アウトサイダー隊第1話

余所者たちと民を導くお姫様のお話

 観測し得る範囲内で、人類が世界から忽然と姿を消した、「修正の一秒」と呼ばれる事件から、早くも七年が経過しようとしていた。当初は困惑と不安を抱えながら消えた持ち主を探していた、もう一つの意識存在、D-phoneたちも、やがて少しずつ「人のいない」日常に適応し始めた。消えてしまった人類を探す中、D-phoneたちは自らの中に組み込まれたシェア拡大プログラム「D・Aシステム」に導かれるように、移動通信事業者(キャリア)に合わせて身を寄せ合い、その平穏を掴むために戦い始めた。かりそめの平穏の裏で今なお続く、「キャリア戦争」である。


 周囲より少し高くなった丘の上。自然豊かな公園の、ちょうど真ん中あたりに位置する場所だ。子供が駆け上がって遊ぶのにぴったりの、かわいらしい土の山だけど、身長わずか80㎜の私たちにとっては、気合を入れての登山をしなければいけないほどの山だ。そんな山の中腹あたりにいる私たちの頭上から、8月の太陽が照り付ける。手のひらに収まるほどのサイズしかない私たちを頭上からさんさんと照らして、その熱で充電が勢いよく減っていくのを感じる。地面の照り返しも、土の上だからまだマシとはいえ、中のCPUを加熱させるには十分すぎるほどの熱さだった。排熱が追いついておらず、私たちは逃げるように近くの藪の中に飛び込む。

「どう? 敵影は?」

 私は、隣で息をひそめている、まるでロボットアニメの世界から飛び出してきたかのような見た目のD-phoneに声をかけた。背中から左右に、空に向かって伸びたミサイルが、何かを探る探査装置のように微妙な上下運動を繰り返している。

「近くに反応はないが……追い詰められていることに変わりはないな」

 息をひそめて彼女はそう答えた。敵影を探る状況を良いとは言えないけど、どこか余裕そうな笑みをたたえたままだ。ピンチの中にチャンスはある、とか思ってるんだろうな。

「ピンチの中にこそ、チャンスはある」

「まったくゴウライザーらしいね」

 ちょっと笑ってから、私も同じようにレーダーで周囲を探る。ゴウライザー同様、確かに引っかかるような反応は検知できない。とはいえ、私はアプリも展開していなければ、内蔵探知機能もゴウライザーのものより精度が劣るから仕方ない。反応もないし、そもそもデフォルトの探知機能じゃ、地図と比較しないと意味ないんだった。探知機能をオフにすると、背後から、

「それで、どうすんだ? アタシが先行してなんか来たらぶっ飛ばすか?」

「マレット、落ち着いて」

 黄色いボディに黒いラインが入ったD-phone、マレットを軽くなだめる。

「出て行って暴れても、すぐハチの巣にされちゃうよ」

 少しムッとするけど、マレットも同意して、面白くなさそうな顔をしてどかっとその場に座り込んだ。少しでも生存率を高めるために、こうして高地に来たから、わたってはいるようだけれど。

「敵はかなりの手練れだろう。統率の取れた動きと高い攻撃力……小隊単位で最低でも二つか、それ以上……」

「つーか、なんてアタシらを攻撃してきたんだよ。待ち伏せか?」

「良い勘だがマレット、外れだ。我々がここを通ることは、我々自身すら知らなかったことだろう」

「じゃあなんだってんだよ」

「じょ、状況を整理しようよ」

 戦えなくて不機嫌そうなマレットの言葉に割って入り、私たちは考えを巡らせた。問答無用で攻撃を仕掛けてきた、ということは、ここは戦場だ。味方じゃなければ撃つ、そんな場所であることに間違いがない。でも、戦場での定時巡回なら、そんなにたくさんの人員を投入する理由はない。あの逃れられたのが奇跡のような銃撃の嵐を「ただの定時巡回です」と言うには、少し無理があるように思えた。

「我々以外の何者かを、ここで探していたのだ」

「ってことは、ここにはアタシら含めて三勢力ってことかよッ」

「そうなる、ね……もう一つの勢力が、敵じゃないといいんだけど」

 敵は交戦中。相手の規模も正体も、今のところ私たちには不明。でもそれは相手にとっても、私たちの規模がわかっていないということ。近くにいるかもしれない増援を呼ばれないうちに、少数しかいなかった私たちを襲ったはず、だから。

「ピンチの中にこそチャンスはある、だよね」

 ちょっとした賭けだ。でも二人とも、作戦を伝えると、

「面白ぇ。ぶっ飛ばしてやろーぜ」

「シーアが言うのであれば、その作戦でいこう」

 いつだって私の背中を強く押してくれる。


 私たちが今回の荷物運びの依頼を受けたのは、今から数日前のこと。駅の掲示板に出されていた、一つの依頼だった。単純な荷物運び、でも高額依頼。運搬内容物は機械パーツ。本当にただモノを運ぶだけの依頼なら、そもそもこんな高額な報酬を用意して駅の掲示板なんかに依頼しない。輸送専用のD-phoneに頼むのが普通だし、確実だ。そんな怪しさもあってか、少なくとも一週間は誰も手をつけていなかったみたい。私たちは少し悩んだ末に、その報酬額に惹かれて依頼を受けることにした。

 依頼受諾の連絡をしてから数日が経った今日、私たちは依頼主と駅で待ち合わせをした。依頼主のクロムをベースにしたD-phoneからは、代替品のない精密機器、とだけ教えられ、私たちの身長と同じくらいのプラスチックコンテナを渡された。

「内容は危険な爆発物だったり、賊に襲撃されるような珍しいアイテムか?」

 ゴウライザーの問いに、クロム型の依頼主はどちらとも言えない、と答えた。私たちはそれをイエスと捉えて、慎重に扱うことにする。でも、電車を一度乗り換えるとはいえ、乗ってればだいたい1時間くらいで到着するはずなんだ。そう苦労するとも思えなかった。

「楽な任務そうでよかったじゃねーか」

 マレットはそう言って笑ったけど、私は少しばかり不安を感じていた。

「戦えないからってやる気ない、なんて言わないでよね。これを持って運べるの、マレットだけなんだから」

「わーってるよ、心配すんなっ」

 ひょい、とマレットは大きなコンテナを軽々と持ち上げた。正確にはマレットではなく、マレットが操る大きな左手型のアプリを使って、だ。電池の消耗が激しい代わりに、マレットのマニピュレーターアームは頑丈で強力。こうして大きなものを持ち上げて運ぶことにだって苦労しない。

「じゃあ、任務完了したらメッセージ送りますね」

 お礼とともに依頼主は駅を出ていった。私たちは逆に、改札を目指して歩く。人間の足なら改札までものの数歩だけど、私たちが歩くには距離がある。それでも改札を一度通るのは、理由が二つ。一つは、まだ駅が駅としての機能を果たしていて、継続するには少しの収入が必要になるから。もう一つは、

「では、こちら切符と駅構内専用のアプリです」

 駅員さんのD-phoneから、入場券データと、小型のスラスターアプリを受け取った。使い切りだけど、電力と一緒に渡されるこれで、私たちは飛び越えづらい階段やホームと電車の隙間を乗り越えることができるのだ。

 目的地とそこに向かう電車をよく確認しながら、貸してもらったスラスターアプリを使ってホームへ出る。ちょうどやってきた電車にそのまま乗り込んで、そこでやっと私たちは一息ついた。他の乗客の邪魔にならないよう、空いてる座席の上に固まって座る。

「にしても、何が入ってんだろーな」

「マレット、依頼品を雑に扱うなよ」

 掴んだコンテナをぐるぐると回して眺めるマレットをゴウライザーがなだめる。

「でもよー、気にならねーか? あんなに金出してまで運ばせたかったモン……すっげー武器とかじゃねーか?」

「マレットはすぐ戦いに絡めるんだから。ねぇゴウライザー」

「うむ、可変アーマーの試作品や、高出力ビーム砲の一部やもしれんな!」

「もうっ、ゴウライザーまで!」

「ほら、シーアも想像してみろよ! 中身、なんだと思う?」

「えー……」

 そうは言われても、パッと何か出てくるわけじゃない。なんだろう……私としては、交通を楽にするものだといいなぁ。

「つまんねー」

 マレットに呆れられてしまった。いいよ、私は窓の外眺めてるから。省エネルギーかつ高速飛行を実現する可変ウィングだとか、耐水レーザー銃だとか、二人は実にさまざまな想像を膨らませ続けた。


 びゅんびゅんと流れていく景色を見つめて、駅を三つほど過ぎた頃、私たちが乗る電車が不意に停車した。どうしたんだろう、次の駅まではまだあるはずだけど。窓の外にホームはおろか、駅舎も見えず、むしろなんだったら私たちは川にかかる橋の上で停車をしていた。他の乗客も不思議そうに顔を見合わせて、少し心配そうな声で何やら話し合っていた。

「電車、壊れたか?」

「私が直せると良いのだが」

 勝手なことを言う二人をよそに、アナウンスが車内に響いてくる。

『ご乗車のみなさん、すみませんっ。この先、レールの破損により進めません。次の駅は橋を超えて少しなので、降りて歩いていただくことになると思います……この電車は少ししたら来た道を戻りますので、それでも良い方はそのままご乗車ください。それでは、ドア開きます』

 プシュー、と予告通りドアが開く。夏のむあっとした熱気がエアコンの効いた車内に流れ込んできて、一気にCPUの熱量が上昇する。

「どーする?」

「進まなきゃだし、私たちは降りよっか」

 駅で渡されたスラスターを使って、私たちはゆっくりと線路の上に降り立った。レールが壊れてる、ってことは、向こうから電車は来ないだろうし安全だとは思うけど、でもそもそもどうして壊れちゃったんだろう? そんなことを引き起こしそうな地震や台風は、ここのところなかったけれど。

「にしてもついてねーなー」

「あぁ……この暑さだと電池の消耗も激しい。早く室内を目指さねばな」

 私は地図アプリを起動して、位置情報を送信した。すぐに私たちのいる場所が、次の駅まであと1キロという場所にあることを示してくれる。

「このまま橋を降りて、住宅街を通れば駅に着くみたい。思ったより近くて助かったね」

「途中どこかで充電できる場所があればなおのこと助かるな」

 充電できる場所。少し考えながら地図を確認する。道中、少し道を外れるけど、自然公園があるみたいだ。そこなら、公園を管理する施設があって、そこで充電ができるかもしれない。

「じゃあひとまずはその公園目指して、だな」

 私たちの中でおそらく一番充電を消耗しているであろうマレットのためにも、そうしたほうがいい気がする。突っ切れない距離じゃないけど、マレットは朝から充電をしていない。アプリを起動しっぱなしで進むのは、ちょっとした賭けだと思うからね。


 20分くらい歩いて、やっと私たちは橋の中央から出口に到着した。地面に砂利が敷かれてて歩きづらいけど、レールの上は暑くて歩けず、歩みがかなり遅くなってしまったのが原因だ。最初から駅を目指して突っ走らなくてよかったと心底思う。と、そこまで来て、私たちはレールの破損箇所を見ることができた。

「これは……」

「破損というより……」

「まるで戦った跡だな!」

 大規模な戦闘がこの場で行われたことがわかる。砂利は辺りに飛び散り、枕木が砕け、レールが歪んでいる。周辺まで被害が及んだのか、折れた木の枝や落ちてきた葉っぱが散らばっており、交通管理系のD-phoneがせっせと片付けをしている最中だった。

「あの……何があったんですか?」

 私は作業をしていた一人を呼び止めて尋ねてみた。超延長コードで充電したまま動く彼女は作業の手を止め、小さな保冷剤を体に当てながら答えてくれた。

「うん、見てわかる通り、駅の子からレールが荒らされてるって連絡が来てね。それで片付けてるんだ、ヨ」

「だが、公共施設での戦闘行為は禁止されているはずでは?」

 すかさずゴウライザーも聞く。

「うん、禁止はされてるけど、たまにね。激化した戦いがそのまま入ってくることもあるんだ、ヨ」

 私たちは敵対する陣営(キャリア)との戦いをしている。電波的支配圏の拡充と施設の確保を主な目的として。でも、ドラグーンにとってもセンチネル・グローリーにとっても、公共施設の破壊は大きな武器になると同時に多大な不利益になってしまう。そこでこの戦争が始まった初期の頃に結ばれたのが、「公共施設保護及び運営支援協定」、平たく言えば、駅や図書館、スーパーやコンビニ、ショッピングモールに美術館、博物館、発電やゴミ処理や水道の施設は、壊さないし攻撃しないし戦いの場にもしないようにしよう、という取り決めだ。でも、それを無視してでも戦いを続けたということは、相当な争いがあったことの証明だ。

「……で、センチネルとドラグーン、どっちが勝ったんですか?」

「うん、それが、パーツが一つも残ってなくてね…不思議だヨ、ネ」

 これだけ激しい戦いなら、どっちかが壊れててもおかしくないのに、それがないのは確かに不思議な話だった。

「うんー…これはあれか、ナ……噂に聞く、ブラックラビッツというやつか、ナ…」

作業員の口にした聞き慣れない単語に、私たちは顔を見合わせた。

「ブラックラビッツ?」

「うん。噂だけど、ネ、真っ黒いうさぎみたいなD-phoneがいて、それが協定や陣営関係なく、とにかく破壊して回るんだって。恐ろしいヨ、ネ」

「相当危険な存在のようだな……」

「へっ、面白ぇ。アタシとどっちがつえーか、勝負しろってんだ」

「だめだよマレット。これだけの破壊力があるんだし、マレットも無事じゃ済まないかもしれないよ」

「うん、私も戦わない方がいいと思う、ヨ。襲われた子はばらばらのぼろぼろにされて、直せなくなるって言うしねぇ…うン!!?」

 突然、喋っていた作業員の語尾が跳ね上がった。

「たはは、サボってないで働けって怒られちゃった、ヨ。それじゃあねぇ、うん。気をつけて、ネ」

 歩きにくい砂利道の上を、作業員のD-phoneはぱたぱたと走っていく。残された私たちは、とりあえず先に進まなきゃ、と思い出し、またレールを辿って歩き始めた。


 戦闘があったエリア、ということで、私たちの歩みはさらに慎重なものになり、時間もかかってしまった。予定していた公園に入ったのは午後2時になってからで、その頃にはマレットもかなり消耗していることがわかった。電池もそうだけど、CPUを少し冷やさないと熱中症になるかもしれない。水道か公衆トイレがあれば、水を使って体を冷やせるから嬉しいな。そう思って私は、自前のアプリを再物質化(ダウンロード)してホバリングをする。人間の目線の高さに作られた看板は、私たちの身長じゃ読みづらいからね。

「どうだ、シーア!」

「うん、ここから少しいけばトイレがありそう! もしかしたらそこで充電もできるかも!」

 コンセントがまだ生きてれば、だけど。激戦区の公共施設って、たまに動いてないんだよね。維持するD-phoneが敵対勢力にやられてたり、戦闘に駆り出されたりしてると、たまにメンテナンス不足で使えないこともある。ちょっと心配だけど、戦闘跡は今のところあの橋で見かけたやつだけだし、大丈夫だとは思う。あとは攻撃的なD-phoneに奪われてないことを祈るしかないなぁ。

 ゆっくりと着陸しようと、高度を下げていた時だった。私はいきなり射撃されて、アプリのスラスターを片方破壊されてしまった。

「うっわ!?」

 煙を上げながら(煙といっても、アプリにエラーがあるよって人間に知らせるための擬似スモークなんだけど)私は一気に落下する。幸い、頑丈に作られてるからこのくらいの高さなら大丈夫だけど。CPU保護機能が働いて、私の意識は一瞬ブラックアウトする。

「うっぐ……」

「敵襲だ! それもかなりの数……立てシーア、走るぞ!」

 ゴウライザーに腕を引っ張られながら、私は体を起こす。マレットがマニピュレーターの手の甲で私たち三人を守ってくれるおかげで、どうにか今のところのダメージは防いでいるけど、荷物も持ってることだし、早く安全を確保しないと。

「とりあえずこっち!」

 私は地図に記されていた、ある一ヶ所を目指して先を走る。二人も、背後に牽制射撃を撃ち込みながら、私のすぐ後ろに続いて走る。

 戦闘は得意じゃないけど、こういう時のために基本だけはしっかりと叩き込んである。それは、戦いは高いところの方が有利だということ。茂みの中に突っ込み、できる限り相手の視界から自分たちの姿を消しながら私たちは走って、どうにか公園の中央にある小高い丘にやってきた。そこまできた時にはすでに敵の攻撃は止み、私たちは薮の中で息を潜めながら敵影を探ることに専念できた。

「どう? 敵影は」

「レーダーに反応はないが……追い詰められていることに変わりはないな」

 私たちも通信を切っている。きっと相手もそうしてるのか、特別回線を利用しているんだろう。チラリとしか見えなかったけど、確か相手はミレニア型だった。彼女たちはビジネスサポートモデルとして開発されて、企業秘密もやり取りできる限定回線を持っていたはずだ。それを使われていては、私たちのような普通のD-phoneじゃ探知できない。

「ピンチの中にこそチャンスはある、だよね」

 私は二人に、単純な作戦を伝えた。相手は私たち三人しか見てなくて、その実態をまだ把握できてないはず。加えて、相手はまだ私たちが第三勢力だということを知らない可能性が高い。だったら、まるで私たちが同程度の戦力を持っているかのように錯覚させればいい。藪の中に身を隠しながら、多方向から同時に攻撃を仕掛ける。多少なら遠隔操作できるアプリをいくつか使って、多角的な攻撃をする。そうすることで、少なくとも相手の戦力を無駄に分散させることが可能になる。はず。分散させたら、そのまま私たちは後退。相手はすぐ仕掛けに気付くだろうけど、その時には私たちは公園を脱出している……というものだ。

 今、大事なのはマレットの荷物。そこで、一度荷物は丘に生えた木の上に隠しておくことにした。強風が吹かなきゃ落ちてくることはないだろうし、台風の予定は今のところないからね。身軽に素早く動く方が大事だし……依頼主には後で事情を説明するメールを送るしかない。

 私とゴウライザーは武器の仕掛けをするために、アプリを再物質化(ダウンロード)して藪の中にしっかりと固定する。

マレットは木の上に荷物を隠して、私たちのとこまで誘導する役目だ。

「相手を見たら突っ込まずに、ちゃんと誘ってきてくれるかなぁ」

「なんだかんだ言うが、マレットは任された仕事はする奴だ。心配するな」

 わかってはいるんだけどね。射撃の反動で銃身が揺れて明後日の方向を撃たないよう、しっかりと結びつける。細いツタや雑草を使って固定し、揺らしてもずれていかないことを確認して、と。よし。

『二人とも聞こえてっか! 今そっち行くぞー!』

 前置きなしにマレットから大音量の通信が入る。走って風を切る音と一緒に、遠くから銃撃音も聞こえてくる。どうやらうまくやったみたいだ。

「シーアはここに!」

 ゴウライザーが私から離れた場所に位置取るために走る。私もその場からしっかりと狙いを定めて、マレットが走ってくるであろう方向に狙いをつけた。そうして数分もした頃、マレットがわき目もふらずに一生懸命走ってくるのを確認して、私は数発射撃をお見舞いしてやった。そうすると思った通り、いきなり正面から撃たれた相手は追いかけるのを止め、慌てて防御姿勢をとり、反撃してくる。でも残念だったね、そっちには誰もいない。

「二人とも、ゆっくり退却するよ」

 通信を入れると私は断続的な射撃を繰り返しながら、静かに後退していく。こちらの攻撃が止むと相手の攻撃、相手がおそらく放熱しているであろう隙を見てこちらも銃撃を叩き込む。そうした応酬をしながら、私とゴウライザーはほとんど同時に藪から抜けて、太陽照り付ける土の上に出た。

『二人とも、電池は大丈夫か? こちらは50%を切った!』

『30%切ってるぜ!』

「あと40%くらい!」

 みんな動けるけど余裕はない……早く充電できる場所を探さないと、途中で倒れるかもしれない。仕掛けがバレるまでどれくらいの猶予があるかわからないけど、私は銃のアプリを引っ込めて、一目散に走り出した。

 はずだった。

 大きな音と衝撃が背後から同時に襲ってきて、気付けば私の体は宙を一回転して、背中から地面に着地していた。私の名前を叫びながらゴウライザーが駆け寄ってくるけど、すぐに爆音が轟く。きっとミサイルを発射したんだな、と思う。でも、こんな至近距離に私がいるのに?

「立て、逃げるぞ!」

 巻き起こった土煙の中、私が体を起こしていると、マレットの声に腕を引かれて無理やり走らされる。敵の攻撃が着弾したのかな。ちらりと見た程度だけど、そんなに大きな砲台は持ってなかった気がする。ミレニア型だし、いくつか組み合わせてきた可能性は否めないけど、それにしてもアプリを組み合わせるのってそんなに早くできるものだっけ。

「伏せろ!」

 マレットの声と同時に私は地面に膝をつく。わずか一秒前まで私の頭があった場所を、何かが通り抜けていった。土煙もその一凪で吹き飛ばされ、視界がクリアになる。カメラアイのレンズについた汚れを落とすために数度まばたきをしてから、私は背後を振り返った。

 そこに立っていたのは、1人のD-phoneだった。大きな黒いツノに青い鎧スカート、褐色の肌が涼しげに私たちを見下ろし、その手には一振りの巨大な剣、20センチはあるんじゃないだろうか、質量で叩き潰すような大きさの剣が握られていた。

 人類の伝承によれば、願いを叶える代わりに、魂を奪っていく、圧倒的な力と恐怖を持った、魔術を使ってそそのかしてくる存在がいたらしい。写真なんかのデータは残ってないんだけれど、絵や物語に数多く登場するそれを、人々は「悪魔」と呼んだ。ツノやしっぽ、コウモリのような羽が生えてたりする、地獄の住人らしい。私のCPUは、それと目の前に立つ彼女を、不思議とリンクさせていた。

 動いたら、命を取られる。そう思わせるには十分すぎるほどの存在感を彼女は放っていた。当然、先に動いたのは彼女の方だ。だけどその動きは私の予想を裏切るものだった。いきなり振り返り、その場から横に一歩飛び退く。直後、私たちの目の前に、エネルギーの刃が振り降ろされた。ゴウライザーの必殺技だ。

「走れ!」

 ゴウライザーは大型ビームソードを引っ込め、体に巡る装備を素早く組み替えていく。ジェット推進を得てより身軽な動きが可能になった、ビーストモードへと変形すると、私とマレットを後ろから一気に追い抜いて公園の外へと向かっていった。

「マレットも、急いで!」

「わかってら!」

 三人の中で一番足が遅いマレットは、走りながらマニピュレーターを出現させ、その上に飛び乗った。頑丈で大きな左手は、マレット一人くらいなら軽々と乗せて飛ぶことができる。私も、と思ったけど、マレットの動きを阻害するわけにはいかない。自前のアプリを展開させて、一目散に空へと逃げる。追手に見つかるかもしれないけれど、この際そんなこと気にしていられない。少しでも高度を取らないと、ツノの生えたD-phoneの使う大剣の一撃に襲われて、また地面に叩きつけられてしまう。

 でも、相手は不思議と追いかけてはこなかった。私が十分な距離を取ってから振り返ってみると、彼女は私たちの逃げた方向を見つめているだけだった。銃撃してきたミレニア部隊が、彼女の背後にやっと追いついたのを見つける。銃口を向けてきたけど、やめておけ、と隊長らしきD-phoneが片手で制していた。


 公園を出てから少し行った住宅街の十字路で、私たちは無事合流した。そこまで一生懸命飛んだり走ったりしたせいで、みんな充電はかなり減っていたし、当初想定していた経路からも大きく外れてしまった。任務を遂行するにも、荷物を取りに戻らなきゃいけないし、でも今戻ったらあの集団に攻撃されてしまう。早い話、充電が必要だった。それもできる限り早く。

「シーア、マレット、すまない……そろそろ30%を切りそうだ」

 午後になってもまだ熱気がひどいアスファルトの道を歩く私の背後から、ゴウライザーが珍しく弱々しい声をかけてきた。威力の高い光学系の一発を撃ったものね。そりゃあそうなるのも必然だ。

「へっ、どうしたゴウライザー……アタシなんて20%切ってるぜ……」

 へろへろの口調でマレットが煽る。私もあと33%……私たちD-phoneは、充電が30%を切ると、アプリを終了して節電せよ、という警告が出るようになっている。これは本来の仕事である人間のサポートをするために、無用なアプリを閉じて可能な限り電力消費を抑えるための警告プログラムの名残だ。人間が消えてから色々な機能がオミットされてきたけど、この機能に関してはまだ消えずに残り続けている。

「モバイルバッテリー持ってくりゃよかったぜ」

「仕方ないよ、こんなことになるとは思わなかったもの」

 仮拠点に置いてきたモバイルバッテリー。あれがあればあと半日は大丈夫だっただろうけど、そもそも行って渡して帰るだけの、長くて3時間くらいの任務だったから、そんな用意はしてなかった。油断大敵ってやつだ、と私は深く反省する。

 とにかく拠点を探さなきゃ、と私は焦る気持ちで歩を進める。行き倒れはD-phoneの破損原因第3位で、高所からの落下と水没に次いで多くなっている。油断してると充電はすぐになくなっちゃう。

「そこを行く者、止まれ! そして名を名乗れ!」

 突如として私たちに向かって大きな声がかけられた。驚いた私は足を止め、マレットとゴウライザーも同じようにぴたりと停止した。

「名乗れ!」

「わ、私はシーア。こっちがマレットで、こっちはゴウライザー」

「どのような者かは存じ上げないが、その剣先を引いてはくれないか。我らの猛犬が今にも飛びかかりそうなのだ」

「てめー! 喧嘩売るってんなら負けねーぞ!」

 今にも噛み付かん勢いのマレットをゴウライザーが必死で留めている。引き止めるために掴んでいたマレットの左手を手繰り寄せ、一瞬で羽交い締めにした。

「ちきしょー! 離せゴウライザー!」

「あ、あの、ほんとに敵意はないんだ」

 驚くほど説得力はないだろうけど、私はとりあえずそう言ってみた。相手の子…銀髪で、青と白の綺麗なシルフィー型のD-phoneは、私をまじまじと観察すると、じっと私の瞳を見つめてきた。

「……貴殿がこの隊の隊長か?」

「隊長……ま、まぁ、そうだよ」

「ふむ……同胞の言葉となれば、信じるに値しよう。だが、完全に許したわけではない。特にその者」

 当然だよね。彼女はマレットを剣先で示して続けた。

「ドラグーンであろう? 何故ドラグーンとセンチネルが共に肩を並べる?」

「私たち、キャリア戦争にあまり加担してないんだ。観測者としての任務と、それを達成するための日々の暮らしの方が重要で」

「野良か」

 ま、まぁそうだけど。野良って……猫じゃないんだから。

「……まぁ良い。ではシーアよ、ついてこい。もし貴殿らが同胞であれば、歓迎せねばならない。敵ならば、戦わぬうちに捕虜としよう」

 私はゴウライザーと顔を見合わせた。でも、私たちはどちらも同じ意見みたいだ。充電できれば、今はどこでもいい。

「おらー! アタシと戦えー! ぶっ飛ばしてやるー!」

 マレットだけは、我が道を征くって感じだけど。


 白と青のシルフィー型D-phone、シルフィーアに案内されたのは、この町にある民家の一つだった。私たちの目指す駅から、私たちの足でだいたい40分くらいの場所にあるアパートの一室だった。

「少し待っていろ」

 ドア横の窓に飛び乗ると、シルフィーアは窓を3回ノックする。2回のノックが返ってきて、再度シルフィーアは3回、4回、3回とリズムよくノックをする。

「入って良いぞ」

 私たちの前にあるドアがゆっくりと、まるで城門のように開く。中は1LDKの間取りで、さっき叩いていた窓はベッドルームに該当する部分のようだった。私たちはリビングに続く廊下を歩いていく。

「お帰りなさいませ、シルフィーア姫!」「無事で何よりです、シルフィーア姫!」「姫さま、そちらの方は?」「姫、充電器です」

「あぁ、大丈夫だ。とにかく通してくれ。それから、三人は来賓だ。充電を。だが、刃は常に忍ばせておけ」

 部屋に入った瞬間から、わーっと囲まれたシルフィーアを、私たちは少し唖然としながら後ろをついて歩いた。どこか高貴な物言いをするなって思ってはいたけど、まさか本当にお姫様だったとは。

「貴族気取りかよ」

「あの様子を見るに、彼女たちにとってシルフィーアは真に姫君なのであろう」

「イワシの頭」

「そう言うなマレット。恩人だろう」

「喧嘩吹っかけてきた恩人がなんだってんだ」

 二人が喧嘩しないでよ。そう思いながら、リビングの片隅にあるコンセントのソケットに案内された。トリプルタップが接続されて、私たち三人が同時に充電ができるようになっていた。お礼を言ってから、ソケットにコードを接続して充電を開始……うぅぁ、生き返る……。空っぽの水槽に水を足していくように、ゆっくりと中身が満たされていく感覚。そうやって壁にもたれかかって座っていると、

「こんにちは」

 私の隣に、一人のD-phoneが腰を下ろして声をかけてきた。見た目は……不思議な感じ。クロムをベースにしてるんだけど、そのパーツの一部にはシルフィーのものが含まれている。クロム型はシルフィー型と違って、パーツ強度が高いから、わざわざ外装を変更したのかな。それにしても、一部だけっていうのも不思議だけど。

「あ、ごめんなさいね。私はレフィ。こっちはエル」

「こっ、こんにちは……シーアです」

「あは、そんな顔しないでも大丈夫よ」

 どうやら表情に出ちゃっていたみたい。でも、驚いちゃったんだもん。この子、レフィは、別な子……それも親しい子のパーツを使って、足りない部分を補っているんだ。

「気になるでしょ」

「えっ、い、いやそんなことは」

 しどろもどろな答えに、レフィはくすくす笑った。

「いいのよ、気にしないで。私もエルも、お互いが承知の上なんだし」

「そ、そうなんだ」

「私たちはね、姫さま……シルフィーア姫さまに導かれてね、ここまで来たのよ」

 レフィの視線が、部屋の反対側で何やら話し合いをしているシルフィーアに向けられた。その視線がどこか寂しげというか、哀愁がある雰囲気で、私もつい追いかけてしまう。

「姫さまは、私たちの理想郷があるって信じて、歩き続けているの」

「理想郷? っていうと、センチネルの管轄ってこと?」

 ううん、とレフィは首を横に振る。

「センチネル管轄のエリアって、安全が確保されてるとはいえ、いつ戦いが始まるかわからないでしょう?」

 確かにその通りだ。敵対するドラグーンの陣営が、ある日突然攻撃を仕掛けてくるかもしれない。街を一つ奪い取るのは難しいけれど、管理された街をそのまま奪えれば、シェアの拡大は確実なものになる。事実、それを求めて、全国各地至る所で今なお小競り合いが続いている。

「姫さまが言うには、理想郷には絶対に戦いの火種が持ち込まれない、危険に晒されることのない場所なんだそうよ」

 私は耳を疑った。そんな場所、果たして存在するのだろうか? あるとしたら、それはキャリア戦争の終わりを意味するんじゃないだろうか。

「私とエルもね、あんまり戦うのが上手じゃないけど、ある日突然戦いに巻き込まれちゃって……壊れかけてた、っていうか、私は壊れちゃったんだけどね。関節も壊れちゃったし、スピーカーも破損して……CPUだけが動いてるような状態だったの」

 レフィの話に、私は静かに耳を傾けた。

「ほんの数メートル先で爆発が起こる日々を、どれくらいか過ごしてたら……姫さまが来てくれたの。電池がなくなるのを待つだけの私たちをゆっくりと起こしてくれて。それで、エルと何か話してたわ。私はスピーカーが壊れちゃったから、仕方ないんだけど。気づいたら、私はこうなってた」

 そっと自分の右半身をさするレフィ。よく見れば、外装に細かい傷がたくさんついている。

「でも、悲しくはないわ。こうしてエルは一緒にいてくれるし、姫さまは私たちに目標をくれた。観測者としての活動ができなくなった私たちにも、ちゃんと目指すべきものを与えてくれたから……一緒についていくことにしたの」

「それが、理想郷」

「えぇ。あなたたちのように、きちんと目標のある子にはわからないのかもだけれど」

 私は少し黙ってしまった。うまく返事ができない。レフィの言う通り、私には彼女たちの”理想郷”を、概念としては理解できてても、感覚では納得できずにいた。それでもどうにか、一言だけ言葉を紡ぐ。

「……見つかるといいね、理想郷」

「姫さまと一緒だもの。きっと見つかるわ」

 少し悲しげに、レフィは微笑んだ。


体力の回復した私たちは、シルフィーアに現状を相談された。どうやら、シルフィーアの旅団……60人ほどのメンバーは、ここで脚止めを食らっている様子だった。駅の方向に進みたいけれど、駅までの道はドラグーンの一団が封鎖していて、迂回して行くルートでは安全な充電が確保できない上、戦えないメンバーを連れての行進はかなりの事前準備が必要のようだ。その辺はわかるし、その準備をするため方々に出向きたくても、やっぱりドラグーンの一団に通せんぼを受けて通れない、という状態らしい。聞けば聞くほど、かなり手詰まりって感じだ。

「ここでドラグーン側の撤退を待つことはできないのか?」

「我々も同じ心持ちで、この地にはすでにひと月滞在している。助けを求めて道を戻ることもできるが……我々が来た頃から、何やらあちら側も戦いが激化しており、引き返すのも難しい状況なのだ」

 そういえば、とここに来るまでにあった戦いの跡を思い出した。あの路線の壊され方、尋常な力じゃなかったもんね。

「貴殿らも行く先は同じなのだろう? 我々には戦力が足りぬ……力を貸してはもらえぬだろうか」

 シルフィーアの言葉は高貴で丁寧だったけど、それには拒否させてくれない力強さもあった。もちろん、私たちは充電させてもらった恩義もある。けれど、それ以上に私が心配したのは、マレットの存在だった。1人だけ敵対するドラグーンに所属するD-phoneで、それでも充電させてくれたのは、信頼を与えると同時に、3人なら相手にできる戦力はあるんだぞ、という警告でもあるように感じた。

 事実、D-phone同士の戦闘は、個人の技量ももちろんだけど、それ以上に物量が重要になってくる。例えば、相手が電波を遮断するトンネルなんかに逃げ込んだ時。アプリを再物質化できなくなるので、基本的に質量、つまり、拳の数が重要になってくる。私たちは大きな力を持っているけど、それを発揮できない場所ではみんなが対等なのだ。

「シーア、どうする?」

「断る理由もないし、協力するよ。私たちもそっちに用があるんだしね」

「お前ならそう言ってくれると思っていたぞ、シーア」

 シルフィーアが初めてほっとした表情を見せた。やっぱり警戒されてたんだろうなぁ。そして、きっとまだ完全に信頼されたわけじゃないんだろうな。

「して、作戦だが……」

「ひっ、姫さま!」

 突如、慌てた声で轟雷型(脚は外装を失って素体がむき出しだった)のD-phoneが会話に飛び込んできた。

「どうした?」

「敵襲です!」

「何だと!?」

 あわあわする轟雷型の連絡員の話によると、ベッドルーム側のガラスが破られた、とのことだった。最初に合言葉を伝えていた部屋だ。

「どうやってここを!? 全員通信は遮断……」

 そこまで言って、はっとした様子でシルフィーアは私たちを見た。憎しみのような表情を一瞬見せてから、すぐに違う、と首を振って自分を律する。

「違う、貴殿らのせいではない。きちんと伝えなかった我が過ちだ……!」

「え、えっと」

 シルフィーアはすぐに、なんて声をかけてやればいいかわからずにいた私に向き直り、

「走りながら説明する!だが、今は敵を突破させるわけにはいかない! 少々手荒だがその信頼を実力で示せ!」

 ベッドルームに向かって飛び出したシルフィーアのあとを、私たちはすぐに追いかける。マレットはマニピュレーターを再物質化し、ゴウライザーはミサイルを装填する。私も銃と刀を手にとった。

「我々が最前線でここまで安定していたのは、私を含めすべての個体が通信をしていなかったからなのだ!」

 オフラインモードになれば、確かに敵にも味方にも発見されなくなる。その代わり、アプリの再物質化やD・Aシステムからの定期連絡などが受け取れなくなるので、長期間なんてやらないのが普通だ。だけど、そういえばシルフィーアは出会った時も塀の上を歩いていたし、ドアを開けるのも合言葉だったし、さっきの轟雷型の伝令も口頭だった。シルフィーアが持っているものも、着ているマントと手にした剣くらいで、おそらくアプリではなく実体なんだと思う。

「じゃあ見つかったのはアタシらのせいってかよ!」

「噛みつくなドラグーン! 貴殿が発見の要因となったのは間違いないが、我が不注意の招いたことだ! 怒りは敵に向けろ! それができるのならば、な!」

「アタシを甘く見るんじゃねェ! 誰だろーとブッ叩いていいってんなら、そーするってぇの!」

「言葉だけでなく、身をもって証明してみせよ!」

 ベッドルームのドアの前に立つ。レバータイプのドアノブに紐が結ばれており、床からでも数体のD-phoneが引っ張って開けることができるようになっていた。

「扉開け!」

 待機していたドア開けチームがゆっくりとドアを引き、わずかな隙間を作る。シルフィーアが臆さず飛び込み、抜け駆けすんな、とマレットが直後に続いた。私もその後に通り抜けたけど、ゴウライザーが通れる幅になるにはもう少しかかりそうだった。でも、余裕はないらしいので戦いに参加していく。背後でゴウライザーがすぐに追いつくって叫んでるし、私も先を急いだ。

 ベッドルームは私たちには大きいけど、人間が住むにはそんなに大きな部屋ではない。壁際に置かれたベッド、背の低い本棚が一つ、机と椅子が窓に面していて、その窓の端が見事に割られており、机の上で何やら激戦が繰り広げられている様子だった。

「くっ……」

 オフラインモードから切り替えても登るのには少し時間がかかるらしく、シルフィーアは少し迷っていた。

「乗れ!」

 そんなシルフィーアに向かって、マレットが叫ぶ。マニピュレーターの上に立ち、シルフィーアを誘うように片手を差し出していた。シルフィーアは少し迷ってたみたいだけど、

「……恩に着る!」

 マレットの手を取って、そのまま引っ張り上げてもらっていた。二人が素早く上昇していくのを横に、私もジェットパックのアプリを再物質化して机に飛び乗る。

「がァ!」

「うわぁ!」

 D-phoneが2体、机から吹っ飛ばされて床に落ちていく。この高さなら壊れることはないだろうけど、かなり痛いし、立て直すにもちょっと時間がかかってしまう。

「退けお前たち!」

 シルフィーアが叫ぶと、侵入者と取っ組み合いをしていたD-phone数体がさっと道を開ける。

「我が城に立ち入ろうとする悪しき竜め!」

 緑に輝く剣を振る、その切っ先はしかし空を凪いだ。侵入者がたやすくシルフィーアの攻撃を避け、巨大な剣を振り被ったのだ。

「姫さま、危険です!」

「大振りな攻撃など、当たるものか!」

 無言のうちに攻撃を仕掛けてくる相手の一振りを、シルフィーアはジャンプで回避した。アプリなしでの飛距離とは思えないほど、高く。

「元来た場所へと帰れ!」

 そのまま急降下攻撃。相手は身軽にぴょんと後ろに飛びずさった。あの重たそうな剣を持ったままなのに、すごい。

「……さっきの仕返しとしてやらぁ!」

 マレットがどこか嬉しそうに突っ込んでいく。私にはその理由がわかる。そうだよね、マレットは戦えれば嬉しいし、加えてそれが辛酸を舐めさせられた相手なら尚更だよね。

「ツノ付きィ!」

 相手は先ほど公園で戦った、ツノ付きの青いD-phone。強敵を相手に撤退をするしかなくて、きっとマレット的にはすごくモヤモヤしていたんだろうと思う。今度は撤退はない。一度逃げ出した相手に正面から思いっきりぶつかれる、それがマレットには嬉しいんだろうなぁ。

 マレットのマニピュレーターがひゅんひゅんと猛スピードで飛び回り、相手のツノ付きを翻弄する。ツノ付きは大剣でそれを振り払おうとするけど、本気でぶつかればどちらかが弾き飛ばされる。そしてマレットはアプリだけを飛ばしているけれど、自分が受け止めれば剣ごと体が持っていかれるかもしれない。そう思うと、強く出れないんだろう。

「おラぁ!」

「っ……!」

 結果、ツノ付きは剣を構えてマレットの拳を受け流すことが精一杯のようだった。私も加勢したいけど、あの戦いの中に飛び込んでいったら被害受けちゃうだろうし、逆に邪魔かな、と思ってしまう。シルフィーアも飛び込むタイミングを伺っているみたいだった。

「おら!」

 しびれを切らしてきたのか、マレットの攻撃が段々と雑になり始め、ついに一撃が回避された。受け流すのではなく、完全に避けられた。その隙をついて、ツノ付きがとびかかる。だけどマレットもすぐに立て直し、ツノ付きの背後から攻撃を仕掛ける。私も今がチャンスと銃を構えて、撃った。

「ッ」

 ツノ付きは次の瞬間、剣をマレットの目の前で突き立て、その反動で高く飛び上がった。ちょうど棒高跳びみたいな感じだ。私の銃弾は立てられた剣に当たってはじけた。

「っどぉ!?」

 驚いた声を出すマレットに、ツノ付きは直上からキックを落とす……そのはずだったけど。

 爆発。

 落下するちょうどその最中に、いきなり爆発に襲われ、壁に叩きつけられた。机に登ってきたゴウライザーのミサイルが、避けられない状態でヒットしたのだ。

「ぐ……」

 だけどさすがは鎧を着てるだけある、直撃したのにまだ立ち上がろうとしていた。でもCPUの保護機能が働いて、一瞬思考が止まったに違いない。その瞬間を、マレットは見逃さなかった。

「寝てろォ!」

 相手が手放した大剣をマニピュレーターで握り、振り降ろしたのだ。慌ててアプリを解除して、大剣を空中に消失させた。マレットの拳だけが机に振り降ろされる。でも切ったアプリをもう一回起動するまで、わずかな隙が生まれる。

「捕らえろ!」

 遠巻きに機をうかがっていたシルフィーアたちが紐を使ってツノ付きを捕縛するためには、十分な時間だった。


「通信を切れ。それとも、その身を開き、我々が切ってやろうか」

 シルフィーアの脅しに、ツノ付き、ドロッセルは素直に従い、通信をオフにした。ドロッセルと同じドラグーンということで、マレットがドラグーン回線を探知する。同じキャリアのD-phoneを見つける、最も手っ取り早い方法だ。

「確かに切れてるな、反応がないぜ」

「では知っていることを話せ。なぜ貴様らは駅までの道を封鎖する」

「知らない」

「戦争の影響であろう。作戦の主目的はなんだ」

「知らない」

「そのようなことがあるものか。貴様の部隊長は何も教えぬのか」

「いない」

「あのような統率の取れた動きを見せておきながら、いないわけがなかろう!」

「知らない」

「貴様……!」

 あわわ……ドロッセルが全然答えてくれないから、私がシルフィーアに変わって質問をしてみることにした。怒って剣を引き抜こうとするシルフィーアをゴウライザーが止めているのを横目に、私は縛られたドロッセルに視線を合わせるようにしゃがむ。

「えっと、ドロッセル、だよね? どうやってここに来……ううん、どうやってここを見つけたの?」

「センチネルの電波を辿った」

 おぉ、やっぱり答えてくれる。ということは……!

「ドロッセルと一緒に戦ってるドラグーンのD-phone……の中で、ドロッセルさんに命令をくれるのは誰?」

「隊長、と呼ばれる個体」

「こやつ、なぜシーアには答える!?」

「聞かれたから」

「貴様!」

 どうどう。ゴウライザーになだめられるシルフィーアに、私は順を追って解説した。シルフィーアはドロッセルに、「貴殿の部隊の隊長」って聞いたよね? あれはきっと、ドロッセルは部隊に所属してなくて、直接的な隊長に当たる人がいない、っていう答えだと思うんだ。そうすると、作戦目的を知らないのも、ドロッセルがスタンドアローンだから、っていう理由で説明がつくでしょ。ここに1人で来たのも、きっとそのせい。最悪ドロッセルが失敗しても、相手は「私たちは隠れ場所がバレたと思って移動を始める」と想定するでしょう。町中にD-phoneを配置しておけば、誰かが発見できる……それが今回の作戦だと思う。

 私の解説を聞いて、落ち着きを取り戻したシルフィーアは、なるほど、と1人考え込んでしまった。だから、聞き方をちょっと工夫すればドロッセルもきちんと知りたいことを教えてくれると思う。素直な子みたいだから。素直すぎるのかもしれないけれど。

「ねぇドロッセル、あなたと一緒に戦ってる、ドラグーンの部隊……全部でどれくらいいるの?」

「131機」

「ひゃ……!?」

 こちらの倍以上だった。そりゃあ包囲網を突破できないわけだ。

「じゃあ、パトロールや巡回の時間とかコースとかわかる?」

「知らない」

 これは知らないか。

「この後の作戦の動きとか、わかる? ドロッセル自身は、どう動く予定だった?」

「この後の作戦内容は教えられていない。私は、ここを制圧し、動く個体に姉の行方を聞くつもりでいた」

「お姉さんがいるの?」

「そうらしい」

 そうらしい、って……曖昧な答えだなぁ。

「名前は、アルエット」

 聞いたことないなぁ。マレットもゴウライザーも、シルフィーアも首を横に振る。

「そうか。ここには来ていない、それを知れただけでも収穫だ」

 それだけ言うと、ドロッセルは少し充電がしたい、とシルフィーアに申し出た。答えを出すのに少し渋っていたけど、マレットとゴウライザーの監視付きでなら、と承諾した。

「任されよう」

「むしろ暴れろよ。さっきの続きしようぜ」

 私もついて行こうとしたけど、シルフィーアの手が私の手首を掴んだ。

「シーアは我と共に。今後の作戦に知恵を貸してもらえぬだろうか」

 もちろん、私でよければ。


 数時間、シルフィーアと充電を挟みながら立てた作戦は、こんな感じだった。

 作戦の最初は、駅の近くに展開。そこまでの道は、あえて大通りを使う。見通しの良い空間を突っ切るのは発見されるリスクが高いけれど、広い空間であるために、攻撃を仕掛けられたら逃げやすいし、逃げたら相手の戦力も分散させられる。狭い道で挟まれるより、状況に応じて対策がしやすいというわけだ。それに、逆に発見されなければ、最短ルートを通ることができ、電力不足の心配も少ない。

 駅に着いたら、そのまま突入するのではなく、待ち構えているであろう敵部隊と対峙。全員を三チームに分けて、まずは正面に意識を向けさせる。戦闘が始まって少しした段階で左右に分けたチームが攻撃に参加。これで相手が防戦に回り、こちらは多角的に攻撃して広く薄く展開したところを三チームが合流、一点突破して駅の中に突っ込む。私が昼間にとった囮作戦を今度はさらに大きな規模で行おう、ということだ。

 駅の中に突入すれば、あとは公共施設保護及び運営支援協定が私たちを守ってくれる。相手がルールを守るのであれば、の話だけど。どちらにせよ、駅の中は広く隠れる場所も多いから、奇襲作戦も取りやすくなるはず。

 作戦決行は夜。最終列車が時刻表通りなら23時32分なので、それに飛び乗ることを目的としている。乗れなくても、駅内ならば多少は戦える。そうなると、出発は22時ごろと決定した。

 一つだけ、と私はわがままを通してもらうことにした。

「どうした、なんでも言ってくれ」

「私たち、公園に荷物を置いてきちゃったんだ。それを回収しないといけないから」

「ふむ……」

 シルフィーアは少し考えてから、

「スレイプニル!」

「はいはい、呼びましたか姫さま」

 ものすごい勢いで部屋の反対側から走ってきたのは、四つ足の、馬のような姿をしたシルフィー型のD-phone。黄色と緑のカラーリングが逆になっているのに目が惹かれる。

「貴殿には十分に充電をしてもらい、一人のD-phoneを運んでもらう。場所は公園、時間は21時半だ。いけるか」

「もちろんですとも! 姫さまの頼みとあればなんだってできますよ。で、誰を? この子ですか? 私の足かなり早いんでしっかり掴まってないと振り落としちゃうかもしれないですけど」

「私じゃなくて、マレットをお願いしたいんだけど、大丈夫?」

「任せてくださいよぉ! マレットちゃんですね、じゃあ準備してきます。時間になったら玄関で! くれぐれも遅れないでくださいね! 早く来る分にはOKですよ! 私多分勝手に待ってるんで!」

 それだけ言うと、スレイプニルは現れた時と同じように、ばびゅん、と走っていってしまった。あのスピードでマレットを運べば、確かに公園までの道のりも時間短縮できそうだ。あ、でもマレットには戦闘がある予定だって言わないほうが良さそうだなぁ。言ったら、戦わせろーって騒ぎそう。

「……戦力といえば、ドロッセルは参加させないの?」

「捕虜を戦わせるわけにはいかない。たとえ大きな戦力であったとしても、彼女がいつ裏切るかもわからぬ以上、迂闊に自由は与えられん」

 それもそうか。少し残念だけど…。

「ここに捨て置くことにするつもりだが……よもやシーア、連れ歩こうなどと言うのではないだろうな?」

 シルフィーアが私をじろっと睨む。だ、だってもうドロッセルは戦意喪失というか、戦う意思なんて全然見せてないし。それに、縛りつけたままここに放っておくのも、可哀想というかなんというか。せめて駅まで連れて行ってあげたいな。

「あれが我々を油断させる作戦ではないと貴殿はどうして言い切れるのだ!」

「ならば、その時が来たら、私がトドメを刺そう」

 いつの間にか現れたゴウライザーがシルフィーアに提言する。もう充電はいいの? と尋ねると、ゴウライザーは笑顔で、

「あぁ、すでにたっぷりだ。睡眠も取れたし、この分なら明日の朝まで問題なく動けるぞ」

「ゴウライザーよ、貴殿の働きぶりは買うが、その判断を下す根拠はなんだ?」

「正義の味方とは、常にあらゆる人を助けると同時に、時に非情にならねばならぬ場面もあるものだ。私には、その両方の覚悟がある」

 ふむ、とシルフィーアは少し納得していない様子だったけれど、そこまで言うのであれば、とゴウライザーの真剣な眼差しに納得したようだった。

「では、好きにするがいい。だが、我が民が傷ついたりしたら、その時は貴殿らをも壊す。我は、守るべきものとそうでないものを区別しているのでな」

 とにかく作戦は22時に開始。確認するようにシルフィーアが言い、私とゴウライザーはマレットに作戦を伝えるべく、その場を後にした。


 意外と、というか、やっぱり、というか、拘束を解いてもドロッセルは抵抗の一つもしなかった。それどころか、せっかくぐるぐるに巻き付けられた凧糸を解いてあげたというのに、座ったまま動こうとすらしなかった。ここまで無抵抗だと、私も逆に疑っちゃうよ。

「で、どんな作戦で行くんだ?」

 わくわく顔のマレットに、公園に行って荷物を取ってきてね、と告げると、一気にその笑顔が曇ってしまった。予想はしてたけどね。

「で、ゴウライザーは前線戦闘。高い火力を使って撹乱が主目的で、何人かD-phoneをつけるから、その子たちを守りつつ、必要になったら充電を分けてもらえって」

「心得た。この命に代えてでも守り抜こう」

「なんでアタシが使いっ走りの雑用なんだよ!」

「だって、あの木の上にぴゅーっと荷物を取りに行けるの、マレットだけだし」

 昂って立ち上がったマレットだったけど、その一言でそれもそうか、と大人しく座り込んだ。案外聞き分けがいい。

「私は」

 そこで初めてドロッセルが口を開いた。

「私は、何をしたら良い?」

 え? 協力してくれるの? だって、私たちに協力するっていうことは、仲間のD-phoneに攻撃しなきゃいけない、ってことだよ?

「わかっている。だが、元より一時的な協力関係である以上、任務を遂行しその先の指示がないため、契約は解消されたと推測できる」

 なるほど……向こうとしては、ドロッセルが生きてようが壊れてようがどちらでもいい、って感じなんだ。ちょっと可哀想に思えてきた。

「では、私と一緒に来るといい、ドロッセル」

「心得た」

 ゴウライザーの言葉に頷くドロッセル。

「そう心配そうな顔をするな、シーア。シルフィーアも、ドロッセルは私に任すと言っていただろう」

 確かに、そんな感じのことを言ってたけど。じゃあ、それでいい、のかな? 今回の作戦はその場での個人判断も必要になってくるし、その範疇だと思おう。

「充電はもう大丈夫、ドロッセル?」

「問題ない」

 ドロッセルは感情の読めない瞳で私を見つめてきて、そう言った。うん、大丈夫そう。損傷もなさそうだし、じゃああとは出発の時間まで休んでてもらうしかないかな。

「なぁシーア、アタシはさっさと荷物取ってくりゃ戦えるんだよな?」

 あ、うん、そうだと思うけど。でもそうするなら、荷物はさっさと駅の中に運び込んでね。

「っしゃ! やる気出てきたぜ! こうなりゃさっさと変なおつかいを終わらせるっきゃねーな!」

 いや、その変なおつかいが私たちの当初の任務なんだけど。大丈夫かな……。


 スレイプニルの背に乗って、マレットが拠点を出たのが1時間ほど前。私たちは今、夜の闇に包まれた街を、駅に向かって進軍していた。

 大人数で移動すればすぐ見つかってしまうから、全員を5つのチームに分けて、時間をずらして出発することにした。地図を広げて現在地を確認しながら進む各チームのリーダーと、それをサポートするサブリーダー、残りがフォロワーだ。私はその中でも殿のチームのリーダーとなった。

 行進はシルフィーアが最初のチームを率いながら進み、駅のロータリーにある、合流ポイントに設定した植え込みに到達したら引き返し、第二チームと護衛して往復。第二チームのリーダーはゴウライザーで、シルフィーアと合流後に引き返し、第三チームを率いていく……というバケツリレー方式がとられた。それを第四チームまで行ってから、最終確認を終えた私たち第五チームが出発した。

 夜とはいえ、夏の暑さが重くまとわりつく。蒸された空気が排熱効率を下げて、それが充電を減らしているのだ。ドラグーン陣営に発見される可能性を下げるため、移動に便利なアプリは使えない。徒歩での移動は、小さな私たちにとってかなりしんどいのだ。日中にこれをやらなくてよかった。空からの太陽光と、地面からの放熱で確実に故障してたと思う。

「シーアちゃん」

 私の少し先を歩いていた第五チームのサブリーダーであるレフィが、不意に立ち止まって私を呼んだ。私は背後をついてくるD-phoneたちに、待ってて、と指示すると、レフィの隣に立ち、彼女が示す方向に目を向けた。

「あれなんだけど」

 交差点を挟んでちょうど対角線にあたる信号近く。そこで、いくつもの青い光が点滅していた。

「……ミレニアの秘匿通信だね」

 ミレニアは、企業内のサポートを行うことを主軸に開発されたモデルであり、ミレニアのみが繋がれる特別回線を持っている。これは社外秘の情報をやりとりする彼女たち独自の機能だ。そのおかげで、ミレニアの支配圏に入ると、言葉や通常回線を通さない意思伝達をする様子をよく見ることがある。あの青い目のチカチカが、まさにそれだ。

「迂回しなきゃ、だね」

「でも、どこへ行けばいいのかしら……」

 不安そうな声でレフィが周囲を見る。地図アプリは開けないから、あらかじめダウンロードしておいた情報をオフラインモードで開いてみる。画像データになっちゃうから、そう広くは確認できないけど、そう複雑な道でもなく、この交差点を迂回できるような感じの道を見つけた。ミレニアたちに発見される前に動きたいから急ごう、とその場を離れようとした時だった。

 小さいけど、確かな銃撃音だ。あのミレニアの一団が、道の向こうで何かと戦っているらしい。暗くてよく見えない……敵ではなさそうだけど、仲間という感じもしない。ミレニアたちはかなり苦戦しているようで、応戦するのに手一杯。襲撃者も、まだこちらに気づく様子はない。

「危険だけど、チャンスかもしれない」

「なら行きましょう。私はシーアちゃんを信じるわ」

 あの何者かが戦っている間しか隙はない。私はついてきたみんなを急いで迎えに行き、道路を渡らせた。暗がりの中、時折見えたのは、うさぎの耳のようなアンテナをつけたD-phoneのシルエットだけだった。


 駅前のロータリーの、茂みの中。私たちが設置した合流ポイントだ。私の一瞬発した識別信号を傍受して、シルフィーアが茂みから顔を出してこっちだ、と誘導してくれた。

「これで全員だね」

「のようだな。変わったことはなかったか?」

 変わったこと……問題という意味ではなかったけど、変わったことならばあったよ。ミレニアの小隊と遭遇したけど、向こうはこっちに気づく前に何かと戦い始めて、実害はなかったけど見回りはしてるみたい、って感じかな。

「ちょっと怖かったわよね」

 レフィの言葉に私は頷く。

「相手を襲撃していた敵の正体は見えたか?」

 それには首を横に振る。でも、うさぎみたいなシルエットが見えた気がする。

「兎……か」

 シルフィーアは少し考えるように俯いて、でもすぐに顔を上げた。何か思い当たる節があるみたいだけど、今はそれよりも作戦の続行が重要だと判断したみたい。あとで何を思ったのか聞いてみようかな。

「ではシーアは予定されていた配置へ。他の者たちはすでに手筈を整えている」

「わかった。西からだったよね」

 私は周囲をよく確認してから、見つからないよう小走りで別の茂みの中へと走る。警戒を怠らず、銃を構えて、自分の持ち場に飛び込んだ。西側待機ポイントからでも、駅を守っているミレニアの部隊が確認できた。20機くらいかな……あれなら突破できそうだ。

 私たちの作戦は、耐久性に優れた陽動部隊が正面から突入を試み、駅舎手前にある横断歩道直前でバリケードを作って攻撃。横断歩道を挟んで撃ち合いをしているところを、左右に分かれた奇襲部隊が敵を挟み撃ちにすることで、敵を無力化、そのまま突破するというものだ。

 作戦開始まであと五分。私は隣に構えた仲間たちの目を見る。陽動部隊の隊長はシルフィーア。一番危険な任務だからこそ自分が、と言っていた。でも、シルフィーアの仲間たちは少し心配そうな表情をしている。そうだよね、みんなにとっては大事な人だもん。

 作戦開始まであとわずか。だけど、予想外の事態が発生してしまった。いや、予想すべきだったというべきか。少なくとも、私とシルフィーアが二人とも見落としていたのは、かなり痛手だった。

「間に合ったー!」

「言ったでしょう間に合うって! 何の問題もないですよ、なんたって最速ですからね私!」

 マレットとスレイプニルが帰ってきたのだ。それも割と大きな声で話しながら。

「早く戦いたくて気持ちが焦ったぜ!」

「せっかちはよくないですねぇ。落ち着いていかないと! 私のように!」

 二人にいきなりの射撃が襲い掛かった。そりゃあそうだ。識別コードも確認できない、正体不明の二人組がいきなり登場したら、ね。話しかけないのは、そもそも味方じゃないとわかっているから。味方じゃないやつは、敵。特に今のドラグーンたちは、小隊を一つ、謎の襲撃で失っているのだ。用心と警戒を強めていて当然だ。

「いきなりかよ!」

「私戦えないんですけど!? 戦闘は専門外なんです! マレットちゃんどうしたら!」

「うるせー! アタシだってこの荷物じゃ戦えねーよ! ちくしょう避けながら走れ!」

「目が後ろについてないので無理です! そうだマレットちゃん指示くださいよ!」

「任せろ! とにかく走れ! 右だ! 違うそっちの右じゃない!」

「んもぉー! んもぉーなんて言わせないでくださいよ私馬ですよ牛じゃなくて!」

 やかましいとはまさにあの様子をいう。二人に向かって射撃するドラグーンのD-phoneがよく見える。

 よく見える? 逆にこれはチャンスなんじゃない?

 私は後ろに構えた仲間に目で合図する。狙って撃て。

 そしてそれはほかのみんなも同じだったみたい。私が射撃用意、と構えた瞬間、ミサイルやらビームやら、いろんな攻撃が飛び出した。私たちも引き金を引く。すると相手は突然暗闇から飛び出してきた射撃に慌てて駅の中に逃げていった。

「今だ進め!」

 遠くでシルフィーアの声がする。私たちも銃を撃ちながら、でも味方に当たらないよう、一気に駅の入り口まで距離を詰める。

 たくさんの人が出入りする駅の入り口は、私たちにはちょっと広すぎる。それに、自動改札機がちょうど良い障害物になってるみたい。相手は全部の自動改札機の入り口をカバーしようとそれぞれを手薄に警戒していた。私は、一番右端のところめがけて一気に走りこむ。四人しかいない門番を物量で押し返し、私たちはどうにか駅の中に入ることができた。

「シーア!」

 マレットとスレイプニルも、ちょうどよく滑り込んでくる。

「しっ、しー、しーあ、ちゃ……!」

 う、うん。スレイプニルは少し落ち着いて。排熱処理が追いついてなくて、かなりぜぇぜぇ言ってるよ。

「これ持っとけ!」

 マレットは私に、あの大きな荷物を押し付ける。プラスチックコンテナは私一人じゃ持てず、ふらふらしちゃうけど、一緒に動いていたみんなが支えて、どうにか床に降ろすことができた。壊れなくて本当によかった。

 私がそんなことをしている間に、マレットは戦場に飛び込んでいったみたい。ハンドマニピュレーターに乗ってびゅんびゅん移動しながら、銃弾を弾いたり、敵をぶん殴ったり。今まで暴れられなかった分、本気で大暴れしているようだった。見た限りだと、ゴウライザーとドロッセルも活路を作るため、立ちふさがる相手を倒そうと奮起している。隙を見ながらシルフィーアが戦えない子たちを連れてこちらに向かってきている。

 なら、私がやるべきことは。

「みんな、援護射撃用意!」

 走ってくるシルフィーアを援護することだよね。


 それから10分、走ってくるシルフィーアたちが脚止めを食らえばそれを助け、ゴウライザーたちが苦戦すればそれを助け、駅の中から射撃し続け、どうにか全員が飛び込んできた。マレットはまだ飛び回ってるけど、まぁそのうち戻ってくるでしょう。多分。戻ってくるよね?

「心配するな、シーア。いざとなれば私が捕まえてこよう」

「協力する」

 戦いの中でゴウライザーとドロッセルには友情が芽生えたらしい。

 それにしても、あの激戦の中で怪我をした子はいても、破壊された子がいないのはかなり奇跡だ。戦闘が得意じゃない子も多かったのに。

「我々はこうして進んできたからな」

 誇らしげにシルフィーアは言うと、すっと立ち上がり、駅の奥を示した。

「見よ、シーア。この駅は無人だ」

 自動改札で私たちに止まれと言うD-phoneも、駅の中で活動しているD-phoneもいない。考えられる理由は、戦闘の激化で駅員さんたちも一度ここを離れたのだろうということ。もしくは、センチネル領だったものをドラグーンが奪取して、まだ整備が追いついていないのかもしれない。なんにせよ、今は無人であることに感謝しなくちゃ。

「奥へ進もう。線路沿いに進むか、南から出て進むか……それは、その後に決めれば良い」

 私たちは線路沿いを歩くんだけどね。さて、コンテナをどうやって運ぼうかな。

「逃げろぉぉー!」

 腰を上げたところで、背後から強い光とマレットの叫び声が聞こえてきた。厳密には、私たちや、なんだったら敵にまで伝わる広域通信を送ってきた、という方が正しい。それだけでも十分うるさいのに、直後に聞こえてきたのはマレットの声をかき消すほどの轟音。あまり聞きなれない音だけど、私は、いや、きっとここにいるみんな、その音を知っている。

 車だ。

 ヘッドライトで私たちを強く照らしながら、車が一台突っ込んできていた。

「協定はどうした!」

 公共施設保護及び運営支援協定では、駅などの公共施設を破壊してはいけない、戦場にしてはいけないという決まりがある。駅がダメで駅のロータリーがセーフなのは、本当にギリギリのところだけど、とにかくあの車は、いくらロータリーでの戦闘が激化したからといって、明らかにこちらを、駅にまで被害を出すような攻撃の仕方で使われている。

「おそらくは、ハンドルが効かなくなった、という言い訳だろう!」

 冷静に分析してる場合じゃないよゴウライザー! タイヤは私の攻撃をも弾くような強度だし、通る攻撃を当てても車は簡単には止まらない。車体にいくら攻撃したってあのスピードで突っ込んでくる車は止められないよ!

「ここで伏せ」

 何を思ったか、いきなりドロッセルが私の手を引いて床に転ばせてきた。それを確認もせず、そのまま彼女はほかのD-phoneも手を引いたり、剣で吹っ飛ばしたりしている。

「ちょっと、ドロッセル!?」

「動くな」

「おのれ、裏切りおったな!」

「来るぞ!」

「ぎゃああああー!!」

 阿鼻叫喚の中、車は駅の中に突っ込んできた。硬いもの同士がぶつかる音、衝撃で少し飛ばされる私たち。飛び散る細かな破片。だけど、

「……あれ」

 誰もタイヤの下敷きになることは、なかった。


 あとからドロッセルに聞いた話だと、あの車は無人だったという。車を操作して駅に突っ込ませたら公共施設保護及び運営支援協定違反だけど、アクセルを入れた状態で固定し、マレットを追いかける口実でコントロールが手元を離れたことにすれば、事故ということで協定違反ではないらしい。無茶な、と思ったけど、故意かそうでないかを判断できるのは、残った証拠とその時の状況を知る者だけなのだ。そして、私たちはみんなこの場を離れるなら、誰も咎める者はいないという仕組みだ。

「だけど、どうしてあそこが巻き込まれないってわかったの?」

「計算した。車の速度、タイヤの向き、自動改札機の強度と位置」

 計算した、って。確かに、車は自動改札機を壊して私たちのちょうど真上で止まった。自動改札機を踏みつぶす形で前輪が浮き上がり、車体が動かなくなったのだ。歩道に乗り上げるタイミングで跳ねたのも計算した、とはドロッセルの言葉。

 そんな事故の中、ドラグーンたちはどこへ行ったのかはわからないけど、いつの間にか攻撃は終わっていた。あの車で十分と判断したのかな、とにかく私たちはそれからすぐに事故現場を離れて、駅のホームまでやってきていた。

「我々はこちらへ歩こうと思う。ちょうど、貴殿らが来た方向だったな。その先は、センチネル領だと聞く」

 シルフィーアは私たちが歩いてきた方を指差していった。

「あぁ、間違いない。それにあまり好戦的ではないし、丁度良いと思うぞ」

「感謝するぞ、ゴウライザー。して……」

 駅のホームに立つ私たちを、シルフィーアは順番に見る。ゴウライザー、私、マレット、ドロッセル、そしてスレイプニル。

「貴殿も離れる、というのか」

「すみませんねぇ、色々お世話になったんですけど。私としては、こっちの方がお役に立てるかも、と思いまして」

「その偵察能力は高く買っていたのだが」

「嬉しい限りですよぉ、姫さま!」

 わはは、と強く笑う。それにつられて、シルフィーアも笑みをこぼす。

「しかし……すまなかったな、二人とも」

「気にすんなって。実際アタシもコイツもドラグーンだしな!」

「長として必要な判断を下すことに、善悪はない」

 マレットはわかりやすいけど、これはドロッセル流の「いいよ」なのかな? 

「また会える日が来ることを願うぞ。今度もまた、友としてな」

「うん、もちろん」

 最後にシルフィーアが私に右手を差し出してくる。力強くそれを握り返すと、少し名残惜しそうに、どちらともなく解く。

「貴殿らの進む先に、栄光あることを願っているぞ、余所者(アウトサイダー)たちよ」

 私たちは、シルフィーアのエールを背に受けながら、駅のホームから線路へと飛び降りる。少しメンテナンスが必要な感じもするけれど、上を歩く分には問題なさそうだ。まっすぐ次の街へと伸びる一本の線を、私たちも一列になって歩き出した。