アウトサイダー隊第2

余所者たちと非道な窃盗団をめぐるお話

 午後4時ごろになって、私たちはやっとの思いで運んだこの荷物を、受取人であるフレア型のD-phoneに渡すことができた。彼女は差出人のクロム型D-phoneから受け取っていたパスワードで箱を開け、中を軽く覗き込むと、確かに、と静かに告げ、私たちに支払いを済ませてくれた。

「……時に」

 受取人のフレア型は、去り際の私たちに声をかけてきた。

「この街に滞在するのであれば、活動範囲は駅構内に留めておいた方がいいと思う」

 駅構内に?

「街中で戦闘が激化しているのか?」

「だったらアタシは出かけたいぜ!」

 ゴウライザーとマレットが全く違う反応を示す。

「ううん。街は中立地帯で安全よ。でも、最近になって窃盗団が出没するようになったの」

 窃盗。誰かの所有物を無断で奪い、自分のものとしてしまうこと。D-phoneには持ち物、という概念があまりない。管理しているもの、という意味でいえば修正の一秒前の主人が持っていたものだし、重要なアプリは再物質化によって手にすることができるから、盗む理由が薄いのだ。

「窃盗団! なんだか物騒ですけど大丈夫なんですか? あっ、討伐ですか!? 強いですよ私たちは! ねぇドロッセルちゃん! 向かうところ敵なしですうよ! 窃盗だか強盗だか知らないですけどさーっと見つけてばーっとやっつけちゃいましょう! 報酬も出ますよね! ね!?」

 果敢に、そして勢いよく話すスレイプニルを止める者は誰もおらず、彼女のマシンガントークが途切れるまでみんなが静かにしていた。全体への問いかけでやっと言葉が途切れると、

「そうしてもらえると助かるけど、窃盗団の正体も所在も目的も不明なの。盗まれた物品にも法則性が薄い。あそこの掲示板に、盗品リストがあるから確認したらいいわ」

 受取人のフレアは私たちの背後を指さす。小さなホワイトボードを壁に立てかけただけの掲示板には、ここからでも見て取れるほどたくさんの盗品がリストアップされていた。あれだけ盗まれてたら、どこかしらで足がつきそうだけど。

 ぼんやりと掲示板を眺めていると、その前にひとり、ミレニア型のD-phoneが元気なさげに歩いていった。ホワイトボードを見上げ、ため息と共に肩を落とす。

「ちょっと話聞いてきますね!」

「おい待てよ! アタシも行く!」

 スレイプニルだけじゃなく、マレットまで一緒になって駆けだしていった。もう、気が早いんだから……そもそも、窃盗団をやっつけるつもりはないのに。

「すみません、ありがとうございます」

「気にしないで。また何かあれば頼むわね」

 私がお礼を言うと、フレアはプラスチックコンテナの隣で、満足げに微笑んだ。


 私たちはD-phoneだ。Doll-phoneの略称で、携帯人型秘書端末として、人類のアシスタントをするために開発された、身長80㎜のAI搭載高性能人型ロボット。というのは少し昔の話で、今から七年前に発生した「修正の一秒」事件で、人類が突然消失してから、私たちは人類の痕跡を探し、遺したものを保全するための社会活動に尽力している。ただ、私たちの中にはD・Aシステムも組み込まれていた。「自分たちの通信事業社の勢力を拡大せよ」っていう、人間でいうところの競争本能のようなプログラムで、私たちはそれに無意識的に従い、「センチネル・グローリー」と「ドラグーン」に分かれて戦争を始めてしまった。これが今なお続く「キャリア戦争」と呼ばれるものだ。


「二日前のことだったんよ」

 オレンジ色に塗装された、ミレニア型のD-phoneは、視線を落としたまま私たちに話をしてくれた。

「その日もガレオと遊んで……あっ、ガレオはうちの友達のアニマギアの子なんやけどな。遊んで、充電のために寝たんよ。そしたら1時間46分後にな、なんやガレオが声を上げるんよ。なんやろ思って見てみたら、ガレオ……連れ去られてってん! うちも慌てて追いかけたんやけど、やっぱガレオおらんと全然あかん……あっちゅーまに見えへんよーなって……」

 彼女、ライクの話をかいつまんで説明すると、夜に忍びこんできた窃盗団にアニマギアの相棒、ガレオを連れ去られた、というのだ。

「アニマギア?」

 そうか、起動してからアニマギアと出会ったことのないマレットは知らないんだ。

「動物などをモデルとした、カスタム・バトルホビーの総称」

 ドロッセルの説明が少し難しかったのか、マレットは全く理解していない顔をしている。

「我々のようなサイズ感で、人類がいた頃には戦い競わせる遊びを楽しむためのものだな」

 ゴウライザーの言葉でもわかってないようなので、とりあえず今はライクの友達、ということだけ理解してもらえればいいや。

「うちら、結構強かってん。旦那がまだおった頃はガレオと組んでフリーレギュレーションの大会でめっちゃ名前知られてたし、旦那がおらんくなってからも細々と開催されてる大会に出て賞金と情報開示レベル上げたりしててん」

 それだけ強いなら、窃盗団なんて返り討ちにしちゃえばいいんじゃ……。

「無理や。うちはスリープモードから復帰したばっかで反撃の準備もまだやし、いくらガレオが強いゆーても、戦闘用に改造されてるわけやのうて、オモチャの延長や。旦那のカスタム、あんま弄りたくないねん」

 綺麗に塗装された自分のボディを見るライク。ペアなら、きっとガレオも同じ色をしているのだろう。エッジの効いた塗り方のおかげで、柔らかいオレンジ色なのにシャープで硬そうな印象を受けるようになっている。

「ガレオがおらんくなったらうち、どうしたらええか……」

「探しましょう! ここまで話聞いたら黙ってられませんよ! 人助けもして、ついでに窃盗団を退治、報酬を貰って一石二鳥! 素晴らしい作戦じゃないですか隊長!」

 ……その隊長って私のこと? でもスレイプニルは私をじっと見つめてるし、きっと私のことだよね。

「もちろんですよ! シーアちゃんは我らアウトサイダーの隊長! ですよねゴウライザーちゃん、マレットちゃん!」

「そうだな」

「そのとーり!」

 えぇ……二人とも何勝手に……ドロッセルまで頷いてるし!

「みんな……うちの力になってくれるん? うち、なんも出せへんよ」

「なーに、困ってる人を助けるのが私たちアウトサイダー隊ですから!」

 その志は立派だと思うけど、そんな勢いと流れのままになんて……私は少しため息をついた。仕方ない、ポジティブに考えよう。泊まるところは必要だし、充電もしなきゃいけないし、ライクには場所を提供してもらうことにしよう。


 ライクの家というか、ライクのご主人様の家は、駅からそう遠くないマンションの一室だった。手入れが行き届いており、埃やゴミも落ちていない。

「定期的に清掃依頼してんねん。小さいゆーても、旦那にとってはやからな。うちらにはこれでも大きすぎる。特に、うち一人にとってはな」

 ワンルームの壁際に置かれたソファベッドの上でくつろぐ私たちに、ライクは充電ケーブルをあるだけ持ってきてくれた。3本しかないから、順番に充電をすることにする。

「しかし、足取りも場所もわからない窃盗団をどう見つければ良いのか……」

 先に充電をしているゴウライザーは、そう言って腕を組む。

「任せろ。だが、充電をしながらにさせてほしい」

 じゃあ、ドロッセルから先にどうぞ。私は自分に挿していた充電ケーブルを抜き、ドロッセルに手渡す。受け取ったドロッセルはそれを背中に押し込むと、インターネットに接続した。

「先ほど盗品リストを記憶した。稼働しているアニマギアは珍しいものだ、おそらく窃盗団が販売経路に乗せるまでは時間がかかるだろう」

 ドロッセルが見ている画面を、全員にもミラーリングで共有してもらう。通販サイトに検索をかけているようだ。

「団体を組織して窃盗行為を行うということは、相応の技術と実績があると考えて良い。加えて、盗品リストに掲載されたアイテムは、ほとぼりが冷めるまで販売を自粛するだろう」

 通販サイトと同時に、アーカイブサイトにも接続するドロッセル。そこにリンクを書き込み、検索結果ページの過去データを呼び出した。

「だが、可能な限り迅速に盗品を販売し、擬似的なマネーロンダリングを行いたいという意思はあるはずだ」

 出品情報ページをめくりながら、現在掲載されているアイテムと、そうでないアイテムを見定め、撮影していた盗品リストと称号させていく。

「盗品リストに掲載のあるアイテムで、商品販売ページが削除された、出品者情報がこの町、あるいは直近数ヶ月以内に販売実績が複数あるユーザーが、窃盗団の正体だ」

「おぉお! さすがドロッセルちゃん賢いですね! 天才的推理! 名探偵と呼ぶべきでしょうか! 見事な手際だし、これだけでも生計を立てていけますよ! あ、でもそうすると窃盗団がたくさんいないといけないんですかね? 商売って難しいものですねぇ!」

 スレイプニルがたくさん褒めるうちに、ドロッセルの検索が完了したようだ。これだ、とアーカイブサイトの1ページを見せてくれる。

「確かに、盗品リストのモンと一致してるなぁ」

「しかしこれは……」

「殴り込みどころの騒ぎじゃねーな?」

 マレットとゴウライザーが顔を見合わせる。

「だが、間違いない」

 何かの間違いであってほしい。私もそう思って、位置情報と照らし合わせてみたけど、うん、間違いないみたい。

 出品者情報のページに記載された住所は、この町の交番だった。


 交番とは、警察官が駐在し、地域の治安維持とトラブル解決のために人々が訪れることのできる場所のことだ。「修正の一秒」のあとには、そこは警察無線仕様のクロム型D-phoneたちが暮らし、他のD-phoneたちの困りごとを解決したり、キャリア戦争における争いから、戦闘能力を持たなかったり情報開示レベルが低かったりするD-phoneたちを守る活動を行っている。シルフィーアたちと出会った街では、キャリア戦争が激化しすぎたせいで、その基本的な機能もしていなかったけど。でも、そういう例外はあれど、基本的には警察無線仕様クロム……モノクロムたちがいるはずなんだ。少なくとも、一人は必ず。

 でも、翌日になって私たちが訪れた交番は、誰もいなかった。争った形跡がないけど、交番も「公共施設保護及び運営支援協定」に守られる施設の一つだから、ここが荒らされていないのは普通のことだ。

「何かしらの反応すらないな」

 ゴウライザーがレーダーを使って中を探知するけど、何も情報を得られなかったみたい。背後から肩にかけて飛び出したミサイル部分を、角度を傾けて探りを入れるけど、引っかかってくる周波数も信号も感知できなかったらしく、少し困った表情をしてみせた。

 公共施設は、特に機密性の高い公共施設は、外から内部を捜索するのにある程度の情報開示レベルが必要になる。私もそこそこ高い方だけど、まだ足りないのか、あるいは別なジャミングシステムが働いているのか。内部に関する情報は得られなかった。

「クソ、こんなもんぶっ壊して中探ってやりゃいいじゃねーか」

 少しイライラした様子でマレットが提案するけど、それはだめ。どんな状態であれ、協定で守られているなら、それを破ることは万能情報管理庫(アーカイブ)から罰せられる行為になる。だから私たちは、公共施設への閉ざされた扉を合鍵なしに解錠はできない。

「ただいま戻りましたよ! 聞き込み完了です! 聞いた情報によるとですね、ここしばらくモノクロムちゃんたちを見たD-phoneはいなかったみたいですねぇ! 出入りもなかったですし、近辺で怪しいやつを見かけたみたいな話もないみたいです! とはいえ、みんな今は窃盗団に怯えて割と閉じこもりっきりみたいな感じになってますからね! 確実な情報とは言えないかもしれません! 私も聞き込みできたのは数人だけですし、基本的には門前払い食らっちゃいましたよアッハハハ!」

 走って戻ってきたスレイプニルは、困った様子は見せないながらも、それでもやっぱり手がかりなしというのは堪えるみたいで、ひとしきり笑い終わってから小さなため息をついた。

「事故を装った突入は可能」

「あかん、それでっかい音出るやつやんか。周りみんな何事か見に来てまうで」

 あの超巨大な剣を再物質化(ダウンロード)しようとしていたドロッセルも、ライクに咎められて右手を降ろした。

 打つ手なし。でも通販サイトの販売元は、ここで間違いない。私も何度も地図アプリと照合させて確かめたもん。

「せめて中を見れればええんやけど……」

 人間の視線の高さには窓がついてるけど、私たちの視線の高さには壁とドアしか広がっていない。一応、スラスターを再物質化(ダウンロード)して窓の中を覗きはしたけれど、交番の中にはもう一枚ドアがあって、きっとあっちが事務所に通じているんだろう、その奥までは見ることができなかった。私だって、窃盗団ならあっちの奥にものを隠すよ。

「中から合図があれば少しは何かできたかもしれないが……」

「ガレオも電源切られてんのか知らんけど、何も反応あらへんからなぁ」

 ライクはアニマギアと同期してチームプレーができる特殊改造をされたD-phoneだ。近くに相棒がいれば、その反応もわかるかも、と期待はあったけど、やっぱりそこは機械で、最終的に電源を抜かれたら何もできなくなってしまう。

 ここはもしかしたらただのブラフなのかもしれない。でも、怪しいのは間違いないんだよね。昼間に交番が閉まってるなんて、聞いたことないし。

 とりあえず、帰って作戦を立て直そう。そう思っていると、ゴウライザーのレーダーに何かが反応したらしい。みんな、と声をかけて、私たちの足を止めた。

「センチネルの反応だ。数は3体。まっすぐこっちに近付いてくる……」

 そういってゴウライザーは反応のあった方を指さしたけど、そこには夏の日差しで陽炎が揺らめく道路しかなく、D-phoneはおろか、ほかの生き物の様子もなかった。

「ゴウライザー、熱さでレーダー壊れたんじゃねぇの?」

「早急な冷却が重要と判断」

「せやったらウチ戻って、保冷剤出そか」

「壊れてない、レーダーは正確だ! だからこそわかるんだ、こっちに近付いてくるってのが!」

 ゴウライザー、その子たちって今どこなの?

「我々のすぐ目の前……今、全く同じ場所にいる!」

 全員の動きが止まる。蝉の声だけがむんむんと熱気を帯びた空気に震えて、不気味な静けさだけが数秒続いて。

「通り、過ぎた……」

 ゴウライザーがそう口にして、背後に目を向けた。私たちも同じ方向を見るけど、そこには無人の交番が、先ほどと同じように佇んでいるだけだった。

「ゆ……」

 静まり返った私たちの空気を突き破ったのは、当然というべきか、スレイプニルだった。

「幽霊でしたねぇー! すごい、初めて遭遇しました! というか実在するんですね! やっぱり夏だからでしょうか、お化けは夏と相場が決まってますものね! データで読んだ怪談では足音や気配だけだったり異形の姿だったりしましたけど、電波信号だけのパターンもあるんですね! これは新しい学びです!」

 スレイプニルのやかましさはすごいけど、その言葉数の多さに今は救われる思いだった。でも、本当に幽霊だったのかな。私も、じゃあ他に的確な言葉で表現できないけど。

「幽霊なものか。私のレーダーは確実に反応したのだぞ」

 ゴウライザーが反論する。第一発見者(と言うのかな、こういう場合)の彼女は、レーダーを兼ねたミサイルを上下に揺らす。ゴウライザーのレーダーシステムは、遠くの敵にも正確にミサイルを撃ち込むために、私たちの中でもずば抜けて高性能なやつだ。

「せやけど、ウチは何も感じひんかったで。幽霊とかなんとかっちゅー前に、暑さで故障した考えた方がええんちゃうか?」

 ライクが現実的な意見を出す。確かに、この熱波でゴウライザーのレーダーシステムが何かしらの故障を起こしても不思議ではない。私たちD-phoneは小さいからこそ、地面からの照り返しをたっぷり受ける。夏場は、本当は日中出歩かないほうがいいくらいにね。

「私も同意見だ。幽霊は短絡的かつ非現実的な結論だ」

 ライクの意見に、ドロッセルも同意を示す。そういえばドロッセルは感じなかったの? って聞いてみたけど、首を横に振った。彼女も私より良いレーダーを搭載してるはずだけど、わからなかったのかぁ。

「幽霊なら幽霊で面白ぇけどな! ぶん殴ってやるぜ!」

 幽霊が殴れるかはわからないけど、血気盛んなマレットには、無意味に勇気づけられるよ。でもマレットなら、本当に幽霊と戦いそうではある。勝てるかはわからないけど……。

「シーアはどう思う?」

 私? 私も、幽霊だとは思うけど、確証は持てないし、どうやって調べたらいいかもわからないし……困ったなぁ。少し考えてから、みんなの顔を見て、一つの案が浮かんできた。

 幽霊だとしても、そうじゃないとしても、私たちはあの交番を調べる必要がある。もし幽霊がそのヒントになるのなら、そっちも調査してみる必要があるよね。ということで、私はチームを二つに分けようと思う。ゴウライザー、スレイプニル、ドロッセルで交番の調査を続行。私、マレット、ライクで、幽霊について何かないか探ってみるよ。


 ゴウライザーを交番調査チームに分けたのは、ゴウライザーが唯一の幽霊遭遇者だったからだ。彼女が交番周りを探れば、また幽霊の反応をキャッチできるかもしれない。そんな考えと、ゴウライザー自身が幽霊説をあんまり信じていないのもあって、私はマレットとライクを連れて、再び駅まで戻ってきていた。

 この街の駅は街中よりも多くのD-phoneが活動していて、情報も集まりやすい、というのが私の狙いだ。特に幽霊の話なんて、遭遇したら誰かに話したりするだろう。ネットの掲示板なんかにも書き込まれてそうだけど、地域の掲示板は在住のD-phoneにだけパスコードが配布されていたりして、余所者である私には解析できない。それに、そういうのは後でライクにやってもらえばいいや、ということで、昨日降り立ったばかりの駅に、私たちは再び足を運んだのだ。

「しっかし、どーすんだよ。お前は幽霊みたことあるか、って聞いて回るわけにゃいかねーだろ」

 そりゃそうだ。その愚痴が幽霊調査という任務のつまらなさからきてるのか、戦えないことに対する不満からきてるのか、はたまた両方なのかは知らないけれど、マレットが非常につまらなそうに尋ねてくる。

「掲示板でもウチは見たことあらへんで。どーすんねん」

 そりゃそうだ。アナログな掲示板に書くには、内容が複雑すぎるもの。とはいえ、私の目的はこういう賑わった駅じゃないとないだろう。

「ほら、あそこ」

 私が指差したそこは、小さなお店だった。D-phoneはプラスチックケースや箱を重ねて並べた”お店”を経営する者も多い。本来だったらテナント料というか、場所にかかる代金を取られるんだろうけど、大きな駅なら場所も余っている。こういう場所には、みんな好き勝手にそれぞれの商売をしているものだ。私たちが会う彼女も、その一人。

「あぁ、情報屋か! いやあれたけーだろ!」

 高いからこそ、信憑性があるんだよ。私たちD-phoneにとって、情報は何よりも強い武器だ。弾丸を一発叩き込むより、相手より先に相手を見つける方が、キャリア戦争では有利とされる戦い方である。でも私たちD-phoneには、それぞれのキャリアを見分ける信号や、万能情報管理庫との通信で絶えず電波を発している。それを相手より早く見つけられたなら、必ず先手を取れるということ。そんなわけで、情報とは私たちにとって何よりの命、とも言える。

「せやけど、幽霊の話なんてあるもんやろか」

『ありマス』

「ひぁ!?」

 近づきながら歩いていたら、どうやら情報屋さんに先に話を聞かれていたらしい。さすがは、というべきか。ライクの言葉に割って入るように、私たちの通信に飛び込んできた。

『この街での幽霊の情報デスネ。ありマス』

 私たちが近づいていく……と、そこにいたのはD-phone、ではあったのだが、厳密には完全とは言い難いものだった。自身の下半身は戦闘によるものか、ほとんど存在せず、充電ドックに乗せられる形で体を起こしていた。充電ドックは多くの改造がされており、たくさんのケーブルが見えないところに伸びている。顔はバイザーで隠され表情はわからないが、それがクロム、それもグレイのヘルメットを改造したものだということは理解できた。口は動かず、代わりに外部情報コンデンサーのCD-6が、通信に割り込む形で話しているようだ。音声機能が壊れているのかな。両手は無事だし、直せないことはないんだろけど、音声機能の修理って難しいらしいから、こうして外部出力に委ねるのは、珍しいけどあり得ないことじゃないって感じだ。

「幽霊の情報、それも、レーダーにだけ映る幽霊の話、みたいなのがあれば詳しく聞きたいんだけど」

『少ないですケド、ありマス。料金は……』

「隣町の情報、戦闘活動のデータでどう?」

『助かりマス』

 私は、自分の記憶から映像データと、あの街に到着してすぐに出会った交通管理系D-phoneの話を再物質化し、情報屋に手渡した。情報屋は、特に彼女のような街に特化した情報屋は、よその町の情報を高く評価してくれる。私たちの間で使用されるデジタル通貨より、こっちの方が有用なのだ。

『では、私の知ることを話しマス』

 ゴクリ、と私たち3人が固唾を飲んで見つめると、情報屋の手が隣を示す。えっ、まさか隣に幽霊が!? と思って振り向いたけど、そこにはお客様用に用意してたのだろう、椅子が重ねておいてあった。ガシャポンの景品だったであろうその椅子を、私たちは並べて座る。

『2ヶ月ほど前に、幽霊との接触情報を得たのが最も古い情報デス』

 2ヶ月前かぁ。それから、そういう話はないの?

『先月までが週に1件の頻度で報告がありマシタが、ここ三週間はその話を聞きマセン』

 このところ幽霊は姿を見せていない。とはいえ、これだけじゃ情報不足すぎる。

「敵は何人だ?」

『幽霊は、3、4名という報告がありマス、一番多く来るのが3名だったという報告デス』

 私たちが遭遇したのも、ゴウライザーの話じゃ3体分の反応だったよね。

「せやな。そういやその反応、どっちのキャリアやった?」

『ドラグーンデス。シカシ、最後の2件はセンチネルデス』

 うーん、どういうことだろう。幽霊がキャリア乗り換えたのかな。

「アタシは幽霊とバトれるか知りてぇんだ! そいつら殴れんのか!? ぶっ飛ばせそうか?」

『姿を目撃した証言はありマセン。全て、電子的反応のみデス。ソレモ、反応を受信して少し後に、どれも反応が消滅してイマス。この現象により、幽霊と誰もが言っているのデス』

 レーダーにだけ映り、すぐに姿を消す幽霊。ますます掴みどころがない。殴れなさそうだなーと考え込むマレットとは対照的に、ライクは黙りこくって下を向いている。どうしたんだろう。

「なんや、なんか引っかかるんや。このオバケ、なんか……遭遇した場所! とかはちゃうしな」

『この街の全域から証言がありマスが、最も多いのは交番週域の区画からデス』

 やっぱり、幽霊騒ぎと窃盗団は何か関係があるんだ。交番に近づかないよう、幽霊の噂を広めたとか……でもそしたら、窃盗団より幽霊騒ぎの方が大きくなってるかな?

「いや、ウチらD-phoneはおらんもんは騒がんねん。せやったら窃盗団のが話上がるわ。幽霊やなんやゆーてんのは、反応があったっちゅー証拠が残ってるからで……」

 そこまで言って、ライクは何かに気付いたように振り返った。私もそっちを見るけど、駅の喧騒が広がってるだけで、何か変わったものはない。

「どーしたライク。オマエも幽霊の気配感じたってか?」

「ちゃう……」

 小さい声で、ライク。

「せやけど……見えたかもしれへん、幽霊の正体」

 最後に一個質問ええかな、とライクは情報屋を振り返る。どうぞ、と情報屋は言うように、右手をライクに向けるジェスチャーをする。

「この街の交番、昨日行ったら閉まっててん。あれ、いつからや?」

『先月デス』

「ありがと! いくでシーア、マレット!」

 行くって、どこに?

「証拠集めや!」

 椅子から立ち上がり、強い口調でライクはそう告げると、走り出しそうになる自分を抑えて、もう一度情報屋に振り返る。

「せやけど、行く前に幽霊の遭遇報告のあった日付と場所のリストくれへん?」


 まずライクは窃盗報告のあった掲示板に向かっていった。そこに掲載された盗品リストではなく、書き込んだD-phoneの住所を確認する。それを幽霊の遭遇報告があった場所と称号させると、ぴったり一致ではないにせよ、近い場所であることが判明した。

「多分やけど、この幽霊は窃盗団や」

 窃盗にあった交番近くの家に向かいながら、ライクは自らの推理を披露している。交番を調査していたメンバーと合流した私たちは、ライクが迫りつつある真相に耳を傾けていた。

「幽霊の報告があった日と、窃盗があった日が近い。おまけに場所もドンピシャや。せやから、これは間違いあらへんと思う」

「でも幽霊って消えるんですよ? 窃盗団はさすがに幽霊みたいに消えるってのは無理でしょう! というか、窃盗団に直接会ったライクちゃんがそれは一番感じてるんじゃないですか!? D-phoneはアプリじゃないですからね、途中で消えるのは難しいですよ! いきなりキャリアのICチップも引っこ抜けませんし!」

 それはそうだ。仮に幽霊がD-phoneだとしても、消える理由がわからない。そう思ってると、私たちは目的地に到着したようだった。ライクが足を止め、周囲をきょろきょろ見回す。それから、窃盗の被害を受けたその家から、少し離れたところに移動した。

「みんな、これ何かわかんねんな?」

 ライクはマンホールの上に立って訊ねてきた。

「マンホールじゃねぇか」

「正確には、マンホールの蓋。マンホールは地下に通じる穴自体を指す」

「うるせぇ! そういう豆知識はいいんだよ!」

「なるほど!」

 膝を打ったのはゴウライザーだった。

「窃盗団は、下水道を通じて移動をしていたのだな! だから私のレーダーに反応した」

「せや。下水道は基本的に誰も行かへんし、大事なインフラゆーても入るんは限られてるから、「公共施設保護及び運営支援協定」には守られてへん、つまり中の反応は、レーダーの性能がメッチャよかったらわかるっちゅーことや!」

 たしかに、それなら私たちと出会わずにすれ違うのは納得がいく。下水道の中に入ってしまえば、並程度のレーダーしか持っていないD-phoneには、消えたように感じるはずだ。

「でもマンホールの蓋を開けるには並のD-phoneでは不可能ですよねぇ? よっぽど情報開示レベルが高いか、公共施設やインフラ整備に従事してないと開ける権限ないはずですよ! 協定に守られてないのは、そういうのも含めて守る必要がないからですし、窃盗団は一体どうやって出入りしてるんですか?」

 スレイプニルの問いに、ライクは少し声をひそめた。そして、これはウチの空想やから、鵜呑みにしたらあかんで、という前置きをした。全員が頷くのを見て、ライクは推理を続ける。

「多分、多分やけどな。もともと、窃盗団とモノクロムはなんかの約束をしてたんや。分け前少しとか、大事な情報とか。せやけど、それがなんかの理由でうまくいかんようになってしまった。そこで窃盗団は、ボディの入れ替えを行ったんやと思う」

 ボディの入れ替え。私も、聞いたことしかないやつだった。

 まだ人類とD-phoneが共存していた頃は、中のデータを救出して、劣化したボディから新しいボディへと移し替える、というのはそう珍しい技術ではなかった。どこの携帯ショップでも行われていた程度だ。でも、人類がいなくなってからその必要がなくなったこともあるし、自分の体を交換するって少し不気味な感じがする、と嫌がるD-phoneも多くなり、あまり行われないようになってしまったのだ。テセウスの船っていうんだっけ、自分が失われる感じがして嫌らしい。

「せやって窃盗団はマンホールを内側から開ける権限を手に入れて、見つからんようにやってるんや。それに、モノ送るゆーても、受け取る側も相手がモノクロムやったらあんま怪しまんやろ、一石二鳥や」

 あまりにも理に適いすぎて、少し寒気がするほどだった。

「殺した奴のガワ着て暮らしてんのかよ、相当狂ってるぜ」

 マレットですら嫌悪感を示す。

「だが、合理的な推論だ。その考えに賛同だ」

 こうして窃盗団の手口が判明したわけだけど、私たちはまだ問題を抱えていた。それじゃあ、どうやって窃盗団を見つけてやっつける、あるいはアジトになっている交番の中に入るか、だ。マンホールが入り口とはいえ、私たちの力で強引に入るのは難しすぎる。どうしたらいいんだろう。

「提案がある。だが、推奨されるものではない」

 ドロッセルが手を上げた。みんながドロッセルを振り返り、その提案を待つ。

「下水道内部への侵入を行う、という目的ならば果たすことができる。耐水性が高い者は誰だ?」

 耐水性、という言葉に、みんなが強張るのを感じた。

「耐水性って、もしかしてですけどドロッセルちゃん、私の考えてるもしかしてであってますか? 冗談とかそういうやつですよね? あっはっはドロッセルちゃん珍しく冗談言ったと思ったらあまりにも真面目な顔で言うから本気かと思っ、ちゃい、ます……よ……?」

 ドロッセルの目があまりにも冗談ではないので、スレイプニルまでが言葉を失うほどだった。

「トイレに流され、下水道突入を試みる」


 一番直結しているだろう、ということで、私たちは交番近くの公衆トイレに移動した。人類がいなくなってから、トイレは私たちD-phoneにとって不要なものではあったけど、コンセントがついていたり、ボディの洗浄や冷却のためにその水を使うこともあって、清掃と管理は行われていた。それでもやっぱり、どこか不快なものとして忌避する気持ちはある。これはきっと人間と一緒に暮らしていたD-phoneであればあるほど、感じるものなんだろうなぁとは思う。だから私たちからしたら「それはちょっと」と思うドロッセルの提案も、人間と暮らした記憶のないマレットにはどうということはないみたいだった。

「それに中入れば、窃盗団と鉢合わせる可能性だってあるんだろ? だったらアタシは行くぜ!」

 よりパイプが太いのは、と相談した結果、和式便器を選んだ私たち。ざぷ、とマレットが躊躇なく一段低いところに飛び降りた。うっすらと張られた水は、一応は清潔なものだ。清掃も時折行われているから、ここは汚くない、とわかっていても、どうしても戸惑いが生まれてしまう。

「仕方ない……私も行こう。アプリを全て消せば、この中で最も身軽だろうからな。シーアたちは、交番前で待機していてくれ」

 嫌がる様子を見せながらも、ゴウライザーも飛び込んだ。あとはレバーを倒せば、勢いよく水が流れてパイプの中に飲み込まれていく。はずだ。

 確かに、ドロッセルはツノが引っかかるかもしれないし、スレイプニルは4本の足が妨害するもんね。私でもよかったんだけど、耐久力の面で言えばゴウライザーの方が高い。ライクは、入るのをものすごく嫌がっているから、無理強いはできない。

「健闘を祈る」

 再物質化した剣を、ドロッセルは思い切り振り下ろし、トイレのレバーを倒した。水が二人の足を掬い上げ、そのまま暗闇へと消えていった。割と一瞬で流れていった二人を見送って、私たちも交番の前に急ぐことにした。


 ここから先は、後から聞いた話をまとめたものだ。流されていったゴウライザーとマレットは、なんだったら私も、下水の流れる広い通路に出ると思っていた。だけど実際に、狭いパイプの中、水に押し流されながら進んだ先は、少し太めのパイプの中だった。

「ぶっぁは!」

「なんだこりゃ、どうなってんだ!」

 後から検索をかけてわかったことなんだけど、現代の下水道というのは、地中に掘ったトンネルの中にパイプを通しているだけのものらしい。メンテナンスの際は、もちろん目視も必要なので人が通れるようにはなっているけど、それはマンホール周辺だけの話で、他は狭いトンネルをパイプが走るだけの空間。当然、処理される下水はトンネルではなく、パイプに直接注ぎ込まれる。

「クッソ、窃盗団がこんなとこ通ってんのかよ!」

「そんなことはないだろう! おそらくここは下水処理施設につながるパイプの中だ! ここから出なくては……」

 ミサイルを発車しようとしたゴウライザーだけど、再物質化がうまく行かない。地中のトンネルの中で電波が繋がりにくいのもあるし、周りをざぶざぶと水が流れるせいでうまく定着ができない。地に足がついていないから、アプリを出す方向なんかが定まらないのだ。

「どーすんだこれ!」

「わからん! しかしこのまま下水処理施設に行くわけには……!」

「なら……あんまり保たねぇから急いでくれよォ!」

 ゴウライザーの先を流されていたマレットは、両手両足を必死に伸ばして、ばん、とパイプの中で突っ張った。

「ウグゥ!」

 そこに勢いよく流されてきたゴウライザーがぶつかり、止まる。つっかえ棒になったマレットを足がかりに、ゴウライザーはミサイルだけを再物質化した。それをパイプの天井に向けて、とにかく乱射した。五発、六発、マレットの手足がギリギリになったところでようやくパイプに穴があき、二人はどうにか狭いパイプを抜け、パイプが走るトンネルに出ることに成功したようだ。

「はぁ、はぁ……壊れるかと思った……!」

「今度あれをやる時は、排水管と下水道は違うものだと覚えておかなくてはな……」

 D-phoneにとってすら狭いトンネルの中を、二人は交番に向かって歩く。GPSも働かないので、排水管の流れと入ってきた方向の記録だけが頼りだ。たっぷり10分歩いて、やっとマンホールのあるらしい開けた空間にぶつかった。

「マレット、マンホールは下から開けられそうか?」

「や、無理だなこりゃ。専門の権限っつーか、器具が必要だぜ、モノクロムでも無理だ」

「なるほど、犯人は下水管理のD-phoneも仲間にしているのか」

「あるいは、ガワ奪ったかのどっちかだな。どっちにせよ、最悪だ」

 とはいえ、マンホールの蓋の真下まで来れば、地上にも電波が通じる。

『マレット? 聞こえる?』

「んあ、シーアか?」

『通じた! 今どこ? 反応はあるんだけど、私の電波じゃ微弱で……オンラインになったのは確認できたんだけど、場所まではわからないよ』

「あー……」

 マレットは少し困ったように考える。

「どっかのマンホール」

『どっかって!』

 ざっくりしてるなぁと思ったけれど、マレットからしたらそれ以上に説明ができないのだろう。

「シーア、これならどうだ?」

 マレットの隣にゴウライザーが上がってくる。ゴウライザーの強い反応なら、私でも追跡できた。地図上に彼女たちの位置を示してデータを送信する。画質は下がるだろうけど、それをヒントにできるはずだ。

「なるほど、場所は概ね把握した。あとは道が通じてることを願うばかりだ。シーアたちはそのまま交番前で待機していてくれ」

 了解、と私は通信を切った。地図で見れば、二人のいる場所から交番はさほど遠くない。方向も割と真っ直ぐで、進み続ければ交番の下をくぐるように下水道が伸びているはずだった。

 ここから先はいつ窃盗団に鉢合わせてもおかしくない、と身構えながら進み続けた二人だけど、その問題もなく、交番の下に到着した。そこに、作為的に掘り進めた縦穴が天井に現れた。

「なるほど、窃盗団が交番を根城にしていたのは、これが原因か」

「守られた施設はなんかあっても外からじゃわかんねー。掘削系の奴もいんのかよ、厄介だなオイ」

 生活インフラを窃盗に使う技術者集団。それが今回の窃盗団の正体だ。そのまま二人はゆっくりと縦穴を上昇し、交番の中、扉の奥の部屋に出た。そして、そこで電源を落とされたオレンジの獅子と、充電したまま動かない窃盗団の3人組と出会った。

 先手を取ってしまえば楽ではあるが、極力起こさないようにしたてトラブルを避けたい。どうするべきか、とゴウライザーが思案しているうちに、マレットが全員の充電ケーブルを引っこ抜いてしまった。

「ま、マレットっ」

「どうせ起こしてぶん殴るんだ、だったら電池切れするまでアタシがボコしてやるよ!」

「そうじゃない、こいつは窃盗団でも、警察無線の能力を有してるんだぞ。このままでは私たちが悪役にされてしまう」

「される前にぶっ飛ばす!」

 充電を抜かれたことにより、窃盗団の面々が起動するかすかな音がする。人間の可聴域には存在しない、短いブートサウンド。そしてその目が開き、首が持ち上がっていく。

「なんだァ……?」

 迷ってる暇はなかった。ゴウライザーはドアを開け、交番を解放する。

「なっ、なんだテメェ!」

「てめーらこそなんだってんだ!」

 全力を使ってドアを開けたゴウライザーを助けながら、中を覗き込んだ私たちは、すでにドンパチ繰り広げた窃盗団とマレットを目撃することになった。


「ガレオ!」

 交番の奥に飛び込んで、まず最初に叫んだのがライクだった。盗品の山の中に、オレンジ色に塗装されたライオン型のアニマギアが横たわっていた。充電が残っていないようで、動く様子はない。証拠に、ブラッドステッカーにエネルギーが通っていないのが見てとれた。

「待っててな、今充電したる」

 ガレオとライクはパートナーだ。どうやら二人の間で特殊な電力のやりとりができるらしい。ライクがガレオの前足を手に取ると、ゆっくりとブラッドステッカーに光が宿り始めた。

 その間にも、マレットは三体のD-phoneを相手に防戦を繰り広げていた。一方的に押されていないのは、マレットの能力の高さとしか言えない。しかし、相手の波状攻撃を全ては避けきれず、一部をボディの左側で受け止めている。特別硬い防御面とはいえ、攻撃を受け続けるのはマレットにもよくない。加えて、反撃する隙ができていなかった。時折、飛び回るハンド・マニピュレーターを振り下ろすけど、それは空を切るばかりで、相手に届く様子はなかった。

「加勢する」

「ボスはアタシのだぞドロッセル!」

 飛び込んだドロッセルは小さく頷くと、窃盗団のボスであると思われるモノクロムには目もくれず、他の二人に向かっていく。一人は掘削を専門とする土木作業タイプのD-phoneで、コンクリートやアスファルトも砕けるドリルを振り回して応戦。あれの攻撃は受けるとアプリすら砕かれる可能性が高いため、マレットも避けるのに専念していたが、ドロッセルは自慢の巨大な剣でその攻撃を受け止めてしまった。

 もう一人は自動車修理などの現場でよく見るタイプのD-phoneだ。なるほど、マンホールを内側から持ち上げたりできるのは、自動車整備用のジャッキを使っていたからなのか。こちらはモンキーレンチのアプリをブンブンと振り回し、自分の得意な距離を相手に押し付けて戦っていた。確かに威力は高いが、ドロッセル相手には攻撃が大振りすぎるみたい。攻撃が来る前にドロッセルはぴょんと飛び上がり、横凪ぎを避けた。突き立てられたドロッセルの剣も同時に跳ね倒すけど、ドロッセルはすでにその剣の柄を持ち、飛び出したその勢いをも利用して二人の間に叩きつけていた。対峙した経験からわかってはいたけど、やっぱりドロッセルはものすごく強い。私やスレイプニルが間に入ったら、邪魔になってしまうほどに。

 なら私たちができるのは、盗品を運び出すこと。それは私が隙を見ながらやるとして、スレイプニルはライクたちをお願い。

「任されました!」

 珍しく一言の返事でスレイプニルは駆け出し、戦いの合間を縫ってライクに話しかけていた。しまった、私も乗せていってもらえればよかった、とは思うけど、とりあえずスラスターアプリを再物質化し、戦いの上空を飛んでいく。モノクロムに攻撃される心配はあったけど、あっちはマレットとの戦いで精一杯みたい。ばら撒かれた弾幕をものともせず、マレットの巨大な拳がモノクロムに襲いかかり、モノクロムは逆にそれを回避する行動を取っていた。

 ひとまず両手に抱えきれるだけのアイテムを持ち、また上空へ。出口で待機していたゴウライザーにそれを受け渡し、私はまた戻っていく。

「ガレオ、立てるか?」

 どうにか全身に電力が走ったライオン型アニマギア、ガレオが小さく吠えてよろよろと立ち上がる。おそらく、二人の間で言語の同時翻訳が行われてるんだろう。私たちとアニマギアとでは、使用しているプログラミング言語が違うため、会話ができない。それでも二人は問題なく意思疎通というか、会話をしている様子なので、それだけしっかりカスタムされているのだろう。本当に、二人の持ち主だった人はすごいとしか言いようがない。

「スレイプニル、頼めるか?」

「もちろんです! ささ、ガレオちゃん、どうぞどうぞ。乗り心地最高ですよ多分! 私乗ったことないからわからないですけど。ちょっと揺れますから気をつけてくださいね。しがみついてもいいけど爪は立てないように! 私のボディ、塗装が少し剥がれやすいんですよね。今度トップコートをしっかり……」

 ガレオが小さく唸る。

「うるさいゆーてる」

 しゅんとしてしまうスレイプニル。とりあえず彼女の両手にも盗まれたものを持たせてやった。3人で走るよ、ほら!

 ドリルを持った掘削作業D-phoneがそんな私たちを見て、一気に接近してくる。しかしその間にドロッセルが素早く割って入り、攻撃をいなす。回転するドリルを自慢のツノで一撃し、軌道をずらした。そしてD-phone本体に重たい蹴りを叩き込む。ノックバックしたところで、今度は自動車整備型D-phoneのモンキーレンチが振り回される。これはしかし私たちを捉えることはできず、ドロッセルは地面に突っ伏して回避。頭上スレスレを通り、瞬間ドロッセルがその手に巨大な剣を再物質化させた。二人の間に突如として割って入った剣は、相手のD-phoneを突き飛ばし、椅子の足にぶつけた。D-phoneにとって隙になりやすい再物質化の瞬間すらも武器にしてしまうドロッセルの戦闘スキルに、私は感心するばかりだった。

「だぁラァア!」

 がむしゃらな叫び声とともに、マレットのハンド・マニピュレーターがモノクロムの背後の壁に激突する。勢いが強かったのか、そのままめり込み、抜けなくなってしまったみたいだ。

「ぐっ、アレ!? こんのぉ……!」

 ぐり、ぐり、と抜こうとするけど、一向に抜ける様子がない。それどころか、生まれた隙をついてモノクロムがガトリングの銃口をこちらに向けてきた。

 危ない、と考えるより先に、私の体は飛び出していた。あまりよくないけど、回収した盗品を手放し、狙われている地上組、スレイプニルと、ライクと、ガレオに向かって。スラスターの勢いをそのままに、みんなにダメージを与えないよう、両腕を使って掴み、地面に押し倒す。そのまま3人……2人と1匹? を、1メートルほど引きずるようにして、銃弾の軌道から移動させた。少し擦りむいたところの塗装が剥がれてしまう。でもおかげで、射撃音は私たちの後方に響いた。

「くっ……!」

 ドロッセルがすぐさま反応し、剣を出そうとする。が、それに素早く気付いたモノクロムは、銃口をドロッセルに向け、再物質化の前に弾幕を撃ち込んだ。マレットは一度アプリを閉じ、再度立ち上げをするけど、それでも十分な速さじゃない。それどころか、

「っぁが!」

 その間に立て直した自動車整備型のD-phoneに、モンキーレンチを当てられて転ばされてしまった。左側からだったから、ボディや重要な回路ダメージはないだろうけど、それでも床に転がされてしまうことに変わりはない。

 ゴウライザーがミサイルを撃ち込む。外部から位置情報を正確に示し、自分の視界と信号によってターゲットを特定するゴウライザーのミサイルは、たくさんの情報を処理しているからこそ正確な射撃を可能としている。でも、その情報の全てが完全に把握できない交番内じゃ、精度が落ちてしまうみたい。モノクロムがひょいと少し上へ移動するだけで、簡単に回避されてしまう。

 みんな何か叫んでいたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は起き上がり、とにかく次の攻撃に備えなきゃ。でも、盾のアプリにはアクセスしたことがない。初めて使うアプリは、再物質化に少し時間がかかるから、今この瞬間は現実的じゃない。

 そうこうしてるうちに、モノクロムが再び銃口をこちらに向けてきた。トリガーが引かれるその直前。

「こ、のぉ!」

「やれぇ! ドロッセルー!!」

 マレットの再物質化させたハンド・マニピュレーターに乗って、ドロッセルが飛び上がっていった。手のひらに乗せたドロッセルを投げ飛ばし、上空に投げ出されたドロッセルはモノクロムのアプリの翼に飛びかかる。

「てめ……くそ!」

 バランスを崩したモノクロムは自重を支えきれず、上空でフラフラと揺れる。二人を抱えて飛ぶことは可能だけど、いきなり飛びかかられたのではどんなアプリもバランサーが機能しない。ガトリングはあさっての方向に乱射され、交番事務所のドアに嵌め込まれていた、すりガラスを砕いた。

「みんな危な、あぐ!」

 私はダメージを受けずに済んだけど、ガラス片が私のスラスターアプリを壊し、床に落ちる。幸い、高度がそこまでじゃなかったからダメージはないけど、さらに降り注ぐガラス片から身を守るので精一杯だ。ゴウライザーがライクをかばい、スレイプニルは転んでしまってガレオと一緒に床に転がった。

 見ればすぐにドロッセルも振り落とされ、マレットのハンド・マニピュレーターにキャッチされていた。無事みたいだけど、そこから次の反撃にはすぐに移れない。その間に、バランスを取り戻したモノクロムが再び銃口を突きつけてきた。今度は邪魔も入らず、私たち目掛けて銃弾の雨を浴びせてくる。

 何もできないと思ったその瞬間、私たちの前に飛び出す形で、ガレオが走ってくる。

「ガレオ!」

 ライクが叫ぶが、ガレオは止まらない。そのまま大量射撃を私たちの代わりに浴びて、床を転がった。

「ガレオ、ガレオぉ!」

 駆け寄ろうとするライクを、ゴウライザーが抱えて物陰に隠れる。私もスレイプニルに肩を貸し、同じように遮蔽物の後ろに入った。

「クソ、売りモンが……」

「ガレオは売りモンとちゃう!」

「うるせぇ! てめぇらも蜂の巣にしてやらぁ」

 再びの射撃。だが今度はすぐに止むことになった。

 ドロッセルがあの巨大な剣を、柄と刃の根本あたりで90度ほど折り曲げた形で再物質化していたのだ。剣の先端は接地させ、折れた箇所から銃口がモノクロムを狙っていた。すぐにそこから巨大なエネルギーが発射させる。早い話が、ビーム砲だった。熱源の接近を感知して、モノクロムはギリギリのところで回避をするけど、翼を焼かれてゆっくりと落下していった。ついでに、ビームは交番の天井に穴を開けたけど、それはまぁ、もうこの際仕方ないよね。

 銃弾の雨が止み、ライクがぐったりと倒れたガレオに駆け寄った。動かないその頭を起こし、何やら話しかけていた。私もすぐに銃のアプリを起動させ、モノクロムに向けて構える。

「ガレオ、嘘や、すぐ修理すりゃ平気……ガレオ? 起きてや、ガレオ! な? 一緒に帰ろ? がれ、お……?」

 がお、がお、と何か言ってる様子はあるけど、その言葉はライクにしかわからない。私ができるのは、これ以上ダメージを受けないよう、二人を守ることだけだ。

「ガレオ、待っ、そんなんしたら……ガレオ!」

 焦ったライクの言葉の直後に、ガレオの体が少しずつばらけ始めた。ニックカウルが床に落ち、剥き出しになったボーンフレームも壊れた部分が崩れていく。残った部位に少しずつニックカウルを再度接続し直し、その一部がライクを抱きしめるように彼女にくっついていく。

「ガレオ……」

 全てが終わると、ライクの手と背中に、ガレオの一部がアプリのように装着されていた。背中は簡易なジェットパックのようにも見えるけど、どちらかというと姿勢維持と同時に簡易的な防御を目的としたものだ。右手に握られたのは、ガレオの頭部を中心に形作られた、砲のような武器。D-phoneが抱えるには少し大きいサイズだけど、ライクは不思議と重さを感じないかのようにそれを持ち上げている。

「ガレオ、バスター……?」

 ガレオの頭部は動かないけど、もうブラッドステッカーに輝きが宿ることはないけど、ライクの言葉に言葉を返すこともないけど、それでも私には小さく頷いたように見えた。

「クソが……」

「クソはあんたや」

 ゆっくりと立ち上がり、ライクは悪態をつくモノクロムに向かって、ガレオバスターを向けた。

「許さへん……あんただけは!」

 大量のエネルギーを消耗し、動けないドロッセルの手を引き、マレットが射線から抜ける。なんだ、とモノクロム言葉を放つより早く、トリガーを引かれたガレオバスターの口から、先程のドロッセルが放ったようなビームが放射された。瞬間的にモノクロムの右腕と右脚が焼かれて壊れ飛び、当然ながら交番の壁にも穴を開けた。

 おもちゃの威力ではない。しっかりとした、戦闘用アプリから発せられるパワーだった。

「が、っぅは……!」

 大きすぎるダメージには感覚遮断が発生するから、痛みないはず……だけど、遮断してない部分まで熱さが伝わるらしく、モノクロムは地面に倒れ、無事な半身を抱えて痙攣した。

「今度は外さへん……」

「ライク! そこまでしなくても」

「あかん! うちの気が、ガレオの無念が……」

 そこまで言って、ライクは充電が切れてしまったらしい。ぱたりと倒れ、同時にガレオバスターもアプリのように解けて消えてしまった。


 ライクが充電から目を覚ましたのは、充電がようやく完了してからだった。日もすっかり傾いて、オレンジと紫のグラデーションが空を染める時間。私たちは盗品をすっかり返却し終え、窃盗団を駅にしょっ引いた後だった。交番の破壊に関して、「公共施設保護及び運営支援協定」を思いっきり破っちゃったから、なんらかの罰則があるかも、と覚悟していたけど、街のD-phoneたちの証言により、万能情報管理庫からはお咎めを受けることなく終わった。窃盗団を捕縛してくれたことの方が大きいし、何より既に床に大穴を開けた後だったのもあるみたい。

 そうそう、めでたしめでたし、で終わらなかった残念なことが一つ。本来のモノクロム……窃盗団のリーダーが使用していた警察無線仕様クロムの本来の持ち主、えっと、つまりあの交番に本来勤務してたD-phoneなんだけど、既に人格データが消去されて、この世には存在しないことが、窃盗団のリーダーの記憶データから判明した。悲しいことだけど、こればかりはどうしようもなく、今後は街のみんなで交代で勤務していくらしい。

「ウチが寝とる間にそんなことがあったんかぁ」

 私たちは明日この街を離れるつもり。色々お世話になったから、ライクにはきちんと挨拶しようと思ってたんだ。そう伝えると、ライクはきょとんとした顔を向けてきた。

「え、ウチもついていこう思ってんけど」

 あれ?

「いやほら、ガレオもこんなんなってもーたし、旦那が戻ってきてもなんの説明もできひんねんや。せやったら、戻す方法探そかなって。それに、こらオモチャやのうてめっちゃちゃんとした武器や。せやけどウチ、キャリア戦争にはあんま興味ないねん。せやったらみんなの力になれた方がええな、思てな?」

 ライク……。

「それなら決まりだな」

 充電を終えたらしいゴウライザーがいつのまにか私たちに近寄り、笑顔で頷いた。

「アタシは構わねー。つえー奴は大歓迎だ!」

 マレットも同意を見せる。

「新しい仲間が増えるの、すごく嬉しいですよ私としては! 仲間、友情、助け合い! 素晴らしいじゃないですか! アウトサイダー小隊、どんどん大きくしていきましょう!」

 喜びを見せるスレイプニル。待って、アウトサイダー小隊って何?

「アウトサイダーとは、余所者、という意味の英単語。そして、私も加入に異論はない。隊長の決断を問う」

 隊長って私? そういえばシルフィーアにも言われてたけど。でもみんな、私を見ている、ってことは、そういうこと、なんだよね。

「……もちろん。大歓迎だよ、ライク」