学校給食の無償提供資金確保に高所得者増税、コロラド州の住民提案が大差で成立
2025年11月9日
連邦政府機関の一部閉鎖は、11月9日で40日目に突入、アメリカ史上最長となっている。閉鎖の影響は、さまざまな分野に及んでいるが、最も関心が高いのは、SNAPと呼ばれる低所得者向けの食料支援の給付が滞っていることだ。各地のフードバンクなどのNPOに加え、民間企業のスーパー、レストランなどでも支援を進めている。とはいえ、4200万人にのぼるSNAP受給者に十分対応できているわけではない。アメリカのフードセキュリティの脆弱さが明確になったといえよう。こうした中、11月4日にコロラド州で高所得者への課税による収入を資金源として学校給食の無償化を継続させる住民提案が成立し、全米的な注目を集めている。
1967年にアリゾナ州フェニックスでJohn van Hengelによる全米最初のフードバンクが設立されて以降、各地に食料支援を行うNPOが誕生し、低所得者の食に関するニーズに対応してきた。Van Hengelはその後、Second Harvestというフードバンクの全米組織を結成。Second Harvest は、2008年に改称され、Feeding Americaとなり、現在に至っている。Feeding Americaのウェブサイトによれば、全米のフードバンク等により2024年に提供された食事は57億食にのぼった。しかし、同じウェブサイトには、全米で食料支援が必要な人は4700万人にのぼり、そのうち1300万人は児童と記されている。1日3食とすれば、1年間にひとりの人は約1100回の食事が必要になる。したがって、フードセキュリティを確保するには、517億食が必要となり、フードバンクだけでニーズを満たせるわけではないことは明白だ。
政府もさまざまな食料支援策を実施している。最も多くの人々に利用されている支援策は、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)である。現在、全米で4200万人の低所得者が利用している。SNAPは、受給者が自宅付近のスーパーなどで食料品に限定して購入するための現金が給付される仕組みだ。かつては、Food Stampと呼ばれ、金額が示された引換券をレジで提示して、支払いが行われた。現在は、政府からの資金は、定期的にElectronic Benefits Transfer(EBT)と呼ばれるカードに振り込まれる。また、妊娠中や乳児を抱える低所得の女性には、Women, Infants and Children Nutrition Assistance (WIC)と呼ばれるプログラムがある。SNAPの追加給付的な意味合いを持つが、購入できる食料は妊婦や乳児が食するものに限定される。
児童生徒向けの食料支援策もある。最も大規模なものは、1946年にNational School Lunch Actによって法定化されたNational School Lunch Program (NSLP)だ。学期中のランチへの支援策で、学校給食関係者のNPO、School Nutrition Association (SNA)の” School Meal Statistics”という資料によると、2024会計年度の利用者は全米9万5000余りの学校の児童生徒2970万人。そのうち2050万人は無料で、1食40セントの軽減措置の対象者も90万人にのぼる。全額自己負担で食事をとっている児童生徒は830万人となっている。全米の幼稚園から高校までの児童生徒の総数は、約5000万人だ。したがって、NSLPは大規模な事業とはいえ、対象となる児童生徒のうち約6割をカバーしていることになる。
NSLP の対象外の朝食に対するSchool Breakfast Program (SBP)や、夏休み中の食事補助策のSummer Food Service Program (SFSP)などもある。SBPの利用者は、1550万人。このうち全額政府の補助で食事をとることができる人は、1200万人で、40万人は1食あたり30セントの自己負担が求められ、全額支払って朝食をとっている児童生徒も320万人にのぼる。1年間にSBPのプログラムが提供した朝食は26億食で、NSLPを通じて食されたランチの46億食の半分強となっている。また、連邦政府が提供している資金については、SBPの58億ドルだが、NSLPは178億ドルと3倍強に及んでいる。食事の提供数に比べて、資金の割合が多いのは、ランチの方が朝食より、コストがかかるためだ。
では、こうした生徒児童に対する政府の食事支援策について、保護者は、どのように感じているのだろうか。調査機関のYouGovが2023年8月に全米1000人の成人を対象に実施した”YouGov Survey: School Issues”によると、全ての児童生徒に無償で提供すべきという回答が朝食については57%、ランチについては60%、夕食については31%だった。一方、低所得者児童だけに限定すべきとした人は、それぞれ30%、29%、29%だ。また、無償提供すべきでないという回答は、それぞれ8%、6%、24%だった。男女別では、女性の方が無償提供への支持傾向が強い。年齢別では若い層、人種別に見ると白人の支持割合が低く、所得水準が低い層ほど支持率が高い。このように、デモグラフィーごとに検討すると、差はあるものの、全体として、朝食とランチについては、すべての児童生徒に無償提供することを希望する保護者が6割程度と、高い割合であることがわかる。
とはいえ、全米で5000万人に及ぶ児童生徒に学校給食を無償で提供するとなるとかなりのコストが必要だ。前述のように、連邦政府は、SBPとNSLPだけでも、236億ドルの資金を提供している。連邦政府の資金だけで、現在の学校給食のコストのすべてをカバーできているわけではない。州政府や教育委員会などが不足分を補っている。それでも、現場からは、財源不足を指摘する声が強い。例えば、SNAが2024年に実施した学校給食が直面する課題に関する調査によると、1183人の回答者のうち食料価格をあげた人が97.9%にも上った。また、労務費94.9%、設備費91.4%などに加え、スタッフ不足も88.7%に上るなど、問題の深刻さをうかがわせている。
こうした状況下にあって、一部の州では、児童の保護者の所得に関わらず、学校給食を無償で提供するプログラムが実施されてきた。飢餓問題の調査研究機関、Food Research and Action Centerが2025年4月に発表した”The State of Healthy School Meals for All”というタイトルの報告書によると、コロラドに加え、カリフォルニア、メイン、マサチューセッツ、ミシガン、ミネソタ、ニューメキシコ、バーモントの8州で家計所得に関わりなく無償で学校給食が提供されているという。コロラド州では、2022年の住民投票で提案FFが成立し、無償化に必要な予算が確保されたことで、実施に移された。提案FFは、連邦政府に規定に基づく年間の課税所得が30万ドルを超える高所得者の所得控除額を削減することで、州が無償化のための資金を確保、Healthy School Meals for All Program (HSMA)の基金とすることを狙った措置だ。
コロラド州政府は当初、提案FFによって1億70万ドルの資金がえられると想定していた。しかし、実際には1億1200万ドルと、1130万ドル上回った。州憲法は、1992年の住民投票で成立したTaxpayer's Bill of Rights (TABOR)という条項が含まれている。課税に関して保守的な考えに基づく措置で、税収が当初の想定を上回った場合、その残高に利子10%を加えて、納税者に払い戻すことになる。これが実施されれば、学校給食の無償化の継続が危うくなるとの考えから、HSMAを推進してきた団体は、残金と利子の払い戻しを行わないため措置として打ち出されたのが、提案LLである。
しかし、前述のように食材の値上がりや給食に関わる労働者の給与の増加などで、学校給食を巡る経営環境は厳しさを増している。このため、30万ドルを超える高所得者の所得控除額をさらに削減する案が打ち出された。州の所得税の控除限度額を単身者の場合は現状の1万2000 から1000ドル、夫婦の場合は1万6000ドルを2000ドルに引き下げる案の実現が目指された。これが提案MMである。これによる年収30万ドル以上の納税者の課税負担の増額は、州政府の試算によれば、単身者の場合327ドル、夫婦で574ドルと推定されている。一方、HSMAの基金には年間9500万ドルの増加が見込まれるという。11月4日の住民投票では、提案LLが66.15%、MMが59.68%の賛成で成立した。
なお、この住民投票は、州の上下両院が可決した案を有権者の判断に付したものだ。住民投票には、有権者が発議するInitiativeと議会の判断を有権者に求めるReferendumがあり、コロラド州のふたつの提案は、後者にあたる。同州では、Referendumの場合、議会は単純過半数の賛成で提案が可能だ。住民投票でも有効投票の過半数で成立する。また、知事の拒否権は認められない。現在、コロラド州の知事は民主党で、州議会の上下両院とも民主党が多数を占めているが、いずれも3分の2をわずかに下回っている。州憲法の1条項であるTABORの改定をともなうため、議会での成立は困難との判断から住民提案に持ち込まれたと推察される。
州レベルの住民投票を成立させるには、広報活動を中心に多額の費用が必要になる。提案LLとMMに関して推進派は、Keep Kids Fed ColoradoとCommunity Change Action - Coloradoが資金集めの中心を担った。集まった資金は、現金が75万3735ドル、物品などのインカインドが8万4764ドル96セントで、合わせて83万ドル余りだ。なお、住民投票の資金提供者として、しばしば労働組合が登場する。しかし、今回のふたつの提案については、自治体労働者の組合のAFSCME Coloradoや教職員組合のAmerican Federation of Teachersが名を連ねているものの、目立った資金提供は行っていない。一方、反対派の資金は「ゼロ」となっている。推進派への資金提供者のトップは、Hunger Free Coloradoで40万ドル、日本でも知られているSave the Children Action Networkは2番目に多い10万ドルを寄付した。
Save the Children Action Network は、11月4日付の” Colorado Voters Secure Healthy School Meals for All Children by Passing Propositions LL and MM”と題する声明文の中で、資金提供以外にも次のような活動を通じて、提案の成立に寄与したと述べている。
・4万人の有権者に対する電話による支持の呼びかけ
・メールによる3万5000人余りの有権者へのアウトリーチ
・各地のイベントを通じて1000人以上の人々への賛同要請
また、10万ドルの資金提供については、提案の実施が明らかになった当初に発表したことで、州民に対する教育啓発活動の推進に寄与したと自己評価している。
トランプ政権が大幅な減税を打ち出しているように、一般的に有権者は、増税に拒否感を示す。では、なぜ提案LLやMMを成立させることができたのか。第1に、増税の対象者を高所得者に限定したことが考えられる。対象者を高所得者に絞った提案は、これが初めてではないが、所得格差の拡大が問題視される中で、一定の有効性を示しているといえよう。所得格差との関連でいえば、低所得者の児童生徒を中心に、学校給食が唯一の栄養価のある食事になっている状況を看過できないという認識も広がっている。また、すべての生徒児童への措置として打ち出したことも成立に寄与したと考えられる。推進派は、低所得世帯の児童生徒だけ無償化した場合、「ひけめ」などを感じてしまい、好ましくないと主張。「親はどうあれ、同じ子どもには同じ対応を」という考えが受け入れたのだろう。社会問題の解決を目指すには、こうした有権者へのアプローチの方法も学んでいく必要があることを提案LLとMMの成立は示唆している。
なお、上記のSave the Children Action Networkの声明文、” Colorado Voters Secure Healthy School Meals for All Children by Passing Propositions LL and MM”は、以下から見ることができる。
https://savethechildrenactionnetwork.org/news/colorado-voters-secure-healthy-school-meals-for-all-children/
フードセキュリティの農務省報告書の発行終了、懸念や批判に加えNPOが独自調査も
2025年9月23日
連邦農務省(United States Department of Agriculture: USDA)は、9月20日付のプレスリリースにおいて、毎年秋に発行してきたフードセキュリティに関する報告書の発行を終了すると発表した。この報告書は、食料の確保が困難な人々の人数や属性などを分析し、その内容は政府の政策形成に影響を与えてきた。トランプ政権は、7月に成立した歳出法案において、低所得者向けの食料支援プログラムの予算を大幅に削減する方針を盛り込んでいた。また、物価上昇の進行や雇用状況の悪化により、今後さらにフードセキュリティの問題が深刻化する可能性が高い。このような状況下で、フードセキュリティの現状把握や対策の基礎データとなる報告書の発行が終了することに対し、貧困問題に取り組む研究者やNPOから懸念や批判の声が相次いでいる。一方で、実態把握を目的とした調査の動きも広がりつつある。
終了が発表されたのは、”Household Food Security Report in the United States”という題名の報告書(以下、HFS報告書)で、連邦農務省のEconomic Research Service (ERS)が1995年から発行してきた。ただし、毎年年末に実施した調査結果を翌年秋に公表するようになったのは2001年実績を02年に発表してからだ。それ以前は複数年の結果をまとめて報告したり、報告が翌々年に遅れたこともあった。なお、発行に当たり、National Nutrition Monitoring and Related Research Act of 1990 (NNMRR)の成立を受けて、政府の関係省庁や研究者、企業、NPOなどで構成されたU.S. Food Security Measurement Projectを通じて、1992年から準備が進められていた。
HFS報告書の発行終了を告げた連邦農務省のプレスリリースは、”USDA Terminates Redundant Food Insecurity Survey”というタイトルで、本文は107ワードにすぎない短い文章だ。終了の理由については、「冗長で、費用がかかり、政治化され、無関係な研究は、不安を過度に喚起するものにすぎない」と指摘している。また、30年前の民主党のクリントン政権下で低所得者向けの食料支援策Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)の拡充にともない導入された措置だとして、「主観的でリベラル派の主張の提示以外の何ものでもない」と批判。また、「フードセキュリティの状況はほとんど変わりがない一方、2019~23年の間にSNAP予算が87%増加」したと、非難している。
プレスリリースの発表前、The Wall Street Journalは” Trump Administration Cancels Annual Hunger Survey”というタイトルの「独占」記事を掲載。HFS報告書の発行終了が伝えられた連邦農務省の会議に参加した同省の職員の発言に基づいたスクープといえよう。記事の中で、同省のAlec Varsamisスポークスマンは、HFS報告書について「過度に政治化されており、検討の結果、発行を継続する必要性がないと判断した」と語っている。また、同スポークスマンは、同報告書が法律で発行が義務付けられているものではないと指摘。ただし、2023年のフードセキュリティについての調査結果の報告書は、10月22日に発行されるという。なお、連邦農務省はプレスリリースの中で、法令で定められた報告書などに優先順位を置き、必要に応じて、利用可能かつタイムリーで正確なデータを提供していくと述べているが、今後の報告内容の具体性については明示されていない。
上記のThe Wall Street Journalの記事は、HFS報告書の発行終了について、報告書の作成に関わってきた連邦農務省の職員や外部の専門家から懸念や批判の声がでていると伝えている。例えば、連邦農務省で30年間近く報告書の作成に関わり、現在はテキサス州のBaylor UniversityのCraig Gundersen教授は、フードセキュリティが生活基盤の弱い人々の状況を示す主要な指標になっていると説明。このため、報告書のデータがフードセキュリティに関する原因や結果を考察するためのカギになっていると述べている。また、University of North Carolina Gillings School of Global Public HealthのLindsey Smith Taillie教授は、「なぜ、フードセキュリティの現状を把握しようとしないのか」と連邦農務省の姿勢に疑問を提示。そして、「唯一考えられる理由は、食料支援の削減を目的としていることだ」と辛辣な言葉で発行終了を批判している。
The Wall Street Journalの続報として、AP通信は9月21日、” After cuts to food stamps, Trump administration ends government's annual report on hunger in America”と題する記事を発信した。その中で、連邦農務省は、HFS報告書に用いるデータを収集するためのアンケート内容が「全く主観的で、実際のフードセキュリティの正確な全体像を提示していない」と主張。その証拠ということだろう、「トランプ政権下で貧困率は低下する一方、賃金や雇用は増加している」と述べている。たしかに、連邦政府のCensus Bureauが9月9日にウェブサイトに公開した” Poverty in the United States: 2024”という資料によると、2024年の全米貧困率は前年より0.4%減少し、コロナ禍前の2019年と同程度の10.6%になった。
とはいえ、この数字は、第2次トランプ政権発足前の実績値であり、現在の政権下で貧困世帯が減少していることを示しているわけではない。実際、連邦労働省のデータによると、今年1~8月の消費者物価は2.9%上昇。これは昨年と同じ水準で、コロナ禍前の2019年の1.8%と比べると1ポイント以上高い。また、全米の失業率についても、トランプが政権についた1月には4.0%だったが、8月には4.3%へと上昇している。なお、コロナ禍前の2019年12月の失業率は3.6%だった。こうした状況下におけるHFS報告書の発行終了について、Syracuse UniversityのColleen Heflin教授は、「現在のインフレ率の上昇と労働市場の悪化というフードセキュリティを増大させることが知られている、ふたつの条件を考慮すると、特に問題だ」と述べている。
Heflin教授が指摘した「ふたつの条件」だけではない。フードセキュリティが広がっている背景には、連邦農務省をはじめとしたトランプ政権の低所得者向けの食料支援策が縮減ないしは停止されていることがある。例えば、3月26日に発信されたReuters通信の” USDA cuts hit food banks, risking hunger for low-income Americans”と題する記事によれば、第2次トランプ政権によって全米のフードバンクに提供される予定だった資金10億ドル以上が解消または停止に追いやられているという。この中には、The Emergency Food Assistance Program (TEFAP)と呼ばれる、連邦農務省が農家から購入した農産物などをフードバンクに提供する事業も含まれる。その額は、5億ドルにのぼる。
フードバンク側も、この状況に対して黙っているわけではない。上記のReuters通信の記事によれば、全米各地のフードバンクの連合体、Feeding Americaは、トランプ政権に対して、フードバンクへの資金の停止の解除について早急に結論を出すように要請した。また、民主党と無所属の26人の連邦上院議員は3月25日、資金の停止が何百万人もの人々に深刻な影響を与えるという認識に立ち、連邦農務省のBrooke Rollins長官に書簡を送り、資金の停止について問いただしたという。実際、支援の現場では大きな懸念が生じていた。例えば、ウエストバージニア州のMountaineer Food Bankは、4月に予定されていたチーズや卵、ミルクなどTEFAPを通じた支援の40%がキャンセルされると見込まれる状況に至っていたのである。
Feeding Americaは8月1日、” Feeding America statement on USDA’s announcement of local food purchases to support communities facing hunger”というタイトルのプレスリリースを発表した。連邦農務省の発表を歓迎するという書き出しで始まっていることから示唆されるように、同省がTEFAPなどの資金停止を解除したことに対する声明だ。ただし、解除されたのは2億3000万ドルと、TEFAPで停止されていた5億ドルの半分に満たない。とはいえ、この決定により、シーフードやフルーツ、野菜、豆類などがフードバンクに提供され、フードセキュリティの状態にある人々の手に届けられることになる。プレスリリースは、農家などに対して特別な感謝の意思を表明している。TEFAPなどの資金停止解除に向けて、農家などが農務省に働きかけたことへの謝辞とみられる。
連邦農務省によるHFS報告書の発行終了発表の3日後、Feeding AmericaはClaire Babineaux-Fontenot CEO名で、プレスリリースを発表した。HFS報告書が完全な資料とはいえないとはしながらも、食料支援事業について長期間の動向を追跡し、どのような影響を与えているかについて理解するうえで貴重なデータだったと評価。また、児童税額控除を一時的に拡大したことで、子どもの貧困率がほぼ半減したことを示すなど、事業の成果測定にも活用されてきたと述べている。一方、発行終了に対する直接的な批判の言葉は見られないものの、報告書が提供してきたデータにアクセスできなくなると、「ギャップが生じる」と指摘しつつ、「このギャップを埋めていく」意思を表明。また、アーカンソーやカリフォルニア州のサンフランシスコ周辺地域のフードバンクと連携し、地域レベルでフードセキュリティのニーズ把握を進めている現状を紹介している。
Feeding Americaは、フードセキュリティの当事者の実態把握に向けた調査も実施してきた。2022年から毎年発行している、”Elevating Voices: Insights Report”というタイトルの報告書がそれだ。2025年版は、Hunger Action Dayの9月9日に発表された。なお、Hunger Action Dayとは別に、2007年から毎年9月に月間としてのHunger Action Monthも設定されている。いずれも、Feeding Americaが各地のフードバンクや食糧支援に取り組むNPOや企業・行政などと連携して、フードセキュリティの啓発に加え、活動資金の募集、フードドライブ、フードバンクにおけるボランティア体験などのイベントが実施されている。一方、”Elevating Voices: Insights Report”は、2022年9月28日に開催されたWhite House Conference on Hunger, Nutrition, and Healthを契機に作成されたのが始まりだ。
2005年版の報告書は、6月17日から7月7日にかけて実施された、フードバンクなどで過去2年間に食料支援を受けた、または食料の確保に困難をきたした経験をもつ1537人の“Neighbors”(隣人)が回答したアンケート結果に基づいて作成されたものだ。回答者の属性は、人種民族別では白人48%、黒人18%、ラテン系25%など、居住形態では賃貸38%、持ち家45%、同居11%などとなっている。また、年齢的には18歳から65歳以上まで幅広いが、居住地域で見ると、都市部が86%(2021年の全米の都市人口は推計82%)と大半を占めている。
回答結果を分析すると、フードセキュリティとの関係で以下の4点の重要性が明らかになった。
1) 健康への悪影響
現在の健康状況がよくない、あるいは健康に良い食品を購入する資金がないなど
2) 食料確保の機会の拡大の必要性
食品価格の高騰やインフレ、収入増による食糧支援の打ち切りなどへの対応が必要
3) 支援策へのアクセスの拡大
政府の食料支援策の利用や児童の学校給食利用への所得制限の緩和など支援策へのアクセスの拡大の必要性
4) 利用者の尊厳の確保
食料支援を受ける人が自らの尊厳を傷つけられないような配慮を行うことの必要性
以上のような結果は、HFS報告書の前提となる調査では、HFS報告書で使われる調査項目には含まれていないだろう。換言すれば、Feeding Americaというフードセキュリティの問題を抱える人々への支援をミッションにしたNPOゆえに設定できた設問の結果、明らかになった点ということができる。一方、HFS報告書(2024年版)の3万863世帯と比較した場合、Feeding America の1500余りというサンプル数に問題を感じる人も多いだろう。特に、人種民族別で見ると、アジア太平洋系の人々など、母数が限られ、有効な分析結果を導くことは困難な可能性もある。その意味では、「ギャップを埋める」ことへの課題が依然として残っていることを示唆している。
なお、2025 Elevating Voices: Insights Reportは、以下から見ることができる
https://www.feedingamerica.org/sites/default/files/2025-09/ElevatingVoice2025English.pdf
最高裁判決そして大統領令、支援策の提供から罰則に転じるホームレス対策
2025年8月30日
全米で路上やシェルターで生活する人々が前年比で10万人以上増加するなど、大都市を中心に、ホームレス問題が深刻化している。この事態に対して、昨年の連邦最高裁判所(最高裁)の判決に続き、トランプ大統領は今年7月24日、大統領令でホームレスに対して罰則を導入する方針を打ち出した。1980年代以降進められてきた、ホームレス状態にある人々に対して住居の提供や支援策の充実を主軸に据えた政策から、路上生活を送る人々への取り締りや罰則を科す制度に政策が大きく転換されつつある。こうした動きに対して、ホームレス支援団体などは、問題の背景に高騰する家賃をはじめとした住宅政策の不十分性などがあると主張、大統領令を批判している。
最高裁判決や大統領令の内容を検討する前に、ホームレス状態にある人々の内訳などを概観しておこう。アメリカの中央銀行、連邦準備銀行(FRB)のひとつ、ミネアポリス連邦準備銀行は3月14日、”Who is homeless in the United States? A 2025 update”と題する報告書を発表した。報告書によると、2024年における全米のホームレス人口は、77万1400人と、前年比で11万8300人増加した。また、人口1000人当たりで見ると、2022年には1.75人だったが、23年には1.96人、24年には2.3人と増加の一途を辿っている。これにより、わずか2年間にホームレス人口の割合が30%も増えたことになる。
2024年時点の人種・民族別の割合では、ネイティブアメリカンが9.75人と最も多く、次いで黒人の5.76人、ヒスパニック系の3.62人、白人の1.28人と続き、最も少なかったのはアジア系の0.53人だった。なお、2022年のデータと比較すると、ヒスパニック系以外はすべて減少。換言すると、2022年に2.21人だったヒスパニック系の急増が、全体の割合を引き上げたといえる。男女別に2024年における1000人当たりの状況を見ると、男性の2.77人に対して、女性は1.79人。また、年齢別では18歳未満が2.04人、55歳以上も2.08人だが、いずれも増加率が高い。
ホームレスと聞くと、路上生活を送っている人々をイメージする人が多いだろう。しかし、ミネアポリス連邦準備銀行の報告書によると、全体の65.9%はシェルターなどの施設で生活しており、路上生活者は34.1%に止まる。ただし、この調査は、特定の一日の調査であり、路上生活とシェルターでの生活を日によって変えている人も少なくない。また、この割合は、都市により大きく異なる。例えば、ホームレス問題が深刻といわれるロサンゼルスとニューヨークを比べると、路上生活者の割合は前者では69.5%に上るが、後者は3.1%にすぎない。なお、これ以降、ホームレスのうち、シェルターなどに入っていない人々に関しては、「路上生活者」と記述していく。
ホームレス支援団体の多くは、Permanent Supportive Housing (PSH)や(HF)などと呼ばれる住む場所がない人々に対して、住居や支援策を提供する活動を展開してきた。PSHは、1987年にレーガン政権下で成立したMcKinney–Vento Homeless Assistance Actに基づいて進められた、アメリカで最初の本格的なホームレス支援策といわれている。支援の対象は、メンタルヘルスや薬物中毒、身体障がいなどをもつホームレス状態の人々だ。一方、HFは、UCLA Department of Psychiatry and Biobehavioral SciencesのSam Tsemberis博士が中心となって1992年に設立したPathways to Housingというホームレス支援団体が起源で、その後、全米だけでなく、世界各地に拡大。PSHと異なり、対象者をホームレスの人々全般においてい
PSHとHFには、上記の歴史や対象者以外にも、相違がある。前者は政府の制度に基づくプログラムであるのに対して、後者は住居を中心にした支援の重要性を主張する理念に基づいた支援を重視している。また、支援団体が提供する住居に滞在する期間は、PSHでは対象者の特性や支援ニーズから長期にわたることが想定されている。一方、HFの場合は、短期間で出ていくことも少なくない。とはいえ、両者とも、住居の重要性を主張していることに相違はなく、PSHもHFと呼ばれることも多い。また、本稿は、両者の相違の説明を目的にしているわけではない。したがって、「ハウジング・ファースト」と総称した形で記述していく。
最高裁は昨年6月28日、6対3の多数判決で、自治体の管理する公園などで路上生活者が寝具を用いて寝泊まりした場合、罰金や罰則を科することを認める判断を示した。この訴訟は、City of Grants Pass v. Johnsonと呼ばれ、オレゴン州のGrants Passという市が2013年に制定した条例を違憲として、路上生活者のJohn LoganとGloria Johnsonが2018年に起こした。条例は、市内で、毛布やまくらを用い、段ボールで作った箱の中などで寝泊まりした場合、罰金や罰則を科すもの。罰金は295ドルとされ、支払えない場合は537ドル60セントまで増額される。違反が2度目になると、市警が市内における屋外の寝泊まりを禁止。従わないと、不法侵入の罪で30日間の収監刑と罰金1250ドルが科される。
連邦地方裁判所と控訴裁判所は、路上生活者が宿泊できるシェルターなどの施設がない状況で、屋外で寝泊まりした場合に罰則を科することは、合衆国憲法修正第8条が禁止する「残酷で異常な刑罰」に当たるとして、原告の訴えを認めていた。一方、最高裁の多数派判決を起草したNeil M. Gorsuchは、路上生活を「自ら選択した」としたうえで、「残酷で異常な刑罰」は手法に関するものだと主張。路上生活は「休暇中のバックパッカーや市庁舎の芝生で抗議することを選択している学生など」が屋外で寝泊まりしていることと変わらないとして、政府・自治体は特定の行為に罰則を科することができるとの判断を示した。
トランプの” Ending Crime and Disorder on America’s Streets”と題する大統領令は、、路上の犯罪や混乱に終止符を打つことを名目にした、治安対策だ。路上生活者が27万人を超え、その約3分の2が薬物中毒や精神障害を抱えていると指摘。しかし、Kaiser Family Foundationは、8月15日発信の記事” A Look at the New Executive Order and the Intersection of Homelessness and Mental Illness”の中で、両者を26%と記載している。定義の相違も考えられるが、大統領令は、路上生活者を社会の安全を脅かす存在とみなす意識が強い。実際、大統領令は、公共の安全確保に向け、強制入院を含む措置を講じると主張。また、テント生活や徘徊に対して、Enforceという表現を用い、違反者に罰金、逮捕、起訴などの法的措置を講じることを強く示唆している。
一方、ハウジング・ファーストの考えの背景にある、家賃の高騰などの住宅問題については、一切触れていない。連邦財務省が2024年7月24日に発表した” Rent, House Prices, and Demographics”と題する資料によれば、2000年を100とした場合、2023年の中位世帯所得の指数に比べ、インフレ調整後の家賃は、20ポイント以上高い。また、人口統計局が2024年9月12日に発表した” Nearly Half of Renter Households Are Cost-Burdened, Proportions Differ by Race”と題する資料によると、世帯収入の30%以上を住宅費に費やしている賃貸世帯の割合は、賃貸世帯全体の49.7%に及んでいる。なお、黒人(56.2%)やヒスパニック系(53.2%)が半数を超えているのに対して、白人(46.7%)とアジア系(43.4%)のように、人種・民族別の差が大きいこともわかる。
こうした状況下で、トランプの大統領令が施行されていけば、黒人やヒスパニック系をはじめとした路上生活者が強制入院や犯罪者として起訴、拘禁される可能性がでてくる。しかし、路上生活者を犯罪者として取り締まっていく姿勢は、すでに南部を中心にした州や地方政府で広がっている。こう指摘するのは、貧困問題などに取り組むSouthern Poverty Law Center (SPLC)である。8月22日付の”Trump’s Executive Order Worsening Homelessness Crisis, Explained”と題するプレスリリースの中で、SPLCは、2020年にアラバマ州で公道付近で物乞いや徘徊をした場合に刑事罰を科す法律が制定されたことやルイジアナ州Baton Rougeが路上生活者がテントで過ごすことを禁止する市条例を制定したことなどを紹介している。
SPLCによれば、路上生活を犯罪として取り締まりは、南北戦争後に黒人に対する行為を起源にしたものだという。前述のCity of Grants Pass v. Johnson訴訟で、原告の主張を支援するための意見書を裁判所に提出するなどホームレス問題にも取り組んできたSPLCは、公共の路上でテント生活を禁止したフロリダ州の法律(Florida Statute 125.0231)に関して、Southern Legal CounselとNational Homelessness Law Center、Florida Justice Instituteとともに4月7日、同州の21の市と郡の公職者に書簡を送付。犯罪としての取り締まりは地域の安全の確保につながらないだけでなく、社会復帰に向けた支援策をともなう住宅提供に比べ、財政負担が大きいとして、低所得者向け住宅の建設などの対策を取るように求めた。
ホームレス問題の取り組む団体は、全米各地で活動を行っている。これらのうち1000余りの団体は、National Coalition for the Homeless (NCH)を中心に、Coalition’s Bring America Home NOW (BAHN)Campaignという運動を展開してきた。しかし、City of Grants Pass v. Johnson判決以降、路上生活を犯罪として取り締まることを求めた条例案が全米320以上の地方政府で審議され、そのうち220余りが成立した。さらにトランプの大統領令の発令など、ハウジング・ファーストから路上生活の厳罰化が進むことを憂慮。NCHのDonald H. Whitehead事務局長は、NPOのメディアTruthoutの8月27日発信の記事”Trump’s Answer to Homelessness? Lock Up Unhoused and Disabled People”の中で、2026年の中間選挙前に”Housing Now”をスローガンにした全米規模のデモや集会を計画していると述べている。
ロサンゼルスをはじめとした大都市では、路上生活者が歩道にテントを張り、通行が困難になる状況も見られる。ホームレス支援に理解があるとされてきたカリフォルニアのGavin Newsom知事もCity of Grants Pass v. Johnson判決後、路上生活者のテントなどを撤去後、ホウキを手に後片付けを行うパフォーマンスを示した。トランプに立ち向かう姿勢で2028年の大統領選挙で民主党候補として最も有力といわれる同知事も、路上生活者への視線は冷たい。超党派による反路上生活者政策が進む状況の中で、ホームレス支援団体がどこまで住むところを追われた人々の生活を守ることができるのか。その結果は、支援団体以外の人々の意識と行動にもかかっているといえるだろう。
なお、上述したNCHのBring America Home NOW (BAHN)Campaignの詳細は、以下から見ることができる。
ロサンゼルスで時給30ドルの「オリンピック最賃」制定、事業者は条例廃止求め住民投票へ
2025年6月20日
全米第二の都市、ロサンゼルスでは、観光関係の事業者が2028年のオリンピック・パラリンピックをビジネスチャンスと捉え、対応が進められてきた。しかし、「企業や経営者は儲かっても、一般の人々にはメリットがない」という声もある。このため、低所得者支援に取り組むNPOや労働組合は、段階的に賃金を引き上げ、2028年に時給30ドルにする「オリンピック最賃」の実現を求める活動を開始。ロサンゼルス市議会は今年5月、条例を可決、同月末に市長が署名し、7月から観光業などの最低賃金(以下、最賃)が引き上げられることになった。これに対して、ホテルの経営者団体や航空業界が強く反発、条例廃止の住民投票に向け、署名集めを開始。NPOや労働組合は、署名に応じないよう市民に訴えるなど、「オリンピック最賃」をめぐる対立が激化している。
「オリンピック最賃」は、「最賃」と表記したように、低所得者の生活保障につながる最低賃金制度の一種だ。アメリカ最初の最賃は、1912年にマサチューセッツ州で制定された。その背景には、左派系の労働組合、Industrial Workers of the World (IWW)に組織された2万人を超える移民労働者によるLawrence Textile Strike(ローレンス繊維ストライキ)、別名Bread and Roses Strike(パンとバラのストライキ)があった。同州の労働時間の削減にともない、賃金カットが行われたことに労働者が反発。ストライキは2カ月に及び、労働者と警察・州兵の間で衝突が起き、ふたりが亡くなる事態も生じた。こうした闘いの結果、ストライキに参加した労働者だけでなく、州内の幅広い労働者の賃金が引き上げられたのである。
連邦レベルの最賃が制定されたのは、1933年。大恐慌の最中に大統領に就任したFranklin D. Roosevelt大統領が、National Industrial Recovery Act (NIRA)の一部として導入したのが最初だ。しかし、連邦最高裁判所は、これを違憲と判断、連邦最賃の成立は、1938年のFair Labor Standards Actに大統領が署名するまで待たなければならなかった。なお、この時の最賃は、時給25セント。その後、連邦最賃は、徐々に引き上げられ、1997年に時給5ドル15セントに到達したものの、10年間据え置かれた。2007年に5ドル85セントに引き上げられるとともに、毎年段階的に引き上げられ、2009年7月に7ドル25セントにする法案が成立したが、現在までこの額は、据え置かれたままだ。
最賃の据え置きは、インフレにより実質購買力を低下させている。物価上昇に関するニュースやデータを報告しているウェブサイト、US Inflation Calculatorの資料” Consumer Price Index for All Urban Consumers (CPI-U) from 1913 to 2025”によると、1982-1984年の平均値を100とした場合、ボルチモア市でLiving Wageが制定された1994年の指数は148.2と、ほぼ50%上昇。また、連邦最賃が最後に引き上げられた2009年の指数は214.537と2倍余りになっていた。直近の2024年の指数は、313.689である。すなわち2009年に比べると、現在の消費者物価は50%ほど上昇していることになる。US Inflation Calculatorのデータは、連邦労働省が集計しているConsumer Price Index(消費者物価指数:CPI)に基づいている。CPIは、全米の都市部75カ所の2万3000件の小売店やサービス事業者などの価格を調査した結果だ。信頼性はあるのだろうが、生活実感としては、インフレはより激しいと思われる。
いずれにせよ、連邦最賃の引上げでは、インフレを補うことができていないことは事実だ。そこで注目されているのは、州や地方政府、特定の産業などにおける最賃の制定を求める動きだ。前述のように、アメリカ最初の最賃は、マサチューセッツ州で成立した。2025年現在、全米の大半の州では、連邦最賃の7ドル25セントを上回る額を設定している。最も高いのは、首都ワシントンの17ドル50セント。以下、ワシントン州(16ドル66セント)、カリフォルニア州(16ドル50セント)、オレゴン州(15ドル95セント)などが続いている。一方、連邦最賃と同じ7ドル25セントに設定しているのは、南部や中西部を中心に、全米50州(首都を入れると51)のうち13州に留まる。
多くの州で独自に最賃が制定されるようになった背景には、住民投票の存在がある。州最賃が最初に住民投票に付されたのは、1996年のことだ。この時、西部太平洋岸地域のオレゴン州では有効投票の56.85%が「Yes(賛成)」、またカリフォルニア州でも61.45%の賛成で提案が成立した。しかし、同じ年、西部山間地域のモンタナ州と南部のミズーリ州でも投票が行われたが、不成立に終わった。その後、2022年までに25の州で住民投票が行われ、いずれも賛成が多数を占め、最賃の引上げが認められた。この中には、1996年に反対多数で提案を葬ったモンタナとミズーリ両州も含まれている。ただし、2024年に投票が行われた6州のうち、カリフォルニアやマサチューセッツなど3州で不成立に終わり、州レベルの住民投票による最賃引き上げに、歯止めがかけられた可能性がある。なお、住民投票制度は、すべての州で実施されているわけではない。
州レベルの動きに先立ち、地方政府レベルで最賃の制定を求める動きが起きていた。きっかけになったのは、1994年12月に首都ワシントンの北にあるメリーランド州最大の都市、ボルチモア市の事業契約者の労働者の賃金を1999年までに段階的に時給7ドル70セントに引き上げる、City Ordinance 442の成立だ。翌年1月、賃金は6ドル10セントになった。これは、前年までの最賃4ドル25セントより44%も増加したことを意味する。なお、この条例は、全米最初のLiving Wage(生活給)といわれることが多い。しかし、大都市では初めてだが、それ以前にも、1988年1月にアイオワ州Des Moines、91年1月にインディアナ州GaryでLiving Wageが制定されていた。
Living Wageの対象者は、ボルチモア市の条例のように、市が事業契約を行った業者のもとで働く人々と受け取っている人が少なくない。このパターンが一般的であるものの、市の職員を含む場合や、特定の市で働く人全てをカバーする条例、生活保護を受け取っている人を対象にした制度なども存在する。さらに、賃金だけでなく、健康保険の掛け金への補助や有給休暇を盛り込む地方政府も少なくない。なお、健康保険の掛け金への補助は、最賃に組み込んで提示される場合と、別枠で支給額を決める地方政府がある。このように、地方政府によって、多様な形態がとられている。
なお、Living Wageの対象者に生活保護の受給者が含まれるのは、いわゆるワークフェアの導入の影響があるためだ。1996年にBill Clinton大統領は、Personal Responsibility and Work Opportunity Reconciliation Act (PRWORA) に署名。それまでのAid to Families with Dependent Children (AFDC)が廃止され、Temporary Assistance for Needy Families (TANF)が導入された。これにより、被扶養児童がいる低所得者家庭も、政府の支援を受け取るために、就労や就学が求められるようになった。「生活保護が欲しいなら、少しは働け」という意味だが、それなら「働いて食べていける賃金を保障すべきだ」というスローガンが誕生。「食べていける賃金」として、Living Wageが要求されるようになった。
Georgetown Universityの教員Harry J. Holzerが2008年に出版したLiving Wage Laws: How Much Do (Can) They Matters?”と題する論文によると、郡や市などの地方政府が制定したLiving Wage条例は、2006年5月時点で140余りにのぼる。このうち、1988年のアイオワ州Des Moines以降、PRWORAが成立した1996年8月以前に制定された条例は、わずか6つにすぎない。一方、ワークフェア導入の翌年の1997年には8つの地方政府がLiving Wage条例を制定。そのうちミネソタ州のセントポールとミネアポリス、ダルース、カリフォルニア州のロサンゼルスとウエストハリウッドの5つの市の条例は、生活保護の受給者を対象に含めていた。低所得者にとってダメージとなるとみられるワークフェアの導入に対して、彼らを支援するLiving Wageの運動が拡大したといえよう。
1997年に条例を制定した市のひとつ、コネチカット州ニューヘブンでは、対象者をTANFの受給者に限定していない。しかし、連邦政府の規定に基づく貧困ラインの120%に相当する額をLiving Wageの金額に設定しており、生活困窮者が「食べていける」ことが期待された措置といえよう。また、Living Wageの条例の多くは、特定の産業などに限定していない。しかし、後述するロサンゼルス市の「オリンピック最賃」条例は、市内のホテルやロサンゼルス国際空港(以下、LAX)の労働者に限定した最賃制度である。市内のホテルは、市との事業契約に基づき、Living Wageの支払義務が生じるわけではない。一方、LAXは、市の一機関で、Living Wageの対象は、空港で働く労働者で、その雇用者が市の事業契約者であることに基づくものではない。ニューヨーク周辺の3つの空港を管理運営している、Port Authority of New York and New Jerseyでも同様な方式が採用されている。
このように、一口にLiving Wageといっても、その対象者や支払が義務化される賃金の基準方法などは、多様である。その結果、条例制定に関わる団体もさまざまだ。例えば、直近の成立事例のひとつ、2024年のミズーリ州の運動の資金管理団体はMissourians for Healthy Families & Fair Wagesだが、労働組合や貧困問題に取り組む団体に加え、League of Women VotersやNational Partnership for Women and Familiesなどのワークフェアの主な対象者である女性向けの団体が関わっていた。また、前述のボルチモアの条例制定の中心を担ったのは、Baltimoreans United in Leadership Development (BUILD)である。1977年に地元のキリスト教の複数の宗派の支援で設立されたNPOで、83年にLiving Wageの制定に向けた活動を開始、地域で貧困問題などに取り組む多くのNPOとも連携していたことで知られている。
「オリンピック最賃」の制定に向けた活動を主導したのは、労働組合ではUNITE-HERE Local 11(以下、Local 11)とSEIU United Service Workers West (以下、USWW)、NPOではLAANEである。それぞれ略称だが、Local 11はホテルやレストラン、USWWはロサンゼルス国際空港の労働者を組織している。LAANE (Los Angeles Alliance for New Economy)は、1993年にLoca l1の支援で設立されたNPOで、当時はTIDE (Tourism Industry Development Council)という名称だった。現在では、観光産業以外にも、労働組合とNPO・市民の橋渡し的な存在として、Amazonの組織化支援などにも関わっている。この3者を中心に、Tourism Workers Rising (TWR)という連合体が作られ、「オリンピック最賃」の実現に向けた活動が展開されてきた。USWWが2024年12月11日に発信した”After 609 days of advocacy and mobilizations, Council set to make critical vote”と題するプレスリリースによると、この連合体には150余りの市民団体と360の小規模事業体が参加しているという。
ロサンゼルス市議会によって条例を制定することによって、「オリンピック最賃」は、実現される。このため、TWRに結集した労働組合や市民団体などは、条例案の提出を求め、市議に働きかけを行った。ロサンゼルス市議会の議員は、全部で15人。このうちCurren PriceとKaty Yaroslavskyというふたりの議員が条例案を提出。これに4人が賛成の意志を表明した。2023年4月のことだ。上記のUSWWのプレスリリースにある” After 609 days”というのは、この提案日から起算した数字とみられる。ロサンゼルスは、市内のホテル労働者とLAXの労働者の最低賃金を定めた条例が存在していた。「オリンピック最賃」の条例化には、これらの条例を改訂し、新たな条例を制定しなければならない。公聴会で労働者らは、新たな条例の必要性を訴えた。609日目に行われたのは、この公聴会である。
公聴会が開催されたとはいえ、条例化に向けたハードルがなくなったわけではない。「オリンピック最賃」に限らず、最賃引き上げには、事業者などからの反発が伴うことが多く、それを考慮した政治家が消極的なスタンスに転じる傾向もみられる。反発の背景には、最賃の引上げが、事業者の経営を圧迫し、労働者の解雇や倒産につながるという懸念が存在する。このため、ロサンゼルス市は、第三者調査を実施、その結果を2024年9月に発表した。Berkeley Economic Advising and Researchという調査機関が実施した報告書は、「オリンピック最賃」によって地域経済と労働者に次のような経済効果が生じると試算した。地域経済に関しては、GDPが12億ドル増加するとともに、市内で6300人分の雇用が創出される。また、賃上げのメリットを受けられる空港の労働者の40%、ホテルでは60%にのぼり、あわせて2万3000人に及ぶ。
「オリンピック最賃」と銘打ってスタートしたものの、2026年にはサッカーのワールドカップの一部、27年にはアメリカンフットボールのスーパーボールもロサンゼルスで開催されることが決まった。こうした大規模なスポーツイベントの開催も後押しになったのだろう。公聴会から半年ほどたった2025年5月23日に市議会が条例を可決。1週間後の5月30日にはKaren Bass市長が署名して条例は成立した。条例よれば、最初の賃上げは7月1日に実施され、その後、毎年同じ日に2ドル50セントずつ、2028年まで引き上げられ、時給30ドルに到達する。その後は、物価上昇率にあわせて賃上げが実施されることになる。また、条例には、健康保険の手当ても加算も含まれている。しかし、ロサンゼルスのホテル労働者のすべてが対象になるわけではない。ホテルは、従業員60人以上に限定。また、空港の労働者も、保安や清掃などの職種に限られる。
とはいえ、条例の適応対象となるホテルや空港の事業者は、反対の姿勢を崩していない。ロサンゼルス市議会が条例を採択する直前の5月20日、条例反対派の事業者は、LA Alliance for Tourism, Jobs and Progress (LAATJP)を設立、市議会が条例案を可決した直後に、来年6月の選挙の際、条例を無効化するための住民投票を実施する考えを表明したのである。LAATJPの資料によれば、この署名集めの主要な資金提供者は、航空会社のデルタとユナイテッド、宿泊事業者の業界団体American Hotel & Lodging Associationである。ただし、住民投票には、登録有権者9万3000分の署名を6月中に集めなければならず、現段階で実施が決まっているわけではない。
これに対して、Local 11は6月11日、カリフォルニア州とロサンゼルスの司法長官に対して、LAATJPの署名集めの用紙に書かれた説明文に誤りや誤解を生みやすい表現があるなどとして、対応を求める訴えを起こした。さらに、6月16日には、LAATJPの住民投票の実施に備え、対抗措置として、ふたつの住民投票を進めることを表明。ひとつは、「オリンピック最賃」を市全域の労働者に拡大することで、もうひとつは、大規模なホテルの新設などに当たり、住民投票で賛否を問うことを求めることだ。これらの提案も、投票に付されるには、必要な数の署名を集めなければならない。このように、「オリンピック最賃」は、実施まで10日となった現在も、賛否を巡り、激しい闘いが続いている。
なお、「オリンピック最賃」を推進してきたNPO、LAANEは、誤ってLAATJPの住民提案実施署名を行った有権者に、署名を取消すように要請。Action Networkというリベラルな活動への募金や署名を集めるためのウェブプラットフォームに、取消しの署名を行うサイトをアップして、「オリンピック最賃」を守ろうとしている。このサイトは、以下から見ることができる。
https://laane.org/olympicwage/
連邦下院が可決したトランプの予算案、インフレ下で生活困窮が深刻化するなかで低所得者向けの食糧支援などに大ナタ
2025年5月23日
共和党主導の連邦下院本会議は5月22日未明、トランプ大統領が"One Big Beautiful Bill Act"と呼ぶ2026会計年度の予算案を可決した。連邦上院の審議では修正が予想されるため、現時点で最終的な内容は不明である。しかし、軍事費や移民対策の支出が膨らむ一方、富裕層への大型減税が導入され、財源不足が生じることは必至だ。このため、予算案では、Medicaidと呼ばれる医療補助を大幅に削減。また、食品や食材の購入費を支援するためのSNAPの受給資格に、初めて就労が義務付けられた。SNAPや学校給食への補助制度など、いわゆるフードセキュリティの弱体化は、インフレが進む中で、低所得者世帯の人々の生活を一層困難にしていく可能性が強い。さらに、SNAPの受給者がスーパーなどで購入することは、地域経済を支える役割もはたしており、低所得者支援策の縮減が個人の所得格差の拡大に止まらず、地域間格差に広がる恐れもでてきた。
"One Big Beautiful Bill Act"は、1116ページにも及ぶ長大なもので、予算削減が盛り込まれた政策も、多岐にわたる。低所得者向けの政策のうち最大のターゲットにされた政策は、MedicaidとSNAPである。NPOの調査機関、Center for Budget and Policy Priorities (CBPP)が5月16日に発表した”House Republicans’ Shockingly Harmful Agenda Is Now Crystal Clear – the Country Deserves Better”というタイトルのプレスリリースによると、トランプが目指す減税のうち、今後10年間に人口の2%にすぎない年収50万ドル以上の富裕層への総額は、約1兆1000憶ドル。Medicaidなどの医療費補助とSNAPの縮減額、それぞれ8000憶ドルと3000億ドルの合計とほぼ同額だ。したがって、これらふたつの低所得者向けのプログラムからねん出した財源を、減税という形で富裕層に還元することに他ならない、とCBPP批判している。
連邦政府と州政府が共同で実施している低所得者向けの医療補助、Medicaidの受給者は7100万人にのぼる。Supplemental Nutrition Assistance Programの頭文字をとったSNAPも4200万人。現在のアメリカの総人口は、3億4000万人余りであり、Medicaidは約21%、SNAPも12%余りの人々が利用していることになる。これら低所得者向けの政策の予算縮減に当たり、トランプと共和党は、受給資格に関する制度変更を盛り込んだ。Medicaidについては、19歳から64歳までの年齢層の場合、月に80時間の就労が求められることになった。妊娠中の女性などの例外や社会奉仕活動や就学などによる免除規定が設けられているものの、受給にあたり就労義務化が導入されたのは、1965年の制度開始から初めてのことだ。SNAPについても、18歳から54歳に限定されている一定の就労要件を、55歳から64歳までの年齢層にも拡大される見込みだ。
Medicaidの問題は別の機会に検討することにして、ここではフードセキュリティの弱体化との関係でSNAPを中心に論じていく。日本のセカンドハーベストに相当する、Feeding Americaというフードバンクなどの連合体は5月14日、毎年実施しているMap the Meal Gapというフードセキュリティに関する調査結果を公表。そこで提示した農村地域などの食糧事情の悪化状況を示しつつ、連邦下院の"One Big Beautiful Bill Act"の採決の前日、SNAPだけでなく、Medicaidの縮減を盛り込んだ法案に反対するよう下院議員に呼びかける声明を出すなど、草の根レベルからの動きが表面化している。また、5月には、労働組合と政府などが連携して、例年行われている全米規模のフードドライブが実施された。
このような、Feeding Americaなどによる、食料や医療の保障への懸念とそれを生み出しているトランプ政権と共和党の政策への対応を見る前に、アメリカにおけるフードセキュリティを求める活動や制度に関する歴史を概観しておこう。経済的な困難さなどを理由に必要な食料を確保できない人々を支援する活動というと、フードバンクをイメージすることが多いだろう。アメリカでは、1967年にアリゾナ州のPhoenixでJohn van Hengelが設立したSt. Mary’s Food Bankが最初といわれている。しかし、19世紀にも教会などによる食事プログラムが散発的に実施されていたが、やがて組織的な食料支援活動が展開されていくようになる。
こうした活動の背景には、1873年から19世紀末まで続いたヨーロッパにおける長期にわたる不況、いわゆるLong Depressionと、アメリカの南北戦争終結後の景気後退などで、生活困窮者の急増がある。1869年にイギリスのLondonで誕生したCharity Organization Society (COS)をモデルにして、生活困窮者を支援するために、77年にニューヨーク州BuffaloでBuffalo COSが設立された。このいわゆるCOS運動の一環として、Soup Kitchenの設立が全米各地で相次いだ。その名の通り、当初は、スープだけ、あるいはパンとともに提供する簡素な食事プログラムだった。やがて、各種のホットミールを提供、Community KitchenあるいはMeal Centerなどと呼ばれるところもでてきた。
連邦政府による食料支援として特筆すべきプログラムは、ニューディール政策の一環としてFranklin Roosevelt が導入した1939年のFood Stampだろう。1929年に始まった大恐慌下で、食料の購入に困難をきたす人々への支援と余剰食糧などの販売促進を兼ねたプログラムだった。1943年に廃止されたものの、61年にJohn F. Kennedy政権下で復活。さらに、1964年にLyndon B. JohnsonがFood Stamp Act of 1964に署名。この法律により、生活困窮者は、スーパーなどでアルコールやたばこなど、特定の商品を除き、食料の購入に充当できるFood Stampと呼ばれる引換券を、所得レベルに応じて受給できるようになった。後述のように現在のSNAPはカード方式になっているが、受給資格や利用できる金額の設定方法は、基本的に同じだ。
2008年にFood, Conservation, and Energy Actが成立したことにともない、Food Stampの名称は、Supplemental Food Nutrition Program (SNAP)に変更された。なお、購入の際、Food Stamp時代には、紙幣のように金額が示された紙製の引換券を切り取ってレジ係に渡していた。このため、レジ係だけでなく、周囲の顧客にも、低所得者であることがわかってしまった。しかし、1984年以降、Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれるカード方式に徐々に変更されていく。電子決済のため、引換券をレジ係に渡す必要がなくなり、SNAPの受給者であることをレジの周辺で知られることへの懸念がなくなり、利用に対する心理的な抵抗感が減少したといわれている。
Food Stamp以前にも、州や地方の政府、さらに連邦政府も、食料支援を行っていた。連邦レベルで一例をあげると、1933年に設立されたFederal Surplus Relief Corporation (FSRC)による、余剰作物などの買い上げと、生活困窮者に廉価で販売するプログラムがそれである。しかし、FSRCは1942年に廃止され、プログラムを管轄していた連邦農務省のAgricultural Marketing Administrationに統合された。1964年にFood Programが導入される頃まで、政府が購入した余剰作物などは地方政府の郡などを通じて、生活困窮者に提供されていた。しかし、Food Stampの導入後、プログラムの受給者が地域のスーパーなどから直接購入することができるようになった。
また、1946年には、National School Lunch Actが制定され、National School Lunch Program (NSLP)が導入され、低所得者家庭の児童が学校で食べる昼食を割引または無料で提供されるようになった。連邦農務省の資料によると、2023年度には46億3260万食が提供され、その費用は46億3300万ドルにのぼっている。ただし、コロナ禍が始まる前の2010年代半ばから後半にかけては、50憶ドル以上の予算が投入されていた。なお、Child Nutrition Act of 1966 (CNA)により、1966年からパイロットプログラムとして、学校で朝食を提供するSchool Breakfast Program (SBP)がスタート。さらに、1968年にSummer Food Service Program (SFSP)が導入された。これにより、学校がある期間の朝食と昼食に加え、夏休み期間中も低所得者児童が食事の提供を受けることができるようになったことは、フードセキュリティの拡大として大きな意義をもっているといえよう。
前述のように、連邦下院が可決した予算が成立した場合、今後10年間のSNAPの縮減額は、3000億ドルにのぼる。これは、SNAPの予算の30%程度に相当する。フードセキュリティに関する調査研究、啓発活動などを行っているNPO、Food Research & Action Center (FRAC)が5月22日に発表した”House GOP Passes Bill That Rolls Back Decades of Progress in Ending Hunger in America“という声明文によれば、問題はここに止まらない。受給者への直接的な影響としては、上記のように、55歳から64歳までの年齢層にも受給資格に就労要件が加わったことがある。この年齢層の人々が仕事を探すことは困難であり、結果的にSNAPを受給できなくなる人がでてくることは必至という。
また、"One Big Beautiful Bill Act"は、SNAPの運営方法の変更も盛り込んでいる。現在、SNAPの食料の購入に関する費用は、連邦政府の全額負担だ。プログラムの運営にともなう経費費は、州政府との間で折半している。しかし、予算が成立すれば、SNAPの利用者が購入した食料費の一部は、州が負担することになる。また、運営費も州の負担率が最大75%に増えなど、州の財政を圧迫する可能性が出てくる。一部の州は、この増大したコストを負担できない。その結果、州は、増税や他のプログラムの縮減、あるいはSNAPを縮小させるなどの措置を取ることになるだろう、とFRACは懸念を示す。
では、アメリカにおけるフードセキュリティの状態は、どの程度深刻なのだろうか。全米各地にある200以上のフードバンクをはじめとして、フードパントリーや食事プログラムの実施団体などの全米レベルの連合体、Feeding Americaは、2011年以降、Map the Meal Gapと題する報告書を毎年発表している。5月14日に発表された2023年の実態を示した報告書によれば、フードセキュリティが十分でない人は、全米で推計4738万9000人に上っている。これは人口比で見ると、14.3%に及ぶ。この報告書の特徴は、全米あるいは州ごとのデータだけでなく、郡や連邦下院議員の選挙区ごとの結果も示していることだ。また、都市と農村地域による相違や食料が十分でない人を年齢や人種別に見たデータも提示している。
これまで見てきたように、アメリカにおけるSNAPなどの食料支援策は、低所得者フードセキュリティを確保するだけではなく、余剰農産物の購入による農業経営の支援とSNAPを用いた食料の購入でスーパーなどの売上を増やすための政策でもある。換言すれば、"One Big Beautiful Bill Act"による低所得者への食料支援策が縮減されれば、農家などの生産者やスーパーなど小売業にもネガティブな影響が及ぶことになる。農家などへの影響については、3月18日付の本稿「トランプ政権の政府資金削減、協働による公共サービス提供の危機とNPOの反撃」で記述した。したがって、ここではスーパーなどへの影響について見ておくことにしよう。
全米の独立系スーパーなどの連合体、National Grocers Association (NGA)は5月13日、Greg Ferrara会長名で声明を発表した。声明は、NGA に加盟している小売り・卸売りのビジネスの売上高が年間2500億ドルと、アメリカ全体の経済の1.2%を占めていると指摘。また、110万人の雇用を生み出していると述べている。そして、SNAPに関連した事業においては、38万9000人の雇用の創出に加え、45億ドル相当の税金が連邦政府や州政府に提供されていることつながっているという。さらに、SNAPの売上が加盟店の事業の拡大を通じて、貧困地域をはじめとしたローカルレベルで経済の発展に寄与しているとして、SNAPの財政負担を州政府に移すことに懸念を示している。そのうえで、人々の健康と経済的福祉を維持しながら、食料生産と食料品業界における米国の雇用を維持するバランスの取れた改革進めるように、強く求めている。
なお、Feeding AmericaのMap the Meal GapのURLは、以下の通りである。調べたい州や郡、選挙区、デモグラフィーなどを選択すると、そのデータを見ることができる。
https://map.feedingamerica.org/
ADAのガイダンスの一部削除、障がい者差別の時代への回帰として批判
2025年4月11日
連邦司法省(US Department of Justice)は3月19日、Americans with Disabilities Act (ADA)のガイダンスの一部を「不必要」かつ「時代遅れ」として、削除した旨を表明した。この措置に対して、障がい者団体を中心に、トランプ政権への反発が広がっている。トランプ大統領は、1月の就任以来、「不法移民」やトランスジェンダー、多様性促進策を通じて「不当に採用された」マイノリティなどを排除してきた。しかし、1970年代以降の障がい者の権利擁護に向けた政策の多くは、共和党が主導。この経緯もあり、同じ共和党に所属する大統領が、障がい者の権利のはく奪や制約を控えてきたようにも見えた。だが、連邦政府の省庁の改廃や職員の解雇・削減、社会保障や医療福祉の見直しが進展。これまでのトランプの言動による不信感も加わり、ガイダンス削除を放置すれば、障がい者の権利や福祉が大きく後退していくことを、障がい者団体が懸念したためと見られる。
ADAは、35年前の1990年7月26日に、当時のジョージH・Wブッシュ大統領が署名し、2年間の「周知期間」を経て92年7月から施行された連邦法である。ADAの解説を掲載している司法省のウェブサイトによると、法律の対象は、1) 15人以上の従業員をもつ民間企業・州や地方政府・労働組合・職業紹介所における雇用に加え、2) 州や地方政府が提供する公共サービス、3) 交通、4) 民間企業やNPOが提供するサービス、5) テレコミュニケーション、6) その他に分けられている。また、「障がい」については、身体的または精神的な障害が対象だが、永続的である必要はなく、一時的な状態も含まれ、それらが当事者の生活や活動を大きく制約する場合と説明。ただし、これらの「障がい」は、過去に抱えていたものや、現在影響していないとしても、第三者が「当事者の生活や活動を大幅に制約」しているとみなしている場合も含む。
司法省が削除したガイダンスは、ADAそのものではない。したがって、その内容は、法的な強制力をもつものではないが、裁判において参考にされる場合が少なくない。このため、法律の対象となる州政府や地方政府、企業、NPOなどは、ガイダンスに沿って障がい者への対応を進めようとする傾向がある。3月19日に司法省のOffice of Public Affairsがプレスリリースとして発表した、ガイダンスの削除項目は11。このうち5項目は、新型コロナウイルス感染症に関するもので、介助犬や介護者の同行やマスク着用の例外規定などに関するものだ。その他はコロナ禍と無関係な項目で、店舗やホテル、ガソリンスタンドなどにおいて障がい者が利用する際のアクセスの問題などである。
司法省は、11項目を削除するに当たり、トランプが大統領就任の当日にだした “Delivering Emergency Price Relief for American Families and Defeating the Cost-of-Living Crisis.”と題するMemorandumに基づく措置を述べている。インフレに伴うアメリカ国民の生活難に対処することを意図したものだ。とはいえ、なぜ、それがADAにつながるのか。Memorandumの中で、大統領は、バイデン政権が政府規制により多額の負担を国民に押し付けたと批判。これを受けて、司法省は、「不必要」かつ「時代遅れ」なガイダンスの削除という規制撤廃を行ったというのだ。そのうえで、ガイダンスの順守による労力を企業が削減でき、それによって生まれた収益が消費者に還元され、インフレ抑制につながるという考えのようだ。なお、11項目の削除に当たり、司法省は、ADA順守を促す税制優遇措置を提示したとしている。しかし、プレスリリースは、一般論を述べているが、税制優遇の具体的な内容については示していない。
では、ガイダンスの一部削除の何が問題なのか。発達障害に特化したメディアとして全米最大といわれるDisability Scoopが3月20日に発信した”Trump Administration Withdraws ADA Guidance”と題する記事の中で、アドボカシーを中心にした障がい者団体の連合体のAmerican Association of People with Disabilities (AAPD)のCEO、Maria Town氏は、「ガイダンスからの削除はADAが求める内容を変えるものではない」としつつも、順守方法を知ることが困難になると指摘。そのうえで、「ADAの成立から35年がたとうとしているものの、障がい者は店舗や宿泊施設、病院などでしばしば障壁に直面している」として、削除されたガイダンスを通じて事業者が障がい者への対応策を知る必要性を訴えている。
トランプ政権はガイダンスを「規制」と捉え、その撤廃が企業の事業を促進させると考えているように見える。これに対して、障がい者団体は、ADAの順守こそがビジネスにプラスと主張している。例えば、4月9日発信の”The Trump administration withdrew 11 pieces of ADA guidance. How will it affect compliance?”と題するAPの記事中で、National Council on Independent LivingのTheo Braddy事務局長は、「十分なアクセスが達成されている企業には、あらゆるタイプの障がい者が利用し、お金を使っていく」と指摘。一方、ガイダンスの削除については、「事業者に対して、『こんなことを全部やる必要はない』と言っているようなものだ」と指摘、障がい者の権利擁護運動が長年かけて勝ち取ってきた成果に対して、「時計の針を戻すことなる」と懸念を表明した。
障がい者団体のトランプ大統領への懸念は、ADAのガイダンスの削除だけに基づくものではない。例えば、今年1月29日、Ronald Reagan Washington National Airport付近の上空で、民間旅客機とアメリカ軍のヘリコプターが衝突、双方の乗客乗員、軍関係者67人全員が死亡するという事故が発生した。多くのメディアが管制官の人員不足を指摘していたものの、就任したばかりの大統領は、事故原因は調査中としながらも、「多様性に基づく採用が引き起こしたかもしれない」と指摘。バイデン政権のDiversity, Equity, Inclusion (DEI)政策による障がい者の採用が原因であるかのような見方を示した。この根拠のない発言は、事故の翌日にホワイトハウスが発表した” Immediate Assessment of Aviation Safety”という文書において「重度の知的」障害を持つ個人が募集されていたと記載、DEI批判を繰り返した。
大統領による、これらの発言や文書に対して、American Association of People with Disabilities、American Council of the Blind、Autistic Self Advocacy Network、Disability Rights Education and Defense Fund、United Spinal Association、National Federation of the Blindなど12団体は1月30日、共同声明を発表。大統領の発言などを「根拠のない、無責任なもの」と強く批判した。というのは、障がい者がDEI政策の対象となることは事実だが、航空管制業務を担当する政府機関、Federal Aviation Administration (FAA)は、採用に当たり、職務の中心的な内容を遂行できる能力がある人以外は採用していない。知的障がいを持つ人々を雇用しているものの、航空管制官としての採用はないという。このため、知的障がい者らの権利擁護活動に取り組むArc of the United StatesのCEO、Katie Neas氏は、2月1日発信のNational Public Radio (NPR)の“People with intellectual disabilities do lots of jobs — but they don't direct air traffic”の中で、「この悲劇に対して、障害者をスケープゴートにする(トランプ大統領の)行為は、事実に反している」と批判した。
障がい者団体のトランプ政権に対する懸念は、1月29日の事故に伴う大統領の発言だけではない。連邦教育省(US Department of Education)などの政府機関の改廃は、障がい者に大きな悪影響を与える可能性が高い。一般の企業における障がい者雇用は7%程度だが、政府機関は障がい者が10%を占めている。重度の障がいをもつ退役軍人らを優先的に雇用される、Schedule Aと呼ばれる制度で採用される障がい者も少なくない。しかし、Schedule Aによる採用は、試用期間が2年と、一般的な採用枠の1年の2倍ある。そして、トランプ政権は、連邦政府職員の解雇において試用期間中の人々に限定した措置も導入。その結果、試用期間が長い障がい者が解雇されることが多くなっているという。
また、トランプ政権は、社会保障制度やMedicaidと呼ばれる医療補助制度の改定も進めようとしている。社会保障制度は、所得を十分確保することが困難な障がい者にとって、所得確保の重要な手段になっている。Medicaidは、日常的に医療が必要な障がい者にとって、まさに生死の分かれ目となる制度だ。トランプ政権は、これらの障がい者にとって必要不可欠な制度が大きく変更されようとしている。いわゆる民営化だ。
しかし、多くの障がい者は、福祉や医療の民営化により、メリットではなく、生活の不安が増加していく可能性が高い。もちろん、障がい者とその団体は、座して死を待っているわけではない。AAPDやNational Federation of the Blind など、1月29日の衝突事故にともなう大統領の知的障がい者への差別発言を批判する共同声明に加わった団体を中心に、社会保障局(Social Security Administration: SSA)や 政府効率化省(Department of Government Efficiency: DOGE)などを相手取り、SSAの改定からの救済を求める訴訟を始めるなど、政権への「ノー」の声を打ちだしつつある。こうした動きは、さらに広がっていくと見られる。
なお、SSAの改変からの救済を求めた上記の訴訟の概要は、以下に示したAAPDのウェブサイトから見ることができる。
https://www.aapd.com/aapd-sues-ssa-and-doge/
連邦政府の奨学金制度の改廃とED解体に対抗、NPOと労働組合が連携
3月23日
政府機関の大幅縮小を目指すトランプ政権は、3月に入り、その矛先をU.S. Department of Education(以下、ED)に向けている。すでに半数を超える職員を退職または解雇に追い込む一方、同省が管理運営してきた学生に対する奨学金制度を改廃する姿勢を打ち出している。これらの措置に対して、労働組合は解雇撤回に加えて、奨学金の返済免除などを求めるNPOと連携。解雇の実態を明らかにしつつ、集会やデモなどを通じて、問題を世論に訴えるとともに、世帯所得水準に基づく奨学金制度の継続を訴えている。今後、こうした連携した反トランプの動きが広がっていくかどうか、注目される。
アメリカで教育行政を担う連邦政府組織は、19世紀から存在した。また、1867年にアンドリュー・ジョンソン大統領が設立、翌年、Office of Educationに降格されたこともあった。だが、これを除くと、独立した省レベルの機関として設立されたのは、民主党のカーター政権下の1979年のDepartment of Education Organization Actに基づくUnited States Department of Educationが最初だ。なお、略称がDEやDOEではなく、EDであることに疑問を持つ人もいるかもれない。これは、1977年に設立されたUnited States Department of EnergyがDOEと略されていたためである。トランプ政権による職員の削減が行われる前の時点におけるEDの職員数は4000人余りと、省レベルの政府機関としては、最も少ないスタッフで運営されていた。
1980年の大統領選挙で、共和党は、選挙公約に当たるPlatformでEDの廃止を掲げていた。カーターを破り、共和党のレーガンが大統領に当選したものの、連邦議会の下院は民主党が多数を握っていた。このため、レーガンは、ED廃止の公約を果たせず、1984年の大統領選挙時には撤回に追い込まれた。その後、共和党のEDに対する方針は二転三転したものの、2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが当選。2002年にNo Child Left Behind Actを成立させ、EDの予算も増加。ポスト・ブッシュの2008年の選挙で当選したオバマは2015年にEvery Student Succeeds Actに署名するなどし、連邦政府の教育行政における役割とEDの予算は拡大していった。
とはいえ、共和党やトランプ政権がEDに反対しているのは、単に役割や予算規模の大きさにあるわけではない。トランプ政権のバックボーンになっているといわれるHeritage FoundationのProject 2025は、EDに関して、その廃止に加え、以下のような提案を行っている。
・貧困家庭の幼児や児童向けの教育プログラムHead Startの廃止
・貧困地域の学業成績が不十分な児童を抱える学校への財政支援を行うTitle Iプログラムの廃止
・LGBTQの児童・生徒・学生への人権擁護政策の撤廃
・教育に関する公民権擁護活動の縮減
・障害を持つ児童・生徒・学生への支援策の縮減
・Universal Private School Choice (UPSC)の促進。なお、UPSCとは、公立学校に通う児童・生徒に提供されている支援と同額のものを、私立学校を選択した場合でも受け取ることができる仕組み
・学生が受けている連邦政府の奨学金(学資ローン)の民営化
ED廃止を打ち出した、トランプの大統領行政命令には、” Improving Education Outcomes by Empowering Parents, States, and Communities”というタイトルがつけられている。この文言からは、「両親、州政府、地域社会をエンパワー」することで、「教育成果の改善」を狙った措置といえる。その背景には、EDの官僚が教育政策を決定し、児童生徒の学力の低下を招いているという認識があるようだ。しかし、行政命令は、後半の部分で、EDが提供している低所得者家庭出身の学生向けの奨学金制度を民間の金融機関に移行させることや、EDによるDiversity, Equity, and Inclusion (DEI)やジェンダー・イデオロギーに関する政策が差別的だとして、撤廃させるとの考えを示している。
トランプが上記の大統領行政命令に署名したのは、3月20日である。しかし、大統領選挙中から、EDの廃止を主張。また、上記のProject 2025が提示していた学生向けの連邦政府の奨学金(学資ローン)の改廃も予想されていた。さらに、セントルイスにある連邦巡回控訴裁判所は2月18日、EDに対して、バイデン政権時に導入されたSaving on a Valuable Education (SAVE) Planの差し止めを命令。ホワイトハウスは3月7日、”Restores Public Service Loan Forgiveness”と題する大統領行政命令を公布、Public Service Loan Forgiveness (PSLF)の対象となる”Public Service” を制約する姿勢を鮮明にした。
連邦政府は、奨学金の返済に当たり、所得水準に基づき返済額に弾力性を設ける措置を採用してきた。いわゆるIncome-Driven Repayment (IDR) Plansである。バイデン政権は2023年8月、返済の負担を軽減する目的で、IDR Planの一環としてSAVE Planの導入を表明。だが、共和党の勢力が強い複数の州が起こしたこの裁判の結果、上記の連邦巡回控訴裁判所は、SAVE Planを違法として、施行を差し止めたのである。一方、PSLFは、連邦政府の奨学金を受けた学生が、政府機関やNPOの就職し、120カ月(10年間)働いた場合、奨学金の返済を免除する措置だ。これに対して、移民法に抵触する事業やテロ活動の支援、違法な差別行為への関与などを行ったNPOをPLSFの対象から除外することを、トランプは大統領行政命令で決定したのである。
現在、アメリカで連邦政府の奨学金の返済義務を負っている人は4300万人、これらの人々の負債額は合わせて16兆ドルを超えている。SAVE Planが廃止されれば、毎月の返済額が増大することは必至だ。とはいえ、前述のようにSAVE PlanはIDR Plansの一種だが、判決後EDは、訴訟の対象外のIDR Plansに基づく返済の申請書もウェブサイトから削除、事実上、申請ができないようにした。また、PLSFから前述のようなNPOが除外されれば、政府奨学金の免除を前提にして、移民の権利擁護や紛争地域の住民への支援、マイノリティやLGBTQを含めたDEIを促進するNPOで働いてきた人々は、生活プランを大きく変更せざるをえなくなる。
こうしたトランプ政権の動きに対して、教員180万人組合員にもつ労働組合のAmerican Federation of Teachers (AFT)は3月18日、EDに対する訴訟を首都ワシントンの連邦地裁に起こした。AFTのプレスリースは、”Demands Justice for Student Loan Borrowers”というタイトルがつけられていた。この言葉が示すように、奨学金の借り手に対する正当な扱いを求めるための行動だ。アメリカの労働組合は、「パンとバターの労働運動」といわれるように、賃金や労働条件の改善に注力している。「社会的労働運動」という言葉が広がってきたものの、本来的に組合員のための組織であり、非組合員の権利や福祉のために活動するという意識は少ないのが実情だ。
しかし、この裁判で問われているのは、AFTの組合員の多くが学生時代に受給し、返済義務を負っている奨学金に関してである。IDRに基づく返済が否定されることは、多くの組合員の利益にネガティブな影響を与えていく。PLSFについては、DEIを促進するNPOが”Public Service”機関ではないと、政権が判断したことを意味する。AFTの組合員は、小学校から大学まで、それぞれの職場において職員の構成の多様化を進めてきただけでなく、教員としてDEIの必要性について生徒や児童に対して説明してきた。こうした行為が否定される事態ともいえよう。それは、以下のようなEDで退職や解雇を強いられた職員の構成からも推察される。
EDの職員約2800人を組織しているAmerican Federation of Government Employees Local 252(以下、Local 252)によると、3月11日に1315人の職員がEDから解雇通知を受け取ったという。なお、これらの解雇者に加え、600人ほどの職員が、トランプ政権の成立後、退職している。前述のように、トランプの就任以前、EDの職員は4000人余りであり、わずか2カ月の間に、ほぼ半数が退職または解雇に至ったことになる。Local 252は、解雇者についての分析をEducation Reform Now (ERN)に依頼した。ERNは、マイノリティや低所得者との関係を中心に、幼稚園から大学までの公教育に関する調査研究、社会啓発などの活動を行っているNPOだ。
分析の結果、解雇された職員が多い部署を見ると、トップはFederal Student Aidで326人、次いでOffice for Civil Rightsの243人、そして3番目はInstitute of Education Sciencesの105人だった。その名から推察されるように、Federal Student Aidは、奨学金を扱う部署だ。トランプ政権が批判しているIDRに基づく奨学金返済制度も扱っている。Office for Civil Rightsは、学生や学生が所属する大学などの教育機関における人種やジェンダー構成などの調査などを行う、EDのDEI部門である。大統領就任後、敵対的ともいえる姿勢で廃止の動きを進めている政策の最たるものだ。Institute of Education Sciencesは、一般にはほとんど知られていない部署だが、主要な事業としてNational Center for Education Statistics (NCES)という教育機関全体の状況を調査、分析し、その結果を公表している。一見、中立的な内容だが、教育機関における人種別の在籍者数などのデータも収集しており、DEIの政策のベースを生み出す部門ともいえる。
前述のように、トランプの” Improving Education Outcomes by Empowering Parents, States, and Communities”という大統領行政命令のタイトルは、教育の権利をEDから「両親、州政府、地域社会」に取り戻すことが目的のように感じさせる。だが、アメリカのEDは、日本の文部科学省とは異なる。例えば、教科書検定はなく、教科書の選定をはじめ、初頭中東レベルの学校運営は、基本的に州や学校区が担っている。トランジェンダーの児童生徒への対応をはじめとしたジェンダーアイデンティティなどに関する議論のように、保護者と学校が対立する状況は存在する。とはいえ、「両親、州政府、地域社会」が中心になった運営であることは間違いない。
では、トランプのED廃止の目的はなにか。すでに述べてきた、低所得者への教育の機会保障の放棄やDEI政策の廃止、奨学金事業の民営化への移転による金融機関の事業拡大といった、大企業のビジネス機会の拡充や小さな政府志向だけではない。大統領行政命令には、EDの設立に当たり、NEAが関わったと批判しているように、反労働組合の姿勢を表明。この姿勢は、Universal Private School Choice (UPSC)の促進により初等中等教育の民営化を通じて、公立学校の教職員を組織化しているAFTやNEAの弱体化を狙ったものと考えられる。
とはいえ、教育問題は、政府と労働組合だけで対応できるものではなく、すべきものでもない。このことは、労働組合のリーダーも理解している。300万人の組合員をもつアメリカ最大の労働組合で、National Association of Educators (NAE)は、EDの廃止をはじめとしたトランプ政権の教育政策に反発。2月12日に首都ワシントンの連邦議会前で“Rally to Protect Students and Public Schools”と銘打った集会を開催した。連邦議員やATF、教育関係のNPOの関係者などとともに、連邦上院によるLinda McMahonの労働長官指名承認に反対の声をあげた。
詳細を紹介する余裕はないが、前述のEDに対するATFの訴訟も、奨学金返済問題に取り組んでいるStudent Borrower Protection CenterというNPOと連携している。今後、こうした動きが広がっていくのかどうか、そしてそれがトランプ政権の動きを抑止していくことになるのか、注視していきたい。なお、上記のNEA主催の”Rally to Protect Students and Public Schools”と題する集会の様子は、ビデオを含め、以下から見ることができる。
https://www.nea.org/nea-today/all-news-articles/rally-protect-students-and-public-schools#:~:text=Educators%20and%20advocates%20are%20raising%20alarms%20about%20the,proposed%20elimination%20of%20the%20U.S.%20Department%20of%20Education.
トランプ減税で格差拡大、年金や医療などのセイフティネットへの影響も懸念
2025年2月12日
トランプ大統領は、就任から3週間、矢継ぎ早の大統領令の発出やSNSへの投稿などで、内外に大きな衝撃を与えている。” Make America Great Again” (MAGA:アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)に向けた政策と説明されることが多いが、その背景にトランプ減税がある。国民の所得増加につながると見られがちな減税だが、トランプの政策は、ごく一部の富裕層に大きなメリットをもたらす一方、格差を拡大させるだけとの批判も噴出。さらに、減税による歳入減を補うため、対外援助や国内の補助金の廃止や縮小に止まらず、年金や医療などのセーフティネットへの影響も懸念されている。大統領選挙では年金や医療を守ると発言してきたものの、巨額の財政赤字の中で減税とセーフティネットの両立は困難だ。一方、来年11月の中間選挙を控え、政治基盤が弱い共和党議員からはセーフティネットの維持を求める声もあり、今後の動向が注目される。
MAGAはトランプの代名詞のように思われている人も少なくないが、元々は、1980年の大統領選挙で、共和党のドナルド・レーガンが用いたスローガンである。レーガンがジミー・カーターに勝利した大統領選挙に先立つ1970年代前半は、71年のドルの金兌換停止の「ドルショック」という経済面に加え、73年の米軍のベトナム撤退と75年の「サイゴン陥落」による軍事面においても、アメリカの国際的な地位低下が顕著に示された時代だった。ニクソン・フォードと続いた共和党政権に代わった民主党のカーターは、1979年のイラン革命にともなう「アメリカ大使館人質事件」で人質救出に失敗。国内ではカーターが就任した1977年に6.5%、1978年に7.5%、1979年に11.3%、1980年には13.5%と、インフレ率は上昇し続け、大統領選挙でレーガンへの大敗北につながった。
こうした1970年代の状況を変えるという意味で、レーガンがMAGAをスローガン化したことはうなずける。しかし、トランプが大統領選挙に臨んだ2016年には、実質個人消費支出、実質可処分所得、貯蓄率のいずれも高い伸びを示しており、スローガンがフィットする状況ではなかった。
いわゆるトランプ減税は、2024年の大統領選挙で突如出てきた考えではない。第一次トランプ政権で成立、2018年1月1日から施行されたTax Cuts and Jobs Act (TCJA)のことだ。Internal Revenue Code of 1986を改訂したもので、法人税率と所得税率の引き下げや贈与税の免除枠が倍増などを骨子としている。具体的には、法人税率を35%から21%へと大幅に減少。個人の場合は、全体として税率が切り下げられたが、夫婦で年末調整を行う場合、従来最も所得が多い枠に分類されていた48万ドル余りの世帯では39.6%だった税率が、対象の枠が60万ドル以上になったものの、税率は37%に低下するなど、富裕層へのメリットが大きいと税問題に取り組むNPO、Urban-Brookings Tax Policy Center(通称、Tax Policy Center)は指摘している。
この点は、贈与税についても該当する。TCJAの施行前には、単身者で550万ドル、夫婦で1110万ドルまでを非課税で相続することができた。この額が2019年には、それぞれ1140万ドルと2280万ドルへの上昇。2024年現在の非課税額の上限は単身者で1361万ドル、夫婦では2722万ドルに増加した。日本円に換算すると、夫婦の場合、40億円もの遺贈を非課税で受けることができることを意味する。その結果、多くの富裕層は、課税を逃れ、夫や妻、あるいは子どもに多額の資産を残すことができ、貧困層・中間層と富裕層の富の格差が拡大するだけでなく、維持されていく。格差社会の固定化である。しかし、TCJAは2025年12月31日に失効する。贈与税の非課税の上限は、インフレ調整後のTCJA以前の水準である1人あたり約500万ドルに戻ることになる。
トランプは、このTCJAを延長しようとしている。しかし、延長すれば、すでに膨大な額に上っている財政赤字がさらに膨らむことは必至だ。この赤字を埋め合わすための財源をどこかで確保しなければならない。もちろん、法人税や所得税の減額、贈与税の上限引き上げなどを盛り込んだTCJAの延長による減税策により、消費が促され、経済成長が進み、税収も増えるという議論もある。しかし、Tax Policy Centerが2月6日に発表した” Extending TCJA Provisions Would Modestly Boost The Economy, But Not Enough To Offset The Cost”と題するレポートによると、TCJAの延長は2026年にはGDPの成長に0.5%あまり貢献するものの、28年以降は04%未満に落ち込むと予想。一方、政府の財政赤字は、2027年度以降、4000憶ドルを超えると推計している。
こうした膨大な財政赤字を食い止めるには、関税の引き上げに加え、対外援助の廃止や縮小だけでは、不可能だ。そもそもトランプの政策には、「不法移民」の大規模な送還のように、膨大なコストを必要とするものが少なくない。したがって、さらなる財政の削減策が求められる。そこで議論になっているのが、年金に相当するSocial Securityへの課税強化や医療補助のMedicaidの制度の一部廃止である。
2022年末現在、アメリカの国債は現在31兆4000億ドル余りで、その一部の政府間債務(intergovernmental debt)は6兆1800億ドル。政府間債務で最も大きいのは、Social Security関係で2兆7000憶ドルにのぼる。Social SecurityにはCOLAと略称されるインフレスライド制が導入されており、近年のように物価上昇率が高いと、政府の支出も自動的に増加する。Old-Age, Survivors, and Disability Insurance (OASDI) Trust FundというSocial Securityなどを管理する基金は、歳出が歳入を上回っている。このため、Social Securityへの課税強化やCOLAの改廃、支払額の減少などが不可避と見られる。
なお、Social Securityへの課税はすでに行われているが、受け取る金額などにより、非課税の人も少なくない。このため、連邦議会には、課税強化を求める法案も提出されているが、トランプは昨年7月、"Seniors should not pay taxes on Social Security"とSNSに投稿した経緯もあるうえ、投票率が高い高齢者に不人気な政策であるため、近い将来に課税強化が行われることはないとの見方が強い。
では、Medicaidはどうか。アメリカのメディアの多くは、Medicaidを医療保険と呼んでいるが、政府の医療保険のMedicareと違い、低所得者や障がい者が利用した医療費に対して補助を行う制度である。オバマ政権下の2010年、Affordable Care Act (ACA)が制定され、国民皆保険化が進んだ。その一環として、補助対象者が連邦政府の貧困ラインより138%高い人も含まれることになった。2024年時点で、その年間所得の上限は、単身者が2万783ドルである。いわゆるMedicaid Expansionだ。ACAの制定後、このMedicaidの拡大版に関する裁判が起こされ、2012年に連邦最高裁は、州が導入の可否を判断すべきとの判断を示した。2024年初頭の時点で、全米41州と首都ワシントンでMedicaid Expansionが導入されており、加入者は2130万人。これは2020年の1510万人に比べ、大幅な増加だ。
連邦政府と州政府の共同事業をいわれるMedicaidは、費用に関して折半してきた。しかし、Medicaid Expansionについては、連邦政府が90%を支払うことになっている。これに要する連邦政府の支出は3兆6000億ドルに上る。トランプ政権が、この支出を削減ないしは廃止し、減税による歳出減の補いの一部に充当しようとしても不思議ではない。とはいえ、大統領令などと異なり、上下両院とも与野党の勢力差が数名という、連邦議会において、承認をえることは容易ではない。Medicaid Expansionの廃止が落選につながることを恐れる共和党の議員もいるからだ。このため、共和党は、州議会で廃止させるなどの動きを進めている。
以上のように、トランプ政権の動きは、「予想不可能」なトランプの言動だけに注目するのではなく、アメリカの財政状況や州政府や議会、民間の動きも含め、多角的に検討していく必要性がある。なお、上記のトランプ現在の課題を指摘したTax Policy Centerが2月6日に発表した” Extending TCJA Provisions Would Modestly Boost The Economy, But Not Enough To Offset The Cost”と題するレポートは、以下から見ることができる。
https://taxpolicycenter.org/taxvox/extending-tcja-provisions-would-modestly-boost-economy-not-enough-offset-cost
「ロサンゼルス火災」とジェントリフィケーション、マイノリティ・コミュニティの再建に向けた課題
2025年1月14日
1月7日にロサンゼルス近郊の9つの地域で発生した山火事は、その日のうちに6カ所が鎮火されたものの、強風にあおられ、各地に飛び火。14日現在も5カ所で消火活動が続けられている。この山火事に関して、メディアの大半は当初、ロサンゼルス郡の太平洋沿岸西部で、ハリウッドのセレブらが豪邸を構えることで知られるPacific Palisadesを中心に報道。しかし、山火事は、マイノリティや中・低所得者が多く居住する地域へも拡大している。これらの地域では、住居を失い、再建の資金確保が困難は被災者が多く、再建が遅れれば、ジェントリフィケーションが進み、地元に住み続けることができなくなるのではないか。こうした懸念から、自らの生活再建だけでなく、コミュニティを守る活動も始まりつつある。
日本のメディアは、「ロサンゼルス火災」と呼ぶことが多いが、1月7日に発生した火災は、ロサンゼルス市や郡を超えて、南カリフォルニアの9つの郡で確認されている。1月14日現在、炎上している地域は、ロサンゼルス郡で4カ所、サンディエゴ郡で1カ所の合計5カ所。これらのうち、当初Sylmar火災と呼ばれていたロサンゼルス郡北部のHurst火災とCreek火災は、鎮火に近づいているようだ。また、サンディエゴ郡のPoma火災は、炎上面積が1.4ヘクタールと小規模に止まっている。しかし、ロサンゼルス郡のPalisades火災と同郡東部のEaton火災は、被害が甚大なうえ、ごく一部しか鎮火されていない。
California Department of Forestry and Fire Protectionの1月14日のレポートによると、「ロサンゼルス火災」で最も大きな被害がでているのは、Palisades火災とEaton火災の2カ所だ。前者は、延焼面積9596haで建造物への被害(脅威1万2250件、全焼1280件、半焼204件)が発生。Eaton火災では、延焼面積5713haで建造物を焼失(脅威3万9428件、全焼2722件、半焼329件)が生じたと報告されている。また、Palisades火災では8人、Eaton火災では15人の死者がでた。なお、直近の1月13日のレポートによれば、Hurst火災では、323haが延焼したものの、家屋への被害は確認されていない。
このように、Eaton火災は、延焼面積こそ少ないものの、Palisadesよりも被害を受けた建造物や死者の人数は多い。にもかかわらず、Palisadesにメディアの関心が集中したのは、ハリウッド・セレブをはじめとした富裕層の住む地域というネームバリューがあったからだろう。このことは、PalisadesとEaton、そしてHurstの「土地柄」の違いが大きいことを示唆している。実際、この3カ所の居住者の人種構成や所得水準、住宅価格などは、大きく異なる。以下、Nicheという教育環境との関係で、地域住民のデモグラフィーなどを紹介しているサイトに掲載されたデータから、その違いを見てみよう。なお、Nicheは、政府統計などに基づき、最新の数字を提示している。
Palisadesの中心地域、Pacific Palisadesの人口は、1万7826人。そのうち白人は82%と圧倒的多数を占める。ふたつ以上の人種的背景を持つ住民も7%なので、マイノリティは10%をわずかに超えるにすぎない。ちなみに白人以外で最も多いのは、アジア系で6%、次いでヒスパニック系の4%で、アフリカ系アメリカ人(以下、アフリカ系)は1%に止まる。住民の世帯当たりの中位所得は19万5077ドルと、邦貨に換算すると3000万円を超える。なお、全米の中位世帯所得は7万8538ドルなので、3倍近い収入があることになる。住宅の中位価格は199万994ドル。日本円にすれば、3億円を超える大邸宅だ。
では、EatonやHurstはどうなのか。Eatonの中心、Altadenaの人口は4万1921人。人種別では、白人が42%と最も多いものの、ヒスパニック系が27%、アフリカ系が18%、アジア系が5%など、マイノリティが多数派になっている。なお、ふたつまたはそれ以上の人種的な背景を持つ人が7%にのぼる。住宅の中位価格は107万3500ドル。世帯当たりの中位所得は12万9123ドル。いずれも日本の水準から見れば、かなりの額だが、Pacific Palisadesの半分強に止まる。Hurstの中心地域、Sylmarの人口は6万8704人で、ヒスパニック系が79%を占めている。次いで、白人が10%、アジア系が7%、アフリカ系3%と続き、ふたつまたはそれ以上の人種的な背景を持つ人は1%にすぎない。住宅の中位価格は62万1716ドル、中位世帯所得は9万5122ドル。Pacific Palisadesはもとより、Altadenaに比べても、かなり経済状況が厳しいことがわかる。
前述のように、Sylmarを含むHurst地域は、今回の火災の被害は限定的だ。したがって、火災の影響によるジェントリフィケーションは生じないといえよう。しかし、AltadenaをはじめとしたEaton地域では、その大半は住宅と推察される建造物が多数、被害を受けた。被災した住宅の所有者の人種や所得水準についてのデータはない。しかし、Displaced Black Families Aldante and Pasadena Mutual Aid Directoryには、530件余りの募金希望世帯のリストが掲載されている。このリストは、Hurst地域で被災した黒人世帯が住居の再建などの資金をGoFund Meというクラウドファンドに掲載した一覧だ。
なお、ジェントリフィケーション(Gentrification)とは、1964年にイギリスの社会学者、Ruth Glassが最初に使用した言葉といわれている。しかし、歴史学者の一部は、古代ローマ時代から存在した現象だと主張。なお、「ジェントリ」とはイギリスの地主層を指す言葉で、低所得の労働者が住んでいた地域に、高所得層が住み始め、低所得層が立ち退きを迫られる状態をさしている。その意味では、低所得層の社会的排除につながるが、貧困地域の生活環境が改善されるとして、ポジティブにとらえる考え方もある。
AltadenaのAltaはスペイン語で「上」を意味する。DenaはPasadenaのdena、すなわち南で接するPasadenaの上(北)の土地ということだ。なお、Pasadenaは、1886年に市制を引いた自治体。同市では、アフリカ系が人口の7%を占めている。前述のように、Altadenaのアフリカ系の人口、全体の18%だが、1960年には4%にすぎなかった。その後、アフリカ系の人口が急増、1980年には43%を占めるに至った。
彼らとその子孫の多くは、最近、この地に住み始めたのではない。1930年のアフリカ系の大移住と呼ばれる南部から移住した人々に加え、1960年代から70年代にかけて公民権運動にかかわった人々が、当時としては珍しく銀行による融資差別を受けることなく、家を建て、生活を築いてきたのである。Altadenaにおけるこうしたアフリカ系の人々とコミュニティづくりの歴史は、”Altadena: Between Wilderness and City”( Michele Zack著、2004年、Altadena Historical Society出版)に詳しく紹介されている。
Eaton火災で家を失い、再建の資金が確保できず、他の地域に移住することになれば、白人を中心にした富裕層によるジェントリフィケーションによって、長年にわたり築いてきたアフリカ系のコミュニティが消滅してしまう。この懸念が現実化することを良しとしないアフリカ系の人々や団体の呼びかけで、GoFund Meの一斉募金が始まったのである。人々の善意に期待するだけではない。州や連邦政府に対して、火災で失った家の再建のために、無利子の融資を求めるための活動を始めた人もいる。
個人の生活再建のための団結だけではない。アフリカ系女性のShawn Brownは、自宅に加え、アフリカ系の児童らのために設立、事務局長を務めているPasadena Rosebud Academyも火災で失った。しかし、当面、教会を借りて授業を続ける一方、このチャータースクールは「単なる学校ではなく、子どもたちが一緒に成長し、学び、成長してきた安全な避難所」だとして、GoFund Meで再建に向けた資金集めをスタートさせた。クラウドファンディングには、開始から6日間で、10万ドルの目標に対して、223件、総額2万5621ドルが寄せられた。こうした災害によるジェントリフィケーションという貧困問題に対してコミュニティを守る活動は、今後、さらに進められていくだろう。
なお、上述のGoFund Meによる黒人被災者の募金者のリストは、以下から見ることができる。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1pK5omSsD4KGhjEHCVgcVw-rd4FZP9haoijEx1mSAm5c/htmlview
中高年齢層の学生ローン支払い免除、首都ワシントンで退任前のバイデンに要請
2024年12月20日
アメリカでも、貸与型の奨学金や金融機関などからの教育ローンの返済が困難になっている人々の問題がクローズアップされている。絶対数からいえば、卒業後、比較的時間がたっていない20代や30代の若者が多いが、過去20年、返済に苦慮する50代以降の人々が急増。ローン返済で苦境に陥っている人々の「ユニオン」を名乗る団体の中高年のメンバーが12月11日に全米各地から首都ワシントンに集まり、バイデン大統領が任期を終える前に、2020年の選挙で公約したローンの返済免除を行うよう求める集会を実施した。
連邦政府の教育省の1部門、National Center for Education Statistics (NCES)は、全米の教育に関するデータを収集、分析し、その結果を報告書などの形で公表している。こうしたデータを2次利用して、教育に関する特定の課題について検討を行っている団体Education Data Initiative (EDI)によると、連邦政府の教育ローンで負債を抱えている人は、全米で4280万人。民間機関からの資金返済が必要な人も、推定で300万人にのぼるという。これらの人々の負債総額は、1兆7500憶ドル(約271兆2500億円)に達している。日本政府が閣議で決定した2024年度予算案のうち一般会計の総額は、112兆717億円。アメリカの学生ローンの借り手が支払わなければならない金額は、その2.5倍近い。
教育ローンの返済が必要な人というと、卒業後間もない20代から30代の世代がイメージされがちだ。しかし、2022年のデータによると、60歳以上で教育ローンの返済が求められている人は350万人。これらの高齢者の負債総額は、1250憶ドル(1兆9375億円)という。NPOのシンクタンク、New Americaによると、2004年から21年までの間に、学生ローンの受給者は全体で90%増加した。
これに対して、60歳以上の借り手は511%増と、6倍に急拡大した。ローンを受けた高齢者の多くは、子どもの学資を融通したと思われるかもしれない。しかし、政府系の融資の76%は、高齢者自身が受けたものに対する返済だ。中高年になってから学び直しをする人が多いことも影響しているだろうが、長期にわたり返済を行っている人が少なくないことを示唆する数字だ。なお、子どもの学資用に保護者が連邦政府から借りるローンは、Parent PLUSと呼ばれている。この割合は、政府系学資ローンの21%に止まる。これらに加えて、子どもなどが借りたローンの保証人となり、返済を求められるケースもある。
消費者問題に取り組むNPOの法律機関、National Consumer Law Centerによると、Parent PLUSの保証人に保護者がなるのは、必ずしも自発的な行為ではない。低所得世帯の子どもが大学に通うために政府系の教育ローンを申請した場合、借りられる金額に上限があるため、必要な資金を手にすることができないケースもでてくる。保護者が不足分を補う余裕がなければ、高い利息がつくParent PLUSの利用が求められることが多い。子どもが大学を卒業できたとしても、保護者はその利息の支払いが求められ、家計が圧迫され、ホームレス状態に陥る人もいるという。
12月11日に首都ワシントンで、中高齢者の教育ローン問題を訴えた団体は、Debt Collectiveである。文頭で述べたように、「ユニオン」と名乗っているが、労働組合や協同組合ではない。組織的には、環境問題や消費者保護に取り組むNPO、Sustainable Markets FoundationがFiscally Sponsorとなって、活動を進めている団体だ。なお、Fiscally Sponsorとは、連邦政府から税制優遇措置を取得していない団体が、取得しているNPO、いわゆる501c3団体の傘下で活動する形で、税制上の優遇を提供する仕組みだ。助成財団や寄付者が税制優遇措置をもたない団体に資金を提供する場合、Fiscal Sponsorに払うと、支援したい団体の運営や活動に還流される。
Debt Collectiveは、2011年9月の”Occupy Wall Street”(ウォールストリートを占拠せよ!)を起源とする運動体だ。2015年に全米最初のStudent Debt Strikeを実施、学生ローンの返済免除を訴えた。連邦議会には、2019年以降、”College for All Act”という大学の学費の無償化などを求める法案が提出されるようになったが、この動きを促した団体のひとつでもある。なお、この法案は、現在の議会にも”H.R.4117 - College for All Act of 2023”として提出されており、下院の賛同者は67人に及んでいる。
学生ローンは、政府や民間企業から借りた資金だ。それを返済しないでよいのか、という疑問がでるかもしれない。しかし、高齢者に関していえば、Section 902.2 of the Federal Claims Collection Standard Actによって、連邦教育省は、借り手の年齢や想定される余命期間に基づき、返済の免除を行う権限がある。また、バイデン大統領は、2020年の選挙の際、年収12万5000ドル未満の人々に対して、1万ドルの教育ローン返済免除を実施すると公約していた。バイデン大統領は、この公約に基づき、返済を免除しようとしたものの、連邦最高裁判所が2023年6月の判決で、免除の大半は認められなかった。
こうした経緯も踏まえ、Debt Collectiveは今年9月、ホワイトハウス前で50歳以上の人々の教育ローン免除を行うよう、バイデン大統領に求める集会を開催、負債を抱える中高年齢者20人余りが参加した。そして、12月11日、その第2弾的な意味合いも含め、教育ローンを管轄する連邦教育省前で免除実施を求める集会を行ったのである。集会には、全米各地から教育ローンの支払いに苦慮している人々が参加、NPOのメディア、TruthoutとIn These Newsは12月16日、共同で”Student Debt Doesn’t Vanish With Age. Older Debtors Protest With a ‘Knit-In’”という見出しの記事を掲載。その中で、返済に伴う切実な声を以下のように伝えた。
例えば、バージニア州から参加したMary Donahueさんは、一番下の子どもが大学に入学するのを機会にソーシャルワーカーを目指し、大学院に入学。2008年に無事修了し、仕事を始めたものの、現在、14万5000ドルの教育ローン返済が残っている。このうち12万5000ドルは、利息だという。また、ミシガン州のBecki Wellsさんは、夫とともに子どもの大学入学後の資金のため債券を購入していた。しかし、2008年のリーマンショックで再建は暴落、ふたりの子どもを大学に通わせるため、教育ローンを受ける必要に迫られた。子どもは卒業できたものの、23万ドルの返済に苦しんでいるという。
負債にともなう苦痛は、財政的なものだけではない。返済ができないことによる羞恥心やスティグマがあり、特に高齢者には、そうした意識が強い、とTruthoutとIn These Newsの記事は伝えている。そのうえで、返済に苦しむ人々を組織することは、そうした人々のコミュニティ作りと救済につながると指摘。そして、Debt Collectiveのオルグ、Jason Wozniakさんが述べた、「ひとりだけなら、負債は苦痛でしかない、しかし、活動をともにすることで、協働の力に代わる」という言葉を紹介している。
なお、アメリカの高齢者の教育ローン問題の実態は、上記のNational Consumer Law Centerが作成した、”THE GROWING IMPACT OF STUDENT DEBT ON OLDER ADULTS”という資料に簡潔に示されている。以下からダウンロードすることができるので、興味のある人は、見てみてほしい。
https://www.nclc.org/wp-content/uploads/2024/09/Impact-of-Student-Debt-on-Older-Adults.pdf
障害者特例最低賃金廃止案を連邦労働省発表、廃止を求めてきた障害者団体は歓迎
2024年12月4日
連邦労働省のJulie Su労働長官代行は12月3日、障害者雇用における特例最低賃金制度の廃止に向けた運用規則案を発表した。パブリックコメントを来年1月まで受け付け、その後、3年間の経過措置をへて、正式な規則として採用される見込みだ。この制度は、障害者を雇用する事業者に対して、連邦政府が制定した最低賃金を下回る賃金の支払いを可能とさせてきた。障害者の自立を阻害するとして廃止を求めてきた障害者の権利擁護団体などからは、歓迎の声があがっている。
アメリカの最低賃金は、連邦政府や州政府、自治体などにより、それぞれ制定されている。連邦レベルでは、1938年に成立したFair Labor Standard Actの下で制定が求められ、現在の時給は、7ドル25セント。この連邦最低賃金未満で雇用することは原則として認められていないが、いくつかの例外が存在する。11月5日に投開票が行われた、大統領選挙で議論になった、チップを受け取る労働者に対する、チップ額により最低賃金を下回る賃金の支払いを認める措置は、そのひとつだ。
障害者特例最低賃金制度は、こうしたFair Labor Standard Actの一部で、 Section 14(c)によって規定されている。このため、以下、Section 14(c)規定と記載していく。ただし、チップ労働者の場合は、月に30ドル以上のチップを受け取っている労働者に対象を限定。また、雇用者には、少なくとも時給2ドル13セントの支払いが義務づけられているため、一般の最低賃金の7ドル25セントから2ドル13セントを差し引いた、5ドル12セント以上をチップ収入とみなして、労働者の給料から減額することは認められない。
一方、Section 14(c)規定の下では、障害者に対して賃金の最低額が定められていないため、極めて低い賃金が支払われることもある。” U.S. looks to end subminimum wage for workers with disabilities” という見出しの12月5日発信のCBS Newsの記事は、時給が25セントという事例もあると伝えている。また、この記事は、11月1日現在、全米37州で3万7000人以上の障害者が、Section 14(c)規定の下で働いていると紹介。なお、最低賃金未満で雇用するために、雇用者は政府に認可申請を行う必要がある。認可期間が切れると、更新が求められており、現在、35の雇用者が申請中という。こうした雇用者または職場は、Sheltered Workshopsと呼ばれている。
歴史的に見ると、Section 14(c)規定は当初、アメリカにおける障害者政策の多くと同様に、負傷した退役軍人を対象としていた。しかし、12月4日発信のDR Diveの”DOL proposes rule to phase out subminimum wage for workers with disabilities”という記事によると、連邦政府のGovernment Accountability Officeは、2021年現在のデータとして、Sheltered Workshopで雇用されている障害者の90%は、知的障害か発達障害をもつ人々だとしている。また、労働省のデータによると、これらの障害者のほぼ半数は時給3ドル50セント未満で就労。さらに、1ドル未満の時給しか受け取れていない人々も14%にのぼるという。
今日までSection 14(c)規定が維持されてきたのは、なぜか。通常の最低賃金を適用すると、雇用者は、障害者を雇うことをためらうという考えが、その背景にあると指摘されている。実際、Section 14(c)規定に基づく、障害者の雇用のための認可申請おいては、障害者の雇用機会の縮小を防ぐために必要な措置であることが条件とされてきた。生産性の低いとされる障害者を雇う上で、最低賃金を支払うことは困難という理由から、雇用を回避することを避けさせるという考えといえよう。
しかし、雇用環境が大きく変わり、最低賃金またはそれ以上の賃金が支払われる職種や職場で働くことができる障害者が増加。また、雇用者も、障害を持つ労働者を募集、雇用し、最低賃金以上で就労させるためのリソースやトレーニング体制を確保できるようになってきている。こうした労使双方の状況の変化が、Section 14(c)規定を廃止しても、障害者雇用にネガティブな影響を与えないと判断を醸成したといえよう。なお、廃止まで3年間の経過措置が求められたのは、経営者と障害者の双方が新たな制度に対応するための準備期間とされている。
Section 14(c)規定の廃止を求める声は、かなり以前から障害者の権利擁護団体などにより進められてきた。その中心的な存在のひとつが、1983年に設立されたNational Disability Rights Network (NDRN)である。2011年に”Segregated and Exploited”と題する報告書を発表。障害者が労働現場で隔離され、搾取されている実態を示すとともに、特例最低賃金制度の背景や改善策を訴えた。このテーマをアップデイトした報告書を2012年と16年にも発行、16年版では隔離労働の廃止は近い、という認識を示していた。しかし、その後、2019年3月に連邦下院の指導者に書簡を送り、廃止を求めたりしたものの、大きな進展は見られなかった。
状況が変わったのは、2023年のことだ。Julie Su労働長官代理が9月26日、Section 14(c)規定の包括的な検討を行うと発表したのである。1989年の大幅な見直しから四半世紀もたっていた。それから1月余りたった11月8日、NDRNは、20余りの障害者団体と連名で、Julie Suをはじめとした労働省の高官に書簡を送付、以下のことを指摘した。
・Section 14(c)規定の維持は、アメリカの障害者への人権政策と整合しないこと
・Section 14(c)は障害者を侮辱するものであり、労働者の選択肢を増やすものではないこと
・Section 14(c)は、障害者の雇用の機会を減らしており、プログラムに使用されるリソースは他の方法に集中すべきであること
そのうえで、個々の障害者に対応した雇用支援策などに資源を振り向けることで、雇用者と障害者の間でより良いマッチングが成立し、障害を持つ労働者の生産性の向上と夢の実現が可能になる、と訴えた。この訴えの実現を受け、NDRN は12月4日の“X”に、以下のようなメッセージを掲載した。
「私たち障害者権利擁護団体は、障害者に最低賃金を下回る賃金を支払うことを法的に認めたSection 14(c)の段階的廃止を労働省とJulie Su労働長官代行が本日発表したことに賛辞を表します。Section 14(c)は、…障害者を貧困に陥れ、障害者の労働価値を下げるものでした。私たちは長年、その廃止を求めてきましたが、本日の発表により、その目標に一歩近づきました」
なお、この連邦レベルのSection 14(c)の廃止に先立ち、多くの州では、障害者への最低賃金の特例措置を葬る制度を制定している。それを実現させた州における運動は、連邦政府の取り組みを促していったことは間違いない。州レベルの動きを具体的に言及する余裕はないが、カリフォルニア州では2021年にSenate Bill 639が議会を通過、知事の署名を経て、成立した。法案の提唱者は、HERE UNITEというレストランや繊維関係の労働者の組合の指導者だったMaría Elena Durazo上院議員で、Disability Rights Californiaなどの障害者団体と労働組合を連携させながら立法化を勝ち取ったことを記しておく。
上述のNational Disability Rights Network (NDRN)が2011年に、Section 14(c)規定の問題性などを包括的に示した”Segregated and Exploited”と題する報告書は、以下から見ることができる。
https://www.ndrn.org/wp-content/uploads/2019/03/Segregated-and-Exploited.pdf
大統領選挙の争点となった生活苦、州・自治体の住民提案の結果にも反映
2024年11月20日
11月5日に投開票が行われた、アメリカの大統領選挙における最大の争点のひとつといわれたのが、インフレとそれにともなう生活苦だ。この問題は、与党民主党への逆風となり、ハリスの敗北とトランプの勝利に寄与したといわれている。とはいえ、大半の人々は、単一のイシューに基づいて投票するわけではない。これに対して、大統領選挙と同じ日に、州や自治体の多くで投票に付された、住民提案は、シングルイシューへの賛否を問うものだ。生活苦に関連した各地の提案の成否を考察することを通じて、投票者の意識などを探っていこう。
生活苦に関する住民提案について触れる前に、大統領選挙におけるインフレや生活の困窮化に関連した状況について、投票者がどのように考え、一票を投じたの見ておく。アメリカのニュース専門チャンネル、CNNが実施した出口調査によると、有権者が最も重視した政策は、民主主義がトップで全体の35%、次いで経済が31%という結果が示されている。ただし、経済は、インフレや生活苦だけを意味するとは限らない。持ち家の人であれば、不動産の値上がりを歓迎するだろう。また、投資に資金を投入している人は、株価の変動の観点から経済を考える可能性が高い。
CNNの出口調査には、生活苦を直接聞く質問は見当たらない。その代わりに、家計の状況が4年前と比較した状況を尋ねた項目を見出すことができる。この項目において、「よくなった」という回答は24%にすぎず、「ほぼ同じ」の30%を合わせても、半数をやや上回るに過ぎない。最も回答が多かったのは、「悪くなった」で、45%に上る。この回答を選択した投票者の85%は、トランプに一票を入れた。ハリスを選んだのは、17%にすぎない。「国の経済状況」についての問いに対しても、「あまりよくない」という回答が35%、「悪い」が32%と、このふたつで全体の3分の2を占めた。そして、「あまりよくない」の52%、「悪い」86%が、トランプを支持したのである。
大統領選挙直前の数カ月、インフレは落ち着きを示していた。また、ウォールストリートは活況を呈し、ダウ平均株価は、今年5月には史上初めて4万ドル台を突破。その後も高値を維持してきた。その一方で、生活困窮者の人数は、増加してきたといわれている。例えば、連邦政府の主要な食料支援プログラムのひとつに、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)がある。通常、Food Stampと呼ばれるもので、生活の困窮度などに応じて、食品や食材を購入する引換券を受け取り、スーパーや商店で現金に代えて、購入することができる。なお、引換券と書いたように、かつては紙だったが、現在はカード形式になり、Electronic Benefit Transfer (EBT)と呼ばれている。
SNAPの受給者は、2008年のリーマンショック後に急増したものの、その後、減少に転じた。しかし、2019会計年度に反転し、2023会計年度にはアメリカに居住する人の8人にひとりに相当する、12.6%が受給するに至った。受給者数でいえば、4210万人にのぼる。なお、州により受給者の割合の相違が大きく、最も多いニューメキシコ州は23.1%とほぼ4人にひとりが受給。最も少ないのはユタ州で4.6%だった。
なお、これらは、SNAPを管轄する連邦農務省のデータである。合法的な居住権を持たない外国人や留学生のように在留資格があってもSNAPの受給資格が認められていない人も少なくない。したがって、実際には、より多くの人々がSNAPの支援を受けるような状態にあると考えられる。例えば、全米のフードバンクの連合体、Feeding Americaは、2023年にフードバンクやフードパントリーなどを通じて食料支援を受けた人は、SNAPの受給者を大きく上回り、5000万人を超えたと推定している。
十分な食料を確保できない状態を連邦商務省は、Food Insecurityと規定している。この状態が生じる背景はさまざまだが、収入が少ないことと、支出が大きいことが、最も大きな理由といえよう。前者でいえば、低賃金や失業などが考えられる。後者は、家賃や光熱費、ガソリン代などの交通費の上昇、保険や育児など、さまざまな用途に対する支出があるためだろう。
Food Insecurityを生み出す原因ともいえる低賃金に対しては、最低賃金の引上げ、家賃の上昇を抑えるためのレントコントロール、また両者を含めた対策としてベーシックインカムなどが、住民提案として投票に付されることが少なくない。では、11月の大統領選挙と同じ日に全米各地の州や自治体などで、これらの問題に対する住民提案は、どの程度実施されたのか。そして、それらの結果はどうだったのか、みてみよう。
州レベルの住民提案でいえば、人工妊娠中絶と有権者をアメリカ市民に限定する、ふたつのテーマが最も関心を集めた。しかし、最低賃金の引上げなど、賃金関係の提案も6つの州で実施された。このテーマは、過去20年ほど、大統領選挙や中間選挙が行われるたびに投票に付され、その多くが成立してきた。しかし、今回は、3州で成立、2州で不成立、残りのカリフォルニアは僅差のため、まだ確定していない。それぞれの州の提案の内容と結果は、以下の通りである。
・アーカンソー州:Ballot Measure 1
時給15ドルに引き上げと有給の病欠休暇の導入
賛成58%、反対42%で成立
・アリゾナ州:Proposition 138
チップ労働者への賃金を最低賃金より25%少なくすることを認めること。ただし、報酬総額は、最低賃金に2ドルを加えた額以上とすること
賛成26%、反対74%で不成立
・カリフォルニア州:Proposition 32
時給18ドルに引き上げ
賛成49%、反対51%(僅差のため11月19日現在未確定)
・マサチューセッツ州:Question 5
チップ労働者への最低賃金を州の最低賃金と同額にすること
賛成36%、反対64%で不成立
・ミズーリ州:Proposition A
時給の15ドルへの引き上げと有給の病欠休暇の保障
賛成58%、反対42%で成立
・ネブラスカ州:Initiative 436
有給の病欠休暇の保障
賛成74%、反対26%で成立
以上のように、最低賃金だけの引上げや最低賃金と有給の病欠休暇の保障については、未確定のカリフォルニア以外、成立している。また、アリゾナ州の提案は、チップ労働者の収入が増えるのか、減るのかわかりにくい。Arizona Restaurant Associationが賛成派に入っていることに示されるように、経営側が主導した提案といえる。このため、労働サイドとしては、「勝利」といえるだろう。一方、マサチューセッツ州の提案は、チップ労働者の最低賃金が一般の労働者より低く設定されている状態を変えるための提案だ。否決されたことは、労働側にとって「敗北」といえる。
ベーシックインカムについては、オレゴン州のMeasure 118で州民の賛否が問われた。この提案は、”Corporate Tax Revenue Rebate for Residents Initiative”と命名されている。この文言から、ベーシックインカムの導入を求めるものとは考えにくいかもしれない。しかし、”Corporate Tax Revenue”は、ベーシックインカムの財源を意味し、 その財源を”Residents”への”Rebate”に充当する意図が示されている。ここで重要なのは、”Residents”という語彙だ。Citizensではない。つまり、国籍や居住権の有無に関係なく、資金を提供することを求めているのである。なお、日本語で”Rebate”は悪いイメージがあるが、英語では税金などの払い戻しを意味している。
結論を先に言うと、Measure 118は賛成22%、反対78%で否決された。なぜ、これほどの「大敗」を喫したのか。理由を考える前に、提案の内容を見ておく必要がある。上記の”Corporate Tax Revenue”の部分によって、企業の2500万ドル以上の収入に対して、3%の課税を行うことになる。そのうえで、州に200日以上居住している人に、”Rebate”を配布するという提案だ。
では、”Rebate”は、いくらになるのか。実際には、企業の収入が変動するため、断定的な数字は提示されていない。しかし、11月5日付の地元紙、Salem Statesman Journalは、州のLegislative Revenue Officeが9月に発表した試算として、成立すれば、開始時にひとり当たり月額1035~1286ドルの支払が行われると伝えている。年間1万5000ドル、邦貨に換算すると220~230万円にもなる。当然のように、インテルやナイキをはじめとした、課税される対象の企業は反対の声をあげた。州知事をはじめとして、民主・共和両党の連邦や州の議員の多くも反発。ここに、Oregon AFL-CIOなどの労働団体やLeague of Women Voters of Oregonをはじめとした知名度の高いNPOも合流した。
これに対して、賛成派は、Oregon People's Rebateという資金集め団体、すなわちPolitical Action Committee (PAC)を結成。提案が成立すれば、貧困家庭の子どもが26%減少するなどと訴え、活動資金を81万1124ドル50セント集めるまでに、提案への支持を広げることに成功した。しかし、政治家に加え、大手企業や業界団体、さらに労働団体、NPOへとウィングを伸ばした反対派は、1594万7420ドル50セントと、賛成派の20倍近い資金を集め、提案成立阻止に向けて運動を進めていった。
その結果は、先に述べたようなOregon People's Rebateの「大敗」となった。しかし、投票者の22%が賛成票を投じたことの意味は、決して小さくない。集めた資金よりもはるかに多い割合での支持を獲得できたからだ。それだけではない。州レベルでベーシックインカムといえる制度を導入しているのは、石油収入を財源にしたアラスカだけである。コロナ禍において自治体レベルで、試験的な導入が相次いだ。しかし、その多くは連邦政府のコロナ対策費を充当するなど、企業の収益を住民に還元させるという、格差解消のような社会課題の解決を正面から据えたものではない。
レントコントロールも生活苦との関連で重要なテーマである。カリフォルニア州では、
“Proposition 33: the Prohibit State Limitations on Local Rent Control Initiative”として、11月5日に投票に付された。Costa-Hawkins Rental Housing Actと呼ばれる、レントコントロールを戸建て住宅に限定したり、1995年以降に建設された住居に適用することを禁止する法律を撤廃することを目指す提案だ。しかし、結果は、賛成が40%に止まり、不成立に終わった。ここでも、不動産関係の業界などの強い抵抗があった。
このように、生活苦が焦点になったといわれる大統領選挙とそれにともなって実施された住民投票の結果を見ると、生活苦を積極的に解決しようとする動きが勝利を収めたとはかぎらないことがわかる。とはいえ、一部で敗北したとはいえ、提案の成立を目指す運動の中に、生活苦の問題を解決するための具体策が示されていることも事実である。今後、これらの具体策がどのように発展していくのか、あるいは消滅していくのか。名もない人々による、草の根からの動きを今後も注視していきたい。
なお、上記のOregon People's Rebateの活動は、以下から見ることができる。
https://www.opr2022.org/
ガンの患者・生存者が医療費負担などで苦境、支援団体がクラウドファンディングのデータから指摘
2024年10月24日
クラウドファンディングの利用目的を分析して、背景にある問題を探るというユニークな調査手法を用いた研究結果が報告され、関心を集めている。調査を行ったNPOは、クラウドファンディングのサイトに掲載された、ガンの治療費や入院中の生活費などに関する膨大な数の支援依頼内容について人工知能(AI)を使って集計、分析、発表した。ユニークな研究手法といえるが、こうした研究が成立する背景には、個人によるクラウドファンディングの活用が積極的に推奨され、また利用されている現実がある。一方、高額な医療費の支払いに苦慮した個人やその家族や知人が利用するケースが多いことも一因で、アメリカの医療問題の深刻さを反映しており、調査したNPOは、政策上の対応を求めている。
この調査を行ったのは、American Cancer Society (ACS)。ニューヨークの医師ら10数名が集まり、1913年に設立されたNPO法人だ。当初は、American Society for the Control of Cancerという名称で、活動の中心はガンに関する啓発だった。しかし、1945年に現在のACSに改称後は、46年に篤志家から400万ドルの寄付を受け、そのうちの100万ドルを原資に研究基金を設立。ACSのウェブサイトによると、2023年までに総額50億ドルを研究資金として提供、1991年から2023年までにガンによる死者を33%、380万人減少させることに寄与したとしている。
こうした実績もあって、ACSというと、ガンの研究機関または研究助成団体のようなイメージを持たれることも少なくない。しかし、ガンに関する研究と並んで、アドボカシーと患者支援を団体の活動の3本柱に据えている。アドボカシーに関しては、1971年に連邦政府のガン対策・研究機関、National Cancer Institute (NCI)の拡充を進めたNational Cancer Act の成立に関わったことで有名だ。NCIは、ガンの研究助成も行っており、ACSの事業と重複することになった。しかし、NCIは、若手研究家への助成が少なかったため、ACSは、この部分を中心に研究助成を進め、官民がすみ分ける形で、ガン研究を促進していく。
ACSによれば、生涯でガンと診断される人は、男性でふたりにひとり、女性の場合も3人にひとりに及ぶ。こうした多くのガン患者が存在する中で、患者への支援も重要になってくる。このため、ACSは、患者として診断されてから入院、手術、そして退院後に至る前、さまざまな支援プログラムを提供している。診断中の滞在先の確保や病院へに移送サービス、放射線治療などで抜け毛・脱毛が生じた患者へのウィッグの提供、患者同士のネットワークの提供などが、これだ。2023年度の年報によると、6億6637万ドル余りの歳出のうち、52%は患者への支援事業に充当されている
患者への支援をACSが重視しているとはいえ、アメリカの医療費は一般的に極めて高額である。特に、ガンのように治療や手術に高度医療が求められる場合は、政府や民間の医療保険に加入している人でも、自己負担分の支払いに困難をきたすことが少なくない。このような人が頼る手段のひとつとして、クラウドファンディングが利用されている。換言すれば、ガン患者が利用したクラウドファンディングの内容を検討すれば、患者だけでなく、ガン対策に欠如している患者の財政的な問題を把握することも可能になる。
こうした考えから実施されたのが、ACSによるクラウドファンディングサイトに現れたガン患者の支援要請に関する調査である。このために用いられたのは、クラウドファンディングの最大手、GoFundMeのデータだ。2024年2月7日発信のイギリスの週刊誌The Observerによると、GoFundMeは、2010年にスタートして以降、1億5000万人余りの寄付者から、総額300億ドルを集めた。GoFundMeは、カリフォルニアに本社を置く営利企業だが、医療費の支払いに困難な人々向けた募金活動を重視している。それは、”Fundraising categories on GoFundMe”の支援分野トップに”Medical”が提示されていることからも理解できる。ちなみに、提示されているのは、”Medical”を含め、”Emergency”(災害)や、”Charity”(NPO)、”Education”(教育)、”Sports”(スポーツ)など18分野にのぼる。
ガン患者の募金活動に関するACSの調査の対象は、GoFundMeで2021年1月1日から23年3月31日までに実施されたものだ。この期間に抽出されたデータは9万1113件、募金依頼などの内容を示す単語数は2400万に及んだ。ACSは、この膨大なデータをOpen AIのChatGPT 3.5を利用して自然言語処理(NLP)モデルで分析した。その結果、個々の募金活動に関して、以下のような内容について、どの程度記述されているか、示している。
・募金を必要とする人の個人的な属性については、年齢(19.6%)、性別 (61.1%)、婚姻状況(5.1%)、家族の人数(12.8%)
・治療や入院にともなう財政的な状況に関連する内容として、医療保険の有無やカバー内容など (18.3%)、就労状況(20.6%)、扶養する子どもの有無(16.4%)、通学の有無(9.2%)
・ガンの病状や治療に関する内容として、種類(79%) 、進行度(33.9%) 、新規か再発か(43.3%)、治療内容(52.6%)、ガンと診断されてから募金を開始するまでの期間(31%)
・ガンによる生じている課題などについては、医療費の支払いに関する困難さ(25.5%)、HRSN (Health Related Social Needs) と略される医療関連の社会サービスの必要性(24.1%)。このふたつの課題を抱えている人もいるため、医療費またはHRSNのいずれかを持つ人は、35.9%いるという。
以上のような結果について、ACSの関連団体で、ガン関連の政策のロビー活動に従事しているAmerican Cancer Society Cancer Action Network (ACS CAN)のリサ・ラカス会長は、「人々、特にガン患者と生存者が、医療費の高騰にともなって直面している厳しい現実を明確に浮き彫りにしている。この現実は受け入れることはできない」としたうえで、連邦議会に対して、以下の3点を実施することで、ガン患者の医療負担を軽減すべきと主張している。
・Medicaidが拡充されていない10の州で、この政府による低所得者向けの医療補助措置を拡大すること。
・医療保険の低価格化を進めたPatient Protection and Affordable Care Act (PPACA)について、税額控除を強化、恒久化すること
・患者や家族の医療費の負担を軽減するための法律を制定すること
これらの指摘は重要だろう。しかし、SCAは、上記の調査について、その結果の概要を示したプレスリリースを公開しているものの、調査結果の詳細を示す報告書などはウェブサイトから見出すことはできない。「ガン患者と生存者が、医療費の高騰にともなって直面している厳しい現実」がどのようなものなのかなどついては、本稿で具体的に示していないのは、そのためである。
なお、調査に関心のある人は、以下のプレスリリースを参考にすることを勧めたい。
https://pressroom.cancer.org/crowdfunding-ACS
大統領選挙で争点化する社会保険制度、持続性や給付額引上げ率でNPOが問題提起
2024年10月12日
アメリカにおける所得補償政策として最も重要といわれる、社会保険制度。しかし、年金給付に必要な歳入が歳出を下回る事態が予想され、制度の持続性に懸念が拡大している。このため、高齢者NPOが民主・共和両党の候補者にインタビューを行い、両者の考えを有権者に伝えるなどの啓発の動きがでてきた。また、物価にスライドして給付額を引き上げる制度になっているものの、基準となる消費者物価指数が、受給者の購入実態を反映していないなどと指摘するNPOは、基準変更を議会に求めている。
アメリカの社会保険制度は、ニューディール時代の1935年、Franklin Delano Rooseveltが署名して成立したSocial Security Actが起源だ。公式名のOld-Age, Survivors, and Disability Insurance (OASDI)から推察されように、老年・遺族・障害者向けの保険(年金)制度から成り立っている。なお、1966年に医療保険に相当するMedicareが導入され、OASDIと一体化され、Social Security and Medicare Programsと呼ばれることもある。これらのプログラムは、保険と呼ばれるように、企業と労働者が折半して納付した税金を主な財源としている。2024年現在、労使それぞれの納税率は、OASDIは給与の6.2%、Medicareは1.45%。自営業の場合は、全額本人負担だ。
OASDIとMedicareを管轄している連邦政府機関、Social Security and Medicare Boards of Trusteesは今年5月、2024年の年次報告書を発表した。報告書は、2035年以降、老年年金について、基金として積み立てられていた資金が枯渇するため、これまで予定されていた金額を支払うことができないと表明した。この事態が現実化すれば、支払額は、想定の83%に止まる。政府資金の調査研究などを行っているNPO、Center for Budget and Policy Prioritiesによると、2022年時点で、65歳以上の高齢者の貧困率は10.2%だが、老齢年金がなくなれば、38.7%に急増すると推計。2035年以降、全廃されるわけではないが、老齢年金に所得の多くを依存する高齢者にとっては、死活問題になる可能性がある。
この状況を受け、大統領選挙で、老齢年金の持続性が争点になっている。高齢者NPOとして知名度が高いAARP(旧名American Association of Retired Persons)は8月下旬、民主党のHarrisと共和党のTrump両候補に、老齢年金と医療保険、高齢者介護などをテーマにしたインタビューを実施。その結果をウェブサイトに10月2日付で、” AARP Exclusive: Presidential Candidates Talk Social Security, Medicare and more”と題する記事として掲載している。ここでは、老齢年金についての両者の考えを見ていこう。
Harris候補は、老齢年金について、政府と高齢者の間の社会契約の一種という認識を表明。そのうえで、高齢者が自ら支払い、受給する権利があるベネフィットを守る必要があるとの考えを示した。基金が枯渇することで、予定されていた年金額が受け取れない恐れに対しては、富裕層や大企業への課税によって賄うという。これに対して、Trump候補は、経済成長によって問題の解決を図るべきだと主張。その具体的な内容は示していないが、経済成長によって、現役の労働者の賃金が上がり、それによって基金の枯渇が防止され、想定されていた年金額を受け取ることが可能になると主張しているようだ。なお、Trump候補は、老齢年金による収入を非課税にする考えも示した。
両候補の考えは、有権者と齟齬はないのだろうか。この点について、University of Maryland’s Program for Public Consultation (PPC)が2500人余りの有権者を対象に、2022年4月~5月にかけて実施した調査結果から見てみよう。HarrisもTrumpも主張していないが、労使双方が税率を6.5%に引き上げるとする回答は73%に及ぶ。調査時における課税対象となる年間所得は14万7000ドルだが、これを40万ドルにまで上げる案に賛成した人は、81%にのぼる。また、受給開始年齢を段階的に68歳までにすることについては、75%が賛成している。これらの回答は、Harris、Trump両候補の考えと異なるが、支持政党による相違は、あまり見られなかった。
社会保険は、保険料の支払額に応じて、受給できる金額が変わってくる。Social Security Administrationが作成した”2024 SOCIAL SECURITY CHANGES”によると、毎月の平均的な受給額について、単身者の老齢年金は2023年に1848ドルだったが、24年には1907ドルに増加。また、夫婦ともに受給している場合は、それぞれ2939ドルと3033ドルになると推定されていた。なお、受給額の上限が設定されており、単身者の老齢年金などのOASDIについては、2023年には16万200ドルだったが、24年は16万8600ドルに引き上げられた。
年金額の引上げの根拠として用いられているのが、Cost of Living Adjustment (COLA)である。消費者物価指数の変動に対応させて、年金の支払額を変えていくという考えだ。これにより、物価が変動しても、生活を安定させていこうとする試みだ。上記の2023年から24年にかけては、3.2%のCOLAが設定された。2024年から25年にかけての変更は、10月10日に発表された。COLAは、2.5%とされ、単身者の平均的な年金受給額は、1920ドルから48ドル上がり、1968ドルになる。
一見、妥当な方式である。しかし、異議を唱えるNPOがあった。1992年に設立された大手の高齢者団体、The Senior Citizens League (TSCL)がそれだ。なぜ、COLAを問題視するのか。2024年10月発表のように、物価上昇が沈静化した時点における数値に基づき、政府がCOLAを設定していることがひとつ。例えば、今年2月の消費者文化の上昇率は3.5%だった。そのため、年初にかなりの支出を迫られたものの、来年から2.5%しか引き上げられなければ、それまでの「赤字」を解消できない、ということなのだろう。
TSCLは、COLAを利用することへの根本的な問題も指摘している。COLAは、人々が購入する衣食住に加え、医療や交通費など、さまざまな費目を含んでいる。ここでいう「人々」には、すべての年代層が含まれる。だが、高齢者の購入が多い、あるいは少ない費目もあるはずだ。であれば、それを考慮した物価の変化に対応して老齢年金の支給額を決めるべきではないかというのである。
このような主張に対して、「そういっても、高齢者に特化した物価指数があるのか」という声が聞こえてきそうだ。しかし、アメリカには、Consumer Price Index for Elderly Consumers (CPI-E)という指数が作成されている。62歳以上の人々が消費した物やサービスに関する価格の変動を調査し、結果をまとめたものである。作成者は、労働省の統計局、いわゆるBLS (Bureau of Labor Statistics)だ。TSCLは、CPI-Eの活用を主張。なお、CPI-Eの利用については、社会保障や医療保険に関する政策提言を行うNPOなどの連合体、National Committee to Preserve Social Security and Medicareも賛同している。
もちろん、CPI-Eも完璧ではない。62歳以上を一括りにして消費動向を把握し、指数化できるのか。また、CPI-Eは、通常の消費者物価指数で収集したデータの中なら高齢者向けの物やサービスを中心に編成し直しているのであって、別途、集めたものではない。したがって、多くのデータの一部を取り出したことになり、データ数が少ないことから正確性への疑問を指摘する声があることも事実だ。
とはいえ、物価高の中で、高齢者をはじめとした年金生活者の暮らしが厳しさを増していることは間違いないだろう。このような状況の中で、AARPのような大規模な高齢者NPOが大統領候補にインタビューを行い、その結果を会員や社会に発信。また、TSCLのように、政府が示すデータの妥当性を議論の訴状に挙げていく活動もある。こうしたNPOの活動が存在し、それが社会的意義を持ち、社会を変えていくことにつながることを期待され、かつ信じられているのだろう。
なお、上記の民主・共和両党の大統領候補に対するAARPのインタビューの結果は、以下から見ることができる。
https://www.aarp.org/politics-society/government-elections/info-2024/harris-trump-election-issues.html
チップ収入非課税議論の一方、「賃金泥棒」で深まる貧困に政府や労組・NPOが対応
2024年9月30日
アメリカの大統領選挙で、共和党のトランプ候補がチップ収入を非課税にすることを公約。これを受けて、民主党のハリス候補も、同様の提案を行った。チップ収入に依存する労働者の一票の獲得競争だろうが、これを契機に、職場におけるチップと賃金の扱い方などをめぐる「賃金泥棒」の問題がクローズアップされてきた。チップは、南北戦争後の黒人差別の中で発達してきた制度だが、今日でもチップ労働者の大半が黒人をはじめとした非白人と女性で、これらの人々の貧困問題にもつながっているとして、政府や労働組合・NPOが対応を進めている。
レストランのウエイターやウエイトレス、ホテルのポーター、タクシーのドライバー、美容師など、アメリカでは、収入の多くをチップに依存する労働者は少なくない。チップ自体は、受け取った労働者に帰属するのが原則だが、経営者が集め、再配分するなどの「管理」を行うケースもある。大統領選挙でチップを非課税にする議論がでていることが示すように、チップ収入は課税対象だ。しかし、レストランの食事の後にクレジットカードで支払いがなされるようなケースであれば、チップ額の記録が残る。しかし、サービスの利用者が労働者に現金で手渡す場合は、金額の把握は困難だ。
今日の社会では、個々人の収入を政府が把握し、その額に応じて課税することが一般的といえる。だが、上述したようなチップ収入の特性から、労働者のチップ収入を政府が正確に把握することは、事実上不可能である。ここから労使双方から問題が生じうる。労働者サイドによる問題としては、現金で受け取ったチップを中心に、収入を実際より少なく申告し、「脱税」することである。
では、経営者は、どのような問題を引き起こしているのか。ひとつは、「管理」という名目で、「賃金泥棒」を生じさせることである。日本の労働基準法に相当する、1938年制定の Fair Labor Standards Act (FLSA)は、チップ収入を賃金の一部に組み込むことを認めている。具体的に言えば、現在の連邦最低賃金は、時給7ドル25セントである。ただし、州や自治体は、独自に最低賃金を定めることができ、そこで働く人々へは、州や自治体が定めた最低賃金の支払が求められる。
しかし、チップ労働者の賃金は、長年、時給2ドル13セントに止めることが認められてきた。いわゆるチップ労働者に対するサブミニマム(準最低賃金)だ。最低賃金と、サブミニマムの差額を「チップクレジット」とい、1966年のFLSAの改正に伴い、導入された。現状では、1時間あたり5ドル12セントで、両者を合わせた額は、最低賃金を超えていなければならない。最低賃金未満しか支払わない場合を「賃金泥棒 (Wage Theft)」と呼ぶ。なお、時間外手当の不払いなども「賃金泥棒」と呼ぶことがある。
なぜ、チップという制度が導入されたのか。その起源は、南北戦争までさかのぼる。「奴隷解放」にともない、それまで奴隷として扱われてきた黒人も労働市場に参入した。その多くは、飲食業や鉄道のポーターなどの仕事に就いた。当時の経営者は、自ら黒人に賃金を支払わず、顧客から直接報酬を提供することを期待した。これにより、経営者は、労務費負担が少なくて済むことになる。このため、飲食業の経営者が設立したのが、National Restaurant Association (NRA)だ。しかし、この制度は、労働者の報酬は経営者が支払うという原則を否定している。
南北戦争から1世紀半以上が経過した現在、この状況はかなり変わってきた。労働団体の支援を受けたNPOの調査機関、Economic Policy Institute(EPI)によると、2019年から23年の間に全米の就労者全体に占める黒人の割合は19.0%だったが、チップ労働者に関しては、17.3%に止まった。ただし、ヒスパニック系は19.1%に対して、22.7%、アジア太平洋系は4.8%に対して10.6%と就労人口の割合に比べ、高い比率を示している。これに対して、白人は、それぞれ56.0%と48.2%という数字が示すように、チップ労働者の割合は少ない。また、男女別にみると、女性は、就労者の47%に止まるが、チップ労働者の70.6%を占めている。
では、チップ労働者は、どのくらい存在しているのか。EPIによると、2019年~23年のデータから分析すると、毎年、全米で300万人を超える。このうち3分の1は、南部で106万人余りだ。全米の就労者は1億5544万人なのに対して、南部では5844万人にのぼる。したがって、南部の就労者においてチップ労働者の割合が高いわけではない。むしろリベラルと見なされがちな西部においては、就労者3690 万人に対して、チップ労働者は82万人と、西部より高い割合だ。
「よいサービスを提供すれば、より多くのチップをもらえる。チップ収入が多いので、助かる」という声を聴くこともある。だが、実態は、必ずしもこうした声を反映していない。EPIによると、2019年~23年の間の全米の就労者の平均時給は24ドル95セント。一方、チップ労働者は15ドル81セントにすぎない。その結果、チップ労働者に占める生活困窮者の割合も高くなる。EPIが2017~19年~21~22年のデータに基づく算出した数字によれば、全米の就労者における貧困率は5.1%だが、チップ労働者では11.3%と2倍以上にのぼる。また、チップ労働者以外の就労者は4.9%に止まっており、チップ労働者が就労者全体の貧困率を0.2%あげていることになる。
こうした状況の中で、政府や労働組合、NPOなどが、「賃金泥棒」への対応や「チップクレジット」の廃止の動きを進めている。例えば、Department of Labor (DOL)は9月13日、プレスリリースを通じて、カンサス州Wichita市周辺地域でチェーン展開しているメキシカンレストラン、Los CocosのFLSA違反について公表。それによると、このレストランは、2017年5月から22年12月までの間に、168人のチップ労働者に対して、総額95万7324ドルの未払い賃金があったとして、賃金の支払が命じられた。
このうち56万7291ドルは、「チップクレジット」の不正によるものだ。同様の問題は各地で発生しており、DOLは、2023会計年度だけで2億7400万ドルものFLSA違反として、賃金支払いを命じた。これにより救済された労働者は、16万3000人にのぼる。なお、データはやや古いが、2010 年~12年にかけて行われたDOLの調査の結果、チップクレジットに関して1170件、金額で550万ドルの違反が9000件のレストランで生じていたことが明らかになったという。
労働組合やNPOも動き始めている。前述のEPIの調査活動はそのひとつだ。政府機関と連携して、訴訟に乗り出すケースもある。9月19日にDOLとともに、朝食のチェーン店Waffle Houseを訴えたのは、その一例だ。この訴訟には、大手の労働組合、Service Employees International Union (SEIU)の傘下にあるUnion of Southern Service Workers (USSW)が連携して起こしたものである。なお、USSWは、未組織が多い、南部で黒人労働者の組織化を進めている労働組合だ。
なお、上述したEPIの調査報告の詳細は、以下から見ることができる。
https://www.epi.org/publication/rooted-racism-tipping/#:~:text=Across%20the%20U.S.%2C%20poverty%20rates%20for%20tipped%20workers,Midwest%20%28see%20Figure%20A%20and%20Appendix%20Table%202%29.
NPO職員の4分の1が生活困窮状態、調査報告が指摘
2024年9月12日
ふたつのNPOが共同で実施した調査報告書によると、NPOで働く職員の4分の1近い人々が生活困窮状態に陥っていることが明らかになった。弱者の救済をはじめとして、社会的課題に対応する組織といわれるNPOだが、足元の職員の生活を十分に支えられていない実態が示された形だ。民間の営利企業に比べると、NPOの生活困窮者の割合はやや少ない。しかし、NPOの業種や職種に加え、人種や障害の有無などによっても大きな格差があることが示されている。このように、社会全体におけるNPOの職員の報酬の改善に加え、セクター内の課題改善を迫る内容といえよう。
調査を行ったのは、全米のNPOや助成財団の連合組織のIndependent Sectorと、アメリカ最大の共同募金団体United Wayがバックアップして設立、運営されているUnited For ALICE。後者の団体名にある、ALICEは、Asset Limited, Income Constrained, Employedの頭文字で、資産や所得が少ない労働者を意味する。生活困窮状態の労働者、ワーキングプアと同様の意味合いだが、居住地の物価や家族構成などを踏まえ、家賃や食費など生活に必要な項目ごとに一定の所得水準に基づいて判断していることが特徴だ。ただし、生活保護世帯に相当する連邦政府が規定する貧困ライン以上の所得がある人々を指しており、生活苦にも拘らず、政府の支援を受けられない問題も抱えている。
Independent SectorとUnited For ALICEによる調査報告書のタイトルは、”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”。 9月10日に発表された報告書は、38ページに及ぶ。内容を見ると、まずALICEの定義となる居住地の物価や家族構成などを踏まえ、家賃や食費など生活に必要な項目とその金額を紹介。そのうえで、アメリカの労働市場全体、そしてNPOで働く労働者の就労状況を概観し、NPOセクターにおける職員の全体像を踏まえ、業種や職種、さらに人種、性別などの属性などによる、詳細な分析結果も示している。
労働者の居住地ごとに必要とされる生活費を家族構成に合わせて算定するALICEだが、紙面が限られた報告書では、全米を網羅するわけにはいかない。このため、テキサス州のEl Paso、オハイオ州のFranklin、バージニア州Alexsandriaの3つの郡を選定。ひとり親と通学年齢の児童ひとりの家庭で毎月必要となる、家賃、育児、食費、交通費、医療費など8項目に分けて、必要となる費用を推計している。それによると、El Pasoでは4万32ドル、Franklinでは4万6932ドル、バージニア州Alexsandriaでは7万1436ドルもの生活費が、1年間に必要となる。
これに対して、連邦政府が規定する貧困ラインは、1万8310ドルで、上記の各郡で必要な生活費を大きく下回る。これは、貧困ラインの決定には、家計における食費の割合が用いられるためだ。貧困ラインの考えが導入された1960年代における食費の割合は、家計の3分の1を占めていた。この割合は、現在も引き継がれている。しかし、実際に食費に充当される割合は13%程度に減少。この変化を考慮していないため、貧困ラインが現実に合わない状況になっているのだ。ALICEは、この貧困ライン以上の所得があるものの、生活が厳しい状態の人々を把握するために考案された概念といえる。
”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”によれば、全米の労働者のうち営利企業で働いている人は、全体の66%。次いで、政府機関の15%、フリーランスの10%と続き、NPOの労働者は9%、1389万人余りだ。このうちALICE以上の所得をえているNPOの労働者は78%だが、貧困ライン以下が5%、貧困ライン以上でALICEの上限未満の労働者が17%いる。したがって、ALICEの上限に届かない生活困窮状況のNPOの労働者は、NPOセクターの22%、300万人を超えることになる。なお、営利企業では27%、行政では20%、フリーランスでは32%がALICEの上限未満の労働者だ。
労働者の属性別にみた場合、NPOで働く25歳未満の人々のうちALICEの上限未満37%にも及ぶ。一方、45~64歳未満の労働者では17%と、半分以下だ。男女による相違は見られないが、人種別では黒人が35%に達する半面、白人は16%にとどまる。また、障害の有無では、ある人の33%に対して、ない人は21%となっている。属性別で割合が高いのは、英語能力が十分でない人々で、50%がALICEの上限未満だ。養育が必要は子どもをもつシングルペアレントは、さらに高く、53%となっている。
業種による格差も大きい。例えば、医療関係の労働者のうちALICEの上限未満は、16%にすぎない。教育関係も18%に留まる。一方、芸術・リクリエーションと社会福祉系のNPOでは32%、小売業では42%に達している。また、同じ医療関係の職場であっても、入院が可能な病院では13%だが、外来患者のみを対象とする施設の労働者は18%、ホームケアワーカーは35%に達するなど、かなりの所得格差が存在していることがわかる。こうした状況を変えていくことも、草の根運動としてのALICEの目的だ。
なお、上述の”ALICE in the Nonprofit Workforce: A Study of Financial Hardship”は、以下からダウンロードできる。
file:///C:/Users/mrbea/Downloads/24UW%20ALICE%20in%20Nonprofit%20Sector%20final-9-4-24%20(3).pdf
カリフォルニア州のファストフード・チェーン店、最賃引上げ後もスタッフ増加
2024年8月29日
今年4月からカリフォルニア州のファストフード・チェーン店の労働者(以下、ファストフード労働者)の最低賃金が時給20ドルに引き上げられた。引上げに当たり、ファストフードのフランチャイズのオーナーや州議会の共和党議員の多くは、労務費の増加により、値上げが不可避となり、消費者が敬遠する悪循環に陥ると批判していた。しかし、最近、州政府と連邦政府が発表した雇用統計によると、4月以降も労働者の数は増加。この結果について、引上げを進めてきた労働組合や州議会の民主党関係者は、「ウィン・ウィン」状態が生まれつつあると述べている。
アメリカの最低賃金は、連邦や州及び地方政府によって決定される。現在の全国全産業一律最低賃金は、時給7ドル25セント。日本円に換算すると1000円程度だが、物価が高いアメリカでは、最低限の生活であっても、十分といい難い。このため、州や地方政府が独自に最低賃金を制定する動きが広がっている。州や地方政府の最低賃金の多くは、それぞれの行政区全体をカバーする一律のものだ。例えば、カリフォルニア州では、今年1月から時給16ドルである。
ファストフード労働者に対するカリフォルニア州の最低賃金は、これまで州の最低賃金と同額に設定されてきた。しかし、州議会と労働組合、チェーン店のオーナーの間で協議が行われ、2023年9月に合意が成立。今年4月から最低賃金を時給20ドルに設定するとともに、労使間の協議機関として州のDepartment of Industrial Relations (DIR)の中にFast Food Councilが設置されることになった。Fast Food Councilは、物価高に対応して、年間3.5%までの賃上げを決定する権限が与えられた。
ファストフード労働者への賃上げとFast Food Councilの設置を定めたのは、AB 1228である。ABとはAssembly Billの略で、州の下院法案1228号を意味する。法律として厳密にいえば、州の労働法のSections 1470、1471、1472、1473を廃止して、新たにSections 1474、1475、1476を制定したものだ。AB 1228の対象となるファストフード・チェーンとは、全米に60以上の店舗をもつフランチャイザーをさす。したがって、個人経営や店舗数が少ないフランチャイズは対象外になる。
AB 1228の制定に向けた三者協議は、スムーズに進んだわけではない。ファストフード・チェーン店のオーナーは、労働側から提示された当初案の時給22ドルに反発。大手フランチャイザーからの5000万ドルを含め、7180万ドルを投入して引下げに向けた活動を展開、時給20ドルでの妥協にこぎつけた。
その後も、ファストフード・チェーン店のオーナーからは、時給の引上げに伴い、商品の値上げが不可避となり、それによって顧客離れが発生し、労働者の解雇につながるなどと反発。また、州議会の共和党議員からは、ファストフード労働者の多くが労働市場に参入して間もないマイノリティや若者だとしたうえで、賃上げが解雇を導くことで、職業能力を獲得、向上させる機会を奪うと批判してきた。
実際、今年4月に時給20ドルの最低賃金が導入される前後には、ファストフード・チェーン店における解雇報道が相次いだ。3月25日発信のWall Street Journalの”California Restaurants Cut Jobs as Fast-Food Wages Set to Rise”というタイトルの記事は、そのひとつだ。この記事は、Pizza HutやRound Table Pizzaなどのピザのチェーン店で、あわせて1280人の配達員が解雇される見込みだと伝えた。
最低賃金の引上げは、ファストフード・チェーン店を超えて影響を与えているようだ。Chipotleは、その一例だ。「ファストフード」ではなく、「ファスト・カジュアル」を標ぼうする、このメキシカン・グリルは、今年に入ってから前年比で6~7%、価格を引上げた。ただし、引上げたのは、全米3500ほどの店舗のうち、カリフォルニア州にある500店舗だけだという。また、AB 1228の対象外の小規模なチェーン店であっても、労働者を確保する必要もあり、賃金の引上げていると報道されており、それによる雇用や経営への影響に関心が高まっていた。
こうした中で、カリフォルニア州の知事室は8月20日、”After raising minimum wage, California has more fast food jobs than ever before”というタイトルのプレスリリースを発表した。連邦労働省のBureau of Labor Statistics (BLS)のデータに基づき、州内のファストフード労働者の数が、今年7月時点で、75万500人と、過去最大を記録したというのだ。ちなみに、最低賃金が引上げられた4月以降だけでも、1万1000人増加している。なお、今年1月現在の労働者数は72万4900人、その1年前の2023年1月には71万5000人だった。
ファストフード労働者などによる、”The Fight for $15”という時給15ドルへの引上げを求める運動が始まったのは2012年。それから12年後の今、物価高の影響があるとはいえ、15ドルを大きく上回る時給20ドルを達成した意義はい大きい。この運動の中心となってきた、Service Employees International Union (SEIU)は今年2月、全米初の試みとして、California Fast Food Workers Unionを結成、ファストフード労働者の組織化を進める意思を表明した。
ファストフード労働者とは別に、カリフォルニア州では、50万人といわれる医療や介護関係の施設の労働者に対する最低賃金を定めている。Senate Bill 525 に基づくもので、施設の種類によって引上げの時期が異なるが、2028年にはすべての施設で時給25ドルになる見込みだ。これもSEIUなどの労働組合と低賃金労働者を支援するNPOなどの連携によって実現した。
なお、California Fast Food Workers Unionについては、以下から見ることができる。
https://californiafastfoodworkersunion.org/
低所得家庭の児童への夏休み中の食糧支援策、フードバンクなどの要求で今年から実施
2024年8月11日
アメリカでは、低所得家庭の児童向けに昼食を無料または減額して提供するプログラムがある。しかし、3カ月に及ぶ夏休み中は、学校で昼食をとることができない。格差が拡大し、日々の食事を十分にとることができない児童にとっては、死活問題といえる。このためフードバンクなどのNPOは、長年、低所得家庭の児童に対する食料支援の拡充を求めてきた。その結果、連邦政府は参加を希望する州政府と連携し、今夏から食料購入費を補助するプログラムを開始、食料不安解消に向けた一歩になる事が期待されている。
連邦農務省が2023年10月に発表した” Household Food Security in the United States in
2022”というタイトルの報告書によると、2022年に全米で1700万世帯が食料不安を抱えるいた。これは、全米の世帯数の12.8%に相当しているが、2020年の10.5%(1380万世帯)、2021年の10.2%(1350万世帯)と比較して大幅に悪化していることがわかる。食料不安の状況は、時期によって異なるが、学校給食が無くなる夏休み中は、児童を中心に深刻さが増す。
こうした状況を受け、全米のフードバンクの連合体、Feeding Americaなどは、連邦議会への働きかけを強化。2022年12月、Fiscal Year 2023 Consolidated Appropriations Actに、低所得家庭の児童への夏休み中の食料購入費を補助するプログラムを盛り込ませることに成功した。このプログラムは、Summer Electronic Benefits Transfer (EBT)と呼ばれているように、既存のEBTに組み込まれる形で実施される。
EBTは、2004年から始まった全米規模の低所得者向けのプログラム。Electronicという文言が示すように、Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)と呼ばれるスーパーなどで食料品を購入する際の現金に代わる引換券(フードスタンプ)を電子化したものだ。また、生活費全般への支援策であるTemporary Assistance for Needy Families (TANF)もEBTの一部である。いずれも州政府が発行するEBTカードに補助金が振り込まれ、SNAPの受給者は、スーパーなどで支払に用いることができる。
Summer Electronic Benefits Transfer (EBT)は、プログラムの公式名称で、通常はSummer EBTまたはSUN Bucksと呼ばれている。夏休みの3か月間、児童ひとり当たり毎月40ドル、合計120ドルが支給される。支給に必要な資金と運営費の半額に当たる25億ドルは、連邦政府が負担する。しかし、実際に事業を行う州政府は、運営費の半額を確保しなければならない。実施するか否かは、州政府が決める。
今年から開始することを表明したのは37州。これらの州に加えて、首都ワシントン、5つのテリトリー、4つの先住民の部族(国家)も参加を表明。不参加の13州は、いずれも共和党が知事を務めている。参加しない理由について、運営費の負担の大きさや準備期間の短さ、プログラムの実行性への疑問などをあげている。なお、SUN Bucksは、恒久的なプログラムなので、今年不参加であっても、2025年以降、参加することは可能だ。
Feeding Americaによると、SUN Bucksにより食料補助を受けられる児童は、全米で2100万人に上ると推定されている。National School Lunch Programと呼ばれる連邦政府の学校給食事業に参加している公立・私立の学校の生徒であることが受給資格とされているが、SNAPやTANFの受給家庭の児童であれば、受けることが可能だ。さらに、以下のいずれかを満たしていれば受給できる。
・無償の学校給食を受給し、かつ世帯所得が連邦政府の規定する貧困レベルの185%以下
・児童がホームレス状態にあったり、フォスターケアを受けている場合
・Head Startと呼ばれる低所得家庭の児童向け教育プログラムに参加している児童
SNAPやTANFの受給家庭の児童については、すでに保護者が所持しているEBTカードに州政府が児童ひとり当たり120ドルを自動的に振り込むため、申請は不要だ。しかし、それ以外の児童については、申請を行う必要がある。このため、プログラムに参加している州やNPOなどは、申請が必要な児童の保護者らに向けたアウトリーチを進めている。州によって申請期限は異なり、ニューヨーク州の場合、9月3日。振込作業が遅れている州も多く、ニューヨーク州の場合、これから振り込みが行われる家庭もあるという。
SUN Bucksの受給条件として、アメリカ市民であることは求められていない。また、外国籍の場合、受給により移民法上のステイタスや将来の米国内滞在に影響を受けることはないという。
なお、Feeding Americaは、SUN Bucksについて、Q&Aも含め、解説を行っている。以下にアクセスすれば、見ることができる。
https://www.feedingamerica.org/need-help-find-food/summer-EBT
最高裁のホームレスへの罰則化判決へ批判噴出、支援強化で改善示す報告も
2014年7月14日
連邦最高裁判所(以下、最高裁)は6月28日、6対3の多数判決で、自治体の管理する公園などでホームレスが寝具を用いて寝泊まりした場合、罰金や罰則を科することを認める判断を示した。連邦地裁と控訴裁(高裁)の判決を覆すもので、ホームレス支援の拡充を求めてきたNPOなどから、批判が噴出している。一方、最高裁判決と同じ日、ロサンゼルスの機関は、支援強化によるホームレスの減少を伝える報告書を発表。ホームレス問題をめぐり、罰則化と支援強化という政策対立に一石を投じている。
最高裁の判決は、オレゴン州のGrants Passという市が2013年に制定したホームレス対策条例に関するもの。人口4万人弱の小さな市だが、ホームレスは約600人にのぼる。条例は、市内で、毛布やまくらを用い、段ボールで作った箱の中などで寝泊まりした場合、罰金や罰則を科すもの。罰金は295ドルとされ、支払えない場合は537ドル60セントまで増額される。違反が2度目になると、市警が市内における屋外の寝泊まりを禁止。これに従わないと、不法侵入の罪で30日間の収監刑と罰金1250ドルが科される。
Grants Passの裁判は、市内のホームレスふたりが6年前に起こした。連邦地裁と控訴裁は、ホームレスが宿泊できるシェルターなどの施設がない状況で、屋外で寝泊まりした場合に罰則を科することは、合衆国憲法修正第8条が禁止する「残酷で異常な刑罰」に当たるとして、原告の訴えを認めた。
一方、最高裁の多数派判決を起草したNeil M. Gorsuchは、ホームレスを「自ら選択した」としたうえで、憲法修正第8条の「残酷で異常な刑罰」は手法に関するものだと主張。ホームレスは「休暇中のバックパッカーや市庁舎の芝生で抗議することを選択している学生など」が屋外で寝泊まりしていることと変わらないとして、政府・自治体は特定の行為に罰則を科することができるとの判断を示した。
バックパッカーや「抗議する学生は、たしかに「自ら選択した」といえよう。しかし、ホームレスは、「自らの選択」なのだろうか。最高裁判決に異論を唱えた、Sonia Sotomayor判事は、「睡眠は生物学的に必要であり、犯罪ではない」としたうえで、「一部の人々にとって、外で寝ることが唯一の選択肢」だとして、判決を批判した。
ホームレス支援に関わっているNPOは、Sotomayor判事の指摘したように、「外で寝ることが唯一の選択肢」になっている人々が存在することに対して、政府や自治体が低所得者向け住宅やホームレス・シェルターを十分に提供していないためだと強く批判。また、屋外の寝泊まりに罰金を科しても支払い能力がなく、刑務所に収監するなどの措置がとられれば、支援策よりもコスト高だと述べ、最高裁判決に基づく措置は機能しないと述べている。
支援団体の連合体、National Alliance to End Homelessness (NAEH)は、ロサンゼルス郡と市によって1993年に設立されたLos Angeles Homeless Services Authority (LAHSA)が発表した報告書を指摘。最高裁判決と同じ日にだされた”2024 GREATER LOS ANGELES HOMELESS COUNT DATA”と題された報告書だ。2024年度の郡のホームレス人口は前年度に比べ0.27%減少して7万5312人、市では2.2%減り4万5252人になった。郡・市とも、シェルターに入っているホームレスが増加する一方、路上で生活している人が郡で10.4%、市で17.7%減少したと報告している。
ロサンゼルスのKaren Bass市長は、2021年12月の就任当日、ホームレス問題について「非常事態宣言」を発令。以降、積極的な対策を講じてきた。ホームレス支援団体は、これを高く評価。最高裁判決に対して、罰則化ではなく、支援強化の必要性を訴える根拠として用いている。さらに、ホームレス支援団体は、憲法修正8条以外の法的な根拠も探りながら、法廷闘争を含めた、ホームレス対策の罰則化の抑制と支援策の充実を訴えていく考えだ。
なお、LAHSAの報告書、”2024 GREATER LOS ANGELES HOMELESS COUNT DATA”は、以下から見ることができる。
https://www.lahsa.org/news?article=977-unsheltered-homelessness-drops-and-sheltered-homelessness-rises-in-la
全米に広がるベーシックインカム、共和党からの批判も
2024年6月4日
コロナ禍で生活困窮者が増加する中で、アメリカ各地でベーシックインカムのパイロットプログラムが広がっている。すでに100以上の都市で実施されており、連邦政府のコロナ対策資金を活用した自治体による措置が多いが、首都ワシントンで今年5月、NPO独自の取り組みが開始され、より関心が高まってきた。その一方、共和党を中心に、政府資金への依存を高めるなどの批判も強まるなど、厳しい状況も生まれている。
アメリカでは、ベーシックインカムのパイロットプログラムをGBIP (Guaranteed Basic Income Pilots)と呼ぶことが多い。このプログラムを最初に導入したのは、カリフォルニア州のStockton。同市のMichael D. Tubbs市長によって 2019年に開始され、125人に毎月500ドルを2年間にわたり提供された。その後、導入する市や郡が増加。2020年6月には、Tubbs市長が全米組織、Mayors for a Guaranteed Incomeを立ち上げるまでに至った。
生活困窮者に対するアメリカの社会福祉政策は、日本の生活保護制度のような現金給付が中心ではない。例えば、医療についてはMedicaid、食事についてはSNAP (Supplemental Nutrition Assistance Program)、住居については一般的にSection 8と呼ばれるHCVP (Housing Choice Voucher Program)などがある。これらを受給しても、それぞれの目的のためだけにしか使用できない。
Stockton のプログラムは、Economic Security Project というNPOなどによる100万ドルの寄付を原資として開始された。受給者は、Stockton市内の低中所得者地域に居住する18歳以上の人々。公式には、SEED (Stockton Economic Empowerment Demonstration)と呼ばれ、開始から1年間の成果をまとめた報告書、Preliminary Analysis: SEED's First Yearも発表されている。報告書によると、SEEDから受けた資金の大半を食品や電気ガス水道、自動車の維持費など生活に必要なものに費やしていた。
SEEDの実施に当たり、受給資格があるもの受給しなかった200人ほどの住民がコントロールグループとして選出され、受給者と比較された結果が報告書に盛り込まれた。それによると、受給者は、他人との交流や子どもと過ごすなど、「意味ある活動」により多くの時間を投入していることが示された。経済的な保証が、物質的な豊かさだけでなく、精神的な余裕などから、人間関係が良好になっているということができるだろう。
Stocktonから始まったとはいえ、GBIPの実施内容は、実施する自治体などの組織によって規模や内容がかなり異なる。例えば、2022年夏に始まったChicagoのResilient Communities Pilotは、毎月受け取れる資金は500ドルとStocktonと同じだが、受給者は5000人にのぼっている。これは、連邦政府のコロナ対策関係法律のひとつ、American Rescue Plan Actを活用したためだ。一方、今年5月に始まった首都ワシントンのNPO、Bread for the CityのCash RXは、毎月500ドルを5人に配るという小規模なものだ。
このように規模の大小も含め、GBIPが広がる反面、共和党の議員などの公職者から、「社会主義政策」「政府資金への依存を生む」などの批判も広がってきた。それが具体化されたのは、テキサス州Harris郡のUplift Harrisというプログラムに対する違憲訴訟だ。ヒューストンなどの大都市も含む同郡は、毎月500ドルを1年半にわたり8万2500人に応募者から選ばれた1928 人の住民に提供するプログラムを実施する計画だった。
しかし、州の司法長官Ken Paxtonは、Uplift Harrisを違憲として裁判に訴えた。政府の資金を個人の使用目的で給付することが、州の憲法に違反するという主張だ。州の地方裁判所は、この訴えを却下。しかし、受給予定者に給付を行う前日の今年4月23日、州の最高裁が一時差し止める判決を出した。これにより、受給を待ちわびていた住民は、生活費の確保に不安な日々と送る状況に至っている。
前述のStocktonの報告書、Preliminary Analysis: SEED's First Yearにもあるように、GBIPは、受給者の物質的な状況だけでなく、精神的なメリットも生んでいる。こうした調査研究がさらに広がり、成果と課題が検証され、制度が改善され、Pilotから恒久的なものに変わっていくことが期待される。なお、Stocktonの報告書は、以下から見ることができる。
https://basicincome.org/news/2021/04/key-findings-from-the-first-year-of-the-stockton-study-released/
生活費の高騰に対抗する、最低賃金の引上げ
2024年4月16日
「時給3000円のアルバイト、やらない?」
こう聞かれたら、「なにそれ、あやしそう…」
という声が返ってきそうだ。
ただし、これは日本の話ではない。アメリカのカリフォルニアで、今年4月1日からファストフードの労働者に適用される最低賃金、時給20ドルのことである。この最低賃金は、昨年9月に成立したAssembly Bill No. 1228に基づいている。
なお、対象となるのは、60以上の店舗をもつフランチャイズチェーンに限定される。したがって、個人経営や小規模なチェーン店で働く人々は対象外だ。とはいえ、こうした店舗の多くは、人手を確保するために、同様の賃金を支払わざるをえないとみられる。
カリフォルニア州の最低賃金は現在、時給16ドル。ファストフードの労働者は、これより25%多い賃金を受け取ることができる。当然のことながら、50万人といわれるファストフードの労働者からは、歓迎の声が上がっている。一方、経営難で閉店せざるをえないと主張する経営者も少なくないようだ。また、Pizza Hutなどは、デリバリー労働者を中心に、解雇を打ち出した。
日本の賃金や物価の水準からみれば、ファストフードの労働者の最低賃金時給20ドルはとてつもなく高いように感じるかもしれない。
しかし、アメリカの物価は極めて高い。例えば、ファストフードのマクドナルドでビッグマックミール(ビッグマックとフレンチフライ、コークの3点セット)で10ドルを超える。これにタックスがかかる。以前は、店頭で購入すればチップは不要とされていたが、いまは任意とはいえ、キャッシャーで支払う際、半ば強制される。結局、13ドル前後支払うことになるのではないだろうか。日本円に換算すると、ほぼ2000円だ。
家賃も法外だ。RentHopというサイトで、ロサンゼルスのワンルームマンションの平均月家賃は、2024年4月現在、1598ドル。ワンベッドルーム(1LDK)だと2195ドル、ツーベッド(2LDK)は3195ドルにもなる。時給20ドルで週40時間、月160時間働いても、3200ドルにすぎず、ワンベッドの家賃だけで消えてしまうだろう。なぜなら、給与から所得税や社会保険税などが3割程度差し引かれるからだ。
カリフォルニア州のファストフード労働者の最低賃金の引上げについて、メディアの多くは、「高すぎる」「経営に悪影響」「値上げで困るのは消費者」「失業を増やすだけ」といったネガティブキャンペーンを展開している。しかし、前述のような高物価の状況をメディア関係者は知らないのだろうか。
さらにいえば、大手のファストフードのトップの超高給状態には触れようとしていない。例えば、Mtwage.caによると、マクドナルドのCEO、Chris Kempczinskiの年収は2456万4972ドル(約38億円)に達する。一方、最低賃金の引き上げにより、時給20ドルをえることになったとはいえ、年間2000時間働いて4万ドルにすぎない多数の労働者。このとてつもない所得格差がアメリカの大きな問題であることを忘れてはならない。
なお、前述のAssembly Bill No. 1228については、以下から条文を見ることができる。
https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202320240AB1228