ミカンの品種改良は、まずどのような品種を作りたいかといったような目的を決めることから始まります。そして、目標が決まった後はその目標を達成できるような両親の組み合わせを考えます。気をつけなければならないのが、ミカンでは母親としてしか使えない品種・父親としてしか使えない品種が存在するということです。このページでは、その点について詳しく説明していきます。
交配は主に短所を補い長所を取り入れることを目的に行われます。例えば、甘いけれど病気に弱いトマトとまずいけれど病気に強いトマトがあったとします。それぞれ、甘い、病気に強いトマトという長所を持っている一方で、弱い、まずいという短所も持っています。この二つの品種を掛け合わせるとどうなるでしょうか。子供の特徴は親から引き継がれます。従って、その子供の中にはまずくて病気に弱い子もいるかもしれませんが、同時に甘くて病気に強いトマトがいるかもしれません。そのように、交配した子供の中から、親を越えるより良い子供を選抜していくのが品種改良です。例えばデコポン(正式名称は不知火)を考えてみましょう。デコポンの両親はポンカンと清見です。ポンカンは剥きやすくて甘いけれど、種が多いという欠点があり、清見は種がないけれど、ポンカンほど甘くありません。その交配から生まれたデコポンは、甘くて剥きやすくてさらに種もなく、交配により性質が改善されたことがうかがえます。このように補いたい短所、取り入れたい長所を考えながら交配の組み合わせを考えていきます。
さて、いよいよミカンの交配親選びの話に移っていきます。基本的に交配の組み合わせは、上に書いたように、補いたい短所と取り入れたい長所から考えていきます。が、ミカンの場合、母親に使えない品種、父親に使えない品種があるため注意が必要です。特にネックになってくるのが、単胚性・多胚性という性質です。単胚性・多胚性というのは種子の性質のことです。通常、一つの種を蒔くと一つの芽が出てきます。このような通常の種を単胚性種子といいます。しかし、ミカンのいくつかの品種では、一つの種から複数の芽が出ることが知られています。そして、このような性質をもった種子を多胚性種子といいます。このように、この世に存在するすべてのミカンの品種は作り出す種子の性質によって、単胚性の種子を作る品種か、多胚性の種子を作る品種かのいづれかに分けられます。
多胚性種子から出てくる芽の数は品種によって大きく異なります。例えば、グレープフルーツとオレンジは両方とも多胚性の種子を作り出す品種ですが、出てくる芽の数は前者が2,3本なのに対し、後者は多いときでは10本ほど出てくると言われています。とても興味深いのは、多胚性種子から出てくる複数の芽は、一つの芽を除いて、母親と全く同じ遺伝子を持った芽、すなわちクローンである、ということです。例えば、多胚性の種子を作る品種Aを母親に、Bという品種を交配したとします。出てくる芽のうちどれか一本はAとBから生まれた子ですが、他の個体はすべて母親のクローンになってしまいます。クローンかどうかは基本的に実がなるまでわかりませんので、不必要な個体も育てなければならず、品種改良の効率が悪くなってしまいます。
そのような理由から、多胚性の種子を作る品種はほとんど交配の母親には選ばれません。交配の母親を考えるときは、単胚性の種子を作る品種から選ぶようにしましょう。
単胚性か多胚性か以外にも、交配親を選ぶ上で考慮しなければならない性質があります。それが雄性不稔性と雌性不稔性です。両方ともに、ミカンを種なしにするのに貢献するとても大切な性質で、前者は花粉を作らなくさせること、後者は種を作らなくさせることに貢献しています。↓これは温州ミカンの花の写真です。よくよくみると花粉ができていないことがわかると思います。
これが花粉を作らなくさせる性質、すなわち雄性不稔性です。雄性不稔性を持っている品種の場合、花粉がとれないため、父親として交配の親に使うことはできません。また、同様に種子を作らない性質である、雌性不稔性というものも存在します。雌性不稔性が強い品種は種ができにくく、雌性不稔性が弱い品種は種ができやすくなります。雄性不稔性とは違い、ある/ないではないく、強い/弱いというように程度があるのが特徴です。あまりにも雌性不稔性が強い品種を母親に選ぶとなかなか種が得られないので注意が必要です。食べるという点からみると、種がないという性質は食べやすさに大きく貢献するためとても貴重な性質ですが、品種改良という点からみると交配してもなかなか種が取れないという厄介な性質でもあるのです。
今回は、ミカンの交配親を選ぶ時の注意点について、特に単胚性・多胚性という性質に注目し、説明をしました。単胚性は一つの種から一つの芽が出る一般的な種子の性質、一方の多胚性は一つの種からたくさんの芽が出る特別な性質でした。たくさん出た芽は一つを除き母親のクローンであり、品種改良をする上ではそれが邪魔になってしまうため、単胚性の種子を作る品種しか交配の母親として使うことはできません。また、花粉を作らない性質である雄性不稔性と、種子を作りにくくする性質である雌性不稔性も紹介しました。雄性不稔性を持つ品種は父親に使えず、雌性不稔性が強い品種は母親として使うことができないということでした。このほかにも交配親を選ぶ際には注目している形質がどのように遺伝するかなども考慮に入れ考えなければなりませんが、基本的には3つの性質、すなわち①単胚性か多胚性か②雄性不稔性か③雌性不稔性かに気をつければ交配は行うことができます。交配親が決まればいよいよ交配に進みます。交配のちょっとしたコツを次のページで紹介します。