストライキに突入した。
なお、Independence TowersのTenant Unionには、入居戸数全体の63戸の65%に当たる40戸、Quality Hill Towersも234戸の65%に相当する152戸が参加している。ただし、Tenant Unionの組合員全員が家賃の不払いを行ったわけではない。地元のラジオ局が10月3日に行った放送によると、Independence Towersでは全戸の55%、Quality Hill Towersでは23%が支払いを見送っている。
KC Tenantsによると、複数のTenant Unionが連携して家賃の不払いを行ったのは、カンザスシティ市で初めてという。ストライキの背景には、住環境の劣悪さや家賃の高騰があるとみられる。住環境については、壁や天井が壊れていたり、ネズミやゴキブリが徘徊。また、多くの部屋でエアコンが壊れているため、夏に窓を開けたままにしておき、今年7月には、子どもが落下して死亡した事故も発生したという。
家賃の高騰も深刻な問題だ。5年前にIndependence Towersの1寝室の部屋に引っ越してきたテナントによると、当時565ドルだった家賃は、いま860ドルに上昇。1年余り前にQuality Hill Towersに入居した人は、今年6月の契約更改時に、家賃を747ドルから910ドルへと22%も引き上げられたと訴えている。この住人は毎月2回給与を受け取っているが、その1回分は910ドルの家賃に消えていくという。なお、ふたつの集合住宅で、テナントが支払いを控えている家賃の総額は、10月18日までに6万ドル余りに及ぶ。
KC Tenantsは10月25日、Independence Towersの修繕費などとして、Federal National Mortgage Association (FNMA)という連邦政府の住宅融資機関が135万ドルを支払うことになったと発表した。なおFNMAは、Fannie Maeと呼ばれることが多い。ここでものFannie Maeとして記述していく。これらふたつの集合住宅は、民間企業が所有している。では、Fannie Maeが支払いを行ったのか。2021年にIndependence TowersとQuality Hill Towersを民間企業が購入した際、Fannie Maeが融資を行っていたため、融資先の企業に対する政府の監督責任が問われたといえよう。
10月25日の発表は、地元選出で民主党の連邦下院議員のEmanuel Cleaverの事務所関係者と共同で行われた。Cleaver下院議員がKC Tenantsとともに、このレントストライキの問題に取り組んできたからだ。政府の責任の明確化としてFannie Mae による修繕費などの提供が実現したことについて、KC Tenantは、Cleaver下院議員に謝意を表明しつつ、Quality Hill Towersの問題に加え、背景にある構造的な問題の解決に向け、レントストライキを継続していく考えを明らかにした。なお、Fannie Maeは、Quality Hill Towersが転売される際、新しい所有企業に900万ドルを融資した。
KC Tenantが指摘している構造的な問題のひとつは、レントコントロールが不十分な点だ。前述のように、Fannie Maeの融資を受けた企業も、毎年高い割合で家賃を引き上げている。これがテナントの生活を圧迫している、という指摘である。KC Tenantは、Fannie Maeの融資を受けた企業が所有する集合住宅の家賃について、毎年の引上げ率の上限を3%にすべきと主張。この引き上げ率は、Independence TowersとQuality Hill Towersに限定されるものではなく、全米での実施を要求している。
なお、地元のNPOのメディア、The Missouri Independent は10月9日付の” Roaches, rust and rot: An inside look at the Kansas City tenant union rent strike against federally backed landlords”というタイトルの記事で、Independence TowersとQuality Hill Towersのレントストライキと、その背景の集合住宅の住環境の劣悪さを数多くの写真とともに紹介している。Independence Towersの改修費などが決まる前なので、その点については触れていないが、記事自体は以下から見ることができるので、一読されることをお勧めしたい。
https://missouriindependent.com/2024/10/09/roaches-rust-and-rot-kc-tenant-union-launches-rent-strike-against-federally-backed-landlords/
福祉貧困
ガンの患者・生存者が医療費負担などで苦境、支援団体がクラウドファンディングのデータから指摘
2024年10月24日
クラウドファンディングの利用目的を分析して、背景にある問題を探るというユニークな調査手法を用いた研究結果が報告され、関心を集めている。調査を行ったNPOは、クラウドファンディングのサイトに掲載された、ガンの治療費や入院中の生活費などに関する膨大な数の支援依頼内容について人工知能(AI)を使って集計、分析、発表した。ユニークな研究手法といえるが、こうした研究が成立する背景には、個人によるクラウドファンディングの活用が積極的に推奨され、また利用されている現実がある。一方、高額な医療費の支払いに苦慮した個人やその家族や知人が利用するケースが多いことも一因で、アメリカの医療問題の深刻さを反映しており、調査したNPOは、政策上の対応を求めている。
この調査を行ったのは、American Cancer Society (ACS)。ニューヨークの医師ら10数名が集まり、1913年に設立されたNPO法人だ。当初は、American Society for the Control of Cancerという名称で、活動の中心はガンに関する啓発だった。しかし、1945年に現在のACSに改称後は、46年に篤志家から400万ドルの寄付を受け、そのうちの100万ドルを原資に研究基金を設立。ACSのウェブサイトによると、2023年までに総額50億ドルを研究資金として提供、1991年から2023年までにガンによる死者を33%、380万人減少させることに寄与したとしている。
こうした実績もあって、ACSというと、ガンの研究機関または研究助成団体のようなイメージを持たれることも少なくない。しかし、ガンに関する研究と並んで、アドボカシーと患者支援を団体の活動の3本柱に据えている。アドボカシーに関しては、1971年に連邦政府のガン対策・研究機関、National Cancer Institute (NCI)の拡充を進めたNational Cancer Act の成立に関わったことで有名だ。NCIは、ガンの研究助成も行っており、ACSの事業と重複することになった。しかし、NCIは、若手研究家への助成が少なかったため、ACSは、この部分を中心に研究助成を進め、官民がすみ分ける形で、ガン研究を促進していく。
ACSによれば、生涯でガンと診断される人は、男性でふたりにひとり、女性の場合も3人にひとりに及ぶ。こうした多くのガン患者が存在する中で、患者への支援も重要になってくる。このため、ACSは、患者として診断されてから入院、手術、そして退院後に至る前、さまざまな支援プログラムを提供している。診断中の滞在先の確保や病院へに移送サービス、放射線治療などで抜け毛・脱毛が生じた患者へのウィッグの提供、患者同士のネットワークの提供などが、これだ。2023年度の年報によると、6億6637万ドル余りの歳出のうち、52%は患者への支援事業に充当されている
患者への支援をACSが重視しているとはいえ、アメリカの医療費は一般的に極めて高額である。特に、ガンのように治療や手術に高度医療が求められる場合は、政府や民間の医療保険に加入している人でも、自己負担分の支払いに困難をきたすことが少なくない。このような人が頼る手段のひとつとして、クラウドファンディングが利用されている。換言すれば、ガン患者が利用したクラウドファンディングの内容を検討すれば、患者だけでなく、ガン対策に欠如している患者の財政的な問題を把握することも可能になる。
こうした考えから実施されたのが、ACSによるクラウドファンディングサイトに現れたガン患者の支援要請に関する調査である。このために用いられたのは、クラウドファンディングの最大手、GoFundMeのデータだ。2024年2月7日発信のイギリスの週刊誌The Observerによると、GoFundMeは、2010年にスタートして以降、1億5000万人余りの寄付者から、総額300億ドルを集めた。GoFundMeは、カリフォルニアに本社を置く営利企業だが、医療費の支払いに困難な人々向けた募金活動を重視している。それは、”Fundraising categories on GoFundMe”の支援分野トップに”Medical”が提示されていることからも理解できる。ちなみに、提示されているのは、”Medical”を含め、”Emergency”(災害)や、”Charity”(NPO)、”Education”(教育)、”Sports”(スポーツ)など18分野にのぼる。
ガン患者の募金活動に関するACSの調査の対象は、GoFundMeで2021年1月1日から23年3月31日までに実施されたものだ。この期間に抽出されたデータは9万1113件、募金依頼などの内容を示す単語数は2400万に及んだ。ACSは、この膨大なデータをOpen AIのChatGPT 3.5を利用して自然言語処理(NLP)モデルで分析した。その結果、個々の募金活動に関して、以下のような内容について、どの程度記述されているか、示している。
・募金を必要とする人の個人的な属性については、年齢(19.6%)、性別 (61.1%)、婚姻状況(5.1%)、家族の人数(12.8%)
・治療や入院にともなう財政的な状況に関連する内容として、医療保険の有無やカバー内容など (18.3%)、就労状況(20.6%)、扶養する子どもの有無(16.4%)、通学の有無(9.2%)
・ガンの病状や治療に関する内容として、種類(79%) 、進行度(33.9%) 、新規か再発か(43.3%)、治療内容(52.6%)、ガンと診断されてから募金を開始するまでの期間(31%)
・ガンによる生じている課題などについては、医療費の支払いに関する困難さ(25.5%)、HRSN (Health Related Social Needs) と略される医療関連の社会サービスの必要性(24.1%)。このふたつの課題を抱えている人もいるため、医療費またはHRSNのいずれかを持つ人は、35.9%いるという。
以上のような結果について、ACSの関連団体で、ガン関連の政策のロビー活動に従事しているAmerican Cancer Society Cancer Action Network (ACS CAN)のリサ・ラカス会長は、「人々、特にガン患者と生存者が、医療費の高騰にともなって直面している厳しい現実を明確に浮き彫りにしている。この現実は受け入れることはできない」としたうえで、連邦議会に対して、以下の3点を実施することで、ガン患者の医療負担を軽減すべきと主張している。
・Medicaidが拡充されていない10の州で、この政府による低所得者向けの医療補助措置を拡大すること。
・医療保険の低価格化を進めたPatient Protection and Affordable Care Act (PPACA)について、税額控除を強化、恒久化すること
・患者や家族の医療費の負担を軽減するための法律を制定すること
これらの指摘は重要だろう。しかし、SCAは、上記の調査について、その結果の概要を示したプレスリリースを公開しているものの、調査結果の詳細を示す報告書などはウェブサイトから見出すことはできない。「ガン患者と生存者が、医療費の高騰にともなって直面している厳しい現実」がどのようなものなのかなどついては、本稿で具体的に示していないのは、そのためである。
なお、調査に関心のある人は、以下のプレスリリースを参考にすることを勧めたい。
https://pressroom.cancer.org/crowdfunding-ACS
NPO運営
電話・メールの生活相談がコロナ禍に比べ大幅増、United Wayが相談事業を分析
2024年10月23日
Nonprofit Businessといわれることがあるように、NPOは事業体だ。設立当初の活動だけを継続している団体もあるが、多くは、社会の変化や団体の理事やスタッフの関心や知識、経験などに応じて、変貌を遂げていく。地域の募金団体としてスタートし、日本にNPOが紹介された1990年代初頭には全米最大の共同募金団体と形容された、United Wayの例外ではない。いまでは、電話やメールで生活相談を受け付ける事業も実施しているのである。さらに、受けた相談内容を整理、分析し、報告書として発表。最近、2023年度版の報告書が公表され、社会課題に対する政府や民間のサービスが現実のニーズに十分対応できていないと指摘している。
United Wayの起源は、1887年10月16日にコロラド州デンバーで設立された、Charity Organization Societyに遡ることができる。宗教関係者ら数名が、共に活動することで、すべての人にとって住みよいコミュニティにしていくことを目標にしていた。今日のNPOのマネジメントでいえば、ミッションに当たるものだ。このミッションを達成するための具体的な活動、すなわちオブジェクティブとして実施されたのは、健康、医療、福祉などに関わる地域団体を支援するため募金活動を行うことだった。この時、集まったのは、総額2万1700ドル、現在の価値におきかえると70万ドルになる。
Charity Organization Societyの活動は、Community ChestまたはUnited Fundと呼ばれるようになり、全米各地に広がっていく。こうして出来上がった団体は連合体を形成、名称が何度か変更された後、1970年に生まれたのが、United Wayである。そして、活動を海外にも拡大、1974年に米国内の活動団体としてのUnited Way of Americaと 国際活動を担うUnited Way Internationalに分かれた。その後、両団体は、United Way Worldwideに統一された。ここでは、United Way WorldwideをUnited Wayと記述していく。なお、United Wayは、各地の「支部」の連合体だが、「支部」はそれぞれ独立したNPO法人として活動している。
最初に述べた電話やメールで生活相談を受け付ける事業を最初に始めたのは、「支部」のひとつ、ジョージア州にあるUnited Way of Atlantaだ。こ事業の名称は、「211」。日本でいえば、消防や救急の際の「119」などと同様、三桁の数字で電話することにより、特定の情報やサービスが受けられる仕組みである。「211」が開始されたのは1997年だが、当初からこの番号が全米で利用可能になっていたわけではない。1998年にUnited Wayなどが連邦政府の独立機関、Federal Communications Commission (FCC)に番号登録の申請を行い、2000年に認可され、アメリカ各地で用いられるようになった。現在は、カナダでも利用可能だ。なお、相談は無料で、英語以外に180余りの言語で対応しているという。
生活相談事業としての「211」は、United Wayと各地の「支部」が連携して運営されている。相談を受けた内容に沿った対応先を紹介するには、地域の情報が不可欠だからだろう。このため、相談をしたい人は、直接「211」に電話で連絡をすれば、United Wayにつながり、そこで対応されることもあれば、相談者が居住する地域に合わせた対応が必要と判断されると、「支部」の「211」に転送されることになる。
メールの場合は、相談を受け付けるインターネットのサイト「211.org」を活用できる。そのサイトに入り、「Find local 211」をクリックし、Zip Code(郵便番号)を入力すると、最寄りの「211」事業団体の電話番号やテキストメッセージの送り先が表示されるようになっている。なお、「支部」の中には、「211」の事業を行うために、別法人を設立しているところも多い。
この「211」事業の2023年の報告書に当たるのが、10月8日に発表された”2023 211 Impact Survey”である。この報告書によると、「211」が受けた相談件数は約1600万件、その内容によって照会した件数は1900万件ほどに達する。電話だけで、1日平均4万2000件ほどの相談に応じているという。年間を通して休みなく、1日24時間対応している事業だが、対応するスタッフは2000人。かなりの人数で、ボランティアが含まれていないのかもしれないが、事業の実施時間や相談件数を考慮すると、スタッフにかなりの負荷があるような数字といえる。
”2023 211 Impact Survey”は、生活相談の内容のうち住居、水道光熱費、食料と食事、メンタルヘルスの4点が特に重要な結果を示していると指摘。例えば、住居については、コロナ禍前の2018年の相談件数が260万件だったのに比べ、23年には530万件に及んだという。同じ期間に、水道光熱費に関する相談も、170万件から100万件以上増え、280万件に達した。住居と水道光熱費は、「住」に関する相談といえるが、両者を合わせた相談全体における割合は、2018年の34.1%から42.3%へと増加した。
食料と食事に関しては、2018年の120万件から240万件へと倍増。メンタルヘルスは、100万件弱から110万件へと増えた。この他、5番目に多い相談内容として、法律や消費者問題、安全性をまとめた分野があげられている。2023年には120万件と前年比10万件に及んだ。
この原稿を執筆している時点には、ウェブサイトから報告書をダウンロードすることができなかった。このため、プレスリリースのタイトルに見られる”Widespread Unmet Community Needs”の根拠などは不明だ。しかし、ダウンロードできた2022年版を見ると、同様に”Unmet Community Needs”という語彙はあるものの、根拠は明示されていない。おそらく、特定の分野の相談件数が増えていることから、その分野の課題が解決されていないことを示唆していると推察される。
なお、”2023 211 Impact Survey”について示したUnited Wayのプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.unitedway.org/news/211-impact-survey-uncovers-widespread-unmet-community-needs-nationwide
日米関係
Hurricane HeleneとMiltonの被災者に米企業が支援実施、在米日本企業はスバルなど一部
2024年10月21日
ABC Newsをはじめとしたアメリカの大手メディアは10月16日から17日にかけて、9月下旬から10月初めにアメリカ南東部を襲ったHurricane HeleneとMiltonによる経済的な損失が、それぞれ500憶ドルに上る可能性があると相次いで報じた。この莫大な被害に対して、個人や企業は、被災者への義援金や救援活動を進めるNPOなどへの支援金を提供している。在米日本企業の中にもスバルのように、こうした支援活動に積極的にかかわっている企業が見られるものの、全体としては、あまり目立った動きはないようだ。
企業の社会貢献活動に関する調査研究を行っている、Boston College Center for Corporate Citizenship (BCCCC)は10月8日、”Companies Respond to Hurricanes Milton and Helene”と題するリリースを発表した。このリリースには、被災者への義援金や救援活動を行っているNPOに多額の支援金を行った企業や団体と寄付を受けたNPOについて、寄付額などを整理した内容が掲載されている。リストアップされている企業や団体は、29。寄付を受けたNPOのリストには、35団体が掲載されている。このうち日本企業は、ホンダとトヨタの現地法人2社にとどまっている。なお、NPOについては団体名だけで、受け取って寄付額や提供先は明記されていない。
企業や団体のトップに掲載されているのは、USAA だ。日本では、ほとんど馴染みがない企業だが、アメリカの軍人、軍属およびその家族(以下、軍関係者)を対象とした金融業や保険業を専門とする会社で、1912年に設立された。当時は、United States Army Automobile Associationという名称だった。現在の企業名はUnited Services Automobile Associationで、Armyが無くなっているが、事業の対象者は、変軍関係者で、変化していない。USAAは当初、100万ドルを寄付。その後、軍関係の被災者に限定して50万ドルの追加支援を行うことになった。さらに、USAAのメンバーが提供した約140万ドルをAmerican Red CrossとTeam Rubicon、World Central Kitchenの3つのNPOに支援金として提供した。
USAAは10月12日、メディアやメンバー向けにリリースを発表。ボランティア活動や献血、寄付などの被災者支援活動への参加を呼び掛けるとともに、参加や協力を行うNPOの候補などを示した。ボランティア活動については、Team Rubiconの名前があげられている。2010年のハイチ地震の被災者支援のため、軍関係者によって設立されたNPOだ。献血については、地元の献血センターやAmerican Red Crossを推奨。寄付を行う際には、Charity NavigatorやGuidestarなどのNPOの評価機関の活用を呼び掛けている。
BCCCCのリストの2番目に出てくるのは、社会貢献活動が積極的な企業として知られる小売業の大手、Targetだ。Hurricane Heleneの被害が報告された直後、300万ドルの寄付を発表した。なお、同社は今年初頭、American Red CrossとTeam Rubicon、Feeding AmericaなどのNPOによる国内の人道支援活動に対して150万ドル支援を行うことを明らかにしていた。Hurricane Helene後の寄付は、これと別枠で提供されるという。Targetは、2022年のHurricane Ianを契機に、Team Member Resource Centerという社員による被災者支援の活動拠点を開設。Hurricane Helene後には、5か所の拠点を設け、約1000人の社員による災害ボランティア活動が進められた。
この他、BCCCCのリストに掲載されている企業のうち、日本でも知られているのは、運送業のFEDEX、ユニバーサルスタジオの運営などを行うCOMCAST NBCUNIVERSAL、ディズニーランドのWALT DISNEY COMPANY、飲料メーカーのPEPSICOとその助成財団のPEPSICO FOUNDATION、航空会社のDELTA AIR LINES、コカ・コーラのCOCA COLA UNITED、ファストフードチェーンのMCDONALD'S、ファミリーレストランのチェーンDENNY'Sなどがある。また、企業ではないが、大リーグのヤンキースが設立した助成財団、NEW YORK YANKEES FOUNDATIONも載っている。
前述のように、日本企業でリストに掲載されているのは、ホンダとトヨタの2社だけだ。ホンダは、Hurricane Helene の被災者向けの基金として、American Red Crossに50万ドルを提供。これとは別に、ホンダの関連会社で、大きな被害を受けたカロライナ州に本社を置くHonda Aircraftは、同社が製造しているHondaJetを用いて、被災地に救援物資などを輸送する支援を実施。また、10月3日付のHondaのリリースによると、従業員による寄付を促すため、ひとり当たり最大1000ドルまでの1対1のマッチングギフトを行っている。さらに、従業員がボランティア活動を行ったNPOに対して、最大200ドルの寄付を企業として提供しているという。
トヨタは、アメリカで数多くの現地法人を設立している。このうち、9月27日付のリリースでHurricane Heleneの被災者向けの支援を表明したのは、Toyota Motor North AmericaとToyota Financial Servicesの2社。両社やBCCCCのリリースには、具体的な支援内容はほとんど示されていない。代わりに、両社がAmerican Red CrossとSBPなどに毎年寄付を行っているとしたうえで、その資金を被災者支援に充当させていく旨が記載されている。ホンダと同様、従業員による義援金に対して、マッチングギフトを行うとしているが、上限額などは示されていない。なお、SBPは、Hurricane Katrinaがニューオーリンズなどを襲った後設立され、救援から復興に向けたプロセスにおける被災地域の住民の支援を行うことなどを目的にしているNPOだ。
Hurricane HeleneとMiltonによる被害に対して、積極的に対応している在米日本企業のひとつがSubaru of America, Inc(以下、スバル)だ。すでに述べたように、BCCCCのリリースには同社に関する記載はない。これは、スバルが自社による支援活動について示したリリースを発表したのが、BCCCCの10日後の10月18日だったことが一因と推察される。したがって、以下、スバルのリリースを中心に、スバルの活動を見ていくことにする。
スバルの被災者支援活動は、NPOへの支援金、従業員の寄付に対するマッチングギフト、自社の自動車購入者などへの割引の3つにわけることができる。最初のNPOへの支援金は、これまでスバルが関わってきた活動の延長に位置づけられており、Meals on Wheels America (MWA) やFeeding America、ASPCA® (The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals®),、American Red Cross、World Central Kitchenの5団体が主な対象だ。
このうち高齢者への配食サービス団体の全米ネットワークであるMeals on Wheels Americaには、過去15年間で3200万ドルの寄付を行い、全米最大の支援企業になっている。今回もMWAのEmergency Response Fundに10万ドルを寄付。被災高齢者に配食する食事の材料費などの他、配送のためのガソリン代や被災したMWAの事務所の修復費などに充当される。また、大西洋岸にあるスバルのディーラーなど68カ所と連携、ディーラーが集めたり、提供する寄付に対して、最大40万ドルまでのマッチングを行う。寄付先は、フードバンクの全米組織、Feeding Americaである。
スバルが寄付先リストには、あまり知られていないNPOが含まれている。ASPCA® (The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals®)がそれだ。Cruelty to Animalsという語彙から推察できるように、動物愛護団体である。スバルは2008年以降、このNPOを支援してきており、これまでの寄付額は3800万ドルにのぼり、13万4000頭の動物の援助に役立てられてきた。
従業員の寄付に対するマッチングギフトの多くは、1対1、すなわち従業員が1ドル寄付すると、企業が1ドル追加提供するものだ。しかし、今回のスバルの方式は従業員の1ドルに対して、企業が2ドル行う。このマッチングギフトは、スバルから直接提供されるのではなく、同社の助成財団、Subaru of America Foundationが実施。なお、財団が提供する資金は最大で3万ドル、提供先はAmerican Red Crossと炊き出しを中心にした食糧支援団体のWorld Central Kitchenに限定されている。
最後の自社の自動車購入者への割引について、説明したおこう。これは、Hurricane HeleneとMiltonで被災し、自動車が流されるなどした人に対する支援策だ。対象となるのは、連邦政府の災害支援機関、Federal Emergency Management Agency (FEMA)が被災地と指定した地域の住民に限定され、2024年ないしは25年のスバルの自動車を購入またはリースした場合、500ドルの割引を行うというものだ。
Hurricane HeleneとMilton の被害に対応している企業は、BCCCCがリストアップした企業だけではない。American Red Crossは、寄付を受ける側として、大口寄付を行った企業のリストを公開している。その中に日本企業では、Fujifilmの名がある。具体的な寄付額は明示されていないが、Costcoなどと並んで、25万ドル以上の寄付または寄付誓約を行った企業になっている。
こうした在米日本企業による大規模災害の被災者支援は、日米関係にもプラスの影響を与えていくだろう。その意味では、個々の企業だけでなく、日本企業の進出が多い地域に設立されている、日本企業の商工会議所などが会員企業に積極的に寄付を呼びかけ、NPOなどに支援金を提供していくことも必要だ。しかし、今回、調べた限りでは、そうした動きは見られなかった。
なお、上記のBCCCCのリリースは、以下から見ることができる。
https://ccc.bc.edu/content/ccc/blog-home/2024/10/companies-respond-hurricanes-milton-helene.html
コロナ禍
Trump・共和党による「ワクチン懐疑論」拡大、州議会で「反ワクチン法案」成立相次ぐ
2024年10月19日
秋から冬にかけて新型コロナウイルス感染症の拡大が予想される中で、全米各地で2024~25年向けのワクチン接種が実施されている。一方、大統領選挙などを通じて、「ワクチン懐疑論」が拡大し、コロナワクチン以外への影響も懸念される状況だ。影響力の強い共和党の大統領候補のDonald Trumpや連邦議員候補者に加え、州や地方の政治家、さらには草の根のNPOなども展開。州議会では、「反ワクチン法案」が相次いで成立しており、懐疑論の広がりを示している。
新型コロナウイルス感染症がアメリカ国内で最初に確認されたのは、2020年1月。当時のTrump政権は同年5月、Operation Warp Speedと命名された官民共同プロジェクトにより、コロナワクチン開発を推進する考えを表明した。このプロジェクトは当初、100億ドルの資金を投入して、3億回分の生産を目標にしていた。資金は180億ドルまで膨れ上がったものの、2020年12月には、Moderna社による製品が連邦政府のFood and Drug Administration (FDA)による最初の認可にこぎつけた。
当時の大統領、Trumpは、これを自らの成果として強調していた。その後、Trumpの与党の共和党とその支持者を中心に「ワクチン懐疑論」が拡大。例えば、2023年9月に政治問題の専門紙、Politicoなどが実施した調査によると、コロナワクチンについて効果が大きいとする回答は62%だったのに対して、リスクが大とする人も38%にのぼった。共和党員や支持者に限定すると、この割合は49%と51%で、危険視する人が過半数を超えた。
こうした世論もあり、2020年の選挙で落選したTrumpは、24年に再選を目指すに当たり、コロナワクチンの意義や効果について言及を避けるようになった。さらに、大統領選挙が近づくにつれ、コロナワクチンの接種に反対する姿勢を強めていく。例えば、10月4日発信の健康医療関係専門のメディアのKFF Health Newsによると、2024年に入り、Trumpは少なくとも17回にわたり、ワクチンの接種を義務付けている学校に対して、連邦政府の予算をカットすると表明。Trumpのキャンペーン報道官は、コロナワクチンだけが対象と述べたものの、KFF Health Newsは、ポリオや麻疹など一般的で致命的な可能性のある小児疾患の予防接種ルールも対象とするのではないか、という懸念の声を伝えている。
このTrumpの動きを促している要因のひとつと考えられるのが、Robert F. Kennedy Jr. (RFK Jr.) の大統領選挙からの撤退とTrump支持の表明である。その後、Trumpの政権移行チームに加わったRFK Jr.は、元大統領のJohn F. Kennedyを伯父、その弟で元司法長官のRobert F. Kennedyを父親にもつ。本人は、「ワクチン懐疑論」者であることを否定しているが、2021年12月にコロナワクチンを“the deadliest vaccine ever made”と形容するなど、ワクチン批判の急先鋒として知られている。また、Children’s Health Defense (CHD)という「反ワクチン団体」の理事長(休職中)だ。
CHDは、Childrenと銘打っているが、「ワクチン被害」全般についての広報や訴訟などを展開している。ホームページの一部には、ワクチンに関する医療や政治的な動きを批判的に紹介する、Defenderというニュースと論説のサイトを設置。その中に「コロナ」というコーナーがあり、世界で最初に日本で承認されたレプリコンワクチンについても、10月8日付の記事で紹介。日本の厚生労働省がその効果を確認したとしていることに対して、”untested, risky and potentially dangerous”と警告する専門家もいるなどと解説している。
RFK Jr.は、撤退表明から間もない9月5日、MAHA AllianceというSuper PACをFederal Election Commission (FEC)に登録した。MAHAは、Make America Healthy Againの略で、TrumpのMake America Great Again (MAGA)をもじって命名したものである。FECによると、10月19日現在、Trump支持に関する活動に73万9747ドル、民主党のKamara Harris大統領候補に反対する活動に55万4667ドルを投入するなど、活発に運動を進めている。なお、Super PACとは、Super Political Action Committeeの略である。政治活動の資金を制限なく集めることができるが、通常のPACのように候補者や政党に資金提供するのではなく、第三者的に活動を進める組織だ。10月19日現在、FECに登録されている団体の数は2444にのぼる。
MAHA AllianceのHがHealthyであることが示すように、健康医療の問題を扱う団体である。 そのウェブサイトには「ワクチン懐疑論」的な記述は見当たらない。しかし、KFF Health Newsは、Medical Freedom Movementの足掛かりを作る運動体と指摘している。なお、Medical Freedom Movementは、医療を受けるに当たり政府の関与を否定し、個人の権利を重視。具体的には、ワクチン接種を拒否する権利やインフォームドコンセプトの重要性を主張する運動だ。
「ワクチン懐疑論」を強く主張する連邦議員のひとりに、Marjorie Taylor Greeneがいる。2020年にジョージア州から立候補、下院議員に初当選した共和党の超右派とされる人物だ。イギリスのメディアThe Independentは10月19日、Greeneが”Covid vaccines may be responsible for ‘all time high’ cancer rates”と主張していると報じた。癌による死亡者が2024年に61万1000人に上る見込みというAmerican Association of Cancer Researchの発表に基づいたXへの投稿だ。
しかし、連邦政府の感染症対策の研究所、Center for Disease Control and Prevention (CDC)によれば、2022年にも 60万8366人の死亡者が報告されており、24年の予想値が急増を意味するわけではない。Greene の投稿に対して、American Cancer SocietyとNational Cancer Instituteは、コロナワクチンががんを引き起こす、あるいは寛解した患者に癌を再発させるという主張を裏付ける証拠はないと述べている。なお、Greeneは、9月から10月にかけてアメリカ南東部を襲ったふたつのハリケーンについても、政府が天候を操作して共和党支持者が多い地域を襲わせたなどとする「陰謀論」をXに投稿、物議を醸しだした。
新型コロナウイルス感染症が急速に拡大した2020年から22年にかけて、連邦政府は、医療関係者をはじめとした特定の職業に従事している人々などを対象に、コロナワクチンの接種やマスクの着用などを義務づける措置をとった。しかし、ワクチン接種などにより、感染による死者が大幅に減少し始めるとともに、これらの措置を撤回。一方、「ワクチン懐疑論」に立つ政治家は、州議会において、コロナワクチンをはじめとしたワクチン接種に反対する法案の成立に向けた動きを進めている。
Boston UniversityのSchool of Public Health (BUSPH)は2023年12月、State Vaccine Policy Project (SVPP)をスタートさせた。1980年代中期以降の州議会におけるワクチン関係の法案の動きを把握するためだ。SVPPが2024年10月4日に発表した報告書によると、2023年に全米の州議会に提出されたワクチン関係の法案は、813件にのぼった。このうち376件は、「反ワクチン法案」と呼べるものだが、ほぼ同数の372件は「親ワクチン法案」だった。なお、残りの65件は、いずれにも分類しにくい法案だという。
「反ワクチン法案」の84%に当たる317件は、共和党議員によって提出されたものだ。民主党議員による法案は、10件と、全体の3%にすぎなかった。州による民主・共和両党の勢力関係を反映して、提出された法案の性格も大きく異なっていた。例えば、民主党の地盤といわれるニューヨーク州では、73件の法案が提出されたが、このうち「反ワクチン法案」は22件(16%)にすぎない。一方、共和党が強いテキサス州では、提出された65件の法案の75%に当たる45件は「反ワクチン法案」だ。
アメリカでは、議会に提出された法案の大半は未成立に終わる。州議会で審議に付されたワクチン関係の法案も同様だ。例えば、376件の「反ワクチン法案」のうち、71%に当たる271件は審議未了。否決された法案も63件(7%)に上った。ただし、42件(5%)は成立しており、これは成立したワクチン法案の30%(42件)を占めている。「親ワクチン法案」の成立件数に比べると少ないものの、ワクチンを否定しようとする動きも無視できない広がりを持っているといえよう。
なお、上述の「反ワクチン団体」Children’s Health Defenseの活動内容などについては、以下から見ることができる。
https://childrenshealthdefense.org/
反戦平和
「アイクの警鐘」が生き続けるアメリカ、軍産複合体を批判しNYSE前で抗議行動
2024年10月17日
ユダヤ系アメリカ人の反戦団体は10月14日、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への攻撃と攻撃に用いられているアメリカ製の武器輸出に抗議するため、ニューヨーク証券取引所(以下、NYSE)前で座り込みを行った。500人余りが参加、そのうち200人が逮捕されるという、NYSE前における行動としては、アメリカ史上最大の規模という。NYSE前で実施した理由について、イスラエルのガザ攻撃で多数の死傷者が出ている一方、軍需産業の株価はうなぎのぼりとなっていると指摘。アメリカ政府によるイスラエルの軍事支援が軍需産業に膨大な利益をもたらす事実を示し、世論を喚起するためだと述べている。
いわゆるウォール街にあるNYSE前で抗議行動を行ったのは、Jewish Voice for Peace (JVP)というNPOだ。カリフォルニア州バークレーでUniversity of California at Berkeley (UCB)の学部学生が1996年に活動を開始、2003年にはInternal Revenue Service (IRS)から税制優遇資格をもつ501c3団体として認められた。JVPがIRSに提出した書類(2022年度のForm 990)によると、2022年度の歳入は332万2296ドルで、その大半は個人寄付と助成金である。なお、2020年には、政府や議会にロビー活動などを行うことができる、501c4団体を設立。JAPとは法人格は別で、所在地は首都ワシントン、名称もJewish Voice for Peace Action (JVPA)となっている。2022年度の歳入は、80万3184ドルと、JAVの4分の1程度に止まる。
2023年10月にイスラエルのガザ地区への攻撃が始まって以降、JVPは、ニューヨークでターミナルステーションのGrand Central Stationや自由の女神、首都ワシントンで連邦議会を「占拠」するなど、「市民的不服従」と呼ばれる、非暴力の行動で人目を引いた。10月14日の行動も「市民的不服従」の原則に沿って行われ、警察から退去を命じられたものの、これを拒否、多数の逮捕者を出したが、暴力的な行為はなかったとされている。なお、この行動には、エミー賞を受賞したコメディアンEric Andréやアカデミー賞受賞の映画製作者Laura Poitras、オスカー候補者の俳優Debra Wingerなどの著名人も参加した。
抗議行動の参加者は、“Gaza bombed, Wall Street booms”、“Fund FEMA, not genocide”、“Jews say divest from Israel”などと、スローガンを叫んでいた。このうちNYSE前で実施したことと最も関係が深いのは、”Gaza bombed, Wall Street booms”だ。ガザ地区に爆弾が投下されることで、ウォールストリートが活況を呈しているという意味である。イスラエルがガザ地区で用いている武器の多くがアメリカ製で、その武器により住民が死傷する一方、RTX(旧Raytheon)やLockheed Martin、General Dynamicsなどの軍需企業を潤しているという指摘である。
実際、NYSEのデータによれば、2024年10月17日のRXTの株価の終値は125.44ドル。しかし、ちょうど1年前、イスラエルのガザ攻撃が始まった直後の2023年10月17日には73.89ドルにすぎなかったのである。実に169.7%も上昇したのだ。なお、RTXは、NASDAQにリストアップされているが、この指数の変化を同じ期間で見ると、13533.75ドルと18371.92ドルとなっている。上昇幅は、135.7%に止まる。Lockheed MartinやGeneral Dynamicsなど、他の軍需企業も同様にガザ攻撃によって収益を大幅に増加させているというのが、JVPの批判の根拠だ。
JVPの声明などでは語彙として用いられていないものの、こうした実態は、1961年1月、Dwight David Eisenhower大統領、通称Ike(アイク)が退任演説で触れた、軍産複合体につながっているといえよう。軍産複合体とは、軍需産業を中心とした私企業と軍隊、および政府機関が形成する政治的・経済的・軍事的な勢力の連合体をいう。とはいえ、バイデン政権が税金からイスラエルに対して多額の軍事支援を行い、アメリカの軍需産業を潤していることだけであれば、政府や政治は直接関与していないことになる。
しかし、実態は、異なる。例えば、現国防長官のLloyd James Austin IIIは、元々軍人だが、退官後、Raytheon(現RTX)などの企業の取締役を務めていた。国防長官就任への打診後は辞職したものの、関係性は継続している可能性はある。実際、Austinの就任後、国防総省は、RTXに多額の契約を発注している。また、SludgeというNPOのメディアの調査によると、HoneywellとRTXを筆頭にした軍需産業の企業の株式を保有している連邦議会の議員は、50人を超える。これらの議員が所有している株式の2023年における時価は、総額1090万ドルに及ぶ。当然、株価の値上がりにより、莫大な利益をえている。
親イスラエル団体によるロビーの活動や資金の影響力も見逃すことはできない。最もよく知られているのは、American Israel Public Affairs Committee、いわゆるAIPACである。AIPACは、前述のJewish Voice for Peace Actionと同じ、501c4団体だ。連邦政府や議会、議員などへのロビー活動を展開しており、2022年度のForm 990によると、同年度の歳入は7940万1004ドルという膨大な資金力を持っている。ただし、5014団体は、政治資金を提供することはできない。
このため、AIPACは、政治資金を提供するためのPolitical Action Committee (PAC)を設立している。なお、名称は、AIPAC Political Action Committeeで、略称がAIPAC PACのため、両者は混同されがちだ。AIPAC PACのウェブサイトによれば、親イスラエルの候補者への支援は、総額4000万ドル。支援した候補の98%は当選しているという。また、「反イスラエル」候補の落選活動も展開しており、ターゲットにした候補者は24人にのぼるという。
AIPACの資金は、具体的にだれに流れているのか。政治資金のモニター活動を行っているNPO、Open Secretsによると、1990~2024年までに最も多くの政治資金の提供を親パレスチナのPACから受けた政治家のトップは、現大統領のJoe Bidenで、422万3393ドル。日本円に換算すると、6億3300万ドルにのぼる。3番目にはHillary Clintonの名が出てくる。提供された政治資金は、235万7122ドル。現副大統領のKamala Harrisは、上院議員になった2017年以降に限定されるものの、53万629ドルもの資金を受けている。8月の民主党全国大会の大統領候補受託演説で、イスラエル支持を明確に打ち出したのも不思議はない。
以上のように見てくると、政府は税金として、人々から資金を集め、それをイスラエルへの軍事支援などに投入する。支援する軍事品は、アメリカの軍事企業が生産している。その企業に、多くの連邦議会の議員が投資、莫大なリターンをえている。そして、こうした親イスラエル議員を、AIPAC PCなどが政治資金を提供していく。単純化すると、このような構図の中で、イスラエルの軍事行動が正当化され、軍事支援も続いていく。この悪しき循環を止めなければならない。そうした意識がJVPによるNYSE前における抗議行動となって表れたといえよう。「アイクの警鐘」が今も生き続けているのだ
なお、前記のように、JVPは、“Gaza bombed, Wall Street booms”、“Fund FEMA, not genocide”、“Jews say divest from Israel”などのスローガンを叫んでいた。いままで述べた内容は、“Gaza bombed, Wall Street booms”に関連している。“Fund FEMA, not genocide”とは、9月から10月にかけてアメリカ南西部の襲ったふたつの大型ハリケーンで救援や復興活動を担うべき連邦政府機関Federal Emergency Management Agency (FEMA)の予算が十分でなかったことに関連している。ガザ地区におけるジェノサイドにではなく、災害被害者への対策に政府予算を使え、という主張だ。最後の“Jews say divest from Israel”とは、JVPを構成するユダヤ系アメリカ人がガザ攻撃を続けるイスラエルからの投資回収を政府や企業に求めるという意思を表明したもの考えられる。
なお、上記のOpen Secretsの親イスラエルのPACによる政治資金に関するデータの詳細は、以下から見ることができる。
https://www.opensecrets.org/industries/summary?code=Q05&cycle=All&ind=Q05&recipdetail=M
移民労働
職場で労働問題に取り組む活動にビザ発給、沈黙しがちな移民労働者が声をあげる一歩に
2024年10月15日
賃金や労働条件、労働環境などに問題があっても、職場で声をあげたり、労働組合を作って状況を改善しようとする労働者は少ない。経営者から不利な対応を取られることへの不安が、最大の理由といえよう。特に、合法的な就労資格をもたない移民、いわゆるUndocumented Workerの場合は、移民管理を行う政府機関などに「密告」され、逮捕、送還される恐れもある。こうしたUndocumented Workerの懸念を払しょくし、職場の状況改善を促すためのビザ発給制度が導入され、効果を上げ始めている。
外国籍の人々が特定の国家に入国、滞在、居住または通過するために必要な許可書をビザ、または査証という。アメリカの場合、3種類のビザがある。移民ビザと非移民ビザ、
婚約者・配偶者ビザだ。移民ビザは、永住者向けのもので、取得すれば、アメリカで通学や就労などを含め、期限を設けず生活することができる。非移民ビザは、観光、就労、留学などの目的別に、設定されている。婚約者・配偶者ビザは、アメリカ市民、すなわち米国籍の人と婚約または結婚した場合に発給される。いずれも、入国後も婚約または配偶関係のある人と生活し、移民ビザに切り替えることが前提だ。
上記の3分類からいえば、非移民ビザに含めることになるが、アメリカでもほとんど知られていないビザもある。Uビザは、そのひとつだ。このビザが導入されたのは、2000年10月。Victims of Trafficking and Violence Protection Act と Battered Immigrant Women’s Protection Actの成立によってである。TraffickingやBattered Immigrant Womenという語彙が示すように、当初は人身売買や奴隷状態に置かれた移民、あるいは家庭内暴力などの被害を受けている外国人女性への救済策として位置づけられていた。
この時、Uビザとともに、Tビザも導入された。ここでその違いを説明する余裕はないが、両方のビザは、人身売買や家庭内暴力など、特定の犯罪の被害者への救済措置として機能している。ビザの申請者は、滞在資格がないなどの問題から、警察などの行政機関に救済を求めることが困難な状況に置かれていることが大半だ。したがって、ビザが発給されることで、加害者から逃れることができるという意味で、救済されるといえよう。ただし、ビザの発給を受けることで、加害となった犯罪に関して、取り締まり機関の捜査に協力が求められる。
人身売買や家庭内暴力などの被害者である外国人への問題に対処するためのビザのひとつUビザが、職場の問題への対応とどう関連するのか、疑問を持つ人が多いだろう。ここでカギになるのは、Deferred Action for Labor Enforcement (DALE)という制度である。Deferred Actionとは、何らかの措置を遅らせるという意味で、延期措置と訳すことができる。移民問題に関連していえば、幼少期に保護者とともに合法的な手続きを経ずに入国した若者に、一時滞在許可を与え、送還を先延ばしにさせる、Deferred Action for Childhood Arrivals (DACA)でも用いられている語彙だ。
特定の犯罪の被害者への救済という意味では、その対象がLabor Enforcementという語彙から推察されるように、労働関係の取締行為を対象にしている。例えば、連邦政府は、職場における次のような問題に対して、それぞれ対応するための機関を設置している。
・最低賃金や時間外手当など:Department of Labor, Wage and Hour Division=WHD
・職場の安全衛生:Department of Labor, Occupational Safety and Health Administration=OSHA
・ハラスメントや雇用差別:Equal Employment Opportunity Commission=EEOC
・労働組合の認定や不当労働行為:National Labor Relations Board=NLRB
なお、州や地方政府も、同様な機関を設置しているところが多い。
しかし、これらの政府機関は、予算や人員が不足し、迅速な対応が困難だ。そこで考えられたのが、問題に直面した労働者から情報提供を受けることで、問題への対処を進めていくことである。そのためには、情報提供者にインセンティブが必要になる。合法的な就労資格のないUndocumented Workerは、上記の問題に直面しやすい。したがって、問題に関する情報提供と引き換えに、合法的な滞在や就労の資格を期限付きで提供することになった。これが、DALEであり、就労を認めるために提供されるのがUビザである。
このように、DALEとUビザは、政府の観点からすれば、Undocumented Workerへの支援や救済を第一義にしているわけではない。あくまで、法の執行を迅速かつ合理的に進めるための手段である。DALEを管轄しているのは、Department of Homeland Security (DHS)だ。DALE導入の計画自体は、2021年10月にDHSが明らかにしていた。しかし、具体的な手順などを発表した2023年1月13日で、同日付の声明の中で、DHSは、省として長年の慣行を踏まえた、独自の裁量権に基づく措置、と説明している。
とはいえ、職場で問題に直面したUndocumented Workerと彼らを支援する労働組合やNPOにとっては、政府機関と連携して、職場の問題解決を促す機会として活用することも可能だ。ネバダ州など4つの州で事業を行っているUnforgettable Coatingsの593人のUndocumented Workerをはじめとした労働者の取組は、それを示している。労働組合とNPOの協力を受け、2019年に労働者が起こしたWHDへの訴えに基づく裁判で、368万ドルもの未払い賃金や罰金、利子などを支払いさせる和解を勝ち取ったのである。労働者を支援した労働組合はInternational Union of Painters and Allied Trades、NPOはArriba Las Vegas Worker Centerなどだ。
この和解は、2003年1月に成立したもので、DALEの導入以前の事例である。しかし、Undocumented Workerらの行動と、それを支援する労働組合、NPOと政府機関が連携する意義と効果を如実に示した。前述したように、DALE導入計画は2021年10月に示されたが、直ちに具体化されることはなかった。しかし、Unforgettable Coatingsとの和解により連携の意義が明確に示されたことで、実施に拍車がかかったといわれている。それは、具体的策の公表と和解の成立が、同じ2023年1月に生じたことからも示唆される。
では、DALEを通じてUビザを申請するには、どのようなプロセスが必要なのか。この点について、説明しておこう。まず、職場で労働関係の問題を把握したUndocumented Workerは、その問題に応じた政府機関に訴えを起こすことが必要だ。次に、訴えを受理した政府機関に対して、Statement of Interest (SOI)という調査を行う旨の文書の発行を要請する。そして、SOIを添えてDALEの申請をDHSの一部でビザ関係の業務を担当するU.S. Citizenship and Immigration Services (USCIS)に送付する。当初、DALEが認める滞在期間は、2年で、更新可能とされた。その後、期間が延長され、4年間となった。政府による調査が行われ、問題の決着がつくまで、滞在が認められる。いわゆる永住権、すなわち移民ビザへの切り替えも可能だ。本人に加え、家族も一緒に申請できる。
DALEにも、問題がある。ひとつは、書類の申請が複雑なことだ。これについては、Unforgettable Coatingsの事例で紹介したArriba Las Vegas Worker Centerのような、Undocumented Workerを支援するWorker Centerと呼ばれるNPOなどから支援を受けることができる。
また、年間の申請受付件数が1万件に制限されている。この上限は、申請件数であり、前述のように家族での申請も可能で、その場合は1件として扱われる。Worker Center のひとつ、National Day Laborer Organizing Networkによれば、現在、全米で1000~2000件がUビザの発給を受けたにすぎない。したがって、当面は、上限を超えることはないだろう。
最も懸念されるのは、政治状況の変化だろう。11月の大統領選挙では、移民排斥を訴える共和党のTrumpが勝利する可能性がある。これが現実化した場合、Trumpの政策に大きな影響を与えるといわれる保守的なシンクタンクのHeritage Foundationが作成したProject 2025がDALEの廃止を主張しており、先行きが不透明になる可能性が大きい。
なお、各地のWorker Centerや移民の権利擁護を進める法律団体などは、DALEの解説書を発行している。Worker Centerのひとつ、Arise Chicagoが発行する資料は、以下から見ることができる。
file:///C:/Users/mrbea/Documents/FY2024%20091524/News%20Collection/202410/New%20Immigrant%20Worker%20Protection%20Resource%20Guide.pdf
福祉貧困
大統領選挙で争点化する社会保険制度、持続性や給付額引上げ率でNPOが問題提起
2024年10月12日
アメリカにおける所得補償政策として最も重要といわれる、社会保険制度。しかし、年金給付に必要な歳入が歳出を下回る事態が予想され、制度の持続性に懸念が拡大している。このため、高齢者NPOが民主・共和両党の候補者にインタビューを行い、両者の考えを有権者に伝えるなどの啓発の動きがでてきた。また、物価にスライドして給付額を引き上げる制度になっているものの、基準となる消費者物価指数が、受給者の購入実態を反映していないなどと指摘するNPOは、基準変更を議会に求めている。
アメリカの社会保険制度は、ニューディール時代の1935年、Franklin Delano Rooseveltが署名して成立したSocial Security Actが起源だ。公式名のOld-Age, Survivors, and Disability Insurance (OASDI)から推察されように、老年・遺族・障害者向けの保険(年金)制度から成り立っている。なお、1966年に医療保険に相当するMedicareが導入され、OASDIと一体化され、Social Security and Medicare Programsと呼ばれることもある。これらのプログラムは、保険と呼ばれるように、企業と労働者が折半して納付した税金を主な財源としている。2024年現在、労使それぞれの納税率は、OASDIは給与の6.2%、Medicareは1.45%。自営業の場合は、全額本人負担だ。
OASDIとMedicareを管轄している連邦政府機関、Social Security and Medicare Boards of Trusteesは今年5月、2024年の年次報告書を発表した。報告書は、2035年以降、老年年金について、基金として積み立てられていた資金が枯渇するため、これまで予定されていた金額を支払うことができないと表明した。この事態が現実化すれば、支払額は、想定の83%に止まる。政府資金の調査研究などを行っているNPO、Center for Budget and Policy Prioritiesによると、2022年時点で、65歳以上の高齢者の貧困率は10.2%だが、老齢年金がなくなれば、38.7%に急増すると推計。2035年以降、全廃されるわけではないが、老齢年金に所得の多くを依存する高齢者にとっては、死活問題になる可能性がある。
この状況を受け、大統領選挙で、老齢年金の持続性が争点になっている。高齢者NPOとして知名度が高いAARP(旧名American Association of Retired Persons)は8月下旬、民主党のHarrisと共和党のTrump両候補に、老齢年金と医療保険、高齢者介護などをテーマにしたインタビューを実施。その結果をウェブサイトに10月2日付で、” AARP Exclusive: Presidential Candidates Talk Social Security, Medicare and more”と題する記事として掲載している。ここでは、老齢年金についての両者の考えを見ていこう。
Harris候補は、老齢年金について、政府と高齢者の間の社会契約の一種という認識を表明。そのうえで、高齢者が自ら支払い、受給する権利があるベネフィットを守る必要があるとの考えを示した。基金が枯渇することで、予定されていた年金額が受け取れない恐れに対しては、富裕層や大企業への課税によって賄うという。これに対して、Trump候補は、経済成長によって問題の解決を図るべきだと主張。その具体的な内容は示していないが、経済成長によって、現役の労働者の賃金が上がり、それによって基金の枯渇が防止され、想定されていた年金額を受け取ることが可能になると主張しているようだ。なお、Trump候補は、老齢年金による収入を非課税にする考えも示した。
両候補の考えは、有権者と齟齬はないのだろうか。この点について、University of Maryland’s Program for Public Consultation (PPC)が2500人余りの有権者を対象に、2022年4月~5月にかけて実施した調査結果から見てみよう。HarrisもTrumpも主張していないが、労使双方が税率を6.5%に引き上げるとする回答は73%に及ぶ。調査時における課税対象となる年間所得は14万7000ドルだが、これを40万ドルにまで上げる案に賛成した人は、81%にのぼる。また、受給開始年齢を段階的に68歳までにすることについては、75%が賛成している。これらの回答は、Harris、Trump両候補の考えと異なるが、支持政党による相違は、あまり見られなかった。
社会保険は、保険料の支払額に応じて、受給できる金額が変わってくる。Social Security Administrationが作成した”2024 SOCIAL SECURITY CHANGES”によると、毎月の平均的な受給額について、単身者の老齢年金は2023年に1848ドルだったが、24年には1907ドルに増加。また、夫婦ともに受給している場合は、それぞれ2939ドルと3033ドルになると推定されていた。なお、受給額の上限が設定されており、単身者の老齢年金などのOASDIについては、2023年には16万200ドルだったが、24年は16万8600ドルに引き上げられた。
年金額の引上げの根拠として用いられているのが、Cost of Living Adjustment (COLA)である。消費者物価指数の変動に対応させて、年金の支払額を変えていくという考えだ。これにより、物価が変動しても、生活を安定させていこうとする試みだ。上記の2023年から24年にかけては、3.2%のCOLAが設定された。2024年から25年にかけての変更は、10月10日に発表された。COLAは、2.5%とされ、単身者の平均的な年金受給額は、1920ドルから48ドル上がり、1968ドルになる。
一見、妥当な方式である。しかし、異議を唱えるNPOがあった。1992年に設立された大手の高齢者団体、The Senior Citizens League (TSCL)がそれだ。なぜ、COLAを問題視するのか。2024年10月発表のように、物価上昇が沈静化した時点における数値に基づき、政府がCOLAを設定していることがひとつ。例えば、今年2月の消費者文化の上昇率は3.5%だった。そのため、年初にかなりの支出を迫られたものの、来年から2.5%しか引き上げられなければ、それまでの「赤字」を解消できない、ということなのだろう。
TSCLは、COLAを利用することへの根本的な問題も指摘している。COLAは、人々が購入する衣食住に加え、医療や交通費など、さまざまな費目を含んでいる。ここでいう「人々」には、すべての年代層が含まれる。だが、高齢者の購入が多い、あるいは少ない費目もあるはずだ。であれば、それを考慮した物価の変化に対応して老齢年金の支給額を決めるべきではないかというのである。
このような主張に対して、「そういっても、高齢者に特化した物価指数があるのか」という声が聞こえてきそうだ。しかし、アメリカには、Consumer Price Index for Elderly Consumers (CPI-E)という指数が作成されている。62歳以上の人々が消費した物やサービスに関する価格の変動を調査し、結果をまとめたものである。作成者は、労働省の統計局、いわゆるBLS (Bureau of Labor Statistics)だ。TSCLは、CPI-Eの活用を主張。なお、CPI-Eの利用については、社会保障や医療保険に関する政策提言を行うNPOなどの連合体、National Committee to Preserve Social Security and Medicareも賛同している。
もちろん、CPI-Eも完璧ではない。62歳以上を一括りにして消費動向を把握し、指数化できるのか。また、CPI-Eは、通常の消費者物価指数で収集したデータの中なら高齢者向けの物やサービスを中心に編成し直しているのであって、別途、集めたものではない。したがって、多くのデータの一部を取り出したことになり、データ数が少ないことから正確性への疑問を指摘する声があることも事実だ。
とはいえ、物価高の中で、高齢者をはじめとした年金生活者の暮らしが厳しさを増していることは間違いないだろう。このような状況の中で、AARPのような大規模な高齢者NPOが大統領候補にインタビューを行い、その結果を会員や社会に発信。また、TSCLのように、政府が示すデータの妥当性を議論の訴状に挙げていく活動もある。こうしたNPOの活動が存在し、それが社会的意義を持ち、社会を変えていくことにつながることを期待され、かつ信じられているのだろう。
なお、上記の民主・共和両党の大統領候補に対するAARPのインタビューの結果は、以下から見ることができる。
https://www.aarp.org/politics-society/government-elections/info-2024/harris-trump-election-issues.html
人権問題
急増する南アジア系へのヘイト、大統領選挙の候補者との関係や反移民の訴えが影響との指摘も
2024年10月11日
コロナ禍で激増したアジア系へのヘイトクライムは、2023年には大きく減少した。しかし、2024年に入ると、事態が深刻化してきた。特に目立つのは、南アジア系の人々に対する行為だ。その背景のひとつに、大統領選挙の候補者との関係を指摘する声がある。これは、共和党の副大統領候補の配偶者や民主党の大統領候補の母親が、共にインド系であることを意味している。また、Donald Trump前大統領をはじめとした、共和党の候補者の多くや保守的なメディアによる移民排斥を訴えも一因と考えられる。こうした動きは、アジア系の多くに懸念を生じさせおり、NPOなどが対応を進めている。
2020年に全米に広がった新型コロナウイルス感染症に対して、当時のTrump大統領は、「チャイナウイルス」をはじめとして、発生地とされた中国との関係を主張。そのため、中国系をはじめとしたアジアからの出身者とその子孫に対して、数多くのヘイト事象が報告されるに至った。例えば、ヘイトクライムや過激思想について研究しているCalifornia State University Santa BarbaraのCenter for the Study of Hate & Extremismは、2021年に”FACT SHEET: Anti‐Asian Prejudice March 2020”というタイトルの資料を作成。全米の16大都市の警察当局が集計したデータに基づき、2019年から20年にかけて、アジア系へのヘイトクライムが149%も増加したことを明らかにした。
一方、アジア系へのヘイト事象が相次ぐことを懸念した人々は、Stop AAPI HateというNPOを設立。ヘイトと感じる行為を受けた人に報告を行うように要請した結果、2020年に4409件、2021年には5679件もの報告を受けた。なお、AAPIとは、Asian and Pacific Islandersの略で、アジア太平洋系の人々をさす。また、上記のCalifornia State University Santa Barbaraの資料は、警察当局がヘイトクライムと特定した事例だけを扱っている。これに対して、Stop AAPI Hateのデータは、ヘイトと感じた人が報告した事象に基づくため、異なる語彙を用いている。
コロナ禍が徐々に落ち着いてくると、アジア系へのヘイト事象の報告も減少。Stop AAPI Hate に寄せられた報告も、2022年には1321件、23年には735件に止まった。ただし、この現象は、コロナ禍の鎮静化だけによってもたらされたわけではない。Stop AAPI Hateは、さまざまな人権問題にかかわるNPOなどと連携、政府や議会に対策を求めた。また、調査に基づきヘイト事象の実態について、メディアなどを通じて発信し、社会啓発を進めていったことも見落としてはならない。
ヘイト事象に関する報告件数の減少は、必ずしも状況の改善を意味するものではないと、Stop AAPI Hateは考えていた。インターネットの世界で、差別や偏見を煽ったり、憎悪を掻き立て、暴力に至らしめるような発信が数多く行われていることは、そう考えた理由のひとつだ。このため、Stop AAPI Hateは、シカゴ大学の研究機関のNORCなどの協力を受け、2023年1月から24年8月にかけて、Domestic Violent Extremism、DVEと略される国内の暴力的な過激派による4chanや Gab、 Xなどのインターネット上の発言を分析。その結果、南アジア系へのヘイト発言が2023年1月の2万3000件から24年8月には4万6000件へと倍増したことが明らかになった。
2024年8月には、民主党の全国大会が開催され、Kamala Devi Harris副大統領が同党の大統領候補に指名された。その前月には、共和党が全国大会を行い、副大統領候補にJames David Vance上院議員を指名した。Harris副大統領の母親とVance上院議員の配偶者は、ともにインドからアメリカに移り住んだ。また、2024年の共和党の大統領候補者指名を争った、元国連大使のNikki Haleyと起業家のVivek Ramaswamyは、ともにインド生まれの両親もつ移民二世である。こうしたインド系への注目度の高まりが、南アジア系の人口の急増と相まって、白人至上主義者をはじめとしたDVEの憎悪を掻き立てたとしても不思議はない。
南アジア系をはじめとしたアジア系を敵視あるいは反発したと考えられる行為が相次いでいる。Trumpが未遂を含め、2回にわたり銃撃を受けた後、起業家のElon Reeve Muskは、自ら所有するXに「誰も(民主党の)バイデン(大統領)やカマラ(ハリス副大統領)を暗殺しようとさえしない」と投稿した。不適切な発言と批判されたが、Harris個人に対してではないものの、アリゾナ州の州都Phoenixに近いTempeにある民主党の事務所が9月16日と23日、そして10月6日と3回にわたり、銃撃されているのだ。
また、カリフォルニア州南部の選挙区から連邦下院議員選挙に出馬している韓国系の候補者Dave Min(民主党)にも、ヘイト事象といえる事件が発生した。10月8日、Min候補の選挙ポスターにアジア系への差別の言葉が書かれたのである。容疑者は逮捕されたが、ヘイトクライムの可能性もあると報じられている。Min候補は、共和党のScott Baugh候補と激しい選挙戦を展開。この選挙区で勝利すると、連邦議会の下院で多数を獲得する可能性が高まるといわれ、事件の数日前にはTrumpが現地入りし、演説を行っていた。その際、移民排斥などを訴えたことから、反移民の主張に同調して犯行に及んだとの見方もある。
ヘイト事象の可能性があるアジア系への行為は、こうした政治がらみだけではない。アジア太平洋系の権利擁護のために助成活動などを行っているAsian American Foundationは2024年9月、”Seattle Safety Study”と題するレポートを発表した。5月30日から6月10日までの間に、ワシントン州シアトル市に住む、アジア太平洋系1000人を対象に実施した調査結果を分析したものだ。レポートによると、回答者のほぼ3人にひとりが、ヘイト行為を受けることを懸念。不安を感じる場所として、公共輸送機関25%、地域のマーケット21%、職場17%、自宅付近が16%に及んでいる。実際、過去12カ月に身体への攻撃を受けたという回答も20%に上った。
アジア太平洋系へのヘイト事象の背景には、人口増があるといわれている。NPOの調査機関、Pew Research Instituteが2021年4月に発表したレポートによると、全米のアジア系の人口は2000年の1046万9000人から2019年には1890万6000人へと81%も増加。非ヒスパニック系の太平洋系も、同じ期間に37万人から59万6000人へと61%増えた。この間の白人人口の伸びは、わずか1%にすぎない。また、2060年にアジア系の人口は3580万人に達する見込みだという。
州別にみると、アジア系は、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサスなどに集住している。また、これらの州内においても特定の地域に住む傾向が強い。例えば、先ほどヘイト事象が多いという報告があったシアトルは、人口の15%がアジア太平洋系だ。こうした特定の地域に集住するのは、移民社会の特徴で、アジア太平洋系だけではない。言語や文化が同じ人々が集まることは、自然ともいえるからだ。また、ヘイト行為を受ける側を問題視する「被害者非難」は許されない。Stop AAPI Hateの活動のような、被害者の声を集め、社会に発信し、問題を是正していく努力を続けていくことが必要なのだろう。
なお、STOP AAPI Hateの各種のレポートは、以下から見ることができる。上記で参照したもの以外にも数多く作成されている。この問題を考えるうえで、参考にすることを勧めたい。
https://stopaapihate.org/data-research/
公共政策
カリフォルニアの家賃規制やホームレス対策費捻出の住民投票、住宅問題の深刻化を反映
2024年10月10日
各種の世論調査を見ると、11月の大統領選挙における最大の争点は経済だ。次いで、健康保険制度や連邦最高裁判所判事の任命問題、外交、暴力犯罪、移民、銃規制、人工妊娠中絶などとなっている。これらの問題は、有権者が大統領や連邦議員を選ぶ際に考慮することになろう。一方、それぞれの州や地域に特徴的な問題については、知事や州議会の議員、自治体の首長や議員の選出、さらに住民投票などの結果に反映されていく。ここでは住民投票に焦点を当て、全米最大のホームレス人口を抱えるカリフォルニア州における家賃規制やホームレス対策費捻出に関する内容や有権者の動向を見ていきたい。
連邦政府機関のDepartment of Housing and Urban Development (HUD)が2024年1月に公開した報告書”The 2023 Annual Homelessness Assessment Report (AHAR) to Congress”によると、2023年における全米のホームレスの推定人口は、65万3104人で、前年の58万2462人を大きく上回った。このうちシェルターに入れず、路上生活を送っている人は25万6610人で、1年前の23万3832人より2万人以上増加。これら2023年の数字は、2007年以来最悪となっている。
州別に見ると、カリフォルニア州が18万1399人を数え、このうち路上生活者は12万3423人と、68%を占めた。いずれも全米で最大の人数と割合だ。路上生活者に限定すると、全米の49%に及んでおり、同州のホームレス問題への対応の遅れがうかがえる。ただし、2007年に比べるとホームレス人口が30%余り増加しているものの、22年と比較すると5.8%増に止まっている。カリフォルニア州内で最も深刻な状況にあるのは、同州最大の都市のロサンゼルス郡・市だ。ホームレス人口が7万1320人と、ニューヨーク市の8万8025人に次ぐ、全米第2の状況に陥っている。
ホームレス問題には、さまざまな社会的な背景が存在する。とはいえ、家賃の高騰やシェルターの不足などは、常に指摘されている。これらの問題に対処するため、カリフォルニア州とロサンゼルス郡は、11月の大統領選挙に合わせて住民投票を行う。州のProposition 33と郡のMeasure Aがそれだ。いずれも、有効投票の過半数が、賛成を意味する”YES”に投じられれば、提案は成立し、法的な効力をもつことになる。
カリフォルニア州には、1995年に制定されたCosta–Hawkins Rental Housing Actと呼ばれる家賃規制法が存在する。しかし、この法律の対象は、戸建て住宅とコンドミニアム、1995年以前に建設されたアパートに限定される。また、入居者が引っ越して空いた部屋を新しい人に貸す場合、規制の対象外になるため、高い家賃を科すことが可能になる。Proposition 33は、1995年の法律を廃止、郡や市がアパートなどの賃貸住宅の家賃の引き上げ幅を独自に制限することができるようにする提案だ。この提案の成立に向けた運動を主導しているのは、AIDS Healthcare FoundationというNPOである。1987年に設立され、ロサンゼルスを中心に、HIVに関する治療やアドボカシー活動をグローバルに展開している。住宅問題については、HIV陽性患者とその家族のための低家賃アパートなどを運営する事業、Healthy Housing Foundationを2017年にスタートさせ、現在、全米各地で18の施設を管理しているという。
州レベルの住民投票を成功に導くには、幅広い個人や組織の連携とともに、有権者に訴える広報活動などのための膨大な財源の確保が必要になる。Proposition 33については、Los Angeles CountyやSan Francisco County、City of West Hollywoodなどの地方政府が支持を表明。また、California Democratic Partyをはじめとした民主党系の政治団体に加え、労働団体のCalifornia Nurses AssociationやLos Angeles College Faculty Guild、UNITE HERE Local 11、United Auto Workersなど、そしてアパートの入居者や高齢者、女性、マイノリティなどのNPOも賛同団体に名を連ねている。
Proposition 33が成立すれば、アパートなどの経営者は、家賃引き上げが制約され、経営を圧迫する恐れがある。このため、California Rental Housing AssociationやCalifornia Association of Realtorsなどの業界団体が多額の資金を集め、提案の成立阻止に向け連携。カリフォルニア州のSecretary of Stateのウェブサイトに掲載されたデータによると、9月21日までに、それぞれ60万976ドル02セント、2700万ドルを調達した。
これに対して、AIDS Healthcare Foundation は、2864万679ドル70セントを活動資金として提供。また、YES ON PROPOSITIONS 3, 32 AND 33という3つの住民提案のための資金調達団体が55万ドルを集めるなどして、提案成立に向けた活動に充当している。なお、同様の提案は、2018年と20年にも住民投票に付された。しかし、過半数の投票を獲得できず、不成立に終わった経緯がある。
Center for Urban Politics and Policyなどが9月12~25日にかけてカリフォルニア州の有権者1685人を対象に行った世論調査によると、Costa–Hawkins Rental Housing Act の撤廃を求めることに賛成した人は、37.1%だった。反対は33.3%で、未定の有権者が3割にのぼっていることがわかった。年齢別にみると、40歳未満では賛成43.0%、反対23.5%だったが、60歳以上ではそれぞれ31.3% と42.4%と、逆の傾向が見られた。なお、40~60歳の有権者は、賛成35.1%に対して、反対は36.9%と、両者の中間程度だ。
では、ロサンゼルス郡のMeasure Aとは、どのような提案なのか。ホームレス対策費捻出のために、特別税として、消費税の一部として徴収することを求めるものだ。同郡の有権者は2017年、Measure Hという提案を成立させた。これにより、消費者は、ホームレス対策の費用として1ドルの購入に対して、0.25セントを消費税に加算して徴収されることになった。しかし、10年間の時限措置なので、2027年に失効することになる。
Measure Aは、追加徴収を0.5セントに倍増させ、2027年以降も有権者が廃止を決めない限り、継続的なホームレス対策に充当することを求める措置である。なお、Los Angeles County Registrar-Recorder/County Clerkが作成した有権者向けの住民提案の説明資料によると、この提案により徴収される消費税は年間10億7607万6350ドルにのぼる。日本円に換算すると1600億円近い膨大な金額だ。
Proposition 33は、成立すれば、高い割合で家賃が毎年上がっていくことを抑止できる可能性が高い。その意味では、賃貸住宅の居住者にとってはメリットがある。一方、Measure Aは、ロサンゼルス郡・市にいる7万人を超えるホームレスへの支援のために、消費税を追加して支払うか否かの選択だ。ホームレス人口が多いとはいえ、大半の有権者にとっては「他人ごと」ともいえる。にもかかわらず、「自分ごと」として一票を投じることになるのかどうか、有権者の意識に基づく、行動の結果が注目される。
なお、Proposition 33の成立を目指す活動については、以下のサイトから見ることができる。
https://yeson33.org/
NPO運営
Hurricane Heleneで米南東部に甚大な被害、被災者支援に止めず温暖化対策が急務
2024年10月8日
メキシコ湾で9月24日に発生したHurricane Heleneは、中南米の一部やキューバを通過した後、26日フロリダ州に上陸。中心気圧は、938hPa、最大風速も62.5メートルに達する超大型ハリケーンだった。上陸地のフロリダ州に加え、サウスカロライナ州やジョージア州など、アメリカ南東部に甚大な被害を与えた。この事態に対して、連邦政府や州政府などの危機管理対策部門に加え、災害援助のNPOが被災者支援活動を開始。その一方で、大規模なハリケーンの発生が地球温暖化の結果だとして、温暖化防止に取り組むNPOは、対策の強化を求めている。
Hurricane Heleneの被害の全体像は、またはっきりしていない。しかし、10月7日のCNNの報道によると、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア、フロリダ、テネシー、バージニアの6州で、少なくとも232人が死亡。これは、2005年のHurricane Katrinaによる1833人に次ぐ、過去50年間のハリケーン被害としてはアメリカで2番目の惨禍だ。なお、10月1日付のNational Public Radio (NPR)は、ノースカロライナ州のBuncombe Countyだけで、600人が行方不明と伝えており、今後、死者数が増えることは確実と見られる。
地震やハリケーンなどの災害時に活動する連邦政府機関として、最もよく知られているのはFederal Emergency Management Agency (FEMA)だろう。10月7日付のFEMAのプレスリリースによると、Hurricane Heleneへの対応においても、FEMAのスタッフを含め、連邦政府機関から約7000人を被災地に派遣。食事1560万人分、水13900万リットル、157台の発電機と50万5000以上の防水キャンバスを提供したという。また、FEMAは、被災者に対する連邦政府の支援プログラムの広報や受付なども実施していく。
民間の災害支援団体というと、American Red Cross (ARC)やSalvation Army (SA)が真っ先にイメージされる。9月27日付のARCのプレスリリースによると、過去48時間の間に140余りのシェルターを開設、9400人近い被災者の仮住居を提供した。シェルターは24時間体制で運営されているが、運営に当たって80以上の団体から人的・物質的な協力を受けているという。また、ARCの災害援助ワーカー500人余りが被災地に入るとともに、多数の災害対応用の車両を運び込んでおり、安全が確認された地域から食事などの支援物資を運送する予定だ。
Salvation Army (SA)は、発生したばかりのHurricane Heleneがアメリカ南西部に上陸するという想定に立ち、フロリダ州で9月24日、ジョージアとサウスカロライナ、ノースカロライナの各州でも26日に準備を開始した。これらの州に加え、テネシーとウエストバージニアでも準備を行い、ハリケーン上陸後、災害対応用の車両も用いて、食事や飲み物などの提供に加え、被災者への精神的ケアも実施した。10月4日付のプレスリリースによると、ホットミール12万5000食、ミールキット2万6000食、水7万3000人分、スナック4万4000人分、7000人への精神的ケアなどを提供。なお、これらの活動には、合わせて1万4000時間相当のボランティアの参加があったという。
Hurricane Heleneの被害の多くはAppalachiaと呼ばれる地域に集中している。この語彙を聞くと、北米東部のAppalachia山脈をイメージする人が多いだろう。山脈としてのAppalachiaはカナダも含む広い地域だ。一方、アメリカで狭義に用いられる概念としては、1965年に成立したAppalachian Regional Commission (ARC)の管轄地域を指す。経済開発が遅れ、貧困者が多い東南部13州の420の郡などで構成され、連邦政府と州政府、地方政府などが連携して開発を進めようとしたのが、ARCだ。
このAppalachiaの名を冠して、地域の経済開発などを進めているNPOの連合体がある。2010年に設立され、70余りの助成財団をはじめとしたNPOで構成されるAppalachia Funders Network (AFN)が、それだ。Hurricane Heleneによる甚大な被害が明らかになった9月28日、AFNはAppalachian Helene Response Fundというプロジェクトを設立。被害が大きかった6州を中心に、地域社会の緊急支援や復興に向けた継続的な支援を行うための基金として機能させるのが目的だ。すでに独自のウェブサイトも構築され、活動内容や寄付などが説明されている。
Salvation Armyは10月7日、団体のウェブサイトに” Despite Helene's fatigue, Hurricane Milton is still looming”というタイトルの記事を掲載した。Hurricane Heleneへの対応で人々が疲弊している中で、新たなハリケーン、Miltonの襲来が見込まれている状況に危機感を示したのである。Hurricane Miltonは8日現在、キューバの西方のメキシコ湾を北東に向け進んでおり、一両日中にフロリダ州に上陸すると見込まれている。ハリケーンの強さは、カテゴリー1から5までに分類され、Heleneは4だった。Miltonも現時点では4だが、勢力を強め、最強の5になる可能性もある。そうなれば、フロリダ州を襲うハリケーンとしては、過去100年来で最大規模になる。
アメリカで最も有力な災害援助団体のひとつ、Salvation Armyが危機感を抱くHurricane Milton。大手債券の格付け事業を行っているMoody’sが10月8日に発表した報告書によると、Miltonは、フロリダ州の中央部を通り、大西洋に抜ける見込みだ。この地域には、23万棟余りのコマーシャルビルなどが集中し、その市場価値は1兆1000億ドルにのぼる。そのすべてが打撃を受けるわけではないとはいえ、経済的な損失は少なくないだろう。なお、州知事は、予想進路の住民に避難命令を発令しており、100万人が避難しているという。
大規模な自然災害が相次ぐ以上、政府やNPOなどの災害援助や復旧・復興に向けた支援は必要かつ不可欠だ。しかし、ハリケーンに関していえば、カテゴリー4を超えるものがなぜ次々と発生するのか。それを「自然現象」として片づけてよいのだろうか。Hurricane Heleneがアメリカ南東部を襲った時、Greenpeace USAは、”#HURRICANEHELENE MUST BE A WAKE UP CALL FOR CLIMATE JUSTICE!”と指摘したうえで、”The corporations heating the climate must be held accountable"と”X”に投稿。同様の指摘は、気候変動問題に取り組む若者の団体、Sunrise Movementからも発せられた。
GreenpeaceやSunriseの指摘の背景には、大手メディアが超大型ハリケーンの発生を気候変動と関連させて報道する姿勢をほとんど見せていないことがある。温暖化の主因といわれる化石燃料で収益を上げる企業に限定することの妥当性には、議論があるかもしれない。しかし、ハリケーンの大型化と甚大な被害の発生の背景には、地球温暖化の問題があることは明らかだ。この点を無視したまま、防災体制の強化や被害者支援を訴えても、被害を止めることはできない。アメリカの政治、そしてNPOがHurricane HeleneやMiltonを「気候正義への警鐘」としていくことができるのか。大統領選挙における議論も含め、しっかり見つめていきたい。
なお、上記のAppalachian Helene Response Fundのウェブサイトは、以下から見ることができる。
https://www.appalachiahelenefund.org/
コロナ禍
予想される”Tripledemic”を前に、ワクチン接種推奨や検査キットの無償配布実施
2024年10月6日
アメリカでは、新型コロナウイルス感染症に加え、季節性インフルエンザ、そしてRSVと略称で呼ばれるウイルス性の呼吸器疾患の3つの感染症がこの冬に同時に拡大することが予想されている。いわゆる”Tripledemic”だ。この想定に立ち、政府や自治体、医療関係者などは、ワクチンの接種を推奨。また、連邦政府は、新型コロナウイルス感染症の検査キットを希望する家庭に無償配布することを明らかにしている。しかし、新型コロナウイルスに関しては、新たな変異株が拡大。また、コロナワクチンの接種は、200ドル程度必要だ。このため、”Tripledemic”の抑え込みに向け、政府の対策を強化すべきとの声も強い。
連邦政府機関のCenters for Disease Control and Prevention (CDC)によると、9月21日までの1週間に新型コロナウイルス感染症の検査を受けた人のうち、陽性反応が出たのは11.6%だった。かなり高い割合だが、その週を含めた過去2週間の陽性率は14.1%なので、減少傾向にあると見ることもできる。しかし、9月14日までの1週間における入院患者は、人口10万人に対して、3.7人に及んだ。また、9月28日までの1週間に死亡した人のうち、新型コロナウイルス感染症が原因だったのは1.9%に上る。これらの数字を1年前と比べると、陽性率は高く、入院患者数や死者の割合は少ない。
とはいえ、今後の見通しは明るくない。ニュース専門チャンネルのCNNが10月4日に報じた”It’s time to get flu and Covid-19 shots”というタイトルの報道は、CDCの予測を次のように伝えているからだ。今年の呼吸器疾患シーズンは、ピーク時には1週間で10万人あたり20人以上が入院した昨年と同様な状況になると見込まれ、コロナ禍以前よりもはるかに悪化するという。例えば、昨年のシーズン中にインフルエンザで死亡した子どもは少なくとも200人で、これは記録上の他のどの年よりも多い。これらの子どもの死者のほとんどは、ワクチン未接種だった。
新型コロナウイルス感染症の拡大が予想される背景には、新たな変異株が急速に広がる気配が強いことがある。今年春までオミクロン系のJN.1系統が主流だった。しかし、その後、KP.3系統の変異株が急増。夏に入ると、KP.3の亜種、KP.3.1.1が増え、これが現在では6割を占め、主流になっている。ところが、最近、さらに新しい変異株が登場してきた。
今年6月にドイツで最初に確認された、XECである。これもオミクロン株の一種だが、9月15~28日の間におけるCDCの推定値で5.7%を占めた。すでに全米25州で確認されており、今後、急速に増えていくと見られている。Yale UniversityのScott Roberts医師は、Yale Medicine の中で、XECについて3つの点について留意が必要だと述べている。
第一に、XECはKP.3.3と KS.1.1というオミクロン系のふたつの亜種から生まれたものであること。なお、ふたつの亜種が合体して生まれるのは、同一人物にふたつの亜種が同時に感染したためと見られる。第二に、KP.2を対象に開発されたPfizerとModernaのワクチン、JN.1をターゲットにしたNovavaxのワクチンも、XECに効果があると考えられること。最後に、今後の感染見通しから見て、10月中に接種することが望ましいという。なお、Roberts医師はこの3点以外に、これまで指摘されてきた人込みでのマスク着用や手洗い、うがいなどの基本的な感染予防策をとることが必要だと述べている。
アメリカでは、「反ワクチン」運動がかなりの広がりをみせている。とはいえ、Roberts医師の指摘のように、「コロナ禍の切り札」としてワクチン接種の必要性を主張する声は強い。しかし、2023年5月に「公衆衛生上の緊急事態」が終了したため、接種は有料になった。民間の医療保険や政府が運営するMedicareと呼ばれる保険の加入者やMedicaidという医療補助の対象となっている人は、原則として無償で受けることができる。
とはいえ、ワクチン接種をカバーしない民間保険の加入者や保険未加入者は、有償になる。保険に未加入なのは、所得が少ないためだろう。したがって、自費で接種を受けることは難しい。このため、「公衆衛生上の緊急事態」が終わる際、Bridge Access Programという制度が導入され、保険未加入者などへの接種は無償となった。しかし、この制度は、今年8月で終了された。
Bridge Access Programの再開を求める声もあるが、実現の見通しは立っていない。こうした中で、連邦政府のDepartment of Health and Human Services (DHHS)の対策のひとつとして実施されたのが、検査キットの無料配布だ。専門のサイト(https://covidtests.gov)を通じて申し込めば、1世帯当たり4個のキットを受け取ることができる。なお、送料も不要で、インターネットにアクセスできない人は、DHSSがキットを学校やフードバンクなどの地域団体に送付しているので、そこで受け取ることもできる。
「公衆衛生上の緊急事態」終了後、政府は、この検査キットの無料配布を自ら積極的に実施しようとしたわけではない。新型コロナウイルス感染症の問題に取り組む、医療関係者などで構成されているボランティア団体、People’s CDCが連邦議員に実施を求めるメールを送る運動を実施したのである。People’s CDCによると、連邦議員に送られた要請メールは1万3000通余りにのぼる。こうした草の根の活動によって、保険未加入者への医療の権利がごく一部とはいえ、確保されていくのだ。
郵送などによる無料検査キットとは別に、CDCは、Increasing Community Access to Testing (ICAT)というプログラムを実施している。ICATは、全米各地に設置されており、そこで無償の検査を受けることも可能だ。最寄りのICATの施設は、上記の無料キットの申し込みを行う専門サイトから検索できるようになっている。
なお、上記のPeople’s CDCは、保険未加入の成人すべてが無償でコロナワクチンの接種を受けられるようにすべきだとして、検査キットの無料配布の時のような連邦議員へのメール送付運動を進めている。その趣旨や送付するメールのテンプレートなどは、以下から見ることができる。
https://actionnetwork.org/letters/keepcovidvaccinesfree
反戦平和
親パレスチナ・アラブ系・ムスリム団体、ガザ停戦候補支援で大統領選挙の「激戦州」に影響か
2024年10月5日
大統領選挙の投開票が1か月後に迫る中で、「激戦州」において、民主党のハリス、共和党のトランプ両候補による激しいつば競り合いを続けている。全米的にみると経済、移民、人工妊娠中絶などが争点になっているが、「激戦州」の一部はアラブ系やムスリムの有権者が多数居住。彼ら、彼女らの多くは、伝統的に民主党を支持してきた。しかし、今回の選挙では、パレスチナのガザ地区へのイスラエルの軍事攻撃への反発から、ハリス支持を見送ったり、ガザ停戦を主張する第三政党の候補への投票を呼び掛けるなどの動きが広がり、選挙結果に影響を与える可能性がでてきた。
アメリカの大統領選挙は、得票数が多い候補が勝利するとは限らない。例えば、2016年の選挙では、選挙人304人を獲得したトランプに対して、ヒラリー・クリントンは227人に止まり、敗北した。しかし、得票数でみると、トランプは6298万4828票(得票率46.1%)だったが、クリントンは6585万3514票(48.2%)と、クリントンが300万票近く上回っていた。なぜ、このような結果になるのか。各州などに配分された選挙人の過半数を確保した候補が勝利する仕組みで、州ごとに得票数が最も多い候補が、その州の選挙人を総取りすることができるからだ。
民主党の地盤の州をブルーステート、共和党が強い州をレッドステートと呼ぶ。アメリカ50州の多くは、このいずれかに色分けされている。換言すれば、それらの州は、投票前から結果が決まっているのである。このため、大統領選挙では、事実上、少数の「激戦州」の投票が全体を決することになる。10月5日現在、ケーブルテレビの大手、CNNによると、ハリスが226人、トランプが219人の選挙人をほぼ獲得にしている。残りの「激戦州」は、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニア、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダの7州にすぎない。
「激戦州」と呼ばれるように、これら7州は、いずれもハリスとトランプが僅差で争っている。したがって、わずかな票の移動が勝敗を決することになる。実際、2020年の選挙では、ジョージアやアリゾナ、ウィスコンシンなどの州で民主党のバイデンが勝利したが、トランプとの得票率の差は、それぞれ0.3%と0.4%、0.6%にすぎなかった。なお、両者の差が最も大きかったのはミシガン州で、得票率で3.6%、得票数で15万票ほどバイデンがトランプを上回った。
全米的にはハリス優勢が伝えられているが、「激戦州」においては、2020年と同様な状況だ。「激戦州」のうち、ウィスコンシンとミシガンは、アラブ系やムスリムの有権者が多いことで知られている。過去の大統領選挙においては、アラブ系やムスリムの有権者の6~7割が民主党の候補に一票を投じてきた。しかし、今回は、イスラエルのガザ地区への軍事攻撃が激化する中で、親パレスチナで停戦あるいはアメリカによるイスラエルへの軍事援助への反発が強く、投票動向が注目されてきた。
こうした中で、ガザ地区の戦闘の即時停止を求めてきたUncommitted National Movement (UNM)は9月19日、ハリス候補を支持しない旨を表明した。この団体の名称にあるUncommittedとは、いずれに候補も支持しないという意味だ。具体的には、今年の1月から6月まで実施された民主党の大統領候補選出の予備選挙で、希望する候補がいない旨を示すために一票を投じる運動だ。アラブ系の団体やイスラエルの攻撃に反対していた団体などが結成、全米各地で運動を繰り広げた。その結果、70万票余りがUncommittedを選択、8月の民主党の全国大会に代議員を37人送ることができた。
なお、Uncommitted自体は、これまでの選挙でも選択肢のひとつとして認められていた。また、今回、集まった70万票のすべてが、バイデン政権によるイスラエルへの軍事支援に反対して投じられたのかどうかは明らかではない。とはいえ、Uncommittedが運動として推進され、予備選挙全体で投じられた票4.3%を獲得したことの意味は小さくない。なぜなら、「激戦州」であるミシガン州の10万1436票(得票率13.21%)やウィスコンシン州の4万8162票(8.3%)のように、11月の大統領選挙の帰趨に大きな影響を与える可能性を示しているからだ。
予備選挙で代議員を獲得したUNMは、8月の全国大会で発言の機会を求めた。しかし、大会側は、これを拒否。その後、ハリスとの会談を要求したものの、指定した9月16日までに回答がなかったとして、19日にハリス支持を行わない旨の表明に至ったという。では、UNMは、大統領選挙にどのような方針を打ち出したのだろうか。選択肢として、トランプ支持か第三候補支持、あるいは自主投票などが考えられる。トランプについては、大統領時代の反アラブ系・反ムスリム政策の経験から支持はできないものの、第三候補への投票はトランプを利する可能性などから見送り、事実上、自主投票を求めることになった。
一方、第三候補の支援を明確に打ち出したアラブ系やムスリムの団体もある。American Muslim 2024 Election Task Force(以下、2024 Task Force)がそれだ。今回の大統領選挙に当たり結成された団体で、Americans for Justice in Palestine (AJP)やCouncil on American-Islamic Relations (CAIR), ICNA Council for Social Justice、 US Council of Muslim Organizations (USCMO)など、アラブ系やムスリムの有力団体が母体である。2024 Task Forceは9月20日、ハリス不支持とともに、Green PartyのJill Stein、Justice for AllのCornel West、Libertarian PartyのChase Oliverなどの候補への投票を呼び掛けることを明らかにした。
このような判断を2024 Task Forceが行ったのは、「ジェノサイド(大虐殺)」といわれるイスラエルのガザ攻撃を軍事支援によって支えているバイデン・ハリス政権への怒りだろう。この怒りは、アメリカの多くのアラブ系やムスリムに共有されていると思われる。2024 Task Forceの発足に関わった団体のひとつ、CAIRが8月に実施した調査によると、「激戦州」のうちアリゾナ、ミシガン、ウィスコンシンの3州で、ムスリムの有権者はハリスよりもJill Steinを支持しているのだ。
ハリスのランニングメート、Tim Walzは9月19日、パレスチナの武装組織、ハマスに人質にされているアメリカ人の家族と面談し、救出に全力を挙げる考えを示した。その一方で、9月にパレスチナの西岸地区でイスラエルの入植活動に反対し、イスラエル兵に射殺されたトルコ系アメリカ人女性について、バイデン政権は「事故」として処理しようとする姿勢を示した。レバノン系アメリカ人Hajj Kamel Ahmad Jawadさんが10月1日、訪問先のレバノンでイスラエルの空爆の犠牲になった。使用された爆弾は、アメリカ製と伝えられている。しかし、バイデン・ハリス政権は、イスラエルのレバノン空爆を支持し続けたままだ。
国民の生命と財産を守ることが国、そして政府の最大の役割といわれる。しかし、バイデン・ハリス政権は、その役割を国民がだれかによって差別しているといえよう。そのような政権が続くことに「否」という声をあげる行為。イスラエルの軍事攻撃で殺害されている人々が家族や親せき、または友人や知人という関係にあることが多い、アメリカのアラブ系やムスリムの人々。彼ら、彼女たちは、自らの税金が人々を死に向かわせていることに強い苦しみと怒りを感じているのだろう。その気持ちが、大統領選挙にどのように反映されていくのか、しっかり見つめていかなければならない。
なお、上記のCAIRが8月に実施した調査結果は、以下から見ることができる。
https://www.cair.com/wp-content/uploads/2024/08/CAIRMuslimVoterSurvey.pdf
移民労働
「ペットを食べている」とされたハイチ移民の滞在資格、「合法的」だが課題があり政策改革の必要性指摘の声も
2024年10月3日
アメリカ大統領選挙の争点のひとつ、移民問題に関連して、9月10日に開催されたテレビ討論会で、共和党の候補者ドナルド・トランプ元大統領は、「ハイチ移民がペットを食べている」という趣旨の発言を行った。その真偽について、討論会の司会者は、すぐざま否定したものの、この虚偽情報はSNSなどを通じて、瞬く間に全米に拡散され、移民バッシングが拡大されている。これに対して、地元政府やメディアなどは、移民は「合法的」に居住、就労しているとしたうえで、地域経済にも大きく貢献していると主張。しかし、「合法的」とされる制度には課題もあり、人権擁護団体などから、移民政策の改革を求める声がでている。
トランプ元大統領の発言は、「スプリングフィールドで彼らは犬を食べている、猫を食べている。彼らは住民たちのペットを食べている」というものだ。ここでいうスプリングフィールドとは、オハイオ州の地方都市である。日本の人には、馴染みがないだろうが、「自動車の街」デトロイトの南約300キロ、ホンダが自動車工場を構えるメアリーズビルの南西50キロほどに位置している。かつては製造業が発達し、1983にNewsweek誌がアメリカの"dream cities”のひとつに選んだこともあった。
しかし、その後、工場閉鎖などが相次ぎ、1960年には8万人を超えていた人口も2010年には6万人余りに減少。2012年にカナダの新聞The Globe and Mailに’the “unhappiest city” in the US’と紹介されたように、ラストベルトと呼ばれる工場が撤退した後の、「錆びついた街」の象徴ように見られてきた。こうした状況の中で、スプリングフィールドが打ち出したのが、"Welcome Springfield"という移民導入政策である。2014年に開始され、24年までに推計1万5000人から2万人のハイチ移民が移住してきた。
移民の多くは、経済的な機会を求めており、そのチャンスがある場所に移住する傾向がある。ひとりまたは少数の移民が特定の地域で仕事を確保し、定住する。そのことを友人や家族に伝えていくと、友人や知人を呼び寄せたり、それらの人々が自主的に、その地に移住して移民のコミュニティの形成が促される。スプリングフィールドの場合、地元政府の政策に加え、家賃が安く、仕事もあった。多くの移民が流入する条件がそろっていたといえよう。
では、地元政府関係者が「合法的」と呼ぶ移民は、どのような政策に基づき、スプリングフィールドにやってきたのだろうか。トランプ元大統領が「ペットを食べる不法移民」と非難した人々は、ハイチからの移住者だ。東日本大震災の前年の2010年1月、大規模な地震で30万人を超える死者をだしたカリブ海の島国がハイチである。その後、ハイチは治安が悪化、2021年7月にはジョブネル・モイーズ大統領が暗殺され、翌月には大規模な地震で2000人以上が死亡。それ以前から武装ギャングが街を支配するなどして、安全に生活できる環境ではなくなっている。このため、多くのハイチ難民が海を越えて、南米、そしてアメリカにもやってきた。
一方、1986年のImmigration Reform and Control Act (IRCA)で、合法的な居住権を持たない外国人270万人が永住権を取得した後、「移民の国アメリカ」は、永住を前提とした移民や難民の受け入れに消極的になっていく。こうした中で導入された政策のひとつが、Temporary Protected Status (TPS)である。法律上は、1990年の改正移民法に盛り込まれた。武力紛争や大規模な自然災害のため、すでにアメリカに滞在していて、帰国が困難になった外国人のうち、一定の条件を満たした人々に期限付きの居住権や就労許可を与える措置だ。
1990年の法律によって導入されたものの、90年代にTPSの対象となったのは、イラクの侵攻を受けたクウェート、ボスニア紛争によるボスニア・ヘルツェゴヴィナ、民族対立で大虐殺が発生したルワンダ、エボラ出血熱が広がったギアナなど少数の国だった。しかし、21世紀に入ると、地震や内戦、戦争などにより対象国が増加。アメリカ政府の発表によると、2024年3月31日現在、対象国は16、この制度で認定を受け、米国内に居住している人は86万3880人にのぼる。居住者が最も多いのは、ベネズエラ人で34万4335人、次いでハイチ人の20万5人となっている。
このように、TPSは、帰国すると生命に危険が及ぶ外国人に居住権や就労許可を与え、保護する人道的な性格を持っている。しかし、対象は、在米中の外国人であり、対象国から直接あるいは渡米して申請することはできない。また、滞在期間も1年半ほどに限定されており、対象国認定が延長されなければ、帰国するか、不法滞在になる可能性が高い。とはいえ、政府として認可した措置である以上、その対象者に対して、トランプ元大統領のように虚偽情報を流し、対象者を非難の矢面に立たすようなことは許されない。
しかし、「移民はアメリカ人の仕事を奪う」という声がしばしば聴かれることも事実だ。では、スプリングフィールドではどうなのか。9月15日に3大ネットのひとつ、ABC Newsの”This Week”という番組に出演した共和党のMike DeWineオハイオ州知事は、次のように語った。「彼ら(ハイチ移民)は働くためにスプリングフィールドにきたのだ。オハイオ州は動き続けており、スプリングフィールドは多くの企業が参入し、本当に大きな復活を遂げた。ハイチ移民は、これらの企業で働くためにやってきた。…これらの企業は、彼らが非常に優れた労働者であるという。企業はハイチ移民が働いてくれることを非常に喜んでおり、率直に言って、それは(地域)経済を助けている」
University of California at Los Angeles (UCLA)Latino Policy & Politics Initiativeが2020年8月に発表した”Temporary Protected Status for Central American Immigrants”というテーマの調査でも、TPSの認定を受けた移民がアメリカ社会に貢献している状況が明らかになっている。例えば、TPS認定者の平均在米期間は20.3年に及ぶ。そして、88.5%が労働市場に参入しており、市民権取得者の65.1%より20%以上高い。所得税の申告を毎年行っているTPS認定者は9割に及び、社会保障税の納入も平均で15.4年という。さらに、地域の団体や子どもが通う学校、教会などにも積極的にかかわっている人が多いというデータが示されている。
こうしたポジティブな状況の反面、TPS認定者の置かれた状況の厳しさを感じさせる数字も見られる。例えば、就労者の割合が高いものの、給与の支払が遅れたり、給与の一部が支払われないなど、経営者から搾取されることも少なくない。また、健康保険の未加入者の割合が市民権取得者のほぼ2倍に当たる22.3%に達っしている。一方、持ち家の割合は、市民権取得者の半分の31.9%にすぎない。
UCLAの調査は、こうした状況を踏まえ、TPS認定者の98%を占めるエルサルバドル、ハイチ、ホンジュラス、ネパール、ニカラグア、スーダンからの出身者に対して、2021年1月の期限後も期間を延長するように提案。また、TPS認定者に永住権取得の道を開くべきだとしている。同様の主張は、TPS問題に取り組み移民の権利擁護団体などでも見られる。なお、前述の政府の統計では、TPS認定者においてベネズエラ出身者が最も多い。これは、2024年3月末のデータであるためだ。UCLAの調査は、その数年前のデータに基づいている。さらに、報告書の発行が2020年8月であるため、TPSの期限が2021年1月とかなり以前になっていることに留意されたい。
なお、UCLAの調査”Temporary Protected Status for Central American Immigrants”は、以下からダウンロードできる。
file:///C:/Users/mrbea/Documents/FY2024%20091524/News%20Collection/202409/Temporary%20Protected%20Status%20for%20Central%20American%20Immigrants%20by%20UCLA.pdf
福祉貧困
チップ収入非課税議論の一方、「賃金泥棒」で深まる貧困に政府や労組・NPOが対応
2024年9月30日
アメリカの大統領選挙で、共和党のトランプ候補がチップ収入を非課税にすることを公約。これを受けて、民主党のハリス候補も、同様の提案を行った。チップ収入に依存する労働者の一票の獲得競争だろうが、これを契機に、職場におけるチップと賃金の扱い方などをめぐる「賃金泥棒」の問題がクローズアップされてきた。チップは、南北戦争後の黒人差別の中で発達してきた制度だが、今日でもチップ労働者の大半が黒人をはじめとした非白人と女性で、これらの人々の貧困問題にもつながっているとして、政府や労働組合・NPOが対応を進めている。
レストランのウエイターやウエイトレス、ホテルのポーター、タクシーのドライバー、美容師など、アメリカでは、収入の多くをチップに依存する労働者は少なくない。チップ自体は、受け取った労働者に帰属するのが原則だが、経営者が集め、再配分するなどの「管理」を行うケースもある。大統領選挙でチップを非課税にする議論がでていることが示すように、チップ収入は課税対象だ。しかし、レストランの食事の後にクレジットカードで支払いがなされるようなケースであれば、チップ額の記録が残る。しかし、サービスの利用者が労働者に現金で手渡す場合は、金額の把握は困難だ。
今日の社会では、個々人の収入を政府が把握し、その額に応じて課税することが一般的といえる。だが、上述したようなチップ収入の特性から、労働者のチップ収入を政府が正確に把握することは、事実上不可能である。ここから労使双方から問題が生じうる。労働者サイドによる問題としては、現金で受け取ったチップを中心に、収入を実際より少なく申告し、「脱税」することである。
では、経営者は、どのような問題を引き起こしているのか。ひとつは、「管理」という名目で、「賃金泥棒」を生じさせることである。日本の労働基準法に相当する、1938年制定の Fair Labor Standards Act (FLSA)は、チップ収入を賃金の一部に組み込むことを認めている。具体的に言えば、現在の連邦最低賃金は、時給7ドル25セントである。ただし、州や自治体は、独自に最低賃金を定めることができ、そこで働く人々へは、州や自治体が定めた最低賃金の支払が求められる。
しかし、チップ労働者の賃金は、長年、時給2ドル13セントに止めることが認められてきた。いわゆるチップ労働者に対するサブミニマム(準最低賃金)だ。最低賃金と、サブミニマムの差額を「チップクレジット」とい、1966年のFLSAの改正に伴い、導入された。現状では、1時間あたり5ドル12セントで、両者を合わせた額は、最低賃金を超えていなければならない。最低賃金未満しか支払わない場合を「賃金泥棒 (Wage Theft)」と呼ぶ。なお、時間外手当の不払いなども「賃金泥棒」と呼ぶことがある。
なぜ、チップという制度が導入されたのか。その起源は、南北戦争までさかのぼる。「奴隷解放」にともない、それまで奴隷として扱われてきた黒人も労働市場に参入した。その多くは、飲食業や鉄道のポーターなどの仕事に就いた。当時の経営者は、自ら黒人に賃金を支払わず、顧客から直接報酬を提供することを期待した。これにより、経営者は、労務費負担が少なくて済むことになる。このため、飲食業の経営者が設立したのが、National Restaurant Association (NRA)だ。しかし、この制度は、労働者の報酬は経営者が支払うという原則を否定している。
南北戦争から1世紀半以上が経過した現在、この状況はかなり変わってきた。労働団体の支援を受けたNPOの調査機関、Economic Policy Institute(EPI)によると、2019年から23年の間に全米の就労者全体に占める黒人の割合は19.0%だったが、チップ労働者に関しては、17.3%に止まった。ただし、ヒスパニック系は19.1%に対して、22.7%、アジア太平洋系は4.8%に対して10.6%と就労人口の割合に比べ、高い比率を示している。これに対して、白人は、それぞれ56.0%と48.2%という数字が示すように、チップ労働者の割合は少ない。また、男女別にみると、女性は、就労者の47%に止まるが、チップ労働者の70.6%を占めている。
では、チップ労働者は、どのくらい存在しているのか。EPIによると、2019年~23年のデータから分析すると、毎年、全米で300万人を超える。このうち3分の1は、南部で106万人余りだ。全米の就労者は1億5544万人なのに対して、南部では5844万人にのぼる。したがって、南部の就労者においてチップ労働者の割合が高いわけではない。むしろリベラルと見なされがちな西部においては、就労者3690 万人に対して、チップ労働者は82万人と、西部より高い割合だ。
「よいサービスを提供すれば、より多くのチップをもらえる。チップ収入が多いので、助かる」という声を聴くこともある。だが、実態は、必ずしもこうした声を反映していない。EPIによると、2019年~23年の間の全米の就労者の平均時給は24ドル95セント。一方、チップ労働者は15ドル81セントにすぎない。その結果、チップ労働者に占める生活困窮者の割合も高くなる。EPIが2017~19年~21~22年のデータに基づく算出した数字によれば、全米の就労者における貧困率は5.1%だが、チップ労働者では11.3%と2倍以上にのぼる。また、チップ労働者以外の就労者は4.9%に止まっており、チップ労働者が就労者全体の貧困率を0.2%あげていることになる。
こうした状況の中で、政府や労働組合、NPOなどが、「賃金泥棒」への対応や「チップクレジット」の廃止の動きを進めている。例えば、Department of Labor (DOL)は9月13日、プレスリリースを通じて、カンサス州Wichita市周辺地域でチェーン展開しているメキシカンレストラン、Los CocosのFLSA違反について公表。それによると、このレストランは、2017年5月から22年12月までの間に、168人のチップ労働者に対して、総額95万7324ドルの未払い賃金があったとして、賃金の支払が命じられた。
このうち56万7291ドルは、「チップクレジット」の不正によるものだ。同様の問題は各地で発生しており、DOLは、2023会計年度だけで2億7400万ドルものFLSA違反として、賃金支払いを命じた。これにより救済された労働者は、16万3000人にのぼる。なお、データはやや古いが、2010 年~12年にかけて行われたDOLの調査の結果、チップクレジットに関して1170件、金額で550万ドルの違反が9000件のレストランで生じていたことが明らかになったという。
労働組合やNPOも動き始めている。前述のEPIの調査活動はそのひとつだ。政府機関と連携して、訴訟に乗り出すケースもある。9月19日にDOLとともに、朝食のチェーン店Waffle Houseを訴えたのは、その一例だ。この訴訟には、大手の労働組合、Service Employees International Union (SEIU)の傘下にあるUnion of Southern Service Workers (USSW)が連携して起こしたものである。なお、USSWは、未組織が多い、南部で黒人労働者の組織化を進めている労働組合だ。
なお、上述したEPIの調査報告の詳細は、以下から見ることができる。
https://www.epi.org/publication/rooted-racism-tipping/#:~:text=Across%20the%20U.S.%2C%20poverty%20rates%20for%20tipped%20workers,Midwest%20%28see%20Figure%20A%20and%20Appendix%20Table%202%29.
人権問題
最高裁判決後の黒人やヒスパニック系の入学者数、大学により変化に差
2024年9月26日
連邦最高裁判所は2023年6月、大学の人種に基づくアファーマティブ・アクションを事実上禁止する判決をだした。これにより、黒人やヒスパニック系などの学生の入学が大幅に減少するのではないか、という見方が広がった。判決内容を反映させた入学基準に基づき、今年秋からの新入生の入学者における人種別のデータが一部の大学から発表されている。そのデータを見ると、黒人やヒスパニック系の入学者が大きく減少した大学がある反面、人種構成にあまり変化が見られない大学もある。最高裁判決から1年後の状況だけで、判決の影響を判断するのは早計という見方だけでなく、政治的、経済的な影響も考えるべきという指摘もある。
アファーマティブ・アクションとは、過去の差別的な政策や社会的な偏見などの結果、不利な状況に置かれている人々の状況を積極的に変えていこうとする措置である。アメリカでは、戦前にこの措置の端緒が導入されたが、本格的な制度は1965年のジョンソン大統領の大統領令に基づいている。人種や民族、性別、障害の有無などにより、雇用や大学の入学、事業契約において、差別解消を主張。しかし、白人や男性からは「逆差別」との批判があり、たびたび裁判で争われてきた。
2023年6月の最高裁判決は、Harvard UniversityとUniversity of North Carolinaを相手取り、反アファーマティブ・アクションを掲げる保守的なNPO、Students for Fair Admission (SFA)が原告代理人として起こしたものだ。それまでの反アファーマティブ・アクション裁判は、白人が原告になったケースが大半だった。この裁判は、アジア系の入学志願者を代弁するために起こしたものとして、注目された。従来の判決は、入学基準のひとつに人種を入れることは認めていた。しかし、2023年の判決は、事実上、人種を入学基準に盛り込むことを禁止した。
一部の州では、以前から、アファーマティブ・アクション廃止の動きが進んでいる。例えば、カリフォルニア州は1998年、住民投票の結果、州政府によるアファーマティブ・アクションを廃止。これにより、University of California at Berkeley (UCB)やUniversity of California at Los Angeles (UCLA)では、黒人やヒスパニック系の入学者が40~50%減少するという事態が生じた。こうした「実績」から、連邦最高裁の裁判の被告になったHarvardやUNCなどの「難関校」で黒人やヒスパニック系の入学者が激減するのではないか、と見られていた。
では、結果はどうなったのか。Harvard Universityの発表によれば、2024年秋入学の学生に占める黒人の割合は、入学者全体の14%だった。これは2023年秋入学時の18%に比べると、22%減を意味する。これに対して、ヒスパニック系の入学者の割合は16%と、前年比で2%増加した。なお、アメリカ先住民は1%、ネイティブハワイアン・太平洋諸島出身者も1%と、前年と同率。アファーマティブ・アクションによって差別されていたと裁判で取り上げられたアジア系は37%で、前年と同じ割合だった。白人についは発表されていないが、計算上は31%となる。なお、このデータは、アメリカ市民と永住者のみのうえ、複数の選択が可能だ。したがって、あくまで参考値として捉える必要がある。
Harvardと同様に、University of North Carolina-Chapel Hill (UNC)も新入生に占める黒人の割合が大きく減少した。2023年秋の入学者における黒人は10.5%だったが、今秋は7.8%に止まった。この減少幅は、25%で、前述のHarvardより若干高い。ヒスパニック系の入学者は、10.8%から10.1%へと減少したものの、黒人の減り方に比べると、緩やかだ。また、アメリカ先住民は、1.6%から1.1%へと、3割を超える減少。アジア系は24.8%から25.8%に増えたものの、白人に関しては63.7%から0.1%増となった。なお、UNCに関しては、3年からの編入生も含めた数字である。
UNCにおける黒人の新入生と編入生の割合が25%減少したという数字を提示されただけでは、実感がわかないかもしれない。同大学の3年生でBlack Student Movementという学内団体のSamantha Greene会長は、9月14日放送のCNNのインタビューに対して、Black Student Convocationという黒人新入生歓迎会への出席者がこれまでに比べ、大幅に減ったと主張。また、キャンパス内を歩いていても、黒人学生の人数の少なさが目立つという。UNCは、Harvardほど知名度が高くないが、全米初の州立大学で、「難関校」のひとつといわれている。
上記の2校を見ると、黒人の入学者の割合の減少幅の大きさが目立つ。では、他の大学ではどうなのか。この点を論じる前に、「難関校」について説明しておく必要がある。現在、アメリカの大学の多くは、定員割れの状況にある。換言すれば、事実上の「全入」といわれる大学への入学者が、全体の7割に及ぶ。選考試験をへて大学に入学者している学生は、残りの3割だ。保守的なシンクタンク、Brookings Institutionによれば、人種を選考基準のひとつにしていたとされる大学の入学者はさらに少なく、全体の22%にすぎない。
「難関校」の定義は一律ではないが、教育におけるアファーマティブ・アクションの問題を考える際、こうした大学と入学者の現状を理解しておくことも必要だ。なぜなら、HarvardやUNCのような超がつく「難関校」の卒業生は、全米の大学の0.5%にすぎない。Hope Center at Temple Universityの政策アドボカシー・ディレクターのMark Huelsmanは、その人数に比べ、政治的、経済的に巨大な影響力をアメリカ社会に及ぼしている、と指摘。実際、こうした超「難関校」の卒業生は、連邦議会の上院議員の4分の1以上、大手企業の代名詞ともいえるFortune 500のCEOの10%を占めている。また、著名な企業への就職率や入社後の出世のペースも、他の従業員よりはるかに速いという。
Huelsman氏の指摘は、最高裁の人種を考慮したアファーマティブ・アクションの違憲判決とともに注目された、レガシー優先の議論にもつながっていく。大学の卒業生や多額の寄付者の子弟を、その大学に優先的に入学させる制度だ。この制度を導入している大学がどの程度に上るのかは不明だが、白人富裕層の子弟が主な対象といわれるレガシー優先の継続は、教育の格差のみならず、貧富の格差、そして社会的格差が続くことを意味する。すでに一部の州や大学がこの制度の廃止を表明。さらに、連邦議会にもMERIT Actという名称で廃止法案が上程されるなど、ポスト・アファーマティブ・アクションの動きが広がっていることにも注目すべきだろう。
なお、HarvardとUNC以外の「難関校」でも、2024年秋の黒人やヒスパニック系の入学者数について発表している。ただし、両校を含め、入学者の「人種」は自己申告で、回答は任意が大半だ。このため、実態と異なる可能性があることを理解したうえで、数字を読むことが必要だ。以下は、公表されたデータの一部である。
・Massachusetts Institute of Technology (MIT)
黒人入学生の割合は、15%から5%に激減。ヒスパニック系は、31%増加
・Amherst College
黒人の入学生の割合は、11%から3%へと大幅に減少
・Tufts University
黒人の入学生の割合は、7.3%から4.7%に減少
・Yale University
なお、Harvardの今秋の入学者の人種別データなどは、以下から見ることができる。
https://college.harvard.edu/admissions/admissions-statistics
公共政策
大統領選挙を前に全米規模の有権者登録イベント、企業や政府と連携しNPOが開催
2024年9月21日
アメリカの民主主義は、「投票箱に始まり、投票箱に終わる」といわれている。国の将来を決定する権利を「我々、人民」の手にゆだねられた象徴として投票箱が存在することの表現といっていいだろう。しかし、アメリカでは、有権者登録を行っていなければ、一票を投じることができない。このため、有権者に登録を進めるため、様々な活動が行われている。2012年から始まったNational Voter Registration Dayという全米規模のイベントはそのひとつで、今年は、大統領選挙を7週間後に控えた9月17日に開催された。
日本の総務省統計局に相当する、US Census Bureauが2023年5月に発表したデータによれば、その前年の中間選挙に当たり有権者登録を行っていた人は、投票年齢人口のうち69.1%だった。この数字は、2018年の大統領選挙時の66.9%よりも2.2%高く、中間選挙時としては2000年以来最も高い数字を記録した。ただし、実際に投票した人の割合、すなわち投票率は、52.2%に止まった。これらの数字は、投票への呼びかけだけでなく、有権者登録の促進が必要なことを示している。
有権者登録は、オンラインや郵送に加え、各地の政府関係機関などで対面により行うこともできる。前述のUS Census Bureauのデータによれば、対面による登録で最も多いのは、自動車免許の取得や更新などを行うDMV (Department of Motor Vehicles)のオフィスだという。なお、一度、有権者登録を行えば、引っ越しなどをしない限り、選挙ごとに登録をする必要はない。ただし、氏名が変わった場合などには、新たに登録が必要になることもあるので、有権者は注意が必要だ。
投票年齢人口の3割が有権者登録を行っていないのはなぜか。オンラインや郵送を含め、登録方法がわからない、あるいは登録のための書類作成が困難などの理由が大きいといわれている。投票年齢になったばかりの若者や、登録に必要な書類を読み、作成するための語学力が不十分な人々などが有権者登録に焦点が置かれるのは、そのためといえよう。
有権者登録の期限は、州ごとに決まっている。選挙の1-2カ月前になると、それぞれの州で、若者や低所得者などに支援を提供している政府機関やNPOは、自らの事務所や出先の会場で登録書類の作成支援を行う。また、GOTV (Get Out The Vote)といい、有権者登録が少ない地域でボランティアが中心になって戸別訪問して、未登録の人たちに書類作成を支援する活動を行うNPOを目にすることも少なくない。
こうした活動は重要だ。しかし、個別の活動のため、パブリシティなどの面で限度ある。このため、2010年の中間選挙に当たり、有権者登録を進めていたNPOの関係者の中から、全米規模のイベントを開催するアイデアが出てきた。その2年後の9月25日、約2000のNPOなどが連携して、National Voter Registration Dayがスタートした。この立ち上げに関わったNPO、HeadCountによると、全米30都市のキャンパスや地下鉄の入り口付近の広場などで有権者登録の呼びかけが行われたという。
National Voter Registration Day が発行した2020 Final Reportによると、2012年の活動を通じて有権者登録を行った人は、30万3610人。2013年と15年は地方選挙だけで、14年は中間選挙だったこともあり、登録した人は毎年5万から15万人に止まった。しかし、2016年の大統領選挙の時には77万1321へと急増。2020年にBidenとTrumpが争った時には155万4920人にのぼった。2021年は地方選挙、22年は中間選挙だったため、20年に比べると、登録者数は大幅に減少した。しかし、これまでの有権者登録者が500万人以を超えるという大きな成果を残している。
こうした成果を出せた理由のひとつは、「多様」かつ多数の個人や団体を連携させて実施したことがある。先述のように、有権者登録の主なターゲットのひとつである、登録に必要な書類を読み、作成するための語学力が不十分な人々は、市民権取得後間もない移民や障がい者、教育機会が少なかった低所得者やマイノリティ、女性が比較的多いといわれている。このこともあり、「多様」な組織による連携した取り組みが必要なのだ。
とはいえ、全米規模のイベントとなると、アメリカ全体で活動している組織の参加が欠かせない。前述のように、2012年の初回に2000以上の個人や団体と連携していた。この数は2020年に倍増、4211に及んだという。その多くは、大学や学生組織、図書館などだ。全国的なNPOでもあるLeague of Women’s Voters (LWV)は536もの支部が参加している。LWV以外にもGoodwillやYWCA、National Council of Nonprofitsなどの大手のNPOに加え、MicrosoftやAflac、Uberなどの世界的な企業の参加も目立つ。
政府や議会の動きも見逃せない。選挙を管轄する州政府機関の連合体、National Association of Secretaries of State (NASS)やElection Assistance Commission (EAC)という選挙管理委員会が選挙管理改善や有権者支援のための超党派の独立政府機関などは、2022年までに相次いでNational Council of Nonprofitsへの支援を表明している。また、連邦上院が2021年にNational Voter Registration Dayを指定する決議案を採択。ホワイトハウスもObama政権とBiden政権は、この日を記念する宣言をだした。
今年のNational Council of Nonprofitsの結果については、実施直後のため、まだ主催団体から発表がなく、どの程度の有権者登録が行われたのかなどの数字は、明らかでない。しかし、イベントを実施する上でカギとなる連携団体の数などは、過去の実績を大きく上回る5500団体にのぼる。このため、過去最高の登録者を生み出すとみられる。
なお、National Council of Nonprofitsは、有権者登録をはじめとした人々の選挙に関する行動とNPOの活動を結びつけるために支援しているNPOのプロジェクトのひとつとして運営されている。今年の実績も近く発表されると思われるので、それを含めた詳細は、以下から見るとよいだろう。
https://nationalvoterregistrationday.org/
NPO運営
MacKenzie Scottによる先住民主体のNPOへの寄付、金額の大きさや波及効果に注目
2024年9月19日
近年、大富豪による100万ドル単位の超大型寄付が珍しくなくなってきているが、MacKenzie Scottによるネイティブアメリカン(以下、先住民)のNPOに対する寄付活動が注目されている。過去4年で総額1億3250万ドルに上る寄付の大きさもあるが、提供先のNPOが先住民主体で運営されていることも、関心が高まる理由のひとつだ。また、資金を受けるNPOとしては、支援決定の迅速さや使途の制約が少ないことに加え、Scottの支援が他の団体や個人の寄付の増加などの波及効果につながっているという。
アメリカでは、助成財団の寄付活動について、様々な調査や研究が行われている。2019年9月に発表された” Investing in Native Communities: Philanthropic Funding for Native American Communities and Causes”というタイトルの報告書は、そのひとつだ。Native Americans in PhilanthropyとCandidの共同プロジェクトとして実施されたもので、この報告書によると、2006年から19年までの間に大手の助成財団が先住民に関する活動に提供した助成金は、5789のNPOに対して、7万1355件、金額は54億ドルにのぼった。しかし、大手助成財団の助成額全体の0.4%前後にすぎなかった。
こうした状況下で、Scottが過去4年で37件、総額1億3250万ドルもの寄付を行ったことに関心が集まっても不思議はない。とはいえ、同じ期間に、Scottは、2300余りのNPOに対して、総額173億ドルもの資金援助を行っている。したがって、先住民主体のNPOへの割合は、わずか0.8%だ。Archibald (Archie)とEdyth Bushが1953年に設立したBush Foundationやコーンフレークで知られる実業家のW.K. Kelloggによる財団、ミネソタ州生まれの実業家Louis W. Hillが作ったNorthwest Area Foundationなどは、長年、先住民主体のNPOに積極的に寄付活動を行ってきたことで有名だ。
前述のように、2006年から19年までの間に大手の助成財団は、先住民に関する活動に総額54億ドルの資金を提供している。1ドル=150円で換算すれば、8400億円もの巨費である。しかし、先住民への寄付活動を研究している、Harvard大学のProject on Indigenous Governance and DevelopmentのMiriam Jorgensen調査部長は、こうした寄付の多くは、先住民の文化や教育に関するものだが、先住民主体のNPOに提供されているわけではないという。一方、Scottの寄付の圧倒的多数は、先住民主体のNPOに対するものだと、同調査部長は述べている。
寄付を受けるNPOが先住民主体であるかどうかが、なぜ問題になのか疑問を持つ人もいるだろう。先住民主体の組織であれば、そこに投入された資金を活用して、先住民自身のエンパワメントが期待できる。しかし、先住民の歴史や文化を展示するだけでは、先住民への社会的な理解を深めたとしても、先住民自身の力量を高めるとは限らない。これは、先住民のNPOに限定されるわけではなく、マイノリティや女性、障がい者などのNPOについてもいえることだ。当事者主体の組織であるかどうかは、助成先の決定に大きな影響を及ぼすようになってきている。また、先住民に関する博物館などへの助成金の提供が、助成財団による先住民主体のNPOへの支援と誤解されることも少なくないと、Jorgensen調査部長はいう。
NPOが金額が大きな助成金を受け取るには、沢山の書類を作成し、予備申請や本申請を行うだけでなく、面接や団体訪問をへることもある。したがって、申請から、決定まで、数カ月かかることが一般的だ。これに対して、Scottの場合、支援決定が迅速に決められるという。例えば、先住民の経済開発などに取り組んでいるFirst Nations Development Instituteは、Scottから800万ドルの寄付を受けた。このNPOのMichael Roberts会長兼CEOは、寄付を受けるに当たり、Scottのアドバイザーから2回電話を受け、団体の活動について聞かれた。その後、3回目の電話で寄付が決まったと、9月13日発信のAP通信の記事” MacKenzie Scott’s millions boost Native American nonprofits”の中で述べている。
また、使途の制約が少ないこともメリットだ。アメリカのNPOが多額の資金をえるには、政府系の補助金の申請を行うことが多い。しかし、前述の報告書の共同作成団体のひとつ、Native Americans in PhilanthropyのCEO、Erik StegmanがAP通信の記事で指摘しているように、政府系の資金は様々な面で使途が制約されている。使い勝手が悪い、ということだ。これに対して、Scottの寄付は、使途の制約がないという。制約がない大きな資金を受けることができると、それを活用して、拘束性の高い政府系の資金も利用しやすいので、申請に踏み切りやすい。その結果、NPOの活動は広がっていく可能性が高まる。
さらに、Scottからの寄付は、メディアなどで大きく報じられる傾向がある。それが呼び水になって、従来の寄付層の拡大や寄付額の増加が生まれることも少なくない。例えば、先住民への教育事業などに取り組んでいるNative Forward Scholars Fundは、Scottから2000万ドルの寄付を受けた。このNPOのCEO 、Angelique Albertは、前述のAP通信の記事の中で、以前は5ドルから25ドル程度の寄付して受けられなかったが、彼女の寄付以降、1000ドル以上の寄付が寄せられるようになった。また、新たな寄付者もでてき来るなど、波及効果が生まれているという。
なお、MacKenzie Scottは、Amazonの創設者Jeff Bezosと25年間結婚していたが、2019年に離婚。Wall Street Journal紙によると、その際、元夫からAmazonの株の4%を受け取り、それを資金源として現在はフィランソロピストとして活動している。彼女の寄付活動について紹介するサイト、Yield Givingが作成されており、寄付を行ったNPOとそのミッション、寄付額などは、以下に一覧表となって公開されている。
https://yieldgiving.com/gifts/
日米関係
日本製鉄のUS Steel買収に三つの壁、大統領選前にロビー活動などで突破可能か
2024年9月17日
日本製鉄がUnited States Steel Corporation(以下、US Steel)の買収案を発表したのは、2023年12月。株主の賛同はえられたものの、連邦政府と議会、そして労働組合という3つの大きな壁が立ちはだっている。買収先のUS Steelの本社があるペンシルベニア州は11月の大統領選挙の「激戦州」のひとつだ。「労組票」を獲得したい思惑もあり、民主・共和両党の大統領候補に加え、連邦議員の多くが「国家安全保障」を理由に反対または慎重な姿勢を示している。これに対して、日本製鉄は、多額の資金を投入してロビー会社と契約。「同盟国・日本」の企業への支持を取り付けようとしているが、可能だろうか。
鉄鋼王と呼ばれた大富豪、Andrew Carnegieが設立したCarnegie Steel Companyなど3つの製鉄会社を合併して1901年に誕生したUS Steel。アメリカだけでなく、世界最大の製鉄会社として君臨していた時代もあった。しかし、2022年の世界鉄鋼協会のデータによれば、世界の粗鋼生産は中国が群を抜き、次いでインド、日本が続き、アメリカは第4位に落ち込んでいる。US Steelは、世界では27位に止まる。なお、日本製鉄は、世界4位となっており、US Steelとの合併が成立すれば、現在3位の中国の鞍山鋼鉄集団を抜き、「世界トップ3」の一角に食いこむことになる。
日本製鉄がUS Steelとの買収案を提示した2023年12月18日、買収総額は149億ドル(約2兆円)、株の買い取り価格は1株当たり55ドルと発表された。その数日前は40ドル程度であったことを考えると、40%近いプレミアムをつけたことになる。ただし、発表後、株価は急騰、一時50ドルを超えた。とはいえ、株主には異論はない価格で、今年4月に行われた臨時株主総会では、98%び賛成がえられた。なお、アメリカの製鉄会社トップのCleveland Cliffsは2023年8月、US Steelの買収案を提示。時価を42%上回っていたものの、1株当たり35ドルと、日本製鉄の提示価格より、大幅に低い。
「企業は株主のもの」という考えに立てば、臨時株主総会の決定にしたがい、日本製鉄とUS Steelの合併は認められるはずだ。しかし、異論が噴出した。先陣を切ったのは、US Steelの労働者1万1000人を組織しているThe United Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Union(以下、USW)だ。US Steelとの間で2022年12月に締結された、4年間で20%余りの賃上げなどを盛り込んだ労働協約が順守されるかどうか懸念していることが大きい。しかし、この点については、日本製鉄、US Steelともに変更はないとしている。
では、なぜ、USWは合併に反対しているのか。日本製鉄の合併交渉代表は、労働協約の順守を表明しているものの、USWは日本本社としての誓約を求めており、両者の意識に溝がある。その背景には、日本製鉄がUS Steelの工場閉鎖や労働者の解雇を労働協約が切れる2026年まで行わないと表明したのは、2024年の3月に入ってからだったこともあるだろう。また、日本製鉄の交渉代表は、大統領選挙が終われば、USWの政治力が弱まるなどと発言したと、9月10日発信のReutersの記事は伝えている。こうした発言もUSWの不信感を強めると考えられる。
合併反対の理由のひとつに、USWのDavid McCall会長は、「国家安全保障」上の懸念をあげている。しかし、「国家安全保障上」の懸念を声高に主張しているのは、大統領選挙の候補者や連邦議会の議員たちだ。共和党のTrump元大統領は、合併反対を繰り返し主張。民主党のBiden大統領もこれに続き、Hariss副大統領は9月に入って反対を表明した。また、連邦議会の下院議員53名は今年1月3日、合併に対して規制当局としての包括的な検討を求める連名の書簡をBiden大統領に送付するなど、反対の動きが止む気配はない。
大統領や議会が反対しても、民間企業同士の合併を阻止することはできないと思われるかもしれない。しかし、そうではない。議員の連名書簡にある包括的な検討を行う規制当局とは、Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)ことだ。Defense Production Act of 1950などに基づき、海外投資に関して「国家安全保障上」問題がないかどうか、複数の省庁で検討する機関である。CFIUSは、検討し、判断を示すが、合併や投資を阻止する権限は大統領にある。TrumpやBiden、そしてHarrisの言動が注目されるゆえんだ。
連邦政府と議会、そしてUSWという3つの大きな壁に直面している、日本製鉄は、どのような対応をとっているのだろうか。USWをはじめとした利害関係者との対話や調整を行いつつ、ロビイストを雇って政府や議会に「安全保障上の問題」がないことや、日米関係悪化への懸念を伝え、状況を打破しようとしているのだ。日本製鉄は、アメリカで工場の操業も行っているが、ロビイストを雇っていなかった。しかし、合併の発表後、反対の声が広がる中で、全米第2位のロビー団体、Akin Gump Strauss Hauer & Feld LLP(以下、Akin Gump)などと契約を締結したのである。
アメリカでロビー活動を行うには、Lobbying Disclosure Act of 1995に基づき、認可を受けたロビー団体と契約し、ロビーを行う際、対象者や目的、費用などを示したLOBBYING REPORTを政府に退出しなければならない。日本製鉄は、2023年第4四半期にAkin Gumpと契約を締結、現段階で公表されている限りでは、24年の第1、第2四半期でも契約を続けている。LOBBYING REPORTによると、2023年第1四半期の契約額は3万ドル、雇ったロビイストはふたりだったが、24年の第1、第2四半期をあわせると110万ドル、ロビイストは20人に及んだ。ロビイングの対象は、連邦議会の上下両院と大統領府、目的はUS Steelとの合併や日米関係とされている。
では、こうしたロビー活動で活路が開けるのだろうか。CFIUSが「安全保障上の問題」の有無について検討、結論を出すには数カ月かかるとみられる。その後、大統領選挙の結果がでてから、新しい大統領が判断を示すことになる。政治家が前言を翻すことは往々にしてある。今回もないとはいえない。とはいえ、そのためには「口実」が必要だ。その「口実」を日本製鉄が提示することができるのか。日本製鉄は、言葉だけでなく行動も含め、その提示が求められていくことになる。
ここでは記述しなかったが、US Steelが本社を構えるペンシルベニア州Pittsburghの自治体のトップやローカルメディア、住民、US Steelの労働者の一部は、合併に賛成している。また、日本製鉄のアメリカ国内の工場で働く労働者のうち620人がUSWの組合員だ。したがって、反組合とはいえない。ロビイストによる議会や大統領府への働きかけよりも、こうした支持者や労働者の声を拾い上げ、社会に発信し、理解を求めていくことが、重要なのではないだろうか。
なお、上述のAkin Gumpが提出したLOBBYING REPORT のうち2024年第2四半期のものは、以下から見ることができる。ロビー活動を政府がどう管理しているのか知る上でも興味深い資料といえよう。
https://lda.senate.gov/filings/public/filing/d701a4e5-5da2-4fa8-a695-47b6418a34f5/print/
コロナ禍
新変異株に対応したワクチン接種開始、感染拡大のなか保険未加入者は自己負担200ドル
2024年9月15日
新たな変異株の発生に加え、感染対策の消極化もあり、アメリカでは夏に入り、新型コロナウイルス感染症が急速に拡大した。9月に入り、状況はやや改善しつつあるものの、年末から年初にかけて、感染の再拡大の可能性指摘されている。こうした中で、ワクチン接種への重要性が指摘されている。しかし、2023年5月に「公衆衛生上の緊急事態」が終了し、接種の有料化が始まった。保険未加入者に対する特例措置が取られたものの、これも今年8月で終わりを告げた。1回の接種が200ドルといわれる状況の中で特例措置の復活を求める声もあるが、見通しははっきりしない。新たな変異株に対応するワクチン接種を希望する人の割合も多くなく、感染状況の悪化が懸念されている。
新型コロナウイルスの変異株は、今年春までJN.1系統が主流だった。しかし、連邦政府のCenters for Disease Control and Prevention (CDC)の最新のデータによると、8月下旬の2週間の推計値で、JN.1は0.2%、同系統で最も多いJN.1.18も1.7%にすぎない。これに対して、夏以降に急増したKP.3系統の変異株の中心、KP.3.1.1は52.7%と、全体の半数を超えた。
これらの数字が示すように、KP.3系統の変異株は、JN.1系統に比べて感染力が強い。重症化のリスクは同程度と見られるものの、感染者の増加により、今年8月の新型コロナウイルス感染症による死者は、全米で約4000人にのぼった。9月最初の1週間には535人へと減少したものの、Labor Dayの連休が終わり、大学などの教育機関の新学期が始まるため、今後、再拡大が懸念される状況だ。
連邦政府のFood and Drug Administration (FDA)は8月下旬、製薬会社からだされていた新たなコロナワクチン申請に対して、相次いで承認の決定を行った。これらのワクチンは、10月から全米各地で接種される予定だ。ワクチン接種は、感染拡大防止のためだが、いくつか問題が指摘されている。
ひとつは、ワクチンが対象とする変異株との関係だ。承認されたワクチンは、KP.2に対するもので、前述したKP.3.11を対象としているものではない。これは、開発当時、流行が見込まれたKP.2に対するワクチンが望まれていたことを反映している。したがって、現在、最も流行している変異株に対応していない。ただし、KP.3.11は、KP.2と同様に、いわゆるオミクロン株の一種なので、一定の効果は期待できるとみられる。なお、日本で10月から始まる「定期接種」に用いられるワクチンはJN.1対応で、日本でもKP.3系統が主流になっているため、効果が低くなる可能性がある。
もうひとつの問題は、ワクチンの接種にかかる費用についてだ。前述のように、2023年5月に「公衆衛生上の緊急事態」が終了したため、接種は有料になった。ただし、民間の医療保険や政府が運営するMedicareと呼ばれる保険の加入者やMedicaidという医療補助の対象となっている人は、原則として無償で受けることができる。
では、ワクチン接種をカバーしない民間保険の加入者や保険未加入者は、どうなったのか。「公衆衛生上の緊急事態」が終わる際、Bridge Access Programという制度が導入された。これにより、保険未加入者などへの接種は無償となった。しかし、この制度は、今年8月で終了された。議会が予算をつけることを拒否したためだ。
これとは別に、Vaccines for Adults ProgramとVaccines for Children Program というプログラムがある。前者は19歳以上、後者は18歳までの児童の保険未加入者を対象に、ワクチンを無償または安価で提供する制度だ。ただし、コロナワクチンについては、Vaccines for Adults Programには適用されていない。CDCによれば、2023年現在、民間や政府の医療保険や医療補助を受けていない人は、全米の人口の7.6%、2500万人に及ぶ。このうちVaccines for Children Program の対象者を除く人々は、自己負担が求められる。
では、接種にいくらかかるのか。コロナワクチンの価格は、製薬会社の製品にもよるが、CDCのVaccine Price Listのよると、12歳以上の人向けはModerna製で141ドル80セント、Pfizer製は136ドル75セントなどとなっている。
ただし、これはワクチン自体の価格である。接種を行う医療機関やドラッグストアは「手数料」を追加するため、200ドル程度になる。仮に4人家族であれば、600ドル(日本円で約9万円)だ。医療保険に加入していない人の多くは、保険代を支払うことが困難だからだろう。その人たちにこれだけ高額のワクチン代を払えるだろうか。民間の立場からコロナ問題に取り組んでいるPeople’s CDCはBridge Access Programへの予算化を求めているが、実現のメドはたっていない。
Bridge Access Programが延長されなかったのは、連邦下院の共和党の反対によるものだ。しかし、民主党も新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に積極的とはいえない。例えば、Kamala Harrisを大統領候補として正式に指名した8月の民主党全国大会、いわゆるDNCでは、感染防止策がほとんどとられていなかった。大会のガイダンスに「障害のために必要な場合は、マスクの着用が許可されます」という記述があったことは、感染防止に対する民主党の姿勢を如実に示していた。その結果、Hilary Clintonをはじめ、多くの感染者が出たと報じられ、DNC24(2024年民主党全国大会)をもじって、”DNCovid24”という言い方も広がったほどだ。
こうした状況も反映しているのかもしれない。間もなく始まるコロナワクチンの接種希望者が半数に満たないことが明らかになった。9月13日にOhio State University Wexner Medical Centerが発表した世論調査結果によれば、 コロナワクチンの接種を済ませたか、これら行う予定と回答した人は43%にすぎなかったのである。この調査では、インフルエンザワクチンの接種についても尋ねている。これについては56%が接種済みまたは接種予定と回答。新型コロナウイルス感染症への警戒心が減退し、11月下旬の感謝祭連休後から来年のバレンタインデーの間に感染拡大が生じるのではないか。この予想が現実のもになろうとしているといえよう。
なお、上記のPeople’s CDCは、新型コロナウイルス感染症の感染状況の報告やコロナ禍に対応している政府の政策とその課題、課題に対するアドボカシー活動など、様々な情報の提供や行動提起を行っている。興味のある人は、以下のサイトにアクセスしてみるといいだろう。
https://peoplescdc.org/
反戦平和
イスラエル兵による西岸地区でのトルコ系アメリカ人女性射殺、真相究明求める声拡大
2024年9月13日
パレスチナのヨルダン川西岸地区を不法占拠しているイスラエルに抗議する活動に参加した、トルコ系アメリカ人女性が9月6日、イスラエル国防軍(IDF)の狙撃兵によって射殺される事件が発生した。事件に対して、女性の遺族や抗議活動を実施していた団体から非難の声が上った他、現地やアメリカ国内で、追悼集会などが開催されている。一方、Joe Biden大統領は、地面から跳ね返った銃弾が頭に当たり死亡した「事故」との見解を表明、事実上、イスラエル側の主張を追認した。この発言に対して、抗議行動の参加者が撮影したビデオなどから、イスラエル兵が意図的に射殺したことは明らかだとして、真相究明を求める声が遺族や親パレスチナ団体、さらには連邦政府の議員の間からも出てきている。
イスラエル兵によって射殺された女性は、トルコ生まれのAysenur Ezgi Eygiさん(26)。生後間もなく、両親とともにアメリカに移住。ワシントン州シアトルで高校や大学に通いながら、2015~18年の間は、Socialist Alternativeという左派系の政治団体のメンバーとして活動、当時注目されていた先住民の居留地に石油のパイプラインを通すDakota Access Pipelineの建設反対運動にも関わっていたという。西岸地区には、今年5月に大学を卒業後、パレスチナ人農民の支援団体、International Solidarity Movement(ISM)のボランティアとして活動するため、9 月初めに現地へ到着。ISMが毎週金曜日に行っている抗議行動に初めて参加し、狙撃兵よって射殺されたのである。
パレスチナ自治政府は9月9日、ヨルダン川西岸のNablusでEygiさんの葬列を行った。9月10日配信のAP通信の記事によると、彼女の遺体はパレスチナの国旗で覆われ、顔には黒と白の市松模様のスカーフが巻かれ、会葬者が彼女の遺体を救急車に運んだ。なお、Eygiさんは、アメリカとトルコの二重国籍者である。このため、トルコの外務大臣は9月8日、Eygiさんの遺体の搬送に積極的にかかわる考えを表明。遺族の希望に基づき、遺体をエーゲ海沿岸のDidimに埋葬するため、トルコに送還する作業を行っているという。遺体は、イスラエルに送られた後、ヨルダンを経由してトルコに搬送される見込みだ。
Eygiさんの死を悼む追悼行事は、アメリカでも行われている。9月11日夜、彼女が長年生活したシアトルの有名な海岸沿いの公園、Alki Beachで実施されたのは、そのひとつだ。地元紙のSeattle Timesによると、約250人が参加。Eygiさんが通っていたUniversity of Washingtonで、ガザ停戦などを求めて活動をしていた友人の姿も目立った。会場には、パレスチナの国旗が砂浜に並べられ、数本の白い凧がはためいていた。開会の挨拶で、主催者は、イスラエルに武器と資金を送り続けているとして、アメリカ政府を批判した。
パレスチナ自治政府が葬儀を行ったのと同じ9月9日、カリフォルニア州オークランドのLake Merrittにある広場でEygiさん追悼行事が開催された。この行事について保守系のテレビ局FOX Newsは「大勢の群衆」が集まったと報道。ニュースの中で、共同主催者のひとり、Yonana Tchouebaさんは、「Eygiさんが殺害されて以来、私たちの多くは、眠れない夜を過ごし、24時間体制で追悼行事の準備を進めてきた」と語り、Eygiさんの死への悲しみと怒りの強さを示唆している。また、追悼行事では、パレスチナでの流血の事態の終結を求める声が相次いだ。
イスラエル国防軍(Israel Defense Forces : IDF)は9月10日、Eygiさんが射殺された事件についての初期調査の結果を発表した。142文字の短い声明の中で、IDFは、銃撃について「彼女を狙ったものではなく、暴動の主要な扇動者を狙ったイスラエル国防軍の砲撃を受けた可能性が高いことがわかった。この事件は、数十人のパレスチナ人がBeita Junctionで治安部隊に向かってタイヤを燃やし、石を投げつけた暴力的な暴動の最中に起こった」と述べている。また、Joe Biden大統領は9月10日、記者団に対して、地面から跳ね返った銃弾がEygiさんの頭に当たった「事故」との認識を示した。
こうしたIDFの主張とそれに基づくBidenの発言に対して、Eygiさんをボランティアとして受け入れていたInternational Solidarity Movement(ISM)は、9月10日にプレスリリースを通じて、反論を行った。IDFの主張に対しては、銃弾が2発放たれ、そのうちのひとつは金属の物質から跳ね返り、パレスチナのティーンエージャーの骨盤に当たった。もうひとつは、Eygiさんに直接当たったと主張。そのうえで、ふたりは、2キロ近く離れた場所にたため、仮にティーンエージャーが「扇動者」とみなされたとしても、その人への狙撃の結果、Eygiさんの頭が打たれるはずはないとしている。また、一部のメディアが報じた、現地で暴動が起きていたという点については、平和的な抗議活動だったと述べている。
こうした主張は、活動家団体によるプロパガンダと見なされがちだ。しかし、アメリカの有力紙のひとつといわれるThe Washington Postは9月11日付の紙面で” New video, witnesses challenge Israel’s account of U.S. activist’s killing”というタイトルの記事を掲載。Eygiさんが殺害された当時の状況を、抗議行動に参加していた人々が写したビデオや証言なども参考にして、分単位で検証した結果を報告している。記事によれば、IDFが「暴動」と呼んでいるような事態は生じていないうえ、Eygiさんがいた場所とIDFの兵士が狙撃した場所は200メートルほど離れており、投石などで兵士の生命に危険が及ぶような可能性はなかったと指摘している。
また、9月10日発信の政治専門紙、The Hillが掲載したAP電による” Israel says it likely killed an American activist by mistake. The US condemns its ally”というタイトルの記事によれば、銃撃後、病院に運ばれたEygiさんを診断した医師は、彼女が頭を打たれたと述べていると伝えた。なお、この医師は、トルコ国籍の人だという。
このように、IDFの主張に基づき、銃撃行為への追及を避けようとするBiden大統領に対して、Eygiさんの遺族やパートナーのHamid Aliさん、ISMなどの活動団体は、第三者による調査を要求。この声は、連邦議会の中にも広がりつつある。先陣を切ったのは、シアトル市の一部を含む連邦議会のワシントン州第9選挙区選出のAdam Smith(民主党)下院議員だ。同議員は、9月7日に発表した声明の中で、「イスラエル政府に対し、迅速かつ徹底的に答えを出すよう強く求める。加害者は、完全で徹底的かつ透明性のある調査によって責任を問われなければならない」と述べ、事実上、第三者委員会による調査を求めた。
Smith議員に続き、同じワシントン州選出のふたりの民主党議員が声をあげた。Pramila Jayapal下院議員 とPatty Murray上院議員である。また、2020年の大統領選挙で、Bidenと民主党候補を争った、バーモント州選出のBernie Sanders上院議員は、Eygiさんが狙撃されたことを指摘。さらに学校への爆撃により6人の国連援助要員を含む14人が死亡した件などあげ、「もうたくさんだ。ネタニヤフの戦争にこれ以上のお金は必要ない」と述べ、イスラエルへの軍事支援を打ち切るべきだという考えを表明した。
現段階で、Eygiさんの死亡に対する真相究明やアメリカのイスラエル支援の見直しが大きく進むとは考えにくい。とはいえ、ひとりの女性の死が、周囲の人々の声とともに、アメリカ政府の戦争政策への問い直しにつながりつつあることは否定できない。パレスチナでIDFによる殺害されたアメリカ人はEygiさんだけではない。こうした悲劇を繰り返させないためにも、徹底的な真相究明と、事件の背後にあるイスラエルの西岸地区への不当な入植、そしてガザ地区の戦闘を中止させることが求められているといえよう。
なお、上述のInternational Solidarity Movement(ISM)のプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://palsolidarity.org/
福祉貧困
NPO職員の4分の1が生活困窮状態、調査報告が指摘
2024年9月12日
ふたつのNPOが共同で実施した調査報告書によると、NPOで働く職員の4分の1近い人々が生活困窮状態に陥っていることが明らかになった。弱者の救済をはじめとして、社会的課題に対応する組織といわれるNPOだが、足元の職員の生活を十分に支えられていない実態が示された形だ。民間の営利企業に比べると、NPOの生活困窮者の割合はやや少ない。しかし、NPOの業種や職種に加え、人種や障害の有無などによっても大きな格差があることが示されている。このように、社会全体におけるNPOの職員の報酬の改善に加え、セクター内の課題改善を迫る内容といえよう。
調査を行ったのは、全米のNPOや助成財団の連合組織のIndependent Sectorと、アメリカ最大の共同募金団体United Wayがバックアップして設立、運営されているUnited For ALICE。後者の団体名にある、ALICEは、Asset Limited, Income Constrained, Employedの頭文字で、資産や所得が少ない労働者を意味する。生活困窮状態の労働者、ワーキングプアと同様の意味合いだが、居住地の物価や家族構成などを踏まえ、家賃や食費など生活に必要な項目ごとに一定の所得水準に基づいて判断していることが特徴だ。ただし、生活保護世帯に相当する連邦政府が規定する貧困ライン以上の所得がある人々を指しており、生活苦にも拘らず、政府の支援を受けられない問題も抱えている。
Independent SectorとUnited For ALICEによる調査報告書のタイトルは、”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”。 9月10日に発表された報告書は、38ページに及ぶ。内容を見ると、まずALICEの定義となる居住地の物価や家族構成などを踏まえ、家賃や食費など生活に必要な項目とその金額を紹介。そのうえで、アメリカの労働市場全体、そしてNPOで働く労働者の就労状況を概観し、NPOセクターにおける職員の全体像を踏まえ、業種や職種、さらに人種、性別などの属性などによる、詳細な分析結果も示している。
労働者の居住地ごとに必要とされる生活費を家族構成に合わせて算定するALICEだが、紙面が限られた報告書では、全米を網羅するわけにはいかない。このため、テキサス州のEl Paso、オハイオ州のFranklin、バージニア州Alexsandriaの3つの郡を選定。ひとり親と通学年齢の児童ひとりの家庭で毎月必要となる、家賃、育児、食費、交通費、医療費など8項目に分けて、必要となる費用を推計している。それによると、El Pasoでは4万32ドル、Franklinでは4万6932ドル、バージニア州Alexsandriaでは7万1436ドルもの生活費が、1年間に必要となる。
これに対して、連邦政府が規定する貧困ラインは、1万8310ドルで、上記の各郡で必要な生活費を大きく下回る。これは、貧困ラインの決定には、家計における食費の割合が用いられるためだ。貧困ラインの考えが導入された1960年代における食費の割合は、家計の3分の1を占めていた。この割合は、現在も引き継がれている。しかし、実際に食費に充当される割合は13%程度に減少。この変化を考慮していないため、貧困ラインが現実に合わない状況になっているのだ。ALICEは、この貧困ライン以上の所得があるものの、生活が厳しい状態の人々を把握するために考案された概念といえる。
”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”によれば、全米の労働者のうち営利企業で働いている人は、全体の66%。次いで、政府機関の15%、フリーランスの10%と続き、NPOの労働者は9%、1389万人余りだ。このうちALICE以上の所得をえているNPOの労働者は78%だが、貧困ライン以下が5%、貧困ライン以上でALICEの上限未満の労働者が17%いる。したがって、ALICEの上限に届かない生活困窮状況のNPOの労働者は、NPOセクターの22%、300万人を超えることになる。なお、営利企業では27%、行政では20%、フリーランスでは32%がALICEの上限未満の労働者だ。
労働者の属性別にみた場合、NPOで働く25歳未満の人々のうちALICEの上限未満37%にも及ぶ。一方、45~64歳未満の労働者では17%と、半分以下だ。男女による相違は見られないが、人種別では黒人が35%に達する半面、白人は16%にとどまる。また、障害の有無では、ある人の33%に対して、ない人は21%となっている。属性別で割合が高いのは、英語能力が十分でない人々で、50%がALICEの上限未満だ。養育が必要は子どもをもつシングルペアレントは、さらに高く、53%となっている。
業種による格差も大きい。例えば、医療関係の労働者のうちALICEの上限未満は、16%にすぎない。教育関係も18%に留まる。一方、芸術・リクリエーションと社会福祉系のNPOでは32%、小売業では42%に達している。また、同じ医療関係の職場であっても、入院が可能な病院では13%だが、外来患者のみを対象とする施設の労働者は18%、ホームケアワーカーは35%に達するなど、かなりの所得格差が存在していることがわかる。こうした状況を変えていくことも、草の根運動としてのALICEの目的だ。
なお、上述の”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”は、以下からダウンロードできる。
file:///C:/Users/mrbea/Downloads/24UW%20ALICE%20in%20Nonprofit%20Sector%20final-9-4-24%20(3).pdf
移民労働
Trump・共和党の「親労働者」政策への労働組合の対応
2024年9月9日
労働組合は、民主党の強力な支持基盤といわれてきた。しかし、Donald Trumpの「親労働者」政策をはじめとした共和党による「労働組合票」の切り崩しにより、状況が変化しつつある。今年7月の共和党の全国大会で、International Brotherhood of Teamsters (以下、Teamsters)のSean O’Brien会長が演説を行ったことは、その象徴的な出来事として注目された。一方、"Trump Is A Scab"(トランプはスト破りだ)と書かれたTシャツを着てUnited Auto Workers (UAW)のShawn Fain会長は、8月の民主党の全国大会に登場。こうした大統領選挙をめぐる労働組合内部の動きとその背景について、検討していこう。
Teamstersは、1903年にふたつの労働組合が合併して設立された労働組合である。アメリカとカナダ、プエルトリコの労働者130万人を抱える、大手の労働組合だ。ただし、1970年代には200万人を超えていた。トラック運転手の労働組合と説明されることが多いが、トラック輸送に関連する倉庫労働者に加え、American Red CrossのようなNPOや政府職員など、幅広い職種の労働者を組織している。今年6月には、ニューヨークのStaten Island にあるAmazonの倉庫労働者5500人を組織していた独立組合、Amazon Labor Unionを傘下の支部として承認し、注目を集めた。
大統領選挙においてTeamstersは、近年は民主党候補を支持しているが、Richard Nixonや、いわゆるパパ・ブッシュのGeorge H.W. Bushなど、共和党候補を支援したこともある。とはいえ、Teamstersが共和党の全国大会で演説を行ったのは、121年の歴史を通じて、今回が初めてだ。では、なぜ今年なのか。選挙戦撤退を表明したJoe Bidenでは勝ち目がないと判断し、「勝ち馬」に乗ろうとしたこともあるだろう。しかし、それ以上に、運送業の変化を指摘する声も強い。
ここでいう運送業の変化とは、自動運転技術の進展と、それを利用した道路輸送の新しい形の広がりである。具体的には、IT企業のGoogle(現在のAlphabet)の子会社、Waymoによる自動運転タクシーサービスの開始である。今年1月にアリゾナ州フェニックス、6月にカリフォルニア州サンフランシスコで始まったばかりだが、今後、さらに拡大してていくとみられる。自動運転は、運転手が不要なことを意味する以上、これが物流のトラックに拡大されれば、Teamstersにとって死活問題といえる。フェニックスとサンフランシスコの市長がともに民主党であることが示唆するように、自動運転技術は民主党が主導的に進めてきた。
技術革新が労働者の知識や技術を陳腐化し、従来の仕事が失われていくことは、自動運転タクシーサービスだけではない。自動車産業において急速に進められているガソリン車から電気自動車、いわゆるEV車への移行も、そのひとつだ。アメリカでは、General Motors (GM)などが推進していることに、自動車労働者を組織しているUnited Aoto Workers (UAW)は、警戒心を崩さない。しかし、運動方針としては、自動車用電池を製造する工場の労働者を組織化することを掲げている。その目的の第一歩が最近実現した。UAWは9月3日、テネシー州Spring HillのLG Energy SolutionとGMのジョイントベンチャー、Ultium Cellsの労働者1000人の組織化が成功したと発表したのである。
このように述べてくると、技術革新に抵抗する守旧派のTeamstersと進歩派のUAWという労働界におけるふたつの流れがあるように感じられるかもしれない。しかし、現実は、そう単純ではない。Amazonの労働者の組織化に見られるように、Teamstersも未組織の組織化に注力している。また、Teamsters内部の活動者組織、National Black Caucusは、民主党のKamala Harris支持を表明した。
UAWなど、多くの労働組合は、民主党支持の労働者で構成されている。しかし、Teamstersは、民主党支持者と共和党支持者が拮抗している。そのため、組合の幹部や一般組合員と大統領候補の「円卓会議」を設定し、組合員全員の意見が反映されるような仕組みで、支持候補が決定される。この「円卓会議」は、すでにTrumpとの間では実施され、Harrisとは来週開催される。
O’Brien会長が共和党全国大会で演説を行った後の8月12日、会長の顔に泥を塗るような出来事が発生した。Trumpが実業家のElon Muskとのインタビューで、ストライキを行った労働者は解雇すべきという趣旨の発言を行ったのである。この発言に対して、UAWは、労働者への威圧だとして、TrampとMuskを連邦政府のNational Labor Relations Boardに訴えた。また、こうした発言を行うTrumpの大統領候補者指名を行った共和党全国大会で演説したO’Brianに対しても、非難の声が相次いだ。
ここで詳しく説明するスペースはないが、「親労働者」を謳いながらも、Trumpが進めた労働政策は、組織化を困難にするなど、労働組合にとってネガティブなものが大半だった。O’Brianがこの点を把握していないとは思えない。共和党全国大会での演説が大統領選挙にトランプ支持を意味しているものではないと繰り返し主張しているのは、そのためでもあるだろう。とはいえ、Muskとのインタビューで明確になったTrumpの反労働者的性格を知りつつ登壇したのであれば、労働界の指導者のひとりとして軽率といわれても仕方がない。
では、UAWとShawn Fain会長は、安泰なのだろうか。Fainは2023年5月に、UAW史上初めての組合員による直接投票で選出された。その結果は、Fainの6万9487票に対して、対立候補のRay Curryが6万9010票と、500票に満たない僅差の勝利だった。したがって、組織内の基盤も盤石とはいえないだろう。また、自動車労組といわれているものの、大学のアカデミックワーカーをはじめ、自動車産業以外の労働者も数多く組織している。アカデミックワーカーの多くは、今年春に全米の大学で広がったイスラエルのガザ侵攻に抗議、即時停戦を求めている。イスラエル支援を打ち出したHarrisを支持するFainとの間で対立が生じる可能性は否定できない。
UAWなどに反旗を掲げる労働者の組織も登場している。2017年に自動車産業の労働者30人ほどで設立されたAuto Workers for Trumpは、そのひとつだ。この名の通り、Trump支持者の団体だが、現在は、”Auto Workers for Trump 2024”という名称で、UAWやTeamstersの組合員をはじめとした3000人がメンバーとして活動。8月14日に放映されたCBS Detroitによると、Trumpを支持する理由として、ガソリン代の引き下げやEV車への転換を抑えてくれることを期待しているという。
9月9日に配信されたThe Nationの“The Union Movement Is Very Excited About Harris and Walz”というタイトルの記事によると、Harris支持を打ち出した主な労働組合(団体)は、以下の通り。
American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations, American Federation of State, County and Municipal Employees, Service Employees International Union, American Federation of Teachers, National Education Association, Communications Workers of America, United Steelworkers, Laborers International Union of North America, International Brotherhood of Electrical Workers, International Union of Painters and Allied Trades, International Union of Operating Engineers, National Nurses United, United Auto Workers
一方、Fraternal Order of Police (FOP)は9月9日、Trump支持を表明した。FOPは、1915年に設立された友愛会で、37万7000人余りの組合員を擁する全米最大の法執行に関わる労働者を組織している。2016年と20年の大統領選挙でも、Trumpを支持してきた。
なお、UAWは7月31日にHarris支持を表明したが、その際のプレスリリースは以下から見ることができる。
https://uaw.org/uaw-endorses-kamala-harris-for-president-ahead-of-mass-rally-in-detroit/
人権問題
カリフォルニア州上院黒人議員連盟、黒人補償法案の採決見送り
2024年9月5日
カリフォルニア州の上院は会期末の8月31日、今年1月に上下両院に提出されていた黒人補償に関する法案のうち、黒人団体が成立を強く求めてきた2つの法案の採決を見送ることを決定した。法案を提出した議員らは、Gavin Newsom知事の拒否権発動が予想されたためとしているが、補償の実現に向けて活動を進めてきた黒人団体は強く反発。知事の盟友のハリス副大統領に「直接的な影響」が及ぶと述べるなど、11月の大統領選挙における黒人票への影響が出る可能性もでてきた。
黒人補償への考え方はさまざまだが、大半は、奴隷の子孫への金銭的な補償を求めているわけではない。奴隷制度の影響や法的な制度を含めた差別・偏見などにより、ネガティブな影響を受けてきた黒人に対して、現在の状況を改善していくための個人への金銭補償や社会制度の改善に加え、公的な謝罪なども含む幅広い概念だ。補償を行う主体も、政府に限定されるわけではなく、民間の企業や大学などの団体も含まれる。
南北戦争が終結する直前の1865年1月の「解放奴隷」に対する極めて限定的な補償をはじめとして、奴隷制への補償が行われてきた。しかし、奴隷制度が廃止され、「解放奴隷」として生存している人がいなくなる中で、黒人補償の声は消えていくかに見えた。しかし、今世紀に入ると、奴隷制度に関わった政府や民間企業などの責任が問われるようになってきた。奴隷制度への保険会社の責任を開示することを求めた、カリフォルニア州でSlavery Era Disclosure Lawが2000年に成立したのは、その一例だ。その後、12州で同様の法律が制定された。
カリフォルニア州は2020年、California Reparations Task Force (CRTF)を設置、黒人への差別に関する調査と補償のあり方についての検討を進めた。CRTFは2023年6月、州に対して報告書を提出、差別を受けた黒人への金銭的な補償や差別解消に向けた制度改革の必要性などを訴えた。州議会の黒人議員で構成されているCalifornia Legislative Black Caucusは今年1月、この報告書をベースに14の法案を作成、議会に提出した。法案の内容は、教育関係が2件、人権関係が5件、刑事司法制度が4件、医療関係が2件、ビジネス関係が1件となっている。なお、これらの法案には、金銭補法については含まれていない。
8月31日の会期切れまでに、14件の法案の多くは議会で可決され、9月末までに知事が署名をすれば、法律として成立する。しかし、採決が見送られた法案もある。SB 1331と SB 1403である。SBは、Senate Billの略で、上院に提出された法案を意味する。SB 1331は補償プログラムに関する基金、SB 1403は補償プログラムを管理するための機関、California American Freedman’s Affairs Agencyの設立を、それぞれ求めたものだ。なお、SB 1331は、前述の14法案には含まれていなかった。
SB 1331と SB 1403は、黒人補償の中心的な位置を占めている。会期中の審議では、いずれも議員の多数から賛同をえてきた。このため、補償活動を進めてきた黒人団体、Coalition for a Just & Equitable Californiaは、採決に踏み切れば、可決されたはずだと主張。California Legislative Black Caucusが会期末になって突然、見送りを決定したことを強く批判している。
California Legislative Black Caucusのメンバーで、両法案の作成の中心をになったSteven Bradford上院議員は、Newsom知事サイドから法案の修正を求められ、修正を認めなければ拒否権を発動することを示唆されたという。同議員は、修正案への対応を決め、その内容に対して議員の過半数から取り付けることは時間的に困難だと判断、SB 1403については次の会期に採決を行う考えを表明した。SB 1331については、明確な方針を示していない。
会期末に法案の修正を求めた理由について、知事側は明確な説明を行っていないものの、380憶ドルにのぼる財政赤字を抱えていることも影響しているとみられる。前述のように、14の法案は、金銭補償を含んでいない。しかし、SB1331は基金の設立であり、財政的な影響を懸念しても不思議はないといえよう。また、UC Berkeley Institute of Governmental Studiesが2023年に行った世論調査によると、カリフォルニアの住民の59%は黒人への金銭補償に反対で、賛成は28%に止まった。
こうした状況下で、11月の大統領選挙を控え、金銭補償の実施を示唆するような動きは避けたいと、民主党の候補者であるハリス副大統領に近いNewsom知事が考えたとしても、不思議はない。しかし、法案の成立求め、会期末に州都のサクラメントで集会やデモ、議員へのロビー活動などを行ってきたCoalition for a Just & Equitable Californiaは、憤りを隠さない。大統領選挙に影響させる動きをとることを声高に叫んでいる。それだけではない。黒人議員と黒人団体の亀裂、そして対立を生じさせたことは、民主党支持が圧倒的に多い黒人社会の選挙への一体となった取り組みを抑制する可能性もある。
なお、黒人補償法案に関するCoalition for a Just & Equitable Californiaの動きなどは、以下の同団体の”X”のサイトから見ることができる。
https://x.com/cjecofficial/status/1829532453167562805
公共政策
人工妊娠中絶問題など州レベルで160の住民投票実施、11月の大統領選挙と同時に
2024年9月3日
アメリカでは、大統領選挙や中間選挙、あるいは州や自治体の選挙にあわせて、住民投票が実施される。今年11月の大統領選挙においては、8月31日現在で、全米41州で160件にのぼるの住民提案が投票に付される見込みだ。今回注目されているテーマは、人工妊娠中絶や市民権を持たない住民の投票権、選挙制度、最低賃金などだ。ここでは、大統領選挙にも大きな影響を与えるとみられる人工妊娠中絶に関する提案を中心に、住民投票について考えていく。
住民投票という言葉を聞くと、住民、すなわち有権者が発議した提案に対して、住民が賛否の意思を示す行為のように感じられるだろう。しかし、住民投票には、イニシアチブとレフェレンダムに大別される。前者は住民発議による立法措置で、後者は議会が制定した法律の賛否を問う住民投票だ。この両者をあわせてBallot Measureと呼ぶが、ここでは住民投票という語彙を用いていく。なお、現在、デラウェア州以外の全米49州でなんらかの住民投票制度が州レベルで認められている。
人工妊娠中絶の権利が住民投票で争われるようになったきっかけは、2022年6月の連邦最高裁判所の判決である。それまで合衆国憲法修正第14条のプライバシーの権利に基づき、合憲とされていた連邦レベルの人工妊娠中絶が、各州で判断されるべきとされた。その後、保守的な州の議会が相次いで中絶を制約する法律を制定。人工妊娠中絶を女性の権利と考えるプロチョイスと呼ばれる中絶擁護派は、この動きに危機感を抱いた。そして、2022年の中間選挙で中絶の権利を擁護する提案を投票に付すとともに、中絶を制約する提案に反対の活動を進めた。その結果、提案が行われた6つの州のうち3州で中絶の権利擁護提案が成立、残りの3州では制約提案を葬り去った。
今年の大統領選挙時には、人工妊娠中絶の権利に関連して、8月末時点で10州において11件の住民提案が投票に付されることが決まっている。州の数より提案が多いのは、ネブラスカ州で2件の提案がだされているためだ。このネブラスカ州に出されている提案の1件を除くと、すべて中絶の権利を擁護することを求める内容である。ただし、すでに中絶の権利が基本的に認められている州の提案の一部は、現状を追認する内容で投票に付される。これは、提案の成立により、現行法を憲法に反映させ、将来、制約的な法律が制定するのを避けるための措置だ。
ネブラスカ州の提案のうちのひとつは、“Protect the Right to Abortion”と呼ばれ、胎児が母体の外で生存できるとされる妊娠24週になる前の中絶であれば、女性の基本的な権利として認めさせるものだ。もうひとつは、“Protect Women and Children”といい、妊娠12週以降の中絶を禁止する措置である。ネブラスカ州では現在、妊娠12週以降の中絶を禁止している。このため、前者は、現在の法律の改定を意味する。後者は、現在の法律の内容が憲法の中に盛り込まれると考えればいいだろう。
ネブラスカ州の住民投票は、当該の住民投票への投票の過半数、かつその投票数が選挙で投じられた票全体のうち35%以上に達した場合、成立する。なお、“Protect the Right to Abortion”と“Protect Women and Children”は、別々に投票に付される。したがって、両方の提案が成立する可能性がある。その場合は、より多くの賛成票を獲得した提案が立法化されることになる。
人工妊娠中絶のような特定の案件を住民投票に付すには、賛同署名数などの要件を満たしていなければならない。この要件は、州によって異なる。今回、この要件を満たしていないとして、投票に付すことを認めなかった州がある。南部のアーカンソー州だ。同州では、住民発議による立法措置、すなわちイニシアチブを認めている。州の憲法改正か、州法の改正、または州法の改正または承認という提案の性格によって3種類に分けられ、必要とされる賛同署名数が異なる。いずれも前回の知事選挙で投じられた総票数に対する割合だが、州の憲法改正については10%、州法改正には8%、州法の改正または承認については6%以上となっている。
今回は、州憲法の改正なので、9万704人分の署名が必要だ。署名集めを行ったArkansans for Limited Governmentという団体によると、賛同署名の提出期限前に10万1000人を超す署名を州に提出。しかし、そのうち1万4000人分余りは、有給の人によって集められた。これに伴い必要な書類が添えられていなかったとして、州はこの署名を除外した。その結果、8万7382人分と、州憲法の改正に必要とされる数を下回った。Arkansans for Limited Governmentは、裁判に訴えたものの、結局、住民投票に付すことは認められなかった
住民投票に付すために求められる賛同署名の数は、州によって異なる。基準となる数字も、アーカンソー州にように前回の知事選挙で投じられた総票数に対する割合だけではない。登録有権者の割合や州人口に対する割合によって決める州もある。Ballotpediaという選挙情報サイトの”Number of signatures required for ballot initiatives”によると、登録有権者の割合に換算した場合、アーカンソー州は4.15%だ。最も割合が高いのはネブラスカ州の9.39%で、最も低いのはマサチューセッツ州の1.52%だ。したがって、アーカンソー州が特に住民投票の制度が制約的なわけではない。
なお、11月の大統領選挙の際に行われる州レベルで投票に付される予定の住民提案については、Ballotpediaの以下のサイトから見ることができる。
https://ballotpedia.org/2024_ballot_measures
NPO運営
全米各地で「未請求財産」の返却などのイベント、National Nonprofit Dayで実施
2024年9月1日
National Nonprofit Dayの8月17日、全米各地でNPOに関連したさまざまなイベントが実施された。今年、特に注目されたのは、連邦政府や複数の州政府機関が「未請求財産」の返却推進に向けて、未請求だったNPOに返却を行うとともに、個人や団体に対して、積極的な返済要請を呼び掛けたことだ。「未請求財産」は、所有者が確定され、その人や団体に返却されるのが原則だが、遺失物扱いになっているギフトカードのように確定が困難なものもあり、それをNPOに寄付として提供した州もある。そうした方法も含め、「未請求財産」がNPOの活動に提供されることが期待されている。
日本語にすると、「全米NPOデー」という名称のNational Nonprofit Dayだが、その知名度は、それほど高いとはいえない。Sherita J Herringという女性フィランソロピストが提唱し、2017年から始まったことに示されるように、長い歴史があるわけでないことも影響しているのだろう。なお、8月17日に設定されたのは、Wilson-Gorman Tariff Act of 1894が制定された日にちなんでいる。この法律は、アメリカ史上初めてNPOへの税制優遇の導入を求めた内容を含んでいた。しかし、翌1895年、連邦最高裁は、同法を違憲と判断。NPOへの寄付を個人の所得税から控除する措置は、1917年のThe Revenue Act of 1917まで待たなければならなかった。
この経緯からも推察されるように、National Nonprofit Dayは、NPO活動を進めるうえで必要な資金との関係を意識するところが大きい。例えば、NPOのファンドレイジングに関する情報を紹介しているDonarboxというサイトに今年3月8日に掲載された記事は、”Celebrate National Nonprofit Day | Inspire More People to Give”というタイトルが示すように、より多くの人々によるNPOへの寄付を鼓舞している。
NPOを事業体として捉えるならば、「未請求財産」を活動資金として役立てていくことは意味があるといえよう。では、「未請求財産」とは、どのような資金を意味するのか。所有者が不明で請求が行われないため、国庫ないしは州の財務省など(以下、国庫)に保管されている資金のことだ。具体的には、銀行口座の残金や株式、過払い金、現金化されていない小切手、および法律により州に引き渡さなければならない未使用のギフトカードなどがある。なお、「未請求財産」の所有者は、その人の財産の返却を国庫に請求する権利を失うことはない。
全米の州や首都ワシントンなどは、財務省の中に「未請求財産」を扱う部署を設置している。これらの州などの部署の連合組織が、National Association of Unclaimed Property Administrators (NAUPA)である。NAUPAによると、2023年度に法的な所有者に返却された「未請求財産」は50億ドル余り(約7500億円)に上るという。「未請求財産」があると思われる人は、NAUPAのウェブサイトから、所在が想定される州の検索サイトに移行し、調べることができるようになっている。
今年のNational Nonprofit DayにNPOの「未請求財産」の返却を行った州が複数存在する。そのひとつ、テネシー州は、今年6月末現在、12億ドルの「未請求財産」を保管している。そして、National Nonprofit Dayにあわせて、以下の4団体に返金した。
・Mercy Ministries of America: $546.07
・Operation Stand Down: $788.62
・St. Jude Children’s Research Hospital: $17,212.01
・Tennessee Kidney Foundation: $1,686.08.
また、所有者を確定できないと判断されたギフトカードをNPOに寄付した州もある。ペンシルべニア州は、そのひとつだ。同州が8月12日に発表したところによると、Ronald McDonald House、Special Olympics Pennsylvania、Veterans Multi-Service Centerの3団体に、それぞれ約7200ドル、合わせて2万1000ドル相当のギフトカードを寄付した。これらのギフトカードは、大手小売店のTargetやカード会社のVisaやMasterCardが発行したもので、合計53枚。いずれも法的な所有者の情報がないため、寄付することに決めたという。
なお、ペンシルベニア州の「未請求財産」は45億ドルにのぼる。また、毎年少なくとも1憶ドルが返却されているという。したがって、今回のNPOへのギフトカードの寄付は、「未請求財産」のごく一部にすぎない。
このギフトカードの寄付とは別に、ペンシルベニア州のStacy Garrity財務長官はNational Nonprofit Day の8月17日、「すべてのNPOに、財務省のウェブサイトを検索して、NPOが利用できる財産があるかどうかを確認することを勧める」と述べた。この発言は、州内のNPOに助成金を提供している、United Way of Pennsylvaniaなどとともに行ったものだ。United Way of Pennsylvaniaは、今年初め、ペンシルベニア州の財務省から16万ドル余りの「未請求財産」の返済を受けている。
なお、National Nonprofit Dayについては、以下のサイトなどを参考にするとよいだろう。
https://www.facebook.com/NationalNonprofitDay/
日米関係
「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えるイベント、アメリカ各地で開催
2024年8月31日
毎年8月を迎えると、日本では、広島・長崎への原爆投下、そして敗戦に関連した活動が目につく。アメリカでは、日本の敗戦=戦勝になるわけだが、戦勝記念の声はあまり聞かれない。第2次世界大戦というと、対ナチスというイメージが強いからかもしれない。とはいえ、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」の訴えは、各地で実施されている。原爆投下から79年目の今年の活動を整理してみた。
被爆者自身による活動としては、8月4日に行われた原爆犠牲者の追悼法要をあげることができる。ロサンゼルスの小東京にある、高野山別院で開催されたものだ。主催したのは、米国広島・長崎原爆被爆者協会 (American Society of Hiroshima-Nagasaki A-Bomb Survivors)。団体名に「米国」を冠しているが、300人の会員はロサンゼルスとハワイの在住者という。なお、高野山別院には、1984年のロサンゼルス・オリンピックの開催に合わせ、世界平和を呼びかけようというイベント、Survival Festが開催され、これに合わせて広島から贈られた「平和の灯火」が安置されている。
投下された原爆が製造された、ニューメキシコ州のLos Alamosでもイベントが行われた。Manhattan Project National Parkが主催したもので、原爆の投下について理解し、平和を願い、被爆者への追悼するための行事だ。なお、Los Alamosは、原爆製造の中心となったJulius Robert Oppenheimerの伝記映画「オッペンハイマー」を記念したOppenheimer Film Festivalが「8月10日から末日まで開催されている。その一環として、原爆の実験で風下にいた人々が被ばくしたことや、原爆に用いられたウランを採掘したネイティブアメリカンへの健康被害などについて取り上げた、”First We Bombed New Mexico”も上映された。
反核や平和を訴える市民団体によるイベントも、全米各地で実施された。例えば、マサチューセッツ州Worcesterでは、Center for Nonviolent SolutionsとSaints Francis and Therese Catholic Worker、Mustard Seed Catholic Workerが反核集会、“Stand-out for Nuclear Disarmament”を8月6日の午後に市内の公園で開催。また、同日夜には、核実験による放射能汚染の危険を訴えたドキュメント映画、"Silent Fallout"の無料で上映された。さらに、8月9日の夜には、”Hiroshima and Nagasaki Remembrance and Peace Ceremony”が開催され、キャンドルライトセレモニーなどが行われた。
保守的といわれる南部のミズーリ州のColumbiaでも8月3日、市内の公園で原爆投下79周年に合わせた平和集会が開催された。この集会で主催団体は、すべての国が核兵器禁止条約に署名・批准し、普遍的な核軍縮に向けて取り組むよう求めた。また、イスラエル・ハマス戦争とウクライナ戦争の終結も訴えるなど、原爆投下を過去の出来事として考えるだけではなく、現在の問題につながっているというスタンスを示した。
最後にシアトルの「サダコ像」に関連したイベントを紹介しておこう。先月紹介したように、ワシントン州シアトルに建立されていた「サダコ像」が足元から切断され、持ち去られるという事件が7月11日の夜から12日の朝にかけて発生した。地元警察は、「ヘイト」に基づく行為ではなく、像に用いられている銅を販売する目的で窃盗に及んだとみなしている。事件後、捜査が行われているものの、今日に至るまで、容疑者は逮捕されていない。
なお、「サダコ像」は、広島に投下された原爆により、白血病になり、1955年に12歳でなくなった佐々木貞子さんの冥福を祈るとともに、平和の重要性を訴えるために建立されたものだ。
この事件を受けて、8月2日、「癒しのイベント」が「サダコ像」があったPeace Parkで開催された。集会では、「サダコ像」のモデルとなった佐々木貞子さんを追悼するスピーチやディスカッションをはじめとする式典が行われた。なお、集会の呼びかけを行ったのは、Japanese American Citizens League、Tsuru for Solidarity、Minidoka Pilgrimage Planning Committee、From Hiroshima to Hopeなどの日系団体に加え、「サダコ像」の建立に尽力したクエーカー教関係の団体、University Friends Meetingなどが含まれている。
なお、上記の”First We Bombed New Mexico”の映画とその背景にある原爆実験による放射能汚染の実態や政府の対策などについては、以下から見ることができる。
https://www.firstwebombednewmexico.com/
福祉貧困
カリフォルニア州のファストフード・チェーン店、最賃引上げ後もスタッフ増加
今年4月からカリフォルニア州のファストフード・チェーン店の労働者(以下、ファストフード労働者)の最低賃金が時給20ドルに引き上げられた。引上げに当たり、ファストフードのフランチャイズのオーナーや州議会の共和党議員の多くは、労務費の増加により、値上げが不可避となり、消費者が敬遠する悪循環に陥ると批判していた。しかし、最近、州政府と連邦政府が発表した雇用統計によると、4月以降も労働者の数は増加。この結果について、引上げを進めてきた労働組合や州議会の民主党関係者は、「ウィン・ウィン」状態が生まれつつあると述べている。
アメリカの最低賃金は、連邦や州及び地方政府によって決定される。現在の全国全産業一律最低賃金は、時給7ドル25セント。日本円に換算すると1000円程度だが、物価が高いアメリカでは、最低限の生活であっても、十分といい難い。このため、州や地方政府が独自に最低賃金を制定する動きが広がっている。州や地方政府の最低賃金の多くは、それぞれの行政区全体をカバーする一律のものだ。例えば、カリフォルニア州では、今年1月から時給16ドルである。
ファストフード労働者に対するカリフォルニア州の最低賃金は、これまで州の最低賃金と同額に設定されてきた。しかし、州議会と労働組合、チェーン店のオーナーの間で協議が行われ、2023年9月に合意が成立。今年4月から最低賃金を時給20ドルに設定するとともに、労使間の協議機関として州のDepartment of Industrial Relations (DIR)の中にFast Food Councilが設置されることになった。Fast Food Councilは、物価高に対応して、年間3.5%までの賃上げを決定する権限が与えられた。
ファストフード労働者への賃上げとFast Food Councilの設置を定めたのは、AB 1228である。ABとはAssembly Billの略で、州の下院法案1228号を意味する。法律として厳密にいえば、州の労働法のSections 1470、1471、1472、1473を廃止して、新たにSections 1474、1475、1476を制定したものだ。AB 1228の対象となるファストフード・チェーンとは、全米に60以上の店舗をもつフランチャイザーをさす。したがって、個人経営や店舗数が少ないフランチャイズは対象外になる。
AB 1228の制定に向けた三者協議は、スムーズに進んだわけではない。ファストフード・チェーン店のオーナーは、労働側から提示された当初案の時給22ドルに反発。大手フランチャイザーからの5000万ドルを含め、7180万ドルを投入して引下げに向けた活動を展開、時給20ドルでの妥協にこぎつけた。
その後も、ファストフード・チェーン店のオーナーからは、時給の引上げに伴い、商品の値上げが不可避となり、それによって顧客離れが発生し、労働者の解雇につながるなどと反発。また、州議会の共和党議員からは、ファストフード労働者の多くが労働市場に参入して間もないマイノリティや若者だとしたうえで、賃上げが解雇を導くことで、職業能力を獲得、向上させる機会を奪うと批判してきた。
実際、今年4月に時給20ドルの最低賃金が導入される前後には、ファストフード・チェーン店における解雇報道が相次いだ。3月25日発信のWall Street Journalの”California Restaurants Cut Jobs as Fast-Food Wages Set to Rise”というタイトルの記事は、そのひとつだ。この記事は、Pizza HutやRound Table Pizzaなどのピザのチェーン店で、あわせて1280人の配達員が解雇される見込みだと伝えた。
最低賃金の引上げは、ファストフード・チェーン店を超えて影響を与えているようだ。Chipotleは、その一例だ。「ファストフード」ではなく、「ファスト・カジュアル」を標ぼうする、このメキシカン・グリルは、今年に入ってから前年比で6~7%、価格を引上げた。ただし、引上げたのは、全米3500ほどの店舗のうち、カリフォルニア州にある500店舗だけだという。また、AB 1228の対象外の小規模なチェーン店であっても、労働者を確保する必要もあり、賃金の引上げていると報道されており、それによる雇用や経営への影響に関心が高まっていた。
こうした中で、カリフォルニア州の知事室は8月20日、”After raising minimum wage, California has more fast food jobs than ever before”というタイトルのプレスリリースを発表した。連邦労働省のBureau of Labor Statistics (BLS)のデータに基づき、州内のファストフード労働者の数が、今年7月時点で、75万500人と、過去最大を記録したというのだ。ちなみに、最低賃金が引上げられた4月以降だけでも、1万1000人増加している。なお、今年1月現在の労働者数は72万4900人、その1年前の2023年1月には71万5000人だった。
ファストフード労働者などによる、”The Fight for $15”という時給15ドルへの引上げを求める運動が始まったのは2012年。それから12年後の今、物価高の影響があるとはいえ、15ドルを大きく上回る時給20ドルを達成した意義はい大きい。この運動の中心となってきた、Service Employees International Union (SEIU)は今年2月、全米初の試みとして、California Fast Food Workers Unionを結成、ファストフード労働者の組織化を進める意思を表明した。
ファストフード労働者とは別に、カリフォルニア州では、50万人といわれる医療や介護関係の施設の労働者に対する最低賃金を定めている。Senate Bill 525 に基づくもので、施設の種類によって引上げの時期が異なるが、2028年にはすべての施設で時給25ドルになる見込みだ。これもSEIUなどの労働組合と低賃金労働者を支援するNPOなどの連携によって実現した。
なお、California Fast Food Workers Unionについては、以下から見ることができる。
https://californiafastfoodworkersunion.org/
公共政策
Robert F. Kennedy Jrの大統領選撤退、背景に” Ballot Access”を利用した民主党の対応
2024年8月25日
アメリカの大統領選挙は、8月22日の民主党の全国大会で、Kamala Harrisが同党の大統領候補に選出され、共和党のDonald Trumpと11月の選挙で対決することが決まった。その翌日の23日、この「一騎打ち」に影響を与える可能性がある出来事が生じた。Robert F. Kennedy Jr(以下、Kennedy Jr)が選挙戦からの撤退とTrump支持を表明したのである。Harris人気が高まる中で支持率が急落、選挙戦継続が困難になったため、という論調が多い。しかし、” Ballot Access” を利用した民主党の対応も見過ごすことができない。
“Ballot Access”について触れる前に、Kennedy Jrについて見ておこう。”Jr”という語彙が示すように、Kennedy Jrは、元司法長官で、1960年の選挙で大統領に選出されたJohn F. Kennedyの弟、Robert F. Kennedyの息子である。父親は、1968年の大統領選挙に立候補したものの、暗殺された。アメリカ政治の名門一家のひとりとして、Kennedy Jrは民主党の候補者指名を狙っていた。しかし、現職のJoe Bidenの指名獲得が確実視される中で、無所属で立候補することになった。
1980年代から環境保護活動に関わっていたKennedy Jrは、1996~2000年にかけて、三菱商事がメキシコのバハ・カリフォルニア・スル州の環境保護地区で建設を予定していた製塩工場の反対運動に取り組んだ。2005年には、マサチューセッツ州の海上風力発電所計画において、環境保護団体と対立したものの、その後も環境保護活動に関心を寄せている。このため、歴代の民主党政権下で、何度か政府の環境関係の省庁の役職に任命される可能性がでたものの、実現していない。
Kennedy Jrは、NPO法人のChildren’s Health DefenseのChairman of the Board兼 Chief Legal Counselである。法人のウェブサイトを見ると、現在は「休職中」となっているが、2023年11月に連邦政府の税務当局に提出された書類によれば、2022年度に51万ドル余りの報酬をえている。このNPOは、子どもへのワクチン接種の問題などに取り組んでいるが、ワクチンが自閉症を促すなどと主張する、「反ワクチン団体」だ。新型コロナウイルス感染症が拡大する中でも、Kennedy Jrは、反ワクチン活動を積極的に推進。こうした経緯から、多くのメディアは、彼を「陰謀論者」と呼んだ。ただし、彼自身は、「反ワクチン」ではないと主張している。
今回の大統領選挙にKennedy Jrが出馬の意向を最初に示したのは、2023年3月。翌月、民主党の候補者指名に向けて登録を行ったものの、10月に無所属として選挙に臨む方針を示した。この間、500万ドルの大口献金を受けるなど、選挙資金の獲得も進めていった。2024年5月にはLibertarian Partyの候補者指名を検討。しかし、同党内で支持をえられず、無所属で選挙戦を続ける状態が続いていた。
こうした中で、Kennedy Jrは2024年1月16日、カリフォルニア、デラウェア、ハワイ、ミシシッピー、ノースカロライナ、テキサスの6州で政党を設立し、その政党の候補者として選挙戦を進めることを明らかにした。なぜ、これらの州で、無所属ではなく、「にわか仕立て」の政党を通じて選挙を進めようとしたのか。ここでポイントとなるのが、”Ballot Access”である。
合衆国憲法第2条は、大統領選挙を含めた国政選挙の実施方法を州政府が制定できる、と規定している。このため、候補者は、50州と首都ワシントン、それぞれの選挙法に基づき、立候補届を出す必要がある。ここでポイントとなるのは、投票用紙に候補者名を記載してもらうことだ。2000年と2004年の大統領選挙にGreen Partyから出馬した、消費者活動家Ralph Naderのキャンペーン・マネージャーは、投票用紙に名前が載らなければ、投票してもらえないという意味合いのことを書いたことがある。
日本の選挙では、投票所に行くと、投票用紙を受け取り、ブースに掲げられた候補者一覧から希望する候補を選び、手書きして、投票箱に投函する。これに対して、アメリカでは、事前に候補者名が記載された投票用紙に「☑」と入れる。ただし、投票用紙にすべての候補者の氏名が掲載されているわけではない。賛同署名など、それぞれの州が設定するの要件を満たさなければ、記載されない。また、政党の候補者から無所属かによっても要件が異なる。Kennedy Jrが6州で政党を設立したのは、無所属より要件が緩いためだ。
投票用紙に候補者名が記載されることを”Ballot Access”という。このシステムは、民主・共和の2大政党以外の小規模な政党や無所属で出馬する候補にとって、極めて高いハードルとなる。なぜなら、2大政党の候補は、すべての州と首都ワシントンで、自動的に候補者名が記載される。一方、例えば、Libertarian Partyは38州、Green Partyも22州で申請が免除される、”Recognized Political Party”として認められているにすぎない。また、無所属の場合、それぞれの州が規定する条件を満たす必要がある。例えば、「激戦州」のひとつ、アリゾナ州では、有権者の3%以上の署名を添えて申請しなければ、投票用紙に氏名が記載されない。
このように、立候補はできても、投票用紙において事実上、排除される仕組みになっている。実際、これまで無所属で当選したのは、初代大統領の依頼George Washingtonだけだ。第三政党からの当選者は、奴隷解放宣言で知られるAbraham Lincoln以来でていない。選挙管理委員会に相当するFederal Election Commissionによれば、8月21日時点における大統領選挙の立候補者は1523名に及ぶ。このため、立候補者全員のリストを提示すれば、有権者が混乱する恐れはあるだろう。一方、”Ballot Access”の高いハードルは、自由な選挙を阻害する憲法違反との声もある。
小規模な政党や無所属の候補者は、”Ballot Access”の承認のため、署名集めなどに加え、書類の不備などの指摘にも対応しなければならない。今回の選挙では、「激戦州」を中心に、訴訟を通じた指摘が相次いでいる。訴えているのは、主に民主党だ。例えば、民主党は、Kennedy Jr.のニューヨーク州への申請に対して、実際に居住していない住所を書類に記載していると主張。裁判所は、これを認め、Kennedy Jr.は、同州で”Ballot Access”を受けることができなくなった。
この判決を応用する形で、民主党は「激戦州」のペンシルベニアでKennedy Jr.の「追い落とし」を図った。Kennedy Jr.は、裁判所に駆け付けたものの、ボストンからのフライトが遅れ、公判に間に合わず、証言できないままに終わった。Kennedy Jr.が選挙戦からの撤退とTrump支持を表明する、3日前のことだ。
民主党は、Green PartyのJill SteinやParty for Socialism and LiberationのClaudia De la Cruz、そして無所属のCornel Westなどに対しても「追い落とし」を推進。「激戦州」におけるTrumpとの闘いを有利に進めようとするため、と報じられている。だが、それは「民主主義の擁護」を掲げる選挙スローガンと矛盾するだけではない。Kennedy Jr.の撤退とTrump支持にみられるように、自らを傷つける結果も招いている。選挙戦略といってしまえばそれまでだ。しかし、Kennedy Jr.の撤退の背後に、こうした民主党による問題があることを理解しておく必要がある。
なお、前述した”Ballot Access”も含めた大統領選挙の候補認定に関するアリゾナ州の資料は、以下から見ることができる。アメリカの選挙における、小規模な政党や無所属の候補者の立候補の困難さを知る一助になるだろう。
https://azsos.gov/sites/default/files/docs/2024_running_for_president_handbook_20240309.pdf
コロナ禍
コロナ拡大下にマスク着用禁止条例制定、感染リスク増大恐れ障がい者団体が集団訴訟
2024年8月23日
ニューヨーク州ロングアイランドの地方政府、Nassau Countyの議会は8月5日、マスクやフェイスカバー(以下、マスク)着用を禁止する条例を可決した。14日には首長にあたるCounty Executiveが署名し、条例は成立。パレスチナのガザ地区へのイスラエルの侵攻に反対する活動家のマスク着用が多いことなどから提案されたものだ。しかし、公共の場だけでなく、私的な空間でも着用が禁止されており、表現の自由の侵害の懸念に加え、感染による重症化リスクが高い障がい者団体などから、批判の声が上がっている。
Nassau Countyは、ニューヨーク市の中心街から東に60キロほど離れた地域で、人口は約140万人。人種的には、白人が7割を占め、ニューヨークの他の地域に比べ、非白人の割合が少ない。一方、所得水準は高く、貧困ライン以下で生活している人は、全米平均の半分程度にすぎない。経済的には豊かな地域だが、警察によるレイシャルプロファイリングが問題になってきた。
ニューヨークは、州、市とも、リベラルな土地柄で知られており、2020年の大統領選挙では、民主党の候補が共和党候補に比べて、10ポイント近くリードして、勝利した。しかし、Nassau Countyは、共和党が強い。マスク着用禁止条例には、19人の議員のうち共和党の12人が賛成、民主党の7人が欠席する中で、可決された。法案に署名したBlakeman氏も共和党に所属している。
マスク着用禁止条例の公式名は、Mask Transparency Act(マスク透明化法)。今年春、ニューヨークのコロンビア大学など、全米の大学でイスラエルによるガザ侵攻に抗議する活動が広がった。その際、学生の一部はマスクを着用。また、6月10日にニューヨークの地下鉄で、「シオニストは下車しろ」と叫び、逮捕された男性も、マスクをしていた。こうした事例に対して、マスクをつけることで本人と特定されにくくなっている、という批判の声が上がっていた。
Mask Transparency Actによれば、マスクやフェイスカバーを着用している人は法律に違反しているとみなされ、「軽犯罪」容疑で逮捕、起訴される可能性がある。ただし、唯一の例外として、健康上または宗教上の理由でマスクまたはフェイスカバーを着用することはできる。「軽犯罪」とはいえ、最大で罰金1000ドルまたは収監刑1年が科せられることに示されるように、罰則は軽くない。
County ExecutiveのBruce Blakemanは、マスクを着用した人々により万引きやカージャック、銀行強盗が行われてきたとしたうえで、「これ(条例)は広範な公共安全対策」だと指摘。しかし、イスラエルのガザ侵攻が背景にあったことから、表現の自由への侵害だという違反がでている。大手の人権擁護団体、New York Civil Liberties Unionは、声明を発表。「Countyの当局は、ニューヨークの住民を犠牲にして政治的なポイントを獲得するのではなく、権利と自由を保護するべきだ」と述べている。また、レイシャルプロファイリングが頻繁に行われていることから、黒人やムスリム女性が嫌疑をかけられるのではないかとの懸念も聞かれる。
マスク着用が犯罪として扱われるようになることで、健康面で影響を受けるという観点から訴訟を起こしたNPOもある。Disability Rights New York (DRNY)がそれだ。8月22日、Nassau CountyとBlakeman氏を相手取って、United States District Court Eastern District Court of New Yorkに集団訴訟として、条例の施行の仮差し止め及び一時差し止め命令を求め、訴えた。訴えの根拠として、DRNYは、United States Constitution、the Americans with Disabilities Act、Section 504 of the Rehabilitation Act及びNew York State Legislative Intentをあげている。
条例案が提出された後、DRNYは、パブリックコメントを提出していた。その中で、「マスク禁止は、障害や医療ニーズに対応するためにマスクを使用する障害者が大きな影響を受ける」と指摘。さらに、「ニューヨーク州で新型コロナウイルスの感染が拡大している中で、障がい者とその家族に感染のリスクを増大させる」と批判していた。健康上の理由による着用は免除される点については、それを判断する警察官に知識がないなど、制度の不備を指摘している。
なお、DRNYによる訴訟にあたるClass Action Complaintの全文は、以下から見ることができる。
https://www.dropbox.com/scl/fi/i76648z1800hwx0akzui6/1-Class-Complaint.pdf?rlkey=52kxgjs9km0xgnu56g7wgjrqd&e=1&st=5es9p1yj&dl=0
反戦平和
シカゴの民党全国大会(DNC)、内外からガザ停戦を求める声噴出か
2024年8月16日
民主党のJoe Biden大統領は7月21日、再選を目指さない意思を表明、元大統領で共和党のDonald Trumpは、Bidenが後継に示した現職の副大統領Kamala Harrisの猛追で劣勢に立たされた、と多くのメディアは報じている。しかし、Harris優位になりつつあるとはいえ、両者の差は統計的には誤差の範囲だ。こうした状況の中で、注目されるのは、Harrisのイスラエルによるガザ地区での虐殺への対応である。Bidenに比べるとHarrisは、ガザ地区の住民にシンパシーを示しているものの、イスラエル支援を変えようとしていない。このため、8月19日から始まる民主党全国大会 (Democratic National Convention: DNC)では、会場の内外から停戦要求の声が噴出する可能性がある。
Harrisがガザ地区の住民にシンパシーを寄せていると人々に知らしめたのは、7月8日に発売されたThe Nation誌のJoan Walsh記者による独占インタビュー記事だ。この記事は8月掲載予定だったが、Bidenが撤退し、Harrisが後継候補となる可能性がでてきたため、時期を早めたという。Bidenへの支持が低迷する一方、Harrisが後継になればTrumpと互角の勝負になりそうだ、という世論調査の結果が相次いでいた時だ。
このインタビューでHarrisは、ガザの住民が食料や水、生理用品などが十分確保できているのか、と疑問を提示。そのうえで、即時停戦を求める人々について、次のように語った。「ガザの状況に対する反応として、人間の感情がどうあるべきかを正確に示しています。…彼らの主張を全面的に支持するつもりはありませんが、…その背景にある感情は理解できます。」
この感情を理解しようとするためだろうか。Harrisは副大統領候補に指名したTim Waltzとともに選挙遊説のために訪問したミシガン州で8月7日、Uncommitted National Movement (UNM)のAbbas Alawieh とLayla Elabedのふたりと会談した。NPOのメディアDemocracyNowのインタビューに対して、Elabedは、Harrisの同情と共感が本物だと感じたとしながらも、「政策転換」が必要と主張。政策が変わらなければ、大統領選挙でHarrisに一票を投じることはないだろう、と述べた。
では、Harrisは、Bidenと同様、ガザでの即時停戦やイスラエルへの武器禁輸の要求を拒否するのか。Harrisの考えは不明だが、拒否には大きなリスクを伴う。なぜなら、これらの要求は、大統領選挙でキャスティングボートを握る「激戦州」の有権者の投票行動に大きな影響を与えるとみられるだからだ。8月14日に発表された、Institute for Middle East Understanding (IMEU) Policy Project/YouGov (以下、IMEU調査)の世論調査結果がそれを示している。
IMEU調査は、ペンシルベニアとジョージア、アリゾナの3州の民主党と無党派で投票に行く可能性が高い1500人ほどの有権者を対象にして実施された。回答者の34%は、Harrisがイスラエルへの武器輸出を停止すれば、Harrisに投票する可能性が高くなると答えた。一方、可能性が低くなると答えたのはわずか7%だった。18~29歳の有権者に限定すると、60%が、武器輸出を停止すれば、民主党に投票する可能性が高いと回答。低くなると述べたのは、わずか7%だった。
イスラエルへの武器禁輸とガザ停戦を求める声は、民主党の最も有力な支持母体の労働界にも広がっている。Bidenの選挙戦撤退表明の2日後で、イスラエルのBenjamin Netanyahuの訪米の直前の7月23日、組合員300万人で全米最大のNational Education Association (NEA)と190万人で第2位のService Employees International Union (SEIU)を含む、7つの大手単産がBiden政権に武器禁輸とガザ停戦を求め、声明を発表したのだ。その後、これらの労働組合の中には、Harris支持を打ち出したところもある。とはいえ、Harrisも、こうした声を完全に無視して選挙戦を進めるわけにはいかないだろう。
Democratic National Convention (DNC)は、8月19~22日までシカゴで開催される。Uncommitted National Movement (UNM)の活動を通じて選出された代議員36人も、これに参加する。5000人近い代議員全体から見ると、ごく少数だが、DNCで発言の機会の確保とともに、武器禁輸とガザ停戦についてHarrisと具体的に話し合うことを求めている。DNCを前にしたAp通信の取材に対して、8月7日にHarrisと会談したAbbas Alawiehは、「Harrisが党を団結させる機会を逃さないことを願っている」と述べた。
Harrisがこの機会を有効に用いない場合、どのような結果が生じるのだろうか。DNCで混乱が生じる可能性だけではない。DNCの会場の外では、8月19日と22日、全米200近い反戦平和や人権、労働者の権利、環境保護など多様な団体の連合体、Coalition to March on the DNC (CMD)による大規模なデモが予定されているのだ。イスラエルのガザ侵攻に武器輸出で応えてきたBidenに対して、親パレスチナの人々は、”Genocide Joe!(虐殺者、バイデン!)”と書かれたポスターを掲げ、抗議活動を展開。CMDは、これを”Killer Kamala!(殺人者、ハリス)”に書き換えてデモに臨む準備を進めている。この事態が生じれば、人々には「民主党の混乱」と映り、共和党からは「国を任せられない」という叫び声が噴出するだろう。
「1968年の再来」という言葉が聞かれる。その年の大統領選挙で、DNCが開催されたのは、今回と同じシカゴだ。この時、ベトナム反戦を掲げるデモの参加者に対するシカゴ警察の過剰警備がひとりの死者を含む、流血の事態を生み出した。これに先立ち、当時現職だったLyndon Johnson大統領が再選を断念。DNCは、副大統領だったHubert Humphreyを民主党候補に選出した。Humphreyは、当初優勢だったものの、ベトナム戦争終結への明確なビジョンを示せなかったこともあり失速。投票日直前に追い上げを図ったものの、共和党のRichard Nixonに僅差で敗北した。
愚かな為政者は、歴史から学ぼうとしない。Harrisも同様であれば、「歴史は繰り返す」ことになる。DNCの開催地シカゴは、今年1月31日、市議会がガザ地区における恒久的な停戦を求める決議を採択した。この都市で、ガザ地区におけるイスラエルの殺戮とそれを後押しするBidenの政策が変わっていく一歩を踏み出すことができるのか。それとも、虐殺を止めろという圧倒的多数のアメリカの人々の声を無視するのか。Harrisと民主党の意思が問われている。
https://www.marchondnc2024.org/
移民労働
2028年に「オリンピック賃金」を! ロサンゼルスのホテル労働者らが要求
2024年8月14日
パリオリンピックが終わるのを待ちかねたかのように、2028年の開催地ロサンゼルスでは、大会に向けたさまざまな動きが始まっている。そのひとつが、「オリンピック賃金」の実現を求める、ホテルをはじめとしたホスピタリティ産業の労働者によるものだ。時給30ドルを最低賃金に設定する運動は、労働組合やNPO、市会議員ら幅広い支持をえながら進められており、大規模イベントによる地域経済効果を労働者にも還元させることができるかどうか、注目されている。
アメリカの最低賃金は、National Industrial Recovery Act of 1933に基づき制定される。全国全産業一律で、制定当初は時給25セントだった。その後、徐々に引きあげられ、2009年には7ドル25セントになった。現在の為替レートに換算すれば、ほぼ1000円と、日本と同レベルだ。しかし、その後、インフレが進む中で、据え置かれたままになってきた。このため、州や自治体、さらには地域の産業レベルで最低賃金を引き上げようという動きが広がった。
ロサンゼルスのホスピタリティ産業に関しては2015年7月、300室以上のホテルの労働者に15ドル37セントの最低賃金が設定された。Citywide Hotel Worker Minimum Wage Ordinance (CHWMWO)という条例に基づく措置で、地域レベルの産業別最低賃金の一種といえる。今年7月からは、60室以上のホテルの労働者に時給20ドル32セントを支払うことが求められるようになった。なお、条例はHotel Workerとなっているが、ホスピタリティ産業全般で働く労働者が対象で、ロサンゼルス国際空港(LAX)も含まれる。対象となる労働者は、3万6000人に及ぶという。
「オリンピック賃金」は、CHWMWOの延長にあるため、今回突然でてきたアイデアではない。2023年4月に、Curren PriceとKaty Yaroslavskyというふたりの市会議員によって提案された。なお、ロサンゼルスでは、2026年にサッカーのワールドカップが開催される。「オリンピック賃金」は、現在の時給20ドル32セントをワールドカップ前の早い時期に25ドルに引き上げ、その2年後に30ドルをめざすという2段階のステップでの実現を求めている。
Curren PriceとKaty Yaroslavskyのふたりによる提案に、Heather HuttとTim McOsker、Marqueece Harris-Dawson、Hugo Soto-Martinezの4人の市議が賛同。15人で構成される市議会の過半数には満たないものの、Neighborhood Councilと呼ばれる地内の地域に設定された諮問委員会に提案による地域経済などへの影響調査を行うことが決まった。
この影響調査は、2023年内に提出、集約され、市としての意見がだされる予定だった。しかし、提出が遅れていることもあり、パリオリンピック開催中の7月30日に市議や労働組合、NPOなどの関係者が記者会見を開き、改めて「オリンピック賃金」を訴えた。なお、99のNeighborhood Councilのうち、すでに調査結果を提出したのは13で、そのうち12は30ドルへの引上げを支持しているという。
「オリンピック賃金」のハブ役となっているのは、#TourismWorkersRisingLAという連合体である。ホテル労働者を組織化しているUNITE-HERE Local 11や空港の清掃労働者の組合United Workers Westなどの労働組合に加え、Alliance of Californians for Community Empowerment (ACCE) Action、Clergy and Laity United for Economic (CLUE)Justice、Garment Worker Center、Venice Community Housing、Housing Now Californiaなどの多様な活動に取り組みNPOが構成団体だ。
ホスピタリティ産業のホテルなどの多くは、「オリンピック賃金」に反対の姿勢を貫いている。Alliance for Economic Fairness (AEF)という組織を作り、#TourismWorkersRisingLAを「強力かつ連携の取れた利益団体」と呼び、条例化の阻止に向けて活動を展開。AEFは、ロサンゼルスのホスピタリティ産業がコロナ禍の回復途上にあり、最低賃金の大幅な引き上げが産業や労働者に悪影響を与えると主張。一方、#TourismWorkersRisingLA は、2023年のロサンゼルスの観光業の売上が345億ドルに上ったとして、労働者や地域住民への還元の必要性を訴えている。
なお、7月30日の記者会見の様子は、以下の#TourismWorkersRisingLAのInstagramから見ることができる。
https://www.instagram.com/p/C-DlExVpTKT/?img_index=1
NPO経営
夏場の血液不足が危機的状況に、事業団体が相次いで緊急声明発表
2024年8月12日
全米で輸血や血液製剤製造のための血液不足が深刻化している。夏場という季節的な要因に加え、気象状況の悪化により献血に行くことが難しいことなどが、状況悪化に拍車をかけているとみられる。さらに、血液事業団体へのサイバー攻撃が行われた。こうした状況下で、大手の血液事業団体は相次いで、積極的な献血を求める声明を行うとともに、提供者にギフトカードを贈るなどの対策も打ち出した。
アメリカとカナダで600余りの献血センターを運営している団体の連合体、America's Blood Centers (ABC)は、血液供給量の適正水準を3つのレベルに分け、ウェブサイトで状況を確認できるようにしている。それによると、血液供給量が3日以上あれば、通常の需要を満たすのに十分という。これに対して、2日分の供給量しかない場合は、献血を増やす必要がある。1日以下のセンターは、血液が極めて少ない状態とみなされ、早急に対応することが求められる。なお、血液供給量を発表していないセンターもある。
この3つのレベルに基づいて8月12日現在のアメリカ国内のセンターの血液供給量を分類すると、供給量が十分とされる3日以上のセンターは、全体の10%にすぎない。1日から2日のセンターは39%、1日未満が24%にのぼる。残りの27%は未報告だ。なお、これらの数字は、全米のセンターの状況で、地域差は考慮されておらず、血液型による過不足も示していない。ABCなどによると、最も不足が著しいのは、O型の陽性と陰性だが、血小板も不足しているという。
血液のニーズは、年間を通してあまり変わらない。しかし、供給面では、夏場に減少する傾向があるという。夏休みの休暇をとったり、秋学期が始まる前で、献血を行う時間を確保することが難しいことなどが、その理由だ。近年では異常気象の影響もでてきた。今年の場合、全米的に猛暑が続き、献血に行くことや会場の準備が困難になるなどの問題が生じているのである。8月5日にフロリダ州に上陸したハリケーン、Debbyにより交通網が遮断されるなどの被害が出ているが、その影響も大きい。
こうした自然災害だけではない。7月31日、フロリダ、ジョージア、ノースカロライナ、サウスカロライナの4州で血液事業を行っているOneBloodがサイバー攻撃を受けたのである。OneBloodは、事業を継続。他の血液事業団体が血液供給を支援するなどしているが、全米の供給に影響を与えている。なお、OneBloodへのサイバー攻撃などを想定して、Interorganizational Task Force on Domestic Disasters and Acts of Terrorismという対策が作られており、今回、これが発動された。
このように血液不足が深刻化する中で、ABCに加え、上記の対策を発動したAssociation for the Advancement of Blood and Biotherapies (AABB)とAmerican Red Cross (ARC)は、それぞれ声明を発表。血液不足に対処するために、積極的な献血を呼び掛けた。ARCは、8月31日までに献血を行った人に20ドル相当のAmazonのギフトカードを贈ることを明らかにした。これは、献血を善意だけに頼ることができない状況を象徴しているといえよう。
ARCは、上記のギフトカードを贈ることを示したサイトに、オンラインで献血の予約をできるように設定している。このサイトの指定の場所に郵便番号を入力すると、最寄りの献血センターを地図入りで示してくれる。興味のある人は、以下から見てみるといいだろう。
https://www.redcrossblood.org/
福祉貧困
低所得家庭の児童への夏休み中の食糧支援策、フードバンクなどの要求で今年から実施
2024年8月11日
アメリカでは、低所得家庭の児童向けに昼食を無料または減額して提供するプログラムがある。しかし、3カ月に及ぶ夏休み中は、学校で昼食をとることができない。格差が拡大し、日々の食事を十分にとることができない児童にとっては、死活問題といえる。このためフードバンクなどのNPOは、長年、低所得家庭の児童に対する食料支援の拡充を求めてきた。その結果、連邦政府は参加を希望する州政府と連携し、今夏から食料購入費を補助するプログラムを開始、食料不安解消に向けた一歩になる事が期待されている。
連邦農務省が2023年10月に発表した” Household Food Security in the United States in
2022”というタイトルの報告書によると、2022年に全米で1700万世帯が食料不安を抱えるいた。これは、全米の世帯数の12.8%に相当しているが、2020年の10.5%(1380万世帯)、2021年の10.2%(1350万世帯)と比較して大幅に悪化していることがわかる。食料不安の状況は、時期によって異なるが、学校給食が無くなる夏休み中は、児童を中心に深刻さが増す。
こうした状況を受け、全米のフードバンクの連合体、Feeding Americaなどは、連邦議会への働きかけを強化。2022年12月、Fiscal Year 2023 Consolidated Appropriations Actに、低所得家庭の児童への夏休み中の食料購入費を補助するプログラムを盛り込ませることに成功した。このプログラムは、Summer Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれているように、既存のEBTに組み込まれる形で実施される。
EBTは、2004年から始まった全米規模の低所得者向けのプログラム。Electronicという文言が示すように、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)と呼ばれるスーパーなどで食料品を購入する際の現金に代わる引換券(フードスタンプ)を電子化したものだ。また、生活費全般への支援策であるTemporary Assistance for Needy Families (TANF)もEBTの一部である。いずれも州政府が発行するEBTカードに補助金が振り込まれ、SNAPの受給者は、スーパーなどで支払に用いることができる。
Summer Electronic Benefits Transfer (EBT)は、プログラムの公式名称で、通常はSummer EBTまたはSUN Bucksと呼ばれている。夏休みの3か月間、児童ひとり当たり毎月40ドル、合計120ドルが支給される。支給に必要な資金と運営費の半額に当たる25億ドルは、連邦政府が負担する。しかし、実際に事業を行う州政府は、運営費の半額を確保しなければならない。実施するか否かは、州政府が決める。
今年から開始することを表明したのは37州。これらの州に加えて、首都ワシントン、5つのテリトリー、4つの先住民の部族(国家)も参加を表明。不参加の13州は、いずれも共和党が知事を務めている。参加しない理由について、運営費の負担の大きさや準備期間の短さ、プログラムの実行性への疑問などをあげている。なお、SUN Bucksは、恒久的なプログラムなので、今年不参加であっても、2025年以降、参加することは可能だ。
Feeding Americaによると、SUN Bucksにより食料補助を受けられる児童は、全米で2100万人に上ると推定されている。National School Lunch Programと呼ばれる連邦政府の学校給食事業に参加している公立・私立の学校の生徒であることが受給資格とされているが、SNAPやTANFの受給家庭の児童であれば、受けることが可能だ。さらに、以下のいずれかを満たしていれば受給できる。
・無償の学校給食を受給し、かつ世帯所得が連邦政府の規定する貧困レベルの185%以下
・児童がホームレス状態にあったり、フォスターケアを受けている場合
・Head Startと呼ばれる低所得家庭の児童向け教育プログラムに参加している児童
SNAPやTANFの受給家庭の児童については、すでに保護者が所持しているEBTカードに州政府が児童ひとり当たり120ドルを自動的に振り込むため、申請は不要だ。しかし、それ以外の児童については、申請を行う必要がある。このため、プログラムに参加している州やNPOなどは、申請が必要な児童の保護者らに向けたアウトリーチを進めている。州によって申請期限は異なり、ニューヨーク州の場合、9月3日。振込作業が遅れている州も多く、ニューヨーク州の場合、これから振り込みが行われる家庭もあるという。
SUN Bucksの受給条件として、アメリカ市民であることは求められていない。また、外国籍の場合、受給により移民法上のステイタスや将来の米国内滞在に影響を受けることはないという。
なお、Feeding Americaは、SUN Bucksについて、Q&Aも含め、解説を行っている。以下にアクセスすれば、見ることができる。
https://www.feedingamerica.org/need-help-find-food/summer-EBT
人権問題
精神疾患を持つコリアン系女性を自宅で警察官が射殺、家族やアジア太平洋系団体が真相究明要求
2024年8月10日
ニューヨークのマンハッタンの郊外のマンションで7月28日未明、コリアンアメリカ人女性が警察官に射殺されるという事件が発生した。同居していた家族が救急車を呼んだところ、女性が精神疾患を抱え、小型ナイフを手にしているという情報があったこともあり、警察官が駆け付け、マンションの一室に突入して、発砲。しかし、女性の家族は、警察官が突入した際にはナイフを持っていなかったと主張し、当局に調査を求めている。また、現地のアジア系の団体からも警察官の対応が適切かどうかを含め、真相究明を要求。警察官の不当な銃使用事件に発展する可能性がでてきた。
事件が起きたのは、ニューヨークのマンハッタンのブロンクス地区とハドソン川の対岸にある、ニュージャージー州の自治体、Fort Lee。州の人口は900万人余りで、そのうちアジア太平洋系は110万人にのぼる。2020年の人口統計調査によると、Fort Leeの人口約4万人のうち、43.8%がアジア系。その半数がコリアン系と見られている。コリアン系をはじめとしたアジア系の社会活動も活発で、2018年には、Youth Council of Fort Leeというコリアン系の高校生が主体となった団体が中心となり、戦時中の日本軍による、いわゆる従軍慰安婦のモニュメントがFort Lee’s Constitution Parkに建立された。
現地の不動産情報によると、射殺された女性とその家族が住んでいたのは、2020年に入居が開始された15階建で総戸数142、月額3250~4750ドルの賃貸マンション。日本円に換算するとかなりの高額だが、この付近では平均的な価格のようだ。ハドソン川にかかるGeorge Washington Bridgeのすぐ側で、眼下にマンハッタンを見張らすことができることもセールスポイントとされている。
射殺された女性は、Victoria G. Leeさん(26歳)。Victoriaさんの家族は7月31日、地元メディアのNorthJersey.comに、弁護士を介して事件当時の状況を説明する文書を送付した。この文書によると、Victoriaさんが精神的に不安定な状態になったのは、7月28日午前1時頃で、ベッドに転がり、短く叫んだり、壁に頭を軽く叩きつけたりした。母親は、病院に行くことを勧めたが、Victoriaさんは拒否した。
このため、息子のChrisさんに救急や警察への緊急電話、911に連絡を取るように求めた。なお、Victoriaさんは、精神障害の一種、双極性障害で、同様の事態は過去にもあり、救急車病院に搬送されたことが何回かあった。Chrisさんは午前1時15分頃、911に電話をして、The Valley Hospitalに連れていくための救急車を要請した。その際、精神状態に問題があるため、州法により、警察も訪問することを伝えられたという。
この会話と聞いていたVictoriaさんは、動揺し、小さなポケットナイフを手にした。しかし、他人を傷つけようとしていたわけではない。母親は、この状況を911に伝えるべきだとして、Chrisさんに再度電話をさせ、ナイフの件を知らせるとともに、警察官が部屋に入らないように依頼した。間もなく複数の警察官がアパートに到着し、Chrisさんは部屋の外に出て対応した。
警察官は、Chrisさんに鍵を持っているか聞いたところ、持っていないと答えると、ドアを蹴り始めた。この時点で、Victoriaさんはナイフを捨て、5ガロン入りのウォーターボトルを抱えていた。そして、突然、警察官が部屋に入り、Victoriaさんを銃撃した。警察官は応急処置を施した後、まだ生きているとして、病院へ搬送。しかし、その後、Victoriaさんの死亡が確認された。この間、救急車はこなかったという。
Victoriaさんの家族は、この一連の警察官の対応を問題視し、州の検察に相当する、Office of the Attorney General (OAG)に調査を要請した。また、アジア太平洋系の団体からも真相究明を求める声が上がっている。2021年3月にアトランタで起きた銃撃事件で複数のアジア系女性が殺害されたことを契機に設立された、AAPI New Jersey (AAPI-NJ)は、そのひとつだ。
ニュージャージー州最大のアジア太平洋系のアドボカシー団体を標ぼうするAAPI-NJは8月8日、” Statement on Victoria Lee Fatally Shot by Fort Lee Police Officer”を発表。Victoriaさんの家族や他のグループとともに、OAGをはじめとした関連当局に対して、この事件に対するFort Lee Police Departmentの行為について徹底的な調査を求めていく意思を表明した。また、Victoriaさんが双極性障害だったことを踏まえ、精神疾患の問題が出た場合には、NAMI-NJなどのアジア太平洋系向けの機関を受診するよう勧めている。
警察官による銃の使用を含む暴力の対象は、10年前のミズーリ州Fergusonで白人警察官が丸腰だった黒人マイケル・ブラウンさん(当時18歳)を射殺した事件のように、黒人がイメージされることが多い。実際、この事件から間もない2015年に設立されたCampaign Zeroのプロジェクト、Mapping Police Violenceによると、2013年以降、警察官による殺害された黒人は、100万人中2人と、白人に比べて人口比で2.9倍にのぼる。アジア系は、黒人の8.5分の1、白人の3分の1程度にすぎない。とはいえ、犠牲者は10万人にひとり存在しているのだ。
なお、上記のAAPI NJの声明文は、以下から見ることができる。
https://aapinewjersey.org/statement-on-victoria-lee-fatally-shot-by-fort-lee-police-officer/
人権問題
パリオリの女性ボクシング後のトランス批判に対して、LGBTQ団体などがジェンダー平等の必要性指摘
2024年8月8日
8月2日のパリオリンピックのボクシング女子66キロ級の第2試合で、イマネ・ケリフ(アルジェリア)選手から強いパンチを受けたアンジェラ・カリニ(イタリア)選手が第1ラウンド開始からわずか46秒で棄権した。この試合の直後から、アメリカでは、LGBTQを批判してきた政治家やセレブ、NPOなどからトランスジェンダー批判が噴出。これに対して、LGBTQの権利擁護を進めるNPOなどは、ケリフ選手を女性だと指摘したうえで、パリ大会で初めて実現した完全なジェンダー平等を守る必要性を訴えている。
アメリカでは、2015年に連邦最高裁判所が同性婚を合憲とする判断を示して以降、LGBTQの権利擁護の動きがさらに広がってきた。しかし、キリスト教右派や共和党の政治家を中心に、伝統的な家族観を崩壊させるなどとして非難の声も拡大。近年では、トランスジェンダー・アスリートの女性スポーツへの参加をめぐり、法規制の動きが広がっている。例えば、NPOのシンクタンク、Movement Advancement Project (MAP)によれば、過去5年間に全米25州が、幼稚園や小中高校、大学に通うトランスジェンダーの生徒児童・生徒・学生が自らのジェンダーアイデンティティにあわせて競技に参加することを禁止する法律を制定した。
こうした動きの中で生じたパリオリンピックの女子ボクシング試合に対して、共和党の大統領候補者、ドナルド・トランプ氏は、8月3日にジョージア州アトランタで開催された選挙集会に先立ち、同氏が設立したSSN、Truth Socialを通じて、ケリフ・カリニ戦のビデオをアップしたうえで、”I WILL KEEP MEN OUT OF WOMEN’S SPORTS!(女性スポーツから男性を締め出す!)”と述べた。また、ケンタッキー大学の水泳選手、ライリー・ゲインズ氏は、Xに「Men don't belong in women's sports(男性は女性のスポーツにふさわしくない)」と投稿。これに対して、実業家でXのオーナーでもあるイーロン・マスク氏は、「Absolutely(もちろん)」と賛同の声を伝えた。
ケリフ・カリニ戦をトランスジェンダー・アスリートの女性競技への進出を阻む動きに利用しようとする、保守的なNPOの動きもでてきた。伝統的な家族観の擁護などをめざし、キリスト教右派の支えられているAlliance Defending Freedomは、そのひとつだ。ケリフ選手が勝利した直後の8月1日、”Tell the IOC to Keep Women’s Sports for Women(女性のスポーツは女性のためにすべきだと、IOCに伝えよう)”というスローガンの署名活動を開始したのだ。
国際的な女性競技で性別問題がクローズアップされたのは、今回が初めてではない。2012年と16年のオリンピックの陸上800メートルで金メダルを獲得した、南アフリカのキャスター・セメンヤ選手の事例は、そのひとつだ。男性ホルモンの一種、テストステロン値が高かったことが問題視されたのである。この選手は、Disorders of Sex Development (DSDs)だった。定義については省略するが、「性分化疾患」と呼ばれ、外見から性別が判断しにくい人もいる。
テストステロン値は、一般的に男性の方が女性より高く、価が高さは性分化疾患(DSD)による場合が多い。2021年に開催された東京オリンピックでは、ナミビアのクリスティン・エムボマとベアトリス・マシリンギの両選手はテストステロン値が高く、女子400メートルの出場が認められなかった。しかし、世界陸上連盟による規制対象外の200メートルにでて、エムボマ選手が2位、マシリンギ選手が6位に入賞した。
なお、女性アスリートへの検査に関して、国際NPOのHuman Rights Watchは2020年、“‘They’re Chasing Us Away from Sport’: Human Rights Violations in Sex Testing of Elite Women Athletes”と題する報告書を発表。とりわけグローバルサウスの女性に不利な影響を与えているなどの問題点を指摘している。
女子ボクシングのケリフ選手への批判に対して、世界最大のLGBTQのメディア・アドボカシー団体のGLAADと若者を中心にしたDSD疾患を持つ人々への支援団体InterACTは、LGBTQのアスリート支援団体Athlete Allyとともに作成したファクトシートを発表した。その中で、ケリフ選手はシスジェンダー女性で、トランスジェンダーやインターセックスではないと指摘。さらに、トランスジェンダーやDSDのアスリートは1930年代からオリンピックに参加してきたとしとしたうえで、パリオリンピックが史上初めて完全なジェンダー平等を実現した大会であり、それを守る必要性を訴えている。
なお、トランスジェンダーは、出生時に判断された性と本人が現在感じている性が異なる状態にある人をいう。これに対して、シスジェンダーとは、この両者が同じ人を指す。ケリフ選手は、女性として生まれ、育ち、本人はいまも女性として認識している。このため、シスジェンダーということになる。また、InterACTの団体名は、インターセックスに由来しているようだ。インターセックスは、DSDと同義だが、活動家の間では” Disorders”という表現が否定的に映ることから、この語彙を用いることが多い。
GLAADとInterACTが発表したファクトシートは、以下から見ることができる。ここでは記述できなかった国際ボクシング連盟(IBA)が以前ケリフ選手を「男性」と認定したことや、この問題に関するIOCのスタンスについても含まれている。この問題を議論したり、発信する際には、両団体が求めているように、一読すべきだろう。
https://glaad.org/fact-check-participation-and-eligibility-of-paris-2024-olympic-boxers-imane-khelif-and-lin-yu-ting/
公共政策
Harris副大統領のWalz氏起用、女性団体や労働団体が支持表明も今後に課題
2024年8月6日
11月に行われるアメリカの大統領選挙で民主党の候補者指名を確定させた、Kamala Devi Harris副大統領は8月6日、副大統領候補にミネソタ州知事のTimothy James Walz氏を起用することを明らかにした。同氏は、全米的な知名度は低いものの、知事として女性や勤労者を重視する政策を積極的に進めており、民主党の中核的なアジェンダを具現化する人物といえよう。
一方、副大統領候補として有力視されてきた他の人物は、党内で意見対立があるイスラエルのガザ紛争や労働政策へのスタンスから、党内の左派や労働団体などから反発の声が上がっていた。Harris副大統領のWalz氏を指名は、こうした党内事情や世論の動向も踏まえた判断とみられるが、今後、順調に選挙戦を進められるかどうかについては、課題も少なくない。
Associated Press-NORC Center for Public Affairs Researchは7月25日から29日にかけて、全米の1143人を対象にして民主党の副大統領候補に関する世論調査を実施した。有力視される4人の政治家の認知度などを調べたものだ。認知度が最も高かったのは、アリゾナ州選出のMark Kelly連邦上院議員で、「よく知らない」という回答は約4割。残りの3人は、いずれも州知事だが、認知度が最も高いJosh Shapiroペンシルベニア州知事でも、「よく知らない」が6割に達した。ケンタッキー州のAndy Beshear知事とミネソタ州のWalz知事は「よく知らない」が、それぞれ7割と9割に達した。
Harris副大統領は、4人のうち最も認知度の低いWalz知事を選んだことになる。その理由に、「激戦州」との関係があげられている。Beshear知事のケンタッキーは、大統領選挙の選挙人が8人にすぎないうえ、長年共和党の牙城で、同知事が副大統領候補になったとしても、民主党が同州で勝利できる可能性は小さいだとみられる。
Kelly議員とShapiro知事の地元は、「激戦州」だ。しかし、大統領選挙で民主党が勝利すれば、Kelly議員は辞することになる。後任は知事が任命するが、民主党員が指名されるとは限らなない。上院の議席が民主・共和両党で拮抗する中で、Harris副大統領は、リスクを負いたくないのだろう。また、Kelly議員は、労働政策に後ろ向きで、民主党の支持基盤である労働組合からの反発がある。Shapiro知事は、親イスラエルとして知られ、イスラエルのガザ侵攻に反対する学生をKKKと同列視するなどしたため、民主党の左派や新パレスチナの若者から反発される可能性が高い。
このような消去法からWalz知事が選ばれたという見方も強い。とはいえ、それだけが理由ではないだろう。そもそも同知事の地元のミネソタ州は、伝統的に民主党の地盤だ。なお、ここでは民主党と記していくが、同知事が所属しているのは、Democratic-Farmer-Labor Party (DFL)という同州だけが基盤の地方政党だが、全国政党の民主党と連携。現在、同州選出の連邦議員や知事など州の主要な役職をすべて押さえている。また、連邦議会にふたりしかいない、ムスリム議員のひとり、Ilhan Omar 下院議員も同党の一員なことに示唆されるように、リベラルなスタンスで知られる。Hubert HumphreyとWalter Mondaleというふたりの副大統領が属していた政党でもある。
Walz知事は、2007年から19年まで連邦下院議員を6期にわたり務めている。また、知事として再選を目指した2022年には、ミネソタ州の上下両院でDFLが過半数を占め、知事とあわせて行政府と立法府を独占する、いわゆるトリフェクタスを実現させた。
政策面でも知事として、具体的な成果を示している。大統領選挙でも大きな争点となっている人工妊娠中絶に関していえば、女性が「自律的な決定を下す基本的権利」と規定する法律に署名。また、中絶が禁止されている州からミネソタに来て手術を受けた場合、患者とその医療提供者を法的に保護する法律も制定させた。こうした実績を踏まえ、全米最大の女性団体、National Organization for Women (NOW)は、Walz知事が副大統領候補に起用されたと報道された直後に、”Tim Walz Supports Women 100% and NOW Supports the Harris-Walz Ticket 100%”というタイトルのプレスリリースを発表、強い支持を表明した。
労働界からは、全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organization (AFL-CIO)が、Walz知事起用が伝わると”AFL-CIO Strongly Supports Tim Walz for Vice President”と声明。その理由として、有給の家族介護休暇の実現、教室における教員と生徒に比率に関する交渉など教員組合の団体交渉力の強化、高齢者介護施設の労働者の待遇改善に向けた州規模の検討委員会の設置など、勤労者の生活や労働に関する政策の改善をあげている。
このように、民主党の伝統的な政策を強化する方向での実績が副大統領候補として起用される背景にあったと推察される。これにより、共和党に対応し、大統領選挙に勝利するというシナリオをHarrisは描いているのだろう。しかし、Walz知事は、民主党内を二分、世論の反発が強い、イスラエルのガザ侵攻に対して、Harris副大統領と同様、ガザの住民にシンパシーは示しながらも明確な反対の声をあげていない。正副大統領を公式に決定する、8月下旬の民主党全国大会には、ガザ地区の停戦を求め、民主党に抗議する行動も予定されている。Biden大統領の選挙戦からの撤退表明後、Harris副大統領と民主党に吹いている追い風が今後も続くのか、見守る必要がある。
なお、上記のAFL-CIOの声明は、以下から見ることができる。
https://aflcio.org/press/releases/afl-cio-strongly-supports-tim-walz-vice-president
コロナ禍
コロナ後遺症対策に10年間で10億ドル投入、連邦上院に法案提出
2024年8月4日
連邦上院の委員会は8月2日、コロナ後遺症に関する調査研究や啓発などを進めるために10年間で総額10億ドルの支出を政府に求める法案を連邦議会に提出した。法案には、後遺症問題に取り組んできたNPOなど40余りの団体が支持を表明しており、当事者らの間で法案への期待の強さを感じさせる。ただし、5人の上院議員が共同提案者として名を連ねているが、いずれも民主党の議員で、野党共和党の議員は含まれていない。また、立法化には下院の賛成と大統領の署名が必要で、かなりの時間がかかるものと見られる。
法案を提出したのは、Health, Education, Labor, and Pension (HELP)委員会。委員長は、2020年の民主党の大統領候補指名で、バイデン現大統領と争った、「左派」のBernie Sanders (I-Vt.)議員。HELP委員会が提出した法案の名称は、Long COVID Research Moonshot Act。ここにあるMoonshotとは月着陸を目指した1960年代のアポロ計画で用いられた言葉といわれ、非常に困難な課題に挑戦するという意味合いが込められている。なお、法案の提出にあたり、Sanders議員は、全米でコロナ後遺症の患者が大人2200万人、こども100万人にのぼるとしており、「公衆衛生上重大な問題」といえる。
アメリカでは、新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年からしばらくすると、連邦政府内でもコロナ後遺症の問題への対応の必要性が検討されてきた。2022年8月に連邦政府のDepartment of Health and Human Services(DHHS)によってNational Research Action Plan on Long COVID が発表されたのは、そのひとつだ。
これに先立ち、立法府でも2022年3月、Tim Kaine (D-VA) j上院議員が中心となり、コロナ後遺症の調査研究の拡大と治療へのアクセス改善を進めるため、Comprehensive Access to Resources and Education (CARE) for Long COVID Actを提出。翌月には、コロナ後遺症の患者への治療を進める医療機関への補助などを盛り込んだ、Targeting Resources for Equitable Access to Treatment for Long COVID (TREAT Long COVID) Actを議会に上程した。さらに、2023年7月、Long COVID Support Actを超党派の共同提案者による法案として提出していた。Kaine議員は、自らコロナ後遺症を患っており、8月2日の法案の提案者のひとり。
2024年に入ると1月に、前述のHealth, Education, Labor, and Pension (HELP)委員会が公聴会を開催。コロナ後遺症に悩む患者や患者の支援団体、医療関係者らが次々と登壇し、後遺症の深刻さや対策の不十分性などを訴えた。例えば、バージニア州から参加したRachel Bealeさんは、コロナ後遺症がAmericans with Disabilities Actが規定する「障害」に該当し、社会保障の障害者手当が受給できるはずにも拘らず、2度にわたり、申請が拒否されたと語った。
この公聴会の結果を踏まえ、HELP委員会は4月、コロナ後遺症に関する法律の素案を発表、患者団体などの意見を求めたうえで、最終案を発表すると表明していた。8月2日にSanders議員が中心となって提出された法案は、こうした経緯を踏まえて作成されたもので、以下の政府機関に、次のような具体的な実施内容と予算措置を求めている。
・Centers for Disease Control and Prevention (CDC):今後10年間、毎年3200万ドルをコロナ後遺症とIACCサーベイランスに充当させるとともに、毎年4500万ドルを州、地方、部族の保健部門に助成金として提供。さらに、全米レベルの教育啓発のために、今後5年間、毎年2150万ドル支出。
・Food and Drug Administration (FDA):今後10年間、毎年1660万ドルを拠出し、患者が現在の治療法およびコロナ後遺症の開発中の治療法を特定するための電子報告を継続。また、毎年900万ドルを拠出し、臨床アウトカム評価を開発および検証。
・Department of Health and Human Services(DHHS): 今後10年間、毎年300万ドルを教育啓発活動に充当。
この他、Agency for Healthcare Research and Quality (AHRQ)やInteragency Autism Coordinating Committee (IACC)に対しても、予算措置とともに具体的な実施内容を求めている。
なお、法案に賛同している民間団体には、以下の団体が含まれる。
Body Politic, Covid-19 Longhauler Advocacy Project, Long Covid Alliance, Infectious Diseases Society of America, Marked by Covid, Mount Sinai Health System, National Partnership for Women and Families, and Patient-Led Research Collaborative (PLRC)
また、法案の骨子は、以下から見ることができる。
https://www.sanders.senate.gov/wp-content/uploads/8.2.2024-Long-COVID-Research-Moonshot-One-Pager.pdf
人権問題
同性間の結婚の権利、保守派の訴訟で覆される可能性に懸念
2024年7月30日
アメリカの連邦最高裁判所(以下、最高裁)は2015年6月、同性婚を合憲とする判断を示した。さらに、連邦議会は2022年12月、同性間の結婚を認める法案を可決、バイデン大統領の署名によって、立法化された。司法と立法府の双方が同性婚を認めたことで、同性愛者の結婚が法的にゆるぎないものになったと考えられた。しかし、宗教的信条から結婚証明の発行を拒否したケンタッキー州の書記官に対する裁判が継続、保守化した最高裁に持ち込まれた場合、同性婚の権利が制約または否定される懸念が生じてきた。
2015年に最高裁が示した決定は、Obergefell v. Hodges判決、またはObergefell判決と呼ばれている。2013年にメリーランド州で同性婚を認められた後、オハイオ州に移住して婚姻関係が認められなかったために起こした、Jim Obergefell氏の名前に基づくものだ。同氏の訴えに対して、最高裁は5対4の多数判決で、オハイオ州の法律が法の下の平等を規定した合衆国憲法修正第14条に違反していると認定。同州をはじめ、同性婚を禁止していた各州などの法律を違憲と判断、全米で同性婚を認めるように命令した。
最高裁の判決により、同性婚は法的に認知されたことになる。しかし、連邦議会は1996年、男女同士以外の結婚を連邦政府が認めることを禁止するDefense of Marriage Act (MDA)を制定していた。MDAは、最高裁の判断と矛盾し、国家として統一的な法的解釈を示す意味も含め、同法を撤廃し、同性婚を立法上も承認する法律として制定されたのが、Respect for Marriage Act (RMA)である。
こうした同性婚の合憲・合法の流れが拡大した半面、キリスト教右派や共和党などから批判声や動きは続いている。そのひとつが、Kim Davis氏が訴えられた裁判である。Davis氏は、ケンタッキー州ロワン郡の書記官だった2015年、同性同士による結婚証明の発行を求められた際、宗教上の理由を盾に、これを拒否。結婚証明書には、書記官としての同氏の署名を添える必要があったことがその理由だ。
結婚証明の発行を拒否された6組の同性愛者は、Davis氏や同氏が所属するロワン郡などを相手取って裁判を起こした。裁判の経緯は、複雑なため、ここで詳細を述べることはできないが、今年1月、連邦地方裁判所は、弁護士費用26万ドルなどの支払いをDavis氏に命令。また、結婚証明の発行を拒否された原告に対しては、10万ドルの支払いが陪審員によって命じられた。なお、結婚証明書自体は、Davis氏に代わって副書記官が署名、発行された。
9年に及ぶ、こうした経緯を経て、保守的なNPOの法律事務所のLiberty Counselは7月22日、Davis氏の原告代理人として、オハイオ州シンシナティの第6巡回区連邦控訴裁判所に連邦地裁の判決を覆すよう求める趣意書を提出した。趣意書では、Davis氏が同性愛者を差別して結婚証明書の発行を拒否したのではなく、宗教的信条に基づく行為であったという論理を展開。この行為は、信教の自由を保障した憲法修正第1条が規定する権利であると主張している。
Liberty Counselは、趣意書の提出にあたり、Obergefell判決は誤りだと指摘。その判決を覆すための訴えであることを示している。法律の専門家の間では、この訴えだけでObergefell判決が覆される可能性は小さいという。しかし、50年間にわたり維持されてきた人工妊娠中絶を女性の権利として認めた、Roe v Wade判決が2年前に最高裁で否定され、人工妊娠中絶が大きく制約されるようになった。このため、最高裁の保守化が著しい現在、この訴訟が同性婚の否定に向けた第一歩になるのではないかと懸念する声も強い。
なお、Davis氏による7月22日の訴えは、全米の多くのメディアが報じている。その中のひとつ、CNNは7月25日に”Former Kentucky county clerk Kim Davis, who opposed gay marriage, appeals ruling over attorney fees”というタイトルの記事を発信した。この記事は、以下から見ることができる。
https://edition.cnn.com/2024/07/25/us/kim-davis-attorney-fees-appeal/index.html
NPO運営
共和党の「DEI」批判、フィランソロピーの世界でも顕在化
2024年7月28日
残り100日ほどに迫ったアメリカの大統領選挙は、ジョー・バイデン大統領が民主党候補者指名争いからの撤退を表明。ジャマイカ系とインド系の両親をもつ女性の副大統領、カマラ・ハリス氏の指名獲得が確実視される状況下で、共和党関係者中から、ハリス氏を「DEI」候補と揶揄、非難する声があがっている。こうした反「DEI」の動きは、訴訟を通じてフィランソロピーの世界でも顕在化。NPO関係者からは、強い懸念と反発の声が表面化してきた。
「DEI」は、Diversity、Equity、Inclusionの頭文字をとった略語である。その定義や解釈は統一されているとはいえないが、人種、民族、宗教、能力、性別、性的指向など、さまざまな属性を持つ人々のダイバーシティ(多様性)を尊重し、エクイティ(平等)な対応を求め、インクルージョン(包摂)された組織や社会を築くために、密接に結びついた3つの価値観を集合させた概念といえよう。
歴史的にみると、反差別と平等を求める運動の成果として、多様な属性持った人々が共に学び働き、生活する社会が形成されつつある。その一方で、属性の違いなどから生じる軋轢に対処し、多様性を生かしていくための価値観として「DEI」の概念が発展。しかし、「白人(男性)への逆差別」とした訴訟も相次いだこともあり、特定の人種などを「優遇」するための措置ではないことも強調されてきた。
こうしした「DEI」をめぐる議論に大きな転機になったのは、2023年6月の連邦最高裁判所の判決だ。HarvardとUniversity of North Carolinaの入学選考において人種が基準のひとつに含まれていたことに対して、Students for Fair Admissionsという保守的なNPO起こした裁判に示された判断である。判決は、それまで許容されてきた、人種を基準のひとつにすることを、ほぼ全面的に禁止。判決後、全米各地の大学で、入試に止まらず、奨学金制度などにおいても、人種を選考基準に盛り込む措置が「自主的に廃止」する動きが相次いでいる。
この動きは、フィランソロピーの世界にも広がりを見せてきた。フロリダ州マイアミにある連邦第11区巡回控訴裁判所が今年6月にだしたAmerican Alliance for Equal Rights v. Fearless Fund Managementに関する判決がそれだ。原告のAmerican Alliance for Equal Rightsは、保守的なNPOである。Fearless Fund Managementが設立したNPO、Fearless FoundationのFearless Strivers Grant Contestという助成金事業が黒人女性だけを対象としており、42 U.S. Code § 1981(合衆国法1981条)が禁止している「契約」関係における人種差別に当たると主張。マイアミの裁判所は、助成金事業の中止を命じた。
この判決に先立ち、Fearless Strivers Grant Contestに対して、American Alliance for Equal Rightは、ジョージア州アトランタの第11区巡回控訴裁判所に緊急一時停止命令を出すことをに求め、2023年9月、裁判所により訴えが認められた。ジョージア州の判決を受け、Fearless Foundationは、Fearless Strivers Grant Contestにより黒人女性の企業4社に2万ドルずつ助成するという事業を中止。このため、今年6月の判決による事業への直接的な影響はない。
敗訴した被告のFearless Fund ManagementとFearless Foundationは、最高裁への上告を含め、複数の選択肢から対応を検討中とみられる。しかし、被告側の意図は別として、この訴訟は、フィランソロピーの世界全体に影響を及ぼす可能性が大きい。Fearless Strivers Grant Contestによる2万ドルが「契約」関係に基づく措置だとした原告訴えに対して、被告側は「助成金」、すなわち黒人女性起業への「寄付」と主張。「寄付」行為は、憲法修正第1条が認める「表現」であるとして、助成事業の合憲性を訴えていたからだ。しかし、フロリダ州の判決が確定すれば、「表現」の自由という憲法上の権利として寄付とその使途をNPOが決定できる権利が侵害される恐れがある。
このため、フロリダ州の判決の直後、全米のNPOの連合組織的性格をもつCouncil on FoundationsとIndependent Sectorは、判決に失望の意思を表明。そのうえで、Independent Sector の会長兼CEOのAkilah Watkins氏は、「この判決は、フィランソロピーの基本的な憲法修正第1条の保護を弱体化させることで、歴史的に疎外されてきた人々への支援を困難にし、公平性と正義を促進する私たちの取り組みを危険にさらしてしまう」と指摘した。そして「これまで以上に、私たちのセクターは、すべての人々が繁栄する国を築くのに役立つ公平な政策とシステムを提唱することを求められている」と述べた。
なお、Council on FoundationsとIndependent Sector による”Fearless Foundation Grant Program for Black Women Will Remain Halted While First Amendment Case Is Heard”と題する声明文は、以下から見ることができる。
https://independentsector.org/blog/as-court-rules-against-fearless-foundation-council-independent-sector-stand-by-commitment-to-funders-right-to-give-in-line-with-values/
移民労働
スターバックスの労働組合、協約締結に向けてコミュニティに支援要請
2024年7月27日
コーヒー・カフェ・チェーンの大手、スターバックスのバリスタは、2021年にニューヨーク州バッファロー店で労働組合を結成して以来、全米各地で組織化の動き拡大している。しかし、経営側との労働協約締結交渉が長期化する中で、コミュニティの支援を求め、”Red for Bread Weekend”と呼ばれる取り組みを実施することになった。
スターバックスのバリスタを組織しているのは、Starbucks Workers United (SWU)という労働組合だ。しかし、SWUは独立組合ではなく、進歩的な労働組合として知られるWorkers United (WU)という組合の一部として活動している。1900年に繊維労働者の組合として設立されたWUは、その後、幾多の変遷を経て、現在は自治体労働者などを組織するService Employees International Union (SEIU)の傘下組合だ。連邦労働省の資料によると、2013年時点におけるWUの組合員は、アメリカとカナダで約8万6000人。
SWUのウェブサイトによれば、組織化されているスターバックスの店舗は470余り。組合員は1万500人を超えている。かなりの数だが、1店舗当たりの組合員は20人程度で、単独で経営側と交渉するには規模が小さい。このため、SWUは、組合員全員の代表による交渉を経営側に要求。これに対して、経営側は、組合員の解雇をはじめとした数々の不当労働行為を行ってきたため、SWUは激しく反発していた。
しかし、2024年2月、経営側は、各店舗における個別交渉のベースとなる内容を議論するため、組合員全員の代表と協議することに合意した。4月に行われた最初の協議で、両者は「大きな前進があった」と評価したうえで、「課題は残っているものの、交渉を続けていくことを確認した」という。その後、5月と6月にも、労使協議が行われているが、協約の締結には至っていない。
以上のような進展がみられるものの、バリスタは離職者が多い職種で、長期にわたり組合員の職場改善への意識を維持することは容易ではない。このためSWUは、”Red for Bread Weekendと呼ばれる取り組みを実施することを決定した。” Red for Bread Weekend” は、経営側の不当労働行為などを批判するそれまでの活動とは異なる。組合のある店舗の周辺の住民などにカフェに訪れてもらい、支援の声掛けを要請するものだ。具体的には、赤い服を着て、店舗に行き、” Union Strong” と言いながら飲み物などを注文してもらうことで、組合員の士気を高めようとする試みである。
この取り組みは、7月26日から29日にかけて各地の組合があるスターバックスの店舗に対して行われる。組織化を支持し、労働協約の締結を望む地域の団体や個人は、ウェブサイトで訪問表明を行うなどしている。
例えば、フロリダ州オーランドの店舗には、労働者と地域住民が連携して労働条件の改善などを求めているNPO、Central Florida Jobs with Justice や社会主義を掲げるDemocratic Socialists of Americaなどが訪れることを明らかにしている。また、オレゴン州では、労働組合の連合体、AFL-CIOの州委員会がウェブサイトを通じて” I pledge to be Red for Bread!” というタイトルの訪問表明ページを作成、日本時間で7月27日午前6時現在、185名が訪問の意思を明らかにしている。
なお、上記の” I pledge to be Red for Bread!” という訪問表明ページは、以下から見ることができる。
https://starbucksworkersunited.controlshift.app/petitions/i-pledge-to-be-red-for-bread
公共政策
ハリス副大統領への支援、リベラルな政治資金団体や女性団体が相次いで表明
2024年7月24日
ジョー・バイデン氏が11月の大統領選挙戦からの撤退を表明した直後から、民主党の連邦議員や知事、地方組織の多くが、後継に「指名」されたカマラ・ハリス副大統領への支持を表明している。これに加え、リベラルな政治資金団体や女性団体からも、ハリス氏への支援が広がっており、大統領選挙に向けた「反トランプ」の動きが本格化してきた。
The Washington Postなどアメリカ・メディアによると、バイデン氏が撤退を表明した翌日の7月22日の夜までに、民主党連邦下院議員212人のうち187人がハリス氏推薦を表明。全米に23人いる民主党所属の知事23人全員もハリス支持を打ち出した。こうした状況により、8月の党大会で、ハリス氏が民主党の大統領候補者指名を受けることは確実になったと伝えられている。
バイデン氏の撤退表明直後から、リベラルな政策を求める政治資金団体は、ハリス氏への選挙資金調達の活動を一斉に展開。7月23日発信のNew York Daily Newsによると、撤退表明から24時間の間に2億3100万ドルの寄付が寄せられた。このうち8100万ドルは、ひとり当たり200ドルまでの少額の献金だ。また、7月23日発信のCBS Newsは、この少額寄付者の総数は88万8000人にのぼり、そのうち60%は今回の大統領選挙で初めて寄付を行った人々だと伝えている。このように、ハリス氏への資金的な支援が急激かつ広範に進んでいるといえよう。
この動きを支えているのは、草の根の政治資金団体などだ。前述のCBS Newsによると、そのひとつで進歩的な黒人女性の候補者を支援しているWin With Black Womenは、バイデン撤退表明後の24時間に160万ドルの寄付をハリス氏向けに集めた。資金集めは、7月21日のZoom集会が活用され、4万人が参加。過去3年間にわたり毎週Zoom集会を開催してきたが、参加者は1000人程度という。黒人女性の間における、今回のハリス氏の民主党大統領候補者指名への期待の大きさがうかがわれる。
マイノリティの権利擁護団体からも、ハリス支援の動きが相次いだ。資金面で最も注目されたのは、ヒスパニック系のVoto Latinoの献金発表だろう。前回の大統領選挙でも民主党を支援、3600万ドルを寄付。今回は、4400万ドルに増額するという。資金支援に加え、Voto Latino は、ヒスパニック系の若者の有権者をターゲットに、ネバダ、アリゾナ、テキサス、ペンシルベニア、ノースカロライナなどの州で、有権者登録などを進めていくという。
資金面以外でも、女性やマイノリティの団体から、ハリス推薦が表明されている。フェミニストの候補者支援として知られるEmily’s Listは、7月21日に発表したプレスリリースの中で、ハリス氏を「この前例のない瞬間に対応し、国をリードするための最も適任で、最も準備の整った候補者」だと評価、組織として推薦したことを表明。全米最大の女性団体、National Organization for Women (NOW)も7月21日に、”NOW Thanks President Biden and Endorses Vice President Harris”と題するプレスリリースを発信し、バイデン氏への謝意とともに、ハリス氏推薦を明示した。
労働界からは、傘下に60組合、組合員1250万人をもつ全米最大のナショナルセンター、American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)が7月22日、ハリス氏を大統領候補として推薦ことを決定したと発表。大手の労働組合Teamstersの会長が共和党の全国大会でトランプ支持を打ち出し、労働界における伝統的な民主党支持に逆流が生じる懸念がでている。こうした中で、トランプ・バンスの共和党正副大統領候補をハリス氏と連携して打ち破っていくと述べた。
一方、全米最大の黒人団体、NAACPのように、バイデン政権の政策を評価しつつも、ハリス支援を明示しない組織もある。とはいえバイデンの撤退表明から数日のうちに、ハリス氏は、民主党内の支持だけではなく、同党を伝統的に支えてきた団体の多くの推薦や幅広い層からの資金援助などを獲得することに成功。副大統領の選出をはじめとした8月後半の民主党大会に向けて、「反トランプ」の動きを全米で展開していくことになる。
なお、2020年の大統領選挙におけるトランプ氏による女性政策の後退などを懸念して首都ワシントンで開催された大規模な集会を契機に設立された、Women’s Marchは、アメリカ東部時間で7月23日午後7時半(日本時間で24日午前8時半)から” Defeat Trump, and stop the MAGA agenda”を掲げたオンライン集会を開催する。間もなく始まってしまうが、以下から参加申し込みができる。
https://act.womensmarch.com/signup/20240723MarchtotheWhiteHouse/?t=3&akid=21456%2E442221%2Eorql_T
反戦平和
イスラエル首相の議会演説に反発、議員のボイコットや大規模抗議デモ実施へ
2024年7月21日
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、7月22日に首都ワシントンを訪れ、23日にバイデン大統領と会談、そして24日には連邦議会の上下両院の議員を前に演説を行う予定だ。これに対して、連邦議員のスタッフや議会の委員会などの職員の団体が議会演説に反対する声明を発表。また、イスラエルによるパレスチナのガザ地区への激しい軍事攻撃により多数の死傷者が出ていることに反発している平和団体などは、「ネタニヤフを逮捕せよ」をスローガンに、大規模な抗議行動を行うことを表明するなど、批判の声が高まっている。
AP通信などによると、ネタニヤフ首相の連邦議会での演説は、マイク・ジョンソン下院議長(共和党・ルイジアナ州選出)が主導。ホワイトハウスにも働きかけ、議会演説の前日にバイデン大統領と会談することも決まった。バイデン大統領の与党である民主党には、下院で2番目に大きな議員連盟であるCongressional Progressive Caucus (CPC)のメンバーをはじめとして、イスラエルのガザ攻撃に反発する議員も多い。実際、ネタニヤフ首相の演説が発表されると、CPCのメンバーをはじめとして、上下両院の議員からボイコットの意思が相次いだ。
連邦議員のスタッフや議会の委員会などの職員からも演説をボイコットすべきという声が出てきた。議会スタッフの団体としては最大の1500人の会員をもつといわれるCongressional Progressive Staff Association (CPSA)は7月17日、無記名の230人の会員とともに、連邦議員向けに書簡を発表。「政治ではなく、モラルの問題だ」としたうえで、「全米、そして世界中の市民、学生、議員が、ネタニヤフ氏のガザ戦争における行動に反対の声を上げている」と指摘。「イスラエル人は、停戦と人質解放の交渉に失敗した彼の失敗を非難して、何ヶ月も街頭で抗議してきた。私たちは、あなた(連邦議員)が彼(ネタニヤフ首相)の演説に抗議したり、出席を拒否したりする仲間の議員たちに加わることを願っている」と述べている。
2001年の同時多発テロ事件の後、アメリカによるアフガニスタンへの攻撃への懸念から結成されたANSWER Coalitionは、ネタニヤフ首相の議会演説が明らかになった直後にAmerican Muslims for Palestine、Palestinian Youth Movement、People’s Forum、Palestinian Feminist Collective、Jewish Voice for Peace, Palestinian Assembly for Liberation、Writers Against the War on Gazaなどの団体とともに、首都ワシントンで抗議集会を行うことを決定した。
これらの団体は、5月に国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相とハマスの指導者を戦争犯罪などの罪で起訴する考えを打ち出したことを踏まえ、「ネタニヤフを逮捕せよ」というスローガンを掲げた。そして、アメリカ東部を中心に全米各地から抗議集会への参加を呼びかけ、バスの手配などを進めている。抗議集会の会場を管轄するNational Park Serviceに提出された集会の申請書によると、5000人の参加が見込まれているという。
なお、Congressional Progressive Staff Associationの声明とANSWER Coalitionの抗議集会の案内などは、それぞれ以下から見ることができる。
https://cdn.sanity.io/files/ifn0l6bs/production/c9fb7ce6c42e2c1b82cd7eb00dc0784e3b6930e8.pdf
https://www.answercoalition.org/arrest_netanyahu
日米関係
シアトルの「サダコ像」、復元へ地元の建立団体や日系団体が募金開始
2024年7月20日
ワシントン州シアトルに建立されていた「サダコ像」が足元から切断され、持ち去られた。この事件後、像を建立した地元の団体は、復元に向けて募金や折り鶴を作る活動を進めることを発表。この動きに対して、日系団体が支援の意思を表明、復元に向けた資金確保とともに、平和教育活動が広がりつつある。
「サダコ像」は、広島に投下された原爆により、白血病になり、1955年に12歳でなくなった佐々木貞子さんの冥福を祈るとともに、平和の重要性を訴えるために建立されたものだ。建立団体のUniversity Friends Meetingの建物に近い、ゴミ捨て場状態になっていたシアトル市内の一角をボランティアにより清掃。市は、この場所をPeace Parkとして認可し、像が建設されることになった。1990年のことだ。
像の建立に向けた活動の中心になったのは、クエーカー教徒のFloyd Schmoe氏。1895年にカンザス州で生まれ、University of Washingtonなどで学び、第1次世界大戦時には「良心的兵役拒否者」として、ヨーロッパで赤十字の活動に従事した。第2次世界大戦の際には、アメリカ政府により強制収容された日系人への支援活動を展開。戦後は、広島で被爆者向けの住宅「シュモーハウス」の建設に関わるなど、日本との関係も強い人物だった。
Peace Parkの開設と「サダコ像」の建立に関わる資金には、Schmoe氏が92歳の時、1988年に広島ピース・センターから受賞した谷本清平和賞の4000ドル余りの賞金も充当された。また、地元企業のFratelli's Ice Creamも資金を寄贈。像を制作した彫刻家のDaryl Smith氏は、製作時間の多くをボランティアとして協力した。
「サダコ像」が足元から上が切り取られ、持ち去られたことが明らかになったのは、7月12日の朝。このため、切り取りが行われたのは、11日の夜から12日の朝にかけてとみられる。「サダコ像」は、これまでにも腕が切り取られる事件が2度発生していた。しかし、地元の警察は、今回の事件について、地元の警察は、犯行の動機は不明としながらも、像に用いられている金属を転売するためではないかと述べている。各地で、同様な事件が発生し、一部で容疑者が逮捕されているためだ。
建立団体のUniversity Friends Meetingは7月16日、資金を調達、像を復元する考えを発表。これに呼応して、日系団体のThe United States-Japan Foundationとその事業のひとつ、 US-Japan Leadership Programは7月18日、募金活動を支援する閑雅を明らかにした。復元には2万ドルの資金が必要と見込まれているが、1万ドルを上限に、募金で集まった金額と同額を団体としても寄付するという。いわゆるマッチングギフトだ。
「サダコ像」の佐々木貞子さんは、自らの延命を祈って折り紙で鶴を1000羽作ろうとしたことで知られている。このため、像の復元をめざすUniversity Friends Meetingは、「ファンドレイザー」に加えて、鶴を折る「フォルドレイザー」の必要性も指摘。US-Japan Leadership Programは、「フォルドレイザー」として、7月下旬から8月初めにかけて開催される会議にあわせて鶴を折り、折り鶴をPeace Parkに持っていくという。
なお、US-Japan Leadership Program による募金活動は、以下のGo Fund Meのサイトから行うことができる。
https://www.gofundme.com/f/restore-stolen-hiroshima-victim-statue-to-seattle-peace-park
また、「サダコ像」の足から上が切り取られた状態などについては、The strangerという地元紙の以下のURLから見ることができる。
https://www.thestranger.com/news/2024/07/12/79600165/have-you-seen-sadako-sasaki
移民労働
米市民の配偶者で合法的な居住権がない外国人に市民権、推定50万人対象の事業の申請が8月開始
2024年7月19日
連邦政府機関のDepartment of Homeland Security (DHS)は7月17日、アメリカ市民と結婚したものの合法的な居住権をもたない外国人に、市民権取得への道を開く” Unity and Stability of Families (USF)”と呼ばれるプログラムの受付を8月19日から開始すると発表した。50万人が対象になると推定されている大規模なプログラムに対して、長年にわたり導入を求めて活動を続けてきた移民の権利擁護団体からは、歓迎の声が上がっている。
USFプログラムは、6月18日にバイデン大統領の声明として公表された。この声明内容は、”FACT SHEET: President Biden Announces New Actions to Keep Families Together”というタイトルで、ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されている。文書は、プログラムの目的を「移民法上異なる立場にある夫婦及びドリーマーを含むアメリカで教育を受けた若者に対して、安心と安定をもたらすため」としている。
ここでいう「移民法上異なる立場にある夫婦」とは、アメリカ市民と合法的な居住権を持たない外国籍の配偶者の夫婦を意味する。また、ドリーマーとは、DACAとして認定された若者をさす。DACAとは、” Deferred Action for Childhood Arrivals” のことで、オバマ政権時の2012年に導入された措置だ。子どもの頃、親とともにアメリカに入国し、合法的な居住権を持っていない若者で、一定の条件を満たす、一時居住を認めた。
換言すると、プログラムは、合法的な居住権をもたないアメリカ市民の配偶者に加え、ドリーマーを含む、その子どもも対象になる。ただし、市民権取得への道を開くプログラムだが、直接、永住権や市民権を申請できるわけではない。大統領がもつ“Parole”と呼ばれる権限をもちいた措置だ。移民法との関係では、「臨時入国許可」を意味する。
したがって、プログラムへの応募は、臨時入国許可申請となる。そのうえで、申請者は、プログラムが発表された2024年6月17日以前に、アメリカ国内に継続して10年以上滞在していたことやアメリカ市民と合法的に結婚していたことなどが要件として求められる。また、移民の除外対象となる犯罪歴がないことも必要だ。
DACAやUSFプログラムは、移民の権利擁護団体などが長年にわたり政府に求めてきた活動が結実したものといえる。このため、USFプログラムの発表後、移民の権利擁護団体などが、自らの活動の成果として示すとともに、バイデン政権を評価する声が相次いだ。例えば、米国最大の移民の若者が主導する組織で、120万人のメンバー、100以上の支部をもつUnited We Dreamの事務局長、Greisa Martinez Rosasは、以下のように述べている。
「12年前にDACAを勝ち取ったこと、今年初めにさらに多くの不法滞在者のために医療を勝ち取り、そして今では何十万人もの人々にさらに広範で人生を変えるような救済を提供したことまで、これらの勝利は、我々の生活と権利のために戦うために毎日現れる我々の運動なしには不可能だっただろう。…我々は、この瞬間を我々の運動の勝利であるとともに、バイデン大統領にとって正しい方向への一歩と認識してる」
なお、United We Dreamは、USFプログラムが発表時のプレスリリースで、同プログラムの実現に関わった他の移民の権利擁護団体の声明も紹介している。このプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://unitedwedream.org/press/following-decades-of-tireless-organizing-and-advocacy-immigrant-and-civil-rights-groups-win-historic-relief-for-immigrant-families/
コロナ禍
コロナ禍で拡大したリモートワーク廃止で裁判、原告の労働組合が敗訴
2024年7月18日
コロナ禍で急速に広がった、リモートワーク(在宅勤務)。しかし、感染対策の緩和とともに、オフィスワーク(職場勤務)に戻す企業や政府機関が増加してきた。こうしたなかで、ペンシルベニア州フィラデルフィア市は2024年5月、新たに就任した市長がフルタイムの職員に対してリモートワークをオフィスワークに戻すことを決定。これに労働組合が反発、訴訟に発展していたが、組合側が敗訴した。
NPOの調査機関、Pew Research Instituteが2023年3月30日に発表した” About a third of U.S. workers who can work from home now do so all the time”というタイトルの報告書によると、コロナ禍から3年余りが経過した2023年3月時点におけるリモートワークで働いているアメリカの労働者の割合は、35%に止まった。これは、コロナ禍発生から間もない2020年10月の55%、2022年1月の43%に比べ、かなり減少したことを意味する。
ただし、これらは、リモートワークだけで働く労働者の割合で、リモートワークとオフィスワークを組み合わせた、いわゆるハイブリッド・ワークは、2022年1月から23年3月の間に35%から41%へ増加。また、リモートワークを全く経験していないという労働者は、この期間に11%から12%へと微増したに止まる。このように、アメリカにおいては、リモートワークがかなり定着してきた、といってよいだろう。
こうした状況下で、2023年11月のフィラデルフィア市長選挙で初当選し、24年から市長に就任したCherelle Parkerは5月20日、フルタイムの市職員に対して7月15日以降、オフィスワークに戻るよう指示。これに対して、職員の労働組合、American Federation of State, County and Municipal Employees (AFSCME) Local 2187は強く反発。AFSCMEの地域連合会に当たるDistrict Council 47は、指示を無効だとして、フィラデルフィアの郡裁判所のひとつ、Philadelphia Court of Common Pleasに訴えを起こした。
District Council 47は、市長の指示は労使協約違反であり、労働者に悪影響を及ぼすと主張。これに対して民主党の市長は、人の姿が見え、市民が利用しやすい行政府にするためにオフィスワークが必要としたうえで、労働条件の改善も提示していると述べていた。具体的には、有給の育児休暇を6週間から8週間に延長したり、感謝祭の後の金曜日を休日に指定すること、家族介護のための病気休暇の制限が緩和などをあげている。2日間の審議を経た7月12日、Philadelphia Court of Common Pleasは、オフィスワークへの復帰を市は職員に命じることができるという判断を示した。
また、District Council 47は、コロナ禍で導入されたリモートワークの存廃は、労使協議を通じて決定されるべきだととして、Pennsylvania Labor Relations Board (PLRB)に訴えを起こしていた。PLRBは、1937年に設立されたペンシルベニア州の機関で、労使関係の平和的解決を促す機関だ。労働側の訴えに対して、市長は、労使協議の対象事項ではないという立場を提示している。この案件については、まだ判断が示されていない。
前述のように、コロナ禍に対する規制緩和が進む中で、徐々に減少したとはいえ、依然としてかなりの割合の労働者が利用しているリモートワーク。オフィスワークへの復活を求める経営者が少なくない中で、今回のような訴訟が今後も続く可能性がある。その際、労働者の就労環境などとの関連も踏まえ、注視していきたい。
なお、この裁判については、多くのメディアが伝えている。ここで紹介できなかった内容も知りたい場合は、以下の記事を参照されるとよいだろう。
https://apnews.com/article/philadelphia-workers-back-to-office-cf5419f3c71e36949e16ea972bb8e77e
公共政策
トランプへの銃撃事件契機に銃規制強化の立法化を求める声、NPOなどから相次ぐ
2024年7月16日
ペンシルベニア州で7月13日に行われた集会でトランプ前大統領が銃撃された事件は、背景や死亡した容疑者の動機は明確ではないものの、「民主主義に対する挑戦」といった批判の声が高まっている。しかし、この事件は、銃を用いた犯罪で、背景には「銃社会」と形容されるアメリカの現状がある。このため、銃規制の強化を求めてきたNPOなどからは、これを阻んできた共和党への批判とともに、規制強化の立法化の必要性を訴える声が出ている。
NPOの声を紹介する前に、「銃社会」の現状を見ておこう。
トランプ前大統領への狙撃に用いられたのは、AR-15と呼ばれるライフルである。The Washington Postの調査によると、2012年から23年までの間に10人以上が死亡した大規模な銃撃事件は17件。このうちAR-15が用いられたのは、2017年にラスベガスで60人が死亡した事件を含め、10件にのぼる。
なぜ、これほど重大な銃撃事件の多くがAR-15を用いて、引き起こされているのか。最大の理由は、ライフルの中で最も多く所有されているからだ。The Washington Postによれば、その数少なくとも2000万丁。アメリカの成人の20人にひとりに当たる1600万人が保有していると推定している。ひとりで複数のAR-15を所有している人もいるということだ。
GUN.comというオンラインの銃器販売ショップによると、AR-15のは754ドル99セント。円安の影響で、邦貨に換算すると12万円ほどになるが、一般人に手が届かない金額ではない。連邦下院の調査によると、このライフルを製造している大手5社による、過去10年余りの売り上げは、10億ドル(1600億円)にのぼるという。
アメリカの銃に関する法規制は、1934年のThe National Firearms Act (NFA)にさかのぼることができる。本格的な動きは、1990年代に入ってからで、クリントン政権下の1993年のBrady Handgun Violence Prevention ActやFederal Assault Weapons Banがそれだ。しかし、後者は、10年後の2004年、銃保持の権利を主張するNational Rifle Association (NRA)のロビー活動などにより、失効。その後も、銃規制の声が高まると、NRAなどの活動で葬られてきた。
その後、バイデン政権下の2022年6月25日、Bipartisan Safer Communities Act (BSCA)が成立。銃販売業者の登録化や購入者の犯罪歴などの確認が強化された。しかし、その直前の6月23日、連邦最高裁判所は、トランプが大統領時に指名した保守的な判事らによって、殺傷力のある銃器を屋外に持ち出すことを、憲法修正第2条を根拠に合憲と判断。BSCAなどの銃規制法の意義は、大きく後退したといわれている。
実際、7月13日の集会における銃撃も、NRAや保守的な最高裁の判決がなければ、実行されなかった可能性もある。また、トランプを2024年の大統領候補に指名することになる、共和党の全国大会はウィスコンシン州で開催されているが、厳重な警備が敷かれている。しかし、同州では、銃器の屋外への持ち出しが合法とされており、警備を行う警察なども、銃を保持しても逮捕できないものの、テニス球やペイントボール銃の所持は認めないなど、奇妙な現象が生じているのだ。
こうした中で、銃規制の強化を求めてきたNPOなどは、相次いで声明を発表。トランプへの銃攻撃を非難するとともに、トランプや共和党、NRAなどによる銃規制批判の動きが、今回の犯罪の背景にあると指摘、規制強化を求めている。
例えば、Brady: United Against Gun Violenceは、「政治的暴力行為を非難し、アメリカを銃による暴力から解放するための団結した対応を呼びかける」と題する声明を発表。その中で、Kris Brown会長の「我が国は銃による暴力の危機に瀕している。…トランプは『どこにでも銃を持てるアジェンダ』を推進するかもしれないが、これは誰もが受け入れることができるアメリカではない」という声を紹介している。
また、Everytown for Gun Safetyとそのネットワーク団体、Moms Demand Actionは、両団体の代表による次のコメントを含むプレスリリースを発表した。
「この恐ろしい行為(トランプへの銃撃)は、銃による暴力を経験することから免れる人はいないということを改めて思い起こさせるものだ。銃がどこにでも、誰にでも、問答無用で、誰も安全ではない」(John Feinblatt, president of Everytown for Gun Safety)
「(トランプへの銃撃のような政治暴力)は、わが国の弱い銃規制法と、銃で武装した憎悪が簡単に他人の命を奪うことを許す法律である「Gun Everywhere」の文化の結果である」(Angela Ferrell-Zabala, executive director of Moms Demand Action)
これらの声は、現時点で大きな広がりを持つには至っていない。しかし、トランプ前大統領への銃撃を個人への政治的攻撃としてではなく、銃規制という政策の不備が招いたという認識に立ち、規制強化の動きに変えていこうとする流れが進んでいく可能性はある。それが現実化すれば、大統領選挙の動向に変化が生じていくのではないだろうか。
なお、上記のBradyの声明は、以下から見ることができる。
https://www.bradyunited.org/about-us/press/trump-rally-shooting
福祉貧困
最高裁のホームレスへの罰則化判決へ批判噴出、支援強化で改善示す報告も
2014年7月14日
連邦最高裁判所(以下、最高裁)は6月28日、6対3の多数判決で、自治体の管理する公園などでホームレスが寝具を用いて寝泊まりした場合、罰金や罰則を科することを認める判断を示した。連邦地裁と控訴裁(高裁)の判決を覆すもので、ホームレス支援の拡充を求めてきたNPOなどから、批判が噴出している。一方、最高裁判決と同じ日、ロサンゼルスの機関は、支援強化によるホームレスの減少を伝える報告書を発表。ホームレス問題をめぐり、罰則化と支援強化という政策対立に一石を投じている。
最高裁の判決は、オレゴン州のGrants Passという市が2013年に制定したホームレス対策条例に関するもの。人口4万人弱の小さな市だが、ホームレスは約600人にのぼる。条例は、市内で、毛布やまくらを用い、段ボールで作った箱の中などで寝泊まりした場合、罰金や罰則を科すもの。罰金は295ドルとされ、支払えない場合は537ドル60セントまで増額される。違反が2度目になると、市警が市内における屋外の寝泊まりを禁止。これに従わないと、不法侵入の罪で30日間の収監刑と罰金1250ドルが科される。
Grants Passの裁判は、市内のホームレスふたりが6年前に起こした。連邦地裁と控訴裁は、ホームレスが宿泊できるシェルターなどの施設がない状況で、屋外で寝泊まりした場合に罰則を科することは、合衆国憲法修正第8条が禁止する「残酷で異常な刑罰」に当たるとして、原告の訴えを認めた。
一方、最高裁の多数派判決を起草したNeil M. Gorsuchは、ホームレスを「自ら選択した」としたうえで、憲法修正第8条の「残酷で異常な刑罰」は手法に関するものだと主張。ホームレスは「休暇中のバックパッカーや市庁舎の芝生で抗議することを選択している学生など」が屋外で寝泊まりしていることと変わらないとして、政府・自治体は特定の行為に罰則を科することができるとの判断を示した。
バックパッカーや「抗議する学生は、たしかに「自ら選択した」といえよう。しかし、ホームレスは、「自らの選択」なのだろうか。最高裁判決に異論を唱えた、Sonia Sotomayor判事は、「睡眠は生物学的に必要であり、犯罪ではない」としたうえで、「一部の人々にとって、外で寝ることが唯一の選択肢」だとして、判決を批判した。
ホームレス支援に関わっているNPOは、Sotomayor判事の指摘したように、「外で寝ることが唯一の選択肢」になっている人々が存在することに対して、政府や自治体が低所得者向け住宅やホームレス・シェルターを十分に提供していないためだと強く批判。また、屋外の寝泊まりに罰金を科しても支払い能力がなく、刑務所に収監するなどの措置がとられれば、支援策よりもコスト高だと述べ、最高裁判決に基づく措置は機能しないと述べている。
支援団体の連合体、National Alliance to End Homelessness (NAEH)は、ロサンゼルス郡と市によって1993年に設立されたLos Angeles Homeless Services Authority (LAHSA)が発表した報告書を指摘。最高裁判決と同じ日にだされた”2024 GREATER LOS ANGELES HOMELESS COUNT DATA”と題された報告書だ。2024年度の郡のホームレス人口は前年度に比べ0.27%減少して7万5312人、市では2.2%減り4万5252人になった。郡・市とも、シェルターに入っているホームレスが増加する一方、路上で生活している人が郡で10.4%、市で17.7%減少したと報告している。
ロサンゼルスのKaren Bass市長は、2021年12月の就任当日、ホームレス問題について「非常事態宣言」を発令。以降、積極的な対策を講じてきた。ホームレス支援団体は、これを高く評価。最高裁判決に対して、罰則化ではなく、支援強化の必要性を訴える根拠として用いている。さらに、ホームレス支援団体は、憲法修正8条以外の法的な根拠も探りながら、法廷闘争を含めた、ホームレス対策の罰則化の抑制と支援策の充実を訴えていく考えだ。
なお、LAHSAの報告書、”2024 GREATER LOS ANGELES HOMELESS COUNT DATA”は、以下から見ることができる。
https://www.lahsa.org/news?article=977-unsheltered-homelessness-drops-and-sheltered-homelessness-rises-in-la
人権問題
人種を考慮した奨学金制度が相次いで廃止、大学の多様性維持に懸念
2024年7月11日
The Washington Postは7月9日、”Many universities are abandoning race-conscious scholarships worth millions”と題する記事を掲載した。2023年6月29日に連邦最高裁判所(以下、最高裁)がハーバード大学などの入学選考において、人種を基準のひとつとする、いわゆるアファーマティブ・アクションを事実上違憲とする判決を出した。その後、全米の大学で、入試だけでなく、奨学金の選考においても人種を考慮することを否定する動きが広がっている事態を紹介したものだ。
大学の奨学金の選考におけるアファーマティブ・アクション廃止の動きについては、これまでにも複数のメディアが伝えてきた。例えば、The Washington Postの記事の導入部分で取り上げられているDuke Universityについてみると、4月20日にケーブルテレビの大手CNN、同月15日には高等教育業界の専門紙Inside Higher Edが人種を考慮した選考による奨学金制度の廃止を報じた。
とはいえ、アメリカを代表する日刊紙のひとつのThe Washington Postが取り上げたことの意味は小さくない。この問題の重要性を示す一助になるからだ。実際、The Washington Postも高等教育の専門家の発言として指摘しているように、大学の多様性の確保に向けた取り組みとして、入試における人種の考慮は「難関校」が中心で、それ以外の大学は奨学金を通じて行うことが多いのが実態なのである。したがって、人種を考慮した奨学金の廃止は、高等教育全般における多様性を失わせることにつながっていく。
では、なぜ、そしてどのようにして、このような動きが広がっているのか。「なぜ」に関しては、詳述する余裕はないが、人種を考慮することが白人に不利に働く、いわゆる「逆差別」につながるという認識が広がっているためといえよう。白人の中にも、経済的に困窮した家庭などで生活している人々も存在する。こうした白人が存在する以上、人種の考慮という名によりマイノリティが「優遇」されることは不公平だというのだ。とはいえ、経済的あるいは社会的な困難を大きく負っているのは、マイノリティである。彼らへの配慮は、社会全体にとっても有益と考えられてきた。この考えが、いま、強く否定されつつあるといえよう。
「どのように」という点については、政治の動きが目につく。例えば、最高裁判決からわずか数時間後、ミズーリ州のAndrew Bailey司法長官(共和党)は、州内の大学に対して、「人種に基づく基準を使用して、入学、奨学金、プログラム、雇用などに関する決定を下すこと」を直ちに停止しなければならないと、文書で警告を発した。ウィスコンシン州では2023年11月、州議会下院で多数を示す共和党が州立大学で人種を考慮した奨学金の廃止を求める法案を可決、その後、上院で否決される事態が生じた。
超保守的な民間団体などの動きも見逃すことができない。大学における人種を考慮した入学選考を違憲と判断した最高裁に訴えを起こしたのは、Students for Fair AdmissionsというNPO法人だった。人種を考慮した奨学金についても、2021年にWisconsin Institute for Law & LibertyというNPO法人が奨学金を担当する州の機関Wisconsin Higher Educational Aids Boardのマイノリティ向けの奨学金制度を問題視して、訴訟を起こした。訴えは却下されたものの、このNPO法人は、控訴して、争っている。
こうした政治といういわば「上から」の動きに加え、NPO法人などの「下から」の働きかけにより、1960年代から本格化したアファーマティブ・アクションは、存亡の危機に瀕している。しかもそれは、教育界だけではない。雇用や事業契約、そしてNPOに対する助成制度にも及びつつある。こうした動きは、追って紹介していきたい。
なお、この投稿では触れていないが、2023年の最高裁判決から1か月半後の8月14日、連邦司法省と教育省は、判決の解説ととともに、高等教育機関における多様性の確保の方法を示したQ&A形式の文書を公表した。以下から見ることができるので、関心のある人は参考にするといいだろう。
https://www2.ed.gov/about/offices/list/ocr/docs/ocr-questionsandanswers-tvi-20230814.pdf
NPO運営
2023年の慈善団体への寄付5500億ドル突破、前年比で実質2.1%減少
2024年7月9日
6月25日に発表された”Giving USA 2024”によると、2023年の慈善団体(NPO)への寄付は、総額5571億6000万ドル(1ドル160円で89兆円余り)にのぼった。前年比で名目1.9%増だが、物価上昇を差し引いた実質では2.1%減少した。
”Giving USA”は、Giving USA FoundationとThe Giving Institute、Indiana University Lilly Family School of Philanthropyの3団体が毎年発行している全米の寄付活動の調査報告書である。アメリカのフィランソロピー活動の全体を網羅した報告書として、1956年以来発行されている。2024年版は、350ページ余りにも及ぶ、膨大なデータが掲載されている。
2023年の寄付活動を寄付者別にみると、最大の寄付者は「個人」で、3744億ドルと、全体の67%を占めた。次いで、「助成財団」の1035億3000万ドル(19%)、「遺贈」の426億8000万ドル(8%)と続く。多額と思われがちな「企業」寄付は、365億5000ドルと、全体の7%にすぎない。
個人寄付の割合が67%と聞くと、市民の寄付活動が広範に行われていると考えがちだ。実際、個人寄付の割合は、2022年の63.9%から2023年には67.2%へと増加している。しかし、2013年には、個人寄付が寄付全体の73%を占めていた。このことは、個人寄付の割合が長期低落傾向にあるといえよう。
しかし、問題は、個人寄付の割合が低下しているだけではない。慈善団体に寄付をする人が減っているのだ。BBB Wise Giving AllianceとCharity Monitoring Worldwideが今年3月21日にニューヨーク市で開催したDonor Trust and Participationというイベントにおいて、Aspen Instituteの副会長、Jane Wales氏は、2000年から2016年までの間に全米で2000万世帯が寄付活動を行わなくなったと指摘している。
とはいえ、名目上の金額で見る限り、寄付額全体の数字は伸びている。これは、少数の人々が多額の資金を提供しているためだ。例えば、2023年版のGiving USAによれば、5億5000万ドル以上の寄付者は、2022年に個人寄付の5%に相当する140億ドルもの資金を慈善団体に提供した。2023年には、それぞれ2%と80億ドルに減少したものの、Chronicle of Philanthropy紙によれば、100万ドル以上の寄付者は、2024年の最初の5か月間に前年同期に比べ、全体で3億ドル以上多くの寄付を行った。
寄付だけではない。ボランティア活動に関しても、参加する人の割合が減少する半面、一人当たりの活動時間が増加傾向にある。このことは、市民一人ひとりが皆で社会を支えていくという、市民社会の理念が希薄化していることを意味しているといえよう。それは、民間非営利活動だけでなく、民主主義にとっても懸念される事態と指摘する声もある。
なお、Giving USA 2024は、寄付の受け手の団体に関して、業種別の金額や変化を示している。最も多くの寄付を受けたのは、宗教団体だ。2023年に1458億1000万ドルの寄付を受けた。2022年に比べ、名目では3.1%増加したものの、実質では1%減少した。国際協力団体も、実質マイナスになった。金額ベースでは、299億4000万ドルを集めたものの、マイナス幅は1.6%に達している。
一方、社会福祉、教育、フィランソロピーなどの業種では、実質でも増加。特に、助成財団などのフィランソロピーは、実質で10.8%と、唯一二けたの伸びを示し、金額でも800億ドル余りを集めた。
なお、Giving USA 2004については、以下から概要やレポートの購入方法を見ることができる。
https://givingusa.org/giving-usa-u-s-charitable-giving-totaled-557-16-billion-in-2023/
日米関係
連邦政府機関のNLRB、インディアナ州のホンダを不当労働行為で告発
2024年6月24日
アメリカの連邦政府の独立機関、National Labor Relation Board (NLRB)は6月20日、インディアナ州グリーンバーグのHonda Development and Manufacturing of America(以下、ホンダ)が労働組合の組織化に当たり不当労働行為を行ったとして、告発したことを明らかにした。これに対してホンダは、争う姿勢を明らかにしており、今年10月にNLRBによるヒアリングが開催される見込みだ。
グリーンバーグのホンダ工場には、約2400人の労働者が働いている。労働者の組織化を進めていたのは、United Automobile Workers (UAW)で、昨年、GMなど大手3社に対して長期ストを慣行、大幅賃上げを勝ち取った。その後、南部を中心にした未組織の自動車工場の労働者の組織化を進め、フォルクスワーゲンで団体交渉権を獲得。メルセデスベンツの工場では、過半数の賛成がえられず、敗北したものの、不当労働行為があったとして、会社側を訴え、NPRBも調査が行われている。
こうしたUAWの未組織の組織化を目指す活動は、全米各地の13社の15万人の労働者を対象にした大規模なもので、一部で経営側と対立が激化。ホンダや韓国の現代自動車、テスラ社などに対して、2023年12月に不当労働行為の訴えをNLRBに起こしていた。今回のNLRBによるホンダへの告発は、このUAWの訴えを受けたものだ。
投資家やトレーダー向けのニュースを提供しているBenzingaによれば、「組合が不当労働行為の訴えを起こすことは、組織化における常套手段」と指摘、「告発には正当性がない」としてヒアリングで争う旨を書面で述べている。しかし、NLBBは、組合の訴えを受けた後、自動的に告発に踏み切るわけではない。内部調査の結果、訴えに根拠があると認められた時に告発、そしてヒアリングに進むことになる。したがって、ホンダの書面による説明は、妥当とはいえない。
NLRBが告発内容を示した文書は、NLRBのウェブサイトに公開される。しかし、6月25日現在、この件については、未公開のままだ。したがって、ホンダが行ったとされる不当労働行為の詳細は明らかではない、しかし、複数の報道機関がNLRBの広報官の話として伝えたところによると、以下のような行為が含まれる。
・労働者に安全ヘルメットからUAWのステッカーを剥がすよう強制したこと
・従業員を違法に監視したこと
・組合支持者を懲戒すると脅したこと
NLRBのヒアリングは、10月に開催される予定だ。このヒアリングの結果について、いずれか、または双方は、受け入れを拒否することが認められている。その場合、拒否した側は、裁判所に審理を求めることができる。したがって、NLRBや裁判による争いが長期間続く可能性もある。
なお、今回告発に関して、NLRBは、”Honda Development and Manufacturing of America, National Labor Relations Board, No. 25-CA-331556”というケースナンバーで扱っている。以下のNLRBのウェブサイトでいずれ告白内容や経過が報告されることになると思われる。関心のある人は、時々チェックしてみるとよいだろう。
https://www.nlrb.gov/
NPO経営
NPOなどの反対の中、郵便料金7月から今年2度目の値上げ
2024年6月21日
U.S. Postal Service (USPS)による郵便料金の改定案を検討してきた、連邦政府の独立機関Postal Regulatory Commission(PRC)は5月30日、今年2度目となる値上げを承認した。これにより、7月14日から新しい料金体系に基づき事業が実施される。値上げの背景には、インターネットの広がりによる利用者の減少や物価の高騰があげられている。出版物の発送や広報、募金集めなどを郵便に大きく依存するNPOは、値上げ反対の活動を続けてきたが、押し切られた形だが、相次ぐ値上げに危機感を表明している。
政府の独立機関として郵便事業を行っているUSPSの年間の郵便物の取扱件数は、2006年には2131億件に到達。しかし、その後、減少が続き、2023年には1161億件と、半減状態に陥っている。経営状況も悪化し、料金改定が繰り返されてきた。例えば、直近の2年間に限定しても、2022年7月、23年1月と7月に引き上げられた。さらに、今年1月にも料金改定を行ったが、年間65億ドルに達する赤字が予想されるなど、7月から平均10%弱の値上げが行われても、経営状況の改善は見込めていない。
USPSは、赤字の一因として、NPOへの郵便料金の割引をあげている。24年前に連邦議会が制定した法律により、NPOが出す郵便物については、通常のコストの60%をカバーする料金が設定されている。しかし、連邦政府は、USPSに多額の補助金を提供しており、社会的に必須なサービスを提供しているNPOへの「優遇」は必要かつ当然と、多くのNPO関係者は考えている。
インターネットの広がりとともに、NPOなどの郵便への依存度が高い事業においても、郵便離れが進んでいる。とはいえ、多くのNPOは、依然として団体の出版物の発送や広報、募金活動などを行う際、郵便を用いることが多い。例えば、USPSのデータによると、2022-23会計年度の間に、郵便物全体における営利企業の利用割合は92.7%から 89.8 %へと減少。一方、NPOは、7.3 %から10.2 %へと増加した。
このデータは、今日でも郵便事業がNPOにとって重要な位置を占めていることを示唆している。郵便に依存する割合が高いNPOは、1980年にAlliance of Nonprofit Mailers (ARM)を結成。郵便事業におけるNPOの役割を啓発するとともに、NPO向けの料金設定を求めるなどしてきた。今回の料金改定においても、ARMは5月6日に「アラート」を発布、改定案を審議するPRCに値上げを見送るよう要請。また、2021年から導入された消費者物価指数を上限とする郵便料金引き上げ条件の撤廃などを求めた。
相次ぐ郵便料金の改定に対して、ARMは、引上げが利用者を減少させ、それによる収入減を補うため値上げを実施、それがさらに利用者を減らしていくという悪循環に陥っており、この状態を変える必要があると指摘している。また、郵便局の統廃合などの問題に取り組んでいるSave the Post Office Coalitionは、値上げが郵便物への依存度が高い地方の集落の住民や退職者、障害を持つ人々、黒人や先住民のコミュニティを置き去りにしてしまう、と批判している。
なお、ARMは、高齢者団体のAARP、健康医療に関わるAmerican Heart AssociationやNew England Journal of Medicine、消費者団体のConsumer Reports、障がい者の権利擁護を進めるDisabled American Veterans、環境保護活動で知られるNational Wildlife Federationなど、全米的に著名なNPOなどにより構成されている。今回を含め、郵便料金改定などに関する活動は、以下のサイトから見ることができる。
https://www.nonprofitmailers.org/advocacy/
移民労働
アマゾン労組、大手のTeamstersの傘下へ
2024年6月13日
2021年にニューヨーク市南部のStaten Islandでアマゾンの倉庫労働者の組織化に成功し、一躍脚光を浴びたAmazon Labor Union (以下、ALU)。その後、いくつかのアマゾンの倉庫の組織化を試みたものの失敗。さらに指導部内の対立が激化し、訴訟に至っている。こうしたなかで、ALUは6月4日、大手の労働組合International Brotherhood of Teamsters(以下、Teamsters)の傘下に入ることになった旨を発表した。Teamstersも2021年、アマゾンの組織化を進める計画を打ち出していた。ただし、これにより、アマゾンの組織化が進むかどうかは不透明だ。
Staten Islandのアマゾンの倉庫労働者の組織化は、コロナ禍で職場の安全衛生などの問題を取り上げ、ALUの現在の委員長、Chris Smallsのリーダーシップで進められた。独立組合のALUは2021年、労働組合への賛否を問う職場選挙に勝利したものの、アマゾンが選挙を管轄した連邦政府機関のNational Labor Relations Board (NLRB)に異議申し立てを行い、今も係争中だ。一方、ALUの指導部内では、Smalls委員長が講演活動などに注力し、他の倉庫の組織化を疎かにしていると批判。この内部対立は、裁判所に持ち込まれている。
なお、ALUはTeamstersの傘下に入るものの、独自の支部として運営されるため、活動の自律性は担保されるとみられる。また、現段階で傘下入りは双方のトップによる合意に止まり、今後、ALUの組合員による投票で最終的に決定されれる。投票の時期は未定だ。
アマゾンの組織化については、アラバマ州の倉庫でRetail, Wholesale and Department Store Union (以下、RWDSU)が2021年に職場選挙にこぎつけたものの、大差で敗北。しかし、翌2022年、NLRBが経営側の不当労働行為を認定し、2回目の選挙が行われたが、労使双方が異議を申し立て、結果が確定していない。その後、NPRBの調査が進み、現在、公聴会が開かれており、3度目の選挙になる可能性もある。
ALUやRWDSUとは別に、Teamstersは、独自の動きを見せている。昨年、ロサンゼルスの郊外にあるアマゾンのBusiness Partner(協力企業)のひとつ、Battle-Tested Strategies (以下、BTS)の労働者84人がTeamstersに加盟。しかし、BTSで職場選挙が行われる直前に、アマゾンは同社への委託業務契約を解消、組織化を葬り去ろうとした。これに対して、TeamstersはNLRBに不当労働行為の訴えを出すなどして、闘いを続けている。
Teamstersは、トラックドライバーの組合と形容されることが多い。しかし、倉庫や宅配便のような事業に関わる労働者の組織化も行っている。例えば、貨物輸送の大手、United Parcel Service (以下、UPS)も組織しており、昨年、ストライキを通じて、大幅賃上げを勝ち取った。これにより、Teamstersは、組合員の増加が続いているといわれる。
とはいえ、UPSの労働者は、同社に直接雇用されている。一方、アマゾンの労働者は、BTSのような事実上の下請け企業に配送を委託しているため、間接的な雇用関係しかない。Teamstersは、BTSの労働者の雇用者は事実上、アマゾンンだという主張で、NLRBに訴えたものの、係争中だ。
世論調査では、労働組合への支持率が記録的な高さになっている。バイデン政権も「親労働組合」を標ぼう。これらを「追い風」にして、独立系のALUと主流派のTeamstersが手を握ることで、全米第2の企業、アマゾンの組織化を勝ち取ることができるかどうか。アメリカの労働運動の真価が問われているといえよう。
なお、ALUのTeamstersの傘下入りに関する両者の合意書は、ALUの”X”に掲載されており、以下から見ることができる。
https://x.com/Lfelizleon/status/1798074666336362693
反戦平和
イスラエルの「ガザ大虐殺」反対の声、キャンパスの学生による運動の後も拡大
2024年6月9日
パレスチナのガザ地区へのイスラエル軍の侵攻は、3万6000人を超える死者が生じ、「ジェノサイド(大虐殺)」として国際的な非難の声が高まっている。アメリカでも4月から5月にかけて全米各地の大学でエンキャンプメントと呼ばれる、キャンパス内にテントを張って寝泊まりしながらの抗議行動が広がった。これに対して、多くの大学では、警官隊を導入し、抗議活動を行う学生を排除。アメリカではイスラエルへの抗議行動が沈静化したように感じている人も少なくないだろう。
しかし、5月以降、イスラエルの侵攻に対する抗議や非難の行動は、新しい次元に入ったようにも見える。元々、今回の侵攻が始まった1カ月に満たない昨年11月4日には首都ワシントンで、主催者側発表で50万人が参加した大規模集会が開催され、さらに”Shut it down!” をスローガンにした駅や道路の「占拠」運動が、親パレスチナの活動家や反戦平和団体などによって展開された。
この動きの後に、大学におけるエンキャンプメントがスタート。そして、「Stop Genocide!(虐殺を止めろ)」とスローガンにした大規模集会に加え、労働界やマイノリティ団体にも停戦を求める声などが波及しているのだ。
今年に入ってからも大規模集会が続いている。1月13日に首都ワシントンで行われた”National March for Gaza”には主催者側発表で40万人が参加。イスラエルのラファへ侵攻が迫った2月12~13日には、カナダやイギリスも含め12都市で”Hands off Rafah!(ラファから手を出すな)”という呼びかけで、大規模なデモや集会が開催された。この他、数回にわたり大規模集会が行われ、直近では6月8日に”Biden, We are your Red Line. Stop Genocide”を掲げ、ホワイトハウス前で大規模な反バイデン政権行動が展開された。
”Biden, We are your Red Line.”とは、イスラエルによるラファ侵攻に対して、バイデン政権が”Red Line”を超えさせないといいつつも、「虐殺」を黙認していることを批判したものといえよう。この行動の一環として、2マイル(約3.2キロ)に及ぶ赤いバナーを”Red Line”として手にした人々がホワイトハウスを囲んで、反バイデンの声をあげた。
労働界やマイノリティ団体によるガザ侵攻を批判する声は、これまでにも存在した。しかし、5月から6月にかけて、注目すべき動きが出ている。労働界からは、United Automobile Workers (UAW) Local 4811によるストライキがある。UAWは、これまでにも停戦を求める声明を発表してきたが、今回のストライキは、カリフォルニア州の大学の院生らの組合員が行ったものだ。その数4万8000人。学生のエンキャンプメントに対する大学当局の警官隊導入などの暴力的な対応への批判が根底にある。
マイノリティからの声として最も注目されるのは、”NAACP Urges Biden-Harris Administration to Stop Weapons Shipments to Israel, Push for Ceasefire”というタイトルの声明がプレスリリースとして発表されたことだ。発表したNAACPは、 “National Association for the Advancement of Colored People”のことで、30万人(団体側資料)の黒人を会員としてもつ、全米最大の人権団体である。UAWもNAACPも、伝統的に民主党色が強く、バイデン大統領の支持母体だ。このことは、親バイデンの中からもイスラエルのガザ侵攻への反発が広がっていることを意味し、11月の大統領選挙を前にした、民主党にとって強い危機感を与えている。
なお、上記の赤いバナーを”Red Line”として掲げたデモの様子は、以下のCNNのビデオから見ることができる。
https://edition.cnn.com/2024/06/08/us/video/pro-palestinian-protesters-demand-ceasefire-gaza-washington-dc-white-house-todd-nr-digvid
公共政策
投票における視覚障がい者の秘匿性の確保求め、カリフォルニア州で提訴
2024年6月6日
コロナ禍の最中に実施された2020年11月の大統領選挙では、感染防止の意味合いもあり、郵送投票が全米で取り入れられた。郵送投票は、投票所が自宅の近くにない有権者に加え、高齢者や障がい者のように移動が困難な人々にとって、一票を投じる際の負担を軽減し、投票の権利を拡張させたといえる。しかし、今年3月、現在の郵送投票では一部の有権者にとって投票内容の秘匿性が侵害されるとして、カリフォルニア州政府に是正を求める裁判が起こされた。6月末には公判が行われる予定で、結果に関心が集まっている。
この裁判は、障がい者の権利擁護活動を進めているDisability Rights AdvocatesとDisability Rights CaliforniaのふたつのNPOがBrown, Goldstein & Levyという首都ワシントンなどに事務所を置く弁護士事務所とともに、原告代理人として起こしたものだ。原告は、 California Council of the Blindと National Federation of the Blind of Californiaという視覚障がい者のNPO及びふたりの視覚障がい当事者である。
郵送投票自体は、カリフォルニア州でも認められている。しかし、投票用紙は、インターネットからダウンロードすることができるものの、印刷された投票用紙を用い、返送しなければならない。このため、視覚障がい者は、印刷された投票用紙を第三者に読んでもらい、希望する候補者の欄に印をつけてもらう必要がある。結果的に、投票内容が第三者に知られてしまうことで、一票を投じる際の秘匿性が侵害されてしまう。このため、原告らは、自らを「Print Disabilities(印刷物障がい)」と形容している。
「Print Disabilities」をもつが求めているのは、オンライン上でディクテーションさせながら、希望する候補者の欄に印をつけ、それをインターネットファックス(E-Fax)で送信することを認めることだ。こうすれば、第三者の手助けは不要で、投票の秘匿性が保たれる。なお、E-Faxは、インターネット回線を通じてファックスの送受信を可能にする仕組みで、Fax機や電話回線などは不要だ。
この裁判について6月5日に報じたCalMattersというNPOのメディアによると、カリフォルニア州の視覚障がい者は89万2000人にのぼり、そのうち93% は、投票権を持つ年齢という。また、原告代理人になっている団体のひとつ、Disability Rights Advocatesによると、全米で少なくとも12の州で、なんらかのインターネット回線を通じた投票用紙の返送が認められている。
なお、2022年にインターネット回線を通じた投票用紙の返送を認める法案がカリフォルニア州議会に提出された。しかし、選挙を管轄する州の機関Secretary of Stateがセキュリティ上の懸念を理由に反対し、未成立に終わった経緯がある。このため、今回の訴訟では、Secretary of StateのShirley Weber長官を相手取って起こされた。6月24日に、提訴されたU.S. District Court in San Franciscoで審理が予定されている。
この裁判の経緯や訴訟などの資料は、以下のDisability Rights Advocatesのサイトから見ることができる。
https://dralegal.org/case/ccb-v-weber/#files
福祉貧困
全米に広がるベーシックインカム、共和党からの批判も
2024年6月4日
コロナ禍で生活困窮者が増加する中で、アメリカ各地でベーシックインカムのパイロットプログラムが広がっている。すでに100以上の都市で実施されており、連邦政府のコロナ対策資金を活用した自治体による措置が多いが、首都ワシントンで今年5月、NPO独自の取り組みが開始され、より関心が高まってきた。その一方、共和党を中心に、政府資金への依存を高めるなどの批判も強まるなど、厳しい状況も生まれている。
アメリカでは、ベーシックインカムのパイロットプログラムをGBIP (Guaranteed Basic Income Pilots)と呼ぶことが多い。このプログラムを最初に導入したのは、カリフォルニア州のStockton。同市のMichael D. Tubbs市長によって 2019年に開始され、125人に毎月500ドルを2年間にわたり提供された。その後、導入する市や郡が増加。2020年6月には、Tubbs市長が全米組織、Mayors for a Guaranteed Incomeを立ち上げるまでに至った。
生活困窮者に対するアメリカの社会福祉政策は、日本の生活保護制度のような現金給付が中心ではない。例えば、医療についてはMedicaid、食事についてはSNAP (Supplemental Nutrition Assistance Program)、住居については一般的にSection 8と呼ばれるHCVP (Housing Choice Voucher Program)などがある。これらを受給しても、それぞれの目的のためだけにしか使用できない。
Stockton のプログラムは、Economic Security Project というNPOなどによる100万ドルの寄付を原資として開始された。受給者は、Stockton市内の低中所得者地域に居住する18歳以上の人々。公式には、SEED (Stockton Economic Empowerment Demonstration)と呼ばれ、開始から1年間の成果をまとめた報告書、Preliminary Analysis: SEED's First Yearも発表されている。報告書によると、SEEDから受けた資金の大半を食品や電気ガス水道、自動車の維持費など生活に必要なものに費やしていた。
SEEDの実施に当たり、受給資格があるもの受給しなかった200人ほどの住民がコントロールグループとして選出され、受給者と比較された結果が報告書に盛り込まれた。それによると、受給者は、他人との交流や子どもと過ごすなど、「意味ある活動」により多くの時間を投入していることが示された。経済的な保証が、物質的な豊かさだけでなく、精神的な余裕などから、人間関係が良好になっているということができるだろう。
Stocktonから始まったとはいえ、GBIPの実施内容は、実施する自治体などの組織によって規模や内容がかなり異なる。例えば、2022年夏に始まったChicagoのResilient Communities Pilotは、毎月受け取れる資金は500ドルとStocktonと同じだが、受給者は5000人にのぼっている。これは、連邦政府のコロナ対策関係法律のひとつ、American Rescue Plan Actを活用したためだ。一方、今年5月に始まった首都ワシントンのNPO、Bread for the CityのCash RXは、毎月500ドルを5人に配るという小規模なものだ。
このように規模の大小も含め、GBIPが広がる反面、共和党の議員などの公職者から、「社会主義政策」「政府資金への依存を生む」などの批判も広がってきた。それが具体化されたのは、テキサス州Harris郡のUplift Harrisというプログラムに対する違憲訴訟だ。ヒューストンなどの大都市も含む同郡は、毎月500ドルを1年半にわたり8万2500人に応募者から選ばれた1928 人の住民に提供するプログラムを実施する計画だった。
しかし、州の司法長官Ken Paxtonは、Uplift Harrisを違憲として裁判に訴えた。政府の資金を個人の使用目的で給付することが、州の憲法に違反するという主張だ。州の地方裁判所は、この訴えを却下。しかし、受給予定者に給付を行う前日の今年4月23日、州の最高裁が一時差し止める判決を出した。これにより、受給を待ちわびていた住民は、生活費の確保に不安な日々と送る状況に至っている。
前述のStocktonの報告書、Preliminary Analysis: SEED's First Yearにもあるように、GBIPは、受給者の物質的な状況だけでなく、精神的なメリットも生んでいる。こうした調査研究がさらに広がり、成果と課題が検証され、制度が改善され、Pilotから恒久的なものに変わっていくことが期待される。なお、Stocktonの報告書は、以下から見ることができる。
https://basicincome.org/news/2021/04/key-findings-from-the-first-year-of-the-stockton-study-released/
コロナ禍
コロナ禍のオンライン授業で和解、大学が学生に495万ドル支払いへ
2024年6月2日
新型コロナウイルス感染症の広がりとともに、全米の教育機関の大半は、授業形態を対面からオンラインへと切り替えた。多くの大学も同様の措置をとったが、この措置に対して、学生から授業料の返済などを求められた大学も少なくない。そうした大学のひとつ、中西部の私立校のシカゴ大学は5月23日、クラスアクションとして訴えていた学生との間で、裁判所による和解案が合意に達したことを明らかにした。和解金は、総額で最大495万ドルに及ぶ。
この裁判は2020年5月、当時シカゴ大学の学生だったArica KincheloeさんとAlexander Castroさんのふたりによって、連邦地方裁判所イリノイ州北部支部に起こされた。ふたりは、UChicago for Fair Tuition (UCFT)という学内組織を立ち上げ、賛同者を募る署名や授業料の支払拒否活動を展開。同年5月1日には、ストライキを行うなどした。しかし、大学側は、四半学期当たり400ドル余りの 学生サービス料を125ドルに減額するなどの措置をとったものの、授業料の半減要求には応じなかった。
UChicago for Fair Tuition (UCFT)が問題視したのは、オンライン授業になったことで、期待していた授業が受けられなかったというだけではない。被告のシカゴ大学は、私立の有名校で、2019年だけで50億ドルもの募金を集めている。また、大学の基金には、82億ドルもの資金がある、と学生は主張。授業料を半減させても、大学の負担は8500万ドルにすぎないとして、コロナ禍による経営の悪化という大学の主張が事実だとしても、学生に負担を押し付けるのは不公平と述べていた。
なお、和解による決着は、大学側の違法行為を認定したことを意味するものではない。また、和解金の495万ドルは、Arica KincheloeさんとAlexander Castroさんへの支払いではなく、クラスアクションなので、「クラス」に該当する学生すべてが対象となる。この訴訟における「クラス」は、2020年1月から同年の春の四半学期に在籍していた学生だ。このため、学生ひとり当たりでは、25ドルにすぎない。なお、アメリカの大学の多くは、春と秋の二学期制ではなく、春と秋に二学期を行う四半期制を採用している。
シカゴ大学以外でも、同様の裁判が数多く起こされている。正確な数字は不明だが、2023年3月1日付のTimes Higher Education の”Leading US universities settle Covid online teaching lawsuits”という見出しの記事によると、300件もの訴えが起こされたという。大半は学生によって起こされたと推察されるが、ニュージャージー州のRutgers Universityの場合は、学部学生の保護者が原告になっている。オンライン授業による質の低下や学生に対面授業の選択肢を与えなかったことに加え、学生が利用できなくなったサービス料を返却しないなど、大学側が不当に利益をえているなどと批判していた。
こうした訴えに対して、大学側は、オンラインであっても授業を提供し、学生の多くが受講してきたことにより、教育機会は確保してきたと主張。また、授業形態を対面で行うことを学生との間で事前に合意していたわけではないとして、契約違反にもあたらないなどを反論してきた。とはいえ、キャンパス内の寮で食住を確保している学生が多いアメリカの大学の仕組みを考えると、オンライン授業に切り替わるとともに、学生寮から出ることを求められるなど、学生が大きな被害を受けたことも事実だ。
シカゴ大学以外の大学における裁判とその結果には、次のようなものがある。DePaul University では、2020年に裁判が起こされたが、大学側が対面授業の実施を約束していたわけではないとして、 21年2月に訴えが却下された。一方、Cornell Universityでは、2023年に学生側に300万ドルを支払うことで大学側と合意。George Washington University では2024年初頭、540万ドルを学生側に支払うことで和解が成立した。
なお、シカゴ大学は、和解内容を「クラス」の在学生や元学生に伝えることが求められているが、その内容などについては、以下のサイトから見ることができる。
https://2020tuitionandfeessettlement.com/
人権問題
全米最初の黒人差別補償プログラムは違憲、保守的なNPOが集団訴訟
2024年5月30日
黒人差別補償の問題は近年、全米で議論が高まっている。こうしたなかで、保守的なNPOは5月23日、全米で最初に補償プログラムを実施したイリノイ州エバンストン市を相手取って、連邦地方裁判所に6人の原告代理人として集団訴訟を起こした。訴えを起こしたNPOは、集団訴訟の対象となる市民は数千人にのぼるとして、今後、原告が増えることを示唆しており、全米の黒人差別補償の動きに影響を及ぼす可能性もある
集団訴訟を起こしたのは、Judicial Watchという、寄付控除の資格を持つ、いわゆる501c3団体。1995年に設立され、首都ワシントンに本部を置き、訴訟や調査研究などで、主に民主党の政策への批判活動を展開している。Judicial Watchが財務省内国歳入庁に提出した990書式と呼ばれる事業会計報告書によると、2022年度の歳入は1億278万ドルで、このうち1億207万ドルは寄付や助成金。会長の年間報酬は56万7071ドルにのぼる。
黒人差別補償は、奴隷制の問題と不可分だ。1640年代から1865年まで、アフリカ人とその子孫が合法的に奴隷化されていたが、1865年に憲法修正第13条が成立、奴隷制は廃止された。このため、今日、合法的に奴隷化された人々も生存していない。したがって、黒人差別補償という場合、奴隷化された人々の子孫や、奴隷制度の廃止後に法律により様々な差別を受けてきた黒人への補償を行うことを意味することが多い。
エバンストン市の補償プログラムは、2021年3月に市議会の賛成8、反対1で可決、成立した。当初の対象者は、1919年から69年までの間に黒人地域に居住していた人もしくはその子孫だった。この期間に、市の住宅政策が黒人に差別的だったため、住居の劣悪さなどが問題になっており、補償金は住居の改修などに充当することに限定されていた。なお、補償金の額は、最大で2万5000ドル。この資金を確保するため、市は、大麻への課税収入などを充当した。しかし、2023年に法律が改訂され、現金補償を受けることも可能になった。
エバンストン市は、シカゴの中心街から20キロほど北に位置し、ミシガン湖の面している。2020年の人口統計調査によると、市の人口は7万8000人余りで、黒人は15%強の1万2000人程度だ。市の補償委員会によれば、これまで454人の黒人市民の申請を認可し、2024年度には少なくとも80人が補償受けることになると見込んでいるという。
連邦地裁イリノイ州北部地区エバンストン支部に起こした裁判(Flinn et al. v Evanston: No. 1:24-cv-04269) で、Judicial Watchが問題にしているのは、このプログラムの対象が黒人に限定されていることだ。黒人に限定することは、憲法修正第14条の法の下の平等に違反すると主張。原告の6人は、いずれも非黒人で、1919年から69年にエバンストン市に居住していた18歳以上の人か、その子孫。人種以外は、市の補償プログラムの申請資格と同じだ。このため、黒人への補償金と同額のひとり2万5000ドルの支払いなどを求めている。
黒人差別補償については、2023年6月にカリフォルニア州の委員会が”California Task Force to Study and Develop Reparation Proposals for African Americans”と題する最終報告書を発表。その影響もあり、黒人差別補償の動きが同州以外のボストンなどで広がっている。エバンストン市へのJudicial Watchの訴えは、奴隷制や黒人差別を問題視するとともに、補償を通じた解決を抑止する可能性があり、人権の観点から注視していく必要があるだろう。
なお、エバンストン市の補償プログラムについては、以下から見ることができる。
https://www.cityofevanston.org/government/city-council/reparations
移民労働
メルセデスベンツの職場選挙で敗北も、組合は再選挙を要求
2024年5月27日
アメリカ南部のアラバマ州ヴァンスにあるMercedes-Benz U.S. International=MBUSI(以下、メルセデスベンツ)の自動車工場で5月13日から17日の間に実施された、United Automobile Workers (UAW)を団体交渉の代表とするか否かをめぐる職場選挙で、組合は敗北。しかし、UAWは、経営側による不当労働行為があったとして、連邦政府に訴えた。訴えが認められれば、再選挙が行われることになる。
今回のメルセデスベンツの職場選挙で一票を投じた労働者は、5075人。このうちUAWに団体交渉権を委任することに賛成票と投じたのは2045人で、反対した労働者は2642人にのぼった。残りの56票は、無効票などとなっている。アメリカの労働組合法に当たるNational Labor Relations Act (NLRA)では、投票の過半数がえられなければ、団体交渉権が認められない。このため、2000人余りの労働者が希望したものの、職場選挙は組合側の敗北に終わったことになる。
メルセデスベンツでは、これまでにも組織化の動きがあった。しかし、今回は、2023年にUAWがビッグスリーと呼ばれるGMなど大手3社への長期にわたるストライキにより大幅賃上げなどを勝ち取ったうえ、24年4月にはテネシー州のフォルクスワーゲンの工場で組合の団体交渉権が認められるなど、組合に有利な状況が生じていた。そして、2月下旬には、過半数の労働者が団体交渉代表権をUAWに委任するカードに署名、選挙になれば勝算が見込めるとみられていた。
しかし、経営側は、長年、賃上げが抑えられてきた状況に対して、社会で最も高い水準を時給で2ドル引き上げるとともに、4年後には時給34ドルにすることなどを表明した。ここで4年後という時期は、前述のビッグスリーとの交渉による労使協定が2028年までで、その時点で、3社のUAWの組合員の時給が43ドルになることを意識したためと推察される。
こうした「アメ」だけではなく、経営側は、「ムチ」も用いてきたと、UAWは主張する。具体的には、組合支持者の解雇、組合資料の配布禁止、労働者の監視、労働者に参加を強要する集会の実施、組合結成について話し合った従業員を懲戒処分、組合活動が無益であるとほのめかしたことなどだ。UAWは、これらが不当労働行為だとして、5月24日にNLRBに訴えた。メルセデスベンツの親会社は、ドイツにある。5月17日付のUAWのプレスリリースによると、ドイツ政府も不当労働行為の訴えに関して調査を行っている。
メルセデスベンツの工場があるアラバマ州をはじめとした南部は、労働組合を否定的にみなす傾向が強い。より端的に言えば、反組合的な土壌がある。南部諸州の知事の多くは共和党だ。前述のフォルクスワーゲンの選挙結果が示される直前の4月16日、アラバマ州のケイ・アイビーをはじめとした南部の6人の共和党知事は、連名で「労働組合の結成は、確実に州の雇用を危険にさらすだろう。実際、今年に入ってから、UAWの自動車メーカーは全てレイオフを発表している」などと記した声明文を発表。労働者を組合から離反させ、組織化を防ごうと試みた。
結果的に、この声明は、フォルクスワーゲンの組織化には、あまり影響を与えなかったとみられる。しかし、UAWの組織化に「中立」を保ったフォルクスワーゲンと異なり、先に述べたような「アメ」と「ムチ」を駆使したメルセデスベンツにおける影響は小さくないだろう。なお、メルセデスベンツは、職場選挙に先立って、労働者から反発を受けていたCEOを解雇、新しいCEOを採用して、新CEOの対応を見守るようにと訴えていた。こうした点も、組合支持派の切り崩しにつながったとみられている。
職場選挙の結果が明らかになった直後の5月17日、UAWのショーン・フェイン会長は声明を発表。「アラバマ州のメルセデスベンツだは、2000人以上の労働者が組合への加入を望んでいる。彼らは消え去りはしない。太陽が昇り、太陽が沈み、労働者階級のための正義のための私たちの闘いは続く」と述べている。NLRBへの訴えを含め、メルセデスベンツの労働者の闘いは続いていくだろう。
このフェイン会長の声明文は、以下から見ることができる。
https://uaw.org/statement-from-uaw-president-shawn-fain-on-mercedes-alabama-vote/
NPO経営
全米最大のフードドライブ、郵便集配人の組合を中心に実施
2024年5月13日
アメリカで最初にフードバンクの活動が始まったのは、1967年。アリゾナ州フェニックスでSt. Mary’s Food Bankが設立された時である。その後、フードバンクは、全米に拡大。2021年時点で、フードバンクの連合組織であるFeeding Americaの傘下団体は約200、連携関係にあるフードパントリーや食事プログラムは6000、食品や食事(以下、食糧)の受給者は全米で6000万人にのぼる。
生活困窮者に食糧を提供するために、フードバンクは、食糧を集めなければならない。この作業は、フードドライブと呼ばれている。フードドライブにはさまざまな形があるが、最もよく知られた活動のひとつが、National Association of Letter Carriers (NALC)がイニチアチブをとって行っている、Stamp Out Hunger Drive(飢餓根絶運動)と呼ばれるプログラムだ。
Stamp Out Hunger Driveは、1991年にNALCと アメリカの労働組合のナショナルセンター、AFL-CIOのCommunity Services、日本の郵便局に相当するUSPS の関係者が協議し、全米10都市でパイロットプログラムを実施したのが起源である。1993年5月の第2土曜に全米統一行動を開始。NALC の220余りの支部が参加し、1100万ポンドの食糧を調達。それ以降、毎年5月の第2土曜日に実施されてきた。
NALCは、その名が示すように、郵便物の集配業務を行う労働者の組合である。Stamp Out Hunger Driveは、郵便物の集配業務に関連した形で行われている。具体的には、次のようなものだ。まず、寄付者が戸建てや集合住宅の郵便受けのそばに寄付を行う食糧をレジ袋などのプラスチックバックに入れておいておく。それをNALCの組合員である集配人が集め、地域のフードバンク等に提供する。
日本の郵便局が戸建てや集合住宅の郵便物の集配業務に用いるのは、二輪車が大半と思われる。そのため、食糧のように、かさばるものを業務と並行して集めることは困難だ。しかし、アメリカでは、小型のトラックが用いられている。最も一般的なのは、Grumman Long Life Vehicle (LLV) と呼ばれ、長さ4.46メートル、幅1.91メートル、高さ2.16メートルで、積載量は1200キロ、つまり1.2トンにもなる。したがって、かなりの量の食糧を運ぶことも可能だ。
コロナ禍で食糧集めが中断されたが、2022年のStamp Out Hunger Driveでは、3947万3516ポンドの食糧を集めることができた。1ポンドは、約450グラムなので、1776万キロほどになる。食糧に加え、募金集め行われ、 NALC本部のマッチングを含め、100万ドル余りが集まり、各地のフードバンクに寄贈された。これらの数字は、NALCが2022年6月29日に同日現在で集計を終えた全国のフードドライブの結果を公表した結果に基づいている。
コロナ禍がまだ収束していない段階ということもあり、例年よりも集まった食糧は、少ない。2023年には、6月13日時点における集計によれば、4200万ポンドに増加。また、寄付も21万2808ドル集まったという。これにより、開始以来19億ポンド近い食糧を集めたことになる。なお、今年の結果は、6月に集計、公表される予定だ。
Stamp Out Hunger Driveを5月に行うのは、夏休みとの関係がある。小中学校などに通う子どものうち、政府が規定する所得水準に満たない家庭の児童は、無償で朝食や昼食をとることができる。しかし、夏休みに入り、学校に行かなくなると、給食を食べることができない。このため、低所得家庭の児童の場合、特に夏休み期間中は、食べ物に不自由するかことが多くなる。当然、フードバンクへのニーズも増え、それに対応する一助という意味をもっている。
もちろん、今日、食事を十分にとることができないのは、子どもだけではない。年金生活の高齢者の多くも、食べるものに不自由しているといわれている。NALCなどでは、全米で食事が十分確保できない人が8人にひとりいるとして、Stamp Out Hunger Driveなどを通じた食糧支援を呼び掛けている。
しかし、今年、活動を行ったNALCの支部などからは、寄付される食糧が前年より少ない傾向がみられるという報告もある。物価が高騰し、それまで食糧を寄付してきた人々に、その余裕がなくなってきたためではないかという。一日の活動としては全米最大のフードドライブといわれる、Stamp Out Hunger Driveの重要性が増しているともいえよう。
なお、NALCは、Stamp Out Hunger Driveを進める際、各支部がスムーズに体制を整備し、食糧集めができるように、さまざまなノウハウを示したFood Drive tool kitと呼ばれるマニュアルを作成、公表している。以下のサイトから見ることができるので、関心のある人は閲覧することをお勧めする。
https://www.nalc.org/community-service/food-drive/food-drive-toolkit
NPO経営
Boy Scouts名称変更、背景の問題を探る
2024年5月9日
Boy Scouts of Americaが5月7日、団体名を変更すると発表した。
新しい名称は、Scouting Americaで、創立115周年に当たる2025年2月8日から使用されることになる。
企業名の変更はしばしば聞くことがある。しかし、NPOの団体名が変わるという話は、あまり聞かないのではないだろうか。統計的なデータはないだろうが、NPOのM&Aが珍しくないアメリカでも、NPOの大半は、合併後はいずれかの団体の名称を名乗るように感じる。2001年にフードバンクの連合体、Second HarvestがFoodchainと合併した後、Second Harvestを名乗ったのは、その一例だ。
合併後の2005年、Second Harvestは、Feeding Americaに名称を変更した。直訳すれば、Second Harvestは、第二の収穫。Feeding Americaは、アメリカを養う、あるいはアメリカ(人に)食事を与えるという意味になる。Feeding Americaの方が活動をより適切に表している、という説明が行われたように記憶している。
Boy Scouts of AmericaがScouting Americaに団体名を変更したのはなぜか。Boy Scouts of America のプレスリリースでは、名称は変えても、ミッションは変わらないという。団体のプレスリリースには、”Scouting America currently serves more than 176,000 girls and young women across all programs”という一文がある。
Boyという名称からは、男の子のための団体というイメージがつきまとう。しかし、現実には、17万6000人もの女の子や若い女性が参加しているのだ。名称変更は、こうしたデモグラフィーの変化を反映したものと見ることができる。
このように述べてくると、「さすが、アメリカの代表的なNPOのひとつだ。ジェンダーに関わりなく、子どもたちを受け入れ、その成果を反映した団体の現状を示すものとして”Boy”を取り、”Scouting”だけを残したのか」と思われるかもしれない。そうした意味がないとは言わない、しかし、現実は、もう少し複雑な背景を感じる。
第一に、女の子や若い女性を受け入れることは、同様のクラスの人々を対象にした団体から反発を受ける可能性がある。実際、Girl Scouts of Americaは、Boy Scoutsが女の子や若い女性を受け入れていることに反発、2018年に裁判を起こした。しかし、Girl Scouts側が敗訴。これにより、Boy Scoutsとしては、ジェンダーに関わらず、Scouting活動を行うと公に表明できる状態になったといえよう。
とはいえ、必ずしもBoy Scoutsがジェンダー平等に積極的だったというわけではない。遡れば1960年代からBoy ScoutsのボランティアやScout masterと呼ばれるリーダーによって、多くの男の子が性的虐待の被害を受けていたのである。この問題は、訴訟に発展。8万4000人が被害を受けたとして争われた結果、Boy Scoutsが8億5000万ドルの支払いを行うことで決着した。しかし、裁判費用などを負担しきれず、破産申請を行うに至った。
今回の団体名の変更は、こうした負の遺産の解消を狙ったのではないか。新たな一歩を踏み出すために、名を改めるということがあってもよいだろう。しかし、過去の問題をなかったことにするためであってはならない。訴訟が起きる前、Boy Scoutsは同性愛の男の子やLGBTの児童の受け入れを開始。前述したように、女の子や若い女性の受け入れも行っている。こうした多様性の確保というポジティブな面を進めていく契機として、名称変更が活用されることを期待したい。
なお、前述したBoy Scoutsの名称変更に伴うプレスリリースは、以下から見ることができる。
https://www.prnewswire.com/news-releases/boy-scouts-of-america-to-become-scouting-america-302137787.html
日米関係
日本は「外国人嫌いだ」発言にみる、バイデンの移民への認識
2024年5月5日
5月1日にアメリカの首都ワシントンのホテルで行われた集会における、バイデン大統領の発言が日本でも波紋を呼んでいる。大統領が「外国人嫌いだ」と名指しした4ヵ国の中に、中国とロシアに加え、「同盟国」のインドと日本の名前が入っていたからだ。現地のメディアの取材に対して、ホワイトハウスの報道官は、今後も同様の発言を続ける可能性について「大統領次第だ」と説明し、謝罪にも応じていないという。
日本で移民や難民の問題に取り組んでいる人々や団体は、日本が「外国人嫌いだ」という指摘を「その通り」と感じるかもしれない。また、日本の政治家の発言やメディアの報道、居住している地域の住民の声や行動に接している外国籍の人々も、同様の印象をもつかもしれない。
しかし、「外国人嫌い」と翻訳された単語が含まれる文章は、ホワイトハウスが公表している”Remarks by President Biden at a Campaign Reception”と題する記録によれば、” …Why is Japan having trouble? … Because they’re xenophobic. They don’t want immigrants.”というものだ。
ここに示された” xenophobic”とは、外国人を単に嫌っているというレベルではない。嫌悪あるいは恐怖心を抱いているというような、極めて強いニュアンスの言葉だ。しかも、”Japan”と日本の国ないしは人々を一括りにしている。そこに、日本ないし日本人へのステレオタイプという、差別・偏見を感じないわけにはいかない。コロナ禍の当初、当時の大統領、トランプが「コロナウイルス」を「チャイニーズウイルス」などと呼び、アジア系へのヘイトクライムが増大する一因になったことと同様の不適切な発言といえるのだ。
メディアの報道や前述のホワイトハウスの記録を見ると、発言を行った集会の参加者の大半は、アジア太平洋系の人々だった。なぜなら、5月はAsian American, Native Hawaiian, and Pacific Islander Heritage Monthであり、それを記念する集会でもあったからだ。アジア太平洋系の人々には、日本、中国、インドというアジアからの出身者とその子孫も含まれる。
前述の” xenophobic”と述べた後、バイデンは、” Immigrants is what makes us strong”と述べ、移民の重要性を指摘している。集会の参加者をアメリカを強くしている人々とその子孫だ、と持ち上げているのだ。とはいえ、” xenophobic”な国から来た人々という意味も含んでいる以上、選挙、そしてそのための資金を求めるあたり、こうした発言を行うことは、政治家としてのセンスも疑われる。
日本では、バイデンの発言を集会参加者への「リップサービス」と考える人もいるようだ。しかし、TPOをわきまえない暴言で、2020年の大統領選挙で6割がバイデンに一票を投じたといわれるアジア太平洋系の人々に、イメージダウンをもたらしただけでははいのか。事実、ホワイトハウスの記録によれば、バイデンの発言中、「拍手」(Applause)が何度か起こっている。だが、” xenophobic”発言の後には、それはない。
もちろん、こうした集会における発言は、スピーチライターという、いわばゴーストライターが書いて、バイデンが読み上げるというのが普通だ。したがって、スピーチライターの意識も問われてくる。とはいえ、そのスピーチライターを採用したのはバイデン自身であり、事前に目を通したはずだ。であれば、バイデン自身の認識も同様といえよう。
バイデンは、3月にも同様な発言をスペイン語のラジオ局とのインタビューで述べたと伝えられている。スペイン語の聴視者であれば、日本などを” xenophobic”と指摘してもあまり問題は感じないかもしれない。しかし、仮に、メキシコや中米諸国の名をあげて、同様に非難する言葉を用いたら、どのような反応が返ってくるだろうか。
5月1日のバイデンの発言は、かなり長い。選挙を意識して、選挙資金の獲得状況やトランプ元大統領との違いを具体的に述べている。また、経済面などの成果を強調しつつ、コロナ禍におけるアジア系へのヘイトクライムの防止のための法律の制定や、アジア系の人々が犠牲になった銃犯罪なども取り上げ、トランプに政権を戻すことの危険性も指摘している。
そうした文脈の中で、最後の方で語られているのが、” xenophobic”発言だ。バイデンをはじめ、最近の民主党の政治家からも移民規制の声が聞こえてくる。トランプや共和党に比較すれば「まし」かもしれないが、「反移民」に向かいつつあるように感じる。” Immigrants is what makes us strong”という過去と現在をさらに強める政策を将来に向けて打ち出し、それをアジア太平洋系やスペイン語系の人々などに訴えていくことこそが必要なのではないか。
なお、前述の”Remarks by President Biden at a Campaign Reception”は、以下から見ることができる。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2024/05/01/remarks-by-president-biden-at-a-campaign-reception-7/
人権問題
78歳の女性レセプショニストに7万8000ドル、年齢差別などで会社が和解
2024年5月4日
日本で雇用差別というと、女性に対する賃金や昇進などに関する不利益な扱い、あるいはセクシュアル・ハラスメントなどをイメージする人が多いだろう。アメリカでは、女性に対する差別以外にも、人種をはじめさまざまな差別や偏見、ハラスメントが法律上の違法行為とみなされている。特に、定年制のように日本では当然のように考えられている年齢に基づく労使慣行も、アメリカでは、違法行為とみなされることもある。
いわゆる年齢差別であり、これを禁止する連邦法として、1967年に制定されたAge Discrimination in Employment Act (ADEA)が存在する。政府の独立機関のEqual Employment Opportunities Commission (EEOC)は4月30日、ジョージア州にあるリタイアメント・コミュニティと呼ばれる高齢者の住居と医療介護、レジャーを含む各種生活施設などを備えた施設のレセプショニストに対して、ADEAとAmericans with Disability Act(ADA:障がい者差別禁止法)に基づき、施設側が原告の女性に7万8000ドル(約1200万円)を支払う和解が成立したと発表した。
問題になったのは、ジョージア州コロンブスにあるCovenant Woods Senior Living, LLC and Bright Space Senior Living, LLC (以下、Covenant Woods)。EEOCのプレスリリースによると、EEOCに訴えを起こたのは、78歳のレセプショニストの女性。短期間入院した後、職場に復帰したが、管理責任者からいつまで働くつもりなのかなどと聞かれ、引き続き働きたいと希望を述べた。にも関わらず、入院により職務遂行能力に確信が持てないなどと言われたという。そして、2022年2月解雇され、大幅に年齢が低い人が後任として採用された。
レセプショニストの女性は、少なくなくとも14年間Covenant Woodsで働き、2022年1月にはEmployees of the Yearのひとりとして、表彰されていた。
こうした経緯を踏まえ、EEOCは、女性の訴えを受理した後、Covenant Woodsの対応がADEAとADAに違反する行為と判断。Covenant Woods との協議行ったものの、解決に至らず、2024年2月14日にジョージア州にある連邦地方裁判所に裁判を起こした。
ADEAは、40歳以上の人々に対する年齢に基づく雇用差別を禁止している。また、ADAは、障害があることだけではなく、障害が仕事に影響するのではないかと経営者がみなすことで不利益が及ぶことも違法としている。プレスリリースでは明記されていないが、入院により職務遂行能力に確信が持てないという趣旨の発言を施設の管理責任者が行ったことで、訴えの根拠にADAも追加されたものと推察される。
なお、EEOCによれば、2022年度にEEOCが受理したADEAに基づく訴えは1万1500件。同年度に経営側が支払った和解金や慰謝料は、総額6940万ドル。ADAに関しては、そのほぼ2倍で、訴えが2万5004件、和解金などは1億3900万ドルにのぼる。
上記のEEOCのプレスリリースは2つあり、それぞれ以下から見ることができる。
・連邦地裁に訴えを起こしたことに関するリリース
https://www.nyrealestatelawblog.com/documents/EEOC-PRESS-RELEASE-COVENANT-WOODS%5b2%5d.pdf
・和解成立に関するリリース
https://www.eeoc.gov/newsroom/covenant-woods-pay-78000-eeoc-discrimination-lawsuit
反戦平和
イスラエルのガザ攻撃で停戦求める学生や労働者の声、バイデン政権に打撃
2024年5月2日
イスラエルによるパレスチナのガザ地区の南部の主要都市、ラファへの侵攻により、人道危機のさらなる拡大が懸念される中で、全米各地の学生による停戦を求める動きが広がっている。この動きに対して、多くの大学は、キャンパスに警官隊を導入。4月18日にニューヨークのコロンビア大学で108人が逮捕されて以降、CNNによれば、全米の少なくとも25州の40余りのキャンパスで、5月2日までに学生や教職員2000人余りが逮捕される事態に至っている。
この事態に対して、学生や教職員を支援する側から、ふたつの注目すべき動きがでている。ひとつは、労働団体からの支援の広がりだ。停戦要求運動の広がりのきっかけとなったコロンビア大学の院生の労働組合、Student Workers of Columbia— SWC-UAW 2710は、労働団体などに対して、連帯表明を求める署名活動を開始。これまでに70余りの団体と1300を超える個人が賛同している。
署名活動を開始した団体の名称のSWC-UAW 2710に”UAW”とあるように、この団体はUAW(全米自動車労組)の支部である。元々自動車メーカーの労働者の組合だが、現在では大学の教員の研究補佐や業務補助を行う、いわゆるアカデミックワーカーを多数組織。2022年年末から23年初頭にかけて、カリフォルニア州でストライキを敢行したことでも知られている。
コロンビア大学の停戦要求運動では、SWC-UAW 2710のメンバーも数名逮捕されたという。そのこともあり、署名の文面には、”An injury to one is an injury to all”(一人の怪我は全員の怪我)という言葉が用いられている。かつて労働運動の主流派だったAmerican Federation of Labor (AFL)に対抗した左派のナショナルセンター、Industrial Workers of the World(産業労働者同盟)によってよく使用されたこととで知られる言葉だ。
以前、この欄でも指摘したように、UAWは、ガザにおける停戦を組織として求めている。1960年代にベトナム戦争に反対し、その戦争を要因していたAFL-CIOに抗議、脱退した労働組合の面目を示した形だ。今回も、署名の賛同団体の多くがUAWの支部であったことも考慮したのだろう。UAWは5月1日、会長名で、停戦要求運動を行う学生への逮捕を批判する声明を発表した。なお、UAWはすでにバイデンの再選支持を表明しているしかし、実際にどの程度支援を行うのかは定かではない。とりわけ、一般の組合員の支援活動が鈍る可能性はある。したがって、バイデン政権も、UAWの声を簡単にむしするわけにはいかないだろう。
もうひとつは、民主党の学生組織、College Democrats of America (CDA)という学生組織の動きだ。全米の大学に10万人を超える会員をもつCDAが、イスラエルのガザ攻撃に対して有効な手立てを打てないバイデン政権を批判する声明を発表したのである。なお、この声明は、CDAの執行役員10人のうち8人の賛成で承認されたものだ。
声明は、民主党員としてバイデン再選を支持するとしながらも、「民主党が恒久的な停戦、二国家解決、パレスチナ国家の承認のために団結できない日ごとに、ますます多くの若者が党に幻滅している」と指摘。「学生民主党員の票は、民主党にとって当然のことではない。われわれは、わが党がわれわれの声に耳を傾けないとき、われわれを批判する権利を留保する」とまで述べている。
2020年の大統領選挙で、若者の6割はバイデンに投票、選挙の勝利の一因になったといわれている。それだけではない。有権者登録の推進や選挙における候補者支援、そして資金調達などの活動で、若者の行動力は極めて重要だ。その若者の中心ともいえる学生組織から批判がでていることは、バイデンの再選戦略にも大きな影響を与えるだろう。
UAWをはじめとした労働団体、そして学生を中心とした若者だけではない。SWC-UAW 2710の署名には、パレスチナ住民を支援するNPOやユダヤ系の平和団体、イスラエルからの投資回収を求めるNPOなども含まれている。これらの団体や人々の声と行動が、バイデン政権への圧力となり、イスラエルのガザ侵攻停止を導いていくことを期待したい。
なお、SWC-UAW 2710の署名は、以下から見ることができる。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScHA6XY8_B40zxf8Mbhys2fXYQKMUkBJ9sPKtLn6MNqUGMuww/viewform
公共政策
NPOが提唱する、有権者の意識や希望を受け止め、棄権抑止につなげる選挙制度、RCV
2024年4月28日
衆議院議員の補欠選挙は、3議席とも立憲民主党の候補が勝利した。この結果について、多くのメディアは、「政治とカネ」が自民党を直撃した結果と報じているようだ。「政治とカネ」の問題が大きな争点になったことは事実である。しかし、「政治とカネ」への批判票が自民党を追いやったといえるのだろうか。
9人の候補が立候補した、東京15区を例に考えてみよう。当選した立憲民主党の酒井候補の得票数は、4万9476票。次点の須藤候補の2万9669票を2万票近く引き離している。自民党が推薦を検討したと伝えられる乙武候補は1万9655票。3万票もの差がある。一見すると、まさに「圧勝」である。
しかし、今回の選挙の投票率は、前回より18.03%少ない40.70%に止まった。当選した酒井候補の得票率は、28.97%と3割に届かない。有権者全体から見れば、12%程度の得票にすぎない。有権者全体を代表した当選者とはいいがたいのではないだろいうか。
何を問題にしているのかといえば、投票率の低さと有権者の多くを代表しているとはいいがたい候補が当選する選挙制度についてだ。日本のように、小選挙区制で、多くの政党が候補者を擁立すれば、当選者が大多数の有権者を代表しているとはいいがたい状況になることは自然ともいえる。その結果、多くの有権者の意識や希望とかけ離れた政治が行われていく可能性が強い。
ここで必要なのは、選挙制度のあり方を改めて考えることではないだろうか。にもかかわらず、メディアや政党、いわゆる識者からは、その指摘はほとんど聞かれない。
アメリカの選挙は、大半が小選挙区制度といえる。民主、共和の2大政党制なのだから、ふたりの候補者が争う。大統領選挙で想定されている、「バイデンとトランプの再戦」はその典型だ。こう思われている人が多いだろう。
しかし、これは一面の事実であっても、アメリカの選挙制度、そしてその改革の動きを十分理解した認識とはいえない。今後大きな動きになってくると考えられるのは、Ranked Choice Voting (RCV)という仕組みである。3人以上の候補が立候補した場合、それぞれの候補に優先順位をつけて投票することを可能にする制度だ。すでに一部の連邦議員選挙や州、自治体などの予備選挙や本選挙で活用されている。
RCVを提唱してきたNPO、Fair Voteによると、何らかの形でRCVを利用している選挙区の有権者は、全米で1300万人にのぼる。連邦議会には、今年3月にも法案が提出され、4月には民主党最大の議員集団、Progressive Caucusが支持を表明した。
日本にはない制度なので、理解しにくいと思われるので、RCVがどのように活用されるのか、イメージを提示しておこう。ある選挙で、A、B、Cの3人が立候補したとする。A候補が47%、B候補が45%、C候補が8%獲得した場合、通常の選挙であれば、A候補が当選者となる。
しかし、RCVでは、投票者は候補に優先順位をつけることができる。A候補が当選とされたのは、優先順位を考慮しない時点である。3人のうち、C候補は最下位なので、当選候補から除外される。ただし、C候補への投票者の一部は、優先順位をつけていた可能性がある。C候補への投票者の75%、すなわち全体の6%が優先順位をつけ、そのうち80%がB候補、20%がA候補だったとしよう。この「次善の候補」の票を加えると、A候補の得票率は48.2%になるのに対して、B候補は49.8%となり、ふたりの得票率が逆転する。
この方式によるメリットは、第1に死票が少ないことだ。RCVを用いない場合、投票総数の53%が死票となる。しかし、RCVの場合は、50.2%に止まる。これに関連して、C候補への投票をためらう必要が少なくなる。C候補が「泡沫候補」であれば、有権者は投票に行かない可能性も強い。したがって、棄権を抑止する効果がある。これが第2のメリットといえる。
また、RCVでは、A候補とB候補は、C候補の支持者も念頭に置いて選挙戦を戦う必要がある。「決選投票」になった場合、C候補の支持者の「次善の候補」になることが重要だからだ。このため、特定の支持層だけでなく、より幅広い有権者のニーズに対応するための公約などが求められる。結果として、より多くの有権者を念頭に置いた政策を訴えるようになり、極端な政策の主張が抑制される可能性が高まる。
アメリカ社会は、二極化が進んでいる。それを反映して、あるいは促す意図をもって、分断を進める主張が選挙で重視されている。日本でも同様な動きがでているのではないだろうか。小池都知事に「こんな選挙初めて」といわせたような、他の候補者への非難を繰り返すだけのような候補がでてくるのも、極端な政策を好む一部の有権者だけを対象に選挙戦を進めているからではないだろうか。
RCVはまだ実験段階にある。メリットを指摘してきたが、デメリットも存在する。ここでは、それを述べる余裕はないが、選挙結果が何を物語っているのか、その背景を選挙制度にも目を配りながら議論していくべきではないか。その際、RCVのような仕組みも俎上に載せていく必要性があると感じている。
なお、RCVを進めているNPO、Fair Voteの活動や理念とRCVの実態については、以下のサイトから見ることができる。
https://fairvote.org/
NPO運営
ボランティアの推定時給5000円超、NPOの経営への重要さ提示
2024年4月27日
アメリカの大手のNPOや助成財団、フィランソロピー活動に取り組む企業などによって構成されているNPO、Independent Sectorは4月23日、2023年のボランティアの労働に対する1時間当たりの報酬額を公表した。それによると、全米でみると、33.49ドルと、邦貨に換算する5000円を超えており、NPOの経営にとっても重要な意味を持つことが理解できる。
アメリカのボランティアは、基本的に無償だ。したがって、Independent Sectorが発表した報酬額は、実際にNPOがボランティアに対して支払っている金額ではない。あくまで、ボランティアの労働の対価がいくらになるか推計したものだ。推計に当たっては、The Do Good Institute at the University of Marylandの協力を受けた。
推計の根拠として用いているのは、連邦労働省のThe Bureau of Labor Statistics (BLS)のThe Current Employment Statistics (CES) のデータベースだ。このデータベースは、民間企業の従業員の賃金やベネフィットを集計した結果を、統計として公表している。なお、Independent Sectorは、ボランティアの労働の報酬額の推計に当たり、非農業部門の労働者のうち、管理職を除く一般労働者の賃金を基準として採用。また、賃金以外の社会保険などのベネフィットも含めている。
Independent Sectorは、全米のボランティアの労働の時給に加え、州ごとの時給も提示。最も高額なのは、首都ワシントンで時給50.88ドル。2番目はマサチューセッツ州の40.97ドルなので、首都ワシントンが際立って高いことがわかる。最も低いのは、ミシシッピー州の25.42ドルだった。なお、アメリカの自治連邦州のプエルトリコは15.82ドルと、全米平均の半分に満たない。
アメリカのNPOの多くは、ボランティアの人数やボランティア全体の活動時間などを公表している。これは、社会からの支援の大きさを示すためだ。Independent Sectorが推計した労働の対価を提示することは、NPOへの社会的な支援を金額で示すことに加え、活動したボランティアに対して、その価値を提示することにもなる。そのため、Independent Sectorは、毎年、ボランティアの労働の価値を推計し、公表してきた。2023年の金額は、前年比で5.3%増である。
なお、ボランティアの労働の価値に関するIndependent Sectorの全米及び州ごとの推計値やメソドロジーなどは、以下から見ることができる。
https://independentsector.org/resource/value-of-volunteer-time/?utm_medium=email&utm_campaign=VOVT%202024%20release&utm_content=VOVT%202024%20release+CID_e6be0b36e7df9e3fe42fda620816cba7&utm_source=Email%20marketing%20software&utm_term=Independent%20Sector%20releases%20new%20value%20of%20volunteer%20time%20of%203349%20per%20hour
コロナ禍
ワクチン懐疑派とアメリカのNPO
2024年4月25日
自民党の麻生副総裁は日本時間の4月24日、訪問先のニューヨークで、アメリカのトランプ前大統領と会談した。何のための会談なのか。いわゆる「もしとら」、すなわち11月の大統領選挙において、現職のバイデン大統領との対戦で、トランプが「もし」勝利した場合に備え、関係を作っておくためだろうと報じられている。
「もしとら」報道が示唆するように、11月の大統領選挙は、バイデンとトランプの一騎打ちになると見方が大半だ。この見方自体を否定するつもりはない。しかし、バイデンはイスラエル支援、トランプは数々の裁判と、不安要素がある。また、バイデンとトランプ以外にも、気になることがある。
第三者の候補だ。Quinnipiac Universityが4月24日に発表した世論調査結果によると、バイデンとトランプが37%ずつの支持率で並んでいるが、ロバート・ケネディ・ジュニアも16%というかなりの支持を獲得している。ロバート・ケネディ・ジュニアは、元大統領のジョン・F・ケネディの弟、ロバート・ケネディの息子である。なお、緑の党のジル・ステインと無所属のコーネル・ウエストも3%ずつの支持を受けている。
ステインとウエストは、いわゆる左派だ。しかし、両者ともイスラエルのガザ侵攻に対するバイデン政権の姿勢を強く批判。前回はバイデンに流れた票を奪い、トランプ有利に導く可能性がある。一方、ケネディは、環境保護を訴え、リベラルにみられる反面、さまざまな問題に関して「陰謀論」を唱えてきた人物でもある。
そのケネディの「資金源」として、フランスの通信社、AFPが4月16日に配信した”Big money flows to US charities fueling vaccine misinformation”というタイトルの記事が注目されている。新型コロナウイルス感染症のワクチンの危険性を主張する、いわゆる反ワクチン団体で働いていた経験などが指摘されているのだ。
AFPの記事は、ProPublicaというNPOのデータを主に引用して書かれている。この団体ウェブサイトは、ケネディが理事長と主席法律顧問を務めていたChildrens Health Defenseの財務報告を提示。それを見ると、2022年度にケネディが受けた報酬は、51万515ドルにのぼる。円安の影響もあるが、日本円で8000万円近くになる。
Childrens Health Defenseは、2007年にニュージャージー州で設立されたNPOである。コロナ禍前の2019年度の歳入は294万1894だった。コロナ禍が始まると、歳入は急増。2020年度は683万4424ドル、21年度は1599万132ドル、22年度は2354万1029ドルと、19年のほぼ8倍に達している。この間、ケネディは、役職は同じだが、報酬は、25万5000ドルから、34万5561ドル、49万7013ドル、そして22年の51万ドル余りへと倍増した。
NPOの事業が拡大し、それにともないトップの報酬が増える自体を非難するつもりはない。とはいえ、アメリカのコロナ政策やワクチン接種に様々な批判があるとはいえ、AFPの記事の見出しのように”fueling vaccine misinformation”(ワクチンの誤情報を煽ってきた)NPOで働き、多額の報酬をえてきた人物が大統領選挙のキャスティングボートを握る可能性があることに、強い違和感を持たざるをえない。
Childrens Health Defenseの歳入の95.8%(2022年度)は「寄付」である。「寄付」は自主的なものである以上、これも批判の対象にすることは適切ではないかもしれないが、やはり違和感がする。Childrens Health Defenseだけの問題ではない。AFPの記事が示しているように、ケネディの選挙運動のCommunications DirectorのDel Bigtreeは、反ワクチン団体のInformed Consent Action Network)というNPOの設立者で、コロナ禍で反マスクを訴えてきたことで知られている。なお、このNPOも、コロナ禍にあって、歳入を大幅に拡大してきた。
こうしたNPOが多額の資金を集める一方、それを問題として社会に訴えていくNPOも存在する。それがアメリカのNPOの幅の広さとして評価できないわけではない。しかし、反ワクチン派の資金が報酬という間接的にせよ、候補者に流れていったことについては、違和感を抱き続けていかなければならないと思う。
なお、前述のProPublicaがウェブサイトに掲載しているChildrens Health Defenseの収支報告は、以下から見ることができる。
https://projects.propublica.org/nonprofits/organizations/260388604
2024年4月20日
アメリカの南部諸州と聞くと、保守的なイメージが強い。大統領選挙の際の赤と青の色分けでも、真っ青に塗り固められている地域だ。その中心地ともいえるテネシー州で、フォルクスワーゲン工場で現地時間の4月19日、労働組合が職場選挙で勝利したというニュースが飛び込んできた。
この欄で何度か紹介したことがあるが、アメリカの労働法は、特定の職域の労働者の過半数が支持した労働組合に団体交渉権を委任する制度をとっている。日本のように、「ひとり組合」、つまり少数組合は存在しない。職場の過半数の賛成を得ることは容易ではない。その影響もあり、アメリカの労働組合の組織率は現在、10%程度に落ち込んでいる。
この状況を変えようという動きが、ここ数年で急速に広がってきた。保守の牙城南部も例外ではない。昨年、デトロイトに本拠を置くGMなど3社、いわゆるビッグスリーへのストライキを敢行、大幅な賃上げなどを獲得したInternational Union, United Automobile, Aerospace and Agricultural Implement Workers of America (UAW)は、外資を中心にした南部の自動車や自動車エンジンの工場の組織化を進める考えを表明していた。
それからわずか半年足らずの間に、フォルクスワーゲンの職場選挙とその勝利にこぎつけたのである。選挙を管轄した政府機関、National Labor Relations Board (NLRB)によれば、投票結果は2628対985。有効投票の73%がUAWに団体交渉権を委任することに賛成するという、「地滑り的」かつ「歴史的」な大勝となった。5月には、アラバマ州のメルセデス工場で選挙が実施される。
南部には、トヨタや日産、ホンダなど、日本の自動車メーカーも進出している。フォルクスワーゲンにおける勝利は、これら日本企業を含めた南部全体に及ぶのだろうか。労働運動の研究者の間からは、慎重な見方も強い。
そのひとつの理由は、南部諸州で制定されている、労働権法の存在である。組合への加入や組合費の支払いを労働者に強制することは禁止している法律で、全米の過半数の州で制定されている。
労働権法は、クローズとショップはもとより、ユニオンショップやエージェンシーショップ(非組合員に組合費の支払いを求める制度)も違法とする。その結果、事実上、オープンショップを強いている。この法律は、理論上、労働組合の制定には影響しないが、成立した組合の持続性には影響が大きい。ただし、労働組合を嫌悪あるいは排除する意識の形成につながることで、組織化を困難にさせている可能性が考えられる。
そもそも、前述のように、職場の過半数の賛成をえることは容易ではない。実際、フォルクスワーゲンに関しては、2014年と19年に職場選挙が実施された。特に2019年の選挙では、賛成48%、反対52%という僅差での敗北だった。他のメーカーなどでもUAWの組織化にとどまらず、職場選挙が行われたところもある。これを跳ね返すのは容易ではない。
昨年のビッグスリーとUAWの労働協約の締結以降、これらの企業は、一斉に賃上げを行った。組合による賃上げ要求への防波堤を築くという意図だろう。しかし、それでもフォルクスワーゲンの労働者は、UAWを選択した。
なぜか。賃金以外にも、職場の安全などの問題があるからだ。労働組合は、賃上げのためだけの組織ではない。労働災害などを含め、日常的に発生する各種の問題に、苦情処理制度を活用して、経営側と交渉することなども重要な役割なのだ。
また、組合の「本気度」も見落としてはならない。UAWは今年2月、組織化に向け2026年までに4000万ドルを投入すると表明した。現在の為替レートでいえば、60億円をこえる巨額の「投資」である。それだけの資金力があることに驚くが、膨大な資金を費やしても組織化を成し遂げるという意思の強さを感じることができる。
貧困福祉
生活費の高騰に対抗する、最低賃金の引上げ
2024年4月16日
「時給3000円のアルバイト、やらない?」
こう聞かれたら、「なにそれ、あやしそう…」
という声が返ってきそうだ。
ただし、これは日本の話ではない。アメリカのカリフォルニアで、今年4月1日からファストフードの労働者に適用される最低賃金、時給20ドルのことである。この最低賃金は、昨年9月に成立したAssembly Bill No. 1228に基づいている。
なお、対象となるのは、60以上の店舗をもつフランチャイズチェーンに限定される。したがって、個人経営や小規模なチェーン店で働く人々は対象外だ。とはいえ、こうした店舗の多くは、人手を確保するために、同様の賃金を支払わざるをえないとみられる。
カリフォルニア州の最低賃金は現在、時給16ドル。ファストフードの労働者は、これより25%多い賃金を受け取ることができる。当然のことながら、50万人といわれるファストフードの労働者からは、歓迎の声が上がっている。一方、経営難で閉店せざるをえないと主張する経営者も少なくないようだ。また、Pizza Hutなどは、デリバリー労働者を中心に、解雇を打ち出した。
日本の賃金や物価の水準からみれば、ファストフードの労働者の最低賃金時給20ドルはとてつもなく高いように感じるかもしれない。
しかし、アメリカの物価は極めて高い。例えば、ファストフードのマクドナルドでビッグマックミール(ビッグマックとフレンチフライ、コークの3点セット)で10ドルを超える。これにタックスがかかる。以前は、店頭で購入すればチップは不要とされていたが、いまは任意とはいえ、キャッシャーで支払う際、半ば強制される。結局、13ドル前後支払うことになるのではないだろうか。日本円に換算すると、ほぼ2000円だ。
家賃も法外だ。RentHopというサイトで、ロサンゼルスのワンルームマンションの平均月家賃は、2024年4月現在、1598ドル。ワンベッドルーム(1LDK)だと2195ドル、ツーベッド(2LDK)は3195ドルにもなる。時給20ドルで週40時間、月160時間働いても、3200ドルにすぎず、ワンベッドの家賃だけで消えてしまうだろう。なぜなら、給与から所得税や社会保険税などが3割程度差し引かれるからだ。
カリフォルニア州のファストフード労働者の最低賃金の引上げについて、メディアの多くは、「高すぎる」「経営に悪影響」「値上げで困るのは消費者」「失業を増やすだけ」といったネガティブキャンペーンを展開している。しかし、前述のような高物価の状況をメディア関係者は知らないのだろうか。
さらにいえば、大手のファストフードのトップの超高給状態には触れようとしていない。例えば、Mtwage.caによると、マクドナルドのCEO、Chris Kempczinskiの年収は2456万4972ドル(約38億円)に達する。一方、最低賃金の引き上げにより、時給20ドルをえることになったとはいえ、年間2000時間働いて4万ドルにすぎない多数の労働者。このとてつもない所得格差がアメリカの大きな問題であることを忘れてはならない。
なお、前述のAssembly Bill No. 1228については、以下から条文を見ることができる。
https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202320240AB1228
日米関係
USスチール買収問題にみる日本企業の「反組合」姿勢
2024年4月12日
訪米中の岸田首相とバイデン大統領の会談では、日米の軍事同盟の進展が強調された。その一方で、日本製鉄によるUS Steelの買収問題については、バイデンが反対を表明。個人的には、日本がアメリカの「同盟国」であることに反対だ。とはいえ、「同盟国」であるならば、その一方の国の企業が他方の企業を買収することに異を唱えることは妥当は思えない。
このニュースを聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、いまから四半世紀前のことだ。ソニーがコロンビア・エンターテイメント、三菱地所がニューヨークのロックフェラー・センターを買収。その時、ジャパンバッシングの嵐が全米に吹き荒れたといっても過言ではない状況が生まれた。
当時、私は、アメリカで日米の市民レベルの相互理解と交流を促進するための活動をしていた。その立場からは、この動きの背後には、日本、そして日本人、さらにはアジアとアジア系の人々への差別と偏見があると感じていた。
では、今回の日本製鉄による、US Steelの買収はどうなのか。US Steelの本社は、ペンシルベニア州ピッツバーグにある。いわゆる「鉄鋼の街」で、同社の企業城下町といっていいだろう。
長年の「城主」が変わることに、「領民」の反対や懸念が強いのでは、と思われるかもしれない。だが、地元紙のPittsburgh Post-Gazetteが3月21日付の社説で” Stop pandering to Pittsburgh: Politicians should drop opposition to Nippon Steel”というタイトルの記事を掲載したことが示唆するように、日本製鉄による買収を受け入れようとする姿勢も目立つ。
一方、ピッツバーグで働く鉄鋼労働者を組織しているのは、The United Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Union、いわゆるUnited Steelworkers (USW)だ。この名が示すように、鉄鋼以外の産業の労働者も数多く組織している。
日本製鉄による買収反対の最先端に立っているのが、この労働組合だ。アメリカの労働組合は、右から左まで、多様なイデオロギーの組織が存在する。USWは、リベラルな類に入るだろう。したがって、反日やアジア系へのヘイト意識が強いとは思えない。では、なぜ、日本製鉄による買収に反対するのか。USWの声明などには表れていないが、日本企業の反労働組合の姿勢に懸念をもっているのではないだろうか。
もちろん、日本企業といっても、経営者の労働組合に対する意識は同じではない。しかし、企業別組合に慣れてきた日本企業の経営者の多くは、産業別や職能別の労働組合を「部外者」としてみなし、受け入れようとしない傾向がみられる。
例えば、United Auto Workers (UAW)が南部を中心に進出している海外メーカーへの組織化を打ち出した際、トヨタは、組合抜きの労使関係を望んでいる旨を表明している。それをUSWは、「反組合」と受け取っても不思議はない。労働組合に排外的な姿勢がみられるのであれば、批判されるべきだ。
同様に、企業が「反組合」と受け取られる言動をとることも否定されなければならない。それは、日本企業への非難にとどまらず、日本やアジアへのヘイトを助長することにもつながる。このことを企業の経営者は、理解したうえで、行動する必要があることを指摘しておきたい。
なお、前述のPittsburgh Post-Gazetteの社説は、以下から見ることができる。
https://www.post-gazette.com/opinion/editorials/2024/03/21/editorial-nippon-us-steel-sale-biden-fetterman/stories/202403210030?cid=search
2024年4月8日
半年前に始まったハマスとイスラエルの戦闘に関連して、今月に入ってから大きな動きが相次いでいる。
直近では、イスラエル軍がガザ地区南部から部隊の大部分を撤収させたことがある。イスラエルのガラント国防相は「南部ラファでの任務を含む、今後の任務に備えるために撤収した」と述べているうえ、ガザ地区への空爆は続けている。したがって、この動きが直ちに停戦に向かうとは考えにくい。
イスラエルの動きには、アメリカの意向が働いているという見方がある。バイデン大統領は4日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話会談を行い、「ガザでの民間人を保護しなければ、支援政策を見直す」と直接警告したことが、それだ。
国内で「Genocide Joe!(虐殺者、ジョー・バイデン!)」と批判され、国際的な反発を受けながらも国連の停戦決議に拒否権を連発してきたバイデン政権。なぜ、イスラエルへの姿勢を変更したかのような言動を示し始めたのか。
人道的な観点から見れば、「イスラエルによる飢餓の武器化を放置している」という批判を回避したいという意図があったのだろう。実際、バイデン政権は、食料の空輸や海上移送もやってきた、という言い訳がましい対応もしてきた。
そこで注目されるのは、ガザ地区の住民に食糧支援をしてきたアメリカのNPO、World Central Kitchen (WCK)のスタッフ7名がイスラエル軍の攻撃で殺害された事件だ。WCKは、7名が車で移動することは、イスラエル軍に伝達していたという。にもかかわらず行われた凶行に、アメリカの内外から、激しい非難の声が上がっている。バイデン政権は、この声を自らに向かわせたくないため、イスラエルに強く出たのではないか。
なぜ、バイデン政権は、イスラエル軍への非難が自らに向かうことを恐れるのか。いうまでもない。11月に大統領選挙を控えているからだ。ちなみに、4年に一度の大統領選挙の当事者は、大統領だけではない。連邦議会の上院議員の3分の1、下院の全議席、州知事のほぼ3分1、さらには州議会や自治体の首長や議員の多くも選挙を迎える。
Data for Progressが2月22日から26日にかけて全米1232人のLikely Voters (投票を行う見込みの高い有権者)に実施した発表世論調査結果によると、ガザ地区における停戦と戦闘の拡大反対を支持する回答は、67%(強く支持37%、どちらかといえば支持30%)。この割合は、民主党支持者の間では77%にのぼる。
それだけではない。予備選挙の投票動向を見ると、バイデン政権のイスラエルへの姿勢への反発の強さが見て取れる。いわゆるUncommittedという、立候補者への不信任を示す投票を促す活動が、アラブ系市民の多い、ミシガン州の予備選挙で注目を集めた。2月27日に行われた同州の予備選挙では、10万1467 人(13.2%)だった。
この活動は、依然として続いている。4月2日のウィスコンシン州の予備選挙では、Uncommittedと同様の意味をもつUninstructedの票が4万7846 票(8.4%)に達した。ミシガン州よりも実数だけではなく、割合としても少ない。しかし、ウィスコンシン州は、超激戦州のひとつで、2020年の大統領選挙で、バイデンとトランプの差は、2万0682票に過ぎなかった。仮に、Uninstructedの半数が棄権すれば、ウィスコンシン州はトランプの手に落ちる可能性がある。
もちろん、選挙は様々な要素が絡み合う。Uncommitted やUninstructedの数だけで、バイデンが危機にあるということはできない。例えば、共和党の予備選挙では、選挙戦を撤退したニッキー・ヘイリーらが一定の票を獲得している。トランプも盤石ではないのだ。予備選挙は、予備選挙。本選挙では、バイデンに投票することになるだろう、という見方も強い。
しかし、2020年の大統領選挙では、反トランプを旗印に、左派のサンダースらもバイデン支持を表明。民主党は、一本化した。だが、今回は、同じようになるかどうかわからない。特に、ガザの停戦を求める声が強いとされる若者は、非妥協的な可能性が強いだけでなく、過去の選挙活動で大きな役割を演じてきた。その若者を「敵に回す」ことになれば、バイデンの再選はおぼつかなくなる。
イスラエルの戦闘機の大半は、アメリカ製である。World Central Kitchen (WCK)の攻撃も、アメリカ製の可能性が高い。仮にそうであれば、WDKのスタッフは、アメリカの兵器によって殺害されたのだ。バイデン政権のイスラエル批判は、こうした非難を回避するためではないのか。そのご都合主義を許すつもりはない。しかし、仮にそうであっても、即時停戦は必要だ。ガザの状況は、それだけ危機的なのだから…。
なお、前述のData for Progressの世論調査結果は、以下から見ることができる。
https://www.dataforprogress.org/blog/2024/2/27/voters-support-the-us-calling-for-permanent-ceasefire-in-gaza-and-conditioning-military-aid-to-israel
下記に記載されているイベントの実施日は、アメリカ時間です。日本時間とは、日時が開催地により異なる可能性があるので、ご注意ください。
2025年10月のイベント
10月1日
Debt Strike! Abolish Corporate Landlords & Build Tenant Power
Online: 8:00 pm - 9:30 pm EDT
Debt Collective
https://debtcollective.org/event/debt-strike-abolish-corporate-landlords-build-tenant-power/
10月4日
2025 Wakamatsu Pilgrimage
Wakamatsu Farm 955 Cold Springs Rd, Placerville, CA
Nichibei Foundation
https://nichibeifoundation.org/educational-programs/wakamatsu-pilgrimage/
10月4日
Rise Up For Gaza: Global Day of Action
全米各地
Palestine Youth Movement and CodePink
https://www.codepink.org/oct425
10月6日
What Nonprofits Need to Know About the Current Federal Grant Landscape
Online: 3:00 pm EST
National Council of Nonprofits
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_adKu9QodSFesP_VkutEBgw#/registration
10月13日
Annual Indigenous People Day Sunrise Gathering
Alcatraz Island in San Francisco
International Indian Treaty Council
10月18日
No Kings on October 18th!
全米各地
50501 Movement
https://fh22e.r.sp1-brevo.net/mk/mr/sh/1t6AVsd2XFnIGK8DsodWhXywKcCwga/e-BNKb5HGef8
10月26日
The Third Community Health Fair
12:00PM - 3:00PM PST
Maryknoll Japanese Catholic Center, Little Tokyo, Los Angeles
Koreisha Senior Care and Advocacy and Japanese American Medical Ass.