10.アメリカの宗教観
(ニュー・カナーン人編)

はじめに

 前回「09.アメリカの宗教観」ではざっくりとFalloutシリーズ全体を通しての(キリスト教プロテスタントを主軸とした)アメリカの宗教観と歴史について語ったが、今回はそこで語り切れなかったFallout:New VegasのDLC「Honest Hearts」において提示されるジョシュア・グラハムやダニエルといったニュー・カナーン人とその宗教観について調査をし、まとめて行こうと思う。
 なおこの解説文は特定の宗教をフィクションであるゲームの設定に過度に結び付け純粋なゲーム体験や制作者・開発者の意図を汚すものではないこと、そして特定の宗教について批判や擁護を行うものではないということを最初に述べておきたい。
 あくまで設定の裏側にある、フレーバーとしての情報である。



ニュー・カナーン人とは何者なのか?

 ニュー・カナーン人とは端的に言えば「ニュー・カナーンという名前の土地および共同体に属する人物たちの総称」であり、血でつながった単一の民族等を指す言葉ではない。人種問わずユダヤ教を信じる人々をユダヤ人と呼ぶように、そうしたコミュニティに近しいニュアンスで語られる。
 ゲーム内では単に「ニュー・カナーンという地方の出身」程度の意味で言及されている印象もある。また彼らの宗教についても具体的に語られることはなく、「商売が上手で、少し変わった生活様式を持つ信心深い人々」というふんわりとしたイメージがモハビに定着しているように感じられる。
 ニュー・カナーンとニュー・カナーン人の始まり、そしてその経緯や歴史についてはいわゆる「Van Buren情報」なのでFalloutシリーズの正史でこそないものの、シリーズのファンが熱心にまとめている海外wiki等にはいくつか情報がある。
 それによれば2077年の大戦争でユタ州ソルトレイクシティとその北40マイル(約64km)の位置にあるオグデンの大部分が破壊された後、2190年にソルトレイクシティに建設されていたVault70が開いて居住者であるモルモン教徒たちが外界へと出て来る。そして3つのG.E.C.K.を使い「ニュー・エルサレム」という名前の町を作ったのだという。
 一つでも凄まじい効果を発揮するG.E.C.K.を何故一度に3つも使用したのかは調べ切れなかったが、G.E.C.K.のスペック的な問題(一つでは問題を解決出来ず3個必要だった)か、もしくは3個セットで使うことによりようやく真価を発揮する、「3」という数字に宗教的な意味があったのではないかと推測する。
 しかしニュー・エルサレムは鎖国的な態度を外部のコミュニティに対して取り続けたために、いつしかそれを良しとしない部族や略奪者たちの怒りを買い、襲撃され多数の教徒が殺害されるに至った(この時点でそれまでモルモン教徒のコミュニティを率いていた最高指導者・リーダー的な人物も殺害されたと思われる)。
 その後ジュダ・ブラックなる(恐らく新任のリーダーである)預言者が生き残りのモルモン教徒たちを率いて北のオグデンへと逃亡、そこに新たなコミュニティとして作られたのが「ニュー・カナーン」なのだ……というのが、「Van Burenにおける」ニュー・カナーンの発端である。
 そしてその後ニュー・カナーン(恐らくオグデンと同義)の地はシーザー・リージョンから処刑される形で除籍となったジョシュア・グラハムの帰還後、彼の生存を知ったシーザーがユリシーズを通じて差し向けたホワイトレッグス(ソルト・アポン・ウーンズ)によって襲撃され、一切の作物が育たぬよう大地に塩を撒かれ破壊された、ニュー・カナーン人はそのほとんどが殺害され生き残ることなく、ほんの少ない人数だけが散り散りになって逃げた……というのがゲーム内でジョシュアやダニエルから語られる直近の情報である。


※「エルサレム」はユダヤ教・キリスト教・イスラム教(いわゆる「アブラハムの宗教」)の聖地である。旧約聖書ではイェルシャライム(Yerushalaym)、紀元前1300年代のアマルナ文書(エジプト中部で発見された楔形文字の刻まれた粘土板)ではウルサリム(Ursalim)と呼ばれている。ウルサリムとは「神が平穏を与えるように」という意味らしい。

※「カナーン」は日本語においては長音を入れずに「カナン」と呼ばれることも多い。旧約聖書で「神がイスラエルに与えると約束した土地」、すなわち「約束の地」のことである。パレスチナ地方の古代の名称でもあり、語源はフェニキア人が自らを呼ぶのに用いた「ケアナニ(カナン)」に由来するという。「ケアナニ」は彼らの言葉で商人を意味し、旧約聖書においても「カナン人」は時折「商人」の同義語として用いられる。



1950年代のモルモン教

 ではFallout世界のモデルとなった1950年代のモルモン教は実際どんなものだったのかというと、当時のアメリカとモルモン教への眼差しを感じ取るのに手っ取り早い教材として1950年に公開されたジョン・フォード監督のアメリカ映画「幌馬車」がある。これはユタへ向かうモルモン教徒の一団を描いた作品で、古典かつ有名な西部劇映画として知っている人も多いだろうと思う。
 また実際に1950年代におけるモルモン教のトピックスとしては、モルモン教の会員(信者)が1950年時点で約100万人、そこからさらに10年の間で50万人ほど増え1959年には全世界で150万人となったことが1959年4月の総大会・マッケイ大管長によって宣言されたり、1952年にはアイゼンハワー大統領が後にモルモン教の大管長を務めることとなる、当時「十二使徒定員会」のメンバーであったエズラ・タフト・ベンソン(モルモン教の大管長としての任期は1985年11月10日~1994年5月30日)を農務長官に指名したため政治的な面でもモルモン教は注目された。
(「農務長官」というとFallout76での「大体こいつのせい」枠であるトーマス・エッカートを思い浮かべるが、ベンソン氏は政治的な論争の中心に身を置くことが多かったものの「割とまともな人物」であったと思われる)

※「十二使徒定員会」とは、モルモン教における二番目に高位の指導者組織の名前である(最高指導者組織は大管長会)。


 そして当時のアメリカの出来事としてもう一つ挙げられるのは朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)だ。この戦争はアメリカ史において「インパクトが小さい」ことでも知られており、「忘れられた戦争」とも呼ばれている。
 Fallout世界ではこの戦争について具体的に明文化されたシーンはほぼ「無い」と言っても良いくらいで、ゲーム内の歴史において朝鮮戦争があったのかどうか、我々が生きる現実世界の歴史との差異はどの程度であったのか、という点については判断が付けにくい。
「現実の世界では」、当時モルモン教会には5,000人程度の専任宣教師が存在しそのほとんど全員がアメリカ出身であった。さらにアメリカ政府は朝鮮戦争当時19~26歳の若い男性を徴兵しており、教会の大部分の宣教師も同じ年齢層だったという。
 そこで当時の大管長は宣教師の年齢条件を一時的に20歳から19歳に引き下げ、兵役に就くよりも早いタイミングで伝道に出る機会を提供したという。



アメリカ先住民とモルモン教

 Fallout:New VegasのDLC「Honest Hearts」では「文明的な宗教者が原始的な部族の民を率いている」という、(日本人のプレーヤーとしては)少し馴染みの薄いシチュエーションに出会うこととなる。どうしてデッドホース族の族長代理としてニュー・カナーン人のジョシュアが在籍していたり、ソローズの精神的な指導者としてダニエルが部族を導くために関わっているのだろうか? と疑問に思った人も居ただろう。これについても、アメリカおよびモルモン教の歴史を紐解くと関係性が見えて来る。
 初期(1830~1840年代)モルモン教とアメリカ先住民(当時の呼称としてはインディアン)の関係性としては「インディアン(強制)移住法」が可決されたのと同じ年にモルモン書が出版されたため、それまで良くも悪くも先住民と「接して」来た白人プロテスタントとはモルモン教徒は少し違う視点を持っていた。
 彼らは「アメリカ先住民はモルモン書に登場する民の子孫であって、古代イスラエルとつながる聖約による受け継ぎを自分(モルモン教徒)たちと分かつ(=分かち合う、と同義か?)者である」と信じていた。
 また(勝手にではあるが)「一度福音を拒んだため現在(インディアン移住法による強制移住等の)苦境に陥ってしまっているものの、彼らもまた神の約束を受ける民なのだ」とも信じていたそうだ。初期のモルモン教信者たちは「モルモン書のメッセージをアメリカ先住民に携えて行く義務がある」と、ある種の使命感的なものを心の奥底で感じていたらしい。
 1950年代には先住民に対する「学生修学プログラム」なるものもモルモン教内で登場した。これは先住民の学生が信者家族の家にホームステイするというもので、ブリガム・ヤング大学ではアメリカ先住民の生徒を増やすために奨学金の提供も始めた。このプログラムは打ち切りになる2000年頃まで約5万人のアメリカ先住民の生徒が利用したという。
 基本的に「モルモン教徒は先住民に文明的な教育をするのだ」という意識が当事者たちにはあるようだ。



「Honest Hearts」の舞台、ザイオン国立公園とは

 次にDLC「Honest Hearts」の舞台となるザイオン国立公園について解説していこう。何故この土地が「Honest Hearts」という物語の舞台に選ばれ、ニュー・カナーン人の宣教師二人と部族たちという構図になったのか。
 ザイオン国立公園は1858年に東の地から迫害を逃れてやって来たモルモン教徒がこの地域へ到来、その後1860年代初頭に定住したという「発見」の歴史がある(それ以前は主に先住民族である南部パイユート族やユーテ族と呼ばれる人々がこの地に住んでいた)。
 ザイオン国立公園は元々「ムクントゥウィアプ(Mukuntuweap、「真っ直ぐな谷」という意味)国定公園」という名前だった。しかしこの名前は英語を扱うアメリカ人にとって親近感に乏しく、また「観光客はこの変な名前を覚えないだろうし、名前を覚えられない観光地にそもそも観光客は来ないだろう」と言われていた。
 そこで発音が難しい「ムクントゥウィアプ」から、モルモン教徒がよく使用する言葉「ザイオン」を起用しこの地は一旦「ザイオン国定公園」となった。1918年のことである。
 ザイオン国「立」公園となったのは1956年のことで、これは当時アメリカ国立公園局が1966年までの10年間に行った「公園局の訪問者サービスを劇的に拡大する」こと目的としたプログラム、「ミッション66」による。
「ザイオン」という言葉はモルモン教にとってとても重要なもので、日本では「シオン」と訳され発音されることが多い。「シオン」という言葉自体はキリスト教全体でもよく見掛けるもので、その意味合いは簡単に言えば「霊的に重要な土地」だろうか。
 しかしそれもモルモン教では独特の意味・文脈で使われており、「心の清い者」やミズーリ州ジャクソン群に建てられるとされた「新エルサレム」のことも指す。そう、最初に述べたVault70の住人がニュー・カナーンの前にウェイストランドに打ち立てた「ニュー・エルサレム」である。
 モルモン教はこの「新エルサレム=ザイオン」を物理的な土地として打ち立てることに教会の結成当初から強いこだわりを持っており、これをもってDLCの舞台に選ばれたのだろうと思われる。



「闇に輝く光」とジョン・ブローニング

 ニュー・カナーン人であるジョシュア・グラハムが主力武器として用いる.45オートピストルのユニーク品「闇に輝く光」は、その威力の高さとデザインの良さから多くの運び屋に人気のハンドガンであると思う。
 ジョシュアはこの銃(.45オートピストル、モデルとなった銃器はM1911ガバメントのコンパクト系と思われる)について、運び屋が「いい銃だな」と褒めると具体的な名前こそ出さないものの「このタイプの銃は私の部族の一人が約400年ほど前に作った物で、その使い方を学ぶのはニュー・カナーン人の通過儀礼である」といった内容のセリフを言う。
 Fallout:New Vegasは2281年のアメリカを舞台としている。そこからちょうど400年遡ると1881年になるが、西部開拓時代の真っ只中に自動拳銃を開発したモルモン教関係者と言えば、推測するまでもなくジョン・ブローニングのことであろう。
 ブローニングはジョシュアと同じくユタ州オグデンの生まれで、先述の自動拳銃や.45ACPの開発者である。父親のジョナサン・ブローニングはユタ州へ脱出して来たモルモン教開拓者の一人で、オグデンで銃砲店を営んでいたという。
 以前はこのジョン・ブローニング(とその実績)とモルモン教の関係は割とオープンに喧伝されていたようだが、現在は「暗黙の了解」的に天才銃器設計者としての彼とモルモン教徒関係者としての彼の情報は切り離し、安易に結び付かないように表現するのが通例のようである。



ニュー・カナーン人(モルモン教徒)は武力的に強いのか

 そもそもNPCとして登場するニュー・カナーン人がジョシュアとダニエルの二人くらいしか居ないので調べようもないのだが、この二人は扱う銃器が強力な上にステータスも高く設定されている。
 ジョシュアのS.P.E.C.I.A.L.値はSTR:6、PER:7、END:10、CHR:7、INT:7、AGI:8、LCK:5でかなりの高水準なのだが、実はダニエルも全く同じステータスなのだ。おまけに二人ともタグスキルは「Barter」「Guns」「Repair」で、それぞれポイントが70点台から始まり最終的には100まで上がる。
 状況を滅茶苦茶にしてやろうと運び屋を操ってジョシュアやダニエルに戦いを挑むこともストーリー上可能なのだが(普通にルート分岐としてジョシュアやダニエルを殺害してザイオンを脱出するという筋書は存在する)、そうなるとジョシュアは言わずもがな、そして穏健派であろうダニエルも運び屋のレベルや装備、戦法によってはかなりの強敵となり苦戦を強いられる(高レベルで挑戦するとダニエルの主力武器である「.45オートサブマシンガン」がかなり凶悪なのだ)。
 では何故、DLCキャラであるとは言えここまで「強い」のだろうかと考えると思い浮かぶのが、現実世界のモルモン教が伝統的に貫いて来た「選択的平和主義」がある。これは「ケースに応じて暴力・武力の行使を選択的に決定する」という立場である。
 ベトナム戦争時に多くのキリスト教の教派が戦争反対の立場を取っていたにも関わらず、彼らが海外伝道の義務を一時停止してまで信者である若者を兵役に就かせたことでもその精神はよく知られており、それをもって「モルモン教徒は好戦的・攻撃的である」と評価(あるいは誤解)されることも少なくはない。
 また初期のモルモン教は「ノーヴー軍団」という4,000人もの私兵(武装集団)を抱えており、その点が「アメリカ政府の脅威」として判断された過去もある。宗教的迫害の歴史から自主自衛の気風が強く、それは強硬な銃規制反対の姿勢・態度となって現れることもあるそうだ。
 しかしそれほどの背景があったとしてもゲームの歴史ではニュー・カナーンがホワイトレッグスに壊滅させられたと言うのだから、彼らにとってはよほど不利な戦いだったのではないかと思われる。



ジョシュアやダニエルが読んでいるのは本当に「聖書」なのか?

 日本語版(CS版の公式ローカライズおよびPC版の有志翻訳)では彼らが読んでいる本=DLCクリア後に宝箱から手に入る本は「聖書」と訳されているようだが、これが原語版では「The Bible」ではない点に注目したい。この本のアイテム名は「Scripture」なのである。
「Scripture」という言葉はキリスト教における聖書という本そのものを指す言葉ではなく、しばしば「キリスト教以外の聖典や経典」を指して使われ、聖書の内、旧約か新約の一方を指す場合でもその時は「Holy Scripture」と記されることが多い。
 この本が「The Bible」ではなく「Holy Scripture」でもない、ただの「Scripture」だとすると消去法的に考えれば「この本はモルモン書なのではないか」と推測することも出来る。モルモン教自体はキリスト教から派生した宗教であるからもちろん聖書読む機会は多いだろう。しかしそれ以上に彼らはモルモン書を読んでいる、とも思えるのだった
(ちなみにジョシュアがセリフの中で聖書の言葉として引用するのは欽定訳聖書からだそうだが、ジョシュアのキャラクターデザインも手掛けた「Fallout: New Vegas」のプロジェクトディレクターおよびリードデザイナーである開発者Joshua Sawyer氏によれば「ニュー・カナーン人が使用しているのは欽定訳聖書である」とのことだ。)




参考文献



2023.12.08 初版
2023.12.08 掲載
2023.12.09 加筆・修正