本提言の基本方針

政策提言は、国民と社会の望ましい未来を実現するために行われるべきです。本提言の基本となる方針を、はじめに明確にしておきます。最終更新 2022/04/26

1.地球温暖化は今の社会で早急に取り組まなければいけない喫緊の課題である

世界的には2013年のIPCC第5次報告書において、「地球温暖化は確実」に進行しており「人類の活動が原因」であることは、世界中の研究者の総意として確認されています。2021年のIPCC第6次報告書では、温暖化が従来予測より深刻に進んでいる危機的状況を報告しています。未来の地球と日本国民の生活を守るため、温暖化の解決に向けた国際的な取り組みに積極的に貢献することは、先進国として極めて当然な務めであり、その世界との連携の中でこそ日本の長期的な真の利益利益が得られると考えます。温暖化懐疑論を唱えているとその流れに乗ることを躊躇してしまい、取り返しのつかないことになることが予想されます。

2.2050年の脱炭素化は日本政府の大方針であり、各省庁はその実現に責任がある

日本政府は2020年菅政権の所信表明演説で、2050年脱炭素実現を明確に宣言しています。脱炭素社会実現は日本政府の大方針であり、全ての省庁がその実現に尽力するのは当然の責務です。なお、脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会のとりまとめにおいては、国土交通省は「住宅・建築物分野における省エネルギーの徹底、再生可能エネルギー導入拡大に責任を持って主体的に取り組む」「特に、ZEHの普及拡大について、住宅行政を所管する立場として、最終的な責任を負って取り組む」とされています。

3.住宅・建築物の脱炭素は極めて重要にもかかわらず、このままでは2030年目標の達成は極めて困難

日本のCO2排出(2020年度確報値)において、住宅(家庭部門)は15.9%、建築物(業務その他部門)は17.4%を占めています。産業部門が減少傾向にある中、住宅・建築物のCO2排出はすでに3割を超えており、その削減は重要です。日本政府は第六次エネルギー基本計画において、2030年における2013年からのCO2削減について、家庭部門66%減・業務部門51%減の目標を掲げています。一方で、2020年における削減実績は、家庭部門-19.8%、業務部門-23.2%にとどまっており、特に家庭部門は2019年から2020年にかけて+4.5%と増加しています。電源のCO2原単位のさらなる低減などの目途が立たない中、このままでは2030年の目標実現は現実的に極めて困難です。政策の強化とスピードアップが不可欠です。

業務・家庭部門のエネルギー消費 エネルギー白書 部門別エネルギー消費の動向

家庭部門のCO2排出実態統計調査 環境省WEB 要因分析 H29→R2のCO2は-0.32t-CO2/世帯・年の減少 うち電気CO2原単位分-0.25・気候要因-0.08・コロナなど特殊要因+0.18・省エネ世帯数変化などトレンド要因-0.17

4.住宅・建築物の「断熱」「省エネ」「再エネ」は、国民の福祉向上に役立つノー・リグレット・ポリシー 長く使われる建物はロックイン効果が大きいので直ちに行動を

使うエネルギーをできるだけ減らして、作るエネルギーを最大限増やす、が基本です。断熱により家を暖かくすることでヒートショックなどの健康被害を防ぎ、健康快適に過ごせます。そして、使う家電も省エネに。そこに再生可能エネルギーを入れることで脱炭素社会を実現することができるのです。

健康的に暮らせる冬の最低室温とは? 説明動画

断熱・省エネ・再エネの利用により、住まい手は「冬暖かく、夏涼しく、電気代の心配がない」暮らしを実現することができます。「我慢の省エネ」の時代は終わりました。住宅・建築物の脱炭素化を進めることは、国民の福祉向上にとても役立つ、後悔のない「ノー・リグレット・ポリシー」なのです。

福祉(英: Welfare)は、「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する言葉であり、すべての市民に最低限の幸福と社会的援助を提供するという理念を表す。Wikipedia

健康快適な生活を少ないエネルギー消費とCO2排出量で実現するには、熱の勝手な出入りを防ぐ「断熱」、少ないエネルギーで熱などを賄う「設備の高効率化」、建物スケールでほぼ唯一利用可能な自然エネルギーである「太陽光発電」の3つが不可欠です。ゼロエネルギーハウス(ZEH)でもこの3点が必須とされています。経済産業省ZEH説明サイト

断熱・省エネ・再エネは公開のないノー・リグレット・ポリシー 説明動画

住宅・建築物は寿命が長く、エネルギー消費やCO2排出、室内環境などに関するロックイン効果(固定化効果)が大きく、対策の普及に時間がかかるという問題があります。一方で、一度ストックされた良質な住宅・建築物は、生活を支える器として長く社会に役立ちます。新築についてはできる限り高いレベルを義務化し、既存の改修も普及を急ぐ。直ちに行動を起こすことが肝心なのです。

.住宅・建築物の脱炭素化は、ライフサイクルで達成する必要あり。排出の大部分を占める「運用」段階での削減は特に重要 その上で建設時のエンボディド・カーボンの低減も忘れずに

建築はそのライフサイクルにおいて、新築・修繕・回収・運用・廃棄の各段階でCO2を排出します。「作るためのエネルギーx4=使うエネルギー」が目安と言われるように、住宅・建築物からのCO2の大部分は運用時に排出されます(LCCM住宅においては75%が運用段階で排出)。住宅・建築物の脱炭素化において、「木造で建てるから」「伝統の技術で建てるから」「建材をリサイクルするから」断熱・省エネ・太陽光は必要ない、などということにはなりません。

もちろん、新築時であれば木造とする、修繕を適切に行い建物の寿命を延ばす、など建設時に排出する「エンボディド・カーボン」の削減は必要です。日本で従来一般的であった、スクラップ&ビルドの建物作り・街づくりは、単に不経済なだけでなく、地球環境にも多大な負荷をもたらしますし、そもそも国民全体の福祉向上につながりません。住宅・建築物の長寿命化とサステイナブルな街づくりを進めることで、地域経済の活性化にもつながります。

6.業界団体のためではなく、国民の福祉のために

住宅・建築物は、全ての人が日常的に居住しているにもかかわらず、基本的な知識が十分に共有されていない「情報の非対称性」により、一部の建設業者・不動産業者・金融業者の利益が最優先された政策が長年続いており、一般の国民が大きな不利益を被ってきました。住宅・建築は私有財でもありますが、社会を形成し国民の福祉を支える公共財です。また、建設・運用・廃棄において莫大な資源を消費し大きな環境負荷をかける存在であることを、十分認識する必要があります。住宅・建築物は、貴重な私有財・公共財として、一部の作り手の利益・都合で決めて良いものでは全くありません。広く、住まい手・使い手である国民の福祉が最優先されるべきです。

大変残念ながら、日本においては未だに、全ての住宅と小規模の建築物においては、最低限度の断熱・省エネすら義務化が行われていません。1999年に定められた断熱等級4の住宅は、ストックのわずか13%にとどまっています。本来は2020年に予定されていた省エネ基準の義務化は、無期延期とされてしまいました。2022年国会に提出された建築物省エネ法改正案は、当初予定から5年遅れであり、脱炭素化に向けて致命的な遅れとなっています。その政策不在のツケは、冬の寒さと高額な暖房費として、国民みんなにのしかかっているのです。

日本では、「建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)」の定める、住宅では断熱・消費エネルギー性能、非住宅では消費エネルギー性能を満たしていれば、「省エネ基準に適合」とされます。大規模・中規模の建築物(非住宅)では省エネ基準への適合が義務化されています。一方、大規模・中規模の住宅では届け出義務化、小規模の建築物・住宅では説明義務のみとされており、最低限度の断熱・省エネさえ適合義務化されていない状況です。

ようやく、2025年に最低限度の断熱・省エネに関する省エネ基準を適合義務化する、建築物省エネ法改正案が、国会に提出される運びとなりました。この省エネ基準が求める最低限の断熱・省エネを確保した住宅・建築物さえ設計・施工できない「未習熟業者」は、現状ではほとんどいないと思われます。ごくわずかには存在するのかもしれませんが、そうした作り手を保護するために、住まい手・使い手である国民の福祉を犠牲にするべきなのでしょうか。

政策においては良く「誰も取り残さない」という言葉が使われます。その意味するところは、「どの未習熟業者もこれまで通り何の努力もなく仕事ができるように取り残さない」ことなのか、「どの国民も寒さと貧しさの中に取り残さない」ことなのか、どちらであるべきなのでしょうか。

7.今ある技術で住宅・建築物の脱炭素化は実現できる

住宅・建築物の分野においては、事実の裏付けがない思い込み(太陽光はペイしない等 反証サイト)、または時代遅れになった古い情報に基づいた(断熱はペイしない・結露する等)、事実に基づいていない発言が非常に多く見られます。技術は常に進歩しています。最新の知見・事実に基づくよう努力することは、政策決定にかかわる人たちの当然の責任でしょう。

一方で、未だに実用化・経済性のめどが立っていない未完のイノベーション(核融合・石炭火力CCS等)により、電源のCO2原単位を下げることで脱炭素化は実現できるとする主張もよく流布されています。こうした未完イノベーションを他分野で実現してくれるのだから、建築業界は何も努力をしなくてもよい、断熱・省エネ・再エネの義務化は必要ないのだ、という論調も聞かれますが、本当でしょうか。仮にこうした未完のイノベーションが将来実用化されたとしても、その恩恵は単体では脱炭素化が不可能な「産業」「運輸」部門などに優先されるのは明らかです。そもそも実現しなかった場合、そのまま国民を「寒さ」と「貧しさ」の中に放り出してよいのでしょうか。

断熱や太陽光発電は、長年の研究・実践を経て確立された、他に現実的で代替手段がない、必須の技術です。いずれもすでに確立した技術であり、後は普及だけが課題です。その普及も、今すぐ初めて加速していくことが十分可能なのです。そもそも住宅は、単体で消費エネ=再エネが実現可能で、脱炭素化は全部門で最も容易です。ハイリスクな新規のイノベーションをあてにすることなく、確立された技術の普及による脱炭素の政策をしっかり構築すべきです。

8.断熱・省エネ・再エネの導入によるイニシャルコスト増をカバーする工夫が必要

断熱・省エネ・再エネの恩恵により、住まい手は「冬暖かく、夏涼しく、電気代の心配がない」暮らしを実現できます。その恩恵は、富裕層だけが受けるべきものではありません。所得が厳しい人たちこそ、暖かさと電気代の安心といった恩恵を受ける必要があります。「寒さに震えて電気代に困るのは自己責任だ」と言って、本当に困っている人を放っておく。日本はそういう冷たい国であってほしくないと願います。「冬暖かく、夏涼しく、電気代の心配がない」健康快適で安心な暮らしは、日本に暮らす全ての人が享受できる「ナショナル・ミニマム」であるべきです。

断熱・省エネ・再エネは、たしかに初期コストは若干かかります。しかし、エネルギーコストの削減により、ライフサイクルでは容易に回収することが可能です。電気代の上昇が予想される現状では、断熱・省エネ・再エネはまずます不可欠になっています。国交省も一応、普及に向けた施策(国交省R4予算案)を挙げてはいますが、対策の規模が全く不足しており、国民みんなに恩恵が届くものでは全くありません。

日本に暮らす人すべてに冬暖かく夏涼しく電気代も安心な生活を届けるために、不動産・金融の分野からも努力が不可欠です。住宅形態についても、戸建がよく取り上げられますが、共同分譲(マンション)や共同賃貸もに暮らしている人もたくさんいます(住宅・土地統計調査 平成30年)。

持ち家の購入費を自己負担できる人にはイニシャルコストの壁を越えられるように、住宅ローンの拡充・金利優遇、自己負担が困難な人には補助金や公営住宅の改修などを通し、全ての人に届けるための、現実的な取り組みを直ちに始めるべきです。

断熱・省エネ・再エネができない理由をあれこれ並べ立てて、結局はサボることが、どれほど取り残された国民を苦しめるのか十分認識し、全ての国民に恩恵が届く施策を、みんなの努力と知恵で計画し確実に実現すべきです。

9.住宅・建築物の脱炭素化は地域の活性化につながる

日本のだれもが元気に暮らせるためには、地域経済の活性化は不可欠です。住宅・建築物の脱炭素化は、エネルギー自立・木材活用・雇用促進などを通し、地域経済に大きく貢献します。

国土交通省は、2020年の省エネ基準適合義務化見送りにおいて、「地方の中小工務店が対応できない」ことを理由としていました。しかし実際には、地域密着の工務店の多くは、共に地域で暮らす住まい手のために、地元の木材を活用しつつ、大手ハウスメーカーより優れた断熱・省エネの住宅を建てていました。「地方の中小工務店が未習熟」は全くの濡れ衣だったのです。

最近の脱炭素化の流れの中で、木造活用とさらなる断熱・省エネに向け、地域の優良工務店はさらにレベルアップしています。脱炭素時代において、住宅・建築物のメインプレーヤーは、こうした真摯な地域の優良業者にゆだねられていくでしょう。それが、本当の地域活性化と国民みんなの福祉向上・日本全体の脱炭素につながります。